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特許7497805ヨウ素含有量を低減した乾燥昆布及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-03
(45)【発行日】2024-06-11
(54)【発明の名称】ヨウ素含有量を低減した乾燥昆布及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 17/60 20160101AFI20240604BHJP
【FI】
A23L17/60 102
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020556118
(86)(22)【出願日】2019-11-12
(86)【国際出願番号】 JP2019044364
(87)【国際公開番号】W WO2020100903
(87)【国際公開日】2020-05-22
【審査請求日】2022-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2018212885
(32)【優先日】2018-11-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000173511
【氏名又は名称】公益財団法人函館地域産業振興財団
(73)【特許権者】
【識別番号】518403654
【氏名又は名称】株式会社丸善納谷商店
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100173901
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 一輝
(74)【代理人】
【氏名又は名称】小越 勇
(72)【発明者】
【氏名】木下 康宣
(72)【発明者】
【氏名】納谷 太郎
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第105614761(CN,A)
【文献】特開2002-315541(JP,A)
【文献】特開2017-225446(JP,A)
【文献】特開2016-174554(JP,A)
【文献】生昆布を用いる佃煮の加工特性に関する研究,FUJICCO NEWS [online],2010年08月26日,検索日2020.1.28,,<URL:http://www.fujicco.co.jp/cms_news/news/upload/pr_20100826.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L17/
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生昆布を-20℃に達するまで凍結処理して昆布に空隙を形成する工程と、特定媒体に接触させて昆布中のヨウ素を低減させる工程と、乾燥する工程と、を含み、前記特定媒体として、水、海水、塩分を含む水、又はこれらの蒸気を用い、前記特定媒体との接触時間が1分間以上であり、水戻した昆布断面において直径150μm以上の空隙が一つ又は複数存在し、ヨウ素含有量が乾燥重量当たり1,000mg/kg以下である、乾燥昆布の製造方法。
【請求項2】
特定媒体との接触時間が10分間以上である、請求項1記載の乾燥昆布の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨウ素含有量を低減した乾燥昆布及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昆布は、我が国において最も古くより産業利用されてきた食材の一つであり、かつ我が国の食文化を形成してきた中心的な素材である。収穫後は、冷蔵冷凍保管ができない中で、高い保存性を付与するために乾燥させて保管流通に供されてきた。この生産流通構造は現在も踏襲されており、今日においてもその流通のほとんどは乾燥品がスタートとなっている。
【0003】
一方で、近年は冷凍インフラが整備・充実され、多くの食品素材が冷蔵や冷凍状態で流通保管されている。この際、食品素材に及ぼす凍結の影響として、主に含有される水の体積膨張が細胞に傷を与え、部分的な組織崩壊が起こることが知られている。このため、魚肉や畜肉では、凍結解凍によって多量の離水が起こり、食感低下などの品質劣化が誘発されることが、しばしば問題となっている。
