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特許7498412ホットスタンプ用めっき鋼板およびホットスタンプ成形体の製造方法、ならびにホットスタンプ成形体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用めっき鋼板およびホットスタンプ成形体の製造方法、ならびにホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
   C23C 2/26 20060101AFI20240605BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20240605BHJP
   C22C 18/04 20060101ALI20240605BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240605BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20240605BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20240605BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20240605BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240605BHJP
【FI】
C23C2/26
C23C2/06
C22C18/04
C22C38/00 301T
C22C38/04
C22C38/38
C21D1/18 C
C21D9/00 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023500851
(86)(22)【出願日】2022-02-15
(86)【国際出願番号】 JP2022005935
(87)【国際公開番号】W WO2022176850
(87)【国際公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-04-19
(31)【優先権主張番号】P 2021023305
(32)【優先日】2021-02-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】竹林 浩史
(72)【発明者】
【氏名】秋葉 浩二郎
(72)【発明者】
【氏名】仙石 晃大
【審査官】相田 元
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-81368(JP,A)
【文献】特開2015-94006(JP,A)
【文献】特開2019-116654(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/26
C23C 2/02
C23C 2/06
C23C 2/40
C22C 18/04
C22C 38/00
C22C 38/04
C22C 38/38
C21D 1/18
C21D 9/00
B21D 22/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に亜鉛めっき層を形成してめっき鋼板とする溶融亜鉛めっき処理工程と、
前記めっき鋼板に対して冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を備え、
前記溶融亜鉛めっき処理工程では、
前記亜鉛めっき層を形成してから、前記亜鉛めっき層の表面の温度が400℃まで冷却する間の平均冷却速度を10℃/s以上とし、
前記亜鉛めっき層のめっき付着量を、Zn含有量において、65~150g/mとし、かつ、前記亜鉛めっき層中のAl含有量を、質量%で、0.15~0.70%とし、
前記冷間圧延工程では、前記亜鉛めっき層のZn含有量換算でのめっき付着量をM、前記亜鉛めっき層中のAl含有量をAとした時に、圧延率Rが、下記(i)式で定義されるLとの関係において、下記(ii)式を満足する条件で冷間圧延を施す、
ホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法。
L=0.0032×A×M+0.46 ・・・(i)
L≦R≦10L ・・・(ii)
【請求項2】
前記基材中のMn含有量が、質量%で、1.3%超である、
請求項1に記載のホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法。
【請求項3】
基材の表面に亜鉛めっき層を形成してめっき鋼板とする溶融亜鉛めっき処理工程と、
前記めっき鋼板に対して冷間圧延を施す冷間圧延工程と、
前記冷間圧延を施した後の前記めっき鋼板を加熱し、その後に、成形および焼入れを同時に行うホットスタンプ工程と、を備え、
前記溶融亜鉛めっき処理工程では、
前記亜鉛めっき層を形成してから、前記亜鉛めっき層の表面の温度が400℃まで冷却する間の平均冷却速度を10℃/s以上とし、
前記亜鉛めっき層のめっき付着量を、Zn含有量において、65~150g/mとし、かつ、前記亜鉛めっき層中のAl含有量を、質量%で、0.15~0.70%とし、
前記冷間圧延工程では、前記亜鉛めっき層のZn含有量換算でのめっき付着量をM、前記亜鉛めっき層中のAl含有量をAとした時に、圧延率Rが、下記(i)式で定義されるLとの関係において、下記(ii)式を満足する条件で冷間圧延を施す、
ホットスタンプ成形体の製造方法。
L=0.0032×A×M+0.46 ・・・(i)
L≦R≦10L ・・・(ii)
【請求項4】
前記基材中のMn含有量が、質量%で、1.3%超である、
請求項3に記載のホットスタンプ成形体の製造方法。
【請求項5】
前記ホットスタンプ工程では、20℃/s未満の平均加熱速度でAc点~950℃の温度範囲まで加熱する、
請求項3または請求項4に記載のホットスタンプ成形体の製造方法。
【請求項6】
基材の表面に厚さ1μm以上の亜鉛めっき層を有し、
前記亜鉛めっき層中のAl含有量が、質量%で、0.15~0.70%であり、
前記亜鉛めっき層の表面から深さ1μmまでの表層領域における化学組成が、下記(iii)式を満足する、
ホットスタンプ成形体。
Mn/(Fe+Mn+Zn+Si+Al+O+Cr)≧0.030 ・・・(iii)
但し、上記式中の元素記号は、前記表層領域中における各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項7】
前記基材中のMn含有量が、質量%で、1.3%超である、
請求項6に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用めっき鋼板およびホットスタンプ成形体の製造方法、ならびにホットスタンプ成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体を構成する各種の自動車部品には、当該部品の用途に応じて多様な性能が要求されている。例えば、Aピラーレインフォース、Bピラーレインフォース、バンパーレインフォース、トンネルレインフォース、サイドシルレインフォース、ルーフレインフォースまたはフロアークロスメンバー等の自動車部品には、それぞれの自動車部品における特定部位だけが、この特定部位を除く一般部位よりも高い強度を有することが要求される。そこで、自動車部品における補強が必要な特定部位に相当する部分だけにホットスタンプ成形して、ホットスタンプ部材とする工法が一部採用されている。
【0003】
この際、表面処理を施していない冷延鋼板を用いると、加熱中に鋼板表面に鉄の酸化スケールが発生する。この酸化スケールは、成形中に剥離して金型を損耗するだけでなく、鋼板表面に疵が生じる原因となる。また、成形後の鋼板表面に酸化スケールが残れば、後の溶接工程における溶接不良、または塗装工程における塗装の密着性不良の原因になることがある。
【0004】
そこで、酸化スケールの生成を防止するために、特許文献1に記載されるように、亜鉛系等のめっき鋼板が用いられることがある。亜鉛系のめっき鋼板を用いることにより、鉄よりも先に亜鉛が少量酸化されることで、鉄の酸化を抑制し、溶接性および塗装性を大幅に改善することができる。
【0005】
