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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-03
(45)【発行日】2024-06-11
(54)【発明の名称】多電極サブマージアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/18 20060101AFI20240604BHJP
   B23K 9/073 20060101ALI20240604BHJP
【FI】
B23K9/18 A
B23K9/18 F
B23K9/073 510
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021124038
(22)【出願日】2021-07-29
(65)【公開番号】P2023019371
(43)【公開日】2023-02-09
【審査請求日】2023-02-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】石神 篤史
(72)【発明者】
【氏名】豊田 剛正
(72)【発明者】
【氏名】杉山 大輔
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 拓弥
(72)【発明者】
【氏名】川邉 直輝
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-030291(JP,A)
【文献】国際公開第2016/199419(WO,A1)
【文献】特開昭59-066978(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/18
B23K 9/073
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の電極を用いる多電極サブマージアーク溶接方法であって、
前記複数の電極が2電極である場合は、前記複数の電極のうちの第1電極には直流電流を供給し、最後尾電極である第2電極には交流電流を供給し、前記複数の電極が3電極以上である場合は、前記複数の電極のうちの第1電極には直流電流または交流電流を供給し、第2電極以降の最後尾電極を除く電極には交流電流を、最後尾電極には交流電流または直流電流を供給するにあたり、
各電極に供給される前記交流電流の電流周波数を同一の周波数とし、
前記第2電極以降の電極のうちの少なくとも1つの電極において、供給する前記交流電流の電流波形を、逆極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分し、その積分値を全溶接時間で除した値IEPiと、正極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分し、その積分値を全溶接時間で除した値IENiとの比、IEPi/IENi、が、下記(1)式を満足し、かつ、
前記交流電流を供給する電極のすべてにおいて、供給する前記交流電流の電流波形を、前記IEPi/IENiが、下記(2)式を満足するように設定することを特徴とする多電極サブマージアーク溶接方法。

1.10 ≦ IEPi/IENi ≦ 5.00……(1)
1.00 ≦ IEPi/IENi ≦ 5.00……(2)
ここで、IEPi:第i電極の電流波形において、逆極性となる区間の電流瞬時値を
溶接時間で積分し、その積分値を全溶接時間で除した値[単位:A]、
IENi:第i電極の電流波形において、正極性となる区間の電流瞬時値を
溶接時間で積分し、その積分値を全溶接時間で除した値[単位:A]。
【請求項2】
前記最後尾電極に供給する直流電流を、直流逆極性電流とすることを特徴とする請求項1に記載の多電極サブマージアーク溶接方法。
【請求項3】
前記第1電極に供給する前記直流電流を、直流逆極性電流とすることを特徴とする請求
項1または2に記載の多電極サブマージアーク溶接方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の多電極サブマージアーク溶接方法を用いて、鋼板
同士を溶接接合して溶接継手を得ること特徴とする溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の溶接に用いられるサブマージアーク溶接方法に係り、とくに溶接能率が高い多電極サブマージアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板の溶接に用いられるサブマージアーク溶接は大電流を適用できることから施工能率に優れ、造船、建築、エネルギー分野など厚鋼板の溶接に広く適用されている。特に、サブマージアーク溶接をスパイラル鋼管やUOE鋼管の造管溶接に用いる場合には、1000A以上の大電流を適用するとともに、複数の電極を用いて高溶着速度を実現することにより、2000mm/minを超える高速溶接を実施でき、造管能率の向上を図ることができる。
