(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】ファイバー状ナノ結晶及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H10K 85/60 20230101AFI20240605BHJP
B82Y 10/00 20110101ALI20240605BHJP
B82Y 20/00 20110101ALI20240605BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20240605BHJP
H10K 50/10 20230101ALI20240605BHJP
H10K 50/15 20230101ALI20240605BHJP
H10K 50/17 20230101ALI20240605BHJP
H10K 71/10 20230101ALI20240605BHJP
H10K 71/40 20230101ALI20240605BHJP
【FI】
H10K85/60
B82Y10/00
B82Y20/00
B82Y40/00
H10K50/10
H10K50/15
H10K50/17
H10K71/10
H10K71/40
(21)【出願番号】P 2020105186
(22)【出願日】2020-06-18
【審査請求日】2023-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】000107561
【氏名又は名称】スガイ化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】柳 捷凡
(72)【発明者】
【氏名】峯山 健治
(72)【発明者】
【氏名】宮城 幸司
(72)【発明者】
【氏名】西野 充浩
【審査官】内村 駿介
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-513108(JP,A)
【文献】特開2009-251386(JP,A)
【文献】特開2012-136576(JP,A)
【文献】特開2011-178985(JP,A)
【文献】特開2019-131774(JP,A)
【文献】特開2019-131772(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10K 50/00ー102/20
B82Y 10/00
B82Y 40/00
B82Y 20/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジナフトチオフェン骨格を有する化合物のファイバー状ナノ結晶。
【請求項2】
長さが1μm以上であり、太さが200nm以下である、請求項1に記載のファイバー状ナノ結晶。
【請求項3】
太さが100nm以下である、請求項2に記載のファイバー状ナノ結晶。
【請求項4】
前記化合物が、下記式(1):
【化1】
[式中、
R
1は、それぞれ独立して、有機基、水酸基、アミノ基、ニトロ基、チオール基、スルホ基、ハロゲン原子、又は置換されていてもよいシリル基であり、
R
2は、それぞれ独立して、有機基、水酸基、アミノ基、ニトロ基、チオール基、スルホ基、ハロゲン原子、又は置換されていてもよいシリル基であり、
mは、それぞれ独立して、0~2の整数であり、
nは、それぞれ独立して、0~4の整数である]
で表される化合物、又は前記化合物に由来する構成単位を含む重合体である、請求項1~
3のいずれか一項に記載のファイバー状ナノ結晶。
【請求項5】
R
1及びR
2が、それぞれ独立して、2,3-エポキシプロポキシ基、2-(メタ)アクリロイルオキシエトキシ基、(メタ)アクリロイルオキシメトキシ基、R
aO-基(R
aは、酸素又は硫黄を含んでいてもよいアルキル基である)、及びHO-R
b-O-基(R
bは、酸素又は硫黄を含んでいてもよいアルキレン基又はアラルキレン基である)からなる群から選択される有機基、又は水酸基である、請求項
4に記載のファイバー状ナノ結晶。
【請求項6】
前記化合物が、式(2):
【化2】
で表される化合物である、請求項1~
5のいずれか一項に記載のファイバー状ナノ結晶。
【請求項7】
チオフェン骨格を有する化合物のファイバー状ナノ結晶を含む、高屈折率光学材料。
【請求項8】
請求項1~
6のいずれか一項に記載のファイバー状ナノ結晶を含む、薄膜材料。
【請求項9】
