(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-23
(45)【発行日】2024-05-31
(54)【発明の名称】イオン化装置及びIMS分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/14 20060101AFI20240524BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20240524BHJP
G01N 27/62 20210101ALN20240524BHJP
【FI】
H01J49/14 700
H01J49/00 310
G01N27/62 G
(21)【出願番号】P 2021003526
(22)【出願日】2021-01-13
【審査請求日】2023-09-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【氏名又は名称】冨田 雅己
(72)【発明者】
【氏名】松尾 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】森谷 正三
(72)【発明者】
【氏名】新川 幸治
(72)【発明者】
【氏名】岩松 正
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-272439(JP,A)
【文献】特開平08-212909(JP,A)
【文献】特開2019-186190(JP,A)
【文献】特開2020-204520(JP,A)
【文献】米国特許第04970392(US,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0203947(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0393409(US,A1)
【文献】国際公開第2006/006423(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/14
H01J 49/00
G01N 27/622
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
筐体と、前記筐体中に配置された電子放出素子と、制御部と、ガス導入部とを備え、
前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極の間に配置された中間層とを有し、
前記制御部は、前記下部電極と前記表面電極との間に電圧を印加するように設けられ、かつ、前記電子放出素子の電子放出性能が低下した際にフォーミング処理を行うように設けられ、
前記フォーミング処理は、前記ガス導入部を用いて前記筐体中にフォーミング処理用ガスを導入した状態において前記制御部を用いて前記下部電極と前記表面電極との間にフォーミング電圧を印加する処理であることを特徴とするイオン化装置。
【請求項2】
前記フォーミング処理用ガスは、相対湿度が60%以上の気体又はエタノールを含む気体である請求項1に記載のイオン化装置。
【請求項3】
前記制御部は、第1電圧以上第2電圧以下の電圧を前記下部電極と前記表面電極との間に印加することにより前記電子放出素子から電子を放出させこの電子により対象気体を直接的又は間接的にイオン化するように設けられ、かつ、前記フォーミング処理において、第2電圧よりも大きい電圧を前記下部電極と前記表面電極との間に印加するように設けられた請求項1又は2に記載のイオン化装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記フォーミング処理において、前記下部電極と前記表面電極との間に印加するフォーミング電圧を、0.05V/秒以上1V/秒以下の昇圧速度で段階的に大きくするように設けられた請求項1~3のいずれか1つに記載のイオン化装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記フォーミング処理において、前記下部電極と前記表面電極との間に印加するフォーミング電圧のオン・オフを、500Hz以上5000Hz以下の周波数で繰り返し切り替えるように設けられた請求項1~4のいずれか1つに記載のイオン化装置。
【請求項6】
前記中間層は、銀微粒子を分散状態で有するシリコーン樹脂層である請求項1~5のいずれか1つに記載のイオン化装置。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1つに記載のイオン化装置と、コレクタと、電場形成部とを備え、
前記電場形成部は、前記電子放出素子から放出された電子により直接的に又は間接的に生成されたイオンが前記コレクタへ向かって移動するイオン移動領域に電場を形成するように設けられ、
前記コレクタ及び前記制御部は、イオンが前記コレクタに到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられたIMS分析装置。
【請求項8】
前記制御部は、前記下部電極と前記表面電極との間への印加電圧を前記電流波形に基づき調節するように設けられた請求項7に記載のIMS分析装置。
【請求項9】
前記制御部は、前記電流波形のピーク面積又はピーク高さが所定の値より小さくなったときに前記下部電極と前記表面電極への印加電圧を大きくするように設けられ、かつ、前記下部電極と前記表面電極への印加電圧を大きくした直後の測定における前記電流波形のピーク面積又はピーク高さが前記所定の値より小さくなったときに前記フォーミング処理を行うように設けられた請求項8に記載のIMS分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン化装置及びIMS分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
IMS(Ion Mobility Spectrometry)は物質をイオン化しガス中でのイオン移動度を測定することで対象物質の成分分析を行う技術であり、そのイオン化源として放射性物質、コロナ放電、深紫外線などが用いられてきた。
