(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】蛍光X線分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 23/223 20060101AFI20240603BHJP
G01N 23/2209 20180101ALI20240603BHJP
【FI】
G01N23/223
G01N23/2209
(21)【出願番号】P 2021195356
(22)【出願日】2021-12-01
【審査請求日】2023-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【氏名又は名称】堤 健郎
(72)【発明者】
【氏名】片岡 由行
(72)【発明者】
【氏名】田中 伸
(72)【発明者】
【氏名】日下部 寧
【審査官】小野 健二
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-343112(JP,A)
【文献】特開2006-71311(JP,A)
【文献】国際公開第2011/027613(WO,A1)
【文献】特開2010-223908(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に1次X線を照射するX線源と、
試料中の各元素から発生する蛍光X線および1次X線の散乱線の強度を測定する検出手段と、
仮定した元素の含有率に基づいて、試料中の各元素から発生する蛍光X線の理論強度を計算し、その理論強度と前記検出手段で測定した測定強度を理論強度スケールに換算した換算測定強度とが一致するように、前記仮定した元素の含有率を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率を算出する算出手段とを備えた蛍光X線分析装置であって、
前記算出手段が、
蛍光X線を測定しない非測定元素の影響を考慮するために、前記検出手段で強度を測定する散乱線として、波長が0.05nm以上0.075nm以下である短波長側の1次X線の散乱線および波長が0.11nm以上0.23nm以下である長波長側の1次X線の散乱線を用いるとともに、前記非測定元素のうち、水素以外の元素については、平均原子番号を仮定し、水素については、その含有率を仮定して、
前記検出手段で強度を測定した蛍光X線ごと、散乱線ごとに作成した差分連立方程式を解いて、前記仮定した元素の含有率を更新するための修正値および前記仮定した平均原子番号を更新するための修正値を求めることにより、各蛍光X線および各散乱線について理論強度と前記換算測定強度とが一致するように、前記仮定した元素の含有率および前記仮定した平均原子番号を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率を算出するにあたり、
前記散乱線の理論強度および測定強度として、
前記短波長側の1次X線の散乱線については、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線の理論強度および測定強度、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線とトムソン散乱線の理論強度比および測定強度比、または、1次X線の連続X線の散乱線の理論強度および測定強度を用い、
前記長波長側の1次X線の散乱線については、1次X線の特性X線のトムソン散乱線の理論強度および測定強度、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線とトムソン散乱線の合計理論強度および合計測定強度、または、1次X線の連続X線の散乱線の理論強度および測定強度を用いる蛍光X線分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の蛍光X線分析装置において、
前記算出手段が、
さらに、仮定した面積密度にも基づいて、前記仮定した元素の含有率および前記仮定した面積密度を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率および面積密度を算出し、
面積密度を算出するために、前記検出手段で強度を測定する散乱線として、前記非測定元素の影響を考慮するために用いた前記短波長側の1次X線の散乱線とは異なる前記短波長側の1次X線の散乱線を用い、
前記検出手段で強度を測定した蛍光X線ごと、散乱線ごとに作成した差分連立方程式を解いて、前記仮定した元素の含有率を更新するための修正値、前記仮定した平均原子番号を更新するための修正値および前記仮定した面積密度を更新するための修正値を求めることにより、各蛍光X線および各散乱線について理論強度と前記換算測定強度とが一致するように、前記仮定した元素の含有率、前記仮定した平均原子番号および前記仮定した面積密度を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率および面積密度を算出するにあたり、
