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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-23
(45)【発行日】2024-05-31
(54)【発明の名称】フェーズドアレイアンテナ装置
(51)【国際特許分類】
   H01Q 3/26 20060101AFI20240524BHJP
   H01Q 21/06 20060101ALI20240524BHJP
   G01S 7/02 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
H01Q3/26 Z
H01Q21/06
G01S7/02 216
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023104327
(22)【出願日】2023-06-26
【審査請求日】2024-02-05
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業、産業技術力強化法第17条第1項の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000925
【氏名又は名称】弁理士法人信友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 崇
(72)【発明者】
【氏名】冨井 直弥
(72)【発明者】
【氏名】小林 雄太
【審査官】佐藤 当秀
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-188943(JP,A)
【文献】特開2013-217884(JP,A)
【文献】特開2018-136219(JP,A)
【文献】特開2020-153871(JP,A)
【文献】特開平06-209209(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01Q 3/26
H01Q 21/06
G01S 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の実アンテナ素子と、
前記実アンテナ素子ごとに設けられた、前記実アンテナ素子で受信したアナログの信号をデジタルの信号に変換して該信号のデータを出力する信号処理部と、
前記実アンテナ素子ごとに設けられた、前記実アンテナ素子の所定範囲内に配置されていると仮定した仮想アンテナ素子と前記実アンテナ素子ごとに、前記信号処理部から出力されるデータに対して、前記実アンテナ素子及び前記仮想アンテナ素子の位置と、指向方向とに基づく遅延処理を行うデータ処理部と、
複数の前記実アンテナ素子の遅延処理後のデータと、複数の前記仮想アンテナ素子の遅延処理後のデータとを加算処理する加算部と、を備える
フェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項2】
前記実アンテナ素子の所定範囲は、前記実アンテナ素子とその周囲に配置した前記仮想アンテナ素子により得られる各データを加算処理したビームパターンに関し、メインローブの出力に対してグレーティングローブの出力が所定のしきい値以下となる範囲である
請求項1に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項3】
前記データ処理部は、前記実アンテナ素子及び前記仮想アンテナ素子ごとに、基準の実アンテナ素子に到達する信号と、前記実アンテナ素子及び前記仮想アンテナ素子に到達する信号との行路差に相当する遅延時間を適用して遅延処理する
請求項2に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項4】
前記遅延時間をt、前記実アンテナ素子を通じて受信したアナログの信号がデジタルの信号に変換されるときのサンプリング間隔をT、サンプリングクロックのサンプル数をn、時間をτ、とすると、遅延時間tは下記式で表され、
t=nT+τ
前記実アンテナ素子と、前記実アンテナ素子の所定範囲内の前記仮想アンテナ素子には、同じサンプル数nが用いられる
請求項3に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項5】
前記データ処理部は、
前記実アンテナ素子及び前記仮想アンテナ素子ごとに設けられた、前記信号処理部から出力される前記実アンテナ素子で受信した信号のデータに対し、サンプリング間隔Tと前記サンプル数nを用いたサンプル遅延処理を行う複数の第1の遅延部と、
前記実アンテナ素子及び前記仮想アンテナ素子ごとに設けられた、複数の前記第1の遅延部のうち対応する前記第1の遅延部から出力されるサンプル遅延処理後のデータに対し、高速フーリエ変換を行う複数の高速フーリエ変換部と、
前記実アンテナ素子及び前記仮想アンテナ素子ごとに設けられた、複数の前記高速フーリエ変換部のうち対応する前記高速フーリエ変換部から出力されるデータに対し、時間τを用いた位相スロープを付加することによる遅延処理を行い前記加算部へ出力する複数の第2の遅延部と、を有する
請求項4に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項6】
前記データ処理部は、
前記実アンテナ素子ごとに設けられた、前記信号処理部から出力される前記実アンテナ素子で受信した信号のデータに対し、サンプリング間隔Tと前記サンプル数nを用いたサンプル遅延処理を行う第1の遅延部と、
前記実アンテナ素子ごとに設けられた、前記第1の遅延部から出力されるサンプル遅延処理後のデータに対し、高速フーリエ変換を行う高速フーリエ変換部と、
前記実アンテナ素子及び前記仮想アンテナ素子ごとに設けられた、前記高速フーリエ変換部から出力されるデータに対し、時間τを用いた位相スロープを付加することによる遅延処理を行い前記加算部へ出力する複数の第2の遅延部と、を有する
請求項4に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【請求項7】
前記データ処理部は、
前記実アンテナ素子ごとに設けられた、前記信号処理部から出力される前記実アンテナ素子で受信した信号のデータに対し、高速フーリエ変換を行う高速フーリエ変換部と、
前記実アンテナ素子及び前記仮想アンテナ素子ごとに設けられた、前記高速フーリエ変換部から出力されるデータに対し、前記遅延時間tを用いた位相スロープを付加することによる遅延処理を行い前記加算部へ出力する複数の遅延部と、を有する
請求項4に記載のフェーズドアレイアンテナ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主にマイクロ波を受信するためのフェーズドアレイアンテナ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電波を受信するアンテナの指向範囲(ビーム幅)を狭くし、指向方向を連続的に変化させる技術は、例えばマイクロ波リモートセンシングにおいては、観測量の分布を高空間分解能で得るために必要不可欠である。この技術の具体的な手法としては、(1)アンテナを取り付けた反射鏡を回転させる、(2)複数のアンテナ素子でフェーズドアレイアンテナを構成し、各アンテナ素子からの受信信号を指向方向に合わせて時間差をつけて合成する、ことが考えられる。
