(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-03
(45)【発行日】2024-06-11
(54)【発明の名称】脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤及びその使用
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0797 20100101AFI20240604BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20240604BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20240604BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240604BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240604BHJP
C12N 9/99 20060101ALN20240604BHJP
【FI】
C12N5/0797
A61K35/30
A61K35/545
A61P25/00
A61P43/00 105
C12N9/99
(21)【出願番号】P 2019215161
(22)【出願日】2019-11-28
【審査請求日】2022-09-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 OKUBO, T. et al., Stem Cell Reports, 2018年11月29日, Vol. 11. pp. 1416-1432 に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、事業名「再生医療実現拠点ネットワーク」、課題名「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療」、委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
(72)【発明者】
【氏名】中村 雅也
(72)【発明者】
【氏名】加瀬 義高
(72)【発明者】
【氏名】大久保 寿樹
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】PIANO, JINGHUA,HUMAN NEURAL PRECURSOR CELLS IN SPINAL CORD REPAIR,PhD Dissertation, Department of Neurobiology, Care Sciences and Society Karolinska Institutet, Stockholm, Sweden,2007年,ISBN 978-91-7357-288-0
【文献】NIAPOUR, A. et al.,Biotechnol Lett,2019年05月,Vol. 41,pp. 873-887
【文献】OKUBO, T. et al.,Stem Cell Reports,2016年,Vol. 7,pp. 649-663
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
DAPT(CAS番号:208255-80-5)又はComound34(CAS番号:564462-36-8)を有効成分とする、
多能性幹細胞由来ニューロスフェアから慢性期脊髄損傷治療用ニューロスフェア
を誘導するための誘導剤。
【請求項2】
多能性幹細胞由来ニューロスフェアを請求項1に記載の誘導剤の存在下で培養する工程を含む、脊髄損傷治療用ニューロスフェアの製造方法。
【請求項3】
前記培養する工程を20~24時間行う、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の製造方法により製造された、慢性期脊髄損傷治療用ニューロスフェア製剤。
【請求項5】
DAPT又はComound34と接触していないニューロスフェアと比較してp38 MAPKのリン酸化が増強している、請求項4に記載の慢性期脊髄損傷治療用ニューロスフェア製剤。
【請求項6】
多能性幹細胞由来ニューロスフェアを神経細胞に分化誘導する工程であって、当該工程の少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程と、
誘導された神経細胞のp38 MAPKのリン酸化を測定する工程と、
測定されたp38 MAPKのリン酸化が
、DAPT又はComound34と接触していないニューロスフェアから分化誘導して得られた神経細胞のp38 MAPKのリン酸化と比較して増強していた場合に、前記被験物質を
、多能性幹細胞由来ニューロスフェアから慢性期脊髄損傷治療用ニューロスフェア
を誘導するための誘導剤として選択する工程と、を含む、
多能性幹細胞由来ニューロスフェアから慢性期脊髄損傷治療用ニューロスフェア
を誘導するための誘導剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
多能性幹細胞由来ニューロスフェアを被験物質の存在下で培養する工程と、
培養後の前記ニューロスフィア中のp38 MAPKのリン酸化を測定する工程と、
測定されたp38 MAPKのリン酸化が
、DAPT又はComound34と接触していないニューロスフェア中のp38 MAPKのリン酸化と比較して増強していた場合に、前記被験物質を
、多能性幹細胞由来ニューロスフェアから慢性期脊髄損傷治療用ニューロスフェア
を誘導するための誘導剤として選択する工程と、を含む、
多能性幹細胞由来ニューロスフェアから慢性期脊髄損傷治療用ニューロスフェア
を誘導するための誘導剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤及びその使用に関する。より詳細には、本発明は、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤、脊髄損傷治療用ニューロスフェア、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脊髄損傷は壊滅的な傷害であり、麻痺、感覚障害、神経疼痛及び腸-膀胱機能障害を引き起こす。脊髄損傷の治療に神経幹細胞又は神経前駆細胞を移植する研究が多数報告されているが、移植のための最適な時間枠は脊髄損傷後の亜急性期であると考えられている。そして、慢性期の脊髄損傷を治療することは、グリア瘢痕や空洞の形成等の骨髄内環境の変化のために困難であると考えられている(例えば、非特許文献1を参照。)。しかしながら、ほとんどの脊髄損傷患者は慢性期にあるため、慢性期の脊髄損傷にも適用可能な治療技術の開発が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Keirstead H. S., et al., Human Embryonic Stem Cell-Derived Oligodendrocyte Progenitor Cell Transplants Remyelinate and Restore Locomotion after Spinal Cord Injury, J. Neurosci., 25 (19), 4694-4705, 2005.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、脊髄損傷を治療する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下の態様を含む。