前記散乱線の理論強度および測定強度として、前記短波長側の1次X線の散乱線については、1次X線の特性X線のトムソン散乱線の理論強度および測定強度を追加して用いる蛍光X線分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファンダメンタルパラメータ法で試料の組成を分析する蛍光X線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ファンダメンタルパラメータ法(以下、FP法ともいう)を利用して、試料の組成や面積密度(質量厚さ)を分析する蛍光X線分析装置がある。FP法では、仮定した元素の含有率に基づいて、試料中の各元素から発生する2次X線の理論強度を計算し、その理論強度と検出手段で測定した測定強度を理論強度スケールに換算した換算測定強度とが一致するように、前記仮定した元素の含有率を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率を算出する。ここで、酸素、炭素など蛍光X線を測定しない元素(強度が小さく吸収による減衰も大きいために事実上蛍光X線を測定できない元素で、以下、非測定元素という)は、通常は残分として扱われるが、汚泥、焼却灰、生体試料などのように、非測定元素を多く含み、その原子番号を特定できない試料が問題となる。
【0003】
これに関連する従来技術として、非測定元素のうち、水素以外の元素については、平均原子番号を仮定して、蛍光X線に代えて、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線、1次X線の特性X線のトムソン散乱線および1次X線の連続X線の散乱線のうちのいずれか1つの散乱線を対応させて用い、水素については、その含有率を仮定して、蛍光X線に代えて、前記平均原子番号を仮定した水素以外の元素に対応する散乱線とは異なる散乱線を対応させて用いる蛍光X線分析装置がある。ここで、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線、トムソン散乱線としては、Rh -Kαのコンプトン散乱線、トムソン散乱線が例示されているが、1次X線の連続X線の散乱線が具体的にどのような波長かについては、例示されていない(特許文献1の段落0013、0044、0046-0048等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の技術のように、非測定元素について、蛍光X線に代えて、Rh -Kαのコンプトン散乱線、トムソン散乱線を用いると、これらの散乱線の測定強度のわずかな誤差が、水素の含有率の定量値、水素以外の非測定元素の平均原子番号の定量値に大きく影響して誤差を大きくし、結果として、蛍光X線を測定する測定元素の含有率の誤差が大きくなるので、非測定元素として特に水素を多く含む試料について今一つ十分正確に分析できなかった。
【0006】
本発明は前記従来の問題に鑑みてなされたもので、FP法で試料の組成を分析する蛍光X線分析装置において、非測定元素として特に水素を多く含む試料について十分正確に分析できるものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本発明は、まず、試料に1次X線を照射するX線源と、試料中の各元素から発生する蛍光X線および1次X線の散乱線の強度を測定する検出手段と、仮定した元素の含有率に基づいて、試料中の各元素から発生する蛍光X線の理論強度を計算し、その理論強度と前記検出手段で測定した測定強度を理論強度スケールに換算した換算測定強度とが一致するように、前記仮定した元素の含有率を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率を算出する算出手段とを備えた蛍光X線分析装置である。
【0008】
そして、前記算出手段が、蛍光X線を測定しない非測定元素の影響を考慮するために、前記検出手段で強度を測定する散乱線として、波長が0.05nm以上0.075nm以下である短波長側の1次X線の散乱線および波長が0.11nm以上0.23nm以下である長波長側の1次X線の散乱線を用いるとともに、前記非測定元素のうち、水素以外の元素については、平均原子番号を仮定し、水素については、その含有率を仮定する。
【0009】
