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特許7497082マツタケ類の子実体原基の誘導方法、マツタケ類の子実体原基の製造方法、菌床培地、培養液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-31
(45)【発行日】2024-06-10
(54)【発明の名称】マツタケ類の子実体原基の誘導方法、マツタケ類の子実体原基の製造方法、菌床培地、培養液
(51)【国際特許分類】
   A01G 18/10 20180101AFI20240603BHJP
   A01G 18/20 20180101ALI20240603BHJP
   A01G 18/50 20180101ALI20240603BHJP
【FI】
A01G18/10
A01G18/20
A01G18/50
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022578843
(86)(22)【出願日】2022-09-09
(86)【国際出願番号】 JP2022033935
【審査請求日】2022-12-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、農林水産省、高級菌根性きのこ栽培技術の開発委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501186173
【氏名又は名称】国立研究開発法人森林研究・整備機構
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(74)【代理人】
【識別番号】100192603
【弁理士】
【氏名又は名称】網盛 俊
(72)【発明者】
【氏名】山中 高史
(72)【発明者】
【氏名】市原 優
(72)【発明者】
【氏名】太田 明
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開昭52-006632(JP,A)
【文献】特開平11-318433(JP,A)
【文献】特開2013-059317(JP,A)
【文献】特開2001-169659(JP,A)
【文献】特開2002-262663(JP,A)
【文献】特開平10-309188(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 18/10
A01G 18/20
A01G 18/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養液と前記培養液が浸透した培地基材とを含む菌床培地でマツタケ類の種菌を培養することを含み、
前記培養液は、0.02~50.0mg/Lのアデノシン三リン酸(ATP)、0.02~50.0mg/Lのグアノシン三リン酸(GTP)、0.02~50.0mg/Lのフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、0.02~50.0mg/Lのフラビンモノヌクレオチド(FMN)、0.02~50.0mg/Lの酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、0.02~50.0mg/Lの還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、0.02~50.0mg/Lの還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、0.001~5.0g/Lのグルコース6リン酸(G6P)、0.001~5.0g/Lのピルビン酸、0.001~5.0g/Lのオキサロ酢酸、0.001~5.0g/Lのコハク酸及び0.001~5.0g/Lのリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、マツタケ類の子実体原基の誘導方法。
【請求項2】
前記一次代謝産物がピルビン酸と還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)であることを特徴とする、請求項1に記載の誘導方法。
【請求項3】
前記培養液における前記ピルビン酸の濃度が0.01~1g/Lであり、
前記培養液における前記還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の濃度が0.1~15mg/Lである、
ことを特徴とする請求項2に記載の誘導方法。
【請求項4】
培養液と前記培養液が浸透した培地基材とを含む菌床培地でマツタケ類の種菌を培養することを含み、
前記培養液は、0.02~50.0mg/Lのアデノシン三リン酸(ATP)、0.02~50.0mg/Lのグアノシン三リン酸(GTP)、0.02~50.0mg/Lのフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、0.02~50.0mg/Lのフラビンモノヌクレオチド(FMN)、0.02~50.0mg/Lの酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、0.02~50.0mg/Lの還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、0.02~50.0mg/Lの還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、0.001~5.0g/Lのグルコース6リン酸(G6P)、0.001~5.0g/Lのピルビン酸、0.001~5.0g/Lのオキサロ酢酸、0.001~5.0g/Lのコハク酸及び0.001~5.0g/Lのリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、マツタケ類の子実体原基の製造方法。
【請求項5】
マツタケ類の種菌を培養するための菌床培地であって、
培養液と前記培養液が浸透した培地基材を含み、