[1]γセクレターゼ阻害剤を有効成分とする、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤。
[2]対照と比較してp38 MAPKのリン酸化が増強している、脊髄損傷治療用ニューロスフェア。
[3]γセクレターゼ阻害剤の存在下で培養することにより製造された、[2]に記載の脊髄損傷治療用ニューロスフェア。
[4]多能性幹細胞由来ニューロスフェアをγセクレターゼ阻害剤の存在下で培養する工程を含む、請求項2に記載の脊髄損傷治療用ニューロスフェアの製造方法。
[5]ニューロスフェアを神経細胞に分化誘導する工程であって、当該工程の少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程と、誘導された神経細胞のp38 MAPKのリン酸化を測定する工程と、測定されたp38 MAPKのリン酸化が対照と比較して増強していた場合に、前記被験物質を脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤として選択する工程と、を含む、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤のスクリーニング方法。
[6]ニューロスフェアを被験物質の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後のニューロスフィアにおけるp38 MAPKのリン酸化を測定する工程と、測定されたp38 MAPKのリン酸化が対照と比較して増強していた場合に、前記被験物質を脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤として選択する工程と、を含む、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、脊髄損傷を治療する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】(a)及び(b)は、実験例1において、生物発光イメージングにより、移植した細胞から放出された光子を定量した結果を示すグラフである。
【
図2】(a)は、実験例1における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図3】(a)は、実験例1における免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図4】(a)は、実験例2におけるヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図5】(a)は、実験例2におけるヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図6】(a)は、実験例2におけるルクソール・ファスト・ブルー(LFB)染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図7】(a)は、実験例2におけるLFB染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図8】(a)は、実験例3における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図9】(a)は、実験例3における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図10】(a)は、実験例3における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図11】(a)は、実験例3における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(b)は、(a)の結果を数値化したグラフである。
【
図12】(a)及び(b)は、実験例3における免疫電子顕微鏡観察の結果を示す代表的な写真である。
【
図13】(a)及び(b)は、実験例4において神経突起の長さを測定した結果を示すグラフである。
【
図14】(a)及び(b)は、実験例4における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
【
図15】(a)は、実験例4におけるウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。(b)は、実験例4においてリン酸化されていないp38を定量した結果を示すグラフである。(c)は、実験例4においてリン酸化p38を定量した結果を示すグラフである。
【
図16】(a)及び(b)は、実験例4における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。(c)は、(a)及び(b)に基づいて、移植細胞におけるリン酸化p38陽性細胞の割合を算出した結果を示すグラフである。
【
図17】(a)及び(b)は、実験例5における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
【
図18】(a)及び(b)は、実験例5における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
【
図19】(a)及び(b)は、実験例5における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
【
図20】(a)及び(b)は、実験例5における免疫電子顕微鏡観察の結果を示す代表的な写真である。
【
図21】(a)及び(b)は、実験例6においてビオチンデキストランアミン(BDA)染色した網様体脊髄路を観察した脊髄切片の代表的な顕微鏡写真である。
【
図22】(a)及び(b)は、実験例7におけるBasso Mouse Scale(BMS)スコアの測定結果を示すグラフである。
【
図23】(a)~(d)は、実験例7における歩行機能の評価結果を示すグラフである。
【
図24】(a)及び(b)は、実験例7におけるロータロッド試験の結果を示すグラフである。
【
図25】実験例7において、BMSスコアと網様体脊髄路線維の面積の割合の関連を示すグラフである。
【
図26】実験例8における免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤]
1実施形態において、本発明は、γセクレターゼ阻害剤を有効成分とする、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤を提供する。
【0009】
本明細書において、ニューロスフェアとは、神経幹細胞又は神経前駆細胞の浮遊増殖培養によって形成される球状の細胞凝集塊を意味する。神経幹細胞とは、自己複製能と神経前駆細胞への分化能を持つ細胞を意味する。また、神経前駆細胞とは、未分化ではあるが神経幹細胞から一段階分化した細胞であり、自身の自己増殖を行い、最終的には神経細胞に分化する細胞のことである。
【0010】
神経幹細胞又は神経前駆細胞は、多能性幹細胞から分化誘導して得られたものであることが好ましい。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。多能性幹細胞はヒトの細胞であることが好ましい。
【0011】
多能性幹細胞を神経幹細胞又は神経前駆細胞に分化誘導する方法は、特に限定されず、通常行われる方法であってよい。例えば、多能性幹細胞をBasic fibroblast growth factor(bFGF)及びEpidermal Growth Factor(EGF)の少なくとも1種を含有する培地中で浮遊培養することによりニューロスフェアを得ることができる。また、得られたニューロスフェアを単一細胞に解離させて再びbFGFを含有する培地中で浮遊培養し、再びニューロスフェアを形成することを複数回繰り返してもよい。
