(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-22
(45)【発行日】2024-05-30
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240523BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240523BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 N
B23B27/14 B
(21)【出願番号】P 2021504979
(86)(22)【出願日】2020-03-05
(86)【国際出願番号】 JP2020009287
(87)【国際公開番号】W WO2020184352
(87)【国際公開日】2020-09-17
【審査請求日】2023-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2019046711
(32)【優先日】2019-03-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】前川 拓哉
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-179433(JP,A)
【文献】特開2017-088999(JP,A)
【文献】特開2013-188832(JP,A)
【文献】特開2009-167503(JP,A)
【文献】特開2009-061540(JP,A)
【文献】特開平10-168583(JP,A)
【文献】特表2020-522610(JP,A)
【文献】国際公開第2018/174139(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/186503(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/018768(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23C 5/16
B23B 51/00
B23P 15/28
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC粒子を硬質相成分とし、Coを結合相の主成分とするWC基超硬合金からなる工具基体と該工具基体の表面に設けられた硬質被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記工具基体と前記硬質被覆層との間には、WとCrとCoとCを含有し、平均層厚が1~50nmの界面層が形成され、
(b)前記WC粒子の直上から、前記界面層の層厚方向へその1/2の厚さ位置までの前記界面層には、WとCrとCoとCの合計量に対して、W:88~96質量%、Cr:2.0~8.0質量%、Co:0.1~2.5質量%、C:0.8~2.0質量%の平均含有比率である低Co含有領域が形成され、
(c)前記結合相の直上から、前記界面層の層厚方向へその1/2の厚さ位置までの前記界面層には、WとCrとCoとCの合計量に対して、W:25~50質量%、Cr:4.0~12.0質量%、Co:40~70質量%、C:0.1~0.8質量%の平均含有比率である低C含有領域が形成され、
(d)前記界面層の層厚方向の1/2の厚さ位置について、前記工具基体表面と平行な方向に、前記低Co含有領域と前記低C含有領域が交互に存在することを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記硬質被覆層は、TiとAlの複合窒化物層あるいはTiとAlとM(但し、Mは、Tiを除く周期表の4、5、6族の金属元素、Si、Yから選択される1種または2種以上の元素)の複合窒化物層であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということもある)に関する。
【背景技術】
【0002】
被覆工具として、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工のためにバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるエンドミル、前記被削材の歯形の歯切加工などに用いられるソリッドホブ、ピニオンカッタなどが知られている。
【0003】
そして、被覆工具の切削性能改善を目的として、従来から、数多くの提案がなされている。その中には、工具基体と硬質被覆層の密着性を改善する提案があり、この提案は、例えば、以下に示す特許文献1~3に記載されている。
【0004】