【0003】
一方、厚鋼板のサブマージアーク溶接においては、板厚の増大にともなって深い溶込みと大きな開先面積を充填するためのワイヤ溶着量を確保する必要がある。このためには、溶接速度を低下させることが一般的であるが、溶接速度を低下させると溶接能率が低くなるとともに、溶接入熱量の増加による溶接金属および溶接熱影響部の強度や靭性の低下が問題となる。
【0004】
このような問題に対して、例えば、特許文献1には、「鋼材のサブマージアーク溶接方法」が提案されている。特許文献1に記載された技術は、第1電極の電流を800A以上とし、かつ電流密度を180~400A/mm2として、2電極以上の多電極でサブマージアーク溶接する、鋼材のサブマージアーク溶接方法である。特許文献1に記載された技術では、先行極に細径の溶接ワイヤを適用することにより、アークが集中し、深い溶込みが確保でき、溶接入熱の低減を図ることができるとしている。
【0005】
近年、デジタル制御型のサブマージアーク溶接機の普及が進んでおり、例えば、特許文献2には、「電気アーク溶接システム」が提案され、このような「電気アーク溶接システム」を利用し、電流波形を制御して、多電極サブマージアーク溶接を実施することが可能となっている。
【0006】
このようなデジタル制御型のサブマージアーク溶接機を用いた多電極のサブマージアーク溶接方法が、特許文献3に提案されている。特許文献3に記載された技術は、溶融金属の溶込み形状を調整するための、電極に送流される交流電流の位相制御設定工程と、開先形状に適したビード幅を調整するための、電極を開先形状の幅方向に並列設置したときの電極間距離設定工程と、スラグ剥離性を向上させるための、電極の並列方向と溶接方向との交差角度を調整する電極支持角度調整工程と、を有し、一層一パスで積層溶接するサブマージアーク溶接方法である。なお、溶接の施工前に交流電流の電流波形を負側に移行させる電流波形調整工程を設定してもよい、としている。これによりワイヤ溶着速度が上昇する一方、スラグの厚さを減少できるとしている。この溶接方法によれば、溶込み形状やスラグ剥離性を考慮して溶接施工条件を設定でき、幅広の開先形状であっても、一層一パスで積層溶接することができる、としている。
【0007】
また、特許文献4には、「厚鋼板の高能率溶接方法」が記載されている。特許文献4に記載された厚鋼板の高能率溶接方法は、板厚が50mm超え100mm以下の一対の鋼材にX開先を加工する加工工程と、2~6電極の多電極サブマージアーク溶接で、フラックスを用いて表裏面からそれぞれ1パスの溶接を実施する溶接工程とを備え、溶接工程では、出力波形の制御ができる溶接電源を用いて、第1電極の溶接電流を、波形比率が60~90%の交流電流とし、その他の電極の溶接電流を波形比率が70%以上の交流電流あるいはマイナスの直流電流として溶接するとしている。特許文献4に記載された技術では、交流電流において電流波形の正極性の比率を増加させて溶接することによって、ワイヤ溶着量が増加し溶接入熱を低減できるとしている。
【0008】
さらに、特許文献5には、「多電極サブマージアーク溶接方法」が記載されている。特許文献5に記載された技術では、溶接電流の波形の制御が可能な溶接電源を用いて、第1電極を除く複数の電極において、ワイヤ先端のアーク柱に働く電磁力の最大値、平均値、標準偏差が特定の関係を満足するように調整して溶接する。これにより、各電極のアークの揺動をより有利に防止することが可能になり、溶接安定性が向上し、溶接金属の形状を改善でき、溶接欠陥が低減するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2006-272377号公報
【文献】特開2005-193299号公報
【文献】特開2011-200920号公報
【文献】国際公開WO 2013/073565号
【文献】国際公開WO 2016/199419号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
厚鋼板の溶接においては、とくに溶接能率を高めるために、溶接速度の増加を図ることが要望されている。溶接速度の増加を図るためには、電流や電流密度を増加させて溶込み深さとワイヤ溶着量を増加させる方法が有効である。しかし、電流や電流密度を大幅に増加させると、溶接部の余盛が凸型形状になるとともに、溶込み内部の幅やビード幅が減少しやすく、余盛高さ過大、アンダーカット、梨型割れなどが問題となる。このような問題を解決するためには、電極配置の変更、各電極の電流の調整、後行極の電圧増加などの方法が考えられる。しかし、電極配置の変更は、物理的な制限が多いうえ、変更のための作業を必要とし、作業効率が低下する。また、各電極の電流の調整は、溶接金属の内部品質にも影響を与えるため、最適な条件を決定することが難しい。また、後行極の電圧増加は、溶接入熱の増加を招くという問題がある。しかも、特許文献1~5に記載された各技術では、上記した問題を生じることなく、高速溶接を達成できるまでに至っていない。
