(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-03
(45)【発行日】2024-06-11
(54)【発明の名称】バイオリン類
(51)【国際特許分類】
G10D 3/22 20200101AFI20240604BHJP
G10D 3/02 20060101ALI20240604BHJP
G10D 1/02 20060101ALI20240604BHJP
【FI】
G10D3/22
G10D3/02
G10D1/02
(21)【出願番号】P 2021024693
(22)【出願日】2021-01-09
【審査請求日】2023-05-23
(73)【特許権者】
【識別番号】521071781
【氏名又は名称】山縣 峰雄
(72)【発明者】
【氏名】山縣 峰雄
【審査官】渡部 幸和
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-213893(JP,A)
【文献】特開平05-273963(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10D 3/00
G10D 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項2】
表板裏側に弓状で上下で外側に湾曲し、かつ巾5mm以下の低音バスバーと高音ソプラノバーを設置し、さらにこれらと表板とを結合する結合バーを取付け、かつ魂柱の設置のため高音ソプラノバーの魂柱
接触部分
は表板と平行に削り、平滑にして、最終的に高音ソプラノバーと裏板の間に魂柱を取付けたバイオリン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
製造時に表板、裏板をその使用する木材を有効活用して製造し、かつ音量、音色、発音の良いバイオリン類に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1.川上昭一郎著「ヴァイオリンを作る」に示されているように、バイオリン類は表板はスプルース(西洋松)、裏板は楓材(メープル)の厚みのある原木(スプルース、又は楓材の丸太を切断し、乾燥し、必要な大きさとしたもの、本特許において原木と呼ぶ)をそれぞれ半割にした左右の一対の板を中央で接着し、それを削り、求める形の曲線型の表板、裏板を切出して製作する。厚い板を削り、中央裏側をくり抜いて各部分の板の厚みを調整して仕上げるため原木の1割程度のみ有効利用されて、残りは木屑となり利用されない。
【0003】
これまで表板、裏板を有効に活用する試みもあるが、例えば高圧蒸気で平たい板を加圧加工し、曲線状としたものを表板、裏板として使用することで得られた楽器もあるが、初心者用または練習用として使われ、熟練者が使用する楽器としてはあまり評価されていない。加圧加工は木材に密度の高低、歪の発生等の不均一が出てもおかしくないし、音響に影響がある。特許文献2では表板、裏板は平面状で木材の無駄はないが、練習用の安価なもので熟練者向けではない。
【0004】
非特許文献1.に示されるように従来バイオリンの表板は最も薄い部分で厚さ2.5mmから厚い部分の中央部3.5mmに削り、f字孔をあけ、裏側に(
図4参照)巾5.5mmの直線状の力木18を取付ける。表板は駒からの振動を楽器全体に伝達し、裏板との共鳴により音を増幅する部分であるが、力木は表板の中央部を通り上下に設けられ、振動伝達と表板の強度の補助も兼ねている。力木は中心から少し低音側に位置し、高音側には魂柱を設置する。この仕組みは最適なものとされて来た。しかし大ホールでの演奏に耐える音量のより大きい楽器を求める要望もある。
音量の大きい楽器の要望を満たす試みとして、特許文献3に接触部分を改善するための形状の魂柱を設置することが提案されているが、表板と力木及び振動を裏板に伝える基本は非特許文献1と変らない。
【0005】
裏板についても厚い原木から表板と同様に削り出すため、半割にした一対の板を中央で接着し、縦の長さ、横巾を持つ厚み30mm程の板から必要な形状、厚みに裏板はを切出すが、中央は厚みを4.5mmと六分の一以下とするため木材の効率は低い。
【0006】
参考文献の特許文献1の特許2566703に、音量改善のため、G弦側スティフナーとE弦側スティフナーを弦に平行に、従ってほぼ木目に沿った縦方向に設ける提案が示されたが、弦に平行な二本のスティフナーを持つ表板は木目方向に一致しており、割れに弱い。また魂柱はE弦側スティフナーに接しているとしているが、必ずしも良い結果は得にくいように思われる。高音部の改善はあるが、低音部は満足とは言えない。木材の非効率には触れていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許2566703
【文献】特開2018-205675
【文献】特許3307674
【非特許文献】
【0008】
【文献】川上昭一郎著「ヴァイオリンを作る」紀伊国屋書店
