(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-29
(45)【発行日】2024-06-06
(54)【発明の名称】コンクリートのひび割れ補修方法
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20240530BHJP
C04B 41/61 20060101ALI20240530BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20240530BHJP
【FI】
E04G23/02 B
C04B41/61
C12N1/00 P
(21)【出願番号】P 2020057830
(22)【出願日】2020-03-27
【審査請求日】2023-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000166432
【氏名又は名称】戸田建設株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100104927
【氏名又は名称】和泉 久志
(72)【発明者】
【氏名】田中 徹
(72)【発明者】
【氏名】守屋 健一
(72)【発明者】
【氏名】大橋 英紀
(72)【発明者】
【氏名】奥村 正樹
(72)【発明者】
【氏名】サンジェイ パリーク
【審査官】菅原 奈津子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-172235(JP,A)
【文献】特開2018-203582(JP,A)
【文献】特開2009-019441(JP,A)
【文献】特開平09-209577(JP,A)
【文献】特開2002-021088(JP,A)
【文献】特開2004-123437(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0075557(KR,A)
【文献】欒 堯,外3名,異なる微生物を利用したコンクリートのASRひび割れの修復に関する実験的研究,セメント・コンクリート論文集,日本,2018年,72巻1号,pp.328-335,[2024年4月30日検索],<https://www.jstage.jst.go.jp/article/cement/72/1/72_328/_pdf/-char/ja>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/00-23/08
C04B 2/00-32/02
C04B 40/00-40/06
C04B 41/00-41/72
C12N 1/00- 7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バクテリアの代謝活動を利用した補修材によるコンクリートのひび割れ補修方法であって、
前記バクテリア及びそのための栄養素を含む水溶液からなる前記補修材を、コンクリートのひび割れ部分に注入した後、このひび割れ部分を含むコンクリートの表面に、高粘性化物が添加された高粘性物を塗布することを特徴とするコンクリートのひび割れ補修方法。
【請求項2】
前記高粘性化物は、高吸水性高分子である請求項1記載のコンクリートのひび割れ補修方法。
【請求項3】
前記補修材をコンクリートのひび割れ部分に注入する際、ひび割れ部分の内部を減圧する請求項1、2いずれかに記載のコンクリートのひび割れ補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バクテリアの代謝活動を利用した補修材によるコンクリートのひび割れ補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、コンクリート構造物にひび割れが生じると、外観が悪化するとともに、ひび割れ部分からコンクリート内部に雨水等が浸入し、埋設された鉄筋を腐食させ構造物の強度を低下させるおそれがあるため、このようなひび割れに対して各種の補修が成されていた。
【0003】
