(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-27
(45)【発行日】2024-06-04
(54)【発明の名称】養液栽培方法
(51)【国際特許分類】
A01G 31/00 20180101AFI20240528BHJP
【FI】
A01G31/00 601A
(21)【出願番号】P 2020094596
(22)【出願日】2020-05-29
【審査請求日】2023-04-28
(73)【特許権者】
【識別番号】596136316
【氏名又は名称】三菱ケミカルアクア・ソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【氏名又は名称】重野 剛
(72)【発明者】
【氏名】末松 優
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-300093(JP,A)
【文献】特開2020-036578(JP,A)
【文献】特開2017-104023(JP,A)
【文献】特開平07-184488(JP,A)
【文献】特開平10-262477(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 31/00-31/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
底面に勾配をもたせた栽培ベッド槽と、該栽培ベッド槽に養液を循環供給するための養液循環供給手段とを有する養液栽培システムを用いた養液栽培方法において、
該養液栽培システムは、前記養液循環供給手段のタンクから養液が各栽培ベッド槽の上流側に供給され、各栽培ベッド槽の下流側から流出した養液が該タンクに戻るように構成されており、
栽培終了近くの所定時期になったときに、循環する養液の量及び濃度を低下させる低減工程を行う
養液栽培方法であって、
前記低減工程は、
該タンクへの液肥の供給を停止する第1ステップと、
その後、該タンクへの水の供給を停止する第2ステップと、
その後、栽培ベッド槽への養液供給を停止し、栽培ベッド槽に滞留する養液を前記タンクへ流出させる第3ステップと
を有することを特徴とする養液栽培方法。
【請求項2】
前記養液栽培システムは、並列に設置された複数の前記栽培ベッド槽を有してい
ることを特徴とする請求項1の養液栽培方法。
【請求項3】
前記第3ステップは、各栽培ベッド槽について、順次に前記養液供給の停止及び栽培ベッド槽に滞留する養液のタンクへの流出を行うものであり、
1つの栽培ベッド槽について、養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行った後、所定時間待機し、前記タンク内に、1つの栽培ベッド槽内の滞留養液の全量が流入しても液がオーバーフローしない空き容積が生じた後に、次の1つの栽培ベッド槽について、養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行うことを特徴とする請求項2の養液栽培方法。
【請求項4】
前記第3ステップにおいて、1個の栽培ベッド槽について養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行っている間に、まだ養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行っていない栽培ベッド槽については引き続き養液の循環供給を行うことを特徴とする請求項3の養液栽培方法。
【請求項5】
前記第3ステップをすべての栽培ベッド槽について行うことを特徴とする請求項4の養液栽培方法。
【請求項6】
前記第3ステップの後、タンク内の養液を系外排出することを特徴とする請求項5の養液栽培方法。
【請求項7】
前記第3ステップでは、最後の栽培ベッド槽を残して他のすべての栽培ベッド槽について養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行い、
その後、タンク内の液位が所定液位に低下するまで、該最後の栽培ベッド槽への養液循環を行い、
その後、タンク内の養液を系外排出することを特徴とする請求項2~4のいずれかの養液栽培方法。
【請求項8】
前記第3ステップの後、複数個の栽培ベッド槽を選択し、選択した各栽培ベッド槽について下流側からの養液の流出停止措置を施した後、選択した各栽培ベッド槽にタンク内の養液を分配供給し、各栽培ベッド槽において植物による養液の吸収を行うことを特徴とする請求項5の養液栽培方法。
