(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-27
(45)【発行日】2024-06-04
(54)【発明の名称】粒子を形成することが可能なペプチドを含む組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 15/88 20060101AFI20240528BHJP
C07K 5/103 20060101ALI20240528BHJP
C07K 7/06 20060101ALI20240528BHJP
C12N 5/04 20060101ALI20240528BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240528BHJP
【FI】
C12N15/88 Z ZNA
C07K5/103
C07K7/06
C12N5/04
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2019090384
(22)【出願日】2019-05-13
【審査請求日】2022-04-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)戦略的創造研究推進事業(ERATO)「沼田オルガネラ反応クラスタープロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】沼田 圭司
(72)【発明者】
【氏名】土屋 康佑
(72)【発明者】
【氏名】河▲崎▼ 陸
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】J. Mater. Chem. B,2015年,Vol. 3,p. 7271-7280
【文献】Agricultural Sciences in China,2011年,Vol. 10,p. 820-826
【文献】Biotechnology and Bioprocess Engineering,2017年,Vol. 22,p. 577-585
【文献】Plant Cell Tiss. Organ Cult,2017年,Vol. 131,p. 27-39
【文献】J. Mater. Chem. B,2014年,Vol. 2,p. 7109-7113
【文献】Biomacromolecules,2011年,Vol. 12,p. 4357-4366
【文献】Asian J. Pharm. Sci.,2018年,Vol. 13,p. 101-112
【文献】Bull. Chem. Soc. Jpn.,1984年,Vol. 57,p. 1679-1680
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 - 15/90
C07K 5/00 - 7/66
C12N 5/00 - 5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物細胞に物質を送達するための組成物であって、GPPG(配列番号1)又はGPPPG(配列番号2)のアミノ酸配列からなるペプチドを含む組成物であって、前記ペプチドが、組成物中で会合して平均粒径20nm~1000nmの粒子を形成することが可能な組成物。
【請求項2】
前
記ペプチドが、前記組成物中で会合して前記粒子を形成している、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
さらに少なくとも1種の疎水性物質を含む、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
前記少なくとも1種の疎水性物質の少なくとも一部が、前記粒子に内包される、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記植物細胞中に、活性酸素種が前記粒子を分解するのに有効な濃度で存在する、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物を植物細胞に接触させること、を含む植物細胞への物質導入方法。
【請求項7】
植物細胞内で前記粒子が分解される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記粒子の分解が植物細胞内の活性酸素種の存在によって引き起こされる、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
植物細胞に物質を送達するための組成物の製造方法であって、前記組成物はナノ粒子を含み、
前記ナノ粒子は、GPPG(配列番号1)又はGPPPG(配列番号2)のアミノ酸配列からなるペプチドと、媒体とを含む液体組成物において、前
記ペプチドを会合させ、平均粒径20nm~1000nmの粒子を形成させることを含む方法で製造される、
方法。
【請求項10】
前記媒体が親水性溶媒であり、
前記粒子の形成を、少なくとも1種の疎水性物質の存在下で行い、前記粒子中に疎水性物質の少なくとも一部を内包させること、
を含む請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組成物中で会合して粒子を形成することが可能な少なくとも1種のペプチドを含む組成物;当該組成物を細胞に接触させることを含む細胞への物質導入方法;及び少なくとも1種のペプチドと、媒体とを含む液体組成物において、ペプチドを会合させ、粒子を形成させること、を含むナノ粒子の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ドラッグデリバリーシステム(drug delivery system:DDS)は、薬物を特定の部位に選択的に送達する技術であり、これにより、薬物の効果を高めるとともに、副作用を低減することが可能となり得る。ドラッグデリバリーシステムに用いる担体としては、送達される薬物の種類及び送達される部位に応じて、様々な特性を持ったものが必要とされている。
【0003】
特許文献1には、活性酸素種の存在下で高分子複合体から低分子薬物が放出される、高分子複合体を含む組成物が記載されている。活性酸素種の存在下で薬物が放出される担体は、活性酸素種の濃度が高い細胞又は組織(例えば、動物であれば酸化ストレス下の細胞又は組織等、植物であれば光合成が進行している植物細胞中の葉緑体等)に選択的に薬剤を送達するために用いられ得るため、その有用性が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一実施形態において、本発明は、粒子(例えば、他の物質を内包することが可能である粒子)を形成することが可能な物質を含む組成物、又は、該組成物を用いて物質を細胞へ導入する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、特定のアミノ酸配列を含むペプチドが、粒子を形成することが可能であること、またこの粒子が他の物質を内包し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、以下の実施形態を包含する。
(1)2以上のプロリンの連続配列(PP)、及び少なくとも一方の末端に親水性アミノ酸を含む少なくとも1種のペプチドを含む組成物であって、前記少なくとも1種のペプチドが、組成物中で会合して平均粒径20~1000nmの粒子を形成することが可能な組成物。
(2)2以上5以下のプロリンの連続配列(PP)、及び少なくとも一方の末端に親水性アミノ酸を含む少なくとも1種のペプチドを含む組成物であって、前記少なくとも1種のペプチドが、組成物中で会合して平均粒径1nm~1000nmの粒子を形成することが可能な組成物。
(3)前記少なくとも1種のペプチドが、前記組成物中で会合して前記粒子を形成している、(1)又は(2)に記載の組成物。
(4)さらに少なくとも1種の疎水性物質を含む、(1)~(3)のいずれかに記載の組成物。
(5)前記少なくとも1種の疎水性物質の少なくとも一部が、前記粒子に内包される、(4)に記載の組成物。
(6)前記少なくとも1種のペプチドが、両方の末端に親水性アミノ酸を含む、(1)~(5)のいずれかに記載の組成物。
(7)前記親水性アミノ酸が、グリシン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、及びグルタミンから選択される、(1)~(6)のいずれかに記載の組成物。
