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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】ゼータ電位測定方法及び測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/26 20060101AFI20240603BHJP
【FI】
G01N27/26 P
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2023507051
(86)(22)【出願日】2022-03-10
(86)【国際出願番号】 JP2022010701
(87)【国際公開番号】W WO2022196533
(87)【国際公開日】2022-09-22
【審査請求日】2023-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2021040878
(32)【優先日】2021-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】水畑 穣
(72)【発明者】
【氏名】岡江 功弥
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第88/03265(WO,A1)
【文献】特開平7-286984(JP,A)
【文献】特開2000-019144(JP,A)
【文献】特開平10-038835(JP,A)
【文献】特開平9-257739(JP,A)
【文献】特開平9-068514(JP,A)
【文献】特開平7-198655(JP,A)
【文献】特開昭58-018157(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
流動電位法を用いて試料表面のゼータ電位を測定する方法において、
外部圧力を階段状に変化させ、
外部圧力の変化に伴う流動電位の変化の応答に要する緩和時間τより短い時間の立ち上がり部または立ち下がり部と、前記緩和時間τより長い時間で圧力を定常状態に保持する定常部とを有する圧力変化プロファイルを設定し、
前記圧力変化プロファイルから生じる流動電位の過渡応答から回帰した流動電位の漸近値を用いてゼータ電位を算出することを特徴とするゼータ電位測定方法。
【請求項2】
前記圧力変化プロファイルは、前記立ち上がり部または立ち下がり部の時間をtとし、前記定常部を保持する時間をtとし、前記緩和時間τに対して、0<t<τ、かつ、τ<t<10τであるプロファイルを少なくとも2工程有することを特徴とする請求項1に記載のゼータ電位測定方法。
【請求項3】
前記定常部における圧力の変動幅は、中心値に対して±5%の範囲内に抑えることを特徴とする請求項1又は2に記載のゼータ電位測定方法。
【請求項4】
前記流動電位の過渡応答を、指数関数を用いて最小二乗法で近似し、時間無限大における流動電位の推定値を用いてゼータ電位を算出することを特徴とする請求項1又は2に記載のゼータ電位測定方法。
【請求項5】
外部圧力と流動電位の関係を用いて試料表面のゼータ電位を測定する装置において、
外部圧力を階段状に変化させる圧力調整部と、
外部圧力の変化に伴う流動電位の変化の応答に要する緩和時間τより短い時間の立ち上がり部または立ち下がり部と、前記緩和時間τより長い時間で圧力を定常状態に保持する定常部とを有する圧力変化プロファイルに設定し、前記圧力変化プロファイルから生じる流動電位の過渡応答から回帰した流動電位の漸近値を用いてゼータ電位を算出するゼータ電位算出部、
を備えることを特徴とするゼータ電位測定装置。
【請求項6】
前記圧力変化プロファイルは、前記立ち上がり部または立ち下がり部の時間をtとし、前記定常部を保持する時間をtとし、前記緩和時間τに対して、0<t<τ、かつ、τ<t<10τであるプロファイルを少なくとも2工程有することを特徴とする請求項5に記載のゼータ電位測定装置。
【請求項7】
前記圧力調整部において、セル内部の流体に印加される外部圧力の立ち上がりまたは立ち下がりに要する時間が、前記緩和時間τより小さい時定数で調整されたことを特徴とする請求項5又は6に記載のゼータ電位測定装置。
【請求項8】
前記圧力調整部において、前記緩和時間τより長い時間で圧力を定常状態に保持する前記定常部における圧力の変動幅が、中心値に対して±5%の範囲内に調整されることを特徴とする請求項5又は6に記載のゼータ電位測定装置。
【請求項9】
前記流動電位の過渡応答を、指数関数を用いて最小二乗法で近似し、時間無限大における流動電位の推定値を用いてゼータ電位を算出することを特徴とする請求項5又は6に記載のゼータ電位測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、媒体に接する固体表面のゼータ電位を測定する方法と、その測定を行うための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
媒体として水や各種有機溶媒およびそれらにイオン性解離物質として様々な塩類を溶解した液体に、固体表面が接すると、固体表面にイオン種が吸着することで表面電位が発生する。この際のイオン種の分布状態を表すモデルとして、電気二重層モデルが挙げられる。電気二重層モデルの構造は、吸着イオンが固体表面に接する固定層と、その外側に位置する拡散層からなるSternモデルが良く知られている。固液界面に発生する表面電位は固定層と拡散層との界面に存在するStern面の少し外側にあるすべり面におけるゼータ電位として測定される。ゼータ電位は様々な固体表面の物理的化学的性質を反映して敏感に変化することから、固体表面の物理化学的性質を解析する上で極めて有用な役割を果たすことが挙げられる。従来から特にコロイドの分散・凝集性、相互作用、表面改質を評価する上での指標として利用されてきた。
【0003】
コロイドなど液中で比較的安定に分散した状態で存在する分散粒子表面のゼータ電位の測定には、電気泳動法などが主として利用されている。一方で、濃厚系や粗大粒子、繊維状物質、或いは平板状試料など電気泳動法によるゼータ電位測定が利用できない場合には、流動電位法や電気浸透流法などが利用されている。
両者は物理的には同一の現象を観察するものであるが、電気浸透流法においてはセル両端の電極に印加された電圧により生じる試料液の流れを測定するため、セル内部の上下面からの距離により浸透流の速度が異なるため、モニター粒子を加えてセル表面からの距離と粒子の移動速度の関係を測定することが必要であるため、測定が煩雑で測定精度についても必ずしも十分でない場合がある。
【0004】
一方、流動電位法はセル両端に圧力差を加えた際に発生する電位若しくは電流を測定することで、セル内部の固体試料のゼータ電位を求める方法で、基本的に電気浸透法と同様に様々の形状の固体表面のゼータ電位の測定に汎用的に利用でき、さらに測定するパラメータとしては印加する圧力により発生する電位差若しくは電流値を測定するため極めて簡便な測定方法である。非特許文献1には、様々なゼータ電位の測定方法と、それにより得られる測定結果と固液界面の性質との関係について述べられている。
【0005】