さらに、前記算出手段が、前記検出手段で強度を測定した蛍光X線ごと、散乱線ごとに作成した差分連立方程式を解いて、前記仮定した元素の含有率を更新するための修正値および前記仮定した平均原子番号を更新するための修正値を求めることにより、各蛍光X線および各散乱線について理論強度と前記換算測定強度とが一致するように、前記仮定した元素の含有率および前記仮定した平均原子番号を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率を算出する。
【0010】
この算出にあたり、前記散乱線の理論強度および測定強度として、前記短波長側の1次X線の散乱線については、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線の理論強度および測定強度、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線とトムソン散乱線の理論強度比および測定強度比、または、1次X線の連続X線の散乱線の理論強度および測定強度を用いる。前記長波長側の1次X線の散乱線については、1次X線の特性X線のトムソン散乱線の理論強度および測定強度、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線とトムソン散乱線の合計理論強度および合計測定強度、または、1次X線の連続X線の散乱線の理論強度および測定強度を用いる。
【0011】
本発明の装置によれば、非測定元素の影響を考慮するために用いる複数種類の散乱線について、特性が相違し、かつ強度が十分であるように、それぞれの波長が適切に設定されるので、非測定元素として特に水素を多く含む試料について十分正確に分析できる。
【0012】
本発明の装置においては、前記算出手段が、さらに、仮定した面積密度にも基づいて、前記仮定した元素の含有率および前記仮定した面積密度を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率および面積密度を算出してもよい。この場合、面積密度を算出するために、前記非測定元素の影響を考慮するために用いた前記短波長側の1次X線の散乱線とは異なる前記短波長側の1次X線の散乱線を用いる。
【0013】
そして、前記検出手段で強度を測定した蛍光X線ごと、散乱線ごとに作成した差分連立方程式を解いて、前記仮定した元素の含有率を更新するための修正値、前記仮定した平均原子番号を更新するための修正値および前記仮定した面積密度を更新するための修正値を求めることにより、各蛍光X線および各散乱線について理論強度と前記換算測定強度とが一致するように、前記仮定した元素の含有率、前記仮定した平均原子番号および前記仮定した面積密度を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率および面積密度を算出する。この算出にあたり、前記散乱線の理論強度および測定強度として、前記短波長側の1次X線の散乱線については、1次X線の特性X線のトムソン散乱線の理論強度および測定強度を追加して用いる。
【0014】
この構成によれば、面積密度を算出するために用いる散乱線についても波長が適切に設定されるので、試料の面積密度についても十分正確に分析できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の第1、第2実施形態の蛍光X線分析装置を示す概略図である。
【
図2】同装置が備える算出手段の動作を示すフローチャートである。
【
図3】従来技術における、基準仮想試料に対する対比仮想試料の相対誤差率を等高線で示す図である。
【
図4】本発明における、基準仮想試料に対する対比仮想試料の相対誤差率を等高線で示す図である。
【
図5】非測定元素の影響を考慮するために用いる散乱線の各組み合わせについて、相対誤差率が1%のときの水素の含有率の誤差および水素以外の非測定元素の平均原子番号の誤差を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の第1実施形態の蛍光X線分析装置について、図にしたがって説明する。
図1に示すように、この装置は、試料13が載置される試料台8と、試料13に1次X線2を照射するX線源1と、試料13から発生する蛍光X線や散乱線などの2次X線4の強度を測定する検出手段9とを備えている。1次X線2の特性X線は、X線管から出射して1次フィルターを透過した特性X線、X線管からの特性X線により1次フィルターで発生した蛍光X線、または、X線管からの特性X線により2次ターゲットで発生した蛍光X線である。検出手段9は、試料13から発生する2次X線4を分光する分光素子5と、分光された2次X線6ごとにその強度を、図示しない増幅器、波高分析器、計数手段などとともに測定する検出器7で構成される。なお、分光素子5を用いずに、エネルギー分解能の高い検出器を検出手段としてもよい。
