(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-29
(45)【発行日】2024-06-06
(54)【発明の名称】歯科用切削器具
(51)【国際特許分類】
A61C 5/42 20170101AFI20240530BHJP
【FI】
A61C5/42
(21)【出願番号】P 2020137587
(22)【出願日】2020-08-17
【審査請求日】2023-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】505378699
【氏名又は名称】鎌谷 理平
(74)【代理人】
【識別番号】110004196
【氏名又は名称】弁理士法人ナビジョン国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鎌谷 理平
【審査官】小林 睦
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-028694(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0218420(US,A1)
【文献】米国特許第04609352(US,A)
【文献】米国特許第06575747(US,B1)
【文献】特開2000-262540(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61C 5/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯質を切削除去して根管を形成又は拡大するための金属製の切削針と、前記切削針の一端に形成され、前記切削針よりも大きな径を有する樹脂製のハンドル部とを備えた歯科用切削器具において、
前記ハンドル部が、
前記切削針を回転又は上下動させるために手指で把持する側面と、
前記切削針とは反対側に
開口した端部とを備え
、
前記ハンドル部の前記開口した端部に、振動発生装置のチップ先端が挿入可能な係合凹部が設けられており、
前記係合凹部が前記チップ先端に対して十分に大きい開口部及び内部空間を有することを特徴とする歯科用切削器具。
【請求項2】
前記係合凹部の内壁が、テーパーを有し、前記係合凹部の底面積が前記係合凹部の開口面積よりも狭いことを特徴とする請求項1に記載の歯科用切削器具。
【請求項3】
前記切削針が、前記係合凹部の内壁面から露出し、前記チップ先端と接触可能であることを特徴とする請求項1又は2に記載の歯科用切削器具。
【請求項4】
前記切削針が、前記開口部と交差せず、その先端が前記係合凹部の内部空間に配置されることを特徴とする請求項3に記載の歯科用切削器具。
【請求項5】
前記係合凹部が、その内壁面に沿って配置された金属製の係合壁を備え、
前記係合壁が、前記切削針に連結されていることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の歯科用切削器具。
【請求項6】
前記係合凹部には、内周面から内側に向かって突出する多数の嵌合突起部が周方向に配列され、
前記嵌合突起部が、前記チップ先端の扁平断面の端部と嵌合可能であることを特徴とする請求項1に記載の歯科用切削器具。
【請求項7】
前記嵌合突起部は、径方向に対し傾斜し、前記チップ先端の挿入動作を回転モーメントに変換する回転作用面を有し、
前記チップ先端が前記係合凹部に挿入されて前記嵌合突起部と嵌合する際に前記歯科用切削器具に対して前記切削針の中心軸回りに1/8回転以下の回転を生じさせることを特徴とする請求項6に記載の歯科用切削器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用切削器具に係り、更に詳しくは、手指動作による切削と、機械的振動による切削とを行うことができる歯科用切削器具に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療では、リーマー、ファイル等と呼ばれる根管形成用の切削器具が広く使用されている。この種の切削器具には、手指の動作によって切削する手用切削器具(例えば、特許文献1)と、振動発生装置の振動を利用して切削する機械用切削器具(例えば、特許文献2及び3)とが知られている。
【0003】
特許文献1に記載された根管治療器具は、歯質を切削するための刃を備えた金属製の切削針と、切削針よりも大径の略円筒状からなる樹脂製のハンドル部とを備えた手用切削器具である。歯科医師は、ハンドル部の側面を手指で摘まんで根管治療器具を保持し、切削針を回転又は上下動させることにより歯質を切削除去して根管を形成する。
【0004】
