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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-30
(45)【発行日】2024-06-07
(54)【発明の名称】表面処理ステンレス鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/24 20060101AFI20240531BHJP
   C23C 24/08 20060101ALI20240531BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240531BHJP
   H01M 8/0204 20160101ALI20240531BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20240531BHJP
   H01M 8/0228 20160101ALI20240531BHJP
   H01M 8/0247 20160101ALI20240531BHJP
   H01M 8/12 20160101ALN20240531BHJP
【FI】
C23C8/24
C23C24/08 A
C23C26/00 B
H01M8/0204
H01M8/021
H01M8/0228
H01M8/0247
H01M8/12 101
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020132565
(22)【出願日】2020-08-04
(65)【公開番号】P2022029296
(43)【公開日】2022-02-17
【審査請求日】2023-04-10
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】河野 明訓
(72)【発明者】
【氏名】江原 靖弘
(72)【発明者】
【氏名】森本 憲一
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開昭53-028529(JP,A)
【文献】特開2007-157639(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/24-8/26
C23C 12/00-12/02
C23C 24/00-30/00
H01M 8/0202-0267
H01M 8/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属チタン粉末を溶媒および樹脂を含むインキに分散させた分散液をステンレス鋼材に塗布して乾燥させることで、当該ステンレス鋼材の表面にチタン含有皮膜を形成する工程と、
上記チタン含有皮膜が形成された上記ステンレス鋼材を、加熱炉を用いて、露点-30℃以下のアルゴン雰囲気下において、1000℃以上1150℃以下の温度で0.5分以上加熱することにより中間ステンレス鋼材を形成する第1熱処理工程と、
上記第1熱処理工程の後、上記中間ステンレス鋼材を上記加熱炉から取り出すことなく、上記アルゴン雰囲気を露点-30℃以下の窒素雰囲気に切り替えて、上記中間ステンレス鋼材を上記窒素雰囲気下において、1000℃以上1150℃以下の温度で0.5分以上加熱する第2熱処理工程と、
上記第2熱処理工程の後、冷却することにより表面処理ステンレス鋼材を得る工程と、を含む表面処理ステンレス鋼材の製造方法であって、
上記表面処理ステンレス鋼材は、基材と、上記基材を被覆する、窒化チタンを含む表面被覆層と、を有し、
上記基材は、
マトリックスが上記ステンレス鋼の化学組成を有しており、
上記表面被覆層の形成に寄与するチタンが上記マトリックス中に拡散することにより形成されたチタン拡散層を少なくとも一部に含み、
上記表面処理ステンレス鋼材は、
上記表面被覆層の厚さが2μm以上であり、
上記チタン拡散層の厚さが10μm以上であり、
日本伸銅協会(JCBA)T323:2011に規定される測定方法に準拠して測定される表面接触抵抗が5mΩ・cm 以下である、表面処理ステンレス鋼材の製造方法
【請求項2】
上記第2熱処理工程において、上記ステンレス鋼材の全てにチタンが拡散することにより、上記基材上記チタン拡散層のみにて形成される、請求項1に記載の表面処理ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項3】
上記チタン拡散層は、上記表面被覆層に接する、上記表面被覆層よりもチタン濃度の低い第1チタン拡散層と、上記第1チタン拡散層に接する、上記第1チタン拡散層よりもチタン濃度の低い第2チタン拡散層と、を含み、
上記第1チタン拡散層および上記第2チタン拡散層は、窒素を含み、
上記第1チタン拡散層は、上記第2チタン拡散層よりも窒素濃度が大きい、請求項1または2に記載の表面処理ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項4】
上記表面被覆層は、チタン濃度が10原子%以上60原子%以下、かつ窒素濃度が5原子%以上50原子%以下であり、
ここで、上記表面被覆層の上記チタン濃度および上記窒素濃度は、上記表面処理ステンレス鋼材の深さ方向にチタンおよび窒素のそれぞれの濃度変化を線分析した結果を示すグラフにおける、上記表面被覆層に対応する領域に位置するメインピークのトップとして算出される、請求項1~3のいずれか1項に記載の表面処理ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項5】