(8)前記少なくとも1種のペプチドが、GPPG(配列番号1)又はGPPPG(配列番号2)のアミノ酸配列を含む、(1)~(7)のいずれかに記載の組成物。
(9)細胞に物質を送達するための、(1)~(8)のいずれかに記載の組成物。
(10)前記細胞中に、活性酸素種が前記粒子を分解するのに有効な濃度で存在する、(9)に記載の組成物。
(11)(1)~(10)のいずれかに記載の組成物を細胞に接触させること、を含む細胞への物質導入方法。
(12)細胞内で前記粒子が分解される、(11)に記載の方法。
(13)前記粒子の分解が細胞内の活性酸素種の存在によって引き起こされる、(12)に記載の方法。
(14)2以上のプロリンの連続配列、及び少なくとも一方の末端に親水性アミノ酸を含む少なくとも1種のペプチドと、媒体とを含む液体組成物において、前記少なくとも1種のペプチドを会合させ、平均粒径20nm~1000nmの粒子を形成させること、
を含むナノ粒子の製造方法。
(15)2以上5以下のプロリンの連続配列、及び少なくとも一方の末端に親水性アミノ酸を含む少なくとも1種のペプチドと、媒体とを含む液体組成物において、前記少なくとも1種のペプチドを会合させ、平均粒径1nm~1000nmの粒子を形成させること、
を含むナノ粒子の製造方法。
(16)前記媒体が親水性溶媒であり、
前記粒子の形成を、少なくとも1種の疎水性物質の存在下で行い、前記粒子中に疎水性物質の少なくとも一部を内包させること、
を含む(14)又は(15)に記載の方法。
(17)(i)前記少なくとも1種のペプチドが、両方の末端に親水性アミノ酸を含む、及び/若しくは
(ii)前記親水性アミノ酸が、グリシン、セリン、トレオニン、システイン、アスパラギン、及びグルタミンから選択される、又は
(iii)前記少なくとも1種のペプチドが、GPPG(配列番号1)又はGPPPG(配列番号2)のアミノ酸配列を含む、
(14)~(16)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、粒子を形成することが可能な物質を含む組成物、及び該組成物を用いて物質を細胞へ導入する方法等が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、オリゴプロリン含有ペプチドの分解を示す。試料溶液1a~3a(試料溶液1a:500 μMのGPPG+50 μMのCuSO
4+1 mMのH
2O
2;試料溶液2a:500 μMのGPPPG+50 μMのCuSO
4+1 mMのH
2O
2;試料溶液3a:500 μMのGPG+50 μMのCuSO
4+1 mMのH
2O
2)及び1b~3b(1b~3bは、H
2O
2を含まない以外は、1a~3aとそれぞれ同一である)それぞれの、CuSO
4溶液等を添加してから0時間、3時間、6時間及び24時間のタイミングで測定した波長220 nmの吸光度に基づいて算出された残存ペプチドの割合(%)を示す。
【
図2】
図2は、ROS濃度依存性及びROSクエンチングの効果を示す。試料溶液1a及び2a、1b及び2b、1c及び2c(1c及び2cは、過酸化水素濃度を250 nMとした以外は、1a及び2aとそれぞれ同一である)、並びに1d及び2d(1d及び2dは、ヒドロキノン溶液(1 mM)をさらに添加した以外は、1a及び2aとそれぞれ同一である)、それぞれの、CuSO
4溶液等を添加してから0時間、3時間、6時間及び24時間のタイミングで測定した波長220 nmの吸光度に基づいて算出されたペプチドの割合(%)を示す。
【
図3】
図3は、オリゴプロリン含有ペプチドに基づくナノ粒子の特徴づけを示す。AはGPPGを含むペプチドの、BはGPPPGを含むペプチドの、ナノ粒子の代表的な形態を示す。
【
図4】
図4は、オリゴプロリン含有ペプチドに基づくナノ粒子のコロイド安定性を示す。オリゴプロリン含有ペプチド(GPPG:丸、GPPPG:菱形)を水に懸濁してろ過した後、DLS測定を行い、PDI値をcumulant法で算出した。
【
図5】
図5は、オリゴプロリン含有ペプチドに基づくナノ粒子の分解を示す。ペプチド(GPPG:丸、GPPPG:菱形)をCuSO
4溶液(50 μM:黒)又は過酸化水素(1 mM)を含むCuSO
4溶液(50 μM:白)と混合した。
【
図6】
図6は、分解による形態変化を示す。ROSへの曝露後、サンプル(A:GPPG、B:GPPPG)をFE-SEMにより観察した。
【
図7】
図7は、ピレンを用いた蛍光プローブ法の結果を示す。オリゴプロリン含有ペプチド(GPPG:丸、GPPPG:菱形)に基づくナノ粒子を、ピレン(10
-5M)と共に水中で共にインキュベートした。ピレン由来の蛍光を、蛍光光度計(励起350 nm)で測定し、I
374/I
385の値を算出した。
【
図8】
図8は、ROSがトリガーとなるナノ粒子内包物の放出を示す。ペプチドナノ粒子に内包されたローダミンB(GPPG:丸、GPPPG:菱形)を、CuSO
4溶液(50 μM、黒)又は過酸化水素(1 mM)を含むCuSO
4溶液(50 μM、白)と混合した。
【
図9】
図9は、in vivoでのROS ROSがトリガーとなる分解を示す。
図9Aは、ミリQ水を施用した葉の観察写真、
図9Bは、試料液1m(ローダミンBと複合化したGPPGのナノ粒子分散液)を施用した葉(アルミホイルの被覆あり)の観察写真、
図9Cは、試料液1mを施用した葉(アルミホイルの被覆なし)の観察写真、
図9Dは、試料液2m(ローダミンBと複合化したGPPPGのナノ粒子分散液)を施用した葉(アルミホイルの被覆あり)の観察写真、
図9Eは、試料液2mを施用した葉(アルミホイルの被覆なし)の観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.組成物
一態様において、本発明は、2以上のプロリンの連続配列、及び少なくとも一方の末端に親水性アミノ酸を含む、又はからなる少なくとも1種のペプチドを含む組成物に関する。
【0011】
一実施形態において、上記ペプチドは、2以上、3以上、4以上、又は5以上のプロリンの連続配列を含む。また、上記ペプチドは、5以下、4以下、又は3以下(例えば、2、3、4、又は5)のプロリンの連続配列を含んでよい。また、上記ペプチドは、上記プロリンの連続配列を、1つのみ含んでもよいし、複数、例えば2以上、3以上、4以上、又は5以上含んでもよく、5以下、4以下、又は3以下含んでもよい。
【0012】
一実施形態において、上記ペプチドは、一方の末端(N末端及び/又はC末端)又は両方の末端(N末端及びC末端)に親水性アミノ酸を含む。本明細書において、「親水性アミノ酸」は、疎水性アミノ酸を除くアミノ酸種を意味し、中程度の親水性を有するアミノ酸を包含する。本明細書における親水性アミノ酸は、非帯電(グリシン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、及びグルタミン)、負電荷帯電(アスパラギン酸、グルタミン酸)、及び正電荷帯電(リシン、ヒスチジン、アルギニン)の3つの群に大別される。親水性アミノ酸は、例えば、グリシン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、及びグルタミン;グリシン、セリン又はトレオニン;グリシン又はセリン;又はグリシンであってよい。
【0013】
上記ペプチドは、プロリンの連続配列、及び少なくとも一方の末端の親水性アミノ酸に加えて、他のアミノ酸を含んでもよい。他のアミノ酸の種類及び数は限定せず、例えば他のアミノ酸の数は、15以下、10以下、7以下、5以下、4以下、3以下、2以下又は1個であってよい。上記ペプチドは、全長として、3以上、4以上、又は5以上、かつ20以下、15以下、12以下、10以下、9以下、8以下、7以下、6以下、又は5以下のアミノ酸を含んでもよい。
【0014】
一実施形態において、上記ペプチドは、GPPG(配列番号1)又はGPPPG(配列番号2)のアミノ酸配列を含む、又はからなる。
【0015】
本発明の組成物は、上記ペプチドを少なくとも1種(例えば1種、又は2種以上若しくは3種以上)含んでよい。
【0016】
上記ペプチドは、本発明の組成物中で粒子を形成していなくてもよいし、本発明の組成物中で会合して前記粒子を形成していてもよい。本明細書において、「会合」とは、上記ペプチドが(例えば電荷又は極性に起因する)分子間力によって2個以上結合し、粒子を形成することを意味する。粒子の形成は、例えば以下の「3.ナノ粒子の製造方法」において記載する通りに行うことができる。
