(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-24
(45)【発行日】2024-06-03
(54)【発明の名称】温度応答性遮熱材
(51)【国際特許分類】
G02B 5/26 20060101AFI20240527BHJP
E06B 5/00 20060101ALI20240527BHJP
C08B 11/08 20060101ALN20240527BHJP
【FI】
G02B5/26
E06B5/00 C
C08B11/08
(21)【出願番号】P 2020081208
(22)【出願日】2020-05-01
【審査請求日】2023-04-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)2019年度化学系学協会東北大会 予稿集、公益社団法人日本化学会東北支部、令和元年9月21日発行 (2)2019年度化学系学協会東北大会、山形大学小白川キャンパス、令和元年9月22日発表
(73)【特許権者】
【識別番号】504409543
【氏名又は名称】国立大学法人秋田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100155882
【氏名又は名称】齋藤 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100154678
【氏名又は名称】齋藤 博子
(72)【発明者】
【氏名】村上 賢治
(72)【発明者】
【氏名】中村 彩乃
(72)【発明者】
【氏名】小粥 涼平
【審査官】藤岡 善行
(56)【参考文献】
【文献】特開昭51-011081(JP,A)
【文献】特開2002-080736(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/26
E06B 5/00
C08B 11/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度応答性高分子と、アクリルアミド(
AAm)と、架橋剤と、電解質とを含むゲルを遮熱材として用いる温度応答性遮熱材であって、
前記温度応答性高分子として粘度6-10mPa・s、Mw=140000のヒドロキシプロピルセルロース(HPC)を10-15wt%用い、
前記温度応答性高分子の下限臨界溶液温度以下では高分子が水に溶解して光を透過することにより、積分球を用いた全光線透過率の測定値に基づく日射透過率(αTsol)75%以上であり、
前記下限臨界溶液温度以上では高分子が収縮し凝集することで光を散乱させて入射光を抑制することにより、積分球を用いた全光線透過率の測定値に基づく日射透過率(αTsol)30%未満、日射反射率(αRsol)20%以上であることを特徴とする温度応答性遮熱材。
【請求項2】
前記温度応答性セルロースは、凝集したグロビュール状態において粒子径が400~500nmに分布していることを特徴とする請求項1記載の温度応答性遮熱材。
【請求項3】
前記架橋剤としてN、N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)を用い、
前記アクリルアミド(AAm)は5wt%、前記N、N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)は0.125wt%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の温度応答性遮熱材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば窓ガラスに用いることで太陽光による部屋の温度上昇を抑制できる遮熱材であって、特に温度応答性高分子を用いることで外部の温度変化に応じて自動的に遮熱可能な温度応答性遮熱材に関する。
【背景技術】
【0002】
窓を通過する熱の量を制御し、室温上昇を抑えることで冷房の消費電力の削減をすることができる。夏の時期、室内に流入する熱の約70%は窓を通して出入りしており、建物内の室温上昇に大きく影響しているためである。また、室内に流入する熱の種類としては光エネルギー(太陽光の放射熱)による割合が大きい。そのため、この太陽光の入射量を制御することで、室内の熱の出入りが制御可能である。
【0003】