【0004】
これを抑制あるいは低減するものとして、食用油脂などを活用する方法(特許文献1)、冷凍技術を活用した方法(特許文献2)、解凍技術を活用した方法(特許文献3)など、多くの品質改善技術の開発が盛んに行われてきた。また、海藻については逆に、乾燥に伴う食感の硬化を凍結などによる物性変化により改善しようとする試みが行われ、昆布(特許文献4)やその佃煮加工品(特許文献5)あるいは、ひじき(特許文献6、7)について、先行技術が開示されている。
【0005】
また、昆布が本来含有しているビタミンやミネラルといった有用成分の損失を防止する目的で、生の昆布を凍結して利用する技術(特許文献8、9)が開示されている。しかしながら、こうした先行文献には、昆布に含まれる成分、特にその摂取量の考慮が必要とされ、輸出障壁ともなっているヨウ素の挙動については特に言及がない。
【0006】
昆布には、旨味としてのグルタミン酸や食物繊維であるアルギン酸などの様々な有用成分が豊富に含まれることが広く知られているが、そうした成分の一つにヨウ素がある。ヨウ素は、甲状腺ホルモンの構成物質として知られ、摂取量が足りなくても多過ぎても甲状腺機能低下症や甲状腺腫などの健康被害を及ぼす可能性のあることが知られている(非特許文献1)。
【0007】
こうした中、世界の6割の国でその摂取不足が懸念されているが、これらの国の中には、その摂取不足による健康被害を予防する目的で、調味料の基本である塩にヨウ素を添加しなければ食塩として販売できないという法規制をしいている国も多い(非特許文献2)。このような国々では、国民のヨウ素摂取量が既に一定の値となっていることから、輸入される海藻に含まれるヨウ素含有量に規制を設けている国もある。
【0008】
具体例を挙げると、フランスでは最大2,000mg/kg(乾燥重量当たり)、オーストラリアでは最大1,000mg/kg(乾燥重量当たり)という規制値が設定されている(非特許文献3)。これに対して、日本国内で生産される昆布には、真昆布の素干しで240,000μg/可食部100g(乾燥重量当たり)、利尻昆布の刻み昆布で230,000μg/可食部100g(乾燥重量当たり)、長昆布の素干しで210,000μg/可食部100g(乾燥重量当たり)と、乾燥品中におよそ2,000mg/kg(乾燥重量当たり)、を上回るヨウ素が含まれていることが報告されている(非特許文献4)。
【0009】
このため、日本産の昆布は、ヨウ素含有量の低減を図らなければ、こうした国々へ輸出できない事態を迎えている(非特許文献5)。こうしたことから、現在、昆布からのヨウ素含有量を低減する技術の開発が求められており、既にいくつかの先行技術も存在している。例えば、特許文献10、11には、乾燥昆布を出発原料とし、それを一旦水溶液に浸漬して固形分を抽出した後に、イオン交換樹脂などを用いてヨウ素を除去する方法が開示されている(特許文献10、11)。
【0010】
しかしながら、これらに開示される方法は、いずれもすでに乾燥したものを敢えて湿潤させた後、再び、乾燥に供するというものであることから、処理が煩雑であるばかりか、製造コストも高くなるため、産業利用性に乏しい。したがって、現在もなお実効性の高い技術開発が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2017-51156号公報
【文献】特表2017-509315号公報
【文献】特開2007-275003号公報
【文献】特開2002-315541号公報
【文献】特開2011-229502号公報
【文献】特開2006-34125号公報
【文献】特開平11-318395号公報
【文献】特開昭61-063266号公報
【文献】特開昭61-063265号公報
【文献】特開2016-174554号公報
【文献】特開2015-136348号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】菊池有利子他2名、「日本で市販されている食品中のヨウ素含有量」、日本衛生学会誌、63, 724-734, 2008
【文献】「日本が諸外国に優れる健康に不可欠なヨウ素摂取状況」、特定非営利活動法人医療教育研究所(https://www.ime.or.jp/zakki/zakki048.html)
【文献】「農林水産物・食品輸出環境課題について」、農林水産省、2016(http://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_info/attach/pdf/kankyo_kadai-6.pdf)
