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特許7493249スピンホール発振器および磁気記録デバイス、計算機
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-23
(45)【発行日】2024-05-31
(54)【発明の名称】スピンホール発振器および磁気記録デバイス、計算機
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20240524BHJP
   H10N 50/20 20230101ALI20240524BHJP
   G06N 3/063 20230101ALI20240524BHJP
   G11B 5/31 20060101ALI20240524BHJP
   G11B 5/39 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H10N50/20
G06N3/063
G11B5/31 A
G11B5/39
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021503967
(86)(22)【出願日】2020-02-21
(86)【国際出願番号】 JP2020007010
(87)【国際公開番号】W WO2020179493
(87)【国際公開日】2020-09-10
【審査請求日】2023-02-03
(31)【優先権主張番号】P 2019037682
(32)【優先日】2019-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、チーム型研究(CREST)、「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」、「トポロジカル表面状態を用いるスピン軌道トルク磁気メモリの創製」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100109047
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 雄祐
(74)【代理人】
【識別番号】100109081
【弁理士】
【氏名又は名称】三木 友由
(74)【代理人】
【識別番号】100133215
【弁理士】
【氏名又は名称】真家 大樹
(72)【発明者】
【氏名】ファム ナム ハイ
(72)【発明者】
【氏名】白倉 孝典
【審査官】加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-245419(JP,A)
【文献】特開2017-204833(JP,A)
【文献】特開2015-100105(JP,A)
【文献】PHAM, Nam Hai,Conductive BiSb topological insulator with colossal spin Hall effect for ultra-low power spin-orbit-torque switching,PROCEEDINGS OF SPIE,2018年09月20日,Vol. 10732,pp. 107320U-1-107320U-7,<DOI: 10.1117/12.2316612>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/82
H10N 50/20
G06N 3/063
G11B 5/31
G11B 5/39
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピン流源と、
前記スピン流源に接合された自由層と、
を備え、
前記自由層が前記スピン流源のスピンホール効果により注入されるスピン流の量子化軸と平行な磁化困難軸を有することを特徴とする二端子のスピンホール発振器。
【請求項2】
スピン流源と、
前記スピン流源に接合された自由層、トンネル障壁層、固定層を含む磁気トンネル接合(MTJ)デバイスと、
前記MTJデバイスに接合された電極と、
を備え、
前記MTJデバイスに並列に接続された抵抗素子により前記スピン流源と前記電極が短絡された構造を有し、
前記MTJデバイスの前記自由層および前記固定層が前記スピン流源のスピンホール効果により注入されるスピン流の量子化軸と平行な磁化困難軸を有することを特徴とする二端子のスピンホール発振器。
【請求項3】
スピン流源と、
前記スピン流源に接合された自由層、トンネル障壁層、固定層を含むMTJデバイスと、
前記MTJデバイスに接合された電極と、
を備え、