特許文献1には、スパッタ法により二酸化バナジウム結晶の薄膜を作製し、サーモトロピック特性(転移温度68℃)により遮熱・透光を制御する方法が記載される。タングステンをドープすることで、転移温度を室温付近まで下げることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に記載の方法によれば、材料費が高価であるという問題がある。また、80℃での日射透過率15%であり、転移温度が非常に高いという問題もある。
【0006】
この発明は、効率良く室温上昇を抑えるために近赤外領域の光を遮断可能であってかつ安価な温度応答性高分子を用いた遮熱材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明は、温度応答性高分子と、アクリルアミド(AAm)と、架橋剤と、電解質とを含むゲルを遮熱材として用いる温度応答性遮熱材であって、前記温度応答性高分子として粘度6-10mPa・s、Mw=140000のヒドロキシプロピルセルロース(HPC)を10-15wt%用い、前記温度応答性高分子の下限臨界溶液温度以下で水に溶解し光を透過させ、前記下限臨界溶液温度以上で高分子が収縮して凝集することで光を散乱させ、入射光を抑制することにより、下限臨界溶液温度以下で可視光透過率85%以上、日射透過率75%以上であり、下限臨界溶液温度以上では日射透過率30%未満、日射反射率20%以上であることを特徴とする。
セルロース誘導体である温度応答性高分子は、比較的安価で、転移温度の調整が容易である。したがって、これをゲルにして遮熱材として用いることによって、安価で高性能の温度応答性遮熱材を得ることができる。このゲルを遮熱材として用いた場合には、低温では透光性が高く、高温になると遮光性が高くなり、高温時において室内の温度上昇を効果的に抑制することができる。
【0009】
前記温度応答性セルロースは、凝集したグロビュール状態において粒子径が400~500nmに分布していることを特徴とする。
これら粒子径にすることによって、特に800~1000nmの近赤外領域の光を遮断することができる。
【0010】
前記架橋剤としてN、N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)を用い、
前記アクリルアミド(AAm)は5wt%、前記N、N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)は0.125wt%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、比較的安価で、かつ、転移温度の調整が容易である温度応答性高分子を用いることによって、これをゲルにして遮熱材とした場合には、安価で高性能の温度応答性遮熱材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図7】(a)サーモクロミックゲルの相転移による透光・遮光の概略図 (b)HPCゲルシートの温度応答性を表す図
【
図8】(a)PNIPAM(5wt%)-寒天ゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示すグラフ (b)PNIPAM(10wt%)-寒天ゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示すグラフ
【
図9】(a)H-HPC(5wt%)ゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示すグラフ (b)H-HPC(7wt%)ゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示すグラフ
【
図10】(a)L-HPC(5wt%)ゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示すグラフ (b)L-HPC(10wt%)ゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示すグラフ (c)L-HPC(15wt%)ゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示すグラフ
【
図11】(a) PNIPAM(5wt%)-寒天ゲルシートのVis-NIRスペクトルを示すグラフ (b) H-HPC(5wt%)ゲルシートのVis-NIRスペクトルを示すグラフ (c) L-HPC(5wt%)ゲルシートのVis-NIRスペクトルを示すグラフ
【
図12】L-HPCゲルシートの加熱冷却サイクルによる日射透過率αT
sol(%)を示すグラフ
【
図13】L-HPCゲルシートの可視光透過率αT