【0017】
本明細書に記載のペプチドは、当業者に公知の方法、例えば、固相法等の一般的なペプチドの合成方法に従って合成することもできるし、遺伝組換えを用いて生物工学的に作製することもできる。
【0018】
本明細書に記載の粒子は、1nm以上、5nm以上、10nm以上、20nm以上、30nm以上、40nm以上、好ましくは50nm以上、60nm以上、又は70nm以上の平均粒径を有し得る。また、本明細書に記載の粒子は、1000nm以下、900nm以下、800nm以下、700nm以下、600nm以下、好ましくは500nm以下、400nm以下、又は300nm以下の平均粒径を有し得る。例えば、本明細書に記載の粒子は、1nm~1000nm、20~1000nm、30nm~500nm、又は50nm~300nmの平均粒径を有し得る。本明細書において、「平均粒径」とは流体力学的半径とも記載され、Zeta-sizer Nano-ZS」(Malvern, Worce stershire, U.K.)を用いて、動的散乱光法に基づいて定められる値であり得る。平均粒径は、25℃で、超純水を媒体として用いた場合の値であり得る。
【0019】
一実施形態において、本発明の組成物は、上記ペプチドに加えて、ペプチドが分散して粒子を形成するための媒体、例えば親水性媒体又は親油性媒体を含む。新水性媒体の例として、水及び水性緩衝液が挙げられる。親油性媒体の例として、脂質又はアシルグリセロールが挙げられる。また、これらの新水性媒体又は親油性媒体に、極性有機溶媒(例えば、エタノール及びメタノール等のアルコール、アセトン、テトラヒドフラン、プロピレングリコール等)又は界面活性剤を加えて、媒体への下記の別の物質の溶解又は分散を促してもよい。
【0020】
本発明の組成物は、上記ペプチドに加えて、別の物質、例えば少なくとも1種の疎水性物質又は少なくとも1種の親水性物質を含む。疎水性物質の例として、疎水性低分子化合物(例えば、抗酸化剤又は除草剤)、疎水性タンパク質、及び疎水性多糖が挙げられ、親水性物質の例として、親水性低分子化合物、親水性タンパク質、親水性多糖及び核酸が挙げられる。
【0021】
一実施形態において、別の物質、例えば疎水性物質又は親水性物質の少なくとも一部が、前記粒子と複合体化されている。ここで、「少なくとも一部」とは、例えば上記物質の1%以上、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、又は50%以上を意図する。また、「少なくとも一部」は、95%以下、90%以下、80%以下、50%以下、30%以下、又は20%以下であってよい。「複合体化」とは、別の物質が、(例えば電荷又は極性に起因する)分子間力によって上記粒子に結合していることを意図する。「複合体化」は、疎水性物質又は親水性物質の少なくとも一部が粒子内に封入される「内包」であってもよいし、疎水性物質又は親水性物質の少なくとも一部が粒子の外側に結合しているものであってもよい。疎水性物質の粒子への内包は、疎水性物質の存在下で親水性媒体において上記ペプチドを分散させ、内部に疎水性の構造を有する粒子を形成させることによって、行うことができる。これは、例えば、疎水性物質を極性溶媒に溶解し、これを必要に応じて乾燥し、新水性媒体を含む本明細書に記載の組成物を添加することによって行うことができる。また、親水性物質の粒子への内包は、親水性物質の存在下で疎水性媒体において上記ペプチドを分散させ、内部に親水性の構造を有する粒子を形成させることによって、行うことができる。
【0022】
一実施形態において、本明細書に記載の粒子は、別の物質、例えば少なくとも1種の疎水性物質又は少なくとも1種の親水性物質を送達するための担体として用いることができる。したがって、一実施形態において、本発明は、細胞(又は細胞を含む組織)に物質を送達するための、組成物に関する。
【0023】
標的細胞の種類は限定せず、動物細胞又は植物細胞であってよい。動物の例として、哺乳動物、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、軟体動物類、棘皮動物類、甲殻類、昆虫類、刺胞動物が挙げられる。一実施形態において、動物は哺乳動物、例えばヒト及びチンパンジー等の霊長類、ラット及びマウス等の実験動物、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、及びヤギ等の家畜動物、並びにイヌ及びネコ等の愛玩動物であってよく、例えばヒトである。植物の例として、単子葉植物及び双子葉植物を含む被子植物、裸子植物、コケ植物、シダ植物、草本植物及び木本植物等が挙げられる。植物の具体例としては、例えば、ナス科[ナス(Solanum melongena L.)、トマト(Solanum lycopersicum)、ピーマン(Capsicum annuum L. var. angulosum Mill.)、トウガラシ(Capsicum annuum L.)、タバコ(Nicotiana tabacum L.)等]、イネ科[イネ(Oryza sativa)、コムギ(Triticum aestivum L.)、オオムギ(Hordeum vulgare L.)、ペレニアルライグラス(Lolium perenne L.)、イタリアンライグラス(Lolium multiflorum Lam.)、メドウフェスク(Festuca pratensis Huds.)、トールフェスク(Festuca arundinacea Schreb.)、オーチャードグラス(Dactylis glomerata L.)、チモシー(Phleum pratense L.)等]、アブラナ科[シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ(Brassica campestris L.)、キャベツ(Brassica oleracea L. var. capitata L.)、ダイコン(Raphanus sativus L.)、ナタネ(Brassica campestris L., B. napus L.)等]、マメ科[ダイズ(Glycine max)、アズキ(Vigna angularis Willd.)、インゲン(Phaseolus vulgaris L.)、ソラマメ(Vicia faba L.)等]、ウリ科[キュウリ(Cucumis sativus L.)、メロン(Cucumis melo L.)、スイカ(Citrullus vulgaris Schrad.)、カボチャ(C. moschata Duch., C. maxima Duch.)等]、ヒルガオ科[サツマイモ(Ipomoea batatas)等]、ユリ科[ネギ(Allium fistulosum L.)、タマネギ(Allium cepa L.)、ニラ(Allium tuberosum Rottl.)、ニンニク(Allium sativum L.)、アスパラガス(Asparagus officinalis L.)等]、シソ科[シソ(Perilla frutescens Britt. var. crispa)等]、キク科[キク(Chrysanthemum morifolium)、シュンギク(Chrysanthemum coronarium L.)、レタス(Lactuca sativa L. var. capitata L.)、ハクサイ(Brassica pekinensis Rupr.)等]、バラ科[バラ(Rose hybrida Hort.)、イチゴ(Fragaria x ananassa Duch.)等]、ミカン科[ミカン(Citras unshiu)、サンショウ(Zanthoxylum piperitum DC.)等]、フトモモ科[ユーカリ(Eucalyptus globulus Labill)等]、ヤナギ科[ポプラ(Populas nigra L. var. italica Koehne)等]、アカザ科[ホウレンソウ(Spinacia oleracea L.)、テンサイ(Beta vulgaris L.)等]、リンドウ科[リンドウ(Gentiana scabra Bunge var. buergeri Maxim.)等]、ナデシコ科[カーネーション(Dianthus caryophyllus L.)等]の植物が挙げられる。