上記チタン拡散層は、チタン濃度が0.5原子%以上15.0原子%以下、かつ窒素濃度が0.3原子%以上5.0原子%以下であり、
ここで、上記表面被覆層の上記チタン濃度および上記窒素濃度は、上記表面処理ステンレス鋼材の深さ方向にチタンおよび窒素のそれぞれの濃度変化を線分析した結果を示すグラフにおける、上記チタン拡散層に対応する領域の値を平均して算出される、請求項1~4のいずれか1項に記載の表面処理ステンレス鋼材の製造方法。
【請求項6】
上記表面被覆層の厚さが5μm以上、かつ上記チタン拡散層の厚さが20μm以上であり、
上記表面接触抵抗が4mΩ・cm 以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の表面処理ステンレス鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理が施されたステンレス鋼材に関する。より詳しくは、表面処理によって接触抵抗が低減された表面処理ステンレス鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固体酸化物型燃料電池のセパレータ用材料として、低コスト化および量産性向上等の観点からステンレス鋼板を適用することが試みられている。ステンレス鋼板をセパレータ用材料に適用する場合、ステンレス鋼板の表面に生成する酸化物(酸化被膜)によって電気抵抗(接触抵抗)が増加するという課題がある。そこで、例えば、ステンレス鋼板の表面にコーティング層を形成する技術が知られている(特許文献1~3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2000-164228号公報
【文献】特開2003-123783号公報
【文献】特開2009-263794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1~3に記載の技術のように、蒸着法を用いてコーティング層を形成する場合、真空中における高度に制御された成膜処理を要するため、生産性の向上を図ることが難しい。
【0005】
本発明の一態様は、表面処理によって接触抵抗が低減された表面処理ステンレス鋼材であって、従来よりも簡便な方法にて製造可能であり低コスト化を実現し得る表面処理ステンレス鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る表面処理ステンレス鋼材は、基材と、上記基材を被覆する、窒化チタンを含む表面被覆層と、を有し、上記基材は、マトリックスがステンレス鋼の化学組成を有しており、上記表面被覆層の形成に寄与するチタンが上記マトリックス中に拡散することにより形成されたチタン拡散層を少なくとも一部に含む。
【発明の効果】
【0007】
本発明の一態様によれば、表面処理によって接触抵抗が低減された表面処理ステンレス鋼材であって、従来よりも簡便な方法にて製造可能であり低コスト化を実現し得る表面処理ステンレス鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施形態における表面処理ステンレス鋼材の表面近傍の構造について説明するための、当該表面処理ステンレス鋼材の断面の一例を模式的に示す断面図である。
図2】上記表面処理ステンレス鋼材の断面についてEPMAを行い元素マッピングした結果を示す、Tiの元素マッピング像である。
図3】元素マッピング像に基づいて算出した、表面処理ステンレス鋼材の深さ方向におけるTiおよびN濃度の平均的な変化を示すグラフである。
図4】上記表面処理ステンレス鋼材の表面処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図5】表面被覆層の厚さおよびTi拡散層の厚さの異なる複数の表面処理ステンレス鋼板を試料として、各試料の表面接触抵抗の評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をよりよく理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものでは無い。また、本出願において、「A~B」とは、A以上B以下であることを示している。
【0010】
<発明の知見の概略的な説明>
従来、窒化チタン(以下、TiNと称することがある)は、電気伝導性および耐酸化性に優れることが知られており、TiN被覆層を有するステンレス鋼材を例えば固体酸化物型燃料電池のセパレータ用材料に適用することが検討されている。TiN被覆層を有するステンレス鋼材は、ステンレス鋼材を基材とし、当該基材の表面に、例えばスパッタリング法を用いてTiN薄膜を形成することにより製造することができる。しかしながら、スパッタリング法のような成膜処理を用いてTiN被覆層を有するステンレス鋼材を製造する場合、製造コストが高いとともに生産性を向上させることは難しい。
【0011】
本発明者らは、従来よりも簡便な方法にて製造可能な、接触抵抗の低い表面処理ステンレス鋼材を実現すべく鋭意検討を行った。検討を進める中で、以下のことがわかった。
【0012】
すなわち、先ず、本発明者らは、試験的に、基材としてのステンレス鋼材(以下、ステンレス鋼基材と称することがある)の表面に、金属チタン(Ti)の粉末を含む皮膜を形成した。次いで、表面に上記皮膜の形成されたステンレス鋼基材に対して、特定の雰囲気(例えば窒素雰囲気)下で熱処理を行った。これにより、ステンレス鋼基材の表面にTiNを含む表面被覆層を形成することを試みた。しかし、この方法によって上記表面被覆層を形成するだけでは、接触抵抗が充分に低い表面処理ステンレス鋼材を得ることは困難であることがわかった。
