(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-27
(45)【発行日】2024-06-04
(54)【発明の名称】運転者の覚醒維持装置
(51)【国際特許分類】
G08G 1/16 20060101AFI20240528BHJP
A61M 21/00 20060101ALI20240528BHJP
B60K 28/06 20060101ALI20240528BHJP
【FI】
G08G1/16 F
A61M21/00 B
B60K28/06 A
(21)【出願番号】P 2021046223
(22)【出願日】2021-03-19
【審査請求日】2023-08-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森林 俊貴
(72)【発明者】
【氏名】楠本 信平
(72)【発明者】
【氏名】藤原 由貴
【審査官】小林 勝広
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/152678(WO,A1)
【文献】特開2005-231381(JP,A)
【文献】特開2017-228280(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 21/00
B60K 28/00-28/16
G08G 1/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の運転者の覚醒維持装置であって、
前記運転者の運転状態を検出する運転状態検出部と、
前記運転者の前方に虚像による画像を表示する表示部と、
前記運転状態検出部と前記表示部と電気的に接続された制御部と、を備え、
前記制御部は、前記運転状態検出部からの入力信号に基づいて前記運転者の覚醒状態を判定するとともに、前記運転者の覚醒状態が低下していると判定したときには、前記運転者の視覚の知覚閾値よりも低い画像である特定画像を、該運転者の視野領域に表示するように前記表示部に制御信号を出力
し、
前記特定画像は、明度が50±2%でかつ透明度が94±2%の画像であることを特徴とする運転者の覚醒維持装置。
【請求項2】
請求項
1に記載の運転者の覚醒維持装置において、
前記特定画像は複数あり、
前記制御部は、前記複数の特定画像からランダムに選択した画像を前記表示部に表示させる制御を繰り返し実行することを特徴とする運転者の覚醒維持装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示された技術は、運転者の覚醒維持装置に関する技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
従来より、運転者の状態に応じて、運転者の覚醒度を安全運転が可能な状態にするように、運転者の感覚に働きかける技術が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、運転者の覚醒度が、運転者が平静な状態となる平静領域よりも漫然となる漫然領域となるときに、覚醒度を平静領域とするように短期的な覚醒向上効果を狙うことを目的とした短期的覚醒向上制御部、および、覚醒度が漫然領域となっているときに覚醒度を平静領域とするように長期的に覚醒向上効果を狙うことを目的とした制御、又は、覚醒向上効果を狙うには相当時間要する制御となる長期的覚醒向上制御部を備える覚醒向上制御部を有する安全運転支援装置が開示されている。
【0004】
特許文献1では、短期的覚醒向上制御として、警告音を流す、警告ランプを点灯又は点滅させるなどの制御が開示されており、長期的覚醒向上制御として、音楽の音量を徐々に増加させる、表示輝度を暗から明に徐々に増加させるなどの制御が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来は、特許文献1で例示されているように、運転者の覚醒度を向上させたり、維持させたりするための制御として、運転者に比較的大きな外的刺激を与えることが検討されている。しかしながら、これらの外的刺激は運転者に煩わしさを感じさせてしまい、時には運転を阻害してしまう可能性もある。
【0007】
