(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-27
(45)【発行日】2024-06-04
(54)【発明の名称】オーステナイト化フェライト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
G04B 37/22 20060101AFI20240528BHJP
【FI】
G04B37/22 A
(21)【出願番号】P 2023064027
(22)【出願日】2023-04-11
(62)【分割の表示】P 2019197477の分割
【原出願日】2019-10-30
【審査請求日】2023-05-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179475
【氏名又は名称】仲井 智至
(74)【代理人】
【識別番号】100216253
【氏名又は名称】松岡 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100225901
【氏名又は名称】今村 真之
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼澤 幸樹
【審査官】榮永 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-69049(JP,A)
【文献】特開2007-247035(JP,A)
【文献】特開2006-316338(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 1/00 - 99/00
C22C 38/00 - 38/60
C21D 6/00
C21D 7/00 - 8/10
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト相で構成された基部と、
オーステナイト化相で構成された表面層と、
前記基部と前記表面層との間に形成され前記フェライト相と前記オーステナイト化相とが混在する混在層と、
を備え、
前記基部は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:1.3~2.8%、Nb:0.05~0.50%、Cu:0.1~0.8%、Ni:0.5%
以下、Mn:0.8%
以下、Si:0.5%
以下、P:0.10%未満、S:0.05%未満、N:0.05%未満、C:0.05%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記表面層の窒素の含有量は、質量%で1.0~1.6%であり、
前記表面層の表面には、AES分析における酸素プロファイル換算で、2.5nm以上の厚さの酸化膜を有する
ことを特徴とするオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼において、
前記酸化膜は、JIS G0577に基づく孔食電位測定試験において、1000mV以上の電位において2次不動態域を有することを特徴とするオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼において、
前記酸化膜は、JIS G0577に基づく孔食電位測定試験において、1000mV以上の電位において電流密度の降下が発生することを特徴とするオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼において、
前記酸化膜は、SPM測定において10V印加時における電流値の最大値が1×10-9nA以下であることを特徴とするオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計用部品および時計に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、ステンレス鋼からなる基材に、湿式メッキ法で形成した被膜層と、乾式メッキ法で形成した被膜層とを積層させた時計用外装部品が開示されている。
特許文献1では、基材に複数の被膜層を積層させることにより、高級感があり、かつ、外観品質が劣化しにくくできるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1では、複数種類のメッキ法を組み合わせて、基材に被膜層を積層させる必要があるので、製造工程が煩雑になってしまうといった問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示のオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼は、フェライト相で構成された基部と、オーステナイト化相で構成された表面層と、前記基部と前記表面層との間に形成され前記フェライト相と前記オーステナイト化相とが混在する混在層と、を備え、前記基部は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:1.3~2.8%、Nb:0.05~0.50%、Cu:0.1~0.8%、Ni:0.5%以下、Mn:0.8%以下、Si:0.5%以下、P:0.10%未満、S:0.05%未満、N:0.05%未満、C:0.05%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、前記表面層の窒素の含有量は、質量%で1.0~1.6%であり、前記表面層の表面には、AES分析における酸素プロファイル換算で、2.5nm以上の厚さの酸化膜を有する。