【0024】
例えば、細胞は、活性酸素種が本明細書に記載の粒子を分解するのに有効な濃度で存在する細胞であってもよい。本明細書において、「活性酸素種(ROS)」とは、酸素分子(O2)に由来する反応性の高い酸素種の総称である。具体的には、スーパーオキシドアニオンラジカル(通称スーパーオキシド;O2
-)、ヒドロキシルラジカル(・OH)、過酸化水素(H2O2)、一重項酸素(1O2)、一酸化窒素(NO)、二酸化窒素(NO2)、オゾン(O3)、過酸化脂質(LOOH)が挙げられる。本明細書に記載の粒子を構成するペプチドは、プロリンの連続配列(PP)を有し、このプロリンの連続配列(PP)が活性酸素種によって切断されることで、粒子が分解され得る。
【0025】
本明細書に記載の粒子を分解するのに有効な活性酸素種の濃度は限定しないが、例えば、500μM以上、1μM以上、10μM以上、100μM以上又は1mM以上であってよい。濃度の上限も限定せず、活性酸素種の濃度は、例えば1000mM以下、100mM以下、10mM以下、又は5mM以下であってよい。
【0026】
活性酸素種が本明細書に記載の粒子を分解するのに有効な濃度で存在する細胞の例として、限定するものではないが、植物であれば光合成を行っている葉緑体又はこれを含む細胞が挙げられ、動物であればがん細胞又はがん組織、並びに炎症部位、例えば関節リウマチ、炎症性腸疾患(IBD)、及び肝炎等の炎症性疾患が生じている細胞又は組織が挙げられる。
【0027】
2.物質導入又は送達方法
一態様において、本発明は、本明細書に記載の組成物を細胞に接触させることを含む細胞への物質の導入又は送達方法に関する。本態様において、組成物は、細胞へ導入するための物質(例えば、「1.組成物」に記載の別の物質、例えば親水性物質又は疎水性物質)を含む。一実施形態において、疎水性物質又は親水性物質の少なくとも一部が、前記粒子と複合体化、例えば、前記粒子に内包されている。
【0028】
本態様において、細胞の種類は限定しないが、非ヒト動物又は植物由来の細胞であり得る。
【0029】
組成物を細胞に接触させる工程は、当技術分野で公知の方法により実施でき、例えば組成物を標的細胞又はこれを含む組織に添加することにより行うことができる。
【0030】
本工程の条件は、ペプチド、及び細胞の種類等を考慮して定めることができる。例えば、本明細書に記載の組成物を標的細胞に接触させ、例えば常温(20℃~35℃、22℃~30℃、24℃~28℃又は約26℃の温度)で、インキュベートすることにより実施できる。インキュベーション時間は、例えば1分以上、2分以上、5分以上、10分以上、20分以上、又は30分以上であってよく、48時間以下、24時間以下、12時間以下、6時間以下、又は2時間以下であってよい。
【0031】
本工程における組成物、及び組成物に含まれるペプチド及び別の物質の濃度は限定しない。例えば、本工程におけるペプチドの濃度は、例えば0.04mg/mL以上、0.4mg/mL以上、又は2mg/mL以上であってよく、400mg/mL以下、40mg/mL以下、又は6mg/mL以下であってよく、例えば0.4mg/mL~400mg/mL、0.4mg/mL~40mg/mL、又は2mg/mL~6mg/mL、又は約4mg/mLであってよい。本工程における別の物質の濃度は、例えば0.4μg/mL以上、4μg/mL以上、又は20μg/mL以上であってよく、4000μg/mL以下、400μg/mL以下、又は80μg/mL以下であってよく、例えば0.4μg/mL~10mg/ml、4μg/mL~400μg/mL、20μg/mL~80μg/mL、又は約40μg/mLであってよい。
【0032】
一実施形態において、本発明の方法において、細胞内で本明細書に記載の粒子が分解される。分解は、例えば細胞内の活性酸素種の存在によって引き起こされ得る。活性酸素種の種類や分解に有効な濃度については、「1.組成物」において記載した通りである。
【0033】
一態様において、本発明は、本明細書に記載の組成物を含む、細胞に物質を導入するためのキットに関する。本態様のキットは、組成物に加えて、取り扱い説明書、本明細書に記載の別の物質、細胞導入のための試薬、及び器具等の一つ以上を含んでもよい。
【0034】
3.ナノ粒子の製造方法
一態様において、本発明は、2以上のプロリンの連続配列、及び少なくとも一方の末端に親水性アミノ酸を含む少なくとも1種のペプチドと、親水性溶媒又は疎水性媒体とを含む液体組成物において、前記少なくとも1種のペプチドを会合させ、平均粒径20~1000nmの粒子を形成させること、を含むナノ粒子の製造方法に関する。
【0035】
一態様において、本発明は、2以上5以下のプロリンの連続配列、及び少なくとも一方の末端に親水性アミノ酸を含む少なくとも1種のペプチドと、親水性溶媒又は疎水性媒体とを含む液体組成物において、前記少なくとも1種のペプチドを会合させ、平均粒径1nm~1000nmの粒子を形成させること、を含むナノ粒子の製造方法に関する。
【0036】
これらの態様において、少なくとも1種のペプチドの詳細については、「1.組成物」において記載した通りであり、例えばペプチドは、両方の末端に親水性アミノ酸を含んでよく、及び/又は親水性アミノ酸は、グリシン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、及びグルタミンから選択されてもよい。また、ペプチドは、GPPG又はGPPPGのアミノ酸配列を含む、又はからなってもよい。親水性溶媒又は疎水性媒体等の媒体についても、「1.組成物」において記載した通りである。
【0037】
液体組成物において粒子形成を行う方法は限定されず、例えば超音波処理、撹拌、均質化、振動、エマルション法、組成物の物性(イオン強度、pH等)の調整、及びこれらの組み合わせが挙げられる。粒子形成の条件は限定されず、例えば超音波処理であれば、例えば20kHz以上、40kHz以上、又は60kHz以上、かつ120kHz以下、100kHz以下、又は80kHz以下、例えば約60kHzの超音波を、例えば室温下又は冷温下(10℃以下、4℃以下、又は氷浴)にて供与することにより行うことができる。超音波処理の時間は限定しないが、例えば5分以上、10分以上、又は20分以上、かつ4時間以下、2時間以下、又は1時間以下、例えば約30分間であってよい。
【0038】
一実施形態において、ナノ粒子の製造方法は、粒子形成を、別の物質、例えば疎水性物質の存在下で行い、前記粒子中に疎水性物質の少なくとも一部を内包させることを含む。
【0039】
粒子が形成されたか否か、またその粒子の物性は当業者であれば容易に確認することができ、例えば粒子の形成の有無及びその粒径は、Zeta-sizer Nano-ZS」(Malvern, Worce stershire, U.K.)を用いて、動的散乱光法に基づいて定められることができる。
【実施例】
【0040】
実施例1:試薬、植物、及びオリゴプロリンを含むペプチドの調製
(試薬)
アミノ基をtert-ブトキシカルボニル基(Boc)で保護したグリシン(Boc-Gly-OH)、カルボン酸をエチルエステル化したプロリン(H-l-proline-OEt (H-Pro-OEt))の塩酸塩、アミノ基をBocで保護したサルコシン(Boc-sarcosine-OH)、及び1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(WSCI hydrochloride)は、それぞれ渡辺化学工業株式会社(Watanabe Chemical industry)から入手した。
【0041】
トリメチルアミン(TEA)、カルボン酸をエチルエステル化したグリシンの塩酸塩、硫酸銅の5水和物(CuSO4・5H2O)、及びローダミン色素Bは、それぞれシグマアルドリッチ社(Sigma Aldrich (St. Louis, USA))から入手した。
【0042】
ピレン(Pyrene)、トリフルオロ酢酸(TFA)、1-ヒドオロキシベンゾトリアゾール一水和物(1-hydroxybenzotriazole monohydrate (HOBt))、ハイドロキノン(hydroquinone)、及び過酸化水素(H2O2)はそれぞれ、東京化成工業株式会社(Tokyo Chemical Industry (Tokyo, Japan))から入手した。
【0043】
