(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-23
(45)【発行日】2024-05-31
(54)【発明の名称】びまん性胃がんを治療するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/517 20060101AFI20240524BHJP
A61K 31/506 20060101ALI20240524BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240524BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20240524BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240524BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240524BHJP
A61K 31/519 20060101ALI20240524BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
A61K31/517
A61K31/506
A61P35/00
A61P1/04
A61P43/00 121
A61K45/00
A61K31/519
A61K39/395 D
A61K39/395 N
(21)【出願番号】P 2020556158
(86)(22)【出願日】2019-11-14
(86)【国際出願番号】 JP2019044662
(87)【国際公開番号】W WO2020100969
(87)【国際公開日】2020-05-22
【審査請求日】2022-10-14
(31)【優先権主張番号】P 2018213496
(32)【優先日】2018-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507189460
【氏名又は名称】学校法人金沢医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】安本 和生
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-516800(JP,A)
【文献】国際公開第2017/100642(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/131065(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/174053(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/055029(WO,A1)
【文献】European Journal of Cancer,2011年,Vol. 47, No. SUPPL. 3,pp.S324-S325
【文献】Life Sciences,1998年,Vol.63,No.7,pp.553-564
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/33-33/44
A61K 45/00-45/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を含む、患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物であって、
前記EGF受容体阻害剤がAST1306、AZ5104およびオシメルチニブ(AZD9291)からなる群から選択されるいずれかであるか、またはその医薬的に許容される塩である、医薬組成物。
【請求項2】
抗VEGF受容体2抗体および/またはcMET阻害剤との併用療法に用いるための、請求項1に記載の医薬組成物であって、cMET阻害剤がサボリチニブまたはその医薬的に許容される塩である、医薬組成物。
【請求項3】
併用療法において、EGF受容体阻害剤は、抗VEGF受容体2抗体および/またはcMET阻害剤と同時投与または逐次投与される、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
抗VEGF受容体2抗体がラムシルマブである、請求項
1から
3の何れか一項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記びまん性胃がんが、スキルス胃がんである、請求項1から
4の何れか一項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記びまん性胃がんが、cMet遺伝子増幅胃がんである、請求項1から
4の何れか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記患者が、がん性腹膜炎を患っている、請求項1から
6の何れか一項に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、EGF受容体阻害剤を含むびまん性胃がんを治療するための医薬組成物に関する。本発明は、抗VEGF受容体2抗体および/またはcMET阻害剤との併用療法に用いるための、EGF受容体阻害剤を含むびまん性胃がんを治療するための医薬組成物に関する。
関連出願の相互参照
本出願は、2018年11月14日出願の日本特願2018-213496の優先権を主張し、その全記載は、ここに特に開示として援用される。
【背景技術】
【0002】
びまん性胃がんは、低分化腺がんや印環細胞がん等からなり、高分化型腺がんからなる非びまん性胃がんに比べて、進行が速く、予後が悪い傾向がある。特に、びまん性胃がんに含まれるスキルス胃がんは、高度の間質線維化、がん細胞のびまん性浸潤およびしばしば未分化の腺がん細胞を有することを特徴とする(非特許文献1)。スキルス胃がんは、がん細胞の腹膜播種と大量の腹水からなる腹膜がん腫症を高頻度で発症し、それにより予後が極めて悪い(非特許文献1および2)。
【0003】
切除不能進行再発胃がんの標準治療としては、S-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)とシスプラチン(CDDP)によるSP療法が標準治療として行われている(非特許文献3)。一方、胃がん治療においても、抗HER2療法の登場により、抗HER2療法薬を中心とした個別化医療が注目されている。HER2陽性胃がんについては、トラスツズマブの生存改善効果が国際共同試験(ToGA)で明らかになったものの、胃がん全体のうちHER2陽性胃がんの割合は多くはない(約10~20%)。そのため、HER2陽性胃がん以外の胃がんについても、個別化医療に資する、より有用な新たな分子標的薬の探索が行われている。
【0004】
胃がんはその深達度から「早期胃がん」と「進行胃がん」に分けられ、がんが固有筋層よりも深く浸潤している進行胃がんの50~60%がびまん性胃がん、そのうち20%前後がスキルス胃がんと言われている。しかしながら、進行したびまん性胃がんに対する有効な分子標的薬は知られていない。例えば、進行再発胃がんに対する化学療法にベバシズマブの上乗せ効果を検証する国際共同試験(AVAGAST)が行われたが、その有効性は確認されなかった。また、進行胃がんに対する、パニツムマブまたはセツキシマブの化学療法への上乗せ効果を検証する試験でも、その有効性は確認されなかった(REAL3試験、EXPAND試験)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Zhao L. et al., Cancer Science, December 2013, vol.104, No12, pp.1640-1646.
【文献】Yasumoto K. et al., Clin Cancer Res 2011; 17: 3619-3630.
【文献】Koizumi W. et al., Lancet Oncol.9(3):215-21(2008).
【文献】Zhang et al. Journal of Hematology & Oncology 2014, 7:22
【文献】Hua Xie et al.011, PLoS ONE 6(7): e21487. doi:10.1371/journal.pone.0021487
【文献】James W.T.Yates et al., 2016,Mol Cancer Ther; 15(10);2378-87
【文献】Nicolas Floc'h et al., 2018, Mol Cancer Ther; 17(5); 885-96
【文献】Cross D.A.E. et al., Cancer Discov. 2014 Sep; 4(9): 1046-1061
【文献】Modjtahedi H., et al., 2014. Naunyn-Schmiedeberg's Arch Pharmacol., 387:505-52
【文献】Cha MY et al., 2012, Int. J. Cancer:130, 2445-2454
【文献】Engelman J.A. et al., Cancer Res 2007;67(24):11924-32
【文献】Traxler p. et al., CANCER RESEARCH 64, 4931-4941, July 15, 2004
【文献】Wong T. W. et al., Clin Cancer Res 2006;12(20) October 15, 2006
【文献】Doi T. et al., British Journal of Cancer (2012) 106, 666-672
【文献】Amemiya et al., Oncology 2002; 63: 286-96、 Park et al., APMIS 2000; 108: 195-200
【文献】Olayioye MA et al., EMBO J 2000;19:3159-67
【文献】Nakashio T et al., Int J Cancer 1997;70:612-8
【文献】Nakajima M et al., Cancer 1999;85:1894-1902
【文献】Kalluri R et al., Nat Rev Cancer 2006;6:392-401 非特許文献1~19の全記載は、ここに特に開示として援用される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
