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特許7493742Bacillus属細菌及びその近縁種による発酵産物の利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-24
(45)【発行日】2024-06-03
(54)【発明の名称】Bacillus属細菌及びその近縁種による発酵産物の利用
(51)【国際特許分類】
   A23L 11/00 20210101AFI20240527BHJP
   A23L 5/00 20160101ALI20240527BHJP
   A23L 27/00 20160101ALI20240527BHJP
   A23L 27/10 20160101ALI20240527BHJP
   A23L 27/24 20160101ALI20240527BHJP
【FI】
A23L11/00 E
A23L5/00 J
A23L27/00 D
A23L27/10 C
A23L27/24
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019150419
(22)【出願日】2019-08-20
(65)【公開番号】P2020036586
(43)【公開日】2020-03-12
【審査請求日】2022-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2018163750
(32)【優先日】2018-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503152059
【氏名又は名称】株式会社バイオロジカ
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】穴原 精二郎
【審査官】安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-166055(JP,A)
【文献】特開2006-211978(JP,A)
【文献】特開2005-143376(JP,A)
【文献】特開2006-141261(JP,A)
【文献】特開2000-050829(JP,A)
【文献】京都府立大学学術報告「人間環境学・農学」,1999年,Vol.51,pp.1-4
【文献】家政学雑誌,1958年,Vol.9, No.4,pp.163-167
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 11/00
A23L 5/00
A23L 27/00
A23L 27/10
A23L 27/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品組成物における旨みの増強方法であって、
蒸煮豆類を、莢膜成分としてポリ-γ-グルタミン酸を合成するBacillus属細菌によって発酵して得られる、前記蒸煮豆類と前記Bacillus属細菌とを含み、前記Bacillus属細菌によって産生されたポリ-γ-グルタミン酸を含有する一次発酵産物を準備する工程と、
前記一次発酵産物に、ナトリウム塩と少なくとも麦麹を含む麹を添加し、かつ昆布を含まない貧グルタミン酸条件で、5℃以上20℃以下で前記Bacillus属細菌による発酵を抑制しつつ前記ポリ-γ-グルタミン酸を前記麹のプロテアーゼで分解してL-グルタミン酸を生成させることにより、前記L-グルタミン酸による旨みを増強させたプロテアーゼ処理物を取得する処理工程と、
を備える、方法。
【請求項2】
前記処理工程を、8℃以上12℃以下で実施する、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記処理工程は、前記麹を4時間以上96時間以下作用させる工程である、請求項1又は2に記載の増強方法。
【請求項4】
前記処理工程に先立って、前記一次発酵産物を撹拌して少なくとも前記ポリ-γ-グルタミン酸を起泡させる工程を備える、請求項1~3のいずれかに記載の増強方法。
【請求項5】
前記処理工程に先立って、前記一次発酵産物を細断又は粉砕する、請求項1~4のいずれかに記載の増強方法。
【請求項6】
前記蒸煮豆類は、蒸煮大豆を含む、請求項1~5のいずれかに記載の増強方法。
【請求項7】
