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特許7494416血管老化予測方法、疾患リスク予測方法、血管老化予測用バイオマーカー、疾患用バイオマーカー、測定キット、及び、診断装置
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  • 特許-血管老化予測方法、疾患リスク予測方法、血管老化予測用バイオマーカー、疾患用バイオマーカー、測定キット、及び、診断装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-27
(45)【発行日】2024-06-04
(54)【発明の名称】血管老化予測方法、疾患リスク予測方法、血管老化予測用バイオマーカー、疾患用バイオマーカー、測定キット、及び、診断装置
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6851 20180101AFI20240528BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240528BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20240528BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240528BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
G01N33/50 G
C12Q1/686 Z
C12M1/34 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019199469
(22)【出願日】2019-10-31
(65)【公開番号】P2021069346
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2022-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】519391413
【氏名又は名称】本田 義知
(73)【特許権者】
【識別番号】519391424
【氏名又は名称】川本 章代
(73)【特許権者】
【識別番号】519391620
【氏名又は名称】▲高▼橋 一也
(73)【特許権者】
【識別番号】519391435
【氏名又は名称】志水 秀郎
(73)【特許権者】
【識別番号】519391446
【氏名又は名称】上田 衛
(73)【特許権者】
【識別番号】519391457
【氏名又は名称】株式会社Y.OCEAN
(73)【特許権者】
【識別番号】519391468
【氏名又は名称】二宮 雄一
(73)【特許権者】
【識別番号】591102936
【氏名又は名称】川添 堯彬
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】本田 義知
(72)【発明者】
【氏名】川本 章代
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 一也
(72)【発明者】
【氏名】志水 秀郎
(72)【発明者】
【氏名】上田 衛
(72)【発明者】
【氏名】▲濱▼田 吉宏
(72)【発明者】
【氏名】二宮 雄一
(72)【発明者】
【氏名】川添 堯彬
【審査官】飯濱 翔太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/144818(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0047774(KR,A)
【文献】特開2018-143178(JP,A)
【文献】特表2014-519487(JP,A)
【文献】XU, Y. et al.,Human UMP-CMP Kinase 2, a Novel Nucleoside Monophosphate Kinase Localized in Mitochondria,J. Biol. Chem.,2008年,Vol.283, No.3,pp.1563-1571
【文献】CHUNG, H.Y. et al.,Redefining Chronic Inflammation in Aging and Age-Related Diseases: Proposal of the Senoinflammation Concept,Aging Dis.,2019年04月,Vol.10, No.2,pp.367-382