【文献】日本食品標準成分表、文部科学省、2010
【文献】「オーストラリアにおける日本食材の販売事例調査」、日本貿易振興機構(ジェトロ)シドニー事務所、2017(https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2017/9ddebf5de1d1b828/japanesefood_aus201703.pdf)
【文献】「春採りコンブ 利用進む、ボイル塩蔵品 ヨウ素含有量も安心」、函館新聞、平成26年2月28日
【文献】木下康宣他2名、「凍結マコンブの組織科学的特性」、日本食品科学工学会第57回大会講演集
【文献】木下康宣、「生鮮コンブの食品科学的特性」、日本冷凍空調学会会誌「冷凍」、Vol.88(1025)、pp67-74、2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述の通り、日本産の昆布を海外に輸出等するためには、ヨウ素含有量を低減させる必要があるが、従来知られている、昆布からヨウ素を低減する方法は、いずれも処理が煩雑であって、製造コストが高くなるため、産業利用性に乏しいという問題があった。本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであって、ヨウ素含有量を低減させた乾燥昆布及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述した状況の下、本発明者らは、昆布の素材特性及び利用適性に関する研究を鋭意行った結果、生の昆布を凍結することによって、葉体内部の組織変化を誘起させ、その後、水などの特定溶媒へ接触することにより、ヨウ素含有量が低減した乾燥昆布が得られることを見出し、以下の本発明をするに至った。
【0015】
1)水戻した昆布断面において直径150μm以上の空隙が一つ又は複数存在することを特徴とする乾燥昆布。
2)水戻した昆布断面において直径200μm以上の空隙が一つ又は複数存在することを特徴とする乾燥昆布。
3)水戻した昆布断面において直径300μm以上の空隙が一つ又は複数存在することを特徴とする乾燥昆布。
4)ヨウ素含有量が乾燥重量当たり2,000mg/kg以下であることを特徴とする上記1)~3)のいずれか一に記載の乾燥昆布。
5)生昆布を凍結する工程と、特定媒体に接触させる工程と、乾燥させる工程と、を含む乾燥昆布の製造方法。
6)前記特定媒体として、水、海水、塩分を含む水、又はこれらの蒸気を用いることを特徴とする上記5)に記載の乾燥昆布の製造方法。
7)前記特定媒体との接触時間が1分間以上であることを特徴とする上記5)又は6)に記載の乾燥昆布の製造方法。
8)乾燥を開始してから6時間以内に乾燥歩留りが30%を下回ることを特徴とする上記5)~7)のいずれか一に記載の乾燥昆布の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、昆布に含まれるヨウ素含有量を容易に低減することができ、目的に応じて昆布中のヨウ素含有量を調整することができる。また、本発明によれば複雑な処理方法を用いずにヨウ素含有量を低減することができ、産業利用性にも適している。さらに、本発明によれば、収穫当日に行わなければならない、煩雑で重労働の生昆布の乾燥工程を排除等することができるという副次的な効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】昆布の収穫時期によるヨウ素含有量を示す図である。
図2】生昆布中のヨウ素含有量と凍結解凍処理等した昆布中のヨウ素含有量とを比較した図である。
図3】生昆布(乾燥品)中のヨウ素含有量と凍結解凍処理等した昆布(乾燥品)中のヨウ素含有量とを比較した図である。
図4】生昆布(乾燥品)の組織構造と凍結解凍処理等した昆布(乾燥品)の組織構造を比較した顕微鏡写真である。
図5】凍結解凍の回数とヨウ素含有量の変化を示す図である。
図6】解凍後に浸漬した昆布(乾燥品)中のヨウ素含有量と、解凍せずに浸漬した昆布(乾燥品)中のヨウ素含有量とを比較した図である。
図7】特定媒体の種類とヨウ素含有量の関係を示す図である。
図8】浸漬時間とヨウ素含有量の関係を示す図である。
図9】特定媒体の浸漬量とヨウ素含有量の関係を示す図である。
図10】特定媒体への浸漬回数とヨウ素含有量の関係を示す図である。