しかしながら、放射性物質はその取扱いに特有の注意と管理が必要であり、コロナ放電はイオン化時のエネルギーが高く不要なイオンを生成するとともに、測定対象物質を変質させて測定への悪影響を生じる場合がある。また、深紫外線を用いた方法では、紫外線の波長によってイオン化可能な対象物が限定されるという課題がある。
これらの問題点を解決するイオン化方法として、電子放出素子をIMS分析装置のイオン化源として使用する方法(例えば、特許文献1参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電子放出素子を用いたIMS測定では、測定を進めていく中で電子放出素子の出力(電子放出性能)が低下することが課題として挙げられる。従来の測定方法では電子放出素子の出力が低下した際に電子放出素子の交換が行われる。このため、電子放出素子の出力が低下する度に素子交換を行うことで測定が一時的にストップしてしまう。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、電子放出素子の交換頻度を少なくすることができるイオン化装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、筐体と、前記筐体中に配置された電子放出素子と、制御部と、ガス導入部とを備え、前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極の間に配置された中間層とを有し、前記制御部は、前記下部電極と前記表面電極との間に電圧を印加するように設けられ、かつ、前記電子放出素子の電子放出性能が低下した際にフォーミング処理を行うように設けられ、前記フォーミング処理は、前記ガス導入部を用いて前記筐体中にフォーミング処理用ガスを導入した状態において前記制御部を用いて前記下部電極と前記表面電極との間にフォーミング電圧を印加する処理であることを特徴とするイオン化装置を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明のイオン化装置に含まれる制御部は、電子放出素子の電子放出性能が低下した際に、ガス導入部を用いて筐体中にフォーミング処理用ガスを導入した状態において電子放出素子の下部電極と表面電極との間にフォーミング電圧を印加する処理(フォーミング処理)を行うように設けられる。このフォーミング処理により、電子放出素子の電子放出性能を回復させることができる。このことは、本願発明者等が行った実験により明らかになった。
このフォーミング処理を行うことにより、電子放出素子の交換頻度を少なくすることができ、長時間にわたり測定を行うことが可能になる。また、イオン化装置のランニングコストを低減することができる。また、電子放出素子の交換により筐体中の環境が変化することを抑制することができ、測定効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の一実施形態のIMS分析装置(本発明のイオン化装置を含む)の概略断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態のIMS分析装置の制御フローチャートである。
【
図3】本発明の一実施形態のIMS分析装置の制御フローチャートである。
【
図4】第1IMS実験で測定された電流波形の総ピーク面積の変化を示すグラフである。
【
図5】第1IMS実験で測定された電流波形を示すグラフである。
【
図6】フォーミング処理の第1実証実験で測定された電流波形のピーク高さの変化を示すグラフである。
【
図7】フォーミング処理の第1実証実験で測定された電流波形を示すグラフである。
【
図8】第2IMS実験で測定された電流波形の総ピーク面積の変化と素子駆動電圧の変化を示すグラフである。
【
図9】フォーミング処理の第2実証実験で測定された電流波形の総ピーク面積の変化と素子駆動電圧の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のイオン化装置は、筐体と、前記筐体中に配置された電子放出素子と、制御部と、ガス導入部とを備え、前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極の間に配置された中間層とを有し、前記制御部は、前記下部電極と前記表面電極との間に電圧を印加するように設けられ、かつ、前記電子放出素子の電子放出性能が低下した際にフォーミング処理を行うように設けられ、前記フォーミング処理は、前記ガス導入部を用いて前記筐体中にフォーミング処理用ガスを導入した状態において前記制御部を用いて前記下部電極と前記表面電極との間にフォーミング電圧を印加する処理であることを特徴とする。
【0009】
前記フォーミング処理用ガスは、相対湿度が60%以上の気体又はエタノールを含む気体であることが好ましい。このことにより、電子放出素子の電子放出性能を効果的に回復させることができる。
前記制御部は、第1電圧以上第2電圧以下の電圧を下部電極と表面電極との間に印加することにより電子放出素子から電子を放出させこの電子により対象気体を直接的又は間接的にイオン化するように設けられることが好ましく、かつ、フォーミング処理において、第2電圧よりも大きい電圧を下部電極と表面電極との間に印加するように設けられることが好ましい。このことにより、電子放出素子の電子放出性能を効果的に回復させることができる。
【0010】
前記制御部は、フォーミング処理において、下部電極と表面電極との間に印加するフォーミング電圧を、0.05V/秒以上1V/秒以下の昇圧速度で段階的に大きくするように設けられることが好ましい。このことにより、フォーミング処理において電子放出素子がダメージを受けることを抑制することができる。
前記制御部は、フォーミング処理において、下部電極と表面電極との間に印加するフォーミング電圧のオン・オフを、500Hz以上5000Hz以下の周波数で繰り返し切り替えるように設けられることが好ましい。このことにより、電子放出素子の電子放出性能を効果的に回復させることができる。
前記中間層は、銀微粒子を分散状態で有するシリコーン樹脂層であることが好ましい。
【0011】
本発明は、本発明のイオン化装置と、コレクタと、電場形成部とを備えたIMS分析装置も提供する。前記電場形成部は、電子放出素子から放出された電子により直接的に又は間接的に生成されたイオンがコレクタへ向かって移動するイオン移動領域に電場を形成するように設けられることが好ましく、前記コレクタ及び前記制御部は、イオンがコレクタに到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられることが好ましい。
