(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-28
(45)【発行日】2024-06-05
(54)【発明の名称】ポンプの診断方法
(51)【国際特許分類】
F04B 51/00 20060101AFI20240529BHJP
E02B 7/20 20060101ALI20240529BHJP
F04B 53/00 20060101ALI20240529BHJP
F16J 15/34 20060101ALI20240529BHJP
【FI】
F04B51/00
E02B7/20 104
F04B53/00 F
F16J15/34 H
F16J15/34 Z
(21)【出願番号】P 2020162725
(22)【出願日】2020-09-28
【審査請求日】2023-06-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000001052
【氏名又は名称】株式会社クボタ
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】野口 真
(72)【発明者】
【氏名】浦野 健司
(72)【発明者】
【氏名】橋本 靖志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 潤弥
【審査官】岸 智章
(56)【参考文献】
【文献】実開昭53-071204(JP,U)
【文献】特開平08-334098(JP,A)
【文献】特開2006-038133(JP,A)
【文献】特開2001-032772(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0064040(US,A1)
【文献】実開昭52-077404(JP,U)
【文献】実開昭48-005307(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 51/00
E02B 7/20
F04B 53/00
F16J 15/34
F16N 29/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メカニカルシールと、前記メカニカルシールに供給される潤滑油を貯留可能な潤滑油室と、を有するポンプを診断する、ポンプの診断方法であって、
前記ポンプが運転している状態において、前記潤滑油室の中の所定の位置の温度を、所定の期間にわたって測定する運転中測定工程と、
前記運転中測定工程において測定した前記温度の変化に基づいて、前記ポンプの
前記潤滑油の量を診断する診断工程と、を含むポンプの診断方法。
【請求項2】
前記診断工程において、前記運転中測定工程の前記所定の期間における前記温度の上昇幅が所定の閾値より小さいときは、前記潤滑油室に貯留されている潤滑油の量が所定の規定量未満であると診断する請求項1に記載のポンプの診断方法。
【請求項3】
前記運転中測定工程において運転している前記ポンプへの動力の供給を停止してから所定の期間にわたって、前記所定の位置の温度を測定する停止後測定工程をさらに含み、
前記診断工程において、前記運転中測定工程において測定した前記温度の変化と、前記停止後測定工程において測定した前記温度の変化と、に基づいて前記ポンプの
前記潤滑油の量を診断する請求項1または2に記載のポンプの診断方法。
【請求項4】
前記診断工程において、
前記運転中測定工程の前記所定の期間における前記温度の上昇幅が所定の閾値より小さいときは、前記潤滑油室に貯留されている潤滑油の量が所定の第一規定量未満であると診断し、
前記運転中測定工程の前記所定の期間における前記温度の上昇幅が所定の閾値以上であり、かつ、前記停止後測定工程の前記所定の期間における前記温度の下降幅が所定の閾値より大きいときは、前記潤滑油室に貯留されている潤滑油の量が所定の第二規定量未満であると診断し、
前記第二規定量は、前記第一規定量より大きい請求項3に記載のポンプの診断方法。
【請求項5】
メカニカルシールと、前記メカニカルシールに供給される潤滑油を貯留可能な潤滑油室と、を有するポンプを診断する、ポンプの診断方法であって、
運転している前記ポンプへの動力の供給を停止してから所定の期間にわたって、前記潤滑油室の中の所定の位置の温度を測定する停止後測定工程と、
前記停止後測定工程において測定した前記温度の変化に基づいて、前記ポンプの