前記処理工程で得られた前記プロテアーゼ処理物を、乾燥又はペースト化する加工工程をさらに備える、請求項1~6のいずれかに記載の増強方法。
【請求項8】
L-グルタミン酸による旨みが増強された食品組成物を製造する方法であって、
蒸煮豆類を、莢膜成分としてポリ-γ-グルタミン酸を合成するBacillus属細菌によって発酵して得られる、前記蒸煮豆類と前記Bacillus属細菌とを含み、前記Bacillus属細菌によって産生されたポリ-γ-グルタミン酸を含有する一次発酵産物を準備する工程と、
前記一次発酵産物に、ナトリウム塩と少なくとも麦麹を含む麹を添加し、かつ昆布を含まない貧グルタミン酸条件で、5℃以上20℃以下で前記Bacillus属細菌による発酵を抑制しつつ前記ポリ-γ-グルタミン酸を前記麹のプロテアーゼで分解してL-グルタミン酸を生成させることにより、前記L-グルタミン酸による旨みを増強させたプロテアーゼ処理物を取得する処理工程と、
を備える、製造方法。
【請求項9】
前記処理工程で得られた前記プロテアーゼ処理物を、さらに、乾燥又はペースト化する加工工程を備える、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記食品組成物は、調味料組成物である、請求項8又は9に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、Bacillus subtilisなどのBacillus属細菌及びその近縁種による蒸煮豆類の発酵産物の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリ-γ-グルタミン酸(以下、単に、ポリグルタミン酸という。)は、グルタミン酸が、γ位のカルボキシル基とα位のアミノ基がペプチド結合を形成しているポリペプチドである。かかるポリグルタミン酸は、Bacillus nattoなどのBacillus属細菌とその近縁種の菌体表面を覆う莢膜の構成成分であり、水煮大豆を原料として特定のBacillus属細菌で発酵された際のいわゆる糸引きと称される粘着物である。
【0003】
Bacillus属細菌が合成するポリグルタミン酸は、D-グルタミン酸とL-グルタミン酸から構成され、それ自身は全く旨みはないが、構成成分であるL-グルタミン酸は、旨み成分である。
【0004】
ポリグルタミン酸の粘着性は、食べにくさ、洗浄、各種産業への利用等の観点から、業用途が開発されてきており、また、その粘着性低下が1つの課題となっている。例えば、粘着性を低下させることを目的として、ポリグルタミン酸を植物起源のタンパク質分解酵素で分解することが開示されている(特許文献1)。また、有用なオリゴグルタミン酸を得るためのγ-ポリグルタミン酸分解酵素が開示されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-211978号公報
【文献】特開平5-304958号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ポリグルタミン酸は、納豆に独特の食感や風味を付与しているが、それ自体は旨みを有しないため、調味料としては使用されていないのが現状である。また、納豆に含まれるポリグルタミン酸をさらに処理した二次加工食品も提供されていない。
【0007】
本明細書は、Bacillus属細菌等による蒸煮豆類の発酵産物を利用した新たな食品組成物及び調味料組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、納豆が備えるポリグルタミン酸が旨み成分であるL-グルタミン酸を含むことに着目し、かかるポリグルタミン酸を新規な食品用途及び調味料用途に用いるために、種々検討したところ、ポリグルタミン酸を莢膜成分として備えるようになった納豆にプロテアーゼを作用させることで、当該納豆においてL-グルタミン酸含有量を増大させうることができるという知見を得た。そして、かかる納豆は、従前よりも旨みも増強されているという知見も得た。本明細書は、こうした知見に基づき以下の手段を提供する。
【0009】
(1)グルタミン酸含有食品組成物の生産方法であって、
蒸煮豆類を、莢膜成分としてポリ-γ-グルタミン酸を合成するBacillus属細菌によって発酵して得られる、前記蒸煮豆類と前記細菌とを含み、前記細菌によるポリ-γ-グルタミン酸を含有する一次発酵産物を準備する工程と、
前記一次発酵産物を、プロテアーゼで処理してプロテアーゼ処理物を取得する工程と、