溶媒(エタノール(ethanol)、ジクロロメタン(dichloromethane)、クロロホルム(chloroform)、メタノール(methanol)及びアセトニトリル(acetonitrile))は、それぞれ関東化学株式会社(Kanto Chemical Co., Inc. (Tokyo, Japan))から入手した。
【0044】
N末端がBocで保護され、C末端がエチルエステル化されたGlyProGly(GPG)オリゴペプチドBoc-GPG-OEt は、公知の液相法により合成した(Polymer Chemistry, 2018, 9, 2342, 右欄、“Synthetic Procedures”, “Synthesis of GlyProGly-OEt HCl salt”の項を参照のこと。)
【0045】
(植物の調製)
YFPを過剰発現させたシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)は、公知の方法で作製し、土壌で、植物用人工気象器(Biotron NK System, 日本医化器械製作所、Japan)を用いて、30℃且つ70%相対湿度の環境下で、12時間-光照射/12時間-光非照射のサイクルで光照射(50000 lux)を行い、成長させた。発芽から4週間成長させた植物を実験に用いた。
【0046】
(GPPG及びGPPPGの調製)
下記スキームで、GPPG及びGPPPGをそれぞれ液相法により合成した。
【0047】
【0048】
【0049】
以下に、各ステップについて具体的に説明する。
Boc-ProGly-OEtの合成
以下の方法により、N末端がBocで保護され、C末端をエチルエステル化したProGlyオリゴペプチド(Boc-ProGly-OEt)を合成した。
【0050】
Boc-Pro-OH (50 mmol)、H-Gly-OEt 塩酸塩(50 mmol)、ブタノール一水和物(HOBt monohydrate)(55 mmol)、及びテトラエチルアンモニウム(TEA)(72 mmol)を乾燥クロロホルム(50 mL)に溶解し、この溶液を、氷浴上で0℃にて撹拌した。
【0051】
WSCI・HCl(55 mmol)を乾燥クロロホルム(20 mL)に溶解し、0℃に維持した。30分後、このWSCI溶液を反応混合物系に滴下して添加し、一昼夜撹拌し続けた。得られた生成物を水、飽和炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)水溶液、1Mの塩酸(HCl)及びブライン(Brine)で洗浄した。硫酸マグネシウム(MgSO4)で脱水した後、有機溶媒を真空下で留去した。反応は薄層クロマトグラフィ(TLC)で確認し、クロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて、シリカゲルクロマトグラフィを行い、生成物を精製し、無色のオイル状の生成物を得た(49 mmol; 収率98%)。1H-NMR (CDCl3)により生成物を同定した。
【0052】
H-ProGly-OEtの合成
上記で得られたBoc-ProGly-OEtから、以下の方法により、N末端のBoc保護基を脱離させ、H-ProGly-OEtを合成した。
【0053】
Boc-ProGly-OEt(49 mmol)をジクロロメタン(40 mL)に溶解し、この溶液を氷浴上で0℃に維持した。TFA(196 mmol)を溶液に滴下して添加し、得られた溶液を一昼夜撹拌した。TFAを含む溶媒を、ポンプを用いて真空下で除去し、黄色がかったオイル状の生成物を得た。1H-NMR(CDCl3)により生成物を同定した。
【0054】
Boc-ProProGly-OEtの合成
以下の方法で、N末端がBocで保護され、C末端をエチルエステル化した、ProProGlyオリゴペプチド(Boc-ProProGly-OEt)を合成した。
【0055】
Boc-Pro-OH (49 mmol)、H-ProGly-OEt (49 mmol)、ブタノール一水和物(HOBt monohydrate) (54 mmol)、及びテトラエチルアンモニウム(TEA)(70 mmol)を乾燥クロロホルム (50 mL) に溶解し、氷浴上、0 ℃で撹拌した。
【0056】
WSCI・HCl (54 mmol)を、乾燥クロロホルム (20 mL)に溶解し、0 ℃に維持した。30分間撹拌した後、このWSCI溶液を反応混合物系に滴下して添加して、一昼夜撹拌した。得られた生成物を水、飽和炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)水溶液、1 Mの塩酸(HCl)及びブライン(Brine)で洗浄した。硫酸マグネシウム(MgSO4)で脱水した後、有機溶媒を真空下で留去した。反応は薄層クロマトグラフィ(TLC)で確認し、クロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて、シリカゲルクロマトグラフィを行い、生成物を精製し、無色のオイル状の生成物を得た(40 mmol; 収率82%)。1H-NMR (CDCl3)により生成物を同定した。
【0057】
H-ProProGly-OEt の合成
上記で得られたBoc-ProProGly-OEtから、以下の方法により、N末端のBoc保護基を脱離させ、H-ProProGly-OEtを合成した。
【0058】
Boc-ProProGly-OEt(40 mmol)をジクロロメタン(32 mL)に溶解し、この溶液を氷浴上で0℃に維持した。TFA(160 mmol)を溶液に滴下して添加し、得られた溶液を一昼夜撹拌した。TFAを含む溶媒を、ポンプを用いて真空下で除去し、黄色がかったオイル状の生成物を得た。1H-NMR(CDCl3)により生成物を同定した。
【0059】
Boc-GlyProProGly-OEt(GPPG)の合成
上記で得られたH-ProProGly-OEtを用いて、以下の方法で、N末端がBocで保護され、C末端をエチルエステル化した、GlyProProGlyオリゴペプチド(Boc-GlyProProGly-OEt)を合成した。
【0060】
Boc-Gly-OH (40 mmol)、H-ProProGly-OEt (40 mmol)、ブタノール一水和物(HOBt monohydrate)(44 mmol)、及びTEA(56 mmol)を乾燥クロロホルム(40 mL)に溶解し、氷浴上、0℃で撹拌した。一方、WSCI・HCl(44 mmol)を乾燥クロロホルム(16 mL)に溶解し、0℃に維持した。30分間撹拌した後、WSCI溶液を反応系混合物に滴下して添加して、一昼夜撹拌した。生成物を、水、飽和炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)水溶液、1Mの塩酸(HCl)及びブライン(Brine)で洗浄した。硫酸マグネシウム(MgSO4)で脱水した後、有機溶媒を真空下で留去した。反応は薄層クロマトグラフィ(TLC)で確認し、クロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて、シリカゲルクロマトグラフィを行い、生成物を精製し、無色のオイル状の生成物を得た(38 mmol; 収率95%)。1H-NMR(CDCl3)により生成物を同定した。
【0061】
Boc-ProProProGly-OEtの合成
以下の方法で、N末端がBocで保護され、C末端をエチルエステル化した、ProProProGlyオリゴペプチド(Boc-ProProProGly-OEt)を合成した。
【0062】
Boc-Pro-OH (40 mmol)、H-ProGly-OEt (40 mmol)、ブタノール一水和物(HOBt monohydrate)(44 mmol)、及びTEA(70 mmol)を乾燥クロロホルム(40 mL)に溶解し、氷浴上、0℃で撹拌した。一方、WSCI・HCl(44 mmol)を乾燥クロロホルム(16 mL)に溶解し、0℃に維持した。30分間撹拌した後、このWSCI溶液を反応混合物に滴下して、添加し、一昼夜撹拌した。生成物を、水、飽和炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)水溶液、1Mの塩酸(HCl)及びブライン(Brine)で洗浄した。硫酸マグネシウム(MgSO4)で脱水した後、有機溶媒を真空下で留去した。反応は薄層クロマトグラフィ(TLC)で確認し、クロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて、シリカゲルクロマトグラフィを行い、生成物を精製し、無色のオイル状の生成物を得た(34 mmol; 収率85%)。1H-NMR(CDCl3)により生成物を同定した。
