(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】歯科用接着性組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 6/30 20200101AFI20240603BHJP
A61K 6/887 20200101ALI20240603BHJP
【FI】
A61K6/30
A61K6/887
(21)【出願番号】P 2020095594
(22)【出願日】2020-06-01
【審査請求日】2023-01-10
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】加藤 茜
(72)【発明者】
【氏名】福留 啓志
【審査官】工藤 友紀
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-327513(JP,A)
【文献】特開2020-002076(JP,A)
【文献】特開2019-167432(JP,A)
【文献】特開2019-167431(JP,A)
【文献】特開平04-360808(JP,A)
【文献】特開平03-204846(JP,A)
【文献】特開平08-099815(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00-6/90
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性基含有重合性単量体及び酸性基非含有重合性単量体からなる重合性単量体成分を含む歯科用接着性組成物であって、
前記重合性単量体成分100質量部中の2質量部以上、40質量部以下が前記酸性基含有重合性単量体で、残余が前記酸性基非含有重合性単量体であり、且つ
前記酸性基非含有重合性単量体が、
下記一般式(1)
~(6)
【化1】
{前記一般式
(1)~(6)中のnは1~30で自然数であ
る。}
で示される
化合物、及び
下記一般式(7)~(10)
【化2】
{前記一般式(7)~(10)中のnは1~30で自然数である。}
で示される化合物、
からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物からなるアセトアミド系重合性単量体
{但し、前記一般式(1)~(4)においてnが1である化合物を除く。}を
、前記重合性単量体成分100質量に対して5質量部以上、60質量部以下含む、
ことを特徴とする歯科用接着性組成物。
【請求項2】
溶媒を含まないか、又は前記重合性単量体成分100質量部に対して30質量部未満の溶媒を含む、請求項1
に記載の歯科用接着性組成物。
【請求項3】
前記酸性基含有重合性単量体中に含まれ得るスルホ基含有重合性単量体の量が、前記重合性単量体成分100質量部に対して0.1質量部未満である、請求項1
又は2に記載の歯科用接着性組成物。
【請求項4】
酸性基含有重合性単量体の98質量%以上が、酸性基としてカルボキシル基(-COOH)、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}及びホスホノ基{-P(=O)(OH)
2}からなる群より選ばれる少なくとも1種の基を有する重合性単量体からなる、請求項
3に記載の歯科用接着性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な歯科用組成物に関する。詳しくは、酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体成分を含む歯科用接着性組成物であって、溶媒の添加量が少なくても脱灰作用による高い接着性を得ることができる歯科用組成物に関する。
に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療において、う蝕や事故等により損傷を受けた歯牙の治療に際し、このような歯牙とコンポジットレジン等の歯科用修復材料とを強く接着する必要があり、そのための歯科用接着材が種々提案されている。このような歯科用接着材は、通常、酸性基を有する重合性単量体(以下、「酸性モノマー」ともいう。)を含む重合性単量体成分と必要に応じて配合される重合開始剤を含み、当該重合性単量体成分が硬化して、歯質等の被着体と強固に接合する接着層を形成する。また、歯科用接着材には、酸性モノマーによる歯質の脱灰や、接着材の歯質への浸透を促すために水及び/又は水溶性有機溶媒からなる溶媒を配合することが多い。溶媒を含有する歯科用接着材の粘度は溶媒の添加量の増大に伴って低下するため、溶媒の配合量によって粘度を制御することができるというメリットがある半面、厚い接着材層が必要な場合には、配合する溶媒量を少なくする必要があり、特に水の添加量が少ない場合は歯質に対する脱灰作用が弱くなり、十分な接着強さが得られないという問題があった。
【0003】