を備える、方法。
(2)前記プロテアーゼによる処理工程は、プロテアーゼ存在下で前記一次発酵酸物を前記細菌によってさらに発酵して二次発酵産物を取得する工程である、(1)に記載の方法。
(3)前記プロテアーゼによる処理工程は、前記細菌による前記一次発酵産物の前記細菌による発酵を抑制しつつ前記プロテアーゼで処理する工程である、(1)に記載の方法。
(4)前記プロテアーゼによる処理工程は、ナトリウム塩の存在下で行う、(3)に記載の方法。
(5)前記プロテアーゼは、植物由来のプロテアーゼである、(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記プロテアーゼは、パイナップル果実由来、米麹及び麦麹からなる群から選択される1種又は2種以上である、(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)前記発酵条件は、貧グルタミン酸条件である、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)前記蒸煮豆類は、蒸煮大豆を含む、(1)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9)前記二次発酵に先立って、前記一次発酵産物を撹拌する、(1)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)前記二次発酵に先立って、前記一次発酵産物を細断又は粉砕する、(1)~(9)のいずれかに記載の方法。
(11)前記二次発酵産物を、乾燥又はペースト化する工程をさらに備える、(1)~(10)のいずれかに記載の方法。
(12)前記食品組成物は、調味料組成物である、(1)~(11)のいずれかに記載の方法。
(13)グルタミン酸含有食品組成物であって、
蒸煮豆類を、莢膜成分としてポリ-γ-グルタミン酸を合成するBacillus属細菌によって発酵して得られる、前記蒸煮豆類と前記細菌とを含み、前記細菌によるポリ-γ-グルタミン酸を含有する一次発酵産物を、プロテアーゼ存在下の発酵条件で前記細菌によってさらに二次発酵して得られる二次発酵産物又はその少なくともL-グルタミン酸を含有する一部を含む、組成物。
(14)粉末である、(13)に記載の組成物。
(15)ペーストである、(13)に記載の組成物。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書の開示は、グルタミン酸が増強された食品組成物の生産方法及びグルタミン酸増強食品組成物に関する。本明細書によれば、Bacillus属細菌による蒸煮豆類の発酵産物に由来して、当該発酵産物が本来的に有する風味のほか、さらに旨み成分(L-グルタミン酸)が増強された食品組成物が提供される。また、従来の発酵産物と比べてL-グルタミン酸が増強されて旨みが増強された新たな調味料組成物も提供される。
【0011】
なお、本明細書において、食品組成物とは、主としてヒトなどの哺乳動物が摂取するものであって、採取、収穫等された原料のほか、なんらかの加工や調理が施された加工食品を含んでいる。加工としては、単なる混合、粉砕から、公知の全ての食物に対する処理を含む。加工は、好ましくは、調理としては、公知の全ての調理手段の1種又は2種以上の組み合わせを含む。
【0012】
本明細書において、調味組成物とは、食品組成物に包含されるが、主として、他の食品組成物に添加したり、同時に食したりすることにより、当該食品組成物に風味を付与したり、あるいは当該食品の風味を増強したり、補足するのに用いる組成物を包含する。例えば、粉末、液体、ペースト、細粒などの形態を採ることができる。以下、本開示の種々の実施形態について詳細に説明する。
【0013】
(グルタミン酸含有食品組成物の生産方法)
本明細書に開示されるグルタミン酸含有調理組成物の生産方法(以下、単に、本生産方法という。)は、蒸煮豆類とBacillus属細菌とを含み、ポリ-γ-グルタミン酸を含有する一次発酵産物を準備する工程(以下、一次発酵産物準備工程ともいう。)と、前記一次発酵産物を、プロテアーゼで処理してプロテアーゼ処理物を取得する工程(以下、プロテアーゼ処理物取得工程ともいう。)と、を備えることができる。
【0014】
(一次発酵産物準備工程)