【0012】
実施例において後述するように、ニューロスフェアにγセクレターゼ阻害剤を作用させて、慢性期脊髄損傷モデルマウスの脊髄損傷部位に移植することにより、脊髄損傷を治療することができる。したがって、γセクレターゼ阻害剤は、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤であるということができる。
【0013】
γセクレターゼ阻害剤としては、DAPT(CAS番号:208255-80-5)、Comound 34(CAS番号:564462-36-8)等が挙げられる。
【0014】
γセクレターゼ阻害剤は、ニューロスフェアの培地に添加した場合にニューロスフェアの細胞分裂を効果的に抑制し、ニューロスフェアに顕著な細胞毒性を示さず、また、培地中で沈殿を形成しない最大の濃度で作用させることが好ましい。例えば、γセクレターゼ阻害剤としてDAPTを用いる場合、ニューロスフェアの培地中のDAPTの終濃度は、10~1000μMであることが好ましく、10~100μMであることがより好ましく、10μMであることが更に好ましい。
【0015】
また、ニューロスフェアにγセクレターゼ阻害剤を作用させる期間としては、20~24時間が好ましい。
【0016】
[脊髄損傷治療用ニューロスフェア]
1実施形態において、本発明は、対照と比較してp38 MAPKのリン酸化が増強している、脊髄損傷治療用ニューロスフェアを提供する。
【0017】
実施例において後述するように、本実施形態のニューロスフェアを慢性期脊髄損傷モデルマウスの脊髄損傷部位に移植することにより、脊髄損傷を治療することができる。また、発明者らは、γセクレターゼ阻害剤の存在下で培養したニューロスフェアでは、p38 MAPKのリン酸化が増強していることを明らかにした。また、発明者らは、本実施形態のニューロスフェアから分化誘導して得られた神経細胞において、p38 MAPKのリン酸化が増強していることを明らかにした。
【0018】
本実施形態のニューロスフェアにおいて、対照としては、γセクレターゼ阻害剤と接触していないニューロスフェア、又は、γセクレターゼ阻害剤と接触していないニューロスフェアから分化誘導して得られた神経細胞が挙げられる。
【0019】
p38 MAPKのリン酸化は、リン酸化p38に特異的な抗体を用いた免疫染色、ウエスタンブロッティング等により測定することができる。
【0020】
本実施形態のニューロスフェアは、γセクレターゼ阻害剤の存在下で培養することにより製造された細胞であることが好ましい。γセクレターゼ阻害剤、ニューロスフェアについては、上述したものと同様である。
【0021】
[脊髄損傷治療用ニューロスフェアの製造方法]
1実施形態において、本発明は、多能性幹細胞由来ニューロスフェアをγセクレターゼ阻害剤の存在下で培養する工程を含む、脊髄損傷治療用ニューロスフェアの製造方法を提供する。本実施形態の製造方法により、上述した脊髄損傷治療用ニューロスフェアを製造することができる。本実施形態の製造方法において、多能性幹細胞、ニューロスフェア、γセクレターゼ阻害剤については上述したものと同様である。
【0022】
[脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤のスクリーニング方法]
(第1実施形態)
第1実施形態のスクリーニング方法は、ニューロスフェアを神経細胞に分化誘導する工程であって、当該工程の少なくとも一部を被験物質の存在下で行う工程と、誘導された神経細胞のp38 MAPKのリン酸化を測定する工程と、測定されたp38 MAPKのリン酸化が対照と比較して増強していた場合に、前記被験物質を脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤として選択する工程と、を含む、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤のスクリーニング方法である。
【0023】
実施例において後述するように、発明者らは、脊髄損傷部位に移植することにより、慢性期の脊髄損傷を治療することができるニューロスフェアを分化誘導して得られた神経細胞は、対照と比較してp38 MAPKのリン酸化が増強していることを明らかにした。したがって、ニューロスフェアを神経細胞に分化誘導する工程の少なくとも一部で細胞に作用させることにより、p38 MAPKのリン酸化を増強させる被験物質は、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤であるということができる。
【0024】
被験物質は、ニューロスフェアを神経細胞に分化誘導する工程の少なくとも一部で細胞に作用さてもよいし、ニューロスフェアを神経細胞に分化誘導する工程の全部で細胞に作用させてもよい。
【0025】
例えば、被験物質は、8~72時間作用させてもよく、12~48時間作用させてもよく、20~24時間作用させてもよい。
【0026】
対照としては、γセクレターゼ阻害剤と接触していないニューロスフェアから分化誘導して得られた神経細胞が挙げられる。
【0027】
また、被験物質としては特に制限されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、代謝物ライブラリ等が挙げられる。
【0028】
また、p38 MAPKのリン酸化は、リン酸化p38に特異的な抗体を用いた免疫染色、ウエスタンブロッティング等により測定することができる。
【0029】
(第2実施形態)
第2実施形態のスクリーニング方法は、ニューロスフェアを被験物質の存在下で培養する工程と、培養後の前記ニューロスフィア中のp38 MAPKのリン酸化を測定する工程と、測定されたp38 MAPKのリン酸化が対照と比較して増強していた場合に、前記被験物質を脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤として選択する工程と、を含む、脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤のスクリーニング方法である。
【0030】
第1実施形態のスクリーニング方法では、被験物質の存在下で培養したニューロスフェアを神経細胞に分化誘導した後にp38 MAPKのリン酸化を測定していたのに対し、第2実施形態のスクリーニング方法は、被験物質の存在下で培養したニューロスフェアを神経細胞に分化誘導させずにp38 MAPKのリン酸化を測定する点において主に異なる。第2実施形態のスクリーニング方法によっても脊髄損傷治療用ニューロスフェア誘導剤をスクリーニングすることができる。
【0031】
第2実施形態のスクリーニング方法において、対照としては、γセクレターゼ阻害剤と接触していないニューロスフェアが挙げられる。また、被験物質、p38 MAPKのリン酸化の測定方法については第1実施形態のスクリーニング方法と同様である。
【0032】
[その他の実施形態]
1実施形態において、本発明は、p38 MAPKのリン酸化が増強したニューロスフェアの有効量を、脊髄損傷患者の損傷部位に移植する工程を含む、脊髄損傷の治療方法を提供する。
【0033】
ニューロスフェアは、患者に対する拒絶反応が抑制された細胞であることが好ましい。p38 MAPKのリン酸化が増強したニューロスフェアについては、上述したものと同様である。
【実施例】
【0034】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。全ての動物実験は慶應義塾大学動物実験委員会のガイドライン及びアメリカ国立衛生研究所(NIH)のガイドラインにしたがって行った(慶應義塾大学承認番号13020)。