【0011】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、電流比、電圧、電極配置を変更することなく、溶込み深さが大きく、溶接ビード幅を顕著に増加させることが可能で、大電流化による高速溶接が可能な、多電極サブマージアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、出力波形の制御ができる、デジタル制御型の溶接電源を用いて、多電極サブマージアーク溶接を行い、厚鋼板のサブマージアーク溶接継手を作製し、溶接部のビード形状に及ぼす各種要因について検討した。その結果、複数の電極に供給する交流電流の電流波形を所望の形状となるように調整することにより、とくに高速大電流溶接において、ビード幅が顕著に増加するという効果が得られることを知見した。
【0013】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて、完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は、つぎのとおりである。
[1]複数の電極を用いる多電極サブマージアーク溶接方法であって、前記複数の電極のうちの第1電極には直流電流または交流電流を供給し、第2電極以降の最後尾電極を除く電極には交流電流を、最後尾電極には交流電流または直流電流を供給するにあたり、前記第2電極以降の交流電流を供給する電極のうちの少なくとも1つの電極において、供給する前記交流電流の電流波形を、逆極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値IEPiと、正極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値IENiとの比、IEPi/IENi、が、次(1)式
1.10 ≦ IEPi/IENi ≦ 5.00……(1)
ここで、IEPi:第i電極の電流波形において、逆極性となる区間の電流瞬時値を 溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値[単位:A]、
IENi:第i電極の電流波形において、正極性となる区間の電流瞬時値を 溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値[単位:A]。
を満足するように設定することを特徴とする多電極サブマージアーク溶接方法。
[2]前記交流電流を供給する電極のすべてにおいて、供給する前記交流電流の電流波形を、前記IEPi/IENiが、次(2)式
0.40 ≦ IEPi/IENi ≦ 5.00……(2)
ここで、IEPi:第i電極の電流波形において、逆極性となる区間の電流瞬時値を 溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値[単位:A]、
IENi:第i電極の電流波形において、正極性となる区間の電流瞬時値を 溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値[単位:A]。
を満足するように設定することを特徴とする[1]に記載の多電極サブマージアーク溶接方法。
[3]前記最後尾電極に供給する直流電流を、直流逆極性電流とすることを特徴とする[1]または[2]に記載の多電極サブマージアーク溶接方法。
[4]前記第1電極に供給する前記直流電流を、直流逆極性電流とすることを特徴とする[1]ないし[3]のいずれかに記載の多電極サブマージアーク溶接方法。
[5][1]ないし[4]のいずれかに記載の多電極サブマージアーク溶接方法を用いて、鋼板同士を溶接接合して溶接継手を得ること特徴とする溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、多電極サブマージアーク溶接において、溶接ビードのビード幅を顕著に増加させることができ、しかも高速大電流溶接条件においても、ビード幅を増加させることが可能で、溶接の高速化に対応でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、溶接入熱量を増加させることなく、ビード幅を増加させることが可能になり、溶接入熱の低減という効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明で供給する交流電流の電流波形の一例を、矩形波電流を例として示す説明図である。
