(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-03
(45)【発行日】2024-06-11
(54)【発明の名称】ヒト脱落膜間葉系幹細胞の細胞培養上清液の用途
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0775 20100101AFI20240604BHJP
A61K 35/28 20150101ALI20240604BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20240604BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20240604BHJP
【FI】
C12N5/0775
A61K35/28
A61P3/10
A61P9/00
(21)【出願番号】P 2022115258
(22)【出願日】2022-07-20
【審査請求日】2022-10-07
(32)【優先日】2021-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】TW
(73)【特許権者】
【識別番号】521047672
【氏名又は名称】金湧長生醫學生物科技股▲ふん▼有限公司
【氏名又は名称原語表記】VitaSpring Biomedical Co., Ltd.
【住所又は居所原語表記】10F.-11, No. 93, Sec. 1, Xintai 5th Rd., Xizhi Dist., New Taipei City, Taiwan
(74)【代理人】
【識別番号】100091683
【氏名又は名称】▲吉▼川 俊雄
(74)【代理人】
【識別番号】100179316
【氏名又は名称】市川 寛奈
(72)【発明者】
【氏名】朱莉莉
(72)【発明者】
【氏名】呉孟學
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】台湾特許出願公開第201313901(TW,A)
【文献】中国特許出願公開第110499287(CN,A)
【文献】和光純藥時報,2020年07月,Vol. 88, No. 3,p. 8, 9
【文献】高橋周子,羊膜由来間葉系幹細胞を用いた糖尿病性潰瘍の治療法の開発,学位論文(北海道大学),2020年09月25日,p. 1-4,doi:10.14943/doctoral.k14265
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液であって、
(a)無血清幹細胞培養液を提供して
ヒト脱落膜間葉系幹細胞の継代培養を実施し、前記無血清幹細胞培養液は、幹細胞培地、0.9~1.1%のインスリン-トランスフェリン-セレン、及び9~11ng/mlの上皮成長因子を含み、
(b)前記無血清幹細胞培養液において、4~12日間の
ヒト脱落膜間葉系幹細胞培養を実施し、
(c)
ステップ(b)で得られたヒト脱落膜間葉系幹細胞培養後の無血清幹細胞培養液を収集し、40~80mg/mlのトレハロース及び10~30mg/mlのデキストラン
を添加し、
(d)
ステップ(c)で得られた培養液を濾過
し、
ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液が得られる、
とのステップで
準備されるヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液。
【請求項2】
産生される細胞外小胞の数は、1mlあたり1×10
6~1×10
11粒である請求項1に記載のヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液。
【請求項3】
産生される前記細胞外小胞の数は、1mlあたり1×10
7~1×10
10粒である請求項2に記載のヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液。
【請求項4】
前記無血清幹細胞培養液は、MCDB201処方培地である請求項1に記載のヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液。
【請求項5】
前記ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液は、凍結乾燥法で保管される請求項1に記載のヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液。
【請求項6】
虚血性疾患を治療又は予防する薬物の製造における医薬組成物の
使用であって、
前記医薬組成物は、請求項1に記載の
ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液を含み、更に、薬学的に許容可能なベクター、希釈剤又は賦形剤を含む
使用。
【請求項7】
前記虚血性疾患は糖尿病足病性潰瘍である請求項6に記載の
使用。
【請求項8】
投与経路は、筋肉注射又は腹腔注射である請求項6に記載の
使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト脱落膜間葉系幹細胞の細胞培養上清液の用途を開示する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病(Diabetes Mellitus,DM)は、世界の十大死亡原因の一つである。台湾衛生福利部国民健康署の統計によると、台湾には約200万人のDM患者が存在する。また、2016年には、前年から4.5%増の9960人の患者がDMで死亡している。
【0003】
統計によると、糖尿病患者の15~25%が、一生のうちに糖尿病足病性潰瘍(Diabetic Foot Ulcer,DFU)に罹患する。DFUは、発症過程における最も主要な問題であり、DM患者の主要な入院理由でもある。
【0004】
糖尿病は正常な血管新生を損なうため、現在までに多くのDM患者が四肢の切断を余儀なくされており、深刻な合併症をもたらしている。