コンクリートのひび割れの補修工法としては種々のものが開発されている。例えば、ひび割れに樹脂系またはセメント系の材料を注入する注入工法、ひび割れに沿ってコンクリートの表面をU字型にカットし、その部分に補修材を充填する充填工法、微細なひび割れの上に塗膜を形成する被覆工法、噴霧器、ローラー、ハケ等によりコンクリートの表面に補修材を塗布・含浸させる表面含浸工法等が知られている。
【0004】
また、コンクリート自らが自律的にひび割れを修復する自己治癒型の補修工法も知られている。この自己治癒型の補修工法は、コンクリート構造物の維持管理費用が大幅に低減でき、強度が長期的に維持できるようになるなどの利点を有している。
【0005】
前記自己治癒型の補修工法としては、下記特許文献1~4に示されるように、バクテリアの代謝活動によって炭酸カルシウムが析出される仕組みを利用したものがある。具体的に下記特許文献1~3には、セメント出発原料にバクテリアを含む修復材を混合し、ひび割れが生じると修復材に含まれるバクテリアが代謝活動を開始する技術が開示され、下記特許文献4には、第1の液体と第2の液体をコンクリートエレメントのエレメント表面に適用して、混合物をひび割れ内に供給する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2013-523590号公報
【文献】特開2016-34898号公報
【文献】特表2017-522256号公報
【文献】特表2016-525879号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1~3に記載の方法では、セメント出発原料にバクテリアを含む修復材を混合しておかなければならないため、既存のコンクリート構造物に発生したひび割れを修復することができない。
【0008】
また、上記特許文献4に記載の方法では、第1の液体及び第2の液体が、コンクリートエレメント表面に噴霧することによって適用されているため、ほぼ水平なコンクリート上面への施工は容易であるが、側面や斜面への施工は液だれの懸念があり、天井等の下面への施工は非常に困難であった。
また、側面や斜面に補修材を塗布した場合には、液だれによりバクテリアの代謝活動に必要な水分が流失しやすく、バクテリアの代謝活動が減少してひび割れ補修効果が低下するおそれがあった。
【0009】
そこで本発明の主たる課題は、既存のコンクリート構造物にも適用可能とするとともに、コンクリートのあらゆる面に容易に適用でき、バクテリアの代謝活動が長期に亘って活性化できるようにしたコンクリートのひび割れ補修方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために請求項1に係る本発明として、バクテリアの代謝活動を利用した補修材によるコンクリートのひび割れ補修方法であって、
前記バクテリア及びそのための栄養素を含む水溶液からなる前記補修材を、コンクリートのひび割れ部分に注入した後、このひび割れ部分を含むコンクリートの表面に、高粘性化物が添加された高粘性物を塗布することを特徴とするコンクリートのひび割れ補修方法が提供される。
【0011】
上記請求項1記載の発明では、前記補修材をコンクリート構造物のひび割れ部分に注入することにより、前記補修材に含まれるバクテリアの代謝活動によってひび割れが修復されるため、既存のコンクリート構造物にも適用可能である。
【0012】
本発明では特に、前記バクテリア及びそのための栄養素を含む水溶液からなる前記補修材を、コンクリートのひび割れ部分に注入した後、このひび割れ部分を含むコンクリートの表面に、高粘性化物が添加された高粘性物を塗布する
ようにしている。
【0013】
前記補修材には、高粘性化物が含まれておらず補修材の粘性が低いため、ひび割れ幅が小さい微細なひび割れ部分にも浸透しやすくなり、バクテリアによるひび割れ修復効果の向上が期待できる。更に、前記補修材が注入されたひび割れの開口部に、高粘性化物が添加された高粘性物が塗布されるため、ひび割れ内の補修材が流出しにくくなるとともに、高粘性物からひび割れ内に注入された補修材に水分が供給され、バクテリアの代謝活動が長期に亘って活性化できるようになる。
【0014】
更に、本補修方法では、前記高粘性化物の増粘性によって、液だれ等を生じることなく、補修材がひび割れ部分に滞留しやすくなるため、コンクリートの水平な上面はもちろんのこと、側面や斜面、下面等のあらゆる面に生じたひび割れ部分に補修材を容易に注入することができ、優れた補修効果を発揮し得る。