がん性腹膜炎を伴う、スキルス胃がんを含むびまん性胃がんは、再発・進行胃がんの約半数を占めるが、有効な分子標的薬は知られていないという問題がある。スキルス胃がんは、短期間にがん性腹膜炎を起こすため、予後が極めて悪いが、有効な療法は今のところ提供されていないという問題もある。
【0007】
これまでに、HER2陽性胃がんに対する個別化療法は提供されているが、HER2陽性胃がんには該当しないびまん性胃がんに対して有効な分子標的薬は知られていない。そのため、びまん性胃がんに対して有効な分子標的薬を提供することが課題としてある。本発明は、びまん性胃がんの新たな治療方法およびそれに用いられる医薬組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定のEGF受容体阻害剤がびまん性胃がん細胞に対して抗がん作用を有することを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1] ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を含む、患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物。
[2] 抗VEGF受容体2抗体および/またはcMET阻害剤との併用療法に用いるための、[1]に記載の医薬組成物。
[3] 併用療法において、EGF受容体阻害剤は、抗VEGF受容体2抗体および/またはcMET阻害剤と同時投与または逐次投与される、[2]に記載の医薬組成物。
[4] 上記EGF受容体阻害剤がアファチニブ(BIBW2992)、AZ5104、オシメルチニブ(AZD9291)、ポジオチニブ(HM781-36B)、ダコミチニブ(PF299804、PF299)、AEE788(NVP-AEE788)、AC480(BMS-599626)、TAK-285、ラパチニブ(GW-572016)ジトシラートおよびラパチニブからなる群から選択されるいずれかであるか、またはその医薬的に許容される塩である、[1]から[3]の何れか一に記載の医薬組成物。
[5] 上記EGF受容体阻害剤がAZ5104およびオシメルチニブ(AZD9291)からなる群から選択されるいずれかであるか、またはその医薬的に許容される塩である、[1]から[4]の何れか一に記載の医薬組成物。
[6] 抗VEGF受容体2抗体がラムシルマブである、[2]から[5]の何れか一に記載の医薬組成物。
[7] cMET阻害剤がサボリチニブである、[2]から[6]の何れか一に記載の医薬組成物。
[8] 上記びまん性胃がんが、スキルス胃がんである、[1]から[7]の何れか一に記載の医薬組成物。
[9] 上記患者が、がん性腹膜炎を患っている、[1]から[8]の何れか一に記載の医薬組成物。
【0009】
[10] ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を患者に投与する工程を含む、患者のびまん性胃がんの治療方法。
[11] 上記投与する工程が、前記EGF受容体阻害剤を、抗VEGF受容体2抗体と同時投与または逐次投与することを含む、[10]に記載の治療方法。
[12] 上記投与する工程が、前記EGF受容体阻害剤と抗VEGF受容体2抗体を、cMET阻害剤と同時投与または逐次投与することを含む、[11]に記載の治療方法。
[13] 上記EGF受容体阻害剤がアファチニブ(BIBW2992)、AZ5104、オシメルチニブ(AZD9291)、ポジオチニブ(HM781-36B)、ダコミチニブ(PF299804、PF299)、AEE788(NVP-AEE788)、AC480(BMS-599626)、TAK-285、ラパチニブ(GW-572016)ジトシラートおよびラパチニブからなる群から選択されるいずれかであるか、またはその医薬的に許容される塩である、[10]から[12]の何れか一に記載の治療方法。
[14] 上記EGF受容体阻害剤がAZ5104およびオシメルチニブ(AZD9291)からなる群から選択されるいずれかであるか、またはその医薬的に許容される塩である、[10]から[13]の何れか一に記載の治療方法。
【0010】
[15] 抗VEGF受容体2抗体がラムシルマブである、[11]から[14]の何れか一に記載の治療方法。
[16] cMET阻害剤がサボリチニブである、[12]から[15]の何れか一に記載の治療方法。
[17] 上記びまん性胃がんが、スキルス胃がんである、[10]から[16]の何れか一に記載の治療方法。
[18] 上記患者が、がん性腹膜炎を患っている、[10]から[17]の何れか一に記載の治療方法。
【0011】
[19] 抗VEGF受容体2抗体との併用療法に用いるための、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を含む患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物。
[20] cMET阻害剤との併用療法に用いるための、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を含む患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物。
[21] 抗VEGF受容体2抗体およびcMET阻害剤との併用療法に用いるための、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を含む患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物。
[22] ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤との併用療法に用いるための、抗VEGF受容体2抗体を含む患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物。
[23] ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤およびcMET阻害剤との併用療法に用いるための、抗VEGF受容体2抗体を含む患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物。
【0012】
[24] ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤との併用療法に用いるための、cMET阻害剤を含む患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物。
[25] ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤および抗VEGF受容体2抗体との併用療法に用いるための、cMET阻害剤を含む患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物。
[26] 併用療法において、EGF受容体阻害剤は、抗VEGF受容体2抗体および/またはcMET阻害剤と同時投与または逐次投与される、[19]から[25]の何れか一に記載の医薬組成物。
[27] 上記EGF受容体阻害剤がアファチニブ(BIBW2992)、AZ5104、オシメルチニブ(AZD9291)、ポジオチニブ(HM781-36B)、ダコミチニブ(PF299804、PF299)、AEE788(NVP-AEE788)、AC480(BMS-599626)、TAK-285、ラパチニブ(GW-572016)ジトシラートおよびラパチニブからなる群から選択されるいずれかであるか、またはその医薬的に許容される塩である、[19]から[26]の何れか一に記載の医薬組成物。
[28] 上記EGF受容体阻害剤がAZ5104およびオシメルチニブ(AZD9291)からなる群から選択されるいずれかであるか、またはその医薬的に許容される塩である、[19]から[27]の何れか一に記載の医薬組成物。
【0013】
[29] 抗VEGF受容体2抗体がラムシルマブである、[19]から[28]の何れか一に記載の医薬組成物。
[30] cMET阻害剤がサボリチニブである、[19]から[29]の何れか一に記載の医薬組成物。
[31] 上記びまん性胃がんが、スキルス胃がんである、[19]から[30]の何れか一に記載の医薬組成物。
[32] 上記患者が、がん性腹膜炎を患っている、[19]から[31]の何れか一に記載の医薬組成物。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、EGF受容体阻害剤(1)AST1306および(2)AZ5104による、びまん性胃がん細胞株NUGC4およびGCIYにおける細胞増殖抑制試験の結果を示す。「AP」は、アンフィレグリンおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「HB-EGF」は、HB-EGFおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「HGF」は、HGFおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「Medium」は、AP、HB-EGFおよびHGFを何れも加えず、EGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。
【
図2】
図2は、EGF受容体阻害剤(1)AST1306および(2)AZ5104による、非びまん性胃がん細胞株GCR-1およびMKN7における細胞増殖抑制試験の結果を示す。「AP」は、アンフィレグリンおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「HB-EGF」は、HB-EGFおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「HGF」は、HGFおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「Medium」は、AP、HB-EGFおよびHGFを何れも加えず、EGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。
【
図3】
図3は、EGF受容体阻害剤(1)AST1306および(2)AZ5104による、cMet遺伝子増幅胃がん細胞株MKN45における細胞増殖抑制試験の結果を示す。「AP」は、アンフィレグリンおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「HB-EGF」は、HB-EGFおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「HGF」は、HGFおよびEGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。「Medium」は、AP、HB-EGFおよびHGFを何れも加えず、EGF受容体阻害剤の存在下で培養した胃がん細胞株を示す。
