(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-30
(45)【発行日】2024-06-07
(54)【発明の名称】3Dプリンタのフィラメント用組成物、3Dプリンタ用フィラメント、焼結体、及び焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
B28B 1/30 20060101AFI20240531BHJP
B29C 64/118 20170101ALI20240531BHJP
B33Y 70/10 20200101ALI20240531BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20240531BHJP
B33Y 40/20 20200101ALI20240531BHJP
B22F 10/18 20210101ALI20240531BHJP
B22F 3/02 20060101ALI20240531BHJP
B22F 3/10 20060101ALI20240531BHJP
C08K 3/00 20180101ALI20240531BHJP
C08L 101/00 20060101ALI20240531BHJP
B29C 64/314 20170101ALI20240531BHJP
【FI】
B28B1/30
B29C64/118
B33Y70/10
B33Y10/00
B33Y40/20
B22F10/18
B22F3/02 M
B22F3/10 C
C08K3/00
C08L101/00
B29C64/314
(21)【出願番号】P 2023184231
(22)【出願日】2023-10-26
【審査請求日】2023-10-30
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】594050784
【氏名又は名称】第一セラモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003395
【氏名又は名称】弁理士法人蔦田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井上 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】和田 誠
(72)【発明者】
【氏名】加藤 和幸
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-157609(JP,A)
【文献】国際公開第2020/162366(WO,A1)
【文献】特開2018-131497(JP,A)
【文献】特開2020-029089(JP,A)
【文献】国際公開第2023/095393(WO,A1)
【文献】特開2020-029091(JP,A)
【文献】特開2017-197856(JP,A)
【文献】特開2019-188744(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B28B 1/30-1/42
B22F 3/02-3/093
B22F 3/10-3/11
B22F 3/16
B22F 9/00-9/30
B22F 10/16
B22F 10/40-10/47
B29C 64/00-64/40
B33Y 10/00
B33Y 70/00-70/10
C08K 3/00-3/40
C08K 5/00-5/59
C08L 23/08
C08L101/00-101/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィラメント式3Dプリンタに用いられるフィラメント用組成物であって、
焼結性無機粉末(A)及び有機バインダー(B)を含有し、
有機バインダー(B)は、
不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体の水素添加物、及び2種以上の不飽和脂肪族炭化水素の共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系エラストマーであって、硬度がA60以上でありかつ流動開始温度が130℃以上であるオレフィン系エラストマー(B3)、
前記オレフィン系エラストマー(B3)を除く非結晶性ポリマーと、EVAとからなる群から選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂(B1)、
前記オレフィン系エラストマー(B3)と前記熱可塑性樹脂(B1)とパラフィンワックス(B4)とを除く、重量平均分子量が8000以下の化合物(B5)、及び、
前記EVAと前記オレフィン系エラストマー(B3)と前記化合物(B5)とを除く結晶性ポリマーから選択される熱可塑性樹脂(B2)を含み、
前記有機バインダー(B)の量は焼結性無機粉末(A)100質量部に対して5~55質量部であり、
前記有機バインダー(B)に対する前記熱可塑性樹脂(B1)及び前記化合物(B5)の合計の質量比(((B1)+(B5))/(B))が0.10~0.60であり、
前記有機バインダー(B)に対する前記熱可塑性樹脂(B2)の質量比((B2)/(B))が0.05~0.80であり、
前記有機バインダー(B)に対する前記オレフィン系エラストマー(B3)の質量比((B3)/(B))が0.03~0.60であり、
前記有機バインダー(B)に対する前記化合物(B5)の質量比((B5)/(B))が0.02~0.20である、3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【請求項2】
前記熱可塑性樹脂(B1)は、(メタ)アクリル酸エステルの重合体及びEVAからなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項1に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【請求項3】
前記熱可塑性樹脂(B2)は、ポリアセタール、ポリエチレン、及びポリプロピレンからなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項1に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【請求項4】
前記化合物(B5)は、脂肪酸、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、脂肪酸塩、炭素環を有するジエステル、リン酸エステル、及びフェノール化合物からなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項1に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【請求項5】
前記有機バインダー(B)に対する前記パラフィンワックス(B4)の質量比((B4)/(B))が0.25以下である、請求項1に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【請求項6】
前記オレフィン系エラストマー(B3)は、スチレンとブタジエンとのブロック共重合体の水素添加物、及び/又は、酸変性エチレン・α-オレフィン共重合体を含む、請求項1に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載のフィラメント用組成物を用いて作製された3Dプリンタ用フィラメント。
【請求項8】
焼結性無機粉末(A)の焼結体の製造方法であって、
請求項7に記載の3Dプリンタ用フィラメントを用いて、熱溶融積層方式のフィラメント式3Dプリンタによって積層構造体を造形する工程、造形した前記積層構造体を脱脂する工程、及び、脱脂した前記積層構造体中の焼結性無機粉末(A)を焼結する工程を含む、焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィラメント式3Dプリンタに用いられるフィラメント用組成物に関し、また該フィラメント用組成物を用いた3Dプリンタ用フィラメント、焼結体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
3次元のデジタルデータに基づいて、立体造形物を積層造形する3Dプリンタは、様々な分野において実用化が進められている。3Dプリンタで立体造形物を製造する方式としては、主に、粉末床溶融結合法、結合材噴射法、材料押出法(MEX:Material Extrusion)、及び液槽光重合法が知られている。
【0003】
その中で、材料押出法は、熱溶融積層法(FDM:Fused Deposition Modeling)とも呼ばれ、熱可塑性樹脂からなる材料を溶融し、溶融した樹脂を一層ずつ積層して冷却固化することにより、熱可塑性樹脂からなる立体造形物を得る方式である。この方式は、用いる装置が簡便であることから広く普及が進んでいる。
【0004】
金属あるいはセラミックスの立体造形物を3Dプリンタにより製造する場合は、高出力のレーザーで直接焼結する粉末床溶融結合法や、光硬化樹脂にフィラーを分散する液槽光重合法が一般的に採用されている。しかしながら、これらの方式では、装置が高価になるという問題や積層速度が遅いという問題がある。
【0005】
これに対して、特許文献1は、材料押出法を用いて金属製品又はセラミックス製品を安価かつ高速に製造することができる技術を開示している。具体的には、例えば、特許文献1では、金属粉末を含む熱可塑性樹脂からペレットを作り、材料押出法により当該ペレットから造形物を形成し、当該造形物を所定の条件で加熱して脱脂し、最終的に当該造形物中の金属粉末を焼結させることにより金属製品を製造している。
【0006】
ペレットではなく、フィラメントを用いて造形物を製造するフィラメント式3Dプリンタが知られている。フィラメント式3Dプリンタでは、一般に、ロール状に巻いた直径1.75mm等のフィラメントが用いられる。フィラメント式3Dプリンタは、ギアで挟み込んだフィラメントを、当該ギアの回転によりヒーター部へ送り出すギア部を備える。フィラメント式3Dプリンタは、ギア部によりフィラメントをヒーター部へ送り出して溶融させ、これをノズル先端から吐出しながら、所定の形状に積層していく。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のようなフィラメント式3Dプリンタを金属やセラミックスの造形に用いることができれば、粉末床溶融結合法等を採用した場合に生じる装置価格及び積層速度等の問題を解決でき、また、普及が進んでいる安価な3Dプリンタによっても金属製品やセラミックス製品を作製することが可能となる。
【0009】