【0017】
そして、仮定した元素の含有率に基づいて、試料13中の各元素から発生する2次X線4の理論強度を計算し、その理論強度と検出手段9で測定した測定強度を理論強度スケールに換算した換算測定強度とが一致するように、仮定した元素の含有率を逐次近似的に修正計算して、試料13における元素の含有率を算出する算出手段10を備えている。その算出手段10が、蛍光X線4を測定しない非測定元素の影響を考慮するために、検出手段9で強度を測定する散乱線4として、波長が0.05nm以上0.075nm以下である短波長側の1次X線2の散乱線4および波長が0.11nm以上0.23nm以下である長波長側の1次X線2の散乱線4を用いるとともに、非測定元素のうち、水素以外の元素については、平均原子番号を仮定し、水素については、その含有率を仮定する。
【0018】
さらに、算出手段10は、検出手段9で強度を測定した蛍光X線ごと、散乱線ごとに作成した差分連立方程式を解いて、仮定した元素の含有率を更新するための修正値および仮定した平均原子番号を更新するための修正値を求めることにより、各蛍光X線および各散乱線について理論強度と換算測定強度とが一致するように、仮定した元素の含有率および仮定した平均原子番号を逐次近似的に修正計算して、試料13における元素の含有率を算出する。
【0019】
この算出にあたり、散乱線の理論強度および測定強度として、短波長側の1次X線2の散乱線4については、1次X線2の特性X線のコンプトン散乱線4の理論強度および測定強度、1次X線2の特性X線のコンプトン散乱線4とトムソン散乱線4の理論強度比および測定強度比、または、1次X線2の連続X線の散乱線4の理論強度および測定強度を用いる。長波長側の1次X線2の散乱線4については、1次X線2の特性X線のトムソン散乱線4の理論強度および測定強度、1次X線2の特性X線のコンプトン散乱線4とトムソン散乱線4の合計理論強度および合計測定強度、または、1次X線2の連続X線の散乱線4の理論強度および測定強度を用いる。
【0020】
非測定元素の影響を考慮するために用いる散乱線については、以下のように検証した。まず、前述したように、従来技術において、Rh -Kαのコンプトン散乱線、トムソン散乱線を用いると、水素の含有率、水素以外の非測定元素の平均原子番号の誤差が大きく、結果として、測定元素の含有率の誤差が大きくなることの要因を究明するために、基準となる基準仮想試料と、それと対比する対比仮想試料を考える。
【0021】
基準仮想試料は、面積密度が180mg/cm2で、Fe の含有率が0.0001mass%のポリエチレン(-CH2-)であり、水素以外の非測定元素はCのみであるから、その平均原子番号は6であり、水素の含有率は(2/14)×100≒14.3mass%である。対比仮想試料は、面積密度とFe の含有率については基準仮想試料と同じで、水素以外の非測定元素の平均原子番号を2から10まで0.5ずつ、水素の含有率を0mass%から60mass%まで5mass%ずつ、それぞれ変化させた221種類の仮想試料である。なお、Fe の含有率を極微量にしたのは、測定元素Fe の含有率による、非測定元素の影響を考慮するために用いる散乱線の強度への影響を無視できるほど小さくするためである。
【0022】
そして、次式(1)により、各対比仮想試料について、基準仮想試料との相対誤差率RE(%)を求めた。ここで、Is1hZは、水素の含有率がh、水素以外の非測定元素の平均原子番号がZの対比仮想試料における、第1の散乱線s1であるRh -Kαのコンプトン散乱線の理論強度であり、Is1は、基準仮想試料における、第1の散乱線s1であるRh -Kαのコンプトン散乱線の理論強度である。また、Is2hZは、水素の含有率がh、水素以外の非測定元素の平均原子番号がZの対比仮想試料における、第2の散乱線s2であるRh -Kαのトムソン散乱線の理論強度であり、Is2は、基準仮想試料における、第2の散乱線s2であるRh -Kαのトムソン散乱線の理論強度である。なお、散乱線の理論強度を計算するにあたり、平均原子番号がZの対比仮想試料の組成については、平均原子番号Zが整数のときはその原子番号の元素からなるものとし、平均原子番号Zが整数でないときは、Zの前後の原子番号の2元素が同じ原子数で化合した化合物とした。
【0023】
RE=[{((Is1hZ―Is1)/Is1)2+((Is2hZ―Is2)/Is2)2}/2]1/2×100 …(1)
【0024】
得られた相対誤差率REを等高線で