【
図4】
図4は、EGF受容体阻害剤AST1306およびAZ5104による、正常ヒト胃線維芽細胞に対するインビトロ増殖抑制試験の結果を示す。「HB-EGF 10ng/ml」は、ヒトHB-EGFの存在下(+)または非存在下(-)での線維芽細胞の培養を示す。「CONT-IgG 1μg/ml」は、ヒトnormal IgGの存在下(+)または非存在下(-)での線維芽細胞の培養を示す。「αHB-EGF 1μg/ml」は、抗ヒトHB-EGF抗体の存在下(+)または非存在下(-)での線維芽細胞の培養を示す。「AZ5104 1μM」は、AZ5104の存在下(+)または非存在下(-)での線維芽細胞の培養を示す。「AST1306 1μM」はAST1306の存在下(+)または非存在下(-)での線維芽細胞の培養を示す。
【
図5】
図5は、実施例3のin vivo試験を行った8群とコントコール群についての生存曲線を示す。縦軸は生存率であり、横軸に日数を示す。生存曲線はKaplan-Meier法により作成し、log rank検定を行った。
*P<0.05はコントロール群との比較である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に記載する本発明の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0016】
(医薬組成物)
本発明は、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を含む、患者のびまん性胃がんを治療するための医薬組成物を提供する。上記患者は、ヒトを含む哺乳動物であってもよい。
【0017】
胃がんは、その形態を肉眼で見たときの分類法(ボールマン分類)により、1から4型に分けられる。1から4型に分類できないものを5型とする場合もある。本明細書において「びまん性胃がん」は、3型(潰瘍浸潤型)と4型(びまん浸潤型)を指し、スキルス胃がんは4型(びまん浸潤型)を指す。本明細書において、特に明記しない場合は「びまん性胃がん」は、スキルス胃がんを含む。
【0018】
EGF受容体阻害剤(本明細書中、EGFR阻害剤とも記載する)は、一般的にEGF受容体の発現および/または活性を低下させるかまたは防止する。適切なEGF受容体阻害剤は、EGF受容体発現および/または活性に対する阻害効果についてアッセイすることにより特定することができる。阻害剤は、発現または活性を適切なアッセイにおいて少なくとも検出可能な量を低下させる。阻害剤は、例えば、発現または活性を少なくとも10、20、30、40、50、60、70、80または少なくとも90%低下させることができる。任意の適切なEGF受容体阻害剤は、チロシンキナーゼ阻害活性を有するか、および/またはEGF受容体からのシグナル伝達を阻害するものであってもよい。
【0019】
EGF受容体はチロシンキナーゼ型受容体であり、特にErbBファミリーとよばれる型の受容体に属する。ErbBファミリーには、ErbB1(EGFR)、ErbB2(HER2)、ErbB3(HER3)、ErbB4(HER4)の4つが属する。
【0020】
上記EGF受容体阻害剤は、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するものを選択することができる。上記EGF受容体阻害剤は、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性の他に、ErbB2阻害活性を有するものであってもよいし、ErbB2阻害活性を有しないものであってもよい。
【0021】
上記EGF受容体阻害剤としては、AST1306、アファチニブ(BIBW2992)、AZ5104、オシメルチニブ(AZD9291)、ポジオチニブ(HM781-36B)、ダコミチニブ(PF299804、PF299)、AEE788(NVP-AEE788)、AC480(BMS-599626)、TAK-285、ラパチニブ(GW-572016)ジトシラート、ラパチニブ等が例示できる。阻害剤は、これら列挙したものの医薬的に許容される塩であって後述するものを含むことができる。
【0022】
AST1306(アリチニブ)は、2-プロペンアミド、N- [4-[[3-クロロ-4-[(3-フルオロフェニル)メトキシ]フェニル]アミノ] -6-キナゾリニル]-、4-メチルベンゼンスルホネート(1:1)(CAS登録番号:1050500-29-2)である。AZ5104は、N-(5-(4-(1H-インドール-3-イル)ピリミジン-2-イルアミノ)-2-((2-(ジメチルアミノ)エチル)(メチル)アミノ)-4-メトキシフェニル)アクリルアミド(CAS登録番号:1421373-98-9)である。オシメルチニブ(AZD9291)は、2-プロペンアミド、N- [2-[[2-(ジメチルアミノ)エチル]メチルアミノ] -4-メトキシ-5-[[4-(1-メチル- 1H-インドール-3-イル)-2-ピリミジニル]アミノ]フェニル]- (CAS登録番号:1421373-65-0)である。ポジオチニブ(HM781-36B)は、1-(4-(4-(3,4-ジクロロ-2-フルオロフェニルアミノ)-7-メトキシキナゾリン-6-イルオキシ)ピペリジン-1-イル)プロプ-2-エン-1-オン(CAS登録番号:1092364-38-9)である。AEE788(NVP-AEE788)は、(R)-6-(4-((4-エチルピペラジン-1-イル)メチル)フェニル)-N-(1-フェニルエチル)-7H-ピロロ[2,3-d]ピリミジン-4-アミン(CAS登録番号:497839-62-0)である。AC480(BMS-599626)は、(S)-モルホリン-3-イルメチル4-(1-(3-フルオロベンジル)-1H-インダゾール-5-イルアミノ)-5-メチルピロロ[1,2-f] [1,2,4]トリアジン-6-カルバミン酸(CAS登録番号:714971-09-2)である。TAK-285は、N-(2-(4-(3-クロロ-4-(3-(トリフルオロメチル)フェノキシ)フェニルアミノ)-5H-ピロロ[3,2-d]ピリミジン-5-イル)エチル)-3-ヒドロキシ-3 -メチルブタンアミド(CAS登録番号:871026-44-7)である。
【0023】
一実施態様において、EGF受容体阻害剤はAST1306、AZ5104、オシメルチニブ(AZD9291)である。EGF受容体阻害剤は、Selleck Chemicals社、Santa Cruz Biotechnology社等から入手可能である。
【0024】
医薬的に許容される塩は、例えば十分に塩基性である酸付加塩、例えば無機または有機酸との酸付加塩であってもよいが、これらに限定されない。上記酸付加塩としては、フマル酸塩、ステアリン酸塩、安息香酸塩、酢酸塩、コハク酸塩、酒石酸塩、乳酸塩、メタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、クエン酸およびマレイン酸塩、ならびにリンおよび硫酸と形成される塩が挙げられるが、これらに限定されない。
【0025】
医薬的に許容される塩は、例えば十分に酸性である塩、例えばアルカリまたはアルカリ土類金属塩であってもよいが、これらに限定されない。上記アルカリまたはアルカリ土類金属塩としては、アルカリ金属塩(例えばナトリウムもしくはカリウム)、アルカリ土類金属塩(例えばカルシウムもしくはマグネシウム)、アンモニウム塩、または有機アミン塩(例えばトリエチルアミン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モルホリン、N-メチルピペリジン、N-エチルピペリジン、ジベンジルアミン)、もしくはアミノ酸(例えばリシン)との塩類等が挙げられるが、これらに限定されない。塩は、例えばメシル酸塩またはトシル酸塩であってもよい。
【0026】
EGF受容体阻害剤として例示するAST1306は、EGFR(ErbB1)、HER2(ErbB2)およびHER4(ErbB4)シグナル伝達の不可逆的な阻害剤である(Zhang et al. Journal of Hematology & Oncology 2014, 7:22)。Hua Xie et al.(011, PLoS ONE 6(7): e21487. doi:10.1371/journal.pone.0021487)は、AST1306は、アニリノ-キナゾリン化合物であり、選択的で不可逆的なErbB2およびEGFR阻害剤であるが、その増殖阻害効果はErbB2過剰発現細胞においてより強力であること、インビボでは、ErbB2過剰発現腺がん異種移植マウスおよびFVB-2/Nneuトランスジェニック乳がんマウスにおいて腫瘍増殖を強力に抑制したが、EGFR過剰発現腫瘍異種移植マウスにおいて腫瘍増殖を弱く阻害したことを報告している。また、AST1306を用いた第I相オープンラベル用量漸増試験では、試験に参加し評価可能であったがん患者55名のうち、7名の部分寛解および7名の安定(6か月以上の安定)が得られている(Zhang et al. Journal of Hematology & Oncology 2014, 7:22)。
【0027】
また、EGF受容体阻害剤として例示するオシメルチニブ(AZD9291)は、EGFR T790M変異を有する進行非小細胞肺がんの治療薬として、米国、欧州および日本等において販売が承認されている。EGF受容体阻害剤として例示するAZ5104は、オシメルチニブ(AZD9291)の活性代謝物である(James W.T.Yates et al., 2016,Mol Cancer Ther; 15(10);2378-87)。オシメルチニブ(AZD9291)およびAZ5104は、EGFR EX20Ins変異を有する非小細胞肺がんを移植したマウスにおいて腫瘍増殖を阻害することも報告されている(Nicolas Floc'h et al., 2018, Mol Cancer Ther; 17(5); 885-96)。オシメルチニブ(AZD9291)およびAZ5104は、変異型EGFRに対する阻害活性の他に、野生型EGFR、ErbB2、およびErbB4についても阻害活性を有することが報告されている(Cross D.A.E. et al., Cancer Discov. 2014 Sep; 4(9): 1046-1061.)