図2】交流電流の電流波形を矩形波とした場合の、オフセット、デューティ比を模式的に説明する説明図である。
図3】開先形状の一例を模式的に示す説明図である。
図4】実施例で得られた溶接継手部の断面形状の一例を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明では、ワイヤ溶着速度を増加させるために、複数の電極を用いる多電極サブマージアーク溶接方法とする。電極数は、2電極以上、5電極以下が好ましい。電極数が5電極を超えて多くなると、溶着量が多くなりすぎて余盛高さが高くなる。
【0017】
本発明の多電極サブマージアーク溶接方法では、第1電極に供給する電流は、直流、交流のいずれでもよいが、とくに、直流、好ましくは直流逆極性電流とすることにより、開先の先端が溶け易くなり、溶込み深さを増加させることができる。一方、第2電極および第3電極以降の電極には、磁気吹きによるアークの乱れを抑制するため、交流電流を供給する。なお、第3電極以降の電極のうち、最後尾電極には交流電流に代えて直流電流としてもよい。この場合、直流電流は直流逆極性電流とすることが、母材(鋼板)の溶融を促進し所望のビード幅を確保する観点から好ましい。また、電極数が2電極の場合には、第2電極は最後尾電極となるが、供給する電流は交流電流とする。
【0018】
そして本発明では、第2電極以降の、交流電流を供給する電極のうちの少なくとも1つの電極(例えば、第i電極)において、逆極性成分と正極性成分との比率を変更して、逆極性成分が増加した電流波形の交流電流を供給する。これにより、ワイヤ溶着量は減少するが、母材(鋼材)の溶融が促進され、その結果、ビード幅が増加するという効果が得られる。また、後述するように、高速大電流の溶接条件下においてもビード幅を増加できるようになる。
【0019】
本発明では、第i電極に供給する交流電流は、交流電流の電流波形において、IEPi/IENiを制御した交流電流とする。ここで、IEPiは、第i電極に供給された交流電流の電流波形において、逆極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値である。一方、IENiは、交流電流の電流波形において、正極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値である。すなわち、IEPi/IENiが1.00を超える場合は、供給した交流電流の電流波形において、逆極性成分が正極性成分に比べ増加していることを意味する。
【0020】
本発明では、第2電極以降の、交流電流を供給する電極の少なくとも1つの電極(第i電極)において、供給する交流電流の電流波形を、上記したIEPi/IENiが、次(1)式
1.10 ≦ IEPi/IENi ≦ 5.00……(1)
ここで、IEPi:第i電極の電流波形において、逆極性となる区間の電流瞬時値を 溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値[A]、
IENi:第i電極の電流波形において、正極性となる区間の電流瞬時値を 溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値[A]。
を満足するように設定する。
【0021】
本発明では、交流電流を供給した電極のうちの少なくとも1つの電極において、IEPi/IENiを1.10以上、すなわち、逆極性成分を増加させた電流波形の交流電流を供給する。これにより、母材(鋼材)の溶融が促進され、その結果、ビード幅が増加するという効果が得られる。IEPi/IENiが、1.10未満では、顕著なビード幅増加という効果が得られない。一方、IEPi/IENiが5.00を超えると、溶接電流が不安定化する。このため、交流電流を供給された電極の少なくとも1つの電極(第i電極)において、IEPi/IENiが1.10以上5.00以下を満足するように電流波形を設定することとした。
【0022】
なお、本発明では、各電極に供給する交流電流の電流波形は、正弦波、矩形波、三角波、のこぎり波等の電流波形がいずれも適用できる。
【0023】
図1に、電極(第i電極)に供給した溶接電流の電流波形の一例を、矩形波電流を供給した場合を例として示す。IEPiは、逆極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分した積分値(図1に示す斜線部の全面積)を溶接時間で除した値である。IENiは、正極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分した積分値(図1に示す黒色部の全面積)を溶接時間で除した値である。
【0024】
