(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】音場解析装置、音場解析方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01H 17/00 20060101AFI20240603BHJP
G01H 3/00 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
G01H17/00 Z
G01H3/00 Z
(21)【出願番号】P 2021008482
(22)【出願日】2021-01-22
【審査請求日】2023-11-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名:一般社団法人日本建築学会、刊行物名:2020年度日本建築学会大会(関東)学術講演梗概集、発行年月日:2020年7月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】303057365
【氏名又は名称】株式会社安藤・間
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100098246
【氏名又は名称】砂場 哲郎
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【氏名又は名称】森川 泰司
(74)【代理人】
【識別番号】100181618
【氏名又は名称】宮脇 良平
(72)【発明者】
【氏名】吉田 卓彌
(72)【発明者】
【氏名】奥園 健
(72)【発明者】
【氏名】阪上 公博
【審査官】佐々木 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-111749(JP,A)
【文献】特開2007-188164(JP,A)
【文献】特開2005-004709(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0154059(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第111651354(CN,A)
【文献】吉田卓彌 他,長方形要素を用いた陽的時間領域有限要素法による室内音場解析のための修正積分則,日本音響学会誌,2016年12月31日,72卷第7号,367-373,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasj/72/7/72_367/_pdf/-char/ja
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H1/00-17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析装置であって、
前記一階常微分方程式において、時間及び空間の離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、前記離散化誤差に振幅誤差が含まれないように最適化された線形多段法を適用することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記微分ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する数値計算部、を備える、
音場解析装置。
【請求項2】
前記音圧ベクトルの時間更新式は、第n時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を、第(n-M)時間ステップから第(n-1)時間ステップでの前記音圧ベクトルの値と、第(n-N)時間ステップから第(n-1)時間ステップでの前記微分ベクトルの値とを、前記離散化誤差に虚部が含まれない値に最適化された重み係数を乗じた上で加算することにより計算する式である、
請求項1に記載の音場解析装置。
【請求項3】
前記目標精度がK次の精度である場合、前記M及びNは、K-1以上の値に設定される、
請求項2に記載の音場解析装置。
【請求項4】
前記音圧ベクトルに関する前記重み係数の総和と、前記微分ベクトルに関する前記重み係数の総和とは、どちらも1に等しい、
請求項2又は3に記載の音場解析装置。
【請求項5】
前記微分ベクトルの時間更新式は、第n時間ステップでの前記微分ベクトルの値を、第(n-1)時間ステップでの前記微分ベクトルの値と、第n時間ステップでの前記音圧ベクトルの値と、により定める式である、
請求項1から4のいずれか1項に記載の音場解析装置。
【請求項6】
前記一階常微分方程式は、前記空間を離散化する要素の形状に依存しない数値積分点を用いて計算された質量行列及び剛性行列を含む、
請求項1から5のいずれか1項に記載の音場解析装置。
【請求項7】
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析方法であって、
前記一階常微分方程式において、時間及び空間の離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、前記離散化誤差に振幅誤差が含まれないように最適化された線形多段法を適用することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記微分ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する、
音場解析方法。
【請求項8】
コンピュータを、
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析装置として機能させるプログラムであって、
前記コンピュータを、
前記一階常微分方程式において、時間及び空間の離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、前記離散化誤差に振幅誤差が含まれないように最適化された線形多段法を適用することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記微分ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する数値計算部、として機能させる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音場解析装置、音場解析方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
数値シミュレーションにより音場を解析する手法が知られている。例えば、非特許文献1~3は、一階常微分方程式(ODE:Ordinary Differential Equation)に基づく時間領域有限要素法(TDFEM:Time-Domain Finite Element Method)を用いて音場を解析する手法を開示している。具体的に説明すると、非特許文献1は、以下の(手順1)~(手順4)に従って音場を解析する手法を開示している。
【0003】
(手順1)
剛壁境界又は振動境界により囲われた音場を対象とした場合の半離散化方程式に、対角質量行列と音圧の時間一階微分ベクトルとを導入することで得られる連立一階常微分方程式を対象とする。連立一階常微分方程式は、具体的には、解析対象の空間における音圧の分布を示すベクトルp(以下、“音圧ベクトルp”と呼ぶ。)と、音圧ベクトルpの時間一階微分と等価なベクトルv(以下、“微分ベクトルv”と呼ぶ。)と、を未知数として、下記(1)式及び(2)式のように表される。
