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  • 特許-サーメット製切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-28
(45)【発行日】2024-06-05
(54)【発明の名称】サーメット製切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240529BHJP
   C22C 1/051 20230101ALI20240529BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20240529BHJP
   C22C 29/04 20060101ALN20240529BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/14 B
C22C1/051 G
B22F3/24 102A
C22C29/04 Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020130929
(22)【出願日】2020-07-31
(65)【公開番号】P2022027122
(43)【公開日】2022-02-10
【審査請求日】2023-04-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】濱中 優貴
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-223666(JP,A)
【文献】特開2012-117121(JP,A)
【文献】特開2008-195971(JP,A)
【文献】特開2013-078840(JP,A)
【文献】特開2005-153100(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
C22C 1/05 - 1/051
B22F 3/24
C22C 29/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
TiCN硬質相およびTiMCN(ただし、Mは、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、Wの1種または2種以上)硬質相を有する硬質相と、CoとNiの1種または2種を主成分とする結合相とからなるサーメット製切削工具であって、
N/(C+N)の原子比で表されるN比率が、前記工具内部の前記硬質相と前記結合相の両相を合わした平均値として0.40~0.55であり、
前記工具表面には、平均層厚が0.5~3.0μmの結合相富化表面層を有し、
該結合相富化表面層における前記硬質相と前記結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%は、前記工具内部の前記硬質相と前記結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%に対して2.5~6.0倍であり、
前記結合相富化表面層における前記TiCN硬質相における前記N比率をN1、前記結合相富化表面層よりも前記工具内部に向かって内方にある内方域の前記TiCN硬質相の前記N比率をN2とするとき、0.05≦N1-N2≦0.20である、
ことを特徴とするサーメット製切削工具。
【請求項2】
前記内方域の一部に平均厚さが100~200μmの貧結合相領域を有することを特徴とする請求項1に記載のサーメット製切削工具。
【請求項3】
請求項1または2に記載のサーメット製切削工具の表面に硬質被覆膜を有することを特徴とするサーメット製切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、サーメット製切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
サーメット製切削工具は被削材との溶着が起こり難いために仕上げ加工に使用されている。この切削工具のトライボロジー特性の向上、すなわち、耐摩耗性を向上させるために種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、硬質相と結合相を有し、その表面から最大1mmの深さまで内部に向かって連続的に硬さが低くなり、かつ、内部の硬さに対して表面硬さが5~30%高い硬質表層を有するサーメット製切削工具が記載されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、金属成分を5~30質量%、残部がTiを含む炭化物、窒化物、炭窒化物、複合炭窒化物の少なくとも1種からなる硬質分散相を有するサーメット製切削工具であって、表層部は金属成分を30~90質量%、残部が前記硬質分散相であるしみだし最表面層とその直下の硬質相からなるサーメット製切削工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭54-139815号公報