また、本発明では、上記した(1)式に加えて、交流電流を供給したすべての電極において、供給した交流電流の電流波形を、上記したIEPi/IENi、が、次(2)式
0.40 ≦ IEPi/IENi ≦ 5.00……(2)
ここで、IEPi:第i電極の電流波形において、逆極性となる区間の電流瞬時値 を溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値[A]、
IENi:第i電極の電流波形において、正極性となる区間の電流瞬時値 を溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値[A]。
を満足するように設定することが好ましい。
【0025】
IEPi/IENiが0.40未満では、顕著なビード幅増加の効果が得られない。一方、IEPi/IENiが5.00を超えると、溶接電流が不安定化する。このため、交流電流を供給したすべての電極において、IEPi/IENiが0.40以上5.00以下を満足するように、電流波形を設定することが好ましい。
【0026】
なお、交流電流の逆極性成分と正極性成分との比率を変更する方法については、とくに限定する必要はないが、オフセットβやデューティ比αのいずれか一方または両方を調整して行う。図2に、オフセットβやデューティ比αの定義を、交流電流として矩形波電流を用いた場合を例として模式的に示す。
【0027】
デューティ比αは、交流電流波形における逆極性となっている時間が占める比率で表され、正極性の時間比率と逆極性の時間比率が等しい場合にはデューティ比α:50%となる。また、オフセットβは、交流電流波形全体を正極性側または逆極性側にシフトさせることを意味する。例えば、設定電流値が1000Aのときに10%のオフセットを設定すると、逆極性側のピーク電流が1100A、正極性側のピーク電流が900Aとなる。
【0028】
なお、本発明の多電極サブマージアーク溶接方法では、電極に供給する交流電流の電流波形を上記した(1)、(2)式を満足するように設定すること以外は、常用の多電極サブマージアーク溶接方法で用いる条件がいずれも適用できる。
【0029】
本発明では、各電極に供給される交流電流の電流周波数はとくに限定されないが、アーク安定化による溶接安定化を図るために、20Hz以上100Hz以下の範囲の周波数とすることが好ましい。また、供給された交流電流の電流周波数が電極ごとに異なると、隣接する電極同士のアーク干渉が不安定化し、溶接が不安定となるという問題があり、また、電極ごとに電流周波数を変更するためには、各電極が個別の制御系を有することが必要となり、溶接設備が複雑化する。このようなことから、本発明では、各電極に供給される交流電流の電流周波数は、すべて同一の周波数とすることが好ましい。
【0030】
また、本発明では、複数の電極の間隔、配置、角度等の条件については、とくに限定する必要はなく、常用の多電極サブマージアーク溶接方法で用いる条件がいずれも適用できる。
【0031】
なお、隣接する電極同士の間隔としては、鋼板表面において測定したワイヤ先端位置の間隔(電極間の距離)で、例えば、8mm以上30mm以下とすることが好ましい。電極間の間隔が8mm未満では、電極間の間隔が狭すぎて、給電用のコンタクトチップ同士が物理的に接触する場合がある。一方、電極間の間隔が30mmを超えると、広すぎて、スラグ巻込みなどが発生し、溶接部の内部品質が低下することがある。
【0032】
また、各電極の傾斜角度としては、鋼板に垂直な線を0°として、溶接進行方向に対して第1電極の傾斜角度を-15°~+0°とし、第2電極以降の電極の傾斜角度を直前の電極に対して-5°~+45°の範囲にすることが好ましい。なお、傾斜角度に関し、-側は後退角側、+側は前進角側を意味する。
【0033】
また、各電極は、一般的に開先幅の中心で、溶接進行方向に沿って配置するが、これにより、溶接方向後方への溶融金属の流れを緩和するとともに、開先の左右両側を均等に溶融させ、美麗なビード外観と良好な溶接内部品質が得られる。
【0034】
なお、上記した本発明の多電極サブマージアーク溶接方法は、鋼板同士、とくに厚鋼板同士を溶接接合する溶接継手の製造に、有利に適用できる。好ましくは所定の開先形状を付与した鋼板同士を突き合わせて、本発明多電極サブマージアーク溶接法により、溶接接合して溶接継手を作製する。適用できる鋼板は、所望の強度、靭性を有する所定板厚の鋼板であればよく、とくに限定されないが、板厚:44.5mm以下程度のパイプ用鋼板とすることが好ましい。
【0035】
また、サブマージアーク溶接では、溶接材料として、ワイヤおよびフラックスを用いるが、本発明では、使用するワイヤおよびフラックスはとくに限定する必要はなく、使用する鋼板に応じた所望の強度、靭性に応じて、市販の材料を適宜選択することができる。