一般的な歯は、歯肉から萌出する歯冠と、歯冠から歯槽骨に向かって伸びる1~4本の歯根とにより構成される。歯根の構成材(歯質)は、主に象牙質からなり、象牙質内には、歯根の先端に向かって延びる歯髄腔が形成され、歯髄腔内に歯髄が配置されている。例えば、虫歯が進行して歯髄に炎症が生じた場合、歯髄を切削除去して根管を形成し、さらに必要に応じて周辺の象牙質を切削して根管を拡大し、根管内に充填剤を充填する治療が行われる。このような根管の形成及び拡大を行うために切削器具が用いられる。
【0005】
歯髄の太さ、長さ、形状などは様々であり、歯科医師は、切削針の太さ、長さ及び断面形状が異なる多くの切削器具の中から、治療対象歯に適した切削器具を選択し、根管を形成する。また、同じ歯の治療中であっても、根管形成の進行状況に応じて、異なる切削器具に交換していく必要があり、切削器具の交換は頻繁に行われる。さらに、歯髄は、狭窄し湾曲していることが多く、歯髄を適切に切削除去し、象牙質を不必要に切削しないためには、歯科医師が指先の感覚を頼りにして慎重に根管形成を行う必要があり、高度の熟練が必要とされる。
【0006】
次に、振動発生装置に取り付けて使用される根管形成用の切削器具が従来から知られている(例えば、特許文献2)。特許文献2の切削器具は、振動発生装置の振動を与えることにより歯質を切削除去する機械用切削器具である。振動発生装置の先端部には、切削器具を取り付けるためのチャックが設けられ、切削器具が交換可能に取り付けられる。
【0007】
切削器具に超音波などの機械的振動を与えることにより、切削器具を回転又は上下動させることなく、歯質を切削除去し、根管の形成又は拡大を行うことができる。しかし、このような切削工具は、振動発生装置に取り付けるための専用品を使用しなければならず、広く普及している安価な手用切削器具に比べ、コストが増大するという問題があった。
【0008】
そこで、手用切削器具を取り付けることが可能な振動発生装置が従来から提案されている(例えば、特許文献3)。特許文献3には、市販のリーマーを取り付け可能な振動発生装置が記載されている。リーマーは、金属製の切削針と樹脂製の把手部とを備えた手用切削器具であり、振動発生装置のチップ先端には、把手部を挟み込んで保持するための二叉状の挟持部と、挟持部を固定するための挟持リングとが設けられている。このため、振動発生装置のチップ先端に市販のリーマーを取り付けることができ、専用品を用いる場合に比べてコストの増大を抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平10-309286号公報
【文献】実開平01-155417号公報
【文献】実開昭61-031414号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
切削器具に機械的振動を与える従来の装置では、振動発生装置のチップ先端に切削器具を取り付ける必要がある。しかし、切削器具は、根管形成の進行状況に応じて交換する必要があることから、振動発生装置に対する切削器具の交換作業が頻繁に発生することになり、煩雑であるという問題があった。
【0011】
また、従来の切削器具は、手用切削器具又は機械用切削器具のいずれかであり、治療中に手指動作による切削と機械的振動による切削の両方が利用することができ、適宜に使い分けることができる切削器具は知られていない。
【0012】
特許文献3の切削器具は、振動発生装置に取り付ければ、機械用切削器具となり、振動発生装置から取り外せば、手用切削器具となるものであるから、両者を使い分けようとすれば、着脱作業のために治療を中断しなければならない。このため、手用切削針と機械用切削針の2本を使い分ける場合と比較すれば、着脱作業が必要になる分だけ、より煩雑になっている。
【0013】
例えば、手用切削器具を用いて根管を形成している際、切削針の刃が歯質に食い込んで動かなくなるロック状態に陥ることがある。このような場合に切削器具を無理に回転させようとすると切削針が折れてしまう。このようなロック状態に陥った手用切削器具に対し一時的に機械的振動を与えることができれば、切削針を破損することなくロック状態を脱することができる。しかし、特許文献3の切削器具の場合、患者の口腔内から取り出すことなく振動発生装置に取り付けることは困難であり、治療を中断することなく、手指動作による切削と機械的振動による切削を切り替えることはできなかった。
【0014】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、手指動作による切削及び機械的振動による切削の両方を利用することができる切削器具を提供することを目的とする。また、手指動作による切削又は機械的振動による切削を選択的に利用することができる切削器具を提供することを目的とする。特に、患者の口腔内から取り出して治療を中断することなく、手指動作による切削と、機械的振動による切削とを切り替えることができる切削器具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の第1の態様による歯科用切削器具は、歯質を切削除去して根管を形成又は拡大するための金属製の切削針と、前記切削針の一端に形成され、前記切削針よりも大きな径を有する樹脂製のハンドル部とを備えた歯科用切削器具であって、前記ハンドル部が、前記切削針を回転又は上下動させるために手指で把持する側面と、前記切削針とは反対側に開口部が設けられ、根管の形成中に振動発生装置のチップ先端を挿入するための係合凹部とを備える。
