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特許7496972音場解析装置、音場解析方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】音場解析装置、音場解析方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01H 17/00 20060101AFI20240603BHJP
   G01H 3/00 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
G01H17/00 Z
G01H3/00 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021008481
(22)【出願日】2021-01-22
(65)【公開番号】P2022112624
(43)【公開日】2022-08-03
【審査請求日】2023-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】303057365
【氏名又は名称】株式会社安藤・間
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100098246
【弁理士】
【氏名又は名称】砂場 哲郎
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100181618
【弁理士】
【氏名又は名称】宮脇 良平
(72)【発明者】
【氏名】吉田 卓彌
(72)【発明者】
【氏名】奥園 健
(72)【発明者】
【氏名】阪上 公博
【審査官】佐々木 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-040734(JP,A)
【文献】特開2007-188164(JP,A)
【文献】特開2003-255955(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0243294(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第112001133(CN,A)
【文献】YOSHIDA, Takumi et al.,Numerically stable explicit time-domain finite element method for room acoustics simulation using an,Noise Control Engineering Journal,米国,Institute of Noise Control Engineering,2018年05月01日,Volume 66, Number 3,pp. 176-188,DOI:https://doi.org/10.3397/1/376615
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H1/00-17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式であって、前記空間を囲む境界での音波の減衰を評価するための減衰項を含む前記一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析装置であって、
前記一階常微分方程式において、前記音圧ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記減衰項に含まれる周波数に依存する比音響アドミタンス比の逆フーリエ変換値と前記音圧ベクトルの時間一階微分との畳み込みをAuxiliary Differential Equations法で近似することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する数値計算部、を備える、
音場解析装置。
【請求項2】
前記微分ベクトルの時間更新式は、前記比音響アドミタンス比を有理関数近似することにより得られる補助関数を含み、
前記数値計算部は、前記補助関数の時間発展を時間積分法により計算する、
請求項1に記載の音場解析装置。
【請求項3】
前記数値計算部は、前記時間積分法としてルンゲクッタ法、オイラー法、クランク・ニコルソン法又はホイン法を用いて、前記補助関数の時間発展を計算する、
請求項2に記載の音場解析装置。
【請求項4】
前記音圧ベクトルの時間更新式は、第n時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を、第(n-1)時間ステップでの前記音圧ベクトルの値と、第(n-1)時間ステップでの前記微分ベクトルの値と、により定める式であり、
前記微分ベクトルの時間更新式は、第n時間ステップでの前記微分ベクトルの値を、第(n-1)時間ステップ及び第n時間ステップでの前記音圧ベクトルの値と、第(n-1)時間ステップでの前記微分ベクトルの値と、第n時間ステップでの前記補助関数の値と、により定める式である、
請求項2又は3に記載の音場解析装置。
【請求項5】
前記微分ベクトルの時間更新式は、前記微分ベクトルの時間一階微分を一次精度の後退差分近似で離散化し、更に前記音圧ベクトルの時間一階微分を二次精度の中央差分近似で離散化することにより得られる、
請求項1から4のいずれか1項に記載の音場解析装置。
【請求項6】
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式であって、前記空間を囲む境界での音波の減衰を評価するための減衰項を含む前記一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析方法であって、
前記一階常微分方程式において、前記音圧ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記減衰項に含まれる周波数に依存する比音響アドミタンス比の逆フーリエ変換値と前記音圧ベクトルの時間一階微分との畳み込みをAuxiliary Differential Equations法で近似することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する、
音場解析方法。
【請求項7】
コンピュータを、
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式であって、前記空間を囲む境界での音波の減衰を評価するための減衰項を含む前記一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析装置として機能させるプログラムであって、
前記コンピュータを、
前記一階常微分方程式において、前記音圧ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記減衰項に含まれる周波数に依存する比音響アドミタンス比の逆フーリエ変換値と前記音圧ベクトルの時間一階微分との畳み込みをAuxiliary Differential Equations法で近似することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する数値計算部、として機能させる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音場解析装置、音場解析方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