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/6851
G01N 33/50
C12Q 1/686
C12M 1/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管老化予測用バイオマーカーとして、唾液に含まれるCMPK2伝子の発現レベルを測定することを特徴とする血管老化予測方法。
【請求項2】
動脈硬化性疾患、脳血管疾患または心血管疾患の疾患用バイオマーカーとして、唾液に含まれるCMPK2伝子の発現レベルを測定することを特徴とする疾患リスク予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者から採取した生体試料中に含まれるバイオマーカーに関し、該バイオマーカーの発現レベルを測定することで、被験者の血管老化の進行の程度を評価するとともに被験者の動脈硬化性疾患、脳血管疾患、心血管疾患、その他の加齢関連疾患の有無を判定する方法とバイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの加齢に伴う老化の程度は必ずしも暦年齢に比例せず個人差が大きいことから、老化の程度を正確に数値で表すことのできる尺度が求められている。ヒトの細胞や組織は加齢による変化を受けるが、特に、血管は加齢に伴い構造的・機能的変化が明確に表れやすいことが知られている。血管老化として現れる構造的変化には、動脈血管内膜の肥厚や石灰化およびコラーゲン/エラスチン比の増大などが現れ、機能的変化として血管の伸展性が低下し、動脈硬化や動脈の閉塞等を引き起こす要因となる。
また、血管老化は加齢だけでなくメタボリックシンドロームの起因となる糖尿病や高血圧、高脂血症、肥満などによっても老化が加速されることから、暦上の年齢だけでなく「血管年齢」と表現される血管老化の程度を評価することにより、脳梗塞や心筋梗塞、閉塞性動脈硬化症などの重篤で不可逆的な組織障害の発生を予知し、これを予防するための対策を講じることが期待される。
【0003】
近年、血管老化の測定方法として、FMD(Flow-Mediated Dilatation)測定が利用されているが、この測定方法は安静時における上腕動脈の血管径を測定後、5分間駆血し駆血解除後の最大拡張期における血管径の比率から血管の柔らかさを数値化して表すものである。FMD測定のための装置は比較的高価であり、普及はあまり進んでおらず、特別な病院のみで診断可能であるため、より簡便で費用の掛からない検査方法の確立が望まれている。
【0004】
かかる状況下、血管老化の検出方法として、眼底動脈と眼底静脈の容積脈波を測定することで末梢血管の老化を検出するシステムが開示されている(特許文献1を参照)。特許文献1に開示されたシステムの場合、容積脈波を検出する方法として、血管に超音波エコーを当て、その反射波に認められるドップラー効果から血流の伝達速度を求める方法や、血液中に浮遊する赤血球などの血液細胞にレーザー照射して、それから跳ね返ってくる光を検出してその間の時間差を測定する方法などによって容積脈波を測定しており、簡便に血管老化を測定する方法とは言い難い。
【0005】
上記のような方法以外にも、例えばプレスチモグラフィー(plethysmography)と称される容積脈波を用い、上腕の静脈灌流を停止させた状態で前腕容積の変化を測定する方法が挙げられる。この測定方法を利用するに際し、アセチルコリンやブラジキニンなどの血管作動性物質を血管内に直接注入して、それらの影響を評価するなど主に研究用途として用いられてきたが、反復測定ができず、また、操作に熟練を要するなどの理由から、実臨床検査には用いられていない。
また、RH-PAT(末梢動脈容積脈波を用いた反応性充血指数)の測定方法が挙げられるが、これは両方の人差し指(示指)に専用のカフを装着して指尖脈波を測定する方法である。上述したFMDが、上腕動脈の反応性血管拡張を見るのに対し、この測定方法では、示指の指尖容積を見ることから、被験者の自律神経活動の影響を敏感に受ける可能性が指摘されており、未だ十分なエビデンスの蓄積もないことから、現状では一般的に用いる方法とは言い難い。
【0006】
上記のような様々な装置を利用して血管老化または血管内皮機能検査を行う方法とは別に、血液中に存在し、被験者の血管内皮の状態を反映するバイオマーカーとして利用可能な様々な生化学物質の測定方法も挙げることができる。例えば、血管の拡張作用は血管内皮細胞に存在するeNOSの作用で産生されるNO(一酸化窒素)の働きによるが、様々な原因で血管内皮機能が障害されるとeNOSの機能が低下し、血管の拡張が阻害されることが知られている。血中のNO濃度の測定は、NOが化学的に不安定で短寿命であるため測定は困難であるため、NOが代謝して生成するNOxを測定する方法が可能である。この指標は血管老化に特異的ではなく、それ以外の原因で数値が変化するため、補助的な指標としての利用に限られる。