【文献】特開平4-146006号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工は高速化、高能率化の傾向にあり、切込み境界部や仕上げ境界部における摩耗(以下、これらを総称して境界部摩耗と云うことがある)がはやく進み、切削工具の寿命が短くなると云う問題がある。
本発明者の検討によれば、前記特許文献1~2に記載されたサーメット製切削工具には、次のような問題があることが判明した。
【0007】
前記特許文献1に記載されたサーメット製切削工具は、その表面が脆くなって欠損が生じやすい。
【0008】
前記特許文献2に記載されたサーメット製切削工具は、表面部分はある程度の靭性を有するものの、前述の境界部摩耗を十分に抑制することができず、工具寿命は短い。
【0009】
そこで、本発明は、例えば、鋼の切削加工において、2.0mm以下の切込み、0.5mm/rev.以下の送り、かつ、200m/min以上の切削速度の切削条件に供しても、境界部摩耗を抑え優れた耐摩耗性および耐欠損性を有するサーメット製切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、サーメット製切削工具の表面層の構成について鋭意検討を行った。その結果、CoとNiの含有量の和が所定値の結合相と、N/(C+N)比率を満足する硬質層を有する表面層を有するとき、前述の切削条件に供しても、優れた耐境界部摩耗性および耐欠損性を有するサーメット製切削工具を得ることを知見した。
また、この表面層の下に、CoとNiの含有量の和が特定値の結合相である領域が存在すると、より一層優れた耐境界部摩耗性および耐欠損性を有するサーメット製切削工具を得ることも知見した。
【0011】
本発明は、この知見に基づくものであって、次のとおりのものである。
「(1)TiCN硬質相およびTiMCN(ただし、Mは、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、Wの1種または2種以上)硬質相を有する硬質相と、CoとNiの1種または2種を主成分とする結合相とからなるサーメット製切削工具であって、
N/(C+N)の原子比で表されるN比率が、前記工具内部の前記硬質相と前記結合相の両相を合わした平均値として0.40~0.55であり、
前記工具表面には、平均層厚が0.5~3.0μmの結合相富化表面層を有し、
該結合相富化表面層における前記硬質相と前記結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%は、前記工具内部の前記硬質相と前記結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%に対して、2.5~6.0倍であり、
前記結合相富化表面層における前記TiCN硬質相における前記N比率をN1、前記結合相富化表面層よりも前記工具内部に向かって内方にある内方域の前記TiCN硬質相の前記N比率をN2とするとき、0.05≦N1-N2≦0.20である、
ことを特徴とするサーメット製切削工具。
(2)前記内方域の一部に平均厚さが100~200μmの貧結合相領域を有することを特徴とする前記(1)に記載のサーメット製切削工具。
(3)前記(1)または(2)に記載のサーメット製切削工具の表面に硬質被覆膜を有することを特徴とするサーメット製切削工具。」
【発明の効果】
【0012】
本発明のサーメット製切削工具は、例えば鋼の切削加工において、2.0mm以下の切込み、0.5mm/rev.以下の送り、かつ、200m/min以上の切削速度の切削条件に供しても、境界部摩耗を抑え優れた耐摩耗性および耐欠損性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態におけるサーメット製切削工具を構成する層、領域の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明のサーメット製切削工具に関し、特に、インサートとして用いられる実施形態について、より詳細に説明する。なお、本明細書(発明の詳細な説明)、特許請求の範囲において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)を用いて表現する場合、その範囲は上限(M)および下限(L)の数値を含むものとする。
【0015】
図1に模式的に示すように、前記実施形態において、サーメット製切削工具の表面には結合相富化表面層を有し、その内部に内方域、選択的に貧結合相領域を有する。なお、サーメット製切削工具の内部は、内方域よりも切削工具の内部にあり、図示を省略している。以下、前記実施形態に係るサーメット製切削工具の組成、結合相富化表面層、内方域、選択的に存在する貧結合相領域について、詳述する。
【0016】
1.組成:
サーメット製切削工具は、切削工具全体としてみたときに、80~94体積%を占める硬質相と残部が結合相からなる。