一次発酵産物準備工程は、蒸煮豆類を、莢膜成分としてポリ-γ-グルタミン酸を合成するBacillus属細菌によって発酵して得られる、前記蒸煮豆類と前記細菌とを含み、前記細菌によるポリ-γ-グルタミン酸を含有する一次発酵産物を準備する工程である。
【0015】
蒸煮豆類としては、煮る及び蒸すのいずれか又は双方を施した豆類を包含している。ここで、豆類としては、特に限定するものではないが、例えば、黄大豆、黒大豆などのダイズ類、アズキ類、インゲンマメ類、エンドウ類、ソラマメ類などの、各種マメ類が挙げられる。なかでも、大豆などのダイズ類が挙げられる。なかでも、日本産大豆は、ポリ-γ-グルタミン酸の合成量が多い傾向があり、好適である。また例えば、大豆であっても、丸大豆のほか、脱脂大豆が含まれるが、いずれであってもよい。また例えば、こうした豆類としては、少なくとも子葉部を用いることが好ましい。なお、豆類は、特に細断することなくそのまま用いてもよいし、適宜細断して用いてもよい。
【0016】
豆類の蒸煮方法は、特に限定するものではないが、納豆の製造において用いられる公知の方法を用いることができる。通常は、例えば、大豆を水に浸漬して吸水させた後、高圧下で蒸煮する。
【0017】
本生産方法で用いるBacillus属細菌は、莢膜成分としてポリ-γ-グルタミン酸を合成する細菌を用いる。こうした細菌としては、Bacillus属細菌とその近縁種(以下、Bacillus属細菌等ともいう。)が挙げられる。かかる細菌としては、例えば、Bacillus subtilis var. natto などのBacillus subtilis、Bacillus natto、Bacillus lichniformis、Bacillus megateriumが挙げられる。本生産方法においては、ポリ-γ-グルタミン酸を合成できるいずれの細菌を用いてもよいが、商業的に入手できるBacillus属細菌を用いることが好適であるほか、各種機能を向上させた変異株等であってもよい。
【0018】
蒸煮豆類を、Bacillus属細菌等を用いて発酵することで一次発酵産物を得ることができる。発酵方法は、特に限定しないで、公知の方法を用いることができる。例えば、蒸煮豆類に、Bacillus属細菌等を噴霧するなどして接種して、雑菌の混入を抑制するために適当な容器などに収納した状態で、例えば、38~42℃、好気条件下で、16時間から24時間程度発酵させる。一定時間経過後、温度を低下させて発酵を終了させた上、室温低度まで温度が低下したら、冷蔵して、Bacillus属細菌を休眠させるようにする。
【0019】
こうして得られる一次発酵産物は、商業的に入手してもよいし、適宜製造することによって、準備してもよい。
【0020】
(一次発酵産物の撹拌・起泡)
一次発酵産物を、後段のプロテアーゼ処理物取得工程に供するにあたって、一次発酵産物を撹拌して、Bacillus属細菌の莢膜成分であるポリグルタミン酸及びフラクタンなどの糖質に空気を含ませて起泡してもよい。また、こうした撹拌とともにあるいは撹拌を伴わないで、一次発酵産物を細断又は粉砕してもよい。さらに、これらに加えて、すり潰すようにしてもよい。
【0021】
(プロテアーゼ処理物取得工程)
本工程は、一次発酵産物を、プロテアーゼ存在下においてBacillus属細菌等が合成したポリグルタミン酸を分解して、プロテアーゼ処理物を得る工程である。この工程によれば、プロテアーゼがポリグルタミン酸を分解するために、旨み成分であるL-グルタミン酸が生成して、一次発酵産物におけるL-グルタミン酸量が増大して風味が増強された発酵産物を得ることができる。
【0022】
ここで、プロテアーゼとしては、特に限定するものではなく、Bacillus属細菌等が合成するポリグルタミン酸に作用する一般の酵素製剤やプロテアーゼを含有する天然由来の果汁、材料を用いることができる。好ましくは、グルタミン酸含有量の増大のためには、ポリグルタミン酸に対してエキソ型で作用するプロテアーゼを用いることが好ましい。また、より好ましくは、ポリグルタミン酸に対してエンド型で作用するプロテアーゼを併用する。こうすることで、効率的にグルタミン酸を得ることができる。
【0023】
例えば、プロテアーゼとしては、γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(エキソ型)が挙げられる。また、特開平5-304958号公報に開示されるγ-ポリグルタミン酸分解酵素(エンド型)、特開平7-179891号公報に開示されるγ―ポリグルタミン酸デポリメラーゼ(エンド型)等が挙げられる。また、プロテアーゼとしては、Bacillus属細菌等に由来するγ-グルタミルトランスフェラーゼ(エキソ型)が挙げられる。