図11】特定媒体への浸漬時間が官能的な味に及ぼす影響を示す図である。
図12】原料の違いが乾燥速度に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本開示において、「乾燥重量当たり」とは、乾燥処理によって除かれなかった水分が含まれたままの乾燥製品中のヨウ素含有量を指しており、「絶乾重量当たり」とは、葉体中の水分含有量を105℃常圧加熱乾燥法によって求め、これを用いて水分含有量が0%に換算したときのヨウ素含有量の値を表している。
【0019】
以下に、本発明について、例を挙げて説明する。
昆布(コンブ)の葉体に含まれるヨウ素含有量は、本発明者の先行研究により、夏に収穫されるものよりも春に収穫されるものの方が少ないことが分かっていたが、経時的な詳細はわかっていなかった(非特許文献6)。そこで初めに、平成29年2月から、7月にかけて函館地域で収穫された促成マコンブに含まれるヨウ素含有量を調査した。
【0020】
ヨウ素含量は、ガスクロマトグラフ法により定量した。具体的には、細切した分析試料に水酸化カリウム溶液、硝酸カリウム溶液、エタノールを加えて灰化した後、水を加えて加温、ろ過、定量し、これに硫酸、メチルエチルケトン、亜硝酸ナトリウム溶液を加えて放置後にヘキサンを加えて振とうしたものからヘキサン層を回収し、ガスクロマトグラフを用いて定量した。
【0021】
その結果、絶乾重量当たりに換算した昆布中のヨウ素含有量は、2月のもので1,980mg/kg、4月のもので2,470mg/kg、5月のもので2,880mg/kg、7月のもので4,890 mg/kgとなり、収穫月に応じて直線的に増加することが明らかとなった。図1に収穫月とヨウ素含有量との関係をまとめたものを示す。図1の通り、この期間では、各国で設けられている基準を安定して下回るものは得られなかった。なお、この期間よりも前のものはヨウ素含有量が一層低いと予想されるが、昆布の最大の特徴である旨味が極めて乏しく、また葉体が極めて薄いため、乾燥したものは容易に砕けやすく、乾燥昆布としての品質を十分に満たすものではない。
【0022】
本発明者は、これまでの研究から、収穫された生の昆布をボイル塩蔵した後、可食状態とするために塩抜きした試料では、元の原藻に比べてヨウ素含有量が著しく低下することを明らかにしている(非特許文献6)。また、通常国内で流通している生から素干し乾燥された昆布では、走査型電子顕微鏡による観察上、多層状に密な構造を有しているが、水戻し後も細胞が萎縮した様相を呈したままであるのに対して、生を凍結したものでは、髄層で部分的な組織崩壊が認められるとの知見を得ている(非特許文献7、8)。
【0023】
これらの結果は、乾燥処理では、多糖類の変性や細胞間の強固な癒着を誘起して水戻り性を低下させやすく、凍結処理では、葉体中の多糖類が有している特性を保持しやすい一方で、物性の低下や成分流出が起こりやすい特徴を有していることを予想させる。そこで、生から凍結したコンブの特性を探るための研究を鋭意進めることとした。
【0024】
ここで、ヨウ素含有量に及ぼす凍結の効果を検討する目的で、これまでに知見のある生からボイルしたものと、凍結解凍したものを水に浸漬したものとの比較試験を行った。
試験では、平成30年に函館地域で収穫された促成マコンブを実験材料として用い、生のままのもの(生)、生のものを80℃以上の水でボイルした後、水で冷却したもの(生→ボイル)、生のものを-20℃で一晩以上凍結保管した後、5℃で一昼夜解凍し、その後、10℃の水に10分間浸漬したもの(生→凍結解凍→浸漬)を調製し、それを細切して分析試料とし、これに水酸化テトラメチルアンモニウム溶液を加えて定容したものを加温・放冷・希釈して一定量分取し、これらに含まれるヨウ素含有量を、ICP質量分析計を用いて定量した。
【0025】
図2にその結果を示す。結果は、生の原藻に含まれるヨウ素含有量を100%としたときの割合で示した。図2に示す通り、生の昆布に比べて、生の昆布をボイルしたものでは31%まで低減したのに対し、生の昆布を凍結解凍した後、水に浸漬したものでは10%未満にまで著しく低減していることが確認された。この数値は、非特許文献4に記載のある「まこんぶの素干し」と同等のマコンブを利用した場合、前記「(生)→(凍結解凍)→(浸漬)」処理によって、240mg/kg(乾燥重量当たり)にまで、ヨウ素含有量を低減できることを示唆している。