ここに開示された技術は斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、運転者に煩わしさを感じさせることなく、運転者の覚醒状態を維持させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、ここに開示された技術では、車両の運転者の覚醒維持装置を対象として、前記運転者の運転状態を検出する運転状態検出部と、前記運転者の前方に虚像による画像を表示する表示部と、前記運転状態検出部と前記表示部と電気的に接続された制御部と、を備え、前記制御部は、前記運転状態検出部からの入力信号に基づいて前記運転者の覚醒状態を判定するとともに、前記運転者の覚醒状態が低下していると判定したときには、前記運転者の視覚の知覚閾値よりも低い画像である特定画像を、該運転者の視野領域に表示するように前記表示部に制御信号を出力する、というものとした。
【0009】
本願発明者らが鋭意研究したところ、運転者が視覚を通じて知覚することができる知覚閾値よりも低い画像、すなわち、運転者の視覚では認識し難い画像を表示した場合であっても、運転者の覚醒状態を維持できることが分かった。具体的には、運転者の視覚の知覚閾値よりも低い特定画像を、運転者の前方に表示した場合、運転者自身は該特定画像を認識しにくいが、運転者の脳は特定画像をノイズとして認識する。脳が特定画像をノイズとして認識すると、脳活動の連携性が高くなり、大脳から視床下部への投射が強くなる。視床下部への投射が強くなることで、交感神経への作用が向上される。これにより、交感神経の活動が活発になり、運転者は覚醒状態に向かう。
【0010】
また、特定画像は、運転者が知覚し難い画像であるため、運転者の前方の視野領域に表示したとしても、運転者が煩わしさを感じることはない。
【0011】
したがって、運転者に煩わしさを感じさせることなく、運転者の覚醒状態を維持させることができる。
【0012】
前記運転者の覚醒維持装置において、前記特定画像は、明度が50±2%でかつ透明度が94±2%の画像である、という構成でもよい。
【0013】
すなわち、本願発明者らが鋭意研究したところ、透明度が92%未満の画像では運転者が画像を知覚することができることが分かった。一方で、透明度が高すぎると脳への刺激が弱くなってしまう。そこで、特定画像の透明度を94±2%とすることで、運転者に煩わしさを与えないようにしつつ、運転者の脳に適切に刺激を与えることができる。また、特定画像の明度を50±2%とすることで、特定画像を運転者に知覚させにくくすることができる。すなわち、明度は0%~100%で表され、100%に近いほど画像が白く、0%に近いほど画像が黒くなるパラメータである。このため、画像の明度が高い場合には、トンネル内や夜間など周囲が暗い状況では運転者が画像を知覚しやすくなり、逆に、明度が低い場合には、周囲が明るい状況では運転者が画像を知覚しやすくなる。したがって、特定画像の明度を50±2%とすることで、特定画像を車両外部の景色(特に、車両前方の景色)に出来る限り溶け込ませることができる。よって、運転者に煩わしさを与えるのをより効果的に抑制することができる。
【0014】
前記運転者の覚醒維持装置において、前記特定画像は複数あり、前記制御部は、前記複数の特定画像からランダムに選択した画像を前記表示部に表示させる制御を繰り返し実行する、という構成でもよい。
【0015】
この構成によると、特定画像に対する慣れを出来る限り抑制して、運転者の脳に刺激を与え続けることができる。これにより、運転者の覚醒状態をより効果的に維持させることができる。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、ここに開示された技術によると、運転者に煩わしさを感じさせることなく、運転者の覚醒状態を維持させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る覚醒維持装置を備えた車両の車室内を示す概略図である。
【
図2】
図2は、車両の制御系を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、実験で用いたドライブシミュレーションを示す図である。
【
図4】
図4は、ドライブシミュレーションに示す画像を例示する図である。
【
図5】
図5は、覚醒度の変化を特定画像の有無で比較したグラフである。
【
図6】
図6は、β波の帯域における前頭前野と運動野との相関を特定画像の有無で比較したグラフである。
【
図7】
図7は、交感神経の活動量を特定画像の有無で比較したグラフである。
【
図8】
図8は、ECUの覚醒維持制御における入力系及び出力系を例示するブロック図である。
【
図9】
図9は、瞼開閉度解析部の解析を説明するための図である。
【
図10】