lum(%)及び日射透過率の差ΔαT
sol(%)の時間変化
【
図14】(a)PNIPAMの動的光散乱法(DLS)による粒子径分布を示すグラフ (b)H-HPCのDLSによる粒子径分布を示すグラフ(c)L-HPCのDLSによる粒子径分布を示すグラフ
【
図15】バン・デ・ハルスト(van de Hulst)の式によるミー散乱の散乱効率のグラフ
【
図16】波長が900nmの場合の粒子径の異なるゲルシート内の光散乱の様子
【
図17】平行線でのHPCゲルシートのVis-NIRスペクトルを示すグラフ
【
図18】これまでに報告されたサーモクロミック系の遮熱材の研究との性能比較を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0014】
この実施形態において、温度応答性高分子としてヒドロキシプロピルセルロース(HPC)を用いた。
図1にHPCの構造式を示す。HPCはセルロース誘導体の一つであり、約46℃に下限臨界溶液温度( Lower Critical Solution Temperature : LCST)と呼ばれる相転移温度を持ち、生分解性を有する。そのため、食品の増粘剤や医薬品錠剤の結合剤やコーティング剤、角膜保護剤などに用いられている。また、現在盛んに研究・応用されている温度応答性高分子のほとんどが合成高分子であり、資源の枯渇や環境問題を考慮すると、セルロースなどの天然多糖は自然界に豊富に存在し、生分解性を有する循環炭素資源であるため、低環境負荷材料としても期待される。
【0015】
上記のような温度応答性高分子は、LCST以下では疎水部であるイソプロピル基の周囲に疎水性水和を形成し、高分子鎖は水和してランダムコイル状のコンホメーションをとることで水中に溶解し透明になる。一方、LCST以上では協同的に脱水和して疎水部同士の会合によって収縮し、その疎水性相互作用により高分子鎖が凝集したグロビュール状態となる。そのため水溶液中に入射する光が散乱し白く濁って見える。この水溶液が透明と白濁の可逆変化をする特性を利用して、光散乱による太陽光を制御することができる。また、この温度応答性高分子を使用することで以下のような利点がある。
【0016】
(1)LCST以下では温度応答性高分子濃度によらず高透明な状態となる。
(2)転移温度が室温付近であり扱いやすい。
(3)合成時のプロセスが比較的容易。
(4)貴金属等と比べると安価。
【0017】
また、ゲルを構成する材料としてアクリルアミド(AAm)とN、N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)を用い、このHPCとAAm、BISを複合化させたゲルシート(HPC-AAmゲルシート)の開発を行った。
図2にAAmとBISのゲル化メカニズムの概略図を示す。
【0018】
この実施形態において、HPCを用いた理由は大きく2つあり、1つ目は近赤外領域の光の透過率を下げるためである。これは収縮後の粒子径と光透過率が関係していると考えたため、今回は二種類の粘度・分子量が揃ったHPCを用いてそれぞれの粒子径と光透過率をポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM)と比較することで近赤外領域の透過率が下がる条件を調査した。2つ目はゲルシート作製プロセスが容易になるためである。HPCは粉末を水に溶解させるだけで温度応答性が発現する。さらに、AAmとBISによるゲル合成では、全ての試料を混合するのみであり、プロセス全体を通して加熱の操作を必要としない。この加熱を必要としないプロセスとその容易さは、工業的な観点から見ても大きな利点である。
【0019】
1 実験
1.1試薬・材料
・ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)
(1)L-HPC(粘度 6-10 mPa・s、Mw =約140000)
(2)H-HPC(粘度 150-400 mPa・s、Mw =約620000)
・アクリルアミド(AAm)
・N、N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)
・塩化カルシウム(CaCl2)
・過硫酸アンモニウム(APS)
・N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン(TMEDA)
・N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)
・粉末寒天
