(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-30
(45)【発行日】2024-06-07
(54)【発明の名称】希土類金属又は鉄の抽出剤
(51)【国際特許分類】
C22B 59/00 20060101AFI20240531BHJP
C22B 3/26 20060101ALI20240531BHJP
B01D 11/04 20060101ALI20240531BHJP
【FI】
C22B59/00
C22B3/26
B01D11/04 B
(21)【出願番号】P 2020084963
(22)【出願日】2020-05-14
【審査請求日】2023-04-21
(73)【特許権者】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】100189854
【氏名又は名称】有馬 明美
(72)【発明者】
【氏名】馬場 由成
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 崇裕
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-137553(JP,A)
【文献】特開2014-159415(JP,A)
【文献】特開2013-216656(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103582711(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0101698(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
B01D 11/00-11/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I:
【化1】
(式中、R
1は、C
11のアルキル基を示す。)
で表される
N-ラウロイルサルコシンを含むことを特徴とする希土類金属又は鉄の抽出剤。
【請求項2】
前記希土類金属は、スカンジウム又はイットリウムであることを特徴とする請求項
1に記載の希土類金属又は鉄の抽出剤。
【請求項3】
希土類金属又は鉄を含有する酸性水溶液から請求項1
又は2に記載の抽出剤を用いて
希土類金属又は鉄を抽出する工程を含む
ことを特徴とする希土類金属又は鉄の抽出方法。
【請求項4】
請求項1
又は2に記載の抽出剤を用いて希土類金属又は鉄を抽出した後、酸性水溶液を用いて希土類金属又は鉄を逆抽出することを特徴とする希土類金属又は鉄の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルキル化サルコシンを用いた希土類金属又は鉄の抽出剤並びにその抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類元素は、15のランタノイド、スカンジウム(Sc)及びイットリウム(Y)を含む17の元素で構成されている。その中でも、スカンジウムは、微量添加することによって金属材料や半導体材料の機能や物性を飛躍的に高めることができるため、構造材、電子材料、磁性材料及び機能性材料等に利用され、様々な工業製品において非常に重要な役割を果たしている。さらに、燃料電池、航空宇宙産業及び特殊合金等、今後新たな分野での需要増加が考えられる。
【0003】
一方、スカンジウムは、濃縮された鉱物が存在せず、他の金属鉱石の副産物として産出されており、加えてその産出国が限られているため、供給が不安定な元素である。また、スカンジウムは、化学的性質がイットリウムなどその他の希土類元素やレアアースと非常に似ているため、これらの化合物からスカンジウムのみを分離することは極めて困難である。
【0004】
スカンジウムを分離回収する方法としては、商品名PC-88A(主成分:2-エチルヘキシルホスホン酸2-エチルヘキシル)等の酸性アルキルりん酸エステルを抽出剤とする溶媒抽出法がある(特許文献1参照)。また、アルキル鎖として、通常の2-エチルヘキシル基に代わり、アルキルシクロヘキシル基をもつ酸性りん酸エステルを抽出剤とする溶媒抽出法がある(特許文献2参照)。
【0005】
しかし、上記の方法では、有機溶媒中にスカンジウムだけでなく、不純物も無視できない程度に抽出されてしまう。
【0006】