【0028】
EGF受容体阻害剤として例示するアファチニブ(BIBW2992)、ポジオチニブ(HM781-36B)、ダコミチニブ(PF299804、PF299)、AEE788(NVP-AEE788)、AC480(BMS-599626)、TAK-285、ラパチニブ(GW-572016)ジトシラートおよびラパチニブは何れもEGFR、ErbB2およびErbB4を阻害することが報告されている(Modjtahedi H., et al., 2014. Naunyn-Schmiedeberg's Arch Pharmacol., 387:505-52; Cha MY et al., 2012, Int. J. Cancer:130, 2445-2454.;Engelman J.A. et al., Cancer Res 2007;67(24):11924-32.;Traxler p. et al., CANCER RESEARCH 64, 4931-4941, July 15, 2004; Wong T. W. et al., Clin Cancer Res 2006;12(20) October 15, 2006; Doi T. et al., British Journal of Cancer (2012) 106, 666-672)。
【0029】
上記EGF受容体阻害剤が、びまん性胃がんに対して抗がん作用を有するかどうかは、インビトロの細胞増殖阻害試験やびまん性胃がんモデルにおける治療効果評価試験等により、確認することができる。インビトロの細胞増殖阻害試験では、例えば、胃がん細胞株をEGF受容体阻害剤と共に培養して、がん細胞の増殖が阻害されるかどうかを評価することができる。また、サイトカインや増殖因子と共に培養してがん細胞を増殖させた胃がん細胞株を、更にEGF受容体阻害剤と共に培養して、がん細胞の増殖が阻害されるかどうかを評価することができる。上記サイトカインや増殖因子は、例えば、びまん性胃がん患者のがん性腹水中において、非がん性腹水に比して高濃度に存在することが確認されている種類を用いることができる。びまん性胃がん患者が合併するがん性腹水中には、非がん性腹水に比して2~5倍以上の高濃度のアンフィレグリン、HB-EGF(heparin binding-epidermal growth factor-like growth factor)、HGF(hepatocyte growth factor)等が存在することが報告されている(非特許文献2)。
【0030】
びまん性胃がんモデルにおける治療効果評価試験等は、胃がん細胞を移植したマウス等の動物に、EGF受容体阻害剤を投与して、治療効果を評価することにより実施することができる。評価は、安楽死させたマウスを解剖し、腹部腫瘍の数や大きさ、腹水の量、腹膜における結節の状態を観察することにより実施することができる。治療効果については、移植と同時にEGF受容体阻害剤の投与を行って評価してもよいし、5日程度、腫瘍の成長を確認してからEGF受容体阻害剤の投与を行い評価してもよい。モデル動物としては、マウスの他に、ラット等のげっ歯類、ウサギ、ミニブタ、カニクイザル等の霊長類を用いることができる。ヒトがん細胞を用いた異種移植(ゼノグラフト)モデルの他に、同種移植モデル、同所性移植モデル、化学発がんモデル、遺伝子改変動物モデルを用いることができる。がん細胞移植モデルを用いる場合、異所性移植でも、同所性移植でもよい。
【0031】
胃がん細胞株としては、NUGC4、OCUM-1、MKN45、MKN7、MKN28、TMK-1、NKPS、KatoIII、NUGC3、GCIY、H-111-TC、SH-10-TC、KKLS、GCR1等を例示することができる。胃がん細胞株は、ヒューマンサイエンス振興財団研究資源バンク(大阪、日本)等から入手可能である。
【0032】
胃がん細胞株MKN45、NUGC4、GCIY、GCR1、MKN7およびOCUM-1を、10~200ng/mLのHGF(肝細胞増殖因子)と共に72時間培養したところ、びまん性胃がん細胞株NUGC4およびGCIYにおいて、ベースライン増殖の2倍以上の細胞増殖が確認されたが、非びまん性胃がん細胞株MKN45、GCR1、MKN7およびOCUM-1では細胞増殖が確認されなかったことが報告されている(非特許文献1)。HGFは、多くの胃がんで過剰発現していることおよび血清HGFの増加は予後の悪さと関連していることが報告されている(Amemiya et al., Oncology 2002; 63: 286-96、Park et al., APMIS 2000; 108: 195-200.)。本明細書中、ベースライン増殖は、サイトカインおよび増殖因子等の非存在下で培養したがん細胞株の増殖を指す。
【0033】
びまん性胃がん細胞株NUGC4を、100ng/mLのアンフィレグリンと共に72時間培養したところ、ベースライン増殖から2倍程度の細胞増殖が確認されたこと、および1ng/mLのHB-EGFと共に72時間培養したところ、わずかな細胞増殖の誘導が確認されたことが報告されている(非特許文献2)。アンフィレグリンは、ErbB1(EGFR)に結合し、HB-EGFは、ErbB1(EGFR)とErbB4の両方に結合する(Olayioye MA et al., EMBO J 2000;19:3159-67)。また、NUGC4細胞株は、腹腔内への注入により、ヌードマウスの腹腔内に迅速に播種し、血性腹水を形成する(Nakashio T et al., Int J Cancer 1997;70:612-8)。
【0034】
びまん性胃がんに特異的に豊富ながん間質線維芽細胞よりHGFが高産生することが明らかとなっている(非特許文献1)。これらがん間質由来HGFは、唯一のレセプターであるcMetを介してびまん性胃がん細胞の運動性亢進に加えて強力な細胞増殖作用を引き起こす(非特許文献1)。さらにこれらパラクリン誘導性HGFは、HGF同様に著明な細胞増殖活性を有するEGFRリガンドの一つであるアンフィレグリン(非特許文献3)を、びまん性胃がん細胞より大量に産生誘導する(非特許文献1)。びまん性胃がんが合併するがん性腹水中には、非がん性腹水に比して2~5倍以上の高濃度のHGFならびにアンフィレグリンが存在する(非特許文献2)。HGF誘導性ならびに自己産生性アンフィレグリンは、オートクリン機序でびまん性胃がん細胞を強力に細胞増殖する。
【0035】
一方、非びまん性胃がんでは、びまん性胃がんのがん間質にみられるようながん間質線維芽細胞からのHGF産生誘導は認められない。また、非びまん性胃がん細胞にはHGFならびにアンフィレグリン刺激による細胞増殖誘導作用はなく、これらのことが、びまん性胃がん細胞との大きな違いとなっている(非特許文献1)。びまん性胃がんにおいては、がん間質誘導性パラクリンHGFがcMetレセプターを介して活性化される(HGF/cMet axis経路)ことが重要な役割を果たしていると考えられ(非特許文献1)、cMet遺伝子増幅のある胃がん細胞でもスキルス胃がんやびまん性胃がん発症との関連が報告されている(Nakajima M et al., Cancer 1999;85:1894-1902)。
【0036】
cMet阻害剤は、cMet遺伝子増幅胃がんやスキルス胃がん細胞を用いたマウスがん性腹膜炎モデルで高い抗腫瘍効果を示した(非特許文献1)。しかしながら、胃がん全体を対象としたcMet受容体を標的としたTKIや抗体によるいくつかの臨床試験が行われたが、いずれの試験においても十分な臨床的有用性は確認されていない。ここで、全胃がんの2%を占めるcMet遺伝子増幅胃がんは、肉眼形態的にはびまん性胃がんに分類され難い場合があるが、進展発育の分子機構の観点からはびまん性胃がんの特徴を有していることが分かっている(Nakajima M et al., Cancer 1999;85:1894-1902)。
【0037】
本発明の医薬組成物は、患者のびまん性胃がんを治療するために用いることができる。本発明の医薬組成物は、別の態様では、患者のスキルス胃がんを治療するために用いることができる。上記びまん性胃がんの患者が、がん性腹膜炎を発症している場合には、がん性腹膜炎の症状の悪化を抑制するために、または症状を緩解または治癒するために用いることができる。また、本発明の医薬組成物は、上記びまん性胃がんの患者が、がん性腹膜炎を発症していない場合には、がん性腹膜炎の発症を予防するために用いることができる。本明細書において、がん性腹膜炎は、腹膜にがんが転移した病態を指し、がん細胞が腹腔内に播種して腹膜上に多数のがん細胞の小結節を形成すること(腹膜播種)により生じる。がん性腹膜炎は、腹膜播種が増加すると、悪性腹水を伴うことが多い。がん性腹膜炎は、腹膜がん腫症とも呼ばれる。本発明の医薬組成物は、がん性腹膜炎を患っている胃がん患者を治療するために用いることができる。
【0038】