前記培養液が、0.02~50.0mg/Lのアデノシン三リン酸(ATP)、0.02~50.0mg/Lのグアノシン三リン酸(GTP)、0.02~50.0mg/Lのフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、0.02~50.0mg/Lのフラビンモノヌクレオチド(FMN)、0.02~50.0mg/Lの酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、0.02~50.0mg/Lの還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、0.02~50.0mg/Lの還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、0.001~5.0g/Lのグルコース6リン酸(G6P)、0.001~5.0g/Lのピルビン酸、0.001~5.0g/Lのオキサロ酢酸、0.001~5.0g/Lのコハク酸及び0.001~5.0g/Lのリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、菌床培地。
【請求項6】
マツタケ類の種菌を培養するための菌床培地に含有される培養液であって、
0.02~50.0mg/Lのアデノシン三リン酸(ATP)、0.02~50.0mg/Lのグアノシン三リン酸(GTP)、0.02~50.0mg/Lのフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、0.02~50.0mg/Lのフラビンモノヌクレオチド(FMN)、0.02~50.0mg/Lの酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、0.02~50.0mg/Lの還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、0.02~50.0mg/Lの還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、0.001~5.0g/Lのグルコース6リン酸(G6P)、0.001~5.0g/Lのピルビン酸、0.001~5.0g/Lのオキサロ酢酸、0.001~5.0g/Lのコハク酸及び0.001~5.0g/Lのリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、培養液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マツタケ類の子実体原基を誘導する誘導方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
マツタケ(Tricholoma matsutake)は、キシメジ科に属する担子菌類であり、アカマツの根に菌根を作って共生する菌根菌である。マツタケがアカマツに共生することで作られるマツタケの子実体は、独特の香りを有し、日本では好まれて食されている。
【0003】
マツタケは、生育条件などの様々な条件が揃わないと、子実体を形成しない。このため、山などで自然に繁殖するマツタケの子実体は、その収穫量に限りがあり、高値で取引されている。このような状況に鑑み、マツタケの菌床栽培(人工栽培)するための技術が求められている。しかしながら、マツタケは、枯れた木や落ち葉などを分解して成長する腐生菌(シイタケなど)と比較して菌床栽培が難しく、商業的に利用可能な菌床栽培方法は未だ確立されていない。
【0004】
マツタケの子実体は、菌糸が集合して形成される子実体原基が成長したものである。このため、マツタケの菌床栽培を行うには、マツタケ種菌から子実体原基を誘導することが必要である。マツタケ種菌から子実体原基を誘導する技術については、例えば、以下のような報告がある。
【0005】
非特許文献1では、アカマツ林土壌(古生層土壌)に対して所定の組成の培養液を添加した菌床培地でマツタケ種菌を培養することで、子実体原基が形成されたと報告されている。非特許文献2では、バーミキュライトに対して所定の組成の培養液を添加した菌床培地でマツタケ種菌を培養することで、子実体原基が形成されたと報告されている。また、特許文献1には、30℃以下の温度で、菌根性キノコ類の種菌を水湿潤状態の麦を含む菌床培地で培養することで、菌根性キノコの子実体原基が得られたと記載されており、菌根性キノコの一例としてマツタケが挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平07-115844号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】小川眞、浜田稔,「純粋培養によるマツタケ子実体原基の形成」,日菌報,16巻, pp.406-415,1975年
【文献】川合正允、小川真,まつたけの培養に関する研究「第4報 種菌培養の検討と菌床栽培の試み」,日菌報,17巻,pp.499-505,1976年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、マツタケ類の子実体原基を誘導する新規な技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、非特許文献1に記載される培養液や、非特許文献2に記載される培養液を用いて、マツタケの菌床栽培を試みた。しかしながら、いずれの培養液を用いた場合であっても、マツタケの子実体原基を誘導することができなかった。
【0010】
この試験結果に基づいて、本発明者等は、鋭意検討した。その結果、菌床培地に添加される培養液に、特定の一次代謝産物を含有することで、特定の一次代謝産物を含有しない場合と比較して、マツタケの子実体原基が誘導されやすくなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]培養液と前記培養液が浸透した培地基材とを含む菌床培地でマツタケ類の種菌を培養することを含み、前記培養液は、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、グルコース6リン酸(G6P)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸及びリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、マツタケ類の子実体原基の誘導方法。
[2]前記一次代謝産物がピルビン酸と還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)であることを特徴とする、[1]に記載の誘導方法。
[3]前記培養液における前記ピルビン酸の濃度が0.01~1g/Lであり、
前記培養液における前記還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の濃度が0.1~15mg/Lである、ことを特徴とする[2]に記載の誘導方法。
