(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-30
(45)【発行日】2024-06-07
(54)【発明の名称】ベーチェット病の診断を補助する方法及び検査用キット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20240531BHJP
【FI】
G01N33/53 N
(21)【出願番号】P 2021533110
(86)(22)【出願日】2020-07-17
(86)【国際出願番号】 JP2020027817
(87)【国際公開番号】W WO2021010462
(87)【国際公開日】2021-01-21
【審査請求日】2023-05-19
(31)【優先権主張番号】P 2019131983
(32)【優先日】2019-07-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505116781
【氏名又は名称】学校法人東日本学園
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】長澤 敏行
(72)【発明者】
【氏名】北市 伸義
(72)【発明者】
【氏名】古市 保志
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-530037(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2014-0026892(KR,A)
【文献】特開2016-070798(JP,A)
【文献】米国特許第06699703(US,B1)
【文献】内村眞佐子,外3名,ELISA法による抗体測定に用いるマイクロプレートの種類の比較検討,千葉衛研報告,1989年,第13号,17-20
【文献】ISOGAI, E. et al.,Close Association of Streptococcus sanguis Uncommon Serotypes with Behcet's Disease,Bifidobacteria Microflora,1990年04月,Vol.9, No.1,pp.27-41
【文献】MORI, M. et al.,The association of anti-phospholipid antibody with Behcet's disease,日本歯周病学会会誌,2018年12月,Vol.60, No.4,p.237
【文献】CHO, S. B. et al.,Identification of HnRNP-A2/B1 as a Target Antigen of Anti-Endothelial Cell IgA Antibody in Behcet's,Journal of Investigative Dermatology,2011年12月29日,Vol.132, No.3,pp.601-608
【文献】YOKOTA, K. et al.,IgA Protease Produced by Streptococcus sanguis and Antibody Production against IgA Protease in Patie,Microbiology and Immunology,1997年,Vol.41, No.12,pp.925-931
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
G01N 30/68
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取された検体中の、配列番号1に示されるアミノ酸配列を認識する抗体を検出する工程を含む、ベーチェット病の診断を補助する方法。
【請求項2】
被験者から採取された検体と、配列番号1に示されるアミノ酸配列をエピトープとして含む分子とを接触させる工程;及び検体に含まれる抗体の前記アミノ酸配列への結合を検出する工程を含む、ベーチェット病の診断を補助する方法。
【請求項3】
前記分子が、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるオリゴペプチド、又は当該アミノ酸配列のいずれか一方若しくは両方の末端に
1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個若しくは10個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるオリゴペプチドである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
検体が血液、血漿又は血清である、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
配列番号1に示されるアミノ酸配列をエピトープとして含む分子及び前記分子を固相化するための担体を含む、
ベーチェット病の診断の補助に使用するためのキット。
【請求項6】
前記分子が、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるオリゴペプチド、又は当該アミノ酸配列のいずれか一方若しくは両方の末端に