更に、上記EGF受容体阻害剤は胃組織における線維芽細胞の増殖について阻害活性を有することができる。腫瘍細胞と間質細胞の相互作用は、腫瘍の発達および進行において重要な役割を果たし、間質線維芽細胞は、しばしばがんの進行と関連することが知られている(Kalluri R et al., Nat Rev Cancer 2006;6:392-401)。スキルス胃がんは、急速ながん細胞のびまん性浸潤と増殖のほか、高度の間質線維化を特徴とする。非特許文献2は、スキルス胃がんでは、胃および腹腔の腫瘍微小環境に存在する正常ヒト線維芽細胞が高レベルのEGFRタンパク質を発現していること、およびHB-EGFが間質に存在する線維芽細胞の移動と増殖を誘導することを報告している。したがって、腹腔内で産生されたHB-EGFは、線維芽細胞の蓄積および増殖を促進する可能性があり、スキルス胃がん患者における腹膜がん腫症に関連する線維化を誘導する可能性がある。
【0039】
本発明の医薬組成物は、公知の臨床実績に従って投与することができる。本発明の医薬組成物を経口投与する場合、EGF受容体阻害剤の投与量が成人(体重60kg)に対して、1日あたり100μg~10g、500μg~10g、または1mg~1gとなるように投与してもよい。本発明のEGF受容体阻害剤がオシメルチニブ(AZD9291)である場合、その投与量の一態様は、1日あたり80mgである。本発明のEGF受容体阻害剤がAST1306である場合、その投与量の一態様は、1日あたり1000~1200mgである。本発明のEGF受容体阻害剤は、1日1~3回に分けて投与することができる。
【0040】
本発明により提供される医薬組成物は、投与経路に応じて最適な剤形で処方される。医薬組成物は、錠剤、顆粒剤、細粒剤、粉剤、カプセル剤等の固形製剤または液剤、ゼリー剤、シロップ剤等の経口投与用製剤であってもよく、注射剤、坐剤、軟膏剤、パップ剤等の非経口投与用製剤であってもよい。
【0041】
本発明により提供される医薬組成物は、医薬として許容される添加物を含むことができる。医薬として許容される添加物としては、例えば等張化剤、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤、凍結保護剤、抗生物質等を例示できる。具体的には、水、エタノール、塩化ナトリウム、ブドウ糖、アルブミン等が挙げられる。また、医薬として許容される添加物の別の例としては、賦形剤、結合剤、滑沢剤等を例示できる。賦形剤としては、例えば、乳糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、ソルビトール、結晶セルロース、二酸化ケイ素等が挙げられる。結合剤としては、例えば、ポリビニルアルコール、エチルセルロース、メチルセルロース、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等が挙げられる。滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、シリカ等が挙げられる。
【0042】
本発明の医薬組成物の製造は、医薬品および医薬部外品の製造管理および品質管理規則に適合した条件(good manufacturing practice、GMP)で実施されることが好ましい。
【0043】
本発明により提供される医薬組成物は抗VEGF受容体2抗体および/またはcMET阻害剤との併用療法に用いることができる。一実施態様では、本発明の医薬組成物は抗VEGF受容体2抗体との併用療法に用いることができる。別の実施態様では、本発明の医薬組成物はcMET阻害剤との併用療法に用いることができる。更に別の実施態様では、本発明の医薬組成物は抗VEGF受容体2抗体とcMET阻害剤との併用療法に用いることができる。
【0044】
VEGF受容体2(本明細書中、VEGFR2とも記載する)は、血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR(vascular epidermal growth factor receptor)2を意味する。VEGF受容体2はKDRとしても知られている。抗VEGF受容体2抗体は、VEGF受容体2に結合する任意の抗体を使用することができる。一実施態様では、抗VEGF受容体2抗体は、ラムシルマブである。ラムシルマブは、サイラムザ(登録商標)として販売されており、IMC-1121bまたはCAS登録番号947687-13-0としても知られている。抗VEGF受容体2抗体DC101は、マウスにおいて抗VEGF受容体2抗体、好ましくはラムシルマブの代用物として実験で用いられ得るマウスVEGF受容体2に対するラットモノクローナル抗体である(Witte L., et al Cancer Metastasis Rev., 17, 155-161, 1998)。
【0045】
上記cMET阻害剤としては、クリゾチニブ(PF-02341066)、TAS-115、カボザンチニブ(XL184、BMS-907351)、フォレチニブ、PHA-665752、SU11274、SGX-523、BMS-777607、JNJ-38877605、チバンチニブ(ARQ197)、PF-04217903、Glesatinib(MGCD265)、カプマチニブ(INCB28060)、BMS-754807、BMS-794833、AMG-208、MK-2461、ゴルバチニブ(E7050)、AMG-458、NVP-BVU972、ノルカンタリジン、AMG337、HMPL-504(AZD6094、サボリチニブ)、S49076、NPS-1034、Merestinib(LY2801653)が例示できる。阻害剤は、これら列挙したものの医薬的に許容される塩を含み得る。本発明の一実施態様では、cMET阻害剤は、サボリチニブである。
【0046】
併用療法において、2種以上の薬剤は、同時にまたは逐次に投与することができる。2種以上の薬剤を同時または逐次に投与する場合、全ての薬剤を同じ経路で投与してもよいし、または異なる径路で投与してもよい。
【0047】
本明細書において、同時投与は2種以上の薬剤が数分から数秒以下の時間を隔てて投与されることを意味する。例えば、2種類の薬剤が約15分から1分以下の時間を隔てて投与される。本明細書において、逐次投与は、数分、数時間、数日間、数週の時間を隔てて投与されることを意味する。例えば、2種類の薬剤が、15分以上、30分以上、60分以上、または1日、2日、3日、4日、5日、6日若しくは7日、または2週、3週若しくは4週の時間を経て投与される。
【0048】
併用療法において、EGF受容体阻害剤は抗VEGF受容体2抗体と同時投与または逐次投与することができる。併用療法において、EGF受容体阻害剤はcMET阻害剤と同時投与または逐次投与することができる。併用療法において、EGF受容体阻害剤は抗VEGF受容体2抗体およびcMET阻害剤と同時投与または逐次投与することができる。
【0049】
一実施態様において、本発明の医薬組成物に含有されるEGF受容体阻害剤がAZ5104であり、サボリチニブとの併用療法に用いることができる。別の実施態様において、本発明の医薬組成物に含有されるEGF受容体阻害剤がオシメルチニブであり、サボリチニブとの併用療法に用いることができる。
【0050】
一実施態様において、本発明の医薬組成物に含有されるEGF受容体阻害剤がAZ5104であり、ラムシルマブとの併用療法に用いることができる。別の実施態様において、本発明の医薬組成物に含有されるEGF受容体阻害剤がオシメルチニブであり、ラムシルマブとの併用療法に用いることができる。
【0051】
一実施態様において、本発明の医薬組成物に含有されるEGF受容体阻害剤がAZ5104であり、サボリチニブおよびラムシルマブとの併用療法に用いることができる。別の実施態様において、本発明の医薬組成物に含有されるEGF受容体阻害剤がオシメルチニブであり、サボリチニブおよびラムシルマブとの併用療法に用いることができる。
【0052】
EGF受容体阻害剤は、抗VEGF受容体2抗体および/またはcMET阻害剤との併用において、成人(体重60kg)に対して、1日あたり100μg~10g、500μg~10g、または1mg~1gとなるように投与してもよい。本発明のEGF受容体阻害剤がオシメルチニブ(AZD9291)である場合、その投与量の一態様は、1日あたり80mgである。本発明のEGF受容体阻害剤がAST1306である場合、その投与量の一態様は、1日あたり1000~1200mgである。本発明のEGF受容体阻害剤は、1日1~3回に分けて投与することができる。
【0053】
ラムシルマブは、EGF受容体阻害剤および/またはcMET阻害剤との併用において、成人には2~3週間に1回、ラムシルマブとして1回8mg/kg(体重)~1回10mg/kg(体重)を投与することができるが、患者の状態により適宜減量することができる。例えば、1回8mg/kg(体重)~1回10mg/kg(体重)をおよそ60分かけて点滴静注することができる。