【0007】
また、PTX3(Pentraxin 3)として知られる急性期反応タンパクは、古くから炎症マーカーとして利用されており、先のFMDと強い逆相関関係があることから、血管内皮機能検査の一つとして利用可能である。しかしながら、PTX3は、必ずしも血管老化を反映するものではなく、広く循環器系全般のバイオマーカーとして利用されるといった位置づけである。これら以外にも多数の血管内皮機能関連のバイオマーカーが知られており、例えば、接着分子であるICAMやVCAMは、FMDと相関することが知られており、von Willebrand因子なども挙げられるが、これらは血管内皮の障害による血栓凝固などに係る因子であり血管老化と直接結びつくものではない。
【0008】
これらに対して、血管老化の予知因子および血管老化に起因する早期病変の検査方法が知られており(特許文献2を参照)、かかる検査方法では、血液試料中のヒトアポリポタンパクB100の特定のチオール基のグルタチオン化を指標として、この濃度を測定することにより、血管老化に対するバイオマーカーとして利用する。特許文献2の検査方法は、アポリポタンパクB100におけるグルタチオン化したチオール基が存在するドメインに特異的に結合する特異抗体を反応させることにより、被験者の血清中に含まれるB100の検出を行う方法であるが、モノクロナール抗体あるいはポリクロナール抗体の作製や測定方法が煩雑であり、長時間を要することに加えて被験者から採血して血清を分離するため、より簡便で被験者に対する侵襲性の低い検査方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開パンフレットWO2007/132865号公報
【文献】国際公開パンフレットWO2007/063664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
かかる状況に鑑みて、本発明は、被験者における血管老化の診断に利用可能であり、該被験者から採取した生体試料中に含まれるバイオマーカーと、該バイオマーカーの発現レベルを測定することにより、被験者の血管老化の進行の程度を評価するとともに、被験者の動脈硬化性疾患、脳血管疾患、心血管疾患、その他の加齢関連疾患の有無を判定するための該バイオマーカーの利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、被験者における血管老化や、動脈硬化性疾患、脳血管疾患、心血管疾患などの判別に利用可能なバイオマーカーについて鋭意検討した結果、被験者から採取した生体試料に含まれるCMPK2とRNF213の何れかの遺伝子、または両方の遺伝子の発現レベルを測定することにより、判別することができるという知見を得た。
【0012】
すなわち、本発明は、血管老化予測用バイオマーカーとして、被験者から採取した生体試料に含まれるCMPK2とRNF213の何れかの遺伝子、または両方の遺伝子の発現レベルを測定することを特徴とし、かかる測定により、血管老化を予測する。
【0013】
また本発明の別の観点によれば、動脈硬化性疾患、脳梗塞などの脳血管疾患または心血管疾患の何れかの疾患用バイオマーカーとして、被験者から採取した生体試料に含まれるCMPK2とRNF213の何れかの遺伝子、または両方の遺伝子の発現レベルを測定することを特徴とし、かかる測定により、それらの疾病の有無を予測する。
上記の本発明の方法において、生体試料として唾液、血液、尿などを利用することができる。
【0014】
本発明の血管老化予測用バイオマーカーは、生体試料に含まれるCMPK2とRNF213の何れかの遺伝子、または両方の遺伝子からなる。また、本発明の疾患用バイオマーカーは、生体試料に含まれるCMPK2とRNF213の何れかの遺伝子、または両方の遺伝子からなる。上記の本発明のバイオマーカーにおいて、生体試料として唾液、血液、尿などを利用することができる。
本発明の測定キットは、被験者から採取した生体試料について、CMPK2とRNF213の何れかの遺伝子、または両方の遺伝子の発現レベルを測定するための試薬を含む。