このことから、昆布からヨウ素含有量を低減するためには、生の昆布を凍結させた後に特定媒体で処理することが極めて有効であることが明らかとなった。
【0026】
次に、昆布の原料性状及び処理方法が、葉体中のヨウ素含有量に及ぼす影響を詳細に検討した。
試験では、平成30年に函館地域で収穫された促成マコンブを実験材料とし、これを生のまま70℃で9時間乾燥したもの(生→乾燥)、生のものを10℃の水に10分浸漬した後、乾燥したもの(生→浸漬→乾燥)、生のものを-20℃で一晩以上凍結保管した後、5℃で一昼夜解凍してから乾燥したもの(凍結解凍→乾燥)、生のものを-20℃で一晩以上凍結保管した後、5℃で一昼夜解凍してから10℃の水に10分間浸漬し、その後乾燥したもの(凍結解凍→浸漬→乾燥)を調製し、それらのヨウ素含有量を前述したICP質量分析法により分析した。なお、乾燥処理は、すべて通風乾燥機を用いて行い、処理条件は70℃で9時間とした。
【0027】
その結果を図3に示す。図3に示す通り、原藻を凍結解凍すること及び、それを特定溶媒に浸漬することの組み合わせによって、極めて顕著にヨウ素含有量を低減できることが明確となった。この理由については、凍結解凍による組織構造の変化が含有成分の漏出に大きく影響しているものと推察された。このことから、昆布からヨウ素含有量を低減するためには、生昆布を凍結、解凍させる工程と、特定媒体に接触させる工程と、乾燥させる工程と、を含む方法で処理することが極めて有効であることが分かる。
【0028】
次に、組織内部の変化を調べるために、生の促成マコンブを10℃の水に10分間浸漬してから、70℃で9時間、通風乾燥機で乾燥したもの(生→浸漬→乾燥)、生のものを-20℃で一晩以上凍結保管した後、5℃で一昼夜解凍してから、10℃の水に10分浸漬して同様の乾燥を行ったもの(凍結解凍→浸漬→乾燥)を調製し、これを室温で蒸留水に1時間浸漬することによって水戻ししたものを観察試料とし、これから中帯部を厚さ約1mmで切り出し、その断面を走査型電子顕微鏡で観察した。観察はJEOL-JSM5510LVを用いて行い、観察条件は真空度:20Pa、加速電圧:15kV、倍率:50倍とした。
【0029】
その結果を図4に示す。図4に示す通り、「(生→浸漬→乾燥)」では、2.6mm×1.8mmの観察視野内で認められた最も大きな空隙の長径が146μmであったのに対して、「(凍結解凍→浸漬→乾燥)」では、長径150μm以上の空隙が一つ又は複数存在することが分かった。また、長径200μm以上の空隙が一つ又は複数存在する、さらには直径300μm以上の空隙が一つ又は複数存在することが分かった。このことから、図3で認められた「(凍結解凍→浸漬→乾燥)」処理による顕著なヨウ素含有量の低下は、生昆布を凍結させることで空隙形成を促した後に特定媒体に接触させたことによるためであると考えられる。なお、こうした結果は、異なる視野で3回観察を繰り返しても同じだった。
【0030】
次に、原藻の凍結解凍及び特定媒体での処理条件の詳細を検討した。
まず、凍結解凍の条件として、原藻の凍結解凍回数が葉体のヨウ素含有量に及ぼす影響を検討した。
試験は、平成30年に函館地域で収穫された促成マコンブを実験材料として用い、これを-20℃で一晩凍結し、次に5℃で一昼夜解凍することを0から3回繰り返した後、10℃に調整した水に10分浸漬してから70℃で9時間乾燥させたものを分析試料とし、ヨウ素含有量の分析はICP質量分析法により行った。その結果を図5に示す。図5に示す通り、原料とする昆布は、凍結解凍を1回以上経ていれば十分な効果が得られることがわかった。
【0031】
次に、解凍条件を検討した。
試験では、前述のものと同様の促成マコンブを実験材料として使用し、生の昆布を乾燥したもの(生→乾燥)、生の昆布を-20℃で凍結保管したものを5℃で一昼夜解凍して10℃の水に10分間浸漬して乾燥したもの(解凍有→浸漬→乾燥)、生の昆布を-20℃で凍結保管したものを解凍せずに10℃の水に10分間浸漬して乾燥したもの(解凍無→浸漬→乾燥)を調製し、ヨウ素含有量を分析した。なお、乾燥は全て通風乾燥機を用いて行い、条件は70℃で9時間とした。これらのヨウ素含有量は、前述のICP質量分析法により分析した。
その結果を図6に示す。図6に示す通り、本発明における解凍工程では、凍結したものを凍結温度以上の温度帯に保持して解凍した後に特定媒体に接触させても、解凍を行わずに接触させても、その後の乾燥昆布中のヨウ素含有量は変わらないことが確認された。
【0032】