数値シミュレーションにより音場を解析する手法が知られている。例えば、非特許文献1,2は、一階常微分方程式(ODE:Ordinary Differential Equation)に基づく時間領域有限要素法(TDFEM:Time-Domain Finite Element Method)を用いて音場を解析する手法を開示している。具体的に説明すると、非特許文献1は、以下の(手順1)~(手順4)に従って音場を解析する手法を開示している。
【0003】
(手順1)
剛壁境界、振動境界又はインピーダンス境界により囲われた音場を対象とした場合の半離散化方程式に、対角質量行列と音圧の時間一階微分と等価なベクトルとを導入することで得られる連立一階常微分方程式を対象とする。連立一階常微分方程式は、具体的には、解析対象の空間における音圧の分布を示すベクトルp(以下、“音圧ベクトルp”と呼ぶ。)と、音圧ベクトルpの時間一階微分と等価なベクトルv(以下、“微分ベクトルv”と呼ぶ。)と、を未知数として、下記(1)式及び(2)式のように表される。
【0004】
【数1】
【0005】
【数2】
【0006】
ここで、(1)式及び(2)式における“M”、“K”、“C”、及び“D”は、それぞれ質量行列、剛性行列、減衰行列、及び対角質量行列を表す。質量行列M、剛性行列K、減衰行列C、及び対角質量行列Dは、それぞれ、要素質量行列M、要素剛性行列K、要素減衰行列C、及び要素対角質量行列Dを重ね合わせて構成される全体行列である。また、(1)式及び(2)式において、“f”は解析対象の空間に加えられる外力の分布を示す外力ベクトルを表し、“c”は音速を表し、“・”は時間に関する一階微分を表す。また、yは、周波数に非依存な比音響アドミタンス比を表す。yは、比音響インピーダンス比の逆数である。
【0007】
(手順2)
空気領域の有限要素として正方形又は立方体形状の線形一次要素を設定する。そして、設定された空気領域の有限要素に対して、非特許文献2に開示された離散化誤差の低減法である修正積分則を適用して、(1)式及び(2)式における質量行列Mと剛性行列Kとを計算する。
【0008】
(手順3)
(1)式及び(2)式で表される連立一階常微分方程式を時間方向に離散化することで時間進行スキームを構築し、音波の時間進行を計算する。
【0009】
(手順4)
(手順3)で音波の時間進行を計算する際に、数値的安定性を保つため、(1)式の音圧ベクトルpの時間一階微分を1次精度の前進差分近似で離散化し、更に(2)式の微分ベクトルvの時間一階微分を1次精度の後退差分近似で離散化する。この結果として、下記(3)式及び(4)式が得られる。
【0010】
【数3】
【0011】
【数4】
【0012】
ここで、(3)式及び(4)式における“n”は時間ステップ数を表す自然数であり、“Δt”は時間刻み幅を表す。非特許文献1に開示された手法では、(3)式及び(4)式により表される時間更新式に従って、音波の時間進行を計算する。なお、(4)式は、vに関して陰的な式であるが、減衰行列Cに集中化を施すことによって、vに関して陽的な式に変形することができる。
【0013】
このような一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法は、計算効率に関する長所として次の2点を有する。
(I)時間進行スキームが陽的であるため、連立一次方程式の求解が不要である。そのため、時間ステップあたりの計算負荷が少ない。
(II)修正積分則の適用により、使用する要素が一次要素であるにもかかわらず、時間及び空間で4次の精度を達成することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【文献】Takumi Yoshida, Takeshi Okuzono, Kimihiro Sakagami, “Numerically stable explicit time-domain finite element method for room acoustics simulation using an equivalent impedance model”, Noise Control Engineering Journal, 66(3), 176-189 (1 May2018)
【文献】B. Yue, MN. Guddati, “Dispersion-reducing finite elements for transient acoustics”, Journal of Acoustical Society of America, 118(4), 2132-2141(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
陽的な時間領域有限要素法を含む計算力学的手法を用いた音響シミュレーションでは、境界面における吸音の取り扱い方法が予測結果を大きく左右する。特に、境界の吸音における周波数依存性を適切に取り扱うことは、実際の音響現象を模擬するために重要である。しかし、陽的な時間領域有限要素法による音響解析手法では、実装の容易さと計算負荷の少なさから、境界の吸音を周波数に非依存な表面インピーダンスモデルで考慮しており、吸音の周波数依存性を近似的に扱っている。これは、時間領域解析での高精度な吸音モデルの定式化には、周波数依存特性の考慮に伴い、計算負荷の大きい畳み込みが発生するためである。そのため、時間領域有限要素法を用いた音場解析において、周波数に依存するインピーダンス境界を効率的に扱うことが可能な手法が求められている。
【0016】
本発明は、以上の課題を解決するためのものであり、時間領域有限要素法を用いた音場解析において、周波数に依存するインピーダンス境界を効率的に扱うことが可能な音場解析装置、音場解析方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る音場解析装置は、
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式であって、前記空間を囲む境界での音波の減衰を評価するための減衰項を含む前記一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析装置であって、
前記一階常微分方程式において、前記音圧ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記減衰項に含まれる周波数に依存する比音響アドミタンス比の逆フーリエ変換値と前記音圧ベクトルの時間一階微分との畳み込みをAuxiliary Differential Equations法で近似することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する数値計算部、を備える。
【0018】
前記微分ベクトルの時間更新式は、前記比音響アドミタンス比を有理関数近似することにより得られる補助関数を含み、
前記数値計算部は、前記補助関数の時間発展を時間積分法により計算しても良い。
【0019】
前記数値計算部は、前記時間積分法として4次精度の陽的ルンゲクッタ法を用いて、前記補助関数の時間発展を計算しても良い。
【0020】
前記音圧ベクトルの時間更新式は、第n時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を、第(n-1)時間ステップでの前記音圧ベクトルの値と、第(n-1)時間ステップでの前記微分ベクトルの値と、により定める式であり、