チオフェン骨格を有する化合物のファイバー状ナノ結晶を含む、屈折率調整剤。
【請求項10】
チオフェン骨格を有する化合物のファイバー状ナノ結晶を含む、接着剤。
【請求項11】
請求項1~
6のいずれか一項に記載のファイバー状ナノ結晶を含む、太陽電池材料。
【請求項12】
請求項1~
6のいずれか一項に記載のファイバー状ナノ結晶を含む、有機半導体材料。
【請求項13】
請求項1~
6のいずれか一項に記載のファイバー状ナノ結晶を含む、有機発光素子。
【請求項14】
チオフェン骨格を有する化合物の結晶を、ミルで粉砕する粉砕工程、
を含む、チオフェン骨格を有する化合物のファイバー状ナノ結晶の製造方法。
【請求項15】
前記ミルが、ボールミル又はビーズミルである、請求項
14に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ファイバー状ナノ結晶、特にファイバー状有機ナノ結晶、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機ナノ結晶は、弱い分子間力により有機分子が秩序よく配向したナノ構造体であり、結晶の構造、形状、形態、配向等の制御により、有機半導体、有機発光デバイス、有機非線形光学材料、フォトニック結晶等への応用が期待されているが、有機分子の結晶化メカニズムについては未解明な点が多くある。
【0003】
有機ナノ結晶の製造方法としては「再沈法」が知られている。再沈法とは、有機物の溶液を、貧溶媒である分散媒に激しく撹拌しながら注入し、再沈殿及び析出により有機ナノ結晶を生成させる方法である。例えば、非特許文献1には、再沈法により、ポリジアセチレンのナノ結晶を製造する方法が開示されており、特許文献1には、再沈法により、チオフェンとフェニレン及び/又はフェニルとが結合した化合物のナノ結晶を製造する方法が開示されている。
【0004】
ところで、チオフェン骨格を有する化合物は、近年、高屈折率光学材料、非線形光学材料、有機金属、有機半導体、電界効果トランジスタ、太陽光電池、化学及び生物センサー等の先端技術への応用が期待されている。また、ジナフトチオフェン骨格を有する化合物は、高屈折率材料として使用できることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【0006】
【文献】THE CHEMICAL TIMES,2005,No.1,195,pp.3-9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らが、市販の又は公知の手法により合成された種々のチオフェン骨格を有する化合物の結晶について調べたところ、その中の一部の化合物はその形状は棒状又は針状であり、その太さが約1μmであることが判明した。チオフェン骨格を有する化合物の結晶は、様々な用途に使用することが期待されているところ、その結晶形状を変化させることにより、更なる応用が可能になりうる。
【0008】
そのため、本発明は、新たな形状を有する、チオフェン骨格を有する化合物のナノ結晶及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等が鋭意検討した結果、チオフェン骨格を有する化合物の結晶を所定の方法で粉砕することにより、ファイバー形状のナノ結晶が得られることを見出した。
【0010】
本発明は以下の実施形態を含む。
[1]
チオフェン骨格を有する化合物のファイバー状ナノ結晶。
[2]
長さが1μm以上であり、太さが200nm以下である、[1]に記載のファイバー状ナノ結晶。
[3]
太さが100nm以下である、[2]に記載のファイバー状ナノ結晶。
[4]
前記チオフェン骨格が、ジナフトチオフェン骨格である、[1]~[3]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶。
[5]
前記化合物が、下記式(1):
【化1】
[式中、
R
1は、それぞれ独立して、有機基、水酸基、アミノ基、ニトロ基、チオール基、スルホ基、ハロゲン原子、又は置換されていてもよいシリル基であり、
R
2は、それぞれ独立して、有機基、水酸基、アミノ基、ニトロ基、チオール基、スルホ基、ハロゲン原子、又は置換されていてもよいシリル基であり、
mは、それぞれ独立して、0~2の整数であり、
nは、それぞれ独立して、0~4の整数である]
