(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-27
(45)【発行日】2024-06-04
(54)【発明の名称】固体高分子形燃料電池用触媒及び固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20240528BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20240528BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20240528BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20240528BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20240528BHJP
B01J 31/28 20060101ALN20240528BHJP
B01J 33/00 20060101ALN20240528BHJP
B01J 35/60 20240101ALN20240528BHJP
B01J 37/04 20060101ALN20240528BHJP
B01J 37/08 20060101ALN20240528BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M4/88 K
H01M4/90 M
H01M4/92
H01M8/10 101
B01J31/28 M
B01J33/00 C
B01J35/60 G
B01J37/04 102
B01J37/08
(21)【出願番号】P 2022145162
(22)【出願日】2022-09-13
【審査請求日】2023-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】秋山 朋弘
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-108551(JP,A)
【文献】国際公開第2020/209346(WO,A1)
【文献】特開2008-135369(JP,A)
【文献】特開2004-327057(JP,A)
【文献】特開平11-025992(JP,A)
【文献】特開2018-113182(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/88
H01M 4/90
H01M 4/92
H01M 8/10
B01J 31/00
B01J 33/00
B01J 35/00
B01J 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ptを必須の触媒金属として含む触媒粒子が炭素粉末担体上に担持されてなる固体高分子形燃料電池用触媒において、
前記炭素粉末担体及び/又は少なくとも一つの前記触媒粒子を被覆し、疎水性の多孔質ポリマーからなるバリア層を備え
、
Log微分細孔容積分布による細孔分布曲線において、細孔径50nm以上200nm以下の領域にピークを有し、前記ピーク高さが1.0以上であることを特徴とする固体高分子形燃料電池用触媒。
【請求項2】
前記触媒粒子は、触媒金属としてPtと金属Mとを含み、前記金属Mは、Co、Ni、Mn、Fe、Ti、Zr、Snの少なくともいずれかである
請求項1記載の固体高分子形燃料電池用触媒。
【請求項3】
バリア層となる前記多孔質ポリマーは、ポリ酢酸ビニル、ポリ乳酸、ポリメタクリル酸メチル、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリアクリロニトリル、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、ポリスチレンのいずれかである請求項1又は請求項2記載の固体高分子形燃料電池用触媒。
【請求項4】
前記触媒粒子の担持密度は、30~70%である請求項1又は請求項2記載の固体高分子形燃料電池用触媒。
【請求項5】
請求項1又は請求項2記載の固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法であって、
Ptを必須の触媒金属として含む触媒粒子が炭素粉末担体上に担持されてなる触媒を用意する工程、
溶媒に
疎水性のポリマーを溶解させたポリマー溶液を用意する工程、
前記ポリマー溶液に前記触媒を分散させた後、ポリマー溶液を加熱又は冷却若しくは加水し、前記ポリマーを前記触媒表面上に析出させてバリア層を形成する工程、を含む固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池用の触媒に関する。特に、固体高分子形燃料電池のカソード(空気極)を構成する触媒であって、初期活性と共に耐久性に優れるものに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用電源や家庭用電源として固体高分子形燃料電池の実用化が進められている。固体高分子形燃料電池は、水素を含む燃料を供給する水素極(アノード)、酸素や空気等の酸化剤ガスが供給される空気極(カソード)、これらの電極に挟持される固体高分子電解質膜の各要素からなる膜/電極接合体(Membrane Electrode Assembly:MEA)を主要な構成とする。そして、各電極の外側に設けられたガス流路を有するセパレータを備えた単位セルを複数積層することで固体高分子形燃料電池が構成される。
【0003】