図10は、ECUの覚醒維持制御における処理動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、例示的な実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。尚、以下の説明では、車両の運転者から見た前、後、左、右、上及び下を、それぞれ単に前、後、左、右、上及び下という。これら前後方向、左右方向、及び上下方向は、説明を簡単にするために便宜上特定しているだけであり、実際の使用状態を限定するものではない。
【0019】
〈車両構成〉
本実施形態に係る覚醒維持装置を備える車両の内装を示す。車両は四輪の自動車であり、不図示の駆動装置により、4つの車輪のうち左右対称状に位置する2輪(例えば前輪)を駆動する。これにより、車両は移動(走行)する。
【0020】
図1に示すように、車両は、右ハンドル式の車両であって、右側にステアリングホイール8が配置されている。車室内において、運転席から見て前側にはフロントウィンドウガラス1が配置されている。フロントウィンドウガラス1は、車室内側から見て、複数の車両構成部材により区画されている。具体的には、フロントウィンドウガラス1は、左右のフロントピラートリム2と、ルーフトリム3と、インストルメントパネル4とによって区画されている。
【0021】
左右のフロントピラートリム2は、フロントウィンドウガラス1の車幅方向外側の境界をそれぞれ構成している。各フロントピラートリム2は、各フロントピラーに沿って配置されている。
【0022】
ルーフトリム3は、フロントウィンドウガラス1の上側の境界を構成している。ルーフトリム3は、車両のルーフパネルの車室内側を覆っている。フロントウィンドウガラス1の車幅方向の中央でかつルーフトリム3のやや下側の部分には、バックミラー5が取り付けられている。
【0023】
インストルメントパネル4は、フロントウィンドウガラス1の下側の境界を構成している。インストルメントパネル4には、メーターボックスやセンターディスプレイ7が設けられている。センターディスプレイ7の近傍部分には、車室内、特に、運転者の顔面を撮影するドライバモニタカメラ101(
図2参照)が設けられている。センターディスプレイ7の近傍部分にドライバモニタカメラ101を配置することで、運転者の前髪やまつげに妨げられることなく、運転者の眼を撮影することができる。
【0024】
また、前記車両は、運転者の前方の視野領域に画像を表示する表示装置としてのヘッドアップディスプレイ10(以下、HUD10という)を有する。具体的には、HUD10は、フロントウィンドウガラス1に虚像による画像を表示する。HUD10は、フロントウィンドウガラス1に下側から画像を投影することにより、フロントウィンドウガラス1上の所定領域に該画像の虚像を表示する。本実施形態1において、HUD10の表示範囲は、フロントウィンドウガラス1の全体に設定されている。フロントウィンドウガラス1及びHUD10は、運転者の前方に位置しかつ虚像による画像を表示するディスプレイの一例である。
【0025】
また、前記車両は、左右のフロントピラーよりも車幅方向外側に、サイドミラー6をそれぞれ有している。各サイドミラー6は、運転席に着座した運転者がサイドドアのウィンドウ越しに見ることが出来るように配置されている。
【0026】
〈制御系〉
本実施形態において覚醒維持装置は、運転者の状態に応じて、HUD10を制御する。覚醒維持装置は、HUD10を制御するECU50(Electrical Control Unit)を備える。ECU50は、プロセッサと、複数のモジュールを有するメモリ等から構成されるコンピュータハードウェアである。
【0027】
図2に示すように、ECU50は、複数のセンサや外部端末からの入力された情報に基づいて、HUD10への制御信号を生成する。ECU30に情報を入力するセンサは、
車両の前方を撮影する複数のフロントカメラ100、
運転者の顔面含む上半身を撮影するドライバモニタカメラ101、
車両の走行速度を検出する車速センサ102、
車両の前後方向の加速度を検出する加速度センサ103
車両の鉛直軸周りの回転角速度(ヨーレート)を検出するヨーレートセンサ104、
運転者のステアリングホイール8の操舵角を検出する操舵角センサ105、
運転者のステアリングホイール8の操舵トルクを検出する操舵トルクセンサ106、
アクセルペダルの操作量を検出するアクセル開度センサ107、
ブレーキペダルの操作量を検出するブレーキセンサ108、
全地球測位システム(Global Positioning System:GPS)を利用して、車両の位置を検出するGPSセンサ109、
を含む。
【0028】
ドライバモニタカメラ101は、近赤外光を発光するLEDが搭載されたカメラであって、このLEDにより外光に影響を受けずに運転者の顔面を照らした状態で、撮像することができる。
【0029】
