(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-30
(45)【発行日】2024-06-07
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
C25D 7/10 20060101AFI20240531BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20240531BHJP
C22C 12/00 20060101ALI20240531BHJP
C25D 5/10 20060101ALI20240531BHJP
C25D 7/00 20060101ALI20240531BHJP
【FI】
C25D7/10
F16C33/12 A
C22C12/00
C25D5/10
C25D7/00 C
(21)【出願番号】P 2022005050
(22)【出願日】2022-01-17
【審査請求日】2022-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】城谷 友保
(72)【発明者】
【氏名】安藤 彰
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-105265(JP,A)
【文献】特開2019-214771(JP,A)
【文献】特開2021-025067(JP,A)
【文献】特開2019-100350(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 7/10
F16C 33/12
C22C 12/00
C25D 5/10
C25D 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受合金層上にオーバレイを備えた摺動部材において、
前記オーバレイが、
前記軸受合金層上の拡散防止層と、
摺動面を有し、前記拡散防止層上に形成された腐食防止層と
を備え、前記腐食防止層は前記オーバレイ全体の50%~90%の体積を占め、
前記腐食防止層および前記拡散防止層は、腐食抑制剤を含有し、残部がBi及び不可避不純物であり、ここで前記腐食抑制剤は、
Sn、Cu、Zn、In、Sb、Agのうちから選択される少なくとも1種の元素であり、
前記拡散防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度は、前記腐食防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度よりも小さ
く、前記腐食防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度が3.0質量%~20.0質量%であることを特徴とする、摺動部材。
【請求項2】
軸受合金層上にオーバレイを備えた摺動部材において、
前記オーバレイが、
前記軸受合金層上の拡散防止層と、
摺動面を有し、前記拡散防止層上に形成された腐食防止層と
を備え、前記腐食防止層は前記オーバレイ全体の50%~90%の体積を占め、
前記腐食防止層および前記拡散防止層は、
腐食抑制剤と、
硬質粒子および潤滑剤のうちの少なくとも1つと
を含有し、残部がBi及び不可避不純物であり、ここで前記腐食抑制剤は、Sn、Cu、Zn、In、Sb、Agのうちから選択される少なくとも1種の元素であり、
前記拡散防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度は、前記腐食防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度よりも小さく、前記腐食防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度が3.0質量%~20.0質量%であることを特徴とする、摺動部材。
【請求項3】
前記拡散防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度と、前記腐食防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度との差は1.0質量%以上であることを特徴とする、請求項1
または請求項2に記載された摺動部材。
【請求項4】
前記拡散防止層に含有される前記腐食抑制剤の平均濃度が1.0質量%~8.0質量%である、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項5】
前記腐食抑制剤が、Sbと、Sn、Cu、Zn、In、Agのうちから選択される少なくとも1種との組み合わせである、請求項
1から請求項4までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項6】
前記腐食抑制剤がSbである、請求項
1から請求項4までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項7】
前記摺動部材が裏金層を更に備え、該裏金層上に前記軸受合金層が形成される、請求項1から請求項
6までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項8】
前記摺動部材がすべり軸受である、請求項1から請求項
7までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項9】
請求項1から請求項
8までのいずれか1項に記載された摺動部材を備えた軸受装置。
【請求項10】
請求項
9に記載された軸受装置を備えた内燃機関。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば内燃機関や自動変速機に用いられる軸受や各種機械に用いられる軸受などの摺動部材に関するものである。詳細には、本発明は、軸受合金層上にオーバレイを備えた摺動部材に係るものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の軸受などの摺動部材は、鋼鉄製の裏金に接合された銅又はアルミニウムの軸受合金を含むことが多い。銅合金又はアルミニウム合金により、使用時に滑り部材が受ける荷重に耐えることができる強靱な表面が得られる。このような滑り部材は、良好な埋収性及びなじみ性のみならず適切な耐焼き付き性を有さなければならない。この目的のために、通常は、軸受合金の表面上に鉛及び鉛合金などの軟質オーバレイが設けられていた。鉛は、上記の特性を兼ね備えるとともに、外部荷重に対して適度な耐疲労性を提供する非常に信頼性のある被覆材料として従来から知られていたが、環境汚染の観点から、鉛に代替するオーバレイ材料としてBi合金が多く採用されている。
【0003】
近年の環境規制対応でエンジン機構や燃料が複雑化し、さまざまな混入物(例えばEGR燃焼ガス凝縮水、バイオ燃料)がオイルに含まれるようになったため、Pbに対して耐食性が強いとされているBiでさえもオーバレイ腐食(主に酸化)してしまう場合が発生するようになっている。
【0004】
特許文献1は、良好な耐疲労性を実現可能なオーバレイを備えた摺動部材を提供することを目的として、オーバレイの表面におけるSbの濃度が0.92質量%以上かつ13質量%以下である、BiとSbの合金めっき被膜によって形成されたオーバレイが開示されている。しかし、BiとSbを同時処理(いわゆる合金めっき)すると軸受合金層と相性の良いSb成分が界面付近に拡散してしまい、摺動表面付近のSb濃度が低下するために腐食が進行するという問題があり、耐腐食性の劇的な改善は見込めなかった。
【0005】
特許文献2は、BiとSbからなるオーバレイをAg-Sn合金中間層を介して銅合金上に形成した摺動部材を開示する。Ag-Sn合金中間層が銅合金からのCuの拡散を防ぐことにより、脆いSb-Cu化合物の形成を防止し、良好な耐疲労性を実現する。引用文献2では、Bi-Sb合金めっき層中のSbの拡散による濃度低下を、基材との界面にAg-Sn合金中間層を導入することにより防いでいるが、中間層に使用しているAg-Sn合金そのものの耐食性が不十分であるために、腐食が進行してしまうという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2019-214771号公報
【文献】特開2020-46073号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の従来技術の問題を解決して、耐腐食性に優れたBi基オーバレイを有する摺動部材を提供することを目的とする。とりわけ、本発明は、当該摺動部材の使用中も耐腐食性を維持することができるBi基オーバレイの構造を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一観点によれば、軸受合金層上にオーバレイを備えた摺動部材が提供され、オーバレイが、軸受合金層上の拡散防止層と、拡散防止層上に形成された腐食防止層とを備える。腐食防止層の表面が摺動面である。腐食防止層はオーバレイ全体の50%~90%の体積を占める。腐食防止層および拡散防止層は、それぞれ、腐食抑制剤を含有し、残部がBi及び不可避不純物である。腐食抑制剤は、Biよりも酸素との親和力が大きく、Biと合金、固溶体あるいは金属間化合物を形成する1種又は複数の元素と定義される。そして、拡散防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度は、腐食防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度よりも小さい。
【0009】
一具体例によれば、拡散防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度と、腐食防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度との差は1.0質量%以上であることが好ましい。
【0010】
一具体例によれば、腐食防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度が3.0質量%~20.0質量%であることが好ましい。
【0011】