しかしながら、特許文献1に開示された3次元プリンタ用組成物を、例えば直径1.75mmのフィラメント状にすると、脆くて折れやすいため、ロール状に巻き取ることが困難である。また、フィラメントに可塑剤等を添加して柔軟性を付与しても、ギア部周辺でフィラメントが座屈したり、折れたり、削れたりするため、フィラメントを正常に送れなくなるといった不具合が生じる。
【0010】
また、金属やセラミックスの造形に用いるフィラメントには、通常の樹脂造形体用のフィラメントと同様に所望する形状を造形可能であることに加え、脱脂と焼結を経て得られる焼結体の外観が優れていることも求められる。
【0011】
本発明の実施形態は、フィラメント式3Dプリンタから溶融した組成物を正常に吐出することが可能あり、かつ、優れた外観の焼結体を形成可能な、3Dプリンタのフィラメント用組成物及びこれを用いた3Dプリンタ用フィラメントを提供することを目的とする。本発明の実施形態は、また、当該3Dプリンタ用フィラメントを用いて得られる焼結体、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以下に示される実施形態を含む。
[1] フィラメント式3Dプリンタに用いられるフィラメント用組成物であって、焼結性無機粉末(A)及び有機バインダー(B)を含有し、有機バインダー(B)は、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体の水素添加物、及び2種以上の不飽和脂肪族炭化水素の共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系エラストマーであって、硬度がA60以上でありかつ流動開始温度が130℃以上であるオレフィン系エラストマー(B3)、前記オレフィン系エラストマー(B3)を除く非結晶性ポリマーと、EVAとからなる群から選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂(B1)、前記オレフィン系エラストマー(B3)と前記熱可塑性樹脂(B1)とパラフィンワックス(B4)とを除く、重量平均分子量が8000以下の化合物(B5)、及び、前記EVAと前記オレフィン系エラストマー(B3)と前記化合物(B5)とを除く結晶性ポリマーから選択される熱可塑性樹脂(B2)を含み、前記有機バインダー(B)の量は焼結性無機粉末(A)100質量部に対して5~55質量部であり、前記有機バインダー(B)に対する前記熱可塑性樹脂(B1)及び前記化合物(B5)の合計の質量比(((B1)+(B5))/(B))が0.10~0.60であり、前記有機バインダー(B)に対する前記熱可塑性樹脂(B2)の質量比((B2)/(B))が0.05~0.80であり、前記有機バインダー(B)に対する前記オレフィン系エラストマー(B3)の質量比((B3)/(B))が0.03~0.60であり、前記有機バインダー(B)に対する前記化合物(B5)の質量比((B5)/(B))が0.02~0.20である、3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【0013】
[2] 前記熱可塑性樹脂(B1)は、(メタ)アクリル酸エステルの重合体及びEVAからなる群から選択される少なくとも1種を含む、[1]に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【0014】
[3] 前記熱可塑性樹脂(B2)は、ポリアセタール、ポリエチレン、及びポリプロピレンからなる群から選択される少なくとも1種を含む、[1]又は[2]に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【0015】
[4] 前記化合物(B5)は、脂肪酸、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、脂肪酸塩、炭素環を有するジエステル、リン酸エステル、及びフェノール化合物からなる群から選択される少なくとも1種を含む、[1]~[3]のいずれか1項に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【0016】
[5] 前記有機バインダー(B)に対する前記パラフィンワックス(B4)の質量比((B4)/(B))が0.25以下である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【0017】
[6] 前記オレフィン系エラストマー(B3)は、スチレンとブタジエンとのブロック共重合体の水素添加物、及び/又は、酸変性エチレン・α-オレフィン共重合体を含む、[1]~[5]のいずれか1項に記載の3Dプリンタのフィラメント用組成物。
【0018】
[7] [1]~[6]のいずれか1項に記載のフィラメント用組成物を用いて作製された3Dプリンタ用フィラメント。
【0019】
[8] [7]に記載の3Dプリンタ用フィラメントを用いて作製された前記焼結性無機粉末(A)の焼結体。
【0020】
[9] 焼結性無機粉末(A)の焼結体の製造方法であって、[7]に記載の3Dプリンタ用フィラメントを用いて、熱溶融積層方式のフィラメント式3Dプリンタによって積層構造体を造形する工程、造形した前記積層構造体を脱脂する工程、及び、脱脂した前記積層構造体中の焼結性無機粉末(A)を焼結する工程を含む、焼結体の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明の実施形態によれば、フィラメント式3Dプリンタから溶融した組成物を正常に吐出することができ、かつ、優れた外観の焼結体を形成可能な、3Dプリンタのフィラメント用組成物及びこれを用いた3Dプリンタ用フィラメントを提供することができる。また、本発明によれば、当該3Dプリンタ用フィラメントを用いて得られる焼結体及びその製造方法を提供することもできる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本実施形態に係る3Dプリンタのフィラメント用組成物は、焼結性無機粉末(A)及び有機バインダー(B)を含有する。3Dプリンタとしては、例えば、3Dプリンタ用フィラメントを加熱して流動化させ、ノズルから吐出して積層しながら3次元構造体を造形することができるものを用いることができ、材料押出積層方式(MEX)(熱溶融積層方式:FDM)の各種フィラメント式3Dプリンタが挙げられる。本明細書では、3Dプリンタを用いて、組成物を積層して形成した造形物を「積層構造体」とも称し、積層構造体中の焼結性無機粉末(A)を焼結させることにより得られる造形物を「焼結体」とも称する。
【0023】
<焼結性無機粉末(A)>
焼結性無機粉末(A)は、例えば高温に加熱することにより焼結する性質を有する無機粉末である。焼結性無機粉末(A)としては、例えば、金属粉末、セラミックス粉末、及びサーメット粉末が挙げられる。金属粉末の具体例としては、純鉄、鉄-ニッケル、鉄-コバルト、鉄-シリコン、ステンレス(ステンレススチール)などの鉄系合金、タングステン、アルミニウム合金、銅、銅合金、超硬合金(WC-Co系合金など)、チタン、チタン合金などの粉末が挙げられる。セラミックス粉末の具体例としては、Al2O3、BeO、ZrO2、SiO2などの酸化物、TiC、ZrC、B4C、炭化タングステン(WC)、炭化珪素(SiC)などの炭化物、CrB、ZrB2などのホウ化物、窒化チタン、窒化ジルコニウム、窒化ホウ素、窒化アルミニウム(AlN)などの窒化物などの粉末が挙げられる。サーメット粉末の具体例としては、Al2O3-Fe系、TiC-Ni系、TiC-Co系、B4C-Fe系などの粉末が挙げられる。これらはいずれか1種又は2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0024】
焼結性無機粉末(A)の平均粒子径は、特に限定されず、例えば0.05~100μmでもよく、0.05~30μmでもよく、0.1~10μmでもよい。また、当該平均粒子径は、0.05~3μmでもよいし、0.1~2μmでもよいし、0.1~1μmでもよい。また、当該平均粒子径は、0.5~10μmであってもよいし、1.0~9μmであってもよいし、1.0~8μmであってもよい。
【0025】
本明細書において、焼結性無機粉末(A)の平均粒子径は、レーザー回折・散乱法(マイクロトラック粒子径測定装置:MT3100II)を用いて求めた粒度分布における積算値50%での粒径(D50)を意味する。
【0026】
<有機バインダー(B)>
本実施形態に係る有機バインダー(B)は、
・不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体の水素添加物、及び2種以上の不飽和脂肪族炭化水素の共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系エラストマーであって、硬度がA60以上でありかつ流動開始温度が130℃以上であるオレフィン系エラストマー(B3)、
・オレフィン系エラストマー(B3)を除く非結晶性ポリマーと、EVAとからなる群から選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂(B1)、
・オレフィン系エラストマー(B3)と熱可塑性樹脂(B1)とパラフィンワックス(B4)とを除く、重量平均分子量が8000以下の化合物(B5)、及び、
・EVAとオレフィン系エラストマー(B3)と化合物(B5)とを除く結晶性ポリマーから選択される熱可塑性樹脂(B2)、を含む。
【0027】
<オレフィン系エラストマー(B3)>
オレフィン系エラストマーは、炭素-炭素二重結合を有する不飽和脂肪族炭化水素を構成モノマーとして含むポリマーであって、常温(25℃)でゴム弾性を持つ熱可塑性エラストマーである。本実施形態では、オレフィン系エラストマー(B3)として、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体(以下、「芳香族系共重合体(B31)」ということがある。)、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体の水素添加物(B32)、及び、2種以上の不飽和脂肪族炭化水素の共重合体(以下、「脂肪族系共重合体(B33)」ということがある。)からなる群から選択される少なくとも1種が用いられる。これらの芳香族系共重合体(B31)、水素添加物(32)、及び脂肪族系共重合体(B33)は、それぞれ酸変性されたものでもよく、酸変性されていないものでもよい。
【0028】
オレフィン系エラストマー(B3)を構成する不飽和脂肪族炭化水素としては、炭素数が2~6のものが好ましく、炭素数が2~4のものがより好ましい。該不飽和脂肪族炭化水素が有する炭素-炭素二重結合の数は1又は2であることが好ましい。該不飽和脂肪族炭化水素は、三重結合を有しないものが好ましい。該不飽和脂肪族炭化水素の具体例としては、エチレン、プロピレン、ブチレンなどのモノオレフィン、ブタジエン、イソプレンなどのジオレフィンが挙げられる。