・ガラス(積分球あり: 50×50×3mm、積分球なし : 75×25×1mm)
ガラスはUV-Vis-NIR測定での積分球の有無によって異なるサイズを使い分けた。
【0020】
1.2 ゲルシートの作製
1.2.1 PNIPAM-寒天ゲルシートの作製手順
スクリュー管瓶に、蒸留水15 mLと0.1~1.0 gのNIPAMを添加しホットスターラー上に置き撹拌することで、各濃度(0.6,2,3,6 wt%)のNIPAM水溶液を作製した。次に、ホットスターラー上でNIPAM水溶液を撹拌(900 rpm)しながら0.1~0.5 gの粉末寒天を少しずつ加え(寒天濃度0.6,2,3wt%)、設定温度を180℃にして沸騰するまで加熱し、溶解させた。沸騰後すぐに設定温度を130℃まで下げ、凝固点温度(30-45℃)より高温を維持しながら撹拌した。その後、ホットスターラーの温度が130℃になったら、重合開始剤として9 wt%のAPS水溶液を100μL、重合促進剤としてTMEDAを20μL添加し、3min以上撹拌し重合させた。また、重合させている間にシリコンゴムを挟んだガラスの型を温風で温め、重合させた溶液を温めておいた型の中へ流し込みゲル化反応が終了するまで室温で静置させた。その後、作製したゲルを完全にゲル化させるために5℃以下で12h以上静置させ、PNIPAM-寒天ゲルシートを作製した。
【0021】
1.2.2 HPC-AAm-BISゲルシートの作製
スクリュー管瓶に蒸留水10mLとアクリルアミド(AAm)5wt%、N、N’-メチレンビスアクリルアミド(BIS)0.125wt%、LCSTを約30℃に調整するためCaCl
2を1Mになるよう添加しスターラー上で撹拌溶解させた。次に、HPC5~15wt%を撹拌中の溶液に添加し完全に溶解するまで約6h撹拌を続けた。その後気泡がなくなるまで静置(12h)した溶液を10℃まで冷却した後、気泡が発生しないよう200rpmでゆっくり撹拌しながら開始剤として10wt%過硫酸アンモニウム水溶液(APS)を100μL、促進剤として20wt%テトラメチルエチレンジアミンを100μL加え数十秒間撹拌した。最後に速やかに
図3のようにガラスの型に注ぎ込みゲル化が終了するまで室温で静置し、HPCゲルシートを作製した。
【0022】
1.3 ゲルシートの光学特性評価
ゲルシートの日射透過率、可視光透過率をJIS A 5759に従って算出した。この実施形態において、内貼りの場合を想定しガラス面側に光源を向け、積分球を用いた全光線透過率、拡散反射率を測定した(Shimadzu UV-3600)。
【0023】
1.3.1 日射透過率 αT
sol (%)および 日射反射率 αR
sol (%)
300~2500nmの透過率T(λ)を測定し
図4に示す日射の相対分光分布から得られる重価係数E
sol(λ)を乗じて加重平均する数式(1)によって日射透過率αT
sol(%)を求めた。また、同じ分光分布を用いて、測定した反射率から数式(2)によって日射反射率αR
sol (%)を求めた。
【0024】
【0025】
【0026】
1.3.2 LCST前後の日射透過率の差 ΔαTsol (%)
数式(1)によって算出した日射透過率αTsol (%)を用いて数式(3)からLCST以下(20℃)とLCST以上(45℃)の日射透過率の差であるΔαTsol (%)を求めた。
なお、LCSTは物質の状態が切り替わる境目の温度を指し、LCSTでは水に溶けてもいるし、溶けていない状態でもある。そのため、この分野において両方の性質を有する状態として「LCST以上」「LCST以下」という言葉を一般的に使用している。この実施形態で用いるHPCのLCSTは約30℃であり、20℃という温度はLCSTよりも相当程度低く、明らかに水に溶けていない状態であり、LCST未満を意味する。同様に45℃という温度はLCSTよりも相当程度高く、明らかに水に溶けている状態であり、LCST超過を意味する。
【0027】
【0028】
1.3.3 可視光透過率αT
lum(%)
380~780nmの透過率T(λ)を測定し
図4に示す標準比視感度の波長分布から得られる重価係数E
lum(λ)を乗じて加重平均する数式(4)によって可視光線透過率αT
lum(%)を求めた。
【0029】
【0030】
1.3.4 日射透過率βT
sol (%)、ΔβT
sol (%)
日射遮蔽性能の比較のために積分球を使用しない、各波長可視光380~780nm、日射300~2500nm)の平行線透過率T(λ)を測定した。得られた透過率を用いて
図5に示す日射の放射照度スペクトルから得られる重価係数φ