前記微分ベクトルの時間更新式は、第n時間ステップでの前記微分ベクトルの値を、第(n-1)時間ステップ及び第n時間ステップでの前記音圧ベクトルの値と、第(n-1)時間ステップでの前記微分ベクトルの値と、第n時間ステップでの前記補助関数の値と、により定める式であっても良い。
【0021】
前記微分ベクトルの時間更新式は、前記微分ベクトルの時間一階微分を一次精度の後退差分近似で離散化し、更に前記音圧ベクトルの時間一階微分を二次精度の中央差分近似で離散化することにより得られても良い。
【0022】
上記目的を達成するために、本発明の第2の観点に係る音場解析方法は、
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式であって、前記空間を囲む境界での音波の減衰を評価するための減衰項を含む前記一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析方法であって、
前記一階常微分方程式において、前記音圧ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記減衰項に含まれる周波数に依存する比音響アドミタンス比の逆フーリエ変換値と前記音圧ベクトルの時間一階微分との畳み込みをAuxiliary Differential Equations法で近似することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する。
【0023】
上記目的を達成するために、本発明の第3の観点に係るプログラムは、
コンピュータを、
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式であって、前記空間を囲む境界での音波の減衰を評価するための減衰項を含む前記一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析装置として機能させるプログラムであって、
前記コンピュータを、
前記一階常微分方程式において、前記音圧ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記減衰項に含まれる周波数に依存する比音響アドミタンス比の逆フーリエ変換値と前記音圧ベクトルの時間一階微分との畳み込みをAuxiliary Differential Equations法で近似することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する数値計算部、として機能させる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、時間領域有限要素法を用いた音場解析において、周波数に依存するインピーダンス境界を効率的に扱うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の実施形態に係る音場解析装置の構成を示すブロック図である。
図2】実施形態におけるメッシュの設定例を示す図である。
図3】実施形態に係る音場解析装置における数値計算部の構成を示すブロック図である。
図4】実施形態に係る音場解析装置によって得られた音圧の時間変化の表示例を示す図である。
図5】実施形態に係る音場解析装置によって得られた音圧の空間分布の表示例を示す図である。
図6】実施形態に係る音場解析装置によって実行される処理の流れを示すフローチャートである。
図7】数値実験において、解析対象の空間として使用した音響管モデルの断面を示す図である。
図8】数値実験において、有理関数モデルで計算した多孔質吸音体の吸音率と理論値との比較を示す図である。
図9】数値実験において、実施形態の手法及び従来法で計算した多孔質吸音体の吸音率と理論値との比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。なお、図中同一又は相当する部分には同一符号を付す。
【0027】
(実施形態)
本実施形態に係る音場解析装置10は、時間領域有限要素法を用いた波動音響数値シミュレーションにより音場を解析し、これにより音響分野における材料や測定法の開発、設計支援等に活用することが可能な装置である。ここで、音場とは、音波が存在する空間を意味する。
【0028】
図1に、音場解析装置10の構成を示す。図1に示すように、音場解析装置10は、制御部11と、記憶部12と、操作部13と、表示部14と、通信部15と、を備える。
【0029】
制御部11は、音場解析装置10の各部と制御バスを介して接続されており、音場解析装置10全体の動作を統括制御する。具体的に説明すると、制御部11は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を備える。CPUは、例えばマイクロプロセッサ等であって、様々な処理及び演算を実行する中央演算処理部である。制御部11において、CPUが、ROMに記憶されている制御プログラムを読み出して、RAMをワークメモリとして用いながら、各種の処理を実行する。
【0030】
記憶部12は、フラッシュメモリ、ハードディスク等の不揮発性メモリである。記憶部12は、オペレーションシステム、アプリケーションプログラム等の、制御部11が各種処理を行うために使用するプログラム及びデータを記憶する。また、記憶部12は、制御部11が各種処理を行うことにより生成又は取得するデータを記憶する。
【0031】
操作部13は、キーボード、マウス、ボタン、タッチパッド、タッチパネル等の入力デバイスを備えており、ユーザから操作を受け付ける。ユーザは、操作部13を操作することによって、様々な指示を音場解析装置10に入力することができる。操作部13は、ユーザから入力された操作指示を受け付けると、受け付けた操作指示を制御部11に送信する。
【0032】
表示部14は、液晶ディスプレイ、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイ等の表示デバイスを備える。表示部14は、図示しない表示駆動回路によって駆動され、制御部11による制御のもとで様々な画像を表示する。例えば、表示部14は、数値シミュレーションにより音場を解析した結果を表す画像を表示する。
【0033】
通信部15は、音場解析装置10が外部の機器と通信するための通信インタフェースを備える。通信部15は、例えばインターネット等の広域ネットワーク、LAN(Local Area Network)、USB(Universal Serial Bus)等の有線又は無線による通信を介して、外部の機器と通信する。
【0034】
制御部11は、図1に示すように、機能的に、設定受付部110と、数値計算部120と、出力部130と、を備える。制御部11において、CPUがROMに記憶されたプログラムをRAMに読み出して実行することにより、これら各部として機能する。
【0035】
設定受付部110は、音場解析装置10において音場を解析するための設定を受け付ける。ここで、設定は、数値計算部120が数値シミュレーションにより音圧の分布を計算するための条件やパラメータ等であって、具体的には解析対象の空間、境界条件、メッシュ等に関する情報である。設定受付部110は、ユーザが所望の設定を入力するための設定画面を表示部14に表示する。ユーザは、表示部14に表示された設定画面を見ながら、操作部13を操作して、設定を入力する。設定受付部110は、ユーザにより入力された設定を受け付ける。