【0004】
【0005】
【0006】
ここで、(1)式及び(2)式における“M”、“K”、及び“D”は、それぞれ質量行列、剛性行列、及び対角質量行列を表す。質量行列M、剛性行列K、及び対角質量行列Dは、それぞれ、要素質量行列Me、要素剛性行列Ke、及び要素対角質量行列Deを重ね合わせて構成される全体行列である。また、(1)式及び(2)式において、“f”は解析対象の空間に加えられる外力の分布を示す外力ベクトルを表し、“c0”は音速を表し、“・”は時間に関する一階微分を表す。
【0007】
(手順2)
空気領域の有限要素として正方形又は立方体形状の線形一次要素を設定する。そして、設定された空気領域の有限要素に対して、非特許文献2に開示された離散化誤差の低減法である修正積分則を適用して、(1)式及び(2)式における質量行列Mと剛性行列Kとを計算する。
【0008】
(手順3)
(1)式及び(2)式で表される連立一階常微分方程式を時間方向に離散化することで時間進行スキームを構築し、音波の時間進行を計算する。
【0009】
(手順4)
(手順3)で音波の時間進行を計算する際に、数値的安定性を保つため、(1)式の音圧ベクトルpの時間一階微分を1次精度の前進差分近似で離散化し、更に(2)式の微分ベクトルvの時間一階微分を1次精度の後退差分近似で離散化する。この結果として、下記(3)式及び(4)式が得られる。
【0010】
【0011】
【0012】
ここで、(3)式及び(4)式における“n”は時間ステップ数を表す自然数であり、“Δt”は時間刻み幅を表す。非特許文献1に開示された手法では、(3)式及び(4)式により表される時間更新式に従って、音波の時間進行を計算する。
【0013】
このような一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法は、計算効率に関する長所として次の2点を有する。
(I)時間進行スキームが陽的であるため、連立一次方程式の求解が不要である。そのため、時間ステップあたりの計算負荷が少ない。
(II)修正積分則の適用により、使用する要素が一次要素であるにもかかわらず、時間及び空間で4次の精度を達成することができる。
【0014】
また、非特許文献3は、任意形状の要素を扱うための時空間4次精度法である修正Adams法を開示している。非特許文献2に開示された修正積分則による高精度化の達成のためには、使用できる要素の形状が正方形又は立方体に限定されるのに対して、非特許文献3に開示された修正Adams法では、正方形又は立方体以外の形状の要素を用いた場合に、時間及び空間の離散化誤差を4次精度で低減することができる。これにより、複雑な形状を含む室内空間や音響材料を解析対象とする場合であっても、形状による特性を正しく反映することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【文献】Takumi Yoshida, Takeshi Okuzono, Kimihiro Sakagami, “Numerically stable explicit time-domain finite element method for room acoustics simulation using an equivalent impedance model”, Noise Control Engineering Journal, 66(3), 176-189 (1 May2018)
【文献】B. Yue, MN. Guddati, “Dispersion-reducing finite elements for transient acoustics”, Journal of Acoustical Society of America, 118(4), 2132-2141(2005)
【文献】Takumi Yoshida, Takeshi Okuzono, Kimihiro Sakagami, “Time domain room acoustic solver with fourth-order explicit FEM using modified time integration," Applied Sciences, 10, 3750(2020).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
時間領域有限要素法を含む計算力学的手法を用いて音波伝搬をシミュレーションする上で、計算効率の向上は重要である。従来の陽的な時間領域有限要素法による音響解析手法は、修正積分則の適用により空気領域の計算に関して優れた計算効率をもっている。特に、非特許文献3に開示された修正Adams法は、任意形状の要素を扱うことができる。
【0017】
しかしながら、従来の手法は、離散化誤差の一種である振幅誤差を含む。振幅誤差が発生すると、特に高周波数の音波伝搬を長時間にわたって予測する場合に、音場解析の精度の悪化をもたらす。そのため、振幅誤差の発生を抑制して、解析精度を向上させることが可能な手法が望まれている。
【0018】
本発明は、以上の課題を解決するためのものであり、時間領域有限要素法を用いた音場解析において、解析精度を向上させることが可能な音場解析装置、音場解析方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る音場解析装置は、
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析装置であって、
前記一階常微分方程式において、時間及び空間の離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、前記離散化誤差に振幅誤差が含まれないように最適化された線形多段法を適用することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記微分ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する数値計算部、を備える。
【0020】
前記音圧ベクトルの時間更新式は、第n時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を、第(n-M)時間ステップから第(n-1)時間ステップでの前記音圧ベクトルの値と、第(n-N)時間ステップから第(n-1)時間ステップでの前記微分ベクトルの値とを、前記離散化誤差に虚部が含まれない値に最適化された重み係数を乗じた上で加算することにより計算する式であっても良い。
【0021】
前記目標精度がK次の精度である場合、前記M及びNは、K-1以上の値に設定されても良い。
【0022】
前記音圧ベクトルに関する前記重み係数の総和と、前記微分ベクトルに関する前記重み係数の総和とは、どちらも1に等しくても良い。
【0023】
前記微分ベクトルの時間更新式は、第n時間ステップでの前記微分ベクトルの値を、第(n-1)時間ステップでの前記微分ベクトルの値と、第n時間ステップでの前記音圧ベクトルの値と、により定める式であっても良い。
【0024】
前記一階常微分方程式は、前記空間を離散化する要素の形状に依存しない数値積分点を用いて計算された質量行列及び剛性行列を含んでも良い。