【0017】
(1)硬質相
硬質相は、TiCN硬質相およびTiMCN(ただし、Mは、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、Wの1種または2種以上)硬質相を有している。
このTiCN硬質相およびTiMCN硬質相の具体的な組成は、
TiCN硬質相が、TiC1-x、ただし、0.0≦x≦1.0であり、
TiMCN硬質相が、Ti1-y1-z、ただし、0.0<y<1.0、0.0<z<1.0である。
なお、本明細書(発明の詳細な説明)、特許請求の範囲において、それぞれ、TiCN硬質相、TiMCN硬質相の表記をもって、前記組成範囲を表している。
【0018】
(2)結合相
結合相は、CoまたはNiの1種または2種を主成分としている。ここで、1種または2種を主成分としているとは、CoまたはNiのいずれか、または、CoとNiの含有量の和が結合相内で50質量%を超えていると云うことである。
【0019】
(3)不可避的不純物
なお、硬質相および結合相は、製造工程において、意図せずに混入する不純物、すなわち、不可避的不純物を含んでいてもよい。
【0020】
(4)内部のN比率
サーメット製切削工具の表面から600μm以上の内部(特許請求の範囲、本明細書(発明の詳細な説明)において、サーメット製切削工具の内部、または、工具内部ということがある)では、硬質相および結合相の両相を合わした平均値として、N/(C+N)の原子比により表されるN比率が0.40~0.55であることが好ましい。
その理由は、0.40未満であると境界部摩耗が発達しやすく、0.55を超えると切削工具内部にポア(空孔)が増えて安定した切削性能を発揮することができないためである。
【0021】
(5)結合相富化表面層
サーメット製切削工具の表面には、平均厚さが0.5~3.0μmの結合相富化表面層を有することが好ましい。この結合相富化表面層により、境界部摩耗を抑制することができる。
この結合相富化表面層では、硬質相と結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%が、工具内部の硬質相と結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%に対して、2.5~6.0倍となっている。
【0022】
また、この結合相富化表面層では、TiCN硬質相におけるN比率をN1、結合相富化表面層よりも工具内部に向かって内方にある内方域のTiCN硬質相のN比率をN2とするとき、0.05≦N1-N2≦0.20であることが好ましい。
この範囲にあると、境界部摩耗を確実に抑制することができ、かつ、切削工具内部のポアによって安定した切削性能が阻害されることもない。
【0023】
ここで、内方域とは、結合相富化表面層よりも工具内部に向かって内方にあり、かつ、硬質相と結合相の両相を合わしたCoとNiの和が占める質量%が、工具内部の硬質相と結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%に対して、0.65倍以上、2.5倍未満となる領域を云い、この工具内部を含むものである。
【0024】
(6)貧結合相領域
内方域の一部に、切削工具内部の硬質相と結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%に対して、0.65~0.93倍の硬質相と結合相の両相を合わしたCoとNiの含有量の和が占める質量%となる結合相を有する貧結合相領域が存在することが好ましい。この貧結合相領域が存在すると、より確実に前述の切削条件においても境界部摩耗を抑え優れた耐摩耗性および耐欠損性を発揮する。
貧結合相領域のサーメット製切削工具表面からの深さは、例えば、10μmである。
【0025】
2.各濃度の測定方法
結合相であるCoとNiの含有量は、SEM-EDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて測定する。サーメット製切削工具表面に対して垂直方向の外表面からの距離を測定深さと定義する。表面に対して水平方向に20μm、垂直方向に0.2μmの長方形領域を設定し、長方形の短辺の中心を測定深さに合わせる。測定深さは0.1~1μmの領域では0.1μm間隔の測定を行い、測定深さ1~4μmの領域では0.5μm間隔の測定を行い、測定深さ4~20μmの領域では2μm間隔の測定を行い、測定深さ20~300μmの領域では20μm間隔の測定を行い、300~1000μmの領域までは100μm間隔の測定を行う。
【0026】
1つのサーメット製切削工具に対して任意の異なった3か所において同様な測定を実施し、得られた結果の平均値を各測定深さにおけるCo、Ni量として、結合相富化表面層、内方域、貧結合相領域を画定する。なお、SEM-EDS測定時の加速電圧は、20kV、照射電流は80mA、作動距離は10mmである。
【0027】
