(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-30
(45)【発行日】2024-06-07
(54)【発明の名称】タンドスピロン誘導体
(51)【国際特許分類】
C07D 209/76 20060101AFI20240531BHJP
A61K 31/496 20060101ALI20240531BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240531BHJP
A61P 25/18 20060101ALI20240531BHJP
【FI】
C07D209/76 CSP
A61K31/496
A61P25/00
A61P25/18
(21)【出願番号】P 2021520813
(86)(22)【出願日】2020-05-20
(86)【国際出願番号】 JP2020019911
(87)【国際公開番号】W WO2020235587
(87)【国際公開日】2020-11-26
【審査請求日】2023-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2019095359
(32)【優先日】2019-05-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(73)【特許権者】
【識別番号】507189460
【氏名又は名称】学校法人金沢医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】近藤 隆
(72)【発明者】
【氏名】阿部 仁
(72)【発明者】
【氏名】倉知 正佳
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 道雄
(72)【発明者】
【氏名】上原 隆
【審査官】▲来▼田 優来
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第98/037893(WO,A1)
【文献】特開昭63-132887(JP,A)
【文献】TRIPATHI, P. N. et al.,Biphenyl-3-oxo-1,2,4-triazine linked piperazine derivatives as potential cholinesterase inhibitors w,Bioorganic Chemistry,2018年12月15日,Vol. 85,pp. 82-96
【文献】上原 隆 ほか,独創的な創薬技術の開発 抗酸化機能を付与したタンドスピロン誘導体―新規神経保護薬の創製,化学工業,2020年05月01日,Vol. 71,pp. 298-305
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D,A61K,A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
【化1】
(式(1)中、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基及び炭素数1~6のアルコキシ基からなる群から選択される基であり、R
1、R
2及びR
3のうちの少なくとも1つがヒドロキシ基である。)
【請求項2】
式(1)中、R
1、R
2及びR
3が、それぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基及びメトキシ基からなる群から選択される基であり、R
1、R
2及びR
3のうちの少なくとも1つがヒドロキシ基である、請求項1に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
【請求項3】
式(1)中、R
1がメトキシ基であり、R
2がヒドロキシ基であり、R
3が水素原子である、請求項1又は2に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
【請求項4】
式(1)中、R
1がヒドロキシ基であり、R
2がメトキシ基であり、R
3が水素原子である、請求項1又は2に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
【請求項5】
式(1)中、R
1及びR
2がそれぞれヒドロキシ基であり、R
3が水素原子である、請求項1又は2に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩を有効成分として含有する医薬組成物。
【請求項7】
神経保護薬である、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
中枢神経系疾患治療薬である、請求項6又は7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
統合失調症治療薬である、請求項6~8のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンドスピロン誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
中枢神経系疾患は、精神・神経疾患として知られている。統合失調症、双極性障害、うつ病、自閉スペクトラム症、不安障害、適応障害、アルツハイマー病、認知症、てんかん、パーキンソン病が代表的な中枢神経系疾患である。
【0003】
統合失調症は、思考、行動、感情等の精神機能をまとめていく(統合する)能力が長期にわたって低下する精神機能障害であり、その経過中に幻覚、妄想、異常行動、意欲の低下、認知機能障害等の様々な症状が現れる。統合失調症の有病率は約1%であり、発症率の高い疾患である。主として青年期に発症し、慢性に経過する。
【0004】
統合失調症の症状は大きく、陽性症状と、陰性症状と、認知機能障害とに分けられる。陽性症状としては、幻覚、妄想、誰かに支配されていると感じる自我意識の障害、まとまりのない会話や行動をする思考の障害、極度に興奮したり、奇妙な行動をしたりする異常行動等の症状がある。陰性症状としては、喜怒哀楽の表現が乏しくなる感情の平板化、意欲の減退、思考力の低下、人との関わりが減り、自閉的になる対人コミュニケーションの支障等の症状がある。認知機能障害としては、記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断等の知的能力に障害が現れる。