【0013】
本発明者らは、上記の知見に基づいて更に鋭意検討を行い、その結果、熱処理等の条件を制御して表面処理ステンレス鋼材を製造することにより、接触抵抗を効果的に低減することを実現した。本発明者らの見出した表面処理ステンレス鋼材は、熱処理による基材中へのチタンの熱拡散と、窒化処理による窒化チタンの形成と、によって、表面処理ステンレス鋼材の表面および表面近傍に形成された表層部を有している。この表層部について、説明の便宜上、Tiを用いて改質された改質表層部と称する。
【0014】
上記改質表層部は、(i)TiNを含む表面被覆層と、(ii)当該表面被覆層の直下(ステンレス鋼基材と上記表面被覆層との間の領域)においてステンレス鋼基材のマトリックス中にTiが拡散することにより形成されたTi拡散層と、を含む。
【0015】
本発明者らは、上記表面被覆層の厚さが2μm以上であり、かつ上記Ti拡散層の厚さが10μm以上となるように上記改質表層部を形成することによって、表面処理ステンレス鋼材の接触抵抗を5mΩ/cm以下にまで低くすることができることを見出した。このような改質表層部を有する表面処理ステンレス鋼材は、熱処理の条件(温度、雰囲気、等)を適切に調整することによって形成することができる。上記表面被覆層および上記Ti拡散層の詳細については後述する。
【0016】
ここで、厚さ2μm以上の表面被覆層だけでなく厚さ10μm以上のTi拡散層を有することによって、表面処理ステンレス鋼材の接触抵抗が大幅に低下するという機構の詳細については明らかでは無い。微小な領域において生じる現象について、詳細に解析することは容易では無いが、例えば以下のように考えられる。すなわち、上記Ti拡散層の厚さが10μm以上となることによって、上記表面被覆層と上記ステンレス鋼基材との間に何らかの導電パスが効果的に形成されると考えられる。また、上記Ti拡散層の厚さが10μm以上となるような熱処理を施すことによって、ステンレス鋼基材の酸化皮膜、または上記表面被覆層に生成し得るTiC、等の電気抵抗の高い相の存在比率が、原子拡散等によって低減するといった機構も考えられる。
【0017】
<表面処理ステンレス鋼材>
以下、本発明の一実施形態における表面処理ステンレス鋼材について、図1および図2を参照して説明する。なお、以下では、ステンレス鋼基材の一例としてステンレス鋼板を用いて製造した表面処理ステンレス鋼材について説明するが、本発明の一態様における表面処理ステンレス鋼材はこれに限定されない。例えば、ステンレス鋼基材として、各種の形状のステンレス鋼材を用いることができる。ステンレス鋼基材は、例えば、棒鋼、線材、形鋼、鋼管、等であってもよく、製品形状に予め成形された成形品であってもよく、これらに限定されない。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態における表面処理ステンレス鋼材の表面近傍の構造について説明するための、当該表面処理ステンレス鋼材の深さ方向を面内方向に含む、当該表面処理ステンレス鋼材の断面の一例を模式的に示す断面図である。図1に示すように、本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1は、ステンレス鋼基材10、および、ステンレス鋼基材10に対して熱処理の条件を適切に調整して表面処理を施すことによって形成された改質表層部20を有している。
【0019】
改質表層部20は、表面被覆層30およびTi拡散層40を含む。表面被覆層30は、窒化チタン(TiN)を含む。また、Ti拡散層40は、比較的Ti濃度の高い濃Ti拡散層41と、比較的Ti濃度の低い薄Ti拡散層42と、を含む。
【0020】
図1において、表面被覆層30の表面、すなわち表面被覆層30と外部雰囲気Aとの境界部分を表面境界部B0と称する。また、表面被覆層30とTi拡散層40との境界部分を第1境界部B1と称し、濃Ti拡散層41と薄Ti拡散層42との境界部分を第2境界部B2と称し、Ti拡散層40とステンレス鋼基材10との境界部分を第3境界部B3と称する。ここで、図1において、表面境界部B0、第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3を、模式的に(換言すれば仮想的に)曲っていない破線にて示している。
【0021】
なお、図1において示される改質表層部20の形状は、説明の便宜上、模式的に図示したものであって、本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1の改質表層部20の実際の形状に合致することを意図するものではない。そのため、図1に示す各部の具体的な形状および大きさは発明を必ずしも限定するものではない。このことについては、例えば、改質表層部20の実際の状態に関する後述の図2を用いた説明を参照して理解することができる。
【0022】
図1は模式図であることから、改質表層部20は、第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3のそれぞれを明瞭に有しているとは限らない。第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3は、実際には細かく折れ曲がった複雑なものであり得る(例えば図2を参照)。また、図1および図2に示すように改質表層部20における表面被覆層30の表面が平坦でない場合、表面境界部B0を示す仮想線は、当該表面の凹凸を仮想的に平均化したときの表面の位置に概ね対応するように描かれたものであると言える。
