(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-24
(45)【発行日】2024-06-03
(54)【発明の名称】浮遊培養用培地添加剤、培地組成物及び培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20240527BHJP
C12N 5/02 20060101ALI20240527BHJP
【FI】
C12N1/00 G
C12N5/02
(21)【出願番号】P 2019199228
(22)【出願日】2019-10-31
【審査請求日】2022-09-14
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003395
【氏名又は名称】弁理士法人蔦田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】芹澤 武
(72)【発明者】
【氏名】澤田 敏樹
(72)【発明者】
【氏名】西浦 聖人
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 璃奈
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/017513(WO,A1)
【文献】特開2018-174871(JP,A)
【文献】特開2018-145216(JP,A)
【文献】国際公開第2016/140369(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00 - 1/38
C12N 5/00 - 5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を浮遊させて培養
するために用いられる液体の培地組成物であって、セルロースオリゴマーを含
み、前記セルロースオリゴマーの濃度が0.5~2%(w/v)であることを特徴とする、培地組成物。
【請求項2】
前記セルロースオリゴマーは平均重合度が5~20である、請求項
1に記載の培地組成物。
【請求項3】
前記セルロースオリゴマーが下記一般式(1)で表される、請求項
1又は2に記載の培地組成物。
【化1】
式中、Aは水素原子または置換基を表し、nは平均重合度を表す。
【請求項4】
請求項
1~3のいずれか1項に記載の培地組成物中で細胞を
浮遊させて培養することを含む、細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を浮遊させて培養するために用いられる浮遊培養用培地添加剤、並びに、細胞を浮遊させて培養可能な培地組成物、及びそれを用いた培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞をその周囲の環境と三次元的に相互作用させながら培養させる手法として、三次元細胞培養が知られている。三次元細胞培養では、例えば液体培地中で細胞を培養すると、細胞が沈降して凝集してしまう。細胞を凝集させないための手法として、ハイドロゲルを用いる手法や、スピナーで攪拌することで細胞を浮遊させる手法がある。
【0003】
しかしながら、ハイドロゲルを用いる手法では、ゲルマトリックス中に取り込まれた細胞の生長がゲルの圧力により妨げられ、またゲルの構造が不均一なことに起因して細胞集合体が不均一な大きさになりやすく、更にゲルと細胞を分離しにくいという問題がある。また、スピナーで攪拌する攪拌培養では、常時攪拌されることで細胞にダメージを与えることが懸念される。
【0004】
特許文献1には、スピナーで攪拌することなく細胞を浮遊させて培養可能な手法として、セルロースやキチンなどのナノファイバーを液体培地に添加して細胞を培養する浮遊培養法が開示されている。しかしながら、特許文献1に開示されたセルロースのナノファイバーは、セルロースを高圧ホモジナイザーなどで微細化(粉砕)して得られた高分子化合物であり、一般にその水分散液は高粘度であるため、培養した細胞を回収しにくい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の実施形態は、細胞を浮遊した状態で培養することができ、培養した細胞を容易に回収することができる、浮遊培養用培地添加剤、培地組成物及び培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態に係る浮遊培養用添加剤は、細胞を浮遊させて培養するために培地に添加される培地添加剤であって、セルロースオリゴマーを含むものである。
【0008】