前記MTJデバイスの前記自由層および前記固定層が前記スピン流源のスピンホール効果により注入されるスピン流の量子化軸と平行な磁化困難軸を有することを特徴とする二端子のスピンホール発振器。
【請求項13】
請求項1から11のいずれかに記載のスピンホール発振器を含む人工ニューロンを備えることを特徴とする計算機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピンホール発振器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、Q値が高いこと、電流による発振周波数の制御性が高いこと、CMOS技術による集積化が容易なことなどから、スピントルクを利用したマイクロ波発振器が注目されている。スピントルクを利用したマイクロ波発振器をスピントルク発振器(STO)と呼ぶ。STOは、磁性体にスピン流を注入した際に生じる磁化の歳差運動を利用する。
【0003】
磁化の歳差運動からマイクロ波を取り出す方法は、大きく分けて2つに分類される。1つ目は、歳差運動する磁化が作る高周波漏洩磁場を直接利用する方法である。2つ目は、トンネル磁気抵抗(TMR)効果を利用して磁化の歳差運動を電気信号として取り出し、マイクロ波に変換して放出する方法である。1つ目の手法は原理上簡便であるが、短距離にしかマイクロ波を照射できないという欠点がある。一方、2つ目の手法は磁気トンネル接合(MTJ)構造を構成する必要がある。しかし、1素子あたりのマイクロ波出力が漏洩磁場を取り出す手法よりも強いため、非常に注目されている。
【0004】
STOは、スピン流の生成方法により2種類に分けられる。1つ目はスピン偏極を利用した方法であり、MTJの固定層に電荷電流を流すことで、電荷電流と平行なスピン流を生成する。このとき、スピン流の生成効率は固定層のスピン偏極率で決まる。スピン偏極率は原理的に1を超えられないためスピン流生成効率が低く、発振のために大電流を要する。例として、非特許文献1では、0.9GHzでの発振のために110μAを要する。ただし、自由層の構造を長さ50nm、幅50nm、厚さ2nmに規格化した。スピン偏極を利用する場合、この大電流がMTJを貫通するため、MTJの耐久性を下げ、発振器の信頼性に問題をもたらしている。
【0005】
2つ目はスピンホール効果を利用した方法であり、スピン軌道相互作用の強い材料で構成されるスピン流源に電荷電流を流すことで、電荷電流に対して垂直なスピン流を生成する。したがって、歳差運動を行う磁性層にスピン流源を接合し、スピン流源に対して電荷電流を接合面に平行に印加することとなる。このとき、スピン流の生成効率はスピン流源のスピンホール角と、スピン流源の長さと膜厚の比で決まり、双方のパラメータが1を超え得る。したがって、スピンホール効果を利用する方法はスピン流を効率的に生成できる。さらに、スピンホール効果は電荷電流に対して垂直にスピン流を生成するため、スピン流生成用の電荷電流がMTJを貫通しない。これにより、発振器の信頼性を向上できると期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2017-520107
【文献】国際公開WO2015195122A1
【文献】国際公開WO2014025838A1
【非特許文献】
【0007】
【文献】Scientific Reports 3, 1426 (2013)
【文献】Jacob Torrejon et. al, "Neuromorphic computing with nanoscale spintronic oscillators", Nature, VOL 547, 27 JULY 2017, pp.428-432
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
スピンホール効果を利用する発振器(本明細書においてスピンホール発振器あるいは単に発振器という)は、スピン流を生成するためのスピン流源電流と、磁化の歳差運動を電気信号に変換するためのMTJ電流が必要である。したがって、スピンホール効果を利用した発振器は、MTJ電流およびスピン流源電流の注入電極、MTJ電流の取り出し電極、スピン流源電流の取り出し電極の3端子を備えたものが基本となる。3端子デバイスはMTJ電流とスピン流源電流の大きさを独立かつ能動的に制御できるため注目されており、特許文献1、2のように外部から磁場を印加せず、スピン流のみで発振可能なものが提案されている。しかし、3端子デバイスでは2つの電流パスにそれぞれ制御回路を組み込むこととなり、発振器全体の構造が複雑化するという欠点がある。また、TMR効果を最大化する観点から、固定層の磁化は自由層の歳差軌道面と平行となることが望ましいが、特許文献1、2は自由層磁化の歳差軌道が最適化されておらず、固定層磁化と自由層磁化の歳差軌道面が垂直となり得る。このため、TMR効果を最大化できず、発振効率の低下につながる。