1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個若しくは10個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるオリゴペプチドである、請求項5に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーチェット病患者において特異的に増加する抗体を検出する工程を含むベーチェット病の診断を補助する方法、及び前記抗体を検出するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
ベーチェット病は、口腔粘膜のアフタ性潰瘍、皮膚症状、眼症状及び外陰部潰瘍を主症状とする再発性の炎症性疾患であり、厚生労働省により難病と指定されている。その病因は不明であるが、何らかの内的遺伝要因に何らかの外的環境要因が作用して発症する、多因子疾患と考えられている(非特許文献1)。
【0003】
従来、ベーチェット病の診断は、上記4つの主症状及び5つの副症状の出現を臨床的に確認することにより行われている。しかしながら、これらの症状はいずれもベーチェット病に特有のものではなく、また多種の臨床症状を総合的に検討する必要があることから、ベーチェット病の診断は一般に困難である。
【0004】
分子生物学的なアプローチとして、例えば、末梢血中の好中球及びγδT細胞の少なくともいずれかにおける、ヒストンH3リシン4のトリメチル化の度合い及びヒストンH3リシン27のトリメチル化の度合いの少なくともいずれかを測定し、前記ヒストンH3リシン4のトリメチル化の度合いと前記ヒストンH3リシン27のトリメチル化の度合いとの比、及び前記ヒストンH3リシン4のトリメチル化の度合いの少なくともいずれかを指標としてベーチェット病の判定を補助する方法(特許文献1)が提案されている。
【0005】
バイオマーカーを用いた診断方法はその有効性のみならず簡便性の点でも期待されているものの、ベーチェット法の診断に寄与するバイオマーカー及びこれを用いた診断方法は、上記の方法も含めて、いまだ実用化されていない。したがって、有効かつ簡便なベーチェット病の診断方法に対するニーズは依然として存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】“ベーチェット病(指定難病56)”、[on line]、難病情報センター、[令和1年5月20日検索]、インターネット<URL:http://www.nanbyou.or.jp/entry/330>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ベーチェット病の診断に資する、ベーチェット病患者に特異的なバイオマーカー及びこれを検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、臨床的にベーチェット病と診断された患者において、特定のペプチドに対する抗体価が特異的に上昇していることを見出し、以下の発明を完成させた。
【0010】
(1) 被験者から採取された検体中の、配列番号1に示されるアミノ酸配列を認識する抗体を検出する工程を含む、ベーチェット病の診断を補助する方法。
(2) 被験者から採取された検体と、配列番号1に示されるアミノ酸配列をエピトープとして含む分子とを接触させる工程;及び検体に含まれる抗体の前記アミノ酸配列への結合を検出する工程を含む、ベーチェット病の診断を補助する方法。
(3) 前記分子が、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるオリゴペプチド、又は当該アミノ酸配列のいずれか一方若しくは両方の末端に1若しくは数個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるオリゴペプチドである、(2)に記載の方法。
(4) 検体が血液、血漿又は血清である、(1)から(3)のいずれか一項に記載の方法。
(5) 配列番号1に示されるアミノ酸配列をエピトープとして含む分子及び前記分子を固相化するための担体を含む、配列番号1に示されるアミノ酸配列を認識する抗体を検査するためのキット。
(6) 前記分子が、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるオリゴペプチド、又は当該アミノ酸配列のいずれか一方若しくは両方の末端に1若しくは数個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるオリゴペプチドである、(5)に記載のキット。
(7) ベーチェット病の診断の補助に使用するための、(5)又は(6)に記載のキット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、被験者から採取される検体、典型的には末梢血に含まれる特定の抗体を検出するという簡便な手法によって、ベーチェット病の診断に資する有益な情報を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】健常者、ベーチェット病患者、サルコイドーシス患者及び原田病患者の血清中の3種類のオリゴペプチドそれぞれを認識する抗体の抗体価を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、被験者から採取された検体中の、配列番号1に示されるアミノ酸配列を認識する抗体を検出する工程を含む、ベーチェット病の診断を補助する方法を提供する。また本発明は、前記工程を含む、ベーチェット病の診断のためのデータを収集する方法を提供する。さらに本発明は、被験者中の配列番号1に示されるアミノ酸配列を認識する抗体を検出又は分析する方法を提供する。
【0014】
被験者は、ベーチェット病の診断が求められるヒトである。