【0003】
衛星観測の場合、観測量の分布を高精細で得るために空間分解能は高い方が望ましい。電波より遥かに高周波数(短波長)の可視光線又は赤外線であれば、従来技術でも最高数mの空間分解能で観測した信号の強度分布が得られる。しかし、可視光線又は赤外線を用いても、雲の下の物体の情報や、可視光線なら夜間の物体の情報に対しては、観測した信号の強度分布を得ることができない。
【0004】
一方、可視光線又は赤外線に比べて、波長の長い電波ならば雲の下の物体の情報や夜間の物体の情報に対しても、アンテナの空間分解能により観測対象の強度分布を得ることができる。ただし、電波を用いた従来技術では、空間分解能が低いことが問題となっていた。このため、空間分解能を上げて、従来技術の問題を解決することが求められていた。
【0005】
上記(2)のフェーズドアレイアンテナ装置として、本出願人により、特許文献1に記載のフェーズドアレイアンテナ装置が提案されている。特許文献1には「フェーズドアレイアンテナ装置は、アンプで増幅したアンテナのアナログ信号を、BPFを介して直接A/D変換する。そして、FFTで複素周波数データに変換後、クロススペクトル演算を行う。微弱な電磁波を検出するため、長時間に渡ってFFTを繰り返し実行し、最後に積算する」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2021-93679号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高空間分解能で電波の強度を観測するにあたっては、(1)の場合は大型の回転反射鏡を必要とし、(2)の場合は多くのアンテナ素子を必要とする。いずれの場合も重厚長大なシステムとなってしまい、製造コストの増加につながるだけでなく、システムの設置環境が制限されるなどの問題があった。
【0008】
本発明は、上記の状況に鑑みてなされたものであり、少ないアンテナ素子数であっても、高空間分解能を実現することが可能なフェーズドアレイアンテナ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明の一態様のフェーズドアレイアンテナ装置は、複数の実アンテナ素子と、信号処理部と、データ処理部と、加算部と、を備える。
上記信号処理部は、実アンテナ素子ごとに設けられた、実アンテナ素子で受信したアナログ信号をデジタル信号(デジタルデータ)に変換する。上記データ処理部は、実アンテナ素子ごとに設けられた、実アンテナ素子の所定範囲内に配置されていると仮定した仮想アンテナ素子と実アンテナ素子ごとに、上記信号処理部から出力されるデジタルデータに対して、実アンテナ素子及び仮想アンテナ素子の位置と、指向方向とに基づく遅延処理を行う。上記加算部は、複数の実アンテナ素子の遅延処理後のデジタルデータと、複数の仮想アンテナ素子の遅延処理後のデジタルデータとの加算処理を行う。
【発明の効果】
【0010】
本発明の少なくとも一態様によれば、少ないアンテナ素子数であっても、高空間分解能を実現することが可能なフェーズドアレイアンテナ装置を提供することができる。
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の技術的思想を説明する図である。
図2】A/D変換機能を実装したフェーズドアレイアンテナ装置の例を示す図である。
図3】2つのアンテナ素子間における指向方向から到達する信号の行路差及び遅延時間を説明する図である。
図4】本発明の第1の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置の構成例を示す図である。
図5】本発明の第1の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置が備えるコントローラのハードウェア構成例を示すブロック図である。
図6】本発明の第2の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置の構成例を示す図である。
図7】本発明の第3の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置の構成例を示す図である。
図8図8Aは、複数の実アンテナ素子によるアレイアンテナの例を示す図である。図8Bは、図8Aのアレイアンテナによるビームパターンの例を示す図である。
図9図9Aは、1個の実アンテナ素子の周辺に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナの例を示す図である。図9Bは、図9Aのアレイアンテナによるビームパターンの例を示す図である。
図10図10Aは、複数の実アンテナ素子の各々の周囲に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナの例を示す図である。図10Bは、図10Aのアレイアンテナによるビームパターンの例を示す図である。
図11図11Aは、複数の実アンテナ素子によるアレイアンテナの例と、そのアレイアンテナによるビームパターンのシミュレーションの結果を示す図である。図11Bは、複数の実アンテナ素子の各々の周囲に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナの例と、そのアレイアンテナによるビームパターンのシミュレーションの結果を示す図である。
図12図12Aは、複数の実アンテナ素子によるアレイアンテナの例と、そのアレイアンテナによる電力カウント値の実測の結果を示す図である。図12Bは、複数の実アンテナ素子の各々の周囲に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナの例と、そのアレイアンテナによる電力カウント値の実測の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「実施形態」と称する)の例について、添付図面を参照して説明する。本明細書及び添付図面において、同一の構成要素又は実質的に同一の機能を有する構成要素には同一の符号を付して重複する説明を省略する。また、同一あるいは同様の機能を有する構成要素が複数ある場合には、同一の符号に異なる添字を付して説明する場合がある。なお、これらの複数の構成要素を区別する必要がない場合には、添字を省略して説明することもある。
【0013】
<第1の実施形態>
本発明の第1の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置について、図1図5を参照して説明する。
【0014】
[本発明の技術的思想]
まず、本発明の技術的思想について、図1を参照して説明する。
図1に示すように、実際に存在するアンテナ素子Eに対して、実際には存在しない仮想的なアンテナ素子Ei,jを定義し、基線ベクトルa、及び鋭い感度を向けたい方向(指向方向)への単位ベクトルrを設定すると(図3参照)、アンテナ素子Eとアンテナ素子Ei,jの行路差δは、次式(1)で表される。以降、実際に存在するアンテナ素子を「実素子」、実際には存在しない仮想的なアンテナ素子を「仮想素子」とも記載する。
【0015】
【数1】