【0024】
こうしたプロテアーゼは、植物由来のプロテアーゼであってもよい。上記したγ-グルタミルトランスフェラーゼは、細菌から高等生物まで広く分布している。したがって、植物又はその果実からも容易に取得でき、こうした搾汁や果汁をプロテアーゼ源としてプロテアーゼとして用いることができる。特に限定するものではないが、例えば、パイナップル果汁、キウイ果汁、パパイア果汁、メロン果汁、イチジク果汁、プリンスメロン果汁、カラスウリ果汁、トウガン果汁、アメリカゴボウ果汁、マンゴー果汁、ドラゴンフルーツ果汁、ダイズ、豆等の搾汁、エキス、粉末が挙げられる。また、穀類である、米、麦、トウモロコシなどの粉末や、米麹、麦麹及び豆麹をプロテアーゼ源として用いることができる。こうした植物由来のプロテアーゼ又はプロテアーゼ源としては、パイナップル果実由来、米麹及び麦麹を好適に用いることができる。プロテアーゼは、上記した各種のプロテアーゼ源などを1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。
【0025】
本工程は、例えば、用いるプロテアーゼの種類に応じて、その温度条件等を選択できる。特に限定するものではないが、プロテアーゼは、概して、25℃以上40℃以下程度に至適温度をもつことが多く、こうした温度域配置された一次発酵産物に作用させることができる。一般的に、プロテアーゼ処理に適した温度域は、一次発酵産物に本来的に存在しているBacillus属菌による発酵が促進される温度域でもありうる。このため、ポリグルタミン酸も一層合成され結果としてプロテアーゼによるグルタミン酸への分解も増強される点において有効である。また、納豆としての風味も増強される。
【0026】
一方、本工程を、例えば、プロテアーゼは作動するが、Bacillus属菌による発酵が抑制される温度域で行うことができる。すなわち、一次発酵産物の二次発酵を抑制しつつプロテアーゼ処理を行ってもよい。このようなBacillus属菌の発酵が抑制される温度域としては、例えば、5℃以上20℃以下とすることができる。こうした温度域(以下、単に、低温域ともいう。)によれば、Bacillus属菌による豆自体の二次発酵が抑制される中、プロテアーゼは作動するために、納豆臭を抑制しつつグルタミン酸の生成量を増強することができる。とりわけ、食塩などのナトリウム塩の存在下で、生成したグルタミン酸をナトリウム塩とすることができる。
【0027】
低温域は、Bacillus属菌の特性、納豆臭の程度、グルタミン酸の生成量、用いるプロテアーゼ源の種類等を考慮して適宜決定することができる。低温域の下限温度としては、例えば、6℃、また例えば、7℃、また例えば8℃、また例えば、9℃、また例えば、10℃、また例えば、12℃などとすることができる。低温域の上限温度としては、例えば、19℃、また例えば、18℃、また例えば、17℃、また例えば、16℃、また例えば、15℃、また例えば、14℃、また例えば、13℃、また例えば、12℃などとするとこができる。好適な温度範囲は、これらの下限温度及び上限温度を任意の組合せにより設定することができるが、例えば、6℃以上18℃以下、7℃以上17℃以下、8℃以上16℃以下、8℃以上15℃以下、8℃以上14℃以下、8℃以上13℃以下、8℃以上12℃以下、9℃以上12℃以下などとすることができる。
【0028】
こうした低温域で本工程を実施することは、とりわけ、麹類をプロテアーゼ源として用いる場合において有効であることがわかっている。また、ナトリウム塩などの存在下において一層、有効であることがわかっている。すなわち、グルタミン酸の生成が効果的に増強されるとともに、ナトリウム塩となることから、うま味の増強程度が大きくなることがわかっている。
【0029】
また、一次発酵産物及びプロテアーゼを含む系のpHも、特に限定するものではないが、通常は、例えば、pH3~8程度であり、また例えば、同4~7程度である。
【0030】
プロテアーゼ処理物取得工程を好気的条件下で実施する場合、当該工程は、一次発酵産物を、Bacillus属細菌等をプロテアーゼ源として使用するとともに、さらに一次発酵酸物を発酵して二次発酵産物を取得する工程となりうる。好気的雰囲気であれば、Bacillus属細菌等の増殖条件でもあり得るため、Bacillus属細菌等自身が、プロテアーゼ源となるからである。