前記潤滑油の量を診断する診断工程と、を含むポンプの診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポンプの診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、本川に合流する支川のような比較的少水量な水路において、上流側水路と下流側水路との境界部に備えられた既存の樋門に加えてまたは替えて、ポンプゲートが設置される例が増えている。ポンプゲートは、水路に開閉自在に設置される扉体に、上流側水路の水を下流側水路へと排水するための水中ポンプが設けられた構造を有する。ポンプゲートは、既存の水路内に直接設置可能であるので、従来型の排水機場のようなバイパス水路や機場スペースなどが不要であるため、設置用地土木構造物を著しく減少でき、トータルコストの大幅な縮減が可能である点において優れている。
【0003】
ポンプゲートは、たとえば集中豪雨時のように、下流側水路の水位が高くなったときに閉鎖され、下流側水路から上流側水路への逆流を防止する。またこのとき、水中ポンプを稼働させ、上流側水路内の水を下流側水路へ強制的に排水する。逆に、晴天時のように下流側水位が低くなったときは、上記のような逆流のおそれがないため、扉体を開放し上流側水路の内水を下流側水路へ自然流下させる。
【0004】
上記のような性質上、ポンプゲートは、その運転が集中豪雨などの緊急時に限られる一方で、その運転には確実性が求められる。すなわち、平常時の運転状態に基づいて故障またはその兆候を検知する機会が乏しいにもかかわらず、故障を確実に防止することが求められる。そこで、設置済みのポンプゲートについて定期的な管理運転(診断)が行われることが好ましい。そのような管理運転の方法として、ポンプゲートのポンプについて、回転機器に係る公知の管理運転方法(たとえば、特開2019-21305号公報(特許文献1)、特許第3053305号公報(特許文献2)など)を適用することが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-21305号公報
【文献】特許第3053305号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、ポンプゲートのポンプは本来水中において駆動する装置であるので、管理運転時にポンプを水中に配置して管理運転を行うことが望ましい。しかし、当該ポンプを水中に配置するためには扉体を閉鎖して上流側水路の水位を確保する必要があり、一時的に水路の流通を妨げることになるが、設置場所の用水計画によってはたとえ短期間の閉鎖であっても実施が難しい場合がある。また、流水量が少ないときは、扉体を閉鎖したとしてもポンプを水中に配置するのに十分な水量が確保できない場合がある。そこで、ポンプを水面より上に配置した状態、すなわちポンプの本来の運転状態とは異なる状態にあっても、有効な管理運転を実施できる技術の実現が求められるが、本来の運転条件に近い状態で実施することを前提とする特許文献1および2のような技術では不十分だった。
【0007】
そこで、実使用時の負荷環境と大きく異なる状態であっても有効な診断を実施できるポンプの診断方法の実現が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る第一のポンプの診断方法は、メカニカルシールと、前記メカニカルシールに供給される潤滑油を貯留可能な潤滑油室と、を有するポンプを診断する、ポンプの診断方法であって、前記ポンプが運転している状態において、前記潤滑油室の中の所定の位置の温度を、所定の期間にわたって測定する運転中測定工程と、前記運転中測定工程において測定した前記温度の変化に基づいて、前記ポンプの前記潤滑油の量を診断する診断工程と、を含むことを特徴とする。
【0009】
本発明に係る第二のポンプの診断方法は、メカニカルシールと、前記メカニカルシールに供給される潤滑油を貯留可能な潤滑油室と、を有するポンプを診断する、ポンプの診断方法であって、運転している前記ポンプへの動力の供給を停止してから所定の期間にわたって、前記潤滑油室の中の所定の位置の温度を測定する停止後測定工程と、前記停止後測定工程において測定した前記温度の変化に基づいて、前記ポンプの前記潤滑油の量を診断する診断工程と、を含むことを特徴とする。
【0010】