図3に示す。内側の等高線ほど相対誤差率REは小さくなっており、相対誤差率REが極小となる領域は、水素の含有率hが14.3mass%で、水素以外の非測定元素の平均原子番号Zが6である付近に1箇所だけ現れるべきである。しかし、この結果では、相対誤差率REが3-6%である領域が4箇所あり、相対誤差率REが0-3%である領域が2箇所ある。これは、基準仮想試料を実際の試料とし、非測定元素の影響を考慮するためにRh -Kαのコンプトン散乱線、トムソン散乱線を用いてFP法で組成を分析すると、繰返し計算で収束値が行き着く領域が、初期値や収束条件の設定によって変わり、複数あることを意味している。このような状況において、水素の含有率hが14.3mass%で、水素以外の非測定元素の平均原子番号Zが6である点を含んでいる領域以外の領域に収束値が行き着くと、水素の含有率、水素以外の非測定元素の平均原子番号の誤差が大きく、結果として、測定元素の含有率の誤差が大きくなる。
【0025】
従来技術においては、非測定元素の影響を考慮するために用いる散乱線としては、強度を重視するとともに、試料の原子構造による回折現象の影響を受けないように、短波長(高エネルギー)である1次X線の特性X線の散乱線、例えばRh -KαやPd -Kαのコンプトン散乱線、トムソン散乱線を用いていた。しかし、これらの散乱線は特性が似かよっているため、
図3から理解されるように、水素の含有率の変化および水素以外の非測定元素の平均原子番号の変化が、散乱線の強度に正しく反映しない。
【0026】
そこで、本発明では、非測定元素の影響を考慮するために、検出手段9で強度を測定する散乱線4として、波長が0.05nm以上0.075nm以下である短波長側の1次X線2の散乱線4および波長が0.11nm以上0.23nm以下である長波長側の1次X線2の散乱線4を用いる。例えば、短波長側にRh -Kαのコンプトン散乱線、長波長側にCu -Kαの波長の連続X線の散乱線を用い、
図3と同様に得られた相対誤差率REの等高線を
図4に示す。
【0027】
なお、Cu -Kαの波長の連続X線の散乱線は、厳密には、Cu -Kαの波長の連続X線が試料に入射して散乱したトムソン散乱線と、Cu -Kαよりもわずかに波長の短い連続X線が試料に入射して散乱したコンプトン散乱線とで構成されるが、Cu -Kαの波長の連続X線の散乱線の理論強度は、計算を容易にするために、Cu -Kαの波長の連続X線が試料に入射して散乱したトムソン散乱線の理論強度と、Cu -Kαの波長の連続X線が試料に入射して散乱したコンプトン散乱線(Cu -Kαよりもわずかに波長が長い)の理論強度との合計としている。
【0028】
図4において相対誤差率REが極小となるのは、水素の含有率hが14.3mass%で、水素以外の非測定元素の平均原子番号Zが6である点を含んでいる、1つの領域のみである。これから、水素の含有率の変化および水素以外の非測定元素の平均原子番号の変化が、長波長側であるCu -Kαの波長の連続X線の散乱線の強度および短波長側であるRh -Kαのコンプトン散乱線の強度に正しく反映していることが理解される。
【0029】
さらに、非測定元素の影響を考慮するために用いる複数種類の散乱線の組み合わせについて、詳細に検討する。
図5の表に示すように、長波長側については0.062-0.275nmの範囲で、短波長側については0.056-0.229nmの範囲で、組み合わせの候補となる散乱線を考え、各組み合わせにおいて、
図3、
図4と同様に相対誤差率REの等高線を得て、相対誤差率REが1%のときの水素の含有率の誤差の概略値および水素以外の非測定元素の平均原子番号の誤差の概略値を求め、それぞれ「h誤差」、「Z誤差」として記載した。
【0030】
図5中、例えば、Ag -KACompとあるのは、1次X線の特性X線であるAg -Kαのコンプトン散乱線を意味し、Rh -KA Thomとあるのは、1次X線の特性X線であるRh -Kαのトムソン散乱線を意味し、Rh -KA連続とあるのは、1次X線の連続X線の散乱線のうちRh -Kαと同じ波長の散乱線を意味している。また、短波長側にRh -KA Comp/Rh -KA Thomとあるのは、短波長側の散乱線として1次X線の特性X線であるRh -Kαのコンプトン散乱線と同Rh -Kαのトムソン散乱線を用い、FP法の計算における散乱線の理論強度および測定強度として、Rh -Kαのコンプトン散乱線とRh -Kαのトムソン散乱線の理論強度比および測定強度比を用いることを意味している。
【0031】
図5中の水素の含有率の誤差(h誤差)および平均原子番号の誤差(Z誤差)の数値からすると、非測定元素の影響を考慮するために用いる複数種類の散乱線としては、前述したように、波長が0.11nm以上0.23nm以下である長波長側の1次X線2の散乱線4と、波長が0.05nm以上0.075nm以下である短波長側の1次X線2の散乱線4とを組み合わせるのが適切である。
【0032】
長波長側のTi -Kαの波長の連続X線の散乱線も用いてよいように見えるが、