サボリチニブは、EGF受容体阻害剤および/または抗VEGF受容体2抗体との併用において、成人には1日あたり300mg~1200mg、好ましくは600mgを経口投与することができ、1日1~3回に分けて投与することができる。
【0054】
(治療方法)
本発明は、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を患者に投与する工程を含む、患者のびまん性胃がんの治療方法を提供する。本発明の医薬組成物を用いた治療方法において、EGF受容体阻害剤は、任意の適切な手段によって、経口投与、胃内投与、鼻腔内投与、病巣内投与、または局所投与することができる。本発明の医薬は非経口注入により投与されてもよく、非経口注入には、筋肉内、静脈内、動脈内、または腹腔内への注入、または皮下注射等が含まれる。投与レジュメは、投与が短期間かまたは長期であるかによって適切に計画される。医療従事者の知識に基づいて治療に最適且つ臨床的に妥当な投与経路、投与方法、投与量および投与スケジュールが決定される。
【0055】
本発明の治療方法は、患者由来の胃がん細胞サンプルにおけるErbB1および/またはErbB4タンパク質の発現レベルが、予め決定されたコントロールレベルと統計学的に同程度であるか、それよりも高い患者に対して実施することができる。該コントロールレベルは、EGF受容体阻害剤に対して感受性であるびまん性胃がんを有する複数検体におけるErbB1および/またはErbB4タンパク質の発現レベルの平均値であってもよい。
【0056】
本発明の治療方法は、患者由来の胃がん細胞サンプルにおけるErbB1および/またはErbB4タンパク質がリン酸化されているか、またはリン酸化されていない患者に対して実施することができる。一実施態様では、本発明の治療方法は、患者由来の胃がん細胞サンプルにおけるErbB1および/またはErbB4タンパク質がリン酸化されている患者に対して、選択的に実施することができる。上記EGF受容体阻害剤は、リン酸化ErbB1および/またはErbB4タンパク質に対して、阻害活性を有するものであってもよい。
【0057】
本発明の治療方法は、EGF受容体阻害剤を単独の療法として患者に適用してもよいし、EGF受容体阻害剤に加え、従来の手術または放射線療法、化学療法、抗体薬、免疫療法を伴ってもよい。このような化学療法や抗体薬は、EGF受容体阻害剤を用いた治療と共に、同時に、逐次的に、または別個に投与することができる。
【0058】
本発明の治療方法において、EGF受容体阻害剤と併用される化学療法としては、オキサリプラチン、カペシタビン、フルオロウラシル、イリノテカン、シスプラチン、ドセタキセル、パクリタキセル、テガフール、ドキシフルリジン、テガフール・ウラシル合剤、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合等の抗がん剤から選択することができる。
【0059】
本発明の治療方法において、EGF受容体阻害剤と併用される抗体薬としては、抗VEGF受容体2抗体ラムシルマブ、抗PD-1抗体ニボルマブ、抗PD-1抗体ペムブロリズマブ、抗PD-L1抗体アベルマブ、抗HER2抗体ベルツズマブ等の抗がん剤から選択することができるが、これらに限定されない。
【0060】
本発明の治療方法において、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を患者に投与する工程が、前記EGF受容体阻害剤を、抗VEGF受容体2抗体と同時投与または逐次投与することを含むことができる。一実施態様では、抗VEGF受容体2抗体は、ラムシルマブである。
【0061】
本発明の治療方法において、ErbB1阻害活性およびErbB4阻害活性を有するEGF受容体阻害剤を患者に投与する工程が、前記EGF受容体阻害剤を、cMET阻害剤と同時投与または逐次投与することを含むことができる。すなわち、本発明の患者のびまん性胃がんの治療方法において、EGF受容体阻害剤は、cMET阻害剤を併用することができる。cMETは、チロシンキナーゼ型受容体であり、HGF(肝細胞増殖因子)の結合により活性化される。HGF/cMETシグナル伝達経路の活性化は、細胞の増殖、遊走、形態形成および血管新生などを誘導し、その持続的活性化は腫瘍増殖に関わると考えられている。上記cMET阻害剤は、一般的にHGF-cMetシグナル伝達経路を阻害する活性を有する。任意の適切なcMET受容体阻害剤は、チロシンキナーゼ阻害活性を有するか、および/またはcMET受容体からのシグナル伝達を阻害するものであってもよい。
【0062】
上記cMET阻害剤としては、クリゾチニブ(PF-02341066)、TAS-115、カボザンチニブ(XL184、BMS-907351)、フォレチニブ、PHA-665752、SU11274、SGX-523、BMS-777607、JNJ-38877605、チバンチニブ(ARQ197)、PF-04217903、Glesatinib(MGCD265)、カプマチニブ(INCB28060)、BMS-754807、BMS-794833、AMG-208、MK-2461、ゴルバチニブ(E7050)、AMG-458、NVP-BVU972、ノルカンタリジン、AMG337、HMPL-504(AZD6094、サボリチニブ)、S49076、NPS-1034、Merestinib(LY2801653)が例示できる。阻害剤は、これら列挙したものの医薬的に許容される塩を含み得る。本発明の一実施態様では、cMET阻害剤は、サボリチニブである。
【0063】
クリゾチニブ(PF-02341066)は、3-((R)-1-(2,6-ジクロロ-3-フルオロフェニル)エトキシ)-5-(1-(ピペリジン-4-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)ピリジン-2-アミン(CAS登録番号:877399-52-5)である。カボザンチニブ(XL184、BMS-907351)は、N-(4-(6,7-ジメトキシキノリン-4-イルオキシ)フェニル)-N-(4-フルオロフェニル)シクロプロパン-1,1-ジカルボキサミド(CAS登録番号:849217-68-1)である。フォレチニブは、N-(3-フルオロ-4-((6-メトキシ-7-(3-モルホリノプロポキシ)キノリン-4-イル)-オキシ)フェニル)-N-(4-フルオロフェニル)シクロプロパン-1,1-ジカルボキサミド(CAS登録番号:849217-64-7)である。TAS-115のCAS登録番号は 1190836-34-0である。PHA-665752は、(R、Z)-5-(2,6-ジクロロベンジルスルホニル)-3-((3,5-ジメチル-4-(2-(ピロリジン-1-イルメチル)ピロリジン-1-カルボニル)-1H-ピロール-2 -イル)メチレン)インドリン-2-オン(CAS登録番号:477575-56-7)である。SU11274は、(Z)-N-(3-クロロフェニル)-3-((3,5-ジメチル-4-(1-メチルピペラジン-4-カルボニル)-1H-ピロール-2-イル)メチレン)-N-メチル-2 -オキソインドリン-5-スルホンアミド(CAS登録番号:658084-23-2)である。SGX-523は、6-(6-(1-メチル-1H-ピラゾール-4-イル)-[1,2,4]トリアゾロ[4,3-b]ピリダジン-3-イルチオ)キノリン(CAS登録番号:1022150-57-7)である。
【0064】
BMS-777607は、N-(4-(2-アミノ-3-クロロピリジン-4-イルオキシ)-3-フルオロフェニル)-4-エトキシ-1-(4-フルオロフェニル)-2-オキソ-1,2-ジヒドロピリジン-3-カルボキサミド(CAS登録番号:1025720-94-8)である。JNJ-38877605は、6-(ジフルオロ(6-(1-メチル-1H-ピラゾール-4-イル)-[1,2,4]トリアゾロ[4,3-b]ピリダジン-3-イル)メチル)キノリン(CAS登録番号:943540-75-8)である。チバンチニブ(ARQ197)は、(3R、4R)-3-(2,3-ジヒドロ-1H-ピロロ[3,2,1-ij]キノリン-6-イル)-4-(1H-インドール-3-イル)ピロリジン-2,5 -ジオン(CAS登録番号:905854-02-6)である。PF-04217903は、2-(4-(3-(キノリン-6-イルメチル)-3H- [1,2,3]トリアゾロ[4,5-b]ピラジン-5-イル)-1H-ピラゾール-1-イル)エタノール(CAS登録番号:956905-27-4)である。Glesatinib(MGCD265)のCAS登録番号は936694-12-1である。カプマチニブ(INCB28060)は、2-フルオロ-N-メチル-4-(7-(キノリン-6-イルメチル)イミダゾ[1,2-b] [1,2,4]トリアジン-2-イル)ベンズアミド(CAS登録番号:1029712-80-8)である。BMS-754807は、(S)-1-(4-(5-シクロプロピル-1H-ピラゾール-3-イルアミノ)ピロロ[1,2-f] [1,2,4]トリアジン-2-イル)-N-(6-フルオロピリジン-3-イル)-2-メチルピロリジン-2-カルボキサミド(CAS登録番号:1001350-96-4)である。BMS-794833は、N-(4-(2-アミノ-3-クロロピリジン-4-イルオキシ)-3-フルオロフェニル)-5-(4-フルオロフェニル)-4-オキソ-1,4-ジヒドロピリジン-3-カルボキサミド(CAS登録番号:1174046-72-0)である。