【0016】
このような構成を採用することにより、ハンドル部の側面を手指で把持し、手指動作により歯質を切削し、根管の形成又は拡大を行うことができる。また、ハンドル部の後端部に設けられた係合凹部に振動発生装置のチップ先端を挿入することにより、機械的振動により歯質を切削し、根管の形成又は拡大を行うことができる。従って、切削器具を患者の口腔内から取り出すことなく、手指動作による切削と機械的振動による切削の両方を利用することができる。また、これらを選択的に利用することができる。特に、手指動作による切削中に切削器具が動かなくなるロック状態に陥った場合に、一時的に機械的振動を与えることにより、ロック状態を脱することが可能になる。
【0017】
本発明の第2の態様による歯科用切削器具は、前記構成に加えて、前記係合凹部の内壁が、テーパーを有し、前記係合凹部の底面積が前記係合凹部の開口面積よりも狭くなるように構成される。
【0018】
このような構成を採用することにより、内壁面がテーパーを有しない場合に比べ、振動発生装置のチップ先端を係合凹部内に挿入するだけで、チップ先端と内壁面との間で広い接触面積を比較的容易に確保することができ、機械的振動を効果的に伝搬させることができる。
【0019】
本発明の第3の態様による歯科用切削器具は、前記構成に加えて、前記切削針が、前記係合凹部の内壁面から露出し、前記チップ先端と接触可能であるように構成される。
【0020】
このような構成を採用することにより、振動発生装置のチップ先端を切削針に対し直接接触させることができ、機械的振動を効果的に伝達することができる。また、係合凹部の内壁面から切削針を露出させることにより、振動発生装置のチップ先端を係合凹部に挿入するだけで、チップ先端と切削針とを容易に接触させることができる。
【0021】
本発明の第4の態様による歯科用切削器具は、前記構成に加えて、前記切削針が、前記開口部を交差せず、その先端が前記係合凹部の内部空間に配置されるように構成される。
【0022】
このような構成を採用することにより、切削針の突出部が係合凹部の外側に突出せず、手指動作による切削作業において切削針の突出部により切削作業に支障が生じる心配がない。また、患者の口腔内を誤って傷つける心配もなく安全である。
【0023】
本発明の第5の態様による歯科用切削器具は、前記構成に加えて、前記係合凹部が、その内壁面に沿って配置された金属製の係合壁を備え、前記係合壁が、前記切削針に連結されるように構成される。
【0024】
このような構成を採用することにより、金属のみを介在させて振動を伝達することができ、機械的振動を効果的に伝搬させることができる。
【0025】
本発明の第6の態様による歯科用切削器具は、前記構成に加えて、前記係合凹部には、内周面から内側に向かって突出する多数の嵌合突起部が周方向に配列され、前記嵌合突起部が、前記チップ先端の扁平断面の端部と嵌合可能であるように構成される。
【0026】
このような構成を採用することにより、振動発生装置のチップ先端と、嵌合突起部とを嵌合させ、振動発生装置からの機械的振動を切削針に効果的に伝達することができる。
【0027】
本発明の第7の態様による歯科用切削器具は、前記構成に加えて、前記嵌合突起部が、径方向に対し傾斜し、前記チップ先端の挿入動作を回転モーメントに変換する回転作用面を有し、1/8回転以下の回転を生じさせるように構成される。
【0028】
このような構成を採用することにより、振動発生装置のチップ先端を係合凹部に挿入すれば、歯科用切削器具を回転させることができる。また、1/8回転以下の回転を生じさせることにより、切削針が破折するのを防止することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、手指動作による切削及び機械的振動による切削の両方を利用することができる切削器具を提供することができる。また、手指動作による切削又は機械的振動による切削を選択的に利用することができる切削器具を提供することができる。特に、患者の口腔内から取り出して治療を中断することなく、手指動作による切削と、機械的振動による切削とを切り替えることができる切削器具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本発明の実施の形態1による歯科用切削器具100の一構成例を示した外観図である。
【
図2】中心軸を含む平面により