【0005】
統合失調症の陰性症状及び認知機能障害の成因は、患者の前頭皮質の体積減少と関連し、前頭皮質の体積減少の主な要因の1つが、パルブアルブミン陽性GABAニューロンの減少であると考えられている。パルブアルブミン陽性GABAニューロンとは、大脳新皮質に存在し、GABA(γ-アミノ酪酸)を放出する抑制性神経細胞(大脳新皮質介在ニューロン)の中で、パルブアルブミンを発現する細胞である。非特許文献1には、統合失調症動物モデルにおけるパルブアルブミン陽性GABAニューロンの減少が、酸化ストレスを介していることが示唆されている。
【0006】
また、統合失調症の主要仮説である、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体機能低下仮説、及び、酸化ストレス/GABA作動性起源仮説によれば、GABA作動性ニューロン上のNMDA受容体の機能低下が酸化ストレスを引き起こすことにより、パルブアルブミン陽性GABAニューロンの減少が生じ、その結果、パルブアルブミン陽性GABAニューロンの神経支配を受ける多数の錐体ニューロン上の同期性発火が障害され、認知機能障害及び多数の精神症状が生じる(非特許文献2及び3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Behrens及びSejnowski、Neuropharmacology、2009年、第57巻、第3号、p.193-200
【文献】Kim Doら、Current Opinion in Neurobiology、2009年、第19巻、p.220-230
【文献】Nakazawaら、Neuropharmacology、2012年、第62巻、p.1574-1583
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
統合失調症を初めとする中枢神経系疾患の治療の柱は、投薬による治療と、精神科リハビリテーションである。中枢神経系疾患の中には、上述の統合失調症のように、神経細胞が減少したり、神経細胞が障害を受けたりすることが成因となる疾患もあり、そのような疾患に対しては、神経保護薬が有効である。
【0009】
一方で、統合失調症を初めとする中枢神経系疾患は、疾患の原因や根本的な治療が未だ解決されていない疾患が多いため、新しい薬剤を創出することは困難である。
【0010】
このような状況下、本発明は、中枢神経系疾患に対する薬剤の有効成分の候補化合物又はその前駆体となり得る新規化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1]
下記式(1)で示される化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
【化1】
(式(1)中、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基及び炭素数1~6のアルコキシ基からなる群から選択される基であり、R
1、R
2及びR
3のうちの少なくとも1つがヒドロキシ基である。)
[2]
式(1)中、R
1、R
2及びR
3が、それぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基及びメトキシ基からなる群から選択される基であり、R
1、R
2及びR
3のうちの少なくとも1つがヒドロキシ基である、[1]に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
[3]
式(1)中、R
1がメトキシ基であり、R
2がヒドロキシ基であり、R
3が水素原子である、[1]又は[2]に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
[4]
式(1)中、R
1がヒドロキシ基であり、R
2がメトキシ基であり、R
3が水素原子である、[1]又は[2]に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
[5]
式(1)中、R
1及びR
2がそれぞれヒドロキシ基であり、R
3が水素原子である、[1]又は[2]に記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
[6]
[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩を有効成分として含有する医薬組成物。
[7]
神経保護薬である、[6]に記載の医薬組成物。
[8]
中枢神経系疾患治療薬である、[6]又は[7]に記載の医薬組成物。
[9]
統合失調症治療薬である、[6]~[8]のいずれかに記載の医薬組成物。
[10]
[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩を患者に投与する、神経の保護方法。
[11]
[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩を患者に投与する、中枢神経系疾患の治療方法。
[12]
[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩を患者に投与する、統合失調症の治療方法。
[13]
神経の保護に使用される、[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
[14]
中枢神経系疾患の治療に使用される、[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
[15]
統合失調症の治療に使用される、[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩。
[16]
神経保護薬を製造するための、[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩の使用。
[17]
中枢神経系疾患治療薬を製造するための、[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩の使用。
[18]
統合失調症治療薬を製造するための、[1]~[5]のいずれかに記載の化合物又はその薬剤学的に許容できる塩の使用。