sol (λ)を乗じて加重平均する数式(5)によって日射透過率β T
solを求めた。また数式(5)によって算出した日射透過率βT
solを用いて数式(6)からLCST以下(20℃)とLCST以上(45℃)の日射透過率の差であるΔβT
sol(%)を求めた。
【0031】
【0032】
【0033】
1.3.5 可視光透過率βT
lum (%)
同様に、
図5に示す標準比視感度の波長分布から得られる重価係数φ
lum(λ)を乗じて加重平均する数式(7)によって可視光透過率βT
lum(%)を求めた。
【0034】
【0035】
1.4 加熱-冷却サイクル
HPCゲルシートを45℃で12h加熱、20℃で12h冷却を繰り返し、加熱12h、冷却12hが完了するたびにその都度積分球を用いたUV-Vis-NIRにより全光透過率を測定した。そして式(1)を用いて日射透過率αTsol(%)、式(4)を用いて可視光透過率αTlum(%)を算出し、時間に対する日射透過率αTsol(%)、可視光透過率αTlum(%)の変化を確認した。
【0036】
1.5 DLS測定
温度応答性高分子(PNIPAM、HPC)の水溶液中でのLCST以上時の高分子集合体(凝集体)の粒子径を求めるため、以下の条件で動的光散乱(DLS)測定を行った。
ナノ粒子解析装置:nanoPartica SZ-100V2
レーザー波長:532nm
濃度:0.5 wt%に希釈したPNIPAM水溶液、HPC水溶液
温度:45℃
【0037】
以下のように光子相関法を用いて粒子径は算出された。DLSはブラウン運動中の粒子または粒子群に、レーザー光を当てその散乱光を光電子増倍管(PMT)で検出することにより測定している。ブラウン運動によりランダムに移動して粒子同士の相対的な位置が変わることで、干渉パターンの時間的な変化をもたらし、検出器の光強度が時間的に変動する。ブラウン粒子により生じる時間的な散乱強度の変化、つまり散乱強度の揺らぎは、マイクロ秒からミリ秒オーダーにわたり続き、大きい粒子は動きが相対的に遅く、位置がゆっくりと変わるので、検出器における強度の揺らぎも緩やかなものとなる。一方、小さい粒子は動きが速いので強度の揺らぎも急激に変化する。光子相関法では、この散乱光強度の時間的な揺らぎ(散乱光の光子数の揺らぎ)を測定している。つまり、拡散する粒子のパターンが変化することから生じるランダムな強度の揺らぎを、正確な時間尺度で把握すること(自己相関関数)で、拡散定数を求め、アインシュタイン・ストークスの式により粒子径を導き出している。
【0038】
【0039】
数式(8)において、文字・記号は以下の意味で用いる。
散乱光強度の自己相関関数: g2、τ:時間差、<Γ>:平均減衰定数、A:ベースライン(時間に依存しない定数)、B:装置定数、μ2:2次のキュムラント
数式(8)よりΓはブラウン運動している粒子の拡散定数Dと関係付けられる。
【0040】
【0041】
【0042】
数式(10)において文字・記号は以下の意味で用いる。
n:溶媒屈折率、λ0:射光の波長
【0043】
【0044】
数式(11)はストークス・アインシュタインの式を示し、文字・記号は以下の意味で用いる。
D:拡散定数(m2s-1)、x:粒子径(nm)、η:粘度(kgm-1s2)、k:ボルツマン定数(JK-1)、T:絶対温度(K)
【0045】
1.6 熱特性評価
図6に遮熱効果測定のための装置図を示す。ゲルシートの熱特性評価は26×30×27cmの寸法の箱に厚さが1mmのゲル層を100×100×3mmのガラス2枚で挟んだ二重窓を組みこみ、ガラス部分に熱源として20cm離した距離から赤外線ランプ(品番:IR100/110V125WRH)を照射した。また、箱内の温度は熱電対で測定し、ランプ照射開始1h後、ランプを消灯した。
【0046】
2 結果と考察
2.1 ゲルシートの温度応答性と光散乱
図7(a)にサーモクロミックゲルの相転移による透光・遮光の概略図を示す。LCST以下の温度ではHPCはAAmゲル中で膨潤した状態で分散しているため光がゲル内を透過し見た目も透明となる。一方LCST以上の温度では、HPCは相転移によりゲル中で収縮するため、光は散乱されると考えられる。
図7(b)は実際に今回作製したHPCゲルシートである。上記で述べた通りにLCST以下の20℃では透明でありLCST以上の45℃では光散乱が起きて白濁した状態となっている。
【0047】
2.2 UV-Vis-NIR測定
2.2.1 PNIPAM