この問題を解決する方法としては、溶媒を使用しなくても脱灰力が得られるような特定の組成とする方法が知られている。たとえば特許文献1には、ラジカル重合性歯科材料であって、強酸性基を有する少なくとも1つのラジカル重合性のオリゴマーまたはポリマー(以下、「酸性オリゴマー等」ともいう。)を含有し、該ラジカル重合性のオリゴマーまたはポリマーは、1000g/mol~200000g/molの数平均分子量を有する、ラジカル重合性歯科材料が記載されている。そして、特許文献1には、前記の強酸性基を有するオリゴマーまたはポリマーを含むことで歯質の脱灰が促される旨が記載されており、上記ラジカル重合性歯科材料においては、溶媒を含まない場合でも高い接着性が得られるばかりでなく、オリゴマーやポリマー成分が溶媒の配合による粘度低下を抑制するため、溶媒を配合しても接着層の厚みが極度に低下することは無いと考えられる。また、特許文献2には、(A)スルホン酸基含有重合性単量体(a1)を少なくとも一部として含んでなる重合性単量体、及び(B)カルボニル基を有する光重合開始剤を含み、第一級アルコール化合物及び1,2-ジオール化合物の総含有量が、全重合性単量体100質量部に対して10質量部未満であることを特徴とする非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物が記載されている。そして、当該特許文献2には、この組成物は、酸性度の高いスルホン酸基含有重合性単量体を含むことで、溶媒を含まない場合でも優れた脱灰力を有し、歯質に対する高い接着強さを示すことが述べられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-25058
【文献】特開2016-69281
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記特許文献1及び2に開示される重合性組成物からなる接着性歯科材料は何れも溶媒の含有量が少ない系や非溶媒系であっても脱灰作用を発揮して高い接着性を得ることができるものではあるが、次に示す様な点で必ずしも満足のゆくものではなかった。
【0006】
すなわち、特許文献1に開示される前記重合性歯科材料では、特定の分子量を有する酸性オリゴマー等を得るために、予め酸性モノマーを重合してから使用する必要があるばかりでなく、酸性モノマーのみを用いた場合と比較して脱灰作用を持つ成分が歯質に浸透しづらく、歯質に十分浸透させるためには、接着操作において、接着材塗布後さらに20秒こすり塗りすることで歯質への浸透を促す必要があった。
【0007】
一方、特許文献2に開示される非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物では、スルホン酸基含有重合性単量体(a1)を重合性単量体100質量に対して3質量部程度配合する必要があり、その強い酸性度に起因して患者に疼痛を感じさせるリスクがあった。
【0008】
このような状況に鑑み、本発明の目的は、第一に、前記特許文献1や2に開示されている技術以外の方法で、溶媒が少ない組成でも十分な歯質脱灰性と浸透性を発揮し、厚い接着層が必要な場合でも歯質接着性を発現する歯科用接着性組成物を提供することを目的とする。また、第二に、酸性オリゴマー等やスルホン酸基含有重合性単量体を使用することなく、溶媒が少ない組成でも十分な歯質脱灰性と浸透性を発揮し、厚い接着層が必要な場合でも歯質接着性を発現する歯科用接着性組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、前記技術課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、特定の構造を持つアセトアミド系重合性単量体を用いることで、接着材の歯質脱灰作用と浸透作用を高め接着強さを向上させられることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の第一の形態は、酸性基含有重合性単量体及び酸性基非含有重合性単量体からなる重合性単量体成分を含む歯科用接着性組成物であって、前記重合性単量体成分100質量部中の2質量部以上、40質量部以下が前記酸性基含有重合性単量体で、残余が前記酸性基非含有重合性単量体であり、且つ前記酸性基非含有重合性単量体が、下記一般式(1)~(6)で示される化合物及び下記一般式(7)~(10)で示される化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物{但し、下記一般式(1)及び(4)においてnが1である化合物を除く。}からなるアセトアミド系重合性単量体を、前記重合性単量体成分100質量に対して5質量部以上、60質量部以下含む、
ことを特徴とする歯科用接着性組成物である。
【0011】
【0012】
【0013】