【発明の効果】
【0012】
本発明の化合物は、中枢神経系疾患に対する薬剤の有効成分の候補化合物又はその前駆体となり得る新規化合物である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】化合物Aの
1H-NMRのスペクトルを示す。
【
図2】化合物Aの
13C-NMRのスペクトルを示す。
【
図3】化合物Bの
1H-NMRのスペクトルを示す。
【
図4】化合物Bの
13C-NMRのスペクトルを示す。
【
図5】化合物Cの
1H-NMRのスペクトルを示す。
【
図6】化合物Cの
13C-NMRのスペクトルを示す。
【
図7】化合物Dの
1H-NMRのスペクトルを示す。
【
図8】化合物Dの
13C-NMRのスペクトルを示す。
【
図9】化合物I、A、B、C、クロザピン及びオランザピンの、APF法による抗酸化活性測定結果を示すグラフである。
【
図10】化合物I、A、B、C、クロザピン及びオランザピンの、HPF法による抗酸化活性測定結果を示すグラフである。
【
図11】化合物I、A、B、C、クロザピン及びオランザピンの、DCFH法による抗酸化活性測定結果を示すグラフである。
【
図12】化合物Aについてのメタンフェタミン誘発移所運動量測定の結果を示すグラフである。
【
図13】化合物Bについてのメタンフェタミン誘発移所運動量測定の結果を示すグラフである。
【
図14】クロザピンについてのメタンフェタミン誘発移所運動量測定の結果を示すグラフである。
【
図15】化合物Aについての内側前頭前皮質におけるグルタチオン濃度測定の結果を示すグラフである。
【
図16】化合物Bについての内側前頭前皮質におけるグルタチオン濃度測定の結果を示すグラフである。
【
図17】化合物Cについての内側前頭前皮質におけるグルタチオン濃度測定の結果を示すグラフである。
【
図18】クロザピンについての内側前頭前皮質におけるグルタチオン濃度測定の結果を示すグラフである。
【
図19】オランザピンについての内側前頭前皮質におけるグルタチオン濃度測定の結果を示すグラフである。
【
図20】化合物Aについての内側前頭前皮質における酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン比を示すグラフである。
【
図21】化合物Cについての内側前頭前皮質における酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン比を示すグラフである。
【
図22】化合物Aについての内側前頭前皮質におけるパルブアルブミン陽性GABA神経数の測定結果を示すグラフである。
【
図23】化合物Bについての内側前頭前皮質におけるパルブアルブミン陽性GABA神経数の測定結果を示すグラフである。
【
図24】化合物Cについての内側前頭前皮質におけるパルブアルブミン陽性GABA神経数の測定結果を示すグラフである。
【
図25】クロザピンについての内側前頭前皮質におけるパルブアルブミン陽性GABA神経数の測定結果を示すグラフである。
【
図26】オランザピンについての内側前頭前皮質におけるパルブアルブミン陽性GABA神経数の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
〔式(1)の化合物〕
本発明は、下記式(1)で示される化合物又はその薬剤学的に許容できる塩を提供する。
【化2】
(式(1)中、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基及び炭素数1~6のアルコキシ基からなる群から選択される基であり、R
1、R
2及びR
3のうちの少なくとも1つがヒドロキシ基である。)
【0015】
式(1)中、R1、R2及びR3が、それぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基及びメトキシ基からなる群から選択される基であり、R1、R2及びR3のうちの少なくとも1つがヒドロキシ基であることが好ましい。R1、R2及びR3のうち、少なくとも1つがヒドロキシ基であり、残りの基が水素原子、ヒドロキシ基、又はメトキシ基である化合物及びその薬剤学的に許容できる塩は、抗酸化活性が高く、後述する製法により、簡便に製造することができる。
【0016】
式(1)中、R1がメトキシ基であり、R2がヒドロキシ基であり、R3が水素原子であることがより好ましい。そのような化合物は、(3aR*,4S*,7R*,7aS*)-2-(4-(4-(4-ヒドロキシ-3-メトキシベンゾイル)ピペラジン-1-イル)ブチル)ヘキサヒドロ-1H-4,7-メタノイソインドール-1,3(2H)-ジオンである。該化合物及びその薬剤学的に許容できる塩は、抗酸化活性が高い。該化合物は、下記式(2)で表される化合物である。
【0017】
【0018】
式(1)中、R1がヒドロキシ基であり、R2がメトキシ基であり、R3が水素原子であることもより好ましい。そのような化合物は、(3aR*,4S*,7R*,7aS*)-2-(4-(4-(3-ヒドロキシ-4-メトキシベンゾイル)ピペラジン-1-イル)ブチル)ヘキサヒドロ-1H-4,7-メタノイソインドール-1,3(2H)-ジオンである。該化合物及びその薬剤学的に許容できる塩も、抗酸化活性が高い。該化合物は、下記式(3)で表される化合物である。
【0019】
【0020】
式(1)中、R1及びR2がそれぞれヒドロキシ基であり、R3が水素原子であることもより好ましい。そのような化合物は、(3aR*,4S*,7R*,7aS*)-2-(4-(4-(3,4-ジヒドロキシベンゾイル)ピペラジン-1-イル)ブチル)ヘキサヒドロ-1H-4,7-メタノイソインドール-1,3(2H)-ジオンである。該化合物及びその薬剤学的に許容できる塩も、抗酸化活性が高い。該化合物は、下記式(4)で表される化合物である。
【0021】
【0022】
本明細書における「薬剤学的に許容できる塩」とは、式(1)で表される化合物と塩を形成し、かつ薬剤学的に許容できるものであれば特に限定されず、例えば、無機酸塩、有機酸塩、無機塩基塩、有機塩基塩、酸性または塩基性アミノ酸塩等が挙げられる。
【0023】