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
バイオリン類は300年程前に製造方法が成立しその後大きな変化がない。大規模なホールでの演奏が行われる現在、より音量が求められる傾向にある。一方環境保護の観点から木材の乱伐は避けねばならなくなり、材料の供給は悪化しており、今後さらに状況は深刻化すると思われる。すなわちこれからは材料は貴重であり、少ない材料でより優れた楽器を製造することが必要である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
バイオリンの形状は複雑で立体的であり、一台用の原木から効率よく二個以上の表板、又は裏板を得るのは困難であるが、一旦原木をある巾に切断して断面は台形で縦長の長方形の数個の木材(以後台形柱と呼ぶ)とし、さらにそれぞれの台形柱から希望する数個の弓型の薄い複数の板材(以下孤状材と呼ぶ)を切出し、それらを接着して曲線状の立体を作れば可能となると思われる。厚みのある木からは同型のものを効率的に切出せるからである。ここで留意すべきは形さえ合えばどの木材でも良いのではなく原木に合わせた組合せが大切である。それにより木目、比重等で削出した場合とほぼ同等の品質が保たれる。
【0011】
具体的には原木を2つ割りすることなく、一度木目に沿った縦方向に、数個の、台形柱に切る。まず表板の例で、バイオリンの場合で、[
図1]に示すように、楽器中央くびれ部(約110mm前後)の五分の一から十分の一の巾、例えば縦20mm巾の6個の台形柱に切り、それぞれの台形柱(A3、B4、C5、D6、E7、F8)から必要な曲線状の同型孤状材を複数個切り出す。これら孤状材(a9、b10、c11、d12、e13、f14)を一つずつ組合せ、複数組とする。組ごとに接着することにより、曲線を含む立体形が複数組得られる。
【0012】
バイオリン類は立体的に左右対称であり、孤状材も左右の一対ずつ必要であり、対称のものを別々に同数を作るか、少し厚みの余裕を持ったものを作り、上下ひっくり返して使う。
【0013】
孤状材は、接着面は平滑にし、接着剤で接着し、荒削りの表板とし、これを加工して表板とするが、この時高接着力の接着剤、例えばビスフェノールA型が主剤の二液エポキシ樹脂接着剤を使用する。表板、裏板は後々接着剤を剥がし解体する必要はないので熱硬化型で良い。硬化時間が膠に近く便利につかえる。油絵具の白に、黄、褐色を僅か加えた原木と同色の絵具を僅か混合すれば接着部が目立ちにくい。
【0014】
裏板の楓材の原木についても表板の場合と同様に処理して裏板ができる。
【0015】
課題を解決するには原木の有効使用率を上げるだけでなく、楽器としての性能が充分でなければならない。次のように表板の裏側部の改善により性能向上を図るものである。
▲1▼低音側に巾3mmから5mm、好ましくは4mm前後の低音バスバー(以後単にバスバーとする)と高音側に高音ソプラノバー(以後単にソプラノバーとする)を取付けることとし、上下で外側に湾曲させる。また▲2▼バスバーとソプラノバー及び表板を接続する結合バー(以後結合バーとする)を取付ける。これら3つのバー(以後トリオバーと呼ぶ)は相互に固定し、かつ表板に固定して互いに支えあう。湾曲しており、表板の木目と交差部分もあるので割れ難い表板となり、それぞれのバーも倒れにくい。非特許文献1の力木の巾は5.5mmであるが、トリオバーの場合は巾はより狭くて良い。表板も含めて一体化することで十分な強度が得られる。表板の強度を増すことが出来るため、表板の厚みをやや薄くできる。中央部の板厚を非特許文献1に示された厚みより薄く、3.3mm以下にして良い。例えばより薄く3mm程度とすることもできる。
【0016】
表板中央部の発音に関係する解析を「表1」に示す。トリオバーは強度はあるが、2つのf字孔間の板が薄く、体積は小さいので、非特許文献1の力木との比較において本発明は発音の良さに適していると考えられる。
【0017】
【表1】
本発明の体積計算は実施例1に基づく;巾x長さx厚み、力木/トリオバーは長さx巾x平均高さ。強度は表板を裏側に間隔75mmの2つの支えの間に置き、表側より荷重をかけて割れの有無を見た。特許文献1によるバイオリンはより低い荷重で割れを見た。
【0018】
本発明のバスバーの長さは非特許文献1の力木よりやや短く190mmから230mm、ソプラノバーの長さは170mmから210mmが良く、取付位置はバスバーとソプラノバーの中央はほぼ駒の巾の間隔で、上下方向に伸びかつ湾曲し、上下ともバイオリンの中心線とf字孔上下端との中程を通るのが良く、結合バーはバスバーとソプラノバーと表板とに接着し、駒の位置から上下15mmの範囲に設置するのが良い。駒直下より僅か離れて良い音響が得られることも多い。また高さは3mm以上あれば充分機能する。トリオバーは通常木目の縦の密なスプルースを使用して良いが、特にソプラノバーはより硬い木材、例えば楓材でも良い。高音の音質を変化させることができる。
【0019】