本発明の診断装置は、被験者から得られた生体試料について、CMPK2とRNF213の何れかの遺伝子、または両方の遺伝子の発現レベルを測定して、生体試料を採取した被験者の血管に関する疾病を診断する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、被験者における血管老化の診断に利用可能であり、該被験者から採取した生体試料中に含まれるバイオマーカーと、該バイオマーカー発現レベルを測定することで、被験者の血管老化の進行の程度を評価するとともに、被験者の動脈硬化性疾患、脳血管疾患、心血管疾患、その他の加齢関連疾患の有無を判定できるといった効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】高齢者(Senior)と健康成人(Young)から採取した唾液中に含まれるCMPK2遺伝子のmRNAのそれぞれのグループに対する発現量を示す図
図2】CMPK2、IF144L、HERC6、IFIT1およびOASL遺伝子の唾液中における発現量の比較を、健康成人(A:ID番号:St008)、高齢者(B:ID番号:Kr138)および高齢者(C:ID番号:Kr144)の3名について比較した結果を示す図
図3】高齢者(Senior)と健康成人(Young)から採取した唾液中に含まれるRNF213遺伝子mRNAのそれぞれのグループに対する発現量を示す図
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
ヒトの血管は加齢に伴い次第にしなやかさを失い内膜が肥厚して血管コンプライアンスが低下する。このことは血管平滑筋細胞から分泌されるコラーゲンとエラスチンの比率が次第に増大し、伸展性に寄与するエラスチンの割合が低下することに加えて、血管壁への石灰質の沈着なども影響することが知られている。このことで、血管内を流れる血液の脈波速度は加齢に伴い上昇する。こうした血管老化による血管の構造的変化とともに生じる生化学的な変化としては、血管の拡張に寄与する内皮型NO合成酵素eNOSの発現低下と体内で生成する血管収縮因子であるアンジオテンシンIIやエンドセリン、トロンボキサンチンA2などの産生は逆に増大することが知られている。さらに血管を構成する細胞レベルで血管老化を見ると、細胞老化に陥った細胞は分裂を停止し、それとともに各種炎症性サイトカインの発現が亢進することで、マクロファージなどの炎症細胞の浸潤が生じ、血管壁の組織リモデリングが進行することが知られている。
【0018】
血管老化は炎症性サイトカインの産生と分泌の亢進およびマクロファージの浸潤による構造リモデリングの進行によりさらに老化のプロセスに拍車がかかることになる。最近の報告では、炎症性サイトカインが細胞分裂を制御するテロメアに異常を来し、細胞の老化を促進させることが報告されている(Dayeon Shin, et al., J. Clin. Med. 2019, 8, 711; doi:10.3390/jcm8050711)。
【0019】
マクロファージは、表面に存在するTLR(トル様受容体)やRLR、NLRsなどのPRR(パターン認識受容体)が微生物由来のPAMPs(病原因子由来分子パターン)以外にも自己細胞の細胞質や核内物質が損傷された場合に、自己組織由来の分子パターンとしてDAMPs(ダメージ関連分子パターン)によっても活性化され、それによる炎症誘導性細胞死の結果、細胞内からIL-1βが放出されることでその周辺において、炎症反応を惹起することが知られている。
【0020】
血管老化の進行により血管細胞のテロメアが短縮され、もはや細胞分裂が出来なくなると細胞死に至りアポトーシスにより細胞構成要素が分解を始める。この際生成するDAMPsを血液中のマクロファージ表面のPRRが認識することで、転写因子NF-κB経路を活性化することから炎症反応が開始される。炎症性サイトカインとしてインターロイキンIL-1βが炎症反応において主要な働きを行うが、これの産生はNLRP3インフラマソームがカスパーゼ1を活性化させることで亢進することが従来から知られている。最近明らかにされた知見としてミトコンドリアDNAがNLRP3インフラマソームを活性化させることが判明した(R.C.Coll, et al., Cell Research 28, 1046-1047 (2018))。PRRの活性化により核内における転写因子が活性化され、CMPK2として知られるミトコンドリアに局在してミトコンドリアDNAの合成を促進させる機能を有するタンパク質の合成にかかわる遺伝子mRNAの発現が促進される。さらにミトコンドリアで生成したROS(活性酸素種)がミトコンドリアDNAを酸化し、これがNLRP3インフラマソームを活性化させることが、現在までに明らかにされている知見である。
【0021】