【0015】
検体としては、血液、血漿、血清、髄液、関節液、唾液、鼻汁、涙液その他の体液、又は炎症部位や潰瘍部位等のベーチェット病において一般に観察され得る病変部位から採取される組織切片、穿刺液、膿等を挙げることができる。特に臨床検査において使用される血液、血漿、血清等を検体とすることが好ましい。採取された検体は、抗体の検出方法に応じて、適宜前処理を行ってもよい。
【0016】
配列番号1に示されるアミノ酸配列(以下、単にGLRVYKと表す)は、ストレプトコッカス・サンギニス(Streptococcus sanguinis)が産生する30S ribosomal protein S8の84-89番目のアミノ酸配列、及びストレプトコッカス・ニューモニエ(Streptococcus pneumoniae)が産生するglycosyltransferase family 2 proteinの179-184番目のアミノ酸配列と同一の配列である。30S ribosomal protein S8のアミノ酸配列(全132アミノ酸)は、GenBankアクセッション番号 CEL89394.1として、glycosyltransferase family 2 proteinのアミノ酸配列(全259アミノ酸)はNCBI Reference Sequenceにアクセッション番号WP_050238633.1として、それぞれ登録されている。なお、本明細書では、配列表を除き、アミノ酸残基は一文字表記で表される。
【0017】
S.pneumoniae 及びS. sanguinisは、代表的なヒトの口腔常在菌である。口腔常在菌は、歯科治療時やブラッシング時等に血管内に侵入し、宿主免疫機構を様々な病原因子の働きにより回避して、一過性の感染症を誘発することが知られている(例えばPihlstrom, B. L. et al., 2005, Lancet, 366, 1809-1820)。しかしながら、S.pneumoniaeとベーチェット病との関連性を指摘した報告は見当たらず、またS. sanguinisとベーチェット病との関連性を指摘した報告は、熱ショック蛋白などの30S ribosomal protein S8とは無関係の分子に関してのみである。
【0018】
後に詳述する実施例に示されるように、従来の方法により臨床的にベーチェット病と診断された患者の血液中にGLRVYKを認識する抗体が存在すること、その抗体価は、健常者又はブドウ膜炎を発症しているサルコイドーシス患者や原田病患者等のベーチェット病でない患者における抗体価と比較して、顕著に高いことが確認された。したがって、被験者内、特にその血液内におけるGLRVYKを認識する抗体の存在又はその抗体価のデータは、被験者がべーチェット病に罹患していると診断する際の有益な情報となり得る。
【0019】
GLRVYKを認識する抗体とは、GLRVYKをエピトープとして含む分子に結合する抗体である。抗体は、GLRVYKを認識するものであれば、その種類を特に限定したり又は区別したりする必要はない。抗体は例えばIgG、IgA又はIgMであればよいが、特にIgGが好ましい。
【0020】
検体中のGLRVYKを認識する抗体の検出は、典型的には、検体とGLRVYKをエピトープとして含む分子とを接触させること、及び検体に含まれる抗体のGLRVYKへの結合を検出することにより行われる。したがって、本発明は、被験者から採取された検体と配列番号1に示されるアミノ酸配列をエピトープとして含む分子とを接触させる工程及び検体に含まれる抗体の前記アミノ酸配列への結合を検出する工程を含むベーチェット病の診断を補助する方法、これらの工程を含むベーチェット病の診断のためのデータを収集する方法、並びにこれらの工程を含む被験者中の配列番号1に示されるアミノ酸配列を認識する抗体を検出又は分析する方法をも提供する。
【0021】
GLRVYKをエピトープとして含む分子の例としては、GLRVYKからなるオリゴペプチド、GLRVYKの両方又は一方の末端に1又は数個の任意のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列(例として、GLRVYKのN末端に、C末端に、又はN末端とC末端の両方に、1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個又は10個の任意のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列)からなるオリゴペプチド、前記オリゴペプチドとその他のペプチド又はタンパク質との融合物、化学修飾された前記オリゴペプチド又はその融合物、及びこれらと適当な物質とのコンジュゲート等を挙げることができる。
【0022】
上述の分子においてGLRVYKがエピトープであることは、一般的な抗体作成方法によって作製することができるGLRVYKに特異的に結合する抗体と当該分子との結合により確認することができる。GLRVYKに特異的に結合する抗体は、後述の実施例に記載されるように、前記GLRVYKからなるオリゴペプチドを抗原として適当な哺乳動物に免疫する一般的な抗体作成方法によって作製することができる。
【0023】
融合物の例としては、グルタチオン-S-トランスフェラーゼその他の酵素タンパク質、ヒスチジンタグやFLAGタグ等のタグタンパク質と上述のオリゴペプチドとの融合タンパク質を挙げることができる。
【0024】
化学修飾の例としては、グリコシル化、アセチル化、アシル化、ADPリボシル化、アミド化、PEG化、フラビン化、ホルミル化、γカルボキシル化、ヨウ素化、メチル化、ミリストイル化、リン酸化、プレニル化、セレノイル化、ユビキチン化、脱メチル化、酸化、水酸化、硫酸化、環化、架橋化等を挙げることができる。