【0015】
また、前記高粘性化物の増粘性によって水分がバクテリアに常に供給され、バクテリアの代謝活動が長期に亘って活性化し、ひび割れが早期に修復できるとともに、水分の供給が不安定な場所においても、バクテリアの代謝活動に必要な水分を安定して供給できるようになる。
【0016】
請求項2に係る本発明として、前記高粘性化物は、高吸水性高分子である請求項1記載のコンクリートのひび割れ補修方法が提供される。
【0017】
上記請求項2記載の発明では、前記高粘性化物として、高吸水性高分子を用いることによって、吸水した高吸水性高分子がゲル化して粘性が高くなるとともに、高吸水性高分子に吸水された水分がバクテリアに供給され、バクテリアの代謝活動がより活性化できるようになる。
【0018】
請求項3に係る本発明として、前記補修材をコンクリートのひび割れ部分に注入する際、ひび割れ部分の内部を減圧する請求項1、2いずれかに記載のコンクリートのひび割れ補修方法が提供される。
【0019】
上記請求項3記載の発明では、前記補修材をコンクリートのひび割れ部分に注入する際、ひび割れ部分の内部を減圧することによって、補修材がひび割れ部分に入り込みやすくなり、効率的な注入が可能となる。
【発明の効果】
【0020】
以上詳説のとおり本発明によれば、既存のコンクリート構造物にも適用可能となるとともに、コンクリートのあらゆる面に容易に塗布でき、バクテリアの代謝活動が長期に亘って活性化できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明にかかるコンクリートのひび割れ補修方法の第1の方法を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳述する。
【0023】
本発明に係るコンクリートのひび割れ補修方法に用いられる補修材1は、バクテリアの代謝活動を利用してコンクリートのひび割れを閉塞(修復)するためのものであり、
図1及び
図2に示されるように、ひび割れCを生じたコンクリート表面から前記ひび割れC部分に注入して使用するものである。
【0024】
ひび割れ補修方法の第1の方法としては、
図1に示されるように、バクテリア2及びそのための栄養素を含む水溶液に高粘性化物が添加されてなる補修材1を、コンクリートのひび割れC部分に注入するものである。
【0025】
また、第2の方法としては、
図2に示されるように、バクテリア2及びそのための栄養素を含む水溶液からなる補修材1’を、コンクリートのひび割れC部分に注入した後、このひび割れC部分を含むコンクリートの表面に、高粘性化物が添加された高粘性物6を塗布するものである。この第2の方法で用いる補修材1’には高粘性化物が添加されておらず、補修材1’の粘度はそれほど高くない。
【0026】
前記補修材1、1’がひび割れCに注入されることにより、
図3に示されるように、前記補修材1、1’に含まれるバクテリア2が栄養素3を消費して、コンクリート組織と同系統の炭酸カルシウム(CaCO
3)を生成する。このバクテリア2によって生成された炭酸カルシウムがひび割れCの内部に沈積することにより、ひび割れCが補修されるようになる。このようなバクテリア2の代謝活動において必要な水分は、高粘性化物が添加された補修材1又はコンクリート表面に塗布された高粘性物6から常に供給されるようになっている。
【0027】
〔補修材の基本的構成〕
前記補修材1、1’は、カルシウム源、バクテリア及びその代謝活動に必要な乳酸カルシウム等の栄養素を含んでいる。このような補修材としては、上記の先行技術文献に挙げた特許文献4(特表2016-525879号公報)に記載されたものを用いるのが好適である。この補修材1、1’に含まれる前記カルシウム源、バクテリア及び栄養素について、同公報の明細書の記載を一部抜粋しながら以下に説明する。
【0028】