さらに近年では、これらの部品にも耐食性が求められるようになり、例えば、特許文献2~5では、加熱前の鋼板のめっき付着量を厚目付にして、加熱後のめっき表面にZn含有量が約70%で残部がFeを主成分とするめっきを残存させ、耐食性を向上させる技術が開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2003-126921号公報
【文献】特開2005-240072号公報
【文献】特開2006-022395号公報
【文献】特開2007-182608号公報
【文献】特開2011-117086号公報
【文献】特開2015-081368号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、連続ラインで溶融亜鉛めっき処理により亜鉛めっき層を形成する場合、めっき浴中のZnと基材中のFeとが反応して過度に合金化するのを抑制するため、めっき浴中には少量のAlを含有させる必要がある。
【0008】
特に、厚目付のAl含有Znめっきを用いた際に、加熱して成形後に蜘蛛の巣状の表面欠陥が発生することがある。この蜘蛛の巣状の表面欠陥は凸状欠陥であり、自動車用の塗装した後も表面に浮き出てくることがあるため、品質上好ましくない。
【0009】
したがって、この蜘蛛の巣状の欠陥を抑制する必要がある。しかし、その発生メカニズムも、それを抑制する手法についてもよく分かっていなかったのが実情である。
【0010】
本発明は、上記の問題点を解決し、Al含有Znめっきを用いた場合において、蜘蛛の巣状の表面欠陥を抑制することが可能なホットスタンプ用めっき鋼板およびホットスタンプ成形体の製造方法、ならびにホットスタンプ成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、下記のホットスタンプ用めっき鋼板およびホットスタンプ成形体の製造方法、ならびにホットスタンプ成形体を要旨とする。
【0012】
(1)基材の表面に亜鉛めっき層を形成してめっき鋼板とする溶融亜鉛めっき処理工程と、
前記めっき鋼板に対して冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を備え、
前記溶融亜鉛めっき処理工程では、
前記亜鉛めっき層を形成してから、前記亜鉛めっき層の表面の温度が400℃まで冷却する間の平均冷却速度を10℃/s以上とし、
前記亜鉛めっき層のめっき付着量を、Zn含有量において、65~150g/mとし、かつ、前記亜鉛めっき層中のAl含有量を、質量%で、0.15~0.70%とし、
前記冷間圧延工程では、前記亜鉛めっき層のZn含有量換算でのめっき付着量をM、前記亜鉛めっき層中のAl含有量をAとした時に、圧延率Rが、下記(i)式で定義されるLとの関係において、下記(ii)式を満足する条件で冷間圧延を施す、
ホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法。
L=0.0032×A×M+0.46 ・・・(i)
L≦R≦10L ・・・(ii)
【0013】
(2)前記基材中のMn含有量が、質量%で、1.3%超である、
上記(1)に記載のホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法。
【0014】
(3)基材の表面に亜鉛めっき層を形成してめっき鋼板とする溶融亜鉛めっき処理工程と、
前記めっき鋼板に対して冷間圧延を施す冷間圧延工程と、
前記冷間圧延を施した後の前記めっき鋼板を加熱し、その後に、成形および焼入れを同時に行うホットスタンプ工程と、を備え、
前記溶融亜鉛めっき処理工程では、
前記亜鉛めっき層を形成してから、前記亜鉛めっき層の表面の温度が400℃まで冷却する間の平均冷却速度を10℃/s以上とし、
前記亜鉛めっき層のめっき付着量を、Zn含有量において、65~150g/mとし、かつ、前記亜鉛めっき層中のAl含有量を、質量%で、0.15~0.70%とし、
前記冷間圧延工程では、前記亜鉛めっき層のZn含有量換算でのめっき付着量をM、前記亜鉛めっき層中のAl含有量をAとした時に、圧延率Rが、下記(i)式で定義されるLとの関係において、下記(ii)式を満足する条件で冷間圧延を施す、
ホットスタンプ成形体の製造方法。
L=0.0032×A×M+0.46 ・・・(i)