【0005】
間葉系幹細胞(Mesenchymal stromal cells,MSCs)は、再生医療における理想的な細胞供給源として広く研究されており、パラクライン作用(paracrine effect)によって血管新生を促進可能である。また、MSCsを移植することで、傷口の閉合加速、臨床症状の改善、四肢の切断回避が可能になるとの証拠も提示されている。
【0006】
健康なヒトの血管内壁は滑らかであるが、非特異性の傷害(例えば、高血圧、タバコの炭化水素化合物、コレステロール、高血糖、炎症、損傷等の多くの要因による傷害)を受けると、損傷箇所にプラークが堆積して血管内皮細胞が傷付くことで、脂質が血管内皮や中膜に浸透する。そして、脂質が過酸化されると、マクロファージの免疫反応が誘発され、一連のサイトカイン分泌が促される結果、血管壁中膜の平滑筋が不適切に増殖し、プラークが肥厚を続ける。これが長期に渡ると、血管中膜に潰瘍や出血又は石灰化が出現し、最終的に繊維性プラークが形成されることで、血管表面が凸凹になる。更に、これに血小板が作用することで血栓が形成され、血管閉塞が招来される。
【0007】
閉塞部位以下の組織は十分な栄養と酸素を得ることができないため、虚血や壊疽等の病理学的変化が出現する。これを末梢動脈閉塞性疾患と総称する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
糖尿病患者の場合には、血糖コントロール不良が長期にわたると、動脈硬化や血管壁基底膜の肥厚が加速することで、組織の血中酸素透過性の悪化や血液凝固機能の亢進が招来される。これにより、血栓が形成されやすくなる結果、内腔狭窄や閉塞が引き起こされて、下肢虚血が発生する。
【0009】
本明細書内の「一の」又は「一種の」との用語は、本発明の要素及び成分を記載するために用いられるが、この用語は記載の便宜上及び本発明の基本観念を提示するためのものにすぎない。更に、このような記載は、一種又は少なくとも一種を含むものと解釈すべきである。且つ、別途明確に指摘している場合を除き、単数形の場合には複数形も含むことを意味する。また、特許請求の範囲において、「含む」との用語と合わせて使用されている場合、この「一の」との用語は1又は1よりも大きいことを意味し得る。
【課題を解決するための手段】
【0010】
虚血性疾患を予防又は治療するための医薬組成物であって、有効量のヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液と、薬学的に許容可能なベクター又は賦形剤を含む。
【0011】
ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液は、以下のステップで決定される。即ち、無血清幹細胞培養液を提供して幹細胞の継代培養を実施する。前記培養液は、幹細胞培地、0.9~1.1%のインスリン-トランスフェリン-セレン、及び9~11ng/mlの上皮成長因子を含む。前記無血清幹細胞培養液において、4~12日間の培養を実施する。そして、40~80mg/mlのトレハロース及び10~30mg/mlのデキストランを収集し、培養済みの前記無血清幹細胞培養液に添加して、前記無血清幹細胞培養液を濾過する。
【0012】
有効量のヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液は、上清液の凍結乾燥粉末の重量で規定可能である。本発明の実施例において、上清液の凍結乾燥粉末の添加量は、0.1879g、0.22g、0.247gとする。
【0013】
有効量のヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液は、細胞外小胞の数で規定可能である。本発明の実施例において、ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液における細胞外小胞の総数は、1mlあたり1×106~1×1011粒である。
【0014】
別の本発明の実施例において、ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液における細胞外小胞の総数は、1mlあたり1×107~1×1010粒である。
【0015】
本発明の一実施例において、前記虚血性疾患は糖尿病足病性潰瘍である。
【0016】
「薬学的に許容可能なベクター」或いは「賦形剤」或いは「薬学的に許容可能なベクター又は賦形剤」或いは「生物学的に利用可能な(bioavailable)ベクター」或いは「生物学的に利用可能なベクター又は賦形剤」は、保存用の溶媒、分散剤、塗料、抗菌剤、抗真菌剤、或いは、処方調製用の吸収遅延剤、及びその他いずれかの既知の化合物を含むがこれらに限らない。一般的に、これらのベクター又は賦形剤自体は疾病を治療する活性を有さない。本発明で開示する新規な化合物又はその誘導体を使用し、薬学的に許容可能なベクター又は賦形剤を組み合わせて調製される医薬組成物又は処方は、動物又はヒトの副作用、アレルギー又はその他の不適切な反応を引き起こさない。よって、本発明で開示する新規な化合物又はその誘導体と薬学的に許容可能なベクター又は賦形剤の組み合わせはヒトの臨床に応用可能である。本発明の新規な化合物又はその誘導体を含む医薬組成物又は処方は、静脈注射、経口、吸入、或いは、経鼻、経直腸、経腟又は舌下を通じた部分的投与により治療効果を実現可能である。
【0017】
また、本発明は、虚血性疾患を予防又は防止するための薬物の用途を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、マウス下肢虚血モデルのドップラー灌流イメージャーによる分析図である。
【
図2】
図2は、ヒト脱落膜間葉系幹細胞の細胞培養上清液の細胞外小胞数の分析図である。
【
図3】
図3は、糖尿病マウス下肢虚血モデルがヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液による治療を受けた場合の図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