固体高分子形燃料電池の各電極は、触媒と固体高分子電解質(アイオノマー)を混合して形成される。従来から、固体高分子形燃料電池用の触媒としては、貴金属、特に、白金(Pt)を触媒金属として担持させた白金触媒(Pt触媒)が広く用いられている。触媒金属としてのPtは、燃料極及び水素極の双方における電極反応を促進させる上で高い活性を有する。また、従来の白金触媒に対して、Pt使用量の低減により触媒コストを低減する目的や、触媒活性の向上の目的のため、Ptと他の遷移金属との合金が担持された合金触媒についての検討例も増えている。例えば、Ptとコバルト(Co)との合金を触媒粒子とするPt-Co触媒(2元系触媒)や、コバルトに加えてマンガン等の他の遷移金属を合金化した3元系合金触媒も報告されている。
【0004】
上記のような触媒粒子を構成する触媒金属の検討により、固体高分子形燃料電池用触媒の触媒活性(初期活性)については改良が進んできたといえる。これに伴い要求度が高まっているのが触媒の耐久性であり、固体高分子形燃料電池を長期に駆動させたときの触媒の活性劣化を如何に抑制するかが重要となってきている。
【0005】
この点、固体高分子形燃料電池が適用される多くの機器は、触媒に対して負荷変動が生じるモードで運転されている。例えば、自動車用電源としての固体高分子形燃料電池においては、自動車の起動/停止の繰返しの他、アイドリング時や走行時においても負荷変動を受け、触媒は低電位と高電位との間をサイクルする負荷変動電位サイクルを受けている。触媒の活性劣化は、こうした負荷変動運転モードにおいて促進される傾向にある。
【0006】
触媒劣化の直接的な要因としては、触媒粒子の粗大化による有効表面積(電気化学的表面積(ElectroChemical
Surface Area:ECSA)と称されることもある)の低下が挙げられる。そして、触媒粒子の粗大化の要因の一つは、上記した負荷変動下における触媒粒子(白金)の移動及びそれらの凝集が挙げられる。また、上記した負荷変動電位サイクルにおいては、高電位負荷の元で溶解した白金が低電位負荷の際に析出する現象がみられる。特に、固体高分子電解質膜は、スルホン酸基等を有する強酸性の樹脂膜が一般的であり、燃料電池反応によって生成した水により溶解性が高くなっている。そして、触媒粒子の近傍で析出した白金により触媒粒子が粗大化する。
【0007】
また、上記した白金の溶解が生じたとき、白金イオンがカソードと固体高分子電解質膜との界面に拡散することがある。このとき、アノードから高分子固体電解質膜を介してクロスリークしてきた水素により白金イオンが還元され、前記界面に白金粒子が帯状に整列した白金バンドを形成させる。この白金バンドの形成は、触媒電極中の白金量の減少の要因となり、これも有効表面積の低下による劣化の要因となる。以上のような白金触媒における劣化の機構は、他の遷移金属を合金化した白金触媒においても同様にみられ、白金と共に遷移金属の溶解・析出による触媒粒子の粗大化と有効表面積の減少による劣化が生じる。
【0008】
白金又は白金合金を触媒粒子とする固体高分子形燃料電池触媒の耐久性改善への取り組みとして、本願出願人はいくつかの方策を提示している。例えば、所定のフッ素化合物を触媒に担持し、撥水層を有する触媒を開示している(特許文献3)。この触媒では、燃料電池反応によって生成した水を、撥水層により速やかに排出し、水が介在する触媒金属の溶解を抑制することで耐久性を確保している。また、白金触媒について1000℃以上の高温熱処理を行い、触媒粒子の粒径を調整すると共に、触媒粒子表面に存在する白金の価数を最適化したものがある(特許文献4)。更に、触媒粒子の粒径分布を調整し、微小粒径の触媒粒子の割合を低減したものも開示している(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2010-27364号公報
【文献】特許第5152942号明細書
【文献】特許第6053223号明細書
【文献】国際公開WO2018/194007号
【文献】国際公開WO2019/065443号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述した各種の耐久性が改善された触媒は、今後の固体高分子形燃料電池の実用化と普及に際し、その要求に十分応え得るとは言い難い。上記特許文献3のフッ素化合物による撥水層を備える触媒は、活性低下の抑制効果に不足がある。また、特許文献4,5のように、触媒粒子の粒径・粒径分布の調整や白金の価数調整がなされた触媒は、長時間経過した状態での活性維持については、これまで白金触媒等よりは優れているものの、初期活性にやや劣る面がある。こうした耐久性向上のために初期活性を幾分犠牲にする対応も必要十分な対策とは言い難い。
【0011】
本発明は、上記のような背景のもとになされたものであり、Ptを必須の触媒金属として適用する固体高分子形燃料電池用触媒について、初期活性を好適にしつつ、耐久性において更なる改善がなされたものを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決する本発明は、Ptを必須の触媒金属として含む触媒粒子が炭素粉末担体上に担持されてなる固体高分子形燃料電池用触媒において、前記炭素粉末担体及び/又は少なくとも一つの前記触媒粒子を被覆する疎水性の多孔質ポリマーからなるバリア層を備えることを特徴とする固体高分子形燃料電池用触媒である。
【0013】
固体高分子形燃料電池用触媒の活性劣化の要因が触媒粒子の移動や白金等の溶解・析出による粗大化にあるとすれば、劣化抑制の手段としては、触媒粒子の移動を阻害することと、溶解によって生成する白金イオン等の拡散の障壁を設けることが挙げられる。本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒では、これらの作用を有するバリア層で担体及び/又は触媒粒子を被覆することとしている。
【0014】
本発明に係る固体高分子形燃料電池触媒のバリア層による活性劣化の抑制の機構について
図1(a)、(b)を用いつつ説明する。上述のとおり、従来の固体高分子形燃料電池用触媒(