ただし、光速c=3×10[m/s]
【0016】
本発明では、実素子Eの受信信号をδ/cだけ遅らせた信号を、仮想素子Ei,jが受信したとみなして処理する。受信信号を正確に遅らせて合成するために、受信信号をアナログ-デジタル変換(A/D変換)したデジタル信号を処理対象とする。ここで、基線ベクトルaの大きさの限界は、次式(2)のように表すことができる。
【0017】
【数2】
【0018】
A/D変換器のサンプリング速度(SPS:Sample Per Second)をより高速に、すなわちサンプリング間隔Tをより短くすることができれば、高い精度で遅延時間δ/cの限界(図1の破線で示した円)を求めることが可能である。例えば、本実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置では、A/D変換のサンプリング速度及びサンプリング間隔は以下の値である。
【0019】
・A/D変換のサンプリング速度:
F=27.648×10[SPS](27.648[GSPS])
・A/D変換のサンプリング間隔:
T=1/F=1/(27.648×10
【0020】
[A/D変換機能を実装したフェーズドアレイアンテナ装置]
次に、A/D変換機能を実装したフェーズドアレイアンテナ装置について、図2を参照して説明する。
【0021】
図2は、A/D変換機能を実装したフェーズドアレイアンテナ装置の例を示す図である。
図2に示すように、アレイアンテナを構成するアンテナ素子(▽記号)群は、原点Oのアンテナ素子を基準として配置されている。ここでは、4つのアンテナ素子の例であるが、アンテナ素子の数はこの例に限らない。
【0022】
図2の例では、この基準のアンテナ素子から他の複数のアンテナ素子までの距離はそれぞれ、距離b~bである。距離b~bはそれぞれ、基準のアンテナ素子と他の複数のアンテナ素子との位置関係を表しているとも言える。また、指向方向R(θ,φ)において、基準のアンテナ素子と、距離bの位置関係にあるアンテナ素子との行路差はdであり、基準のアンテナ素子と、距離bの位置関係にあるアンテナ素子との行路差はdである。θは方位角、φは仰角である。
【0023】
フェーズドアレイアンテナ装置において、各アンテナ素子による受信信号をA/D変換した後、各受信信号のデジタルデータ(以下、受信データ)に対して指向方向R(θ,φ)に応じた行路差dに基づく遅延付加t0~t3を行う。遅延付加(指向制御)された受信データは、周波数解析処理として高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)が適用される(g0~g3)。
【0024】
その後、フェーズドアレイアンテナ装置は、各受信データに高速フーリエ変換を実施して得られた出力データ(スペクトル成分データ)を用いて電圧加算を行う。ここでは、図示しないが、2つのFFTの出力データ(例えば、g0,g1)について、同じ複素周波数成分ごとに、片方のデータを共役複素数に変換した上で乗算処理を行う。
【0025】
そして、フェーズドアレイアンテナ装置は、乗算処理により得られた各出力データ(クロススペクトル成分データ)の加算処理(相関処理)を行う。これは、アンテナの受信信号電圧を加算(相関処理)することに相当する。なお、このようなフェーズドアレイアンテナ装置における電圧加算処理の方法は、特許文献1に記載されているように周知である。
【0026】
フェーズドアレイアンテナ装置は、加算処理により得られた各出力データ(電圧スペクトル成分データ)に対して、電力変換(積分処理)を行う。ここでは、電圧スペクトル成分データの自己相関処理が行われる。「自己相関」とは、ある波形(データ)と、それと対応する同じ波形(データ)の相関を求める処理であり、全時刻において、ある波形の値とそれと同じ波形の値(複素数ならその共役複素数)を掛ける処理である。
【0027】
アンテナ素子は電力(エネルギー)を受信すると、アンテナ素子には電力に対応する電圧が掛かる。よって、アンテナ素子の後段に配置される受信回路にも電圧が掛かり、それに対応する電流が流れて、電流×電圧=(電圧/抵抗)を計算して電力が得られる。
【0028】
上述のように、受信回路を流れる電圧をデジタルデータ化した時系列信号に対してフーリエ変換が適用される。フーリエ変換の結果、電圧の各周波数成分に対応する複素フーリエ係数が求まる。このとき、電圧の各周波数成分に対応する複素フーリエ係数のtan-1(虚部/実部)は、フーリエ変換を行った瞬間の位相を表している。なお、フーリエ変換を行った瞬間の位相において、電圧の各周波数成分が持つ電力は不変である。これは、複素数の特性(位相、ノルム)のうち、ノルム=(実部+虚部)=(実部+虚部)×(実部-虚部)が位相に関わらず不変であることに対応する。
【0029】
以上より、受信信号の電圧の全周波数成分に関する複素フーリエ係数(=複素電圧スペクトル成分データ)の自己相関を求めることは、電力スペクトル成分データ(電力の全周波数成分)を求めることである。また、電力スペクトル成分データは、複素電圧スペクトル成分データのノルム、すなわち、複素電圧スペクトル成分データの「(実部+虚部)×(実部-虚部)」を求めることで得られる。ここで、電力スペクトル成分データを、アンテナ受信電力スペクトルとも呼ぶ。このようなフェーズドアレイアンテナ装置における電力変換処理の方法は、特許文献1に記載されているように周知である。
【0030】
フェーズドアレイアンテナ装置は、電力変換後、アンテナ受信電力スペクトルを時間積分し、輝度温度校正処理を実施して、指向方向R(θ,φ)ごとに輝度温度スペクトルを得る。一般に、熱的な温度(T)は輝度温度(T)とは異なる。
【0031】
時間積分は、1回のフーリエ変換で得られた電力スペクトルを順次、足し合わせていく処理である。これにより、時間変化による電力の激しい変化が弱まり、時間変化による電力の緩い変化だけが残る。例えば、受信信号を27.648GSPSでA/D変換して1024点のデータを得るには、約3.6nsかかる。そして、ここからそれらのデータをフーリエ変換した後に自己相関を計算して電力スペクトル成分データとし、レジスタ(メモリ)に保持するまで数ns(ここでは6.4nsとする)かかる。すなわち、1回のフーリエ変換の所要時間が10nsである場合、積分時間が1秒ならば、電力スペクトルは1000万回足し合わされることになる。
【0032】
フェーズドアレイアンテナ装置では、実際には、アンテナ素子で受信した電圧は、A/D変換されるまでに何回か増幅器(例えば、LNA(Low Noise Amplifier))で増幅されるため、得られる電力スペクトルは増幅器の特性を含んだものになる。これを「電力カウント値スペクトル」と呼び、アンテナ素子で受信した「電力スペクトル」とは異なる。この電力カウント値スペクトルは、後述する図12の電力カウント値に相当する。
【0033】
アンテナ素子で受信した電力スペクトルを得るには、電力カウント値スペクトルを換算する手続きが必要で、これを校正処理という。アンテナ素子で受信した電力(P)と輝度温度(T)は、T=P/kB(k:ボルツマン定数、B:帯域幅)で変換できる。例えば、受信信号を27.648GSPSでA/D変換して1024点のデータを得てフーリエ変換すると、スペクトルの隣同士の間隔は27.648×10/1024=27×10Hz=27MHzとなる。よって、ある周波数においてアンテナ素子で受信した輝度温度(T)が300Kであれば、アンテナ素子で受信した電力(P)は、kB・T=1.1・10-11Wである。これは、増幅器の特性を含む電力カウント値とは異なる。