【0009】
また、特許文献3のように、2端子で発振可能な構造も提案されている。しかし、特許文献3の構造は発振のために外部磁場を必要とする。外部磁場を印加するために、付加的な磁性層を別途設ける手法が用いられるが、構造の複雑化やコストの増大が問題となる。さらに、外部磁場は発振器のノイズ発生源として働き、発振スペクトルのQ値低下という問題をもたらす。
【0010】
本発明の目的は、3端子デバイスによる構造の複雑化、自由層磁化の歳差軌道面と固定層磁化の不整合に伴う発振効率の低下、外部磁場印加に伴うコストの増加およびノイズの重畳という3つの問題点の少なくとも一つを解決することである。
【0011】
本発明は係る状況においてなされたものであり、そのある態様の例示的な目的のひとつは、上述の問題点の少なくともひとつを解決可能な発振器の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のある態様は、スピンホール発振器に関する。スピンホール発振器は、スピン流源層に接合された磁性層、またはスピン流源層に接合されたMTJ素子を備える。以後、スピン流源に接合された磁性層も、必要に応じて自由層と呼称する場合がある。MTJ素子を備えた構造では、MTJ素子に対して並列に設置された抵抗素子により、スピン流源電流およびMTJ電流の取り出し電極を短絡することで、2端子デバイスとして動作する。
【0013】
自由層磁化の歳差軌道面の最適化および無磁場発振のためには、自由層の磁気異方性を制御すればよく、スピン流源から注入されるスピン流の量子化軸に平行な軸を磁化困難軸とすればよい。つまり、スピン流の量子化軸がy方向であれば、y軸を磁化困難軸とすればよく、x、y、z軸に対する有効磁気異方性係数をN’、N’、N’として次の関係を満たすようにすればよい。
’>N’、N
【0014】
ここで、有効磁気異方性係数は一軸結晶磁気異方性による有効磁場と界面磁気異方性による有効磁場を反磁場に換算し、反磁場係数N=x,y,z)に組み込んだ量である。i方向の一軸結晶磁気異方性係数をKUi、i方向の界面磁気異方性係数をKIi、自由層膜厚をtFM、自由層の飽和磁化をMとすると、i方向の有効磁気異方性係数は数式1のようになる。また、磁場中成膜、磁場中アニール、斜め蒸着による誘導磁気異方性を考慮する場合は、式(1)に適宜項を付け足せばよい。
【数1】
【0015】
本発明のある態様は、二端子のスピンホール発振器は、スピン流源と、スピン流源に接合された自由層と、を備える。自由層がスピン流源のスピンホール効果により注入されるスピン流の量子化軸と平行な磁化困難軸を有する。
【0016】
本発明の別の態様もまた、二端子のスピンホール発振器である。この二端子のスピンホール発振器は、スピン流源と、スピン流源に接合された自由層、トンネル障壁層、固定層を含む磁気トンネル接合(MTJ)デバイスと、MTJデバイスに接合された電極と、を備える。MTJデバイスに並列に接続された抵抗素子によりスピン流源と電極が短絡された構造を有する。MTJデバイスの自由層および固定層がスピン流源のスピンホール効果により注入されるスピン流の量子化軸と平行な磁化困難軸を有する。
【0017】
本発明のさらに別の態様もまた、二端子のスピンホール発振器である。この二端子のスピンホール発振器は、スピン流源と、スピン流源に接合された自由層、トンネル障壁層、固定層を含むMTJデバイスと、MTJデバイスに接合された電極と、を備える。MTJの自由層および固定層がスピン流源のスピンホール効果により注入されるスピン流の量子化軸と平行な磁化困難軸を有する。
【0018】
同構造あるいは異構造の発振器を複数備え、それらを電気的もしくは磁気的に結合し、同期をとることによりひとつの発振器を構成してもよい。
【0019】
スピン流源は、強いスピン起動相互作用を有するPt、Ta、W、Irおよび、3d、4d、5d、4f、5f元素のうち1つまたは複数を含んでもよい。
【0020】
スピン流源は、BiSb、BiSe、BiTe(Bi,Sb)Teのトポロジカル絶縁体のうち1つまたは複数を含んでもよい。
【0021】
自由層は、Co、Fe、Ni、Mn、B、Si、Zr、Nb、Ta、Ru、Ir、Pt、Ga、Al、Pd、Tb、Gdのうち1つまたは複数を含む磁性層であってもよい。
【0022】
固定層は、Co、Fe、Ni、Mn、B、Si、Zr、Nb、Ta、Ru、Ir、Pt、Ga、Al、Pd、Tb、Gdのうち1つまたは複数を含む磁性層であってもよい。