【0025】
上記目的を達成するために、本発明の第2の観点に係る音場解析方法は、
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析方法であって、
前記一階常微分方程式において、時間及び空間の離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、前記離散化誤差に振幅誤差が含まれないように最適化された線形多段法を適用することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記微分ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する。
【0026】
上記目的を達成するために、本発明の第3の観点に係るプログラムは、
コンピュータを、
解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルと、前記音圧ベクトルの時間一階微分と等価な微分ベクトルと、に関する一階常微分方程式に基づく時間領域有限要素法を用いて音場を解析する音場解析装置として機能させるプログラムであって、
前記コンピュータを、
前記一階常微分方程式において、時間及び空間の離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、前記離散化誤差に振幅誤差が含まれないように最適化された線形多段法を適用することにより得られる前記音圧ベクトルの時間更新式と、前記一階常微分方程式において、前記微分ベクトルの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる前記微分ベクトルの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの前記音圧ベクトルの値を計算する数値計算部、として機能させる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、時間領域有限要素法を用いた音場解析において、解析精度を向上させる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の実施形態に係る音場解析装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】実施形態におけるメッシュの設定例を示す図である。
【
図3】実施形態に係る音場解析装置における数値計算部の構成を示すブロック図である。
【
図4】実施形態に係る音場解析装置によって得られた音圧の時間変化の表示例を示す図である。
【
図5】実施形態に係る音場解析装置によって得られた音圧の空間分布の表示例を示す図である。
【
図6】実施形態に係る音場解析装置によって実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【
図7】数値実験において、解析対象の空間として使用したモデルを示す図である。
【
図8】数値実験において、実施形態の手法と修正Adams法とのそれぞれを用いて計算した4.5kHzの音波に含まれる振幅誤差を比較して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。なお、図中同一又は相当する部分には同一符号を付す。
【0030】
(実施形態)
本実施形態に係る音場解析装置10は、時間領域有限要素法を用いた波動音響数値シミュレーションにより音場を解析し、これにより音響分野における材料や測定法の開発、設計支援等に活用することが可能な装置である。ここで、音場とは、音波が存在する空間を意味する。
【0031】
図1に、音場解析装置10の構成を示す。
図1に示すように、音場解析装置10は、制御部11と、記憶部12と、操作部13と、表示部14と、通信部15と、を備える。
【0032】
制御部11は、音場解析装置10の各部と制御バスを介して接続されており、音場解析装置10全体の動作を統括制御する。具体的に説明すると、制御部11は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を備える。CPUは、例えばマイクロプロセッサ等であって、様々な処理及び演算を実行する中央演算処理部である。制御部11において、CPUが、ROMに記憶されている制御プログラムを読み出して、RAMをワークメモリとして用いながら、各種の処理を実行する。
【0033】
記憶部12は、フラッシュメモリ、ハードディスク等の不揮発性メモリである。記憶部12は、オペレーションシステム、アプリケーションプログラム等の、制御部11が各種処理を行うために使用するプログラム及びデータを記憶する。また、記憶部12は、制御部11が各種処理を行うことにより生成又は取得するデータを記憶する。
【0034】
操作部13は、キーボード、マウス、ボタン、タッチパッド、タッチパネル等の入力デバイスを備えており、ユーザから操作を受け付ける。ユーザは、操作部13を操作することによって、様々な指示を音場解析装置10に入力することができる。操作部13は、ユーザから入力された操作指示を受け付けると、受け付けた操作指示を制御部11に送信する。
【0035】
表示部14は、液晶ディスプレイ、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイ等の表示デバイスを備える。表示部14は、図示しない表示駆動回路によって駆動され、制御部11による制御のもとで様々な画像を表示する。例えば、表示部14は、数値シミュレーションにより音場を解析した結果を表す画像を表示する。
【0036】
通信部15は、音場解析装置10が外部の機器と通信するための通信インタフェースを備える。通信部15は、例えばインターネット等の広域ネットワーク、LAN(Local Area Network)、USB(Universal Serial Bus)等の有線又は無線による通信を介して、外部の機器と通信する。
【0037】
制御部11は、
図1に示すように、機能的に、設定受付部110と、数値計算部120と、出力部130と、を備える。制御部11において、CPUがROMに記憶されたプログラムをRAMに読み出して実行することにより、これら各部として機能する。
【0038】
設定受付部110は、音場解析装置10において音場を解析するための設定を受け付ける。ここで、設定は、数値計算部120が数値シミュレーションにより音圧の分布を計算するための条件やパラメータ等であって、具体的には解析対象の空間、境界条件、メッシュ等に関する情報である。設定受付部110は、ユーザが所望の設定を入力するための設定画面を表示部14に表示する。ユーザは、表示部14に表示された設定画面を見ながら、操作部13を操作して、設定を入力する。設定受付部110は、ユーザにより入力された設定を受け付ける。
【0039】
第1に、設定受付部110は、音場解析の目的物である解析対象の空間の設定を受け付ける。具体的に説明すると、設定受付部110は、操作部13を介してユーザから入力された操作に従って、解析対象の空間の次元及び形状の設定を受け付ける。
【0040】
例えば、長方形状の2次元平面内における音場を解析する場合、設定受付部110は、解析対象の空間として、長方形状の2次元の空間の設定を受け付ける。或いは、3次元の室内空間内における音場を解析する場合には、設定受付部110は、解析対象の空間として、その室内空間に対応する形状の3次元の空間の設定を受け付ける。
