(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-24
(45)【発行日】2024-06-03
(54)【発明の名称】ファスナーチェーン、スライドファスナー
(51)【国際特許分類】
A44B 19/32 20060101AFI20240527BHJP
【FI】
A44B19/32
(21)【出願番号】P 2023537787
(86)(22)【出願日】2021-07-27
(86)【国際出願番号】 JP2021027733
(87)【国際公開番号】W WO2023007583
(87)【国際公開日】2023-02-02
【審査請求日】2023-08-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000006828
【氏名又は名称】YKK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002712
【氏名又は名称】弁理士法人みなみ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 崇
(72)【発明者】
【氏名】城岸 利行
【審査官】須賀 仁美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/037954(WO,A1)
【文献】特表2018-528077(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A44B19/00-19/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
幅方向に対向すると共に繊維からなる一対のテープ(5)と、
一対の前記テープ(5)の表裏面のうち裏面で且つ対向する側縁部に別々に固定された一対のエレメント列(6)であって噛合状態の一対の前記エレメント列(6)と、
有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分とを備え 、
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は一対の前記テープ(5)に対して前記テープ(5)の表面から裏面に向かってその内部に入り込む状態で
直に付着され、
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分が付着した状態の一対のテープ(5)の対向する間には、表面側に露出する隙間(5S)が形成されており、
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は、一対の前記テープ(5)の間の隙間(5S)を通って前記エレメント列(6)に実質的に付着していないことを特徴とするファスナーチェーン。
【請求項2】
幅方向に対向すると共に繊維からなる一対のテープ(5)と、
一対の前記テープ(5)の表裏面のうち裏面で且つ対向する側縁部に別々に固定された一対のエレメント列(6)であって噛合状態の一対の前記エレメント列(6)と、
有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分とを備え、
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は一対の前記テープ(5)に対してその内部に入り込む状態で
直に付着され、
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分が付着した状態の一対のテープ(5)の対向する間には、表面側に露出する隙間(5S)が形成されており、
前記エレメント列(6)に対する前記非フッ素系の撥水成分の付着量は、重量比基準で前記テープ(5)への前記非フッ素系の撥水成分の付着量の0.14%未満の量であることを特徴とするファスナーチェーン。
【請求項3】
幅方向に対向すると共に繊維からなる一対のテープ(5)と、
一対の前記テープ(5)の表裏面のうち裏面で且つ対向する側縁部に別々に固定された一対のエレメント列(6)であって噛合状態の一対の前記エレメント列(6)と、
有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分とを備え、
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は一対の前記テープ(5)に対してその内部に入り込む状態で
直に付着され、
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分が付着した状態の一対のテープ(5)の対向する間には、表面側に露出する隙間(5S)が形成されており、
前記テープ(5)に対する前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分の付着量は、JIS-L-1096:2010の8.22.3のC法(ループ圧縮法)に準じた柔軟性試験方法において、片方の前記テープ(5)をその幅が16mm且つ前記ループ圧縮法におけるループ部になる部分の長手方向の長さが80mmとなるようにして計測した最大荷重が0.1N以下となる量であることを特徴とするファスナーチェーン。
【請求項4】
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は、前記一対のエレメント列(6)を前記テープ(5)に固定する縫糸(8)を伝って前記テープ(5)の側縁部に沿って延びる芯紐(7)に付着していることを特徴とする請求項1~3の何れかに記載のファスナーチェーン。
【請求項5】
前記非フッ素系の撥水成分の付着量は、前記テープ(5)の裏面側(5B)の方が表面側(5A)よりも少ないことを特徴とする請求項1~4の何れかに記載のファスナーチェーン。
【請求項6】
一対の前記テープ(5)の表面積当たりに対する前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分を含む生成物の付着量は9~22.5g/m
2であることを特徴とする請求項1~5の何れかに記載のファスナーチェーン。
【請求項7】