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【発明を実施するための形態】
【0007】
[実施形態]
以下、本開示の一実施形態の時計1を図面に基づいて説明する。
図1は、時計1を示す正面図である。本実施形態では、時計1は、ユーザーの手首に装着される腕時計として構成される。
図1に示すように、時計1は、金属製のケース2を備える。そして、ケース2の内部には、円板状の文字板10と、秒針3、分針4、時針5と、りゅうず7と、Aボタン8と、Bボタン9とを備える。なお、ケース2は、本開示の時計用部品の一例である。
文字板10には、時刻を指示するためのアワーマーク6が設けられている。
【0008】
[ケース]
図2は、ケース2の要部を示す断面図である。なお、
図2では、ケース2を表面221から深さ方向に切断した断面図を示している。
図2に示すように、ケース2は、フェライト相で構成された基部21と、オーステナイト化相で構成された表面層22と、フェライト相とオーステナイト化相とが混在する混在層23とを備え、オーステナイト化フェライト系ステンレス鋼により構成される。
【0009】
[基部]
基部21は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:1.3~2.8%、Nb:0.05~0.50%、Cu:0.1~0.8%、Ni:0.5%以下、Mn:0.8%以下、Si:0.5%以下、P:0.10%未満、S:0.05%未満、N:0.05%未満、C:0.05%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼により構成される。
【0010】
Crは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動速度およびフェライト相における窒素の拡散速度を高める元素である。Crが18%未満であると、窒素の移動速度および拡散速度が低くなる。さらに、Crが18%未満であると、表面層22の耐食性が低下する。一方、Crが22%を超えると、硬質化して、材料としての加工性が悪化する。さらに、Crが22%を超えると、美的外観が損なわれる。そのため、Crの含有量は、18~22%であるのが好ましく、20~22%とするのがより好ましく、19.5~20.5%とするのがさらに好ましい。
【0011】
Moは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動速度およびフェライト相における窒素の拡散速度を高める元素である。Moが1.3%未満であると、窒素の移動速度および拡散速度が低くなる。さらに、Moが1.3%未満であると、材料としての耐食性が低下する。一方、Moが2.8%を超えると、硬質化して、材料としての加工性が悪化する。さらに、Moが2.8%を超えると、表面層22の構成組織の不均質化が顕著になり、美的外観が損なわれる。そのため、Moの含有量は、1.3~2.8%であるのが好ましく、1.8~2.8%であるのがより好ましく、2.25~2.35%とするのがさらに好ましい。
【0012】
Nbは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動速度およびフェライト相における窒素の拡散速度を高める元素である。Nbが0.05%未満であると、窒素の移動速度および拡散速度が低くなる。一方、Nbが0.50%を超えると、硬質化して、材料としての加工性が悪化する。さらに、析出部が生成され、美的外観が損なわれる。そのため、Nbの含有量は、0.05~0.50%であるのが好ましく、0.05~0.35%であるのがより好ましく、0.15~0.25%であるのがさらに好ましい。
【0013】
Cuは、窒素吸収処理において、フェライト相での窒素の吸収を制御する元素である。Cuが0.1%未満であると、フェライト相における窒素含有量のばらつきが大きくなる。一方、Cuが0.8%を超えると、フェライト相への窒素の移動速度が低くなる。そのため、Cuの含有量は、0.1~0.8%であるのが好ましく、0.1~0.2%であるのがより好ましく、0.1~0.15%であるのがさらに好ましい。
【0014】