図1の歯科用切削器具100を切断したときの断面図である。
【
図3】ハンドル部20の後端面の一例を示した外観図である。
【
図4】歯科用切削器具100を用いて手指動作による切削を行っている時の様子を示した図である。
【
図5】歯科用切削器具100を用いて機械的振動による切削を行っている時の様子を示した図である。
【
図6】本発明の実施の形態2による歯科用切削器具101の一例を示した外観図である。
【
図7】
図6の歯科用切削器具101に対し、振動発生装置のチップ先端61を係合させた状態を示した断面図である。
【
図8】本発明の実施の形態3による歯科用切削器具102の一例を示した外観図である。
【
図9】
図6の歯科用切削器具101に対し、振動発生装置のチップ先端61を係合させた状態を示した断面図である。
【
図10】本発明の実施の形態3による歯科用切削器具102の他の例を示した断面図であり、振動発生装置のチップ先端61を係合させた状態が示されている。
【
図11】ハンドル部20の後端面の一例を示した外観図である。
【
図12】振動発生装置のチップ60の先端部61を拡大して示した図である。
【
図13】本発明の実施の形態4による歯科用切削器具20の一例を示した図である。
【
図14】本発明の実施の形態4による歯科用切削器具20の他の例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1による歯科用切削器具100の一構成例を示した外観図である。
図2は、中心軸を含む平面により
図1の歯科用切削器具100を切断したときの断面図である。歯科用切削器具100は、炎症等が発生している歯髄を切削除去して根管を形成するために使用される歯科用切削器具であり、歯質を切削するための切削針10と、指で掴むためのハンドル部20と、ストッパー30とを備える。
【0032】
歯科用切削器具100は、手指動作により歯質を切削する手用切削器具として用いることができる。手用切削器具は、切削針10の断面形状により、リーマー、Kファイル、Hファイル等に区分される。例えば、リーマーは、三角形の断面を有し、回転させて切削する処理(リーミング)に使用される。また、Hファイルは、突起部を備えた円形の断面を有し、軸方向にのこぎり状の凹凸が形成され、軸方向に上下動させて切削する処理(ファイルリング)に使用される。Kファイルは、四角形の断面を有し、1/8回転(45°の回転)させて引き上げることにより切削する処理(ターンアンドプル)に使用される。なお、歯科用切削器具100は、リーマー、Kファイル、Hファイル等のいずれでもあってもよい。
【0033】
切削針10は、細長い形状の金属針であり、先端に向かって徐々に小径化し、あるいは、断面積が減少する形状を有する。切削針10の素材には、根管の屈曲形状に追従して弾性変形することができ、かつ、錆びにくい金属材料、例えば、ステンレス、ニッケルチタン(NiTi)が用いられる。
【0034】
切削針10は、先端側の切削領域11と後端側の非切削領域12に区分される。切削領域11は、歯質を切削して根管を形成し拡張するための切削刃を備える領域であり、非切削領域12は、切削刃を備えていない領域である。ハンドル部20及びストッパー30は、非切削領域12に設けられている。
【0035】
ハンドル部20は、根管形成時に歯科用切削器具100を保持するために手指で掴む樹脂製の部材であり、切削針10よりも大きな径(断面積)を有する略円柱形状からなり、切削針10の後端近傍に、切削針10と略同軸となるように形成される。歯科医師は、人差し指と親指でハンドル部20の側面を摘まむように保持しつつ、歯科用切削器具100を回転又は上下動させて根管を形成する。
【0036】
ハンドル部20の後端には、振動発生装置(不図示)のチップ先端を挿入するための係合凹部21が設けられている。係合凹部21は、ハンドル部20の後端に軸方向内側(先端側)に向かって形成された凹部である。係合凹部21の内部空間の形状は、任意であるが、例えば、底部に向かって小径化(断面積が減少)する形状、例えば、すり鉢状の形状であることが望ましい。切削針10の後端は、係合凹部21に到達しておらず、ハンドル部20内に埋設するように配置されている。なお、ハンドル部20の側面は、複数の凹凸が形成され、あるいは、軸方向の両端が中央部よりも大径化され、滑りにくい状態であることが望ましい。
【0037】
ストッパー30は、切削針10の挿入長を規制するための部材であり、切削針10の先端から予め定められた距離の位置に設けられている。ストッパー30は、切削針10よりも大径の円板形状からなり、切削針10に対し同軸に取り付けられている。ストッパー30が、歯冠に当接することにより切削針10が過剰に挿入されるのを防止する。
【0038】