【0023】
図1に示すような表面境界部B0、第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3のそれぞれの仮想線は、例えば改質表層部20の各部におけるTi濃度に基づいて、以下のようにして描くことができる。換言すれば表面境界部B0、第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3のそれぞれの位置を、改質表層部20の各深さ位置での平均的なTi濃度を求め、深さ方向における平均的なTi濃度の変化に基づいて定めることができる。
【0024】
例えば、表面処理ステンレス鋼材1の表面における所定の広さの領域において、表面から深さ方向にTi濃度を分析する。その分析結果に基づいて、深さ方向における平均的なTi濃度の変化を評価することができる。その評価結果に基づいて、表面境界部B0、第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3の位置を設定することができる。このことについて、詳しくは図2を参照して後述する。
【0025】
(ステンレス鋼基材10)
ステンレス鋼基材10は、本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1の製造のために、表面処理に供された原材料のステンレス鋼材と同一または略同一の成分を有する部分である。換言すれば、ステンレス鋼基材10は、原材料のステンレス鋼材のうち表面処理によってTi拡散層40が形成されなかった部分であるといえる。本実施形態では、原材料のステンレス鋼材は、ステンレス鋼板である。
【0026】
ステンレス鋼基材10は、例えば、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼の鋼組成を有している。ステンレス鋼基材10としては、固体酸化物型燃料電池のセパレータ用材料としての用途に適するステンレス鋼の鋼種を適宜選択して用いることができる。例えば、ステンレス鋼基材10は、フェライト系ステンレス鋼の鋼組成を有していてもよく、その他の各種のステンレス鋼の鋼組成を有していてもよい。ステンレス鋼基材10は、マトリックスがステンレス鋼の化学組成を有していればよく、具体的な化学組成は特に限定されるものではない。
【0027】
表面処理ステンレス鋼材1におけるステンレス鋼基材10の厚さ(深さ方向の長さ)は、表面処理前のステンレス鋼材(原材料のステンレス鋼材)の厚さからTi拡散層40の厚さを減じた値となる。表面処理前のステンレス鋼材の厚さは、例えば0.01mm以上2.50mm以下であってもよく、この場合、ステンレス鋼基材10の板厚にTi拡散層40の厚さを加算した値が、例えば0.01mm以上2.50mm以下となる。表面処理前のステンレス鋼材の厚さが0.01mmよりも小さい場合、表面処理ステンレス鋼材1の強度が実用上不適となり得る。また、表面処理前のステンレス鋼材の厚さが2.50mmよりも大きい場合、重量およびサイズが不必要に大きくなり得る。
【0028】
本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1は、上記のように、非常に薄いステンレス鋼材(例えばステンレス箔)を原材料とした場合であっても、製造することができる。
【0029】
(改質表層部20)
改質表層部20は、例えば、表面処理前のステンレス鋼材の表面に金属Ti粉末の分散液を塗布するとともに、特定の条件にて熱処理を行うことによって形成される。この方法について概略的に説明すれば以下のとおりである。
【0030】
先ず、例えばスクリーン印刷用インキに金属チタン粉末を分散させた分散液を、上記ステンレス鋼材の表面に塗布する。これにより、上記ステンレス鋼材の表面にTi含有皮膜を形成する。そして、Ti含有皮膜を形成したステンレス鋼材に対して、一段階目および二段階目の2つの段階を含むように熱処理を行う。一段階目の熱処理(以下、第1の熱処理と称する)では、露点を制御した無酸化雰囲気下にて熱処理を行う。上記第1の熱処理に引き続いて、二段階目の熱処理(以下、第2の熱処理と称する)では、例えば窒素(N)ガスを充満させた雰囲気下で熱処理を行う。上記第2の熱処理は、アンモニアおよびアルゴンの混合ガスを充満させた雰囲気下で行われてもよい。Ti含有皮膜を形成したステンレス鋼材に対して、二段階の熱処理(上記第1の熱処理および第2の熱処理)を含むように、適切に熱処理を行うことにより、改質表層部20を形成することができる。
【0031】
改質表層部20における表面被覆層30は、TiNを含む窒化層が表面被覆層30の表面近傍に形成されている。例えば一般的なTiN薄膜では、表面に僅かな酸化皮膜が形成されていることがあり、表面被覆層30は、そのような一般的なTiN薄膜と同様に、上記窒化層の表面に僅かなTi酸化物皮膜が形成されていてもよい。また、表面被覆層30には、酸化チタン(TiO)、金属Ti、その他不純物等が含まれ得る。
【0032】
改質表層部20における上記表面被覆層30およびTi拡散層40について、概略的に説明した二段階の熱処理を含む上記方法による表面被覆層30の形成過程の説明と併せて以下に説明する。
【0033】
先ず、Ti含有皮膜を形成したステンレス鋼材は、上記第1の熱処理において、露点を制御した無酸化雰囲気下にて、例えば1000℃以上の温度に加熱される。このとき、Ti含有皮膜に含まれる有機物等は、雰囲気中のわずかな酸素と結合してCOまたはCOを形成して除去される。また、Ti原子は、拡散機構等による移動が可能な状態になる。上記第1の熱処理では、昇温中に、低露点かつ低酸素濃度であってCOガスが存在する還元雰囲気が形成される。