図5中の数値はシミュレーションによるところ、現実の測定においては、波長が長くなるほど散乱線の強度が小さくなり、結果としてX線強度の相対測定精度が悪化するため、これ以上長波長の連続X線の散乱線は、本発明で用いるには不適切である。さらに、これ以上長波長の、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線、トムソン散乱線については、コンプトン散乱線の強度が非常に小さくなり、また、トムソン散乱線が試料の原子構造による回折現象の影響を受けて、理論強度と測定強度の相関関係が崩れてしまうので、
図5における散乱線の候補から除外している。
【0033】
また、長波長側のCu -Kαの波長の連続X線の散乱線と、短波長側のRh -Kαのトムソン散乱線との組み合わせにおける大きい誤差から理解されるように、短波長側においてトムソン散乱線を単独で用いるのは不適切であり、「Rh -KA Comp/Rh -KA Thom」として示したように、同じ特性X線のコンプトン散乱線とともに用いて、FP法の計算における散乱線の理論強度および測定強度として、コンプトン散乱線とトムソン散乱線の理論強度比および測定強度比を用いるべきである。
【0034】
なお、
図5には例示していないが、長波長側において、1次X線の特性X線のコンプトン散乱線を、同じ特性X線のトムソン散乱線とともに用いて、FP法の計算における散乱線の理論強度および測定強度として、コンプトン散乱線とトムソン散乱線の合計理論強度および合計測定強度を用いてもよい。これは、長波長側のコンプトン散乱線は、トムソン散乱線に比べて強度が微弱になる上、両者のエネルギー(波長)が接近していて、分離測定が困難であることによる。
【0035】
第1実施形態の蛍光X線分析装置が備える算出手段10においては、以上のような手法により非測定元素の影響を考慮するために用いる散乱線が設定されるが、その動作について、
図2のフローチャートにしたがって説明する。なお、測定強度を理論強度スケールに換算して換算測定強度とするための装置感度定数については、公知の技術により標準試料を用いてあらかじめ求められ、算出手段10に入力される。また、第1実施形態の装置においては、試料の面積密度は分析しないが、試料がX線的に無限厚でなく、理論強度計算に面積密度が必要な場合には、面積密度も算出手段10に入力される。
【0036】
面積密度が300mg/cm2のポリエチレン(-CH2-)である試料について、Fe の含有率を算出する場合を例にとる。まず、測定ステップにおいて、試料13中の元素Fe から発生する蛍光X線であるFe -Kαの強度IfmeasM、短波長側の散乱線であるRh -Kαのコンプトン散乱線の強度IsmeasM、長波長側の散乱線であるCu -Kαの波長の連続X線の散乱線の強度IsmeasMを測定する。
【0037】
次に、換算ステップにおいて、次式(2)によって蛍光X線と散乱線の測定強度ImeasM(IfmeasMまたはIsmeasM)を理論強度スケールに換算して、それぞれの換算測定強度ImeasT(IfmeasTまたはIsmeasT)とする。ここで、A,B,Cは、前述の装置感度定数であり、蛍光X線ごと、散乱線ごとに求められる。式(2)は1次式であってもよい。
【0038】
ImeasT=A(ImeasM)2+BImeasM+C …(2)
【0039】
次に、初期値設定ステップにおいて、測定元素Fe および水素の各含有率の初期値、水素以外の非測定元素Cの平均原子番号の初期値がセットされる。各含有率の初期値は、種々の公知の手法によりセットすることができ、ここでは、Fe について0.02mass%、水素について0.0mass%としたが、すべて1mass%とセットしてもよい。水素以外の非測定元素の平均原子番号の初期値は、例えば7とセットされる。
【0040】
次に、繰り返し計算に入り、理論強度計算ステップにおいて、最新の含有率および最新の平均原子番号に基づいて、公知の理論強度式により、蛍光X線Fe -Kαの理論強度IFTi、Rh -Kαのコンプトン散乱線の理論強度ISTk、Cu -Kαの波長の連続X線の散乱線の理論強度ISTkを計算する。なお、添字のiは、i番目の測定元素(蛍光X線)についての理論強度であることを示し、添字のkは、k番目の散乱線についての理論強度であることを示すところ、今挙げている例では、測定元素(蛍光X線)は1つのみであり、散乱線は2つである。
【0041】
次に、更新ステップにおいて、差分方程式に基づいて、各元素Fe ,Hの含有率、水素以外の非測定元素Cの平均原子番号を更新する。具体的には、まず、蛍光X線ごと、散乱線ごとに、次式(3)、(4)の差分連立方程式を作成し、解くことにより、各元素j(Fe ,H)の含有率wj、水素以外の非測定元素Cの平均原子番号Zを更新するための修正値Δwj、ΔZを求める。
【0042】