特許文献1には、WC基超硬合金の表面にbcc構造を有する改質相を介して少なくともTiを含有する第一硬質皮膜を形成し、さらに前記第一硬質皮膜の直上に少なくともCrを含有する第二硬質皮膜を形成した被覆工具が記載されている。この被覆工具は、硬質皮膜の密着性にすぐれ、高硬度鋼、ステンレス鋼、鋳鋼等の切削工具に用いることができるとされている。また、前記改質相は、窒素ガス又は窒素ガスと不活性ガスとの混合ガスを用い、ガス圧力を0.03~2Paとし、工具基材の温度を650~850℃とした条件で、M元素(Crと、V、Ni、FeおよびMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素)のイオンボンバード処理を行うことにより形成されている。
【0005】
また、特許文献2、3には、WC基超硬合金の工具基体表面に、1~10nmの膜厚のWCの結晶構造に指数付けされたWとCrを含有する炭化物からなる中間皮膜と、この上に、AlとTiを含有する窒化物、炭窒化物、あるいは、AlとCrとSiの窒化物、炭窒化物からなる硬質皮膜を形成した被覆工具が記載されている。この中間皮膜は、鋼や鋳鉄、耐熱合金、高硬度鋼等の切削加工における硬質皮膜の密着性を改善するとされている。また、この中間皮膜は、アルゴンボンバードによる基材のクリーニング後に、アルゴンガス、窒素ガス、水素ガス、炭化水素系ガス、真空雰囲気下で工具基体に-1000~-700Vのバイアス電圧を印加し、ターゲットに80~150Aの電流を投入した状態でCrボンバード処理することにより形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-152345号公報
【文献】特開2016-64487号公報
【文献】特開2016-78131号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強い。これにより、切削加工はますます高速化・高能率化する傾向にあるとともに、できるだけ多くの材種の被削材に対して切削加工が可能となるような汎用性のある被覆工具が求められている。
【0008】
前記特許文献1~3として示した従来の被覆工具を、例えば、ステンレス鋼、Ni基耐熱合金等の難削材の高速切削加工に供した場合には、切刃へ溶着物の形成と剥離が繰返し生じることによって、硬質被覆層の剥離が生じやすくなり、また、摩耗進行も促進されてしまう。すなわち、前記従来の被覆工具は、硬質被覆層の耐剥離性、耐摩耗性が十分とはいえず、工具寿命が短命であった。
【0009】
したがって、本発明は、ステンレス鋼、Ni基耐熱合金等の難削材の高速切削加工のような、高熱発生を伴い、しかも、切刃に対して大きな熱的負荷、機械的負荷が作用する切削加工条件下で、硬質被覆層がすぐれた耐剥離性を有し、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施形態に係る表面被覆切削工具では、
WC粒子を硬質相成分とし、Coを結合相の主成分とするWC基超硬合金からなる工具基体と該工具基体の表面に設けられた硬質被覆層を有し、
(a)前記工具基体と前記硬質被覆層との間には、WとCrとCoとCを含有し、平均層厚が1~50nmの界面層が形成され、
(b)前記WC粒子の直上から、前記界面層の層厚方向へその1/2の厚さ位置までの前記界面層には、WとCrとCoとCの合計量に対して、W:88~96質量%、Cr:2.0~8.0質量%、Co:0.1~2.5質量%、C:0.8~2.0質量%の平均含有比率である低Co含有領域が形成され、
(c)前記結合相の直上から、前記界面層の層厚方向へその1/2の厚さ位置までの前記界面層には、WとCrとCoとCの合計量に対して、W:25~50質量%、Cr:4.0~12.0質量%、Co:40~70質量%、C:0.1~0.8質量%の平均含有比率である低C含有領域が形成され、
(d)前記界面層の層厚方向の1/2の厚さ位置について、前記工具基体表面と平行な方向に、前記低Co含有領域と前記低C含有領域が交互に存在する。
【0011】
さらに、前記実施態様に係る表面被覆切削工具は、前記硬質被覆層が、TiとAlの複合窒化物層あるいはTiとAlとM(但し、Mは、Tiを除く周期表の4、5、6族の金属元素、Si、Yから選択される1種または2種以上の元素)の複合窒化物層であることが、好ましい。
【発明の効果】
【0012】
前記によれば、高熱発生を伴い、かつ、切刃に対して大きな熱的負荷、機械的負荷がかかるステンレス鋼、Ni基耐熱合金等の難削材の高速切削加工において、硬質被覆層の剥離の発生が抑制され、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る被覆工具の縦断面(工具基体に垂直な断面)の模式図の一例を示す。
【