図8及び表1にPNIPAM-寒天ゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示す。PNIPAMゲルシートの場合、LCST以下(20℃)では可視光領域で80%を超える高い透過率を示しており、αT
lumは85.9%と透明度が高いことが確認できた。また日射透過率も75%と高い値を示した。しかしLCST以上(45℃)の時、可視光領域では透過率の低下が見られたが、近赤外領域では透過率の低下は見られなかった。
【0048】
【0049】
2.2.2 H-HPC
図9及び表2にH-HPCゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示す。LCST以下(20℃)ではPNIPAMと同様、可視光領域で80%を超える高い透過率を示していた。また、LCST以上(45℃)の時では、PNIPAMの場合と比べて近赤外領域の透過率も低下し、H-HPC濃度の増加に伴い、近赤外領域の透過率は低下した。
しかし、このH-HPCは高粘度であるためシートの形成が困難であり、HPC濃度が7wt%より高い濃度での作製は不可能であった。
【0050】
【0051】
2.2.3 L-HPC
図10及び表3にL-HPCゲルシートによるVis-NIRスペクトルを示す。L-HPCは、低粘度であるためHPC濃度が15 wt%と高濃度のものも容易に作製することができた。そして、LCST以下(20℃)では上記二つと同様、可視光領域で80%を超える高い透過率を示した。さらに、LCST以上(45℃)の時では、H-HPCの場合と比べて近赤外領域の特に800~1000nmの透過率が低下しており日射透過率(αT
sol(%))はHPC濃度15 wt%の時23.5%まで低下した。
【0052】
【0053】
図11及び表4に5wt%濃度の(a)PNIPAM、(b) H-HPC、(c) L-HPCゲルのVis-NIRスペクトルを示す。LCST以上(45℃)の時、(c)が最も800~1000nm付近の透過率スペクトルが下がっていた。αT
sol (45℃)は(a)42.3%、(b)43.9%、(c)36.9%であり、(c)が最も低い値となった。そのため、(c)のL-HPCが最も太陽光の入射を防ぐと考えられる。
【0054】
【0055】
2.3加熱-冷却サイクル
HPCゲルシートの加熱冷却サイクルによる日射透過率αT
sol(%)、可視光透過率αT
lum(%)と日射透過率の差ΔαT
sol (%)の変化を
図12及び
図14にそれぞれに示した。加熱を繰り返してもLCST以上とLCST以下での日射透過率及び可視光透過率に大きな変化がなかった。そのため、このゲルシートは繰り返し使用しても日射遮蔽性能が低下することなく使い続けることができると考えられる。
【0056】
2.4 粒子径分布
図14にDLSによる粒子径分布を示す。これはLCST以上で(a)PNIPAM、(b)H-HPC、(c)L-HPCがそれぞれ凝集しグロビュール状態の径を表している。それぞれの平均(nm)は(a)2320、(b)1080、(c)450であった。
【0057】
2.4.1 粒子径と透過率の関係
測定された粒子径は、光の波長と同程度であったためこの散乱はミー散乱によるものだと考えられる。粒子径の光学パラメータ(ρ)は以下の数式(12)で与えられる。
【0058】
【0059】
数式(12)において文字・記号は以下の意味で用いる。
λ:波長 (nm)、R:粒子径(nm)、n:屈折率
【0060】
散乱効率K(ρ)は数式(13)で与えられる。
【0061】
【0062】
この式はバン・デ・ハルスト(van de Hulst)の式と呼ばれている。この式をグラフにし、
図15に示す。数式(12)を用いるため、このグラフからは粒子径や波長の違いによる散乱効率の大きさの変化が分かる。散乱効率は数式(12)から考えると任意の波長に対して決まった粒子径の時に最大となり粒子径が大きくなるにつれ波長に依存せず一定の値に収束していく。今回、近赤外線のうち特に下げたいと考えていた800~1000nmの光の場合に散乱効率が最大となる粒子径の範囲は、波長と同じ大きさから、1/2の大きさ(R=λ~1/2λ)の時である。ここで、波長が900nmの場合の粒子径の異なるゲルシート内の光散乱のイメージ図を
図16に示す。粒子径が小さく散乱効率が高いとゲルシート内で多重散乱、吸収を繰り返して光が減衰するためゲルシートの光源側から反対側へと光があまり透過しない。一方、粒子径が大きく散乱効率は比較的小さいと光の減衰が起こりにくい。さらに粒子径が大きくなるにつれ光の散乱方向は前方成分が支配的になっていくため光源から入射した光が直進しやすくゲルシート内を光が透過していったと考えられる。