【請求項9】
タンク内の養液の全量を前記選択した各栽培ベッド槽に分配供給しても、各栽培ベッド槽において養液が溢れないように、選択する栽培ベッド槽の数を設定することを特徴とする請求項8の養液栽培方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の養液栽培方法に係り、特に養液栽培システムから排出される排液量及び濃度を減少させる養液栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、養液などを使用する水耕栽培によって葉菜類や果菜類の栽培を行うことが試みられている。水耕栽培は、天候に左右されない安定した野菜の生産が可能であり、栽培場所が限定されない、肥料の流出が少ない栽培が可能であるなどのメリットを有している。
【0003】
特許文献1には、栽培ベッドの底面に敷設した保水シートを濡らす程度の養液を供給して栽培を行うことにより、安定したキュウリの生育を目的とする養液栽培方法が開示されている。
【0004】
特許文献2には、植物の根へ酸素供給を適切に行う提案として、底面に勾配をもたせた栽培ベッド槽と、該栽培ベッド槽の上に配置された、複数の植え穴が穿設された定植パネル板とを有し、前記栽培ベッド槽の底面に排水溝が設けられている養液栽培用部材を用いた養液栽培方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-136311号公報
【文献】特開2017-104023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2の0057~0058段落に記載されている通り、収穫が終了すると、栽培ベッド槽群に使用していた養液は廃棄され、新しい養液で栽培を開始する。
【0007】
これにより、前期作の栽培によって養液内に流出した、根からの分泌物(有機酸など)や、根の表皮細胞の脱落などの影響を受けることがなく、次期で栽培される野菜も、安定して栽培が可能となる。
【0008】
この養液栽培システムから排出される廃養液(以下、排液ということがある。)には、窒素やリンなどの環境負荷物質が含まれている。
【0009】
本発明は、かかる排液の量及び濃度を減少させ、環境負荷を低下させることができる養液栽培方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の養液栽培方法は、底面に勾配をもたせた栽培ベッド槽と、該栽培ベッド槽に養液を循環供給するための養液循環供給手段とを有する養液栽培システムを用いた養液栽培方法において、栽培終了近くの所定時期になったときに、循環する養液の量及び濃度を低下させる低減工程を行うことを特徴とする。
【0011】
本発明の一態様では、前記養液栽培システムは、並列に設置された複数の前記栽培ベッド槽を有しており、前記養液循環供給手段のタンクから養液が各栽培ベッド槽の上流側に供給され、各栽培ベッド槽の下流側から流出した養液が該タンクに戻るように構成されており、前記低減工程は、該タンクへの液肥の供給を停止する第1ステップと、その後、該タンクへの水の供給を停止する第2ステップと、その後、栽培ベッド槽への養液供給を停止し、栽培ベッド槽に滞留する養液を前記タンクへ流出させる第3ステップとを有する。
【0012】
本発明の一態様では、前記第3ステップは、各栽培ベッド槽について、順次に前記養液供給の停止及び栽培ベッド槽に滞留する養液のタンクへの流出を行うものであり、1つの栽培ベッド槽について、養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行った後、所定時間待機し、前記タンク内に、1つの栽培ベッド槽内の滞留養液の全量が流入しても液がオーバーフローしない空き容積が生じた後に、次の1つの栽培ベッド槽について、養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行う。
【0013】
本発明の一態様では、前記第3ステップにおいて、1個の栽培ベッド槽について養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行っている間に、まだ養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行っていない栽培ベッド槽については引き続き養液の循環供給を行う。
【0014】
本発明の一態様では、前記第3ステップをすべての栽培ベッド槽について行う。