従来から主として水系媒体中においてゼータ電位測定から得られる知見により様々な材料に対する固液界面の特性を評価検討することが行われてきたが、最近では様々な分野で非水系媒体中におけるゼータ電位測定の必要性が増している。例えば、有機溶剤中におけるカーボンナノチューブ等の繊維状材料の分散性評価や、電池製造などにおける電解液の含侵性評価、イオン輸送や電極反応との関連などにおいても、ゼータ電位の活用が期待されている。また同様に各種電極表面の電解質液中における安定性や様々な特性を評価する上で、電解質中における電極表面のゼータ電位測定の必要性が高まっている。
【0006】
固体表面の解析については様々な表面分析の手法を用いて解析が行われているが、実際の系に対して、媒体中に置かれた固体表面の、固液界面におけるゼータ電位のin situでの測定を行うことで、電気二重層内の動的な様子を理解することが求められている。この目的で、様々な固体表面の媒体中におけるゼータ電位の測定は、極めて有用な解析に直結することが期待されている。
【0007】
一方、ゼータ電位の算出には後述するHelmholtz-Smoluchowski式が広く用いられているが、その算出における値とその精度に対して、流動液の粘度、電気伝導率、溶媒の誘電率が影響する。市販の流動電位測定装置を含む既存の流動電位測定装置においては、利用する溶媒を水に限定していることがほとんどである一方、水系電解液の場合はそれらのパラメータが限定されており、その条件に最適化された装置構成であることがほとんどである。非水溶媒における諸物性はいずれのパラメータも広範にわたっているだけでなく、水を含む混合溶媒を用いることも多用されているため、パラメータを想定した装置設計は困難である。また、セルおよび流動液が流通する箇所における材料はそれぞれに最適化されていることから、材料に依存した測定法や数値解析を限定することは困難であり、測定値の汎用的な解析方法がもとめられてきた。
【0008】
上述した様々なゼータ電位の測定は、主に水中における固液界面を対象に行われてきたが、水系はもとより、特に非水系媒体中におけるゼータ電位測定には様々な問題が存在し、多くの用途に利用される高濃度コロイド分散系や多孔性材料における電気的・電気化学的挙動を解析する際に妨げとなっていた。その中で特に流動電位法を用いたゼータ電位測定方法において、セル内の流体に圧力を印加し、発生する流動電位を測定する際に、得られる電位の値が時間やヒステリシスにより変動し定常的な電位の値が得られないことで再現性及び信頼性のある数値が得難いという問題があった。
【0009】
また、非特許文献2には、流動電位測定方法の開発に大きく寄与したR.A.Gortnerによる様々な有機溶媒中に置けるセルロース膜或いは酸化アルミニウム表面のゼータ電位測定結果が報告されている。これらゼータ電位の値は有機溶媒として用いた各種脂肪族アルコールやカルボン酸類、およびこれらのエステル類でアルキル鎖の長さに依存して顕著な変化を示しており、またベンゼン誘導体に対しても置換基によるゼータ電位の値が系統的に変化することから、こうした有機化合物分子と固体表面における吸着の様子がゼータ電位測定を行うことで明らかになることが示されている。
【0010】
従来の電気二重層に関する理論は、熱力学的に定常状態に置かれたイオンの静的な分布をベースに構築されており、ゼータ電位に関しても流体中における固液界面の動的な変化を全く考慮しないで測定され解釈されてきた。
しかしながら、固液界面の性質は外部からの電場の変動やせん断応力の変化を受けて動的に変化し、定常状態に至るまでの間に過渡状態が存在する。電気二重層モデルにおいて、固相表面に対する吸着分子やイオンの吸着により形成される固定層と、その外部の拡散層を想定するが、これらの界面及びその近傍に存在するイオン種の分布の様子は、外部からの圧力や電位などの変化に対して鋭敏に変化する。逆にこうした変化の様子を解析することで固液界面の特性を詳細に検討することが可能になると考えられる。例えば、電解液中のイオンと、高い誘電率を有する各種アルコール・エステル系溶媒分子との間で相互作用を有する場合には、双極子間の長距離相互作用により液中において、水素結合や双極子相互作用・イオン-双極子相互作用に起因する高次構造が形成されると考えられるが、媒体に加えられる圧力の変動により高次構造に歪が生じると、この歪による比較的長い緩和時間を以て静電的緩和が生じる場合が考えられる。更には、イオンの特異吸着が存在しない場合には、外部からの圧力の変動などによりイオンの固体表面への吸着の様子が影響を受け、比較的長時間をかけてイオンの再平衡吸着が生じるケースも考えられる。或いは、多孔性材料における電解液の含浸や流動液の移動に対する細孔内での流路の再構築が生じる場合には、拡散二重層内のイオンは溶液中に固体との相互作用による粘弾性的挙動や電気二重層の要因となる拡散層の厚さの変化を示す表面層にあるため、それによるゼータ電位は粘弾性媒体中におけるイオンの動的な緩和現象の影響を受けると考えられる。これに限らず様々な要因で電気二重層の性質は外部からの圧力や電位の変化に応じて鋭敏に変化し、例えば、流動電位の測定においても、外部からの圧力の変化に応じて、流動電位は、即時に追随して平衡状態に達するものではなく、その間に緩和時間を以って、定常値に到達する過渡的な挙動を示すことが本出願の発明者らによって明らかにされた。こうした電気二重層の様々な緩和プロセスについての基礎研究に対して、流動電位測定は極めて有利な解析手法を提供することが期待される。
【0011】
従来のゼータ電位の測定方法においては、上記のような拡散二重層の過渡現象(緩和過程)を考慮した測定方法が存在せず、そのため従来から用いられているゼータ電位の測定方法で得られる測定結果はヒステリシスの影響を受け、再現性に問題があり正確なゼータ電位の値が求められず、またそこから得られる数値を基にした解析結果についても疑念を生じるため、電極材料の評価やこれを基にした改良研究において著しい障害を招いている問題があった。
【0012】
非特許文献3には、流動電位法を用いて固液界面のゼータ電位を測定する際に、連続的に圧力を変化させ、応答する電位を取得する方法が示されている。しかしながら、圧力が連続的に上昇または下降しながら流動電位を測定しているために、流動電位が圧力の変化に即時に追随して変化していないことから、圧力変化のヒステリシスの影響を強く受けており、得られた見かけのゼータ電位の数値が意味するところが不明であるといった問題があった。
【0013】
また、特許文献1には、同様に圧力を連続的に変化させ圧力の変化速度に対する流動電位の変化速度から下記の式を用いてゼータ電位を求めている。
【0014】
【数1】
【0015】
上式で、Ustrは、圧力を連続的に変化させた際の流動電位の測定値を表し、Δpは圧力の変化を表す。εrelおよびεはそれぞれ比誘電率および真空の誘電率を表す。Lはセルの長さ、Aはセルの断面積を表す。Rは流体の抵抗値を表す。
この場合においても、同様に、流動電位は圧力変化速度に瞬時に追随できない場合には、上式をもとに、圧力変化速度と流動電位の間には直線関係が成立せず、ゼータ電位の値は信頼性が低い問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】米国特許公開公報2015/0330925
【非特許文献】
【0017】
【文献】田里伊佐雄,“非水系の界面動電位の測定”,色材,43,1970,p510-517.