図3は、ハンドル部20の後端面の一例を示した外観図であり、図中の(a)~(c)には、係合凹部21の開口部22の一例がそれぞれ示されている。開口部22の形状により、切削針10の種別を示している。図中の(a)~(c)には、リーマー、Kファイル及びHファイルの例がそれぞれ示されている。(a)のハンドル部20の後端には、三角形の開口部22が形成され、リーマーであることが示されている。(b)のハンドル部20の後端には、円形の開口部22が形成され、Kファイルであることが示されている。(c)のハンドル部20の後端には、四角形の開口部22が形成され、Hファイルであることを示している。(a)~(c)のいずれの場合でも、係合凹部21の内部空間は、軸方向と交差する断面が相似形であり、開口部22から底部に向かって断面積が減少する錐体形状からなる。
【0039】
図4は、歯科用切削器具100を用いて手指動作による切削を行っている時の様子を示した図である。歯科医師は、手指でハンドル部20を摘まんで歯科用切削器具100を保持し、切削針10を回転又は上下動させて根管を形成する。
【0040】
一般に、歯冠50からは1~4本の歯根51が延びる。歯根51は、主に象牙質からなり、歯根51の断面中央付近に歯髄が形成され、歯髄を除去することにより、根管と呼ばれる管状の空間が象牙質内に形成される。歯髄は、先端に向かって細くなっているため、必要に応じて周辺の象牙質も切削除去し、根管を拡大させる。また、根管は曲がっていることが珍しくなく、その形状は様々であることから、歯科医師は、手指の感覚を頼りにして歯科用切削器具100を操作し、根管を形成する。
【0041】
図5は、歯科用切削器具100を用いて機械的振動による切削を行っている時の様子を示した図であり、歯科用切削器具100には、振動発生装置のチップ60の先端61が一時的に係合され、機械用切削器具として用いられる。手指動作による根管形成中に歯科用切削器具100がロックした場合、ロックしている歯科用切削器具100に対し一時的に振動発生装置を係合させることにより、機械的振動を利用して安全にロック状態を解除することができる。
【0042】
手指動作による治療中の歯科用切削器具100は、切削針10の切削刃が象牙質に食い込んで動かなくなるロック状態に陥ることがある。この状態で歯科用切削器具100を無理に回転させようとすると切削針10が金属疲労により折れる可能性が高い。例えば、切削針10は、径が大きくなるほど弾力が少なくなることから、切削針10が小径から順に大径になるように歯科用切削器具100を交換しつつ根管の拡大を行っている場合に生じ易い。切削針10の一部が根管内に残ると容易には取り出すことができなくなる。根管は、根尖において湾曲していることが多く、誤って歯科用切削器具100を破折した場合に、湾曲した根管から破折部分を取り除くことは著しく困難であり、根尖性歯周炎を引き起こすことがある。
【0043】
ロック状態の歯科用切削器具100の係合凹部21に対し、振動発生装置のチップ先端61を挿入すれば、ハンドル部20を介して、振動発生装置の機械的振動を切削針10に伝搬することができる。このため、機械的振動により切削針10の周辺の歯質を切削してロック状態を解除することができる。このとき、歯科用切削器具100は動かないように保持していればよく、切削針10を破損することなくロック状態を解除することができる。
【0044】
また、ロック状態に陥っていない場合であっても、一時的であれば、必要に応じて、歯科用切削器具100に対し、振動発生装置の機械的振動を与えることができる。例えば、歯髄が大きく湾曲している場所で根管を拡大しようとした場合、手指動作により切削すると、湾曲部の内側に比べて外側がより大きく切削される傾向にある。また、歯根が湾曲しているような場合に、切削針10を回転させると切削針に捻れが生じ、切削針10が本来のルートからずれていき、歯髄や感染歯質を除去することができなくなる場合がある。このような場合にも、振動発生装置のチップ先端61を係合凹部21に挿入し、切削針10に機械的振動を与えつつ切削針10を上下動させれば、外側及び内側を概ね均等に切削することができ、本来のルートからはずれた根管が形成されるのを防止することができる。
【0045】
振動発生装置は、例えば、超音波発生装置を用いることができる。一般に、歯科診療所の診察用チェアー近傍には、歯石を除去する際に使用する超音波スケーリング装置が設置されており、歯科診療中に即座に使用することができるようになっている。このため、超音波スケーリング装置を本発明の振動発生装置として用いることが簡便である。超音波スケーリング装置のチップ先端61は、係合凹部21の開口部22に比べて十分に細く、係合凹部21内に挿入することができる。
【0046】
また、係合凹部21は、開口部22の面積が底面積よりも大きくなるように、内壁面が傾斜している。このため、振動発生装置のチップ先端61との接触面積を増大させ易く、機械的振動を効果的に伝達させることができる。
【0047】
実施の形態2.