【0025】
上述のオリゴペプチド又はその融合物とコンジュゲートを形成し得る物質の例としては、例えば血清アルブミン、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、免疫グロブリンFcドメイン等の担体タンパク質、例えばβガラクトシダーゼ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素タンパク質、コロイド金属、発色物質、化学発光物質、蛍光物質、ステアリン酸やリン脂質等の脂質、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン、重合ストレプトアビジン、ニュートラアビジン、ヌクレオチド、ヌクレオチド誘導体等を挙げることができる。
【0026】
上述の融合物、化学修飾体、コンジュゲートの作製は、それぞれの製造に関する各種文献に記載されている方法を採用して、行うことができる。
【0027】
GLRVYKをエピトープとして含む分子がその立体構造の内部にGLRVYKを有するような場合には、GLRVYKが分子表面に露出して抗体に結合可能な状態になるよう、必要に応じて変性等の処理を施してもよい。
【0028】
GLRVYKをエピトープとして含む分子は、イオン性相互作用、疎水性相互作用、共有結合性相互作用等によって担体に結合させ、固相化して使用することが好ましい。担体の例としては、ガラス、シリカ、ラテックス、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリアクリレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル等からなる固相担体、PVDF、Immobilon、ニトロセルロース膜、ポリエチレン膜、ナイロン膜等の膜担体、磁気ビーズ、金、銀、白金、銅、金属複合材その他の金属からなる金属担体等を挙げることができる。担体の形状に特に制限はなく、フィルム、シート、プレート、チューブ、ウェル等であり得る。
【0029】
検体とGLRVYKをエピトープとして含む分子との接触は、抗原抗体反応に一般的に用いられる反応条件下で行うことができ、抗体のGLRVYKへの結合は、抗原抗体反応を検出するために一般的に用いられる免疫学的方法によって検出することができる。
【0030】
抗体の結合を検出する免疫学的方法の例としては、蛍光抗体法、酵素免疫測定法、化学発光免疫測定法、免疫組織染色法、ラジオイムノアッセイ法、フローサイトメトリー法等を挙げることができ、化学修飾やコンジュゲートの種類、固相化の種類に応じて適宜選択して行うことができる。
【0031】
本発明により提供される上述の各方法は、さらに、被験者から採取された検体中のGLRVYKを認識する抗体の抗体価を測定する工程及び前記抗体価と健常者から採取された検体中のGLRVYKを認識する抗体の抗体価とを比較する工程を含むことができる。
【0032】
抗体価は、GLRVYKに特異的に結合する抗体を標準物質として用いて作成される検量線に基づいて決定することができる。また、被験者における抗体価と健常者における抗体価との比較は、検査の度に健常者から検体を採取して行ってもよく、また健常者における抗体価の標準値をあらかじめ定めておき、当該標準値と比較することで行ってもよい。
【0033】
本発明のさらなる別の態様は、GLRVYKをエピトープとして含む分子及び前記分子を固相化するための担体を含む、GLRVYKを認識する抗体を検査するためのキットに関する。本態様における「GLRVYKをエピトープとして含む分子」は、前述の態様において説明したとおりであり、GLRVYKからなる又はGLRVYKのいずれか一方若しくは両方の末端に1若しくは数個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなるオリゴペプチドであることが好ましい。また、本態様における「担体」も前述の態様において説明したとおりであり、前記分子が担体に固相化されていることが好ましい。
【0034】
本態様のキットは、被験者から採取された検体中のGLRVYKを認識する抗体の検出及び抗体価の測定に用いることができ、当該抗体の存在及びその抗体価は被験者がべーチェット病に罹患していると診断する際の有益な情報となり得る。したがって本態様のキットは、ベーチェット病の診断の補助及びベーチェット病の診断のためのデータの収集に使用することができる。
【0035】
以下の非限定的な実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0036】
(1)検体の調製
眼症状を訴えて眼科を受診した患者のうち、臨床的に完全型又は不全型のベーチェット病と診断された者(15名)から同意を得て静脈血を採取し、血清を調製して検体とした。またサルコイドーシス(12名)及び原田病(12名)(いずれも眼症状としてぶどう膜炎が確認された)、並びに難治性アフタ(3名)の患者から、さらに健常者23名から同様にして検体を調製した。検体は使用時まで-80℃で凍結保存した。
【0037】
(2)オリゴペプチド固相化プレートの作製
オリゴペプチド1(GLRVYK、配列番号1)、オリゴペプチド2(TLRVYK、配列番号2)及びオリゴペプチド3(SIRVYK、配列番号3)を化学合成した。
【0038】