【文献】R.A.Gortner,“ELECTROKINETICS XXIII. ELECTROKINETICS AS A TOOLFOR THE STUDY OF THE MOLECULAR STRUCTURE OF ORGANIC COMPOUNDS”, Trans. Farad.Soc., 35 (1940) p63-68.
【文献】北原文雄,ら,“非水系サスペンションの界面動電位測定法の比較-硫酸バリウム”,工業化学雑誌70巻12号,1967,p2222-2225.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
上述の通り、従来、流動電位法を用いたゼータ電位測定方法においては、セル内の流体に圧力を印加し、発生する流動電位を測定する際に、得られる流動電位の値が時間やヒステリシスにより変動し、再現性のある信頼性の高い測定結果が得られないといった問題がある。
かかる状況に鑑みて、本発明は、流動電位の経時変化から平衡値予測を行うことにより、再現性のある信頼性の高い、高精度なゼータ電位の測定方法及び測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決すべく、本発明のゼータ電位測定方法は、流動電位法を用いて試料表面のゼータ電位を測定する方法において、外部圧力の変化に伴う流動電位の変化の応答に要する緩和時間τより短い時間の立ち上がり部または立ち下がり部と、緩和時間τより長い時間で圧力を定常状態に保持する定常部とを有する圧力変化プロファイルに沿って外部圧力を階段状に変化させる。そして、圧力変化プロファイルから生じる流動電位の過渡応答から回帰した流動電位の漸近値を用いてゼータ電位を算出する。
本発明の特徴は、過渡的な流動電位の変化を人為的に作り出すことである。階段状の圧力を与え、これにより従来の連続的な圧力変化を与えた場合のヒステリシスの問題や測定値の信頼性の問題、再現性など様々な問題を解決する。また、固液界面近傍における静電的相互作用を反映した電気二重層や粘弾性・輸送特性を反映した物質移動に関する過渡的な挙動を解析できる。
なお、本発明のゼータ電位測定方法の工程(ステップ)を、プログラムによってコンピュータに実行させることができる。
【0020】
また、本発明のゼータ電位測定装置は、流動電位法を用いて試料表面のゼータ電位を測定する装置において、外部圧力の変化に伴う流動電位の変化の応答に要する緩和時間τより短い時間の立ち上がり部または立ち下がり部と、緩和時間τより長い時間で圧力を定常状態に保持する定常部とを有する圧力変化プロファイルに沿って外部圧力を階段状に変化させる圧力調整部と、圧力変化プロファイルから生じる流動電位の過渡応答から回帰した流動電位の漸近値を用いてゼータ電位を算出するゼータ電位算出部を備える。
本発明のゼータ電位測定方法及びゼータ電位測定装置において、圧力変化プロファイルは、立ち上がり部または立ち下がり部の時間をtとし、定常部を保持する時間をtとし、緩和時間τに対して、0<t<τ、かつ、τ<t<10τであるプロファイルを少なくとも2工程有することでもよい。また、定常部における圧力の変動幅は、中心値に対して±5%の範囲内に抑えることでもよい。さらに、流動電位の過渡応答を、指数関数を用いて最小二乗法で近似し、時間無限大における流動電位の推定値を用いてゼータ電位を算出することでもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、流動電位法を用いたゼータ電位測定方法において、迅速にかつ簡便で再現性のある信頼性の高い測定結果が取得できるといった効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】流動電位測定用流体に付加する階段状の圧力変化プロファイルであって、圧力の付加による流動電位の緩和時間τと加圧圧力の立ち上がり時間tおよび保持時間tの関係を示す説明図
図2】加圧状態にある流動電位測定用流体を減圧する階段状の圧力変化プロファイルであって、圧力の減圧による流動電位の緩和時間τと減圧圧力の立ち下がり時間tおよび保持時間tの関係を示す説明図
図3】流動電位測定装置の概略図
図4】本発明の流動電位測定のための処理フロー図
図5】実施例1の実験開始からの加圧・減圧の過程と流動電位の推移を示すグラフ
図6図5の部分的拡大図と指数関数近似曲線の重ね合わせ
図7図6の指数関数近似曲線を対数変換して得られた直線関係
図8】実施例1における各圧力において求めた流動電位の定常値との直線関係を示すグラフ(直線の傾きからゼータ電位算出)
図9】実施例1~3で求められたコバルト酸リチウム膜のゼータ電位のpH依存性を示す図
図10】実施例4の非水系媒体中におけるコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位測定における流動電位の変化イメージ
図11】実施例4で得られた圧力と流動電位の関係を示す図
図12】粘弾性モデルとしてのMaxwellモデル(左)とVoigtモデル(右)
図13】流動電位の緩和現象を表現するための力学的等価モデル(左)と緩和過程(右)
図14】流動電位の緩和現象を解析するための一般化したMaxwellモデル
図15】LiClO-PC/溶液(1モル/L)における700mPa下での規格化後の電位差の経時変化を示すグラフ
図16】実施例5の非水系媒体中における過塩素酸リチウム塩濃度を変化させた場合のコバルト酸リチウム粉体表面のゼータ電位との関係を示すグラフ
図17】実施例6の非水系媒体中における過塩素酸リチウム塩濃度を変化させた場合のコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位の依存性を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【0024】
本発明の特徴は、流動電位測定においてセル内に導入する試料液体に付加する圧力を階段状に変化させ、かつ圧力を定常状態に一定時間保持することで、その場合に生じる流動電位の変化の様子が、測定試料に固有の緩和時間を以て定常値に収束する特徴的な挙動を生じさせることで、これにより測定される流動電池の測定値に対して指数関数近似を用いて解析することで、再現性のある信頼性の高い、高精度なゼータ電位の測定方法を提供できることが特徴である。