で表される化合物、又は前記化合物に由来する構成単位を含む重合体である、[1]~[4]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶。
[6]
R
1及びR
2が、それぞれ独立して、2,3-エポキシプロポキシ基、2-(メタ)アクリロイルオキシエトキシ基、(メタ)アクリロイルオキシメトキシ基、R
aO-基(R
aは、酸素又は硫黄を含んでいてもよいアルキル基である)、及びHO-R
b-O-基(R
bは、酸素又は硫黄を含んでいてもよいアルキレン基又はアラルキレン基である)からなる群から選択される有機基、又は水酸基である、[5]に記載のファイバー状ナノ結晶。
[7]
前記化合物が、式(2):
【化2】
で表される化合物である、[1]~[6]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶。
[8]
[1]~[7]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶を含む、高屈折率光学材料。
[9]
[1]~[7]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶を含む、薄膜材料。
[10]
[1]~[7]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶を含む、屈折率調整剤。
[11]
[1]~[7]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶を含む、接着剤。
[12]
[1]~[7]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶を含む、太陽電池材料。
[13]
[1]~[7]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶を含む、有機半導体材料。
[14]
[1]~[7]のいずれかに記載のファイバー状ナノ結晶を含む、有機発光素子。
[15]
チオフェン骨格を有する化合物の結晶を、ミルで粉砕する粉砕工程、
を含む、チオフェン骨格を有する化合物のファイバー状ナノ結晶の製造方法。
[16]
前記ミルが、ボールミル又はビーズミルである、[15]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、チオフェン骨格を有する化合物のファイバー形状のナノ結晶を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例、参考例、及び比較例において、原料として使用したDNTMA結晶の走査型電子顕微鏡写真像。
【
図2】実施例、参考例、及び比較例において、原料として使用したDNTMA結晶の粉末X線回折プロファイル。
【
図3】実施例、参考例、及び比較例において、原料として使用したDNTMA結晶の示差走査熱量測定プロファイル。
【
図4】実施例1において粉砕処理したDNTMAの走査型電子顕微鏡写真像。
【
図5】実施例1において粉砕処理したDNTMAの粉末X線回折プロファイル。
【
図6】実施例1において粉砕処理したDNTMAの示差走査熱量測定プロファイル。
【
図7】実施例2において粉砕処理したDNTMAの走査型電子顕微鏡写真像。
【
図8】実施例3において粉砕処理したDNTMAの走査型電子顕微鏡写真像。
【
図9】実施例3において粉砕処理したDNTMAの粉末X線回折プロファイル。
【
図10】実施例3において粉砕処理したDNTMAの示差走査熱量測定プロファイル。
【
図11】参考例1において粉砕処理したDNTMAの走査型電子顕微鏡写真像。
【
図12】参考例1において粉砕処理したDNTMAの粉末X線回折プロファイル。
【
図13】参考例2においてホモジナイザー処理したDNTMAの走査型電子顕微鏡写真像。
【
図14】比較例1において貧溶媒法により得られたDNTMAの走査型電子顕微鏡写真像。
【
図15】比較例2において貧溶媒法により得られたDNTMAの走査型電子顕微鏡写真像。
【
図16】比較例3において貧溶媒法により得られたDNTMAの走査型電子顕微鏡写真像。
【
図17】印刷物の表面に置いた、実施例3において粉砕処理したDNTMAを含む塗膜の写真。
【
図18】印刷物の表面に置いた、参考例2においてホモジナイザー処理したDNTMAを含む塗膜の写真。
【
図19】印刷物の表面に置いた、実施例3において粉砕処理したDNTMAを含む複合体の写真。