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は一対の前記テープ(5)の他に、一対の前記エレメント列(6)の表面である前記テープ(5)側を向く面のうち前記テープ(5)への設置領域(6c)に対して一対の前記テープ(5)の内部から染み付く状態で付着していることを特徴とする請求項4~6の何れかに記載のファスナーチェーン。
【請求項8】
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は一対の前記テープ(5)には裏面以外に付着していることを特徴とする請求項5又は6に記載のファスナーチェーン。
【請求項9】
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は一対の前記エレメント列(6)には付着していないことを特徴とする請求項8に記載のファスナーチェーン。
【請求項10】
前記テープ(5)の側縁部に沿って延びる芯紐(7)を備え、
前記エレメント列(6)は前記芯紐(7)に絡みつく形で前記芯紐(7)の長手方向に延びるモノフィラメントであり、
前記有機ポリマー及び前記非フッ素系の撥水成分は、一対のテープ(5)と一対の前記モノフィラメントの他に、前記芯紐(7)に対して一対の前記モノフィラメントの表面から染み付く状態で付着していることを特徴とする請求項7に記載のファスナーチェーン。
【請求項11】
前記非フッ素系の撥水成分の付着量は、重量比基準で前記芯紐(7)の方が前記テープ(5)の裏面側(5B)よりも少ないことを特徴とする請求項
4又は10に記載のファスナーチェーン。
【請求項12】
前記非フッ素系の撥水成分はシリコーンオイル系であることを特徴とする請求項1~11の何れかに記載のファスナーチェーン。
【請求項13】
請求項1~12の何れかに記載のファスナーチェーン(2)と、前記ファスナーチェーン(2)の一対の前記エレメント列(6)に取り付けられたスライダー(3)とを備えることを特徴とするスライドファスナー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幅方向の中間部が閉じた状態のファスナーチェーン、およびファスナーチェーンの幅方向の中間部をファスナーチェーンの長手方向に開閉するスライダーとファスナーチェーンとを備えるスライドファスナーに関する。
なお、本明細書において、スライドファスナーに関して表、裏という表現が出てくるが、一般的にはスライドファスナーを衣服や鞄などの製品に取り付けた際に、その製品の通常の使用状態で外部に露出する側が表であり、言い換えれば、スライダーの引手がついている側が表である。本明細書でも同様の意味で表、裏の表現を使用している。
【背景技術】
【0002】
従来のファスナーチェーンの撥水処理方法の一例として、容器内に満たされた撥水剤の中にファスナーチェーンを通過させ、その後にファスナーチェーンを乾燥させて、ファスナーチェーンに撥水剤を付着させることが知られている(特許文献1)。一般的にスライドファスナーは、エレメントの噛み合い部分に小さな空隙ができ、また左右一対のテープの間にはある程度の隙間ができ、そこから水が浸透しやすい状態になっている。そのため、特許文献1に記載のスライドファスナーに関しては、エレメントがある側を裏側に使う仕様、俗に「裏使い」という仕様としたうえで、さらに表側には樹脂フィルム等による液密面がファスナーテープの表面全面に設けられているにもかかわらず、左右一対のテープ間の隙間からの水の浸透を防ぐように、ファスナーチェーンを撥水剤の中に通過させ、エレメント部分やファスナーテープの裏面にも撥水処理を行っている。
【0003】
また従来のファスナーチェーンの撥水処理方法の別例として、容器内に満たされた撥水剤の中にローラの下部を浸漬させ、そのローラを回転させることによってローラの上面に撥水剤を運び、そのローラの上面に対してファスナーチェーンのエレメントを押し当てて撥水剤を塗布し、その後にファスナーチェーンをバキューム部に通過させて、エレメントをテープに固定するための糸や糸が通されたテープの穴に撥水剤を付着させることが知られている(特許文献2)。特許文献2に記載のスライドファスナーは、裏使いか表使いかは不明であるが、予めテープに撥水処理してあるのみならず、エレメントについても撥水剤を塗布している。ちなみに「表使い」とはエレメントがある側を表側に使う仕様である。
【0004】
また、このようなエレメント噛合い部分の空隙と左右一対のテープ間の隙間を通じての水の浸透の不具合を防ぐために、エレメントの防水加工に配慮すべきことは特許文献3にも記載されている。
このように、スライドファスナーに十分な撥水効果を持たせるためには、エレメントに積極的に撥水剤を塗布することが従来の考え方であった。
【0005】
近年、社会全体の環境保護意識の高まりから、環境の汚染をできる限り防ぐことが求められている。撥水剤についても、以前は特に使用が問題視されていなかったような物質についても、近年の環境保護意識の高まりに応じて、使用量を規制する傾向が出てくるようになってきており、現在では、撥水材料としては高い効果があるフッ素系の撥水剤についてはその使用量を削減することが求められてきている。
そのような環境意識変化のなかで、水を使用して撥水剤を大量に塗布してから乾燥させなくても、対象物を撥水処理することができる技術として、特許文献4に開示された技術が提案されている。
【0006】
特許文献4には、基材の撥水処理方法の一例として、重合性モノマーが含有された硬化性コーティング組成物を基材に塗布し、特定条件下で重合性モノマーをポリマー化して、硬化性コーティング組成物を有機ポリマーコーティングにし、その結果、有機ポリマーコーティングを基材に付着させることが開示されている。また特許文献4に開示された基材の撥水処理方法は、繊維に使用することを代表的な使用例として記載されているが、繊維以外にも革製品や電子部品などにも広く適用できる旨が記載されており、ボタンやジッパーにも適用できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2008-194066号公報
【文献】特開昭59-80204号公報
【文献】特開昭60-198102号公報