本発明の実施形態に係る培地組成物は、細胞を浮遊させて培養できる培地組成物であって、セルロースオリゴマーを含むものである。
【0009】
本発明においてセルロースオリゴマーは、置換基を有しないものでもよく、置換基を有するものでもよい。
【0010】
本発明の実施形態に係る細胞の培養方法は、該培地組成物中で細胞を培養することを含むものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の実施形態であると、セルロースオリゴマーを培地に配合することにより、細胞を浮遊させた状態で培養することができる。また、セルロースオリゴマーを添加しても培地は低粘度に維持されるので、例えば濾過などにより細胞を容易に回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】セルロースオリゴマーの超純水中およびDMEM中における分散安定性の評価結果を示す分散液の写真
【
図2】セルロースオリゴマーのDLS測定の結果を示すグラフ
【
図4】浮遊培養1日後における(A)培地交換前および(B)培地交換後の培養液中の顕微鏡像
【
図5】(A)はセロビオース由来オリゴマーを用いて、(B)はグルコース由来セルロースオリゴマーを用いて、それぞれ5日間浮遊培養した後の培養液中の顕微鏡像
【
図6】2日間培地交換せずに培養した細胞を観察箇所を固定して撮影した(A)培養前と(B)培養後における培養液中の顕微鏡像
【
図7】(A)はセロビオース由来オリゴマーを用いて、(B)はグルコース由来セルロースオリゴマーを用いて、それぞれ培養し回収したスフェロイドの顕微鏡像
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.浮遊培養用培地添加剤
本実施形態に係る浮遊培養用培地添加剤(以下、単に培地添加剤ということがある)は、セルロースオリゴマーを含むものである。セルロースオリゴマーは、非水溶性であり、水中での分散安定性に優れることから、液体培地中で細胞を浮遊させた状態に保持する効果を持つ。そのため、細胞を浮遊させて培養するための添加剤として用いることができる。
【0014】
(A)セルロースオリゴマー
セルロースオリゴマーは、グルコースがβ-1,4グリコシド結合により連結された構造を持つオリゴ糖であり、セロオリゴ糖とも称される。セルロースオリゴマーは、置換基を有しないものでもよく、また、例えば還元末端のアノマー位にアルキル基などの置換基を持つものでもよい。
【0015】
セルロースオリゴマーは平均重合度(DP)(一分子中に存在するグルコース単位の数の平均値)が5~20であることが好ましい。平均重合度(DP)は、6以上であることが好ましく、また15以下であることが好ましく、より好ましくは12以下であり、10以下でもよい。セルロースオリゴマーは、通常、重合度の異なる化合物の混合物であり、例えば重合度4~20のものを含んでもよく、重合度5~18のものを含んでもよく、重合度5~13のものを含んでもよい。
【0016】
セルロースオリゴマーとしては、下記一般式(1)で表される化合物を用いることが好ましい。
【化1】
式中、Aは、水素原子または置換基を表す。置換基は、水素原子の代わりに導入される基であり、例えば、炭素数1~12のアルキル基が挙げられ、炭素数1~5のアルキル基でもよい。なお、還元末端の一位の炭素とO-A基との間の結合における波線は、O-A基がα型でもβ型でもよいことを示す。nは平均重合度を表し、5~20であることが好ましい。nは、好ましくは6以上であり、また好ましくは15以下であり、より好ましくは12以下であり、10以下でもよい。
【0017】
セルロースオリゴマーの合成方法は、特に限定されない。例えば、α-グルコース-1-リン酸(以下、αG1Pということがある)と、グルコース、セロビオース及びそれらの誘導体からなる群から選択される少なくとも一種のプライマーとを、セロデキストリンホスホリラーゼ(以下、CDPということがある)と反応させる方法が挙げられる。この反応は、CDPの逆反応を利用した合成法であり、αG1Pをグルコース供与体とし、グルコース、セロビオース及びそれらの誘導体からなる群から選択される少なくとも一種をプライマー(即ち、グルコース受容体)として、これらをCDPと反応させることにより、プライマーに対してαG1Pがモノマーとして逐次的に重合される。
【0018】
例えば、プライマーがグルコースの場合の反応は以下に示す通りである。
【化2】
また、プライマーがセロビオースである場合の反応は以下に示す通りである。
【化3】
【0019】