続いて、特定媒体での処理条件の詳細を知るために、用いる媒体種を検討した。
実験材料には、前項と同じ生の促成マコンブを前述の条件で凍結、解凍させた後、10℃に調整した、水、天然海水、塩濃度3.5%に調整した人工海水、塩濃度6%に調整した人工海水、塩濃度10%に調整した人工海水それぞれに10分間浸漬してから、70℃で9時間乾燥させたものを分析試料として、ICP質量分析法でヨウ素含有量の分析を行った。なお、人工海水は、富田製薬株式会社の「マリンアート ハイ」を水に溶解して使用した。
【0033】
図7にその結果を示す。図7では、水で処理したものに含まれるヨウ素含有量を100%とした時の割合で示したが、この結果から、用いる媒体は水以外にも、天然海水や人工海水のような塩を含むものでも良好なこと、さらにその場合は、濃度の影響を大きく受けないことが明らかとなった。なお、用いる媒体については、図3より水で十分なヨウ素含有量の低減効果が得られていることから、塩を含む媒体である必要はない。こうした結果は、単純に昆布と溶媒との接触があれば良いということを意味していると考えられることから、溶媒との接触方法は、浸漬以外にも、媒体をシャワーのようにして接触させたり、蒸気にして接触させたりしても良い。また、上記の結果から、前記特定媒体としては、水、海水、人工海水のような塩分を含む水、又はこれらの蒸気を用いることが望ましい。
【0034】
次に、特定媒体を水とした際の処理時間を検討した。昆布からのヨウ素の低減効果は、原料となる昆布の品質、性状によっても異なるが、ここでは複数回試験を行った中で最も効果が低かった結果で説明する。実験材料には前項と同じ生の促成マコンブを用い、これを前述の条件で凍結解凍させた後、10℃に調整した水に0分間(原藻)、1分間、10分間、15分間、30分間浸漬したものを分析試料として、ガスクロマトグラフ法によりヨウ素含有量の分析を行った。
【0035】
その結果を図8に示す。図8の通り、原藻に含まれるヨウ素含有量を100%とすると、凍結解凍したコンブを水に浸漬することによって、コンブに含まれるヨウ素含有量は、1分の浸漬で57.2%へ、10分の浸漬で37.9%まで減少することが確認された。
以上の結果から、特定媒体との接触時間は1分間以上であることが望ましい。
【0036】
次に、この結果を用いて、図1で得られた値から、各処理を行ったものの乾燥品中のヨウ素含有量を試算すると、7月の収穫物の場合、ヨウ素含有量は、浸漬なしの4,980 mg/kg(乾燥重量当たり)から、水への浸漬1分間で2,797mg/kg(乾燥重量当たり)、水への浸漬10分間で1,853mg/kg(乾燥重量当たり)まで、低減できることが分かる。また、5月の収穫物の場合、浸漬なしの2,880 mg/kg(乾燥重量当たり)から、水への浸漬1分で1,647 mg/kg(乾燥重量当たり)、水への浸漬10分で1,092 mg/kg(乾燥重量当たり)まで低減できる。さらに、4月の収穫物の場合、浸漬なしの2,470mg/kg(乾燥重量当たり)から、水への浸漬1分で1,413mg/kg(乾燥重量当たり)、水への浸漬10分で936mg/kg(乾燥重量当たり)まで、低減できる。
このように、昆布の収穫月や処理条件にもよるが、本発明によって、昆布(乾燥品)中のヨウ素含有量を乾燥重量当たり2,000mg/kg以下、さらには、1,000mg/kg以下とできることが明らかである。
【0037】
次に、特定媒体の量についても検討を行った。実験材料には前項と同じ生の促成マコンブを用い、これを前述の条件で凍結解凍させた後、実験材料の重量の0から10倍にあたる10℃の水に10分間浸漬したものを分析試料として、ガスクロマトグラフ法によりヨウ素含有量の分析を行った。その結果を図9に示す。図9から、特定媒体は昆布と等量以上あれば十分であることが分かった。
【0038】
さらに加えて、その際に必要な浸漬回数を検討した。実験材料には前項と同じ生の促成マコンブを用い、これを前述の条件で凍結解凍させた後、実験材料と等倍の10℃の水に、都度、水を新しいものに変えながら0回(原藻)、1回、5回の浸漬処理を行い、これを分析試料としてガスクロマトグラフ法によりヨウ素含有量の分析を行った。その結果を図10に示す。図10に示す通り、浸漬回数は1回で十分効果が得られることが分かった。
【0039】
こうした処理を施すことによって、肝心の旨味も漏出している可能性がある。そこで、前項と同じ生の促成マコンブを用い、これを前述の条件で凍結解凍させた後、10℃に調整した等倍量の水に0から120分間浸漬した後に70℃で9時間乾燥したものについて、担当者2名での官能評価を行った。