【0065】
AMG-208は、7-メトキシ-4-((6-フェニル-[1,2,4]トリアゾロ[4,3-b]ピリダジン-3-イル)メトキシ)キノリン(CAS登録番号:1002304-34-8)である。MK-2461は、N-((2R)-1,4-ジオキサン-2-イルメチル)-N-メチル-N '-[3-(1-メチル-1H-ピラゾール-4-イル)-5-オキソ-5H-ベンゾ[ 4,5]シクロヘプタ[1,2-b]ピリジン-7-イル]スルファミド(CAS登録番号:917879-39-1)である。ゴルバチニブ(E7050)は、1,1-シクロプロパンジカルボキサミド、N- [2-フルオロ-4-[[2-[[[4-(4-メチル-1-ピペラジニル)-1-ピペリジニル]カルボニル]アミノ] -4-ピリジニル]オキシ]フェニル] -N '-(4-フルオロフェニル)-(CAS登録番号:928037-13-2)である。AMG-458は、1-(2-ヒドロキシ-2-メチルプロピル)-N-(5-(7-メトキシキノリン-4-イルオキシ)ピリジン-2-イル)-5-メチル-3-オキソ-2-フェニル-2,3-ジヒドロ-1H-ピラゾール-4-カルボキサミド(CAS登録番号:913376-83-7)である。NVP-BVU972は、6-((6-(1-メチル-1H-ピラゾール-4-イル)イミダゾ[1,2-b]ピリダジン-3-イル)メチル)キノリン(CAS登録番号:1185763-69-2)である。ノルカンタリジンは、exo-3,6-エポキシヘキサヒドロフタル酸無水物(CAS登録番号:29745-04-8)である。
【0066】
AMG337は、1,6-ナフチリジン-5(6H)-オン、6-[(1R)-1-[8-フルオロ- 6-(1- メチル- 1H-ピラゾール-4-イル)-1,2,4-トリアゾロ[4,3-a]ピリジン-3-イル]エチル] -3-( 2-メトキシエトキシ)-(CAS登録番号:1173699-31-4)である。
HMPL-504(AZD6094、サボリチニブ)は、1H- 1,2,3-トリアゾロ[4,5-b]ピラジン、1-[(1S)-1-イミダゾ[1,2-a]ピリジン-6-イルエチル]-6-(1-メチル-1H-ピラゾール-4-イル)- (CAS登録番号:1313725-88-0)である。S49076は、2,4-チアゾリジンジオン、3-[[2,3-ジヒドロ-3-[[4-(4-モルホリニルメチル)-1H-ピロール-2-イル]メチレン]-2-オキソ-1H-インドール-5-イル]メチル]-(CAS登録番号:1265965-22-7)である。NPS-1034は、N-(3-フルオロ-4-(3-フェニル-1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イルオキシ)フェニル)-2-(4-フルオロフェニル)-1,5-ジメチル-3-オキソ-2,3-ジヒドロ-1H-ピラゾール-4-カルボキサミド(CAS登録番号:1221713-92-3)である。Merestinib(LY2801653)は、3-ピリジンカルボキサミド、N-[3-フルオロ-4-[[1-メチル-6-(1H-ピラゾール-4-イル)-1H-インダゾール-5-イル]オキシ]フェニル]-1-(4-フルオロフェニル)-1,2-ジヒドロ-6-メチル-2-オキソ-(CAS登録番号:1206799-15-6)である。
【0067】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除および置換を行うことができる。
【実施例】
【0068】
(実施例1)
胃がん細胞株に対するインビトロ細胞増殖抑制実験
EGFR阻害剤AST1306およびAZ5104の胃がん細胞株の増殖に与える効果を検討した。
インビトロ細胞増殖抑制実験には、以下の細胞株を使用した。
(1)びまん性胃がん細胞株
NUGC4(ヒューマンサイエンス振興財団研究資源バンク(大阪、日本)より入手)
GCIY(理化学研究所バイオソースセンター(筑波、日本)より入手)
【0069】
(2)ヒト非びまん性高分化型胃がん細胞株
MKN7(ヒューマンサイエンス振興財団研究資源バンク(大阪、日本)より入手)
GCR1(金沢大学がん進展制御研究所より入手)
(3)cMet遺伝子増幅胃がん細胞株
MKN45(ヒューマンサイエンス振興財団研究資源バンク(大阪、日本)より入手)
【0070】
また、使用したEGFR阻害剤は以下のとおりである。
AST1306(Selleck Chemicals社より入手)
AZ5104(Selleck Chemicals社より入手)
【0071】
5つの細胞株(NUGC4、GCIY、MKN7、GCR1およびMKN45)を、100units/mL濃度のペニシリンならびに100units/mL濃度のストレプトマイシン抗生剤を含む胎児ウシ血清10%濃度のRPMI1640培養液で培養継代して以下の実験に用いた。細胞は、マイコプラズマ感染の有無を定期的にMycoAlert Mycoplasma Detection kit (Lonza)を用いて検査した。
【0072】
細胞増殖測定は、Cell Counting Kit-8 (CCK-8)(同仁化学研究所,熊本,日本)を用いて行った(M. Ishiyama, et al. Talenta 44;1299:1997)。細胞を、1ウエルに5×104個/mLの濃度で100μLずつ撒き、37℃にて24時間インキュベーター内で培養した後、3種の細胞増殖因子の何れか一つ(アンフィレグリン(AP)(R&D Systems、Minneapolis, MN)(100ng/mL)、ヘパリン結合性EGF様増殖因子(HB-EGF)、および肝細胞増殖因子(HGF)(R&Dsystems)(50ng/mL))および2種のEGFR阻害剤の何れか一つ(AZ5104(0.001~10μM)およびAST1306(0.001~10μM))を各ウエルに加え、さらに37℃72時間インキュベーター内で培養した。なお、コントロール用のウエルには、3種の細胞増殖因子の何れか一つを加えたが、EGFR阻害剤は加えなかった。更に、10μLのWST-8溶液を各ウエルに加え、37℃で4時間培養した。マイクロプレートリーダー(BIO-RAD Laboratories, Inc.)を用いて、450nmの波長で吸光度を測定した。すべて3連で、同様の実験を3度繰り返した。
【0073】
結果を
図1~3に示す。
(びまん性胃がん細胞株)
びまん性胃がん細胞株NUGC4およびGCIYにおける細胞増殖抑制試験の結果を
図1に示す。
【0074】
びまん性胃がん細胞株のNUGC4において、アンフィレグリン誘導性細胞増殖、HB-EGF誘導性細胞増殖、およびHGF誘導性細胞増殖が観察された。びまん性胃がん細胞株のGCIYにおいて、アンフィレグリン誘導性細胞増殖、HB-EGF誘導性細胞増殖、およびHGF誘導性細胞増殖が観察されたが、増幅の割合はNUGC4に比較して少なかった。
【0075】
(1)AST1306
AST1306は、びまん性胃がん細胞株のNUGC4において、アンフィレグリン誘導性細胞増殖、HB-EGF誘導性細胞増殖、およびHGF誘導性細胞増殖を、用量依存的に抑制した。
【0076】
AST1306は、びまん性胃がん細胞株のGCIYにおいて、アンフィレグリン誘導性細胞増殖、HB-EGF誘導性細胞増殖、およびHGF誘導性細胞増殖を、用量依存的に抑制した。加えてAST1306は、びまん性胃がん細胞株GCIYのベースライン細胞増殖を抑制した。
【0077】
(2)AZ5104
AZ5104は、びまん性胃がん細胞株のNUGC4において、アンフィレグリン誘導性細胞増殖、HB-EGF誘導性細胞増殖、およびHGF誘導性細胞増殖を、用量依存的に抑制した。
【0078】
AZ5104は、びまん性胃がん細胞株のGCIYにおいて、アンフィレグリン誘導性細胞増殖、HB-EGF誘導性細胞増殖、およびHGF誘導性細胞増殖を、用量依存的に抑制した。加えて、AZ5104は、びまん性胃がん細胞株GCIYのベースライン細胞増殖を抑制した。
【0079】
(非びまん性胃がん細胞株)
非びまん性胃がん細胞株GCR-1およびMKN7における細胞増殖抑制試験の結果を
図2に示す。
非びまん性胃がん細胞株のGCR-1およびMKN7において、アンフィレグリン誘導性細胞増殖およびHB-EGF誘導性細胞増殖はほとんど観察されず、HGF誘導性細胞増殖はわずかに観察された。
【0080】
(1)AST1306
AST1306は、非びまん性胃がん細胞株のGCR-1およびMKN7において、0.1または0.3μM以上の濃度で細胞増殖を抑制した。またAST1306は、非びまん性胃がん細胞株のGCR-1およびMKN7において、0.3μM以上の濃度でHGF誘導性細胞増殖を抑制した。