[4]培養液と前記培養液が浸透した培地基材とを含む菌床培地でマツタケ類の種菌を培養することを含み、前記培養液は、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、グルコース6リン酸(G6P)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸及びリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、マツタケ類の子実体原基の製造方法。
[5]マツタケ類の種菌を培養するための菌床培地であって、培養液と前記培養液が浸透した培地基材を含み、前記培養液が、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、グルコース6リン酸(G6P)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸及びリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、菌床培地。
[6]マツタケ類の種菌を培養するための菌床培地に含有される培養液であって、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、グルコース6リン酸(G6P)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸及びリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、培養液。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、マツタケ類の子実体原基を誘導する新規な技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、試験管1本あたりの平均子実体原基数を示すグラフである(試験番号1~27)。
図2図2は、試験管1本あたりの平均子実体原基数を示すグラフである(試験番号28~48)。
図3図3は、マツタケの子実体原基が形成された菌床培地の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について説明する。
【0015】
本実施形態は、マツタケ類の子実体原基(以下、「マツタケ類子実体原基」という)を誘導する誘導方法に関する。本実施形態の誘導方法は、所定の菌床培地でマツタケ類の種菌を培養すること(以下、この工程を「培養工程」ともいう)を含む。なお、本明細書において、マツタケ類とは、マツタケ(Tricholoma matsutake)、バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)、ニセマツタケ(Tricholoma fulvocastaneum)、及びマツタケモドキ(Tricholoma robustum)の4種の菌種を指し、培養工程では、これらの4種の菌種のうち少なくとも1種の種菌を培養する。
【0016】
培養工程で用いられる菌床培地は、培養液と、培養液が浸透した培地基材とを含んでおり、培養液には、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、グルコース6リン酸(G6P)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸及びリンゴ酸からなる群(以下、「一次代謝産物群」ともいう)から選択される1種以上の一次代謝産物(以下、単に「特定の一次代謝産物」ともいう)が含まれている。なお、本明細書において、一次代謝産物とは、生体を維持するために必要な物質の総称である。
【0017】
前述した一次代謝産物群のうち、サイクリックAMP(c-AMP)と還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)以外の物質は、糖代謝(糖を分解してエネルギーを生成する反応)に関与する一次代謝産物であり、糖を分解してエネルギーを生成するまでの間に生じる中間生成物及び最終生成物(以下、「糖代謝の生成物」ともいう)と、糖を分解してエネルギーを生成するまでの各種反応を進行(又は促進)させるために必要な酵素及び補酵素(以下、「糖代謝の触媒物質」ともいう)である。
【0018】
前述一次代謝産物群のうち、糖代謝の生成物は、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、グルコース6リン酸(G6P)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸及びリンゴ酸である。一方、前述した特定の一次代謝産物群のうち、糖代謝の触媒物質(より具体的には、補酵素)は、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、及び還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)である。
【0019】
培養液に含まれる特定の一次代謝産物は、前述した一次代謝産物群から選択される1種以上の一次代謝産物であればよいが、前述した一次代謝産物群の中でも、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸及びリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を用いることが好ましい。
【0020】
培養液に含まれる特定の一次代謝産物には、一次代謝産物群から選択した1種の物質を用いてもよく、一次代謝産物群から選択した2種以上の物質を用いてよい。一次代謝産物群から選択した2種以上の物質を用いる場合、その組み合わせは特に限定されるものではないが、例えば、ピルビン酸(糖代謝の中間生成物)と還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)(糖代謝の触媒物質)を組み合わせて用いることができる。
【0021】
培養液における特定の一次代謝産物の濃度は、特に限定されるものではないが、好ましい濃度は、以下に示す通りである。
【0022】
マツタケ類子実体原基をより誘導しやすくする観点からは、培養液におけるアデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)の濃度は、それぞれ、0.02~50.0mg/Lとすることが好ましく、0.1~15.0mg/Lとすることがより好ましく、0.2~5.0mg/Lとすることが特に好ましい。
【0023】