【0034】
このように、アンテナ素子で受信した電力は極めて小さな値で扱いにくいことから、代わりに輝度温度が用いられる。電力カウント値からアンテナ素子で受信した電力(=輝度温度スペクトル)を求めるには、既知の「輝度温度-電力カウント値」の関係を2つ持っておいて、この関係を内挿及び/又は外挿して、任意の電力カウント値から対応する輝度温度に換算する。熱的な温度が既知の吸収体は、輝度温度も既知である。例えば、熱的な温度が100Kの吸収体(受信回路上では終端器)の輝度温度は100K、熱的な温度が400Kなら輝度温度は400Kである。
【0035】
このようなA/D変換機能を実装したフェーズドアレイアンテナ装置は、一般的な無線通信やマイクロ波放射計等とは異なり、極めて広い周波数範囲の微弱な電磁波を、周波数成分毎に検出することが可能になる。また、A/D変換機能を実装したフェーズドアレイアンテナ装置は、機械可動部品を全く使わないため、機械可動部品を使用するアンテナ装置と比べて長寿命である。また、A/D変換機能を実装したフェーズドアレイアンテナ装置は、回転駆動させる必要がないため、機械可動部品を使用するアンテナ装置よりも容易に装置の規模を大きくすることができる。このことは、アンテナ装置の空間分解能の点で有利である。
【0036】
なお、既述したように、A/D変換機能を実装したフェーズドアレイアンテナ装置については、特許文献1にも開示されている。
【0037】
[アンテナ素子間における指向方向から到達する信号の行路差]
次に、2つのアンテナ素子間における指向方向から到達する信号の行路差及び遅延時間について、図3を参照して説明する。簡単のため、2つのアンテナ素子で説明する。
【0038】
図3は、2つのアンテナ素子間における指向方向から到達する信号の行路差及び遅延時間を説明する図である。図中、第1素子は実素子、第2素子は仮想素子に対応する。2つのアンテナ素子間での指向方向からの信号の行路差をδ、受信信号が行路差δだけ進むのに要する時間(遅延時間)をt=δ/cとすると、サンプリング間隔T=1/F=1/(27.648×10[SPS])により、遅延時間tは次式(3)で表すことができる。nはサンプリングクロックのサンプル数、nTはサンプル遅延(ビット遅延とも呼ばれる)である。
【0039】
【数3】
【0040】
第2素子で受信した信号を遅延時間tだけ遅らせて、第1素子で受信した信号と合成する。周波数fの信号は時間τで位相が2πfτ進む。そのため、nサンプル遅延させた第2素子の信号をFFTでスペクトルに分解し、その各周波数成分にej2πfτ(位相スロープ)を掛ければ、遅延時間tだけ遅らせた第2素子の信号(の各周波数成分)が得られる。時間τは、サンプリング間隔Tよりも短い時間とする。時間τにより、遅延時間tについて、サンプル遅延nTでは調整できない端数の時間を調整可能となる。
【0041】
[フェーズドアレイアンテナ装置の構成]
次に、図1図3に示した技術的思想を実装した、本発明の第1の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置の構成について、図4を参照して説明する。
【0042】
図4は、本発明の第1の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置の構成例を示す図である。図4に示すフェーズドアレイアンテナ装置400は、アンテナ素子群10、信号処理部20、データ処理部30、クロック制御部107、遅延パターンデータ108、電圧加算部40、及び電力変換部50を備える。なお、データ処理部30、クロック制御部107、及び遅延パターンデータ108は、コントローラ500に内包されている。コントローラ500のハードウェア構成については、図5で後述する。
【0043】
アンテナ素子群10は、複数の実アンテナ素子(以下、実素子)とその周囲に配置される複数の仮想アンテナ素子(以下、仮想素子)を含み、実素子ごとにグループに分けられる。仮に実素子が14個であれば、14のグループが形成される。図4において、実素子1のグループG1は、実素子101r(実素子1)と、仮想素子101a~101c(実素子1の仮想素子1~3)を含む。
【0044】
また、実素子2のグループG2は、実素子201r(実素子2)と、仮想素子201a~201c(実素子2の仮想素子1~3)を含む。図4では、仮想素子をはじめとして、仮想の回路及び処理部を破線で示している。以下では、実素子1のグループG1と実素子2のグループG2は、信号処理部20及びデータ処理部30の構成は同じであるから、実素子1のグループG1について説明する。
【0045】
信号処理部20は、受信回路(図中、RC)102rと、A/D変換器103rを備え、実素子101rを通じて受信した信号をデジタルデータに変換する。信号処理部20は、実素子ごとに設けられる。実素子1のグループG1では、信号処理部20は、実素子101rに到達した電波を受信する受信回路102r、及びA/D変換器103rを備える。また、信号処理部20は、仮想素子101a~101cに到達した電波を受信する仮想の受信回路102a~102c、及び仮想のA/D変換器103a~103cを備える。
【0046】
仮想素子101a~101c、仮想の受信回路102a~102c、及び仮想のA/D変換器103a~103cは、実際には存在しない。後述するデータ処理部30におけるソフトウェア処理によって、仮想素子101a~101c、仮想の受信回路102a~102c、及び仮想のA/D変換器103a~103cがあたかも存在するかのような処理が行われる。
【0047】
受信回路102r(図中、RC)は、一例として、LNA等のプリアンプ及びBPF(Band-Pass Filter)により構成される。A/D変換器103r(図中、A/D)は、アナログの入力信号をデジタル化して後段のデータ処理部30に出力する。なお、信号処理部20において、A/D変換器103の後段にレジスタ又はメモリを設けてもよい。
【0048】
データ処理部30は、信号処理部20から出力される各アンテナ素子の受信信号のデジタルデータに、周波数解析処理、及び遅延処理を適用して電圧加算部40に出力する。データ処理部30は、実素子ごとに設けられる。実素子1のグループG1では、データ処理部30は、実素子101rで受信した信号のデータが入力されるサンプル遅延部104r,104a~104cと、FFT105r,105a~105cと、スロープ付加部106r,106a~106cを備える。データ処理部30の処理は、クロック制御部107により制御される。データ処理部30は、仮想素子の信号に対応するデータに対して、「サンプル遅延」と「スロープ付加」を行う。
【0049】
データ処理部30は、実素子及び仮想素子ごとに、基準の実素子に到達する信号と、実素子及び仮想素子に到達する信号との行路差(図2)に相当する遅延時間を適用して遅延処理する。
【0050】
クロック制御部107は、フェーズドアレイアンテナ装置400が電波を受信する目標とする方角(指向方向)に応じて、データ処理部30へのサンプリングクロックの供給タイミングに時間的なズレ(遅延)を与える。