【文献】特表2018-528077号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで特許文献4に開示された基材の撥水処理方法としては、ファスナーチェーンに対して実際に適用した実施例は記載されていないし、前述のようなファスナーチェーンのエレメント部分をどう処理するかという課題については検討がされていない。前述のとおり、スライドファスナーに十分な撥水効果を持たせるためには、エレメントに積極的に撥水剤を塗布することが従来の考え方であった。しかしながら、ファスナーチェーンおよびスライドファスナーには撥水性だけでなく、柔軟性も望まれる。
【0009】
ところが特許文献4に開示された基材の撥水処理方法を、従来の特許文献1、2、3のようにファスナーチェーンに適用して、重合性モノマーが含有された硬化性コーティング組成物をファスナーチェーンのテープのみならずエレメントに直接に塗布すると、重合性モノマーがポリマー化した後に、ファスナーチェーンが硬くなり、ファスナーチェーンとして必要な柔軟性が悪化するということが本発明の発明者によって明らにされた。
【0010】
本発明は上記のようなファスナーチェーン及びスライドファスナー固有の実情を考慮して創作されたもので、撥水性と柔軟性とを兼備したファスナーチェーン、スライドファスナーを提供することを目的とする。本発明は、ファスナーチェーン及びスライドファスナーに固有のものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のファスナーチェーンは、幅方向に対向すると共に繊維からなる一対のテープと、一対のテープの表裏面のうち裏面で且つ対向する側縁部に別々に固定された一対のエレメント列であって噛合状態の一対の前記エレメント列と、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分とを備えることを前提とする。そのうえで有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のテープに対して、テープの表面から裏面に向かって、その内部に入り込む状態で付着している。そして、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は、一対のテープの間の隙間を通ってエレメント列に実質的に付着していない。なお、実質的に付着していないとは、厳密な成分分析をした場合に、エレメント列に直接塗布するのとは別の製造工程において偶発的に付着した程度の微量な成分が検出されるような場合を除く趣旨である。有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が一対のテープの間の隙間を通ってエレメント列に付着したのかどうかは、テープの表面とエレメント列の状況を見れば当業者には容易に識別できる事項である。
【0012】
また、本発明の別のファスナーチェーンは、幅方向に対向すると共に繊維からなる一対のテープと、一対のテープの表裏面のうち裏面で且つ対向する側縁部に別々に固定された一対のエレメント列であって噛合状態の一対のエレメント列と、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分とを備えることを前提とする。そのうえで有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のテープに対してその内部に入り込む状態で付着している。そしてエレメント列に対する非フッ素系の撥水成分の付着量は、重量比基準でテープへの非フッ素系の撥水成分の付着量の0.14%未満の量である。なお0.14%未満の量とは、0%、つまりエレメント列に対して非フッ素系の撥水成分が全く付着していない場合も含む概念である。
【0013】
また本発明の別のファスナーチェーンは、幅方向に対向すると共に繊維からなる一対のテープと、一対のテープの表裏面のうち裏面で且つ対向する側縁部に別々に固定された一対のエレメント列であって噛合状態の一対の前記エレメント列と、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分とを備えることを前提とする。そのうえで有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のテープに対してその内部に入り込む状態で付着している。そしてテープに対する有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分の付着量は、JIS-L-1096:2010の8.22.3のC法(ループ圧縮法)に準じた柔軟性試験において、片方のテープをその幅が16mm且つループ圧縮法におけるループ部になる部分の長手方向の長さが80mmとなるようにして計測した最大荷重が0.1N以下となる量である。
【0014】
有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が芯紐に付着しているかどうかは問わないが、次のようにすることが一例として挙げられる。
すなわち、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のエレメント列をテープに固定する縫糸を伝ってテープの側縁部に沿って延びる芯紐に付着している。
【0015】
非フッ素系の撥水成分の付着量はテープの表面側と裏面側にどのように付着しているかは問わないが、次のようにすることが柔軟性の向上には望ましい。
すなわち非フッ素系の撥水成分の付着量は、テープの裏面側の方が表面側よりも少ないことである。
【0016】
また一対のテープの表面積当たりに対する有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分を含む生成物の付着量は問わないが、次のようにすることが一例として挙げられる。
すなわち一対のテープの表面積当たりに対する有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分を含む生成物の付着量は9~22.5 g/m2にすることである。
【0017】
また有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のエレメント列に付着しているか否かは前述したように問わないが、次のようにすることが一例として挙げられる。
すなわち有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のテープの他に、一対のエレメント列の表面であるテープ側を向く面のうちテープへの設置領域に対して一対のテープの内部から染み付く状態で付着していることである。