【0034】
上記第1の熱処理において生じる現象の詳細な機構は明らかでは無いが、Ti含有皮膜に含まれる金属Ti粒子の表面に形成されている酸化皮膜は、上記還元雰囲気中での加熱によって、金属Tiに還元される。この還元反応としては、例えば、(i)Ti酸化物から金属Tiに直接的に変化する場合と、(ii)先ずTi酸化物が炭素と反応してTi炭化物に変化し、次いで当該Ti炭化物が還元雰囲気に曝されることにより金属Tiに還元される場合と、の2パターンがあり得る。これらのいずれのパターンが優勢となって反応が進行するかは明らかでないが、いずれにせよ、上記第1の熱処理では、金属Ti粒子の表面に形成されている酸化皮膜が、還元雰囲気の形成等の要因によって還元され得る。その結果、上記第1の熱処理において、複数の金属Ti粒子同士が互いに拡散接合により結合したり、金属Ti粒子とステンレス鋼材とが互いに拡散接合により結合したりする反応が生じる。
【0035】
これにより、上記第1の熱処理後であって上記第2の熱処理前の時点では、概して、ステンレス鋼材の表面に、金属Ti粒子が結合して形成された層(Ti結合層)が存在し、Ti結合層とステンレス鋼材との間に結合が形成された状態となる。この時点では、ステンレス鋼材の表面に、TiNを含む層は形成されていない。また、上記第1の熱処理において、Ti結合層とステンレス鋼材との間に拡散接合によって結合が形成されるとともに、ステンレス鋼材の表面から内部に向かってTiの熱拡散が生じ得る。そのため、ステンレス鋼材の一部に、マトリックス中にTiが拡散したTi拡散層が形成される。
【0036】
上記第1の熱処理後であって上記第2の熱処理前の時点における、表面に上記Ti結合層が形成され、一部にTi拡散層が形成されたステンレス鋼材を、以下では説明の便宜上、「中間ステンレス鋼材」と称する。
【0037】
次いで、上記中間ステンレス鋼材に対して、Nガス雰囲気下で、例えば1000℃以上の温度に加熱することにより上記第2の熱処理を行う。上記第2の熱処理によって、上記Ti結合層の表面部分が窒化される。これにより、Ti結合層の表面近傍にTiNを含む窒化層が形成される。
【0038】
上記第2の熱処理において、Ti結合層に含まれる金属Tiと、雰囲気中に微量に存在し得る酸素と、の反応によりTiOが形成され得る。また、Ti結合層の内部において、酸化または窒化されなかった金属Tiが残存し得る。上記第2の熱処理において、中間ステンレス鋼材の表面から内部に向かって、Tiの熱拡散が生じるとともに、Nの熱拡散も生じる。
【0039】
上記第2の熱処理を行った後、冷却(例えば空冷)されることにより、表面処理ステンレス鋼材1が製造される。ここで、冷却過程において、ステンレス鋼材の内部に浸入したTiは、ステンレス鋼材のマトリックス中に分散析出する。これは、冷却に伴って、ステンレス鋼材のマトリックスに相変態が生じ得るとともに、マトリックスにおけるTiの固溶限に温度依存性があるためである。ここで、Tiは反応性が高いため、ステンレス鋼材のマトリックス中に含まれる微量酸素と結合し易い。よって、ステンレス鋼材の内部(Ti拡散層40)において、大部分のTiは酸化物として存在すると考えられる。
【0040】
なお、本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1の製造においては、上記第1の熱処理に引き続いて上記第2の熱処理を行うことが好ましい。これは、第1の熱処理後の中間ステンレス鋼材は、例えば高温のまま大気に曝されると、表面の酸化が進行してしまい、この場合、酸化皮膜の存在によって窒化物の生成が阻害され得る(窒化処理に不具合が生じ得る)ためである。つまり、例えば、加熱炉内で上記第1の熱処理を行った後、中間ステンレス鋼材を上記加熱炉から取り出すことなく、上記加熱炉内の雰囲気を変化させて、上記第2の熱処理を行うことが好ましい。
【0041】
表面処理ステンレス鋼材1において、ステンレス鋼基材10と、表面被覆層30との間には、Ti拡散層40が形成される。そして、Ti拡散層40は、表面被覆層30に近い側に形成された、比較的Ti濃度の高い濃Ti拡散層41と、濃Ti拡散層41とステンレス鋼基材10との間に形成された、比較的Ti濃度の低い薄Ti拡散層42とを含む。このような濃Ti拡散層41および薄Ti拡散層42は、Tiの拡散速度および二段階の熱処理を行っている等の理由により、ステンレス鋼材の表面近傍におけるTiの濃度に濃淡が生じることにより形成されると推察される。
【0042】
濃Ti拡散層41および薄Ti拡散層42はそれぞれ、Ti酸化物を含む。このTi酸化物は、例えば粒子状のTiOである。濃Ti拡散層41および薄Ti拡散層42はそれぞれ、マトリックスにTiが固溶限まで固溶している。上記Ti酸化物は、マトリックスから析出したTiが酸化されることにより形成される。また、濃Ti拡散層41および薄Ti拡散層42はそれぞれ、マトリックス中にNが固溶しているとともに、TiN等の化合物としてNを含む。
【0043】
本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1は、表面被覆層30の厚さt1が、2μm以上であり、好ましくは5μm以上である。また、表面被覆層30の厚さt1は、10μm以下であることが好ましい。厚さt1が10μmを超えると、表面被覆層30にクラックが生じ得るためである。厚さt1は、表面処理ステンレス鋼材1の最表面(表面境界部B0)から第1境界部B1までの距離であってよく、厚さt1の測定方法については後述する。