最近の老化関連研究において、加齢とともに全身性の慢性炎症の亢進との関係に注目が集まり、様々な炎症性サイトカインの産生が加齢とともに亢進することが報告されている(H.Y.Chung, et al, Aging and Disease, 10(2) 367-382 (2019))。
【0022】
本発明における血管老化の指標として取り上げるもう一つのバイオマーカーであるRNF213は、これをコードする遺伝子の特異的な遺伝子多型が脳内血管の異常な血管網を形成し「もやもや病」の疾患感受性遺伝子として知られている。「もやもや病」は希少疾患で指定難病であるが、本多型遺伝子保有者は国内人口の2~3%に相当する約300万人前後が保有していると推定される。最近の知見(国立循環器病研究センター(略称:国循)脳神経内科の猪原匡史部長、岡崎周平医長(現・大阪大学神経内科)を中心とする国循の研究グループ)ではアテローム血栓性脳梗塞の強力な感受性遺伝子であることが明らかにされている。遺伝子多型とは別に、本遺伝子の元々の機能は明らかでない点が多いが、血管形成と走行に関与しており、血管内の血液のハイドロダイナミックな特性に大きな影響を及ぼしていると考えられる(Sungjae An, et al., Scientific Reports volume 9, Article number: 8614 (2019))。
本発明において血管老化とRNF213の直接的な結びつきに対する論理的な根拠については未だ明確にされていないが、後述する実施例において示すように両者の間に明確な相関が認められることから、RNF213についても血管老化に対するバイオマーカーとして利用することが可能であることが本発明により示された。
【0023】
本発明者らは血管老化に関してこれを検出するための方法として従来から着目されてきた炎症性サイトカインやその他の様々な既知の手法を用いるのではなく、これとは全く異なる加齢関連因子としてのCMPK2およびRNF213と、それぞれをコードする遺伝子mRNAに着目し、これらを生体試料中におけるバイオマーカーとして利用することが可能であることを見出し、本発明に至ったものである。加齢とともに血管老化が進行すると次第に血管が固くなり動脈硬化へと進展する可能性が考えられるため、血管老化の指標は動脈硬化の進展と相関し、動脈硬化の指標としての利用に繋がると考えられる。更には、本発明は慢性炎症に伴うCMPK2の発現についての指標であるとも考えられることから、老化に伴う慢性炎症の指標として広く利用することが可能である。さらには、糖尿病、メタボリックシンドローム、慢性腎臓病、アルツハイマー病などの様々な加齢関連疾患の指標として利用することが可能である。
【0024】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例1】
【0025】
(データベース解析による血管老化関連遺伝子候補の抽出)
本発明者らは、血管老化で発現するmRNAに関するデータベース解析を実施し、データベースとしてBioGPS、Array Express、NCBI GEO、ReFex、Human proteome map、The human protein atlas、Wikimedia commonsなどのデータベースを利用した。それらの中から、E-GEOD-13712(Transcription profiling by array of human young and senescent HUVECs under static and laminar shear stress conditions)に含まれる遺伝子のセットと、もう一方の遺伝子セットとして、GSE98081(Microarray analysis of TNFα‐induced senescence of HUVECs)の両方に共通する20個のmRNAを候補遺伝子としてピックアップした。それらは、具体的には、IFI44L、IFIT3、IFI44、MX1、IFITM1、OAS2、EPSTI1、HERC6、XAF1、RSAD2、OASL、CCNA1、HSD17B2、ADRB1、SFTA1P(SFTPF)、CMPK2、RNF213、OAS3、IFIT1、ISG15の20個のmRNAであった。
【0026】
次に、これらのmRNAに対し、GeneMANIA prediction serverを利用して各遺伝子の共発現動向によるグループ分けを行ったところ、CCNA1、HSD17B2、ADRB1、RNF213の4個の遺伝子とそれら以外の遺伝子の中から、特に、CMPK2を選択し、計5個の遺伝子に絞り込みを行った。
【0027】
(高齢者と健康成人からなる被験者からの唾液採取とこれに含まれる候補遺伝子の発現についての検査と血管の硬さとの関係)