【0018】
また有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分はテープのどの面に付着しているかは問わないが、次のようにすることが一例として挙げられる。
すなわち有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のテープには裏面以外に付着していることである。
【0019】
また有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のエレメント列に付着しているか否かは前述したように問わないが、次のようにすることが一例として挙げられる。
すなわち有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は一対のエレメント列には付着していないことである。
【0020】
またファスナーチェーンは、テープ、エレメント列、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分以外の要素を備えるか否かを問わないし、エレメント列の詳細も問わないが、次のようにすることが一例として挙げられる。
すなわちファスナーチェーンは、テープの側縁部に沿って延びる芯紐を備え、エレメント列は芯紐に絡みつく形で芯紐の長手方向に延びるモノフィラメントであるものとする。そのうえで有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は、一対のテープと一対のモノフィラメントの他に、芯紐に対して一対のモノフィラメントの表面から染み付く状態で付着していることである。
【0021】
また芯紐とテープに対する非フッ素系の撥水成分の付着量は問わないが、次のようにすることが一列として挙げられる。
すなわち非フッ素系の撥水成分の付着量は、重量比基準で芯紐の方がテープの裏面側よりも少ないことである。
【0022】
また非フッ素系の撥水成分の種類は問わないが、次のようにすることが一例として挙げられる。
すなわち、非フッ素系の撥水成分は、シリコーンオイル系である。
【0023】
本発明はファスナーチェーンだけでなく、スライドファスナーも対象とする。すなわち本発明のスライドファスナーは、上記したファスナーチェーンと、ファスナーチェーンの一対のエレメント列に取り付けられたスライダーとを備えるものである。
【発明の効果】
【0024】
本発明はファスナーチェーン及びスライドファスナーへの撥水処理を最適化したものであり、本発明のファスナーチェーン及びスライドファスナーは撥水性と柔軟性を兼備したものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の第一実施形態のスライドファスナーの裏面を示す図面である。
【
図3】
図2に示すファスナーチェーンの右側部分を鮮明に示す断面図である。
【
図5】(a)(b)図は撥水性試験の概要を示す説明図、(a)図中のA方向から見たファスナーチェーンと治具との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の第一実施形態のスライドファスナー1は
図1,2に示すように、一対のエレメント列6が噛合されることで幅方向の中間部が閉じた状態のファスナーチェーン2と、ファスナーチェーン2の幅方向の中間部をファスナーチェーン2の長手方向に開閉するスライダー3とを備える。また本発明の第一実施形態のスライドファスナー1は、ファスナーチェーン2とスライダー3の他に、ファスナーチェーン2の長手方向の両端部に固定されると共にスライダー3の移動範囲を定める第1の止具4A及び第2の止具4Bを備える。第一実施形態のスライドファスナー1は、エレメント列6がある側を裏側に使う「裏使い」という仕様である。
【0027】
ファスナーチェーン2は、幅方向に対向する一対のテープ5と、一対のテープ5に対して固定されると共に噛合状態の一対のエレメント列6と、各テープ5の対向する側縁部に沿って延びると共にエレメント列6が絡み付いた芯紐7と、一対のエレメント列6をテープ5に固定する縫糸8とを備える。
【0028】
テープ5は織物又は編物である。織物や編物の原料となる糸は複数本の繊維を一本にまとめたものである。ちなみに芯紐7も複数本の繊維を一本にまとめたものである。また縫糸8は芯紐7よりも細いが、複数本の繊維を一本にまとめたものである。なお、テープ5は、後述する有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が内部に入り込む状態で付着できるものであれば特に限定されない。例えば、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が内部に入り込むことができる程度の隙間を有する不織布であっても良い。
そして一対のテープ5の厚み方向の片面側で且つ対向する側縁部に対し噛合する状態で固定されているのが一対のエレメント列6である。エレメント列6に対してファスナーチェーン2の長手方向の両側に隣接する状態でテープ5に固定されているのが、第1の止具4Aと第2の止具4Bである。
【0029】
第1の止具4Aは本実施形態では各テープ5に固定されている。第2の止具4Bは、本実施形態では一対のテープ5を連結する状態で一対のテープ5に固定されている。そして第1の止具4Aと第2の止具4Bは、スライダー3が衝突してその移動範囲を定める。
【0030】
一対のエレメント列6は一対のテープ5の裏面で且つ対向する側縁部に別々に固定される。また一対のエレメント列6は、スライダー3の移動する方向に応じて噛合又は分離する。
図1での上方向にスライダー3を移動すると、一対のエレメント列6は噛合し、
図1での下方向にスライダー3を移動すると、一対のエレメント列6は分離する。なおスライダー3は、一対のエレメント列6に対して移動可能に取り付けられた胴体3aと、胴体3aに連結されると共に操作するための引手3bとを備える。胴体3aの移動によって一対のエレメント列6は噛合又は分離する。
【0031】
以後、スライドファスナー1を平面に置いた状態を基準にして、次のように方向を定める。
前後方向とは、スライダー3を移動させる方向である。また前後方向とはファスナーチェーン2の長手方向に一致する。前後方向は