前記制御部は、下部電極と表面電極との間への印加電圧を電流波形に基づき調節するように設けられることが好ましい。このことにより、繰り返し測定される電流波形を安定化することができ、定量測定することが可能になる。
【0012】
前記制御部は、前記電流波形のピーク面積又はピーク高さが所定の値(目標下限値)より小さくなったときに前記下部電極と前記表面電極への印加電圧を大きくするように設けられることが好ましい。このことにより、電子放出素子から放出される電子の量を多くすることができ、コレクタに到達するイオンの量を多くすることができる。この結果、前記電流波形のピーク面積又はピーク高さが目標下限値より大きくなり、ピーク面積又はピーク高さを目標範囲内とすることができる。
前記制御部は、前記下部電極と前記表面電極への印加電圧を大きくした直後の測定における前記電流波形のピーク面積又はピーク高さが前記所定の値(目標下限値)より小さくなったときに前記フォーミング処理を行うように設けられることが好ましい。通常、下部電極と表面電極への印加電圧を大きくすると、直後の測定における前記電流波形のピーク面積又はピーク高さは目標下限値よりも大きくなる。しかし、IMS測定の繰り返しにより電子放出素子の電子放出性能が低下すると、下部電極と表面電極への印加電圧を大きくしてもピーク面積又はピーク高さは大きくならなくなる。このように電子放出素子の電子放出性能が低下したことを検出したときにフォーミング処理を行うことにより、電子放出素子の電子放出性能を向上させることができる。
【0013】
以下、図面を用いて本発明の一実施形態を説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0014】
図1は本実施形態のイオン化装置を含むIMS分析装置の概略断面図である。また、
図1には、IMS分析装置の電気的構成を示すブロック図も示している。
本実施形態のイオン化装置31は、筐体28と、筐体28中に配置された電子放出素子2と、制御部12と、ガス導入部16とを備え、電子放出素子2は、下部電極3と、表面電極4と、下部電極3と表面電極4の間に配置された中間層5とを有し、制御部12は、下部電極3と表面電極4との間に電圧を印加するように設けられ、かつ、電子放出素子2の電子放出性能が低下した際にフォーミング処理を行うように設けられ、前記フォーミング処理は、ガス導入部16を用いて筐体28中にフォーミング処理用ガスを導入した状態において制御部12を用いて下部電極3と表面電極4との間にフォーミング電圧を印加する処理であることを特徴とする。
【0015】
イオン化装置31は、気体をイオン化する装置である。イオン化装置31は、IMS分析装置40に組み込まれたものであってもよく、質量分析装置に組み込まれたものであってもよい。ここでは、イオン化装置31が組み込まれたIMS分析装置について説明する。
【0016】
本実施形態のIMS分析装置40は、イオン化装置31と、コレクタ6と、電場形成部7とを備え、電場形成部7は、電子放出素子2から放出された電子により直接的に又は間接的に生成されたイオンがコレクタ6へ向かって移動するイオン移動領域11に電場を形成するように設けられ、コレクタ6及び制御部12は、イオンがコレクタ6に到達することにより流れる電流の電流波形を測定するように設けられる。
【0017】
IMS分析装置40は、試料をイオン移動度分析(IMS)で分析する装置である。分析装置40はイオン移動度スペクトロメータであってもよい。分析装置40は、ドリフトチューブ方式IMSで分析するIMS分析装置であってもよく、フィールド非対称方式IMS(FAIMS)で分析するIMS分析装置であってもよい。本実施形態では、ドリフトチューブ方式IMSで分析するIMS分析装置について説明する。
【0018】
IMS分析装置40で分析する試料ガスは、気体試料であってもよく、液体を気化した試料であってもよい。
制御部12は、IMS分析装置40を制御する部分である。制御部12は、例えば、CPU、メモリ、タイマー、入出力ポートなどを有するマイクロコントローラを含むことができる。また、制御部12は、コンピュータを含んでもよい。また、制御部12は、電場制御部26、ゲート制御部27、駆動電圧制御部17、PWM制御部18、回収電流測定部19、電源部などを含むことができる。
駆動電圧制御部17及びPWM制御部18は電子放出素子2の電子放出を制御するように設けられ、ゲート制御部27は静電ゲート電極8の開閉を制御するように設けられる。
【0019】
本実施形態のIMS分析装置40は、試料ガスに含まれる検出対象成分を分析する分析チャンバ30(筐体28の内部)を有し、分析チャンバ30は、電子放出素子2とコレクタ6との間に試料ガスに含まれる検出対象成分をイオン化しイオン(負イオン又は正イオン)を生成するためのイオン化領域10と、イオンを移動させ分離するためのイオン移動領域11(ドリフト領域)とを有する。イオン化領域10とイオン移動領域11とは、静電ゲート電極8により仕切られる。また、イオン化領域10の静電ゲート電極8と逆の端には、表面電極4がイオン化領域側となるように電子放出素子2が配置される。また、イオン移動領域11の静電ゲート電極8と逆の端には、コレクタ6が配置される。
【0020】
ガス導入部16(試料注入部16)は、分析チャンバ30に試料ガス又はフォーミング処理用ガスを注入する部分である。試料ガスの分析時には、ガス導入部16から試料ガスが分析チャンバ30に注入される。フォーミング処理時には、ガス導入部16からフォーミング処理用ガスが分析チャンバ30に注入される。また、試料ガスを注入するためのガス導入部と、フォーミング処理用ガスを注入するためのガス導入部を別々に設けてもよい。また、フォーミング処理用ガスは、ドリフトガス注入部15から分析チャンバ30に注入してもよい。この場合、ドリフトガス注入部15がガス導入部となる。
【0021】