図1(a))においては、触媒粒子が移動し周囲の触媒粒子と凝集することによる触媒粒子の粗大化(
図1(a)(i)と、触媒金属の溶解により生成する金属イオンが他の触媒粒子の近傍で析出することによる当該他の触媒粒子の粗大化(
図1(a)(ii))が生じて活性劣化が生じ得る。これに対し、本発明の触媒(
図1(b))においては、触媒粒子を被覆するバリア層が当該触媒粒子を捕捉する、或いは担体表面を被覆するバリア層が触媒粒子の移動を阻害するといった作用により周囲の触媒粒子との凝集・粗大化を抑制する(
図1(b)(i))。また、バリア層で被覆された触媒粒子においては、溶解が生じてもバリア層が白金イオン等を堰き止めて圏外に拡散することを抑制する。これにより、他の触媒粒子付近での析出を低減することができる(
図1(b)(ii))。これらの触媒粒子の粗大化抑制作用に加えて、バリア層による障壁は、白金イオンが固体電解質膜へ拡散することも防ぐことができ、カソードと固体高分子電解質膜との界面における白金バンドの形成も抑制することができる。白金バンドの形成抑制は、触媒金属成分の減少による有効表面積の低下を防ぐこととなり、活性低下の抑制に寄与する。
【0015】
もっとも、バリア層の構成に関しては、触媒粒子を外部から遮断する皮膜状のものとすると、触媒の活性(初期活性)が低下することとなる。電極反応の進行には、触媒粒子表面への反応ガス(酸素)の供給が不可欠であり、反応生成物である水分子を触媒粒子近傍から放出する必要もある。バリア層には、こうした反応ガスや水分子の透過性が必要である。本発明では、バリア層を疎水性のポリマーからなる多孔質構造を有するものとし、反応ガス等の透過性を付与して触媒活性を確保する。その一方で、バリア層を疎水性のポリマーとすることで、溶解した白金イオン等を含む水がバリア層から放出され難くなり、白金イオン等の拡散を抑制する。以下、上記した劣化抑制の機構を有する本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒について、その構成及び製造方法を詳細に説明する。
【0016】
(A)本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒の構成
上記のとおり、本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒は、白金又は白金合金を触媒粒子とする触媒にバリア層を形成したことを特徴とする。そして、バリア層を適用する触媒については、従来の固体高分子形燃料電池用触媒を対象とすることができる。以下の説明では、本発明の対象として好適な固体高分子形燃料電池用触媒について説明し、その上でバリア層の構成と特性について説明する。
【0017】
(i)触媒粒子
本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒の触媒粒子は、Ptを必須の構成金属とし、それ以外の組成上・構成上の必須条件はない。Ptを必須の触媒金属とするのは、Ptが高活性であること、特に初期活性が高いことに基づく。本発明に係る固体高分子形燃料電池用触媒は、触媒粒子としてPtからなるものの他、Ptに他の金属Mが合金化したPt合金からなるものが適用される。
【0018】
Pt合金からなる触媒粒子を適用するとき、Ptと合金化する金属Mは、Co、Ni、Mn、Fe、Ti、Zr、Snの少なくともいずれかが挙げられる。これらの金属を合金化することで、触媒金属のPt使用量を低減しつつ高活性の触媒とすることができる。Pt合金は、具体的には、Pt-Co合金、Pt-Ni合金等の2元系Pt合金や、Pt-Co-Mn合金、Pt-Co-Zr合金、Pt-Co-Ni合金等の3元系Pt合金が挙げられる。
【0019】
Pt合金からなる触媒粒子が適用されるときの合金組成についても、従来技術の組成を適用することができる。例えば、2元系合金のPt-Co合金触媒では、モル比でPt:Co=1:0.14~0.67の組成とするのが好ましい。また、3元系合金のPt-Co-Mn合金触媒では、モル比でPt:Co:Mn=1:0.25~0.28:0.07~0.10が好ましく、より好ましくはPt:Co:Mn=1:0.26~0.27:0.08~0.09とする。同じく、3元系合金のPt-Co-Zr合金触媒では、モル比でPt:Co:Zr=3:0.5~1.5:0.1~3.0とするのが好ましく、より好ましくはPt:Co:Zr=3:0.5~1.5:0.2~1.8とする。これらの3元系合金触媒は、Pt-Co触媒にMn、Zrを添加することでPt-Co触媒より高い初期活性を発揮させた触媒である。但し、Mn、Coの過剰添加は却って活性を低下させることから、上記範囲を適正範囲とする。
【0020】
触媒粒子の粒径は、平均粒径2~10nmであるものが好ましい。2nm未満は長時間の活性持続特性が明確に得られなくなるからであり、10nmを超えると触媒の初期活性が十分に得られなくなるからである。
【0021】
触媒粒子の平均粒子径は、例えば、TEM等の電子顕微鏡観察による映像に基づき、複数の触媒粒子の粒子径を測定することで平均値を算出して得ることができる。観察像における粒子径の測定は、目視の他に画像解析によって測定できる。尚、触媒粒子の平均粒子径は、100個以上の触媒粒子を任意に選択して測定することが好ましい。
【0022】
(ii)炭素粉末担体
上記触媒粒子を担持する炭素粉末担体は、比表面積が150m2/g以上2000m2/g以下の炭素粉末を適用するのが好ましい。150m2/g以上とすることで、触媒が付着する面積を増加させることができるので触媒粒子を高い状態で分散させ有効表面積を高くすることができる一方、2000m2/gを超えると、電極を形成する際にイオン交換樹脂の浸入しにくい超微細孔(約20Å未満)の存在割合が高くなり触媒粒子の利用効率が低くなるからである。炭素粉末担体の比表面積は250m2/g以上1200m2/g以下のものがより好ましい。