【0036】
以下、さらに実施例に基づき、さらに本発明について説明する。
【実施例
【0037】
板厚t:12.7mm、25.4mm、38.1mmの3種の厚鋼板を用意した。これらの厚鋼板から採取した一対の厚鋼板1,1に、図3に示す形状の片面Y開先2を形成するように開先加工を施し、突き合わせて試験体としたのち、2~5電極の多電極サブマージアーク溶接により溶接して溶接継手を作製した。
(実施例1)
板厚t:12.7mmの厚鋼板から採取した一対の厚鋼板1,1に、開先角度θ:90°、開先深さd:5.5 mmの片面Y開先2を形成するように開先加工を施し、突き合わせて試験体とした。ついで、2電極のサブマージアーク溶接により溶接して溶接継手を得た。なお、溶接に際して、フラックスは市販の溶融型フラックスを、溶接ワイヤは市販のワイヤ径4.0mmを使用した。
【0038】
また、サブマージアーク溶接に際して、第1電極には、交流矩形波電流または直流逆極性電流(DCEP)を、第2電極には交流矩形波電流を、それぞれ供給した。なお、各電極に供給した交流電流の周波数は一定とした。
使用した、溶接条件を表1に、電極配置(電極角度、電極間距離等)を表2に、電流波形条件を表3に、それぞれ示す。
【0039】
供給した交流電流(交流矩形波電流)は、デジタル制御型溶接電源を用いて、表3に示すように、デューティ比α、オフセットβを変化した電流波形の交流とした。なお、継手No.A1(比較例)では、第1電極および第2電極に、デューティ比α:50%、オフセットβ:0%の通常の交流矩形波電流を供給して溶接した。
【0040】
そして、サブマージアーク溶接中に、4000Hzのサンプリングレートで、交流電流が供給された各電極の溶接電流を測定し、定常溶接領域において、各電極(第i電極)の溶接電流の瞬時値からIEPiおよびIENiを算出し、各電極に供給された交流電流のIEPi/IENiを求めた。
【0041】
なお、ここで、IEPiは、第i電極の電流波形において、逆極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値であり、IENiは、正極性となる区間の電流瞬時値を溶接時間で積分し、その積分値を溶接時間で除した値である。すなわち、図1に示すように、溶接中に得られた電流波形から、IEPi=(斜線部の全面積)/(全溶接時間)、IENi=(黒色部の全面積)/(全溶接時間)をそれぞれ算出し、IEPi/IENiを求めた。
【0042】
そして、得られた溶接継手の溶接長1000mmの範囲(定常状態の溶接部)において、50mm間隔で、図4に示すビード幅(mm)を測定し、その平均値を求めた。なお、継手No.A1(比較例)のビード幅を基準として、ビード幅の評価を行った。継手No.A1より、2mm以上広いビード幅が得られた場合を「〇」と評価し、それ以外を「×」と評価した。また、得られたビード幅からその標準偏差を求め、ビード幅の標準偏差が1.5mm以下である場合を安定したビード幅が得られ、ビード外観が良好であると評価し「〇」とし、それ以外は「×」とした。
【0043】
また、得られた溶接継手(定常状態の溶接部)の3箇所から断面マクロ試料を採取し、図4に示す溶込み深さ(mm)を測定し、その平均値を求めた。
【0044】
得られた結果を表4に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
【表3】
【0048】
【表4】
【0049】
IEPi/IENiが、(1)式を満足する本発明例はいずれも、継手No.A1に比べて、溶接入熱を増加させることなく広いビード幅(平均値)と深い溶込み量を有する溶接継手となっている(ビード幅の評価「〇」、溶込み深さの評価「〇」)。また、本発明例はいずれも、同時に、ビード幅の標準偏差が小さく、ビード幅変動が小さく、良好なビード外観を有する溶接継手となっている。また、第1電極に直流逆極性電流を適用した溶接継手(継手No.A3~No.A6,No.A10)では、ビード幅増加の効果に加えて溶込み量増加の効果も得られた。
【0050】
なお、比較例として第2電極に直流電流を供給した継手No.A7では、ビード幅がばらつき、ビード幅の標準偏差が大きくなり、ビード外観が劣化していた。
【0051】
一方、第2電極に供給された交流電流のIEPi/IENiが、(1)式を満足することなく、0.4未満である継手No.A8(比較例)、継手No.A9(比較例)では、ビード幅(平均値)が継手No.A1(比較例)より狭く、所望の幅広のビードが得られていない。
(実施例2)
板厚t:12.7mmの厚鋼板から採取した一対の厚鋼板1,1に、開先角度θ°:90°、開先深さd:6.0 mmの片面Y開先2を形成するように開先加工を施し、突き合わせて試験体とした。ついで、3電極のサブマージアーク溶接により溶接して溶接継手を得た。なお、溶接に際して、フラックスは市販の溶融型フラックスを、溶接ワイヤは市販のワイヤ径4.0mmを使用した。