ガス導入部16(試料注入部16)から分析チャンバ30に注入された試料ガスに含まれる検出対象成分がイオン移動度分析により分析される。試料が気体である場合、試料注入部16は試料ガスを連続的に分析チャンバ30に供給するように設けることができる。また、試料が液体である場合、試料注入部16は気化室を有することができ、この気化室で気化した試料ガスを分析チャンバ30に注入することができる。
【0022】
ドリフトガス注入部15は、ドリフトガスを分析チャンバ30に注入するように設けられた部分である。ドリフトガスは、イオン移動領域11においてイオンの移動方向とは逆方向に流すガスであり、イオンがイオン移動領域11を移動する際の抵抗となるガスである。ドリフトガスは、大気中の空気を浄化した空気(清浄空気)であってもよく、圧縮空気シリンダーから供給される空気であってもよく、排気部20により分析チャンバ30から排出された空気を浄化したものであってもよい。
【0023】
排気部20は、分析チャンバ30の気体を排出するように設けられた部分である。排気部20は、ドリフトガス及び試料ガスを分析チャンバ30から排出するように設けられる。排気部20は、排気ファンなどにより分析チャンバ30の気体を強制排気するように設けられてもよく、分析チャンバ30の気体を自然排気するように設けられてもよい。
【0024】
試料注入部16及び排気部20は、試料ガスがイオン化領域10を流れるように設けることができる。このことにより、イオン化領域10において電子放出素子2の表面電極4から放出させた電子により直接的又は間接的に試料ガスに含まれる成分をイオン化し負イオン又は正イオンを生成することができる。
【0025】
ドリフトガス注入部15及び排気部20は、イオン移動領域11においてドリフトガスがコレクタ側から静電ゲート電極側に向かって流れるように設けられる。例えば、ドリフトガス注入部15は、コレクタ側からドリフトガスをイオン移動領域11に供給するように設けることができ、排気部20は、イオン化領域10の周りの筐体28の開口(ガス出口)からドリフトガスを排気するように設けることができる。
【0026】
電子放出素子2は、表面電極4から電子を放出するように設けられた素子であり、この放出された電子により直接的又は間接的に試料ガスに含まれる検出対象成分をイオン化し負イオン又は正イオンを生成するための素子である。
電子放出素子2は、下部電極3と、表面電極4と、下部電極3と表面電極4との間に配置された中間層5とを有する。
【0027】
表面電極4は、電子放出素子2の表面に位置する電極である。表面電極4は、好ましくは10nm以上100nm以下の厚さを有することができる。また、表面電極4の材質は、例えば、金、白金である。また、表面電極4は、複数の金属層から構成されてもよい。
表面電極4は、40nm以上の厚さを有する場合であっても、複数の開口、すき間、10nm以下の厚さに薄くなった部分を有してもよい。中間層5を流れた電子がこの開口、すき間、薄くなった部分を通過又は透過することができ、表面電極4から電子を放出することができる。このような開口、すき間、薄くなった部分は、下部電極3と表面電極4との間に電圧を印加することによっても形成することができる。
【0028】
下部電極3は、中間層5を介して表面電極4と対向する電極である。下部電極3は、金属板であってもよく、絶縁性基板上もしくはフィルム上に形成した金属層又は導電体層であってもよい。また、下部電極3が金属板からなる場合、この金属板は電子放出素子2の基板であってもよい。下部電極3の材質は、例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケルなどである。下部電極3の厚さは、例えば200μm以上1mm以下である。
【0029】
中間層5は、表面電極4と下部電極3との間に電圧を印加することにより形成される電界により電子が流れる層である。中間層5は、半導電性を有することができる。中間層5は、絶縁性樹脂、絶縁性微粒子、金属酸化物のうち少なくとも1つを含むことができる。また、中間層5は導電性微粒子を含むことが好ましい。中間層5の厚さは、例えば、0.5μm以上1.8μm以下とすることができる。中間層5は、例えば、銀微粒子を分散状態で有するシリコーン樹脂層である。
【0030】
電子放出素子2は、表面電極4と下部電極3との間に絶縁層29を有してもよい。この絶縁層29は、開口を有することができる。絶縁層29の開口は、表面電極4の電子放出領域を規定するように設けられる。絶縁層29には電子が流れることができないため、絶縁層29の開口に対応する中間層5に電子が流れ表面電極4から電子が放出される。従って、開口を有する絶縁層29を設けることにより、表面電極4に形成される電子放出領域が規定される。電子放出領域は、例えば5mm角の領域とすることができ、電場形成用電極9の開口部やコレクタ6の大きさなどに併せて自由に設計することができる。
【0031】
表面電極4及び下部電極3はそれぞれ制御部12(PWM制御部18、駆動電圧制御部17)と電気的に接続することができる。
駆動電圧制御部17は、表面電極4と下部電極3との間に印加する電圧(電子放出素子2の駆動電圧)の大きさを制御するように設けられる。駆動電圧制御部17を用いて下部電極3の電位を表面電極4の電位と実質的に同じにする(駆動電圧を0Vにする)と、中間層5には電流は流れず電子放出素子2から電子は放出されない。
【0032】
駆動電圧制御部17を用いて下部電極3の電位が表面電極4の電位よりも低くなるように下部電極3と表面電極4との間に電圧(駆動電圧)を印加すると中間層5に電流が流れ、中間層5を流れた電子が表面電極4を通過しイオン化領域10へ放出される。電子放出素子2から電子を放出させるために下部電極3と表面電極4との間に印加する電圧は、例えば5V以上40V以下とすることができる。
駆動電圧制御部17を用いて駆動電圧の大きさを調節すると、中間層5を流れる電流が変化し、電子放出素子2から放出される電子の量が変化する。また、電子放出素子2から放出される電子のエネルギーも変化する。
【0033】
PWM制御部18は、駆動電圧制御部17が表面電極4及び下部電極3に印加する電圧(駆動電圧)の周期的なパルス波のデューティ比を変化させて変調する部分である。このPWM制御部18により、電子放出素子2に供給する電圧のデューティ比を調節することにより(PWM制御することにより)、表面電極4と下部電極3との間の中間層5に流れる電流が変化し、電子放出素子2から放出される電子の量が変化する。なお、デューティ比(duty cycle)は、表面電極4及び下部電極3に印加される電圧のパルスが最大値にとどまる時間(パルス幅)の周期に対するパーセンテージである。