図2A】実施例8のWC粒子直上の界面層(低Co含有領域)を、工具基体表面に対して垂直な方向(層厚方向)に透過型電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分析法(TEM-EDSライン分析)を行った結果を示した図である。
【
図2B】実施例8の結合相(Coが主成分)直上の界面層(低C含有領域)を、工具基体表面に対して垂直な方向(層厚方向)にTEM-EDSライン分析を行った結果を示した図である。
【
図3A】本発明の一実施形態に係る被覆工具の硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置の一例の概略平面図である。
【
図3B】
図3Aのアークイオンプレーティング装置の概略正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、ステンレス鋼、Ni基耐熱合金等の難削材の高速切削加工のような、高熱発生を伴い、しかも、切刃に対して大きな熱的負荷、機械的負荷が作用する切削加工条件下で、硬質被覆層がすぐれた耐剥離性を有し、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った。
【0015】
すなわち、本発明者らは、界面層、すなわち、前記特許文献1でいう改質相あるいは前記特許文献2、3でいう中間皮膜について研究を進めた。その結果、この界面層は、WC粒子に対する密着性と、結合相(Coが主成分)に対する密着性が異なるため、工具基体表面全体にわたって、均一な密着性を備えていないこと、そのため密着性が劣る箇所から剥離が発生しやすいこと、言い換えると、硬質被覆層の耐剥離性と耐摩耗性が十分でなく、工具寿命が短いことを知見した。
【0016】
そこで、金属イオンボンバード処理条件を変更し、前記特許文献1~3に記載される界面層とは異なる特定の層構造を有する界面層を形成し、該界面層を介して硬質被覆層を形成すれば、硬質被覆層と工具基体との間の密着性を格段に向上させることができること、その結果、ステンレス鋼、Ni基耐熱合金等の難削材の高速切削加工において、硬質被覆層の剥離の発生を抑制することができ、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具が得られることを見出したのである。
【0017】
すなわち、本発明者らは、被覆工具の製造工程における製造条件を制御し、例えば、工具基体表面に対して1×10-3Pa以下の高真空雰囲気下で比較的長時間のCrイオンボンバード処理を施すことにより、工具基体表面にWとCrとCoとCを含有する薄層を形成すると、この薄層において、工具基体を構成するWC粒子の直上の硬質被覆層とWC粒子との界面は、WC粒子との密着性の高いものとなり、また、Coを主成分とする結合相の直上の硬質被覆層と結合相との界面は、この結合相との密着性の高いものとなって、工具基体と硬質被覆層との密着性が、一段と向上することを見出したのである。
【0018】
以下では、この発明の一実施形態(以下、「本実施形態」ということがある)について、詳細に説明する。
なお、本明細書、特許請求の範囲において、数値範囲を「A~B」(A、Bは共に数値である)で表現するとき、その範囲は上限(B)および下限(A)の数値を含んでおり、上限(B)および下限(A)の数値の単位は同じである。なお、数値はすべて測定上の公差を有するものである。
【0019】
また、「Coが主成分」とは、通常のWC基超硬合金において、結合相中に分散して、あるいは、結合相中に固溶することで含有されるTiC、VC、TaC、NbC、Cr3C2等の成分を含有していることを表す。
【0020】
また、本実施形態では、高速切削加工とは、Ni基耐熱合金では、80m/分以上、ステンレス鋼では、100m/分以上の切削加工を云う。
【0021】
図1に、本実施形態に係る被覆工具の縦断面図(模式図)を示す。工具基体1は、WC粒子2とCoが主成分の結合相3を含む。また、工具基体1の表面には硬質被覆層7が設けられ、該硬質被覆層7の工具基体1との間には界面層4が形成されている。この界面層4は、前記WC粒子2の直上に低Co含有領域5と前記結合相3の直上には低C領域6を有している。以下、順にこれらを説明する。
【0022】
<硬質被覆層>
本実施形態に係る被覆工具の硬質被覆層は、従来から知られている硬質被覆層を公知の手段により被覆形成すればよく、その膜種別、層構造を特に制限するものではない。特に、TiとAlの複合窒化物層あるいはTiとAlとM(但し、Mは、Tiを除く周期表の4、5、6族の金属元素、Si、Yから選択される1種または2種以上の元素)の複合窒化物層で構成することが好ましい。例えば、TiAlN、TiAlCrN、TiAlSiN、TiAlCrSiN、TiAlCrSiYN等で硬質被覆層を構成することができる。
【0023】