【0015】
本発明の一態様では、前記第3ステップの後、タンク内の養液を系外排出する。
【0016】
本発明の一態様では、前記第3ステップでは、最後の栽培ベッド槽を残して他のすべての栽培ベッド槽について養液供給停止及び滞留養液のタンクへの流出を行い、その後、タンク内の液位が所定液位に低下するまで、該最後の栽培ベッド槽への養液循環を行い、
その後、タンク内の養液を系外排出する。
【0017】
本発明の一態様では、前記第3ステップの後、複数個の栽培ベッド槽を選択し、選択した各栽培ベッド槽について下流側からの養液の流出停止措置を施した後、選択した各栽培ベッド槽にタンク内の養液を分配供給し、各栽培ベッド槽において植物による養液の吸収を行う。
【0018】
本発明の一態様では、タンク内の養液の全量を前記選択した各栽培ベッド槽に分配供給しても、各栽培ベッド槽において養液が溢れないように、選択する栽培ベッド槽の数を設定する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、養液栽培システムから排出される排液の量及び濃度を減少させ、環境負荷を低下させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】実施の形態に係る養液栽培方法に用いられる養液栽培用部材の断面斜視図である。
【
図3】実施の形態に係る養液栽培方法に用いられる養液栽培システムの平面図である。
【
図4】実施の形態に係る養液栽培方法に用いられる養液栽培システムのタンクの縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明は、下記実施形態に制限されるものではない。
【0022】
本発明において、「養液」とは、植物の栽培に用いられる水であれば特に限定されないが、例えば、窒素、リン酸、カリウムなど何れかの肥料成分を含有する水であることが好ましい。また、本発明において、原水とは、例えば、水道水、雨水、井戸水などを意味する。本発明において、水は、養液と原水を包括的に意味する場合がある。
【0023】
図1は実施の形態に係る養液栽培方法に用いられる養液栽培用部材を示す断面斜視図、
図2は苗架台の斜視図である。
【0024】
この養液栽培用部材1は、それぞれ発泡スチロール等の発泡プラスチック製の栽培ベッド槽2及び定植パネル板3と、苗架台4と、防水性シート5と、親水性シート6とを有する。そして、苗架台4の上に植物(苗根鉢9)が載置される。なお、苗架台4は省略されてもよい。この養液栽培用部材1を構成する栽培ベッド槽、定植パネル板、苗架台等の素材は、特に限定されるものではなく、植物を載置することが可能な程度の強度を有する素材であれば、何れも使用できる。
【0025】
植物とは、植物の種または植物の苗である。植物の苗の形態は、特に限定されないが、例えば、苗根鉢である。苗根鉢とは、個別のポットやセルトレイで育苗される植物の根が、培地を抱え込むように網状に生長したものである。根が十分に生長し、しっかりと巻いた状態では、苗をポットやセルトレイから抜いても、根鉢に守られて培地が崩れにくい状態となることから、定植することが可能となる。
【0026】
栽培ベッド槽2は、上面が開放した一方向に延在する長函状であり、1対の長側壁2a,2aと底板部2bとを有した上向きコの字形断面形状を有している。
【0027】
長側壁2a,2aの上端面と内側面との交差角縁部は切欠状の段部2dとなっており、この段部2dに定植パネル板3の側縁が係合する。
【0028】
苗架台4の下側に通気空間Tが形成されている。なお、通気空間Tは、空気が循環する空間であると共に、養液を流下させる空間である。特に、根の生育空間Sにおいて、根が発達し水深が高くなるにつれ、通気空間Tへ流入する養液の量が多くなる。これにより、根の生育空間上部に空気の層(湿気空間)を確保することができ、植物における湿気中根の発達や酸素の吸収が行いやすくなる。
【0029】
なお、本実施形態の栽培ベッド槽2は、底板部2bの上面(栽培ベッド槽2の底面)には、勾配を設けておらず、栽培ベッド槽2を勾配をもたせて設置する形態としているが、底板部2bの上面(栽培ベッド槽2の底面)に勾配をもたせ、栽培ベッド槽2を水平に設置する形態としてもよい。
【0030】
栽培ベッド槽2及び定植パネル板3の長手方向の長さは限定されないが、例えば、5.0m以上が好ましく、10m以上がより好ましい。また、該長さは、50m以下が好ましく、30m以下がより好ましい。さらに、栽培ベッド槽2及び定植パネル板3の幅は、0.1m以上が好ましく、0.3m以上がより好ましい。また、該幅は、2.0m以下が好ましく、1.0m以下がより好ましい。