前記カルシウム源は、ひび割れ内に新たな構造を構築するため、即ち亀裂を修復するために適用される。カルシウム源は、例えばリン酸塩及び/又は炭酸塩を形成するために用いられる。特に、カルシウム源は(ケイ酸ナトリウムの存在による)アルカリ性媒体中でリン酸塩及び炭酸塩の1又は2以上を形成するために用いられる。この新たな構造はバクテリアによって構築される。したがって、特にバクテリアは、アルカリ性媒体中でリン酸塩又は炭酸塩の沈殿を形成することができる細菌からなる群から選択される。ケイ酸(ナトリウム)塩の存在により、ひび割れ内で-バクテリアによって-構築される構造は、ケイ酸塩を含んでもよい。(炭酸カルシウム及び/又はリン酸カルシウム等のカルシウム構造を構築することによって)亀裂を修復するためにバクテリアを用いるので、本明細書において本方法は「バイオ系修復」として表される。カルシウム源は特に硝酸カルシウム等のカルシウム塩を含んでよい。
【0029】
前記バクテリアは特に乾燥(粉末)状態で供給され、特に凍結乾燥された栄養細胞(vegetative cells)又は乾燥された細菌胞子(bacterial spore)であってよい。したがって、細菌材料はバクテリア、凍結乾燥されたバクテリア及びバクテリアの細菌胞子からなる群から選択される。液体中では、細菌材料は特にバクテリア及びバクテリアの細菌胞子からなる群から選択される。
【0030】
「細菌材料」という用語は、バクテリア、凍結乾燥されたバクテリア及びバクテリアの細菌胞子の2又は3以上の組み合わせ等の細菌材料の組み合わせをも意味する。「細菌材料」という用語は、或いは又はさらに、プラノコッカス(Planococcus)、バチルス(Bacillus)及びスポロサルシナ(Sporosarcina)の2又は3以上等、又は嫌気性細菌と好気性細菌の組み合わせ等の、異なった種類の細菌の組み合わせをも意味する。
【0031】
したがって、一実施形態においては、バクテリアは、アルカリ性媒体中でリン酸塩または炭酸塩の沈殿(炭酸カルシウム又はリン酸カルシウム系の鉱物、アパタイト等)を形成することができるバクテリアからなる群から選択される。一実施形態においては、バクテリアは、好気性細菌からなる群から選択される。好気性細菌を用いる利点は、好気性細菌の細菌材料を含む治癒剤が、硬化したセメント材料が好気性条件に曝される用途に用いられるためであろう。別の実施形態においては、バクテリアは、嫌気性細菌からなる群から選択される。嫌気性細菌を用いる利点は、嫌気性細菌の細菌材料を含む治癒剤が、硬化したセメント材料が地下での用途等の嫌気性条件に曝される用途に用いられるためであろう。好ましいバクテリアは、プラノコッカス、バチルス及びスポロサルシナ(等の属の通性好気性細菌)の群から選択され、特にバチルスである。特に嫌気的発酵及び/又は嫌気的硝酸塩還元によって増殖できるバクテリアが選択される。
【0032】
したがって、要約するとバクテリアは好気性細菌からなる群から選択してよく、又はバクテリアは嫌気性細菌からなる群から選択され、組み合わせも用いることができる。さらに、バクテリアはプラノコッカス、バチルス及びスポロサルシナからなる属の群から選択してよい。また、バクテリアは脱窒細菌の群から選択してもよい。組み合わせも用いることができる。
【0033】
さらに、細菌材料に加えて、治癒剤は栄養素及びカルシウム源を含んでもよい。治癒剤は、アルカリ性環境下で活性細菌によって代謝されて炭酸カルシム又はリン酸カルシウム等のバイオミネラルに変換され得る1又は2以上の有機化合物及び/又はカルシム含有化合物を含んでもよい。有機化合物及び/又はカルシウム含有化合物は、(アルカリ性環境下で)バクテリアによって代謝的に変換されて、リン酸イオン及び/又は炭酸イオン、並びにカルシウムイオンを産生し、これらは炭酸カルシウム系鉱物(カルサイト、アラゴナイト、バテライト等)及び/又はリン酸カルシウム系鉱物(例えばアパタイト)等の、実質的に水不溶性の沈殿を形成する。有機化合物及び/又はカルシウム含有化合物の例としては、ギ酸カルシウム、酢酸カルシウム、乳酸カルシウム、グルコン酸カルシウム等の有機カルシウム塩、硝酸カルシウム、炭水化物、脂肪酸、アミノ酸、乳酸塩、マレイン酸塩、ギ酸塩、糖、ピルビン酸塩及びフィチン酸塩等の有機リン酸塩含有化合物がある。
【0034】
さらなる実施形態においては、治癒剤は酵母抽出物、ペプトン、アスパラギン酸塩、グルタミン酸塩及び微量元素からなる群から選択されるもの等の細菌増殖因子を含む。好ましくは、細菌増殖因子は微量元素並びに酵母抽出物、ペプトン、アスパラギン酸塩、及びグルタミン酸塩からなる群から選択される1又は2以上を含む。微量元素は特にZn、Co、Cu、Fe、Mn、Ni、B、P及びMoを含む群から選択される1又は2以上の元素を含む。