【0051】
クロック制御部107は、予め設定された又は手動で指定された対象エリアを走査する際に、指向方向(θ,φ)ごとに遅延パターンデータ108から遅延時間t(n,τ)を読み込む。そして、クロック制御部107は、サンプル遅延部104r,104a~104cに遅延させるサンプル数n、スロープ付加部106r,106a~106cに時間τを通知する。本実施形態において、時間τはサンプリング間隔Tよりも短い。同様にして、クロック制御部107は、実素子2のグループG2及び他のグループに対しても、クロック制御を行う。
【0052】
遅延パターンデータ108は、アンテナ素子群10の実素子及び各仮想素子に対して、指向方向(方位角θ、仰角φ)と遅延時間t(n,τ)の対応関係を定義したマップ情報(テーブル)である。基準の実素子から他の実素子及び周囲の仮想素子への距離が異なる場合、基準の実素子に対する他の実素子及び周囲の仮想素子の受信信号の遅延時間tが変わり、基準の実素子から他の実素子及び周囲の仮想素子への距離が同じならば遅延時間tは変わらない。
【0053】
サンプル遅延部104r,104a~104cは、実素子101rの所定範囲内に配置されていると仮定した仮想素子101a~101cと実素子101rごとに、信号処理部20から出力される実素子のデータに対して、実素子101r及び仮想素子101a~101cの位置と、指向方向(θ,φ)とに基づくサンプル遅延処理を行う。サンプル遅延部104では、各仮想素子の信号は実素子で受信された信号と同じとみなされる。本実施形態では、サンプル遅延部104は、クロック制御部107から通知されたサンプル遅延nTに基づいて、実素子101rで受信した信号の高速フーリエ変換前のデジタルデータに遅延処理を行う。
【0054】
上記の実素子の所定範囲は、実素子とその周囲に配置した仮想素子により得られる各データを加算処理したビームパターンに関し、メインローブの出力に対してグレーティングローブの出力が所定のしきい値(10%等)以下となる範囲である。一般に、メインローブに対するグレーティングローブの出力が10%以下の場合、ビームパターンについて一定の品質を期待できる。このような条件下で各仮想素子を実素子の周囲に仮想的に配置することで、各仮想素子の信号は実素子で受信された信号と同じとみなすことができる。それゆえ、実素子で受信した信号を用いて、仮想素子について実際に存在するかのような信号処理を行うことができる。
【0055】
FFT105r,105a~105cは、サンプル遅延部104r,104a~104cの各々から出力される遅延処理されたデータに、高速フーリエ変換を適用して周波数解析を行う。FFTは、例えば集積回路で設計するなどによりハードウェアで実現してもよい。例えば、ハードウェアとして、FPGA(Field Programmable Gate Array)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)などを用いてもよい。
【0056】
スロープ付加部106r,106a~106cは、FFT105r,105a~105cから出力されるスペクトル成分データに、位相スロープを付加するスロープ付加処理を行う。スロープ付加部106r,106a~106cは、クロック制御部107から通知された時間τに基づいて、高速フーリエ変換後の各スペクトル成分データに位相スロープej2πfτを付加する。
【0057】
実素子2のグループG2においても、アンテナ素子群10、信号処理部20、データ処理部30、を備える。実素子2のグループG2では、アンテナ素子群10は、例えば実素子101rに隣接して配置された実素子201r(実素子2)と、仮想素子201a~201c(実素子2の仮想素子1~3)を含む。
【0058】
また、実素子2のグループG2では、信号処理部20は、受信回路(図中、RC)202rと、A/D変換器203rを備える。また、実素子2のグループG2では、データ処理部30は、実素子201rで受信した信号のデータが入力されるサンプル遅延部204r,204a~204cと、FFT205r,205a~205cと、スロープ付加部206r,206c~206cを備える。
【0059】
図4の例では、データ処理部30、クロック制御部107、及び遅延パターンデータ108が、コントローラ500に内包されものとした。一方、データ処理部30と、クロック制御部107及び遅延パターンデータ108とを別体の構成としてもよいし、データ処理部30がクロック制御部107及び遅延パターンデータ108を含む構成としてもよい。すなわち、コントローラ500に、クロック制御部107のクロック制御機能と、データ処理部30のデータ処理機能が実装される。
【0060】
[コントローラのハードウェア構成]
ここで、フェーズドアレイアンテナ装置400が備えるコントローラ500のハードウェア構成について、図5を参照して説明する。
【0061】
図5は、コントローラ500のハードウェア構成例を示すブロック図である。コントローラ500は、一例としてFPGAを用いて構成することができる。図5に示すように、コントローラ500は、一例として、プロセッサ501、メモリ502、不揮発性ストレージ503、及び入出力インターフェース504を備える。各ブロックは、システムバスを介して相互にデータを送信及び受信することができる。コントローラ500の構成は、コンピューターとして用いられるハードウェアの一例である。
【0062】
プロセッサ501は、本実施形態に係る各機能を実現するソフトウェアのプログラムコードを不揮発性ストレージ503から読み出してメモリ502にロードし、実行する。メモリ502には、プロセッサ501の演算処理の途中で発生した変数やパラメーター等が一時的に書き込まれ、これらの変数やパラメーター等がプロセッサ501によって適宜読み出される。プロセッサ501がメモリ502に読み出したプログラムコードを実行することで、コントローラ500のクロック制御機能及びデータ処理機能が実現される。
【0063】
不揮発性ストレージ503は、非一過性の記録媒体の一例であり、プログラムが使用するデータやプログラムを実行して得られたデータなどを保存することが可能である。遅延パターンデータ108は、不揮発性ストレージ503を用いて構成される。不揮発性ストレージ503としては、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)、光や磁気を利用するディスク媒体、又は半導体メモリカード等が用いられる。
【0064】
入出力インターフェース504には、例えばNIC(Network Interface Card)等の通信デバイスが用いられる。入出力インターフェース504は、インターネット等の通信ネットワーク等を介して、信号処理部20や外部装置との間で各種のデータを送受信することが可能に構成されている。
以上、フェーズドアレイアンテナ装置400が備えるコントローラ500のハードウェア構成について説明した。
【0065】
再び、図4に戻って説明を続ける。図4に示したデータ処理部30は、サンプル遅延部104により、ある実素子で受信した信号のデータを、基準の実素子で受信した信号のデータに対する遅延時間を考慮しサンプリング間隔をTとしてnサンプル分遅延させた後、FFT105によりフーリエ変換を実行する。そして、データ処理部30は、FFT105により実素子の信号のデータをフーリエ変換して得られたスペクト成分データを、仮想素子のスペクト成分データとして使用する。