【0031】
定植パネル板3には、長手方向に間隔をおいて複数の植え穴3aが一列に設けられている。植え穴3a同士の間隔は、栽培される植物の種類などにより適宜設計することができ限定されないが、例えば200mm以上800mm以下であり、特には、400mm以上600mm以下が好ましい。植え穴3aは苗架台4の上方に位置している。図示の実施の形態では、苗架台4が1本だけ設けられ、植え穴3aの列も1列となっているが、苗架台4を平行に複数本設け、また植え穴3aも複数列設けてもよい。
【0032】
また、植え穴3aの形状は、図示するような、円筒形状のほか、角柱形状や、その他のいかなる形状であってもよい。本発明において、使用する苗根鉢が円筒形状の場合、植え穴も円筒形状であることが好ましく、苗根鉢が角柱形状である場合は、植え穴も角柱形状であることが好ましい。このように、苗根鉢の平面形状と、植え穴の平面形状を同様とすることで、植え穴における苗根鉢との隙間を小さくすることができ、散水された養液の飛び出しを抑制することができる。さらに、これにより、飛び出した養液が栽培される植物に当たったり、定植パネル板上に落液して、藻を発生させることを抑制することができる。また、植え穴3aの形状は、苗根鉢の形状より若干(例えば、1mm~2mm程度)大きくするのが好ましい。これにより、苗架台の凹部の中央に苗を定植し易くすることができる。
【0033】
防水性シート5は、栽培ベッド槽2の長側壁2a,2aの上端面及び内側面、及び底板部2b上面を覆うように設けられている。
【0034】
なお、本発明において、防水性シート5は、さらに、栽培ベッド槽の長側壁の上端面を超えて折り返され、前記定植パネル板3を覆うように配置されてもよい。このように防水性シート5で定植パネル板3を覆うことにより、根の生育空間Sへの光の射しこみを低減し、藻の発生を防止することができる。この場合、防水シートは遮光機能を有するものであることが好ましい。さらに、防水性シート5が光反射性を有する素材の場合、防水性シートで定植パネル板を覆うことによる防虫効果も奏される。
【0035】
長側壁2a,2a間の中央に、栽培ベッド槽2の長手方向に延在するように苗架台4が設けられている。
図1の実施の形態では、苗架台4は略半円筒形であり、その天頂部4cは平板状となっている。
【0036】
苗架台は、半円筒形であっても、天頂部4cを平面状とする略半円筒形であってもよいが、根の生育空間における通気空間を構成するために、内部に空間を有する形状であって、栽培ベッド槽底面に設けられる際、その断面形状が、下向きの略コの字形状(曲線部を含んでもよい)となるものであることが好ましい。さらに、苗架台は、天頂部4cを平面状とすることにより、その上に苗根鉢9を安定して載せることができるため好ましい。天頂部4cの幅は、例えば、苗根鉢9の下部の直径の0.8倍以上3.5倍以下、特に0.9以上2.0倍以下であることが好ましいが、これに限定されない。また、本発明の苗架台を形成する一例としての半円筒形は、必ずしも真円の円周を直径で二等分された形状である必要はなく、楕円形状が分割された形状や、略二等分された形状であってもよく、栽培ベッド槽底面に設けられる際、その内部に空間が形成されるものであればよい。
【0037】
苗架台の天頂部4cの両側は、円弧形に湾曲した脚部4dとなっている。各脚部4dに開口4bが長手方向に間隔をあけて複数個設けられている。
【0038】
苗架台4は、開口4bが設けられていることが好ましい。これによれば、根の生育空間Sと通気空間Tにおける養液及び酸素の透過が行われやすい。したがって、苗架台の素材は特に限定されないが、プラスチックなどの硬質部材か、硬質の網状(ネット状)部材であることが好ましい。
【0039】
苗架台4に形成された開口4b同士の間隔(配列ピッチ)は、限定されるものではないが、植え穴3aの配列ピッチよりも小さいことが好ましい。具体的には、苗架台の開口の配列ピッチは、200mm以下であることが好ましく、特に100mm以下であることが好ましい。これにより、植物1体あたりに対する苗架台の開口4b数を確保でき、根の生育空間Sと通気空間Tにおける養液及び酸素の通過が行われやすく、より確実に植物の根へ養分及び酸素を供給することが可能となる。したがって、植物1体あたりに対する苗架台の開口数は、4以上であることが好ましく、より好ましくは8以上である。あるいは、苗架台の開口の配列ピッチは、植え穴の配列間隔の50%以下であることが好ましく、30%以下であることがより好ましい。