無機酸塩の例としては、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等が挙げられ、有機酸塩の例としては、酢酸塩、コハク酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、乳酸塩、ステアリン酸塩、安息香酸塩、マンデル酸塩等のカルボン酸塩、メタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩等のスルホン酸塩が挙げられる。
【0024】
無機塩基塩の例としては、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アルミニウム塩、アンモニウム塩等が挙げられ、有機塩基塩の例としては、ジエチルアミン塩、ジエタノールアミン塩、メグルミン塩、N,N’-ジベンジルエチレンジアミン塩等が挙げられる。
【0025】
酸性アミノ酸塩の例としては、アスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等が挙げられ、塩基性アミノ酸塩の例としては、アルギニン塩、リジン塩、オルニチン塩等が挙げられる。
【0026】
以下、本明細書中、「本発明にかかる化合物」との用語は、式(1)で表される化合物又はその薬剤学的に許容できる塩を意味する。
【0027】
なお、下記式(5)の化合物は、タンドスピロンである。タンドスピロンは、5-HT1A受容体部分作動薬であり、心身症や神経症の不安・抑うつ症状を改善する薬剤として使用されている。また、タンドスピロンには、統合失調症モデル動物(ラット)において、その認知障害を予防したり(Horiguchiら、Neuropasychopharmacology、2012年、第37巻、第10号、p.2175-2183)、統合失調症患者の記憶機能を改善したり(Sumiyoshiら、American Journal of Psychiatry、2001年、第158巻、p.1722-1725)する等、神経保護作用があることが報告されている。
【0028】
【0029】
また、下記式(6)の化合物は、アポシニンである。アポシニンは、民間薬として肝・心疾患、黄疸、喘息に用いられていた西ヒマラヤ産コオウレン属の植物、Picrorhizakurroaから単離された。アポシニンはNADPHオキシダーゼ活性を阻害し、活性酸素の生産を阻害する。このため、抗酸化活性を有し、広範囲な抗炎症作用を示す。
【0030】
【0031】
したがって、タンドスピロン及びアポシニンそれぞれの構造の一部を有する本発明にかかる化合物は、抗酸化作用を有すると同時に、神経保護作用を有すると考えられる。さらに、タンドスピロン及びアポシニンは、以前から医薬として使用されてきた、あるいは民間薬に含まれてきた化合物であるため、本発明にかかる化合物の人体に対する安全性も高いと考えられる。
【0032】
〔化合物の用途〕
本発明にかかる化合物は、高い抗酸化活性を有するために、種々の疾患を予防、治療するための医薬組成物の有効成分として使用できる可能性がある。体内で過剰に産生されるようになった活性酸素は、タンパク質酸化、脂質酸化、核酸分解等の原因となり、細胞にダメージを与え、機能不全を引き起こし、病態の進行に影響する。本発明にかかる化合物を有効成分として含有する医薬組成物の対象となる疾患としては、体内での活性酸素の過剰生産によって誘発又は助長される疾患である。本発明にかかる化合物が有する抗酸化作用により、そのような酸化ストレスが原因による疾患の症状を改善できる可能性がある。そのような疾患としては、例えば、中枢神経系疾患、循環器疾患、消化器系疾患、腎疾患、呼吸器系疾患、代謝・内分泌疾患、アレルギー疾患、眼疾患、老化・老人性疾患等が挙げられる。また、上述のとおり、本発明にかかる化合物は、神経保護作用を有すると考えられ、神経保護薬の有効成分として使用できる可能性がある。本明細書において、「神経保護薬」とは、神経細胞の機能の障害により引き起こされる疾患の程度を軽減する薬剤のことをいう。
【0033】
したがって、本発明にかかる化合物は、抗酸化活性と神経保護作用により、中枢神経系疾患に対して特に有効に効果を発揮し、中枢神経系疾患治療薬の有効成分として使用できる可能性がある。本発明にかかる化合物を含有する中枢神経系疾患治療薬が対象とする疾患は、統合失調症をはじめ、病態に酸化ストレスが関与していることが報告されている神経精神疾患、例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、双極性障害、うつ病、不安障害、自閉スペクトラム症、てんかん等を挙げることができる。また、本発明の親物質であるタンドスピロンには、心身症の保険適応が承認されている。心身症とは、南山堂医学大辞典(2015)によれば、「身体疾患の中で、その発症や経過にも心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害の認められる病態をいう。ただし、神経症やうつ病など他の精神障害に伴う身体症状は除外する。」と定義され、消化性潰瘍、気管支喘息、片頭痛、過敏性腸症候群などがあげられている。したがって、本発明にかかる化合物は、親物質と同様にこれらの心身症にも効果がある可能性がある。
【0034】
例えば、統合失調症に関して言えば、上述のように、統合失調症の陰性症状及び認知機能障害の成因は、患者の前頭皮質の体積減少と関連し、前頭皮質の体積減少の主な要因の1つが、パルブアルブミン陽性GABAニューロンの減少であると考えられており、非特許文献1には、統合失調症動物モデルにおけるパルブアルブミン陽性GABAニューロンの減少が、酸化ストレスを介していることが示唆されている。また、統合失調症の主要仮説は、GABA作動性ニューロン上のNMDA受容体の機能低下が酸化ストレスを引き起こすことにより、パルブアルブミン陽性GABAニューロンの減少が生じ、その結果、パルブアルブミン陽性GABAニューロンの神経支配を受ける多数の錐体ニューロン上の同期性発火が障害され、認知機能障害及び多数の精神症状が生じるというものである。
【0035】
したがって、本発明にかかる化合物の抗酸化作用により、前頭皮質での酸化ストレスが軽減され、統合失調症の陰性症状及び認知機能障害を改善できる可能性がある。すなわち、本発明にかかる化合物は、統合失調症治療薬の有効成分として好適に使用できる可能性がある。
【0036】