【0063】
H-ProProProGly-OEtの合成
上記で得られたBoc-ProProProGly-OEtから、以下の方法により、N末端のBoc保護基を脱離させ、H-ProProProGly-OEtを合成した。
【0064】
Boc-ProProProGly-OEt(34 mmol)をジクロロメタン(30 mL)に溶解し、氷浴上、0℃に維持した。TFA(136 mmol)をこの溶液に滴下により添加し、得られた溶液を一昼夜撹拌した。TFAを含む溶媒をポンプを用いて真空下で除去し、黄色がかったオイル状の生成物を得た。1H-NMR(CDCl3)により生成物を同定した。
【0065】
Boc-GlyProProProGly-OEt (GPPPG)の合成
以下の方法で、N末端がBocで保護され、C末端をエチルエステル化した、GlyProProProGlyオリゴペプチド(Boc-GlyProProProGly-OEt)を合成した。
【0066】
Boc-Gly-OH(34 mmol)、H-ProProProGly-OEt(34 mmol)、ブタノール一水和物(HOBt monohydrate)(37.4 mmol)、及びTEA(47.6 mmol)を乾燥クロロホルム(40 mL)に溶解し、氷浴上、0℃で撹拌した。一方、WSCI・HCl(37.4 mmol)を乾燥クロロホルム(16 mL)に溶解し、0℃に維持した。30分間撹拌した後、このWSCI溶液を反応混合物に滴下して添加し、一昼夜撹拌した。生成物を、水、飽和炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)水溶液、1M の塩酸(HCl)及びブライン(Brine)で洗浄した。硫酸マグネシウム(MgSO4)で脱水した後、有機溶媒を真空下で留去した。反応は薄層クロマトグラフィ(TLC)で確認し、クロロホルム/メタノール混合溶媒を用いて、シリカゲルクロマトグラフィを行い、生成物を精製し、無色のオイル状の生成物を得た(27mmol; 収率79%)。1H-NMR(CDCl3)により生成物を同定した。
【0067】
実施例2:オリゴプロリンを含むペプチドの活性酸素(ROS)応答性評価
<材料と方法>
実施例1で得られたペプチド、すなわちGPPG、GPPPG及びGPGをそれぞれ、ミリQ水に溶解して、500μMの各ペプチド溶液を調製し、それぞれ4℃で一昼夜維持した。また、1 mMの過酸化水素を含むCuSO4(50 μM)溶液を準備した。過酸化水素1 mMとCuSO4 50 μMとを含む系では、ヒドロキシルラジカルが発生する。なお、上記割合で混合することで発生するROS濃度は、例えば植物においては、光合成が進行している植物細胞中の葉緑体及びその周辺のROS濃度(10 μM~1 mM程度)と同程度になると考えられる。
【0068】
上記濃度(1mM)で過酸化水素を含むCuSO4溶液を、各ペプチド溶液に添加して、各試料溶液1a~3a(試料溶液1a:500 μMのGPPG+50 μMのCuSO4+1 mMのH2O2;試料溶液2a:500 μMのGPPPG+50 μMのCuSO4+1 mMのH2O2;試料溶液3a:500 μMのGPG+50 μMのCuSO4+1 mMのH2O2)をそれぞれ調製し、室温に維持した。
【0069】
上記濃度で過酸化水素を含むCuSO4溶液を添加してから、0、3、6及び24時間のそれぞれのタイミングで、各試料溶液に、内部標準として、10 mg/mLのサルコシン溶液(但し、N末端をBocで保護したサルコシンBoc-sarcosine-OHの溶液)を添加した。
【0070】
上記内部標準を添加した各試料溶液を逆相HPLC(RP-HPLC)システムに注入した。なお、このシステムは、自動サンプラー(AS-2055, JASCO, Tokyo, Japan)、グラジエントポンプ(PU2089, JASCO)、カラムオーブン (CO04060, JASCO)、及びC18カラム(YMC-Triart C18, 粒子サイズ5 μm, 150 × 4.6 mm i.d., YMC, Kyoto, Japan)からなる。移動相として、ミリQ(溶出液A)、アセトニトリル(溶出液B)及び1% TFAの水溶液(溶出液C)を用いた。このHPLC分析では、流量比1mL/min、線形グラデーションで、移動相の組成を、89 %の溶出液A、1 %の溶出液B及び10 %の溶出液Cの組成から、50 %の溶液液A、40 %の溶出液B及び10 %の溶出液Cに、30分間で変化させた。カラム温度を25 ℃に維持し、ペプチド成分を、波長220 nmの吸収により検出した。ペプチドが分解されると、波長220 nmの吸光度が、定量的に低下する。よって、ペプチドの割合は、以下の式で算出された値である。
【0071】
式:It/I0×100
式中、Itは内部標準により規格化された時刻tにおけるペプチドに由来する吸収を示し、I0は内部標準により規格化された時刻0におけるペプチドに由来する吸収を示す。
【0072】
対照として、過酸化水素を含まない上記濃度のCuSO4溶液を添加した以外は、上記と同様にして、各試料溶液1b~3b(試料溶液1b:500 μMのGPPG+50 μMのCuSO4;試料溶液2b:500 μMのGPPPG+50 μMのCuSO4;試料溶液3b:500 μMのGPG+50 μMのCuSO4)をそれぞれ調製し、同様に逆相HPLCを測定した。
【0073】
また、他の対照として、過酸化水素濃度を250 nMとした以外は、各試料溶液1a~3aの調製と同様にして、各試料溶液1c~3c(試料溶液1c:500 μMのGPPG+50μMのCuSO4+250nMのH2O2;試料溶液2c:500 μMのGPPPG+50 μMのCuSO4+250 nMのH2O2;試料溶液3c:500 μMのGPG+50 μMのCuSO4+250 nMのH2O2)をそれぞれ調製し、同様に逆相HPLCを測定した。なお、過酸化水素250 nMとCuSO4 50 μMとを含む系では、反応によりヒドロキシルラジカルが発生するが、上記割合で混合することで、発生するROS濃度は、例えば、植物細胞中の細胞質中のROS濃度(200~300 nM程度)と同程度になると考えられる。
【0074】
また、他の対照として、ヒドロキノン溶液(1 mM)をさらに添加した以外は、各試料溶液1a~3aの調製と同様にして、各試料溶液1d~3d(試料溶液1d:500 μMのGPPG+50 μMのCuSO4+1 mMのH2O2+1 mMのヒドロキノン;試料溶液2d:500 μMのGPPPG+50 μMのCuSO4+1 mMのH2O2+1 mMのヒドロキノン;試料溶液3d:500 μMのGPG+50 μMのCuSO4+1 mMのH2O2+1 mMのヒドロキノン)をそれぞれ調製し、同様に逆相HPLCを測定した。なお、ヒドロキノンは、ラジカルをクエンチングすることが知られている。
【0075】
<結果>
結果を
図1及び
図2に示す。
図1は、試料溶液1a~3a及び1b~3bそれぞれの、CuSO
4溶液等を添加してから0時間、3時間、6時間及び24時間のタイミングで測定した波長220 nmの吸光度に基づいて算出された残存ペプチドの割合(%)を示す。
【0076】
いずれも、3回測定して得られた値の平均値を偏差とともに示した。
【0077】
図1に示す結果から、オリゴプロリン(2以上のプロリンの連続配列)を有するペプチドGPPG及びGPPPGそれぞれの試料溶液1a及び2aは、経時的にペプチドの割合が顕著に低下していることが理解できる。
【0078】
一方、PP配列を含まないペプチドGPGの試料溶液3aは、ペプチドの割合に経時的変化がなく、また、過酸化水素を含まない(即ち活性酸素が発生しない)試料溶液1b~3bのいずれも、同様にペプチドの割合に経時的変化がなかった。
【0079】
これらのことから、PP配列を含むGPPG及びGPPPGペプチドは、ROS存在下の環境に置かれたことにより、分解したことが理解できる。GPPPGペプチドの割合の経時変化は、GPPGと比較して顕著であり、このことは、GPPGがROSに対してより感受性が高いことを示す。加えて、GPGペプチドは、ROSが高濃度の環境下でも安定であり、このことは、ROSがトリガーとなる分解には、PP配列が必要であることを示す。