【0023】
そして、本発明に係る触媒は、固体高分子形燃料電池の電極としての性能を考慮し、触媒粒子の担持密度を30~70%とするのが好ましい。ここでの担持密度とは、担体に担持させる触媒粒子質量(担持させた白金、金属M合計質量)の触媒全体の質量に対する比をいう。
【0024】
(iii)バリア層
バリア層は、触媒粒子の移動を阻害すると共に、触媒粒子が溶解したときに生成する金属イオンが遠方へ拡散するのを阻害することで、触媒粒子の粗大化を抑制し活性劣化を抑制するための層である。バリア層は、担体及び又は触媒粒子を被覆するように形成される。バリア層は、触媒を全面的に被覆していても良いが、触媒表面上に点状・島状に分布し触媒を部分的に被覆するものでも良い。また、バリア層は、触媒粒子に対して少なくとも一つの粒子を被覆していれば良く、複数の触媒粒子を被覆していても良い。
【0025】
バリア層は、疎水性の多孔質ポリマーで構成される。疎水性のポリマーとは、水に対する親和性が低く、水に対して溶解又は混和し難い性質を有するポリマーである。バリア層を構成する疎水性ポリマーの具体例としては、ポリ酢酸ビニル(PVAC)、ポリプロピオン酸ビニル(PVPR)、ポリ乳酸(PLA)、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリメタクリル酸エチル(PEMA)、ポリアクリル酸メチル(PMA)、ポリアクリル酸エチル(PEA)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレンイミン(PEI)、ポリスチレン(PS)が挙げられる。後述するように、本発明におけるバリア層は、疎水性ポリマーをアルコール等の有機溶媒に一旦溶解させた後に触媒上に析出させることで形成される。そのため、有機溶媒に可溶なポリマーが好ましい。また、バリア層形成のための溶媒としては、親水性有機溶媒と水との混合溶媒を使用することもある。これらの溶媒に対する溶解性を考慮しつつ、効率的に多孔質のポリマー層を形成できるポリマーとしては、モノマーの構造中にエステル結合を有するポリマーが好ましい。具体的には、より好ましい疎水性ポリマーとしてはPVAC、PVPR、PLA、PMMA、PEMA、PMA、PEA等が挙げられる。
【0026】
そして、バリア層は、疎水性のポリマーであって、燃料電池反応の進行に必要な反応ガスの透過性を確保するための多孔質構造を有する。この多孔質構造を有するバリア層は、細孔径が50nm以上200nm以下の細孔を有する。
【0027】
上記した細孔径が50nm以上200nm以下の細孔は、通常の炭素微粉末を担体とする触媒には含まれない細孔である。そのため、バリア層の細孔は、触媒全体の細孔分布に明確な影響を与える。具体的には、本発明に係る触媒は、Log微分細孔容積分布による細孔分布曲線において、細孔径50nm以上200nm以下の領域にバリア層由来のピークを示す。Log微分細孔容積は、触媒の細孔の大きさとその体積の関係を示すものであり、細孔径の測定ポイント間の細孔容積の増加分である差分細孔容積dVを、細孔径の対数扱いの差分値d(logD)で除した値(dV/d(logD))である。log微分細孔容積分布は、log微分細孔容積値を各区間の平均細孔径に対してプロットして得られる分布曲線である。尚、触媒の細孔分布の測定には、一般的なガス吸着法が適用でき、その際の吸着ガスとしては窒素(N2)が好ましい。
【0028】
本発明において、細孔径50nm以上200nm以下の領域にピークを示すとは、上記した細孔分布曲線において、細孔径50nm以上200nm以下の領域にlog微分細孔容積(dV/d(logD))の最大値を含むピークを示すということである。そして、本発明の触媒においては、細孔径50nm以上200nm以下の領域のピークの高さが1.0以上であるものが好ましい。細孔径50nm以上200nm以下の領域におけるピーク高さが1.0未満の触媒では、バリア層がない触媒と実質的に同じ触媒であり、バリア層による効果が期待できない。尚、細孔径50nm以上200nm以下の領域のピークの高さの上限については、3.0以下とするものが好ましい。尚、本発明に係る触媒においては、担体である炭素微粉末の細孔に由来するlog微分細孔容積値の上昇が観察されることがある。但し、細孔分布曲線における小さなピークの発現は本発明に必須のものではなく、炭素微粉末の種類によっては細孔径50nm以上200nm以下の領域のみにlog微分細孔容積値のピークが発現することがある。
【0029】
本発明に係る触媒におけるバリア層の有無、即ち、触媒表面上のポリマーの存在やその化学構造は、TOF-SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析法)による解析が可能である。TOF-SIMSは、試料にイオンビーム(一次イオン)を照射したときに試料表面から放出されるイオン(二次イオン)を、その飛行時間差を利用して質量分離する手法である。このとき、二次イオンの飛行時間は重さの平方根に比例することから、サンプル中の金属の定量分析が可能となる。また、SIMSでは有機物(ポリマー)の化学構造情報を得ることも可能であるので、本発明に好適である。更に、TOF-SIMSでは、試料の極表面(1nm以下の深さ)に存在する元素・分子種に関する情報を得ることができるので、被覆の有無によってPtイオンの検出強度にも差が生じ、バリア層による被覆も確認できる。
【0030】
本発明に係る固体高分子形燃料電池用の触媒において、バリア層は、触媒粒子の粗大化の抑制作用に加えて、触媒に疎水性を付与する。この疎水性の向上も触媒の劣化抑制・耐久性向上に寄与する。触媒の活性劣化の要因の一つは触媒粒子(Pt)の溶解にあり、触媒粒子の溶解には水が介在する。バリア層が触媒に疎水性を付与することで、燃料電池反応で生成した水の排出が促進されるので、触媒粒子の溶解を低減できる。