L≦R≦10L ・・・(ii)
【0015】
(4)前記基材中のMn含有量が、質量%で、1.3%超である、
上記(3)に記載のホットスタンプ成形体の製造方法。
【0016】
(5)前記ホットスタンプ工程では、20℃/s未満の平均加熱速度でAc点~950℃の温度範囲まで加熱する、
上記(3)または(4)に記載のホットスタンプ成形体の製造方法。
【0017】
(6)基材の表面に厚さ1μm以上の亜鉛めっき層を有し、
前記亜鉛めっき層中のAl含有量が、質量%で、0.15~0.70%であり、
前記亜鉛めっき層の表面から深さ1μmまでの表層領域における化学組成が、下記(iii)式を満足する、
ホットスタンプ成形体。
Mn/(Fe+Mn+Zn+Si+Al+O+Cr)≧0.030 ・・・(iii)
但し、上記式中の元素記号は、前記表層領域中における各元素の含有量(質量%)を表す。
【0018】
(7)前記基材中のMn含有量が、質量%で、1.3%超である、
上記(6)に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る製造方法よれば、Al含有Znめっきを用いた場合において、ホットスタンプ成形体を製造する際に、蜘蛛の巣状の表面欠陥を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、蜘蛛の巣状の表面欠陥が発生する原因について調査した結果、以下の知見を得た。
【0021】
(a)上述のように、めっき浴中にAlを含有させる場合、亜鉛めっき層の表面には、薄いAlを含む酸化物層が形成する。特に厚目付の場合、ホットスタンプ時の加熱により、亜鉛めっき層が液相となって流動し、酸化物層に局所的なひび割れが生じる。
【0022】
(b)酸化物層のひび割れによって生じる隙間にめっき中のMn等が流入し、これらの酸化物が充填することで、蜘蛛の巣状の色むらが発生し、表面性状が悪化する。
【0023】
本発明者らは、酸化物層のひび割れに起因する表面欠陥を抑制する方法について鋭意検討を行い、以下の着想を得るに至った。
【0024】
(c)Mnは基材から溶出することでめっき中に含有され、そこからめっき表面へと拡散する。酸化物層に局所的なひび割れが生じると、局所的なMnの濃化が生じ、それが蜘蛛の巣状の色むらの原因となる。
【0025】
(d)Mnの溶出・拡散を活用し、ホットスタンプ時にMnをめっき表面に均一に濃化させることができれば、色むらを抑制することが可能となる。
【0026】
上記の着想に基づき、本発明者らは、特許文献6に記載される技術を採用し、ホットスタンプ前の鋼板に対して、冷間圧延を施し、事前に酸化物層を細かく破砕しておくことで、表面欠陥の抑制を試みた。しかしながら、冷間圧延を行ったとしても、安定的に蜘蛛の巣状の色むらを抑制することができなかった。その原因についてさらに検討を行った結果、以下の知見を得た。
【0027】
(e)めっき皮膜中のAl含有量が高いほど、そして、めっき皮膜のめっき付着量が大きいほど、より微細に酸化物層を破砕する必要がある。すなわち、冷間圧延における圧延率を、めっき皮膜中のAl含有量およびめっき皮膜のめっき付着量との関係で制御することが重要である。
【0028】
(f)酸化物層を細かく破砕したとしても、基材からのMnの溶出・拡散が不十分であると、Mnを表面に均一に濃化させることが困難となる。
【0029】
(g)めっき皮膜中における基材との界面付近において、Fe-Al金属間化合物層が厚く形成されていると、基材からのMnの溶出が著しく阻害される。
【0030】
(h)めっき処理後にめっき皮膜が凝固するまでの間に速やかに冷却を行うことで、Fe-Al金属間化合物層の形成を抑制し、Mnの溶出を促進させることが可能となる。
【0031】
(i)そして、めっき中に溶出したMnが細かく破砕された酸化物層の隙間に流入し、めっき表面に均一に濃化することで、蜘蛛の巣状の色むらの抑制が可能となる。
【0032】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0033】
(A)ホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法