マツタケ類子実体原基をより誘導しやすくする観点からは、培養液におけるグルコース6リン酸(G6P)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸、リンゴ酸の濃度は、それぞれ、0.001~5.0g/Lとすることが好ましく、0.005~3.0g/Lとすることがより好ましく、0.01~1.0g/Lとすることが特に好ましい。
【0024】
上述した特定の一次代謝産物が含有される培養液は、キノコ(マツタケ類に限らない)の生育に必要な養分を含む液体であり、前述した特定の一次代謝産物の他に、少なくとも、栄養源と水を含んでいる。
【0025】
栄養源は、キノコ(マツタケ類に限らない)の生育に必要な養分であり、例えば、炭素源、窒素源、無機塩、ビタミン類、植物ホルモン類を挙げることができる。
【0026】
炭素源としては、例えば、ぶどう糖(グルコース)、麦芽糖、糖蜜、デキストリン、グリセリン、澱粉などの炭水化物を挙げることができる。
【0027】
窒素源としては、例えば、アスパラギン酸、アルギニン、シトルリン、オルニチン、セリン、グルタミン、アラニン、グリシン、メチオニン、L-イソロイシン、DL-イソロイシンなどのアミノ酸を挙げることができる。窒素源は、アミノ酸単体に限定されるものではなく、アミノ酸とアミノ酸以外の成分を含む窒素源であってもよい。このような窒素源としては、例えば、ペプトン、肉エキス、綿実粉、大豆粉、酵母エキス、乾燥酵母、カゼイン、コーン・スチープ・リカー、NZ-アミン(登録商標)を挙げることができる。また、窒素源は、アミノ酸を含まない窒素源が用いられてもよい。このような窒素源としては、例えば、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウムなどを挙げることができる。
【0028】
無機塩としては、例えば、リン酸二水素カリウム、リン酸ナトリウム、食塩、炭酸カルシウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム、塩化マンガン、塩化鉄(III)、クエン酸第一鉄、クエン酸第二鉄、硫酸亜鉛、硫酸マンガン(II)、硫酸銅(II)、硫酸コバルト(II)、硫酸ニッケル(II)などを挙げることができる。
【0029】
ビタミン類は、ビタミン及びそれと同様の作用を有する物質を指し、例えば、塩酸チアミン(ビタミンB1)、ニコチン酸(ビタミンB3)、葉酸、ビオチン(ビタミンB7)、塩化カルニチン、アデニン硫酸塩などを挙げることができる。
【0030】
植物ホルモン類は、植物ホルモン及びそれと同様の作用を有する物質を指し、例えば、ベンジルアデニン、ジベレリン酸(GA3)などを挙げることができる。
【0031】
培養液に含有される栄養源は、水に溶解する水溶性の物質であってもよいが、水に溶解しない不溶性の物質であってもよい。不溶性の物質としては、例えば、乾燥酵母などが挙げられる。
【0032】
培養液に含有される上述した各成分(栄養源)の濃度は、キノコ(マツタケ類に限らない)の生育が可能な公知の菌床培地(又は培養液)における各成分(栄養源)の濃度に基づいて設定することができ、特に限定されるものではない。
【0033】
培養液に含有される水としては、例えば、純水、イオン交換水、ろ過水、水道水、井水を挙げることができる。
【0034】
培養液には、特定の一次代謝産物、栄養源、及び水の他に、他の成分が含まれていてもよい。培養液に含まれ得る他の成分としては、例えば、塩酸、クエン酸、水酸化カリウムなどのpH調整剤や、アデニル酸(AMP)、グアニル酸(GMP)、シチジル酸(CMP)、ウリジル酸(UMP)などのリボヌクレオチドや、チミジル酸(TMP)などのデオキシリボヌクレオチを挙げることができる。
【0035】
培養液のpHは、特に限定されるものではないが、例えば、4.0~6.0とすることができる。
【0036】
菌床培地における培養液の量は、浸透する培養液によって培地基材が十分に湿潤し、一方で、培地基材から培養液が漏出しない量とすればよく、用いる培地基材の吸水性や保水性を考慮して決定することができる。例えば、培地基材として押麦とおがくずの混合物(例えば、質量比で2.5:1(押麦:おがくず))を用いる菌床培地では、培養液の含有量は、菌床培地100質量%に対して、60~75質量%とすることができ、マツタケ類子実体原基をより誘導しやすくする観点からは、65~70質量%とすることが好ましい。また、例えば、培地基材として土壌を用いる菌床培地では、培養液の含有量は、菌床培地100質量%に対して、10~20質量%とすることができ、マツタケ類子実体原基をより誘導しやすくする観点からは、15~20質量%であることが好ましい。また、例えば、培地基材としてバーミキュライトを用いる菌床培地では、培養液の含有量は、菌床培地100質量%に対して、75~85質量%とすることができ、マツタケ類子実体原基をより誘導しやすくする観点からは、80~85質量%とすることが好ましい。
【0037】
本実施形態の誘導方法において、特定の一次代謝産物を含有する培養液は、栄養源と水を含む公知の培養液(特定の一次代謝産物を含まない培養液)に対し、特定の一次代謝産物を含有させたものであってもよい。栄養源と水を含む公知の培養液(特定の一次代謝産物を含まない培養液)としては、非特許文献1に記載される培養液(浜田培地)や、非特許文献2に記載される培養液(川合・小川培地)を挙げることができる。
【0038】
培養液が浸透する培地基材は、キノコ(マツタケ類に限らない)の菌糸を伸長させるために必要な水分を保持するとともに、菌糸を伸長させるために必要な空間を提供するための固形分である。培地基材は、培養液が浸透可能なものであればよく、例えば、おがくず、押麦、チップダスト、ヤマゴケ、ミズゴケ、コーンコブ、綿実殻、バガス、アルファルファ、ビートパルプ、モミガラ、チモシー、オカラ、マメカワ、シリカゲル、高吸水ポリマー、自然環境から採取した土壌、人為的に作成した人工土壌(例えば、バーミキュライト)を用いることができる。なお、これらの成分(培地基材)は、2種以上を混合して用いてもよく、また、粒度を調整して用いてもよい(例えば、粒度を2~5mm)。
【0039】
菌床培地の製造方法は、特定の一次代謝産物を含む培養液が培地基材に浸透するようなものであればよく、特に限定されるものではない。一例としては、特定の一次代謝産物と栄養源と水を混合して予め培養液を作成しておき、この培養液を培地基材に添加して浸透させることで、菌床培地を製造することができる。
【0040】
その他にも、特定の一次代謝産物を含有しない培養液と、特定の一次代謝産物を含有する培養液を、培地基材に順次添加して浸透させていくことで、菌床培地を製造してもよい。なお、この方法で製造される菌床培地において、培養液中の特定の一次代謝産物の濃度は、菌床培地に含まれる培養液の総体積(つまり、特定の一次代謝産物を含有しない培養液と特定の一次代謝産物を含有する培養液の合計体積)に対する、その培養液に含まれる一次代謝産物の質量の割合として求められる。