【0040】
なお、この実施の形態では、開口4bは1つの脚部4dにおいて、苗架台4の長手方向にジグザク状に設けられているが、一直線上に配列されてもよい。また、開口4bは、苗架台の両側の脚部にそれぞれ形成されることが好ましく、開口4b同士の間隔とは、苗架台の片側の脚部に形成された開口同士の間隔を意味する。ただし、植物1体あたりに対する苗架台の開口数は、苗架台の両側の脚部に形成された開口数である。
【0041】
また、本発明の養液栽培方法では、苗架台が浸水しないように、苗架台の開口の配列ピッチを設定することが好ましい。これにより、植物の根が発達し水深が高くなる栽培後期においても、根の生育空間内に湿気空間(酸素供給領域)を確保し、植物における湿気中根の発達と酸素の吸収を行うことができる。
【0042】
苗架台が、多数の開口が設けられた硬質部材である場合、開口4bの形状は、養液と空気を通過させることができる形状であれば特に限定することは無く、たとえば、円形状、楕円形状またはスリット形状であっても良い。また、開口4bの位置(高さ)は、特に限定されないが、脚部4dの下縁から高さ5~50mm、特に5~40mm、とりわけ5~30mmの間に設置することが好ましい。
【0043】
苗架台4は略半円筒形に限らず、脚部4d,4dが平板状となった台形などの断面形状のものであってもよい。
【0044】
苗架台4は、防水性シート5を敷設した後、該防水性シート5の上側に配置される。脚部4dの下縁と、その下側の防水性シート5との間には、苗架台4の撓みや防水性シート5の皺などにより、養液及び空気が通過する連通部が形成される。なお、連通部を大きくするために、脚部4dの下端縁に切り欠き部よりなる連通部を設けてもよい。また、スペーサを配置したり、脚部4dから下方に突起を設けたりしてもよい。この苗架台4で囲まれる内部のスペースが通気空間Tとなっている。
【0045】
苗架台4の天頂部から定植パネル板3の下面までの高さH1は20~100mm、特に20~80mm程度が好ましい。
【0046】
また、苗架台4の幅は、特に限定されないが、例えば、栽培ベッド槽の幅の10%以上であることが好ましく、15%以上であることがより好ましい。また、該幅は、栽培ベッド槽の幅の50%以下であることが好ましく、40%以下であることがより好ましい。これによれば、根の生育空間Sと通気空間Tいずれの領域も、適切に確保することができる。したがって、苗架台4の幅は、例えば、30mm以上であることが好ましく50mm以上であることがより好ましい。また、該幅の値は、500mm以下であることが好ましく、300mm以下であることがより好ましい。なお、ここでいう「苗架台の幅」は、苗架台の底面における幅を意味する。
【0047】
また、栽培ベッド槽2の底板部2bと定植パネル板3との間の高さH2は、栽培する植物の種類や、栽培する期間によって適宜設定することができるが、生産性や材料のコストを考慮すると、50mm~150mm程度とすることが好ましい。
【0048】
この栽培ベッド槽2の長側壁2a,2aの上端面及び内側面、底板部2b上面、並びに苗架台4の上面を覆うように親水性シート6が設けられることが好ましい。このように、苗架台の上面を覆うように親水性シートを設けることにより、植物の根への養液供給を促進することができる。親水性シート6は、含水機能を有し、毛管作用によって液を汲み上げることができる素材であれば特に限定されず、いずれも使用できる。また、空気を透過させる機能や、根を通過させない素材であればより好ましい。親水性シートとしては、例えば、不織布、織布、紙などが挙げられ、特に、親水性織布が好ましい。
【0049】
この親水性シート6に、幅方向の中央位置を示す識別部を設けてもよい。親水性シート6を栽培ベッド槽2上に敷くときに、識別部を長側壁2a,2a間に中央に配置させるようにすることにより、親水性シート6の敷設作業効率が向上する。
【0050】
このように構成された養液栽培用部材1は、必要に応じ、複数個直列に繋ぎ合わされ、長さ10~100mの栽培ベッド槽列10(
図3)とされる。防水性シート5は各栽培ベッド槽2に跨って連続して敷設される。これにより、栽培ベッド槽2同士の繋ぎ合わせ面からの漏水が防止される。
【0051】
本発明の一つの実施形態においては、各栽培ベッド槽2に被せられた定植パネル板3の植え穴3aを通して苗根鉢9を苗架台4の上に載せ、栽培ベッド槽2の底面2bに養液を流して流水路を形成する(流水機構を有する)と共に、養液を栽培ベッド槽に循環供給することにより植物を好ましくは、薄膜水耕栽培する。