評価は、当該乾燥昆布をそのまま咀嚼したときに感じる「旨味を中心とした総合的な味」が、十分に満足できる強いものである場合を◎、概ね満足できる程度である場合を〇、やや弱く感じられ不満な場合を△、明らかに味が弱く強い不満を抱く場合を×とした。その結果を図11に示す。図11から、「旨味を中心とした総合的な味」は、浸漬時間30分までは良好なものであことが確認された。
【0040】
上述の試験では、客観的に数値を比較するために、全ての試験で10℃に調整した媒体を使用しているが、物質の拡散移動は温度が高いほど顕著であると予想されることから、当該処理に用いる媒体の温度は大きな影響を与えるものではなく、液体や気体状となっているものであれば良い。また、塩分を含む海水などの水溶液では、0℃以下でも凍らないことが知られているため、溶液状態を維持していれば0℃以下でも構わない。
【0041】
また、実験では、昆布として促成マコンブを使用しているが、対象とする昆布はこれに限定されるものではなく、天然昆布であっても良いし、またヒダカコンブ、ラウスコンブ、リシリコンブ、ナガコンブなどの他種の昆布であっても良い。また、実験上の乾燥は、70℃の通風乾燥機を用いて行っているが、通風乾燥機での乾燥に限らず、天日干しによっても良いし、遠赤外線乾燥機、減圧乾燥機、凍結真空乾燥機等の乾燥機を使用しても構わない。
【0042】
乾燥昆布の製造では、商品性を高めるために、乾燥後に伸したり縁辺部を切り落としたりして外観を整える整形作業を行うが、この際に乾燥が進み過ぎていると割れが生じやすくなるため、乾燥工程では通常、乾燥歩留りが15~30%となる程度で止めるのが一般的である。そこで、次に、乾燥歩留りが30%を下回るまでに要する時間に重きを置いて、原料の違いが乾燥速度に及ぼす影響を検討した。なお、乾燥工程では最終的に、保存性を高める目的で、乾燥歩留りが10~15%程度になるまで本乾燥と呼ばれる処理を行うのが通例となっている。
【0043】
乾燥速度が遅い例と考えられる、室温に放置して乾燥させた時の結果を図12に示す。実験材料には、前項と同じ生の促成マコンブを使用し、生の促成マコンブ3枚を室温に放置して乾燥させたもの(素干し品)、生の促成マコンブ3枚を一旦、-20℃で凍結保管した後に解凍し、同様に室温に放置して乾燥させたもの(寒干し品)、を調製し、実験材料毎に乾燥時間(hr)の経過に伴う重量変化を計測して、生の時の重量に対する比を百分率で求め、これを乾燥歩留り(%)として表した。
その結果、寒干し品はいずれの実験材料も、素干し品に比べて乾燥初期の歩留りが著しく低いことが示された。また、乾燥歩留りが30%を下回るまでに要した時間を比較してみると、素干し品が24時間であったのに対して、寒干し品は、その1/4にあたる6時間程度であったことから、寒干し品は素干し品に比べて極めて速く乾燥歩留りが低下する(乾燥が進む)ことが確認された。これは、図4に示した組織内部の構造変化に伴って起こる離水や保水性の低下が主な原因と考えられる。
【0044】
また、図に示していないが、乾燥速度が速い例と考えられる、50~80℃での機械乾燥の場合も、素干し品では、乾燥歩留りが30%を下回るまでに12~16時間を要したが、寒干し品では、その1/4にあたる3~4時間で乾燥歩留りが30%を下回ることを確認している。
【産業上の利用可能性】
【0045】
上述の通り、本発明は、生から乾燥品を仕上げるという昆布の生産流通で長年常識とされてきた産業形態の中にあって容易に想像できるものではなく、かつ極めて革新的な方法を提示するものである。そして、従来から、生の昆布を湯通し塩蔵することによりヨウ素が低減されることは知られていたが、生の昆布を凍結することによって起こる組織変化を逆手にとって、より容易に、より効率よく対象成分を低減させる技術は斬新なものである。
【0046】
本発明は、昆布漁業者の高齢化が急速に進む中で、収穫当日に行わなければならない煩雑で重労働となる乾燥工程を排除したり、又は、乾燥処理を後日のものとしたり、若しくは、乾燥処理を民間企業に委ねることによる六次産業化を促進することにも貢献できる。
上述の通り、本発明は、生昆布の利用を通した、新たな昆布産業への新生に係るものとも言え、極めて産業上の利用可能性が高い。
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