なお、プライマーにおけるアノマー位のヒドロキシ基の水素原子をアルキル基などの置換基に替えておくことで、式(1)で表される様々な置換基を持つセルロースオリゴマーを合成することができる。
【0020】
CDPについては、クロストリジウム・サーモセラリム(Clostridium thermocellum)、セルロモナス(Cellulomonas)属などの微生物が産生することが知られており、これらの微生物を利用して公知の方法により取得することができる。例えば、M.Krishnareddyら,J.Appl.Glycosci.,2002年,49,1-8に記載の方法に準じて、大腸菌発現系によりClostridium thermocellum YM4由来CDPを調製することができるが、これに限定されるものではない。
【0021】
CDPの濃度は、特に限定されず、例えば0.1U/ml以上であってよく、0.2U/ml以上でもよい。ここで、CDPの酵素量は、例えば、酵素活性をもとに決定することができる。この場合、例えば、αG1PとD-(+)-セロビオースおよびCDPをインキュベーションし、CDPにより生成されるリン酸を定量し、1分間あたり1μmolのリン酸を遊離する酵素量を1Uとすることができる。
【0022】
例えば、10~1000mMのαG1P、10~200mMのプライマー(グルコース、セロビオース及びそれらの誘導体)、及び0.1U/mL以上のCDPを、100~1000mMの2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸(HEPES)緩衝液(pH7.0~8.0)中で混合し、10~80℃で30分間~30日間インキュベートし、反応させることで、式(1)のセルロースオリゴマーを合成することができる。
【0023】
このようにして合成されるセルロースオリゴマーは、セルロースII型の結晶構造を持つ。天然由来のセルロース鎖が平行に配列したセルロースI型の結晶構造を持つのに対し、人工合成されたセルロースオリゴマーは、熱力学的に安定であるセルロースII型の結晶構造を形成する。
【0024】
セルロースオリゴマーとしては、上記のようにCDPを用いて合成したものをそのまま用いてもよく、あるいはまた自己組織化されたものを用いてもよい。自己組織化されたセルロースオリゴマーは、次のようにして調製することができる。すなわち、セルロースオリゴマーをアルカリ水溶液に溶解させた水溶液を調製し、得られた水溶液を、酸を用いて中性ないし酸性にする。これにより、セルロースオリゴマーは不溶性となり析出されるが、その際、攪拌・振動等しながら又は静置した状態でインキュベーションすることにより、セルロースオリゴマーは自己組織化する。すなわち、セルロースオリゴマーの分子が整列してセルロースII型の結晶構造を持つセルロース構造体となる。
【0025】
(B)培地添加剤
培地添加剤は、セルロースオリゴマーの水分散液でもよい。すなわち、培地添加剤は、セルロースオリゴマーとともに水を含み、該水中にセルロースオリゴマーを分散させたものであることが好ましい。培地添加剤が水分散液であることにより、液体培地中にセルロースオリゴマーを容易に分散させることができる。なお、培地添加剤は、セルロースオリゴマーのみで構成されてもよい。
【0026】
上記水分散液の場合、セルロースオリゴマーの濃度としては、特に限定されないが、例えば0.01~2%(w/v)でもよく、0.5~1%(w/v)でもよい。なお、本明細書において「%(w/v)」は、溶液100mL中に含まれる対象成分の質量(g)を意味する。
【0027】
セルロースオリゴマーの水分散液におけるセルロースオリゴマーの粒径は、特に限定しないが、動的光散乱法(DLS)による測定における最大強度の粒子径が10μm以下であることが好ましく、より好ましくは5μm以下であり、1.0μm以下でもよい。下限は特に限定されず、1nm以上でもよく、10nm以上でもよく、100nm以上でもよい。
【0028】
セルロースオリゴマーの水分散液には、塩化ナトリウムが含まれてもよい。すなわち、セルロースオリゴマーの水分散液は、セルロースオリゴマーを食塩水に分散させたものでもよく、より詳細にはセルロースオリゴマーを生理食塩水に分散させたものでもよい。
【0029】
培地添加剤には、上記成分の他、例えば、メチル化セルロースなどの添加剤が含まれてもよい。
【0030】
2.培地組成物
本実施形態に係る培地組成物は、細胞を浮遊させて培養できる培地組成物であって、セルロースオリゴマーを含むことを特徴とする。セルロースオリゴマーとしては、上記1.で述べたものを用いることができる。すなわち、実施形態に係る培地組成物は、培地に上記浮遊培養用培地添加剤を添加し混合してなるものである。
【0031】