オリゴペプチド2のアミノ酸配列TLRVYKは、血栓の形成に関与するヒトb2-glycoprotein1タンパク質の部分配列である。末梢血管の閉塞をきたす指定難病の一種であるバージャー病患者において、TLRVYKを認識する抗体価が上昇していることが知られており、歯周破壊によってバージャー病患者がしばしば感染する歯周病菌が産生するTLRVYKと相同性の高いTLRIYT(オリゴペプチド4、配列番号4)又はTLALYK(オリゴペプチド5、配列番号5)を部分配列として含むタンパク質と、先の自己抗体との関係が注目されている(Chen et al., J Clin Periodontol., 2009, 36(10): 830-5)。また、オリゴペプチド3のアミノ酸配列SIRVYKは、ヒトの口腔内細菌であるA. actinomycetemcomitansが産生するleucotoxin cの部分配列である。Wangら(Oral Microbiol Immunol., 2008: 23:401-405)は、A. actinomycetemcomitans陽性の慢性歯周病患者において、SIRVYKを認識する抗体価が上昇していることを報告している。
【0039】
オリゴペプチド1、2又は3のPBS溶液(10μg/mL)それぞれ100μLを96穴タイタープレートに加え、4℃で12時間インキュベートした。PBSで洗浄後、200μLのBSA溶液(1mg/ml PBS)を加えて、室温で2時間ブロッキングを行って、オリゴペプチド固相化プレートを作製した。
【0040】
(3)ウサギ抗オリゴペプチド抗体の作製
ウサギ抗オリゴペプチド抗体は、eurofins社に依頼して以下のように作製した。化学合成したオリゴペプチド1~3それぞれにBSAをコンジュゲートしたペプチド抗原1~3を、常法に従って調製した。フロイントの完全アジュバントとともにウサギにペプチド抗原1~3をそれぞれ投与して免疫した。経時的にサンプリングしたウサギ血清を上記(2)のオリゴペプチド固相化プレート1~3にそれぞれ加えて反応させた。洗浄後にペルオキシダーゼ標識抗ウサギ抗体を反応させ、さらに洗浄後にペルオキシダーゼ基質を加えて吸光度(OD)を測定した。ウサギ血清を10000倍以上に希釈しても吸光度の低下が認められない程度に抗体価の上昇が認められるまで、追加免疫を行った。
【0041】
製造者のプロトコルに従ってペプチド1~3をそれぞれ固相化したリガンドカップリングカラムを作製し、回収したウサギ血清から各ペプチドに特異的な抗体を精製し、ウサギ抗オリゴペプチド抗体1~3を調製した。
【0042】
(4)オリゴペプチド特異的抗体の検出
PBSで200倍希釈した上記(1)の検体100μLを上記(2)のオリゴペプチド固相化プレート1~3にそれぞれ加え、室温で1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、ペルオキシダーゼ標識プロテインA(KPL Peroxidase labeled Protein A、SeraCare Life Sciences,Inc)を加え、室温で1時間反応させた。PBSで洗浄後、ペルオキシダーゼ基質(名称TMB Peroxidase substrate、Moss, INC.)を加えて発色させ、450nmの吸光度を測定した。
【0043】
また、オリゴペプチド固相化プレート1~3に、対応するウサギ抗オリゴペプチド抗体1~3の段階希釈液100μLをそれぞれ加え、同様に反応させて吸光度を測定した。ウサギ抗体の濃度をy軸、ウサギ抗体を用いて得られたOD値をx軸として近似曲線を作成した。この近似曲線の数式に、検体を用いて得られたOD値をあてはめて抗オリゴペプチド抗体濃度(オリゴペプチドに対する抗体価)を算出した。
【0044】
健常者、ベーチェット病患者、サルコイドーシス患者及び原田病患者からの血清検体におけるオリゴペプチド1~3に対するIgG抗体価を
図1に示す。オリゴペプチド1(GLRVYK)に対する抗体価はベーチェット病患者において特異的に上昇しており、ぶどう膜炎を有する他の疾患の患者及び健常者ではわずかにしか検出されないことが確認された。ベーチェット病患者群と健常者群のオリゴペプチド1に対する抗体価についてMann-Whitney U検定を行い、事後検定としてBonferroni検定を行って比較したところ、ベーチェット患者群の抗体価は健常者群の抗体価と比較して有意に高かった(p<0.05)。
【0045】
一方、オリゴペプチド3(SIRVYK)に対する抗体価は、健常者を含めいずれの疾患患者間でも有意な差は認められなかった。またオリゴペプチド2(TLRVYK)に対する抗体価は、健常者において最も高かった。しかしながら、オリゴペプチド2に対するこれらの抗体価は、他のオリゴペプチドに対する抗体価と比較して絶対値で2桁低く、疾患との関係において特定の関連性を示すものとは考えにくいものであった。また、難治性アフタ患者からの血清検体におけるオリゴペプチド1(GLRVYK)に対する抗体価は、健常者と同程度であった(図示せず)。
【0046】
これらの結果から、GLRVYKを認識する抗体は、相同性の高いTLRVYK又はSIRVYKを認識する抗体とは対照的に、ベーチェット病患者において特異的であることが確認された。また、GLRVYKを認識する抗体は、TLRVYK又はSIRVYKを部分配列として含むタンパク質を産生する歯周病菌の感染とは異なる理由によって誘導されたものと推察された。
【配列表フリーテキスト】
【0047】
配列番号1:オリゴペプチド1
配列番号2:オリゴペプチド2
配列番号3:オリゴペプチド3
配列番号4:オリゴペプチド4
配列番号5:オリゴペプチド5
【配列表】