ここで、緩和時間とは、一般に定義されるように、非平衡状態から平衡状態に推移する任意の物性値に対して、平衡状態における物性値からそこに至る前の任意の時点での物性値との差を時間に対する変化率で割った値である。本発明においては流動電位の時間に対する変化率を緩和過程として捉え、後述する実施例において示すように流動電位の時間に対する変化率が平行との差に比例することから、測定される流動電位の変化に対する緩和時間は一定値を示すことが明らかとなった。この場合、任意の時間における流動電位の平衡値との差は指数関数的に変化し、その場合の緩和時間τは平衡値に対する1/e、即ち約37%に達する時間として規定される。
【0025】
図1には、流動電位測定用流体に付加する階段状の圧力変化プロファイルとともに、圧力の付加による流動電位の緩和時間τと加圧圧力の立ち上がり時間tおよび保持時間tの関係を示した。
図2には、加圧状態にある流動電位測定用流体を減圧する階段状の圧力変化プロファイルであって、圧力の減圧による流動電位の緩和時間τと減圧圧力の立ち下がり時間tおよび保持時間tの関係を示した。
【0026】
上記のいずれの場合においても緩和時間τに対してtはτより短い時間であり、tはτより長い時間であることが好ましい。tがτを超えている場合、測定される流動電位が定常的な値に収束しない場合がある。tがτと同じか短い場合には、同様に流動電位の定常的な数値が観察されない場合がある。tとしてτを超えて任意の時間を設定することが可能であるが、測定に要する時間をできるだけ短くすることが好ましく、この目的においてtの上限としてはτの10倍である10τ未満であることが好ましく、さらに5τ以下である場合が特に好ましい。
後述する実施例において示すように、本発明に係る流動電位測定において流動電位が初期の値からその平衡に達した場合の値の差の約37%に達する緩和時間は、実際には数秒から数分程度の時間若しくはさらに長い緩和時間を示す。これに対して圧力バルブを開放してセル内の流体に加圧し設定圧に達する時間は秒以下の時間であることから、τ>>tの条件が成立する。
本発明において上記に示した図1,図2で示す圧力変化の工程を2つ以上設けて流動電位測定を行うことが好ましい。複数の工程において測定される流動電位の値を用いて、後述するHelmholtz-Smoluchowskiの式において各圧力に対する流動電位の値から試料表面のゼータ電位を求めることができる。
【0027】
本発明を実施するために用いることのできる測定装置の模式図の一例を図3に示す。
本発明では、圧力を階段状に変化させる。従来のようなシリンジ内のピストン運動による連続的な圧力変化をもたらせるものではない。本発明では、例えば、加圧したガスの圧力を測定に用いる液体に付加し、圧力の調整を行うことが好ましく、この場合においてガスの圧力をデジタル的に瞬時に調節するための圧力調整機構を備えていることが好ましい。圧力の変化速度は、後述する流動電位の緩和時間τに対して、これより短い時間で調整する。或いは、各種送液ポンプを用いて、液体を加圧しながら送液することもできる。
圧力調整用バルブは、摩擦や重量による応答速度の遅延を最小限にすべく、電磁弁などの電気信号により瞬時に作動する機構であることが好ましい。
【0028】
加圧により送液される液体の流速を任意に調節することが行われるが、この際、セル内部の容積に供給する単位時間当たりの送液量を調整することで、セル内部の流体の流れを、層流または乱流のいずれかに設定することが可能である。本発明においては、セルの形状は測定を行う試料に合わせて、円筒管状、直角管状、平板状など様々な形状のセルを用いることができる。
セルの材質に関しても、各種プラスチックやセラミックス、金属を使用することが可能であるが、表面の帯電を避けるためにできる限り物理化学的に不活性で安定な表面を有する基材を用いてセルを構成することでもよい。
【0029】
一般に水溶液系で用いられる無機材料に代えて有機高分子材料を利用して本発明に係る流動電位測定用セルを構成することも好ましく行われ、この場合用いることのできる有機高分子材料としては、アクリル系樹脂、スチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリ尿素系樹脂、ポリエーテル系樹脂、ポリエチレン系樹脂、ポリプロピレン系樹脂など様々な樹脂材料からなるセルを用いることも好ましく行われる。さらに好ましくは、セル内部の様子を確認するために、透光性を有することと、各種酸やアルカリに対して耐薬品性を有し、様々な有機溶剤に対しても良好な耐溶剤性を示すことが好ましい。こうした目的で利用することのできる好ましい樹脂としてはポリプロピレン系樹脂を挙げることができる。ただし、個々の溶媒に対する可溶性は適切に選択されるべきであることから、材料は溶媒に対する可溶性により適否が判断されるべきであり、本件により材料が限定されるものではない。
【0030】
圧力を任意に設定した値で、一定時間保持することが本発明の特徴の一つである。この場合、圧力を定常的に維持するために、上記したガス圧を定常的に液体に付加することで目的が達成される。圧力レギュレータなどにより圧力変動を±5%以内、望ましくは1%以内、さらに望ましくは±0.1%以内に抑制するのが好適である。測定に用いる液体を各種流体ポンプにより送液する方法を用いる場合には、脈流を防止し、定常部における圧力の変動幅として、中心値に対して±5%の範囲内に維持する。これにより、より正確な流動電位の値が得られる。圧力の変動が±5%を超えて測定中に生じる場合には、流動電位の測定値が安定せず正確な値が得られない場合がある。さらに、次項に記載した処理フローでのゼータ電位の算出における精度要求のために過渡応答を考慮した測定を行うことを勘案すると、圧力もそれと同等の精度が要求されるため、中心値に対して±0.1%の範囲に維持するため、セル上流側の圧損の影響が回避でき、かつ流動液の加圧部または流動液中を測定部分とする圧力レギュレータを用いることが望ましい。
【0031】
本発明を実施するための測定方法における測定開始からゼータ電位の確定に至る処理フローを図4に示す。