これらの構成によれば、実使用時の負荷環境と大きく異なる状態であっても有効な診断を実施できる。特に、本発明が潤滑油の充填量を推定可能な態様で実施される場合は、ポンプに対して後付けすることが難しい油面計を設置することなく、油量を推定できる。また、本発明において潤滑油の充填量の推定を行う場合、当該推定は潤滑油の温度に基づいて実施されるが、潤滑油の温度自体もポンプの重要な管理項目であるので、本発明によれば、単一の重要項目の測定により二つの重要項目に関する診断が可能になる。
【0011】
以下、本発明の好適な態様について説明する。ただし、以下に記載する好適な態様例によって、本発明の範囲が限定されるわけではない。
【0012】
本発明に係る第一のポンプの診断方法は、一態様として、前記診断工程において、前記運転中測定工程の前記所定の期間における前記温度の上昇幅が所定の閾値より小さいときは、前記潤滑油室に貯留されている潤滑油の量が所定の規定量未満であると診断することが好ましい。
【0013】
この構成によれば、潤滑油の量が大幅に減少している異常状態を確実に検出しうる。
【0014】
本発明に係る第一のポンプの診断方法は、一態様として、前記測定工程において運転している前記ポンプへの動力の供給を停止してから所定の期間にわたって、前記所定の位置の温度を測定する停止後測定工程をさらに含み、前記診断工程において、前記運転中測定工程において測定した前記温度の変化と、前記停止後測定工程において測定した前記温度の変化と、に基づいて前記ポンプの前記潤滑油の量を診断することが好ましい。
【0015】
この構成によれば、運転中の温度の挙動と、停止後の温度の挙動とを総合的に考慮してポンプの状態を診断できるので、診断精度が向上しうる。
【0016】
本発明に係る第一のポンプの診断方法は、一態様として、前記診断工程において、前記運転中測定工程の前記所定の期間における前記温度の上昇幅が所定の閾値より小さいときは、前記潤滑油室に貯留されている潤滑油の量が所定の第一規定量未満であると診断し、前記運転中測定工程の前記所定の期間における前記温度の上昇幅が所定の閾値以上であり、かつ、前記停止後測定工程の前記所定の期間における前記温度の下降幅が所定の閾値より大きいときは、前記潤滑油室に貯留されている潤滑油の量が所定の第二規定量未満であると診断し、前記第二規定量は、前記第一規定量より大きいことが好ましい。
【0017】
この構成によれば、潤滑油の減少について、第二規定量以上(たとえば正常な状態)、第一規定量以上第二規定量未満(たとえば早めの対処が推奨される状態)、第一規定量未満(たとえば即時の対処が求められる状態)の三段階に診断できる。
【0018】
本発明のさらなる特徴と利点は、図面を参照して記述する以下の例示的かつ非限定的な実施形態の説明によってより明確になるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本実施形態に係るポンプゲートの開放状態の概要図である。
【
図2】本実施形態に係るポンプゲートの閉鎖状態の概要図である。
【
図3】メカニカルシール、潤滑油室、および温度計の位置関係を示す図である。
【
図4】本実施形態に係るポンプの診断方法のフロー図である。
【
図5】測定される温度の推移の一例を示す図である。
【
図6】潤滑油の量を診断するフローを示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係るポンプの診断方法の実施形態について、図面を参照して説明する。以下では、本発明に係るポンプの診断方法を、流水路100(流路の例)に設置されたポンプゲート1の水中ポンプ3の診断に適用した例について説明する。
【0021】
〔ポンプゲートの概要〕
まず、本実施形態に係るポンプの診断方法において診断対象とする水中ポンプ3が設置されたポンプゲート1の概要について説明する。ポンプゲート1は、扉体2と、扉体に設けられた水中ポンプ3と、扉体2を上下動させることができる駆動装置4と、を備える(
図1)。ポンプゲート1は、河川の本流と支流とが合流する地点において、流水路100に設置されている。流水路100は、支流側流水路101と本流側流水路102とを有する。
【0022】
平常時は、
図1に示すように、流水路100を流通する水(流体の例)の水面103(液面の例)より上に扉体2を配置し、水中ポンプ3の運転を停止している。水は、支流側流水路101から本流側流水路102に向かって自然流下する。
【0023】
集中豪雨などにより増水すると、本流が増水し、本流側流水路102の水位が上昇する場合がある。このような場合、本流側流水路102から支流側流水路101に向かって水が逆流することを防ぐために、扉体2を下降させ、流水路100を閉塞する(