【0035】
[実験例1]
(γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの慢性期脊髄損傷モデルマウスへの移植1)
《脊髄損傷モデルマウスの作製》
免疫不全マウスであるNOD/ShiJic-scidJcIマウス(8週齢、メス)を麻酔した。続いて、第10胸椎に椎弓切除術を行い背側の硬膜を露出させた後、挫滅による中等度の脊髄損傷を形成した。脊髄損傷の形成には、ステンレスチップを備えたIHインパクター(Precision Systems and Instrumentation社製)を用い、力を60kdyn(0.6N)に設定した衝撃を与えた。
【0036】
《ニューロスフェアの調製》
ヒトiPS細胞株である201B7及び414C2を、マウス胎児由来線維芽細胞と共に12日間接着培養した。続いて、30日間浮遊培養して胚葉体を形成させた。続いて、凝集した細胞をニューロスフェアに分化させた。
【0037】
《レンチウイルス感染》
201B7細胞由来のニューロスフェア及び414C2細胞由来のニューロスフェアをそれぞれ解離させ、EFプロモーターの制御下でffLucを発現するコンストラクトを、レンチウイルスを用いて導入した。ffLucとは、ホタルルシフェラーゼとVenus蛍光タンパク質との融合タンパク質である。これにより、ルシフェラーゼのシグナル又はVenusの蛍光シグナルの検出により移植した細胞を特定することができる。
【0038】
ルシフェリン-ルシフェラーゼ反応はATPに依存するため、生きた細胞のみが光子を放出する。このため、生物発光イメージング(BLI)システムにより、経時的に移植した細胞の生存を評価することができる。
【0039】
《脊髄損傷モデルマウスへの細胞移植》
γセクレターゼ阻害剤であるDAPT(CAS番号:208255-80-5、シグマ-アルドリッチ社)をジメチルスルホキシド(DMSO)に終濃度10mMとなるように溶解して使用した。
【0040】
移植の前に、201B7細胞由来のニューロスフェア及び414C2細胞由来のニューロスフェアを、それぞれ、終濃度10μMのDAPTの存在下で1日間培養した。また、DAPTの非存在下で培養した群(DAPTを溶解した溶媒のみを培地に添加した群)も用意した。
【0041】
脊髄損傷から42日後に、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェア(以下、「GSI(+)群」という場合がある。)、又は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェア(以下、「GSI(-)群」という場合がある。)を5×105個/2μLの細胞密度で各マウスの損傷部位の中心部に移植した。マウスは各群ともn=10であった。ガラス製のマイクロピペットを用い、25μLシリンジ(ハミルトン製)及び定位固定のマイクロインジェクター(製品名「KDS 310」、室町機械製)を用いて1μL/分で移植を行った。また、同容量のリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を移植した群(以下、「PBS群」という場合がある。)も用意した。
【0042】
《移植した細胞の生存率の評価》
図1(a)及び(b)は、細胞の移植後経時的に行った生物発光イメージングにより、移植した細胞から放出された光子を定量した結果を示すグラフである(n=10)。
図1(a)は201B7細胞由来のニューロスフェアを移植した結果であり、
図1(b)は414C2細胞由来のニューロスフェアを移植した結果である。
【0043】
図1(a)及び(b)中、横軸は細胞の移植からの日数を示し、縦軸は検出された光子数を示す。また、「GSI(+)group」は、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示し、「GSI(-)group」は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0044】
その結果、DAPT処理を行った場合及び行わなかった場合のいずれにおいても移植後7日間は光子数が減少し、移植から14日後にプラトーに達し、その後移植から3か月後まで光子数が維持されたことが明らかとなった。
【0045】
この結果から、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェア、及び、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアのいずれも、移植後、脊髄損傷の慢性期においても生存し続け、目立った腫瘍原性も認められないことが明らかとなった。
【0046】
《移植した細胞の分化状態の評価》
損傷部位の中心部に移植した細胞の分化状態を評価するために、移植から84日後の脊髄切片を用いて様々な細胞マーカーの免疫染色を行い定量的な解析を行った。細胞マーカーとして、ヒト核抗原(HNA)、Ki67、Nestin、pan-ELAVL(Hu)、GFAP、APCを免疫染色した。
【0047】
図2(a)及び(b)は201B7細胞由来のニューロスフェアを脊髄損傷部位へ移植した組織の免疫染色の結果である。
図2(a)は免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡写真であり、
図2(b)は
図2(a)のHNA陽性細胞における各種マーカー陽性細胞数の割合(%)をグラフにしたのものである(n=10)。
【0048】
また、
図3(a)及び(b)は414C2細胞由来のニューロスフェアを脊髄損傷部位へ移植した組織の免疫染色の結果である。
図3(a)は免疫染色の結果を示す代表的な蛍光顕微鏡写真であり、
図3(b)は
図3(a)のHNA陽性細胞における各種マーカー陽性細胞数の割合(%)をグラフにしたのものである(n=10)。
【0049】
図2(a)、
図2(b)、
図3(a)及び
図3(b)中、「GSI(-)group」は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示し、「GSI(+)group」は、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示す。また、
図2(b)、
図3(b)の縦軸はHNA陽性細胞における各種マーカー陽性細胞数の割合(%)であり、「***」はp<0.001で有意差が存在することを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0050】
その結果、移植した、201B7細胞由来のニューロスフェア、及び、414C2細胞由来のニューロスフェアのいずれも、pan-ELAVL(Hu)陽性の成熟神経細胞、GFAP陽性のアストロサイト、APC陽性のオリゴデンドロサイトの3つの神経系の細胞系譜に分化したことが明らかとなった。
【0051】
また、GSI(+)群では、GSI(-)群と比較して、pan-ELAVL(Hu)陽性の成熟神経細胞の割合が有意に増加し、Nestin陽性細胞の割合が有意に減少したことが明らかとなった。一方、GFAP陽性のアストロサイト、APC陽性のオリゴデンドロサイトの割合は、GSI(+)群及びGSI(-)群のいずれにおいても有意な差は認められなかった。
【0052】
[実験例2]
(γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの慢性期脊髄損傷モデルマウスへの移植2)
実験例1における、移植から84日後の各マウスの脊髄切片を、ヘマトキシリン・エオシン染色及びルクソール・ファスト・ブルー(LFB)染色し、脊髄の切片の形状を観察し、ミエリン化された領域を検討した。