【0036】
第1に、設定受付部110は、音場解析の目的物である解析対象の空間の設定を受け付ける。具体的に説明すると、設定受付部110は、操作部13を介してユーザから入力された操作に従って、解析対象の空間の次元及び形状の設定を受け付ける。
【0037】
例えば、長方形状の2次元平面内における音場を解析する場合、設定受付部110は、解析対象の空間として、長方形状の2次元の空間の設定を受け付ける。或いは、3次元の室内空間内における音場を解析する場合には、設定受付部110は、解析対象の空間として、その室内空間に対応する形状の3次元の空間の設定を受け付ける。
【0038】
第2に、設定受付部110は、境界条件の設定を受け付ける。境界条件は、解析対象の空間を囲む境界に関する条件である。設定受付部110は、操作部13を介してユーザから入力された操作に従って、境界条件として、剛壁境界と振動境界とインピーダンス境界とのうちのいずれかの設定を受け付ける。
【0039】
剛壁境界とは、音響的に剛である境界であって、境界上における粒子の速度が0である境界である。剛壁境界に入射した音波は、吸収されずに完全に反射される。これに対して、振動境界とは、境界上における粒子が振動可能な境界である。また、インピーダンス境界とは、音響インピーダンスを有する境界である。インピーダンス境界に入射した音波は、その境界の音響インピーダンス値zに応じた吸収率で吸収される。そのため、音波は、インピーダンス境界で反射することにより減衰する。
【0040】
解析対象の空間を囲む境界のうちの少なくとも一部にインピーダンス境界が含まれる場合、インピーダンス境界で反射された音波の減衰を評価するため、一階常微分方程式には、(2)式に示したように減衰行列Cを含む減衰項が必要になる。これに対して、解析対象の空間を囲む境界にインピーダンス境界が含まれない場合、(2)式における減衰行列Cを含む減衰項は不要になる。以下では、解析対象の空間を囲む境界の少なくとも一部にインピーダンス境界が含まれる場合を例にとって説明する。境界条件としてインピーダンス境界を設定する場合、設定受付部110は、そのインピーダンス境界における音響インピーダンス値zの設定をユーザから受け付ける。
【0041】
第3に、設定受付部110は、メッシュの設定を受け付ける。ここで、メッシュは、解析対象の空間を数値的に解析するために、解析対象の空間を四角形等の単純な形状をした複数の有限要素に分割(離散化)したものである。なお、有限要素は、単に“要素”とも呼ぶ。設定受付部110は、操作部13を介してユーザから入力された操作に従って、メッシュを構成する複数の要素の形状及びサイズの設定を受け付ける。
【0042】
図2に、2次元の解析対象の空間20を四角形状の要素で分割した例を示す。解析対象の空間20が2次元である場合、解析対象の空間20は、例えば図2に示すように、1辺の長さhの正方形状の要素によって、横方向にX個、縦方向にY個に分割される。すなわち、解析対象の空間20は、合計(X×Y)個の要素で離散化される。或いは、解析対象の空間が3次元である場合には、図示は省略するが、解析対象の空間は、立方体、直方体等の3次元形状の要素によって、横方向、縦方向及び高さ方向に分割される。
【0043】
音場解析装置10は、このように離散化された要素の単位で音圧の値を計算することにより、解析対象の空間における音圧の分布を解析する。要素のサイズを小さく設定するほど、空間の離散化に伴う誤差が小さくなるため解析精度が向上するが、計算量が増大する。
【0044】
第4に、設定受付部110は、時間刻み幅Δt、総ステップ数Ns、及び外力ベクトルfの設定を受け付ける。時間刻み幅Δtは、解析対象の空間における音波の時間進行を計算するための時間ステップの単位である。時間刻み幅Δtを小さく設定するほど、時間の離散化に伴う誤差が小さくなるため解析精度が向上するが、計算量が増大する。総ステップ数Nsは、解析対象の空間における音波の時間進行を初期状態から何ステップ先まで計算するかを示す値である。数値計算部120は、Δt×Nsの時間区間に亘って、音圧を計算する。外力ベクトルfは、計算開始から計算終了までの時間区間において、解析対象の空間に加えられる外力の分布を示すベクトルである。
【0045】
このように、設定受付部110は、時間領域有限要素法により音場を解析するための設定を、操作部13を介してユーザから受け付ける。設定受付部110は、制御部11が操作部13等と協働することにより実現される。
【0046】
図1に戻って、数値計算部120は、設定受付部110により受け付けられた設定のもとで、数値計算を実行する。具体的に説明すると、数値計算部120は、解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルpと、音圧ベクトルpの時間一階微分と等価な微分ベクトルvと、に関する一階常微分方程式から得られる音圧ベクトルpの時間更新式と微分ベクトルvの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの音圧ベクトルpの値を計算する。一階常微分方程式は、(1)式及び(2)式に示した式であって、境界での音波の減衰を評価するための減衰項を含む。
【0047】
ここで、数値計算部120による計算手法について説明する。本実施形態において、数値計算部120は、音圧ベクトルpの時間更新式として、背景技術で説明した(3)式を用いる。(3)式は、背景技術で説明したように、(1)式において音圧ベクトルpの時間一階微分を1次精度の差分近似で離散化することにより得られる音圧ベクトルpの時間更新式である。一方で、数値計算部120は、境界での吸音の周波数依存性を取り扱うために、微分ベクトルvの時間更新式として、背景技術で説明した(4)式とは異なる時間更新式を用いる。
【0048】
以下、本実施形態における微分ベクトルvの時間更新式の導出について説明する。周波数に依存するインピーダンス境界を扱う場合、背景技術で説明した(2)式は、以下の(5)式のように書き換えられる。ここで、(5)式における“*”は、以下の(6)式で定められる畳み込みを表す。また、(6)式において、“^”付きのyは、周波数に依存する比音響アドミタンス比y(ω)の逆フーリエ変換値を表す。
【0049】
【数5】
【0050】
【数6】
【0051】
ここで、一般的に、時間領域有限要素法による音響解析は、計算時間ステップ数が大きくなる。よって、(5)式における畳み込みの計算コストは膨大となるため、畳み込みを伴う手法の実用的な使用は困難である。従って、時間領域有限要素法で周波数に依存するインピーダンス境界を扱うには、効率的な畳み込み手法が必要となる。
【0052】
そこで、本実施形態では、計算効率に優れた再帰的な畳み込み手法であるADE(Auxiliary Differential Equations)法により、時間領域有限要素法に周波数依存性を効率的に組み込む。ここで、ADE法の詳細は、例えば“D. Dragna, A generalized recursive convolution method for time-domain propagation in porous media, Journal of Acoustical Society of America, 1030-1042 (2015) ”に開示されている。
【0053】