【0029】
芳香族系共重合体(B31)及び水素添加物(B32)を構成する芳香族ビニル化合物としては、例えば、スチレン、α-メチルスチレン、ビニルトルエン、ビニルナフタレンなどが挙げられる。芳香族系共重合体(B31)及びその水素添加物(B32)において、芳香族ビニル化合物に由来する構成単位の含有量は、特に限定されず、例えば10~50質量%でもよく、10~35質量%でもよく、12~30質量%でもよい。
【0030】
該芳香族ビニル化合物としてはスチレンが好ましい。従って、芳香族系共重合体(B31)としては、不飽和脂肪族炭化水素とスチレンとの共重合体が好ましく、水素添加物(B32)としては、不飽和脂肪族炭化水素とスチレンとの共重合体の水素添加物が好ましい。
【0031】
芳香族系共重合体(B31)の具体例としては、スチレンとブタジエンとの共重合体、スチレンとエチレンとプロピレンとの共重合体、及びスチレンとエチレンとブチレンとの共重合体が挙げられる。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0032】
芳香族系共重合体(B31)は、ランダム共重合体でもブロック共重合体でもよいが、ブロック共重合体の方が好ましい。上記のスチレンとブタジエンとのブロック共重合体としては、例えば、スチレン-ブタジエン-スチレンの順番で各単量体がブロック付加された共重合体が好ましい。上記のスチレンとエチレンとプロピレンとのブロック共重合体としては、例えば、スチレン-エチレン-プロピレン-スチレンの順番で各単量体がブロック付加された共重合体が好ましい。上記のスチレンとエチレンとブチレンとのブロック共重合体としては、例えば、スチレン-エチレン-ブチレン-スチレンの順番で各単量体がブロック付加された共重合体が好ましい。
【0033】
水素添加物(B32)は、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体にける不飽和脂肪族炭化水素に由来する構成単位の炭素-炭素二重結合に水素が添加されたものであり、上記の芳香族系共重合体(B31)に水素を付加して得られる化合物が挙げられる。不飽和脂肪族炭化水素に由来する構成単位における二重結合の水素添加率は特に限定されず、例えば50%以上でもよく、80%以上でもよく、90%以上でもよい。なお、水素添加率は、例えば1H-NMRによって測定することができる。
【0034】
脂肪族系共重合体(B33)は、2種以上の不飽和脂肪族炭化水素の共重合体であり、上記の炭素数2~6(より好ましくは炭素数2~4)の不飽和脂肪族炭化水素を2種以上用いて共重合したものが好ましい。脂肪族系共重合体(B33)は、エラストマーであれば、ランダム共重合体でもブロック共重合体でもよい。脂肪族系共重合体(B33)の具体例としては、エチレン・プロピレン共重合体、エチレン・ブチレン共重合体、エチレン・プロピレン・ブチレン共重合体、プロピレン・ブチレン共重合体などが挙げられ、好ましくは、エチレンとプロピレンとの共重合体、エチレンと1-ブテンとの共重合体などのエチレン・α-オレフィン共重合体である。
【0035】
芳香族系共重合体(B31)、水素添加物(32)及び脂肪族系共重合体(B33)は、上記のように酸変性されてもよい。酸変性された芳香族系共重合体(B31)、水素添加物(32)及び脂肪族系共重合体(B33)は、変性基として酸無水物基及び/又はカルボキシ基を有する。
【0036】
例えば、酸変性された芳香族系共重合体(B31)としては、酸無水物基及び/又はカルボキシ基を有する不飽和化合物(例えば、無水マレイン酸などの二塩基酸)を不飽和脂肪族炭化水素及び芳香族ビニル化合物とともに共重合して得られたものでもよく、あるいはまた、酸無水物基及び/又はカルボキシ基を有する不飽和化合物で、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体をラジカル反応条件下にてグラフト変性して得られたものでもよい。
【0037】
酸変性された水素添加物(B32)としては、酸変性された芳香族系共重合体(B31)を水素添加したものでもよく、水素添加後にグラフト変性により変性基を導入したものでもよい。
【0038】
酸変性された脂肪族系共重合体(B33)としては、酸無水物基及び/又はカルボキシ基を有する不飽和化合物を2種以上の不飽和脂肪族炭化水素とともに共重合して得られたものでもよく、あるいはまた、酸無水物基及び/又はカルボキシ基を有する不飽和化合物で、2種以上の不飽和脂肪族炭化水素の共重合体をラジカル反応条件下にてグラフト変性して得られたものでもよい。
【0039】
酸変性による変性度は、特に限定されず、例えば0.1~4.0質量%でもよく、0.5~3.0質量%でもよい。ここで、変性度は、FT-IRにてカルボニル基に帰属される波数1780cm-1ピーク強度に基づいて求めることができる。
【0040】
芳香族系共重合体(B31)、水素添加物(B32)及び脂肪族系共重合体(B33)の重量平均分子量は、特に限定されず、例えば、3万~30万であることが好ましい。
【0041】
一実施形態において、オレフィン系エラストマー(B3)としては、不飽和脂肪族炭化水素とスチレンとの共重合体の水素添加物、及び/又は、酸変性された2種以上の不飽和脂肪族炭化水素の共重合体を用いることが好ましく、より好ましくは、スチレンとブタジエンとのブロック共重合体の水素添加物、及び/又は、酸変性エチレン・α-オレフィン共重合体を用いることである。
【0042】
一実施形態において、オレフィン系エラストマー(B3)100質量%は、上記水素添加物(B32)及び/又は脂肪族系共重合体(B33)を50質量%以上(より好ましくは70質量%以上、更に好ましくは80質量%以上、又は100質量%でもよい。)含むことが好ましく、より好ましくは上記水素添加物(B32)(更に好ましくは不飽和脂肪族炭化水素とスチレンとの共重合体の水素添加物)を50質量%以上(より好ましくは70質量%以上)含むことである。より好ましくは、オレフィン系エラストマー(B3)100質量%は、スチレンとブタジエンとのブロック共重合体の水素添加物、及び/又は、酸変性エチレン・α-オレフィン共重合体を、50質量%以上(より好ましくは70質量%以上、更に好ましくは80質量%以上、又は100質量%でもよい。)含むことであり、更に好ましくは、スチレンとブタジエンとのブロック共重合体の水素添加物を50質量%以上(より好ましくは70質量%以上)含むことである。
【0043】
オレフィン系エラストマー(B3)としては、硬度がA60以上(即ち、A60、又はA60よりも硬い)でありかつ流動開始温度が130℃以上であるものが用いられる。このようにオレフィン系エラストマー(B3)として硬度の高いものを用いることにより、結晶性ポリマーである熱可塑性樹脂(B2)の量を減少させたとしても、フィラメントの剛性を高めて、ギア部周辺での座屈や折れを防止して、フィラメントの送り安定性を向上することができる。そのため、フィラメントの送り安定性を損なうことなく、熱可塑性樹脂(B2)の量を低減することで積層構造体における層同士の密着性を向上することができ、比較的大きな積層構造体における密着不良を改善することができる。
【0044】
オレフィン系エラストマー(B3)の硬度は、より好ましくはA65以上である。オレフィン系エラストマー(B3)の硬度の上限は、D80以下であることが好ましく、より好ましくはD60以下である。オレフィン系エラストマー(B3)の硬度は、より好ましくはA65以上A95以下であり、更に好ましくはA65以上A90以下である。
【0045】
本明細書において、オレフィン系エラストマー(B3)の硬度は、ISO7619に準拠して測定されるものであり、数値の前に付された「A」はISO7619によるタイプAの硬度を意味し、「D」はISO7619によるタイプDの硬度を意味する。タイプAによる硬度が95(即ち、A95)を超える場合には、タイプDにより測定するものとする。
【0046】
オレフィン系エラストマー(B3)の流動開始温度について、上限は特に限定されないが、230℃以下であることが好ましい。オレフィン系エラストマー(B3)の流動開始温度は、より好ましくは130℃以上200℃以下であり、更に好ましくは132℃以上180℃以下である。
【0047】
本明細書において、「流動開始温度」は次のように定義される。すなわち、ダイ穴の直径が1.0mmであり、ダイ穴の長さが1.0mmであり、試料への荷重が0.98MPaである条件の下、試料の温度を25℃から5℃/minで昇温したときの、溶解した試料がダイから流れ出す温度を流動開始温度とする。流動開始温度は、例えば、株式会社島津製作所製の定試験力押出形細管式レオメータ フローテスタ「CFD-500D」を用いて測定することができる。
【0048】
<熱可塑性樹脂(B1)>
本実施形態に係る有機バインダー(B)は、上述のように、オレフィン系エラストマー(B3)を除く非結晶性ポリマー(B11)と、EVA(エチレン・酢酸ビニル共重合体)(B12)とからなる群から選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂(B1)を含む。言い換えれば、有機バインダー(B)は熱可塑性樹脂(B1)を含み、この熱可塑性樹脂(B1)は非結晶性ポリマー(B11)及びEVA(B12)の少なくとも一方であるが、該非結晶性ポリマー(B11)はオレフィン系エラストマー(B3)を含まない。
【0049】
非結晶性ポリマー(B11)としては、例えば、(メタ)アクリル酸エステルの重合体、すなわち(メタ)アクリル酸エステルを構成モノマーとして含む重合体が挙げられる。(メタ)アクリル酸エステルの重合体としては、例えば、炭素数1~8のアルコールと(メタ)アクリル酸とのエステルの重合体が挙げられる。このような重合体を構成する(メタ)アクリル酸エステルとしては、例えば、炭素数が1~8のアルキル基を有するn-アルキル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、t-ブチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、2-メトキシエチル(メタ)アクリレート、2-エトキシエチル(メタ)アクリレート、及び、グリシジル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0050】
ここで、「(メタ)アクリレート」はアクリレート又はメタクリレートを表し、「(メタ)アクリル酸」はアクリル酸又はメタクリル酸を表す。また、(メタ)アクリル酸エステルの重合体を「アクリル系樹脂」とも称する。