【0041】
菌床培地の製造過程には、培地基材や培養液に含まれる微生物(菌を含む)を死滅(又は除去)させる滅菌工程が含まれていることが好ましい。滅菌工程で用いられる滅菌の手段は、特に限定されるものではないが、加熱により微生物を死滅させる加熱滅菌や、ろ過により微生物を除去するろ過滅菌を用いることができる。加熱滅菌における加熱条件は、常圧による加熱滅菌であれば、98~100℃で4~12時間の加熱条件とすることができ、高圧による加熱滅菌であれば、110~125℃で30~180分間の加熱条件とすることができる。ろ過滅菌には、例えば、アドバンテック東洋(株)社製のメンブレンフィルターA020A025Aを用いることができる。
【0042】
ここで、培地基材や培養液に含まれる微生物を死滅(又は除去)させる滅菌処理は、培地基材に培養液を浸透させて菌床培地を製造した後に、製造した菌床培地に対して行われてもよいが、特定一次代謝産物の中には、加熱により変性(失活)してしまう物質もある。このため、菌床培地の製造過程に滅菌工程を含める場合には、培地基材(又は、一次代謝産物が含有しない培養液を浸透させた培地基材)に予め加熱滅菌処理をしておき、この培地基材に対して、ろ過滅菌した特定の一次代謝産物を含む培養液を添加して浸透させることが好ましい。
【0043】
菌床培地で培養するマツタケ類の種菌には、マツタケ(Tricholoma matsutake)、バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)、ニセマツタケ(Tricholoma fulvocastaneum)、及びマツタケモドキ(Tricholoma robustum)からなる群から選択される少なくとも1種の種菌を用いればよいが、子実体原基が誘導されやすくなる観点からは、マツタケ(Tricholoma matsutake)の種菌を用いることが好ましい。
【0044】
菌床培地で培養するマツタケ類の種菌には、公知のマツタケ類の菌株を用いることができ、菌株について限定されるものではない。公知のマツタケ(Tricholoma matsutake)の菌株としては、例えば、NITE BP-03662、NITE BP-03663、NITE BP-03664、NITE BP-03665、NITE BP-03666、NITE BP-03667、及びNITE BP-03668の受託番号を付与された菌株を挙げることができる。これらのマツタケ(Tricholoma matsutake)の菌株は、ブダペスト条約の規定に基づく国際寄託機関である独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、2022年8月16日付で国際寄託されている。また、これらの菌株の他に、公知のマツタケの菌株としては、NBRC33136(Accepted Date:2000年6月2日)や、NBRC108713(Accepted Date:2011年7月29日)を挙げることができる。これらのマツタケ(Tricholoma matsutake)の菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に保存されており、所定の手続きを経ることによってその分譲を受けることができる。なお、菌床培地で培養するマツタケ(Tricholoma matsutake)の種菌は、前述した菌株に限定されるものではなく、後述する実施例で使用した菌株を用いることもできる。後述する実施例で使用したマツタケ(Tricholoma matsutake)の菌株のうち、「FFPRI」から始まる番号が付された菌株は、国立研究開発法人森林研究・整備機構(日本国茨城県つくば市松の里1)に保存されており、所定の手続きを経ることによってその分譲を受けることができる。
【0045】
なお、マツタケ類の種菌として用いるマツタケ類は、菌根菌(共生菌)の増殖又は維持に使用する培地、例えばOhta培地(Ohta,A.(1990) Trans.Mycol.Soc.Japan 31: 323-334)、MMN培地(Marx,D.H. (1969) Phytopathology 59: 153-163)、浜田培地(浜田 (1964) マツタケ, 97-100)などを用いて増殖させることができ、前述した公知の培地で増殖させた(又は維持させた)マツタケ類を本実施形態に係る菌床培地で培養することができる。
【0046】
菌床培地に接種するマツタケ類の種菌の量(以下、単に「接種量」ともいう)は、特に限定されるものではないが、菌床培地上面の表面積1平方cmあたり、例えば、乾燥重量で0.04~3.6mgのとすることができ、マツタケ類の子実体原基をより誘導しやすくする観点からは、乾燥重量で0.4~0.9mgとすることが好ましい。
【0047】
培養工程におけるマツタケ類の種菌の培養方法は、キノコ(マツタケ類に限らない)の生育が可能なものであればよく、特に限定されるものではない。例えば、振とう培養法や静置培養法などを用いることができる。
【0048】
培養工程におけるマツタケ類の種菌の培養条件も、キノコ(マツタケ類に限らない)の生育が可能なものであればよく、特に限定されるものではない。例えば、培養温度は、10~28℃とすることができ、マツタケ類子実体原基をより誘導しやすくする観点からは、15~23℃とすることが好ましい。培養湿度は、例えば、50~95%とすることができ、マツタケ類子実体原基をより誘導しやすくする観点からは、70~90%とすることが好ましい。培養期間は、例えば、使用する菌株によっても異なるが、例えば、30~200日間とすることができる。日照条件は、マツタケ類子実体原基の誘導に影響を及ぼすものではないが、例えば、8~16時間/1日とすることができ、暗黒条件とすることもできる。培養容器内外の気圧および気相の組成は、例えば、通常の空気とすることができる。
【0049】
以上説明した培養工程を含む本実施形態の誘導方法によれば、特定の一次代謝産物を含んでいない培養液を用いた菌床培地でマツタケ類の種菌を培養する場合と比較して、マツタケ類子実体原基が誘導されやすくなる。なお、本明細書において、マツタケ類子実体原基とは、菌床培地の表面に形成される毛玉状の構造物(菌糸の集合体)であり、マツタケ類子実体原基が誘導されると、菌床培地から突出する毛玉状の突起を目視で確認することができる。
【0050】