また、酸性アルキルりん酸エステルを、溶媒抽出法ではなく、樹脂に担持した形態で吸着剤のように使用する方法もある(特許文献3,4参照)。しかしながら、この方法では、樹脂からスカンジウムの溶離が困難であることに加え、樹脂表面でスカンジウムと抽出剤のポリマー形成により吸着阻害が生じるという問題があった。さらに樹脂に担持した抽出剤が抽出工程中に水溶液側へ微量であるが漏洩することが懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平9-291320号公報
【文献】特開平4-36373号公報
【文献】特開平1-108119号公報
【文献】特開平1-246328号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、スカンジウムとその他の希土類金属を簡便に効率よく分離抽出することができる抽出剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明の希土類金属又は鉄の抽出剤は以下の特徴を有する。
(1)式I:
【化1】
(式中、R
1は、C
11のアルキル基を示す。)
で表される
N-ラウロイルサルコシンを含む抽出剤。
(
2)前記希土類金属がスカンジウム又はイットリウムであ
る抽出剤。
(
3)
希土類金属又は鉄を含有する酸性水溶液から(1)
又は(2)に記載の抽出剤を用いて
希土類金属又は鉄を抽出する工程を含む、希土類金属又は鉄の抽出方法。
(
4)(1)
又は(2)に記載の抽出剤を用いて希土類金属又は鉄を抽出した後、酸性水溶液を用いて希土類金属又は鉄を逆抽出する希土類金属又は鉄の回収方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の抽出剤によれば、スカンジウムとその他の希土類金属を含む溶液からスカンジウムのみを簡便に効率よく分離抽出することができるとともに、イットリウムなどの希土類金属と鉄を含む溶液から鉄のみを抽出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】N-ラウロイルサルコシンを用いた場合の、各種pHにおけるスカンジウム(III)及びイットリウム(III)の抽出率を示す図である。
【
図2】N-ラウロイルサルコシンを用いた場合の、各種pHにおけるイットリウム(III)及び鉄(III)の抽出率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0013】
1.金属の抽出剤
本発明の抽出剤は、アルキル化サルコシン、即ち式I:
【化1】
(式中、R
1は、C6~C18アルキル基を示す。)
で表される化合物を含む、希土類金属又は鉄の抽出剤である。式Iで表される化合物は、スカンジウムとその他の希土類金属を含む溶液からスカンジウムのみを完全に分離抽出することができる。また、イットリウムなどの希土類金属と鉄を含む溶液から鉄のみを抽出、即ち、イットリウムと鉄とを分離して回収することができる。
【0014】
本発明において、「アルキル基」とは、特定の数の炭素原子を含む、直鎖又は分枝鎖の飽和脂肪族炭化水素基を意味する。例えば、「C6~C18アルキル基」とは、少なくとも6個且つ多くても18個の炭素原子を含む、直鎖又は分枝鎖の飽和炭化水素鎖を意味する。なお、好適なアルキルとしては、n-ヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル、2-エチルヘキシル、n-ノニル、3,5,5-トリメチルヘキシル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル及びオクタデシル等を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
【0015】
式Iで表される化合物において、R1は、C6~C18アルキル基であることが好ましく、より好ましくはC9~C15アルキル基であり、特に好ましくはラウロイル基であり、式Iで表される化合物がN-ラウロイルサルコシンである。
【0016】
本発明の抽出剤は、例えば、スカンジウムやイットリウムのような希土類金属の抽出、鉄やニッケルのような重金属元素等の金属を抽出するために使用できるが、特に、スカンジウムやイットリウムのような希土類金属を抽出するために使用することが好ましい。本発明の金属の抽出剤を用いることにより、これらの金属を相互分離することができる。
【0017】
希土類金属とは、スカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムといった元素である。本発明の抽出剤は、このような希土類金属の抽出剤として、あるいは、条件により、化学的性質が似ているこれらの希土類金属からスカンジウムのみを選択的に抽出することができる。