【0031】
以上説明したバリア層を備える本発明に係る固体高分子形燃料電池用の触媒は、バリア層を有しない触媒に対し、初期活性は同等以上としつつも、反応時間の増大に伴う活性低下が抑制され耐久性に優れる。よって、ベースとなる触媒として、上記した組成・粒径の触媒粒子を好適な炭素粉末担体に適切に担持させることで、初期活性と耐久性とのバランスに優れた触媒とすることができる。
【0032】
(B)本発明に係る固体高分子形燃料電池の触媒の製造方法
次に、本発明に係る固体高分子形燃料電池の触媒の製造方法について説明する。本発明に係る触媒は、Pt触媒又はPt合金触媒に対して、バリア層の形成のための処理を行うことで製造される。このとき、バリア層形成の処理としては、ポリマーを溶解させた溶液に触媒を浸漬した後、溶液からポリマーを分離させる処理を行い、触媒上にポリマーを析出させる方法がある。即ち、本願発明の触媒製造法は、Ptを必須の触媒金属として含む触媒粒子が炭素粉末担体上に担持されてなる触媒を用意する工程、有機溶媒にポリマーを溶解させたポリマー溶液を用意する工程、前記ポリマー溶液に前記触媒を分散させた後、ポリマー溶液を加熱又は冷却若しくは加水し、前記ポリマーを前記触媒表面上に析出させてバリア層を形成する工程、を含む固体高分子形燃料電池用触媒の製造方法である。
【0033】
バリア層を形成させるPt触媒又はPt合金触媒を用意する工程については、予め処理目的となる触媒を製造しても良いし、市販の触媒を用意しても良い。固体高分子形燃料電池用の触媒の製造については、Pt触媒は、炭素微粉末担体にPtを適切に担持することで製造可能であり、適宜に熱処理等の後処理を経て製造することができる。また、Pt合金触媒は、Pt触媒を前駆体とし、これに合金化する金属(M)を担持し、合金化熱処理等を行うことで製造できる。
【0034】
Pt触媒の製造方法は、基本的工程として一般的な液相還元法に基づく。液相還元法では、炭素粉末担体とPt化合物溶液とを混合して混合溶液を製造し、この混合溶液に還元剤を添加してPtを還元・析出させて炭素粉末担体に担持することでPt触媒を製造することができる。Pt化合物溶液としては、ジニトロジアンミンPt硝酸溶液、塩化Pt酸水溶液、塩化Pt酸カリウム水溶液、ヘキサアンミンPt水酸塩溶液等が挙げられる。また、混合溶液に添加する還元剤としては、アルコール(メタノール、エタノール等)が挙げられる。そして、還元剤添加後の適宜に加熱して還流することでPt粒子が担体上に担持される。この還元処理によりPt触媒が得られる。また、Pt合金触媒を製造するための前駆体として用いることもできる。
【0035】
更に、還元処理後のPt触媒は、必要に応じて熱処理を行っても良い。この熱処理の温度は、800℃以上1200℃以下の比較的高温域に加熱温度が設定される。800℃未満では、耐久性良好な触媒となり難い。また、1200℃を超える熱処理は、触媒粒子の粗大化による初期活性の低下が懸念される。熱処理は、還元性ガス雰囲気や不活性ガス雰囲気等の非酸化性雰囲気で行うのが好ましく、還元性ガス雰囲気が特に好ましい。具体的には、水素ガス雰囲気(水素ガス50%以上)が好ましい。
【0036】
Pt合金(Pt-M合金)を触媒粒子とするPt合金触媒は、上記で製造されたPt触媒に金属Mを担持し、合金化のための熱処理をすることで製造できる。金属Mの担持も液相還元法が適用できる。即ち、Pt触媒に金属Mの金属塩溶液を接触させ、還元処理してPt粒子の近傍に金属状態のMを析出させる。 金属Mの金属塩溶液としては、各金属の塩化物、硝酸塩、酢酸塩、硫酸塩の水溶液が適用できる。また、金属Mの担持量を調整することで、触媒粒子となるPt合金の組成を調整することができる
【0037】
Pt触媒への金属Mの担持後は熱処理してPtと金属Mとを合金化させる。この熱処理温度は、700~1200℃とする。700℃未満の熱処理では各金属間の合金化が不十分であり活性に乏しい触媒となる。また、1200℃を超える熱処理は、触媒粒子の粗大化が懸念される。この熱処理は非酸化性雰囲気で行うのが好ましく、特に還元雰囲気(水素ガス雰囲気等)で行うのが好ましい。合金化の熱処理により、Pt合金を触媒粒子とする触媒を得ることができる。
【0038】
そして、本発明では、以上のようにして用意されたPt触媒又はPt合金触媒にバリア層を形成する。バリア層の形成では、まず、バリア層となる疎水性ポリマーの溶液(ポリマー溶液)を作製する。ポリマー溶液の溶媒としては有機溶媒が好ましい。具体的には、アルコール(エタノール、メタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール)、アセトン、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,4-ジオキサン、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル等が好ましい。また、ポリマー溶液の溶媒には、アルコール、アセトン等の親水性の有機溶媒と水とを混合した混合溶媒も使用できる場合がある。混合溶媒によるポリマー溶液においては、有機溶媒と水との混合比を変えることにより、ポリマーの溶解度が調整可能となることがある。いずれの溶媒を選択するかは、バリア層となるポリマーの溶解性に応じて定めることができる。例えば、バリア層をPVACとする場合の溶媒としてはアルコールが適用できる。また、PLAではアセトンが好ましく、PMMAではアルコール又はアルコールと水(温水)との混合溶媒が好ましい。ポリマー溶液の作製においては、ポリマーの溶解に加熱が必要であれば、溶媒の沸点を超えない温度で溶液を加熱しながら行うことができる。ポリマー溶液に含まれるポリマーの量は、触媒全体の質量(ポリマーと触媒との合計質量)を基準とし、質量%で2.5質量%以上10質量%以下とすることが好ましい。過剰にポリマー量を高めると、ガス拡散の阻害や電子抵抗の増加による性能低下を引き起こす。また、2.5質量%以下では、効果があるバリア層を形成し難い。尚、ポリマー溶液は、処理対象となる触媒が浸漬できる液量以上を用意すれば良い。