実施の形態1では、切削針10の後端が係合凹部21に到達することなく、ハンドル部20内に埋設される歯科用切削器具100について説明した。これに対し、本実施の形態では、切削針100の後端が係合凹部21内に突出する歯科用切削器具101について説明する。
【0048】
図6は、本発明の実施の形態2による歯科用切削器具101の一例を示した外観図である。また、
図7は、
図6の歯科用切削器具101に対し、振動発生装置のチップ先端61を係合させた状態を示した断面図である。なお、
図1(実施の形態1)に示した構成要素に対応するものについては、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0049】
切削針10は、その後端が係合凹部21に到達し、係合凹部21の内壁面から内部空間へ突出するように配置され、係合凹部21内において露出する。このため、係合凹部21に挿入した振動発生装置のチップ先端61は、切削針10に対し直接接触することができる。一般に、振動伝達特性は樹脂よりも金属の方が良好であるため、チップ先端61を切削針10に直接接触させることにより、機械的振動を切削針10に効率的に伝達し、歯質の切削をより効果的に行うことができる。
【0050】
また、係合凹部21は、内壁が開口部に向かって傾斜し、内部空間の断面積は、開口部から底面に向かって減少する形状からなる。このため、係合凹部21の底面から切削針10を突出させることにより、チップ先端61を係合凹部21に挿入すれば、チップ先端61を切削針10に容易に接触させることができる。
【0051】
さらに、切削針10の後端を開口部22と交差せず、係合凹部21内に配置されている。このため、切削針10をハンドル部20から突出させる場合のように、手指動作による切削作業の効率を低下させることがなく、また、誤って患者の口腔内を傷つけることもない。
【0052】
実施の形態3.
実施の形態2では、切削針10の後端が係合凹部21内に突出する歯科用切削器具101について説明した。これに対し、本実施の形態では、係合凹部21の内壁に沿って金属製の係合壁23が設けられた歯科用切削器具102について説明する。
【0053】
図8は、本発明の実施の形態3による歯科用切削器具102の一例を示した外観図である。また、
図9は、
図8の歯科用切削器具102に対し、振動発生装置のチップ先端61を係合させた状態を示した断面図である。なお、
図1(実施の形態1)に示した構成要素に対応するものについては、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0054】
係合凹部21の内壁面には、金属製の係合壁23が設けられている。係合壁23は、係合凹部21の内壁面の全面に形成されるものであってもよいし、その一部に形成されるものであってもよい。図示した係合壁23は、カップ状の形状を有し、底面及び側面を含む内壁面の全てを覆うように配置されている。
【0055】
切削針10の一端は、係合壁23に連結されている。切削針10及び係合壁23の接合は、機械的振動を良好に伝達可能な方法であればよく、例えば、溶接、螺合、嵌合、その他の方法を採用することができる。
【0056】
係合凹部21に挿入した振動発生装置のチップ先端61は、係合壁23に直接接触することができる。このため、振動波製装置の機械的振動は、係合壁23を介して、切削針10に伝達される。従って、機械的振動を切削針10に効率的に伝達し、歯質の切削をより効果的に行うことができる。
【0057】
図10は、本発明の実施の形態3による歯科用切削器具102の他の例を示した断面図であり、振動発生装置のチップ先端61を係合させた状態が示されている。なお、
図1(実施の形態1)に示した構成要素に対応するものについては、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0058】
この歯科用切削器具102では、切削針10の後端に係合凹部21が形成され、係合壁23が切削針10の一部として、切削針10と一体的に形成される。切削針10の後端は、ハンドル部20の後端と略一致するように配置され、ハンドル部20から露出する切削針10の後端面に係合凹部21が形成される。