上記の通りセルロースオリゴマーは液体培地中で細胞を浮遊させた状態に保持する効果を持つため、セルロースオリゴマーを添加した培地組成物は、細胞を浮遊させて培養可能な液体の培地組成物である。また、セルロースオリゴマーは培地中に浮遊した状態で分散しており、その状態で細胞を浮遊した状態に保持するものであり、ハイドロゲルのように固形化することでマトリックス中に細胞を取り込んで保持するものではない。そのため、セルロースオリゴマーは細胞(細胞集合体であるスフェロイドを含む)の運動ないし生長を制限しないと考えられ、よって、大きさがより均一であり、また真円度の高い細胞を得ることができる。
【0032】
培地組成物に含まれる培地としては、細胞の種類によって適宜選択することができ、種々の液体培地を用いることができる。具体的には、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM:Dulbecco's modified Eagle medium)、イーグル最小必須培地(EMEM:Eagle's Minimum Essential Medium)、αMEM培地(MinimumEssential Medium Eagle, Alpha Modification)、グラスゴー最小必須培地(GMEM:Glasgow Minimum Essential Medium)、ハムF12培地(NutrientMixture F-12 Ham)、DMEM/F12培地(Dulbecco's modified Eagle Medium/NutrientMixture F-12 Ham)、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM:Iscove's ModifiedDulbecco's Medium)、RPMI-1640培地、マッコイ5A培地(McCoy's 5AMedium)などが挙げられる。
【0033】
培地に含まれる成分としては、特に限定されず、例えば、アミノ酸、無機塩、グルコース、ビタミンなど、一般に培地に配合される各種成分を配合することができる。
【0034】
培地組成物におけるセルロースオリゴマーの濃度は、特に限定されないが、0.01~2%(w/v)であることが好ましく、より好ましくは0.5~1%(w/v)である。セルロースオリゴマーの濃度が0.01%(w/v)以上であることにより、培地組成物中でのセルロースオリゴマーの分散安定性を向上して細胞を浮遊させることができ、0.5%(w/v)以上とすることでその効果をより高めることができる。また、2%(w/v)以下であることにより、ピペット等での分注の際に水分散液として容易に取り扱うことができる。なお、セルロースオリゴマーの濃度が低い場合、比較的短期間で透明な上澄み(上層)とセルロースオリゴマーが分散した下層との二層に分離することがあるが、その場合でもセルロースオリゴマーが分散した下層において同様に浮遊培養することができるので、そのような分離した状態で浮遊培養してもよい。
【0035】
培地組成物の製造方法としては、特に限定されない。例えば、上記セルロースオリゴマーの水分散液を用いる場合、該水分散液と液体培地をそれぞれ予め滅菌してから、両者を混合して培地組成物中にセルロースオリゴマーを均一に分散させてもよい。なお、培地に細胞を添加分散させてから、セルロースオリゴマーの水分散液と混合してもよく、その場合、培地組成物が得られた段階で当該培地組成物中に細胞も含まれている。あるいはまた、セルロースオリゴマーの水分散液と液体培地を混合して培地組成物中にセルロースオリゴマーを均一に分散させてから、滅菌することで培地組成物を調製してもよい。なお、セルロースオリゴマーの水分散液の滅菌は、例えば後述する実施例のように、アルカリ水溶液を経由して当該水分散液を調製することにより滅菌処理とみなすこともできる。
【0036】
本実施形態において細胞としては、特に限定されず、動物由来の細胞でも、植物由来の細胞でもよい。動物由来の細胞としては、生殖細胞、体細胞、幹細胞、前駆細胞、不死化した細胞(細胞株)、遺伝子改変細胞等が挙げられ、生体から採取ないし分離され、場合によっては更に人為的な操作が加えられた細胞を用いることができる。幹細胞とは、自己増殖能と分化する能力をあわせ持つ細胞であり、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、体性幹細胞(例えば神経幹細胞、造血幹細胞、皮膚幹細胞等)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。前駆細胞とは、幹細胞から特定の体細胞や生殖細胞に分化する途中の段階にある細胞である。細胞株とは、生体外での人為的な操作により無限の増殖能を獲得した細胞であり、例えば、HeLa(ヒト子宮頸癌由来の細胞株)等が挙げられる。