また、後述する界面層を含めた硬質被覆層の合計の平均層厚は、0.5~10.0μmとすることが好ましい。その理由は、平均層厚が0.5μm未満であると、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することができず、工具寿命が短命となるからであり、一方、合計層厚が10μmを超えると、チッピング、欠損等の異常損傷を発生する恐れがあるからである。
なお、平均層厚は、走査型電子顕微鏡を用いて複数視野(例えば5個)を観察して層厚を求め、平均を算出したものである。
【0024】
<界面層>
本実施形態に係る被覆工具は、工具基体表面と硬質被覆層との間に、WとCrとCoとCを含有した界面層が介在形成され、その平均層厚は1~50nmが好ましい。
平均層厚が1nm未満では、工具基体表面と硬質被覆層との密着性改善効果が少なく、一方、その平均層厚が50nmを超えると、工具基体表面の脆化によって硬質被覆層が剥離しやすくなる。このことから、平均層厚は1~50nmが好ましい。
【0025】
ここで、界面層は、後述するTEM-EDS分析によって、工具基体の内部から工具基体表面に垂直な方向(硬質皮膜の層厚方向)に、被覆工具表面へ向かってCrを検出したとき、Crが検出される点から検出されなくなる点までをいい、この2点間の距離の平均値が平均層厚である。
【0026】
WとCrとCoとCを含有する界面層の層厚、その成分組成は、被覆工具の製造に際して、Crイオンボンバード条件を制御することによって所望のものを得ることができる。
【0027】
特に、本実施形態の界面層は、工具基体と硬質被覆層の密着性を向上させるため、界面層の縦断面(工具基体の表面に垂直な断面)を観察したとき、工具基体表面のWC粒子の直上の界面層では、工具基体の表面から界面層の層厚方向の1/2の厚さ位置までは、Coが0.1~2.5質量%の平均含有比率の低Co含有領域を形成している。
【0028】
ここで、WC粒子の直上の界面層(低Co含有領域)おいて、工具基体の表面から界面層の層厚方向の1/2の厚さ位置までは、WとCrとCoとCの合計量に対して、Wが88~96質量%、Crが2.0~8.0質量%、Coが0.1~2.5質量%、Cが0.8~2.0質量%の平均含有比率であることが好ましい。その理由は以下のとおりである。
【0029】
W含有量(平均含有比率)が88質量%未満では、WC粒子と界面層の密着性向上効果が少なく、そのW含有量が96質量%を超えると、工具基体の巣が多くなり工具基体自体の耐摩耗性・靱性が劣る。また、Cr含有量が2.0質量%未満では、工具基体と硬質被覆層との密着性が充分に発揮されず、Cr含有量が8.0質量%を超えると、工具基体表面の脆化が生じ、硬質被覆層が剥離しやすくなる。さらに、Co含有量が0.1質量%未満では、WC粒子と界面層との密着性が充分に発揮されず、Co含有量が2.5質量%を超えると、工具基体のCoが減少するため耐欠損性・耐チッピング性が低下する。加えて、C含有量が0.8質量%未満では、工具基体と硬質被覆層との十分な密着強度が得られず、C含有量が2.0質量%を超えると、工具基体に脆い脱炭相が形成されやすくなる。
【0030】
また、結合相(Coが主成分)の直上の界面層(低C含有領域)において、工具基体の表面から界面層の層厚方向の1/2の厚さ位置までは、WとCrとCoとCの合計量に対して、Wが25~50質量%、Crが4.0~12.0質量%、Coが40~70質量%、Cが0.1~0.8質量%の平均含有比率であることが好ましい。その理由は以下のとおりである。
【0031】
W含有量が25質量%未満では、結合相と界面層との密着性が充分に発揮されず、W含有量が50質量%を超えると、工具基体の巣が多くなる。また、Cr含有量が4.0質量%未満では、工具基体と硬質被覆層との密着性が充分に発揮されず、Cr含有量が12.0質量%を超えると、工具基体表面の脆化が生じ、硬質被覆層が剥離しやすくなる。さらに、Co含有量が40質量%未満では、結合相と界面層の密着性向上効果が少なく、Co含有量が70質量%を超えると、工具基体のCo量が減少し、工具基体の耐欠損性・耐チッピング性が低下する。加えて、C含有量が0.1質量%未満では、工具基体との密着強度を高める所望の界面層が得られず、C含有量が0.8質量%を超えると、工具基体中の炭素量が減少し、W3Co3Cなどの脆化相が形成される。
【0032】
前記低C含有領域と低Co含有領域が形成されている界面層を、その層厚方向1/2の厚さの位置の縦断面において、工具基体表面に対して平行な方向に、界面層を構成する成分の含有量を、例えば、TEM-EDSによってライン分析した場合、低C含有領域と低Co含有領域とが交互に存在する。
【0033】
なお、前記界面層に、低Co含有領域と低C含有領域が交互に存在する理由については、未だ十分な解明はされていないが、高温状態でかつ長時間のCrボンバード処理にさらされることによって、界面層における選択的な原子の拡散が生じ、低Co含有領域と低C含有領域が形成されるものと推測している。