【0080】
図2は、試料溶液1a及び2a、1b及び2b、1c及び2c、並びに1d及び2dそれぞれの、CuSO
4溶液等を添加してから0時間、3時間、6時間及び24時間のタイミングで測定した波長220 nmの吸光度に基づいて算出された残残ペプチドの割合(%)を示す。ペプチドの割合の算出式は上記と同様である。
【0081】
いずれも、3回測定して得られた値の平均値を偏差とともに示した。
【0082】
図2に示す結果から、過酸化水素を含んでいるにも関わらず、試料溶液1c及び2cでは、ペプチドの割合の経時的変化が起こらなかったことが理解できる。これは、過酸化水素の濃度が250nMでは(即ち、ROS濃度が植物細胞中の細胞質におけるROS濃度程度では)、GPPG及びGPPPGの分解を進行させるには、不十分であったことによるものと考えられる。この結果から、PP配列を含むペプチド(例えば、GPPG及びGPPPG)は、例えば植物においては、光合成をトリガーとする感応性ペプチドとして機能し得るであろうことが理解できる。
【0083】
さらに、
図2に示す結果から、高濃度(1mM)で過酸化水素を含んでいるにも関わらず、ヒドロキノン溶液をさらに添加した試料溶液1d及び2dでも、ペプチドの割合の経時的変化が起こらなかったことが理解できる。即ち、ヒドロキノンを供給することによって、双方のペプチド(GPPG及びGPPPG)の分解が抑制された。このことから、PP配列を含むペプチド(例えば、GPPG及びGPPPG)の分解は、主には、ヒドロキシラジカルによって生じることが理解でき、この結果は、従前の報告(Shan S. Yu, Rachel L. Koblin, Angela L. Zachman, Daniel S. Perrien, Lucas H. Hofmelster, Todd D. Giorglo, Hak-Joon Sung, Biomacromolecules, 12, 4357-4366, 2011)と整合した。
【0084】
実施例3:ナノ粒子の形成とその安定性
実施例1で製造したGPPG及びGPPPGペプチドのそれぞれを、濃度4 mg/mLでミリQ水と混合し、完全に透明な試料液をそれぞれ調製し、一昼夜4℃に維持した。続いて、得られた各試料液に対して、冷却された状態の超音波浴を用いて、60 kHzの超音波を30分間与えた。
【0085】
この超音波処理により、各試料液中で、ペプチドが凝集して、粒子を形成したことを以下の通り確認した。
【0086】
具体的には、超音波処理後の各試料液(1e及び2e)を、メッシュタイプのフィルタ(Millipore, Massachusetts, USA)を用いてろ過した後、各試料液(25 ℃、pH 7.4)の動的光散乱を測定した。その結果、下記表に示す、流体力学半径、多分散度及びゼータ電位をそれぞれ有する粒子の存在を確認した。動的光散乱の測定には、「DLS, Zeta-sizer Nano-ZS」(Malvern, Worce stershire, U.K.)を用いた。
【0087】
結果を表1に示す。表1中、「RH」は流体力学半径、「PDI」は多分散度(cumulant法で算出)、及び「ζ-potential」はゼータ電位を示す。下記表に示すRH、PDI及びζ-potentialの値から、試料液1e及び2e中にはそれぞれ、サイズがナノオーダで、静電的に中性の粒子が、分散状態で存在することが理解できる。
【0088】
【0089】
さらに、超音波処理後の試料液1e及び2e(4mg/mL)をそれぞれ乾燥した後、電界放出型走査型電子顕微鏡観察を行った。観察には、「FE-SEM」(GeminiSEM XX, Carl Zeiss, Oberkochen, German)を用いた。なお、染色処理を行わず、加速電圧及び作動距離をそれぞれ2.0 kV及び2 mmに固定して観察した。観察写真を
図3に示す。
図3Aは、試料液1eを乾燥後、観察した画像であり、及び
図3Bは、試料液2eを乾燥後、観察した画像である。いずれの試料液中にも球状粒子が単分散状態で存在することが理解できる。
【0090】
また、上記超音波処理した各試料液(1e及び2e)の動的光散乱を、超音波処理後所定のタイミング(0、1、3、6、及び24 h)で測定して、経時安定性を評価した。
【0091】
結果を
図4に示す。
図4Aは、各試料液(1e及び2e)の動的散乱光測定から算出されたR
Hの経時変化を示し、
図4Bは、各試料液(1e及び2e)の動的散乱光測定から算出されたPDIの経時変化を示す。なお、図中、「○」が試料液1e(GPPG)に関するデータであり、「◇」が試料液2e(GPPPG)に関するデータである。いずれも3回測定した値の平均値を偏差とともに示した。
【0092】
図4に示す通り、試料液1e及び2eのいずれも、R
H及びPDIに顕著な変動はなく、良好な経時安定性を示すことが理解できる。特に、試料液2e中のGPPPGは、試料液1e中のGPPGと比較してより長鎖であり(疎水性相互作用としてはより強く)、それ故に、GPPGと比較して、より小さい粒子を形成し、且つより優れた経時安定性(超音波処理して粒子が形成された後、R
Hがほとんど変動せず、1日経過後もR
Hが維持されていた)を示した。
【0093】
上記種々の測定結果から、超音波処理法によって、PP配列を有するペプチドが水媒体中で、球状で且つ静電的に中性のナノ粒子を形成し、安定な分散状態になることが確認された。粒子は、各ペプチドの疎水性相互作用に基づく自己会合によって形成されたものと考えられる。
【0094】
実施例4:ROSをトリガーとするナノ粒子の分解挙動
上記試料液1e及び2e(超音波処理済)をそれぞれ、1mMの過酸化水素を含むCuSO4(50 μM)溶液と混合し、室温に維持して、試料液1f~2fをそれぞれ調製した。混合から所定の時間(0、1、3、6、又は24 h)に、試料液1f~2fについてそれぞれDLSを測定して、ナノ粒子からの散乱光強度の変化に基づいて、実施例2と同様にナノ粒子の分解率をそれぞれ算出した。
【0095】
また、1 mMの過酸化水素を含まないCuSO4(50 μM)溶液と混合した以外は、試料液1f及び2fと同様にして、試料液1g及び2gをそれぞれ調製し、同様にナノ粒子の分解率をそれぞれ算出した。
【0096】
結果を
図5に示す。
図5中、白抜きの「○」は、試料液1fのデータ、黒塗りの「●」は試料液1gのデータ、白抜きの「◇」は、試料液2fのデータ、黒塗りの「◆」は試料液2gのデータをそれぞれ示す。いずれも、3回測定した値の平均値を偏差とともに示した。
【0097】
図5に示す通り、過酸化水素を所定の濃度で含むCuSO
4溶液と混合した試料液1f及び2fでは、粒子からの光散乱強度が経時的に減少した。即ち、粒子が分解したと理解できる。減少の程度は、特に、GPPPGを含む試料液2fで顕著であった。一方、過酸化水素を含まない試料液1g及び2gでは、光散乱強度はほとんど変化していない。即ち、粒子は分解していないと理解できる。
【0098】
これらのことから、PP配列を有するペプチドからなるナノ粒子は、ROSがトリガーとなって分解することが理解できる。
【0099】
さらに、上記各試料液について、24h後の測定後、ナノ粒子のモルホロジーをFE-SEMにより観察した。結果を
図6に示す。
図6中、Aは試料液1f、Bは試料液2fの観察画像である。いずれの画像からも、粒子の破壊が観察された。
【0100】
実施例5:蛍光プローブを用いた極性評価
ピレンをエタノールに溶解して、10-5 Mの濃度の溶液を調製した。この溶液の15 μLをガラス管に注ぎ、ガラス管の底に静置した。有機溶媒を乾燥窒素ガスを吹き付けて除去した。ガラス管の底には、ピレンの膜が形成された。そこに、1 mLの試料液1e及び2e(ナノ粒子の分散液)を注いで、4℃にて一昼夜撹拌し、試料液1h及び2hをそれぞれ調製した。試料液1h及び2hをそれぞれ遠心分離処理し、不溶物(ピレンの凝集物)を除去した。
【0101】
さらに、上記ピレンを含むガラス管中に添加する試料液1e及び2e(ナノ粒子の分散液)の量を種々変更して、GPPG及びGPPPGペプチドの濃度の異なる試料液をそれぞれ種々調製した。続いて、蛍光分光を測定することによって、ペプチドが会合することによって形成されたナノ粒子中にピレンが取り込まれていることを確認した。具体的には以下の通りである。