【0044】
本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1は、Ti拡散層40の厚さt2が、10μm以上であり、好ましくは20μm以上である。また、Ti拡散層40の厚さt2は100μm以下であることが好ましい。Ti拡散層40は比較的硬質であることから、厚さt2が100μmを超えると、表面処理ステンレス鋼材1の加工性(曲げ加工)が劣化し得る。なお、厚さt2の上限は、原材料のステンレス鋼材の厚さによって変化し得る。厚さt2は、第1境界部B1と第3境界部B3との間の距離であってよく、厚さt2の測定方法については後述する。
【0045】
(改質表層部20の具体例)
図1に示す模式図を用いて説明した改質表層部20について、図2および図3を用いて以下に説明する。図2は、表面処理ステンレス鋼材1の一例の断面について電子プローブ微量分析(EPMA)を行い元素マッピングした結果を示す、Tiの元素マッピング像である。図3は、元素マッピング像に基づいて算出した、表面処理ステンレス鋼材1の深さ方向におけるTiおよびN濃度の変化を示すグラフである。
【0046】
図2は、元素マッピング結果(カラーデータ)をグレースケール変換して示している。そのため、表面被覆層30におけるTi濃度が濃い部分はグレーで示されている。一方、Ti拡散層40におけるTi濃度が濃い部分は白色で示されている。ここで、図2中、白色に近いほどTi濃度が必ずしも濃い部分というわけではなく、表面被覆層30の方がTi拡散層40よりもTi濃度が高い(図3を参照)。
【0047】
図2に示すように、表面処理ステンレス鋼材1の具体的な一例(実際の形状)において、ステンレス鋼基材10と改質表層部20(Ti拡散層40)との間には、第3境界部B3が明瞭に形成されている。このような第3境界部B3が形成される機構は明らかでは無いが、例えばFeとTiとの拡散係数の差に起因するものと考えられる。
【0048】
一方で、図2に示す元素マッピング像から、表面処理ステンレス鋼材1の表面の位置、表面被覆層30とTi拡散層40との境界の位置、および濃Ti拡散層41と薄Ti拡散層42との境界の位置を明確に判別することは難しい。
【0049】
そこで、図2に示すように、表面境界部B0、第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3の仮想線の位置を特定することとする。これにより、表面被覆層30の厚さt1は、表面境界部B0と第1境界部B1との間の距離として算出することができ、Ti拡散層40の厚さt2は、第1境界部B1と第3境界部B3との間の距離として算出することができる。
【0050】
表面境界部B0、第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3の仮想線の位置は、例えばEPMAにより得られた元素マッピング像のデータに基づく演算処理によって、以下のようにして特定することができる。
【0051】
すなわち、例えば、図2に示すTiの元素マッピング像について、横方向をX方向とし、元素マッピング像の左端をX=1とする。図2に示すTiの元素マッピング像の左右の幅は300μmである。そのため、元素マッピング像の右端はX=300(単位はμm)となる。
【0052】
上記元素マッピング像の縦方向(上から下に向かう方向)をY方向として、上記元素マッピング像について、X=1~300のそれぞれにおいて、Y方向にTi濃度の変化を分析する(線分析する)。元素マッピング像の上端をY=1とし、元素マッピング像の下方向に向かってYの値が増加するとする(単位はμm)。上記線分析は、Y方向において例えば1μm間隔でTi濃度の値を求めることにより行うことができる。これにより、300個の線分析結果(X=1~300のそれぞれにおける、Y方向のTi濃度の変化を示すグラフ)が得られる。
【0053】
以上のようにして得られた300個の線分析結果を平均化する。つまり、本例では、300個の線分析結果のそれぞれにおけるY方向の同じ位置(同じYの値)のTi濃度を平均する演算処理を行う。この演算処理をY方向におけるそれぞれの位置について順次行う(Y=1、2、3、・・・n:nは例えば元素マッピング像の下端に対応する位置)。
【0054】
上記演算処理の結果としての、上記元素マッピング像における縦方向のそれぞれの位置(Yの値)におけるTi濃度をグラフにして図3に示す。なお、図3においては、元素マッピング像における縦方向のそれぞれの位置(Yの値)におけるN濃度についてもグラフにして示している。このN濃度のグラフは、図示を省略したNの元素マッピング像について、上述したことと同様に演算処理を行って算出した結果に基づいている。図3において、縦軸の単位は原子%(at%)である。
【0055】
図3に示すように、Y=1~20あたりの位置では、表面処理ステンレス鋼材1の外部(図1に示す外部雰囲気Aの領域)であるので、Ti濃度はほぼ0である。図3のグラフにおいてTi濃度のメインピークの立ち上がりがY=23あたりの位置に存在し、この位置を表面境界部B0として特定する。
【0056】
また、図3のグラフにおけるTi濃度のメインピーク(表面被覆層30に対応)の終端部がY=37近傍の位置に存在し、この位置を第1境界部B1として特定する。そして、第1境界部B1の位置に対応するYの値と、表面境界部B0の位置に対応するYの値との差(本例では約14μm)を、表面被覆層30の厚さt1(μm)とする。