【0034】
図2A、
図2Bに、このライン分析によって得られた成分組成(本実施形態で注目するもののみ)の変化の様子の一例として、後述する実施例8に関するものを示す。横軸の距離の起点は、工具基体の内部である。また、破線の四角形で囲んだ領域が界面層に相当する。
【0035】
図2Aは、WC基超硬合金表面に存在するWC粒子直上の界面層における成分含有比率変化(at%)を示す。WC粒子直上の界面層には、WとCとCrの存在が確認できるが、Co成分はほとんど存在していない低Co含有領域が形成されていることが分かる。
【0036】
一方、
図2Bは、WC基超硬合金表面に存在する結合相(主成分はCo)直上の界面層における成分含有比率変化(at%)を示す。結合相直上の界面層には、WとCoとCrの存在が確認できるが、C成分はほとんど存在していない低C含有領域が形成されていることが分かる。
【0037】
工具基体表面に存在するWC粒子および結合相のそれぞれの位置に対応するように、低Co含有領域および低C含有領域が形成されているから工具基体表面と界面層の強固な密着性が実現される。
そして、このような界面層を介して硬質被覆層が形成されることによって、工具基体と硬質被覆層の密着性が高い被覆工具を得る。それゆえ、この被覆工具をステンレス鋼、Ni基耐熱合金等の難削材の高速切削加工に供した場合であっても、硬質被覆層の剥離の発生が抑制され、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具となる。
【0038】
<工具基体>
工具基体として用いられるWC基超硬合金では、W含有量が85~95質量%、結合相の主成分であるCoの含有量が4~14質量%であることが好ましい。さらに、結合相中に分散、または、固溶することにより含有されるTiC、VC、TaC、NbC、Cr3C2等の成分を含有してもよい。
【0039】
<製造装置>
図3A、
図3Bは、本実施形態の被覆工具の界面層および硬質被覆層を形成するためのアークイオンプレーティング(以下、「AIP」という)装置の、それぞれ、概略平面図、概略正面図である。
【0040】
図3A、
図3Bから明らかなように、前記AIP装置は、ヒータ11、回転テーブル12、硬質被覆層形成用合金ターゲット(蒸発源)13、金属Crターゲット(蒸発源)14、アノード電極15、反応ガス導入口17、排ガス口18、アーク電源19、バイアス電源20を有し、被処理物である工具基体16に成膜を行うものである。
【0041】
本実施形態の被覆工具の界面層および硬質被覆層を形成するために、まず、AIP装置の回転テーブルに工具基体を配置し、高真空雰囲気下で長時間の所定条件でCrイオンボンバードを行って、工具基体表面にWとCとCoとCrとからなり界面層となる薄層を形成する。その後、界面層が形成された工具基体に、所定の硬質被覆層を形成する。
【0042】
このようにすることによって、工具基体表面に存在するWC粒子および結合相のそれぞれの位置に対応する低Co含有領域および低C含有領域が形成された界面層を介して、硬質被覆層が蒸着され、工具基体に対してすぐれた密着性を有する硬質被覆層を備えた被覆工具を作製することができる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例をあげて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0044】
原料粉末として、いずれも0.5~5μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結した。
【0045】
ついで、切刃部にホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120408に規定するインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体1、2、および、ISO・DCGT11T302に規定するインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体3、4を製造した。そして、工具基体1~4を、AIP装置に装入し、Crイオンボンバード処理を行い、ついで、硬質被覆層を形成した。
【0046】
より具体的な製造工程は、以下のとおりである。
前記工具基体1~4のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、
図3Aおよび
図3Bに示すAIP装置の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着した。AIP装置の一方に金属Crからなるターゲット(カソード電極)を配置し、他方には、硬質被覆層形成用の合金ターゲット(カソード電極)を配置した。