【0031】
通常、Bacillus属細菌等は、ポリグルタミン酸を莢膜成分として備えているが、ポリグルタミン酸はBacillus属細菌等のエネルギー枯渇時に備えるための栄養貯蔵物質である。プロテアーゼ処理物取得工程にBacillus属細菌等の増殖条件を採用すると、Bacillus属細菌等が休眠状態から覚醒し、ポリグルタミン酸を自己が有するγ-グルタミルトランスフェラーゼ(エキソ型)とエンド型のプロテアーゼで分解し、L-グルタミン酸及び/又はD-グルタミン酸を生成することができる。
【0032】
こうしたプロテアーゼ処理物取得工程は、プロテアーゼ源としてBacillus属細菌等のみとすることもできるが、外部から供給されるプロテアーゼを用いることが好ましい。外部プロテアーゼが存在することで、当該プロテアーゼとBacillus属細菌等の自己のプロテアーゼ(γ-グルタミルトランスフェラーゼを含む)とによって、ポリグルタミン酸からのL-グルタミン酸の生成が促進されるからである。
【0033】
また、外部からのプロテアーゼ源の供給は、以下の点で有利である。すなわち、Bacillus属細菌等では、分解生成したグルタミン酸によるフィードバック制御によって、γ-グルタミルトランスフェラーゼの発現が抑制されてしまい、グルタミン酸は多くは蓄積しなくなるからである。また、外部プロテアーゼが供給されることで、Bacillus属細菌等が、γ-グルタミルトランスフェラーゼ欠損株である場合であっても、外部プロテアーゼによってグルタミン酸を得ることができるからである。さらに、外部プロテアーゼの供給は、ポリグルタミン酸の分解のみならず、蒸煮豆類のタンパク質の分解にも寄与するため、多種のアミノ酸が生成して風味向上に寄与することができる。
【0034】
プロテアーゼ処理物取得工程を、Bacillus属細菌等による二次発酵産物取得工程として実施する場合、Bacillus属細菌等の増殖のため好適な好気的条件を採用する。また、培地成分としては、特に限定するものではないが、グルタミン酸を含まないようにする。発酵時間は、特に限定するものではないが、例えば4時間以上96時間以下程度とすることができる。
【0035】
上記した低温域での抑制された二次発酵産物取得工程を実施する場合にも、発酵時間は、特に限定するものではないが、例えば、4時間以上96時間以下とすることができる。
【0036】
また、プロテアーゼ処理物取得工程として実施する場合において、一次発酵産物は、貧窒素ないし貧グルタミン酸条件で発酵させることが好ましい。窒素又はグルタミン酸が存在すると、Bacillus属細菌等によるポリグルタミン酸の分解が抑制されるからである。貧窒素ないし貧グルタミン酸条件は、例えば、一次発酵物になんら新たな培地成分(ただし、プロテアーゼ源を除く)を添加しない条件が挙げられる。炭素源、ビタミン、無機塩類などの添加等は許容される。
【0037】
以上のことから、プロテアーゼ処理物処理工程は、外部から供給されるプロテアーゼを主体に実施される場合、Bacillus属細菌等由来のプロテアーゼを主体に実施される場合、及びこれらの両プロテアーゼを用いて実施される場合の、概ね3つの態様を備えることができる。
【0038】
こうして得られるプロテアーゼ処理物又は二次発酵産物は、一次発酵産物の風味に加えて、プロテアーゼ処理によるL-グルタミン酸の生成によって新たな風味が追加されることとなり、食品や調味料などの食品組成物として一層優れたものとなる。
【0039】
本生産方法で得られたプロテアーゼ処理物又は二次発酵酸物は、そのままの形態で食品組成物として供されてもよいが、さらに加工等されてもよい。さらなる加工の形態は、特に限定するものではなく、当該分野で公知の手法を適宜用いることができる。例えば、プロテアーゼ処理物又は二次発酵産物を、乾燥したり、ペースト化したりしてさらに加工することができる。乾燥は、公知の手法を採用することができるが、例えば凍結乾燥等を採用することができる。また、ペースト化には、蒸煮豆類をよく潰した状態とし、必要に応じて適当な水性及び/又は油性の液体等と混合することによってペーストとすることができる。
【0040】
既に説明したように、食品組成物には、調味料組成物を包含する。したがって、本生産方法は、調味料組成物の生産方法としても実施できる。本生産方法で得られるプロテアーゼ処理物及び二次発酵酸物は、L-グルタミン酸含有量が高いからである。