なお、前記一般式(1)~(10)は、炭素原子からなる炭素鎖を簡略化して官能基だけを明示した構造式である「骨格構造式」であり、これら一般式中の、nは、1~30の自然数を意味する。但し前記したように、前記一般式(1)~(4)においてnが1である化合物、具体的には、N-アクリロイルオキシエチルアセトアミド、N-メタクリロイルオキシエチルアセトアミド、N-メチル-N-アクリロイルオキシエチルアセトアミド及びN-メチル-N-メタクリロイルオキシエチルアセトアミドは、前記アセトアミド系重合性単量体となる化合物からは除かれる。
【0014】
また、前記本発明の歯科用接着性組成物は、溶媒を含まないか、又は前記重合性単量体成分100質量部に対して30質量部未満の溶媒を含むものであることが好ましい。
【0015】
また、前記本発明の歯科用接着性組成物は、前記酸性基含有重合性単量体中に含まれ得るスルホ基含有重合性単量体の量が、前記重合性単量体成分100質量部に対して0.1質量部未満であることが好ましく、更に前記酸性基含有重合性単量体の98質量%以上が、酸性基としてカルボキシル基(-COOH)、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}及びホスホノ基{-P(=O)(OH)2}からなる群より選ばれる少なくとも1種の基を有する重合性単量体からなることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の歯科用接着性組成物によれば、酸性オリゴマー等やスルホン酸基含有重合性単量体を使用することなく、溶媒が少ない組成でも十分な歯質脱灰性と浸透性を発揮し、厚い接着層が必要な場合でも歯質接着性を得ることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の歯科用接着性組成物は、酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)及び酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)からなる重合性単量体成分を含む歯科用接着性組成物であって、前記重合性単量体成分100質量部中の2~40質量部が前記酸性基含有重合性単量体で、残余が前記酸性基非含有重合性単量体であり、且つ前記酸性基含有重合性単量体が、前記一般式(1)で示されるアセトアミド系重合性単量体(以下、「特定アセトアミド系モノマー」ともいう。)を前記重合性単量体成分100質量に対して5~60質量部以下含むことを特徴とする。
以下、本発明の歯科用接着性組成物に含まれる各成分を中心に本発明の歯科用接着性組成物について詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0018】
1.重合性単量体成分
本発明の歯科用接着性組成物は、必須成分として重合性単量体成分(以下、「モノマー成分」とも言う。)を含む。ここでモノマー成分は、重合硬化することによって被接着体と接合する接着層を構成する成分であり、重合性単量体(モノマー)、すなわち分子内に少なくとも1つの重合性不飽和基を有する化合物からなる。重合性不飽和基としては、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリロキシ基(メタ)アクリロイルアミノ基、(メタ)アクリロイルチオ基等の(メタ)アクリロイル系基、ビニル基、アリル基、スチリル基等のラジカル重合性基を挙げることができるが、重合性及び生体への安全性の観点から特に(メタ)アクリロキシ基を有する(メタ)アクリル酸エステル系のラジカル重合性単量体を使用することが好適である。モノマー成分は1種類のモノマーのみからなっていても複数種類のモノマーの混合物からなっていても良い。
【0019】
本発明の歯科用接着性組成物におけるモノマー成分は、歯質脱灰性を有するようにするために酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)をモノマー成分100質量部に対して2~40質量部含む必要がある。酸性モノマーのモノマー成分100質量部に対する含有量が2質量部未満の場合には、十分な歯質脱灰性を得ることができず、同配合量が40質量部を越える場合には、接着材層の強度が低下するために歯質接着強さが低下する上に、重合性単量体の加水分解が促されることで保存安定性が悪くなる。歯質接着性と保存安定性の観点から酸性モノマーの上記配合量は、5~30質量部であることが好ましい。なお、モノマー成分の酸性モノマー以外の成分は、酸性基非含有重合性単量体(以下、「非酸性モノマー」ともいう。)からなり、モノマー成分100質量部に対する非酸性モノマー配合量は、必然的に、100質量部から酸性モノマーの前記配合量(質量部)を差し引いた残余の量となる。
以下に、酸性モノマー及び非酸性モノマーについて詳しく説明する。
【0020】
<酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)>