また、上述した培養工程を含む本実施形態の誘導方法によれば、マツタケ類の子実体原基が誘導されるため、本発明の一実施形態としては、培養工程を含むマツタケ類の子実体原基の製造方法を提供することもできる。
【実施例
【0051】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0052】
<評価1:特定の一次代謝産物の有効性>
下記評価1-1~評価1-2を行い、マツタケ(Tricholoma matsutake)の子実体原基の誘導性能について、特定の一次代謝産物の有効性を評価した。
【0053】
[評価1-1:NITE BP-03663を用いた特定の一次代謝産物の有効性]
下記表1に示す各成分(栄養源、pH調整剤)を水に混合して、pH5.1の培養液を得た。培養液1000ml当たりの各成分の含量は、下記表1に示す通りであった。
【0054】
【表1】
【0055】
得られた培養液を、23.5mlずつ複数に分けた。23.5mlの培養液のうちの8mlの培養液に対し、下記表2に示す一次代謝産物をそれぞれ混合し、一次代謝産物を含む培養液(以下、「培養液metabo」という)を得た。得られた培養液metaboに含まれる一次代謝産物の濃度は、後述する表2に示す通りであった。一方、残りの培養液(以下、「培養液non-metabo」という)15.5mlには、一次代謝産物を含有させなかった。
【0056】
培地基材として押麦とおがくずを用意した。なお、これらの培地基材には、一次代謝産物は含まれていなかった。用意した押麦7.5gに、13.5mlの培養液non-metaboをそれぞれ加えて4~16時間静置し、押麦を膨潤させた。用意したおがくず3gを、膨潤した押麦に混ぜ、2mlの培養液non-metaboをさらに加えて混合した。この操作により、押麦(7.5g)とおがくず(3g)からなる培地基材(以下、単に「押麦培地基材」という)に、培養液non-metaboが合計で15.5ml浸透した。
【0057】
培養液non-metaboが浸透した押麦培地基材を、内径30mmの試験管に充填して信越ポリマー(株)社製シンエツシリコセンT-32で栓をし、121℃で60分間滅菌してから冷却した。アドバンテック東洋(株)社製のメンブレンフィルターA020A025Aを用いて濾過滅菌した、8mlの培養液metaboを、冷却した押麦培地基材に加えて浸透させ、菌床培地(以下、この菌床培地を「押麦培地」という)を得た。
【0058】
なお、得られた押麦培地には、15.5mlの培養液non-metaboと、8mlの培養液metaboが含まれており、合計で23.5mlの培養液(以下、「培養液total」という)が含まれていた。押麦培地に含まれるこの培養液totalにおいて、一次代謝産物の濃度は、後述する表2に示す通りであった。
【0059】
マツタケの種菌として、NITE BP-03663を用意した。用意したマツタケの種菌を、一次代謝産物を含む押麦培地に接種して培養した。具体的には、試験管に充填されている上記押麦培地に対して、液体培養したマツタケの菌糸体5.4mg(乾燥重量)を接種して、試験管を信越ポリマー(株)社製シンエツシリコセンT-32で栓をした。下記表2に示す試験番号(No.)1つにつき、5本の試験管(以下、それぞれ「試験管1~5」という)内の押麦培地にマツタケの種菌が接種できるよう、この操作を繰り返し行った。その後、下記培養条件で90日間培養した。また、一次代謝産物を含有させないこと以外は上述の押麦培地(一次代謝産物を含む押麦培地)と同様の条件で製造した押麦培地を、コントロール培地として用いて、前述した培養方法と同様の方法でマツタケの種菌を接種して培養した。
<培養条件>
温度:22℃で30日間、のち17℃で60日間
雰囲気:室内と同じ(空気)
照明:なし
培養法:静置培養
【0060】
マツタケの種菌を接種して90日間培養した後、押麦培地の表面に形成される直径が1mm以上の毛玉状の突起(子実体原基)の数をカウントした。下記表2に示す試験番号(No.)毎に、試験管1本あたりの子実体原基の数(以下、「平均子実体原基数」という)を求めた。結果を表2及び図1に示す。
【0061】
【表2】
【0062】
図1及び表2に示すように、押麦培地に含有される培養液に一次代謝産物群から選択される特定の一次代謝産物が含まれている場合には、一次代謝産物が含まれない場合と比較して、子実体原基の形成数が上昇した。この結果から、押麦培地に含まれる培養液に、特定の一次代謝産物が含有されることで、子実体原基が誘導されることが明らかとなった。
【0063】
なお、図1~2において、PiAcはピルビン酸を表し、OxAcはオキサロ酢酸を表し、ScAcはコハク酸を表し、MaAcはリンゴ酸を表す。
【0064】
[評価1-2:NITE BP-03662を用いた特定の一次代謝産物の有効性]
本評価では、評価1-1で用いた特定の一次代謝産物のうちの一部の一次代謝産物を用いた。また、押麦培地に摂取するマツタケの種菌としてNITE BP-03662を用いた。これら以外は評価1-1と同様の条件で、上記(1)に示す試験管1本あたりの平均子実体原基数を求めた。結果を表3及び図2に示す。
【0065】
【表3】
【0066】
図2及び表3に示すように、押麦培地に含有される培養液に、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸又はリンゴ酸が含まれる場合には、これら特定の一次代謝産物が含まれない場合と比較して、子実体原基の形成数が増加した。この結果から、NITE BP-03662を用いた場合であっても、押麦培地に含まれる培養液に特定の一次代謝産物が含有されることで、子実体原基が誘導されることが明らかとなった。
【0067】
<評価2:菌床培地の組成による影響>
下記評価2-1~評価2-3を行い、マツタケ(Tricholoma matsutake)の子実体原基の誘導性能に対する、菌床培地の組成が及ぼす影響を評価した。
【0068】
[評価2-1:土壌培地における誘導性能]
下記表4に示す各成分(栄養源、pH調整剤)を水に混合して、pH5.1の培養液を得た。培養液1000ml当たりの各成分の濃度は、下記表4に示す通りであった。なお、この培養液は、非特許文献1に記載される培養液(浜田培地)に相当するものである。
【0069】
【表4】
【0070】
得られた培養液を、12.5mlずつ複数に分けた。12.5mlの培養液のうちの1.25mlの培養液に対し、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)とピルビン酸をそれぞれ混合して、これらの一次代謝産物を含む培養液(以下、「培養液metabo」)を得た。得られた培養液metaboにおいて、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の濃度は25mg/Lであり、ピルビン酸の濃度は2.5g/Lであった。一方、残りの11.25mlの培養液(以下、「培養液non-metabo」という)には、一次代謝産物を含有させなかった。