本発明者らは、65歳以上の高齢者17名と年齢が20~30歳の健康成人16名に対して、それぞれの唾液を採取し、その中に含まれるmRNAを抽出し、これからcDNAを作製した。RNAは、RNeasy Protect saliva mini kitを利用して採取し、mRNA発現解析には、Taqman gene expression assayを用いてqPCR法により遺伝子増幅を行うことで、高齢者と健康成人のそれぞれのグループで上記5個の遺伝子の発現状態を比較したところ、CMPK2について高齢者に特異的に発現が認められた。
【0028】
唾液からmRNA発現解析までの作業フローについて説明する。健康成人および高齢者より唾液200μLを採取後、RNeasy(登録商標) Protect Saliva Mini Kit(50)の定法に乗っ取り、Total mRNAを抽出した。その後、Invitrogen(登録商標) SuperScript(登録商標) IV ViLO(登録商標) Master Mix-Thermo Fisher(登録商標)を用いてcDNAの合成を行い、更に、TaqMan(登録商標) gene expression arrayの各プラーマー・プローブと、StepOnePlusとTaqMan(登録商標) Fast Advanced Master Mixを用いてリアルタイムPCRを行った。設定は50℃-2分、95℃-20秒、95℃-1秒、60℃-20秒を1サイクルとして45サイクル行った。発現定量には、β-actinを内部標準として比較CT法を用いた。
【0029】
図1は、高齢者(Senior)と健康成人(Young)から採取した唾液中に含まれるCMPK2遺伝子mRNAのそれぞれのグループに対する発現量を表す。CCNA1およびHSD17B2に関しては、唾液中には発現は確認できなかった。また、ADRB1は測定値のばらつきが大きく、バイオマーカーとしての利用は困難であることが判明した。さらに、動脈硬化などにおいて血管内皮細胞上で発現が亢進することで知られる接着因子VCAM1についても検出を試みたが、本実施例においては検出できなかった。
図1に示す結果から、唾液内に発現しているCMPK2遺伝子の量と加齢との関係が明確に表れており、加齢とともにCMPK2の発現が亢進することが明確となった。同様にRNF213についても唾液内に含まれるRNF213遺伝子の発現が加齢により亢進することが明らかとなった。
【0030】
CMPK2についての上記の結果を受けて、さらにCMPK2遺伝子の発現と相関が考えられる他の遺伝子として、IF144L、HERC6、IFIT1およびOASL遺伝子についても同様に唾液中における発現量を確認した結果、図2に示す結果を得た。
図2(1)~(5)は、それぞれ、CMPK2、IF144L、HERC6、IFIT1およびOASL遺伝子の唾液中における発現量の比較を、健康成人(A:ID番号:St008)、高齢者(B:ID番号:Kr138)および高齢者(C:ID番号:Kr144)の3名について比較した結果を示す。図2(1)~(5)の結果から、CMPK2およびこれに相関が認められるいずれの遺伝子の発現も傾向が一致しており、本発明の目的とする血管老化に対するバイオマーカーとしての利用の可能性が示されたが、これらの内でCMPK2の発現亢進が最も顕著であることから、これらの中ではCMPK2が最も優れたバイオマーカーであると理解できる。
【0031】
図1に示すように高齢者グループに対して唾液中に含まれるCMPK2遺伝子の発現が多いことから、次にCMPK2の発現量と血管老化との関係を調べるため、健康成人と高齢者のそれぞれについてCMPK2の高い群とCMPK2が低い群を選び、血圧脈波検査装置(オムロンコーリン株式会社製、OFFIRIO LP-S210)を使用して、それぞれについて上腕動脈-足首動脈間脈波伝達速度PWV(baPWV)を測定した。それぞれの年齢における標準値からのズレの程度を評価した結果、健康成人ついてはCMPK2が高い群については、3名全ての被験者について標準値より1SD(標準偏差)より高く外れており、一方のCMPK2の低い群では3名全ての被験者についての標準値からのズレは1SDより低い値であった。
【0032】
同様に、高齢者に対して試験を行った結果、CMPK2が高い群については4名の内2名の被験者については、標準値より1SDより高く外れており、残りの2名については、CMPK2は高値であったが、PWVの数値は低い結果であった。一方のCMPK2の低い群では、2名の被験者についての標準値からのズレは1SDより逆に高い値であった。