【0039】
次に、ポリマー溶液に処理対象となる触媒(Pt触媒又はPt合金触媒)を浸漬して混合してスラリーとする。このとき、スラリーの製造は、ポリマー溶液を触媒と投入しても良いが、予め触媒を溶媒に分散させ、ここにポリマー溶液を添加しても良い。また、混合の際には必要に応じてスラリーの攪拌や加熱を行っても良い。
【0040】
そして、スラリー中のポリマーを析出させ、触媒表面上にバリア層を形成する。ポリマーの析出のための操作は、上記で製造したスラリーに対して、加熱又は冷却若しくは加水する操作が挙げられる。この析出操作は、ポリマーの種類により選択される。例えば、PVACやPLAは、スラリーにスラリー全量に対して10vol%以上の水を添加することでポリマーの析出が生じる。この他、スラリーを高温(50℃以上)に維持した状態から低温(40℃以下)に冷却することで析出が生じるポリマーもある。これらの操作により、ポリマーを析出させることでバリア層が形成される。バリア層形成後は、スラリーから触媒を濾過等で抽出し、適宜に洗浄することで本発明に係る触媒を得ることができる。
【発明の効果】
【0041】
以上説明したように本発明は、従来のPtを含む触媒粒子が担持された固体高分子形燃料電池用触媒に関し、耐久性が特に優れたものを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【
図1】固体高分子形燃料電池用触媒の劣化機構及びバリア層によるその抑制作用を説明する概念図。
【
図2】第1実施形態(バリア層:PVAC)で製造した固体高分子形燃料電池用触媒の細孔分布曲線。
【
図3】第1実施形態の触媒及び比較例の固体高分子形燃料電池用触媒の水蒸気吸着等温線。
【
図4】第1実施形態(PVAC5質量%)及び比較例で作製したMEA断面のSEM画像及び断面反射電子像。
【
図5】第1実施形態(PVAC5質量%)及び比較例で作製したMEA断面のEPMAライン分析結果。
【
図6】第1実施形態(PVAC5質量%)及び比較例の触媒の触媒粒子の劣化前後の粒径分布。
【0043】
第1実施形態:以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本実施形態では、Pt触媒を製造し、Pt触媒にバリア層としてPVACからなる多孔質ポリマー層を形成して固体高分子形燃料電池用触媒とした。そして、この触媒をカソード電極としたMEA及び燃料電池(単セル)を作製してその初期活性と耐久性を評価した。
【0044】
[Pt触媒の製造]
製造容器にジニトロジアンミンPt硝酸溶液996.42mL(Pt含有量:50.00g)と純水3793mLを投入した。そして、担体となる炭素微粉末(比表面積800m2/g、商品名:KB)50.00gを粉砕しながら添加した。その後、還元剤として変性アルコール(95%エタノール+5%メタノール)を540mL(10.8体積%)加えて混合した。この混合溶液を約95℃で6時間還流反応させてPtを還元した。その後、濾過、洗浄し乾燥(60℃ 15時間)した。これにより担持密度は50%、触媒粒子の平均粒径が2nmとなるPt触媒を得た。
【0045】
[バリア層の形成]
上記で製造したPt触媒20gについてバリア層の形成を行った。バリア層となるポリマーとして、粉末状のPVAC(製品名:ポリ酢酸ビニル、販売元:アルドリッチ)をエタノールに溶解させてポリマー溶液を作製した。本実施形態では、溶媒であるエタノール(300mL)に、触媒全体の質量(触媒とポリマーとの合計質量)を基準として、2.5質量%(0.5g)、5質量%(1.1g)、7.5質量%(1.6g)、10質量%(2.2g)となるようにPVACを溶解させて4種のポリマー溶液を作製した。
【0046】
そして、窒素パージ環境下にてポリマー溶液にPt触媒を混合してスラリーとした。このとき、スラリーを沸点近傍(77℃)まで加熱し、77℃近傍に維持した。その後スラリーを1時間攪拌した後、水300mLを滴下(5mL/min)してPVACを析出させてバリア層を形成させた。その後、ろ過を行い、溶液とバリア層を形成させた触媒を分離し、純水(2L)で洗浄(60℃、30min)し、乾燥(60℃ 15時間)することで本実施形態の固体高分子形燃料電池用触媒(実施例1~実施例4)を製造した。
【0047】
比較例1(Pt触媒):本実施形態と対比する触媒として、上記で製造したPt触媒についてバリア層を形成することなく比較例となる固体高分子形燃料電池用触媒として使用した。
【0048】
[細孔分布の測定]
本実施形態で製造した固体高分子形燃料電池用触媒(PVAC/Pt-C:PVAC担持量2.5質量%、5質量%、7.5質量%、10質量%)について、細孔分布の測定を行った。細孔分布測定は、試験装置として、比表面積・細孔分布測定装置(型名:BELSORP-mini II、マイクロトラック・ベル製)を用い、測定条件として、120℃で8時間の真空脱気後に吸着温度:77K、吸着を窒素として定用法にて吸着脱離等温線を測定した。測定結果について、Log微分細孔容積(dV/d(logD))をプロットした細孔分布曲線を作成した。
【0049】
図2に本実施形態で製造した実施例1~実施例4の固体高分子形燃料電池用触媒(PVAC/Pt-C:PVAC担持量2.5質量%、5質量%、7.5質量%、10質量%)の細孔分布曲線を示す。