エレクトロメータ接続による電極間の帯電が一定電位に収束するまで待機し(ステップS101)、差圧を印加し(ステップS102)、流動電位を測定し(ステップS103)、流動電位の過渡応答を確認する(ステップS104)。過渡応答曲線の近似関数を選択する(ステップS105)。流動電位の緩和過程を示す変化の有無を判別し(ステップS106)、緩和過程を示す変化が有れば、最長緩和過程における時定数の確認を行う(ステップS107)。Gauss-newton非線形近似を用いて流動電位の推定値を算出する(ステップS108)。このとき、推定は、緩和時間τの5倍の時間で、想定有効数字3桁の値で算出するのがよい。前測定の電位との比較を行い(ステップS109)、一致していると判断すれば、時定数と流動電位の値を決定する(ステップS110)。そして、Helmholtz-Smoluchowski式に基づく線形近似を用いてゼータ電位を算出する(ステップS111)。測定精度を高めるために、前測定のゼータ電位の算出値との比較を行う(ステップS112)。その結果、測定点4点以上が一致していれば、ゼータ電位の測定値を確定し測定を終了する。なお、測定点6点以上が一致していることが好ましい。前測定のゼータ電位の算出値との比較の結果、測定点4点未満が一致している状況であれば、差圧印加(ステップS102)の前に処理が戻る。また、前測定のゼータ電位の算出値との比較の結果、一致していなければ、流動電位の測定(ステップS103)の前に処理が戻る。
本発明を実施するための測定方法の詳細については、以下の実施例を用いて詳細に説明を行うが、本発明は以下の実施例で示される構成要素に限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
<水中におけるコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位測定例(pH=5.86)>
コバルト酸リチウム(LiCoO)をNMP(N-メチルピロリドン)中にポリフッ化ビニリデンをバインダーに用いて分散液を調整し、これを支持体表面にコーティング後、乾燥し、LiCoO膜を作製した。セルは、長さ20mm、幅10mmのポリプロピレンシートを、間隙を設けて平行に対峙して作製し、セル内部の上下面に、それぞれLiCoO膜を張り付けて膜間の距離を50μmに調節した。電解質溶液として過塩素酸リチウムを10ミリモル/L濃度で溶解した水溶液を使用した。水溶液のpHは、5.86に調整した。
測定装置の概略図は、図3に示したとおりである。
【0033】
図3において、リザーバー17内に投入された水溶液は、圧力計12と減圧弁11を備えた乾燥窒素ガスボンベ13からのガス圧で流路内に押し上げられ、三方コック14によりセル19内に導入される。セル19内を通過した水溶液は、三方コック14を介して回収容器内に送液される。セル19内の水溶液の流速はガスの圧力により変化した。印加圧力は出力電圧を変化させるパラメータであり、その精度に影響を与える。したがって、ここでは上流側のガスポンベ13に接続された圧力調整器により0.1MPaに調整した上、上流側の圧力変動によらず±1%以内の再現性を有する圧力レギュレータ(コフロックプレッシャーレギュレーター6600A)を用い、圧力変動を±0.1%以下に抑制した。後述する非水系媒体中での測定も同様にして行った。
本実施例において、先ず、乾燥窒素ガスボンベ13のバルブを開放して、リザーバー17内の水溶液に圧力を印加して、セルに流入する側の圧力を700hPaに上昇させ、コックを開栓してセル内の流速を90mL/minに設定した。この流量は、電解質のリザーバー17の断面積が144cmであったことから、ガスの線速度は(90/144)×(1713/1013)=1.06sccmにしかならず、加圧用ガスの流路内の圧損はほとんどないだけでなく、また圧力レギュレータに接続された圧力モニタ(最小表示圧1hPa)において変動はほとんど見られず、測定中の圧力変動は±0.1%以下であった。セル19の両端に白金線15を設置し、両端間の電位差を、エレクトロメータ21(アドバンテスト社製TR8652)を用いて測定を行った。エレクトロメータ21からのアナログデータ出力の収集は、データロガー(図示せず)によりデジタルデータとし、サンプリング間隔を5秒として収集した。測定開始からの電圧変化の様子を図5のグラフに示す。
【0034】
加圧を開始してから30分程度まで加圧を続け水溶液を流し続けた。その後、ステップ状に減圧を行った。図5に示すグラフの上部に示している階段状のパターンは、セル内部の流体に加圧した圧力変化プロファイルを示すものである。図3に示すとおり、セル内部に付加される圧力の測定は、セル上流側直上に圧力センサ20を設置して測定を行った。各ステップにおいて設定した圧力に達するまでの時間tは1秒以下であり、設定地に達してから測定時間tの間の測定値はいずれの条件においても設定値に対して±0.1%以下に保たれていた。700hPaから開始して100hPa間隔で減圧を行い、各ステップにおいて2分半の時間圧を保持しながら段階的に圧力を減少させながら流動電位の測定を行った。0hPaに達した後、昇圧に転じ、同様に700hPaまで100hPa毎に2分半の保持時間を設けながら段階的に昇圧を行った。
【0035】
さらに続けて、700->0->700->0といったように、減圧と昇圧のサイクルを繰り返しながら、流動電位の測定値を毎回観察して行くと、測定開始から120分と160分の間に観察された流動電位の変化の様子が、それ以降のサイクルの中でも繰り返し観察され、実験開始から160分以降は、ヒステリシスが見られなかった。これから、繰り返し再現性が認められることから、セル内部の状態がそれ以降安定化していることが示唆されたことになる。
各圧力変化のサイクルにおいて、各ステップ間の圧力変化(立ち上がりと立ち下がりの両方)は、数秒以内に完了した。測定開始から約275分経過した頃の700hPaに加圧した時点からの減圧ステップによる流動電位の変化の様子を図6に示す。
図6において、各圧力ステップにおける流動電位の数値は、指数関数で近似して図中に併せて近似曲線として図示した。
【0036】
図6中に示した各ステップにおける流動電位の変化を示す近似曲線において各ステップの平衡状態における数値(平衡値)Vを算出し、初期値Vとの差をもとに規格化した数値(V(t)-V)/(V-V)に対してガウス・ニュートン近似法を用いて指数関数exp(-t/τ)で近似した。測定値および得られた近似式からの近似値の対数を取り、時間に対してプロットした結果を図7に示した。
【0037】