本発明の一実施形態に係るホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法は、溶融亜鉛めっき処理工程および冷間圧延工程を備える。また、基材製造工程をさらに備えてもよい。以下、各工程について、詳述する。
【0034】
[基材製造工程]
基材製造工程では、ホットスタンプ用めっき鋼板の基材を製造する。例えば、所定の化学組成を有する溶鋼を製造し、この溶鋼を用いて、鋳造法によりスラブを製造するか、または、造塊法によりインゴットを製造する。次いで、スラブまたはインゴットを熱間圧延することにより、基材(熱延板)が得られる。
【0035】
なお、上記熱延板に対して酸洗処理を行い、酸洗処理後の熱延板に対して冷間圧延を行って得られる冷延板を基材としてもよい。さらに、上記の熱延板または冷延板に焼鈍を施し、得られる熱延焼鈍板または冷延焼鈍板を基材としてもよい。
【0036】
基材となる鋼の化学組成については特に制限はない。しかし、上述のように、本発明では、基材からのMnの溶出を活用する観点から、基材中のMn含有量が、質量%で、1.3%超であることが好ましく、1.5%以上であることがより好ましい。Mn含有量に上限を設ける必要はないが、3.0%以下であるのが好ましく、2.7%以下であるのがより好ましい。
【0037】
[溶融亜鉛めっき処理工程]
溶融亜鉛めっき処理工程では、上記の基材の表面に亜鉛めっき層を形成してめっき鋼板とする。亜鉛めっき層は、例えば、溶融めっき処理を行うことにより形成することができる。
【0038】
例えば、溶融めっき処理による亜鉛めっき層の形成例は、以下のとおりである。すなわち、基材を、Zn、Alおよび不純物からなる溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、基材表面に亜鉛めっき層を付着させる。溶融亜鉛めっき浴の化学組成は、Znが主体である。具体的には、Zn含有量が90質量%以上である。めっき浴の温度としては、440~470℃、さらには450~460℃が一般的である。
【0039】
また、溶融亜鉛めっき浴のAl含有量は0.05~0.50%であるのが好ましく、0.10~0.30%であるのがより好ましく、0.12~0.20%であるのがさらに好ましい。めっき浴中に上記の範囲でAlを含有することで、めっき浴中のZnと基材中のFeとが反応して過度に合金化するのを抑制することが可能となる。
【0040】
亜鉛めっき層中のAl含有量は、鋼板の種類またはめっき条件等により、めっき浴中のAl含有量よりもやや高めとなる。この際、亜鉛めっき層中のAl含有量によってめっき表面のAl酸化物の形成状態が異なってしまうため、本発明ではめっき浴中のAl含有量ではなく、亜鉛めっき層中のAl含有量に応じた圧延率の調整が必要となる。亜鉛めっき層中のAl含有量は、質量%で、0.15~0.70%とし、0.15~0.60%とするのが好ましく、0.20~0.50%とするのがより好ましい。
【0041】
亜鉛めっき層中のAl含有量を測定する方法としては、インラインで測定する場合は蛍光X線分析が用いられる。具体的には、あらかじめ所定のめっき鋼板を用いて、蛍光X線分析によって得られるAl測定値と、亜鉛めっき層を希塩酸で溶解してICP発光分析により測定されるAl含有量との関係を導く。そして、測定対象となるめっき鋼板に蛍光X線を照射してAl測定値を得て、上記の関係からAl含有量を求める。
【0042】
溶融亜鉛めっき浴中には、その他に、Mg、Pb、Si等が含まれていてもよいが、これらの合計含有量は10質量%以下であることが好ましい。
【0043】
次いで、亜鉛めっき層が付着した基材をめっき浴から引き上げる。本工程において、めっき浴からの鋼板の引き上げ速度、ワイピングのガスの流量、流速を適宜調整することにより、亜鉛めっき層の厚さを調整することが可能になる。ワイピングガスの流速は、例えば、10m/s以上とすることが好ましい。
【0044】
基材をめっき浴から引き上げ、亜鉛めっき層の厚さを調整し、亜鉛めっき層を形成した後、亜鉛めっき層が凝固するまで冷却する。この際の冷却速度が低いと、上述のように、亜鉛めっき層中における基材との界面付近において、Fe-Al金属間化合物層が厚く形成し、基材からのMnの溶出が著しく阻害される。