また、統合失調症治療薬として用いられているクロザピンは、無顆粒球症という重篤な副作用を有しているが、クロザピンに誘発される無顆粒球症は、顆粒球への酸化ストレスとアポトーシスが原因であること(Fehselら、Journal of Clinical Psychopahrmacology、2005年、第25巻、p.419-426)や、抗酸化作用を有するグルタチオンの前駆物質N-アセチルシステインがクロザピンに誘発される無顆粒球症を抑制すること(Williamsら、Molecular Pharmacology、2000年、第58巻、p.207-216)が報告されている。一方、本発明にかかる化合物はクロザピンとは逆に抗酸化作用を有するため、クロザピンに代わって、無顆粒球症の副作用を有さない統合失調症治療薬として使用できる可能性がある。
【0037】
本発明にかかる化合物を有効成分として含有する医薬組成物が対象とする患者は、ヒト又はヒト以外の哺乳類であることが好ましい。また、医薬組成物の形態として、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等による経口投与、又は、注射剤、座剤、吸入剤、経皮吸収剤、外用剤等による非経口投与が挙げられる。またこのような種々の剤形の各製剤を調製するには、本発明にかかる化合物を単独で、又は他の薬学的に許容される賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、矯味剤、矯臭剤、香料、被覆剤、担体、希釈剤、着色剤等を適宜組み合わせて用いることができる。
【0038】
また、本発明にかかる化合物は、化合物自身が医薬組成物の有効成分として機能してもよいが、医薬組成物の有効成分の前駆体であってもよい。すなわち、本発明にかかる化合物を前駆体として、本発明にかかる化合物を化学的に変化させた最終化合物が医薬組成物の有効成分として機能してもよい。そのような化学変化は、生体外で行われてもよいし、生体内で行われてもよい。
【0039】
〔式(1)の化合物の製造方法〕
式(1)の化合物は、例えば、下記式(7)の化合物と下記式(8)の化合物とを脱水縮合することにより製造することができる。
【0040】
【0041】
【0042】
式(8)中、R1、R2及びR3は式(1)中のR1、R2及びR3と同一である。ただし、後述するように、R1、R2及び/又はR3が必要に応じて保護基で保護されていてもよい。
【0043】
なお、式(7)の化合物は、N-(4-ピペラジニルブチル)ビシクロ[2.2.1]ヘプタン-2,3-ジカルボキシイミドであり、例えば、特開昭62-123179号公報(又は、欧州特許出願公開第0196096(A2)号明細書)に記載の方法により、調製することができる。
【0044】
式(7)及び式(8)の化合物を、溶媒に溶解し、脱水縮合剤を加えることにより、式(1)の化合物を生成することができる。式(1)のR1、R2及び/又はR3が活性の高い基である場合、これらの基は必要に応じて保護基で保護されていてもよい。そのような保護基は、公知の保護基を用いることができ、例えば、R1、R2及び/又はR3がヒドロキシ基である場合、保護基としてベンジル基等を使用することができる。この場合、反応後に、必要に応じて、保護基を除去することにより目的化合物を得ることができる。これらの保護基の導入及び除去は、公知の方法、例えば、Peter G. M. Wuts、「Greene’s Protective Groups in Organic Synthesis,5th Edition」、2014年、Wiley社に記載の方法等に準じて行えばよい。
【0045】
脱水縮合剤としては、例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)、N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)、1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBT)、ジフェニルリン酸アジド(DPPA)、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリドn水和物(DMT-MM)、2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(MNBA)等、公知の脱水縮合剤を使用することができ、これらは一種又は二種以上を組み合わせて使用することができる。好ましくは、脱水縮合剤としては、EDCである。
【0046】
脱水縮合に使用する溶媒としては、ジクロロメタン、tert-ブタノール、テトラヒドロフラン、クロロホルム、ジエチルエーテル、ベンゼン、シクロヘキサン、n-ヘキサン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、tert-ブチルメチルエーテル、ジメチルアセトアミドを挙げることができ、これらは一種又は二種以上を組み合わせて使用することができる。好ましくは、溶媒としては、ジクロロメタンとtert-ブタノールの混合溶媒又はテトラヒドロフランである。
【0047】
生成された式(1)の化合物は、適宜精製、洗浄、乾燥することができる。また、式(1)の化合物を使用する際には、適宜溶媒に溶かして使用することができる。上述した脱水縮合に使用する溶媒を、式(1)の化合物を使用する際にも好適に使用することができる。
【実施例】
【0048】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。本発明は、下記の実施例に限定されるものではない。
【0049】
〔化合物の合成〕
(化合物Aの合成)
下記の方法により、(3aR*,4S*,7R*,7aS*)-2-(4-(4-(4-ヒドロキシ-3-メトキシベンゾイル)ピペラジン-1-イル)ブチル)ヘキサヒドロ-1H-4,7-メタノイソインドール-1,3(2H)-ジオン(以下、「化合物A」と称する)を合成した。なお、化合物Aは、上述の式(2)の構造を有する化合物であり、式(1)中、R1がメトキシ基であり、R2がヒドロキシ基であり、R3が水素原子である化合物である。
【0050】