【0051】
上記(メタ)アクリル酸エステルの重合体は、2種以上の(メタ)アクリル酸エステルの共重合体、又は、(メタ)アクリル酸エステルと他の単量体との共重合体であってもよい。このような共重合体としては、例えば、メタクリル酸メチルとアクリル酸ブチルとの共重合体、エチレンとメタクリル酸グリシジルとの共重合体、及び、エチレンとメタクリル酸グリシジルとスチレンの共重合体などが挙げられる。
【0052】
(メタ)アクリル酸エステルの重合体は、ランダム共重合体であってもブロック共重合体であってもよいが、ブロック共重合体の方が好ましい。上記のメタクリル酸メチルとアクリル酸ブチルとの共重合体としては、メタクリル酸メチル-アクリル酸ブチル-メタクリル酸メチルの順番でブロック付加した重合体(例えば、(株)クラレ製「クラリティLA2140」等)であることが好ましい。また、アクリル酸ブチルが有するブチル基は、n-ブチル基であることが好ましい。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0053】
非結晶性ポリマー(B11)の重量平均分子量は特に限定されず、例えば1万以上でもよく、2万以上でもよく、4万以上でよく、また40万以下でもよく、30万以下でもよい。
【0054】
EVAは、エチレンと酢酸ビニルとの共重合である。EVAとしては、結晶化度の低いもの(例えば、結晶化度が25%以下のもの)を使用することがより好ましい。EVAの結晶化度は、酢酸ビニル(VA)含量と相関するため、好ましいEVAとしては、例えば、酢酸ビニル含量(質量百分率:JIS K7192:1999)が20%~50%、より好ましくは25%~40%のEVAが挙げられる。また、EVAとしては、重量平均分子量が3~12万程度のものを用いることが好ましく、5~10万程度のものを用いることがより好ましい。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0055】
熱可塑性樹脂(B1)としては、特に、アクリル系樹脂及びEVAからなる群から選択される少なくとも1種が好ましい。アクリル系樹脂としては、メタクリル酸n-ブチルの重合体、メタクリル酸メチルとアクリル酸n-ブチルの共重合体、エチレンとメタクリル酸グリシジルとの共重合体、メタクリル酸n-ブチルとアクリル酸との共重合体、エチレンとメタクリル酸グリシジルとの共重合体、エチレンとメタクリル酸グリシジルとスチレンの共重合体が好ましい。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0056】
一実施形態において、熱可塑性樹脂(B1)100質量%は、アクリル系樹脂及び/又はEVAを50質量%以上(より好ましくは70質量%以上、更に好ましくは80質量%以上、又は100質量%でもよい。)含むことが好ましく、また、アクリル系樹脂を50質量%以上(より好ましくは70質量%以上)含むことが好ましい。
【0057】
<化合物(B5)>
本実施形態に係る有機バインダー(B)は、上述のように、オレフィン系エラストマー(B3)と熱可塑性樹脂(B1)とパラフィンワックス(B4)とを除く、重量平均分子量が8000以下の化合物(B5)を含む。言い換えれば、有機バインダー(B)は重量平均分子量が8000以下の化合物(B5)を含むが、この化合物(B5)は、オレフィン系エラストマー(B3)と熱可塑性樹脂(B1)とパラフィンワックス(B4)を含まない。
【0058】
化合物(B5)としては、特に限定されないが、例えば、脂肪酸、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、脂肪酸塩、リン酸エステル、フェノール化合物、及び炭素環を有するジエステルからなる群から選択される少なくとも1種(B51)を含む。一実施形態において、化合物(B5)100質量%は、当該少なくとも1種(B51)を60質量%以上(より好ましくは80質量%以上、又は100質量%でもよい。)含むことが好ましい。
【0059】
本明細書において、重量平均分子量は、例えば、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて求めることができる。
【0060】
化合物(B5)の重量平均分子量は、8000以下であれば特に限定されないが、5000以下であることが好ましく、3000以下であることがより好ましく、2000以下であることがより好ましく、1000以下であることがより好ましく、800以下であることがより好ましく、700以下であることがより好ましく、600以下であることがさらに好ましい。また、当該重量平均分子量は、32以上であることが好ましく、75以上であることがより好ましく、100以上であることがより好ましく、200以上であることがさらに好ましい。
【0061】
なお、化合物(B5)が分子量分布のない化合物である場合、「重量平均分子量」は単に分子量を意味する。
【0062】
上記の脂肪酸としては、例えば、炭素数が10を超える高級脂肪酸を挙げることができる。そのうち、炭素数15~25の脂肪酸が好ましく、炭素数16~20の脂肪酸がより好ましい。また、脂肪酸としては、不飽和脂肪酸よりも飽和脂肪酸が好ましい。脂肪酸としては、炭素数18の飽和脂肪酸であるステアリン酸が最も好ましい。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0063】
上記の脂肪酸エステルとしては、例えば、多官能アルコールと高級脂肪酸とのエステルを挙げることができる。多官能アルコールとしては、例えば、ショ糖、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、及びソルビタンを挙げることができ、これらのうちソルビタンが最も好ましい。また、脂肪酸エステルは、モノエステルであることが好ましい。脂肪酸エステルを構成する脂肪酸としては、炭素数15~25の脂肪酸が好ましく、炭素数16~20の脂肪酸がより好ましい。脂肪酸エステルを構成する脂肪酸としては、不飽和脂肪酸よりも飽和脂肪酸が好ましい。脂肪酸エステルとしては、モノステアリン酸ソルビタンエステルが最も好ましい。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0064】
上記の脂肪酸アミドとしては、例えば、アンモニア、第一級アミン又は第二級アミンと高級脂肪酸とが脱水縮合したものを挙げることができる。脂肪酸アミドを構成する脂肪酸としては、炭素数15~25の脂肪酸が好ましく、炭素数16~20の脂肪酸がより好ましい。第一級アミン又は第二級アミンとしては、例えば、芳香族アミン、脂肪族アミン、及び脂環式アミンが挙げられる。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0065】
上記の脂肪酸塩としては、上記のような脂肪酸の金属塩が挙げられる。具体的には、ナトリウム塩、カリウム塩、及びリチウム塩などのアルカリ金属塩が挙げられる。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0066】
上記のリン酸エステルとしては、例えば、ハロゲン化リン酸エステルが好ましく、塩素化リン酸エステルがより好ましい。リン酸エステルとしては、例えば、トリス(クロロエチル)ホスフェート、トリス(β-クロロプロピル)ホスフェート、トリス(ジクロロプロピル)ホスフェート、テトラキス(2-クロロエチル)ジクロロイソペンチルジホスフェート、及びポリオキシアルキレンビス(ジクロロアルキル)ホスフェートを挙げることができる。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0067】
上記のフェノール化合物としては、例えば、1,1,3-トリス(2-メチル-4-ヒドロキシ-5-tert-ブチルフェニル)ブタン、4,4’-ブチリデンビス(6-tert-ブチル-m-クレゾール)、ビス[3-(3-tert-ブチル-4-ヒドロキシ-5-メチルフェニル)プロピオン酸][エチレンビス(オキシエチレン)]、ビス[3-(3-tert-ブチル-4-ヒドロキシ-5-メチルフェニルプロピオン酸)(2,4,8,10-テトラオキサスピロ[5,5]ウンデカン-3,9-ジイル)ビス(2,2-ジメチル-2,1-エタンジイル)、及び、ペンタエリトリトール=テトラキス[3-(3’,5’-ジ-tert-ブチル-4’-ヒドロキシフェニル)]プロピオナート]が挙げられる。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0068】
上記の炭素環を有するジエステルとしては、例えば、脂肪族アルコールと炭素環を有するジカルボン酸とのジエステルが挙げられる。脂肪族アルコールとしては、炭素数3~10の脂肪族アルコールが好ましく、炭素数4~8の脂肪族アルコールがより好ましい。炭素環を有するジエステルの具体例としては、ジブチルフタレート及びジオクチルフタレート等のフタル酸エステル、4-シクロヘキセン-1,2-ジカルボン酸ビス(2-エチルヘキシル)、及び1,2-シクロヘキサンジカルボン酸ジイソノニルエステルが挙げられる。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0069】
<熱可塑性樹脂(B2)>
本実施形態に係る有機バインダー(B)は、上述のように、EVAとオレフィン系エラストマー(B3)と化合物(B5)とを除く結晶性ポリマーから選択される熱可塑性樹脂(B2)を含む。言い換えれば、有機バインダー(B)は、結晶性ポリマーである熱可塑性樹脂(B2)を含むが、この熱可塑性樹脂(B2)は、EVAとオレフィン系エラストマー(B3)と化合物(B5)を含まない。
【0070】
該結晶性ポリマーの重量平均分子量は特に限定されず、例えば1万以上でもよく、2万以上でもよく、4万以上でよく、また40万以下でもよく、30万以下でもよい。
【0071】
熱可塑性樹脂(B2)としては、例えば、ポリアセタール(POM)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリブテン、ポリアミド(PA)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、及び、ポリ乳酸(PLA)が挙げられる。これらはいずれか1種を用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。熱可塑性樹脂(B2)は、ポリアセタール(POM)、ポリエチレン(PE)、及びポリプロピレン(PP)からなる群から選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂(B21)を含むことが好ましい。