図1での上下方向に一致する。
左右方向とは、ファスナーチェーン2の幅方向に一致する。左右方向は
図1,2での左右方向に一致する。
上下方向とは、ファスナーチェーン2の厚み方向に一致する。上下方向は
図2での上下方向に一致する。そしてテープ5の下面はテープ5の表面であり、テープ5の上面はテープ5の裏面である。またエレメント列6の下面はエレメント列6の表面であり、エレメント列6の上面はエレメント列6の裏面である。なお引手3bはファスナーチェーン2の表側に配置されている。
【0032】
またエレメント列6はモノフィラメントである。モノフィラメントは合成樹脂製で、線状である。またモノフィランメトは一直線に延びる芯紐7に絡み付く形で三次元にコイル状又はジグザグ状に曲げられた形状である。そしてモノフィラメントは曲げられた形状に対応させて、コイルエレメント又はジグザグエレメントと称されることもある。またモノフィラメントのうち噛合及び分離する単位長さの部分をエレメント6aと称する。したがってモノフィラメントは多数のエレメント6aが芯紐7の長手方向に連続したものである。そしてスライダー3の移動に伴って一対のエレメント列6のエレメント6aは噛合及び分離する。
【0033】
エレメント6aは、テープ5の裏面に設置される下脚部11と、下脚部11に対して上方に対向する上脚部12と、上脚部12と下脚部11とをもう一方のテープ5側で接合する噛合頭部13と、上脚部12と下脚部11の一方を隣りのエレメント6aに接合する接合脚部14とを備える。
図3から分かるように、エレメント6aは、下脚部11がテープ5に接触し、上脚部12がテープ5に接触しないようにテープ5に取り付けられる。すなわち、ファスナーチェーン2の幅方向に関して下脚部11の下面(表面)は、テープ5への接触領域(エレメント列6のうちテープ5への設置領域6c)と、一対のテープ5の隙間5S側の領域6dとに区別することにする。一対のテープ5の隙間5Sとは、一対のテープ5の間に形成される空間部分である。噛合頭部13は別のエレメント6aの噛合頭部13と噛合及び分離する。
コイルエレメントの場合、図に示すように接合脚部14はエレメント6aの上脚部12を隣りのエレメント6aの下脚部11に接合する。
ジグザグエレメントの場合、図示しないが、前後に隣り合う3つのエレメント6aのうち真ん中のエレメント6aは、当該エレメント6aの上脚部12から延びる接合脚部14を、前側に隣り合うエレメント6aの上脚部12に対し接合するものとし、当該真ん中のエレメント6aの下脚部11に対し、後ろ側に隣り合うエレメント6aの下脚部11から延びる接合脚部14を接合するものとする。このような前後に隣り合う3つのエレメント6aが前後方向に連続したものが、ジグザクエレメントである。
【0034】
上記したファスナーチェーン2の一対のファスナーテープ5の表面に付着しているのが有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分である。有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分の具体的な例としては前記した特許文献4に開示されたものである。有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は、重合性モノマーを含有する液状の硬化性コーティング組成物がポリマー化したものであり、有機化合物が含有されたものである。より具体的には、重合性モノマーと非フッ素系の撥水成分と熱活性化重合開始剤とが含有された液状の硬化性コーティング組成物が、所定の条件下で化学変化し、重合性モノマーがポリマー化し、有機ポリマー中に非フッ素系の撥水成分が取り込まれたものである。ポリマー化の程度によっては、非フッ素系の撥水成分が有機ポリマー中に取り込まれない場合もある。非フッ素系の撥水成分としては、シリコーンオイル系と炭化水素系が挙げられ、好ましくはシリコーンオイル系である。シリコーンオイル系の一例としては直鎖、分岐または環式であり得るポリシロキサンであり、具体的にはジメチルシロキサンが挙げられる。炭化水素系の一例としては、主鎖をポリウレタン基とし、側鎖を炭化水素基としたものが挙げられる。具体的にはパラフィンが挙げられる。硬化性コーティング組成物(以下、「コーティング組成物」と略する。)の具体的な例は、Green Theme Technologies、Incが販売している商品名 EMPELである。
【0035】
上記コーティング組成物は次の1)~4)の工程を経てポリマー化しファスナーチェーンに撥水性を付与する。
1)の工程は非重合性の条件下でファスナーチェーン2の表面の全部、つまり一対のテープ5の表面の全部に対して塗布する塗布工程である。この際の塗布条件によっては、コーティング組成物は一対のテープ5の隙間5Sを通過せずにエレメント列6には実質的に付着しない。塗布条件によっては、コーティング組成物は一対のテープ5の隙間5Sを通過してエレメント列6の一部に付着する。しかしその付着量は極微量である。いずれにしても、本発明においては、従来の撥水ファスナーのようにエレメント列に直接に撥水成分(コーティング組成物)を塗布するものではない。いいかえれば、エレメント列6の裏面(テープ5とは反対側を向く面)から撥水成分(コーティング組成物)を直接塗布するものではない。
【0036】
2)の工程は塗布されたファスナーチェーン2を非重合性の条件下で容器内に投入し、容器内の酸素を除去する酸素除去工程である。ちなみにファスナーチェーン2は、ロール状として(渦巻状に巻いた状態として)容器内に投入するものとする。
【0037】