上記の結果より、健康成人についてはCMPK2とPWVの数値の間に良好な相関関係が認められ、健康成人の血管老化の指標としての利用が可能であることが明確となったが、一方で、高齢者に対する評価では両者の相関は必ずしも良くない結果であった。
しかしながら、その理由として、CMPK2はその時々の血管内皮の状態を反映しており、血管老化の進行を敏感に表現するものであるのに対し、PWVは、血管内皮だけでなく血管の基質全体の力学的構造変化を反映するため測定時点に至るまでの経年的変化を表していると考えられる。したがって、CMPK2が高値であることで血管老化が進行している可能性があることから、本実施例で、CMPK2が高値であるにもかかわらずPWVが低値であった被験者については、やがて遠からずPWVの数値が上昇する可能性が挙げられるため、生活習慣などを見直すなどの血管老化を遅らせるための予防処置を行う契機となる。
【0033】
さらに、CMPK2の数値が低値であるが、PWVの数値が高値であった被験者に対しては、血管老化以外の原因によって、PWVの数値が上昇している可能性が高いことから、動脈硬化が様々な原因で進行している可能性があるため、別の観点からの再検査を促すことが勧められる。このようにしてCMPK2は、血管老化の指標となるバイオマーカーとして、従来の採血による検査方法とは異なり、被験者の唾液を採取することで検査できることから極めて有用に利用できることが明らかとなった。
【0034】
次に、それぞれの被験者に対して実際に頸動脈の超音波診断装置(アロカ株式会社製、PROSOUNDα10)を利用して、頸動脈のエコー診断を行ったところ、CMPK2の数値が高値であった高齢者4名中3名について、頸部プラークの存在が認められ、動脈硬化が実際に進行していることが確認された。さらにCMPK2の数値が低い2名の高齢者について同様に検査した結果、両方とも頸部プラークの存在は確認されず、動脈硬化の進行は認められなかった。健康成人については、頸部プラークの存在は認められないことから、健康成人についてはCMPK2を動脈硬化の判定に用いることは困難である。これらの結果より、CMPK2は高齢者に対して動脈硬化の指標としての利用が可能であることが示唆された。
【実施例2】
【0035】
(RNF213をバイオマーカーとして利用)
本実施例では、実施例1と同様に、健康成人5名、高齢者4名から唾液を採取し、それぞれの唾液中に含まれるRNF213遺伝子について、それらの濃度とPWVの数値との相関を確認した結果について説明する。なお、唾液からmRNA発現解析までの作業フローについては実施例1と同様である。
図3は、同様に高齢者(Senior)と健康成人(Young)から採取した唾液中に含まれるRNF213遺伝子mRNAのそれぞれのグループに対する発現量を表す。
本実施例の場合、健康成人において、RNF213の数値が高い3名中2名については、PWVの数値が高く、逆にRNF213が低かった2名は、両方ともPWVの数値も低い結果であった。RNF213が高値であるがPWVは低値であった被験者1名については、上述の実施例1と同様に、RNF213が現時点における血管老化の進行性を見ているのに対し、PWVは経年変化を反映するためであると推察する。
【0036】
一方、高齢者4名中、RNF213の数値が高値であった3名については、PWVの数値は1名のみが高値で、残り2名は低値であった。また、RNF213の数値が低値であった高齢者1名は、PWVの数値が高値であった。
上記の結果より、健康成人に対してRNF213の数値は血管老化との相関が認められる。しかしながら、高齢者に対しては、RNF213の数値の測定時点での血管老化の進行を推測するための指標としての利用に留まる。
【0037】
さらに、頚部プラークの有無とRNF213の数値の相関についても検討を行った結果、RNF213の数値が高い高齢者3名中2名にプラークが認められ、一方、RNF213の数値が低値であった高齢者1名についてもプラークの存在が認められた。高齢者に対するRNF213の数値と動脈硬化の相関は、今回の実施例だけでは判断し難いものの、動脈硬化の進行を表すバイオマーカーとしての有効性を示唆する結果であった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、被験者からの唾液や血液試料を用いて、被験者の血管老化の進行を数値的に示すことができるため、血管老化に伴う加齢関連疾患のバイオマーカーとしての利用が可能であり、加齢関連疾患の診断や予防のバイオマーカーとして有用である。また、メタボリックシンドロームや糖尿病、慢性腎臓病、アルツハイマー病などの慢性炎症の診断や予防のバイオマーカーとして有用である。
図1
図2
図3