図7から、各圧力において測定された流動電位の変化の様子は指数近似で求めた近似式に、よく合致することが確認された。この場合の緩和時間τは約70秒であった。指数関数での近似の妥当性が確認されたことから、各圧力における平衡値Vを用いて、下記数2のHelmholtz-Smoluchowski式に基づく線形近によりゼータ電位ζを求めた。ここで、Vは流動電位、Pは圧力、ηは溶液の粘度、λは溶液の伝導率、εは比誘電率、εは真空の誘電率(8.854×10-12)を表わしている。
【0038】
【数2】
【0039】
図8は700->0hPaの圧力ステップを4回繰り返した部分の圧力と流動電位の関係をプロットした結果であるが、いずれも良好な直線関係が得られており、これから求めたゼータ電位として-20.5mVが得られた。
【実施例2】
【0040】
<水中におけるコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位測定例(pH=11.41)>
実施例1において、過塩素酸リチウム水溶液に水酸化リチウムを加えて溶液のpHを11.41に調整した以外は同様にして流動電位測定を行った。その結果、ゼータ電位として、-45.2mVが得られた。
【実施例3】
【0041】
<水中におけるコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位測定例(pH=2.06)>
実施例1において、過塩素酸リチウム水溶液に過塩素酸水溶液を加えて溶液のpHを2.06に調整した以外は同様にして流動電位測定を行った。その結果、ゼータ電位として7.1mVが得られた。実施例1~3の結果をまとめて図9に示した。この図より、過塩素酸リチウム水溶液中におけるLiCoO膜表面のゼータ電位の値はpHの増加により直線的に正の値から負の値に変化し、pHが約3のところで等電点を示すことが明確となった。
【実施例4】
【0042】
<非水系媒体中におけるコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位測定例>
実施例1で作製したLiCoO膜を用いて、過塩素酸リチウムを溶解する溶媒を水からプロピレンカーボネート(PC)に変え、さらに過塩素酸リチウムの濃度を1.0モル/Lに設定して実験を行った。PC溶液の電導度は611mS/m、粘度は7.85×10-2Pa/s、比誘電率は64.92であった。
実験開始から流動電位の測定に至るまでのエレクトロメータからの出力値の変位を図10に示した。圧力を700hPaに加圧して溶液をセル内に通液しながらエレクトロメータをセルの両端に設置した白金線の両端に接続すると、エレクトロメータからの負荷により電極間に帯電が生じることから約60分間に亘って緩やかな電位の変動が生じた。約60分後に電位が安定したため、この時点から700->0hPaおよび0->700hPa間で100hPaのステップで階段状に圧力変化のサイクルを繰り返した。各ステップにおいて約4分間圧力を保持した。各ステップ間の圧力変化は数秒以内に完了した。最初の700->0hPaおよび0->700hPa間への圧力変化を行うことでセル内に設置した測定試料の表面状態が安定化し、これ以降の圧力変化のプロセスで観察された流動電位は圧力変化に追随して再現性の高い流動電位と圧力の関係を示すことが確認された。この場合、ゼータ電位を求めるための流動電位の測定は、実験開始から約110分の時点から開始した。
【0043】
圧力変化のステップを繰り返し各圧力における流動電位の変位について、アルゴリズムに従い過渡応答曲線の近似関数を検討の上、1次の指数関数が選択された。この変化は測定中、定常的に指数関数的な変化を示したことから、実施例1と同様にガウス・ニュートン近似による指数関数近似を行い、各圧力における流動電位の定常値を求めた。この測定プロセスを4回繰り返し、圧力に対する流動電位の定常値の関係をプロットした結果を図11に示した。
【0044】
4回の測定結果は何れもよく一致しており、これより求めたゼータ電位の平均値は108mVであった。また指数関数近似により求めた緩和時間τの値は約6分であった。この値は実施例1の水溶液の場合の約70秒と比較すると5倍程度長い緩和時間であることが明らかとなった。
この緩和現象が測定系のどのような特徴を表すかが結果を解釈する上で極めて重要である。流動電位の測定値は、各圧力において圧を急速に変化させた場合の応答は下式で表すことができることを先に示した。
【0045】
【数3】
【0046】
数3においてtは測定開始からの時間を表し、Vは測定開始時における流動電位の初期値を表す。Vは各圧力変化のステップにおいて、圧力を一定に保った場合の時間無限大における流動電位の定常値を表す。
上式の緩和現象が生じる原因としては大きく分けて3つの可能性が挙げられる。
まず、1つ目として、装置系の応答時間から来る時定数に由来する現象、2つ目として、セル内部をコンデンサCと抵抗器RからなるRC直列電気回路として見た場合の巨視的な見掛けの応答、3つ目として、セル内部のLiCoO膜表面のイオンの吸着と拡散に由来する緩和応答、或いは、電気二重層の歪から生じる応力緩和現象である。
この内、1つ目の装置系全体の時定数として、流体速度は音速を下回ることから非圧縮性として取り扱いが可能であり、圧力の変化も測定時間に比較すると遥かに短時間で応答し、さらに、エレクトロメータの応答速度も高速であることから、1つ目の可能性は排除される。次に、測定系をRC直列回路と見なした場合の過渡過程は、圧力の付加をRC直列回路への電圧付加に置き換えて考察すると、この場合の緩和時間τは下式で表される。
【0047】
【数4】
【0048】
ここで、1.0Mにおける過塩素酸リチウムのPC溶液の電気伝導度は611.4mS/mと測定され、セル長さが50mm=5×10-2m、断面積が10mm×0.05mm=5×10-7より、R=1.636×10Ωと計算される。
一方、コンデンサ容量Cは、比誘電率64.92,平行板の面積が5×10-4、電極板の距離が0.05×10-3mであることから、C=5.75×10-9Fと計算されることから、緩和時間(時定数)τの値は9.40×10-4秒となる。従って、測定系の電気化学的な原因から来る緩和時間は高々1ミリ秒前後と推定されるため、本実施例などで観測された分オーダの緩和時間をこれに帰属することは困難である。
【0049】
3つ目の力学的緩和現象からの解釈について、本実施例における試料の形態は対向した薄膜状の物質であり、流動液はその間隙を流通するため、粘性流動に関連した解釈法を例示する。
先ずセル内を流れる流体のレイノルズ数Reを次式に従って計算する。
【0050】
【数5】
【0051】