【0035】
特に、治癒剤は有機化合物からなる群から選択され、好ましくは酵母抽出物、ペプトン、炭水化物、脂肪酸、アミノ酸、乳酸塩、グルタミン酸塩、アスパラギン酸塩、マレイン酸塩、ギ酸塩、糖及びピルビン酸塩からなる群から選択される1又は2以上の化合物を含んでよい。
【0036】
したがって、好ましい実施形態においては、治癒剤は(1)ギ酸カルシウム、酢酸カルシウム、乳酸カルシウム、グルコン酸カルシウム、硝酸カルシウム、炭水化物、脂肪酸、アミノ酸、乳酸塩、マレイン酸塩、ギ酸塩、糖、ピルビン酸塩及びフィチン酸塩からなる群から選択される1又は2以上の化合物並びに(2)好ましくは酵母抽出物、ペプトン、アスパラギン酸塩、グルタミン酸塩及び微量元素からなる群から選択される細菌増殖因子を含む。好ましくは、添加物はカルシウム化合物及び有機化合物(炭水化物、脂肪酸、アミノ酸、乳酸塩、マレイン酸塩、ギ酸塩、糖、及びピルビン酸塩等)、並びに微量元素及び酵母抽出物、ペプトン、アスパラギン酸塩、及びグルタミン酸塩の1又は2以上を含む。有機化合物の代わりに、又はこれに加えて、添加物はフィチン酸塩を含んでもよい。特に好ましい実施形態においては、添加物は(a)カルシウム化合物、(b)有機化合物及びリン化合物(フィチン酸塩等)の1又は2以上、(c)微量元素並びに(d)酵母抽出物、ペプトン、アスパラギン酸塩、及びグルタミン酸塩の1又は2以上を含む。特に、治癒剤はギ酸カルシウム、酢酸カルシウム、乳酸カルシウム、硝酸カルシウム、及びグルコン酸カルシウムを含む群から選択されるカルシウム化合物を含む。
【0037】
したがって、特定の実施形態においては、栄養素は有機化合物、リン化合物、及び硝酸塩化合物からなる群から選択される1又は2以上の化合物を含む。特に栄養素は硝酸塩化合物を含む。したがって、一実施形態においては、栄養素は硝酸塩化合物及び1又は2以上の他の化合物を含む。硝酸塩化合物は例えば硝酸カルシウムとして供給され得る(下記も参照されたい)。さらに、栄養素は硝酸塩の代わりに、又は硝酸塩に加えて、乳酸塩及びグルコン酸塩の1又は2以上を含む。特に、栄養素は酵母抽出物を含む。これはバクテリアがひび割れ内で構造物を産生するために必要である。
【0038】
さらに、上記のように、治癒剤は特にアルギン酸(ナトリウム)塩及びケイ酸(ナトリウム)塩の1又は2以上、特に少なくともケイ酸(ナトリウム)塩をも含む。その代わりに又はそれに加えて、治癒剤はアルギン酸カリウム及びケイ酸カリウムの1又は2以上を含んでもよい。特に治癒剤はケイ酸塩として実質的にケイ酸ナトリウムのみを含む。
【0039】
〔補修材の製造方法〕
次に、前記補修材の製造方法について説明する。前記バクテリアは、乾燥した状態で乳酸カルシウム等の栄養素及び酵素とともに混合され、少量ずつ生分解性プラスチックで被覆されて粒状の補修材原料に成形される。
【0040】
前記補修材1’は、前記補修材原料を水に溶解させてバクテリア及びそのための栄養素を含む水溶液を作製することにより製造される。また、前記補修材1は、この水溶液に前記高粘性化物を添加することにより製造される。
【0041】
〔高粘性化物〕
前記高粘性化物は、該高粘性化物を添加することによって、水溶液が増粘性を有するように作用する物質である。高粘性化物を添加後の水溶液の粘度は、添加前の水溶液の粘度より大きくなればよい。具体的には、添加前の水溶液の粘度に対して好ましくは100倍以上、より好ましくは1000倍以上となるのが望ましい。
【0042】
前記高粘性化物は、
図1に示される実施形態例では、バクテリア及びそのための栄養素を含む水溶液に添加される。これにより、吸水した高粘性化物の増粘性によって、バクテリアを含む補修材1自体の粘性が増す結果、ひび割れC部分に注入された補修材1がひび割れ内部に定着しやすくなるとともに、高粘性化物に保持された水分がバクテリアに供給され、バクテリアの代謝活動が長期に亘って活性化できるようになる。
【0043】
また、