【0045】
Fe-Al金属間化合物層の形成を抑制するため、亜鉛めっき層を形成してから、亜鉛めっき層の表面の温度が400℃まで冷却する間の平均冷却速度を10℃/s以上とする。上記平均冷却速度は15℃/s以上であるのが好ましく、20℃/s以上であるのがより好ましい。平均冷却速度に上限を設ける必要はない。めっき後の冷却速度は、冷却ガスまたはミストの吹き付けを行うことで調整されることが多い。この際の吹き付け速度が過剰であると、外観のムラなどの原因となる。そのため、めっき後の冷却速度は、30℃/s以下であるのが好ましく、25℃/s以下であるのがより好ましい。
【0046】
基材表面に形成される亜鉛めっき層のめっき付着量は、Zn含有量において、65~150g/mとする。厚目付とすることで、優れた耐食性を有するホットスタンプ成形体を製造することができる。
【0047】
加えて、蜘蛛の巣状の表面欠陥は、厚目付であるほど生じやすい。そのため、亜鉛めっき層のめっき付着量が、Zn含有量において、65g/m以上である場合において、本発明の効果が顕著に発揮される。一方、亜鉛めっき層のめっき付着量が、Zn含有量において、150g/mを超えると、ホットスタンプ時の加熱によって生じるめっき液相の流動を抑制するのが極めて困難になる。亜鉛めっき層のめっき付着量は、Zn含有量において、80g/m以上であるのが好ましく、130g/m以下であるのが好ましい。
【0048】
なお、蜘蛛の巣状の表面欠陥の問題は、めっき後に合金化させずに凝固させた溶融亜鉛めっき鋼板に対して、ホットスタンプを施すことで発生する。溶融亜鉛めっき処理後にさらに合金化を施した合金化溶融亜鉛めっき鋼板ではこのような問題は生じないため、本実施形態の対象とはならない。すなわち、本実施形態における溶融亜鉛めっき処理工程では、合金化処理は行わない。
【0049】
[冷間圧延工程]
冷間圧延工程では、亜鉛めっき層が形成されためっき鋼板に対して、冷間圧延を施す。これにより、亜鉛めっき層の表面に形成された薄いAlを含む酸化物層を、事前に酸化物層を細かく破砕する。
【0050】
この際、亜鉛めっき層中のAl含有量が高いほど、そして、亜鉛めっき層のめっき付着量が大きいほど、より微細に酸化物層を破砕する必要がある。そのため、圧延率Rが、下記(i)式で定義されるLとの関係において、下記(ii)式を満足する条件で冷間圧延を施す。ここで、(i)式中のMは亜鉛めっき層のZn含有量換算でのめっき付着量(g/m)、Aは亜鉛めっき層中のAl含有量(質量%)である。
L=0.0032×A×M+0.46 ・・・(i)
L≦R≦10L ・・・(ii)
【0051】
より確実に蜘蛛の巣状の表面欠陥を抑制する観点から、圧延率Rは、2L以上であるのが好ましい。なお、圧延率が高すぎると、めっき鋼板の延伸によってめっき付着量が低下する結果、耐食性が劣化する。そのため、圧延率Rは、10L以下とし、好ましくは5L以下とする。
【0052】
圧延率は、めっき鋼板の長さ方向の圧延前後の長さの差を、圧延前の長さで除して百分率で表したものである。圧延率は、インラインではエンコーダ等により圧延前後の板の通板速度を正確に測定し、その速度差から算出することができる。
【0053】
圧延ロールには様々なものを用いることができるが、めっき鋼板の表層の酸化皮膜をより細かく破砕するには、圧延ロールの表面粗さを、JIS B 0601:2013で規定される算術平均粗さRaにおいて、2.0μm以下とすることが好ましく、1.0μm以下とすることがより好ましい。
【0054】
(B)ホットスタンプ成形体の製造方法
本発明の一実施形態に係るホットスタンプ成形体の製造方法は、上述の溶融亜鉛めっき処理工程および冷間圧延工程に加えて、ホットスタンプ工程をさらに備える。以下、ホットスタンプ工程について詳しく説明する。
【0055】
[ホットスタンプ工程]
ホットスタンプ工程では、冷間圧延を施した後のめっき鋼板を加熱し、その後に、成形および焼入れを同時に行う。ホットスタンプ工程での加熱条件については、特に制限はない。加熱する際の最高到達温度は、例えば、Ac点~950℃とすることができる。最高到達温度をAc点以上とすることで、加熱時に基材がオーステナイト化し、十分な焼入れ効果が得られる。