【0023】
トンネル障壁層は、Ga、Al、Mg、Hf、Zr元素のうち1つまたは複数元素の金属酸化物から構成される絶縁体であってもよい。
【0024】
自由層は、形状磁気異方性、一軸結晶磁気異方性、界面磁気異方性および、磁場中成膜、磁場中アニール、斜め蒸着による誘導磁気異方性のうち、1つまたは複数を組み合わせることにより、スピン流源のスピンホール効果により注入されるスピン流の量子化軸と平行な磁化困難軸を有する磁性層であってもよい。
【0025】
スピンホール発振器の駆動方式は、駆動電流を直接印加する通常の駆動法、または、最初に約1ns程度の大きなパルス電流を印加するパルス励起発振法を利用したものであってもよい。
【0026】
本発明の別の態様は磁気記録デバイスに関する。磁気記録デバイスは、上述のいずれかのスピンホール発振器を備え、スピンホール発振器が発生するマイクロ波を、記録のアシストに利用してもよい。
【発明の効果】
【0027】
本発明により、上述の問題にひとつまたは複数が解決できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1A】実施の形態1に係る発振器の構造を示した図である。
図1B】実施の形態2に係る発振器の構造を示した図である。
図1C】実施の形態3に係る発振器の構造を示した図である。
図2A】シミュレーションに用いる座標系およびパラメータの説明を示した図である。
図2B】シミュレーションに用いたパラメータを示す図である。
図2C】単位磁化ベクトル空間における自由層磁化の時間発展の一例を示した図である。
図3A】通常の駆動法で発振器を駆動した場合の自由層磁化の各成分の時間発展を示した図である。
図3B】通常の駆動法で発振器を駆動した場合の単位磁化ベクトル空間における自由層磁化の時間発展を示した図である。
図3C】パルス励起発振法で発振器を駆動した場合の自由層磁化の各成分の時間発展を示した図である。
図3D】パルス励起発振法で発振器を駆動した場合の単位磁化ベクトル空間における自由層磁化の時間発展を示した図である。
図4A】しきい値電流の自由層長さ依存性を示した図である。
図4B】最大発振電流および最小発振電流の自由層長さ依存性を示した図である。
図4C】最大発振周波数の自由層長さ依存性を示した図である。
図4D】各自由層長さにおける規格化発振周波数の電流依存性を示した図である。
図5A】各自由層長さにおける歳差軌道面から測った磁化の最小角度の電流依存性を示した図である。
図5B】各自由層長さにおける歳差軌道面から測った磁化の最小角度の発振周波数依存性を示した図である。
図6】各スピン流源材料における3GHz発振に必要な電流量を示した図である。
図7】x方向の一軸結晶磁気異方性に対する最大発振周波数の依存性を示した図である。
図8】実施の形態に係る発振器を用いた人工ニューロンの実施例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0030】
また図面に記載される各部材の寸法(厚み、長さ、幅など)は、理解の容易化のために適宜、拡大縮小されている場合がある。さらには複数の部材の寸法は、必ずしもそれらの大小関係を表しているとは限らず、図面上で、ある部材Aが、別の部材Bよりも厚く描かれていても、部材Aが部材Bよりも薄いこともあり得る。
【0031】
本明細書において、「部材Aが、部材Bと接続された状態」とは、部材Aと部材Bが物理的に直接的に接続される場合のほか、部材Aと部材Bが、それらの電気的な接続状態に実質的な影響を及ぼさない、あるいはそれらの結合により奏される機能や効果を損なわせない、その他の部材を介して間接的に接続される場合も含む。
【0032】
同様に、「部材Cが、部材Aと部材Bの間に設けられた状態」とは、部材Aと部材C、あるいは部材Bと部材Cが直接的に接続される場合のほか、それらの電気的な接続状態に実質的な影響を及ぼさない、あるいはそれらの結合により奏される機能や効果を損なわせない、その他の部材を介して間接的に接続される場合も含む。
【0033】
(本発明の構造)
(実施の形態1)
図1Aは、実施の形態1に係る発振器100Aを示す図である。発振器100Aは、スピン流源110と、スピン流源110に接合された自由層111を備える。発振器100Aは2端子構造を有する。スピン流生成用の電流(駆動電流ともいう)Iは、端子#1から端子#2に向かって図1Aに示すようにスピン流源110の面内方向に流れる。自由層111の磁化困難軸はスピン流源110から注入されるスピン流の量子化軸と平行である。この面内電流Iにより生じたスピン流が自由層111に注入され、自由層磁化が歳差運動をする。この自由層磁化の歳差運動による高周波漏洩磁場を出力とする。