図2)。このとき、水中ポンプ3は、水面103より下に配置される。ここで、水中ポンプ3を運転すると、支流側流水路101から本流側流水路102へと水を付勢し、これを強制的に排出できる。
【0024】
水中ポンプ3は、公知の水中ポンプであり、モータと、当該モータにより回転駆動される駆動軸Xと、駆動軸Xに取り付けられた羽根車とを有する。電源(動力の例。不図示。)から電力を供給してモータを駆動すると羽根車が回転し、当該羽根車の回転により、支流側流水路101側から本流側流水路102側へと水を付勢する。ここで、駆動軸Xの軸封部は、公知のメカニカルシール7により封止されている(
図3)。メカニカルシール7は、水中ポンプ3のケーシングCに固定される固定環と、駆動軸Xに固定される回転環と、を有し、固定環と回転環との間にシール部が形成される。シール部を潤滑する潤滑油は、ケーシングCの内部空間である潤滑油室5に貯留されている。
【0025】
〔ポンプ診断装置の構成〕
ポンプ診断装置6は温度計61とコンピュータ62とを有する。温度計61は、プローブの先端61aを潤滑油室5内に配置する態様で、水中ポンプ3に取り付けることができる。温度計61により測定された温度の値は、コンピュータ62に入力され、コンピュータ62上における解析処理に温度の値を用いることができる。上記の温度計61およびコンピュータ62は、ハードウエアとしては公知のものを使用できる。したがってコンピュータ62は、いずれも公知の、入力装置(キーボード、マウスなど)、出力装置(ディスプレイ、スピーカーなど)、演算素子(CPUなど)、記憶装置(ハードディスクドライブなど)を備える。なお、ポンプ診断装置6には電流計(不図示)も設けられており、電流計の測定値もコンピュータ62に入力される。
【0026】
〔ポンプゲートの診断〕
ポンプゲート1の性質上、水中ポンプ3は、平常時は運転されず、集中豪雨などの場合のみに運転される。一方で、水中ポンプ3の運転が必要な場合は、緊急の排水が必要な場合であるので、水中ポンプ3が確実に運転できることが求められる。すなわち、平常時の運転状態に基づいて故障またはその兆候を検知する機会が乏しいにもかかわらず、故障を確実に防止することが求められる。そのような要求に鑑みて、水中ポンプ3について定期的な診断が行われ、故障およびその兆候の有無が検査される。本実施形態に係るポンプの診断方法は、運転中測定工程S10、停止後測定工程S20、および診断工程S30を有する(
図4)。以下では、各工程の内容について説明する。
【0027】
診断を行う前に、水中ポンプ3にポンプ診断装置6を取り付ける。このとき、温度計61のプローブの先端61aが、潤滑油室5に貯留されている潤滑油の量が正常である場合の液面L1(以下、正常時液面L1という。)より下に配置されるようにする。これによって温度計61は、潤滑油室5の中の、正常時液面L1より下の所定の位置の温度を測定できるようになる。本実施形態では、少なくとも運転中測定工程S10および停止後測定工程S20にわたって、温度計61を用いた温度の測定が連続的に行われる。
【0028】
ここで、水中ポンプ3の運転状態について説明する。第一に、水中ポンプ3が運転している状態とは、水中ポンプ3に対して電力が供給されており、水中ポンプ3のモータが現に駆動している状態をいう。第二に、水中ポンプ3が惰性運転している状態とは、水中ポンプ3に対して電力が供給されていないが、水中ポンプ3のモータが惰性により依然として回転している状態をいう。水中ポンプ3が惰性運転している状態は、たとえば、水中ポンプ3が運転している状態において水中ポンプ3に対する電力の供給を停止した直後に生じうる。第三に、水中ポンプ3が完全に停止している状態とは、水中ポンプ3に対して電力が供給されておらず、水中ポンプ3のモータが惰性運転していない状態をいう。
【0029】
(運転中測定工程および停止後測定工程)
運転中測定工程S10は、水中ポンプ3が運転している状態において、所定の期間にわたって、温度計61を用いて温度の測定を行う工程である。本実施形態では、運転中測定工程S10を、水中ポンプ3が完全に停止している状態において開始する態様で、運転中測定工程S10を実施する。
【0030】
停止後測定工程S20は、水中ポンプ3に対する電力の供給を停止した直後から所定の期間にわたって、温度計61を用いて温度の測定を行う工程である。停止後測定工程S20の少なくとも開始当初において、水中ポンプ3は惰性運転している。