【0056】
一方、めっき鋼板を加熱する際の最高到達温度が高すぎると、蜘蛛の巣状の欠陥を抑制することが困難になる場合がある。そのため、最高到達温度は950℃以下とし、900℃以下とすることが好ましく、890℃以下とすることがより好ましく、870℃以下とすることがさらに好ましい。
【0057】
また、加熱速度についても特に制限はなく、製造コスト低減の観点からは急速加熱することが望まれる。しかし、加熱時にMnの溶出・拡散をさらに促進する観点からは、加熱速度を低くすることが好ましく、具体的には、20℃/s未満の平均加熱速度とすることが好ましく、18℃/s以下の平均加熱速度とすることがより好ましい。
【0058】
鋼板の加熱方法については特に制限はなく、ガス炉または電気炉内で加熱する方法が一般的であるが、通電加熱または誘導加熱等の方法を採用してもよい。
【0059】
また、本発明において、上述する温度は鋼板の表面温度を意味する。鋼板の表面温度を測定する方法としては、材料に熱電対を取り付けて測定する方法が最も正確に測定できる。しかしながら、量産材では熱電対を取り付けた跡が残るため好ましくない。
【0060】
そこで、事前に部品形状、板厚およびめっき目付毎に熱電対を付けたダミー材でヒートパターンを測定して、本発明に適するヒートパターンを再現できるように炉の加熱条件を設定しておき、その一定条件で量産することで、本発明に適した条件で加熱することができる。
【0061】
さらに、熱電対を用いる以外の方法としては、炉内に放射温度計を設置して事前に条件出しをして、放射率を規定した放射温度計で測定することもできる。放射率は厳密には材料表面の状態で変化するが、本材料の場合は、0.5程度に設定しておけば今回の発明の効果が得られる温度測定は可能である。
【0062】
次に、加熱された亜鉛めっき鋼板を、金型を用いてプレス成形する。このプレス成形と同時に、金型によって鋼板を焼入れする。金型内には冷却媒体(例えば水)が循環しており、金型が亜鉛めっき鋼板の抜熱を促して、焼入れがなされる。以上の工程により、成形体を製造することができる。
【0063】
なお、冷間圧延工程とホットスタンプ工程との間で鋼板表面に厚い酸化皮膜が新たに形成されると、基材からのMnの溶出・拡散が阻害されるため、蜘蛛の巣模様の発生を抑制できなくなる。そのため、本実施形態に係るホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法およびホットスタンプ成形体の製造方法においては、冷間圧延工程の後に、自然酸化による酸化皮膜は形成し得るが、意図的に酸化皮膜を形成する工程を含まない。
【0064】
(C)ホットスタンプ成形体
次に、上述の方法で製造されるホットスタンプ成形体について説明する。本発明の一実施形態に係るホットスタンプ成形体は、基材の表面に厚さ1μm以上の亜鉛めっき層を有する。そして、亜鉛めっき層の表面から深さ1μmまでの表層領域における化学組成が、下記(iii)式を満足する。
Mn/(Fe+Mn+Zn+Si+Al+O+Cr)≧0.030 ・・・(iii)
但し、上記式中の元素記号は、亜鉛めっき層の表層領域中における各元素の含有量(質量%)を表す。
【0065】
上述のように、基材からのMnの溶出・拡散が促進され、亜鉛めっき層の表面に均一に濃化し、その結果、表層領域における化学組成が上記(iii)式を満足することで、蜘蛛の巣状の色むらが抑制される。蜘蛛の巣状の色むらをより確実に抑制するためには、上記(iii)式の左辺値は0.070以上であるのが好ましい。なお、上記(iii)式の左辺値に上限を設ける必要はないが、基材中のMn含有量が3.0%以下である場合には、0.100が実質的な上限となる。
【0066】
なお、本実施形態において、ホットスタンプ加熱後の亜鉛めっき層の厚さは通常10μm以上となる。亜鉛めっき層の厚さは16μm以上であるのが好ましく、18μm以上または20μm以上であるのがより好ましい。また、亜鉛めっき層の厚さは37μm以下であるのが好ましく、35μm以下または32μm以下であるのがより好ましい。
【0067】
亜鉛めっき層の表層領域における化学組成および亜鉛めっき層の厚さは、高周波グロー放電発光表面分析装置(GDS)によって測定することが可能である。具体的には以下の手順により測定を行う。