【0034】
(実施の形態2)
図1Bは、実施の形態2に係る発振器100Bを示す図である。発振器100Bは、スピン流源110、MTJ素子120、抵抗素子124、電極125を備える。この発振器100Bも2端子構造(#1,#2)を備える。
【0035】
MTJ素子120は、自由層121、絶縁層であるトンネル障壁層122、固定層123を含む。自由層121および固定層123の磁化困難軸はスピン流源110から注入されるスピン流の量子化軸と平行である。図1Bに示すように、駆動電流Iはスピン流源110の一端#1から注入され、MTJ構造およびMTJ素子120に並列に設置された抵抗素子124に分岐して流れる。MTJ電流IMTJと駆動電流Iは、電極125にて合流し、接続される端子#2から流出する。スピン流はスピン流源110を面内方向に貫通し、抵抗素子124を流れる電流により生成される。スピン流源110から注入されたスピン流のスピン軌道トルク効果により自由層121の磁化が歳差運動する。ここで、固定層123から注入されるスピン流によるスピントランスファ効果は十分小さく、無視しても良い。自由層121の歳差運動は固定層123とのTMR効果により電気信号として取り出され、マイクロ波に変換された後放出される。ここで、歳差運動から取り出された電気信号は、増幅器により増幅されうる。
【0036】
(実施の形態3)
図1Cは、実施の形態3に係る発振器100Cを示す図である。発振器100Cは、スピン流源110、MTJ素子(あるいはMTJ構造といもいう)130、電極134を備える。MTJ素子130は自由層131、絶縁層であるトンネル障壁層132、固定層133で構成される。発振器100Cもまた2端子構造(#1,#2)を有する。図1Cに示すように、駆動電流Iはスピン流源110の一端#1から注入され、MTJ構造130を経由して電極134に接続される端子#2から流出する。この構成において、駆動電流IとMTJ電流IMTJは、同一経路に流れる。スピン流は、電流がスピン流源110からMTJ構造に流れ込む際に生じる面内電流成分により生成される。図1Cの構造は、スピン流源110の厚さが1~2nmと非常に薄い場合、または、スピン流源110がトポロジカル絶縁体のようなスピンホール角が大きい材料で構成される場合に特に有用である。自由層131および固定層133の磁化困難軸はスピン流源110の面内電流成分により生成されるスピン流の量子化軸と平行である。スピン流源110から注入されたスピン流のスピン軌道トルク効果より、自由層131の磁化が歳差運動する。ここで、固定層133から注入されるスピン流によるスピントランスファ効果は十分小さく、無視しても良い。自由層131の歳差運動は固定層133とのTMR効果により電気信号として取り出され、マイクロ波に変換された後放出される。ここで、歳差運動から取り出された電気信号は、増幅器により増幅されうる。
【0037】
図1A、1B、1Cに示される構造のスピン流源110は強いスピン起動相互作用を有するPt、Ta、W、Irおよび、3d、4d、5d、4f、5f元素のうち1つまたは複数からなる金属、または、BiSb,BiSe,(Bi,Sb)Teのトポロジカル絶縁体のうち1つまたは複数を含むトポロジカル絶縁体で構成される。
【0038】
図1A図1B、1Cに示される自由層111,121、131、図1B、1Cに示される固定層123、133は、Co、Fe、Ni、Mn、B、Si、Zr、Nb,Ta、Ru、Ir、Pt、Ga、Al、Pd、Tb、Gdのうち1つまたは複数を含む磁性体により構成される。
【0039】
図1B、1Cに示されるMTJのトンネル障壁層122、132は、Ga,Al,Mg,Hf,Zr元素のうち1つまたは複数元素の金属酸化物を含む絶縁体で構成される。
【0040】
また、図1A、1B、1Cに示される構造のうち、同種、または異種構造を2つ以上を、電気的または磁気的に結合し、同期させることによって1つの二端子スピンホール発振器を構築することも可能である。
【0041】
(シミュレーション)
図1Aの構造を仮定し、LLG方程式を用いて数値シミュレーションを行った。図2Aにシミュレーションにおけるパラメータおよび座標系210を示す。スピン流源211(図1Aの110)の幅をWSS、膜厚をtSS、スピンホール角をθSHとし、自由層212(図1Aの111)の長さをLFM、幅をWFM、膜厚をtFM、飽和磁化をM、ダンピング定数をαとした。また、電荷電流Iの印加方向をx方向、スピン流Iの注入方向を-z方向、スピン流の量子化軸を-y方向とした。各パラメータの設定値を図2Bに示す。スピン流源211のパラメータは材料としてWを、自由層212のパラメータは材料としてCoFeBを仮定したものである。また、実施例1では形状異方性のみを利用してN’、N’、N’を制御した。つまり、N’=N、N’=N、N’=Nである。