【0037】
本実施形態に係る培地組成物は、細胞を浮遊させて培養できるものであり、即ち浮遊培養が可能である。ここで、浮遊培養とは、培養容器に対して細胞が接着せずに、液体培地中に浮遊したままで培養することをいう。本実施形態では、液体の培地組成物に対して外部からの圧力ないし振動や当該培地組成物中での攪拌等を伴わずに、すなわち培地組成物を静置した状態でも、細胞を液体の培地組成物中に浮遊させて培養できることが好ましく、従って、培地組成物は静置浮遊培養が可能であることが好ましい。培地組成物を静置した状態で細胞を浮遊させること、すなわち静置浮遊が可能な期間としては、1時間以上であることが好ましく、より好ましくは24時間以上、更に好ましくは48時間以上である。
【0038】
培地組成物の粘度は、特に限定されないが、25℃における粘度が5.00mPa・s以下であることが好ましく、3.00mPa・s以下でもよい。培地組成物の粘度は低いほど好ましいため、下限は特に限定されず、例えば0.50mPa・s以上でもよい。
【0039】
3.培養方法
本実施形態に係る細胞の培養方法は、上記培地組成物中で細胞を培養することを含む。具体的には、細胞を培地組成物中に均一に分散させるように混合し、得られた培養液を培養容器中で培養すればよい。培養容器としては、特に限定されず、例えば、フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、マルチウエルプレートなどが挙げられる。
【0040】
細胞を培地組成物中に分散させる方法としては、セルロースオリゴマーを含む培地組成物を調製した後、該培地組成物に細胞を添加し混合してもよく、あるいはまた、培地に細胞を添加し混合した後、これにセルロースオリゴマーを加えて混合してもよい。
【0041】
培養は、培養液を静置状態にしてもよく、必要に応じて培養液を回転、振とう或いは撹拌してもよい。好ましくは、細胞へのダメージを低減するために静置状態とすることである。本実施形態では、培養液中に分散したセルロースオリゴマーにより、細胞が培養液の底面のみに偏在せずに三次元的な広がりをもって分散し、静置浮遊培養が可能である。
【0042】
一実施形態において、細胞は、培養により、三次元的な細胞集合体(細胞同士が集合・凝集化した球状の細胞重合体)であるスフェロイドを形成してもよい。スフェロイドの大きさは、細胞種及び培養期間によって異なるため、特に限定されず、例えば、直径が20~1000μmでもよく、40μm~500μmでもよく、50~300μmでもよい。
【0043】
培養する際の温度や時間等の条件としては、培養する細胞に応じて適宜設定することができる。例えば、動物細胞であれば、培養温度は、通常25~39℃でもよく、好ましくは33~39℃である。CO2濃度は、通常、培養の雰囲気中、4~10体積%でもよく、好ましくは4~6体積%である。培養時間は、通常3~35日間であるが、培養の目的に合わせて適宜に設定すればよい。また、植物細胞であれば、培養温度は、通常20~30℃でもよく、光が必要であれば照度2000~8000ルクスの照度条件下としてもよい。また、培養時間は、通常3~70日間であるが、培養の目的に合わせて適宜に設定すればよい。
【0044】
細胞濃度としても、培養する細胞に応じて適宜設定することができ、特に限定されず、例えば、播種時(即ち、細胞を培地組成物に播種した段階)の細胞濃度で1.0×103個/mL~1.0×1010個/mLでもよく、1.0×104個/mL~1.0×108個/mLでもよい。
【0045】
培養においては、培地交換を行ってもよい。すなわち、本実施形態に係る細胞の培養方法は、上記培地組成物中で細胞を培養する工程と、該培養により得られた細胞をセルロースオリゴマーとともに培地から分離し、分離した細胞及びセルロースオリゴマーを新しい培地と混合して更に培養を行う工程とを含んでもよい。細胞をセルロースオリゴマーとともに培地から分離する方法としては、例えば遠心分離により細胞及びセルロースオリゴマーを沈降させ、上清としての培地を除去すればよい。分離した細胞及びセルロースオリゴマーに新しい培地を添加し混合することにより、細胞及びセルロースオリゴマーを培養液中に再分散させることができる。そのため、新たにセルロースオリゴマーを添加することなく浮遊培養が可能であり、セルロースオリゴマーを繰り返し使用できる。
【0046】