N-(4-ピペラジニルブチル)ビシクロ[2.2.1]ヘプタン-2,3-ジカルボキシイミド(式(7)の化合物、以下、「化合物I」と称する)504mg、4-ヒドロキシ-3-メトキシ安息香酸358mg、EDC701mgを、ジクロロメタン12.5mLとtert-ブタノール0.35mLの混合液に溶解させた。室温で1時間攪拌後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄し、さらに飽和食塩水で洗浄した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、白色アモルファス状の化合物A(455mg)を得た。
【0051】
(化合物Bの合成)
下記の方法により、(3aR*,4S*,7R*,7aS*)-2-(4-(4-(3-ヒドロキシ-4-メトキシベンゾイル)ピペラジン-1-イル)ブチル)ヘキサヒドロ-1H-4,7-メタノイソインドール-1,3(2H)-ジオン(以下、「化合物B」と称する)を合成した。なお、化合物Bは、上述の式(3)の構造を有する化合物であり、式(1)中、R1がヒドロキシ基であり、R2がメトキシ基であり、R3が水素原子である化合物である。
【0052】
化合物Iを508mg、3-ヒドロキシ-4-メトキシ安息香酸358mg、EDC697mgを、ジクロロメタン12.5mLとtert-ブタノール0.35mLの混合液に溶解させた。室温で1時間攪拌後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄し、さらに飽和食塩水で洗浄した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、白色アモルファス状の化合物B(555mg)を得た。
【0053】
(化合物Cの合成)
下記の方法により、(3aR*,4S*,7R*,7aS*)-2-(4-(4-(3,4-ジヒドロキシベンゾイル)ピペラジン-1-イル)ブチル)ヘキサヒドロ-1H-4,7-メタノイソインドール-1,3(2H)-ジオン(以下、「化合物C」と称する)を合成した。なお、化合物Cは、上述の式(4)の構造を有する化合物であり、式(1)中、R1及びR2が共にヒドロキシ基であり、R3が水素原子である化合物である。
【0054】
化合物Iを1.00g、3,4-ジベンジルオキシ安息香酸1.43g、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)1.40gを、ジクロロメタン(25mL)とtert-ブタノール(0.7mL)の混合液に溶解させた。室温で35分間攪拌後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗浄し、さらに飽和食塩水で洗浄した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、白色アモルファス状の化合物Dを1.55g得た。化合物Dは、式(1)においてR1及びR2が、ベンジルオキシ基(-OBn)であり、R3が水素原子である化合物である。水素雰囲気下で、化合物D 1.26gと10%パラジウム-炭素620mgとをテトラヒドロフラン(THF)65mLに懸濁させ、二日間激しく攪拌した。ろ紙を用いて固体をろ別し、濃縮して得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製し、淡赤色アモルファス状の化合物C(687mg)を得た。
【0055】
得られた化合物A、B、C及びDの構造確認を、
1H-NMR及び
13C-NMRにより行った。
図1~
図8に、化合物A~Dの
1H-NMR及び
13C-NMRのスペクトルを示す。
図1:化合物Aの
1H-NMR、
図2:化合物Aの
13C-NMR、
図3:化合物Bの
1H-NMR、
図4:化合物Bの
13C-NMR、
図5:化合物Cの
1H-NMR、
図6:化合物Cの
13C-NMR、
図7:化合物Dの
1H-NMR、
図8:化合物Dの
13C-NMRのスペクトルである。
【0056】
〔化合物の抗酸化活性測定(インビトロ)〕
以下の方法により、化合物I、A、B、C、クロザピン、オランザピンのインビトロでの抗酸化活性を測定した。なお、クロザピン及びオランザピンは従来の統合失調症治療薬である。
【0057】
(材料及び方法)
ヒトリンパ腫細胞U937を使用した。細胞浮遊液に、薬剤として化合物I、A、B、C、クロザピン及びオランザピンのうち一種を濃度が100μMとなるように添加し、それぞれ異なる薬剤が添加された細胞浮遊液を調製した。コントロールとして、薬剤を添加しない細胞浮遊液を用いた。それぞれの細胞浮遊液を37℃で30分間培養後、蛍光試薬を添加した。蛍光試薬として、アミノフェニルフルオレセイン(APF法)、ヒドロキシフェニルフルオレセイン(HPF法)、2’,7’-ジクロロジヒドロフルオレセイン(DCFH法)の3種類のうち1種類を、蛍光試薬濃度が2.5μMとなるように添加した。DCFH法では、クロザピンについては、濃度100μMの他にも、クロザピンの濃度を25μM、50μMと変えて抗酸化活性を測定した。なお、APF法では、活性酸素種としてヒドロキシラジカル(・OH)及び次亜塩素酸イオン(OCl-)の消去活性を測定でき、HPF法では、活性酸素種としてヒドロキシラジカル(・OH)の消去活性を測定でき、DCFH法では、活性酸素種として過酸化水素(H2O2)の消去活性を測定できる。それぞれの蛍光試薬を添加してから、さらに15分間培養後、X線(線量10Gy)を照射した。照射後速やかに、フローサイトメトリー法にて、各細胞の蛍光強度を測定した。
【0058】
(結果)
図9~
図11に、それぞれAPF法、HPF法、DCFH法による、抗酸化活性測定結果を示す。各図において、縦軸は、コントロールの細胞浮遊液に、X線を照射しなかった場合の蛍光強度を1としたときの、各細胞浮遊液の蛍光強度を表し、図中、「*」は、有意水準を5%としたt検定で有意差があることを示す。
図9及び
図10において、左からコントロール、化合物I、A、B、C、クロザピン、オランザピンのグラフである。
図11の左図は、左からコントロール、化合物I、A、B、C、クロザピンのグラフであり、
図11の右図は、左からコントロール、25μMクロザピン、50μMクロザピン、100μMクロザピン、100μMオランザピンのグラフである。
【0059】
図9(APF法)より、化合物A、B、C、クロザピン及びオランザピンには、細胞内ヒドロキシラジカル(・OH)又は次亜塩素酸イオン(OCl
-)の消去活性があることが示された。化合物A~Cの前駆物質である化合物Iには、消去活性は認められなかった。