ADE法を用いる場合、周波数に依存する比音響アドミタンス比y(ω)を、以下の(7)式のように有理関数近似する。(7)式において、ω,jは、それぞれ角周波数と虚数単位j=-1である。また、nrp,ncpは、それぞれ有理関数近似に使用される実数の極λの数及び複素共役な極の対α±jβの数である。y,A,B,Cは、係数である。
【0054】
【数7】
【0055】
(7)式における極λ,α,β及び係数y,A,B,Cは、全て実数であり、その値はデータフィッティングの手法を用いることで得られる。例えば、上述の極及び係数に適当な初期値を与えた(7)式を用いて複数の周波数におけるy(ω)を計算した計算値と、その理論値又は実験値とを、比較する。そして、(7)式を用いた計算値と理論値又は実験値とが高い精度で一致するように、データフィッティングの手法を用いて、極λ,α,β及び係数y,A,B,Cを決定する。なお、因果性を満たすため、λ,αは正の値となる。
【0056】
有理関数近似された比音響アドミタンス比y(ω)を用いることで、(5)式の畳み込みは、以下の(8)式のように、補助関数φ,ψ (1),ψ (2)を用いて近似できる。補助関数φ,ψ (1),ψ (2)は、アキュムレータと呼ばれる。
【0057】
【数8】
【0058】
ここで、(8)式における補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の時間発展は、それぞれ以下の(9)、(10)、(11)式により表される一階常微分方程式により計算される。
【0059】
【数9】
【0060】
【数10】
【0061】
【数11】
【0062】
数値計算部120は、補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の時間発展を、時間積分法により計算する。時間積分法として、例えば、ルンゲクッタ法、オイラー法、クランク・ニコルソン法、ホイン法等の周知の手法を用いることができる。
【0063】
なお、時間積分法の精度と安定性は、計算全体の精度と安定性に影響を及ぼす。そのため、効率的なシミュレーションのためには、適切な時間積分法を選択する必要がある。後述の数値実験で示すように、陽的な時間領域有限要素法では、4次精度の陽的ルンゲクッタ法を用いることで(8)式を高精度かつ安定的に計算できる。そのため、以下では、時間積分法として、4次精度の陽的ルンゲクッタ法を用いる場合を例にとって説明する。なお、時間領域有限要素法における4次精度の陽的ルンゲクッタ法の詳細は、例えば“P. O. J. Scherer, Computational Physics: Simulation of Classical and Quantum Systems, Third ed. (Springer Nature,Berlin/Heidelberg, 2017).”に開示されている。
【0064】
続いて、周波数に依存するインピーダンス境界を扱う場合の陽的スキームを構築する。具体的には、(8)式を(5)式に代入することで、以下の(12)式が導出される。
【0065】
【数12】
【0066】
(12)式を安定的に解くため、微分ベクトルvの時間一階微分を一次精度の後退差分近似で離散化する。更に、周波数に依存するインピーダンス境界を高精度に計算するため、音圧ベクトルpの時間一階微分を2次精度の中央差分近似で離散化する。その際、音圧ベクトルpの時間一階微分は、(3)式を踏まえて以下の(13)式のように離散化される。
【0067】
【数13】
【0068】
更に、完全な陽的スキームとするため、(13)式の質量行列Mを集中化して対角質量行列Dに変換する。結果として、微分ベクトルvの時間更新式は、以下の(14)式のように表される。(14)式は、周波数に依存する比音響アドミタンス比y(ω)の逆フーリエ変換値と音圧ベクトルpの時間一階微分との畳み込みをADE法により近似することにより得られた微分ベクトルvの時間更新式である。
【0069】
【数14】
【0070】
数値計算部120は、このようにして導出された微分ベクトルvの時間更新式である(14)式と、音圧ベクトルpの時間更新式である(3)式と、に従って、複数の時間ステップでの音圧ベクトルpの値を計算する。
【0071】
図3に、数値計算部120のより詳細な構成を示す。図3に示すように、数値計算部120は、行列設定部121と、音圧ベクトル計算部123と、補助関数計算部124と、微分ベクトル計算部125と、繰り返し部127と、の機能を有する。
【0072】
行列設定部121は、(3)式と(14)式とに含まれる質量行列M、剛性行列K、減衰行列C、及び対角質量行列Dを設定する。質量行列M、剛性行列K、減衰行列C、及び対角質量行列Dは、解析対象の空間を離散化する要素の数に対応するサイズの行列であって、各行列に含まれる要素の値は、解析対象の空間の次元及び形状と、離散化する要素の形状と、に依存して定められる。そのため、行列設定部121は、設定受付部110によりユーザから受け付けられた設定に応じて、質量行列M、剛性行列K、減衰行列C、及び対角質量行列Dを設定する。これにより、行列設定部121は、音圧ベクトルp及び微分ベクトルvの時間更新式を確立する。
【0073】
より詳細には、行列設定部121は、非特許文献2に開示された修正積分則を適用して、質量行列M及び剛性行列Kを計算する。計算方法としては、例えば、非特許文献2に習い、行列設定部121において、設定受付部110により設定された時間刻み幅Δt及び要素長hからクーラン数τを計算し、数値積分点α及びαを設定する。そして、行列設定部121は、設定した数値積分点α及びαを用いてGauss-Legendre求積法により要素質量行列M及び要素剛性行列Kを計算し、質量行列M及び剛性行列Kを設定する。
【0074】
ここで、数値積分点α及びαから要素質量行列M及び要素剛性行列Kを計算し、更に質量行列M及び剛性行列Kを得る手法は、非特許文献1,2等に開示されている周知の手法を用いることができる。また、行列設定部121は、非特許文献1,2等に開示されている周知の手法を用いて、対角行列である要素対角質量行列Dを計算し、対角質量行列Dを設定する。
【0075】
更に、行列設定部121は、インピーダンス境界において設定された音響インピーダンス値zを用いて要素減衰行列Cを計算し、減衰行列Cを設定する。音響インピーダンス値zから要素減衰行列Cを計算し、更に減衰行列Cを得る手法は、非特許文献1等に開示されている周知の手法を用いることができる。
【0076】
音圧ベクトル計算部123は、音圧ベクトルpの時間更新式である(3)式に従って、第n時間ステップでの音圧ベクトルpを計算する。ここで、第n時間ステップでの音圧ベクトルpは、解析対象の空間に設定された複数の要素のそれぞれにおける、計算開始時点からn番目の時間ステップでの音圧の値を要素として有するベクトルである。
【0077】
上述したように、(3)式は、第n時間ステップでの音圧ベクトルpの値を、第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1の値と、第(n-1)時間ステップの微分ベクトルvn-1の値と、により定める式である。従って、音圧ベクトル計算部123は、第n時間ステップでの音圧ベクトルpの値を、第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1の値と、第(n-1)時間ステップの微分ベクトルvn-1の値と、から計算する。
【0078】