酸性モノマーとは、分子内に、カルボキシル基(-COOH)、スルホ基(-SO3H)、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}、ホスホノ基{-P(=O)(OH)2}、酸無水物骨格{-C(=O)-O-C(=O)-}、ハロホルミル基{-C(=O)X、但しXはハロゲン原子を表す。}等の酸性基を有する重合性単量体であり、歯質、卑金属材料及び金属酸化物材料に対する接着性を高める機能を有する。酸性モノマーは、術後疼痛のリスクを低減するため、スルホ基含有重合性単量体を実質的に含有しないこと、具体的には、前記重合性単量体成分100質量部に対するスルホ基含有重合性単量体の含有量が0.1質量部未満、特に0.05質量部以下であることが好ましい。また、水を含む場合の水に対する安定性が高く、歯面のスメアー層の溶解や歯牙脱灰を緩やかに実施できると言う理由から酸性モノマーは、酸性モノマーの98質量%以上、特に99質量%以上は、酸性基としてカルボキシル基(-COOH)、酸無水物基{-C(=O)-O-C(=O)-}、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}及びホスホノ基{-P(=O)(OH)2}からなる群より選ばれる少なくとも1種の基を有する重合性単量体からなることが好ましい。効果の観点から、酸性モノマーは、リン酸二水素モノエステル系{基:-O-P(=O)(OH)2}を有する。}、リン酸水素ジエステル系{基:(-O-)2P(=O)OHを有する。}又はカルボン酸系(基:-COOHを有する。)、の(メタ)アクリレートであることが特に好ましい。
【0021】
好適に使用できる酸性モノマーを具体的に例示すれは、リン酸二水素モノエステル系及びリン酸水素ジエステル系のもとして、2-(メタ)アクリロキシエチルジハイドロジェンホスフェート、ビス[2-(メタ)アクリロキシエチル]ハイドロジェンホスフェート、2-(メタ)アクリロキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロキシヘキシルフェニルハイドロジェンホスフェート、10-(メタ)アクリロキシデシルジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-ジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-フェニルハイドロジェンホスフェート、ビス[5-{2-(メタ)アクリロキシエトキシカルボニル}ヘプチル]ハイドロジェンホスフェート等を、カルボン酸系のものとして、アクリル酸、メタクリル酸、4-(メタ)アクリロキシエチルトリメリット酸、11-(メタ)アクリロキシ1,1-ウンデカンジカルボン酸、1,4-ジ(メタ)アクリロキシピロメリット酸、2-(メタ)アクリロキシエチルマレイン酸、2-(メタ)アクリロキシエチルフタル酸、2-(メタ)アクリロキシエチルヘキサヒドロフタル酸等を挙げることができる。
【0022】
<酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)>
非酸性モノマーは、接着層の構成成分となるばかりでなく、多官能重合性の非酸性モノマーによってコンポジットレジン等のラジカル重合性単量体を含む歯科材料との接着性を高めると共に接着層内に架橋構造を導入して強度を高め、延いては耐久接着性をより高める機能を有する。非酸性モノマーは、酸性モノマー以外のモノマーであれば特に限定されないが、本発明の歯科用接着材組成物においては、前記効果を得るために以下に詳述するアセトアミド系重合性単量体(特定アセトアミド系モノマー)を前記重合性単量体成分100質量に対して5~60質量部、好ましくは15~40質量部含む必要がある。なお、非酸性モノマーの全量を特定アセトアミド系モノマーが占めない場合、特定アセトアミド系モノマー以外の非酸性モノマー(「その他非酸性モノマー」ともいう。)がモノマー成分中の酸性モノマー及び特定アセトアミド系モノマー以外の残余の部分を占めることとなる。
【0023】
<アセトアミド系重合性単量体(特定アセトアミド系モノマー)>
本発明の歯科用接着性組成物において、非酸性モノマーとして使用するアセトアミド系重合性単量体(特定アセトアミド系モノマー)について以下に説明する。
【0026】
すなわち、特定アセトアミド系モノマーは、後述する一般式(1)~(6)で示される化合物{モノ(メタ)アクリレート}、及び下記一般式(7)~(10)で示される化合物{ジ(メタ)メタクリレート}、からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物{但し、下記一般式(1)~(4)においてnが1である化合物を除く。}からなる。該アセトアミド系重合性単量体は、単一の化合物からなっていても良く、複数の化合物の混合物であっていてもよい。合成上の理由から、特定アセトアミド系モノマーは、このような混合物として得られることも多く、このような混合物系は、該混合物系に含まれる化合物におけるnの加重平均を用いて(例えばn=1の化合物50mol%、n=2の化合物50mol%の混合物からなる場合は、n=1.5として)表すこともできる。