【0072】
ポリアセタールは、オキシメチレン単位(-CH2O-)を構成単位に持つポリマーであり、ポリアセタールホモポリマー、及びポリアセタールコポリマーが挙げられる。ポリアセタールホモポリマーは、オキシメチレン単位のみを主鎖に有するポリマーである。ポリアセタールコポリマーは、主モノマーに由来するオキシメチレン単位と、コモノマーに由来するコモノマー単位とを主鎖に有する共重合ポリマーである。コモノマー単位は、オキシメチレン単位と共重合できるものであれば特に限定されず、例えばオキシエチレン単位、オキシプロピレン単位、オキシブチレン単位などの炭素数2以上のオキシアルキレン単位が挙げられる。ポリアセタールコポリマーにおけるコモノマー単位の含有割合は特に限定されず、例えば0.01~10モル%でもよく、0.1~5モル%でもよい。ポリアセタールの重量平均分子量は特に限定されず、例えば1万~20万でもよく、2万~10万でもよい。
【0073】
ポリエチレン及びポリプロピレンとしては特に限定されず、例えば重量平均分子量が10万~40万程度のものを用いることが好ましく、20万~30万程度のものを用いることがより好ましい。
【0074】
一実施形態において、熱可塑性樹脂(B2)100質量%は、上記熱可塑性樹脂(B21)を50質量%以上含むことが好ましく、より好ましくは70質量%以上含むことであり、更に好ましくは80質量%以上含むことであり、100質量%でもよい。
【0075】
また、一実施形態において、熱可塑性樹脂(B2)は、ポリアセタールを主成分とすることが好ましい。すなわち、熱可塑性樹脂(B2)100質量%におけるポリアセタールの量が50質量%以上であることが好ましく、より好ましく70質量%以上であり、更に好ましくは80質量%以上であり、100質量%でもよい。また、熱可塑性樹脂(B2)は、ポリアセタール70~100質量%、及び、ポリエチレン及び/又はポリプロピレン0~30質量%を含んでもよく、ポリアセタール80~100質量%、及び、ポリエチレン及び/又はポリプロピレン0~20質量%を含んでもよい。
【0076】
<パラフィンワックス(B4)>
本実施形態に係る有機バインダー(B)は、パラフィンワックス(B4)をさらに含んでもよく、含まなくてもよい。パラフィンワックス(B4)を含むことにより、フィラメント用組成物又は3Dプリンタ用フィラメントの加熱時における流動性を向上することができる。なお、パラフィンワックス(B4)は、上記の(B1)~(B3)には該当しない。
【0077】
例えば、焼結性無機粉末(A)の平均粒子径が小さい場合は、焼結性無機粉末(A)全体の表面積が大きいことに起因して、3Dプリンタ用フィラメントは熱によって軟化しにくい性質を持つ。ここで、有機バインダー(B)にパラフィンワックス(B4)を加えると、加熱時の流動性が向上して、ノズルからの吐出安定性を向上することができる。
【0078】
パラフィンワックス(B4)としては、特に限定されず、例えば融点が60℃以上であるものが好ましく、融点が65~80℃であるものがより好ましい。ここで、融点はJIS K2235:1991に準拠して測定される。
【0079】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、有機バインダー(B)は、本発明の効果を損なわせない範囲で、例えば、上記パラフィンワックス(B4)以外のワックス、可塑剤、酸化防止剤、金属不活性化剤、紫外線吸収剤、滑剤、及び造核剤等の添加剤を含んでもよい。
【0080】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、有機バインダー(B)の量は焼結性無機粉末(A)100質量部に対して5~55質量部である。有機バインダー(B)の量が5質量部以上であることにより、フィラメント用組成物の流れ値を高めて造形が容易となり、またフィラメントが折れにくくなる。有機バインダー(B)の量が55質量部以下であることにより、フィラメント式3Dプリンタのギア部にてフィラメントが座屈する等の不具合が生じにくくなり、また脱脂時に積層構造体の変形を抑えることができる。有機バインダー(B)の量は焼結性無機粉末(A)100質量部に対して6~25質量部であることが好ましい。なお、「座屈」は、フィラメントが柔らかすぎる場合に生じやすいため、フィラメントにはある程度の硬さが必要である。
【0081】
焼結性無機粉末(A)が金属粉末(例えば、ステンレス、超硬合金等)である場合、有機バインダー(B)の量は、フィラメント使用時の不具合を抑え、かつ積層構造体の外観を向上させる観点から、焼結性無機粉末(A)100質量部に対して5~18質量部であることが好ましく、より好ましくは5~15質量部である。
【0082】
焼結性無機粉末(A)がセラミックス粉末(例えば、アルミナ、ジルコニア等の金属酸化物粉末)である場合、フィラメント使用時の不具合を抑え、かつ積層構造体の外観を向上させる観点から、有機バインダー(B)は、焼結性無機粉末(A)100質量部に対して15~55質量部であることが好ましく、より好ましくは20~40質量部である。
【0083】
焼結性無機粉末(A)がサーメット粉末(例えば、TiC-Co系粉末等)である場合、フィラメント使用時の不具合を抑え、かつ積層構造体の外観を向上させる観点から、有機バインダー(B)は、焼結性無機粉末(A)100質量部に対して5~15質量部であることが好ましく、より好ましくは5~10質量部である。
【0084】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、有機バインダー(B)に対する熱可塑性樹脂(B1)及び化合物(B5)の合計の質量比(((B1)+(B5))/(B))は、0.10~0.60である。当該質量比が0.10以上であることにより、積層性が向上し、焼結体の相対密度を高めることができる。当該質量比が0.60以下であることにより、ギアの押付によるクラックが生じにくくなり、フィラメントが折れにくくなる。当該質量比は0.15~0.54であることが好ましく、より好ましくは0.17~0.50であり、より好ましくは0.18~0.45であり、さらに好ましくは0.20~0.40である。
【0085】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、有機バインダー(B)に対する熱可塑性樹脂(B2)の質量比((B2)/(B))は0.05~0.80である。当該質量比が0.05以上であることにより、フィラメントの硬さを高めてギアの押付によるクラックの発生を抑制することができる。また、当該質量比が0.80以下であることにより、ギア部周辺での不具合の発生を抑えることができる。また、当該質量比が小さいほど、積層構造体における層同士の密着性を向上し、特に焼結性無機粉末(A)としてセラミックス粉末を用いた場合における層間の亀裂発生を抑制することができる。当該質量比は0.05~0.65であることが好ましく、より好ましくは0.05~0.60であり、より好ましくは0.05~0.55であり、より好ましくは0.06~0.45であり、さらに好ましくは0.07~0.40である。
【0086】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、有機バインダー(B)に対するオレフィン系エラストマー(B3)の質量比((B3)/(B))は0.03~0.60である。オレフィン系エラストマー(B3)は、柔軟性、伸び及び接着性に寄与する。そのため、当該質量比が0.03以上であることにより、フィラメントに柔軟性を付与して折れにくくすることができ、また積層性を向上することができる。当該質量比が0.60以下であることにより、ギア部周辺での不具合の発生を抑えることができる。当該質量比は0.03~0.55であることが好ましく、より好ましくは0.05~0.50であり、より好ましくは0.06~0.30であり、さらに好ましくは0.07~0.13である。
【0087】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、有機バインダー(B)に対する化合物(B5)の質量比((B5)/(B))は0.02~0.20である。当該質量比が0.02以上であることにより、フィラメントが折れにくくなり、また焼結体の相対密度を高めることができる。当該質量比が0.20以下であることにより、ノズルからの吐出安定性が向上し、また脱脂時に積層構造体の変形を抑えることができる。当該質量比は、0.03~0.15であることが好ましく、より好ましくは0.03~0.10であり、さらに好ましくは0.03~0.08である。
【0088】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、有機バインダー(B)に対するパラフィンワックス(B4)の質量比((B4)/(B))が0.25以下であることが好ましい。当該質量比が0.25以下であることにより、ギア部でのフィラメントの熱による軟化が抑えることができる。パラフィンワックス(B4)は任意成分であるため、当該質量比は0でもよい。当該質量比は、0~0.23であることが好ましく、0~0.20であることがより好ましく、さらに好ましくは0~0.18である。
【0089】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、有機バインダー(B)に対する熱可塑性樹脂(B1)の質量比((B1)/(B))は、特に限定されないが、好ましくは0.08~0.55であり、より好ましくは0.10~0.45であり、より好ましくは0.15~0.40であり、さらに好ましくは0.18~0.35である。
【0090】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、熱可塑性樹脂(B1)に対する熱可塑性樹脂(B2)の質量比((B2)/(B1))は、特に限定されないが、好ましくは0.60~8.0であり、より好ましくは1.0~5.0であり、さらに好ましくは1.5~3.5である。
【0091】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、熱可塑性樹脂(B1)に対するオレフィン系エラストマー(B3)の質量比((B3)/(B1))は、特に限定されないが、好ましくは0.05~6.0であり、より好ましくは0.10~2.0であり、より好ましくは0.15~1.20であり、さらに好ましくは0.20~0.85である。
【0092】
本実施形態に係るフィラメント用組成物において、熱可塑性樹脂(B1)に対する化合物(B5)の質量比((B5)/(B1))は、特に限定されないが、好ましくは0.05~1.0であり、より好ましくは0.08~0.50であり、さらに好ましくは0.10~0.40である。
【0093】
