(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-23
(45)【発行日】2024-05-31
(54)【発明の名称】オンボード路面摩擦推定
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20240524BHJP
B60W 30/02 20120101ALI20240524BHJP
B60W 40/068 20120101ALI20240524BHJP
B60W 40/101 20120101ALI20240524BHJP
G01M 17/02 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
B62D6/00
B60W30/02
B60W40/068
B60W40/101
G01M17/02
(21)【出願番号】P 2022534819
(86)(22)【出願日】2019-12-10
(86)【国際出願番号】 EP2019084337
(87)【国際公開番号】W WO2021115561
(87)【国際公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-10-31
(73)【特許権者】
【識別番号】512272672
【氏名又は名称】ボルボトラックコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100168642
【氏名又は名称】関谷 充司
(74)【代理人】
【識別番号】100169018
【氏名又は名称】網屋 美湖
(74)【代理人】
【識別番号】100217076
【氏名又は名称】宅間 邦俊
(72)【発明者】
【氏名】ヨナソン,マッツ
(72)【発明者】
【氏名】レイン,レオ
(72)【発明者】
【氏名】ヘンダーソン,レオン
【審査官】飯島 尚郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-083472(JP,A)
【文献】特開2013-007703(JP,A)
【文献】国際公開第2013/182257(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0185036(US,A1)
【文献】特開2005-096672(JP,A)
【文献】特開2008-170237(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0106714(US,A1)
【文献】国際公開第2019/026114(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B60W 30/02
B60W 40/068
B60W 40/101
G01M 17/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両(41、42、43)の路面摩擦係数を推定する方法(600)であって、
前記車両の操舵車軸における操舵角(δ)、横加速度(a
y)、ヨー加速度(dω
z/dt)、アライメントトルク(M
z)、及び、前記操舵車軸に作用する車軸荷重(m
f)と関連付けられる実質的に同時発生の値を取得するステップ(610)と、
前記操舵角、横加速度、ヨー加速度に基づいて横タイヤ力(F
y)を推定するステップ(620)と、
前記アライメントトルク(M
z)及び推定された横タイヤ力(F
y)からニューマチックトレール(t
p)を導き出すステップ(630)と、
前記横タイヤ力、前記車軸荷重、及び、前記ニューマチックトレールから路面摩擦係数(μ)を推定するステップ(640)と
を含む方法。
【請求項2】
前記路面摩擦係数を導き出すステップは、前記ニューマチックトレールの所定の非線形関数を評価することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記非線形関数は、少なくとも部分的に、
【数1】
又は、これらのスケーリングされたバージョンのうちのいずれかに等しく、ここで、gは重力加速度、2aはタイヤ接地長さ、F
yは横タイヤ力、t
pは前記ニューマチックトレールである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ニューマチックトレールを導き出すステップは、前記車両のキャスタートレール(t