【0041】
第2に、設定受付部110は、境界条件の設定を受け付ける。境界条件は、解析対象の空間を囲む境界に関する条件である。設定受付部110は、操作部13を介してユーザから入力された操作に従って、境界条件として、剛壁境界と振動境界とのうちのいずれかの設定を受け付ける。
【0042】
剛壁境界とは、音響的に剛である境界であって、境界上における粒子の速度が0である境界である。剛壁境界に入射した音波は、吸収されずに完全に反射される。これに対して、振動境界とは、境界上における粒子が振動可能な境界である。
【0043】
第3に、設定受付部110は、メッシュの設定を受け付ける。ここで、メッシュとは、解析対象の空間を数値的に解析するために、解析対象の空間を四角形等の単純な形状をした複数の有限要素に分割(離散化)したものである。なお、有限要素は、単に“要素”とも呼ぶ。設定受付部110は、操作部13を介してユーザから入力された操作に従って、メッシュを構成する複数の要素の形状及びサイズの設定を受け付ける。
【0044】
図2に、2次元の解析対象の空間20を四角形状の要素で分割した例を示す。解析対象の空間20が2次元である場合、解析対象の空間20は、例えば
図2に示すように、1辺の長さhの正方形状の要素によって、横方向にX個、縦方向にY個に分割される。すなわち、解析対象の空間20は、合計(X×Y)個の要素で離散化される。或いは、解析対象の空間が3次元である場合には、図示は省略するが、解析対象の空間は、立方体、直方体等の3次元形状の要素によって、横方向、縦方向及び高さ方向に分割される。
【0045】
音場解析装置10は、このように離散化された要素の単位で音圧の値を計算することにより、解析対象の空間における音圧の分布を解析する。要素のサイズを小さく設定するほど、空間の離散化に伴う誤差が小さくなるため解析精度が向上するが、計算量が増大する。
【0046】
なお、後述するように、本実施形態において、数値計算部120は、要素の形状に依存しない数値積分点を用いて音圧ベクトルpの値を計算する。そのため、要素の形状は、正方形に限らず、任意形状の四辺形であっても良いし、任意形状の六面体であっても良い。
【0047】
第4に、設定受付部110は、時間刻み幅Δt、総ステップ数Ns、及び外力ベクトルfの設定を受け付ける。時間刻み幅Δtは、解析対象の空間における音波の時間進行を計算するための時間ステップの単位である。時間刻み幅Δtを小さく設定するほど、時間の離散化に伴う誤差が小さくなるため解析精度が向上するが、計算量が増大する。総ステップ数Nsは、解析対象の空間における音波の時間進行を初期状態から何ステップ先まで計算するかを示す値である。数値計算部120は、Δt×Nsの時間区間に亘って、音圧を計算する。外力ベクトルfは、計算開始から計算終了までの時間区間において、解析対象の空間に加えられる外力の分布を示すベクトルである。
【0048】
このように、設定受付部110は、時間領域有限要素法により音場を解析するための設定を、操作部13を介してユーザから受け付ける。設定受付部110は、制御部11が操作部13等と協働することにより実現される。
【0049】
図1に戻って、数値計算部120は、設定受付部110により受け付けられた設定のもとで、数値計算を実行する。具体的に説明すると、数値計算部120は、解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルpと、音圧ベクトルpの時間一階微分と等価な微分ベクトルvと、に関する一階常微分方程式から得られる音圧ベクトルpの時間更新式と微分ベクトルvの時間更新式とに従って、複数の時間ステップでの音圧ベクトルpの値を計算する。一階常微分方程式は、(1)式及び(2)式に示したように、質量行列M及び剛性行列Kを含む式である。
【0050】
ここで、数値計算部120による計算手法について説明する。本実施形態において、数値計算部120は、微分ベクトルvの時間更新式として、背景技術で説明した(4)式を用いる。(4)式は、背景技術で説明したように、(2)式において微分ベクトルvの時間一階微分を1次精度の差分近似で離散化することにより得られる微分ベクトルvの時間更新式である。
【0051】
一方で、数値計算部120は、音圧ベクトルpの時間更新式として、背景技術で説明した(3)式とは異なる時間更新式を用いる。具体的には、数値計算部120は、時間及び空間の離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、離散化誤差に振幅誤差が含まれないように最適化された線形多段法を適用することにより得られる音圧ベクトルpの時間更新式を用いる。
【0052】
以下、本実施形態における音圧ベクトルpの時間更新式の導出について説明する。数値計算部120は、質量行列M及び剛性行列Kの要素の計算に対して、非特許文献2に開示されている修正積分則を適用する。更に、数値計算部120は、音圧ベクトルpの時間発展を計算するために、線形多段法を適用する。具体的に説明すると、数値計算部120は、音圧ベクトルpの時間更新式として、以下の(5)式により表される陽形式の線形多段時間積分形式の式を用いる。
【0053】
【0054】
(5)式において、M,Nは、時間発展の計算に用いる過去の音圧ベクトルp及び微分ベクトルvの時間ステップ数を表す自然数である。(5)式に示すように、音圧ベクトルpの時間更新式は、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnの値を、第(n-M)時間ステップから第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1,pn-2,…,pn-Mの値と、第(n-N)時間ステップから第(n-1)時間ステップの微分ベクトルvn-1,vn-2,…,vn-Nの値と、により定める式である。
【0055】
また、(5)式において、係数ai,bjは、各時間ステップでの音圧ベクトルp及び微分ベクトルvの値に対する重み係数である。計算の安定性を担保するため、係数ai,bjは、以下の(6)式を満たす必要がある。すなわち、音圧ベクトルpに関する重み係数の総和a1+a2+…+aM、及び微分ベクトルvに関する重み係数の総和b1+b2+…+bNは、どちらも1に等しい。
【0056】
【0057】
(4)、(5)式におけるM及びNの値、すなわち第n時間ステップでの音圧ベクトルpn及び微分ベクトルvnを計算するための過去の時間ステップ数は、達成すべき離散化誤差の精度に応じて設定される。具体的に説明すると、時間及び空間の離散化誤差の目標精度としてK次の精度(Kは自然数)を達成する場合、M及びNの値はK-1以上であることが必要となる。
【0058】
一例として、離散化誤差に関して4次精度を達成する場合、M≧3且つN≧3が必要である。以下では、M=N=3である場合を例にとって説明する。M=N=3である場合、(4)式を用いて(5)式から各時間ステップの微分ベクトルvを消去すると、以下の(7)式が導かれる。このとき、(4)式における外力ベクトルfnの項は除いている。
【0059】
【0060】