そのために、各元素の含有率、水素以外の非測定元素の平均原子番号をそれぞれ所定値変更し、変更後の理論強度を計算しておく。つまり、蛍光X線については、j元素の含有率をdw(mass%)変化させたときの、i測定元素(i蛍光X線)の理論強度IFTi
jと、水素以外の非測定元素の平均原子番号をdZ変化させたときの、i測定元素(i蛍光X線)の理論強度IFTi
Z、散乱線については、j元素の含有率をdw(mass%)変化させたときの、k散乱線の理論強度ISTk
jと、水素以外の非測定元素の平均原子番号をdZ変化させたときの、k散乱線の理論強度ISTk
Zを計算しておく。dZは、例えば、0.05とする。
【0043】
IfmeasTi-IFTi=(dIFTi/dZ)ΔZ+Σ(dIFTi/dwj)Δwj …(3)
【0044】
IsmeasTk-ISTk=(dISTk/dZ)ΔZ+Σ(dISTk/dwj)Δwj …(4)
【0045】
ここで、蛍光X線については、各微分項は、次式(5-1)、(5-2)で求める。
【0046】
(dIFTi/dZ)=((IFTi-IFTi
Z)/dZ) …(5-1)
(dIFTi/dwj)=((IFTi-IFTi
j)/dwj) …(5-2)
【0047】
散乱線については、散乱線の強度としてコンプトン散乱線やトムソン散乱線などの強度を単独で用いる場合には、蛍光X線と同様に、各微分項は、次式(6-1)、(6-2)で求める。
【0048】
(dISTk/dZ)=((ISTk-ISTk
Z)/dZ) …(6-1)
(dISTk/dwj)=((ISTk-ISTk
j)/dwj) …(6-2)
【0049】
散乱線の強度として、例えばコンプトン散乱線とトムソン散乱線の強度比を用いる場合には、単独の散乱線の強度を用いるところに両散乱線の強度比を適用する。例えば、前式(4)、(6-1)、(6-2)の散乱線の理論強度ISTkのところに、次式(7)のように、散乱線の理論強度比ISTkRとして、トムソン散乱線の理論強度ISTkThomに対するコンプトン散乱線の理論強度ISTkCompの比を適用する。
【0050】
ISTkR=(ISTkComp/ISTkThom) …(7)
【0051】
同様に、前式(4)の散乱線の換算測定強度IsmeasMkや前式(2)の散乱線の測定強度ImeasMにも、また後述する収束判定ステップにおいても、散乱線の強度比を適用する。さらに、散乱線の強度として、例えばコンプトン散乱線とトムソン散乱線の合計強度を用いる場合には、単独の散乱線の強度を用いるところに両散乱線の合計強度を適用する。
【0052】
このように作成した式(3)、(4)の差分連立方程式を解き、各元素j(Fe ,H)の含有率wj、水素以外の非測定元素Cの平均原子番号Zについて、修正値Δwj、ΔZを求め、次式(8)、(9)のように、もとの値wjold,Zoldに加えることにより、更新した値wjnew,Znewを求める。水素以外の非測定元素Cの含有率は、100mass%から測定元素Fe および水素の含有率wjの合計を差し引いて求める。
【0053】
wjnew=wjold+Δwj …(8)
【0054】
Znew=Zold+ΔZ …(9)
【0055】
なお、3種類以上の散乱線の強度、散乱線の強度比、散乱線の合計強度を用いてもよい。この場合、式(4)が3つ以上になり、最小二乗法により修正値Δwj、ΔZを求める。
【0056】
次に、収束判定ステップで、更新した各元素j(Fe ,H)の含有率wjnewおよび水素以外の非測定元素Cの平均原子番号Znewに基づいて、蛍光X線の理論強度IFTiと散乱線の理論強度ISTkを計算し、前式(2)で求めた各換算測定強度ImeasTとの差が所定値以下か否かによって、収束判定を行う。収束判定は、理論強度と換算測定強度との差が換算測定強度の所定比率(例えば0.1%)以下か否かによって行ってもよい。収束していないと判定した場合には、理論強度計算ステップに戻り、収束判定ステップまでのステップを収束するまで繰り返す。つまり、試料から発生する2次X線(測定元素の蛍光X線と非測定元素の影響を考慮するために用いる散乱線)について、理論強度と換算測定強度とが一致するように、仮定した元素Fe ,Hの含有率と仮定した水素以外の非測定元素Cの平均原子番号を逐次近似的に修正計算する。
【0057】
そして、収束したと判定した場合には、結果出力ステップへ進み、各元素Fe ,Hの最新の含有率、水素以外の非測定元素Cの最新の平均原子番号を結果として出力する。
【0058】
なお、前記更新ステップを、次の更新ステップAと更新ステップBに分けて実行することもできる。まず、更新ステップAで、水素以外の非測定元素Cの平均原子番号を固定しておき、各元素Fe ,Hの含有率のみを更新する。次に、更新ステップBで、各元素Fe ,Hの含有率を最新の値に固定しておき、次式(10)からΔZを求めて、水素以外の非測定元素Cの平均原子番号のみを更新する。