【
図20】印刷物の表面に置いた、参考例2においてホモジナイザー処理したDNTMAを含む複合体の写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0014】
<ファイバー状ナノ結晶>
本発明の一実施形態は、チオフェン骨格を有する化合物(以下、単に「チオフェン骨格化合物」と称する。)のファイバー状ナノ結晶に関する。チオフェン骨格化合物のナノ結晶がファイバー状であることによって、棒状又は針状のものと比較して、その他の成分と複合化しやすくなるため、様々な用途で利用しやすくなる。
【0015】
ファイバー状ナノ結晶の長さは、好ましくは1μm以上であり、より好ましくは5μm以上であり、更に好ましくは10μm以上である。ファイバー状ナノ結晶の長さの上限は特に限定されないが、例えば、20μm、50μm、100μm等であってよい。
【0016】
ファイバー状ナノ結晶の太さは、好ましくは200nm以下であり、より好ましくは150nm以下であり、更に好ましくは100nm以下である。ファイバー状ナノ結晶の太さの下限は特に限定されないが、例えば、10nm、30nm、50nm等であってよい。
【0017】
ファイバー状ナノ結晶のアスペクト比(長さ/太さ)は、好ましくは10以上であり、より好ましくは50以上であり、更に好ましくは100以上である。アスペクト比の上限は特に限定されないが、例えば、500、1000、5000等であってよい。
【0018】
本明細書において、ファイバー状ナノ結晶の長さ及び太さは、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて特定する。具体的には、チオフェン骨格化合物のナノ結晶をSEMで撮影し、そこに写った複数のナノ結晶から無作為に10個を選択し、これらのナノ結晶の長手方向の長さの平均値及び短手方向の長さの平均値をそれぞれ、ファイバー状ナノ結晶の長さ及び太さとする。SEMの具体的な条件としては、例えば実施例に記載のものを挙げることができる。
【0019】
ファイバー状ナノ結晶の結晶性は、粉末X線回折(XRD)により評価することができ
る。XRDの具体的な条件としては、例えば実施例に記載のものを挙げることができる。
【0020】
チオフェン骨格化合物は、チオフェン骨格に芳香環が縮合している化合物であることが好ましく、下記の骨格のいずれかを有する化合物であることがより好ましい。チオフェン骨格に芳香環が縮合している化合物は、高性能な半導体材料として、トランジスタ、有機薄膜太陽電池、有機EL等の電子デバイスにおいて重要な化合物である。
【化3】
【0021】
チオフェン骨格化合物は、ジナフトチオフェン(DNT)骨格を有する化合物(以下、単に「ジナフトチオフェン骨格化合物」と称する。)であることが更に好ましい。ジナフトチオフェン骨格化合物は、化合物単独であっても、樹脂との混合物であっても、非常に高い屈折率を示すため、高屈折率光学材料として使用することができる。ジナフトチオフェン骨格化合物は、下記式(1)で表される化合物、又はこの化合物に由来する構成単位を含む重合体であることが好ましい。
【化4】
【0022】
式(1)において、
R1は、それぞれ独立して、有機基、水酸基、アミノ基、ニトロ基、チオール基、スルホ基、ハロゲン原子、又は置換されていてもよいシリル基であり、
R2は、それぞれ独立して、有機基、水酸基、アミノ基、ニトロ基、チオール基、スルホ基、ハロゲン原子、又は置換されていてもよいシリル基であり、
mは、それぞれ独立して、0~2の整数であり、
nは、それぞれ独立して、0~4の整数である。
【0023】
式(1)において、R1及びR2は、好ましくは、それぞれ独立して、2,3-エポキシプロポキシ基、2-(メタ)アクリロイルオキシエトキシ基、(メタ)アクリロイルオキシメトキシ基、RaO-基(Raは、酸素又は硫黄を含んでいてもよいアルキル基である)、及びHO-Rb-O-基(Rbは、酸素又は硫黄を含んでいてもよいアルキレン基又はアラルキレン基である)からなる群から選択される有機基、又は水酸基である。なお、「(メタ)アクリロイル」とは、メタクリロイル及びアクリロイルの総称である。
【0024】
ジナフトチオフェン骨格化合物は、下記式(2)で表される化合物、又はこの化合物に由来する構成単位を含む重合体であることがより好ましい。
【化5】
【0025】