補助関数計算部124は、補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の時間更新式である(9)~(11)式に従って、補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の時間発展を計算する。上述したように、微分ベクトルvの時間更新式である(14)式は、比音響アドミタンス比y(ω)を有理関数近似することにより得られる補助関数φ,ψ (1),ψ (2)を含んでいる。補助関数計算部124は、4次精度の陽的ルンゲクッタ法を用いて、補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の時間発展を計算する。
【0079】
具体的に説明すると、補助関数計算部124は、第(n-1)時間ステップでの補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の値と、第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1の時間一階微分と、4次精度の陽的ルンゲクッタ法とを用いて(9)~(11)式の常微分方程式を解くことにより、第n時間ステップでの補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の値を計算する。第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1の時間一階微分としては第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1を用いる。
【0080】
微分ベクトル計算部125は、微分ベクトルvの時間更新式である(14)式に従って、第n時間ステップでの微分ベクトルvを計算する。ここで、第n時間ステップでの微分ベクトルvは、解析対象の空間に設定された複数の要素のそれぞれにおける、計算開始時間ステップからn番目の時間ステップでの音圧の時間一階微分に相当する値を要素として有するベクトルである。
【0081】
上述したように、(14)式は、第n時間ステップでの微分ベクトルvの値を、第(n-1)時間ステップ及び第n時間ステップでの音圧ベクトルpn-1,pの値と、第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1の値と、第n時間ステップでの補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の値と、により定める式である。従って、微分ベクトル計算部125は、第n時間ステップでの微分ベクトルvの値を、音圧ベクトル計算部123により計算された音圧ベクトルpn-1,pの値と、補助関数計算部124により計算された補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の値と、第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1の値と、から計算する。
【0082】
繰り返し部127は、nの値を1ずつ増加させながら、音圧ベクトル計算部123により第n時間ステップでの音圧ベクトルpの値を計算する処理と、補助関数計算部124により第n時間ステップでの補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の値を計算する処理と、微分ベクトル計算部125により第n時間ステップでの微分ベクトルvの値を計算する処理と、を繰り返す。具体的に説明すると、繰り返し部127は、nの値を1から総ステップ数Nsに達するまで変化させながら、n=kのときの音圧ベクトルp、補助関数φ,ψ (1),ψ (2)及び微分ベクトルvの値を、n=k-1のときに計算された音圧ベクトルpk-1、補助関数φ,ψ (1),ψ (2)及び微分ベクトルvk-1の値を用いて計算する。これにより、繰り返し部127は、第1時間ステップから第Ns時間ステップまでの複数の時間ステップにおける音圧ベクトルp~pNs及び微分ベクトルv~vNsの値を計算する。
【0083】
なお、n=0のときの音圧ベクトルpと微分ベクトルv、及び補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の値は定義されていない。そのため、これらのベクトルの値は、初期条件として0等の適当な値に予め設定しておく。その上で、繰り返し部127は、(3)式及び(14)式に従って音圧ベクトルp及び微分ベクトルvを計算する。
【0084】
このようにして、数値計算部120は、解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルpとその時間一階微分と等価な微分ベクトルvとを1ステップずつ計算することにより、音波の時間進行を解析する。数値計算部120は、制御部11が記憶部12等と協働することにより実現される。
【0085】
図1に戻って、出力部130は、数値計算部120により計算された複数の時間ステップでの音圧ベクトルpに基づく出力情報を出力する。複数の時間ステップでの音圧ベクトルpに基づく出力情報とは、数値計算部120による数値計算により得られた第1時間ステップから第Ns時間ステップまでの音圧ベクトルp~pNsに基づいて表現することが可能な情報である。出力部130は、出力情報として、音圧の時間変化と、音圧の空間分布と、のうちの少なくとも一方を表す情報を出力する。
【0086】
例えば、図4に示すように、出力部130は、出力情報として、解析対象の空間内の特定の位置における音圧の時間変化を示す情報を表示部14に表示出力する。出力部130は、数値計算部120により計算された第1時間ステップから第Ns時間ステップまでの音圧ベクトルp~pNsに含まれる音圧の値のうちの、ユーザにより指定された位置の音圧の値を時系列順に並べる。これにより、出力部130は、特定の位置における音圧の時間変化を表す画像を生成し、図4に示すように表示部14に表示出力する。
【0087】
別の例として、図5に示すように、出力部130は、出力情報として、特定の時間ステップでの解析対象の空間における音圧の空間分布を示す情報を表示部14に表示出力する。出力部130は、数値計算部120により計算された第1時間ステップから第Ns時間ステップまでの音圧ベクトルp~pNsに含まれる音圧の値のうちの、ユーザにより指定された時間ステップにおける音圧ベクトルの値を、空間分布を表すように並べる。これにより、出力部130は、特定の時間ステップでの音圧の空間分布を表す画像を生成し、図5に示すように表示部14に表示出力する。なお、図5では、例として1次元方向(縦方向、横方向等)の分布を表す画像を表示しているが、出力部130は、音圧の2次元又は3次元の分布を表す画像を表示しても良い。
【0088】
或いは、出力部130は、音圧の時間変化と空間分布とをどちらも出力しても良い。例えば、出力部130は、解析対象の空間内を音波がどのように伝わるかを可視化するために、音圧の空間分布の複数の時間ステップにおける時間変化を表す動画像を生成し、表示部14に表示出力しても良い。ユーザは、このように表示部14に表示された音圧の時間変化や空間分布を確認することで、解析対象の空間内で音波がどのように伝搬又は分布するかの情報を得ることができる。
【0089】
更には、時間変化や空間分布以外にも、出力部130は、出力情報として、解析対象の空間の音響特性を表す音響パラメータ(例えば残響時間)を出力しても良い。出力部130に出力情報としてどのような情報を出力させるかは、ユーザが操作部13を介して適宜設定することができる。出力部130は、制御部11が表示部14等と協働することにより実現される。