図2において、実施例1~実施例4の固体高分子形燃料電池用触媒では、いずれも細孔径50nm以上200nm以下の領域にlog微分細孔容積(dV/d(logD))の最大値を含むピークが観られる。これら実施例における50nm以上200nm以下の領域にピーク高さ(dV/d(logD))は、1.0以上となっている。一方、比較例1のバリア層のないPt触媒においては、細孔径50nm以上200nm以下の領域で高さ1.0以上となるピークは観察されない。これらの対比結果から、本発明におけるバリア層(PVAC)は、細孔径50nm以上200nm以下の細孔を有すると考えられる。そして、実施例1~実施例4において、バリア層形成のためのポリマー溶液中のPVAC含有量が増大すると、細孔径50nm以上200nm以下の領域におけるピーク高さは、基本的に上昇する傾向にある。
【0050】
尚、実施例1~実施例4及び比較例1では、細孔径4nm付近にもピークが観察される。これは、炭素微粉末担体が有する細孔に由来するものである。また、比較例1には50nm以上200nm以下の領域で細孔の存在がカウントされているが、これは炭素粉末粒子間の隙間によるものであって細孔ではないと考えられる。
【0051】
[バリア層の状態の検討]
また、本実施形態では、バリア層の状態を確認するため、触媒のTOF-SIMS分析を行った。この分析における分析装置は、(型名:TOF-SIMS-5-200,ION-TOF社製)を用い、分析条件として高質量分解能モードにて真空下で測定を実施した。この分析結果では、金属イオンや有機結合基に起因するイオン(フラグメントイオン)のカウント数が得られる。そして、得られたプロファイルについて、トータルカウントに対する各成分のカウント数を算出して、メジャー成分のカウント数を比較例と本実施形態とで対比した。この分析結果について、PVACを5質量%添加してバリア層を形成した実施例2の触媒とバリア層のない触媒(比較例1)の結果を表1に示す。
【0052】
【0053】
表1によれば、バリア層を形成した実施例2の触媒では、バリア層のない比較例の触媒に対して、Ptのカウント数が減少している。また、バリア層を形成した実施例2の触媒では、有機結合基(C2H3O2、C4H6O2)のカウント数の増大が観られ、これらはPVACの有機結合基に対応している。TOF-SIMS分析では、分析対象に対して深さ1nm程度の極表面の状態分析が可能である。このことから、実施例2の触媒では、バリア層としてのPVACが存在していることと、バリア層が少なくとも一部の触媒粒子(Pt)を被覆していることが確認できる。
【0054】
[触媒の疎水性評価]
更に、触媒の疎水性を検討するために、実施例2、3、4(PVAC5質量%、7.5質量%、10質量%)及び比較例1(バリア層なし)の触媒について水蒸気吸着量の測定を行った。水蒸気吸着量の測定は、分析装置として型名:BELSORP-aqua3、マイクロトラック・ベル製を用いた。分析前の前処理として、触媒を100℃で8時間加熱して乾燥させた。分析条件は、測定温度25℃とした。
【0055】
図3は、実施例2、3、4の及び比較例1の触媒の水蒸気吸着等温線を示す。
図3からわかるように、PVACのバリア層を付与した各実施例の触媒は、バリア層のない比較例1の触媒に対して水蒸気吸着量が減少している。この減少幅は、ポリマー溶液のPVACの含有量の増大と共に拡大している。これらから、バリア層の形成により触媒の疎水性が向上することが確認された。
【0056】
[初期活性及び耐久性の評価]
そして、実施例1~実施例4及び比較例1の固体高分子形燃料電池用触媒についての初期活性と耐久性の評価試験を行った。この性能試験は、Mass Activityを測定することにより行った。実験には単セルを用い、プロトン伝導性高分子電解質膜を電極面積5cm×5cm=25cm2のカソード及びアノード電極で挟み合わせたMEAを作製し評価した(設定利用効率:40%)。前処理として、水素流量1L/min、酸素流量1L/min、セル温度=80℃、アノード加湿温度=90℃、カソード加湿温度=30℃の条件にて電流/電圧曲線を引いた。その後、本測定として、Mass Activityを測定した。試験方法は0.9Vでの電流値(A)を測定し、電極上に塗布したPt重量からPt1gあたりの電流値(A/g-Pt)を求めてMass Activityを算出してこれを初期活性とした。
【0057】
次に、上記の初期活性試験後のMEAに対して電位サイクル試験を行って耐久性を評価した。電位サイクル試験では、650-1050mVの間を掃引速度40mV/sで20時間(3600サイクル)掃引して前処理した。その後、650-1050mVの間を掃引速度100mV/sで掃引する本処理を行った。この本処理を24時間(10800サイクル)行い、更に、24時間(10800サイクル)掃引して触媒を劣化させた。この劣化した触媒(前処理~本処理で計25200サイクル後)についてMass Activityを測定した。
【0058】
以上の特性評価及び初期活性試験と耐久試験の結果について、表2に示す。
【0059】
【0060】
表2から、本実施形態の固体高分子形燃料電池用触媒は、劣化試験後の活性の維持率が比較例より高くなっていることが分かる。このことから、バリア層を形成することで、触媒の活性劣化が抑制され、耐久性が向上することが確認された。また、初期活性についてみると、本発明のようなバリア層を形成した触媒は、バリア層のないPt触媒(比較例)と同等以上であるといえる。
【0061】
[耐久試験後の白金バンド形成の有無の確認]
次に、上記の耐久試験で使用した燃料電池(MEA)について、劣化後の白金バンドの形成の有無を検討した。この検討では、劣化後のMEAをArイオンビームで切断し、アノード触媒層/高分子固体電解質膜/カソード触媒の断面をSEM及びEPMAで観察・分析した
【0062】