【0059】
IsmeasTk-ISTk=(dISTk/dZ)ΔZ …(10)
【0060】
実際の試料を分析した結果については後述するが、第1実施形態の蛍光X線分析装置によれば、非測定元素の影響を考慮するために用いる複数種類の散乱線について、特性が相違し、かつ強度が十分であるように、それぞれの波長が適切に設定されるので、非測定元素として特に水素を多く含む試料について十分正確に分析できる。
【0061】
次に、本発明の第2実施形態の蛍光X線分析装置について説明する。第2実施形態の装置においては、算出手段10が、さらに、仮定した面積密度にも基づいて、仮定した元素の含有率および仮定した面積密度を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率および面積密度を算出する。この場合、面積密度を算出するために、検出手段9で強度を測定する散乱線として、非測定元素の影響を考慮するために用いた短波長側の1次X線の散乱線とは異なる短波長側の1次X線の散乱線を用いる。ポリエチレン(-CH2-)である試料について、Fe の含有率および面積密度を算出する場合を例にとると、非測定元素の影響を考慮するために用いた短波長側の1次X線の散乱線は、Rh -Kαのコンプトン散乱線であり、面積密度を算出するためには、Rh -Kαのトムソン散乱線を用いる。
【0062】
そして、検出手段9で強度を測定した蛍光X線ごと、散乱線ごとに作成した差分連立方程式を解いて、仮定した元素の含有率を更新するための修正値、仮定した平均原子番号を更新するための修正値および仮定した面積密度を更新するための修正値を求めることにより、各蛍光X線および各散乱線について理論強度と換算測定強度とが一致するように、仮定した元素の含有率、仮定した平均原子番号および仮定した面積密度を逐次近似的に修正計算して、試料における元素の含有率および面積密度を算出する。この算出にあたり、散乱線の理論強度および測定強度として、短波長側の1次X線の散乱線については、1次X線の特性X線であるRh -Kαのトムソン散乱線の理論強度および測定強度を追加して用いる。
【0063】
つまり、第1実施形態の装置の算出手段10と比較すると、面積密度D(mg/cm2)を同時に分析するために、測定する散乱線としてRh -Kαのトムソン散乱線が追加され、その散乱線について前式(4)が追加されるとともに、差分連立方程式の各式(3)、(4)の右辺に面積密度Dの微分項(dIFTi/dD)ΔD,(dISTk/dD)ΔDが追加される。また、面積密度Dも分析するので、測定ステップ前に面積密度Dが固定値として入力されるのではなく、面積密度Dの初期値が、各含有率の初期値および水素以外の非測定元素の平均原子番号Zの初期値とともに、初期値設定ステップにおいてセットされる。
【0064】
第2実施形態の装置により、窒素を含むABS樹脂製のディスク状の試料について、組成および面積密度Dを分析した。装置感度定数を求めるための標準試料には、ポリエチレンの標準試料を用いた。測定元素は、定性分析の結果から、Cd ,Cr ,Hg ,Pb とした。そして、非測定元素の影響を考慮するために、第1実施形態の装置の説明で述べたように、長波長側の散乱線であるCu -Kαの波長の連続X線の散乱線、短波長側の散乱線であるRh -Kαのコンプトン散乱線を用いるところ、さらに、上述したように、面積密度を算出するために、短波長側の散乱線であるRh -Kαのトムソン散乱線を用いる。
【0065】
この定量分析結果を表1に示す。表1において、標準値とあるのは、分析対象の試料における既知の標準値であり、定量値1とあるのは、第2実施形態の装置による定量値である。また、面積密度Dを標準値である固定値215として入力した場合の、各含有率と水素以外の非測定元素の平均原子番号Zの定量値、つまり第1実施形態の装置による定量値を定量値2として記載した。いずれの定量値も、標準値とよく一致している。
【0066】
【0067】
前述の第1実施形態の蛍光X線分析装置によれば、非測定元素の影響を考慮するために用いる複数種類の散乱線について、特性が相違し、かつ強度が十分であるように、それぞれの波長が適切に設定されるので、表1の定量値2に示したように、非測定元素として特に水素を多く含む試料について十分正確に分析できる。また、第2実施形態の蛍光X線分析装置によれば、面積密度Dを算出するために用いる散乱線についても波長が適切に設定されるので、表1の定量値1に示したように、試料の面積密度Dについても十分正確に分析できる。
【符号の説明】
【0068】
1 X線源
2 1次X線
4 蛍光X線、散乱線(2次X線)
9 検出手段
10 算出手段
13 試料