【0053】
図4(a)及び(b)は201B7細胞由来のニューロスフェアを移植したマウスの結果である。
図4(a)はヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは200μmである。
図4(b)は
図4(a)の結果を数値化したグラフである(n=10)。
【0054】
図5(a)及び(b)は414C2細胞由来のニューロスフェアを移植したマウスの結果である。
図5(a)はヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは200μmである。
図5(b)は
図5(a)の結果を数値化したグラフである(n=10)。
【0055】
図4(a)、
図4(b)、
図5(a)及び
図5(b)中、「PBS group」は、細胞を移植せずPBSを注入した群の結果であることを示し、「GSI(-)group」は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示し、「GSI(+)group」は、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示す。
【0056】
また、「Rostral +4mm」は、脊髄損傷部位から吻側に4mm離れた部位の切片の結果であることを示し、「Epi-center」は脊髄損傷部位の切片の結果であることを示し、「Caudal +4mm」は脊髄損傷部位から尾側に4mm離れた部位の切片の結果であることを示す。
【0057】
また、
図4(b)、
図5(b)の縦軸は脊髄の面積を示し、「***」はp<0.001で有意差が存在することを示し、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示し、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0058】
定量的な解析を行った結果、脊髄損傷部位の脊髄断面の面積、及び、脊髄損傷部位から尾側に4mm離れた部位の脊髄断面の面積は、GSI(+)群において、GSI(-)群及びPBS群と比較して有意に大きいことが明らかとなった。
【0059】
図6(a)及び(b)は201B7細胞由来のニューロスフェアを移植したマウスの結果である。
図6(a)はLFB染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは200μmである。
図6(b)は
図6(a)の結果を数値化したグラフである(n=10)。
【0060】
図7(a)及び(b)は414C2細胞由来のニューロスフェアを移植したマウスの結果である。
図7(a)はLFB染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは200μmである。
図7(b)は
図7(a)の結果を数値化したグラフである(n=10)。
【0061】
図6(a)、
図6(b)、
図7(a)及び
図7(b)中、「PBS group」は、細胞を移植せずPBSを注入した群の結果であることを示し、「GSI(-)group」は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示し、「GSI(+)group」は、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示す。
【0062】
また、「Rostral +Xmm」は、脊髄損傷部位から吻側にXmm離れた部位の切片の結果であることを示し、「Epi-center」は脊髄損傷部位の切片の結果であることを示し、「Caudal +Xmm」は脊髄損傷部位から尾側にXmm離れた部位の切片の結果であることを示す。
【0063】
また、
図6(b)、
図7(b)の縦軸はLFB染色陽性領域の面積を示し、「***」はp<0.001で有意差が存在することを示し、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示し、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0064】
定量的な解析を行った結果、GSI(+)群において、脊髄損傷部位から尾側に1mm離れた部位にわたってLFB染色陽性のミエリン化された領域の面積が、GSI(-)群及びPBS群と比較して有意に大きいことが明らかとなった。
【0065】
これらの結果は、γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアが、慢性期の脊髄損傷部位の再ミエリン化を導いたことを示す。
【0066】
[実験例3]
(γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの慢性期脊髄損傷モデルマウスへの移植3)
γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの移植による軸索再生の効果を、脊髄切片の免疫染色及び免疫電子顕微鏡観察により検討した。免疫染色では、neurofilament 200kDa(NF-H)及び5-ヒドロキシトリプタミン(5HT)を染色した。
【0067】
《NF-Hの免疫染色》
図8(a)及び(b)は201B7細胞由来のニューロスフェアを移植したマウスの結果である。
図8(a)はNF-Hを免疫染色した結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは200μmである。
図8(b)は
図8(a)の結果を数値化したグラフである(n=10)。
【0068】
図9(a)及び(b)は414C2細胞由来のニューロスフェアを移植したマウスの結果である。
図9(a)はNF-Hを免疫染色した結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは200μmである。
図9(b)は
図9(a)の結果を数値化したグラフである(n=10)。
【0069】
図8(a)、
図8(b)、
図9(a)及び
図9(b)中、「PBS group」は、細胞を移植せずPBSを注入した群の結果であることを示し、「GSI(-)group」は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示し、「GSI(+)group」は、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示す。
【0070】
また、
図8(b)及び
図9(b)中、「Rostral +4mm」は、脊髄損傷部位から吻側に4mm離れた部位の切片の結果であることを示し、「Epi-center」は脊髄損傷部位の切片の結果であることを示し、「Caudal +4mm」は脊髄損傷部位から尾側に4mm離れた部位の切片の結果であることを示す。
【0071】
また、
図8(b)及び
図9(b)の縦軸はNF-H陽性領域の面積を示し、「***」はp<0.001で有意差が存在することを示し、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示し、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0072】
その結果、脊髄損傷部位、脊髄損傷部位から吻側に4mm離れた部位及び脊髄損傷部位から尾側に4mm離れた部位において、GSI(+)群では、NF-H陽性の神経線維が、GSI(-)群及びPBS群と比較して有意に多いことが明らかとなった。
【0073】
《5HTの免疫染色》
図10(a)及び(b)は201B7細胞由来のニューロスフェアを移植したマウスの結果である。