【0034】
分析チャンバ30内へのドリフトガス(乾燥空気)の供給を開始した後でイオン化領域10への試料ガスの供給を開始する前において、電子放出素子2からイオン化領域10へ電子を放出させると、電子は直ちに空気成分と衝突し一次イオン(マイナスイオン又はプラスイオン)を形成する。電子放出素子2から放出された電子が表面電極4の近傍の気体成分に付着すると(電子付着現象)、気体成分のマイナスイオンが生成する。電子放出素子2から放出された電子のエネルギーが表面電極4の近傍の気体成分のイオン化エネルギーよりも高い場合、気体成分のプラスイオンが生成する。
一次イオンは例えば、空気中の酸素ガスがイオン化された酸素イオンである。このときイオン化領域10には、電子放出素子2の電子放出量に応じた量の一次イオンが存在する。ただし、イオン化領域10における一次イオンの量は、気温、湿度などの環境条件や素子の寿命特性によって変動する。
この一次イオンの量は、表面電極4と下部電極3との間に印加する電圧を調節することなど(電子放出素子2の電子放出量を調節すること)により調節することができる。
【0035】
分析チャンバ30内へのドリフトガスの供給及びイオン化領域10への試料ガスの供給を開始した後において、電子放出素子2からイオン化領域10へ電子を放出させると、電子は直ちに空気成分と衝突し一次イオン(マイナスイオン又はプラスイオン)を形成する。この一次イオンは、イオン化領域10において試料ガスに含まれる検出対象成分に電荷を受け渡し試料ガスに含まれる検出対象成分のマイナスイオン又はプラスイオンを生成する(イオン分子反応)。つまり、電子放出素子2を用いてイオン化領域10に試料ガスに含まれる検出対象成分のマイナスイオン又はプラスイオンを間接的に生成することができる。このとき、イオン化領域10には、試料ガスに含まれる検出対象成分から生成されたイオンと一次イオンとが存在する。
【0036】
電場形成部7は、電子放出素子2とコレクタ6との間の領域に電位勾配を形成するための部分である。電場形成部7は、イオンが電子放出素子側からコレクタ側へ移動するような電位勾配を形成するように設けられる。IMS分析装置40がマイナスイオンを検出する場合(マイナスイオンモード)、制御部12(電場制御部26)は、電子放出素子側の電位がコレクタ側の電位よりも低くなるような電位勾配が形成されるように電場形成部7に電圧を印加する。IMS分析装置40がプラスイオンを検出する場合(プラスイオンモード)、制御部12(電場制御部26)は、電子放出素子側の電位がコレクタ側の電位よりも高くなるような電位勾配が形成されるように電場形成部7に電圧を印加する。
【0037】
電場形成部7は、複数の電場形成用電極9a~9h(以後、電場形成用電極9ともいう)から構成されてもよい。電場形成用電極9は、電子放出素子2とコレクタ6との間の領域に電位勾配を形成することができればその形状は限定されないが、例えば、リング状電極であってもよく、アーチ状電極であってもよい。複数の電場形成用電極9は、リング内部又はアーチ内側にイオン化領域10及びイオン移動領域11(ドリフト領域)が形成されるように一列に並ぶ。また、電場形成部7を構成する電場形成用電極9は、制御部12の電場制御部26と電気的に接続する。また、電子放出素子2の表面電極4又は下部電極3が電場形成部7として機能してもよい。
【0038】
静電ゲート電極8は、イオン化領域10とイオン移動領域11とを仕切る電極であり、イオン化領域10において生成したイオンのイオン移動領域11への注入をイオンと静電ゲート電極8との静電相互作用を利用して制御する電極である。
静電ゲート電極8は、例えばグリッド状の電極(シャッターグリッド)である。静電ゲート電極8は、電場形成部7を構成する複数の電場形成用電極9と共に一列に並べて配置することができる。静電ゲート電極8は、制御部12のゲート制御部27と電気的に接続することができる。また、静電ゲート電極8は、電場形成部7により形成される電位勾配を変化させることができるように設けられる。
【0039】
ゲート制御部27は、低電位側クローズ(静電ゲート電極8の電位が低いためイオン化領域10のイオンが静電ゲート電極8を通過できずイオン移動領域11へ移動できない状態)から高電位側クローズ(静電ゲート電極8の電位が高いためイオン化領域10のイオンが静電ゲート電極8を通過できずイオン移動領域11へ移動できない状態)に瞬間的に変化させるように、又は高電位側クローズから低電位側クローズに瞬間的に変化させるように、静電ゲート電極8の電位を変化させる。このことにより、静電ゲート電極8をごく短い時間だけオープン状態とすることができ、イオン化領域10のイオンをこの短い時間にだけイオン移動領域11に注入することができる。従って、イオン化領域10のイオンを単発パルス状にイオン移動領域11に注入することができる。
【0040】
イオン移動領域11に注入されたマイナスイオン又はプラスイオンは、電場形成部7が形成する電位勾配によりイオン移動領域11をコレクタ6へと向かって移動し、コレクタ6へ到達する。この際、マイナスイオン又はプラスイオンは、ドリフトガスの流れに逆らって移動する。このドリフトガスの流れは、静電ゲート電極8からコレクタ6へと向かって移動するマイナスイオン又はプラスイオンの抵抗となる。この抵抗の大きさ(イオンの移動度)はイオン種により異なる。一般的に移動度はイオンの衝突断面積(イオンの大きさ)に反比例するため、イオンの衝突断面積が大きいほどイオンがコレクタ6に到達するためにかかる時間が長くなる(大きいイオン程、ドリフトガス中の空気の分子と衝突する頻度が高くなり、移動速度が遅くなってコレクタ6への到達時間が遅くなる)。従って、静電ゲート電極8によりイオン移動領域11に注入されてからコレクタ6へと到達するまでの時間(到達時間、ピーク位置)がマイナスイオン又はプラスイオンのイオン種により異なる。従って、この到達時間(ピーク位置)に基づきマイナスイオン又はプラスイオン(試料に含まれる検出対象成分)を特定することが可能になる。また、試料ガスに含まれる複数の検出対象成分のイオンをイオン移動領域11において分離することができる。