c)を補正することを更に含む、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記路面摩擦係数と関連付けられる許容範囲(μ
-,μ
+)を導き出すステップ(650)を更に含む、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記車両の運転状況の評価、分類、又は、スクリーニングに基づいて、前記横タイヤ力及び前記アライメントトルクを、前記横タイヤ力及び前記アライメントトルクの閾値に対して評価するステップ(660)を更に含む、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記評価するステップ(660)は、前記推定された路面摩擦係数の信頼性評価を提供する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記推定された路面摩擦係数に基づいて前記車両を制御するステップを更に含む、請求項1から7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記制御するステップは、前記推定された路面摩擦係数の評価に応じて前記車両における安全関連措置を講じるステップ(670)を更に含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記方法は、車両、自律運転が可能な車両、自律運転車両、車両からデータを受信する処理ユニットのうちの1つ以上で実行される、請求項1から9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
操舵角センサ(51)、位置・姿勢センサ(52)、操舵アクチュエータ(53)、及び、車軸荷重推定器(56)を含むセンサと、
処理回路とを備える車両(41、42、43)であって、
前記処理回路は、
前記操舵角センサから操舵角を受け取るとともに、前記位置・姿勢センサから横加速度及びヨー加速度を受け取り、それらに基づいて横タイヤ力を推定するように構成される横タイヤ力推定器(54)と、
前記操舵アクチュエータを制御する制御信号及び前記推定された横タイヤ力を受け取り、それらに基づいてニューマチックトレールを推定するように構成されるニューマチックトレール推定器(55)と、
前記車軸荷重推定器からの車軸荷重、並びに、前記推定された横タイヤ力及びニューマチックトレールを受け取り、それらに基づいて路面摩擦係数を推定するように構成される路面摩擦推定器(57)と
を含む、車両。
【請求項12】
前記位置・姿勢センサが慣性センサを含む、請求項11に記載の車両。
【請求項13】
前記ニューマチックトレール推定器は、前記操舵アクチュエータを制御する前記制御信号からアライメントトルクを導き出すように構成される、請求項11又は12に記載の車両。
【請求項14】
前記処理回路は、少なくとも1つの後処理ユニット(58、59)を更に含み、
前記少なくとも1つの後処理ユニットは、
前記路面摩擦係数の許容誤差を導き出し、及び/又は、
現在の横タイヤ力及びアライメントトルクを、前記横タイヤ力及び前記アライメントトルクの閾値に対して評価する
ように構成される、請求項11から13のいずれか1項に記載の車両。
【請求項15】
コンピュータによって実行されるときに前記コンピュータに請求項1から10のいずれか1項に記載の方法を実行させる命令を含むコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、機械支援運転、部分的又は完全に自動化された運転の技術分野に関する。本開示は、路面摩擦のオンボード推定のための方法とシステムであって、人間の操作者による運転環境のこの特性を監視する必要性を低減又は排除できるものを提供する。
【背景技術】
【0002】
滑りやすい路面でパワーステアリングのない車を運転している人は、早期に注意喚起を受ける。すなわち、路面摩擦が低下すると、運転者は、車輪を所望の角度に維持するために必要なトルクはより小さいと気付く。これは、車輪のセルフアライニングトルクが路面摩擦に依存するからである。手動で操作される車の運転者の多くは、路面状態の僅かな悪化でさえ気付き、そのとき、減速する又は他の安全対策を講じようと判断することができる。
【0003】