一具体例によれば、拡散防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度が1.0質量%~8.0質量%であることが好ましい。
【0012】
一具体例によれば、腐食抑制剤は、Sn、Cu、Zn、In、Sb、Agのうちから選択される少なくとも1種の元素であることが好ましい。
【0013】
一具体例によれば、腐食抑制剤は、Sbと、Sn、Cu、Zn、In、Agのうちから選択される少なくとも1種との組み合わせであることが好ましい。
【0014】
一具体例によれば、腐食抑制剤はSbであることが好ましい。
【0015】
一具体例によれば、オーバレイは硬質粒子を更に含有することが好ましい。
【0016】
一具体例によれば、オーバレイは潤滑剤を更に含有することが好ましい。
【0017】
一具体例によれば、摺動部材が更に裏金層を備え、裏金層上に軸受合金層が形成されることが好ましい。
【0018】
一具体例によれば、摺動部材はすべり軸受であることが好ましい。
【0019】
本発明の他の観点によれば、上記に記載された摺動部材を備えた軸受装置が提供される。
【0020】
本発明の更に他の観点によれば、上記に記載された軸受装置を備えた内燃機関が提供される。
【0021】
本発明及びその多くの利点を、添付の概略図面を参照して以下により詳細に述べる。図面は、例示の目的で、いくつかの非限定的な具体例を示す。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明による摺動部材の一具体例の断面概略図。
【
図2】本発明による摺動部材の他の具体例の断面概略図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
図1に本発明による摺動部材の一具体例の断面の概略を示す。軸受合金層4上にBiを主成分とするオーバレイが形成される。オーバレイ2は、摺動面20を画定する腐食防止層21と、軸受合金層4と腐食防止層21との間に設けられた拡散防止層22とを備える。腐食防止層21は、腐食抑制剤を含有する。腐食抑制剤は、Biよりも酸素親和力が大きく、Biと合金、固溶体あるいは金属間化合物を形成する1種又は複数の元素であればよい。拡散防止層22も腐食抑制剤を含有するが、その平均濃度は、腐食防止層21における腐食抑制剤の平均濃度よりも小さくなっている。腐食防止層21はオーバレイ全体の50%~90%の体積を占める。腐食防止層21も拡散防止層22も、通常は略均一厚さに形成されるので、換言すれば、腐食防止層21の厚さはオーバレイの厚さの50%~90%である。拡散防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度と、腐食防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度との差は微量であってもよいが、1.0質量%以上であることが好ましい。
【0024】
腐食抑制剤は、Biよりも酸素との親和力が大きい元素、すなわちBiよりもイオン化傾向の大きいまたは単体で耐腐食性に優れる元素、特に金属元素である。このような元素が、Bi中に合金、固溶体あるいは金属間化合物を形成すると、優先的に酸素と結合してBiの腐食(酸化)を抑制する。腐食抑制剤は、とりわけ金属元素が好ましい。より好ましくはSn、Cu、Zn、In、Sb、Agであり、このうちの1種又は複数の元素を含有してもよい。さらに好ましい形態は、Sbを必須元素として含み、Sn、Cu、Zn、In、Agのうちから選択される少なくとも1種を更に含有することある。あるいは、腐食抑制剤は、Sb単独でもよい。
【0025】
Bi中の腐食抑制剤は、摺動部材の使用された装置、例えば内燃機関の作動中に温度が上昇することにより下地合金へ拡散を起こし、その濃度が減少し、そのために耐腐食性が低下する問題がある。本発明者らは、腐食抑制剤の含有量が小さければ下地合金への拡散が生じにくいことに着目し、腐食抑制剤低濃度層を下地金属との間に設けることで、腐食抑制剤の拡散が抑制されることを発見し本発明に到達した。すなわち、驚くべきことに、腐食防止に十分な腐食抑制剤を含有する表面Bi層と下地合金との間に腐食抑制剤が低濃度の中間Bi層を設けることにより、摺動部材の使用された装置、例えば内燃機関、の作動中に表面Bi層から下地合金へのBiの拡散が抑制されるのである。
【0026】
そのため、本発明では、軸受合金層4と腐食防止層21との間に拡散防止層22を設け、拡散防止層22における腐食抑制剤の平均濃度を、腐食防止層21における腐食抑制剤の平均濃度よりも小さくしている。拡散防止層22の腐食抑制剤の平均濃度が腐食防止層21の腐食抑制剤の平均濃度よりも僅かでも小さければこの効果が発揮されることを確認したが、その差は1.0質量%以上であることが好ましい。そして、腐食抑制剤を十分に有する腐食防止層をオーバレイ全体の50%~90%の体積を占めることにより、オーバレイの耐腐食性を高めている。そして、拡散防止層22も腐食抑制剤を含有することにより、オーバレイ全体としての耐腐食性を維持している。
【0027】