ヒト脱落膜間葉系幹細胞の細胞培養
無塵環境空間で本発明のステップを実施した。無菌操作による細胞増殖培養方式で、血清が一切混合されていない幹細胞培養液を用いて継代培養を行った。培養期間中は、3日ごとに新鮮な幹細胞培養液に交換した。当該溶液には、MCDB201処方培地、濃度0.9~1.1%のインスリン-トランスフェリン-セレン(insulin transferrin selenium,ITS)、及び濃度9~11ng/mlの上皮成長因子(epidermal growth factor,EGF)が含まれており、4~12日間培養した。
【0020】
本細胞培養液は、処方における各添加物質に非動物由来のものを選択すべきとし、無血清、非動物由来、且つフェノールレッド不含構成の化学的に定義された培地(chemical defined medium)とした。よって、動物又は血清物質による人体に対する感染発生又はアレルギー反応の誘発を考慮する必要はなかった。また、細胞が最適な状態に達した段階で上清液を直接採取し、本発明の後工程に応用することが可能であった。
【0021】
幹細胞培養においては、1×104/cm2でT175フラスコに移植した。そして、細胞密度が90%以上に達した段階で、総タンパク質濃度が200~300μg/mlとなった上清液を採取可能とし、凍結乾燥工程を実行した。
【0022】
凍結乾燥調製
上清液中の活性因子の安定性を維持するために、トレハロース(Trehalose)60mg/ml及びデキストラン(Dextran)20mg/mlを添加して、均一に混合したあと、孔径0.22μM以下の濾過膜で濾過した。そして、濾過済みの上清液2mlを耐低温容器内に充填した。
【0023】
凍結乾燥機は予め-30℃まで冷却しておき(1~2時間を要した)、調製済みのサンプルを真空チャンバに投入した。そして、チャンバが-50℃まで低下してから2~3分後に(急速に固形へと凍結)、負圧を起動してチャンバ内を200Torrまで減圧し、この負圧を60時間維持した。これにより、氷を水蒸気に昇華させることで、被乾燥物から水分を除去した。完了後は、チャンバの温度を10℃まで上昇させ、凍結乾燥粉末のサンプルを取り出して缶に詰め、-20~-80℃で保管した。
【0024】
ヒト脱落膜間葉系幹細胞の細胞培養上清液の細胞外小胞数
本発明の実施例において、ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液の細胞外小胞総数は、9.7x107、8.6x108、1.1x109、1.5x109、2.3x109、1.45×109であった。
【0025】
ストレプトゾトシン糖尿病マウスモデル
2.5%のイソフルラン(isoflurane)ガスでC57BL/6Jマウスを麻酔し、大腿動脈結紮術を実施した。術後は、0.75%、100μLのブピバカイン(bupivacaine)を腹腔注射して3日間の疼痛緩和を行い、ドップラー灌流イメージャーによってマウス下肢の血流データを分析した。そして、マウスの大腿動脈結紮術完了後、皮膚の縫合前に、上清液の凍結乾燥粉末を400μLのPBSで再溶解し、当該再溶解したヒト脱落膜間葉系幹細胞の細胞培養上清液を筋肉注射又は腹腔注射した。
【0026】
ストレプトゾトシン糖尿病マウスモデルには、実験1日目から、40mg/kgのストレプトゾトシンを5日連続で腹腔注射した。そして、実験14日目にマウスを空腹とし、ロシュ社(Diastix)により尿糖値を測定した。この尿糖値が2日間連続で3よりも高くなったあと、絶食6時間後に血糖を測定し、測定結果が300mg/dlとなれば誘発成功とみなした。
【0027】
ドップラー灌流イメージャー分析
2.5%のイソフルラン(isoflurane)ガスでマウスを麻酔し、大腿動脈結紮術を実施した。術後は、0.75%、100μLのブピバカイン(bupivacaine)を腹腔注射して3日間の疼痛緩和を行い、ドップラー灌流イメージャーによってマウス下肢の血流データを分析した。
【0028】
マウスの大腿動脈結紮術が完了した時点で、皮膚の縫合前に、上清液の凍結乾燥粉末を400μLのPBSで再溶解し、下腿及び大腿の内側及び外側の筋肉に対し、それぞれ60μL、合計180μLの上清液再溶解液を筋肉注射した。一方、腹腔注射群には、術後に180μLの上清液再溶解液を実験動物の腹腔内に一度に注射して試験を行った。
【0029】
図1の画像結果図より、術後にマウスの右足は血流が減少したが、治療から7日目、14日目には、治療群の右足の血流が対照群よりも高いレベルで回復したことを観察できた。
【0030】
図2のヒト脱落膜間葉系幹細胞の細胞培養上清液の細胞外小胞数の分析結果図より、上清液をナノ粒子トラッキング解析(Nanoparticle Tracking Analysis,NTA)で分析したところ、上清液には7.25×10
8/mlの細胞外小胞(extracellular vesicles)が含有されていた。凍結乾燥粉末は2mlの上清液を乾燥したものであるため、各上清液には1.45×10
9の細胞外小胞が含まれていた。
【0031】
図3の糖尿病マウス下肢虚血モデルがヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液による治療を受けた場合の結果図より、ストレプトゾトシンでC57BL/6J系統マウスに糖尿病症状を誘発したあと、下肢虚血手術を実施して、筋肉注射及び腹腔注射処理を施した。
【0032】
術後、連続14日間にわたり、ドップラー灌流イメージャーで画像データを収集し、定量化した結果、上清液を筋肉注射又は腹腔注射した場合には、対照群よりも高い血流データを観察することができた。
【0033】
総括すると、糖尿病マウスは健康なマウスに比べて血流の自然回復能力に劣っている。この状態で、ヒト脱落膜間葉系幹細胞の上清液を投与することで、血流供給効果を有効に改善することができた。なお、データは平均値±標準偏差で示した。また、DM:糖尿病マウス、IM:筋肉注射、IP:腹腔注射、EX:上清液とした。