【0031】
運転中測定工程S10および停止後測定工程S20の具体的な操作としては、温度計61を用いた温度の測定が連続的に行われるようにポンプ診断装置6を運転している状態において、水中ポンプ3の起動(電力供給の開始)を行い、所定の期間t1が経過した時点で、水中ポンプ3の停止(電力供給の終了)を行う。水中ポンプ3を起動および停止する操作は、人為操作によって行ってもよいし、コンピュータ制御やタイマー制御などによって行なってもよい。
【0032】
図5は、運転中測定工程S10および停止後測定工程S20にわたって測定された温度の変化を模式的に示している。運転中測定工程S10および停止後測定工程S20においてコンピュータ62は、温度計61を用いて測定された温度の値を、当該温度の値が取得された時刻と関連づけられたデータとして取得する。ここで、時刻0から時刻t
1までの区間が運転中測定工程S10の所定の期間であり、時刻t
1から時刻t
2までの区間が停止後測定工程S20の所定の期間である。
【0033】
図5の曲線C1~C3の違いについては後述するが、いずれの曲線においても、時刻0から時刻t
1までの区間では温度の上昇が見られている。これは、この区間では水中ポンプ3が運転しており、メカニカルシール7において摩擦熱が発生するためである。一方、時刻t
1から時刻t
2までの区間では温度の低下が見られる。これは、時刻t
1までの区間における発熱によって潤滑油の温度が室温より高い状態になっており、潤滑油から空気への放熱が生じるためである。
【0034】
(診断工程)
診断工程S30は、運転中測定工程S10において測定した温度の変化と、停止後測定工程S20において測定した温度の変化と、に基づいて、水中ポンプ3の潤滑油の量(ポンプの状態の例)を診断する工程である。より具体的には、診断工程S30では、水中ポンプ3の潤滑油の量が、正常状態、要注意状態、および警告状態の三段階のいずれに属するかを診断する。以下では、診断工程S30においてコンピュータ62によって実行される演算処理について説明する。
【0035】
(1)時刻の特定
第一に、コンピュータ62は、コンピュータ62に入力される電流の値に基づいて、運転中測定工程S10の始点である時刻0、運転中測定工程S10の終点かつ停止後測定工程S20の始点である時刻t1、および停止後測定工程S20の終点である時刻t2を特定する。時刻0より前の期間では、水中ポンプ3は完全に停止しており電流が流れていないが、時刻0において水中ポンプ3を起動すると電流が流れる。したがって、コンピュータ62は、電流の絶対値が所定の閾値を上回った時刻を時刻0として特定する。
【0036】
時刻t1は、水中ポンプ3を停止した時刻であり、運転中測定工程S10の継続時間に対応する。時刻t1は、水中ポンプ3に対する電力供給の状況を監視する、水中ポンプ3に対する電力供給を制御する操作具の入力を監視する、検査員による入力によって特定する、あらかじめ定められた運転中測定工程S10の継続時間に基づいて特定する、などの方法によって特定されうる。
【0037】
時刻t2は、時刻t1の後、所定の期間が経過した時刻として特定する。ここでいう「所定の期間」は、すなわち停止後測定工程S20の継続時間であって、任意に設定できる。本実施形態では、停止後測定工程S20において測定した温度の下降幅を判断基準の一つとして潤滑油の量を診断するので、停止後測定工程S20の継続時間が短いと、温度の下降幅が小さくなって診断の精度が低くなる傾向がある。反対に停止後測定工程S20の継続時間が長いと、温度の下降幅が大きくなって診断の精度が高くなる傾向があるが、診断に要する時間が長くなる不利益がある。なお、水中ポンプ3を停止した後の温度は最終的には室温相当の温度に収束するので、停止後測定工程S20の継続時間を長くすることによる診断精度の向上には限界がある。以上の事項を考慮して、停止後測定工程S20の継続時間を適宜設定する。
【0038】
(2)上昇幅および下降幅の特定
第二に、コンピュータ62は、時刻0と時刻t1とにおける温度の差(上昇幅ΔT1)、および、時刻t1と時刻t2とにおける温度の差(下降幅ΔT2)を算出する。前述の通り、温度の測定値は、当該測定値が取得された時刻と関連づけられたデータとして取得されているので、時刻0、時刻t1、および時刻t2を特定することによって、各時刻における温度を特定できる。そして、各時刻における温度の差として、上記の上昇幅ΔT1および下降幅ΔT2を算出する。なお、本実施形態では、上昇幅ΔT1および下降幅ΔT2のいずれについても、正の値として算出する。