パワーステアリングシステムは、制御されたエネルギーをステアリング機構に加えるため、運転者は、より少ない労力で操舵輪を旋回させることができる。パワーステアリングは、操舵輪に作用する力の人工的なフィードバックを与えるように設計され得る。より注意深い又は経験豊富な運転者でなければ、パワーステアリングシステムを介して運転者に伝わるステアリングホイールフィードバックに基づいて凍った道路であることには気付かないが、アンチロックブレーキ、アンチスピン、及び、様々な安定性制御システムが支援する最新の車では、全体の安全性は依然として高い。少なくとも理論的には、車内において利用できる道路応答データを何らかの方法で利用することによってその安全レベルを更に上げることが望ましい。これは、自動監視が機能しない場合、フォールバックとして搭乗者の反応に依存できない自動運転車両又は自律運転車両にとって更に有効である。
【0004】
米国出願公開第2018/0106714号明細書は、路面と車両のタイヤとの間の摩擦推定値を決定するための方法を開示する。タイヤは車両の操舵可能車輪上に配置され、操舵可能車輪は、操舵可能車輪に接続されるリンケージアームに回動可能に取り付けられる車軸ラックを有し、車軸ラックの並進動作によってリンケージアームがキングピン要素を中心として回転し、それにより、リンケージアームが操舵可能車輪を旋回させる。この方法は、複数のラック軸力値を取得し、複数の横車輪力値を取得し、複数のラック軸力値と横車輪力値との間の関係をモデルにマッピングし、マッピングに基づいて横摩擦推定値を決定することを含む。モデルは、横車輪力とラック軸力との間の線形関係を想定し、モデルは、線形回帰によって事前に取得された経験的データに適合される。
【0005】
路面摩擦推定における数学的モデリングを改善し、最終的にはより信頼できる推定値を提供することが望ましい。
【発明の概要】
【0006】
本発明の目的は、車両に搭載され、計算効率が高く且つ物理的に正確な路面摩擦を推定するための方法及び装置を提供することである。この目的は、独立請求項に係る方法及び装置によって達成される。
【0007】
第1の態様では、車両の路面摩擦係数を推定する方法が提供される。
【0008】
第2の態様では、車両のタイヤと路面との間の摩擦係数を推定するためのセンサ及び処理回路を備える車両が提供される。
【0009】
第3の態様では、車両の路面摩擦係数を推定するためのコンピュータプログラムが提供される。コンピュータプログラムは、コンピュータによって実行されるときにコンピュータに第1の態様の方法を実行させるコンピュータプログラムコードを含む。
【0010】
一実施形態において、路面摩擦係数の導出は、ニューマチックトレール(pneumatic trail)の所定の非線形関数を評価することを含む。これにより、従来技術に係る推定方法と比較して精度が向上する。
【0011】
一実施形態において、非線形関数は、以下のいずれか
【数1】
又は、これらのスケーリングされたバージョンのうちのいずれかに等しい。ここで、gは重力加速度、2aはタイヤ接地長さ、F
yは横タイヤ力、t
pはニューマチックトレールである。これらの関数は、計算効率を高めながら、正確な摩擦推定を可能にする。例えば、関数は、よく収束するべき級数にほぼ等しくてもよい。
【0012】
一実施形態において、ニューマチックトレールの導出は、車両のキャスタートレール(tc)を補正することを更に含む。キャスタートレールは、設計段階で決定されて車両に事前に記憶され得る幾何学的特性である。キャスタートレールの補正により、路面摩擦推定の精度が向上する。
【0013】
一実施形態では、路面摩擦係数と関連付けられる許容範囲の計算が更に含まれる。許容範囲の情報を利用することにより、推定された摩擦係数値を安全で統計的に適切な態様で使用でき、それにより、最終的に、自律運転車両における運転制御システム及び/又は従来の車両における運転支援システムの安全性が向上し得る。
【0014】
一実施形態では、横タイヤ力及びアライメントトルクの閾値に対する横タイヤ力及びアライメントトルクの評価が更に提供される。これは、物理法則的に含まれる近似が正しいという条件でのみ推定が実行されることを確実にするのに役立ち得る。特に、評価は、推定された路面摩擦係数の信頼性評価を反映することができる。
【0015】
一実施形態では、推定された路面摩擦係数は、車両を制御するための基礎として使用される。従来技術の方法による路面摩擦係数の推定に基づく車両制御技術と比較して、この実施形態は、車両のより正確な及び/又は信頼性の高い制御を可能にする。特に、車両制御は、推定された路面摩擦係数の評価に応じて車両において安全関連措置を講じることを含み得る。これにより、車両の操作及び動作の安全性を高めることができる。