腐食防止層21における腐食抑制剤の平均濃度は3.0質量%~20.0質量%であることが好ましい。腐食抑制剤の平均濃度が3.0質量%以上であれば表層側に存在する腐食防止層が優れた耐腐食性を有する。しかし、腐食抑制剤の濃度が大きすぎると、軸受合金層に向けて拡散移動が生じやすい。そのために、腐食抑制剤の平均濃度の上限を20質量%とすることが好ましい。
【0028】
腐食防止層21における腐食抑制剤の平均濃度を3.0質量%以上とし、腐食防止層21がオーバレイ2全体の表の50%以上の領域を占有させれば、Biの腐食を抑制できる。さらに、腐食防止層21の腐食抑制剤の平均濃度を20質量%以下としオーバレイ2全体の90%以下の領域の占有に制限し、さらに軸受合金層4との界面に、Biを主成分として腐食抑制剤の平均濃度が腐食防止層21よりも低い拡散防止層22を追加することにより、摺動表面に位置する腐食防止層21のBi合金中の腐食抑制剤の拡散による濃度低下を防止し、それにより耐腐食性が確保される。
【0029】
拡散防止層22に含有される腐食抑制剤の平均濃度は1.0質量%~8.0質量%であることが好ましい。平均濃度が8.0質量%以下であれば、上記に記載したBiの軸受合金層4への拡散による濃度低下を防ぐ効果が得るのに好ましい。他方で、拡散防止層22自体の耐食性も確保するために平均濃度の下限を1.0質量%にしており、これによりオーバレイ全体としての耐腐食性を高めている。
【0030】
オーバレイの厚さは特に限定はないが、5μm~20μmが好ましく、特に5μm~15μmが好ましい。例えば、オーバレイの厚さが10μmの場合、腐食防止層21の厚さt21と拡散防止層22の厚さt22は、t21:t22は5μm:5μm~9μm:1μmの範囲にする。
【0031】
任意選択で、オーバレイ2(腐食防止層21及び/又は拡散防止層22)は、例えばAl2O3、SiO2、AlN、Mo2C、WC、Fe2P、Fe3Pから選ばれる1種以上の硬質粒子を0.1~10体積%をさらに含むことができる。これら硬質粒子は、素地に分散して耐摩耗性を高めるが、含有量が上記下限値未満の場合には、その効果が不十分であり、また、上記上限値を超える場合にはオーバレイの脆化を招く。
【0032】
任意で、オーバレイ2(腐食防止層21及び/又は拡散防止層22)は、例えばMoS2、WS2、黒鉛、h-BNから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を0.1~10体積%をさらに含むことができる。これら固体潤滑剤は、銅合金4の素地に分散して潤滑性を高めるが、含有量が上記下限値未満の場合には、その効果が不十分であり、また、上記上限値を超える場合にはオーバレイの脆化を招く。
【0033】
軸受合金層4については、特に限定はしないが、銅、アルミニウム、あるいは銅合金、アルミニウム合金などの合金など、通常の軸受合金として使用される金属から形成できる。軸受合金層4は、基材上に原料粉末を散布して焼結することによって製造してもよいが、鋳造によって製造してもよく、その他の製造方法で製造されてもよい。軸受合金層4には、硬質粒子、固体潤滑剤及び/又は充填剤を含有することができる。
【0034】
上記具体例では、オーバレイ2が、腐食防止層21と拡散防止層22の2層からなる例を説明した。しかし、拡散防止層22は複数の層であってもよい。例えば、拡散防止層22が2層からなり、軸受合金層4上に、順に、第2の拡散防止層、第1の拡散防止層、腐食防止層21と積層されることができる。この場合、腐食防止層21の平均濃度をc1、第1の拡散防止層中の腐食抑制剤の平均濃度をc21、第2の拡散防止層中の腐食抑制剤の平均濃度をc22とすると、c1>c21>c22となる関係を有する。拡散防止層22が3層以上の場合も同様である。この場合でも、腐食防止層がオーバレイ全体の50%~90%の体積を占めること、腐食防止層21と拡散防止層22の好適な濃度範囲については上記のとおりである。
【0035】
図2に本発明による摺動部材の他の具体例を示す。
図1の摺動部材との相違は、軸受合金層を支持する裏金層を有することである。オーバレイの構成および軸受合金層については
図1に示す具体例について説明したとおりである。
裏金層は、特に限定はしないが、Fe合金、Cu、Cu合金等の金属板を用いることができ、鉄系材料としては、例えば亜共析鋼や、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼等のFe合金の所定寸法の板材が好ましい。裏金層の表面、すなわち軸受合金層との界面となる側に多孔質金属層あるいは中間層を設けることにより、摺動層と裏金層の接合強度を高めてもよい。
【実施例】
【0036】