本実施形態に係るフィラメント用組成物の、JIS(1999年度版)K7210付属書Cに準拠して測定された200℃における流れ値は、0.001~0.150cm3/secであることが好ましい。200℃における流れ値が0.001cm3/sec以上であることにより、積層構造体の造形が容易になる。200℃における流れ値が0.150cm3/sec以下であることにより、積層構造体の造形時における糸曳きを抑制し、また積層構造体の変形を抑制することができる。200℃における流れ値は、より好ましくは0.005~0.100cm3/secであり、さらに好ましくは0.008~0.050cm3/secである。
【0094】
流れ値は、例えば、株式会社島津製作所製の定試験力押出形細管式レオメータ フローテスタ「CFD-500D」を用いて測定することができる。より詳細には、上記の流れ値は、ダイ穴の直径が1.0mmであり、ダイ穴の長さが1.0mmであり、試料への荷重が0.98MPaである条件の下、測定温度を200℃としたときに求められる。
【0095】
なお、糸曳きとは、3Dプリンタを用いた積層構造体の造形時において、例えば、初めの層の造形が終わった後、次の層の造形を開始するためにノズルを移動させた際に、作製中の積層構造体とノズルとの間で樹脂が糸を曳く現象であり、これが生じると積層構造体の外観が悪くなる。
【0096】
本実施形態に係るフィラメント用組成物の流動開始温度は、84~189℃であることが好ましく、120~180℃であることがより好ましい。流動開始温度が84℃以上であることにより、ギア部でのフィラメントの熱による軟化を抑えて、座屈する不具合が生じにくくなる。流動開始温度が189℃以下であることにより、ヒーター部でフィラメントが正常に溶解しやすくなる。ここで、「流動開始温度」の定義及びその測定方法は、オレフィン系エラストマー(B3)について上述した通りである。
【0097】
本実施形態に係るフィラメント用組成物は、焼結性無機粉末(A)及び有機バインダー(B)に加え、架橋ポリマー粒子を含んでもよい。架橋ポリマー粒子を含むことにより、焼結体は多孔体となり、セラミックの多孔質体や金属の多孔質体を得ることができる。
【0098】
本実施形態に係るフィラメント式3Dプリンタ用フィラメントは、上記フィラメント用組成物を用いて、従来の方法により作製することができる。具体的には、例えば、上記フィラメント用組成物を、90~250℃の温度で溶融し、定量供給装置でノズル孔から押出し、これを20~80℃の液浴中又は空冷で冷却固化した後、紡糸速度1~50m/分で引き取り、ボビン等に巻き取る方法が挙げられる。
【0099】
該3Dプリンタ用フィラメントは、直径が0.5~3.5mmであることが好ましく、1.0~3.2mmであることがより好ましい。具体的には、フィラメント式3Dプリンタ用フィラメントとしては、直径が1.75mmのものと、2.85mmのものがよく用いられることから、直径は、1.5~2.0mm、又は2.5~3mmであることが好ましい。3Dプリンタ用フィラメントは、直径が上記の範囲を外れると汎用の熱溶融積層法による3Dプリンタには適さない可能性がある。なお、3Dプリンタ用フィラメントの直径とは、フィラメントの長手方向に対して垂直に切断した断面における長径を測定したものである。
【0100】
該3Dプリンタ用フィラメントの上記断面における長径と短径の比(長径/短径)で表される真円率は、1.05以下であることが好ましく、1.03以下であることがより好ましい。真円率が1.05以下であることにより、フィラメント式3Dプリンタにおいてより精密に造形品を造形することができる。なお、長径と短径の比が1に近いほど、真円度が高いことを示す。
【0101】
本実施形態に係る3Dプリンタ用フィラメントは、各種フィラメント式3Dプリンタに適用することができる。フィラメントを用いるFDM方式の3Dプリンタは、一般に、ダイレクト方式とボーデン方式に分類される。
【0102】
ダイレクト方式は、エクストルーダーがプリントヘッドに直接取り付けられている方式であり、フィラメントはダイレクトにプリントヘッドに供給される。そのため、エクストルーダーのギア送り終了部からプリントヘッドのノズル入口までの距離が短く、例えばその距離は25mm程度である。
【0103】
これに対し、ボーデン方式は、エクストルーダーがプリントヘッドから離れたところに取り付けられている方式であり、フィラメントはPTFEチューブなどの樹脂チューブを通ってプリントヘッドに送り込まれる。ボーデン方式では、エクストルーダーのギア送り終了部からプリントヘッドのノズル入口までの距離が長く、通常50mm以上であり、その距離が100mmの装置や400mmの装置なども存在する。
【0104】
上記のようにダイレクト方式ではギア送り終了部からノズル入口までの距離が短い。そのため、ボビンなどへの巻取りが可能なフィラメントであれば、ギア部で送り出したフィラメントをプリントヘッドのヒーター部で加熱し流動化させてノズルから吐出し、3次元構造体を造形することができる。
【0105】
これに対し、ボーデン方式ではギア送り終了部からノズル入口までの距離が長い。そのため、フィラメント用組成物の組成によっては、ギア部で送り出されたフィラメントがギアとノズルの間で折れ、ノズルから吐出できないことがある。このフィラメントの折れは、ギア部でのギアの押付によりフィラメントが変形したときに、フィラメントにクラックが発生することによる。従って、ボーデン方式のようにギア部とノズルが離れている場合でもノズルから正常に吐出できるようにするには、ギアの押付によるクラックの発生を抑制してエクストルーダーからの押し出し圧力をノズルに確実に伝えるとともに、加熱溶融後にノズルから吐出しやすくするための流動性が求められる。そのためには、柔軟性(可撓性)を維持しつつ硬度を高め、かつ溶融状態での流動性を持つことが求められる。
【0106】
本実施形態に係るフィラメント用組成物であると、有機バインダー(B)として、上記の熱可塑性樹脂(B1)、熱可塑性樹脂(B2)、オレフィン系エラストマー(B3)及び化合物(B5)を用いて、これらの質量比(((B1)+(B5))/(B))、((B2)/(B))、((B3)/(B))及び((B5)/(B))を上記のとおり設定したことにより、硬さと柔軟性と流動性のバランスに優れる。そのため、ボーデン方式に用いた場合でも、ギアの押付によるクラックの発生が抑制され、ギアとノズルの間でフィラメントが折れにくいので、エクストルーダーによる押し出し圧力をノズルに確実に伝えることができる。また、プリントヘッドのヒーター部で溶融させた組成物をノズルから安定して吐出することができる。
【0107】
本実施形態に係る3Dプリンタ用フィラメントを材料として用いて、焼結性無機粉末(A)の焼結体を製造することができる。具体的には、焼結性無機粉末(A)の焼結体の製造方法は、上記3Dプリンタ用フィラメントを用いて、熱溶融積層方式のフィラメント式3Dプリンタによって積層構造体を造形する工程(積層構造体の造形工程)と、造形した積層構造体を脱脂する工程(脱脂工程)と、脱脂した積層構造体中の焼結性無機粉末(A)を焼結する工程(焼結工程)とを含む。
【0108】
積層構造体の造形工程は、例えば、上記3Dプリンタ用フィラメントを用いて、ダイレクト方式やボーデン方式などの市販のフィラメント式3Dプリンタにより行うことができる。3Dプリンタは、3Dプリンタ用フィラメントをヒーター部で加熱して溶融するが、このときの加熱温度は100~300℃が好ましく、150~280℃がより好ましく、170~250℃がさらに好ましい。
【0109】
脱脂工程は、積層構造体を加熱することにより積層構造体中の有機バインダー(B)を熱分解させて除去する工程である。脱脂工程は、後述する焼結工程よりも低い温度、すなわち焼結性無機粉末(A)が焼結しない温度で積層構造体を加熱する。脱脂工程では、有機バインダー(B)が分解されてガスとなり放出される。このガスは、積層構造体中の焼結性無機粉末(A)及び分解前の有機バインダー(B)の隙間を通って外部へ放出されることになるが、積層構造体中に放出経路がない場合には、このガスにより積層構造体が変形してしまう。例えば、逃げ場のないガスにより積層構造体が膨れてしまったり、ひび割れたりすることがある。本実施形態に係るフィラメント用組成物で作製したフィラメントを用いると、このような変形(以下「クラック・フクレ」ともいう)も抑えることができる。
【0110】
焼結工程は、脱脂工程の後、残った焼結性無機粉末(A)を高い温度で加熱することにより焼結性無機粉末(A)を焼結させ、焼結体を得る工程である。
【0111】
脱脂・焼結の条件は、組成物に含まれている無機粉末の種類等に応じて、適宜設定することができる。例えば、無機粉末がジルコニア(イットリア安定化ジルコニア等)やアルミナの場合は、昇温速度5~20℃/hで450~550℃前後まで昇温して脱脂を行い、その後昇温速度40~60℃/hで1300~1600℃まで昇温して焼結を行うことができる。無機粉末が金属の場合、不活性ガス雰囲気中において昇温速度5~20℃/hで450~550℃前後まで昇温して脱脂を行い、その後昇温速度40~60℃/hで温度1300~1400℃まで昇温して焼結を行うことができる。
【実施例】
【0112】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は、実施例に限定されるものではない。
【0113】
<使用原料>
実施例及び比較例で使用した原料は以下のとおりである。
[焼結性無機粉末(A)]
・ステンレス粉末(SUS316L粉末、平均粒子径(D50):7.1μm、タップ密度:4.6g/cm3)
・ジルコニア粉末(Y2O3を3モル%含むイットリア部分安定化ジルコニア粉末、BET比表面積:15m2/g、平均粒子径(D50):0.15μm)
・アルミナ粉末(BET比表面積:6m2/g、平均粒子径(D50):0.52μm)
・シリカ粉末(BET比表面積:5m2/g、平均粒子径(D50):0.48μm)
・窒化アルミニウム粉末(BET比表面積:3.17m2/g、平均粒子径(D50):1.3μm)
・炭化珪素粉末(BET比表面積:14.8m2/g、平均粒子径(D50):11μm)
・WC-Co粉末(平均粒子径(D50):1.4μm)
【0114】
[熱可塑性樹脂(B1)]
・アクリル系樹脂1(メタクリル酸n-ブチル重合体、重量平均分子量:20万)
・アクリル系樹脂2(メタクリル酸メチルとアクリル酸n-ブチルとの共重合体、(株)クラレ製「クラリティLA2140」)
・アクリル系樹脂3(エチレンとメタクリル酸グリシジルとの共重合体、住友化学(株)製「ボンドファーストBF-30C」)
・EVA(重量平均分子量:7万、酢酸ビニル含量:30質量%、140℃流れ値:0.30cm3/sec、荷重たわみ温度:68℃)
【0115】
[熱可塑性樹脂(B2)]