Niは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Niが0.5%より大きいと、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。さらに、耐食性が悪化するとともに、金属アレルギーの発生等を防止するのが困難になる可能性がある。そのため、Niの含有量は、0.5%以下であるのが好ましく、0.2%未満であるのがより好ましく、0.1%未満であるのがさらに好ましい。
【0015】
Mnは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Mnが0.8%より大きいと、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Mnの含有量は、0.8%以下であるのが好ましく、0.5%未満であるのがより好ましく、0.1%未満であるのがさらに好ましい。
【0016】
Siは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Siが0.5%より大きいと、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Siの含有量は、0.5%以下であるのが好ましく、0.3%未満であるのがより好ましい。
【0017】
Pは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Pが0.10%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Pの含有量は、0.10%未満であるのが好ましく、0.03%未満であるのがより好ましい。
【0018】
Sは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Sが0.05%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Sの含有量は、0.05%未満であるのが好ましく、0.01%未満であるのがより好ましい。
【0019】
Nは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Nが0.05%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Nの含有量は、0.05%未満であるのが好ましく、0.01%未満であるのがより好ましい。
【0020】
Cは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Cが0.05%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Cの含有量は、0.05%未満であるのが好ましく、0.02%未満であるのがより好ましい。
【0021】
[表面層]
表面層22は、基部21に窒素吸収処理を施すことにより形成されている。本実施形態では、表面層22における窒素の含有量は質量%で1.0~1.6%とされている。
また、本実施形態では、表面層22の表面221に、耐食性を有する酸化膜222、すなわち、不動態被膜を有している。そして、当該不動態被膜は、AES分析における酸素プロファイル換算で2.5nm以上の厚さを有している。なお、酸化膜222の厚さは、母材となる基部21の組成によって決まるため、その上限値は、例えば、5.5nm程度である。すなわち、本実施形態の酸化膜222の厚さは、2.5nm以上、かつ、5.5nm以下であり、好ましくは、3.0nm以上、かつ、5.0nm以下である。
ここで、本実施形態では、上記したように、酸化膜222の厚さはケース2に対して非常に薄いため、
図2において酸化膜222を、表面221を規定する線と同じ線にて示している。
また、表面層22の表面221は、表面層22における露出する側の面、つまり、混在層23とは反対側の面である。
なお、AES分析による不動態被膜の厚さの測定方法については、後述する。
【0022】
[混在層]
混在層23は、表面層22の形成過程において、フェライト相で構成された基部21に進入する窒素の移動速度のばらつきによって生じる。すなわち、窒素の移動速度の速い箇所では、基部21の深い箇所まで窒素が進入してオーステナイト化され、窒素の移動速度の遅い箇所では、基部21の浅い箇所までしかオーステナイト化されないので、深さ方向に対してフェライト相とオーステナイト化相とが混在した混在層23が形成される。
【0023】
次に、本開示の具体的な実施例について説明する。
[実施例1]
まず、表1に示すように、Cr:20%、Mo:2.1%、Nb:0.2%、Cu:0.1%、Ni:0.05%、Mn:0.5%、Si:0.3%、P:0.03%、S:0.01%、N:0.01%、C:0.02%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼からなる母材を製造した。
次に、当該母材に窒素吸収処理を施すことで、基部の表面にオーステナイト化された表面層が形成された金属材料を得た。そして、当該金属材料を加工して、ケースを製造した。