詳しくは後述するが、ECU50は、ドライバモニタカメラ101、車速センサ102、加速度センサ103、ヨーレートセンサ104、操舵角センサ105、操舵トルクセンサ106、アクセル開度センサ107、ブレーキセンサ108、及びGPSセンサ109からの情報に基づいて、運転者の覚醒度を推定して、該推定した覚醒度に基づいてHUD10を制御する。
【0030】
ECU50は、センサ類100~108からの情報に基づいて、ステアリング制御装置61、ブレーキ制御装置62、及びエンジン制御装置63への制御信号を出力する。
【0031】
ステアリング制御装置61は、不図示のEPAS(Electronic Power Asist Steering)を制御するための装置である。具体的には、EPASが所望のアシストトルクを出力するように制御する装置である。ECU50は、主に、車速センサ102、操舵角センサ105、及び操舵トルクセンサ106からの情報に基づいて、ステアリング制御装置61に対する制御信号を生成する。
【0032】
ブレーキ制御装置62は、所望の制動力が得られるように不図示のブレーキ装置を制御するための装置である。ECU50は、主に、車速センサ102、ブレーキセンサ108からの情報に基づいて、ブレーキ制御装置62に対する制御信号を生成する。
【0033】
エンジン制御装置63は、所望の駆動力が得られるように不図示のエンジンを制御するための装置である。具体的には、エンジン制御装置63は、燃料の噴射量、燃料の噴射タイミング、点火プラグの点火タイミング等を制御する。ECU50は、主に、車速センサ102、アクセル開度センサ107からの情報に基づいて、エンジン制御装置63に対する制御信号を生成する。
【0034】
また、詳しくは後述するが、ECU50は、運転者に異常が生じたときには、車両を緊急停止させるために、ステアリング制御装置61、ブレーキ制御装置62、及びエンジン制御装置63に制御信号を送る。
【0035】
〈画像表示と運転者の覚醒度との関係〉
本願発明者らは、運転者の覚醒度を出来る限り高く維持するために、運転者の視覚を通じて運転者の脳に刺激を与えることを検討した。本願発明者らは、特に、運転者に煩わしさを感じさせないようにしつつ、運転者の覚醒度を維持することを検討した。尚、運転者の覚醒度が低い状態とは、例えば、運転者が眠気をもよおしていたり、漫然として注意力が低下していたりする状態のことである。
【0036】
本願発明者らは、
図3に示すようなドライブシミュレータ80を用いて、複数人の被験者に対して実験を行った。実験では、被験者に運転させつつ、ドライブシミュレータ80の画面にノイズとなる画像(以下、特定画像SIという)を表示した。ドライブシミュレータ80には、
図4で示すように、道路と重複する位置に特定画像SIを表示した。
図4では、表示する位置を分かりやすくするためにハッチングをして示しているが、実際に表示する特定画像SIは、透明度が高く、被験者の視覚の知覚閾値よりも低い画像である。尚、視覚の知覚閾値とは、被験者が視覚を通じて画像を認識できる閾値のことを意味する。より具体的には、「知覚閾値以上の画像」は被験者が視覚を通じて認識できる画像のことを意味し、「知覚閾値よりも低い画像」は被験者が視覚を通じて認識できない画像を意味する。
【0037】
本願発明者らは、先ず、被験者の知覚閾値を明確にする測定を行った。具体的には、
(i)透明度80.0%~99.5%の画像を透明度80.0%から0.5%刻みで増やしながら表示して、画像が見えなくなったときに申告してもらう。
(ii)透明度80.0%~99.5%の画像を透明度99.5%から0.5%刻みで減らしながら表示して、画像が見えたときに申告してもらう。
という2つの計測を行って、それらの平均値を算出した。表示する画像は、明度50%の単色画像とした。尚、ここでいう透明度は、0%が全く透けていない状態であり、100%が完全に透けて何も見えない状態である。
【0038】
これらの計測の結果、おおよそ透明度92%になると被験者が知覚できない、すなわち、透明度91%~92%に知覚閾値があることが分かった。このため、特定画像SIは、透明度92%が下限値となるように、透明度94%±2%の画像にした。
【0039】
また、本願発明者らは、特定画像SIは、明度50%±2%の画像とした。明度は0%~100%で表され、100%に近いほど画像が白く、0%に近いほど画像が黒くなるパラメータである。このため、画像の明度が高い場合には、トンネル内や夜間など周囲が暗い状況では運転者が画像を知覚しやすくなり、逆に、明度が低い場合には、周囲が明るい状況では運転者が画像を知覚しやすくなる。したがって、特定画像の明度を50±2%とすることで、特定画像SIを車両外部の景色(特に、車両前方の景色)に出来る限り溶け込ませることができる。これにより、運転者に視覚を通じて知覚しにくくすることができるためである。