【0068】
ホットスタンプ成形体の表面のうち、任意の10点の測定位置を決定する。各測定点において、亜鉛めっき層の表面から深さ1μmまでの表層領域においてスパッタリングしながら、0.01μmピッチで、Fe、Mn、Zn、Si、Al、O、Crの各元素濃度を測定し、深さ1μmまでの平均含有量(質量%)を求める。全ての測定点(10点)で求めたFe含有量、Mn含有量、Zn含有量、Si含有量、Al含有量、O含有量、Cr含有量の平均を求め、表層領域中の各元素の含有量とする。
【0069】
さらに、上記の各測定点において、深さ方向に化学組成の測定を行い、Zn含有量が15%以下となるまでの深さを求める。そして、各測定点での深さの平均を求め、その平均値を亜鉛めっき層の厚さとする。
【0070】
GDSの測定装置としては、例えば、LECOジャパン社製のGDS850Aの装置を用い、測定条件は30W、1000V、アルゴン圧0.27MPa、測定径4mmφとすることができる。
【0071】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0072】
厚さ1.0mmであり、Mn含有量が、質量%で、1.3%、1.5%、または2.0%の3種の冷延鋼板を用意した。これらの冷延鋼板のMn含有量以外の化学組成はいずれも、C:0.21%、Si:0.2%、P:0.01%、S:0.007%、Cr:0.2%、Ti:0.02%、B:0.003%、残部:Feおよび不純物とした。なお、上記の冷延鋼板のAc点は、加熱速度およびMn含有量にも依存するが、いずれも810~840℃程度の範囲内であった。
【0073】
上記の冷延鋼板に対して、連続溶融亜鉛めっきラインにより焼鈍を施し、続けて、表1に示す条件でめっきを施し、めっき鋼板とした。なお、めっき浴組成はAl含有量:0.13質量%、残部:Znであり、めっき浴温度は460℃とした。めっき後、ワイピングガスおよび冷却ガスを噴射する距離、流量を調整して、亜鉛めっき層の表面の温度が400℃となるまでの平均冷却速度を種々に調整した。
【0074】
【表1】
【0075】
得られためっき鋼板に対して、さらに表1に示す条件で冷間圧延を施した。圧延ロールの表面粗さは、算術平均粗さRaにおいて、1.0μmであった。
【0076】
その後、各試験例のめっき鋼板について、100mm角のサイズに切り出した後、大気雰囲気の通電加熱炉を用いて表1に示す平均加熱速度で900℃まで加熱した後、速やかに水冷配管を内蔵した平板プレスに挟んで急冷してホットスタンプ成形体を得た。
【0077】
得られた成形体について、亜鉛めっき層の表層領域における化学組成を上述の方法により測定し、CMn=Mn/(Fe+Mn+Zn+Si+Al+O+Cr)の値を算出した。なお、亜鉛めっき層の厚さはいずれも10μm以上であった。
【0078】
次に、上記の成形体の表面を観察し、蜘蛛の巣状の欠陥が無いかどうか評価した。評価基準は、蜘蛛の巣状の欠陥が成形体の表面に非常にくっきり見えている場合をF、薄く見えており化成電着後も見える場合はC、わずかに見えるが化成電着後は見えない場合はB、化成電着する前の状態でも見えない場合はAとした。本実施例ではC以上を合格とした。
【0079】
また、耐食性は、温塩水浸漬による塗膜密着性試験で評価した。ホットスタンプ加熱後の供試材に日本パーカライジング株式会社製PBL-3080で通常の化成処理条件により燐酸亜鉛処理を行った後、関西ペイント製電着塗料GT-10を電圧200Vのスロープ通電で電着塗装し、焼き付け温度150℃で20分焼き付け塗装した。塗膜厚みは20μmであった。そのサンプルを5%50℃のNaCl水溶液中に500時間浸積した後、塗装にテープ剥離試験を行い、5%以上の剥離が発生した場合は耐食性不良としてF、1%以上5%未満をC、0%を超えて1%未満の場合をB、0%の場合をAとした。本実施例ではB以上を合格とした。
【0080】
以上の評価結果を表1に併せて示す。
【産業上の利用可能性】
【0081】
以上のように、本発明に係る製造方法よれば、Al含有Znめっきを用いた場合において、ホットスタンプ成形体を製造する際に、蜘蛛の巣状の表面欠陥を抑制することが可能となる。