図10(a)は腰膨大における5HT陽性のセロトニン作動性神経線維を免疫染色した結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは200μmである。
図10(b)は
図10(a)の結果を数値化したグラフである(n=10)。
【0074】
図11(a)及び(b)は414C2細胞由来のニューロスフェアを移植したマウスの結果である。
図11(a)は腰膨大における5HT陽性のセロトニン作動性神経線維を免疫染色した結果を示す代表的な顕微鏡写真である。スケールバーは200μmである。
図11(b)は
図11(a)の結果を数値化したグラフである(n=10)。
【0075】
図10(a)、
図10(b)、
図11(a)及び
図11(b)中、「PBS group」は、細胞を移植せずPBSを注入した群の結果であることを示し、「GSI(-)group」は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示し、「GSI(+)group」は、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した群の結果であることを示す。
【0076】
また、
図10(b)及び
図11(b)の縦軸は5HT陽性領域の面積を示し、「***」はp<0.001で有意差が存在することを示し、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0077】
その結果、GSI(+)群では、5HT陽性のセロトニン作動性神経線維が、GSI(-)群及びPBS群と比較して有意に多いことが明らかとなった。
【0078】
《免疫電子顕微鏡観察》
γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植したマウスの脊髄の凍結切片をブロッキングした後、抗ヒト細胞質抗体(STEM121、マウスIgG1)を反応させた。続いて、ナノゴールド標識ヤギ抗マウス抗体を反応させた。
【0079】
続いて、試料を2.5%グルタルアルデヒド固定し、市販のキット(製品名「R-Gent SE-EM Silver Enhancement Reagents」、Aurion社)を用いてナノゴールドのシグナルを増強した。続いて、試料を1%OsO4で固定し、脱水処理し、エポンに包埋した。続いて、ウルトラミクロトーム(製品名「UC7」、ライカ製)を用いて薄切切片(70nm)を調製し、酢酸ウラン及びクエン酸鉛で染色し、透過型電子顕微鏡(製品名「モデル1400プラス」、JEOL製)を用いて観察した。
【0080】
図12(a)及び(b)は免疫電子顕微鏡観察の結果を示す代表的な写真である。
図12(a)のスケールバーは2μmであり、
図12(b)のスケールバーは200nmである。
図12(a)及び(b)中、矢印はミエリンラメラを示す。
【0081】
その結果、慢性期脊髄損傷において、移植細胞に由来する多数の再生軸索が、ホストに由来するグリア細胞によって積極的に再ミエリン化されていることが明らかとなった。
【0082】
[実験例4]
(γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの解析1)
《サイトカインの解析》
γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアが、γセクレターゼ阻害剤で処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアと比較して、何らかの神経栄養因子を分泌している可能性を検討した。
【0083】
具体的には、抗サイトカイン抗体アレイ(RayBiotech社製)を用いて、γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェア及びγセクレターゼ阻害剤で処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアが分泌する、BDNF、b-NGF、HGF、CTNF、GDNF、NT-4、NT-3、PDGF-AA、VEGFの発現量を定量した。
【0084】
その結果、γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアが、γセクレターゼ阻害剤で処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアと比較して、顕著に発現量を増大させた因子は認められなかった。
【0085】
《p38リン酸化の検討》
γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアが、慢性期脊髄損傷における軸索再生を誘導する機構として、p38 MAPKのリン酸化を検討した。
【0086】
具体的には、インビトロ実験系において、γセクレターゼ阻害剤及びp38 MAPK阻害剤でヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを処理し、神経細胞への分化を誘導した。続いて、神経突起の長さを測定し評価した。
【0087】
γセクレターゼ阻害剤としてはDAPTを使用した。また、p38 MAPK阻害剤としてはSB203580(CAS番号:152121-47-6)を使用した。まず、ヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを、γセクレターゼ阻害剤のみの存在下、p38 MAPK阻害剤のみの存在下、又は、γセクレターゼ阻害剤及びp38 MAPK阻害剤の存在下で1日間培養した。
【0088】
続いて、各細胞をポリ-L-オルニチン/フィブロネクチンコートされた48ウェルチャンバースライド(コースター社製)に1×105個/mLの細胞密度で播種し、増殖因子を含まない培地中で37℃、5%CO2、95%空気環境下で14日間培養し、神経細胞に分化させた。続いて、分化誘導開始後7日目及び14日目に細胞を0.1M PBS中、4%パラホルムアルデヒドで固定し、神経突起の長さを測定した。
【0089】
図13(a)は201B7細胞由来の神経細胞の結果を示すグラフである(n=5)。また、
図13(b)は414C2細胞由来の神経細胞の結果を示すグラフである(n=5)。
図13(a)及び(b)中、「GSI」はDAPTを示し、「p38 inhibitor」はSB203580を示し、「(-)」は添加しなかったことを示し、「(+)」は添加したことを示す。また、縦軸は神経突起の長さを示し、「***」はp<0.001で有意差が存在することを示し、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示し、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示す。
【0090】
その結果、ヒトiPS細胞由来ニューロスフェアをγセクレターゼ阻害剤で処理すると、処理しなかった群と比較して神経突起の伸長が有意に大きいことが明らかとなった。これに対し、ヒトiPS細胞由来ニューロスフェアをp38 MAPK阻害剤で処理すると、神経突起の伸長が有意に低下したことが明らかとなった。
【0091】
また、ヒトiPS細胞由来ニューロスフェアをγセクレターゼ阻害剤とp38 MAPK阻害剤の双方で処理した場合、神経突起の伸長は処理しなかった群と同等であることが明らかとなった。
【0092】
分化誘導開始後14日目の細胞を用いて、p38 MAPK、リン酸化p38 MAPK及びβIII-チュブリンの免疫染色を行った。また、Hoechst 33342(CAS番号:23491-52-3)を用いて細胞核を染色した。
【0093】