【0040】
本願発明者らは、透明度94%±2%でかつ明度50%±2%の複数の画像からランダムに選択した画像をドライブシミュレータ80の画面に表示させる制御を繰り返し実行して、そのときの覚醒度、脳波、及び交感神経活動量を測定した。表示する画像は、透明度及び明度が、透明度94%±2%、明度50%±2%の範囲で、それぞれ異なる画像である。被験者の覚醒度は、被験者の開眼時間、被験者の頭や手の動き、走行路の形状(ここでは、ドライブシミュレータ80に表示している走行路の形状)、車速等に基づいて、以下の5段階で評価した。
レベル1:平静状態(視線の動きが早く頻繁、瞬きが安定した周期)、
レベル2:覚醒度やや低下(唇があいている、視線移動の動きが遅い)、
レベル3:覚醒度低下(瞬きはゆっくりと頻繁、座り直しがある、顔に手をやる)、
レベル4:覚醒度がかなり低下(瞬きが意識的、あくびや深呼吸が頻繁、遅い瞬き)、
レベル5:覚醒度が非常に低下(まぶたを閉じる、頭が前後に倒れる)。
【0041】
図5~
図7は、上記の実験の結果を示す。
図5は、覚醒度の維持時間を評価したものである。縦軸は前述した覚醒度のレベルを表し、横軸は時間である。実線のノイズありが特定画像SIを表示した場合の結果であり、破線のノイズなしが特定画像SIを表示しない場合の結果である。
図5では、覚醒度がレベル1.5等の中間の値をとる場合があるが、これは、例えば所定の計測時間の間にレベル1とレベル2とを行き来しており、平均するとレベル1.5になる場合である。
【0042】
図5に示すように、特定画像SIを表示したときの方が、覚醒度が高い状態が長時間維持されていることが分かる。これにより、運転者の知覚閾値よりも低い画像を表示したとしても覚醒度が高い状態が維持されることが分かった。
【0043】
図6は、脳波の測定結果から、β波領域における前頭前野と運動野とのコヒーレンス、すなわち、前頭前野と運動野との相関を評価した結果である。β波は、主に集中しているときにパワー値が上昇する脳波であり、覚醒度が高いほどパワー値が上昇する。前頭前野は前頭葉に位置する連合野であり、覚醒状態との関連が強い視床下部と強区結びついている部位である。運動野は、運動前野を含む部位であり、視覚情報を含む感覚情報を運動制御につなげる部位である。前頭前野と運動野とのコヒーレンスが高くなるとは、前頭前野と運動野とが連動して活性化(同時に活性化)しており、感覚情報を伴う運動により覚醒状態に与えられる影響が強くなっていることを意味する。特に、β波領域における前頭前野と運動野とのコヒーレンスが高くなった場合には、脳に入力された感覚情報を伴う運動により、覚醒度が高くなるような作用が働いているといえる。
【0044】
図6によると、覚醒度がレベル1~レベル4の場合のそれぞれで、特定画像SIを表示したとき(ノイズありのとき、
図6右側に間隔の狭いハッチングで示す)の方が、特定画像SIを表示しないとき(ノイズなしのとき、
図6左側に間隔の広いハッチングで示す)と比較して、β波領域における前頭前野と運動野とのコヒーレンスが高くなっていることが分かる。これは、被験者は特定画像SIを知覚していないが、脳には視覚情報として入力されていること、そして、この視覚情報の下で運転動作を行うことで、被験者に覚醒度が高くなるような生体変化が生じていることを表している。
【0045】
図7は、交感神経の活動量の平均を表す。交感神経は、覚醒度が高いほど活動量が大きくなり、覚醒度が低いほど(リラックスしているときほど)活動量が小さくなる。
図7によると、特定画像SIを表示したとき(ノイズありのとき)の方が、特定画像SIを表示しないとき(ノイズなしのとき)と比較して、交感神経の活動量が増加していることが分かる。つまり、特定画像SIを表示したときの方が、特定画像SIを表示しないときと比較して、覚醒度が高くなっている。これは、前頭前野と運動野とのコヒーレンスが高くなることで、前頭前野から視床下部への投射が強くなった結果、交感神経への作用が向上したと考えられる。このように、交感神経の活動量の向上は、前述したような覚醒度が高い状態に維持された結果とも対応している。したがって、この実験の結果、特定画像SIを表示することにより、脳に刺激が与えられて、覚醒維持効果が得られるといえる。
【0046】
〈覚醒維持制御のプロセス〉
図8は、覚醒維持制御のプロセスを示す。