【0047】
AIP装置内を排気して真空(1×10-3Pa以下)に保持しながら、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体を表2に示す所定の温度にまでヒータで加熱し、同じく表2に示すバイアス電圧を工具基体に印加し、工具基体と金属Crイオンボンバード用ターゲットとの間に、同じく表2に示すアーク電流を流し、同じく表2に示す処理時間、工具基体にCrイオンボンバード処理を施すことにより表4に示す界面層を形成した。
【0048】
ついで、AIP装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、表3に示す窒素分圧とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体の温度を表3に示す温度に維持するとともに、表3に示す直流バイアス電圧を印加し、かつ硬質被覆層形成用の合金ターゲット(カソード電極)とアノード電極との間に表3に示すアーク電流を流してアーク放電を発生させ、界面層の表面に、表7に示される平均層厚および組成の硬質被覆層を蒸着形成した。
【0049】
前記製造工程により、表4、表7に示す実施例の表面被覆切削工具1~12(以下、実施例工具1~12という)をそれぞれ製造した。
ここで、実施例工具1~6は、ISO・CNMG120408に規定するインサート形状を有し、実施例工具7~12は、ISO・DCGT11T302に規定するインサート形状を有する。
【0050】
比較の目的で、実施例で作製したWC基超硬合金製の工具基体1~4のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、
図3Aおよび
図3Bに示すAIP装置の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着した。
ついで、表5に示す雰囲気で、実施例に比べ、比較的短時間の条件でCrイオンボンバード処理を施し、表7に示される平均層厚および組成の硬質被覆層を蒸着形成することにより、表6、表7に示す比較例の表面被覆インサート1~10(以下、比較例工具1~10という)を製造した。
【0051】
ここで、比較例工具1、6は、真空雰囲気中で短時間のCrイオンボンバード処理を施しており、比較例工具2、7は、Arガス雰囲気中でCrイオンボンバード処理を施したものである。
【0052】
また、比較例工具3、4、8、9は、前記特許文献1に開示される範囲内の条件でCrイオンボンバード処理を行ったものであり、比較例工具5、10は、前記特許文献2ないし3に開示される範囲内の条件でCrイオンボンバード処理を行ったものである。
【0053】
前記で作製した実施例工具1~12および比較例工具1~10について、TEM-EDS法を用いたライン分析を行った。すなわち、工具基体表面のWC粒子直上に形成されている界面層および結合相(主成分はCo)直上に形成されている界面層について、工具基体の表面に垂直な方向(界面層の層厚方向)に、かつ、界面層の層厚の1/2の厚さ位置までライン分析を行うとともに、界面層を構成する成分の含有量を測定し、それぞれ、ランダムに選んだ10個所のライン分析の測定値を平均して、WC粒子直上の界面層および結合相(主成分はCo)直上の界面層におけるW、Cr、Co、Cの合計量に対するそれぞれの成分の平均含有比率を算出した。表4、表6に、測定・算出結果を示す。
【0054】
図2Aは、工具基体表面に界面層を介して硬質被覆層としてのAl
67Ti
33N層を形成した実施例8工具において、工具基体表面に存在するWC粒子の直上の界面層を構成する成分含有量の変化を示す。
図2Aにおいて、工具基体表面に存在するWC粒子の直上では、界面層中には、WとCrとCに加え、TiおよびAlが存在し、WC基超硬合金の構成成分であるCo(主たる結合相成分)がほとんど検出されない低Co含有領域が形成されていることが分かる。
【0055】
なお、TiおよびAlは、硬質被覆層を構成する成分元素が、Ti、Al、Nであったため、界面層に拡散してきたことにより測定された元素である。なお、
図2A中には、Nについては記載していない。
【0056】
一方、
図2Bは、
図2Aに示したものと同じ実施例8工具において、工具基体表面に存在する結合相(主成分はCo)の直上の界面層を構成する成分含有量の変化を示したものである。工具基体表面に存在する結合相(主成分は、Co)の直上では、界面層中には、WとCrとCoに加え、TiおよびAlが存在し、WC基超硬合金の構成成分であるCがほとんど検出されていない低C含有領域が形成されていることが分かる。
【0057】
なお、TiおよびAlは、