【0041】
コレクタ6は、マイナスイオン又はプラスイオンの電荷を集める金属製の部材である。コレクタ6は制御部12の回収電流測定部19と電気的に接続することができる。また、この回収電流測定部19は、マイナスイオン又はプラスイオンがコレクタ6に電荷を受け渡すことにより生じる回収電流を時系列で測定するように設けられる。このことにより回収電流の電流波形を計測することができる。
【0042】
静電ゲート電極8を用いて単発パルス状にイオン移動領域11に注入された複数種のイオンはイオン移動領域11を移動する間に各種イオンに分離され、各種イオンが時間的にずれてコレクタ6に到達する。この結果として、回収電流の電流波形は各種イオンの到着時間に応じたピークを持つ波形を示すこととなり、そのピーク位置(到達時間)から移動度を算出し、イオンの成分を判別することが可能となる。また、回収電流の電流波形のピーク高さ又はピーク面積は各種イオンがコレクタ6に受け渡した電荷量に相当するため、ピーク高さ又はピーク面積に基づき検出対象成分を定量分析することが可能になる。
【0043】
制御部12は、下部電極3と表面電極4との間への印加電圧を回収電流の電流波形に基づき調節するように設けられてもよい。また、制御部12は、回収電流の電流波形に基づいて電子放出素子2の駆動電圧をフィードバック制御するように設けられてもよい。印加電圧の調節は、駆動電圧制御部17による印加電圧の大きさの調節であってもよく、PWM制御部18による印加電圧のデューティ比の調節であってもよい。
【0044】
具体的には、回収電流の電流波形に現れるピークのピーク高さ、ピーク面積又は総ピーク面積に目標範囲を設けて、ピーク高さ、ピーク面積又は総ピーク面積がこの目標範囲内となるように、制御部12を用いて下部電極3と表面電極4との間への印加電圧の大きさ又はデューティ比を調節しながら(フィードバック制御しながら)IMS分析を繰り返す。このことにより、IMS測定を繰り返すことによる電子放出素子2の電子放出性能の低下がIMS分析の測定結果に与える影響を少なくすることができ、測定の定量性を向上させることができる。
IMS測定を繰り返すと電子放出素子2の電子放出性能が低下する原因は不明であるが、IMS測定を繰り返すと下部電極3と表面電極4との間の中間層4に形成される電流パスが減少するためと考えられる。
【0045】
図2は、フィードバック制御のフローチャートである。このフローチャートを用いて説明する。ステップS1において、回収電流の電流波形の総ピーク面積Sの上限S
uplimit及び下限S
lowlimitを設定する。S
uplimitとS
lowlimitとの間の範囲が目標範囲となる。次に、電子放出素子2の素子駆動電圧V(下部電極3と表面電極4との間への印加電圧)をV
0に設定し(ステップS2)、IMS測定を行い(ステップS3)、回収電流の電流波形から総ピーク面積Sを算出する(ステップS4)。
【0046】
算出した総ピーク面積SがSuplimitよりも大きい場合(ステップS5)には、素子駆動電圧Vを0.1V小さくし(ステップS6)、再びIMS測定を行う(ステップS3)。素子駆動電圧Vを小さくすると電子放出素子2の電子放出量が少なくなり、総ピーク面積Sは、前回の測定よりも小さくなる。このような素子駆動電圧Vの調節を総ピーク面積SがSuplimitよりも小さくなるまで繰り返す。
算出した総ピーク面積SがSlowlimitよりも小さい場合(ステップS7)には、素子駆動電圧Vを0.1V大きくし(ステップS8)、再びIMS測定を行う(ステップS3)。素子駆動電圧Vを大きくすると電子放出素子2の電子放出量が多くなり、総ピーク面積Sは、前回の測定よりも大きくなる。このような素子駆動電圧Vの調節を総ピーク面積SがSlowlimitよりも大きくなるまで繰り返す。
【0047】
算出した総ピーク面積Sが目標範囲内(SuplimitとSlowlimitとの間の範囲内)である場合、素子駆動電圧Vを変更せずにIMS測定を繰り返す。
このようなフィードバック制御により、コレクタ6に到達するイオン量を目標範囲内とすることができ、測定の定量性を向上させることができる。ただし、IMS測定を繰り返すことにより電子放出素子2の電子放出性能が低下していくと、素子駆動電圧Vが大きくなっていき、上限に達してしまう。
そこで本実施形態のIMS分析装置は、電子放出素子2の電子放出性能が低下した際にフォーミング処理を行うように設けられる。
【0048】
フォーミング処理は、ガス導入部16を用いて筐体28中(分析チャンバ30)にフォーミング処理用ガスを導入した状態において、制御部12を用いて下部電極3と表面電極4との間にフォーミング電圧を印加する処理である。このような処理により電子放出素子2の電子放出性能が回復することは、本願発明者等が行った実験により明らかになった。電子放出素子2の電子放出性能が回復するメカニズムは明らかではないが、フォーミング処理により表面電極4と下部電極3との間の中間層5に形成される電流パスが増えることが考えられる。
フォーミング処理用ガスは、フォーミング処理に用いられるガスである。フォーミング処理用ガスは、例えば、相対湿度が60%以上の気体(例えば、相対湿度が60%以上の空気、好ましくは相対湿度が70%以上の空気)又はエタノールを含む気体(例えば、エタノールを含む空気)である。また、フォーミング処理におけるイオン化領域10の湿度が60%以上となるようにフォーミング処理用ガスを分析チャンバ30に供給することができる。
【0049】
フォーミング処理は次のように実施することができる。
電子放出素子2の電子放出性能が低下したことを検出した場合(例えば、素子駆動電圧を大きくしても回収電流の電流波形の総ピーク面積Sが大きくならない場合、素子駆動電圧が上限に達した場合など)、ガス導入部16から分析チャンバ30への試料ガスの供給を停止しIMS測定の繰り返しを中断し、ガス導入部16から筐体28の内部(分析チャンバ30)にフォーミング処理用ガスを供給する(試料ガスがフォーミング処理用ガスとして機能する場合は試料ガスをフォーミング処理用ガスとして用いることができる)。このことにより、フォーミング処理用ガスが分析チャンバ30内を流通し、分析チャンバ30内に配置された電子放出素子2にフォーミング処理用ガスが供給される。この状態において、制御部12を用いて下部電極3と表面電極4との間にフォーミング電圧を印加する。このことにより、電子放出素子2の電子放出性能を回復させることができる。その後、分析チャンバ30へのフォーミング処理用ガスの供給を停止し、分析チャンバ30への試料ガスの供給を再開し、IMS測定の繰り返しを再開する。