離散化誤差が振幅誤差を含まないための条件として、重み係数ai,bjは、離散化誤差に虚部が含まれない値に最適化される必要がある。具体的には、時刻nでの音圧ベクトルを中心に音圧ベクトルの係数が対称となる場合に、離散化誤差に虚部が含まれない。すなわち、M=N=3の場合、離散化誤差が振幅誤差を含まないための条件として、(7)式の前半部におけるpn+2の係数1とpn-2の係数a3とが等しく、pn+1の係数(a1+1)とpn-1の係数(a3-a2)が等しく、且つ、(7)式の後半部におけるpn+1の係数b1とpn-1の係数b3が等しい必要がある。そのため、以下の(8)式を満たす必要がある。
【0061】
【0062】
(6)、(8)式より、以下の(9)式が定まる。
【0063】
【0064】
(9)式より、(7)式は以下の(10)式のように表される。
【0065】
【0066】
ここで、要素サイズhの立方体要素で離散化された自由空間中の平面波伝搬を仮定し、(10)式の分散特性を評価する。3次元音場における時間領域の平面波は、以下の(11)式で表される。なお、分散特性の評価の詳細は、例えば“Takeshi Okuzono, Takumi Yoshida, Kimihiro Sakagami, Toru Otsuru, An explicit time-domain finite element method for room acoustics simulations: Comparison of the performance with implicit methods, Applied Acoustics, 104, 76?84(2016)”に開示されている。
【0067】
【0068】
(11)式において、kは波数を表し、ωは角周波数を表す。また、θ及びφは、球座標系における仰角及び方位角を表す。また、iは虚数単位である。(11)式より、(10)式は以下の(12)式のように表される。
【0069】
【0070】
(12)式より、以下の(13)式で表される分散関係式が得られる。なお、(13)式におけるMc,Kcは、以下の(14)、(15)、(16)式のように表される。
【0071】
【0072】
【0073】
【0074】
【0075】
(13)式において、ch,khはそれぞれ数値的な音速と波数を表す。また、(14)式と(15)式において、αm,αkはそれぞれ質量行列Mと剛性行列Kの要素行列の数値積分に用いる積分点である。空間4次精度を達成するためには、以下の(17)式に示す数値積分点を使用する。(17)式に示す数値積分点は、非特許文献3に開示された、解析対象の空間を離散化する要素の形状に依存しない数値積分点である。
【0076】
【0077】
(17)式の積分点を使用し、(13)式をkhについてテイラー展開すると、分散誤差(離散化誤差)を表す式として、以下の(18)式が得られる。
【0078】
【0079】
従って、目標精度として時間4次精度を達成するためには、(18)式において、波数kに関する3次以下の項が0になれば良い。そのため、b1が以下の(19)式で示される値となれば良い。
【0080】
【0081】
(19)式を用いた陽的な時間領域有限要素法の5次の項までの分散誤差(離散化誤差)は、以下の(20)式のように表される。なお、(20)式において、Aの値は、以下の(21)式のように表される。
【0082】
【0083】
【0084】
(20)式は、(19)式のパラメータを用いた陽的な時間領域有限要素法が時間及び空間で4次精度を達成することを示している。また、(20)式は虚部を持たないため、振幅誤差は発生しない。なお、(13)式は(8)式の条件により虚部を含まない実関数となるため、本実施形態の手法は6次以上の分散誤差においても虚部は現れない。なお、振幅誤差を含む修正Adams法の3次元解析における分散誤差(離散化誤差)は、以下の(22)式のように計算される。
【0085】
【0086】
(22)式における分散誤差は、5次の項で虚数の項である虚部が現れている。そのため、振幅誤差が発生することが分かる。また、(20)、(22)式より、本実施形態の手法と修正Adams法とは、共に時間及び空間で4次精度を達成する。本実施形態の手法は、数値分散に関して修正Adams法と同等の性能をもつことが分かる。
【0087】
数値計算部120は、このようにして導出された音圧ベクトルpの時間更新式である(5)式の重み係数ai,bjに(9)、(19)式の値が代入された式と、微分ベクトルvの時間更新式である(4)式と、に従って、複数の時間ステップでの音圧ベクトルpの値を計算する。
【0088】
図3に、数値計算部120のより詳細な構成を示す。
図3に示すように、数値計算部120は、行列設定部121と、音圧ベクトル計算部123と、微分ベクトル計算部125と、繰り返し部127と、の機能を有する。
【0089】
行列設定部121は、(5)式と(4)式とに含まれる質量行列M、剛性行列K、及び対角質量行列Dを設定する。質量行列M、剛性行列K、及び対角質量行列Dは、解析対象の空間を離散化する要素の数に対応するサイズの行列であって、各行列に含まれる要素の値は、解析対象の空間の次元及び形状と、離散化する要素の形状と、に依存して定められる。そのため、行列設定部121は、設定受付部110によりユーザから受け付けられた設定に応じて、質量行列M、剛性行列K、及び対角質量行列Dを設定する。これにより、行列設定部121は、音圧ベクトルp及び微分ベクトルvの時間更新式を確立する。
【0090】
より詳細には、行列設定部121は、非特許文献2に開示された修正積分則を適用する。すなわち、行列設定部121は、(17)式に示した解析対象の空間を離散化する要素の形状に依存しない数値積分点αm及びαkを用いて、質量行列M及び剛性行列Kを計算する。具体的に説明すると、行列設定部121は、数値積分点αm及びαkを用いて、Gauss-Legendre求積法により要素質量行列Me及び要素剛性行列Keを計算し、質量行列M及び剛性行列Kを設定する。
【0091】
ここで、数値積分点αm及びαkから要素質量行列Me及び要素剛性行列Keを計算し、更に質量行列M及び剛性行列Kを得る手法は、非特許文献1,2等に開示されている周知の手法を用いることができる。また、行列設定部121は、非特許文献1,2等に開示されている周知の手法を用いて、対角行列である要素対角質量行列Deを計算し、対角質量行列Dを設定する。
【0092】
音圧ベクトル計算部123は、音圧ベクトルpの時間更新式である(5)式の重み係数ai,bjに(9)、(19)式の値が代入された式に従って、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnを計算する。ここで、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnは、解析対象の空間に設定された複数の要素のそれぞれにおける、計算開始時点からn番目の時間ステップでの音圧の値を要素として有するベクトルである。
【0093】