【0060】
図10(HPF法)より、化合物A、B、C及びオランザピンには、細胞内ヒドロキシラジカル(・OH)の消去活性があることが示された。化合物I及びクロザピンには、消去活性は認められなかった。
【0061】
図11(DCFH法)より、化合物C及びオランザピンには、細胞内過酸化水素(H
2O
2)の消去活性があることが示された。逆に、クロザピンには、細胞内過酸化水素の増強効果があることが示された。
【0062】
〔動物モデルを用いた化合物の効果測定(インビボ)〕
以下の方法により、化合物A、B、C、クロザピン及びオランザピンを、統合失調症のモデル動物に投与し、体重測定、移所運動量測定、内側前頭前皮質におけるグルタチオンの測定を行った。
【0063】
(材料と方法)
1.統合失調症モデル動物の作成
Ueharaら、Psychopharmacology、2009年、第206巻、p.623-630(以下、「参考文献1」)、Ueharaら、Brain Research、2010年9月17日発行、第1352巻、p.223-230(以下、「参考文献2」)、及び、Ueharaら、Journal of Psychiatric Research、2012年5月発行、第46巻、第5号、p.622-629(以下、「参考文献3」)に記載の方法に従って、以下のように統合失調症モデル動物を作成した。実験にはWistarラットを用いた。妊娠14日齢の雌ラット(日本セスレルシー株式会社、浜松、日本)を購入した。雌ラットの出産によって得られた雄性仔ラットを無作為に2群に分け、それぞれ以下の処置を生後7~10日の4日間行った。新生仔期MK-801群:N-メチル-D-アスパラギン酸型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)拮抗薬であるMK-801(シグマ・アルドリッチ、ミズーリ州セントルイス、米国)0.2mg/kg体重を1日1回皮下投与した。新生仔期生理食塩水群:生理食塩水0.2mg/kg体重を1日1回皮下投与した。生後21日に離乳し、その後4~6匹ごとに飼育した。なお、上記参考文献1によれば、幼若期にMK-801を投与されたラットは成熟期早期に統合失調症様症状を呈する。
【0064】
2.化合物A、B、C、クロザピン及びオランザピンの投与
上記1.で得られた新生仔期MK-801群と新生仔期生理食塩水群を、それぞれ6群に分け薬物投与を行った。薬物として上述のとおり調製した化合物A、B、C並びにクロザピン(シグマ・アルドリッチ、ミズーリ州セントルイス、米国)及びオランザピン(富士フイルム和光純薬株式会社、大阪、日本)を用い、コントロールとして同量の生理食塩水を用いた。上記薬物のうち一種又は生理食塩水を、生後43~56日の14日間、1日1回皮下投与した。投与量は化合物A、B、Cが2.5mg/kg/日、クロザピンが5mg/kg/日、オランザピンが0.2mg/kg/日とした。
【0065】
3.体重測定及びメタンフェタミン誘発移所運動量の測定
参考文献2に記載の方法に従って、以下のように、メタンフェタミン誘発移所運動量の測定を行った。移所運動量の測定には移所運動測定装置(AMB-2020、小原医科産業株式会社、東京、日本)を用いた。移所運動量の測定は、上記2.で化合物A~C、クロザピン又はオランザピンを投与したラットに対し、生後57日(化合物A、B、C、クロザピン又はオランザピンの最終投与から24時間後)に行った。移所運動量の測定の前に、各ラットの体重を測定した。ラットを装置に移動した30分後、メタンフェタミン1.0mg/kg(大日本住友製薬株式会社、東京、日本)を皮下投与し、メタンフェタミン誘発移所運動量を90分間測定した。なお、メタンフェタミン誘発移所運動量の増加は、統合失調症の陽性症状のモデルとすることができる。
【0066】
4.内側前頭前皮質におけるグルタチオンの測定
上記3.のメタンフェタミン誘発移所運動量測定後、直ちに脳を取り出し、左前頭前皮質を注意深く切り出し、グルタチオンの測定に供した。グルタチオンの測定は、グルタチオン測定キット(日本老化制御研究所、静岡、日本)を用いて、全グルタチオン、還元型グルタチオン(Glutathione-SH;GSH)と酸化型グルタチオン(Glutathione-S-S-Glutathione;GSSG)を測定した。それぞれの測定量は組織重量当たりの濃度とした。
【0067】
5.内側前頭前皮質におけるパルブアルブミン陽性GABA神経数の測定
上記3.のメタンフェタミン誘発移所運動量測定後、直ちに脳を取り出し、右前頭前皮質を注意深く切り出し、パルブアルブミン陽性GABA神経数の測定に供した。切り出した組織から厚さ30μmの組織標本を作成した。パルブアルブミンに対する抗体を用いて免疫染色し、パルブアルブミン陽性GABA神経数を計測した。
【0068】
6.統計
体重については、2元配置分散分析(post-hoc Bonferroni test)を行った。メタンフェタミン誘発移所運動量と内側前頭前皮質におけるグルタチオン及びパルブアルブミン陽性GABA神経数を、2元配置分散分析で解析した。主効果を、新生仔期処置(生理食塩水、MK-801)と薬物投与(生理食塩水、化合物A、B、C、クロザピン、オランザピン)とした。適切な場合には1元配置分散分析の後、Bonferroni testで各群を比較した。
【0069】
(結果)
1.各薬剤の体重に対する影響
生後57日に測定した各群のラットの体重を表1に示す。新生仔期(生後7~10日)のMK-801投与は体重に影響は与えなかった(p=0.055)。一方思春期前後(生後43~56日)の薬物投与では、化合物A、B、Cとオランザピン投与は体重に影響を与えなかったが、クロザピン投与は、体重を減少させた(p<0.01)。
【0070】
【0071】
2.メタンフェタミン誘発移所運動量
図12~
図14は、それぞれ化合物A、化合物B、クロザピンについてのメタンフェタミン誘発移所運動量測定の結果を示すグラフである。各図において、縦軸は、90分あたりの移所運動量を示し、図中、「*」は、有意水準を5%としたBonferroni testで有意差があることを示す。また、各図において、左から、新生仔期生理食塩水群のうち生後57日に生理食塩水を投与した群、新生仔期生理食塩水群のうち生後57日に薬物(化合物A、B又はクロザピン)を投与した群、新生仔期MK-801群のうち生後57日に生理食塩水を投与した群、新生仔期MK-801群のうち生後57日に薬物(化合物A、B又はクロザピン)を投与した群のグラフを示す。