【0027】
特定アセトアミド系モノマーは、アセトアミド構造由来の高い親水性を有することで歯質へ浸透し、接着性組成物の歯質に対する接着強さを向上させる。また、詳細な機構は明らかではないが、アセトアミド構造は無機イオンとの親和性も良好であるため、カルシウムイオンとの親和性が高く、う蝕切削後に歯面に残った削りかすの層(スメア層)の溶解と、歯質表面の脱灰による塑造化が促されると推測される。
【0028】
特定アセトアミド系モノマーは、ラジカル重合性基としてアクリロイルオキシ基又はメタクリロイルオキシ基を有する。
【0029】
本発明の歯科用接着性組成物で使用する特定アセトアミド系モノマーとなる化合物の構造を示す一般式(1)~(10)を以下に示す。なお、下記一般式(1)~(10)中のnは1~30を意味するが、適度な親水性と分子サイズを持つという観点から、nは1~20であることが好ましい。但し前記したように、前記一般式(1)~(4)においてnが1である化合物は前記アセトアミド系重合性単量体となる化合物からは除かれる。
【0030】
【0031】
【0032】
<その他非酸性モノマー>
その他非酸性モノマーとしては、特定アセトアミド系モノマー以外の非酸性モノマーであれば、従来の歯科用接着性組成物で使用される非酸性モノマーが特に制限なく使用できる。
【0033】
好適に使用できるその他非酸性モノマーを例示すれば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、グリジジル(メタ)アクリレート、2-シアノメチル(メタ)アクリレート、ベンジルメタアクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリセリルモノ(メタ)アクリレート、(メタ)アクリルアミド、6-(メタ)アクリルアミドヘキサン酸、N-ブチル(メタ)アクリルアミド、N、N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチル(メタ)アクリルアミド、N-(2-ヒドロキシエチル)(メタ)アクリルアミド、N-(ヒドロキシメチル)(メタ)アクリルアミド等の単官能性重合性単量体;エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2’-ビス[4-(メタ)アクリオイルオキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’-ビス[4-(メタ)アクリロキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’-ビス[4-(メタ)アクリロキシエトキシエトキシエトキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’-ビス{4-[2-ヒドロキシ-3-(メタ)アクリロキシプロポキシ]フェニル}プロパン、1,4-ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9-ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)-2,2,4-トリメチルヘキサン、1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)-2,4,4-トリメチルヘキサン、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、ペンタエリスリトールテトラメタクリレートグリセロールジ(メタ)アクリレート、N,N’-(1,2-ジヒドロキシエチレン)ビス(メタ)アクリルアミド、N,N‘-エチレンビス(メタ)アクリルアミド等の多官能性重合性単量体;フマル酸モノメチル、フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;スチレン、ジビニルベンゼン、α-メチルスチレン、α-メチルスチレンダイマー等のスチレン、α-メチルスチレン誘導体;ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物等を挙げることができる。これらその他非酸性モノマーは単独で使用しても良いし、複数のものを併用しても良い。
【0034】
2.モノマー成分以外の成分
本発明の歯科用接着性組成物は、前記したように、溶媒を全く含まないか又は溶媒の配合量が少ない場合でも、歯質脱灰性と浸透性を発揮し、厚い接着層が必要な場合でも歯質接着性を発現すると言う効果を奏するが、溶媒を通常量配合することも勿論可能である。また、従来の歯科用接着性組成物と同様に、必要に応じて、重合開始剤成分を配合することができる。さらに本発明の効果を阻害しない範囲であれば、ランカップリング剤、重合禁止剤、顔料、ポリマー、フィラー、防かび剤、抗菌剤などの成分を適宜配合することもことできる。以下、配合することが多い、溶媒及び重合開始剤について説明する。