【0041】
(グルタミン酸含有食品組成物)
本生産方法によれば、グルタミン酸含有食品組成物が提供される。本組成物は、蒸煮豆類を、莢膜成分としてポリ-γ-グルタミン酸を合成するBacillus属細菌によって発酵して得られる、前記蒸煮豆類と前記細菌とを含み、前記細菌によるポリ-γ-グルタミン酸を含有する一次発酵産物を、プロテアーゼ存在下の発酵条件で前記細菌によってさらに二次発酵して得られる二次発酵産物又はその少なくともL-グルタミン酸を含有する一部を含む、組成物である。本組成物は、一次発酵酸物よりも高いL-グルタミン酸を含み、プロテアーゼ処理及び二次発酵により、追加の風味が付与されている。したがって、従来にない新規でかつ風味の優れた食品組成物となっている。本食品組成物は、調味料組成物でありうる。
【0042】
本組成物の形態は特に限定されない。いわゆる納豆又は納豆様の形態を採ることもできるし、当該組成物を粉末化、ペースト化等した種々の形態を採ることができる。
【実施例
【0043】
以下、本明細書の開示をより具体的に説明するために具体例としての実施例を記載する。以下の実施例は、本明細書の開示を説明するためのものであって、その範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0044】
以下の実験では、市販のパック入りの国産大粒納豆35gを用いて、種々のプロテアーゼ源を添加して、グルタミン酸生成を確認した。
【0045】
市販の大粒納豆(35g)に、当該容器内で箸を使って撹拌してネバ立たせ、それを全量、すり鉢に移し擂粉木で豆をつぶし、次に均一にすりつぶしてペースト状とした。これをスプーンを使い、全量、先ほどの納豆容器へ戻し、できるだけ平たくして再充填した。こうした再充填物を合計5個作製した。
【0046】
これらのうち、1つは、何ら添加することなく、そのまま試料1とした。他の1つは、市販のパイナップルを皮むきして断片化したものから果汁五滴を添加しよく混合したのち、再び平たくして試料2とした。また、他の1つには、50℃の湯で戻した麦麹(糀屋本店、麦麹mk500)を10粒入れてよく混合したのち、再び平たくして、試料3とした。また、他の1つには、50℃の湯で戻した米麹(糀屋本店、米麹kk500)を10粒入れてよく混合したのち、再び平たくして、試料4とした。さらに、他の1つに、ブロメライン2000GDU/g単位を83mg入れてよく混合したのち、再び平たくして、試料5とした。
【0047】
これらの各容器につき、それぞれポリスチレンの折り畳み蓋が付いているのでそれを被せ、蓋に複数個の通気孔(直径2~3mm程度)を開けて、約35℃に調整したプレート上におき、かつ通気可能に遮光したカバー部材で覆って、三昼夜(72時間、夜はプレートを加温せず。)、発酵を促進させた。内部の温度は、概ね約25℃~35℃であった。取り出した容器を金網籠にいれ、日陰で自然乾燥させた。約一週間で各容器内の記載にペーストが乾燥した。
【0048】
各容器内の乾燥物をすり鉢に入れ、擂粉木で粉状とした後、遊離グルタミン酸(D体及びL体)の測定を行った。遊離グルタミン酸は、試料1gに、10%スルホサリチル酸溶液25mlを加えて、ホモジナイズし、3Mの水酸化ナトリウム溶液を添加してpHを2.2に調整した上、クエン酸ナトリウム緩衝液(pH2.2)を加えて100mlとした。この液をろ過して、ろ液2.5mlをクエン酸ナトリウム緩衝液(pH2.2)で50mlとして、試験溶液とし、アミノ酸自動分析装置に供した。結果を以下に示す。
アミノ酸自動分析装置の操作条件は以下のとおりであった。
【0049】
機種:JLC-500/V(日本電子株式会社)
カラム:LCR-6,直径4mm×120mm(日本電子株式会社製)
移動相:クエン酸ナトリウム緩衝液(H-01~H-04)(日本電子株式会社製)
反応液:日本電子用ニンヒドリン発色溶液キット-II(富士フィルム和光純薬株式会社製)
流量:移動相0.42ml/分、反応液0.22ml/分
測定波長:570nm
試料1(プロテアーゼ無添加) 0.372g/100g
試料2(パイナップル果汁添加) 1.39g/100g(3.7倍)
試料3(麦麹添加) 1.54g/100g(4.1倍)
試料4(米麹添加) 1.23g/100g(3.3倍)
試料5(ブロメライン添加) 0.671g/100g(1.8倍)