ここで、ρは流体の密度、Uは代表流速、Lは代表長さ、ηは流体の粘性係数を表す。1M過塩素酸リチウムPC溶液の密度として1.31×10kg/m(LiPFのデータより)と仮定し、また、セル内部の容積は2.5×10-8であり、最大流量として90mL/分=1.5×10-6/secをこのセル内容積に通過させるため、平均流速UはU=0.05m×1.5×10-6/sec/2.5×10-8=3m/sec、代表長さLは2×5×10-7/(10.05×10-3)=10-2、更に粘性係数は7.85×10-3Pa・secとすると、Re=516と求められる。この数値は層流から乱流に移行する目安である2000~4000に比べて十分小さいことから、本実施例におけるセル内の流体は層流を形成していると考えられる。その場合、セル内部の流れのプロファイルは壁面付近では流速がゼロであり、セル断面の中央付近に最大流速を有するパラボラ的な流速分布を示すと推定される。
【0052】
流体は窒素ガスボンベからの圧力として最大700hPaの圧力を以てセル内に流入するが、管路の内径とセル内の内径の差が大きい場合には、これより相当に高い圧力でセル内の壁面に設置したLiCoO膜に法線応力として圧力が付加される。従って、LiCoO膜表面に加えられる応力はせん断応力とともに法線応力が加圧されると考えられる。700hPa=0.7kg/cmより1平方センチメートル当たり700g以上といったかなり大きな応力が加えられていると考えられる。
流体は非圧縮性であるが、先に例示したリチウムイオン電池などの誘電率の高い非水系媒体中や、媒体中に溶解したポリマーが存在する場合には、イオンの吸着や拡散に比較的長時間を有する場合が考えられる。さらに、双極子間相互作用により高次構造を形成する場合や、ポリマー溶液の場合には、固相近傍において溶媒の粘性が極端に上昇する知見が得られており、圧縮応力やせん断応力が加わるとそれに応答する緩和挙動を示すことが知られている。
例えば、参考文献「M.Mizukami et al.,“Hydrogen-Bonded
Macrocluster Formation of Ethanol on Silica Surfaces
in Cyclohexane”, J.AM.CHEM.SOC.124,(2002)12889-12897」において、エタノール/シクロヘキサン混合溶媒中にあるシリカガラス表面にエタノール分子が水素結合を介して選択的に吸着し、数nmから数十nmに亘る吸着層を形成していることが明らかにされている。この場合の吸着層は、水素結合を介したクラスター構造を形成しエタノール分子同士が水素結合で繋がれた実質的にポリマーとして存在することが示されている。
こうした様々な緩和過程を表現する共通するモデルとして図12に示すMaxwellモデルとVoigtモデルを取り上げる。Maxwellモデルは応力緩和を表し、Voigtモデルはクリープを表す。
【0053】
流動電位の測定において階段状に圧力を印加した際に、LiCoO表面の電気二重層の状態は時間とともに平衡状態に達する。簡単のため、これ以降緩和現象を力学的等価モデルに歪を与えた場合の応力緩和として説明を行う。歪が一定の場合の応力緩和現象は、図13に示すバネを並列に組み合わせた変形Maxwellモデルを用いて表現される。図13において左側は、バネとダッシュポットから構成される変形Maxwellモデルを表し、右側の図は時間とともに応力が緩和する様子を示した図である。
【0054】
図13において応力に相当する外力はセル内の流体に付加される圧力であり、電気二重層内部の液体が急激な圧力変化を受けて変形する際に、初期には図においてGeとGiで表されるバネ成分が歪ε伸びて応力が(Ge+Gi)に相当する分増大するが、ダッシュポット成分が次第に伸びることで応力が緩和し、応力G(t)は下式のように表される。
【0055】
【数6】
【0056】
ここで緩和時間τは、次式で表される。
【0057】
【数7】
【0058】
ここで、ηは粘度、Giはダッシュポットに直列したバネ成分の弾性率である。弾性率と流動電位測定における流動電位V(t)とは等価であることから、先に示したように、下式が得られる。
【0059】
【数8】
【0060】
この力学的等価モデルにおいて緩和時間τは、構造粘性的な挙動を示す電解質溶液中や表面ポリマー層を有する電極材料など様々な場合において短時間から比較的長時間に亘る測定試料に固有の様々な緩和時間を以て指数関数的に変化すると考えられる。
したがって、本発明において流動電位の緩和現象は、これまで未知であった電気二重層モデルの歪とその緩和の様子を直接観察する手段を与えるものである。
【0061】
V(t)の測定値に対して先の実施例1で述べたようにしてガウス・ニュートン近似法を用いて指数関数近似を行い、先に示した測定に関するアルゴリズムにおいて、過渡応答中の実測値を所定のアルゴリズムにより帰納的に推定したVを用いて解析することが好ましく行われる。実際の例では、緩和時間τに対してこれの5倍程度の測定時間をもってVを推定する方法がとられる。本発明の流動電位の測定方法においては、前述したように単一の指数関数に対する非線形最小二乗近似で実測された流動電位の変化を正確に記述することが可能であるが、さらに複雑な測定系の場合には単一の指数関数による近似法以外に、複数の指数関数を連結して用いる複数個の指数関数に対する非線形最小二乗近似を用いて流動電位の変化を記述することも好ましく行われる。この場合、具体的には、差分法を利用して等間隔でサンプリングされたデータ系列(V,t)、(V,t)、・・・・・、(V,t)に対して、下記式による近似を行えばよい。これは力学モデルとしては図14と等価である。
【0062】
【数9】
【0063】
計算方法を例示すると、最初に(V,t)、(V,t)、・・・・・、(V,t)に対して指数関数1項のみを用いて最小二乗近似を行う。即ち、V=Aexp(ai),(i=0,1,2,3,・・・..,N)とおくと、V=exp(a)V,V=exp(a)V,・・・・・・,V=exp(a)Vn-1の関係が成立することから、誤差二乗平均としてQ=Σ(V-ei-1を最小化するaを求めるため、下記式となる。
【0064】
【数10】
【0065】
これより、下記式1となり、従って、下記式2となる。係数Aについての最小二乗誤差を求めると、下記式3となる。これより、下記式4としてV=Aexp(ai)の最小二乗近似式が求められる。
【0066】