次に、TiCN硬質相のN比率はTEM-EDSを用いて測定する。TEM-HAADF像において黒色に見えるTiCN硬質相と見なすことができる粒子について、粒子1個を観察領域に指定して測定を行う。前記で画定した結合相富化表面層、内方域それぞれにおいて5粒子ずつ測定し、各粒子においてN/(C+N)を算出し、その平均値を求める。
【0028】
また、工具内部のN比率は、サーメット製切削工具の工具内部(表面から深さ600μm以上の領域)を精密切断機や研削機にて切り出し、粉砕したものを試料とし、燃焼法を用いてCおよびN含有量を測定し、N/(C+N)を算出する。
【0029】
3.硬質皮膜
サーメット製切削工具の表面に、0.1~20.0μmの合計平均膜厚を有する公知の硬質皮膜を設けると、この硬質皮膜のもたらす耐摩耗性と相俟って、サーメット製切削工具の耐摩耗性がより向上する。
ここで、公知の硬質皮膜としては、Tiの炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、炭酸化物膜、および、炭窒化酸化物膜の1種または2種以上、TiとAlとの複合窒化物膜、複合炭窒化物膜、さらには、酸化アルミニウム膜を例示することができる。
なお、前述の各膜の組成は、化学量論的組成に限定されるものではない。
【実施例
【0030】
次に、本発明のサーメット製切削工具についてインサートに適用した実施例により具体的に説明する。
【0031】
原料粉末として、いずれも0.8~2.0μmの平均粒径を有する、表1に示すものを用意し、配合し、さらにワックスを加えてアルコール中で11時間アトライタ混合し、乾燥した後、圧粉体にプレス成形し成形体を得た。
ここで、各原料粉末には凝集が少なくかつ幅の狭い粒度分布を有していたため、切削工具としたときに粗大粒は少なかった。
【0032】
次に、作製した圧粉体を焼結、ホーニング加工、コーティングを実施し、CNMG120408-FHのインサート形状をもった表2に示す本発明工具1~5および比較工具1~5を作製した。本発明工具1の母材は本発明工具2と共通、本発明工具3の母材は本発明工具4と共通、比較工具1の母材は比較工具2と共通、比較工具3の母材は比較工具4と共通であった。
【0033】
本発明工具1、本発明工具2、および本発明工具5の焼結条件は、次のとおりであった。200~800℃で脱脂を行い、1200℃まで500Paの減圧下の窒素雰囲気で昇温し、1200~1400℃の温度範囲で真空焼結をし、さらに、1500℃まで100Pa減圧下の窒素雰囲気で昇温して、そのまま、1時間保持し、引き続いて、1450℃まで500Paのアルゴン雰囲気で4℃/minの冷却速度で冷却を行い、その後、常温まで急冷した。
【0034】
本発明工具3および本発明工具4の焼結条件は、次のとおりであった。200~800℃で脱脂を行い、1200℃まで500Paの減圧下の窒素雰囲気で昇温し、1200~1400℃の温度範囲で真空焼結をし、さらに、1500℃まで1300Pa減圧下の窒素雰囲気で昇温して、1500℃で100Pa減圧下の窒素雰囲気で1時間保持し、引き続いて、1450℃まで500Paのアルゴン雰囲気で4℃/minの冷却速度で冷却を行い、その後、常温まで急冷した。
【0035】
比較工具1、比較工具2、比較工具3、比較工具4、および比較工具5の焼結条件は、次のとおりであった。200~800℃で脱脂を行い、800~1400℃の温度範囲で真空焼結をし、さらに、1500℃まで100Pa減圧下の窒素雰囲気で昇温して、そのまま、1時間保持し、その後、常温まで急冷した。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】
【0038】
次に、このようにして得られた本発明工具1~5、と比較工具1~5を以下の切削加工試験1および2を行って加工性能を評価した。
【0039】
切削試験1:連続切削試験
被削材:SNCM439
切削速度:300m/min
切込み:0.5mm
送り:0.1mm/rev.
切削開始後20分を経過した時点での境界部摩耗量と、境界部摩耗量または逃げ面摩耗量のいずれか大きい方が0.2mmを超えるまでの時間を寿命として測定した。結果を表3に示す。
【0040】
切削試験2:耐欠損性試験
被削材:SCM440、4溝スリット材
切削速度:200m/min
切込み:1.0mm
切削時間:1min
送りを変化させ、欠損が発生したときの送り量を調べた。結果を表4に示す。
【0041】
【表3】

【0042】
【表4】

【0043】
硬質皮膜を有しているもの同士、硬質皮膜を有していないもの同士でそれぞれ本発明工具と比較工具の切削試験結果を比較すると、硬質皮膜の有無にかかわらず、比較被覆工具に比して、本発明工具の方が耐摩耗性、耐欠損性ともに高いことがわかる。また、貧結合相領域を具備したものは、貧結合相領域を具備していない工具に対して耐摩耗性に優れており、また、耐欠損性についても同等な性能を示した。
【符号の説明】
【0044】
1 サーメット製切削工具
2 結合相富化表面層
3 内方域
4 貧結合相領域
図1