【0016】
特定の実施形態では、第1の態様に係る方法は、車両、自律運転が可能な車両、自律運転車両、及び/又は、車両からデータを受信する処理ユニットにおいて実行される。車両から受信する(入力)データに対して、処理ユニットが部分的又は全体的に当該方法を実行する場合、一般に有限のエネルギー源から給電される車両内のプロセッサに対する計算負荷を軽減することができる。処理ユニットは、推定された路面摩擦係数を含む(出力)データを車両に送り返すことができる。
【0017】
一実施形態において、第2の態様に係る車両は、操舵アクチュエータを制御する制御信号からアライメントトルクを導き出すように構成されるニューマチックトレール推定器を含む。これは、以下で説明するように、物理的にも正しいアライメントトルクを取得する簡単な方法を構成する。
【0018】
一般に、特許請求の範囲で使用される全ての用語は、本明細書中で別段の定めがない限り、技術分野におけるそれらの通常の意味にしたがたって解釈されるべきである。1つの(a)/1つの(an)/要素、装置、構成要素、手段、ステップなどへの全ての言及は、別段に明記されなければ、要素、装置、構成要素、手段、ステップなどのうちの少なくとも1つの事例を指すものとしてオープンに解釈されるべきである。本明細書中で開示される任意の方法のステップは、明示的に述べられなければ、開示された順序通りに実行される必要はない。
【0019】
ここで、添付の図面を参照して、本発明の実施形態を一例として説明する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】電動パワーステアリングシステムの概略図である。
【
図2】路面摩擦推定に関連する量を示すタイヤの側面図である。
【
図3】路面摩擦係数の2つの異なる値に関するニューマチックトレールの位置を示す図である。
【
図4】本発明が実施され得る車両の例を示す図である。
【
図5】車両におけるセンサ及び処理回路の機能ブロック図である。
【
図6】本発明の2つの実施形態に係る方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
様々なタイプのパワーステアリングシステムの構造及び特性が最初に概説される。
【0022】
図1は、車両の操舵車軸に作用する電動式パワーステアリングシステム100の一部を示す。ステアリングの基本構造は、手動トルクが加えられるステアリングホイール101、102を含む。ステアリングホイールは、リンケージ103、104及びラックアンドピニオン機構105を介して、直線的に変位可能なステアリングラック109に接続される。ラックアンドピニオン機構105は、円形ギア111及び直線ギア112を含み得る。各操舵車輪108は、ステアリングラック109の変位により、タイロッド106を介して、ホイールサスペンション107の形状に依存する角度δ
1、δ
2だけ旋回する。タイロッド106によって及ぼされるステアリングトルクは、車輪108の接地面に作用する縦路面力及び横路面力に起因して、各ホイールハブの中心に作用するアライメントトルク(又はセルフアライニングトルク)M
z(
図2に示される)によって釣り合う。アライメントトルクはラック軸力(rack force)にほぼ比例する。すなわち、
M
z×K
1×(ラック軸力) (1)
【0023】
図1の例によれば、パワーステアリングオーバーレイ120は、手動トルクを感知するためのトルクセンサ121と、出力トルクがベルト140及びギア150を介してステアリングラック109に伝達される電気モータ130とを含む。電気モータ130は、電動式パワーステアリングシステム100におけるアクチュエータである。電子制御ユニット123が、事前に設定された関数にしたがって、ステアリングホイール101に加えられる手動トルクに応じて、モータ130の出力トルクT
emを制御する。例えば、関数は、一定の又は速度に依存するゲインと線形関係であってもよい。一例では、ラック軸力と電気モータトルクとの間に線形関係がある。
(ラック軸力)=K
2T
em (2)
(1)及び(2)により、電気モータトルク(アクチュエータ設定)とアライメントトルクとの間に線形関係が得られる。
M
z=K
3T
em (3)
【0024】