本実施形態に係る培養方法は、更に、培養した細胞を回収する工程を含んでもよい。回収は、培養した細胞を培養液から分離する工程であり、例えば濾過処理により行うことができる。上記セルロースオリゴマーは培養液中で分散することにより細胞を培養液中に三次元的な広がりをもって分散した状態に保持するが、セルロースオリゴマーと細胞とは結合していない。そのため、セルロースオリゴマーと細胞との分離が容易である。また、セルロースオリゴマーは水分散液の粘度を実質的に上昇させず、そのため培地組成物及び培養液も低粘度である。そのため、自然濾過による濾過処理が可能であり、細胞へのダメージを低減することができる。
【0047】
一実施形態において、培養した細胞(例えば、スフェロイド)はセルロースオリゴマーよりも大きい。例えば、培養は、細胞がセルロースオリゴマーよりも大きくなるまで実施することが好ましい。このようにセルロースオリゴマーが培養した細胞(スフェロイド)よりも小さいことにより、セルロースオリゴマーの粒径よりも大きくかつ培養した細胞よりも小さな孔径を持つフィルターを用いて濾過することにより、培養した細胞を培地及びセルロースオリゴマーから容易に分離・回収することができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により更に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0049】
1.試薬
α-グルコース-1-リン酸(αG1P)二ナトリウム水和物、DMEM、ペニシリン-ストレプトマイシン、ダルベッコリン酸緩衝液(DPBS)は富士フイルム和光純薬工業より購入した。重水はシグマアルドリッチより購入した。40質量%重水酸化ナトリウム重水溶液はケンブリッジアイソトープラボラトリーズより購入した。超純水はMilli-Qシステム(Milli-Q Advantage A-10、Merck Millipore)で供給した。その他は、ナカライテスクより特級以上の試薬を購入し、使用した。
【0050】
2.実験方法
(1)セルロースオリゴマーの合成
T.Serizawaら,Polym.J.,2016年,48,539-544に記載の方法に従い(D-グルコースをプライマーとして使用)、平均重合度が10のセルロースオリゴマー(グルコース由来)を合成した。また、T.Serizawaら,Langmuir,2017年,33,13415-13422に記載の方法に従い(セロビオースをプライマーとして使用)、平均重合度が7のセルロースオリゴマー(セロビオース由来)を合成した。
【0051】
詳細には、200mMのαG1P、50mMのD-グルコースまたはセロビオース、及び0.2U/mLのセロデキストリンホスホリラーゼ(CDP)を、500mMの2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸(HEPES)緩衝液(pH7.5)中で混合し、60℃で3日間インキュベートした。生成物を含む反応液を遠心(15000rpm、10分間以上、4℃)し、上清を取り除いた後、超純水を加えて生成物を再分散させ、遠心(同条件)する操作を繰り返すことで、上清の置換率が99.999%以上となるまで精製して、セルロースオリゴマーを得た。
【0052】
生成物の平均重合度は、プロトン核磁気共鳴(NMR)装置により測定した。試料は、凍結乾燥した12mg以上の生成物を600μLの4質量%重水酸化ナトリウム重水溶液に溶解させることで調製した。NMR装置は、ADVANCE III HD500(Bruker Biospin、磁場強度:500MHz、積算回数16回)を用いた。平均重合度は、セルロースオリゴマーの還元末端のアノマー位(δ~5.1、4.5)およびそれ以外のアノマー位(δ~4.3)のプロトンの積分値をもとに算出した。
【0053】
(2)セルロースオリゴマーの水分散液の調製
1.5mLチューブ中で凍結乾燥した所定量のセルロースオリゴマーに1N水酸化ナトリウム水溶液を加えて分散させた。これを-20℃で20分間インキュベーションした後に室温に戻すことで溶解させ、セルロース/水酸化ナトリウム水溶液を調製した。リン酸緩衝液(pH7.4)を含んだ0.18N塩酸とセルロース/水酸化ナトリウム水溶液を、塩化ナトリウムの終濃度が137mM、セルロースオリゴマーの終濃度がグルコース由来、セロビオース由来のセルロースオリゴマーを用いた場合で、それぞれ1%(w/v)、2%(w/v)となるように混合し、25℃で1日静置した。生成物を含む反応液を遠心(15000rpm、10分間以上、25℃)し、上清を取り除いた後、滅菌精製水を加えて生成物を再分散させ、遠心(同条件)した。この操作を繰り返すことで、上清の置換率が99.999%以上となるまで精製し、セルロースオリゴマーの水分散液を得た。