上述したように、(5)式は、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnの値を、第(n-M)時間ステップから第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-M~pn-1の値と、第(n-N)時間ステップから第(n-1)時間ステップの微分ベクトルvn-N~vn-1の値とを、離散化誤差に虚部が含まれない値に最適化された重み係数ai,bjを乗じた上で加算することにより計算する式である。従って、音圧ベクトル計算部123は、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnの値を、第(n-M)時間ステップから第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1,pn-2,…,pn-Mの値と、第(n-N)時間ステップから第(n-1)時間ステップの微分ベクトルvn-1,vn-2,…,vn-Nの値と、から計算する。具体的に、N=M=3の場合は、音圧ベクトル計算部123は、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnの値を、音圧ベクトルpn-1,pn-2,pn-3の値と微分ベクトルvn-1,vn-2,vn-3の値とから計算する。
【0094】
微分ベクトル計算部125は、微分ベクトルvの時間更新式である(4)式に従って、第n時間ステップでの微分ベクトルvnを計算する。ここで、第n時間ステップでの微分ベクトルvnは、解析対象の空間に設定された複数の要素のそれぞれにおける、計算開始時間ステップからn番目の時間ステップでの音圧の時間一階微分に相当する値を要素として有するベクトルである。
【0095】
上述したように、(4)式は、第n時間ステップでの微分ベクトルvnの値を、第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1の値と、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnの値と、により定める式である。従って、微分ベクトル計算部125は、第n時間ステップでの微分ベクトルvnの値を、第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1の値と、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnの値と、から計算する。
【0096】
繰り返し部127は、nの値を1ずつ増加させながら、音圧ベクトル計算部123により第n時間ステップでの音圧ベクトルpnの値を計算する処理と、微分ベクトル計算部125により第n時間ステップでの微分ベクトルvnの値を計算する処理と、を繰り返す。具体的に説明すると、繰り返し部127は、nの値を1から総ステップ数Nsに達するまで変化させながら、n=kのときの音圧ベクトルpk及び微分ベクトルvkの値を、n=k-1~k-Mのときに計算された音圧ベクトルpk-1~pk-Mの値と、n=k-1~k-Nのときに計算された微分ベクトルvk-1~vk-Nの値と、を用いて計算する。これにより、繰り返し部127は、第1時間ステップから第Ns時間ステップまでの複数の時間ステップにおける音圧ベクトルp1~pNs及び微分ベクトルv1~vNsの値を計算する。
【0097】
なお、n=1のときの音圧ベクトルpn-1~pn-Mと微分ベクトルvn-1~vn-N、n=2のときの音圧ベクトルpn-2~pn-Mと微分ベクトルvn-2~vn-N、…等は、定義されていない。そのため、これらのベクトルの値は、初期条件として0等の適当な値に予め設定しておく。その上で、繰り返し部127は、(5)式及び(4)式に従って音圧ベクトルpn及び微分ベクトルvnを計算する。
【0098】
このようにして、数値計算部120は、解析対象の空間における音圧の分布を示す音圧ベクトルpとその時間一階微分と等価な微分ベクトルvとを1ステップずつ計算することにより、音波の時間進行を解析する。数値計算部120は、制御部11が記憶部12等と協働することにより実現される。
【0099】
図1に戻って、出力部130は、数値計算部120により計算された複数の時間ステップでの音圧ベクトルpに基づく出力情報を出力する。複数の時間ステップでの音圧ベクトルpに基づく出力情報とは、数値計算部120による数値計算により得られた第1時間ステップから第Ns時間ステップまでの音圧ベクトルp
1~p
Nsに基づいて表現することが可能な情報である。出力部130は、出力情報として、音圧の時間変化と、音圧の空間分布と、のうちの少なくとも一方を表す情報を出力する。
【0100】
例えば、
図4に示すように、出力部130は、出力情報として、解析対象の空間内の特定の位置における音圧の時間変化を示す情報を表示部14に表示出力する。出力部130は、数値計算部120により計算された第1時間ステップから第Ns時間ステップまでの音圧ベクトルp
1~p
Nsに含まれる音圧の値のうちの、ユーザにより指定された位置の音圧の値を時系列順に並べる。これにより、出力部130は、特定の位置における音圧の時間変化を表す画像を生成し、
図4に示すように表示部14に表示出力する。
【0101】
別の例として、
図5に示すように、出力部130は、出力情報として、特定の時間ステップでの解析対象の空間における音圧の空間分布を示す情報を表示部14に表示出力する。出力部130は、数値計算部120により計算された第1時間ステップから第Ns時間ステップまでの音圧ベクトルp
1~p
Nsに含まれる音圧の値のうちの、ユーザにより指定された時間ステップにおける音圧ベクトルの値を、空間分布を表すように並べる。これにより、出力部130は、特定の時間ステップでの音圧の空間分布を表す画像を生成し、
図5に示すように表示部14に表示出力する。なお、
図5では、例として1次元方向(縦方向、横方向等)の分布を表す画像を表示しているが、出力部130は、音圧の2次元又は3次元の分布を表す画像を表示しても良い。
【0102】
或いは、出力部130は、音圧の時間変化と空間分布とをどちらも出力しても良い。例えば、出力部130は、解析対象の空間内を音波がどのように伝わるかを可視化するために、音圧の空間分布の複数の時間ステップにおける時間変化を表す動画像を生成し、表示部14に表示出力しても良い。ユーザは、このように表示部14に表示された音圧の時間変化や空間分布を確認することで、解析対象の空間内で音波がどのように伝搬又は分布するかの情報を得ることができる。
【0103】
更には、時間変化や空間分布以外にも、出力部130は、出力情報として、解析対象の空間の音響特性を表す音響パラメータ(例えば残響時間)を出力しても良い。出力部130に出力情報としてどのような情報を出力させるかは、ユーザが操作部13を介して適宜設定することができる。出力部130は、制御部11が表示部14等と協働することにより実現される。
【0104】
以上のように構成される音場解析装置10によって実行される音場解析処理の流れについて、
図6に示すフローチャートを参照して説明する。
図6に示す音場解析処理は、音場解析装置10が音場解析処理を実行可能な状態において、ユーザからの指示入力に従って適宜開始される。
【0105】
音場解析処理を開始すると、制御部11は、設定受付部110として機能し、音場解析における条件及びパラメータの設定を受け付ける(ステップS11)。具体的に説明すると、制御部11は、解析対象の空間の次元及び形状、境界条件、要素の形状及びサイズ、時間刻み幅Δt、総ステップ数Ns、外力ベクトルf等の設定を、操作部13を介してユーザから受け付ける。
【0106】
設定を受け付けると、制御部11は、行列設定部121として機能し、質量行列M、剛性行列K、及び対角質量行列Dを設定する(ステップS12)。制御部11は、非特許文献3と同様に、数値積分点αm及びαkとして、要素の形状に依存しない値である“αm=±√(4/3)”及び“αk=±√(2/3)”を用いる。そして、制御部11は、数値積分点αm及びαkからそれぞれ要素質量行列Me及び要素剛性行列Keを計算し、質量行列M及び剛性行列Kを設定する。