【0039】
(3)診断
第三に、コンピュータ62が水中ポンプ3の潤滑油の量を診断する処理について説明するが、その前提として、正常状態、要注意状態、および警告状態の三段階について、潤滑油の状態と、これによって見られる上昇幅および下降幅の挙動と、を説明する。
【0040】
本実施形態では、潤滑油の量に係る判断基準として第一規定量および第二規定量を設定しており、潤滑油の量が、第一規定量未満の状態を警告状態、第一規定量以上第二規定量未満の状態を要注意状態、第二規定量以上の状態を正常状態として、それぞれ定義している。警告状態は、その状態で水中ポンプ3の運転をすると、水中ポンプ3が破損するおそれがある状態である。要注意状態は、その状態でも水中ポンプ3の運転は可能であるが、警告状態に陥る前に潤滑油を補充することが望まれる状態である。なお、上記の第一規定量は、
図3に示されている警告液面L3に、上記の第二規定量は、同じく
図3に示されている要注意液面L2に、それぞれ対応する。
【0041】
(3-1)正常状態
図5における曲線C1(実線)は、正常状態の場合の、運転中測定工程S10および停止後測定工程S20にわたって測定された温度の変化を表す。この状態では、温度計61のプローブの先端61aが常に潤滑油の液面より下に存在するので、運転中測定工程S10および停止後測定工程S20の全期間(時刻0から時刻t
2まで)にわたって、潤滑油の温度が測定される。この場合の、時刻0と時刻t
1とにおける温度の差を上昇幅ΔT
11とし、時刻t
1と時刻t
2とにおける温度の差を下降幅ΔT
12とする。
【0042】
(3-2)要注意状態
図5における曲線C2(破線)は、要注意状態の場合の、運転中測定工程S10および停止後測定工程S20にわたって測定された温度の変化を表す。要注意状態では、水中ポンプ3が完全に停止している状態において、温度計61のプローブの先端61aが潤滑油の液面より上に存在するので、潤滑油の温度ではなく潤滑油室5内の空気の温度が測定されるかに思える。
【0043】
しかし実際には、運転中測定工程S10では、水中ポンプ3の駆動軸Xが回転することに伴って潤滑油室5内において潤滑油の液はねが生じ、当該液はねが温度計61のプローブの先端61aに到達することによって、温度計61によって測定される温度の値が潤滑油の温度を反映した値になる。これによって、潤滑油の液面が要注意液面L2まで低下している状態であっても、運転中測定工程S10において測定される温度の経時変化は、正常状態とほとんど変わらない。
【0044】
一方、停止後測定工程S20では、水中ポンプ3の駆動軸Xが運転中測定工程S10より緩やかに回転している(惰性運転による。)か、または回転していないため、潤滑油の液はねが生じないか、生じたとしても少量である。したがって、温度計61によって測定される温度の値は、潤滑油室5内の空気の温度を反映した値になる。ここで、空気の比熱は潤滑油の比熱より小さいため、空気の温度低下の速度は、潤滑油の温度低下の速度より大きい。そのため、要注意状態の場合の時刻t2における温度は、正常状態より低くなる。
【0045】
以上のことから、要注意状態における上昇幅ΔT21は、正常状態における上昇幅ΔT11とほとんど変わらない。一方、下降幅ΔT22は、正常状態における下降幅ΔT12より大きくなる。
【0046】
(3-3)警告状態
警告状態は、潤滑油室5に貯留されている潤滑油の量が要注意状態からさらに減少し、潤滑油の量が、第一規定量より小さい第二規定量を下回っている状態である。この状態では、要注意状態からさらに液面が低下しており、水中ポンプ3の運転時に生じる液はねは温度計61のプローブの先端61aに到達しない。したがってこの状態では常に、潤滑油の温度ではなく潤滑油室5内の空気の温度が測定される。
図5における曲線C3(一点鎖線)は、警告状態の場合の、運転中測定工程S10および停止後測定工程S20にわたって測定された温度の変化を表す。
【0047】
水中ポンプ3を運転する際に生じる摩擦熱は、メカニカルシール7のシール部において生じる。シール部は潤滑油によって潤滑されているため、摩擦熱は、まず潤滑油に伝わり、次に潤滑油から空気に伝わる、という経路を辿る。しかし、空気の熱伝導率は非常に小さく、また潤滑油室5に空気および潤滑油の対流を引き起こす機構は設けられていないため、摩擦熱が潤滑油から空気に伝わる速度は非常に遅い。したがって、潤滑油室5内の空気の温度の上昇速度は、潤滑油の温度の上昇速度より小さい。そのため、警告状態の場合の時刻t1における温度は、潤滑油の温度を測定することになる正常状態と比べると低くなる。これによって、警告状態における上昇幅ΔT31は、正常状態における上昇幅ΔT11より小さくなる。