なお、フォーミング処理用ガスの供給開始や供給停止は、手動で行ってもよく、制御部12による制御により自動で行ってもよい。
【0050】
制御部12は、フォーミング処理において、IMS測定において下部電極3と表面電極4との間に印加する上限電圧よりも大きいフォーミング電圧を下部電極3と表面電極4との間に印加するように設けることができる。このことにより、電子放出素子2の電子放出性能をより効果的に回復させることができる。
また、制御部12は、フォーミング処理において、下部電極3と表面電極4との間に印加するフォーミング電圧を、0.05V/秒以上1V/秒以下の昇圧速度で段階的に大きくする(好ましくは10段階以上)ように設けられてもよい。このことにより、下部電極3と表面電極4との間の中間層5に過電流が流れることを抑制することができ、電子放出素子2がダメージを受けることを抑制することができる。また、段階的に上昇するフォーミング電圧の上昇幅を徐々に大きくしてもよい(加速度的に上昇幅を大きくする)。
また、制御部12は、フォーミング処理において、下部電極3と表面電極4との間に印加するフォーミング電圧のオン・オフを、PWM制御部18を用いて500Hz以上5000Hz以下の周波数で繰り返し切り替えるように設けられてもよい。このことにより、電子放出素子2の電子放出性能をより効果的に回復させることができる。
【0051】
フォーミング処理は、例えば、以下のように実施することができる。
まず、下部電極3と表面電極4の間に印加するフォーミング電圧について、開始電圧[V]、終了電圧[V]、昇圧ステップ数、駆動周波数[Hz]、各ステップにおける駆動回数、ステップ間の電圧上昇量を設定する(ステップA)。例えば、開始電圧を5Vとし、終了電圧を25Vとし、昇圧ステップ数を200段とし、駆動周波数を2000Hzとし、各ステップにおける駆動回数を2000回とし、ステップ間の電圧上昇量を0.1Vとすることができる。また、開始電圧を0Vとすることもできる。また、終了電圧は25V以上30Vとすることができる。
【0052】
次に、PWM制御部18を用いて設定した駆動周波数でフォーミング電圧のPWM周期(デューティ比は例えば50%)を設定した駆動回数だけ繰り返す(ステップB)。駆動周波数が2000Hzであり、各ステップにおける駆動回数を2000回である場合、各ステップにおける所要時間は約1秒間となる。
次に、設定した回数だけPWM周期を繰り返した後、フォーミング電圧を設定した電圧上昇量だけ上昇させる(ステップC)例えば、フォーミング電圧を0.1V上昇させる。
続いて、フォーミング電圧が設定した終了電圧に達するまでステップB、ステップCを繰り返す。
【0053】
図3は、フォーミング処理を含むフィードバック制御のフローチャートである。ステップS1~S8は、
図2を用いて説明したフィードバック制御と同様である。フォーミング処理を含むフィードバック制御では、ステップS9において、算出した総ピーク面積Sが2回続けてS
lowlimitよりも小さくなったか否かを判断する。算出した総ピーク面積Sが2回続けてS
lowlimitよりも小さくなったと判断された場合には、フォーミング処理を実施する(ステップS10)。このことにより、電子放出素子2の電子放出性能を回復させることができる。そして、ステップS2、S3に戻ると、低くなった素子駆動電圧VでIMS測定の繰り返しを再開することができる。
【0054】
ステップS7において総ピーク面積SがSlowlimitよりも小さくなったと判断すると、ステップS8において素子駆動電圧Vを0.1V大きくする。通常、このことにより、次回のIMS測定(ステップS3)で測定される回収電流の電流波形から算出される総ピーク面積Sは、Slowlimitよりも大きくなる。しかし、IMS測定(ステップS3)を繰り返すことにより電子放出素子の電子放出性能が極度に低下すると、ステップS8において素子駆動電圧Vを大きくしても次回のIMS測定での総ピーク面積Sがほとんど変わらない。この場合、ステップS9において、総ピーク面積Sが2回続けてSlowlimitよりも小さくなったと判断される。従って、ステップS9において、電子放出素子の電子放出性能が極度に低下したことを検出することができる。
このように、IMS測定を繰り返すことにより電子放出素子2の電子放出性能が極度に低下したことを検出したときにフォーミング処理を実施することにより、素子駆動電圧Vを小さくすることができ、電子放出素子2を交換することなくIMS測定を長期間に渡り繰り返すことが可能になる。従って、電子放出素子2の交換頻度を少なくすることができる。
また、フォーミング処理を実施しても、電子放出素子2の電子放出性能が回復しない場合(例えば、フォーミング処理を実施した後、素子駆動電圧Vを大きくしていっても総ピーク面積がSlowlimitに達しない場合)、制御部12は、アラーム表示などによりオペレータに電子放出素子2を交換する必要があることを知らせる。
【0055】
第1IMS実験
図1に示したようなドリフトチューブ方式のIMS分析装置を用いてIMS測定を約36分間に渡り繰り返し行った。IMS測定では、ドリフトガスとして乾燥空気を分析チャンバ30に流通させ(500ml/min)、試料ガスとして純水の揮発ガスを含む空気を分析チャンバ30に供給した(200ml/min)。また、電子放出素子2には、銀微粒子を分散状態で有するシリコーン樹脂層を中間層5として備えるものを用いた。また、下部電極3と表面電極4との間には、13Vの電圧を印加した(駆動周波数10Hz)。
測定結果を
図4、
図5に示す。
図4は測定された回収電流の電流波形の総ピーク面積の変化を示すグラフであり、
図5は、測定開始直後における回収電流の電流波形(A)及び測定開始から36分後における回収電流の電流波形(B)を示すグラフである。
図5の電流波形に現れる大きなピークは、空気又は水から形成される一次イオンのピークである。
【0056】
図4、