【0054】
(3)セルロースオリゴマーの分散安定性評価
(2)において調製したセルロースオリゴマー水分散液を1%(w/v)に調整し、得られた水分散液250μLと、超純水もしくは2×DMEM(2倍濃度のDMEM)250μLを1mLバイアル中で混合した。37℃で所定時間インキュベーションし、セルロースオリゴマーの分散性を目視により経時的に観察した。さらに、3日間インキュベーションした分散液を1.5mLチューブに移して遠心(15000rpm、5分間、25℃)した後、超純水もしくはDMEM500μLを加えて1mLバイアル中で再分散させた。これを37℃で所定時間インキュベーションし、同様に分散性を観察した。
【0055】
(4)セルロースオリゴマー分散液のDLS測定
(2)において調製したセルロースオリゴマー水分散液を0.005%(w/v)に調整し、得られた水分散液80μLをセルに加え、25℃で3分間静置した後に測定した。測定には、Zetasizer Nano ZSP(Malvern)を用い、温度:25℃、散乱角度:173°とし、Polystyrene Latexを標準試料としたキュムラント解析により流体力学直径を算出した。DLS測定は3回実施し(n=3)、その平均値を求めた。
【0056】
(5)培地組成物の粘度測定
(2)において調製したセルロースオリゴマー水分散液を1%(w/v)に調整し、得られた水分散液1mLと、2×DMEM1mLとを2mLチューブ中で混合した。また、0.2%(w/v)セルロースナノファイバー水分散液(レオクリスタ、第一工業製薬)1mLと、2×DMEM1mLとを2mLチューブ中で混合した。このようにして調製した培地組成物について、音叉振動式粘度計(SV-1A、A&D、30Hz)を用い、測定温度は25℃として粘度を測定した。
【0057】
(6)細胞培養
HeLa細胞(JCRB細胞バンク)は、10%FBS、100U/mLのペニシリン、及び100μg/mLのストレプトマイシンを含んだDMEM中で、37℃、5%CO2条件下で10cmディッシュで培養し、約80%コンフルエントまで培養して継代した。継代は以下の操作により実施した:培地を除去し、10mLのDPBSをディッシュに加え穏やかに撹拌した。DPBSを除去し、0.5mg/mLのトリプシン溶液を1mL加えて全面に広げて37℃、5%CO2条件下で5分間インキュベーションした。DMEMを9mL加えて懸濁させ、新しいディッシュに0.3~1mL移し、全量が10mLとなるようDMEMを加えて穏やかに撹拌し、37℃、5%CO2条件下で培養した。
【0058】
(7)セルロースオリゴマー分散液を用いた浮遊培養
(6)において継代の際に用いなかった細胞懸濁液を15mLチューブに移し、遠心(500rpm、3分間)した。上清を取り除いた後、2×DMEMを10mL加えて懸濁し、遠心(同条件)する操作を3回繰り返した。細胞懸濁液と0.4%のトリパンブルー溶液を1:1(体積比)で混合した溶液を、血球計算盤にアプライして生細胞数をカウントし、細胞濃度が1.0×105個/mLとなるよう2×DMEMで希釈した。96穴プレート中で50μLの細胞懸濁液と50μLのセルロースオリゴマー水分散液を混合し、37℃、5%CO2条件下で所定時間インキュベーションした。セルロースオリゴマー水分散液としては、(2)で調製したものを1.0%(w/v)に調整して用いた。培地交換は1日毎に、以下の操作により実施した:細胞培養液を1.5mLチューブに移し、1mLのDMEMを添加し、遠心(200g、5分間、25℃)した。上清を取り除いた後、全量が100μLとなるようDMEMを加えて再分散し、96穴プレートに移した。細胞の形態は蛍光顕微鏡(ZOE蛍光セルイメージャー、Bio-rad)の明視野モードにより観察した。観察箇所を固定する際は、96穴プレートの底面に印をつけ、顕微鏡の高さを固定して観察した。
【0059】
(8)培養した細胞の回収
(7)に従い5日間浮遊培養した後の細胞培養液を1.5mLチューブに移し、1mLのDPBSを添加して分散させた。分散液をナイロン製メッシュフィルター(孔径40μm、フナコシ)により濾過した。フィルター上に残った細胞を、フィルターの逆側から200μLのDPBSをフローすることで96穴プレートに回収し、その形態を蛍光顕微鏡(ZOE蛍光セルイメージャー、Bio-rad)の明視野モードにより観察した。
【0060】
3.結果および考察
(1)セルロースオリゴマーの分散安定性評価結果
セルロースオリゴマーを超純水中および血清培地(DMEM)中に分散させて所定時間静置した際の外観を