図2に示される実施形態例では、水に高粘性化物を添加して高粘性物6を作製した上で、バクテリア及び栄養素を含む水溶液からなる補修材1’を、コンクリートのひび割れC部分に注入した後、このひび割れC部分を含むコンクリートの表面に、前記高粘性物6を塗布している。これによって、ひび割れC部分に注入されたバクテリアに水分が供給できるとともに、バクテリアを含む水溶液が外部に流出するのが防止できるようになる。前記高粘性物6とは、水に高粘性化物が添加されてなるものであり、水と高粘性化物のみからなるものでもよいし、それ以外の添加物を添加したものでもよい。
【0044】
前記高粘性化物としては、例えば、合成高分子化合物、天然高分子化合物など高粘性化作用を有する公知の増粘剤又はゲル化剤を用いることができる。
【0045】
特に、前記高粘性化物として高吸水性高分子を用いるのが望ましい。前記高吸水性高分子は、自重の数十倍~数千倍の水を吸収し保持できる高い水分保持性能を備えた高分子である。
【0046】
前記高吸水性高分子としては、たとえばポリアクリル酸塩架橋物、自己架橋したポリアクリル酸塩、アクリル酸エステル-酢酸ビニル共重合体架橋物のケン化物、イソブチレン・無水マレイン酸共重合体架橋物、ポリスルホン酸塩架橋物や、ポリエチレンオキシド、ポリアクリルアミドなどの水膨潤性ポリマーを部分架橋したもの等が挙げられる。これらの内、吸水量に優れるアクリル酸またはアクリル酸塩系のものが好適である。
【0047】
また、前記高吸水性高分子としては、吸水した状態で、増粘性、水徐放性及び/又は給水性に優れるものを使用するのが好ましい。高吸水性高分子の増粘性により、補修材の粘度が増し、ひび割れ部分に注入した際又はコンクリート表面に塗布した際に液だれしにくくなる。また、水分を徐々に放出する水徐放性に優れることにより、吸水した高吸水性高分子からバクテリアに常に水が供給されるため、バクテリアの代謝活動が活性化し、早期にひび割れが修復できるようになる。更に、高吸水性高分子が吸水と給水を繰り返す給水性に優れることにより、水分を放出した高吸水性高分子に降雨や散水などによって水が供給された際、再び吸水してバクテリアに水分が供給できるようになる。
【0048】
前記高吸水性高分子は、該高吸水性高分子が添加される水溶液の水100重量部に対して、0.01~10重量部、好ましくは0.1~5重量部、より好ましくは0.5~1重量部の割合で配合されている。高吸水性高分子は、自重の数十倍~数千倍の量の水を吸収できるため、添加される水溶液の水100重量部に対して上記の割合で高吸水性高分子を配合することにより、充分にバクテリアの代謝活動に必要な水分が供給できるようになる。高吸水性高分子が添加される水溶液とは、バクテリア及び栄養素を含む水溶液に高粘性化物を添加する場合には、バクテリア及び栄養素を含む水溶液のことであり、高粘性化物を添加して高粘性物6を作製する場合には、高粘性化物を添加する水のことである。
【0049】
前記高吸水性高分子は、粉粒状又は繊維状に形成されたものを用いるのが好ましい。前記粉粒状とは、粉状及び/又は粒状に形成されたものである。粉状は、粒状より粒径が小さいものをいい、粒状は、粉状より粒径が大きいものをいう。一般には、粉状の粒径は1nm以上0.1mm未満のものであり、粒状の粒径は0.1~10mmのものであるが、これに限定されるものではない。前記繊維状とは、断面の長さ(最大長さ)に対して長手方向の長さが充分に大きな形状で形成されたものである。具体的には、断面の長さに対して長手方向の長さが10倍以上のものが好ましい。
【0050】
前記高吸水性高分子を繊維状で形成した場合には、長繊維及び短繊維のいずれでも良いが、長繊維より短繊維のものの方がバクテリアに水分を効率よく供給できるようになるため、より好ましい。短繊維とは、繊維長が10mm未満のものであり、長繊維とは、繊維長が10~100mmのものである。
【0051】
〔コンクリートのひび割れ補修方法〕
次に、前記補修材1、1’を用いてコンクリートのひび割れCを補修する方法について説明する。水溶液からなる前記補修材1、1’を製造した後、この補修材1、1’をコンクリートのひび割れ部分に注入する。補修材1、1’の注入は、
図1及び
図2に示されるように、注入具7を用いた公知の注入工法により行うのが好ましい。
【0052】
前記注入工法としては、特に限定されないが、代表的な注入工法の手順は次の通りである。はじめに、ひび割れCの開口部に注入具7の排出口が対向するように、注入具7をコンクリート表面に貼り付ける。その後、注入具7によって補修材1、1’をひび割れ部分に注入する。