【0071】
培地基材として花崗岩を母材とする土壌(日本国滋賀県で採取)を用意した。なお、この培地基材には、一次代謝産物は含まれていなかった。用意した土壌62g(55mL)を内径30mmの試験管に充填して、120℃で50分間滅菌し、その後冷却して土壌からなる培地基材(以下、単に「土壌培地基材」という)とした。別途、11.25mlの培養液non-metaboを120℃15分間滅菌し、その後冷却した。これを土壌培地基材に加えて、培養液non-metaboを浸透させた。培養液non-metaboが浸透した土壌培地基材に、アドバンテック東洋(株)社製のメンブレンフィルターA020A025Aを用いて濾過滅菌した、1.25mlの培養液metaboを加えて浸透させ、菌床培地(以下、この菌床培地を「土壌培地」という)を得た。
【0072】
なお、得られた土壌培地には、11.25mlの培養液non-metaboと、1.25mlの培養液metaboが含まれており、合計で12.5mlの培養液(以下、「培養液total」という)が含まれていた。土壌培地に含まれるこの培養液totalにおいて、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の濃度は2.5mg/Lであり、ピルビン酸の濃度は0.25g/Lであった。
【0073】
マツタケ(Tricholoma matsutake)の種菌として、NITE BP-03665、NITE BP-03666、NITE BP-03667、NITE BP-03668を用意した。また、マツタケ(Tricholoma matsutake)の種菌として、FFPRI460553、FFPRI460555,FFPRI460556,FFPRI460558,FFPRI460564、FFPRI460565、FFPRI460566、FFPRI460567,FFPRI460568(これらは日本国長野県上田市で採取した異なる子実体から分離,いずれも国立研究開発法人 森林研究・整備機構保存)を用意した。
【0074】
用意したマツタケの種菌を、それぞれ一次代謝産物を含む土壌培地に接種して培養した。具体的には、液体培養したマツタケの種菌4.5mg(乾燥重量)を、それぞれ、一次代謝産物を含む上述の土壌培地に接種し、下記培養条件で150日間培養した。また、一次代謝産物を含有させないこと以外は上述の土壌培地(一次代謝産物を含む土壌培地)と同様の条件で製造した土壌培地を、コントロール培地として用いて、前述した培養方法と同様の方法でマツタケの種菌を培養した。
<培養条件>
温度:22℃で30日間、その後17℃で120日間
雰囲気:室内と同じ(空気)
日照時間:なし
培養法:静置培養
【0075】
マツタケの種菌を150日間培養した後、土壌培地の表面に形成される毛玉状の突起(子実体原基)の有無を目視で確認するとともにその直径を測定した。直径が1mm以上の毛玉状の突起が形成されている場合に、子実体原基が形成されていると判断して、子実体原基が確認できる土壌培地の数をカウントした。カウント結果を、下記表5に示す。また、図3(a)に、子実体原基が形成された土壌培地の写真を示す。なお、下記表5に示す分数について、分子は子実体原基が確認できた試験管(土壌培地)の数を表し、分母はマツタケの種菌を摂取した試験管(土壌培地)の数を表す。
【0076】
【表5】
【0077】
表5に示すように、土壌培地に含有された培養液に、一次代謝産物として還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)とピルビン酸が含まれる場合には、マツタケの種菌を摂取した試験管(土壌培地)のうちの少なくとも一つで子実体原基が誘導された。一方で、土壌培地に含有された培養液に一次代謝産物が含まれない場合には、マツタケの種菌を摂取した試験管(土壌培地)の全てにおいて、子実体原基は誘導されなかった。
【0078】
[評価2-2:バーミキュライト培地における誘導性能]
下記表6に示す各成分を水に混合して、pH5.0~5.2の第1液を得た。第1液1000ml当たりの各成分の濃度は、下記表6に示す通りであった。また、下記表7に示す各成分を水に混合して、pH5.0~5.2の第2液を得た。第2液1000ml当たりの各成分の濃度は、下記表7に示す通りであった。なお、これらの培養液は、非特許文献2に記載される培養液(川合・小川培地)に相当する。
【0079】
【表6】
【0080】
【表7】
【0081】
得られた第2液に対し、さらに還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)とピルビン酸をそれぞれ混合し、一次代謝産物を含む培養液(以下、「培養液metabo」ともいう)を得た。得られた培養液metaboにおいて、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の濃度は25mg/Lであり、ピルビン酸の濃度は2.5g/Lであった。
【0082】
培地基材としてバーミキュライトを用意した。なお、この培地基材には、一次代謝産物は含まれていなかった。用意したバーミキュライト27g(200mL)を500mlフラスコに充填し、バーミキュライトからなる培地基材(以下、単に「バーミ培地基材」という)とした。これに120mlの第1液をそれぞれ加えて密封し、120℃で50分間滅菌して、その後冷却した。アドバンテック東洋(株)社製のメンブレンフィルターA020A025Aを用いて濾過滅菌した、12mlの培養液metaboを、冷却したバーミ培地基材に加えて浸透させ、菌床培地(以下、この菌床培地を「バーミ培地」という)を得た。
【0083】
なお、得られたバーミ培地には、120mlの第1液と、12mlの培養液metaboが含まれており、合計で132mlの培養液(以下、「培養液total」という)が含まれていた。バーミ培地に含まれるこの培養液totalにおいて、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の濃度は2.3mg/Lであり、ピルビン酸の濃度は0.23g/Lであった。
【0084】