【0059】
このため、係合凹部21に挿入した振動発生装置のチップ先端61は、切削針10に直接接触することができ、振動波製装置の機械的振動が切削針10に直接的に伝達される。従って、機械的振動を切削針10に効率的に伝達し、歯質の切削をより効果的に行うことができる。
【0060】
図11は、ハンドル部20の後端面の一例を示した外観図であり、図中の(a)~(c)には、係合凹部21の開口部22の一例がそれぞれ示されている。開口部22の形状により、切削針10の種別を示している。図中の(a)~(c)には、リーマー、Kファイル及びHファイルの例がそれぞれ示されている。(a)のハンドル部20の後端には、三角形の開口部22が形成され、リーマーであることが示されている。(b)のハンドル部20の後端には、円形の開口部22が形成され、Kファイルであることが示されている。(c)のハンドル部20の後端には、四角形の開口部22が形成され、Hファイルであることを示している。
【0061】
実施の形態4.
上記実施の形態では、係合凹部21の断面が三角形、四角形、円形等の単純な幾何学形状であり、内周面が滑らかな平面又は曲面である場合の例について説明した。これに対し、本実施の形態では、係合凹部21の内壁面上に多数の嵌合突起部25が設けられる場合について説明する。
【0062】
スケーリング装置のチップ先端61の形状は様々であるが、先端の断面が扁平形状であるものが比較的多い。係合凹部21の内壁面をこのような扁平断面を有するチップ先端61と嵌合する形状にすることにより、切削針10に対し、振動発生装置の振動を効果的に伝達することができる。
【0063】
図12は、振動発生装置のチップ60の先端部61を拡大して示した図である。チップ先端61は、扁平形状の断面を有する。例えば、略楕円又は略矩形の扁平断面を有し、先端に近づくほど断面の長手方向の幅が短くなる尖頭形状を有する。
【0064】
図13は、本発明の実施の形態4による歯科用切削器具の一例を示した図であり、図中の(a)は、ハンドル部20の後端面を示した外観図であり、図中の(b)は、(a)のA-A切断線で切断したときの断面図である。係合凹部21の内壁面には、周方向に多数の嵌合突起部25が形成されている。また、隣接する嵌合突起部25の間には嵌合窪み部26が形成され、係合凹部21の内壁面には、周方向に多数の嵌合窪み部26が形成されている。
【0065】
図中の(a)に示した通り、嵌合突起部25は、円形断面を有する係合凹部21の内周面から径方向内側に向かって突出する金属製の突出部であり、係合壁23の一部として係合壁23と一体的に形成される。嵌合突起部25は、平面視で略三角の形状からなり、一つの頂点が内周面から中心軸Jに向かって延びる略二等辺三角形からなる。中心軸Jを挟んで対向する嵌合突起部25間には、チップ先端61を挿入するための空間が形成されている。また、
図14(b)に示した通り、嵌合突起部25は、内周面に沿って軸方向に直線的に延びる線条部として形成される。嵌合突起部25の径方向の高さは、係合凹部21の底部に近づくほど短くなり、中心軸Jを挟んで対向する嵌合突起部25の間隔は、係合凹部21の底部に近づくほど狭くなっている。
【0066】
嵌合窪み部26は、隣接する一対の嵌合突起部25により形成される空間であり、径方向外側に向かって延び、係合凹部21の内周面が底部となる。嵌合窪み部26の幅は、径方向外側の底部に近づくほど狭くなっている。また、嵌合窪み部26は、内周面に沿って軸方向に直線的に延びる線条溝として形成される。嵌合突起部25の径方向の深さは、係合凹部21の底部に近づくほど短くなり、中心軸Jを挟んで対向する嵌合窪み部26の間隔は、係合凹部21の底部に近づくほど狭くなっている。
【0067】