・POM(重量平均分子量:5万、180℃流れ値:0.003cm3/sec、融点:165℃)
・PP(重量平均分子量:24万、180℃流れ値:0.051cm3/sec、融点:163℃)
・PE(重量平均分子量:10万、180℃流れ値:0.068cm3/sec、融点:114℃)
【0116】
[オレフィン系エラストマー(B3)]
・水添スチレン/オレフィン系共重合体1(スチレンとブタジエンのブロック共重合体の水素添加物、硬度:A67、流動開始温度:134℃、スチレン含有量:18質量%、180℃流れ値:0.0023cm3/sec)
・水添スチレン/オレフィン系共重合体2(スチレンとブタジエンのブロック共重合体の水素添加物、硬度:A84、流動開始温度:156℃、スチレン含有量:30質量%、190℃流れ値:0.0015cm3/sec)
・オレフィン系共重合体(無水マレイン酸変性エチレン・1-ブテン共重合体、硬度:A70、流動開始温度:162℃、変性度:2質量%、200℃流れ値:0.0023cm3/sec)
・水添スチレン/オレフィン系共重合体3(比較例、スチレンとブタジエンのブロック共重合体の水素添加物、硬度:A39、流動開始温度:122℃、スチレン含有量:20質量%、150℃流れ値:0.002cm3/sec)
・アモルファスポリオレフィン(比較例、A硬度:35、流動開始温度:86℃)
【0117】
[パラフィンワックス(B4)]
・パラフィンワックス(分子量:472、融点:70℃)
【0118】
[化合物(B5)]
・4-シクロヘキセン-1,2-ジカルボン酸ビス(2-エチルヘキシル)(重量平均分子量(分子量):394)
・モノステアリン酸ソルビタンエステル(重量平均分子量(分子量):430、融点:55℃)
・ステアリン酸(重量平均分子量(分子量):284)
【0119】
表1~5は、実施例1~38及び比較例1~12の各フィラメント用組成物の「配合」(配合する原料と配合量)、配合する原料の「質量比」、各フィラメント用組成物に関する「特性」、各フィラメント用組成物を用いて製造した3Dプリンタ用フィラメントに関する「評価」について示す。表1~5の詳細について以下に説明する。
【0120】
<配合>
[フィラメント用組成物の調製]
焼結性無機粉末(A)、熱可塑性樹脂(B1)、熱可塑性樹脂(B2)、オレフィン系エラストマー(B3)、パラフィンワックス(B4)及び化合物(B5)を、表1~5に示す割合で配合し、日本スピンドル製造株式会社(旧株式会社森山製作所)製加圧型ニーダーを用いて170℃で溶融混練を行うことで、実施例1~38及び比較例1~12に係る各フィラメント用組成物を調製した。なお、表中に示す配合量は質量基準(質量部)である。
【0121】
<質量比>
表1~5には、各フィラメント用組成物が含有する原料に関する「質量比」を示す。表中、(A)、(B1)、(B2)、(B3)、(B4)、(B5)及び(B)は、それぞれフィラメント用組成物中の焼結性無機粉末(A)、熱可塑性樹脂(B1)、熱可塑性樹脂(B2)、オレフィン系エラストマー(B3)、パラフィンワックス(B4)、化合物(B5)及び有機バインダー(B)の質量を示す。
【0122】
<特性>
[200℃流れ値]
JIS(1999年度版)K7210付属書Cに準拠して、各フィラメント用組成物の200℃における流れ値(200℃流れ値)を測定した。詳細には、ダイ穴の直径が1.0mmであり、ダイ穴の長さが1.0mmであり、試料(フィラメント用組成物)への荷重が0.98MPaである条件の下、測定温度を200℃としたときの流れ値を測定した。流れ値は、株式会社島津製作所製のフローテスタ「CFD-500D」を用いて測定した。表中の流れ値の単位は「cm3/sec」である。なお、流動性が低すぎて測定できなかったものは表中に「流れず」と記載した。
【0123】
[流動開始温度]
各フィラメント用組成物の流動開始温度を測定した。詳細には、流動開始温度は、株式会社島津製作所製のフローテスタ「CFD-500D」を用いて、次のように求めた。すなわち、ダイ穴の直径が1.0mmであり、ダイ穴の長さが1.0mmであり、試料(フィラメント用組成物)への荷重が0.98MPaである条件(上記の流れ値を測定したときと同じ条件)の下、試料の温度を25℃から5℃/minで昇温し、溶解した試料がダイから流れ出す時の試料温度を流動開始温度として求めた。表中の流動開始温度の単位は「℃」である。なお、流動性が低すぎて測定できなかったものは表中に「流れず」と記載した。
【0124】
<評価>
[フィラメントの製造]
各フィラメント用組成物についてエンプラ産業株式会社製の一軸押出機を使用して、実施例1~38及び比較例1~12に係る各3Dプリンタ用フィラメントを製造した。詳細には、165℃に熱したダイから溶解したフィラメント用組成物を一定の速度で押し出し、室温で空冷することにより、3Dプリンタ用フィラメントを製造した。得られた各3Dプリンタ用フィラメントの直径は1.75mmであった。また、当該3Dプリンタ用フィラメントの断面の真円率(長径と短径の比(長径/短径))は、1.02であった。
【0125】
[ギア押付評価]
3Dプリンタのギアから押し出されたフィラメントは、ギアの歯との接触部が陥没する。陥没部周辺におけるクラック発生の有無を観察し、それがノズルから押し出された後のフィラメントが座屈するか否かの指標となる。3Dプリンタ用フィラメントのギア押出後のクラックの有無は次のように判定した。すなわち、各3Dプリンタ用フィラメントを、3Dプリンタ用押出ギア(直径12mm、歯車の歯長0.5mm、角度90度)により、押付強さ50Nで押し出し、押し出されたフィラメントの表面を光学顕微鏡で観察した。観察の結果に基づいて、クラックのなさを下記の基準で判定した。
○:クラックの発生はなし
×:クラックの発生あり、及び/又はフィラメントの断裂あり
【0126】
[折れにくさ]
各3Dプリンタ用フィラメントの折れにくさを評価した。「折れにくさ」は、3Dプリンタ用フィラメントをボビン等に容易に巻き取ることができるか否かの指標となる。3Dプリンタ用フィラメントの折れにくさは次のように判定した。すなわち、20cmの長さとなるように切って準備した各3Dプリンタ用フィラメントを、直径6cmの棒に1周巻き付けた後、解いて直線状に戻す操作を繰り返し、3Dプリンタ用フィラメントが折れるまでの繰り返し回数をカウントした。判定基準は以下のとおりである。A、B及びCは合格、Dは不合格とした。
A:繰り返し回数21でも折れの発生はなし
B:繰り返し回数11~20で折れが発生
C:繰り返し回数5~10で折れが発生
D:繰り返し回数5未満で折れが発生
【0127】
[製造安定性](ギア部周辺での不具合の発生しにくさ)
各3Dプリンタ用フィラメントを用いて積層構造体を作製した際の、ギア部周辺での不具合の発生しにくさを評価した。ここでは、ギア部周辺での不具合の発生しにくさを製造安定性と称する。詳細には、製造した各3Dプリンタ用フィラメントを材料にして、フィラメント式3Dプリンタ(ボーデン方式、FLASHFORGE製「ADVENTURER 3X」、造形範囲:X150mm×Y150mm×Z150mm、ギアからノズルまでの距離:400mm)を使用して、外径80mm×内径75mm×高さ100mmの円筒体(積層構造体)を作製した。その際の造形速度は30mm/secとし、造形ノズル温度は240℃とし、ステージ温度100℃とし、ノズル径は0.4mmとした。
【0128】
なお、[ノズル吐出安定性及び積層性]、[変形のなさ]及び[相対密度]の評価にて使用する積層構造体も[製造安定性]と同様に作製した。
【0129】
3Dプリンタが正常に動作している場合はフィラメントを送るギア部が正常にフィラメントを送り出すが、ギア部にてフィラメントが座屈したり、折れたり、あるいはギアによりフィラメントが削れたりした場合、フィラメントを正常に送り出すことができなくなり、その結果、正常な造形ができなくなる。ここでは、造形の開始からこのような不具合が発生するまでの時間を測定して、各3Dプリンタ用フィラメントを用いた場合のギア部周辺での不具合の発生しにくさ、すなわち製造安定性を判定した。判定基準は以下のとおりである。A、B及びCは合格、Dは不合格とした。
A: 造形開始から120分以上経過しても不具合なし
B:造形開始から60分以上120分未満で不具合発生
C:造形開始から30分以上60分未満で不具合発生
D:造形開始から30分未満で不具合発生
【0130】
[ノズル吐出安定性及び積層性]
各3Dプリンタ用フィラメントを用いて積層構造体を作製した際の、ノズル吐出安定性及び積層性を評価した。フィラメント式3Dプリンタにおいて、フィラメントはヒーター部にて溶融してノズルから吐出される。3Dプリンタ用フィラメントは、例えば、その流れ値が低すぎたり高すぎたりすると、ノズルから吐出される組成物の量にムラが生じやすい傾向があり、積層構造体の表面に凹凸ができて外観に不良を生じる場合がある。ここでは、このようなムラの生じにくさ(吐出量の変動のなさ)をノズル吐出安定性と称する。
【0131】
また、3Dプリンタのフィラメント用組成物において、例えば、有機バインダー(B)に対する熱可塑性樹脂(B1)及び化合物(B5)の合計の質量比(((B1)+(B5))/(B))が低すぎると、積層構造体における層同士の密着性が低下する傾向がある。密着不良があると、層間に隙間ができたりする欠陥を生じる。ここでは、このような欠陥の生じにくさを積層性と称する。
【0132】
ノズル吐出安定性及び積層性は、積層構造体の外観等に基づいて判定した。判定基準は以下のとおりである。A、B、Cは合格、Dは不合格とした。
A: 密着不良による欠陥はなく、吐出量にムラは認められない
B:密着不良による欠陥はないが、吐出量に軽度のムラがある
C:密着不良による欠陥はないが、吐出量に中度のムラがある
D:密着不良による欠陥があるか、又は吐出量に重度のムラがある
【0133】
ここで、「密着不良による欠陥」の有無は、得られた積層構造体において層間に隙間が認められるか否かにより判断した。また、組成物はノズルから吐出される際にノズル先端で下の層に押し付けれ、広がった状態で積層されていく。そのため、ノズルからの吐出量が安定しない場合は、吐出された後の組成物の幅は大きく変動する。そして、その結果、得られる積層構造体の側面には凹凸が生じる。上記の「軽度のムラ」、「中度のムラ」及び「重度のムラ」の判断は、積層構造体にこのような吐出量のムラに起因する凹凸が認められた場合に次のように行った。すなわち、積層構造体の側面に認められた凹凸のうち、最も大きな凹凸の高さ方向の差が0.4mm未満の場合に「軽度のムラ」とし、当該差が0.4~0.8mmの場合に「中度のムラ」とし、当該差が0.8mmを超える場合に「重度のムラ」とした。
【0134】
[変形のなさ]