図4は、実施例2(PVAC5質量%)及び比較例1の触媒を使用したMEAの断面SEM画像と断面反射電子像である。断面SEMを参照すると、比較例1では、電解質膜とカソード触媒層との界面に100nm程の粗大な粒子が観察され、これがPt粒子であると考えられる。このPt粒子は、電解質膜の内部にも観られる。一方、実施例2でも界面に僅かなPt粒子が観察されるが、電解質膜内部にはPt粒子がない。この点につき、断面反射電子像をみると、比較例1においては界面におけるPt粒子の輝度が高くなっており、この輝度の増大が電解質内部にも観られる。更に、比較例1では触媒層におけるPtの輝度が低下している。これに対し、実施例2では、界面におけるPt粒子の輝度は低く、触媒層でのPtの輝度が高い。これらから、バリア層のないPt触媒を適用する比較例1の触媒層では、Ptの溶解によりPtイオンが電解質方向へ拡散して析出し、触媒層内のPt粒子が減少していることが分かる。そして、実施例2でPt触媒にバリア層を形成したことで、触媒からのPtの移動・減少が抑制されることが確認できる。
【0063】
図5は、実施例2(PVAC5質量%)及び比較例1のMEAの断面のEPMA分析(ライン分析)の結果を示すものである。比較例1のMEAでは、触媒層と電解質との界面に白金バンドが形成されたことが明瞭に確認できる。これに対して、実施例2のMEAでは白金バンドは形成されていない。上記のSEM観察等の結果からも確認されたが、触媒にバリア層を形成することで、白金が溶解した際のPtイオンの電解質膜への移動を阻害し、白金バンドの形成を抑制できることが確認できる。
【0064】
更に、劣化試験後の実施例2(PVAC5質量%)及び比較例1のPt触媒について、触媒粒子であるPt粒子の粒径分布を対比した。Pt粒子の粒径測定は、透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影した複数枚の画像から、無作為に300個の白金粒子を計測する方法で行った。そして、測定した粒径についての粒径分布を
図6に示す。比較例1のPt触媒は、劣化後の粒径増加が大きいことが確認できる。一方、バリア層を形成させた実施例2では粒径増加が抑制されて、分布幅も比較例1に比べて狭いことが確認できる。この結果から、バリア層の形成によりPt粒子の粗大化が抑制されることが分かる。
【0065】
以上の劣化試験後のMEA及び触媒に関する検討結果から、本実施形態の固体高分子形燃料電池用触媒のように、触媒表面にバリア層を形成することで、触媒粒子(Pt粒子)が溶解した場合における、Ptイオンの電解質膜方向への拡散・析出による白金バンドの形成や、他の触媒粒子付近への拡散・析出による粗大化が抑制できることが確認された。そして、これらの作用により、本実施形態の固体高分子形燃料電池用触媒は、劣化試験における活性の維持率が高く耐久性に優れることが確認された。そして、本実施形態の固体高分子形燃料電池用触媒は、初期活性についても、これまでのPt触媒と同等以上であることが確認された。
【0066】
第2実施形態:本実施形態では、触媒粒子としてPtCoが担持された白金合金触媒(PtCo触媒)にPVACからなるバリア層を形成して固体高分子形燃料電池用触媒を製造した。そして、この触媒の初期活性と耐久性を評価した。
【0067】
[PtCo触媒の製造]
第1実施形態で製造したPt触媒にCoを担持及び合金化してPtCo触媒を製造した。コバルト塩溶液として塩化コバルト6水和物(CoCl2・6H2O)38gを水500mLに溶解させた金属塩溶液を作成し、ここに第1実施形態と同じPt触媒100gを浸漬・混合した。そして、この溶液に濃度1質量%の水素化ホウ素ナトリウム溶液2.5Lを滴下し攪拌して還元処理し、Pt触媒にコバルトを担持した。その後、ろ過・洗浄・乾燥した。そして、合金化のための熱処理を行った。熱処理は、100%水素ガス中で熱処理温度を1000℃として0.5時間の熱処理を行い、PtCo触媒を得た。
【0068】
[バリア層の形成]
上記で製造したPtCo触媒にバリア層の形成を行った。第1実施形態と同様に、粉末状PVACをエタノールに溶解させてポリマー溶液を作製し、ここにPtCo触媒(20g)を混合してスラリーとした。本実施形態では、ポリマー溶液中のPVAC含有量が、触媒全体の質量を基準として5質量%となるように調整した。そして、第1実施形態と同様にスラリーを加水処理してPVACを析出させてバリア層を形成させた。その後、ろ過、洗浄、乾燥して本実施形態の固体高分子形燃料電池用触媒(実施例5)を製造した。
【0069】
比較例2(PtCo触媒):本実施形態と対比する触媒として、上記で製造したPtCo触媒についてバリア層を形成することなく比較例2となる固体高分子形燃料電池用触媒として使用した。
【0070】
[初期活性及び耐久性の評価]
上記で製造した実施例5及び比較例2のPtCo触媒については、第1実施形態と同様にして細孔分布を測定し、50nm以上200nm以下の領域におけるピークの有無とその高さ(dV/d(logD))を測定した。そして、実施例5及び比較例2のPtCo触媒について、初期活性と耐久性の評価試験を行った。この評価試験の方法・条件は第1実施形態と同様とし、初期活性及び劣化後((前処理~本処理で計25200サイクル後)の活性をMass Activityにより評価した。この特性評価及び初期活性試験と耐久試験の結果について、表3に示す。
【0071】
【0072】
表3から、バリア層を形成した実施例5の触媒は、劣化試験後の活性の維持率がバリア層のない比較例2の触媒より高くなっていることが分かる。従って、触媒粒子を白金合金とする触媒においてもバリア層の適用が有用であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明によれば、固体高分子形燃料電池の電極触媒として、良好な初期活性を維持して、耐久性の改善を達成することができる。本発明は、燃料電池の普及に資するものであり、ひいては環境問題解決の基礎となるものである。