図1に示す。3日間静置した際には若干の沈降が観察されたものの、いずれのセルロースオリゴマーを用いた場合も超純水中でよく分散していた。また、血清培地中でもセルロースオリゴマーはよく分散しており、タンパク質や無機塩など様々な物質が共存する溶液中でも安定に分散できることがわかった。さらに、3日間静置したセルロースオリゴマー分散液を遠心し、再分散させて再度インキュベーションした場合もセルロースオリゴマーはよく分散し、遠心、再分散後もセルロースオリゴマーの分散性は維持されることがわかった。
【0061】
図1中、「Cel由来(DMEM)」はセロビオース由来セルロースオリゴマーを血清培地に分散させたものを意味し、「Cel由来(MilliQ)」はセロビオース由来セルロースオリゴマーを超純水に分散させたものを意味する。「Glc由来(DMEM)」はグルコース由来セルロースオリゴマーを血清培地に分散させたものを意味し、「Glc由来(MilliQ)」はグルコース由来セルロースオリゴマーを超純水に分散させたものを意味する。
【0062】
(2)セルロースオリゴマーのDLS測定結果
セルロースオリゴマー分散液(セロビオース由来)のDLS測定の結果を
図2に示す。主成分として602nm、副成分として5719nmの2つの粒子径のピークが観測された。最大強度の粒子径は602nmであった。中和による自己組織化によって生成するセルロース集合体がサブμmから数μm程度の粒子径をもつことがわかった。
【0063】
(3)培地組成物の粘度測定結果
セルロースオリゴマーをDMEM中に分散させた溶液の粘度を測定した。浮遊培養に用いる0.5%(w/v)の濃度のグルコース由来、セロビオース由来のセルロースオリゴマーを含む培地組成物で、それぞれ1.64±0.2、2.82±0.06mPa・sの粘度であった。天然由来で、より高分子量のセルロース集合体であるセルロースナノファイバーを0.1%(w/v)含む培地組成物は2.99±0.34mPa・sの粘度であった。セルロースオリゴマーを含む培地組成物は、より高濃度であるにも関わらずセルロースナノファイバーを含む培地組成物と比較して、同等もしくは低い粘度であった。
【0064】
(4)浮遊培養結果
セロビオース由来のセルロースオリゴマーを用いて細胞を1日間、培養した際の培養液中の顕微鏡像を
図3に示す。1日後も細胞は沈降することなく培養液中に観察されたことから、セルロースオリゴマーを含む培地を用いることで、細胞を培養液中に三次元的に保持し、培養できることがわかった。
【0065】
また、上記のとおり1日間培養した後に遠心、再分散による培地交換を行った。培地交換前後の培養液中の顕微鏡像を
図4に示す。その結果、培地交換後も、細胞は培養液中に保持されており、新たにセルロースオリゴマーを添加することなく培地交換できることがわかった。
【0066】
グルコース由来、セロビオース由来のセルロースオリゴマーを用いて5日間、細胞培養した際の培養液中の顕微鏡像を
図5に示す。いずれのセルロースオリゴマーの分散液を用いた場合も、細胞が増殖してスフェロイド(細胞の凝集塊)を形成している様子が観察されたことから、細胞が浮遊した状態で増殖していることがわかった。
【0067】
セロビオース由来のセルロースオリゴマーを用いて2日間細胞培養したものについて、培地交換後2日間培地交換せずに培養した細胞を、培養前後の観察箇所を固定して観察した際の顕微鏡像を
図6に示す。培養前後で同じ箇所に細胞の凝集塊が観察されたことから、細胞は培養過程で移動せず、同じ位置に保持されて増殖することでスフェロイドを形成していることがわかった。
【0068】
以上の結果から、セルロースオリゴマーの分散液が細胞の浮遊培養に利用できることが明らかとなった。
【0069】
(5)培養細胞の回収結果
培養したHeLa細胞のスフェロイドを回収した後の顕微鏡像を
図7に示す。
図7(A)がセロビオース由来のセルロースオリゴマーを用いたもの、
図7(B)がグルコース由来のセルロースオリゴマーを用いたものであり、回収後、プレート底面に沈降したスフェロイドの顕微鏡像である。培養後の分散液は、希釈し、ピペット操作により分散させることで自然濾過することができた。そのため、培養したスフェロイドよりも小さく、かつセルロースオリゴマー集合体よりも大きな孔径(40μm)をもつメッシュフィルターを用いて濾過することで、スフェロイドのみをフィルター上に分離し、回収することができた。
【0070】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその省略、置き換え、変更などは、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。