【0042】
図2CにLFM:WFM:tFM=20nm:15nm:20nm構造における磁化軌道の時間発展の例を示す。m、m、mは単位磁化ベクトルのx、y、z成分である。また、丸印220は磁化の初期位置を示しており、濃い実線221は定常状態における歳差軌道である。この例では、形状異方向性により発振条件であるN’>N’、N’が満たされており、さらにN’=N’が成り立つ。図2Cより、スピン量子化軸に平行なy軸を困難軸にすることで、歳差軌道面をx-z平面に対して平行にすることが可能であるといえる。このシミュレーション結果から分かるように、固定層からのスピントランスファトルクを利用せずとも、スピン流源211から注入されたスピン流によるスピン軌道トルクの効果のみで発振可能である。
【0043】
一方、LFM≠tFMの条件下では、印加電流があるしきい値を超えるまで発振せず、発振を開始してもすぐに-y方向に緩和してしまう場合がある。この場合、しきい値以上の電流を1ns程度パルス状に印加することで発振を励起し、その後低電流で発振器を駆動することができる。以後、この手法をパルス励起発振法と呼称する。
【0044】
図3Aは、LFM:WFM:tFM=21nm:15nm:20nm構造において、通常の駆動方法を採用した場合の電流の時間発展310およびm、m、mの時間発展311である。図3Aより、通常の駆動方法では有効な歳差運動が得られないことが分かる。
【0045】
図3Bは、時間発展311を単位磁化ベクトル空間にプロットしたものである。丸印320は磁化の初期状態を示している。図3Bより、通常の駆動方法では、磁化が初期状態から動かないことが分かる。
【0046】
図3Cに、パルス励起発振法を利用した場合の電流の時間発展330およびm、m、mの時間発展331を示す。図3Cの最終的な電流値は図3Aと同じである。図3Cより、パルス励起発振法を利用することで、通常の駆動法では発振できないような電流値でも有効な発振を得られることが分かる。
【0047】
図3Dは、時間発展331を単位磁化ベクトル空間にプロットしたものである。丸印340は磁化の初期位置を示しており、濃い実線341は定常状態における歳差軌道である。パルス励起発振法では、最初に印加されるパルス電流により、磁化は-y方向に緩和しようとする。その後、低電流を印加することにより、磁化は定常状態の歳差軌道で歳差運動を開始する。したがって、図3Dに示すように、磁化の軌道は定常状態の軌道341を-y方向にオーバーシュートしうる。
【0048】
スピン流源に印加すべき電荷電流および発振周波数は式(2)を用いて見積もることができる。パルス励起発振法により発振を励起するために必要なパルス電流値をIsad、発振を励起後にスピン量子化軸方向に磁化を完全に緩和させる電流値をImax、発振を励起後に発振し続けるために超えるべき電流値をImin、発振器の最大発振周波数をfmax、任意のエネルギーEの軌道上で磁化が発振するために必要な電流値およびその軌道上での発振周波数をI(E)、f(E)とする。ただし、式(2)はN’>N’≧N’の条件下で成り立つ式であり、N’>N’>N’の場合は式中のN’をN’に、N’をN’に入れ替えればよい。
【数2】
【0049】
ここで、eは素電荷、hbarはディラック定数、γは電子の磁気回転比である。図4に、式(2)を用いて得られた理論値と、数値シミュレーションにより得られた値の比較を示す。図4の実線が式(2)による理論値、丸印が数値シミュレーションにより得られた値である。図4A、4B、4Cより、式(2)を用いることで、いずれのLFMにおいてもIsad、Imax、Imin、fmaxを推定できることがわかる。また、図4Dより、任意の印加電流に対する発振周波数を見積もれることがわかる。
【0050】
図5Aに各LFMにおけるx-z平面から測った磁化の最小角度θとIの関係性を、図5Bに各LFMにおけるθとfの関係性を示す。図5の関係は、シミュレーションにより求めた。図5A、5Bの矢印510、520は、矢印の方向に向かってLFMが3nmずつ増大することを示している。θが大きくなるほどTMR効果が小さくなるため、発振効率が小さくなる。したがって、所望の発振効率により、利用できる最大発振周波数が異なる。
【0051】