【0063】
日射透過率を低くするためには近赤外波長、特に800~1000nm光を遮断する必要があり、上記の考察から粒子径は400~500nmに分布していることが望ましい。そこで今回の結果では(c)の平均径450nmがこれに適しており、実際に日射透過率の値は(a)PNIPAM、(b)H-HPCと比べて(c)L-HPCが最も低かった。従って日射透過率を効率よく下げるには、粒子径が重要であると考えた。
【0064】
2.5 日射遮蔽性能の比較
図17に平行線でのL-HPCゲルシートのVis-NIRスペクトルを示す。どの濃度のL-HPCゲルシートも温度によってスペクトルが大きく変化しており、LCST以上で大幅に透過率が低下した。
図18にこれまでに報告されたサーモクロミック系の遮熱材の研究との性能比較を示す。横軸はLCST以下の透明度、縦軸は転移温度前後の日射透過率の差である。このプロットの右上に行くほど透明度が高い、且つ、太陽光の制御ができているとされる。遮熱材として二酸化バナジウム(VO
2)を用いた場合、透明度が高いものもあるが、日射透過率の差が小さく太陽光の制御ができていない。液晶型も同様に、太陽光の制御ができていないと考えられる。それに対してこの実施形態のゲルシートは最も右上に位置しており、他と比べて、透明度が高いだけでなく、温度変化による日射の遮蔽効果も高いため太陽光の制御が可能である。
【0065】
2.6 ゲルシートの熱特性
2.6.1 L-HPCゲルシートとガラスのみとの比較
図19に箱内の温度変化のグラフを示す。ガラスのみのサンプルではランプ照射直後の温度は25.0℃であったが15min後には急速に40℃以上まで上昇し、1h後には43.2℃に達して箱内温度は18.2℃上昇した。一方、ゲルシートがある場合では、開始温度25℃から1h後には33.6℃に達し箱内温度は8.6℃だけ上昇した。特に、ゲルシートのLCSTである30℃に近づくと相転移が起こり始め、ゲルシートが白濁し始め光を遮断するため温度上昇は緩やかになっていき30℃を超えてからはわずか3.6℃だけ温度が上昇した。また、
図20のサーモグラフィ画像では箱内温度の違いが顕著に現れ、ガラスのみの場合だと箱内全体の温度が上がっていた。この結果からHPCゲルシートを窓に用いることで室内の温度上昇を抑えることが可能であることが分かった。
【0066】
2.6.2 PNIPAMゲルシートとL-HPCゲルシートとの比較
図21に箱内の温度変化のグラフを示す。PNIPAMゲルシートでは1h後には35.1℃に達した。一方、L-HPCゲルシートでは、1h後には33.3℃に達した。2.2でも述べたようにPNIPAMに比べL-HPCの方がLCST以上の時の近赤外領域の透過率を下げるため箱内温度もL-HPCの方が低くなったと考えられる。またこの温度差は
図22のサーモグラフィ画像からも確認できた。従ってL-HPCゲルシートは他のゲルシートよりも室内の温度上昇を抑えることが可能である。
【0067】
以上のように、HPC-AAmゲルシートが作製でき、このHPCゲルシートは従来のPNIPAMゲルシートよりもLCST以上の時近赤外領域の透過率が低くなった。日射透過率αTsol(%)は濃度5wt%の時PNIPAMが43.0%、L-HPCが36.8%であり、濃度10wt%の時では、PNIPAMが39.3%、L-HPCが28.4%とL-HPCの方が低い値を示した。
遮熱特性評価ではHPCゲルシートがあることで室温上昇を抑える効果があった。今回の結果からHPCによるゲルシートを窓等に適応することにより、日射光の入射を自動的に遮蔽でき、室内の温度上昇を抑える効果が期待できる。
【0068】
この実施形態において、温度応答性セルロースとしてヒドロキシプロピルセルロース(HPC)を用いているが、メチルセルロースやヒドロキシプロピルメチルセルロース等の他のセルロース誘導体を用いることができる。また、架橋剤及び電解質として、この技術分野において通常用いられる種々のものを制限なく用いることができる。
【0069】
なお、この実施形態で用いる「LCST以上」及び「LCST以下」という用語は、「LCST超過」及び「LCST未満」にそれぞれ読み替えることができる。すなわち、この実施形態で用いるHPCのLCSTは約30℃に調整し、「LCST以上」として約45℃に設定していることから、この温度は明らかにLCST超過ということができる。また、「LCST以下」として約20℃に設定していることから、この温度は明らかにLCST未満ということができる。