各3Dプリンタ用フィラメントを用いて作製した積層構造体について、脱脂工程を経た後に生じたクラック・フクレ等の変形を評価した。詳細には、焼結性無機粉末(A)としてステンレス粉末を含む積層構造体(実施例1~22及び比較例3~6、9~12)については、窒素ガス雰囲気中にて、昇温速度10℃/hで500℃まで昇温して脱脂を行い、30℃まで冷ましてから、脱脂後の積層構造体の状態を観察した。
【0135】
焼結性無機粉末(A)としてジルコニア粉末、アルミナ粉末、シリカ粉末、窒化アルミニウム粉末、又は炭化珪素粉末を含む積層構造体(実施例23~33、36~38及び比較例1、7~8)については、大気中にて昇温速度10℃/hで500℃まで昇温して脱脂し、30℃まで冷ましてから、脱脂後の積層構造体の状態を観察した。
【0136】
焼結性無機粉末(A)としてWC-Co粉末を含む積層構造体(実施例34~35及び比較例2)については、窒素ガス雰囲気中にて昇温速度10℃/hで500℃まで昇温して脱脂し、30℃まで冷ましてから、脱脂後の積層構造体の状態を観察した。
【0137】
観察の結果に基づいて、変形のなさを下記の基準で判定した。なお、上述した条件で積層構造体を造形できなかったものは、表中に「造形できず」と記載した。
〇:変形はない
△:クラック・フクレはないが、それ以外の軽度な変形がある
×:クラック・フクレがあるか、又はそれ以外に重度の変形がある
【0138】
ここで、上記の「軽度な変形」及び「重度の変基」の判定は次のように行った。すなわち、脱脂後の積層構造体について、円筒体の直径及び高さの最大と最小を測定し、設計上の位置(あるべき位置)からどの程度ずれているかを測定した。そして、各頂点のずれのうちのもっとも大きなものが5mm未満の場合は「軽度な変形」、5mm以上の場合は「重度の変形」とした。
【0139】
[相対密度]
各3Dプリンタ用フィラメントを用いて作製した積層構造体について、焼結工程を経て得られた焼結体の相対密度を測定した。各焼結体は次のように得た。
【0140】
焼結性無機粉末(A)としてステンレス粉末を含む積層構造体(実施例1~22及び比較例3~6、9~12)については、上述したように変形のなさについて状態を観察した後、窒素ガス雰囲気中にて、昇温速度50℃/hで温度1350℃まで昇温して焼結を行い、焼結体を得た。
【0141】
焼結性無機粉末(A)としてジルコニア粉末を含む積層構造体(実施例23~26)については、上述したように変形のなさについて観察した後、大気中にて昇温速度50℃/hで1450℃まで昇温して焼結を行い、焼結体を得た。
【0142】
焼結性無機粉末(A)としてアルミナ粉末を含む積層構造体(実施例27~33及び比較例7~8)については、上述したように変形のなさについて状態を観察した後、大気中にて昇温速度50℃/hで1600℃まで昇温して焼結を行い、焼結体を得た。
【0143】
焼結性無機粉末(A)としてシリカ粉末を含む積層構造体(実施例36及び比較例1)については、上述したように変形のなさについて状態を観察した後、大気中にて昇温速度50℃/hで1250℃まで昇温して焼結を行い、焼結体を得た。
【0144】
焼結性無機粉末(A)として窒化アルミニウム粉末を含む積層構造体(実施例37)については、上述したように変形のなさについて状態を観察した後、大気中にて昇温速度50℃/hで1800℃まで昇温して焼結を行い、焼結体を得た。
【0145】
焼結性無機粉末(A)として窒化珪素粉末を含む積層構造体(実施例38)については、上述したように変形のなさについて状態を観察した後、大気中にて昇温速度50℃/hで2100℃まで昇温して焼結を行い、焼結体を得た。
【0146】
焼結性無機粉末(A)としてWC-Co粉末を含む積層構造体(実施例34~35及び比較例2)については、上述したように変形のなさについて状態を観察した後、アルゴンガス雰囲気中にて昇温速度50℃/hで温度1390℃まで昇温して焼結し、焼結体を得た。
【0147】
各焼結体について、見かけ密度をアルキメデス法により測定し、真密度に対する見かけ密度の割合を相対密度とした。相対密度は、95%以上であることが好ましい。相対密度が95%未満の場合、焼結体は内部に気泡等を有している可能性がある。相対密度に関する可否を下記の基準で判定した。ここで、「真密度」は、各焼結体を構成する成分、すなわち用いられた焼結性無機粉末(A)の成分の真密度であり、例えば実施例1については、用いられたステンレスの真密度である。
〇:相対密度が95%以上
×:相対密度が95%未満
【0148】
【0149】
【0150】
【0151】
【0152】
【0153】
各実施例及び各比較例から次のことが分かる。つまり、焼結性無機粉末(A)100質量部に対して有機バインダー(B)が5質量部未満である場合(比較例2)、ギアの押付によりクラックが発生し、フィラメントが折れやすく、またフィラメント用組成物の流動性が悪くなるため、積層構造体を造形できなかった。有機バインダー(B)が55質量部を超える場合(比較例1)、製造安定性が悪く、脱脂後の変形が大きく、相対密度の高い焼結体を得ることができなかった。
【0154】
有機バインダー(B)の全量に対する熱可塑性樹脂(B1)と化合物(B5)の合計の質量比(((B1)+(B5))/(B))が0.10未満となる場合(比較例4)、積層性に劣っており、相対密度の高い焼結体を得ることができなかった。当該質量比が0.60を超える場合(比較例3)、ギアの押付によりクラックが発生し、フィラメントが折れやすく、脱脂後の変形が大きかった。
【0155】
有機バインダー(B)の全量に対する熱可塑性樹脂(B2)の質量比((B2)/(B))が0.05を下回る場合(比較例6)、ギアの押付によりクラックが発生し、また脱脂後の変形が大きく、相対密度の高い焼結体を得ることができなかった。当該質量比が0.80を超える場合(比較例5)、製造安定性及びノズル吐出安定性が悪く、積層構造体を造形できなかった。
【0156】
有機バインダー(B)の全量に対するオレフィン系エラストマー(B3)の質量比((B3)/(B))が、0.03を下回る場合(比較例8)、ギアの押付によりクラックが発生し、フィラメントが折れやすく、またノズル吐出安定性にも劣っていた。当該質量比が0.60を超える場合(比較例7)、ギア押付評価及び製造安定性が悪く、積層構造体を造形できなかった。
【0157】
有機バインダー(B)の全量に対する化合物(B5)の質量比((B5)/(B))が0.02を下回る場合(比較例10)、ギアの押付によりクラックが発生し、フィラメントが折れやすく、また相対密度の高い焼結体を得ることができなかった。当該質量比が0.20を上回る場合(比較例9)、ギアの押付によりクラックが発生し、製造安定性及びノズル吐出安定性が悪く、脱脂後の変形が大きかった。
【0158】
オレフィン系エラストマー(B3)として硬度及び流動開始温度が規定未満の水添スチレン/オレフィン系共重合体3を用いた場合(比較例11)、ギア押付評価及び製造安定性が悪く、積層構造体を造形できなかった。また、オレフィン系エラストマー(B3)として規定外のアモルファスポリオレフィンを用いた場合(比較例12)、ギア押付評価及び製造安定性が悪く、脱脂後の変形が大きかった。
【0159】
これに対して、有機バインダー(B)が焼結性無機粉末(A)100質量部に対して5~55質量部であり、有機バインダー(B)に対する熱可塑性樹脂(B1)及び化合物(B5)の合計の質量比(((B1)+(B5))/(B))が、0.10~0.60であり、有機バインダー(B)に対する熱可塑性樹脂(B2)の質量比((B2)/(B))が0.05~0.80であり、有機バインダー(B)に対するオレフィン系エラストマー(B3)の質量比((B3)/(B))が0.03~0.60であり、有機バインダー(B)に対する化合物(B5)の質量比((B5)/(B))が0.02~0.20の範囲にある実施例1~38であると、フィラメント式3Dプリンタのノズルから溶融した組成物を正常に吐出することが可能あり、かつ、優れた外観の焼結体を形成可能な、3Dプリンタのフィラメントを得ることができた。より具体的には、各実施例のフィラメント用組成物を用いた場合、ギアの押付によるクラックの発生がなく、折れにくく、製造安定性が高く、ノズル吐出安定性及び積層性が高い3Dプリンタ用フィラメントを得ることができ、また、脱脂時の変形が小さく、相対密度が高い焼結体を得ることができた。
【0160】
特に、オレフィン系エラストマー(B3)として規定の硬度及び流動開始温度を持つものを用いたことにより、実施例7、18~20、29~31及37に示されるように、有機バインダー(B)に対する熱可塑性樹脂(B2)の質量比((B2)/(B))を0.25以下と少なくした場合でも、ギア押付評価及び製造安定性に優れており、これらの特性を損なうことなく密着性を向上することができた。
【0161】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその省略、置き換え、変更などは、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。また、明細書に記載の種々の数値範囲は、それぞれそれらの上限値と下限値を任意に組み合わせることができ、それら全ての組み合わせが好ましい数値範囲として本明細書に記載されているものとする。また、「X~Y」との数値範囲の記載は、X以上Y以下を意味する。また本明細書において、ある化合物Zは化合物Xと化合物Yとを反応させたものである等と説明している場合があるが、このような場合、化合物Zは必ずしも化合物Xと化合物Yとを反応させて得られた化合物である必要はない。つまり、化合物Zは、化合物Xと化合物Yとを反応させて得られた化合物と同じ構造であればよく、その製造プロセスは関係ない。
【産業上の利用可能性】
【0162】
本発明によれば、フィラメント式3Dプリンタを用いて、外観に優れたセラミックス製品、金属製品、及びサーメット等を効率よく製造することが可能になる。
【要約】
【課題】フィラメント式3Dプリンタから溶融した組成物を正常に吐出することが可能あり、かつ、優れた外観の焼結体を形成可能な3Dプリンタのフィラメントを提供する。
【解決手段】フィラメント用組成物は、焼結性無機粉末(A)及び有機バインダー(B)を含む。有機バインダー(B)は、不飽和脂肪族炭化水素と芳香族ビニル化合物との共重合体、その水素添加物、及び2種以上の不飽和脂肪族炭化水素の共重合体から選択されるオレフィン系エラストマーであって所定の硬度と流動開始温度を持つオレフィン系エラストマー(B3)と、上記(B3)を除く非結晶性ポリマーとEVAとから選択される熱可塑性樹脂(B1)と、上記(B3)と上記(B1)とパラフィンワックス(B4)とを除く分子量が8000以下の化合物(B5)と、EVAと上記(B3)と上記(B5)とを除く結晶性ポリマーから選択され熱可塑性樹脂(B2)とを、所定の質量比で含む。
【選択図】なし