【0066】
そして、データ処理部30は、FFT105でフーリエ変換を実施して得られた出力データを電圧加算部40により加算して、周波数成分ごとの複素電圧スペクトルを得る。電圧加算部40は、データ処理部30から出力された各グループの、複数の実素子の遅延処理後のデータと、複数の仮想素子の遅延処理後のデータとを加算する。
【0067】
さらに、データ処理部30は、電力変換部50により、それぞれの複素電圧スペクトルを加算して自己相関を取って電力スペクトルを得る。この電力スペクトルは、基準の実素子と他の実素子の行路差がサンプル遅延nTになるような指向方向全てから受信した電力の総和を表している。
【0068】
本実施形態では、ある実素子のグループに属する仮想素子群に対し、サンプル遅延処理時にその実素子と同じサンプル数nを使う。すなわち、t=nT+τで規定される遅延時間tに関し、実素子とその周囲の仮想素子群で同じサンプル遅延nTを適用し、ベクトルaの大きさの限界(図1)を超えない範囲で、時間τによって各素子のデータに適切な遅延時間tを与える。
【0069】
このようにすることで、一つの実素子の周囲の、遅延時間の限界を超えない範囲で各々の行路差が異なる位置に、複数の仮想素子を配置した計算になる。それにより、高空間分解能のフェーズドアレイアンテナ装置が実現される。
【0070】
このような構成の本実施形態によれば、フェーズドアレイアンテナ装置を構成するアンテナ素子を設置できる面積を小さくすることができる。そのため、質量や供給電力上限に制約がある小型衛星に対しても、本実施形態のフェーズドアレイアンテナ装置を設置することが可能になる。
【0071】
例えば、フェーズドアレイアンテナ装置400は、多くのアンテナ素子を必要とする従来のフェーズドアレイアンテナ装置と同様に、鋭いビーム幅を実現することができる。よって、本実施形態のフェーズドアレイアンテナ装置を衛星観測に用いた場合には、高空間分解能観測が実現される。
【0072】
以上のとおり、第1の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置は、複数の実アンテナ素子と、実アンテナ素子ごとに設けられた、実アンテナ素子を通じて受信したアナログの信号をデジタルの信号に変換して該信号のデータを出力する信号処理部(信号処理部20)と、実アンテナ素子ごとに設けられた、実アンテナ素子の所定範囲内に配置されていると仮定した仮想アンテナ素子と実アンテナ素子ごとに、信号処理部から出力されるデータに対して、実アンテナ素子又は仮想アンテナ素子の位置と、指向方向とに基づく遅延処理を行うデータ処理部(データ処理部30)と、複数の実アンテナ素子の遅延処理後のデータと、複数の仮想アンテナ素子の遅延処理後のデータとを加算する加算部(電圧加算部40)と、を備える。
【0073】
より具体的には、本実施形態によるデータ処理部(データ処理部30)は、実アンテナ素子及び仮想アンテナ素子ごとに設けられた、信号処理部から出力される実アンテナ素子で受信した信号のデータに対し、サンプリング間隔Tとサンプル数nを用いたサンプル遅延処理を行う第1の遅延部(サンプル遅延部104r,104a~104c,204r,204a~204c)と、実アンテナ素子及び仮想アンテナ素子ごとに設けられた、第1の遅延部から出力されるサンプル遅延処理後のデータに対し、高速フーリエ変換を行う高速フーリエ変換部(FFT105r,105a~105c,205r,205a~205c)と、実アンテナ素子及び仮想アンテナ素子ごとに設けられた、高速フーリエ変換部から出力されるデータに対し、時間τを用いた位相スロープを付加することによる遅延処理を行い加算部へ出力する複数の第2の遅延部(スロープ付加部106r,106a~106c,206r,206a~206c)と、を有する。
【0074】
上述した本実施形態によれば、少ない実アンテナ素子数であっても、仮想的に多くのアンテナ素子で構成されたフェーズドアレイアンテナ装置を実現することができる。これは、実際に多くの実アンテナ素子で構成されたフェーズドアレイアンテナ装置に匹敵する高空間分解能、及び指向制御機能を、少ないアンテナ素子数で実現できることを意味する。
【0075】
また、本実施形態によれば、アンテナ素子数が少なくなることで、同一性能の実現に必要な製造コストを下げることができる。そして、アンテナ素子数が少なくなることで、従来は、設置面積や質量、供給電力上限で不可能だった場所にも、フェーズドアレイアンテナ装置を設置できることになり、フェーズドアレイアンテナ装置の適用範囲を広げることができる。
【0076】
衛星/地上を問わず、干渉計や合成開口レーダなどフェーズドアレイアンテナ装置を使用するマイクロ波送受信システムの利用は多岐に渡る。それゆえ、マイクロ波送受信システムに本発明のフェーズドアレイアンテナ装置を適用することで、小型化及び軽量化の恩恵を受けられる範囲が広がることが期待できる。
【0077】
<第2の実施形態>
第2の実施形態は、第1の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置400(図4)のデータ処理部30の構成を簡素化した例である。
【0078】
図6は、本発明の第2の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置の構成例を示す図である。図6に示すフェーズドアレイアンテナ装置600では、コントローラ500が、第1の実施形態に係るデータ処理部30(図4)の代わりに、データ処理部30Aを備える。
【0079】
データ処理部30Aは、仮想素子の信号に対応するデータに対して「スロープ付加」のみを行うように構成されている。実素子1のグループG1では、仮想素子101a~101cの信号に対応するデータに対して、データ処理部30Aに、サンプル遅延部104a~104c、及びFFT105a~105cが存在しない。
【0080】
同様に、実素子2のグループG2では、仮想素子201a~201cの信号に対応するデータに対して、データ処理部30Aに、サンプル遅延部204a~204c、及びFFT205a~205cが存在しない。
【0081】
本実施形態では、第1の実施形態と同様に、ある実素子のグループに属する仮想素子群に対し、サンプル遅延処理時にその実素子と同じサンプル数nによるサンプル遅延nTを考慮する。ここでは、実素子のデータに対してのみサンプル遅延nTを反映し、サンプル遅延nTを反映したデータを、実素子と仮想素子群の各々のスロープ付加部に入力する。そして、各スロープ付加部において最終的に、ベクトルaの大きさの限界(図1)を超えない範囲で、時間τによって各素子のデータに適切な遅延時間tを与える。
【0082】
このようにすることで、第1の実施形態よりも簡素な構成によって、一つの実素子の周囲の、遅延時間の限界を超えない範囲で各々の行路差が異なる位置に、複数の仮想素子を配置した計算になる。この構成でも、高空間分解能のフェーズドアレイアンテナ装置が実現される。
【0083】