【0035】
<溶媒>
本発明の歯科用接着性組成物に溶媒を配合する場合の溶媒としては、水、アルコール類、ケトン類、エーテル類、芳香族系溶媒、ハイドロカーボン系溶媒、塩素系溶媒、フッ素系溶媒などが使用できるが、為害性の低さ及び接着性などの観点から水及び/又は水溶性有機溶媒を使用することが好ましく、接着性がより高くなるという理由から水及び水溶性有機溶媒を使用することが特に好ましい。好適に使用できる水溶性有機溶媒を例示すれば、アセトン、エタノール、イソプロピルアルコール等を挙げることができる。
【0036】
これら溶媒の配合量は特に限定されないが、エアブローによる溶媒除去の簡便性の観点から、モノマー成分100質量部とした時に30質量部以下であることが好ましく、本発明効果が顕著であると言う理由から、20質量部以下、特に10質量部以下であることがより好ましい。
【0037】
<重合開始剤>
重合開始剤としては、従来の歯科用接着性組成物で使用され得る光重合開始剤、化学重合開始剤、熱重合開始剤等の重合開始剤が特に制限なく使用できる。また、従来の歯科用接着性組成物と同様に、重合開始剤が複数の成分からなる場合には、重合開始剤を構成する成分の全てを含んでいても良く、一部を含んでいても良い。
【0038】
操作の簡便性の観点からは、光重合開始剤及び/又は化学重合開始剤を使用することが好ましい。光重合開始剤としては、光照射によりラジカルを発生する光増感剤、当該光増感剤と光重合促進剤との組み合わせからなるものが好適に使用される。ここで、光増感剤としては、カンファーキノン等のα-ジケトン類、及びフェニルビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィンオキシド等のアシルホスフィンオキサイド類の他、ベンゾイン系化合物、ベンゾフェノン系化合物、チオキサントン系化合物、クマリン類、ハロメチル基置換-s-トリアジン誘導体等が使用でき、光重合促進剤としては、p-ジメチルアミノべンゾイックアシッドエチルエステル等の芳香族基に直接窒素原子が置換した第三級芳香族アミン化合物等を使用することができる。
【0039】
また、化学重合開始剤としては、酸化剤、還元剤、必要に応じて遷移金属化合物を組み合わせた化学重合開始剤が好適に使用される。具体的には、有機過酸化物及びアミン類の組み合わせ;有機過酸化物、アミン類及びスルフィン酸塩類の組み合わせ;酸性化合物及びアリールボレート化合物の組み合わせ;第4周期遷移金属化合物及び有機過酸化物の組み合わせ;有機過酸化物及びチオ尿素誘導体の組み合わせ;バルビツール酸;アルキルボラン;等の化学重合開始剤等が挙げられる。
【0040】
重合開始剤を配合する場合の配合量は、モノマー成分100質量部当たりの重合開始剤成分の総質量が0.0005質量部~10質量部質量部であることが好ましく、0.001質量部~5質量部であることがより好ましい。
【0041】
3.本発明の歯科用接着性組成物の好適な用途
本発明の歯科用接着性組成物は、小規模な窩洞を修復するための材料であるコンポジットレジンと歯質とを接着する場合に使用される“光重合型や化学重合型のボンディング材”や、大きな欠損を修復するためのセラミックス製或いは金属製の歯冠材料と歯質とを接着する場合に使用される“歯科用セメント”及び“前処理剤(プライマー)”などとして好適に使用することができる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を具体的に説明するために、実施例および比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらにより何等制限されるものではない。
【0043】
1.先ず、各実施例および各比較例の歯科用接着性組成物において使用した物質及びその略称等について以下に説明する。
<(A)酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)>
・MDP:10-メタクリルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
・4-META:4-メタクリロイルオキシエチルトリメット酸。
【0044】
<(B)特定アセトアミド系モノマー(「AAモノマー」と略記することもある。)>
・AA2:下記構造の化合物
【0045】
【0046】
・AA3:下記構造の化合物
【0047】
【0048】
・AA25:下記構造の化合物
【0049】
【0050】
・DMAA:下記構造の化合物
【0051】
【0052】
<(C)酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)>