図14(a)及び(b)はGSI(+)群の細胞の免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
図14(a)及び(b)中、「Pp38」はリン酸化p38 MAPKを示し、「Merge」は顕微鏡写真を重ね合わせた結果であることを示す。スケールバーは20μmである。
【0094】
その結果、γセクレターゼ阻害剤で処理した細胞では、βIII-チュブリン陽性の神経細胞とp38陽性領域が共局在することが明らかとなった。また、リン酸化p38陽性領域は核に認められた。
【0095】
続いて、ウエスタンブロッティングにより、リン酸化されていないp38及びリン酸化されたp38を定量した。
図15(a)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。ローディングコントロールとしてβ-アクチンのウエスタンブロッティングを行った。
図15(b)は、リン酸化されていないp38 MAPKを定量した結果を示すグラフである。
図15(c)は、リン酸化されたp38 MAPK(Pp38)を定量した結果を示すグラフである。
【0096】
図15(a)~(c)中、「GSI(+)」は、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの結果であることを示し、「GSI(-)」は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの結果であることを示す。また、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0097】
その結果、リン酸化されていないp38の量は、GSI(-)群とGSI(+)群の間で同程度であったのに対し、リン酸化されたp38は、GSI(+)群で上方制御されたことが明らかとなった。
【0098】
続いて、上述した慢性期脊髄損傷モデルマウスへのヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの移植から84日後の脊髄切片を用いて、抗ヒト細胞質抗体(STEM121)及びリン酸化p38 MAPKの免疫染色を行った。また、Hoechst 33342を用いて細胞核を染色した。
【0099】
図16(a)及び(b)は免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
図16(a)はGSI(-)群の結果であり、
図16(b)はGSI(+)群の結果である。
図16(a)及び(b)中、「Pp38」はリン酸化p38 MAPKを示し、「Merge」は顕微鏡写真を重ね合わせた結果であることを示す。スケールバーは20μmである。
【0100】
その結果、GSI(+)群では、STEM121陽性の移植細胞とリン酸化p38陽性領域が共局在することが明らかとなった。
【0101】
図16(c)は、
図16(a)及び(b)に基づいて、STEM121陽性の移植細胞におけるリン酸化p38陽性細胞の割合を算出した結果を示すグラフである(n=10)。
図16(c)中、「GSI(-)」は、DAPT処理していないヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した結果であることを示し、「GSI(+)」は、DAPT処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアを移植した結果であることを示す。また、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示す。
【0102】
その結果、GSI(+)群では、GSI(-)群と比較して、STEM121陽性の移植細胞におけるリン酸化p38陽性細胞の割合が有意に増加したことが明らかとなった。
【0103】
以上の結果は、ヒトiPS細胞由来ニューロスフェアをγセクレターゼ阻害剤で処理することにより、p38 MAPKのリン酸化が促進され、軸索再生につながることを示す。
【0104】
[実験例5]
(移植した細胞由来の成熟神経細胞の解析)
脊髄損傷後のセロトニン作動性活性への介入が中枢パターン発生器(CPG)の活性化を通じて運動機能を回復させることが報告されている。そこで、γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの移植がCPGに及ぼす有効性を免疫染色により検討した。
【0105】
図17(a)及び(b)は、免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。その結果、STEM121陽性/vesicular glutamate transporter-1(VGLuT1)陽性の興奮性神経細胞はほとんど観察されなかった。
【0106】
これに対し、定量的な解析の結果、STEM121陽性細胞のうち78%がglutamic acid decarboxylase 67(GAD67)陽性の抑制性神経細胞であることが明らかとなった。この結果は、移植した細胞に由来する神経細胞はGABA作動性であることを示す。
【0107】
また、
図17(b)に示すように、STEM121陽性の移植細胞は、STEM121陰性/GAD67陽性のホストのマウス細胞に接続していることが明らかとなった。
【0108】
続いて、γセクレターゼ阻害剤で処理した移植細胞由来の神経細胞がホストの神経回路に組み込まれているか否かを検討するために、更なる免疫染色を行った。
図18(a)及び(b)は、免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
【0109】
その結果、実質部に移植されたβIII-チュブリン陽性/ヒト核抗原(HNA)陽性の移植細胞は、マウス特異的なプレシナプスマーカーであるBassoon(Bsn)陽性のホストの神経線維の末端と共局在することが明らかとなった。
【0110】
また、ヒト特異的なプレシナプスマーカーであるsynaptophysin(hSyn)陽性の神経線維の末端は、βIII-チュブリン陽性/ヒト核抗原(HNA)陰性のホストのマウス神経細胞と近接していることが明らかとなった。
【0111】
図19(a)及び(b)は、免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。その結果、興奮性シナプスの末端のポストシナプスマーカーである、postsynaptic density protein 95(PSD95)陽性のシナプス末端は非常にまれであることが明らかとなった。また、抑制性シナプスの末端のポストシナプスマーカーであるGephryin陽性のシナプス末端は、STEM121陽性の移植細胞に近接していることが明らかとなった。
【0112】
図20(a)及び(b)は移植細胞に由来するヒト神経細胞とホストのマウス神経細胞との間に形成されたシナプスの免疫電子顕微鏡観察の結果を示す代表的な写真である。スケールバーは500nmである。
図20(a)及び(b)中、「T」は移植細胞に由来する神経細胞を示し、「H」はホストの神経細胞を示す。また、黒い点は移植細胞に由来するSTEM121陽性細胞であることを示す。
【0113】
その結果、移植細胞に由来するSTEM121陽性のプレシナプス構造及びポストシナプス構造が多数観察され、脊髄損傷部位に、移植細胞に由来するヒト神経細胞とホストのマウス神経細胞との間のシナプス結合が観察された。
【0114】
[実験例6]
(γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの慢性期脊髄損傷モデルマウスへの移植による網様体脊髄路の再生)