3)の工程は、2)の工程中又は2)の工程の後に容器内を酸素を含まないガス、例えば窒素ガスで満たし、容器内を所定のガス圧に達するまで加圧する加圧工程である。ファスナーチェーン2の表面に塗布されたコーティング組成物は、この加圧工程を経ることによって、少なくともテープ5の内部にまでは入り込む。すなわちコーティング組成物は、テープ5の内部(繊維同士の隙間)に達するまで入り込むし、塗布条件や加圧条件によっては芯紐7の内部(繊維同士の隙間)に達するまで入り込む。また、コーティング組成物は、一対のエレメント列6をテープ5に固定する縫糸8を伝って芯紐7の内部に達するまで入り込む場合もある。さらに、塗布条件や加圧条件によってはエレメント列6の表面にまで染み付く。つまりコーティング組成物は一対のテープ5の表面側5Aから裏面側5Bへ向かうだけでなく、塗布条件や加圧条件によっては、エレメント列6の表面にまで入り込んだり、さらに、エレメント列6の下脚部11を経て芯紐7の内部(繊維同士の隙間)にまで入り込んだりすることが可能となっている。ちなみに塗布条件によってはコーティング組成物は一対のエレメント列6の隙間5Sを通過してエレメント列6の一部(通常であれば表面のうち隙間5S側の領域6d)に付着することがあるので、この場合には加圧工程によってコーティング組成物は、エレメント列6の他の部分や芯紐7にまでも入り込むことが可能となっている。そして単位体積当たりのコーティング組成物の付着量は、コーティング組成物が入り込む順番に従って徐々に少なくなる。
【0038】
4)の工程は、容器内の加圧状態を維持しながら容器内を加熱する加熱工程である。加熱によって熱可塑性重合開始剤が活性化され、重合性モノマーがポリマー化し、コーティング組成物が最終的に有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分を含む生成物としてテープ5の繊維、エレメント列6、芯紐7の繊維に結合する形で付着する。上記で説明したように、生成物には有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が含まれているため、各部材に有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が付着しているか否かは、非フッ素系の撥水成分を抽出することにより評価できる。あるいは、各部材の表面の状態観察によって判断することもできる。また、各部材に付着する有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分の量の違いは、非フッ素系の撥水成分を抽出しその量を測定することで評価できる。具体的には、後述する方法でシリコーンオイルの量を測定することで評価することができる。テープ5を厚み方向に二等分したと仮定すると、テープ5の試料重量当たりに付着したシリコーンオイルの付着量は、テープ5の表面側5A>テープ5の裏面側5Bの不等式を満たす。またテープ5と芯紐7の試料重量当たりに付着したシリコーンオイルの付着量は、テープ5の表面側5A>テープ5の裏面側5B>芯紐7の不等式を満たす。なおエレメント列6は繊維ではないので、シリコーンオイルはエレメント列6の外面に付着するのであり、テープのように繊維の隙間に入り込むものではない。したがってエレメント列6に付着したシリコーンオイルの付着量は、先の不等式で表すには不適切である。なおエレメント列6の外面にはエレメント列6の表面、裏面が含まれる。
【0039】
前記1)の工程で述べたとおり、本発明においては、従来の撥水ファスナーのようにエレメント列6に直接に撥水成分を塗布するものではないため、4)の工程の後に得られたファスナーのエレメント列6には、直接にコーティング組成物(撥水剤)を塗布されることで生成された有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が付着していない。いいかえれば、エレメント列6の裏面(エレメント列6のうちテープ5とは反対側を向く面)から直接にコーティング組成物(撥水剤)を塗布されることで生成された有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が付着していない。エレメント列6に付着している有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分は、テープ5への設置領域6cに対して一対の前記テープ5の内部から染み付く状態で付着しているものがあるか、または、一対のテープ5の隙間5S側の領域6dに付着しているものがあるか、または、前記工程2)~4)においてファスナーチェーン2をロール状に巻く際にエレメント列6の裏面がテープ5の表面に接触し、テープ5の表面に付着したコーティング組成物がエレメント列6の裏面に極少量付着することで生成された有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分であるか、あるいは、一切付着していないかのいずれかである。
【0040】
なお、コーティング組成物が一対のテープ5の隙間5Sを通過しない場合、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分はエレメント列6に実質的に付着していない。実質的に付着していないとは、厳密な成分分析をした場合に、エレメント列6に直接塗布するのとは別の製造工程において偶発的に付着した程度の微量な成分が検出されるような場合を除く趣旨である。例えば、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が一対のテープ5に対して表面から裏面に向かってその内部に入り込む状態で付着され、テープ5の内部から染みつく状態でエレメント列6の表面側に付着する場合がある。また、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が縫糸8を伝ってエレメント列6に付着する場合や、縫糸8を伝って芯紐7にまで染みついたものがエレメント列6にも付着する場合がある。有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が一対のテープ5の間の隙間5Sを通っているかどうかは、テープ5の表面とエレメント列6の状況を見れば当業者には容易に識別できる事項である。具体的にはテープ5の表面に対する有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分の付着量とエレメント列6の表面のうち隙間5S側の領域6dに対する有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分の付着量とを比べると、明らかな差異がある場合、つまり単位面積当たりの有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分の付着量に関して、テープ5の表面の方がエレメント列6の表面のうち隙間5S側の領域6dよりも明らかに多い場合には、コーティング組成物は一対のテープ5の隙間5Sを通って一対のエレメント列6に塗布されなかったと言え、有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分はエレメント列6のうち一対のテープ5の隙間5S側の領域6dには実質的に付着しなかったと言える。また、コーティング組成物が一対のテープ5の隙間5Sを通るようにエレメント列6に対して積極的にコーティング組成物を塗布した場合には、突上げ強度等のファスナーチェーン強度が低下する場合があり、このようなファスナーチェーン2の強度測定によっても有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分が一対のテープ5の間の隙間5Sを通っているかを判断することができる。さらに、電子顕微鏡観察、XRF-WDX分析及び非フッ素系撥水成分のマッピングにより、隙間5Sの通過の有無を判断することも可能である。