図5に示した測定結果からわかるように、測定開始後は、電流波形に現れるピークが大きく、総ピーク面積も大きかったが、測定を繰り返すうちに総ピーク面積は徐々に小さくなり、測定開始から約36分後の総ピーク面積は、測定開始後の総ピーク面積の約8分の1となった。
これらの結果から、電子放出素子を用いたIMS測定では、IMS測定を繰り返すと電子放出素子の出力(電子放出性能)が徐々に低下していくことが確認された。従来の測定方法では、素子出力が低下した際に電子放出素子の交換が行われていた。しかし、出力が低下するたびに素子交換を行うことで実験が一時的にストップしてしまう。
IMS測定を繰り返すと電子放出素子の出力が徐々に低下する理由は明らかではないが、分析チャンバ30は低湿環境となっており、この低湿環境で電子放出素子を駆動させることにより中間層5の電流パスが減少するためと考えられる。
【0057】
フォーミング処理の第1実証実験
図1に示したようなドリフトチューブ方式のIMS分析装置を用いてIMS測定を繰り返し行うことにより電子放出素子の出力が低下した状態でフォーミング処理を実施し、フォーミング処理の効果を実証する実験を行った。
IMS測定の繰り返しは、第1IMS実験と同様に行った。
フォーミング処理を実施する際、ドリフトガスとして乾燥空気を分析チャンバ30に流通させ、フォーミング処理用ガスとして純水の揮発ガスを含む空気(相対湿度:80%)をガス導入部16から分析チャンバ30に供給した。また、フォーミング処理における開始電圧は17Vとし終了電圧は19Vとし、昇圧ステップ数は20回とし、駆動周波数は1000Hzとし、各ステップにおける駆動回数を1000回とし、ステップ間の電圧上昇量を0.1Vとした。
【0058】
測定結果を
図6、
図7に示す。
図6の矢印で示したタイミングで合計3回のフォーミング処理を行った。また、フォーミング処理の前後ではIMS測定を繰り返している。また、
図7に示したグラフにおける波形Cは、
図6においてCで示したIMS測定で得られた回収電流の波形であり、
図7のグラフにおける波形Dは、
図6においてDで示したIMS測定で得られた回収電流の波形である。波形C,Dに現れている大きなピークは空気イオンのピークであり、このピーク高さが
図6の縦軸となっている。
【0059】
1回目のフォーミング処理を行うことによりピーク高さは、約500pAから約700pAまで上昇し、その後IMS測定を繰り返すことによりピーク高さは徐々に高くなった。また、2回目、3回目のフォーミング処理を行うと、処理直後のIMS測定ではピーク高さは低くなっているが、その後IMS測定を繰り返すとピーク高さは徐々に高くなっている。最終的には、
図7に示すように、波形Dの空気イオンピーク高さは、波形Cの空気イオンピーク高さの約2倍となった。
このように、電子放出素子の出力が低下した場合であっても、フォーミング処理を実施することにより、電子放出素子の出力を回復させることができることが実証された。
【0060】
また、フォーミング処理用ガスとしてエタノールの揮発ガスを含む空気をガス導入部16から分析チャンバ30に供給しながらフォーミング処理を行ったところ、電子放出素子の出力が同様に回復することが確認された。
【0061】
第2IMS実験
図1に示したようなドリフトチューブ方式のIMS分析装置を用いて、
図2のフローチャートのような制御を行いながらIMS測定を繰り返した。回収電流の電流波形の総ピーク面積Sの上限S
uplimitを1100pA・msとし、総ピーク面積Sの下限S
lowlimitを1000pA・msとした。また、素子駆動電圧Vの初期電圧V
0を15Vとした。その他の測定条件は第1IMS実験と同様である。測定結果を
図8に示す。
測定開始直後は、総ピーク面積SがS
uplimitより大きいため、素子駆動電圧Vは14.6Vまで低下し、その後、素子駆動電圧Vは徐々に大きくなっていき、測定開始から30分後には素子駆動電圧Vは18Vに達した。これは、IMS測定を繰り返すと電子放出素子の出力が徐々に低下していくためである。
総ピーク面積Sは、IMS測定においてコレクタ6に到達した総電荷量に相当し、この総電荷量は、イオン化領域10におけるイオン量に対応する。従って、
図2のような制御により、
図8に示した測定結果のようにコレクタ6に到達する総電荷量をバラツキ押さえ安定化することができ、イオン化領域10におけるイオン量を安定化することができることがわかった。従って、このような制御を用いたIMS測定により定量測定することが可能であることがわかった。
また、このような測定では、素子駆動電圧Vが徐々に高くなっていき上限に達すると、測定を続行することは難しいことがわかった。
【0062】
フォーミング処理の第2実証実験
図1に示したようなドリフトチューブ方式のIMS分析装置を用いて、
図3のフローチャートのような制御を行いながらIMS測定を繰り返した。また、電子放出素子の出力が低下した状態でフォーミング処理を実施した。回収電流の電流波形の総ピーク面積Sの上限S
uplimitを1400pA・msとし、総ピーク面積Sの下限S
lowlimitを900pA・msとした。また、素子駆動電圧Vの初期電圧V
0を12Vとした。フォーミング処理の方法は、第1実証実験と同様である。また、その他の測定条件は第1IMS実験と同様である。測定結果を
図9に示す。
【0063】
測定開始直後の素子駆動電圧は11.5V付近だが、測定開始から2時間50分程経過すると、素子駆動電圧が16V付近まで到達した。そこでフォーミング処理を実施し、再度測定を開始すると、素子駆動電圧が11.5V付近まで下がることがわかった。従って、素子駆動電圧が上限Vuplimitに到達する度にフォーミング処理を実施することにより、安定した出力で長期間に渡りIMS測定を繰り返すことができることがわかった。
【符号の説明】
【0064】
2:電子放出素子 3:下部電極 4:表面電極 5:中間層 6:コレクタ 7:電場形成部 8:静電ゲート電極 9、9a~9h:電場形成用電極 10:イオン化領域 11:イオン移動領域 12:制御部 15:ドリフトガス注入部 16:ガス導入部(試料注入部) 17:駆動電圧制御部 18:PWM制御部 19:回収電流測定部 20:排気部 22:素子ホルダー 25:グリッド電極 26:電場制御部 27:ゲート制御部 28:筐体 29:絶縁部 30:分析チャンバ 31:イオン化装置 40:IMS分析装置