・Bis-GMA:ビスフェノールAジ(2‐ヒドロキシプロポキシ)ジメタクリレート
・UDMA:ジ(メタクリロイルオキシ)-2,2,4-トリメチルヘキサメチレンジウレタン
・D2.6E:ビスフェノールAポリエトキシメタクリレート
・3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
・HEMA:2-ヒドロキシエチルメタクリレート
・GDMA:グリセロールジメタクリレート
・DEAA:N,N-ジエチルアクリルアミド。
【0053】
<(D)溶媒>
・EtOH:エタノール
・IPA:2-プロパノ―ル。
【0054】
<(E)重合開始剤>
・CQ:カンファーキノン
・DMBE:p-ジメチルアミノベンゾイックアシッドエチルエステル
・BTPO:フェニルビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィンオキシド。
【0055】
2.次に、実施例及び比較例で調製した歯科用接着材の評価方法について説明する。
<接着強さ測定用試料作製>
屠殺後24時間以内に抜去した牛前歯を、注水下、耐水研磨紙P600で研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、象牙質あるいはエナメル質平面を削り出した被着体を準備した。
次に、これら2種類の被着体のそれぞれの研磨面に、直径3mmの穴を開けた両面テープを貼り付けた。続いて、研磨面のうち両面テープの穴から露出している接着面に、各実施例および各比較例で調製した歯科用接着材を塗布し、5秒間エアブローして乾燥させた。
直径8mmの穴が設けられた厚み0.5mmのパラフィンワックスを、パラフィンワックスの穴と、両面テープの穴とが同心円となるように歯科用接着材が塗布された接着面に貼り付けて模擬窩洞を作製した。この模擬窩洞に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣクイック、トクヤマデンタル社製)を充填してポリエステルフィルムで軽く圧接した後、可視光線照射器(エリパー、3MESPE社製)を用い、光照射10秒による光硬化を行った。その後、あらかじめ研磨したSUS304製丸棒(直径8mm、高さ18mm)をレジンセメント(ビスタイトII、トクヤマデンタル社製)で接着し、評価用試料(サンプル)を作製した。なお、使用したコンポジットレジンは、カンファーキノンおよびアミン化合物を含む光重合性の組成物である。
【0056】
<接着強さ試験>
上記のようにして作成したサンプルを各実施例あるいは比較例ごとに、各サンプルを37℃の水中にて24時間浸漬した後に万能試験機(島津製作所社製オートグラフ)を用い、クロスヘッドスピード2mm/分で引張接着強さ(初期接着強さ)を測定した。測定は、接着強さ測定用のサンプルを水中から引き上げて約1日以内に実施した。各実施例および各比較例について、4個のサンプルの測定値を平均し、測定結果とした。
【0057】
3.実施例及び比較例
実施例1
(1)歯科用接着性組成物の調製:0.5gのMDP、1.5のAA2、1.5gのHEMA、4.0gのBis-GMA、2.5gの3G、0.2gのCQ、0.05gのDMBE、0.5gのEtOH、0.4gの水を混合し、歯科用接着性組成物を得た。
【0058】
(2)接着性評価:(1)で得た接着性組成物を接着材として用いて、前記した接着性評価を行った。その調製後の組成物を用いた結果は、エナメル質に対する接着強さは17.9MPa、象牙質に対する接着強さは16.8MPaであり、高い接着強さを示した。
【0059】
実施例2~19
各成分の量比を表1・表2に示されるように変える他は実施例1と同様にして、接着性組成物を調製し、得られた組成物を接着材として用いて接着性評価を行った。評価結果を表1・表2に示しているが、何れの実施例においてもエナメル質・象牙質ともに10MPa以上の十分高い接着強さを示している。
【0060】
比較例1~9
各成分の量比を表2に示されるように変える他は実施例1と同様にして、接着性組成物を調製し、得られた組成物を接着材として用いて接着性評価を行った。評価結果は表2に示す。酸性モノマーを含まない場合(比較例1)と酸性モノマーの含有量が2質量部未満である場合(比較例2)、歯質の脱灰が十分に進まず、エナメル質・象牙質の両方において低い接着強さを示した。酸性モノマーの含有量が40質量部をこえる場合(比較例3)、接着材層の強度が不足し低い接着強さを示した。特定アセトアミド系モノマーを含まない場合(比較例2~4)と含有量が5質量部未満である場合(比較例8)、歯質の脱灰が不十分かつ歯質への接着材の浸透が十分でないためにエナメル質・象牙質ともに低い接着強さを示した。特に、溶媒が少なく歯質脱灰に不利な組成である比較例2~4の場合に、接着強さの低下が顕著であった。一方で特定アセトアミド系モノマーの含有量が60質量部をこえる場合(比較例9)、接着材層の強度が低下し低い接着強さを示した。
【0061】
【0062】