【0090】
以上のように構成される音場解析装置10によって実行される音場解析処理の流れについて、図6に示すフローチャートを参照して説明する。図6に示す音場解析処理は、音場解析装置10が音場解析処理を実行可能な状態において、ユーザからの指示入力に従って適宜開始される。
【0091】
音場解析処理を開始すると、制御部11は、設定受付部110として機能し、音場解析における条件及びパラメータの設定を受け付ける(ステップS11)。具体的に説明すると、制御部11は、解析対象の空間の次元及び形状、境界条件、要素の形状及びサイズ、時間刻み幅Δt、総ステップ数Ns、外力ベクトルf、インピーダンス境界における音響インピーダンス値z等の設定を、操作部13を介してユーザから受け付ける。
【0092】
設定を受け付けると、制御部11は、行列設定部121として機能し、質量行列M、剛性行列K、減衰行列C、及び対角質量行列Dを設定する(ステップS12)。具体的に説明すると、制御部11は、ステップS11で設定された時間刻み幅Δtとメッシュの要素長hとから数値積分点α及びαを設定する。そして、制御部11は、数値積分点α及びαからそれぞれ要素質量行列M及び要素剛性行列Kを計算し、質量行列M及び剛性行列Kを設定する。更に、制御部11は、ステップS11で設定された音響インピーダンス値zから要素減衰行列Cを計算し、減衰行列Cを設定する。
【0093】
行列を設定すると、制御部11は、nの値を1に初期化する(ステップS13)。そして、制御部11は、nの値を増加させながら、音圧ベクトルp及び微分ベクトルvを1ステップ毎に計算する処理に移行する。
【0094】
第1に、制御部11は、音圧ベクトル計算部123として機能し、(3)式に従って音圧ベクトルpを計算する(ステップS14)。具体的に説明すると、制御部11は、第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1と、第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1と、を(3)式に代入することにより、第n時間ステップでの音圧ベクトルpを計算する。
【0095】
音圧ベクトルpを計算すると、制御部11は、第2に、補助関数計算部124として機能し、第n時間ステップでの補助関数φ,ψ (1),ψ (2)を計算する(ステップS15)。具体的に説明すると、制御部11は、第(n-1)時間ステップでの補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の値と、第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1の時間一階微分と、4次精度の陽的ルンゲクッタ法とを用いて(9)~(11)式の常微分方程式を解くことにより第n時間ステップでの補助関数φ,ψ (1),ψ (2)の値を計算する。第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1の時間一階微分としては第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1を用いる。
【0096】
補助関数φ,ψ (1),ψ (2)を計算すると、制御部11は、第3に、微分ベクトル計算部125として機能し、(14)式に従って微分ベクトルvを計算する(ステップS16)。具体的に説明すると、制御部11は、第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1と、第n時間ステップでの外力ベクトルfと、ステップS14で計算された第n時間ステップでの音圧ベクトルpと、ステップS15で計算された第n時間ステップでの補助関数φ,ψ (1),ψ (2)とを(14)式に代入することにより、第n時間ステップでの微分ベクトルvを計算する。
【0097】
微分ベクトルvを計算すると、制御部11は、nの値が総ステップ数Nsよりも小さいか否かを判定する(ステップS17)。nの値が総ステップ数Nsよりも小さい場合(ステップS17;YES)、制御部11は、nの値をインクリメントする(ステップS18)。そして、制御部11は、繰り返し部127として機能し、処理をステップS14に戻してステップS14~S17の処理を再び実行する。
【0098】
具体的に説明すると、制御部11は、インクリメント前のnの値で既に計算された音圧ベクトルpと補助関数φ,ψ (1),ψ (2)と微分ベクトルvを用いて、インクリメント後のnの値における音圧ベクトルpと補助関数φ,ψ (1),ψ (2)と微分ベクトルvを計算する。そして、制御部11は、nの値が総ステップ数Nsに達したか否かを判定し、nの値が総ステップ数Nsに達していない場合、nの値をインクリメントして再びステップS14~S17の処理を実行する。このようにして、制御部11は、nの値が総ステップ数Nsに達するまで、nの値を1ずつ増加させながら音圧ベクトルpと微分ベクトルvを計算することで、解析対象の空間における音波の時間進行を計算する。
【0099】
最終的に、nの値が総ステップ数Nsに達すると(ステップS17;NO)、制御部11は、出力部130として機能し、計算結果を出力する(ステップS19)。例えば、制御部11は、ステップS14~S17の処理を繰り返すことで計算された音圧ベクトルp~pNsにより表現される音波の時間波形や音圧分布を示す画像を生成する。そして、制御部11は、図4及び図5に示したように、音圧の時間変化や空間分布を示す画像を表示部14に表示する。
【0100】
以上説明したように、本実施形態に係る音場解析装置10は、一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する装置であって、音圧ベクトルpの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる音圧ベクトルpの時間更新式と、周波数に依存する比音響アドミタンス比y(ω)の逆フーリエ変換値と音圧ベクトルpの時間一階微分との畳み込みをADE法で近似することにより得られる微分ベクトルvの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの音圧ベクトルpの値を計算する。このように、計算負荷の大きい畳み込みをADE法で近似するため、本実施形態に係る音場解析装置10は、周波数に依存するインピーダンス境界を効率的に扱うことができる。
【0101】
特に、周波数に非依存な表面インピーダンスモデルを用いた従来法では、吸音の周波数依存性を反映するために複数の帯域に分けての計算が必要であった。これに対して、本実施形態に係る音場解析装置10は、一度の計算でより高精度に吸音の周波依存性が反映することができる。
【0102】
また、本実施形態に係る音場解析装置10は、ADE法に付随する常微分方程式である(9)、(10)、(11)式を4次精度の陽的ルンゲクッタ法で解くことで、高精度かつ安定的に吸音の周波数依存性を反映することができる。
【0103】
(数値実験)
次に、上記実施形態に係る音場解析装置10によって音圧をどの程度精度良く推定できるかを数値実験により評価した。これにより、上記実施形態に係る音場解析装置10による精度改善の効果を検証した。
【0104】
図7に、数値実験において解析対象の空間として使用した音響管モデルの断面を示す。数値実験では、図7に示すように、管端に、周波数に依存するインピーダンス境界をもつ幅0.01m×0.01m、長さ0.5mの音響管内の音場を解析対象とした。