図8に示すように、EUC50は、入力として操舵トルクセンサ106により検出されるステアリングトルクと、加速度センサ103により検出される前後方向の加速度と、ヨーレートセンサ104により検出される角速度と、車速センサ102により入力される車速と、ドライバモニタカメラ101により取得される運転者画像と、フロントカメラ100により取得される前方画像とを取得する。
【0047】
ECU50は、運転者による運転操作を解析する操作解析部51と、運転の継続時間を算出する連続運転時間算出部52と、運転者の瞼の開閉を解析する瞼開閉度解析部53と、車両が走行している走行路を解析する走行路解析部54とを有する。
【0048】
操作解析部51は、運転者による加減速の大きさ、ステアリングホイール8の操作量や操作タイミングなどを解析する。
【0049】
連続運転時間算出部52は、同一運転者による連続運転時間を算出する。連続運転時間算出部52は、車速が0よりも大きくなってから、再び0になるまでの時間を連続運転時間として算出する。
【0050】
瞼開閉度解析部53は、運転者画像に基づいて瞼の開閉時間の割合を検出する。瞼開閉度解析部53は、例えば、
図9に示すように、瞼の開き率が20%以下になる時間の割合を解析する。
【0051】
走行路解析部54は、車両が走行中の走行路の形状、及び走行予定の車両前方の走行路形状を解析する。走行路解析部54は、特に、車両前方にカーブや交差点、横断歩道等があるか否かを解析する。
【0052】
操作解析部51、連続運転時間算出部52、瞼開閉度解析部53、及び走行路解析部54の結果は、覚醒度判定部55に入力される。覚醒度判定部55は、運転者の覚醒度が前述したレベル1~レベル5のいずれであるかを判定する。
【0053】
覚醒度判定部55は、運転者による急加速、急減速、急旋回の有無やその回数、加速動作や旋回動作の遅れ、連続運転時間、瞼の開閉時間の割合、視線の動き等の情報に基づいて運転者の覚醒度を判定する。覚醒度判定部55は、加減速の急変や角速度の急増が運転者の覚醒度低下によるものであるか、走行路の形状によるものであるかを判別するため、また、加速動作や旋回動作の遅れを判別するために、これらの走行に関連する情報を走行路の形状と関連付けて判定する。覚醒度判定部55は、運転者の視線の動きが覚醒度低下による脇見であるか、安全確認のための動きであるのかを判別するために、運転者の視線の動きを走行路と関連付けて判定する。
【0054】
覚醒度判定部55は、運転者の覚醒度が低下しているが、覚醒度がある程度高いとき(例えば、レベル3以下)には、運転者の覚醒度が高い状態を維持すべく、画像出力制御部56に制御信号を出力する。画像出力制御部56は、予め格納された複数の特定画像SIからランダムに選択した画像をHUD10に表示させる制御を、所定のタイミングで連続して繰り返し行う。つまり、画像出力制御部56は、あるタイミングで複数の特定画像SIからランダムに選択して、選択した画像をHUD10に表示させ、次のタイミングでは再度複数の特定画像SIからランダムに選択して、選択した画像をHUD10に表示させる。HUD10により表示される特定画像SIは、前述の実験で用いられたような、運転者の知覚閾値よりも低い画像、すなわち、透明度94%±2%でかつ明度50%±2%の単色画像である。予め格納された複数の特定画像SIは、透明度及び明度が、透明度94%±2%、明度50%±2%の範囲で、それぞれ異なっている。HUD10は、全て異なる画像を表示してもよいし、一部の画像を2回以上表示してもよい。所定のタイミングは、例えば1秒間に特定画像を30回表示可能なタイミングであり、約30ミリ秒である。
【0055】
画像出力制御部56は、車室内側から見て、フロントウィンドウガラス1における車両前方の走行路と重複する領域に特定画像SIを表示する。一般に、運転者の視線は車両前方の走行路を向いているためである。画像出力制御部56は、ドライバモニタカメラ101から算出された運転者の視線にもとづいて、運転者の視線の先に画像を表示するようにHUD10を制御してもよい。
【0056】
覚醒度判定部55は、運転者の覚醒度が低下して、運転者の覚醒度が低くなったとき(例えば、レベル3よりも高くなったとき)には、運転者に異常が生じていると判定して、異常時車両制御部57に制御信号を送る。異常時車両制御部57は、運転者の異常時における車両制御を行うべく、ステアリング制御装置61、ブレーキ制御装置62、及びエンジン制御装置63に制御信号を送る。異常時車両制御部57は、例えば、車両を路肩や近くの駐車場に停車させるように、ステアリング制御装置61、ブレーキ制御装置62、及びエンジン制御装置63に制御信号を送る。
【0057】
図10は、ECU50による覚醒維持制御のフローチャートである。
【0058】
ステップS1において、ECU50は、各種センサからの情報を取得する。