【数11】
【0067】
次に、下記式5として上記の方法を繰り返すと、下記式6及び7が得られる。以下これを繰り返すことで、V(t)=ΣCexp(at)として指数関数の和として最小二乗法近似式が得られる。このとき、Vに相当する項は、aが限りなくゼロに近い項として自動的に算出できる。
【0068】
【数12】
【0069】
流動電位法による測定試料は、本実施例にある薄膜材料の他、粉体、繊維等の多孔性材料の細孔中を流動する測定を行うことも多い。その場合、細孔径はナノオーダからミリオーダの多様な分布を示すことが知られている。また、電解質の流通においては、細孔内に残存する気体成分との界面による気液界面形状の変化もあり、固液気間の三相界面が存在することも考えられ、必ずしも粘弾性のみに起因する電位変動のみが緩和現象の要因となるとは限らず、想定されない過渡応答示す場合が予想される。本特許は、単一の緩和時間を有し指数関数で示される緩和変化のみならず、過渡応答が実施例の概念により複数の指数関数の項で示される等、何らかの数式で示され、それぞれの項における緩和時間が想定されるそれぞれの緩和現象の要因に経験的に帰属できるものであれば、適用可能である。
【0070】
(比較例)
ここで、非水系媒体中におけるコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位測定の比較例について説明する。図15に、1モル/LのLiClOのPC溶液中の電位の過渡応答を示した。
流動電位の通常の測定時における値の取得方法は、セルを流通する電解質溶液への圧力を設定したのち、電位が一定になるまで待機し、その後一定であることを確認できるまで値を継続して取得し、その平均値を用いることが普通である。すなわち、図15に示すように、指数関数的に変化する電位の経時変化に対して、約4τ付近でほぼ一定値になることが確認できた後、値が一定になっていることを確認するため、6τまで計測を継続し、その間得られた電位の平均値を求めるものである。
本実施例4において示された非水系媒体中におけるコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位測定例では、緩和時間までの値を用いて各所定圧力下での電位からゼータ電位を算出しているのに対して、比較例においては、指数関数で示される回帰曲線を用いず、経時的に一定値をしめすようになった時点からのゼータ電位の平均値を得ている点で、データを取得する方法が本特許と全く異なる。この場合、定常値を示すまでに5τすなわち30分程度経過しており、実際にτまでの測定によって算出された値に収束することが示唆されている。その結果、一定値を示してからの値E/Pとその相関係数Rを下記表1に示し、本実施例4において行われた回帰計算の結果の図11と比較した。
【0071】
【表1】
【0072】
その結果、図15の片対数図において値の近似値がそれぞれの圧力下で相違しており、いずれの結果からも、緩和時間までの測定で高い相関を持つ実施例4で収集したデータの相関の方が極めて優れていることがわかった。従って、各圧力下における電位測定は測定時間を5τからτに短縮できるだけでなく、その値の再現性についてもR値にして比較例1では0.98以下、1桁の有効数字であったのに対し、実施例4ではRは0.999以上、3桁の有効数字に精度が改善されている結果となった。
これは、収束値であるにもかかわらず、その値は僅かながら変動し、経時的な変化より計測値のノイズによる値の分散が認められるためである。すなわち、従来法による測定値の取得よりも、短時間かつ比較的精度の高いτまでの値を用いて算出されるゼータ電位の値が著しく正確となることを示している。
【実施例5】
【0073】
<非水系媒体中における過塩素酸リチウム塩濃度を変化させた場合のコバルト酸リチウム粉体表面のゼータ電位測定例>
LiCoO粉体をPCに分散し、さらにPC溶液中の過塩素酸リチウムの濃度を種々変化させた系を用いて流動電位の測定を行い、塩濃度を変化させた際のゼータ電位への影響を調査した。図16には、各塩濃度において流動電位の測定時に圧力を600hPaから700hPaに変化させた後の一定圧力下での変位を用いて指数関数近似して求められた緩和時間τは、約4分程度であり塩濃度とともに徐々に増加する結果が得られた。
【実施例6】
【0074】
<非水系媒体中における過塩素酸リチウム塩濃度を変化させた場合のコバルト酸リチウム膜表面のゼータ電位測定例>
実施例4において、PCに溶解した過塩素酸リチウムの濃度を0.1モル/L~3.0モル/Lの範囲で種々変化させて流動電位の測定を行い、各塩濃度に対する表面ゼータ電位への影響を調べた結果を図17に示す。
【0075】
非プロトン性溶媒中におけるLiCoO膜上の電位は、LiイオンまたはClOイオンの吸着量に依存するが、いずれも特異吸着を示さないイオンであることから、1モル/Lまでの濃度領域における電位の上昇は、Liイオンの吸着が優先的に生じることを示唆する結果である。この濃度領域において、LiイオンはPC溶媒に対する溶媒和構造を示すが、固相との相互作用も比較的強いことがラマン測定等により示されていることと一致している。しかしながら、1モル/Lを越える濃度領域では、部分的にイオン対を形成する領域となり、ClOイオンが過剰にLiに配位することにより、Liイオンと固体との相互作用は弱くなることが示唆される。このことは1.2M付近から電気伝導率が急激に低下することなどに関連する現象と考えられる。高塩濃度側(~1.5M)でゼータ電位が負の大きな値を示す理由について、LiCoO粒子本来の性質が表れている可能性が考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、水系および非水系を問わず、誘電率、電気伝導率、粘性率などの物性について幅広い値を示す様々な電解質溶液中におけるゼータ電位を精度よく、かつ従来と比較して飛躍的に短時間で測定できるため、様々な固体表面の解析に有用である。また、固液界面の粘弾性的性質の解析に有用である。
【符号の説明】
【0077】
1 ゼータ電位測定装置
10 圧力調整器
11 減圧弁
12 圧力計
13 乾燥窒素ガスボンベ
14 三方コック
15 白金線
16 ガスケット
17,18 リザーバー
19 セル
20 圧力センサ
21 エレクトロメータ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17