自律運転車両において、運転者がステアリングホイールに及ぼす手動トルクは、車の駆動を担う制御システムの対応する動作と一致する。例えば、操舵動作は、モータ130に供給される制御信号の結果として実行され得る。ラック軸力と電気モータトルクとの間の線形関係(2)は、自律運転車両においても有効である。
【0025】
典型的な油圧パワーステアリングシステムでは、現在のアクチュエータ設定は、アクチュエータバルブによって受け入れられる油圧オイルの圧力に対応する。ステアリングラックは、ラック軸力が油圧に比例するように作用し得る。
(ラック軸力)=K4×(油圧) (4)
一般的に適用可能な式(1)から、式(3)と同様に、アライメントトルクとの線形関係が得られる。
Mz=K5×(油圧) (5)
【0026】
電気的作動及び油圧的作動の両方を備えるパワーステアリングシステムの手動運転モードでは、以下の関係を有することができる。
(ラック軸力)=K5×(油圧)×K6×(トーションバートルク)+K7×(ダイナミックステアリングトルク) (6)
このパワーステアリングシステムの自動運転モードでは、以下の関係が成り立つ。
(ラック軸力)=K9×(油圧)×K10×(ダイナミックステアリングトルク) (7)
本出願人によって製造された一部の車両には、このタイプのパワーステアリングシステムが装備される。
【0027】
考慮される全てのタイプのパワーステアリングシステムに共通して、式(1)による近似が有効である。したがって、アクチュエータ設定とラック軸力との間の線形又はほぼ線形の関係が成り立つ。自律運転車両は、一般に、この点で従来の車と違いはない。
【0028】
ここで、路面摩擦推定に関連する量を示す理想化されたタイヤの側面図である
図2を参照して、路面と車輪との相互作用のモデリングについて説明する。
図2において、M
zはアライメントトルク、F
yは横タイヤ力、F
zは垂直(法線)タイヤ力、2aはタイヤ接地長さ、t
pはニューマチックトレールを示す。放物線状の垂直荷重分布を伴う「ブラシモデル(brush model)」(H. B. Pacejka, Tyre and Vehicle Dynamics, Society of Automotive Engineers, 2002を参照)によれば、以下の関係が成り立つ。
【数2】
ここで、
【数3】
、σ
s=tanαであり、αはタイヤ横スリップ(又はサイドスリップ)角であり、Cはタイヤコーナリング剛性(単位:1N/rad)である。
【0029】
タイヤ横スリップ角αが
図3に示されており、ここで、Oは水平面内の車輪中心を示し、OAは走行方向である。
図3の左半分及び右半分は、単なる粘着に対応する比較的高い路面摩擦係数μ=μ
2のケース(左)と、比較的低い摩擦係数μ=μ
1のケース(右)とを示す。低摩擦のケース(右)では、同じ長さの水平破線矢印で示されるように、タイヤの中央部分が滑っており、これは、局所的な摩擦力の大きさが飽和していることを示している。したがって、車輪中心Oに対する横タイヤ合力F
yの変位を示すニューマチックトレールt
pは、摩擦係数の2つの値μ1、μ2で異なる。これは、本発明の根底にある物理的原理のうちの1つである。
【0030】
「ブラシモデル」は多くの用途で高い信頼性を有することが知られているが、本発明者らは、その多くの非線形特徴が、計算要求を厳しくし、したがって、一般にリアルタイムで実行されるオンボード路面摩擦推定にはあまり適していないことに気付いた。本発明の実施形態は、代わりに、欧州特許第3309024号明細書で最初に提示及び検証された簡略化されたモデルを使用することができる。簡略化されたモデルは、車両の前輪と後輪の車軸トルク、縦加速度、及び、ピッチレートに基づいて路面摩擦を推定することに関連して開示された。簡略化されたモデルによれば、横力が以下のように近似される。
【数4】
ここで、tanhは双曲線正接関数である。カーブフィッティングの考慮事項に基づいて、以下の横力の代替近似又はそのスケーリングされたバージョンを含むように、簡略化されたモデルを一般化することができる。
【数5】
ここで、arctanhは逆双曲線正接関数である。スケーリングは、スケーリング係数cを入力変数(例えば、f(cx))又は出力変数(例えば、cf(x))に適用することを含み得る。
【0031】
Cα/μF
zが小さい場合、式(10)に係るニューマチックトレールは、マクローリン展開(Maclaurin expansion)によって近似することができる。