【0059】
次にステップS2において、ECU50は、運転者の覚醒度を判定する。
【0060】
次いでステップS3において、ECU50は、運転者の覚醒度が低下したか否かについて判定する。ECU50は、運転者の覚醒度が低下しているYESのときには、ステップS4に進む。一方で、ECU50は、運転者の覚醒度が低下していないNOのときにはリターンする。
【0061】
前記ステップS4では、ECU50は、運転者の覚醒度が所定レベル以下であるか否かを判定する。ECU50は、運転者の覚醒度が所定レベル以下であるYESのときには、ステップS5に進む。一方で、ECU50は、運転者の覚醒度が所定レベルよりも高いNOのときには、ステップS6に進む。所定レベルは、例えば、前述のレベル3である。
【0062】
前記ステップS5では、ECU50は、運転者の覚醒度が高い状態を維持すべく特定画像SIを表示する。ステップS5の後はリターンする。
【0063】
一方で、前記ステップS6では、ECU50は、運転者異常時の制御に移行して、車両を路肩や近くの駐車場に停車させるように、車両を制御する。ステップS6の後は覚醒維持制御を終了する。
【0064】
したがって、本実施形態によると、運転者の運転状態を検出する各種センサ100~109と、運転者の前方に虚像による画像を表示するHUD10と、各種センサ100~109とHUD10と電気的に接続されたECU50と、を備え、ECU50は、各種センサ100~109からの入力信号に基づいて運転者の覚醒状態を判定するとともに、運転者の覚醒状態が低下していると判定したときには、運転者の視覚の知覚閾値よりも低い画像である特定画像SIを、該運転者の視野領域に表示するようにHUD10に制御信号を出力する。これにより、運転者の脳は特定画像SIをノイズとして認識して、前頭前野と運動野との連携性が高くなり、大脳から視床下部への投射が強くなる。視床下部への投射が強くなることで、交感神経への作用が向上されて、運転者が覚醒状態に向かう。また、特定画像SIは、運転者が知覚し難い画像であるため、運転者の前方の視野領域に表示したとしても、運転者が煩わしさを感じることはない。したがって、運転者に煩わしさを感じさせることなく、運転者の覚醒状態を維持させることができる。
【0065】
また、本実施形態において、特定画像SIは、明度が50±2%でかつ透明度が94±2%の画像である。これにより、運転者に煩わしさを与えるのをより効果的に抑制しつつ、運転者の覚醒度を高い状態に維持することができる。
【0066】
また、本実施形態において、特定画像SIは複数あり、ECU50は、複数の特定画像SIからランダムに選択した画像をHUD10に表示させる制御を繰り返し実行する。これにより、特定画像SIに対する慣れを出来る限り抑制して、運転者の脳に刺激を与え続けることができる。これにより、運転者の覚醒状態をより効果的に維持させることができる。
【0067】
(その他の実施形態)
ここに開示された技術は、前述の実施形態に限られるものではなく、請求の範囲の主旨を逸脱しない範囲で代用が可能である。
【0068】
前述の実施形態では、画像出力制御部56は、特定画像SIを、運転者の視線の先、特に、車室内側から見て、フロントウィンドウガラス1における車両前方の走行路と重複する領域に表示させるようにしていた。これに限らず、車室内側から見て、フロントウィンドウガラス1における運転者の視野領域と重複する領域であれば、必ずしも車両前方の走行路と重複する領域でなくてもよい。
【0069】
前述の実施形態は単なる例示に過ぎず、本開示の範囲を限定的に解釈してはならない。本開示の範囲は請求の範囲によって定義され、請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本開示の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0070】
ここに開示された技術は、運転者の覚醒度を出来る限り高い状態に維持するための覚醒維持装置として有用である。
【符号の説明】
【0071】
1 フロントウィンドウガラス(表示部)
10 ヘッドアップディスプレイ(表示部)
50 ECU(制御部)
100 フロントカメラ(運転状態検出部)
101 ドラバイモニタカメラ(運転状態検出部)
102 車速センサ(運転状態検出部)
103 加速度センサ(運転状態検出部)
104 ヨーレートセンサ(運転状態検出部)
105 操舵角センサ(運転状態検出部)
106 操舵トルクセンサ(運転状態検出部)
107 アクセル開度センサ(運転状態検出部)
108 ブレーキセンサ(運転状態検出部)
109 GPS(運転状態検出部)
SI 特定画像