チオフェン骨格化合物及びその結晶は、公知の方法に従って合成することができる。例えば、特開2018-83774号公報、特開2014-196288号公報、特開2011-178985号公報、特表2001-515933号公報、特開2017-137244号公報、特開2015-30727号公報、及び特開2011-51911号公報に記載の方法を挙げることができる。
【0026】
チオフェン骨格化合物のファイバー状ナノ結晶は様々な用途で使用することができる。具体的な用途としては、例えば、高屈折率光学材料、薄膜材料、屈折率調整剤、接着剤、太陽電池材料、有機半導体材料、及び有機発光素子を挙げることができる。
【0027】
<ファイバー状ナノ結晶の製造方法>
本発明の一実施形態は、チオフェン骨格化合物の結晶を、ミルで粉砕する粉砕工程を含む、チオフェン骨格化合物のファイバー状ナノ結晶の製造方法に関する。本実施形態の方法では、チオフェン骨格化合物の結晶を粉砕しても、アモルファス化することなく、結晶構造を維持したままナノファイバー化することができる。原料の結晶構造が維持されることにより、ナノファイバー化しても、原料結晶の光学特性を維持することができる。一般的には、結晶を粉砕すると結晶化度が減少すると知られているため(例えば、Bulletin of the Faculty of Engineering,Hokkaido University,No.102(1981),pp.55-66、及び特開2012-111841号公報)、結晶構造が維持されたままナノファイバー化することは驚くべきことである。
【0028】
チオフェン骨格化合物の具体例については、上記<ファイバー状ナノ結晶>の項目において記載したとおりである。粉砕する前のチオフェン骨格化合物の結晶形状は、棒状又は針状であることが好ましい。
【0029】
粉砕工程で使用するミルとしては、例えば、ボールミル、ビーズミル、及びジェットミルを挙げることができる。ボールミルとしては、例えば、遊星ボールミル、及び振動ボールミルを挙げることができる。
【0030】
粉砕工程では、乾式粉砕及び湿式粉砕のいずれの方法を採用してもよい。乾式粉砕は、空気等の気体中又は真空中で粉砕を行う方法である。湿式粉砕は、水等の液体中で粉砕を行う方法である。
【0031】
粉砕条件は、原料となるチオフェン骨格化合物の結晶及び目的とするファイバー状ナノ結晶の大きさ、形状等に応じて適宜変更される。
【0032】
(遊星ボールミルによる乾式粉砕法)
特に限定するものではないが、乾式粉砕法を採用する場合には、遊星ボールミルを使用することが好ましい。遊星ボールミルは、粉砕媒体としてのボールを充填した粉砕容器を自転させ、更に自転方向とは逆向きに公転させることによって、遠心力に基づく大きな粉砕力を得ることができる。
【0033】
遊星ボールミルを使用した乾式粉砕法において、容器内壁及びボールの材質は特に限定されないが、容器内壁及びボールの摩耗による不純物の混入を最小限に抑えるためには、容器内壁及びボールの材質は同一であることが好ましい。容器内壁及びボールの材質としては、例えば、メノー、アルミナ、ジルコニア、タングステンカーバイト、クローム鋼、及び窒化ケイ素が挙げられる。耐摩耗性の観点からは、メノー製、アルミナ製、又はジルコニア製の容器内壁及びボールが好ましい。
【0034】
遊星ボールミルを使用した乾式粉砕法において、ボールの大きさは特に限定されないがボールの直径は、好ましくは1~15mmであり、より好ましくは5~10mmである。ボールの直径を1mm以上とすることによって、粉砕した試料とボールとの分離が容易になる。ボールの直径を15mm以下とすることによって、粉砕効率を向上させることができる。
【0035】
遊星ボールミルを使用した乾式粉砕法において、原料としてのチオフェン骨格化合物結晶とボールとを合わせての粉砕容器への充填率は、好ましくは10~80体積%であり、より好ましくは20~70体積%である。充填率を10体積%以上とすることによって、ボールとボールとの間、及びボールと容器内壁との間での直接の衝突を抑制し、ボール及び粉砕容器の摩耗を抑えることができる。充填率を80体積%以下とすることによって、粉砕効率を向上させることができる。
【0036】
遊星ボールミルを使用した乾式粉砕法において、ボールとボールとの間、及びボールと容器内壁との間での衝突及び摩耗による容器内温度の上昇を抑制するため、粉砕操作中に適宜運転を止めて冷却期間を設けることが好ましい。運転停止中には、容器内壁に付着した試料を剥がし、塊状になっている試料は解砕することが好ましい。