魂柱の設置部分のソプラノバーは巾5mmから8mmに広げるが中心側に広げるのが良い。魂柱の裏板にあたる位置が中心線から離れ過ぎないようにする。当初から一部巾が広い材料を使う方法でも、表板にソプラノバーを設置して最後に部分的に平たい木を接着しても良い。ソプラノバーの表面を平滑にして魂柱が倒れないようにする。これで魂柱を立てる作業は易しくなる。
【0020】
トリオバーは非特許文献1のように木材の有効利用でないバイオリン類であっても効果的に機能する。非特許文献1に従って作られたものに取付けることもできる。
【0021】
表板、裏板の工程以外は非特許文献1に準じて実施すればよい。
【0022】
魂柱は駒からの振動を裏板に伝える大事なものである。トリオバーの近くに表板と裏板の間に設置する方法、トリオバーの上に厚さ2mm、巾5mmの板を接着し裏板との間に設置する方法、ソプラノバーを少し削り平坦にして直接裏板との間に設置する方法を比較し、ソプラノバーに直接、裏板と間が最良であった。ソプラノバーを魂柱設置部分で部分的にやや深く削り、魂柱を立てても良い。バイオリンの場合E線の音量が良くなる。
【0023】
完成したバイオリンにつき、付属品(フィッティング)、弦を取り付け、十分な安定化時間の後、試奏したところ、優れた音量、音質が得られた。またG線の強い振動の他、高音の音量、発音し易さにも優れていることが分かった。
【表2】
【発明の効果】
【0024】
木材の有効利用により、貴重な大型の樹木の伐採が低下する。環境悪化を防ぎつつ、巾広く優れた音響の楽器が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【符号の説明】
【0026】
1 原木 2 切断箇所
3 台形柱A 4 台形柱B 5 台形柱C 6 台形柱D
7 台形柱E 8 台形柱F 9 孤状材a 10 孤状材b
11 孤状材c 12 孤状材d 13 孤状材e 14 孤状材f
15 孤状材の組合せ 16 孤状材eの位置 17 孤状材fの位置
18 力木 19 魂柱設置の位置 20 バスバー
21 ソプラノバー 22 魂柱設置部 23 結合バー
【実施例】
【実施例1】
【0027】
表板の加工―左側孤状材:イタリア産スプルース,Ciresa社spruce,violin,top,1st/quality、縦380mm、横120mm、厚さ55mm/30mmの原木1の切断箇所を縦方向に巾20mmに切断し、5本の台形柱A3、
同B4、同C5、同D6、同E7と巾20mm弱の台形柱F8を得る。台形柱A、B、C、Dは
図2に示すカット線に沿って孤状材をそれぞれ6個ずつ切出し、24個の孤状材a9を6個,孤状材b10を6個,孤状材c11を6個,孤状材d12を6個を得た。この際台形柱Aは片面にAのカット線を描き、逆面にBのカット線を描き、これらの2つの線に沿って切断することで正しい形の孤状材を得る。同様に台形柱Bにはカット線BとCを、台形柱Cにはカット線CとDを描く。一部は斜めの切断があるので、糸鋸を使用した。
右側孤状材:ほぼ同じスプルース材を上下逆に置き全く同様に処理して左と対称の右孤状材24個を得た。
左側と右側の対の孤状材を組合せ二液型エポキシ樹脂接着剤で上下を型で保持しつつ正しく接着した。接着剤は世界堂白色と褐色の油絵具で軽く着色したものとした。
左右のEFはABCDと同様に処理し、それぞれ孤状材を得たが長さの一部分を使用すれば足りる。いずれも同じ接着剤で接着した。得られた粗表板は軽く成型削りの後、仕上げ削りをして使用する。仕上げ削りでは、中央部の厚み
3.3mm、最薄の板厚2.3mmとした。
表板へトリオバーを取付けるには4mm厚さのスプルースを蒸気で曲げ使用したがソプラノバーは2mmの板を中央20mm長さで曲げソプラノバーに合わせて接着した。バスバーは長さ205mm、ソプラノバー180mm、表板への接着は膠を使用した。バスバーの高さは11mm、ソプラノバーの高さは8mm、結合バーは5mmでソプラノバーの魂柱接触部は高さ5mmとし、先端はバスバー、ソプラノバーとも3mmとした。最後にf字孔をあけて表板として使用した。
裏板の製作手順はトリオバー以外はほぼ表板と同じである。Tonewood社スロバキア産楓材Maple,violin,back,best/qualityを用いて裏板を作成した。楓板の杢目を合わせるため接着位置を合わせ、かつ接着剤を木材色に合わせる。着色は世界堂Extra-Fine-Artists油絵具、ジンクホワイト/カドミュームイエロー/セピアを混ぜ、ごく少量使用した。
非特許文献1に従い、内型法で上記裏板、表板を使用してバイオリンを製作し、ニス塗りし、魂柱を立て、フィッティング類Guardelli/violin-setを装備して完成させた。
かかる方法で製造したバイオリンは駒、フランス、オーベール社/デラックスと、弦はビラストロ社オブリガートを使用して演奏可能なバイオリンとした。ニスを含め楽器が安定してきた3か月後に試奏して発音、音量、弾きやすさ等楽器として満足できるものであった(表2参照)。