図2Aの場合と同様に、硬質被覆層を構成する成分元素が、界面層に拡散してきたことにより測定された元素である。また、Nについては、
図2Bには記載していない。
【0058】
図2A、
図2Bからも明らかなように、実施例工具の工具基体表面の界面層について、工具基体表面に垂直な方向(界面層の層厚方向)にライン分析を行った場合には、WC粒子直上の界面層であるか、結合相(主成分はCo)の直上の界面層であるかによって、界面層の構成成分の含有比率が大きく異なっている。
【0059】
そして、実施例工具1~12の工具基体表面と平行な方向、かつ、界面層の層厚の1/2の厚さ位置において、界面層の縦断面を観察しライン分析を行い、WC粒子直上の低Co含有領域と結合相(主成分はCo)直上の低C含有領域とが交互に形成されているか否かを観察した。
【0060】
また、比較例工具1~10についても、実施例工具1~12と同様なライン分析を行い、WC粒子直上の界面層および結合相(主成分はCo)直上の界面層の平均組成を測定・算出するとともに、WC粒子直上の低Co含有領域と結合相(主成分はCo)直上の低C含有領域とが交互に形成されているか否かを観察した。
【0061】
なお、低Co含有領域と低C含有領域の交互存在については、TEM-EDSマッピングで決定でき、交互に形成されているか否かを確認できる。例えば、WC粒子直上の場合は、CrとWの元素マッピングが重なる部分を、結合相(主成分はCo)直上の場合は、CrとCoの元素マッピングが重なる部分を、各々の画像解析によって抜き出し解析することで、低Co含有領域と低C含有領域の境界と交互に形成されているか否かを判定できる。
表4、表6に、観察結果を示す。
【0062】
また、実施例工具1~12、比較例工具1~10の界面層、硬質被覆層について、工具基体に垂直な縦断面について、走査型電子顕微鏡を用いて5点の層厚を観察し、その平均値から平均層厚を算出した。表4、表6、表7に、その値を示す。
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
つぎに、実施例工具1~6および比較例工具1~5について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、以下の切削条件1によるNi基耐熱合金の湿式連続高速切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
【0071】
<切削試験1>
被削材:Ni基耐熱合金(Cr19質量%-Fe19質量%-Mo3質量%-Ti0.9質量%-Al0.5質量%-Ni残部)の丸棒
切削速度:100 m/min.
切り込み:0.5 mm、
送り:0.15 mm/rev.
切削長:10 m
切削油:水溶性クーラント
表8に、切削試験1の結果を示す。
【0072】
また、実施例工具7~12および比較例工具6~10について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、以下の切削条件2によるステンレス鋼の湿式連続高速切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
【0073】
<切削試験2>
被削材:JIS・SUS440Cの丸棒
切削速度:100 m/min.
切り込み:1.0 mm、
送り: 0.08 mm/rev.
切削長:2800 m
切削油:油性クーラント
表9に、切削試験2の結果を示す。
【0074】
【0075】
【0076】
表8、表9に示される結果から、実施例工具1~12は、高熱発生を伴い、かつ、切刃に対して大きな熱的負荷、機械的負荷がかかるNi基耐熱合金、ステンレス鋼の高速切削加工において、硬質被覆層の剥離の発生はなく、さらに、溶着、チッピング、欠損等の異常損傷の発生もなく、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することがわかる。
これに対して、比較例工具1~10は、切刃に作用する切削加工時の熱的負荷、機械的負荷により、硬質被覆層の剥離等の異常損傷を発生し、短時間で寿命に至るばかりか、耐摩耗性も劣るものであった。
【0077】
前記開示した実施の形態はすべての点で例示にすぎず、制限的なものではない。本発明の範囲は前記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0078】
1:工具基体
2:WC粒子
3:Coが主成分の結合相
4:界面層
5:低Co含有領域(WC粒子の直上の領域)
6:低C含有領域(結合相の直上の領域)
7:硬質被覆層
11:ヒータ
12:回転テーブル
13:硬質被覆層形成用合金ターゲット(蒸発源)
14:金属Crターゲット(蒸発源)
15:アノード電極
16:工具基体(被処理物)
17:反応ガス導入口
18:排ガス口
19:アーク電源
20:バイアス電源