【0052】
薄膜水耕の反対概念として、湛液水耕(DFT)がある。湛液水耕は養液に根を浸す方式である。湛液水耕における根への酸素の供給は、湿気空間からでなく、養液中の溶存酸素からの供給となる。
【0053】
苗架台4を使用することで、栽培ベッド槽2と定植パネル板3との間の根の生育空間S内に通気空間Tを形成することができ、特に、栽培後期における、植物の根への酸素の供給を効果的に行うことができる。また、苗架台4を使用することで、苗根鉢9が養液の流れに洗われないので、苗根鉢9の培地が崩れたり、培地が流出することが抑制される。
【0054】
苗架台4及び親水性シート6を配置することで、栽培ベッド槽2の底板部2bを流れる養液の流れが、栽培する植物の根の生長によって阻害されたり、養液が滞留したりすることを抑制することができる。
【0055】
また、苗架台4と親水性シート6との間の連通部を介して、苗架台4の両側の親水性シート6上の液が苗架台4内に流入し、苗架台4内の通気空間Tを通って流下する。このようにして、養液の滞留を抑制することができ、栽培する植物の根が養液に水没して酸素不足になることを抑制し、かつ、植物の根に適度な量の養液を供給することが可能となる。
【0056】
また、通気空間Tから連通部及び開口4b並びに親水性シート6を通して、通気空間T内の酸素(空気)を、根の生育空間Sで生長して密集した根の根群発達層に対しても、効率よく供給することが可能となる。
【0057】
本実施の形態の養液栽培方法によると、水中で生育させる水中根と、湿気中に維持し多数の根毛を有する湿気中根の2つの異なった形態・機能を持った根を生長させることができる。水中根は主に養液中の肥料と水を吸収し、湿気中根は主に湿気中から直接酸素を吸収する。
【0058】
この実施の形態で採用した薄膜水耕方式は、湿気空間を保持しつつ、水中根の生育空間を確実に確保し、水中根からの養分や水分の取り込みを確実に行うことができる。さらに養液の供給が流動式であるため、水質の汚染(微生物の繁殖など)が起こりづらく、安定した栽培を実現することができる。なお、養液栽培システムは、養液温度の制御装置を有することが好ましい。具体的には、給水の配管周囲やタンク内に、温度調整機構を付加することなどが挙げられる。また、本発明の養液栽培方法は、養液の供給温度を制御することが好ましい。これによれば、根の生育空間に適温に供給される養液の温度が制御されることにより、根圏温度が適切に維持され、根の生育が促進される。養液の供給温度は、天候や季節、植物の種類により適宜設定され、限定されるものではないが、例えば、10度以上30度以下が好ましく、15度以上25度以下がより好ましく、特には18度以上23度以下である。
【0059】
本発明の養液栽培方法で生育させた植物の根群は、水中根が多く占める領域と、湿気中根が多く占める領域と、水中根と湿気中根が混在する領域の3つの領域を有する根群とすることができる。更に、水中根と湿気中根が混在する領域と、水中根が多く占める領域に効率よく酸素を供給することで、根が密生した状態においても溶存酸素が不足することを抑制することができ、葉菜類や果菜類の収穫量を増加させることが可能となる。
【0060】
また、本発明は、根が多く発達する果菜類の栽培に好ましく、より好ましくはウリ科の植物の栽培に使用することができ、更に好ましくはキュウリの栽培に好適に使用することができる。
【0061】
上記の養液栽培部材に、タンク、配管、ポンプなどを有する養液循環機構を配置することにより、養液栽培システムとすることができる。
図3は、養液栽培システムの一例を示す平面図である。
【0062】
図3では、ハウス内に複数の栽培ベッド槽2を複数個直列に接続して栽培ベッド槽列10とし、この栽培ベッド槽列10を複数列(図示では4列)配列して栽培ベッド槽群20としている。なお、1つの栽培ベッド槽列10にあっては、複数個の栽培ベッド槽2を直列に配列し、各栽培ベッド槽2に跨って防水性シート5を敷いている。これにより、栽培ベッド槽2同士の繋ぎ合わせ面からの漏水を防止している。1つの栽培ベッド槽列10を構成する栽培ベッド槽2の数は5~100個程度であるが、これに限定されない。
【0063】