また、実素子と仮想素子の信号を処理するコントローラ500(例えば、FPGAで構成)に書き込めるプログラム容量には、制限がある。しかし、本実施形態では、仮想素子用のサンプル遅延部とFFTが不要となるため、プログラム容量を減らして仮想素子の数を増やすことができる。これにより、更に高空間分解能のフェーズドアレイアンテナ装置を実現できる。
【0084】
以上のとおり、第2の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置では、データ処理部(データ処理部30A)は、実アンテナ素子ごとに設けられた、信号処理部から出力される実アンテナ素子で受信した信号のデータに対し、サンプリング間隔Tとサンプル数nを用いたサンプル遅延処理を行う第1の遅延部(サンプル遅延部104r,204r)と、実アンテナ素子ごとに設けられた、第1の遅延部から出力されるサンプル遅延処理後のデータに対し、高速フーリエ変換を行う高速フーリエ変換部(FFT105r,205r)と、実アンテナ素子及び仮想アンテナ素子ごとに設けられた、高速フーリエ変換部から出力されるデータに対し、時間τを用いた位相スロープを付加することによる遅延処理を行い加算部へ出力する複数の第2の遅延部(スロープ付加部106r,106a~106c,206r,206a~206c)と、を有する。
【0085】
<第3の実施形態>
第3の実施形態は、第2の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置600(図6参照)のデータ処理部30Aの構成を更に簡素化した例である。
【0086】
図7は、本発明の第3の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置の構成例を示す図である。図7に示すフェーズドアレイアンテナ装置700では、コントローラ500が、第2の実施形態に係るデータ処理部30A(図6)ではなく、データ処理部30Bを備える。
【0087】
データ処理部30Bは、実素子及び仮想素子の信号に対応するデータに対して「スロープ付加」のみを行うように構成されている。データ処理部30Bは、実素子及び仮想素子ともに、サンプル遅延させることなく、スロープ付加部において遅延時間tに基づくej2πftを位相スロープとして掛けることができる。
【0088】
実素子1のグループG1では、実素子101r及び仮想素子101a~101cの信号に対応するデータに対して、データ処理部30Aに、サンプル遅延部104r,104a~104c、及びFFT105r,105a~105cが存在しない。同様に、実素子2のグループG2では、実素子201r及び仮想素子201a~201cの信号に対応するデータに対して、データ処理部30Aに、サンプル遅延部204r,204a~204c、及びFFT205r,205a~205cが存在しない。
【0089】
本実施形態では、あるグループに属する実素子及び仮想素子群に対し、スロープ付加処理時にその実素子と同じサンプル数nによるサンプル遅延nTを考慮する。すなわち、t=nT+τで規定される遅延時間tに関し、実素子とその周囲の仮想素子群で同じサンプル遅延nTを、実素子及び仮想素子群のデータに対するスロープ付加に反映する。各スロープ付加部は、ベクトルaの大きさの限界(図1)を超えない範囲で、サンプル遅延nT込みの時間τによって各素子のデータに適切な遅延時間tを与える。
【0090】
このようにすることで、第2の実施形態よりも簡素な構成によって、一つの実素子の周囲の、遅延時間の限界を超えない範囲で各々の行路差が異なる位置に、複数の仮想素子を配置した計算になる。この構成でも、高空間分解能のフェーズドアレイアンテナ装置が実現される。
【0091】
以上のとおり、第3の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置では、データ処理部(データ処理部30B)は、実アンテナ素子ごとに設けられた、信号処理部から出力される実アンテナ素子で受信した信号のデータに対し、高速フーリエ変換を行う高速フーリエ変換部(FFT105r,205r)と、実アンテナ素子及び仮想アンテナ素子ごとに設けられた、高速フーリエ変換部から出力されるデータに対し、遅延時間tを用いた位相スロープを付加することによる遅延処理を行い加算部へ出力する複数の遅延部(スロープ付加部106r,106a~106c,206r,206a~206c)と、を有する。
【0092】
<アンテナ素子の配置とビームパターン>
ここで、アンテナ素子の配置とビームパターン(輝度温度スペクトル)について、図8A図8B図10A図10Bを参照して説明する。
【0093】
[実アンテナ素子のみの場合]
図8A及び図8Bは、複数の実アンテナ素子によるアレイアンテナとそのビームパターンの例を示す図である。図8Aには、14個の実アンテナ素子で構成されるアレイアンテナの例を示し、図8Bには、そのアレイアンテナにより得られるビームパターンの例を示している。図8Aのアンテナ素子配置810の下に記載された「Z[m]」は、X-Y平面に垂直な軸を意味し、アンテナ素子の高さを表している。図8Aの例では、全ての実アンテナ素子が同じ高さ(例えば、Z=0)に設置されている。
【0094】
図8Bのビームパターン820は、アレイアンテナに対してあらゆる指向方向(方位角θ、仰角φ)から10GHzの信号が届いた場合の行路差を基に、各素子に遅延を与えて合成したシミュレーション結果である。
【0095】
図8Bの下側に示す「Gain」は、電力変換後のアンテナ素子の感度に関する指標である。図8Bの例では、指向方向(θ,φ)=(0,0)における感度を0dBとして、これに対する各指向方向の感度の比が色で表されている。例えば、比が0.1ならば-10dB、0.01ならば-20dBとなる。ビームパターン820に示すように、14個の素子では不要方向の感度(グレーティングローブ)が無数に発生する。
【0096】
[仮想アンテナ素子を導入した場合]
図9A及び図9Bは、実アンテナ素子の周辺に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナとそのビームパターンの例を示す図である。図9Aには、1個の実アンテナ素子の周辺に15個の仮想アンテナ素子を配置したアレイアンテナの例を示し、図9Bには、そのアレイアンテナにより得られるビームパターンのシミュレーション結果の例を示している。
【0097】
図9Aのアンテナ素子配置910に示すように、実素子に対して、実素子の位置を原点にして15個の仮想素子群が展開されている。仮想素子群と実素子の信号には、最大で14個分の差がある。図9Bのビームパターン920において、指向方向(θ,φ)=(0,0)の原点921における感度は、他の指向方向よりも高いが、不要方向の感度(グレーティングローブ)も多く発生している。
【0098】
[複数の実アンテナ素子に対して仮想アンテナ素子を導入した場合]
図10A及び図10Bは、複数の実アンテナ素子の各々の周囲に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナとそのビームパターンの例を示す図である。図10Aには、14個の実アンテナ素子それぞれの周辺に15個の仮想アンテナ素子を配置したアレイアンテナの例を示す、図10Bには、そのアレイアンテナにより得られるビームパターンのシミュレーション結果の例を示している。
【0099】