【0024】
窒素吸収処理は、以下に説明する方法により行った。
まず、グラスファイバー等の断熱材で囲まれた処理室と、処理室内を加熱する加熱手段と、処理室内を減圧する減圧手段と、処理室内に窒素ガスを導入する窒素ガス導入手段とを有する窒素吸収処理装置を用意した。
次に、この窒素吸収処理装置の処理室内に前述の母材を設置し、その後、減圧手段により処理室内を2Paまで減圧した。
【0025】
次に、減圧手段により処理室内の排気を行いつつ、窒素ガス導入手段により窒素ガスを導入し、処理室内の圧力を0.08~0.12MPaに保持した。この状態で、加熱手段により処理室内の温度を5℃/分の速度で1200℃まで上昇させ、その後、1200℃の温度を4時間保持させた。
最後に、当該母材を水冷により急冷した。これにより、オーステナイト化された表面層が形成され、基部と表面層との間に、オーステナイト化相とフェライト相とが混在する混在層が形成された金属材料を得た。また、表面層の表面には、主にCrと大気中の酸素等とが反応して酸化膜が形成される。
【0026】
[実施例2~9]
母材を構成するフェライト系ステンレス鋼の組成を表1に示すようにし、当該母材に実施例1と同様の窒素吸収処理を施すことで、金属材料を得た。そして、当該金属材料を加工して、ケースを製造した。なお、実施例2~10の処理時間は、それぞれ事前の試験により求めた。なお、比較例1~3の処理時間は、それぞれ事前の試験により求めた。
【0027】
[比較例1~3]
母材を構成するフェライト系ステンレス鋼の組成を表1に示すようにし、当該母材に実施例1と同様の窒素吸収処理を施すことで、金属材料を得た。そして、当該金属材料を加工して、ケースを製造した。
【0028】
【0029】
[酸化膜の厚さ測定]
前記各実施例および各比較例で製造した金属材料について、AES分析(オージェ電子分光法;Auger Electron Spectroscopy)により、表面に形成される酸化膜の厚さを測定した。具体的には、AES分析結果の酸素プロファイルから、酸化膜の厚さを換算した。
なお、本試験の分析条件は以下のとおりである。
・加速電圧:10kV
・プローブ電流:10nA
・スパッタレート:3.5nm/min-SiO2換算
・イオンガン条件:1kV 1mm
・測定項目:C、O、NCr、Fe、Ni、Mo、Nb
【0030】
[孔食電位の測定]
前記各実施例および各比較例で製造した金属材料について、JIS G0577に基づいて、孔食電位を測定した。なお、本測定における試験溶液は、「5%(質量分率)塩化ナトリウム水溶液」とした。
【0031】
[耐食性判定]
前記各実施例および各比較例で製造した金属材料について、耐食性を判定した。具体的には、金属材料の任意の箇所において、1辺90μmの正方形で囲まれたエリアを選定し、当該エリアを256分割する。そして、分割された個々のエリアについて、SPM(走査型プローブ顕微鏡;Scanning Probe Microscope)により10Vの電圧を印加し、その際の電流値を測定した。すなわち、SPMにて256地点の電流値を測定した。なお、本開示では、上記のようなSPMを用いた測定をSPM測定と称する。
そして、測定した電流値から、以下の基準にて、耐食性を判定した。
-基準-
A:電流値の最大値が、1×10-9nA以下
B:電流値の最大値が、1×10-9nAより大きく、かつ、1×10-8nA未満
C:電流値の最大値が、1×10-8nA以上
【0032】
[評価結果:酸化膜の厚さ測定]
表2に示すように、本開示の実施例1~9では、酸素プロファイル換算で、酸化膜の厚さは2.7~5.0nmとなっている。一方、比較例1~3では、酸化膜の厚さは2.0~2.4nmとなっている。このことから、本開示の実施例1~9の母材を構成するフェライト系ステンレス鋼の組成を表1に示すようにし、当該母材に窒素吸収処理を施すことにより、比較例1~3よりも厚さの大きい酸化膜が形成されることが推察される。
このように、本開示の実施例1~9では、母材を構成するフェライト系ステンレス鋼の組成を調整することにより、比較例1~3よりも厚さの大きい酸化膜を形成することができ、耐食性を高めることができる。すなわち、本開示の実施例1~9では、母材の組成を調整するだけで高い耐食性を達成できるので、例えば、複数種類のメッキ処理を行う場合に比べて製造工程を簡素化できることが示唆された。
【0033】
[評価結果:孔食電位測定]
表2に示すように、本開示の実施例1~9では、孔食電位が900~1150mVとなっている。一方、比較例1~3では、孔食電位が700~750mVとなっている。このことから、本開示の実施例1~9では、比較例1~3に比べて、孔食電位が高いため、高い耐食性を有することが示唆された。
【0034】
また、一例として、
図3に実施例1の孔食電位試験結果を示す。