各々の栽培ベッド槽列10は、長手方向の一端部から他端部に向けて流水勾配を有するように約1/80~1/200程度の勾配で設置されている。これにより、養液栽培部材は、該栽培ベッド槽の長手方向における上流から下流にかけて流水路を有する薄膜水耕機構を有するものとなる。なお、この養液栽培システムにおいては、前記薄膜水耕栽培機構を有する養液栽培部材に、タンク、配管、及びポンプを有する養液循環機構を配置することが好ましい。このように、本発明の養液栽培部材及び養液栽培システムは、養液の供給及び循環において、薄膜水耕栽培方式とすることにより、根の生育空間における酸素供給領域を確保しやすく、植物の根による酸素吸収が行われやすいため好ましい。すなわち、本発明の養液栽培方法は、苗架台が浸水しないように、栽培ベッド槽における長手方向の一端部から他端部に向けての勾配を設定することが好ましい。これにより、植物の根が発達し水深が高くなる栽培後期においても、根の生育空間内に湿気空間(酸素供給領域)を確保し、植物における湿気中根の発達と酸素の吸収を行うことができる。
【0064】
1つの栽培ベッド槽群20に1個のタンク33が付随して設置されている。この養液栽培システムには、循環する養液を貯留するタンク33があり、タンク33内の養液は、ポンプ34、配管35及び弁36を介して各栽培ベッド槽列10に供給される。
図4の通り、配管35の流入端35eは、タンク33の底部近傍に位置している。
【0065】
植物が吸水した養液量に相当する水量をタンク33に補給するために、原水タンク(図省略)、供給制御弁25a、及び配管25が設けられており、タンク33に貯留される液量が常に一定となるように、フロートバルブであるボールタップ31にて、タンク33への給水量が制御される。
【0066】
各栽培ベッド槽列10の末端部から、吸収されなかった養液がタンク33に戻るように流出流路37が設けられている。
【0067】
この養液栽培システムでは、タンク33に液肥を供給するために、濃厚液肥を貯留するタンク(図省略)、該液肥を供給するための供給制御弁24a、及び配管24が設けられている。循環養液の総肥料濃度は電気伝導度(EC)によって表わされる。タンク33に、EC値を計測するセンサー部が装備されており、タンク33内の養液のECが一定値以下になった場合には、濃厚液肥が補給される。なお、養液栽培システムの液肥を供給する系統は、2種以上の濃厚液肥を貯留する2つのタンクから液肥が補給されることが好ましい。
【0068】
本発明においては、植物に供給される水(養液)のpHを一定の範囲に保持することが好ましい。例えば、pHが特定値以上に上昇した場合には酸などを補給し、pHが一定値以下に下降した場合にはアルカリなどを補給することでpH値を好適に維持することができる。なお、本発明においては、循環水(養液)のpHを計測するセンサーを装備すればなお良い。これによれば、一定範囲に養液pHを制御することも可能である。
【0069】
このような養液栽培方法においては、植物特有の自家中毒物質も根から培養液中に放出されてくるため、栽培終了後も同じ養液を使用すると植物の生育、収量に負の影響を及ぼす。そのため、1作の栽培が終了すると、養液を全量交換する方法が一般的である。
【0070】
このように養液栽培システムから排出される排液中には、肥料成分として窒素、リン酸が含まれ、これらは一般環境排出基準の対象成分でもある。したがって、そのまま系外排出すると環境に負荷を与えることになり、持続可能な農業になりにくい。
【0071】
そこで、本発明の養液栽培方法の第1の形態では、1作の栽培の終了近くになったときに、かかる排液の量及び濃度を減少させるために、以下の工程A~Eを行う。
【0072】
A:栽培終了(収穫)から所定日数(好ましくは14~2日、特に好ましくは10~3日、例えば5日程度)前になったときに、配管24からの養液タンク33への肥料供給を停止する。なお、配管25からの水の供給は継続させて行う。
【0073】
植物が養液を吸収し、それに見合った量の水が配管25からタンク33に補給されるので、養液タンク33及び栽培ベッド槽群10を循環している養液中の窒素及びリン酸等の濃度が次第に低下する。好ましくは、窒素及びリン酸が基準値以下となる(電気伝導度が所定値以上となる)ように上記所定日数を設定する。
【0074】
B:上記窒素及びリン酸が基準値以下となった後に、タンク33への水の供給も停止する。ポンプ34は作動させたままとする。これにより、植物の吸収・蒸散作用によりタンク33内の液位は次第に低下する。
【0075】