【0018】
重金属元素とは、比重が4以上の金属をいい、例えば、鉄、水銀、ニッケル、カドミウム、コバルト、マンガン又はチタン等が挙げられる。本発明の抽出剤は、これらの重金属元素と共存するイットリウムからこれらの重金属のみを選択的に抽出することができる。即ち、イットリウムと重金属の分離回収が可能となる。
【0019】
本発明の抽出剤は、式Iで表される化合物のみを含有してもよいし、該化合物に加えて、1種類以上のその他の抽出剤及び/又は1種類以上の添加剤及び/又は1種類以上の有機溶剤を更に含有して使用してもよい。添加剤(改質剤)としては、限定するものではないが、例えば、ノニルフェノール、オクタノール、2-エチルヘキシルアルコール又はデカノールを挙げることができる。また、使用する有機溶剤としては、例えば、ケロシン、トルエン、ベンゼン、キシレン、n-ヘキサン、シクロヘキサン、1,2-ジクロロエタン、クロロホルム又は四塩化炭素を挙げることができる。
【0020】
2.金属の回収方法
本発明による金属の回収方法は、金属イオンを含有する酸性水溶液のpHを適宜調整し、該水溶液からなる水相を、本発明の式Iで表される抽出剤を含有する有機相に接触させることにより、所望の金属イオンを有機相中に抽出する。
【0021】
通常、金属イオンの酸性水溶液において、金属イオンは酸の共役塩基とアニオン性の錯体イオンを形成する。このため、金属イオンは、酸濃度及びpHに依存して、金属イオン及びいくつかの形態の錯体イオンからなる平衡状態を形成し得る。
【0022】
本発明の式Iで表される化合物は、アニオンと錯体を形成し得るアミノ基及びカチオンと錯体を形成し得るカルボン酸基を有し、カルボン酸による陽イオン交換反応を伴い、アミノ基あるいは、アミドカルボニル基とキレート形成反応によって金属イオンと錯形成するため、高選択的に金属を回収することができる。
【0023】
3.抽出工程
本発明による抽出工程は、金属を含有する水相から、本発明の式Iで表される化合物を含有する有機相に金属を抽出するものである。水相には、少なくとも本発明の抽出剤にて抽出可能な金属が含有され、例えば、少なくともスカンジウムやイットリウムなどの希土類金属又は鉄やニッケルなどの重金属を含有するようにする。水相中の金属は、通常、前述したように酸の共役塩基との塩又は錯体イオンの形態で存在する。水相中の金属の濃度は、それぞれ独立して、1×10-4~1Mであることが好ましく、より好ましくは1×10-3~0.1Mである。
【0024】
上記の水相を本発明の式Iで表される化合物を含有する有機相に接触させると、水相のpHに依存して、特定の金属イオンが選択的に有機相に抽出される。それ故、水相のpHを適宜調整することにより、所望の金属イオンを選択的に抽出することができる。
【0025】
水相に含有される酸としては、例えば、塩酸、硝酸又は硫酸のような鉱酸、ギ酸、酢酸又はシュウ酸のような有機酸を挙げることができるが、好ましくは塩酸又は硫酸を使用する。かかる酸は、1種類のみであってもよく、2種類以上の酸からなる混合物であってもよい。なお、水溶液のpHが2~3であることが好ましい。
【0026】
pHを調整するために使用する酸としては、前述の酸と同様である。また、pHを調整するために使用する塩基としては、例えば、NaOH、KOH、LiOH及びNH3が挙げられる。
【0027】
より具体的には、例えば、スカンジウム及びイットリウムを含有する溶液からスカンジウムのみを抽出する場合、イットリウム及び鉄を含有する溶液から鉄のみを抽出する場合のいずれにおいても、pHを1~2.5の範囲に調整することが好ましい。
【0028】
本工程において使用される水相は、上記の要件を満足するものであればその他の成分は特に限定されず、例えば水相中に希土類金属や重金属以外の金属を含有する場合であっても、本発明の方法により、上記の金属を選択的に抽出することができる。
【0029】
本工程において使用される有機相は、本発明の式Iで表される化合物を含有する。なお、有機相は液相の形態であってもよく、本発明の式Iで表される化合物を固体の形態で含有するか、或いは該化合物を担体に結合若しくは含浸させた固相の形態であってもよい。
【0030】
有機相が液相の形態の場合には、本発明の式Iで表される化合物及び1種類以上の有機溶剤を更に含有する溶液又は分散液を有機相として使用し得るが、前述した1種類以上の添加剤を含むようにしても良い。式Iで表される化合物が常温で液体の形態である場合、該化合物をそのまま、又は1種類以上の有機溶剤で希釈した形態で使用することが好ましい。この場合、式Iで表される化合物の濃度は、0.05~1Mであることが好ましい。