網様体脊髄路(RtST)は、網様体から下行して脊髄内で終結する神経線維であり、自発運動の開始及び姿勢の制御に重要な役割を果たしていることが知られている。
【0115】
脳幹からの網様体脊髄路の再生を評価するために、上述した慢性期脊髄損傷モデルマウスへのヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの移植から77日後に、ビオチン化デキストランアミン(BDA)染色による、神経線維トレースを行った。
【0116】
図21(a)及び(b)は、BDA染色した網様体脊髄路を観察した脊髄切片の代表的な顕微鏡写真である。
図21(a)は、GSI(-)群の脊髄損傷部位から尾側に3mm離れた位置の代表的な写真である。右側の写真は左側の写真の四角で囲んだ領域を拡大したものである。スケールバーは500μmである。
【0117】
図21(b)は、GSI(+)群の脊髄損傷部位から尾側に3mm離れた位置の代表的な写真である。右側の写真は左側の写真の四角で囲んだ領域を拡大したものである。スケールバーは500μmである。矢頭は網様体脊髄路線維を示す。
【0118】
図21(c)は、脊髄損傷部位の吻側に4mmの位置から脊髄損傷部位の尾側に4mmまでにわたる各位置における、BDA染色された網様体脊髄路線維の面積の割合の相対値を測定した結果を示すグラフである(n=4)。
図21(c)中、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示す。
【0119】
その結果、GSI(+)群では、脊髄損傷部位の吻側から尾側にわたって伸長した、BDA標識された網様体脊髄路線維が観察された。また、GSI(+)群では、GSI(-)群及びPBS群と比較して、脊髄損傷部位、及び、脊髄損傷部位から尾側に3mm離れた位置において、網様体脊髄路線維の面積の割合が有意に増大したことが明らかとなった。
【0120】
[実験例7]
(γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの慢性期脊髄損傷モデルマウスへの移植による運動機能の回復)
【0121】
《BMSスコアによる評価》
上述した慢性期脊髄損傷モデルマウスへのヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの移植後、経時的にマウスの運動機能を評価した。
図22(a)及び(b)は、各群のマウスのBasso Mouse Scale(BMS)スコアの測定結果を示すグラフである(各群それぞれn=10)。
図22(a)は201B7細胞由来のニューロスフェアを移植した結果であり、
図22(b)は414C2細胞由来のニューロスフェアを移植した結果である。
【0122】
その結果、GSI(-)群では、PBS群と比較して、有意な運動機能の回復は認められなかった。これに対し、GSI(+)群では、細胞移植の56日後に、PBS群と比較して、有意な運動機能の回復が認められ、回復した運動機能はその後も維持された。
【0123】
《トレッドミルによる評価》
上述した慢性期脊髄損傷モデルマウスへのヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの移植から84日後に、DigiGaitシステム(Mouse Specifics社製)を用いて歩行機能を評価した。
【0124】
図23(a)~(d)は、歩行機能の評価結果を示すグラフである。
図23(a)及び(c)は201B7細胞由来のニューロスフェアを移植した結果であり、
図23(b)及び(d)は414C2細胞由来のニューロスフェアを移植した結果である(各群それぞれn=10)。また、
図23(a)及び(b)は歩長の解析結果を示し、
図23(c)及び(d)はスタンス角の解析結果を示す。
図23(a)~(d)中、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示し、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0125】
その結果、GSI(+)群のマウスは、GSI(-)群及びPBS群のマウスと比較して有意に長い歩長及び有意に短いスタンス角を示した。また、GSI(+)群のマウスは全てトレッドミル上で十分によく歩き7cm/秒の速度で歩いた。
【0126】
《ロータロッド試験による評価》
上述した慢性期脊髄損傷モデルマウスへのヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの移植から84日後に、ロータロッド装置(室町機械製)を用いて運動機能を評価した。ロータロッド装置は、直径3cm、長さ8cmのプラスチック製の棒の両端に直径40cmの円盤を有する装置である。ロータロッド装置を20rpmで回転させ、マウスを装置の棒に置き、棒上に残存できた時間(秒)を測定した。5回試験を行い、最も長時間残存できた時間(秒)を記録した。
【0127】
図24(a)及び(b)は、ロータロッド試験の結果を示すグラフである。
図24(a)は201B7細胞由来のニューロスフェアを移植した結果であり、
図24(b)は414C2細胞由来のニューロスフェアを移植した結果である(各群それぞれn=10)。
図24(a)及び(b)中、「**」はp<0.01で有意差が存在することを示し、「*」はp<0.05で有意差が存在することを示し、「N.S.」は有意差がないことを示す。
【0128】
その結果、GSI(+)群のマウスは、GSI(-)群のマウス及びPBS群のマウスと比較してロータロッド装置上に有意に長時間残存することができた。
【0129】
《BMSスコアと網様体脊髄路線維の面積の割合の解析》
図25は、脊髄損傷部位から尾側に3mm離れた位置において測定した、BDA標識した網様体脊髄路線維の面積の割合と、上述したBMSスコアの関連を示す代表的なグラフである(n=14)。
【0130】
その結果、脊髄損傷部位と脊髄損傷部位から尾側に3mm離れた位置において、両者の有意な相関が観察された。脊髄損傷部位から尾側に3mm離れた位置において、最も高い相関係数が得られ、R2=0.855であった。
【0131】
[実験例8]
(γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアの解析2)
γセクレターゼ阻害剤で処理したヒトiPS細胞由来ニューロスフェアにおけるp38 MAPKのリン酸化を検討した。
【0132】
具体的には、ヒトiPS細胞株である201B7細胞由来のニューロスフェアを、終濃度10μMのセクレターゼ阻害剤の存在下で1日間培養した。続いて、増殖因子を含まない培地中で37℃、5%CO2、95%空気環境下で14日間培養し、神経細胞に分化させた。続いて、分化誘導開始後14日目に、細胞を0.1M PBS中、4%パラホルムアルデヒドで固定し観察した。γセクレターゼ阻害剤としてはDAPTを使用した。リン酸化p38 MAPK及びβIII-チュブリンの免疫染色を行った。また、Hoechst 33342(CAS番号:23491-52-3)を用いて細胞核を染色した。
【0133】
図26は免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
図26中、「Pp38」はリン酸化p38 MAPKを示し、「Merge」は顕微鏡写真を重ね合わせた結果であることを示す。スケールバーは20μmである。
【0134】
その結果、γセクレターゼ阻害剤で処理したニューロスフィアから分化誘導した神経細胞では、p38 MAPKのリン酸化が増強していることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0135】
本発明によれば、脊髄損傷を治療する技術を提供することができる。