試料1~11及び試料21~27を以下の通り作製した。裏金層を構成する鋼板上に銅合金の軸受合金層をライニングしてバイメタルを製作し、このバイメタルを半円筒形状に加工して半割軸受とし、その後、この半割軸受の軸受合金層に、めっき処理によりBiに腐食抑制剤を添加したオーバレイ(拡散防止層および腐食防止層)を被着させた。オーバレイの総厚さは10μmとした。拡散防止層および腐食防止層の組成及び厚さを表1に示す。試料1~8、21~23は、腐食抑制剤としてSbを用い、試料9、24は腐食抑制剤としてSbとCuの組み合わせを用いた。試料10は腐食抑制剤として、腐食防止層にはSbとCuの組み合わせ、拡散防止層にはNiとZnの組み合わせを用い、試料11は腐食抑制剤として、腐食防止層にはSbとInの組み合わせ、拡散防止層にはCoとSbの組み合わせを用いた。試料25はBi-3.0%Sbの単層のオーバレイとし、試料26のオーバレイはBiの単層とした。試料27は、Bi-3.0%Sbの腐食防止層とAg-10%Sn(Biを用いなかった)の拡散防止層とした。オーバレイ中の腐食防止層と拡散防止層の厚さは断面のEPMA元素MAP像を観察して確認した。
【0037】
めっき処理は、通常のめっき条件でよい。例えば、試料1では、拡散防止層めっき工程は、めっき液にはBiめっき液(例えば、酸化ビスマスが10~70g/l、メタンスルホン酸が30~150ml/l、添加剤が20~60ml/l)にSb液を3質量%程添加したものを使用し、電流密度1.0~5.0A/dm2、めっき浴温は20~40℃で行った。腐食防止層めっき工程は、めっき液には上記のBiめっき液にSb液を11質量%添加したものを使用し、電流密度1.0~5.0A/dm2、めっき浴温は20~40℃で行った。他の試料のめっき条件は、添加剤の濃度あるいは種類を変更する等により行った(Ag-10%Snめっきを除く)。
【0038】
これらの試料を用いてオイル浸漬試験により耐腐食性を評価した。オイル浸漬試験は、10W-30相当の潤滑油を温度130℃に加熱して、試料を300時間浸漬させた。その後、各試料の断面を光学顕微鏡によって観察して、オーバレイ層の腐食割合を測定した。また、浸漬試験後の腐食防止層中の腐食抑制剤の平均濃度は断面のEPMA元素MAP像から測定した。測定したオーバレイ層の腐食割合および浸漬試験後の腐食防止層中の腐食抑制剤の平均濃度を表1に示す。
【0039】
【0040】
表1に示す結果によれば、本発明の要件を満たす試料1~試料11は、腐食防止層の厚さ(すなわち体積)がオーバレイ全体の50%~90%であり、拡散防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度が腐食防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度よりも小さいため、浸漬試験後の腐食防止層中の腐食抑制剤の平均濃度は、浸漬試験前と変化しておらず、そのために良好な耐腐食性を維持できた。
【0041】
他方、試料21は、浸漬試験後の腐食防止層中の腐食抑制剤の平均濃度は、浸漬試験前から減少し、オーバレイ腐食割合も大きくなった。この試料は、拡散防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度が、腐食防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度よりも小さいけれども、腐食防止層の厚さ(すなわち体積)がオーバレイ全体の40%であるため、腐食防止層による耐腐食降下が十分に発揮できなかったと考えられる。
【0042】
試料22も、浸漬試験後の腐食防止層中の腐食抑制剤の平均濃度は、浸漬試験前から減少し、オーバレイ腐食割合も大きくなった。この試料は、拡散防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度が、腐食防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度よりも小さいけれども、腐食防止層の厚さ(すなわち体積)がオーバレイ全体の95%であるため、拡散防止層の効果が不十分であったと考えられる。
【0043】
試料23及び試料24も、浸漬試験後の腐食防止層中の腐食抑制剤の平均濃度は、浸漬試験前から減少し、オーバレイ腐食割合も大きくなった。これらの試料は、腐食防止層がオーバレイ全体の90%の厚さ(すなわち体積)を占めているが、拡散防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度が、腐食防止層に含有される腐食抑制剤の平均濃度よりも大きいために、拡散防止層の効果が発揮できなかったと考えられる。
【0044】
試料25及び試料26は、拡散防止層が存在しないため、オーバレイ腐食割合が大きくなった。試料25は、BiにSbを添加することで純Bi層からなる試料26よりも多少は耐食性を改善しているが、試料1~11に比較するとオーバレイ腐食割合は非常に大きかった。
【0045】
試料27は、特許文献2に開示された技術によるものであるが、中間層に使用しているAg-Sn合金の耐食性が不十分であるために、試料1~試料11に比較するとオーバレイ腐食割合は非常に大きかった。
【0046】
発明の摺動部材は、内燃機関の軸受部や自動変速機の軸受装置に用いる摺動部材、特にすべり軸受に適用できる。しかし、その用途に限定されないで、産業機械等や他機械の軸受装置の摺動部材にも適用することが可能である。
【符号の説明】
【0047】
1 摺動部材
2 オーバレイ
20 摺動面
21 腐食防止層
22 拡散防止層
4 軸受合金層
6 裏金層