【数6】
ここで、「big-O」表記は簡潔にするために使用される。
【数7】
の外側では、展開が完全には正確でない場合がある。この範囲内で、高次の項
【数8】
を無視すると、式(10.1)は以下のようになる。
【数9】
式(8.1)に式(11)を適用し、μを解くと、ニューマチックトレール、横力、及び、垂直力の関数として摩擦係数が得られる。
【数10】
最後のステップにおいて、代わりに式(8.2)又は(8.3)を使用すると、それぞれ以下のようになる。
【数11】
及び、
【数12】
【0032】
任意選択的に、数値評価の安定性を改善するために、式(12.1)、(12.2)及び(12.3)に係る関数は、特異点(singularity)を回避するために、t
pに依存しないセグメントでパッチされ得る。例えば、式(12.1)は以下のように置き換えることができる。
【数13】
例えば、μ
maxが1に設定される場合、全ての場所でμ≦1になる。同様のパッチを式(12.2)及び(12.3)に適用できる。
【0033】
摩擦係数μの上記の近似に現れる横力F
yは、車両の重心の横加速度a
yと車両のヨー加速度dω
z/dtとから推定することができる。これらの量の一方又は両方の値は、加速度計、位置センサ、グローバルナビゲーション衛星システム(GNSS)受信機、リアルタイムキネマティック(RTK)機器、ジャイロスコープデバイス、慣性センサ、慣性測定ユニット(IMU)、又は、車両に配置される同等の機器から取得され得る。車両の位置及び/又は姿勢(向き、orientation)を決定することができる機器は、本明細書では、一般に、位置・姿勢センサと呼ばれる。ヨー加速度dω
z/dtは、機器から直接に取得でき、或いは、センサによってヨーレートω
zを取得し、その時間微分を数値的に計算する。車両の横加速度及びヨー加速度を取得することは、一般に知られており、したがって、本明細書ではこれ以上詳細に説明しない。横加速度及びヨー加速度の値に基づいて、横力は以下の式で与えられる。
【数14】
ここで、m
fは操舵車軸の車軸荷重、l
fは重心から操舵車軸までの距離、δは操舵角を示す。操舵車軸が車両の前車軸又は任意の他の車軸であってもよいことが強調される。
【0034】
摩擦係数μの上記の近似に現れるニューマチックトレールt
pは、操舵アクチュエータ設定の現在の値及びキャスタートレールt
cから推定することができ、これは、距離l
fのように、車両の形状を規定する定数である。キャスタートレールは数センチメートル程度であり得る。アライメントトルク、横力、キャスタートレール、及び、ニューマチックトレールに関連する、M
z=(t
c+t
p)F
yで表される式に基づき、以下が取得される。
【数15】
一方、上記の議論から、以下の線形関係
M
z=kM
act (16)
をアライメントトルクと操舵アクチュエータ設定との間で想定することができ、ここでは操舵アクチュエータ設定はM
actにより示される。操舵アクチュエータ設定は、車両の操舵アクチュエータを制御する制御信号に対応し得る。定数kは、ギア比、電気ゲイン、システム油圧などに依存し得る。式(15)と式(16)とを組み合わせると、以下が得られる。
【数16】
式(14)、(17)及び車軸荷重m
fは、式(12.1)、(12.2)、(12.3)のそれぞれ又は修正された式(13.1)を評価するのに十分な情報を提供する。
【0035】
図5は、本明細書に開示される路面摩擦係数を推定するように構成されたセンサ及び処理回路の機能ブロック図である。
図5は、横タイヤ力推定器54に操舵角を与えるように構成される操舵角センサ51を示す。横タイヤ力推定器54は、位置・姿勢センサ52から車両の横加速度及びヨー加速度を更に取得する。操舵アクチュエータ53を制御する制御信号M
actは、ニューマチックトレール推定器55に(例えば、並列に)提供される。車軸荷重推定器56が、処理回路の他の部分に車軸荷重及び/又は垂直力を与える。路面摩擦推定器57が、横タイヤ力推定器54、ニューマチックトレール推定器55、及び、車軸荷重推定器56の出力を受け取り、それに基づいて路面摩擦係数を推定する。
図5によって示唆されるように、路面摩擦推定器57は式(13.1)を評価するように構成され、式(12.1)、(12.2)、(12.3)又はそれらの再スケーリングされた及び/又はパッチされたバージョンは、有用な同等物である。
【0036】