【0052】
なお、サブマージアーク溶接に際して、第1電極には交流矩形波電流または直流逆極性電流(DCEP)を、第2電極には交流電流を、第3電極(最後尾電極)には交流矩形波電流または直流逆極性電流(DCEP)を、それぞれ供給した。なお、各電極に供給した交流電流の周波数は一定とした。
【0053】
使用した、溶接条件を表5に、電極配置(電極角度、電極間距離等)を表6に、電流波形条件を表7に、それぞれ示す。
【0054】
供給した交流電流は、デジタル制御型溶接電源を用いて、表7に示すように、デューティ比α、オフセットβを変化した電流波形の交流電流とした。なお、継手No.B1(比較例)では、第1電極、第2電極および第3電極に、デューティ比α:50%、オフセットβ:0%の通常の交流矩形波電流をそれぞれ供給して溶接した。
【0055】
そして、実施例1と同様に、サブマージアーク溶接中に、4000Hzのサンプリングレートで、交流電流が供給された各電極の溶接電流を測定し、定常溶接領域において、各電極(第i電極)の溶接電流の瞬時値からIEPiおよびIENiを算出し、各電極に供給された交流電流のIEPi/IENiを求めた。
【0056】
そしてまた、実施例1と同様に、得られた溶接継手の溶接長1000mmの範囲(定常状態の溶接部)において、50mm間隔で、図4に示すビード幅(mm)を測定し、その平均値を求め、実施例1と同様に評価した。また、得られたビード幅からその標準偏差を求め、実施例1と同様に、ビード外観を評価した。
【0057】
また、実施例1と同様に、得られた溶接継手(定常状態の溶接部)の3箇所から断面マクロ試料を採取し、図4に示す溶込み深さ(mm)を測定し、その平均値を求めた。
【0058】
得られた結果を表8に示す。
【0059】
【表5】
【0060】
【表6】
【0061】
【表7】
【0062】
【表8】
【0063】
IEPi/IENiが、(1)式を満足する本発明例はいずれも、継手No.B1(比較例)に比べて、溶接入熱を増加させることなく広いビード幅(平均値)が得られ、同時に、ビード幅の標準偏差が小さく、ビード幅変動が小さく、良好なビード外観を有する溶接継手となっている。また、第1電極に直流逆極性電流を適用した溶接継手(継手No.B6~No.B12,No.B15,No.B16:本発明例)では、ビード幅増加の効果に加えて、継手No.B1(比較例)に比べて、溶込み量増加の効果も得られた。また、第3電極に直流逆極性電流を適用した溶接継手(継手No.B4、No.B5、No.B12:本発明例)では、顕著なビード幅増加の効果が得られた。
【0064】
一方、供給した交流電流が、(1)式の下限値を下回る比較例(継手No.B13、No.B14)では、所望のビード幅増加を確保できていない。
(実施例3)
板厚t:25.4mmの厚鋼板から採取した一対の厚鋼板1,1に、開先角度θ°:70°、開先深さd:11.0mmの片面Y開先2を形成するように開先加工を施し、突き合わせて試験体とした。ついで、4電極のサブマージアーク溶接により溶接して溶接継手を得た。なお、溶接に際して、フラックスは市販の溶融型フラックスを、溶接ワイヤは市販のワイヤ径4.0mmを使用した。
【0065】
なお、サブマージアーク溶接に際して、第1電極には交流矩形波電流または直流逆極性電流(DCEP)を、第2電極および第3電極には交流電流を、第4電極(最後尾電極)には交流矩形波電流または直流逆極性電流(DCEP)を、それぞれ供給した。なお、各電極に供給した交流電流の周波数は一定とした。
【0066】
使用した、溶接条件を表9に、電極配置(電極角度、電極間距離等)を表10に、電流波形条件を表11に、それぞれ示す。
【0067】
供給した交流電流は、デジタル制御型溶接電源を用いて、表11に示すように、デューティ比α、オフセットβを変化した電流波形の交流電流とした。なお、継手No.C1(比較例)では、第1電極から第4電極のすべての電極に、デューティ比α:50%、オフセットβ:0%の通常の交流矩形波電流をそれぞれ供給して溶接した。
【0068】
そして、実施例1と同様に、サブマージアーク溶接中に、4000Hzのサンプリングレートで、各電極の溶接電流を測定し、定常溶接領域における、各電極(第i電極)の溶接電流の瞬時値からIEPiおよびIENiを算出し、各電極に供給された交流電流のIEpi/IENiを求めた。
【0069】
そして、実施例1と同様に、得られた溶接継手の溶接長1000mmの範囲(定常状態の溶接部)において、50mm間隔で、図4に示すビード幅(mm)を測定し、その平均値を求めた。また、得られたビード幅からその標準偏差を求め、ビード外観を評価した。
【0070】