【0050】
以上のことから、試料1~5には、いずれも、一定以上のグルタミン酸が含まれていることがわかった。また、何ら添加しない試料1、すなわち、Bacillus属細菌等による二次発酵のみであっても0.4%程度濃度のグルタミン酸を含有していたほか、プロテアーゼ源を加えた試料2~5では、約2倍~4倍のグルタミン酸を含有していることがわかった。遊離したグルタミン酸には、L-グルタミン酸とD-グルタミン酸とが含まれうるが、この組成は、当初合成されたポリグルタミン酸の組成に概ね対応しているものであり、Bacillus属細菌等が合成するポリグルタミン酸には、L-グルタミン酸が、少なくとも30~40%は含まれていることが知られている。したがって、明らかに、試料において、L-グルタミン酸が増大していることがわかる。
【0051】
本実施例によれば、二次発酵又は二次発酵とプロテアーゼ処理によりアミノ酸であるグルタミン酸を増強させることができ、ナトリウム塩とすることでうま味成分であるグルタミン酸ナトリウムを増強させうることがわかった。
【実施例2】
【0052】
実施例1と同様の方法にて、同一の市販の大粒納豆(35g)をペースト状とし、その容器に充填して得た再充填物を合計5個作製した。なお、二つの大粒納豆のペースト化時に、一容器当たりに約15mgの食塩を追加してよく混合してペースト状とした。
【0053】
これらのうち、食塩無添加ペースト充填物の1つは、何ら添加することなく、そのまま試料6とした。食塩無添加ペースト充填物の他の1つと食塩添加ペースト充填物の一つに、市販のパイナップルを皮むきして断片化したものから果汁五滴をそれぞれ添加しよく混合したのち、再び平たくして試料7及び8とした。また、食塩無添加ペースト充填物の他の1つと食塩添加ペースト充填物の一つに、50℃の湯で戻した麦麹(糀屋本店、麦麹mk500)を10粒入れてよく混合したのち、再び平たくして、試料9及び10とした。
【0054】
これらの各容器につき、それぞれポリスチレンの折り畳み蓋が付いているのでそれを被せ、蓋に複数個の通気孔(直径2~3mm程度)を開けて、プレート上におき、かつ通気可能に遮光したカバー部材で覆って、三昼夜(72時間)、発酵を促進させた。内部の温度は、概ね約8~12℃であった。取り出した容器を金網籠にいれ、日陰で自然乾燥させた。約一週間で各容器内の記載にペーストが乾燥した。
【0055】
各容器内の乾燥物につき、実施例1と同様の方法で、遊離グルタミン酸(D体及びL体)の測定を行った。結果を以下に示す。
【0056】
試料6(食塩無添加+プロテアーゼ無添加) 0.034g/100g
試料7(食塩無添加+パイナップル果汁添加) 0.040g/100g(1.2倍)
試料8(食塩添加+パイナップル果汁添加) 0.044g/100g(1.3倍)
試料9(食塩無添加+麦麹添加) 0.076g/100g(2.2倍)
試料10(食塩添加+麦麹添加) 0.117g/100g(3.4倍)
【0057】
以上のことから、試料7~10には、プロテアーゼ無添加の試料6よりも多いグルタミン酸が含まれていることがわかった。なお、パイナップル果汁をプロテアーゼ源として添加した試料7、8は、グルタミン酸の増強はごくわずかであったが、米麹をプロテアーゼ源として添加した試料9、10では、低温でのプロテアーゼ処理にかかわらず、試料6(プロテアーゼ無添加)よりも2~3倍を超えるグルタミン酸の増強を示した。また、食塩を添加した試料8及び10においては、いずれも食塩無添加の試料7及び9に比較して、グルタミン酸の増幅が観察された。
【0058】
また、特に、試料9及び10では、食塩の添加により、グルタミン酸の官能検査においても酸味でなくうま味の増強を強く確認できた。これは、食塩添加によってグルタミン酸がナトリウム塩になっているためであると考えられる。
【0059】
さらに、本実施例における低温プロテアーゼ処理によれば、実施例1の試料2~5に比較して納豆臭が抑制されており、低温での処理のためにBacillus属菌による二次発酵が抑制されて納豆臭が抑制されたものとなっていた。すなわち、低温プロテアーゼ処理によれば、納豆臭の低減とグルタミン酸増強による酸味の低減とうま味の増強とを同時に実現することができた。特に、食塩存在下での低温プロテアーゼ処理では、グルタミン酸をうま味成分であるナトリウム塩として直ちに存在させることができるため効果的にうま味を増強できていることがわかった。