【0057】
また、図3のグラフにおいて、Yの値が大凡35~82あたりの領域では、Ti濃度が略0よりも大きくなっており、この領域はTi拡散層40に相当する。この領域の終端部がY=82近傍の位置に存在し、この位置を第3境界部B3として特定する。そして、第1境界部B1の位置に対応するYの値と、第3境界部B3の位置に対応するYの値との差(本例では約45μm)をTi拡散層40の厚さt2(μm)とする。
【0058】
また、図3のグラフにおいて、Ti濃度のメインピークに隣接して比較的小さいブロードなピーク(濃Ti拡散層41に相当)が存在し、当該ピークの終端部がY=50近傍の位置に存在する。この位置を第2境界部B2として特定する。第2境界部B2の位置に対応するYの値と、第1境界部B1の位置に対応するYの値との差を算出し、濃Ti拡散層41の厚さとして算出してもよい。
【0059】
なお、第1境界部B1の位置および第2境界部B2の位置は、客観性を高める観点から、以下のように算出してもよい。すなわち、先ず、元素マッピング像における縦方向のそれぞれの位置(Yの値)におけるTi濃度を示す各プロットを繋いだ曲線(フィッティングカーブ)を微分する。なお、この微分は、フィッティングカーブの作成を省略して、隣り合うプロット間の傾きを算出することにより行うこともできる。
【0060】
そして、図3のグラフにおけるTi濃度のメインピークにおけるピークトップ位置からYの値を大きくして、最初に微分値(傾き)が-0.1以上となる位置を第1境界部B1の位置として特定する。その後、Yの値を大きくすると微分値(傾き)の値が低くなり始め、さらにYの値を大きくして微分値(傾き)が-0.1を下回った後、微分値(傾き)が再び-0.1以上となった位置を第2境界部B2の位置として特定する。
【0061】
なお、図3に示すように、本実施形態の表面処理ステンレス鋼材1では、表面被覆層30だけでなくTi拡散層40にもNが含まれている。そして、N濃度は、Ti濃度よりも相対的に小さい。また、表面処理ステンレス鋼材1の深さ方向におけるN濃度の変化は、Ti濃度の変化と同様の傾向を示している。
【0062】
EPMA(具体的には実施例を参照)を行った結果を用いて算出したTiおよびNの平均濃度に基づいて、表面被覆層30並びにTi拡散層40のそれぞれにおけるTiおよびNの濃度を規定すれば以下のとおりである。
【0063】
表面被覆層30は、Ti含有量が10原子%以上60原子%以下であり、N含有量が5原子%以上50原子%以下である。このTi含有量およびN含有量はそれぞれ、図3に示すようなグラフにおける表面被覆層30に対応するピークのピークトップのTi濃度およびN濃度の値である。
【0064】
Ti拡散層40は、Ti含有量が0.5原子%以上15.0原子%以下であり、N含有量が0.3原子%以上5.0原子%以下である。このTi含有量およびN含有量はそれぞれ、図3に示すようなグラフにおけるTi拡散層40に対応する領域の値を平均したTi濃度およびN濃度の値である。
【0065】
(導電性)
本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1は、表面被覆層30の厚さt1が2μm以上かつTi拡散層40の厚さt2が10μm以上である。この場合、表面処理ステンレス鋼材1は、表面接触抵抗が5mΩ・cm以下とすることができる。表面接触抵抗は、日本伸銅協会(JCBA)T323:2011に規定される測定方法に準拠して測定することができる。例えば、表面接触抵抗は、最大荷重1N、摺動距離1mm、印加電流10mAの条件にて測定される。
【0066】
また、本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1は、表面被覆層30の厚さt1が5μm以上かつTi拡散層40の厚さt2が20μm以上であることが好ましい。この場合、表面処理ステンレス鋼材1は、表面接触抵抗が4mΩ・cm以下とすることができる。
【0067】
(表面処理の方法)
表面処理ステンレス鋼材1の表面処理の方法の一例について、図4を用いて以下に説明する。なお、表面処理ステンレス鋼材1の表面に改質表層部20を形成することができればよく、その具体的な方法は特に限定されるものではない。
【0068】
図4は、本実施形態における表面処理ステンレス鋼材1の表面処理の流れの一例を示すフローチャートである。図4に示すように、先ず、表面処理前の原材料としてのステンレス鋼材に前処理を行う(S1)。この前処理としては、格別の処理は不要であり、一般的なステンレス鋼材の製造工程であってよい。
【0069】
また、金属Ti粉末を、溶液に分散させて分散液を作製する。金属Ti粉末の粒径は例えば1μm以上50μm以下である。上記溶液としては、例えばスクリーン印刷用のインキを用いることができる。該インキには、溶媒および樹脂が含まれる。
【0070】
次いで、上記ステンレス鋼材の表面に上記分散液を塗布する(S2)。これにより、上記ステンレス鋼材の表面にTi含有皮膜が形成される。なお、上記ステンレス鋼材を上記分散液に浸漬することによって上記Ti含有皮膜を形成してもよい。
【0071】
そして、上記Ti含有皮膜を形成した上記ステンレス鋼材を、例えば加熱炉内に入れる。露点-30℃以下のAr雰囲気(Ar分圧が90%以上)下において、1000℃以上1150℃以下の温度で、0.5min以上の時間加熱することにより、第1の熱処理を行う(S3)。これにより、上記Ti含有皮膜に含まれる溶媒および樹脂を蒸発および焼却するとともに、前述のような理由により、複数のTi粒子の結合およびステンレス鋼材中へのTiの拡散が生じる。