マツタケ(Tricholoma matsutake)の種菌として、NITE BP-03665、NITE BP-03666、NITE BP-03667、NITE BP-03668を用意した。また、マツタケ(Tricholoma matsutake)の種菌として、FFPRI460552、FFPRI460558,FFPRI460559,FFPRI460560,FFPRI460561,FFPRI460563,FFPRI460564、FFPRI460567(これらは日本国長野県上田市で採取した異なる子実体から分離,いずれも国立研究開発法人 森林研究・整備機構保存)を用意した。
【0085】
用意したマツタケの種菌を、それぞれ一次代謝産物を含む上述のバーミ培地に接種して培養した。具体的には、液体培養したマツタケの種菌43.2mg(乾燥重量)を、それぞれ、一次代謝産物を含む上述のバーミ培地に接種し、下記培養条件で150日間培養した。
<培養条件>
温度:17℃
雰囲気:室内と同じ(空気)
照明:なし
培養法:静置培養
【0086】
マツタケの種菌を150日間培養した後、土壌培地の表面に形成される毛玉状の突起(子実体原基)の有無を目視で確認するとともにその直径を測定した。直径が1mm以上の毛玉状の突起が形成されている場合に、マツタケの子実体原基が形成されていると判断して、子実体原基が確認できる試験管(土壌培地)の数をカウントした。カウント結果を、下記表8に示す。また、図3(b)に、マツタケの子実体原基が形成されたバーミ培地の写真を示す。なお、下記表8に示す分数について、分子は子実体原基が確認できた試験管(バーミ培地)の数を表し、分母はマツタケの種菌を摂取した試験管(バーミ培地)の数を表す。
【0087】
【表8】
【0088】
表8に示すように、バーミ培地に含有される培養液に、一次代謝産物として、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)とピルビン酸が含まれる場合には、マツタケの種菌を摂取した試験管(バーミ培地)のうちの少なくとも一つで子実体原基が誘導された。一方で、バーミ培地に含有される培養液に一次代謝産物が含まれない場合には、マツタケの種菌を摂取した試験管(土壌培地)の全てにおいて、子実体原基は誘導されなかった。
【0089】
[評価2-3:押麦培地における誘導性能]
使用した各原料を2倍量(つまり、押麦15g、オガクズ6g、培養液47mlにして300mlフラスコ内で押麦培地を作成)にしたこと、培養液に含有する一次代謝産物として還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)及びピルビン酸を用いたこと以外は、評価1-1と同様の方法で押麦培地を作成した。作成した押麦培地に含まれる培養液total(47ml)において、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の濃度は1.7mg/Lであり、ピルビン酸の濃度は0.17g/Lであった。
【0090】
マツタケ(Tricholoma matsutake)の種菌として、NITE BP-03663、NITE BP-03664、NITE BP-03666、NITE BP-03667、NITE BP-03668を用意した。また、マツタケ(Tricholoma matsutake)の種菌として、FFPRI460561、FFPRI460564、FFPRI460565、FFPRI460566、FFPRI460567(これらは日本国長野県上田市で採取した異なる子実体から分離,いずれも国立研究開発法人 森林研究・整備機構保存)を用意した。
【0091】
用意したマツタケの種菌を、それぞれ一次代謝産物を含む上述の押麦培地に接種して培養した。具体的には、液体培養したマツタケの種菌36mg(乾燥重量)を、それぞれ、一次代謝産物を含む上述の押麦培地に接種し、下記培養条件で150日間培養した。また、一次代謝産物を含有させないこと以外は上述の押麦培地(一次代謝産物を含む押麦培地)と同様の条件で製造した押麦培地を、コントロール培地として用いて、前述した培養方法と同様の方法でマツタケの種菌を培養した。
<培養条件>
温度:22℃で30日間、その後17℃で120日間
雰囲気:室内と同じ(空気)
日照時間:なし
培養法:静置培養
【0092】
マツタケの種菌を120日間培養した後、押麦培地の表面に形成される毛玉状の突起(子実体原基)の有無を目視で確認するとともにその直径を測定した。直径が1mm以上の毛玉状の突起が形成されている場合に、マツタケの子実体原基が形成されていると判断して、子実体原基が確認できる試験管(押麦培地)の数をカウントした。カウント結果を、下記表9に示す。また、図3(c)に、マツタケの子実体原基が形成された押麦培地の写真を示す。なお、下記表9に示す分数について、分子は子実体原基が確認できた試験管(押麦培地)の数を表し、分母はマツタケの種菌を摂取した試験管(押麦培地)の数を表す。
【0093】
【表9】
【0094】
表9に示すように、押麦培地に含有される培養液に、一次代謝産物として、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)とピルビン酸が含まれる場合には、マツタケの種菌を摂取した試験管(押麦培地)のうちの少なくとも一つで子実体原基が誘導された。一方で、押麦培地に含有される培養液に一次代謝産物が含まれない場合には、マツタケの種菌を摂取した試験管(押麦培地)の全てにおいて、子実体原基は誘導されなかった。
【0095】
以上説明した評価2-1~2-3の結果から、菌床培地の組成(つまり、培地基材の種類や培養液の組成)が変わっても、培養液に特定の一次代謝産物が含まれていれば、マツタケの子実体原基が誘導されることが明らかとなった。また、評価2-1~2-3に示すように、培養液に一次代謝産物が含まれていれば、様々な菌株のマツタケの種菌について、子実体原基が誘導されることが明らかとなった。
【要約】
【課題】マツタケ類の子実体原基を誘導する新規な技術を提供することを目的とする。
【解決手段】培養液と前記培養液が浸透した培地基材とを含む菌床培地でマツタケ類の種菌を培養することを含み、前記培養液は、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、サイクリックAMP(c-AMP)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、グルコース6リン酸(G6P)、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸及びリンゴ酸からなる群から選択される1種以上の一次代謝産物を含むことを特徴とする、マツタケ類の子実体原基の誘導方法。
【選択図】図3
図1
図2
図3