【0031】
有機相が固相の形態の場合には、式Iで表される化合物が常温で固体の形態であれば、そのまま水相中で使用することができる。また、式Iで表される化合物を有機溶媒に溶解し、担体に含浸して使用してもよい。含浸するための担体(樹脂)としては、限定するものではないが、例えば、ポリスチレン樹脂、ポリアクリル酸エステル樹脂、活性炭、疎水性ゼオライト、シリカ又はポリ塩化ビニル樹脂等を挙げることができる。好ましくは、ポリスチレン樹脂、ポリアクリル酸エステル又はポリ塩化ビニル樹脂を使用し、その場合の式Iで表される化合物を、1~5mmol/gの範囲で担体に含浸していることが好ましい。
【0032】
本工程において、水相と有機相とを接触させる手段としては、当業界で慣用される様々な手段を使用し得る。有機相が液相の形態の場合、バッチ法又は連続抽出法を使用することが好ましい。また、有機相が固相の形態の場合、バッチ法又はカラム法を使用することが好ましい。
【0033】
有機相が液相の形態の場合、有機相と液相との体積比は、1:10~10:1の範囲であることが好ましく、1:5~5:1の範囲であることがより好ましい。有機相と液相とを接触させる温度は、5~50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、有機相と液相とを接触させる時間は、0.5~5時間の範囲であることが好ましい。
【0034】
有機相が、常温で固体の形態である式Iで表される化合物を含む場合、或いは該化合物が担体に含浸された形態である場合、水溶液中の金属イオン濃度にもよるが、一般的には1Lの液相に対して1~5g程度の有機相を使用することが好ましい。有機相と液相とを接触させる温度は、5~50℃の範囲であることが好ましい。また、バッチ法の場合、有機相と液相とを接触させる時間は、0.5~24時間の範囲であることが好ましい。
【0035】
上記の条件で本工程を実施することにより、所望の金属を選択的に有機相に抽出することが可能となる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0037】
30cm3サンプル管に、水相(1mmol dm-3金属イオンを含む溶液)を5cm3、有機相(0.5mol dm-3N-ラウロイルサルコシン(株式会社東京化成製造)を含むトルエン溶液)を5cm3ずつ入れ、恒温槽を用いて30℃で24時間振とうさせた。次に、水相を採取し、pHメーターを用いてpHを測定するとともに、ICP発光分析装置及び原子吸光光度計を用いて初期金属イオン濃度及び平衡後の水相の金属イオン濃度を測定し、下記式により抽出率を求めた。
抽出率(%)=(初期金属イオン濃度[mmol dm-3]-平衡後の水相の金属イオン濃度[mmol dm-3])/初期金属イオン濃度[mmol dm-3]×100
【0038】
スカンジウム及びイットリウムの抽出実験結果を
図1に示す。N-ラウロイルサルコシンを用いた場合、スカンジウムがpH1~3.5の範囲で抽出された。一方、イットリウムはpH2.5~3.5の範囲で抽出された。よって、pH1~2.5の範囲では、イットリウムの共存する溶液からスカンジウムのみを選択的に抽出でき、pH2.5~3.5の範囲では、スカンジウム及びイットリウム何れも抽出できることが明らかとなった。
【0039】
イットリウム及び鉄の抽出実験結果を
図2に示す。N-ラウロイルサルコシンを用いた場合、イットリウムがpH2.5~3.5の範囲で抽出された。一方、鉄はpH1~3.5の範囲で抽出された。よって、pH1~2.5の範囲では、鉄のみを選択的に抽出でき、pH2.5~3.5の範囲では、イットリウム及び鉄の何れも抽出されることが明らかとなった。
【0040】
N-ラウロイルサルコシンによって有機相に抽出された上記のスカンジウム、イットリウム及び鉄を2Mの硫酸水溶液を使って逆抽出を行ったところ、スカンジウム、イットリウム及び鉄何れも100%逆抽出された。なお、逆抽出に用いる酸性水溶液は、硫酸だけでなく、逆抽出の効率に悪影響を与えない範囲で、例えば、塩酸又は硝酸でも良いし、これらの混合物を含むようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の抽出剤は、希土類金属又は鉄を選択的に分離回収することが可能である。これにより、鉱石や電子工業などから排出される廃棄物に含まれる微量の希土類金属又は鉄を選択的に回収することが可能である。