【0107】
質量行列M、剛性行列K、及び対角質量行列Dを設定すると、制御部11は、nの値を1に初期化する(ステップS13)。そして、制御部11は、nの値を増加させながら、音圧ベクトルp及び微分ベクトルvを1ステップ毎に計算する処理に移行する。
【0108】
第1に、制御部11は、音圧ベクトル計算部123として機能し、音圧ベクトルpnを計算する(ステップS14)。具体的に説明すると、制御部11は、第(n-M)時間ステップから第(n-1)時間ステップでの音圧ベクトルpn-1,pn-2,…,pn-Mの値と、第(n-N)時間ステップから第(n-1)時間ステップの微分ベクトルvn-1,vn-2,…,vn-Nの値とを、重み係数ai,bjが最適化された(5)式に代入することにより、第n時間ステップでの音圧ベクトルpnを計算する。
【0109】
音圧ベクトルpnを計算すると、制御部11は、第2に、微分ベクトル計算部125として機能し、微分ベクトルvnを計算する(ステップS15)。具体的に説明すると、制御部11は、第(n-1)時間ステップでの微分ベクトルvn-1と、第n時間ステップでの外力ベクトルfnと、ステップS14で計算された第n時間ステップでの音圧ベクトルpnと、を(4)式に代入することにより、第n時間ステップでの微分ベクトルvnを計算する。
【0110】
微分ベクトルvnを計算すると、制御部11は、nの値が総ステップ数Nsよりも小さいか否かを判定する(ステップS16)。nの値が総ステップ数Nsよりも小さい場合(ステップS16;YES)、制御部11は、nの値をインクリメントする(ステップS17)。そして、制御部11は、繰り返し部127として機能し、処理をステップS14に戻してステップS14~S16の処理を再び実行する。
【0111】
具体的に説明すると、制御部11は、インクリメント前のnの値で既に計算された音圧ベクトルpnと微分ベクトルvnを用いて、インクリメント後のnの値における音圧ベクトルpnと微分ベクトルvnを計算する。そして、制御部11は、nの値が総ステップ数Nsに達したか否かを判定し、nの値が総ステップ数Nsに達していない場合、nの値をインクリメントして再びステップS14~S16の処理を実行する。このようにして、制御部11は、nの値が総ステップ数Nsに達するまで、nの値を1ずつ増加させながら音圧ベクトルpnと微分ベクトルvnを計算することで、解析対象の空間における音波の時間進行を計算する。
【0112】
最終的に、nの値が総ステップ数Nsに達すると(ステップS16;NO)、制御部11は、出力部130として機能し、計算結果を出力する(ステップS18)。例えば、制御部11は、ステップS14~S16の処理を繰り返すことで計算された音圧ベクトルp
1~p
Nsにより表現される音波の時間波形や音圧分布を示す画像を生成する。そして、制御部11は、
図4及び
図5に示したように、音圧の時間変化や空間分布を示す画像を表示部14に表示する。
【0113】
以上説明したように、本実施形態に係る音場解析装置10は、離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、離散化誤差に振幅誤差が含まれないように最適化された線形多段法を適用することにより得られる音圧ベクトルpの時間更新式と、微分ベクトルvの時間一階微分を差分近似で離散化することにより得られる微分ベクトルvの時間更新式と、に従って、複数の時間ステップでの音圧ベクトルpの値を計算する。これにより、本実施形態に係る音場解析装置10は、振幅誤差の発生を抑制することができ、解析精度を向上させることができる。
【0114】
特に、時間領域有限要素法では、時間及び空間の離散化に起因する誤差である離散化誤差が生じる。そのため、離散化誤差を抑えて計算結果を妥当なものにするためには、解析対象となる音波の波長に比べて十分に細かいメッシュが必要となる。しかしながら、可聴域の音波を解析対象とする場合、非常に細かい計算メッシュが必要となり、演算負荷が大きくなる。従って、音響分野で計算力学的手法を活用するためには、比較的粗い離散化でも誤差を抑えることができ、且つ、妥当な計算が実施できる計算アルゴリズムを開発することで、計算効率を向上させることが重要となる。
【0115】
非特許文献3に開示された修正Adams法は、任意形状の要素を扱うことができ、且つ、時間及び空間の離散化誤差を4次精度で低減することができるが、振幅誤差を含んでいる。しかしながら、修正Adams法は、振幅誤差を含んでいる。そのため、例えば建築音響の代表なパラメータである残響時間を予測する場合のように、高周波数の音波伝搬を長時間にわたって予測する場合に、予測精度の悪化等をもたらす。これに対して、本実施形態の手法は、修正Adams法と同等に、時間及び空間で4次精度を達成する。その上で、本実施形態の手法は、修正Adams法における問題点である振幅誤差を含まない。そのため、本実施形態に係る音場解析装置10は、より汎用性の高い手法で高精度に音場を解析することができる。
【0116】
(数値実験)
次に、上記実施形態に係る音場解析装置10によって音圧をどの程度精度良く推定できるかを数値実験により評価した。これにより、上記実施形態に係る音場解析装置10による精度改善の効果を検証した。
【0117】
図7に、数値実験において解析対象の空間として使用したモデルを示す。数値実験では、
図7に示すように、長さ100m、幅0.02mの細長い管内を平面波が伝搬する幾何学的な減衰のない音場を解析対象とした。管のx=0mにおける面は、上限周波数4.5kHzのガウシアンパルスを与えることで振動面とした。更に、管のx=0mにおける面は、空気の特性インピーダンスを与えることで吸収境界とした。
【0118】
このような管状のモデルにおけるx=1~60mの範囲の0.2s間の時間応答を、実施形態の手法と修正Adams法とによりそれぞれ計算した。ここで、要素長は0.01mとした。また、時間刻み幅は、実施形態の手法及び修正Adams法でそれぞれ1/71000s,1/94000sとした。解析結果を離散フーリエ変換により周波数応答に変換して、音圧レベルを計算した。
【0119】
本数値実験において、音源であるx=0mの面からxm離れた点の数値的な振幅誤差en(x)を、下記(23)式のように定義する。(23)式において、Ln(x)は、管内における音源からxm離れた地点における音圧レベルの数値解である。具体的には、振幅誤差en(x)を、管内における音源から1m地点における音圧レベルLn(1)と音源からxm地点における音圧レベルLn(x)との差として定義する。
【0120】
【0121】
図8に、実施形態の手法と修正Adams法とのそれぞれを用いて計算した4.5kHzの音波に含まれる振幅誤差e
n(x)を比較して示す。
図8において実線で示すように、修正Adams法では、0.2s間程度の音波伝搬にもかかわらず4dB以上の振幅誤差が発生している。この振幅誤差を0.5dB以下にするためには,時間刻み幅を1/142000s以下とする必要がある。
【0122】
一方で、実施形態の手法では、
図8において破線で示すように、振幅誤差が発生していない。従って、実施形態の手法で計算された4.5kHz音波が振幅誤差を含まないことが、細長い管中の平面波伝搬の数値シミュレーションにより検証された。