【0072】
次いで、上記S3後の中間ステンレス鋼材を上記加熱炉から取り出すことなく、Ar雰囲気をN雰囲気に切り替えて窒化処理を行う。すなわち、露点-30℃以下のN雰囲気(N分圧が90%以上)下において、1000℃以上1150℃以下の温度で、0.5min以上の時間加熱することにより、第2の熱処理を行う(S4)。その後、冷却することにより、表面処理ステンレス鋼材1が得られる。
【0073】
本発明の一態様における表面処理ステンレス鋼材1は、ステンレス鋼基材10の表面にTi拡散層40およびTiNを含む表面被覆層30が形成されるように表面処理を施すことによって製造することができる。そして、表面被覆層30の厚さt1が2μm以上かつTi拡散層40の厚さt2が10μm以上であることにより、表面の接触抵抗が5mΩ・cm以下と非常に小さい。本発明の一態様における表面処理ステンレス鋼材1は、比較的低コストにて製造することができ、固体酸化物型燃料電池のセパレータ用材料として好適に用いることができる。
【0074】
(変形例)
例えば表面処理前のステンレス鋼材の厚さが0.01mmの場合、本実施形態の一変形例における表面処理ステンレス鋼材1は、ステンレス鋼基材10の部分が全てTi拡散層40となっていてもよい。表面処理前のステンレス鋼材が全てTi拡散層40となって形成された表面処理ステンレス鋼材1では、Ti拡散層40が基材となっており、該基材の表面を表面被覆層30が被覆している。
【0075】
〔附記事項〕
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、上記説明において開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0076】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0077】
原材料のステンレス鋼板として板厚0.01mm~2.50mmのSUS304を用いた。スクリーン印刷用インキと金属Ti粉末(粒径:1μm~50μm)とを混合して塗料を作製した。上記ステンレス鋼板の表面に上記塗料を塗布して、乾燥させることによりTi含有皮膜を形成した。次いで、前述のように、露点-30℃以下のAr雰囲気にて熱処理を行った後、N雰囲気にて熱処理を行い、表面被覆層およびTi拡散層を形成した試料を作製した。
【0078】
また、比較のために、表面処理を行う前のステンレス鋼板を用いた。
【0079】
得られた各試料の表面の接触抵抗を、JCBA T323:2011に規定される測定方法に準拠して測定した。
【0080】
また、各試料の表面被覆層およびTi拡散層の厚さについて、以下のようにEPMAを行って測定した。
【0081】
先ず、表面被覆層およびTi拡散層を形成させたステンレス鋼板の中央部から切削加工により10mm×10mmの小片を切り出し、熱間樹脂埋め後、鏡面研磨することにより、試験材を作製した。試験材の表面を含む断面において、面積10000μm以上の領域をEPMAによりマッピング分析した。
【0082】
EPMA装置には、日本電子株式会社製JXA-8530Fを使用した。EPMAの分析条件は、加速電圧:15kV、照射電流:0.1μA、ビーム径:3nm、分析時間:30ms、測定間隔:0.2μmとした。Ti、Nなど各元素の濃度分析に際しては、ZAF補正法を適用した。
【0083】
試験片の表面を含む断面のマッピング像について、板厚方向に100μm以上の線分析を行い、元素(Ti、N等)の濃度プロファイルを作成した。10000μmの評価面積について濃度プロファイルを3本以上作成し、表面からの深さが同じ位置における濃度の平均値を取ることで、深さ方向における平均濃度プロファイルとした。
【0084】
当該平均濃度プロファイルにおけるTi濃度およびN濃度の分布(深さ方向における濃度変化のグラフ)に基づいて、表面境界部B0、第1境界部B1、第2境界部B2、および第3境界部B3の位置を特定した。そして、表面被覆層30の厚さt1およびTi拡散層40の厚さt2を算出した。
【0085】
表1および図5に測定結果を示す。図5は、表1の結果を図示したグラフであって、各試料について、表面の接触抵抗の評価結果を示す図である。図5では、表面の接触抵抗が5mΩ・cm以下の試料は○印、表面の接触抵抗が5mΩ・cmよりも大きい試料は×印で示している。
【0086】
【表1】
【0087】
No.1~8の本発明例のように、表面被覆層およびTi拡散層の厚さが本発明の範囲内である場合、表面の接触抵抗を5mΩ・cm以下とすることができる。
【0088】
これに対して、表面被覆層およびTi拡散層を形成する表面処理を行っていないNo.9の比較例では、表面の接触抵抗が非常に大きい。また、表面処理を行った試料であっても、表面被覆層の厚さおよびTi拡散層の厚さのいずれかが本発明の範囲外であるNo.10~14の比較例では、表面の接触抵抗が充分に小さい表面処理ステンレス鋼板は得られていない。
【0089】
以上のように(図5も参照)、表面の接触抵抗が充分に小さい表面処理ステンレス鋼板とするためには、表面被覆層だけでなくTi拡散層を有することが必要であるとともに、表面被覆層の厚さが2μm以上かつTi拡散層の厚さが10μm以上となっていることを要することがわかる。
【符号の説明】
【0090】
1 表面処理ステンレス鋼材
10 ステンレス鋼基材(基材)
20 改質表層部
30 表面被覆層
40 Ti拡散層(チタン拡散層)
41 濃Ti拡散層
42 薄Ti拡散層
図1
図2
図3
図4
図5