【0041】
また先の不等式を満たすということは、コーティング組成物をファスナーチェーン2の表面に塗布し、しかも塗布量を適正化したことを意味する。塗布量が多いと、ファスナーチェーン2としての撥水性も高くなるが、ファスナーチェーン2が硬くなり、スライドファスナー1としての柔軟性の基準を満たさなくなる。そこで本発明者はコーティング組成物の塗布量(有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分の付着量)の適正化を以下の柔軟性試験・撥水性試験により見出した。
【0042】
試験のためにコーティング組成物の塗布量の異なるサンプル用のファスナーチェーン2を以下の表1に示すように4種類準備した。
【0043】
【0044】
塗布量とは、前述した塗布工程でテープ5の表面積(単位:1m2)当たりに対するコーティング組成物の塗布量である。詳しく言えば、ファスナーチェーン2の状態でテープ5の表面積(単位:1m2)当たりの範囲に塗布したコーティング組成物の量である。テープ5の表面積当たりの範囲のファスナーチェーン2にはテープ5の他にエレメント列6と芯紐7が存在するので、塗布したコーティング組成物は、テープ5だけでなくこの範囲に存在するエレメント列6や芯紐7にも付着する。また表面積という用語の表面とは、コーティング組成物を塗布した面のことである。撥水性試験では、この4種類のファスナーチェーンをそのままサンプルとして使用するが、柔軟性試験ではこの4種類のファスナーチェーンを分解し、ファスナーチェーン2の片方のテープ5からエレメント列6を取り外し、その片方のテープ5をサンプル用とする。
【0045】
柔軟性試験はJIS-L-1096:2010の8.22.3のC法(ループ圧縮法)に準じた方法である。
この方法による柔軟性試験の概要は
図4に示すように、テープ5をその長手方向の両端部において重ね合わせ、テープ5の長手方向の両端部を挟み代部21にすると共に長手方向の中間部を加圧ヘッド32が押し付けられるループ部22とし、直立する状態のループ部22の下側に配置された挟み代部21をクランプ31で挟み、ループ部22に対し加圧ヘッド32を上下方向に往復運動させ、その往復期間中に加圧ヘッド32に加わる荷重を測定する試験である。より詳しくは以下の通りである。
【0046】
柔軟性試験に用いる試験装置は、測定対象物を挟むクランプ31と、クランプ31の真上において上下動する移動部材33と、移動部材33の真下に固定されるロードセル34と、ロードセル34の真下に固定されると共にファスナーチェーン2の測定対象物を加圧する加圧ヘッド32とを備える。加圧ヘッド32に加わる荷重はロードセル34によって荷重に比例した電気信号に変換され、その電気信号から荷重を測定する。
【0047】
柔軟性試験に用いるサンプル用のテープ5の詳細は以下の通りである。サンプル用のテープ5はファスナーチェーン2の片方のテープ5からエレメント列6を取り外したものであり、その片方のテープ5の幅は16mmとする。また、テープ5の長手方向の寸法は120mm以上とする。テープ5の長手方向の中間部は加圧ヘッド32を押し付けるためのループ部22になる部分であり、長手方向の寸法を80mmとする。テープ5の長手方向の両端部はループ部22の両隣りに位置し、柔軟性試験装置のクランプ31で挟むための挟み代部21になる部分であり、長手方向の寸法を各々20mm以上とする。そしてループ部22の両端、つまり挟み代部21とループ部22との境界位置に印を付ける。
テープ5を曲げて、テープ5の長手方向の両端部において重ね合わせて挟み代部21にすると共に長手方向の中間部を加圧ヘッド32が押し付けられるループ状のループ部22とする。なお挟み代部21の重ね合わせた状態を維持するために、例えばテープ5を一対の挟み代部21に付け、重ね合わせた状態を固定する。
【0048】
テープ5の姿勢を当該ループ部22が挟み代部21に対して真上になる姿勢とし、挟み代部21をクランプ31で挟む。このときに印がクランプ31の上端と一致するようにする。そして加圧ヘッド32とクランプ31の上端との間隔が40mmとなるように設定する。そうすると、加圧ヘッド32がループ部22の真上に隙間のある状態で配置される。そして加圧ヘッド32を、移動速度:50mm/min、移動量25mmの条件で上下に往復運動させる。往復回数は5回である。そして各回での加圧ヘッドに加わる最大荷重(単位N)を測定し、全回数の最大荷重を平均した値が結果として先の表1に示されている。最大荷重は少数単第4位の値を四捨五入した値である。
【0049】
表1の試験結果によれば、塗布量9.0g/m2の実施例1、塗布量22.5 g/m2の実施例2は、柔軟性試験の値が何れも0.1N以下であり、柔軟性が適正であると判断する。一方、塗布量45.0g/m2の比較例1、塗布量75.0g/m2の比較例2は、何れも0.1Nよりも大きいので、柔軟性が不適であると判断する。
【0050】
撥水性試験はJIS-L-1092に準じたスプレー試験である。このスプレー試験の概要は
図5に示すように、漏斗41から250mLの水をファスナーチェーン2に25~30秒間で散布し、その後、ファスナーチェーン2に付いた水滴を、ファスナーチェーン2に対し間接的に衝撃を加えることによって払い落とし、そのファスナーチェーン2の撥水性を評価する試験である。より詳しくは以下の通りである。
1)直径150mmの円形状の治具44を用意する。