第1の後処理ユニット58が、現在の運転状況のスクリーニングを実行し、それに基づいて、推定された路面摩擦係数の信頼性を決定するように構成されている。例えば、中程度又は大きな横タイヤ力及びアライメントトルクに関しては、精度が良好となり得る。逆に、車両が直進しており、一般に、横力が小さく、正確に測定するのが難しい場合、推定アプローチがうまく機能しない場合がある。一実施形態において、第1の後処理ユニット58は、
図3の右側半分(μ=μ
1)に示されるように、タイヤ接地点が部分的に滑るような速度及びそのようなヨー加速度で車両が走行している場合、推定の信頼性が許容可能であることを示すように構成される。或いは、第1の後処理ユニット58は、横力及びアライメントトルクが所定の閾値F
y、lim、M
z、limを超える際に許容可能な信頼性を示すように構成されてもよい。
【0037】
第1の後処理ユニット58は、推定された路面摩擦係数μを安全な運転を表す摩擦閾値に対して評価するように更に構成されてもよい。評価は、車両の計画された継続軌道を考慮に入れてもよい。評価の結果、運転が安全ではない又は安全ではなくなる可能性があることが示唆される場合には、安全志向の措置を講じることができる。
【0038】
これに代えて又は加えて、路面摩擦係数の許容誤差を導出するように構成される第2の後処理ユニット59が動作する。許容誤差は、事前に定められた信頼水準で路面摩擦係数の真の値が存在する許容誤差間隔[μ-,μ+]として表わすことができる。許容誤差は、僅かに値が異なる定数を用いて推定を繰り返すことによって計算できる。例えば、式(10.1)のコーナリング剛性Cは、車両のタイヤに適用されると考えられる真の値の上下で変化させることができる。コーナリング剛性の僅かに大きい値C+によって、ニューマチックトレールの代替近似tp,+が与えられ、これにより、路面摩擦係数の上限μ+が得られる。第2の後処理ユニット59は、路面摩擦係数の下限μ-を見つけるように同様に構成されてもよい。また、近似の既知の不確かさを考慮して許容誤差を計算することもできる。例えば、Cα/3μFzが大きくなるにつれて式(10.1)がニューマチックトレールを徐々に過小評価することが分かっている場合には、再評価式(13.1)(又はその同等物)を考慮して、安全マージン分、増大されたニューマチックトレールの代替近似tp,+を取得でき、これにより、路面摩擦係数の上限μ+が得られる。安全マージンは、スケーリング係数又は付加的な定数であってもよい。更に代わりに、統計的アプローチを採用することもできる。
【0039】
横タイヤ力推定器54、ニューマチックトレール推定器55、路面摩擦推定器57、及び、任意選択的な後処理ユニット58、59を含む処理回路を表わす
図5の機能ブロックは、共通のコンピュータプログラムによるソフトウェアとして、複数の協調サブプログラムとして、アプリケーション固有又はプログラム可能なアナログ又はデジタル信号処理回路として、及び、同等のソリューションとして実装されてもよい。本発明の範囲内の実施は、
図5に示される例示的な機能的構造又は異なる構造を有し得る。処理回路は、路面摩擦係数が推定される車両内に配置されてもよく、或いは、ネットワーク化された処理リソースを指してもよい。
【0040】
図6は、本発明の2つの実施形態に係る、路面と車両のタイヤとの間の摩擦を推定する方法600a、600bを示すフローチャートである。最初の4つのステップ610、620、630、640は、両方の方法に共通である。
【0041】
第1のステップ610において、車両の操舵車軸における操舵角δ、横加速度ay、ヨー加速度dωz/dt、アライメントトルクMz、及び、操舵車軸に作用する車軸荷重mfと関連付けられる実質的に同時期または同時発生(contemporaneous)の値が得られる。これらの値は、車両に配置されたセンサ及び機器から取得されてもよい。或いは、いくつかの値は、車両の位置及び/又は姿勢を検出するカメラによって或いは車軸荷重を検出するスケールによってなど、外部センサによって取得されてもよく、又は、オペレータによって入力されてもよい。取得された値は、それぞれの量(quantities)の測定値又は近似値であるという意味で、それぞれの量と関連付けられるものであり、取得された値がこれらの量と正確に一致していることは、本発明にとって必須ではない。
【0042】
第2のステップ620では、操舵角、横加速度、及び、ヨー加速度に基づいて横タイヤ力Fyが推定される。推定は、式(8.1)、(8.2)、及び、(8.3)のうちの1つを評価することを含んでもよい。