【0102】
ピレンの波長374 nm及び385 nmそれぞれの蛍光強度(I374)及び(ピレンの385)の比(I374/I385 )は、ピレンが、どのような極性のミクロ環境中に存在しているのかの指標として利用することができる。例えば、ピレンが水等の極性媒体中に溶解すると、ピレンの蛍光強度比I374/I 385 は、1.75になり、一方、ピレンがドデシル硫酸ナトリウムのような界面活性剤ミセル中に溶解すると、ピレンの蛍光強度比I374/I385 は、1になることが知られている(Lucas Pineiro, Mercedes Novo, Wajih Al-Soufi, Advances in colloid and interface science, 215, 1-12, 2015)。したがって、上記各試料液について、蛍光分光測定を行い、蛍光強度比I374/I385を算出すれば、当該試料液中のピレンが置かれているミクロ環境の極性を知ることができる。例えば、I374/I385が約1であれば、ピレンはナノ粒子に内包されていると言える。
【0103】
結果を
図7に示す。
図7中、白抜きの「○」は、試料液1e(即ちGPPGを種々の濃度で含むGPPGナノ粒子の分散液)のデータを、白抜きの「◇」は、試料液2e(即ちGPPPGを種々の濃度で含むGPPPGナノ粒子の分散液)のデータをそれぞれ示す。
【0104】
図7に示す通り、各試料液中のペプチドの濃度が高まるにつれて、試料液中のピレンの蛍光強度比I
374/I
385 はいずれも、約1.1に収束した。このことは、各試料液中のペプチドからなるナノ粒子はそれぞれ、内部に疎水性のナノドメインを形成していて、疎水性化合物(ピレン)をこの疎水性ナノドメインにトラップ可能であることを示している。また、疎水性ナノドメイン中へのピレンの取り込みは、GPPGナノ粒子と比較して、GPPPGナノ粒子のほうがより促進されていて、ペプチドの低濃度領域でそれが顕著であった。このことは、GPPGがより低濃度条件において、より高い疎水性を示すことを示唆している。
【0105】
実施例6:蛍光色素(ローダミンB)との複合化
ローダミンBをエタノールに溶解して、濃度0.4 mg/mLの溶液を調製し、この溶液の15 μL をガラス管に注ぎ、ガラス管の底に静置した。有機溶媒を乾燥窒素ガスを吹き付けて除去し、そこに、1mLの試料液1e及び2e(ナノ粒子の分散液;各ペプチドの濃度は4 mg/mL)を注いで、4℃にて一昼夜撹拌し、試料液1i及び2iをそれぞれ調製した。試料液1i及び2iをそれぞれ遠心分離処理し、不溶物(ローダミンの凝集物)を除去した後、550nmの吸光度及びDLSを測定して、ナノ粒子中に内包されたローダミンBの量を定量した。なお、吸光度の測定には、UV-Vis 分光器(V-750; Jasco, Tokyo, Japan)を用い、DLSの測定は上記と同様にして行った。結果を表2に示す。なお、表2中、「RH」は流体力学半径を示す。また、「Complexed amount」は、波長550 nmの吸光度から算出した値であり、具体的には以下の式で算出された値である。
【0106】
式:Ax/A0×w
ここでAxは複合体に由来する550 nmにおける吸収、A0はEtOH中に溶解させたローダミン全量に由来する550 nmにおける吸収、wは今回複合化に使用したローダミンの重量を表す。
【0107】
「Complexation efficiency」は、波長550 nmの吸光度から算出した値であり、具体的には以下の式で算出された値である。
【0108】
式: Ax/A0×100
ここでAx及びA0は、上記式におけるものと同様の意味を有する。
【0109】
【0110】
表2に示す結果から、上記ピレンと同様、蛍光色素ローダミンBとの複合(ナノ粒子の疎水性ナノドメインへの導入)が達成されたことが理解できる。複合化条件は、各ペプチドのナノ粒子の濃度が4 mg/mL及びローダミンBの濃度が0.4 mg/mLであり、この条件であると、GPPG及びGPPPGペプチドのナノ粒子の双方に内包されたローダミン色素の割合はそれぞれ43 μg/mL及び46 μg/mLとなり、同程度であった。また、流体力学半径は複合化前後で、有意に変化しないことが理解できる。
【0111】
実施例7:ROSをトリガーとするナノ粒子からの放出
ローダミンBと複合化したPP配列を含むペプチドのナノ粒子(4 mg/mL)を、1 mMの過酸化水素を含むCuSO4(50 μM)溶液と混合し、室温に維持して、試料液1j~2jをそれぞれ調製し、混合から所定の時間(0、1、3、6、又は24 h)に、ローダミンBからの蛍光(波長550nm)を測定した。測定には、蛍光分光器(FP-8600; Jasco, Tokyo, Japan)を用いた。ローダミンのナノ粒子からの放出量を回復蛍光強度(recovered fluorescence intensity)によって定量した。
【0112】
また、1 mMの過酸化水素を含まないCuSO4(50 μM)溶液と混合した以外は、試料液1j及び2jと同様にして、試料液1k及び2kをそれぞれ調製し、同様に、ローダミンBからの蛍光(波長550nm)を測定し、ローダミンのナノ粒子からの放出量を定量した。
【0113】
結果を
図8に示す。図中、白抜きの「○」は、試料液1jのデータ、黒塗りの「●」は試料液1kのデータ、白抜きの「◇」は、試料液2jのデータ、黒塗りの「◆」は試料液2kのデータをそれぞれ示す。いずれも、3回測定した値の平均値を偏差とともに示す。
【0114】
図8に示す通り、活性酸素種を発生する過酸化水素を含む試料液1j及び2jはそれぞれ、経時的に、ローダミンBからの蛍光強度が徐々に高くなり、即ち、経時的に、ナノ粒子からローダミンBが徐々に放出されたことが理解できる。過酸化水素を含まず、活性酸素種の発生がない試料液1k及び2kでは、ほとんどのローダミン色素はナノ粒子中に内包された状態にあり、その状態が24h継続したことが理解できる。
【0115】
実施例8:植物におけるin vivo でのROS-感受性評価
上記で調製した試料液1i及び2iと同様にして、但しローダミンBの濃度を 0.04 mg/mLに替えて、試料液1m及び2m(ローダミンBと複合化したGPPG及びGPPPGのナノ粒子分散液であり、GPPG及びGPPPGそれぞれの濃度は4 mg/mL、ローダミンBの濃度は 0.04 mg/mL)をそれぞれ調製した。
【0116】
各試料液を、蛍光タンパク質YFPを過剰発現させたシロイヌナズナの葉にシリンジを用いて施用し、細胞に浸透させた。施用した量は、各葉に対して約100 μL程度であった。いくつかの葉については、アルミニウムホイルで覆って、遮光した。処理後、これらの葉を、暗室に12時間静置した後、12時間光照射した。その後、すべての葉を、共焦点レーザ顕微鏡(LSM880; Carl Zeiss)で観察した。また参照として、試料液1m及び2mに替えて、ミリQ水をシロイヌナズナの葉に施用して、上記と同様に処理した後、同様に観察した。
【0117】
結果を
図9に示す。
図9Aは、ミリQ水を施用した葉の観察写真、
図9Bは、試料液1m(ローダミンBと複合化したGPPGのナノ粒子分散液)を施用した葉(アルミホイルの被覆あり)の観察写真、
図9Cは、試料液1mを施用した葉(アルミホイルの被覆なし)の観察写真、
図9Dは、試料液2m(ローダミンBと複合化したGPPPGのナノ粒子分散液)を施用した葉(アルミホイルの被覆あり)の観察写真、
図9Eは、試料液2mを施用した葉(アルミホイルの被覆なし)の観察写真である。
【0118】
図9B、Dに示す通り、アルミホイルによって遮光された葉では、ローダミンBの蛍光は検出されなかった。一方、光照射を受けた葉では(
図9C、E)、ローダミンからの蛍光が回復していた。これらのことから、葉に対する光照射によって、ナノ粒子からローダミンBが放出されたと言える。光照射によって、光合成が進行することにより、葉緑体内及びその周辺にROSが局在する。このことは、別途、シロイヌナズナの複数の葉に対して、光照射下でH
2DCFDA (50 μM)をインキュベートした葉のサンプルを共焦点レーザ顕微鏡で観察することにより確認した(データ示さず)。なお、H
2DCFDAは、ROS検出蛍光プローブであり、細胞質内におけるエストラーゼによる加水分解とROSによる酸化の双方が進行することで初めて蛍光を発する試薬である。
【配列表】