また、得られた溶接継手(定常状態の溶接部)の3箇所から断面マクロ試料を採取し、図4に示す溶込み深さ(mm)を測定し、その平均値を求めた。
【0071】
得られた結果を表12に示す。
【0072】
【表9】
【0073】
【表10】
【0074】
【表11】
【0075】
【表12】
【0076】
IEPi/IENiが、(1)式を満足する本発明例はいずれも、継手No.C1(比較例)に比べて、溶接入熱を増加させることなく広いビード幅(平均値)が得られ、同時に、ビード幅の標準偏差が小さく、ビード幅変動を小さく抑えた、良好なビード外観を有する溶接継手となっている。また、第1電極に直流逆極性電流を適用した溶接継手(継手No.C6~No.C15,No.C19~No.C22)では、ビード幅増加の効果に加えて、継手No.C1に比べて、溶込み量増加の効果も得られた。また、第4電極(最後尾電極)に直流逆極性電流を適用した溶接継手(継手No.C4、No.C5、No.C15)では、同様にビード幅増加の効果が得られた。
【0077】
一方、供給した交流電流が、(1)式の下限値を下回る比較例(継手No.C16~No.C18)では、所望のビード幅増加を確保できていない。なお、これら比較例(継手No.C16~No.C18)では第1電極に直流逆極性電流を適用しており、溶込み深さ量増加の効果は得られている。
(実施例4)
板厚t:38.1mmの厚鋼板から採取した一対の厚鋼板1,1に、開先角度θ°:70°、開先深さd:15.0mmの片面Y開先2を形成するように開先加工を施し、突き合わせて試験体とした。ついで、5電極のサブマージアーク溶接により溶接して溶接継手を得た。なお、溶接に際して、フラックスは市販の溶融型フラックスを、溶接ワイヤは市販のワイヤ径4.0mmを使用した。
【0078】
なお、サブマージアーク溶接に際して、第1電極には交流矩形波電流または直流逆極性電流(DCEP)を、第2電極、第3電極および第4電極には交流電流を、第5電極(最後尾電極)には交流矩形波電流または直流逆極性電流(DCEP)を、それぞれ供給した。なお、各電極に供給した交流電流の周波数は一定とした。
【0079】
使用した、溶接条件を表13に、電極配置(電極角度、電極間距離等)を表14に、電流波形条件を表15に、それぞれ示す。
【0080】
供給した交流電流は、デジタル制御型溶接電源を用いて、表15に示すように、デューティ比α、オフセットβを変化した電流波形の交流電流とした。なお、継手No.D1(比較例)では、第1電極から第5電極のすべての電極に、デューティ比α:50%、オフセットβ:0%の通常の交流矩形波電流をそれぞれ供給して溶接した。
【0081】
そして、実施例1と同様に、サブマージアーク溶接中に、4000Hzのサンプリングレートで、各電極の溶接電流を測定し、定常溶接領域における、各電極(第i電極)の溶接電流の瞬時値からIEPiおよびIENiを算出し、各電極に供給された交流電流のIEpi/IENiを求めた。
【0082】
そして、実施例1と同様に、得られた溶接継手の溶接長1000mmの範囲(定常状態の溶接部)において、50mm間隔で、図4に示すビード幅(mm)を測定し、その平均値を求めた。また、得られたビード幅からその標準偏差を求め、実施例1と同様に、ビード外観を評価した。
【0083】
また、得られた溶接継手(定常状態の溶接部)の3箇所から断面マクロ試料を採取し、図4に示す溶込み深さ(mm)を測定し、その平均値を求めた。
【0084】
得られた結果を表16に示す。
【0085】
【表13】
【0086】
【表14】
【0087】
【表15】
【0088】
【表16】
【0089】
IEPi/IENiが(1)式を満足する本発明例はいずれも、継手No.D1(比較例)に比べて、溶接入熱を増加させることなく広いビード幅(平均値)が得られ、同時に、ビード幅の標準偏差が小さく、ビード幅変動を小さく抑えた、良好なビード外観を有する溶接継手となっている。また、第1電極に直流逆極性電流を適用した溶接継手(継手No.D6~No.D18,No.D23~No.D27)では、ビード幅増加の効果に加えて、継手No.D1(比較例)に比べて、溶込み量増加の効果も得られた。また、第5電極(最後尾電極)に直流逆極性電流を適用した溶接継手(継手No.D4、No.D5、No.D18)では、同様にビード幅増加の効果が得られた。
【0090】
一方、供給した交流電流が、(1)式および(2)式を満足しない比較例(継手No.D19~No.D22)では、IEPi/IENiが(1)式の下限値未満であり、所望のビード幅増加を確保できていない。なお、これら比較例(継手No.D19~No.D22)では第1電極に直流逆極性電流を適用しており、溶込み深さ量増加の効果は得られている。
【符号の説明】
【0091】
1 鋼板
2 開先
3 溶接金属
図1
図2
図3
図4