【0123】
このような数値実験の結果から、同一精度の解析の場合、実施形態の手法は修正Adams法と比べて2倍程度の時間ステップ数を用いて2倍速い計算時間で計算できることが分かった。このアドバンテージは、解析周波数が高くなるほど、解析時間長が長くなるほど大きくなる。
【0124】
(変形例)
以上に本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は一例であり、本発明の適用範囲はこれに限られない。すなわち、本発明の実施形態は種々の応用が可能であり、あらゆる実施の形態が本発明の範囲に含まれる。
【0125】
例えば、上記実施形態では、(4)、(5)式におけるM及びNの値が3である場合、すなわち時間及び空間の離散化誤差に関して4次精度を達成する場合を例にとって説明した。しかしながら、M及びNの値は、達成すべき精度に応じて任意の値に設定することができる。
【0126】
M及びNの値が任意である場合、音圧ベクトルpの時間更新式である(5)式における重み係数ai,bjは、M及びNの値に応じて、離散化誤差に関して目標精度を達成し、且つ、離散化誤差に振幅誤差が含まれない値に最適化される。離散化誤差に振幅誤差が含まれないためには、(5)式から微分ベクトルvn-1,vn-2,…,vn-Nを消去された式(M=N=3の場合における(7)式)において、時間ステップnを原点として、音圧ベクトルの係数が対称となる必要がある。具体的には、重み係数ai(i=1,2,…,M)は、条件“aM=1,a1=-aM-1,a2=-aM-2,…”を満たし、且つ、重み係数bj(j=1,2,…,N)は、条件“b1=bN,b2=bN-1,…”を満たす必要がある。また、目標精度がK次の精度である場合、離散化誤差の式(M=N=3の場合における(18)式)において、波数kに関するK-1次以下の項が0に等しくなるという条件を満たす必要がある。重み係数ai,bjは、これらの条件を満たし、更に安定性の条件である(6)式の条件を満たす値に最適化される。
【0127】
また、設定受付部110が、離散化誤差の目標精度の設定をユーザから受け付けて、受け付けた目標精度に応じてM及びNの値を設定しても良い。例えば、受け付けた目標精度がK次の精度である場合、設定受付部110は、M及びNの値を、K-1以上の値に設定する。この場合、数値計算部120は、設定受付部110により設定されたM及びNの値に応じて、音圧ベクトルpの時間更新式を設定する。そして、数値計算部120は、設定した音圧ベクトルpの時間更新式と、(4)式に示した微分ベクトルvの時間更新式とに従って、音圧ベクトルpの時間発展を計算する。
【0128】
また、M及びNを大きな値に設定しなくても、数値積分点αm,αkと重み係数ai,bjとを最適化することにより、分散誤差(離散化誤差)の低減が可能である。具体的に説明すると、例えばM=N=3である場合において、特定の周波数(波数)において分散誤差が最小となる数値積分点αm,αkを用いた上で、その特定の周波数において分散誤差が最小となるように、言い換えると分散誤差における各次数の値が打ち消し合うように、重み係数ai(i=1,2,…,M)及び重み係数bj(j=1,2,…,N)を最適化しても良い。これにより、M及びNが低次の値のままでも、特定の周波数における分散誤差を著しく低減することができる。
【0129】
上記実施形態では、(4)式に示した微分ベクトルvの時間更新式は、微分ベクトルvの時間一階微分を1次精度の後退差分近似で離散化することにより得られた。しかしながら、微分ベクトルvの時間一階微分は、これ以外の手法で離散化されても良い。
【0130】
上記実施形態では、設定受付部110は、境界条件として、剛壁境界と振動境界とのいずれかの設定を受け付けた。しかしながら、設定受付部110は、境界条件として、インピーダンス境界の設定を受け付けても良い。ここで、インピーダンス境界とは、音響インピーダンスを有する境界である。インピーダンス境界に入射した音波は、その境界の音響インピーダンス値znに応じた吸収率で吸収される。そのため、音波は、インピーダンス境界で反射することにより減衰する。
【0131】
解析対象の空間を囲む境界のうちの少なくとも一部にインピーダンス境界が含まれる場合、インピーダンス境界で反射された音波の減衰を評価するため、(2)式に示した一階常微分方程式には、減衰行列Cを含む減衰項が必要になる。そのため、音圧ベクトル計算部123は、(4)式の代わりに、減衰項が含まれる形式に変形された式に従って、微分ベクトルvnを計算する。
【0132】
上記実施形態では、音場解析装置10は、表示部14を備えており、出力部130は、数値計算部120により計算された複数の時間ステップでの音圧ベクトルpに基づく出力情報を表示部14に表示出力した。しかしながら、出力部130は、通信部15による通信を介して、出力情報を音場解析装置10の外部の装置に出力しても良い。そして、外部の装置が、例えば
図4又は
図5に示したように、出力部130から出力された出力情報を表示するようにしても良い。このように出力情報が外部の装置に出力される場合には、音場解析装置10は、表示部14を備えていなくても良い。
【0133】
上記実施形態では、音場解析装置10の制御部11において、CPUがROM又は記憶部12に記憶されたプログラムを実行することによって、設定受付部110、数値計算部120及び出力部130のそれぞれとして機能した。しかしながら、制御部11は、専用のハードウェアであってもよい。専用のハードウェアとは、例えば単一回路、複合回路、プログラム化されたプロセッサ、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、これらの組み合わせ等である。制御部11が専用のハードウェアである場合、各部の機能それぞれを個別のハードウェアで実現してもよいし、各部の機能をまとめて単一のハードウェアで実現してもよい。また、各部の機能のうち、一部を専用のハードウェアによって実現し、他の一部をソフトウェア又はファームウェアによって実現してもよい。このように、制御部11は、ハードウェア、ソフトウェア、ファームウェア、又は、これらの組み合わせによって、上述の各機能を実現することができる。
【0134】
本発明に係る音場解析装置の動作を規定する動作プログラムを既存のパーソナルコンピュータ、情報端末装置等に適用することで、当該パーソナルコンピュータ又は情報端末装置等を、本発明に係る音場解析装置として機能させることも可能である。
【0135】
また、このようなプログラムの配布方法は任意であり、例えば、CD-ROM(Compact Disk ROM)、DVD(Digital Versatile Disk)、MO(Magneto Optical Disk)、メモリカード等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納して配布してもよいし、インターネット等の通信ネットワークを介して配布してもよい。
【0136】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【符号の説明】
【0137】
10 音場解析装置
11 制御部
12 記憶部
13 操作部
14 表示部
15 通信部
20 空間
110 設定受付部
120 数値計算部
121 行列設定部
123 音圧ベクトル計算部
125 微分ベクトル計算部
127 繰り返し部
130 出力部