【0081】
(2)AZ5104
AZ5104は、非びまん性胃がん細胞株のGCR-1およびMKN7において、0.1または0.3μM以上の濃度で細胞増殖を抑制した。またAZ5104は、非びまん性胃がん細胞株のGCR-1およびMKN7において、0.3μM以上の濃度でHGF誘導性細胞増殖を抑制した。
【0082】
(cMet遺伝子増幅胃がん細胞株)
cMet遺伝子増幅胃がん細胞株のMKN45における細胞増殖抑制試験の結果を
図3に示す。
cMet遺伝子増幅胃がん細胞株のMKN45において、アンフィレグリン誘導性細胞増殖、HB-EGF誘導性細胞増殖およびHGF誘導性細胞増殖はほぼ観察されなかった。
(1)AST1306
AST1306は、cMet遺伝子増幅胃がん細胞株のMKN45において、1μM以上の濃度で細胞増殖を抑制した。
(2)AZ5104
AZ5104は、cMet遺伝子増幅胃がん細胞株のMKN45において、1μM以上の濃度で細胞増殖を抑制した。
【0083】
(実施例2)
線維芽細胞に対するインビトロ増殖抑制試験
AZ5104およびAST1306のヒト線維芽細胞の増殖に与える効果を検討した。
金沢医科大学腫瘍内科において樹立した正常ヒト胃線維芽細胞を、2種類の抗生物質(100U/mL濃度のペニシリン(Life Technologies, Carlsbad, CA USA)および100U/mL濃度のストレプトマイシン(Life Technologies, Carlsbad, CA USA))を含むRPMI1640培養液(胎児ウシ血清10%濃度)で培養継代し、実験に用いた。細胞は、マイコプラズマ感染の有無を定期的にMycoAlert Mycoplasma Detection kit (Lonza)を用いて検査した。
【0084】
細胞培養用6穴プレートを用いて、1ウエルあたりヒト線維芽細胞5.5×104個を含む上記と同様の2種類の抗生物質を含むRPMI1640培養液(胎児ウシ血清1%濃度)2mLずつ撒き、37℃で一晩CO2インキュベーター内にて培養した後、それぞれ1μg/mL濃度のヒトnormal IgGあるいは抗ヒトHB-EGF抗体(R&D systems , Minneapolis, MN)を加え、さらに37℃で24時間CO2インキュベーター内で培養した。その後、ヒトHB-EGF(R&D Systems, Minneapolis, MN)は10ng/mL濃度で、EGF受容体阻害剤AZ5104またはAST1306は1μMの濃度となるよう各ウエルに添加し、さらに37℃で96時間CO2インキュベーター内で培養した。上記処理後、0.25%トリプシン・EDTA溶液(Life Technologies, Carlsbad, CA USA)で処理し、細胞をカウントした。3回同様の実験を繰り返し行った。
【0085】
結果を
図4に示す。
正常ヒト胃線維芽細胞は、HB-EGFにより細胞増殖が誘導された。AST1306、AZ5104、および抗ヒトHB-EGF抗体の何れかの投与により、HB-EGF誘導性細胞増殖が抑制された。コントロールとして使用したヒトnormal IgGの投与では、HB-EGF誘導性細胞増殖は抑制されなかった。
【0086】
(実施例3)
In vivo 試験
AZ5104、オシメルチニブ(AZD9291)、およびサボリチニブ(HMPL-504、AZD6094)はSelleck Chemicals社より入手した。用いた抗VEGF受容体2抗体は、抗マウスVEGF受容体2抗体DC101(GeneTex社)である。
【0087】
Balb/c nu/nuマウス(6週齢)にびまん性胃がん細胞(NUGC4細胞)を一匹あたりリン酸緩衝生理食塩水(PBS)200μLに2x106個に調整し腹腔内投与により移植した。移植後21日目に、腹水貯留を確認し、治療を開始した。治療は、以下の8つの療法で行い、各療法で8匹のマウスを用いた。
(1)AZ5104単剤療法:AZ5104 単回用量10mg/Kg(体重)を1日1回投与、
(2)オシメルチニブ単剤療法:オシメルチニブ 単回用量10mg/Kg(体重)を1日1回投与、
(3)サボリチニブ単剤療法:サボリチニブ 単回用量2.5mg/Kg(体重)を1日1回投与、
(4)抗VEGF受容体2抗体単剤療法:抗VEGF受容体2抗体 単回用量40mg/Kg(体重)を週2回投与、
(5)AZ5104とサボリチニブの併用療法:AZ5104 単回用量10mg/Kg(体重)を1日1回投与とサボリチニブ 単回用量2.5mg/Kg(体重)を1日1回投与の組合せ、
(6)オシメルチニブとサボリチニブの併用療法:オシメルチニブ 単回用量10mg/Kg(体重)を1日1回投与とサボリチニブ 単回用量2.5mg/Kg(体重)を1日1回投与の組合せ、
【0088】
(7)AZ5104とサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法:AZ5104 単回用量10mg/Kg(体重)を1日1回投与とサボリチニブ 単回用量2.5mg/Kg(体重)を1日1回投与と抗VEGF受容体2抗体 40mg/Kg(体重)を週2回投与の組合せ、
(8)オシメルチニブとサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法:オシメルチニブ 単回用量10mg/Kg(体重)を1日1回投与、サボリチニブ 単回用量2.5mg/Kg(体重)を1日1回投与と抗VEGF受容体2抗体 40mg/Kg(体重)を週2回投与の組合せ。
AZ5104、オシメルチニブ、およびサボリチニブは経口経路で、抗VEGF受容体2抗体は腹腔内に投与した。
コントロール群(ビヒクル対照)には、薬剤溶解なしの溶液のみを週1回投与した。投与は4週間継続し、その後さらに4週間投与した。
【0089】
結果:コントロール群は胃がん細胞移植後5週間以内に全てのマウスが腹水形成されて死亡した。
胃がん細胞移植後11週間後に生存していたマウスは、オシメルチニブとサボリチニブの併用療法群で3匹、AZ5104とサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群で2匹、オシメルチニブとサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群で2匹、オシメルチニブ単剤療法群で2匹、AZ5104とサボリチニブの併用療法群で1匹であった。
【0090】
胃がん細胞移植後7週間後に、AZ5104とサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群で7匹、オシメルチニブとサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群で8匹のマウスが生存していたが、単剤療法群および2剤併用療法群で生存していたマウスは3匹以下であった。
胃がん細胞移植後7週間後に、AZ5104単剤療法群では1匹、サボリチニブ単剤療法群では2匹、抗VEGF受容体2抗体単剤療法群では3匹のマウスが生存していたが、胃がん細胞移植後11週間経過前に全て死亡した。
胃がん細胞移植後11週間後に生存していたマウスの数についてt検定を行ったところ、コントロール群に対してサボリチニブ単剤療法群は有意差がなかったが、その他の療法群、すなわちはAZ5104単剤療法群、オシメルチニブ単剤療法群、抗VEGF受容体2抗体単剤療法群、各2剤併用療法群、及び各3剤併用療法群では有意差があった(p<0.05)。
【0091】
図5に生存曲線を示す。生存曲線はKaplan-Meier法で作成し、生存曲線の二群間の差はlog rank検定で検定した。生存率について、コントロール群に対するlog rank検定を行った結果、抗VEGF受容体2抗体単剤療法群、AZ5104とサボリチニブの併用療法群、AZ5104とサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群、及びオシメルチニブとサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群で、有意差があった(P<0.05)。各単剤療法群に対するlogrank検定を行った結果、AZ5104単剤療法群、サボリチニブ単剤療法群、及び抗VEGF受容体2抗体単剤療法群のそれぞれに対して、各3剤併用療法群(AZ5104とサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群、及びオシメルチニブとサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群)で、有意差があった(P<0.05)。特に、AZ5104とサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群、及びオシメルチニブとサボリチニブと抗VEGF受容体2抗体の併用療法群において、生存率の向上が有意差をもって観察された。