【0053】
図1に示されるように、補修材1がバクテリア及びそのための栄養素を含む水溶液に高粘性化物が添加されてなる場合には、前記高粘性化物によって前記補修材1自体が高粘性化しているため、上記の注入工法によってひび割れC部分に注入された状態で、補修材1がひび割れ内に定着しやすくなっており、補修材1がひび割れCから流出するのが防止できる。この補修材1は、ひび割れ幅が比較的大きなひび割れに注入するのに特に効果的である。
【0054】
一方、
図2に示されるように、補修材1’がバクテリア及びそのための栄養素を含む水溶液からなり、前記高粘性化物が添加されない場合には、補修材1’の粘度が低いため、ひび割れ幅が比較的小さなひび割れにも注入が可能であるという利点を有するものの、ひび割れたコンクリートの表面が傾斜面や側面、下面等の場合には、補修材1’がひび割れC部分から流出しやすいという欠点がある。そこで、
図2に示されるように、高粘性化物が添加されない補修材1’をひび割れC部分に注入した後、このひび割れC部分を含むコンクリートの表面に、高粘性化物が添加された高粘性物6を塗布している。前記高粘性物6の塗布によってひび割れCの開口が閉塞され、ひび割れ部分に注入した補修材1’の流出が防止できるようになる。
【0055】
ひび割れC部分に注入された補修材1,1’は、該補修材1,1’に含まれるバクテリアが水分によって活性化されるとともに、栄養素を分解して炭酸カルシウムを生成することにより、生成された炭酸カルシウムがひび割れC内に沈積してひび割れを閉塞する。
【0056】
このようなバクテリアの代謝活動に必要な水分は、
図1に示される形態では、補修材1に添加された高粘性化物(高吸水性高分子)からバクテリアに供給され、
図2に示される形態では、コンクリート表面に塗布された高粘性物6に添加された高粘性化物(高吸水性高分子)からひび割れ内のバクテリアに供給されるようになっている。このため、本発明に係るひび割れ補修方法では、水分供給が不安定な場所においても、バクテリアの代謝活動が活性化され、早期にひび割れが修復できるようになる。
【0057】
ひび割れの閉塞後は、水及び二酸化炭素が遮断されるため、バクテリアは仮死状態に戻る。再びひび割れが発生してバクテリアに水分が供給されると、仮死状態のバクテリアが活性化してひび割れを補修する。
【0058】
図1に示される補修方法と
図2に示される補修方法のいずれを用いるかは任意であり、必要に応じて使い分けることができる。例えば、ひび割れ幅が大きい場合は
図1に示される補修方法を用い、ひび割れ幅が小さい場合は
図2に示される補修方法を用いることができる。具体的なひび割れ幅としては、0.2mm以上の場合は
図1の方法を用い、0.2mm未満の場合は
図2の方法を用いる、1mm以上の場合は
図1の方法を用い、1mm未満の場合は
図2の方法を用いる、又は5mm以上の場合は
図1の方法を用い、5mm未満の場合は
図2の方法を用いる、などとすることができる。
【0059】
この他に、ひび割れが生じたコンクリート面が水平面以外の傾斜面、側面、下面の場合は
図1に示される補修方法を用い、ほぼ水平面の場合は
図2に示される補修方法を用いる、といった使い分けも可能である。
図1に示される補修方法では、補修材1が高粘性化されているため、傾斜面や側面、下面に生じたひび割れに注入しても、液だれのおそれがなく、ひび割れ部分に補修材1が定着しやすくなる。一方、ほぼ水平面では、液だれのおそれがないため、高粘性化されていない補修材1’を注入する
図2に示される方法でも、確実にバクテリアがひび割れ内に定着できる。
【0060】
〔他の形態例〕
図4に示されるように、バクテリア及びそのための栄養素を含む水溶液に高粘性化物が添加されてなる補修材1を、コンクリートのひび割れC部分に注入した後、このひび割れC部分を含むコンクリートの表面に、高粘性化物が添加された高粘性物6を塗布してもよい。これにより、高粘性化された補修材1がひび割れCから流出するのがより確実に防止できるとともに、前記高粘性物6からひび割れC内のバクテリアに水分がより確実に供給できるようになる。
【符号の説明】
【0061】
1、1’…補修材、2…バクテリア、3…栄養素、6…高粘性物、7…注入具、C…ひび割れ