【0105】
周波数に依存するインピーダンス境界には、Mikiの式でモデル化した、背後剛壁の多孔質吸音体の表面インピーダンスを与えた。なお、Mikiの式の詳細は、“Y. Miki, "Acoustical properties of porous materials - Modification of Delany-Bazley models -," J.Acoust.Soc.Jpn.(E),11,19-24(1990).”に記載されている。多孔質材の厚みと単位厚さ流れ抵抗は、それぞれ0.025m、R=13,000Pa s/mとした。この多孔質吸音体の比音響アドミタンス比y(ω)は、nrp=ncp=4で有理関数近似した。
【0106】
図8に、有理関数モデルで計算した多孔質吸音体の吸音率と理論値との比較を示す。図8では、縦軸に吸音率を表し、横軸に周波数を表している。図8に示すように、破線で示す有理関数モデルの計算値と、実線で示すその理論値とは、良好に一致している。
【0107】
なお、音響管モデルは、要素長が0.005mの6節点立方体要素で離散化した。解析の初期条件として、音響管の入口への平面波入射を仮定した。解析上限周波数は10kHzとした。また、時間刻み幅Δtは、Δt=l・ΔtLIMITとした。ここで、ΔtLIMITは、立方体要素使用時の空気領域の計算における陽的な時間領域有限要素法の時間刻み幅Δtの安定限界値である(非特許文献1)。また、lは、数値的に求めた係数である。l=1の場合、安定性は空気領域と同等であり、l<1の場合、安定性が空気領域より悪化したことを表す。
【0108】
図9に、実施形態の手法で計算した多孔質吸音体の吸音率と理論値との比較を示す。図9では、図8と同様に、縦軸に吸音率を表し、横軸に周波数を表している。図9に示すように、破線で示す実施形態の手法の計算値と、実線で示すその理論値とは、良好に一致している。
【0109】
また、図9には、実施形態の手法の有効性を示すため、従来法による計算結果の例もあわせて一点鎖線で載せている。従来法では、境界の吸音を周波数に非依存な表面インピーダンスモデルを用いて、250Hzから8kHzの6つのオクターブバンド毎に分けて解析した場合を示している。従来法を用いる場合、6回の計算を要する上に、吸音の周波数特性が適切に反映されていないことが分かる。これに対して、実施形態の手法を使用することで、広帯域の吸音特性を1度の計算で高精度に反映できることが確認できる。また、実施形態の手法はl=0.85で安定的に計算可能であり、安定性に関しても優れている。
【0110】
(変形例)
以上に本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は一例であり、本発明の適用範囲はこれに限られない。すなわち、本発明の実施形態は種々の応用が可能であり、あらゆる実施の形態が本発明の範囲に含まれる。
【0111】
例えば、上記実施形態では、(3)式に示した音圧ベクトルpの時間更新式は、音圧ベクトルpの時間一階微分を1次精度の前進差分近似で離散化ことにより得られた。また、(14)式に示した微分ベクトルvの時間更新式は、微分ベクトルvの時間一階微分を一次精度の後退差分近似で離散化し、更に音圧ベクトルpの時間一階微分を二次精度の中央差分近似で離散化することにより得られた。しかしながら、音圧ベクトルp及び微分ベクトルvの時間一階微分は、これ以外の手法で離散化されても良い。
【0112】
上記実施形態では、行列設定部121は、非特許文献2に開示された修正積分則に習って、時間刻み幅Δt及び要素長hからクーラン数τを計算し、数値積分点α,αを設定した。しかしながら、行列設定部121は、他の手法で数値積分点α,αを設定しても良い。例えば、行列設定部121は、“Takumi Yoshida, Takeshi Okuzono, Kimihiro Sakagami, “Time domain room acoustic solver with fourth-order explicit FEM using modified time integration," Applied Sciences, 10, 3750(2020).”に開示された、解析対象の空間を離散化する要素の形状に依存しない数値積分点α,αを使用しても良い。この場合、数値積分点α,αは、クーラン数τを用いずに、“α=±√(4/3)”及び“α=±√(2/3)”と設定される。
【0113】
上記実施形態では、音場解析装置10は、表示部14を備えており、出力部130は、数値計算部120により計算された複数の時間ステップでの音圧ベクトルpに基づく出力情報を表示部14に表示出力した。しかしながら、出力部130は、通信部15による通信を介して、出力情報を音場解析装置10の外部の装置に出力しても良い。そして、外部の装置が、例えば図4又は図5に示したように、出力部130から出力された出力情報を表示するようにしても良い。このように出力情報が外部の装置に出力される場合には、音場解析装置10は、表示部14を備えていなくても良い。
【0114】
上記実施形態では、音場解析装置10の制御部11において、CPUがROM又は記憶部12に記憶されたプログラムを実行することによって、設定受付部110、数値計算部120及び出力部130のそれぞれとして機能した。しかしながら、制御部11は、専用のハードウェアであってもよい。専用のハードウェアとは、例えば単一回路、複合回路、プログラム化されたプロセッサ、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、これらの組み合わせ等である。制御部11が専用のハードウェアである場合、各部の機能それぞれを個別のハードウェアで実現してもよいし、各部の機能をまとめて単一のハードウェアで実現してもよい。また、各部の機能のうち、一部を専用のハードウェアによって実現し、他の一部をソフトウェア又はファームウェアによって実現してもよい。このように、制御部11は、ハードウェア、ソフトウェア、ファームウェア、又は、これらの組み合わせによって、上述の各機能を実現することができる。
【0115】
本発明に係る音場解析装置の動作を規定する動作プログラムを既存のパーソナルコンピュータ、情報端末装置等に適用することで、当該パーソナルコンピュータ又は情報端末装置等を、本発明に係る音場解析装置として機能させることも可能である。
【0116】
また、このようなプログラムの配布方法は任意であり、例えば、CD-ROM(Compact Disk ROM)、DVD(Digital Versatile Disk)、MO(Magneto Optical Disk)、メモリカード等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納して配布してもよいし、インターネット等の通信ネットワークを介して配布してもよい。
【0117】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【符号の説明】
【0118】
10 音場解析装置
11 制御部
12 記憶部
13 操作部
14 表示部
15 通信部
20 空間
110 設定受付部
120 数値計算部
121 行列設定部
123 音圧ベクトル計算部
124 補助関数計算部
125 微分ベクトル計算部
127 繰り返し部
130 出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9