治具44は、円形状の内枠45と、内枠45の外周をその全周よりも僅かに短い範囲において包囲するC字状の外枠46と、外枠46の両端に固定された締め付け具47と、締め付け具47の位置から外枠46の外周に沿って約1/4周だけ時計回りおよび反時計回りに離れた2地点において外枠46から突出する一対の持ち手48とを備える。
そしてサンプル用のファスナーチェーン2の表面を上向きにし、しわがないように一直線に伸ばした状態で治具44の円形の中心を通る形態に保ちながら治具44の片面側に配置し、ファスナーチェーン2の両端部を外枠46と内枠45の間に挿入して、締め付け具47を閉めて当該両端部を治具44に固定する。ファスナーチェーン2のうち治具44からはみ出した分は切除する。
2)水250mLを漏斗41に入れ、散布開示後から25~30秒間で散布し終わることを確認する。漏斗41の先にはスプレーノズル42が付いており、スプレーノズル42の多数の穴から水を放射状に排出する。
3)水平面に対して45度の角度で傾斜した斜面を有する台51にファスナーチェーン2が付いた治具44を載せる。ファスナーチェーン2の表面が上向きになるようにする。また治具44の向きは、台51を真上から見た場合に台51の斜面上を流れる水の進行方向と、一直線に伸ばしたファスナーチェーン2が平行になるようにする。そしてスプレーノズル42の先端の中心と治具44の中心との上下方向の距離Lを150mmに設定する。
4)水250mLを漏斗41に入れて、ファスナーチェーン2に水を25~30秒で散布する。
5)片方の持ち手48を掴んで治具44を台51の上から外し、ファスナーチェーン2を表面が下向きになるようにして、掴んだ持ち手48とは反対側の持ち手48を固い物に一度軽く当て、水滴を落とす。次に固い物に当てた方の持ち手48を掴んで、反対の持ちを固い物に一度軽く当て、水滴を落とす。以上の処理を行った後、JIS-L-1092では、以下の規格で等級を評価している。スライドファスナー1の通常の使用時に要求される品質の観点からは、3級以上が合格しているものと扱える。
1級:表面全体に湿潤を示すもの。
2級:表面の半分に湿潤を示し、小さな個々の湿潤が布を浸透する状態を示すもの。
3級:表面に小さな個々の水滴の湿潤を示すもの。
4級:表面に湿潤しないが、小さな水滴の付着を示すもの。
5級:表面に湿潤及び水滴の付着がないもの。
【0051】
サンプル用のファスナーチェーン2は、JIS-L-1930 C4Mの洗濯を50回行ったものと、100回行ったものである。表1の結果結果によれば、洗濯50回、100回後の洗濯耐久性は、実施例1,2では何れも3級であり、比較例1,2では何れも4級であり、3級以上という撥水性の品質を満たしている。
【0052】
以上の柔軟性試験と撥水性試験の結果から洗濯耐久性と柔軟性の両方を兼備するのは、実施例1,2である。実施例のサンプルについて、各部材への平均的なシリコーンオイルの付着量の割合は次のようになっている。
【0053】
エレメント列6、芯紐7それぞれへのシリコーンオイルの付着量は、重量比基準でテープ5へのシリコーンオイルの付着量よりも少ない。この結果は、前述したように有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分(シリコーンオイル)となるコーティング組成物を直接に塗布したのはテープ5であり、エレメント列6や芯紐7ではないことからも、推測される通りである。エレメント列6へのシリコーンオイルの付着量は、重量比基準でテープ5へのシリコーンオイルの付着量の0.14%未満と極少量である。すなわち、テープ5へのシリコーンオイルの付着量(テープ5の重量とシリコーンオイルの重量をあわせた重量に対するシリコーンオイルの重量の割合:wt%)を100%とした場合の、エレメント列6へのシリコーンオイルの付着量(エレメント列6の重量とシリコーンオイルの重量をあわせた重量に対するシリコーンオイルの重量の割合:wt%)の割合が0.14%未満である。また、芯紐7への有機ポリマーの付着量は、重量比基準でテープ5への有機ポリマーの付着量の17%未満である。すなわち、テープ5へのシリコーンオイルの付着量(テープ5の重量とシリコーンオイルの重量をあわせた重量に対するシリコーンオイルの重量の割合:wt%)を100%とした場合の、芯紐7へのシリコーンオイルの付着量(芯紐7の重量とシリコーンオイルの重量をあわせた重量に対するシリコーンオイルの重量の割合:wt%)の割合が17%未満である。
【0054】
各部材への撥水成分の付着量の違いはシリコーンオイルの付着量から評価することができ、シリコーンオイルの付着量は、次のように測定することができる。有機ポリマー及び非フッ素系の撥水成分(シリコーンオイル)が何れも付着したテープ5、エレメント列6、芯紐7の各試料を約10gずつ測り取り、ヘキサンにてソックスレー抽出を2時間実施した。抽出液を乾固した後IR測定を実施した結果、抽出物はシリコーンオイルが主成分であることが確認された。IR測定とは、赤外分光法による測定で、今回はATR法が用いられた。これにより、シリコーンオイルを主成分とする抽出物の各試料への付着量を算出した。
【0055】
また、テープ5の表面積当たりに対するコーティング組成物塗布量は、コーティング組成物を塗布する前のファスナーチェーンとコーティング組成物を塗布した後のファスナーチェーンとの重量差から算出することができる。またコーティング組成物を塗布した後のファスナーチェーンとの重量と、コーティング組成物がポリマー化された生成物に化学変化した後のファスナーチェーン、つまりポリマー化された生成物が付着したファスナーチェーンの重量とは実質的に同じである。
【0056】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0057】
1 スライドファスナー
2 ファスナーチェーン
3 スライダー
3a 胴体
3b 引手
4A 第1の止具
4B 第2の止具
5 テープ
5A 表面側
5B 裏面側
5S 隙間
6 エレメント列
6a エレメント
6c 設置領域
6d 隙間側の領域
7 芯紐
8 縫糸
11 下脚部
12 上脚部
13 噛合頭部
14 接合脚部
21 挟み代部
22 ループ部
31 クランプ
32 加圧ヘッド
33 移動部材
34 ロードセル
41 漏斗
42 スプレーノズル
44 治具
45 内枠
46 外枠
47 締め付け具
48 持ち手
51 台
L 距離