C:タンク33内の液位が規定下限液位Lminまで低下した後、1つの栽培ベッド槽群10(好ましくは、養液の貯留量(薄膜の水位)が最も少なくなっているもの)へ給液するバルブ36を閉め、当該栽培ベッド槽10内の養液をすべてタンク33へ自然流下により流出させる。なお、このとき、該栽培ベッド槽10内の滞留養液の全量をタンク33に受け入れても、タンク33内の液位が上限液位Lmax(例えばボールタップ31の止水水位)以下となるようにタンク33の容積及び栽培ベッド槽群10内の滞留液量が設定されている。
【0076】
なお、このように1つの栽培ベッド槽群10への養液供給を停止し、該栽培ベッド槽群10から養液をタンク33に流出させている間も、他の栽培ベッド槽群10へはそれまでと同様にタンク33からの養液循環を継続させる。
【0077】
D:該1つの栽培ベッド槽群10からのタンク33への養液流出停止後、タンク33内の液位が下限水位Lminまで低下した後、該他の栽培ベッド槽群10のうちの1つについて、当該栽培ベッド槽群10への給液バルブ36の閉、及びタンク33への滞留養液の流出を行う。
【0078】
以下、さらに残りの栽培ベッド槽群10についても、1つずつ同様に給液バルブ36の閉、及びタンク33への滞留養液の流出を行う。
【0079】
E:最後の栽培ベッド槽群10から養液をタンク33に流出させた後、タンク33内の養液(排液)を系外に排出する。
【0080】
この第1の形態に係るA~Eの工程(第1の方法)を行うと、工程Aでタンク33への液肥供給を停止しているので、それ以降、栽培ベッド槽群10及びタンク33を循環する養液の濃度が低下する。また、工程Bでタンク33への水供給を停止させているので、それ以降、栽培ベッド槽群10及びタンク33の全保有液量が次第に減少し、最終的には最後の1つの栽培ベッド槽群10からタンク33に流入した量の液がタンク33に残り、この液のみが系外排出される。この結果、系外排出される排液の濃度及び量が著しく少ないものとなる。
【0081】
この方法では、栽培ベッド槽の長さ(植物の枚数)により、蒸散で減少させる時間及び最終的に養液タンクに残る培養液量が異なる。
【0082】
栽培ベッド槽の長さが長いほど、蒸散で養液量が減少する時間が短くなる一方、養液タンクに残る培養液量が多くなり、系外排出液量が多くなる。
【0083】
上記第1の方法では、すべての栽培ベッド槽群10からのタンク33への排液終了後、タンク33内の液を系外排出しているが、本発明では、これ以外の方法によって排液の濃度及び量を減少させてもよい。
【0084】
第2の方法では、第1の方法において、最後から2番目の栽培ベッド槽群10からタンク33への排液が終了した後、最後の栽培ベッド槽10への養液の循環供給を継続し、タンク33内の液位が所定水位(例えば、前記下限水位Lmin)となるまでこの循環供給を継続して行い、その後、タンク33内の養液(排液)を系外に排出する。この第2の方法によると、系外排出する液量がさらに少ないものとなる。なお、タンク33内の残液は、ポンプ34とは別の小型ポンプを用いて系外排出する。
【0085】
第3の方法では、上記第1の方法において、すべての栽培ベッド槽群10からタンク33への養液排出後、少数個の栽培ベッド槽群10を選択し、これら栽培ベッド槽群10の最下流側からの液流出を停止すべく、液流出防止措置を行う。例えば、栽培ベッド槽群10の防水シートの末端側を持ち上げる。そして、これら選択した栽培ベッド槽に対しタンク33内の残液のほぼ全量をポンプ34及び配管35によって分配供給する。この際、各栽培ベッド槽群10から養液が溢れ出ないように、選択する栽培ベッド槽群10の数を設定しておく。各栽培ベッド槽群10に分配された養液は、徐々に植物に吸収されて蒸散する。
【0086】
この第3の方法によると、系外排出される排液は無くなる。
【0087】
第1~第3の方法においては、植物の蒸散によって排液量を減少させるようにしている。そのため、この蒸散を促進することにより、第1~第3の方法の実行に要する時間を短縮することができる。
【0088】
蒸散を促進させるための方法としては、次の(1)~(3)の方法が例示される。
(1)養液栽培システムが設置されているハウス内の気温を上昇させて、葉温を上げる。
(2)加温あるいは、低湿度の外気を導入したり、除湿機を利用してハウス内湿度を適湿に維持する。
(3)適度の風速(0.5~0.8m程度)を与え、葉の裏側にできる葉面境界層の抵抗を小さくする。
【符号の説明】
【0089】
S 根の生育空間
T 通気空間
1 養液栽培用部材
2 栽培ベッド槽
2b 底板部
3 定植パネル板
3a 植え穴
4 苗架台
5 防水性シート
6 親水性シート
9 苗根鉢
10 栽培ベッド槽列
20 栽培ベッド槽群
31 ボールタップ
33 タンク
34 ポンプ