【0043】
第3のステップ630では、アライメントトルク及び第2のステップ620で推定された横タイヤ力からニューマチックトレールtpが導出される。導出は、場合により高次項を無視しながら、式(10.1)を評価することを含んでもよい。
【0044】
第4のステップ640では、推定された横タイヤ力、車軸荷重、及び、第3のステップ630で導き出されたニューマチックトレールに基づいて路面摩擦係数μが推定される。第4のステップ640の実行は、式(12.1)、(12.2)、(12.3)、又は、(13.1)のいずれかを評価することを含んでもよい。
【0045】
第2、第3及び第4のステップ620、630、640内での計算は、車両に配置された処理回路、車両からデータを受信する処理ユニット、又は、ネットワークを介して利用可能な処理設備(クラウドコンピューティング)によって実行されてもよい。したがって、方法600a、600bは車両で全体的に又は部分的に実行されてもよい。
図4のトラック41、バス42、及び、重機43によって例示されるように、車両は、少なくとも1つの操舵車軸及び合計2つ以上の車軸を有し得る。推定は、運転者の反応に依存できない可能性がある自動運転車両又は自律運転車両において路面摩擦の低下を検出するのに特に有益となり得る。
【0046】
方法600a、600bは、本発明の実施形態に係るコンピュータプログラムの命令を実行するコンピュータ又は複数のコンピュータによって実行されてもよい。コンピュータプログラムはコンピュータ可読媒体に記憶されてもよい。コンピュータ可読媒体は、光ディスク、磁気媒体、ソリッドステートメモリ、電気メモリ、より正確には、ランダムアクセスメモリ、読み取り専用メモリ、フラッシュメモリ、メモリスティックであってもよい。コンピュータ可読媒体のそれぞれのタイプは、揮発性又は不揮発性であってもよい。更に、コンピュータプログラムは、変調された搬送波などの一時的なコンピュータ可読媒体によって、プロセッサに分配され又はロードされてもよい。コンピュータプログラムが記憶されたコンピュータ可読媒体は、コンピュータプログラムプロダクトを構成する。
【0047】
一実施形態において、方法600aは、路面摩擦係数と関連付けられる許容範囲[μ-,μ+]を導出する任意選択的な第5のステップ650によって拡張される。これらの導出に関しては、上記の第2の後処理ユニット59の説明が参照される。導出は、路面摩擦係数の真の値が許容範囲内にあるという保証された確率(信頼水準)が存在するというものであってもよい。
【0048】
他の実施形態において、方法600bは、推定された路面摩擦係数の信頼性を決定する任意選択的なステップ660によって拡張される。任意選択的なステップ660において、横力及びアライメントトルクは、閾値Fy、lim、Mz、limに対して評価される。横力及び/又はアライメントトルクが小さすぎることが判明した場合、推定された路面摩擦係数は信頼できないものとして拒否されてもよい。上記の第1の後処理ユニット58の説明を参照されたい。車両を制御するため、及び同様の目的のための推定値の使用が禁止されてもよい。更に任意選択的に、ステップ660での評価の後に、推定された路面摩擦係数の値に応じて車両で安全関連の措置を講じる更なるステップ670が続いてもよい。更なるステップ670の実行は、評価ステップ660における肯定的な認定、すなわち、推定が信頼できるものであるという肯定的な認定を条件としてもよい。
【0049】
本発明の他の実施形態は、上記の第1、第2、第3及び第4のステップ610、620、630、640を含む車両の制御方法を提供する。この方法は、推定された路面摩擦係数に基づいて車両を制御する後続のステップを含む。前記制御は、推定された路面摩擦係数の値又は現在の又は予想される運転条件に対する路面摩擦係数の評価に応じて、車両41、42、43において安全関連の措置を講じることを含んでもよく、このステップは、前述した更なるステップ670と同様であってもよい。上述したように、方法の一部、特に第2、第3、及び第4のステップ620、630、640は、車両の外部で実行されてもよい。
【0050】
以上、幾つかの実施形態に関連して本発明の態様を主に説明してきた。しかしながら、当業者によって容易に理解されるように、先に開示された実施形態以外の実施形態も、添付の特許請求の範囲によって規定されるように、本発明の範囲内で等しく可能である。