【0048】
(3-4)診断フロー
以上に説明した正常状態、要注意状態、および警告状態において見られる温度変化の挙動を念頭に、潤滑油の量を診断するフローについて説明する(
図6)。コンピュータ62は、まず、算出した上昇幅ΔT
1を所定の閾値ΔT
1limと比較する(S31)。ここで、上昇幅ΔT
1が閾値ΔT
1limより小さいときは、警告状態にあると判断する(S31:はい)。一方、上昇幅ΔT
1が閾値ΔT
1lim以上のとき(S31:いいえ)は、算出した下降幅ΔT
2を所定の閾値ΔT
2limと比較する(S32)。ここで、下降幅ΔT
2が閾値ΔT
2limより大きいときは、要注意状態にあると診断する(S32:はい)。また、下降幅ΔT
2が閾値ΔT
2lim以下のときは、正常状態にあると診断する(S32:いいえ)。
【0049】
〔その他の実施形態〕
最後に、本発明に係るポンプの診断方法のその他の実施形態について説明する。なお、以下のそれぞれの実施形態で開示される構成は、矛盾が生じない限り、他の実施形態で開示される構成と組み合わせて適用することも可能である。
【0050】
上記の実施形態では、本発明に係る診断方法をポンプゲート1(水中ポンプ3)の診断に適用した構成を例として説明した。しかし、本発明に係るポンプの診断方法は、排水機場ポンプ、マンホールポンプ、陸上ポンプなどのポンプの診断にも適用できる。
【0051】
上記の実施形態では、運転中測定工程S10および停止後測定工程S20を含む態様のポンプの診断方法の例について説明した。しかし、本発明に係るポンプの診断方法は、運転中測定工程および停止後測定工程の一方を含まなくてもよい。
【0052】
上記の実施形態では、運転中測定工程S10および停止後測定工程S20を一回ずつ含む態様のポンプの診断方法の例について説明した。しかし、本発明に係るポンプの診断方法は、運転中測定工程および停止後測定工程を複数回含んでもよい。また、運転中測定工程と停止後測定工程との回数が異なってもよい。
【0053】
上記の実施形態では、運転中測定工程S10および停止後測定工程S20を、水中ポンプ3を水面103より上に配置した状態で実施する構成について説明した。しかし、本発明に係るポンプの診断方法において、運転中測定工程および停止後測定工程を、ポンプを水中に配置した状態で実施してもよい。
【0054】
本発明に係るポンプの診断方法において、温度を測定するための装置(上記の例では温度計61)は、診断の度に設置されてもよいし、常設されていてもよい。
【0055】
本発明に係るポンプの診断方法において、運転中測定工程および停止後測定工程において収集された温度およびその経時変化に関する情報、および診断工程において得られたポンプの状態に係る情報(潤滑油の量など)を、公知のサーバ装置に蓄積してもよい。このように構成すると、サーバ装置に蓄積された診断に係る諸情報を遠隔地において確認できる。
【0056】
その他の構成に関しても、本明細書において開示された実施形態は全ての点で例示であって、本発明の範囲はそれらによって限定されることはないと理解されるべきである。当業者であれば、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、適宜改変が可能であることを容易に理解できるであろう。したがって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変された別の実施形態も、当然、本発明の範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、たとえば流水路に設置されたポンプゲートの水中ポンプを診断する方法として利用できる。
【符号の説明】
【0058】
1 :ポンプゲート
2 :扉体
3 :水中ポンプ
4 :駆動装置
5 :潤滑油室
6 :ポンプ診断装置
61 :温度計
61a :温度計のプローブの先端
62 :コンピュータ
7 :メカニカルシール
L1 :正常時液面
L2 :要注意液面
L3 :警告液面
X :駆動軸
100 :流水路
101 :支流側流水路
102 :本流側流水路
103 :水面