駆動電流の例として、3GHz発振に必要な電流量を、スピン流源材料ごとに比較したものを図6に示す。自由層の構造はLFM:WFM:tFM=20nm:15nm:20nmとした。また、従来型のSTOとの比較として、自由層に対して垂直に偏極したスピン偏極電流を注入し、スピントランスファトルクを利用して3GHz発振を得るために必要な電流値も図6に示した。ただし、従来型のSTOの自由層の構造はLFM:WFM:tFM=50nm:50nm:2nmとし、固定層の材料はCoFeBを仮定した。図6より、本発明の構造を利用することで、スピン偏極を利用した場合よりも駆動電流を1桁程度低減することができる。また、スピン流源にトポロジカル絶縁体を利用することで、駆動電流をnA程度まで下げることができる。
【0052】
x軸方向の一軸結晶磁気異方性KUxを加えた場合の最大発振周波数を図7に示す。図7の矢印711は、矢印の方向に向かってWFMが1nmずつ減少する方向を示している。図7より、KUxを大きくすることで、高周波での発振が可能であることを示している。また、点線710はImaxとIminが等しくなる境界線を示しており、点線710の右側は有効な発振が得られない。一方、x軸方向だけでなく、z軸方向にも異方性を導入することにより、点線710を右にシフトさせることができ、有効な発振が得られる周波数領域を拡張することができる。
【0053】
本発明のある態様によれば、簡便な構造かつ低電流、無磁場、高効率で発振可能なマイクロ波発振器が実現可能である。また、スピン流源の材料にトポロジカル絶縁体を用いることによって、スピン流源に印加する電流をnA台まで下げることができる。これにより、MTJ素子の横に設置された並列抵抗を排除し、MTJにスピン流源電流が貫通する構造でも、MTJの耐久性を落とさずに発振が可能である。
【0054】
(用途)
実施の形態のスピンホール発振器は、磁気記録デバイスのマイクロ波アシスト技術に利用することができる。スピンホール発振器によりマイクロ波を発生し、このマイクロ波を、磁化反転時に照射することにより、磁気異方性を低下させることができ、高密度記録と低消費電力を両立できる。
【0055】
また、実施の形態のスピンホール発振器は、人工ニューロンに利用することができる。図8は、実施の形態に係る発振器100を用いた人工ニューロン800の実施例を示す図である。この実施例は時間分割を利用したリザバー型計算の一種である。発振器100に直流バイアス用の電圧VDCに加えて、カップリングコンデンサCinを介して、入力信号vinを入力する。入力信号vinは音声やセンサーからの時間軸の入力信号をサンプリングし、ランダムなマトリックス(マスクデータ)を掛けて得られる電圧信号である。また、入力信号vinの時間軸の入力間隔はスピンホール発振器の緩和時間よりも少なくても5分の1以下に短い時間である。
【0056】
図8の発振器100は図1Bに示す実施の形態2の抵抗器付きのタイプ(100B)であるが、図1Cに示す実施の形態3のタイプ(100C)でもよい。その場合、シャントの抵抗器を省略できる。発振器100の出力側には、整流ダイオードD1と平滑用コンデンサCoutが設けられる。本実施例では、簡便な構造かつ低電流、無磁場、高効率で発振可能な発振器100を用いるため、人工ニューロン800を多数並べることで、並列計算ができるリザバー型計算機を実施できる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、スピンホール発振器に関する。
【符号の説明】
【0058】
110…スピン流源
111…自由層
120…MTJ素子
121…自由層
122…トンネル障壁層
123…固定層
124…抵抗素子
125…電極
130…スピン流源
131…自由層
132…トンネル障壁層
133…固定層
134…電極
210…座標系
211…スピン流源
212…自由層
220…自由層磁化の初期状態
221…自由層磁化の定常状態における歳差軌道
310…通常の駆動法における電流の時間発展
311…通常の駆動法における単位磁化ベクトルの時間発展
320…自由層磁化の初期状態
330…パルス励起発振法における電流の時間発展
331…パルス励起発振法における単位磁化ベクトルの時間発展
340…自由層磁化の初期状態
341…自由層磁化の定常状態における歳差軌道
510…自由層長さの増大方向を示す矢印
520…自由層長さの増大方向を示す矢印
710…ImaxとIminが等しくなり、有効的な歳差が得られなくなる境界線
711…自由層幅の減少方向を示す矢印
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図3C
図3D
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図6
図7
図8