図3に示すように、本開示の実施例1では、電流密度は、電位が800mVを超えたあたりで一度上昇した後、電位が1000mVを超えたあたりで降下している。これは、電位が1000mV以上の電位において、酸化膜の2次不動態化が生じていると推察される。すなわち、実施例1の酸化膜は、電位が1000mV以上の電位で、2次不動態域を有しているものと考えられる。なお、実施例2~9においても、電位が1000mV以上の電位において、同様の現象が発生している。一方、比較例1~3では、上記のような現象は発生しない。すなわち、比較例1~3では、電位が600mV以上の電位において、孔食による基材の溶解が生じることから、酸化膜は2次不動態化しないことが伺える。
このように、本開示の実施例1~9では、電位が1000mV以上の電位において、酸化膜は2次不動態域を有することから、より高い耐食性を有することが示唆された。
【0035】
[評価結果:耐食性判定]
表2に示すように、本開示の実施例1~9では、耐食性判定結果が「A」となっている。すなわち、実施例1~9では、256地点の全てにおいて、電流値が1×10-9nA以下となっており、高い電気抵抗値を有していた。一方、比較例2では、耐食性判定結果が「B」となっており、比較例1、3では、耐食性判定結果が「C」となっている。すなわち、比較例1~3では、電流値の最大値が1×10-9nAより大きくなっており、電流抵抗値が低くなる地点が認められた。
なお、SPM測定により-10Vの電圧を印加した際の電流値の測定結果も同様となっている。すなわち、実施例1~9では、電流値が全ての地点で-1×10-9nA以上となる一方で、比較例1~3では、電流値の最大値が-1×10-9nAより小さくなっている。
このことから、本開示の実施例1~9では、全ての地点において高い電気抵抗値を示すことから、酸化膜がムラなく形成されていることが推察された。一方、比較例1~3では、電気抵抗値が低くなる地点があることから、酸化膜の形成にムラが生じていることが推察された。
このように、本開示の実施例1~9では、酸化膜がムラなく形成されることから、高い耐食性を有することが示唆された。
【0036】
【0037】
[変形例]
なお、本開示は前述の実施形態に限定されるものではなく、本開示の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本開示に含まれるものである。
【0038】
前述した実施形態では、本開示の時計用部品はケース2として構成されていたが、これに限定されない。例えば、本開示の時計用部品は、ベゼル、裏蓋、バンド、りゅうず、ボタン等として構成されていてもよい。
【0039】
前述した実施形態では、本開示のフェライト系ステンレス鋼を母材とした金属材料は、時計用部品を構成していたが、これに限定されない。例えば、本開示の金属材料は、時計以外の電子機器のケース、つまり、ハウジング等の電子機器用部品を構成していてもよい。このような金属材料から構成されるハウジングを備えることで、電子機器は高い硬度、耐食性を有することができる。
【0040】
[本開示のまとめ]
本開示のオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼は、フェライト相で構成された基部と、オーステナイト化相で構成された表面層と、前記基部と前記表面層との間に形成され前記フェライト相と前記オーステナイト化相とが混在する混在層と、を備えるオーステナイト化フェライト系ステンレス鋼で構成され、前記基部は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:1.3~2.8%、Nb:0.05~0.50%、Cu:0.1~0.8%、Ni:0.5%以下、Mn:0.8%以下、Si:0.5%以下、P:0.10%未満、S:0.05%未満、N:0.05%未満、C:0.05%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、前記表面層の窒素の含有量は、質量%で1.0~1.6%であり、前記表面層の表面には、AES分析における酸素プロファイル換算で、2.5nm以上の厚さの酸化膜を有する。
【0041】
本開示の時計用部品において、前記酸化膜は、JIS G0577に基づく孔食電位測定試験において、1000mV以上の電位において2次不動態域を有していてもよい。
【0042】
本開示の時計用部品において、前記酸化膜は、JIS G0577に基づく孔食電位測定試験において、1000mV以上の電位において電流密度の降下が発生してもよい。
【0043】
本開示の時計用部品において、前記酸化膜は、SPM測定において10V印加時における電流値の最大値が1×10-9nA以下であってもよい。
【0044】
本開示の時計は、前記時計用部品を備える。
【符号の説明】
【0045】
1…時計、2…ケース(時計用部品)、3…秒針、4…分針、5…時針、6…アワーマーク、7…りゅうず、8…Aボタン、9…Bボタン、10…文字板、21…基部、22…表面層、23…混在層、221…表面、222…酸化膜。