このような係合凹部21に扁平断面を有するチップ先端61を挿入した場合、扁平断面の長手方向の両端が、互いに対向する嵌合窪み部26にそれぞれ入り込んで嵌合する。つまり、扁平断面の長手方向の各端部は、1つの嵌合窪み部26を形成する一対の嵌合突起部25に挟まれるように嵌合する。チップ先端61が扁平断面を有する尖頭形状であれば、係合凹部21に対しチップ先端61を所定の挿入長だけ挿入するだけで、チップ先端61を嵌合突起部25と嵌合させることができ、機械的振動を切削針10へ効果的に伝達することができる。なお、挿入長は、チップ先端の断面形状と、係合凹部21の内壁面の形状によって異なるが、チップ先端61が止まるまで係合凹部21へ挿入するだけで、嵌合突起部25と嵌合させることができる。
【0068】
図14は、本発明の実施の形態4による歯科用切削器具の他の例を示した図であり、図中の(a)は、ハンドル部20の後端面を示した外観図であり、図中の(b)は、(a)のB-B切断線で切断したときの断面図である。
【0069】
図13の嵌合突起部25は、平面視で二等辺三角形であるのに対し、
図14の嵌合突起部25'は、平面視した場合に、径方向内側に向かう頂点を挟む二辺25a,25bの長さが異なる不等辺三角形からなる。隣接する嵌合突起部25間に嵌合窪み部26が形成され、嵌合突起部25が係合凹部21の底部に向かって延びる線条部であり、嵌合窪み部26が係合凹部21の底部に向かって延びる線条溝である点は、
図13の場合と同様である。
【0070】
嵌合突起部25の長辺25aは、短辺25bよりも長く、径方向に対しより大きな角度を有している。このため、係合凹部21にチップ先端61を挿入した場合、その扁平断面の長手方向の両端は、高い確率で長辺25aのみと接触する。長辺25aは、径方向に対し角度を有することから、ハンドル部20に対し、中心軸Jを中心とする回転モーメントを与え、切削針10が回転する。つまり、長辺25aに対応する傾斜面が、チップ先端61の挿入動作を歯科用切削器具の回転動作に変換する回転作用面となる。この回転は、チップ先端61が短辺25bに接触することにより停止する。このとき、チップ先端61は、隣接する嵌合突起部25の長辺25a及び短辺25bに挟まれた状態になり、これらの嵌合突起部25と嵌合する。
【0071】
多数の嵌合突起部25は、いずれも同じ向きの回転モーメントを生じさせるように形成されている。また、嵌合突起部25は、チップ先端61を挿入したときに歯科用切削器具を正方向に回転させるように形状される。正方向の回転とは、効果的に切削を行うことができる回転方向であり、切削針10の断面形状によって予め定められ、通常は、右回転(時計方向の回転)である。
【0072】
ただし、ロック状態にある歯科用切削器具を1/8回転を超えて回転させると破折するおそれがあるため、嵌合突起部25による回転は、1/8回転以下であることが望ましい。このため、例えば、周方向に8個以上の嵌合凹部25を配置することにより、1/8回転を超えて回転するのを防止することができる。
【0073】
このような係合凹部21を採用することにより、チップ先端61を係合凹部21に挿入し、チップ先端61を嵌合突起部25と嵌合させる際、切削針10に対し1/8回転以下の回転を与えることができる。このため、切削針10を破折することなく、歯科用切削器具のロック状態を解除することができる。また、ロック状態に陥った場合に限らず、手指動作による切削作業時に、機械的振動による切削を一時的、補助的に活用したい場合にも利用することができる。
【0074】
なお、本実施の形態では、係合凹部21内に係合壁23が形成された歯科用切削器具101(実施の形態2)の内壁面に嵌合突起部25を設ける場合の例について説明したが、本発明はこのような場合のみに限定されない。例えば、実施の形態1の歯科用切削器部100に適用することもできる。つまり、係合壁23を有しない係合凹部21の樹脂製の内壁面に嵌合突起部25を設けることもできる。
【符号の説明】
【0075】
10 切削針
11 切削領域
12 非切削領域
20 ハンドル部
21 係合凹部
22 開口部
23 係合壁
25 嵌合突起部
26 嵌合窪み部
30 ストッパー
50 歯冠
51 歯根
60 チップ
61 チップ先端
100 ~102 歯科用切削器具