【0072】
化合物A投与及び化合物B投与において、交互作用(それぞれp<0.01、p=0.025)を認めたが、主効果を認めなかった(それぞれ
図12、
図13)。オランザピン投与では、交互作用を認めたが(p=0.036)、主効果を認めなかった。クロザピン投与では、交互作用を認めず、新生仔期MK-801投与と薬物投与においてそれぞれ主効果(それぞれp=0.037、p<0.01)を認めた(
図14)。これらの統計結果は以下のことを示す。すなわち、化合物A、B、及びオランザピンは、新生仔期MK-801投与により増加するメタンフェタミン誘発運動量を抑制する。クロザピンは、それ自体にメタンフェタミン誘発運動量を増強する効果がある。
【0073】
3.内側前頭前皮質における全グルタチオン
図15~
図19は、それぞれ化合物A、B、C、クロザピン、オランザピンについての、内側前頭前皮質におけるグルタチオン濃度測定の結果を示すグラフである。各図において、縦軸は、組織重量当たりの全グルタチオン濃度を示し、図中、「*」は、有意水準を5%としたBonferroni testで有意差があることを示す。また、各図において、左から、新生仔期生理食塩水群のうち生後57日に生理食塩水を投与した群、新生仔期生理食塩水群のうち生後57日に薬物(化合物A、B、C、クロザピン又はオランザピン)を投与した群、新生仔期MK-801群のうち生後57日に生理食塩水を投与した群、新生仔期MK-801群のうち生後57日に薬物(化合物A、B、C、クロザピン又はオランザピン)を投与した群のグラフを示す。
【0074】
全グルタチオン(GSH+GSSH)濃度は、化合物A投与、化合物B投与、化合物C投与において、それぞれ交互作用を認めた(p=0.011、p=0.037、p<0.01)が、化合物A投与、化合物B投与、化合物C投与の主効果を認めなかった(
図15、
図16、
図17)。さらに、化合物A投与と化合物C投与では、Bonferroni testでも有意に、新生仔期MK-801投与によって低下する全グルタチオン濃度が、化合物A投与及び化合物C投与により改善した。一方、オランザピン投与では、交互作用は認められず、新生仔期MK-801投与の主効果のみを認めた(p<0.01)(
図18)。クロザピン投与では、交互作用を認めなかったが、新生仔期MK-801投与と、クロザピン投与においてそれぞれ主効果(p<0.01、p<0.01)を認めた(
図19)。これらの統計結果は以下のことを示す。すなわち化合物A、B及びCは、新生仔期MK-801投与によって生じるグルタチオンの低下を改善する。オランザピンは、新生仔期MK-801投与によって生じるグルタチオンの低下に影響を与えない。クロザピンは、それ自体にグルタチオンを低下させる効果がある。
【0075】
4.内側前頭前皮質における酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン比
図20及び
図21は、それぞれ化合物A、化合物Cについての内側前頭前皮質における酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン比を示すグラフである。左から、新生仔期生理食塩水群のうち生後57日に生理食塩水を投与した群、新生仔期生理食塩水群のうち生後57日に薬物(化合物A又はC)を投与した群、新生仔期MK-801群のうち生後57日に生理食塩水を投与した群、新生仔期MK-801群のうち生後57日に薬物(化合物A又はC)を投与した群のグラフを示す。
【0076】
酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン比(GSSG/GSH比)は、化合物A投与及び化合物C投与において、交互作用を認めなかったが、薬物投与(化合物A又は化合物C)の主効果をそれぞれ認めた(p<0.01、p=0.038)(
図20、
図21)。オランザピン、クロザピン投与は、有意な変化を認めなかった。これらの統計結果は以下のことを示す。すなわち、化合物Aと化合物Cは、それ自体に酸化型グルタチオン/還元型グルタチオン比を下げる効果があるが、クロザピン、オランザピンにはその効果は認められない。
【0077】
5.内側前頭前皮質におけるパルブアルブミン陽性GABA神経数
図22~
図26は、それぞれ化合物A、B、C、クロザピン、オランザピンについての、内側前頭前皮質におけるパルブアルブミン陽性GABA神経の細胞密度の結果を示すグラフである。各図において、縦軸は、パルブアルブミン陽性GABA神経の細胞密度を示し、図中、「*」は、有意水準を5%としたBonferroni testで有意差があることを示す。また、各図において、左から、新生仔期生理食塩水群のうち生後57日に生理食塩水を投与した群、新生仔期生理食塩水群のうち生後57日に薬物(化合物A、B、C、クロザピン又はオランザピン)を投与した群、新生仔期MK-801群のうち生後57日に生理食塩水を投与した群、新生仔期MK-801群のうち生後57日に薬物(化合物A、B、C、クロザピン又はオランザピン)を投与した群のグラフを示す。
【0078】
パルブアルブミン陽性GABA神経数は、化合物A投与、化合物B投与及び化合物C投与において、それぞれ交互作用を認めた(p=0.012、p<0.001、p=0.002)。化合物A投与及び化合物B投与において、新生仔期MK-801処置及び薬物投与それぞれに主効果を認めた(化合物A:p<0.001、p=0.012;化合物B:p=0.002、p=0.042)。化合物C投与では、新生仔期MK-801処置で主効果を認めた(p=0.01)。Bonferroni testでは、化合物A投与、化合物B投与及化合物C投与はいずれも、新生仔期MK-801処置によって低下したパルブアルブミン陽性GABA神経数を改善させた。クロザピンとオランザピン投与では交互作用を認めず、いずれも新生仔期MK-801処置による主効果を認めるのみであった(p=0.004、p<0.001)。これらの結果は、化合物A、化合物B及び化合物Cは、MK-801投与によって生じるパルブアルブミン陽性GABA神経数の減少を改善する効果があるが、クロザピンとオランザピンはその効果はないことを示す。