図10Aのアンテナ素子配置1010に示すように、各実素子に対して、各実素子の位置を原点にして15個の仮想素子群が展開されている。すなわち、アンテナ素子配置1010では、(1実素子+15仮想素子)×14セット=素子224個が配置されている。
【0100】
図10Bのビームパターン1020に示すように、方位角及び仰角が0度の位置1021で感度(Gain)が大幅に上がって、他の位置では感度が下がっている。なお、図8B図9B、及び図10Bの例は、第1の実施形態によるフェーズドアレイアンテナ装置400(図4)の構成を想定したシミュレーション結果である。
【0101】
<シミュレーション結果及び実測結果>
発明者らは、発明の効果を検証するため、複数の実アンテナ素子によるアレイアンテナと、複数の実アンテナ素子の各々の周囲に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナとで、複数の指向方向からマイクロ波を受信した場合の図4に示した信号処理及びデータ処理を実行してみた。
【0102】
[シミュレーションの結果]
はじめに、アレイアンテナ別のビームパターンのシミュレーションの結果について、図11A及び図11Bを参照して説明する。
【0103】
図11Aは、複数の実アンテナ素子によるアレイアンテナの例と、そのアレイアンテナによるビームパターンのシミュレーションの結果を示す図である。
図11Bは、複数の実アンテナ素子の各々の周囲に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナの例と、そのアレイアンテナによるビームパターンのシミュレーションの結果を示す図である。
これらのシミュレーションの結果は、第2の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置600(図6)を用いて得られたものである。
【0104】
図11Aのビームパターン1110に示すように、14個の実素子のみの場合、グレーティングローブはメインローブの40%以下になる。一方、図11Bのビームパターン1120に示すように、14個の実素子の各々に仮想素子(各15個)を導入した場合、グレーティングローブはメインローブの10%以下になる。このシミュレーションの結果から、仮想素子を導入することにより、アレイアンテナにおけるグレーティングローブを抑圧する効果が認められる。
【0105】
[実測の結果]
次に、アレイアンテナ別の電力カウント値の実測の結果について、図12A及び図12Bを参照して説明する。
【0106】
図12Aは、複数の実アンテナ素子によるアレイアンテナの例と、そのアレイアンテナによる電力カウント値の実測の結果を示す図である。
図12Bは、複数の実アンテナ素子の各々の周囲に複数の仮想アンテナ素子を導入したアレイアンテナの例と、そのアレイアンテナによる電力カウント値の実測の結果を示す図である。図中の“le14”は、1014を意味する。
【0107】
図12Aのアンテナ素子配置810では、実際に14個の実素子を用いてアレイアンテナを製作し、このアレイアンテナで電波を受信した。また、図12Bのアンテナ素子配置1010では、実際に14個の実素子に対し、各実素子の周囲に15個の仮想素子を配置した。この実測の結果は、第2の実施形態に係るフェーズドアレイアンテナ装置600(図6)を用いた実際の測定により得られたものである。
【0108】
図12Aの電力カウント値データ1210に示すように、14個の実素子のみの場合、グレーティングローブの電力カウント値は、メインローブの40%以下であるが、メインローブの10%を超える頻度が高い。一方、図12Bの電力カウント値データ1220に示すように、グレーティングローブの電力カウント値は、メインローブ以外での値が減少し、かつ、メインローブの10%を超える頻度も減少している。この実測の結果から、仮想素子を導入することにより、アレイアンテナにおけるグレーティングローブを抑圧する効果が認められる。
【0109】
電力カウント値は、実測で得られた値であるので、図8B図9B図10B、及び図11Bに示したGain(輝度温度スペクトル)を用いた場合と比較して大きな値となっているが、シミュレーションの結果と同程度までグレーティングローブが抑圧されたことを確認することができた。
【0110】
なお、図11及び図12に示す結果は、第2の実施形態によるフェーズドアレイアンテナ装置600(図6)の構成を用いて得られたものであるが、第1及び第3の実施形態によるフェーズドアレイアンテナ装置400,700を用いた場合でも同様の結果が得られる。
【0111】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述した実施形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、その他種々の応用例、変形例を取り得ることは勿論である。例えば、上述した実施形態は本発明を分かりやすく説明するためにフェーズドアレイアンテナ装置の構成を詳細かつ具体的に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成要素を備えるものに限定されない。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成要素の追加又は置換、削除をすることも可能である。
【0112】
また、上述した実施形態において、制御線や情報線は説明上必要と考えられるものを示しており、製品上必ずしも全ての制御線や情報線を示しているとは限らない。実際には殆ど全ての構成要素が相互に接続されていると考えてもよい。
【符号の説明】
【0113】
10…アンテナ素子群、 20…信号処理部、 30,30A,30B…データ処理部、 40…電圧加算部、 50…電力変換部、 101r,201r…実素子、 101a~101c,201a~201c…仮想素子、 102r,102a~102c,202r,202a~202c…受信回路、 103r,103a~103c,203r,203a~202c…A/D変換器、 104r,104a~104c,204r,204a~204c…サンプル遅延部、 105r,105a~105c,205r,205a~205c…FFT、 106r,106a~106c,206r,206a~206c…スロープ付加部、 107…クロック制御部、 108…遅延パターンデータ、 400,600,700…フェーズドアレイアンテナ装置、 500…コントローラ、 G1,G2…グループ
【要約】
【課題】少ないアンテナ素子数であっても、高空間分解能を実現するフェーズドアレイアンテナ装置を提供する。
【解決手段】
複数の実素子101r,201rと、実素子ごとに設けられた、実素子で受信したアナログ信号をデジタル信号のデータに変換する信号処理部20と、実素子ごとに設けられた、実素子の所定範囲内に配置されていると仮定した仮想素子101a~101c,201a~201cと実素子ごとに、信号処理部20から出力されるデータに対して、実素子及び仮想素子の位置と、指向方向とに基づく遅延処理を行うデータ処理部30と、複数の実素子の遅延処理後のデータと、複数の仮想素子の遅延処理後のデータとを加算処理する加算部40と、を備える。
【選択図】図4
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