【0037】
(ビーズミルによる湿式粉砕法)
特に限定するものではないが、湿式粉砕法を採用する場合には、ビーズミルを使用することが好ましい。ビーズミルは、粉砕媒体としてのビーズ及び原料含有スラリーを粉砕容器に入れ、撹拌機構(アジテータ)を高速回転して生じる遠心力によって大きな粉砕力を得ることができる。
【0038】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、原料であるチオフェン骨格化合物結晶を分散させる溶媒(分散媒)は、原料が難溶又は不溶である溶媒であれば特に限定されないが、例えば、水、又はメタノール、エタノール、イソプロパノール、グリセリン若しくはプロピレングリコール等のアルコールを挙げることができる。環境及びコストの観点からは、水を使用することが好ましい。
【0039】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、分散媒として水を使用する場合、界面活性剤を加えてもよい。界面活性剤の種類は、粉砕過程において粒子の凝集を抑制する効果を有するものであれば特に限定されない。例えば、界面活性剤として、非イオン界面活性剤、両性界面活性剤、カチオン界面活性剤、及びアニオン界面活性剤が挙げられる。
【0040】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、容器内壁及びビーズの材質は特に限定されないが、容器内壁及びビーズの摩耗による不純物の混入を最小限に抑えるためには、容器内壁及びビーズの材質は同一であることが好ましい。容器内壁及びビーズの材質としては、例えば、アルミナ、ジルコニア、タングステンカーバイト、ガラス、クローム鋼、及び窒化ケイ素が挙げられる。耐摩耗性の観点からは、ジルコニア製の容器内壁及びビーズが好ましい。
【0041】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、ビーズの大きさは特に限定されないがビーズの直径は、好ましくは0.03~2mmであり、より好ましくは0.1~0.8mmである。ビーズの直径を0.03mm以上とすることによって、粉砕した試料とビーズとの分離が容易になる。ビーズの直径を2mm以下とすることによって、ファイバー状ナノ結晶の生成効率を向上させることができる。
【0042】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、スラリー中の固形分濃度は、好ましくは0.5~30質量%、より好ましくは1~10質量%である。固形分濃度を0.5質量%以上とすることによって、ビーズとビーズとの間、及びビーズと容器内壁との間での直接の衝突を抑制し、ビーズ及び粉砕容器の摩耗を抑えることができる。固形分濃度を30質量%以下とすることによって、スラリーの流動性を維持でき、粉砕効率を向上させることができる。
【0043】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、粉砕容器へのビーズの充填率は、好ましくは50~95体積%であり、より好ましくは70~90体積%である。充填率を50体積%以上とすることによって、ファイバー状ナノ結晶の生成効率を向上させることができる。充填率を95体積%以下とすることによって、ビーズ及び粉砕容器の摩耗を抑えることができる。
【0044】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、撹拌機構の周速度は、好ましくは6~15m/sであり、より好ましくは8~12m/sである。周速度を6m/s以上とすることによって、ファイバー状ナノ結晶の生成効率を向上させることができる。周速度を15m/s以下とすることによって、ビーズ及び粉砕容器の摩耗を抑えることができる。
【0045】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、スラリーの温度は、冷却水温度、循環速度、周速度等を調節することによって制御できる。粉砕容器の出口部分におけるスラリーの温度は、好ましくは10~30℃であり、より好ましくは15~25℃である。スラリー温度を10℃以上とすることによって、冷却水の必要量を減らすことができ、温度制御が容易になる。スラリー温度を30℃以下とすることによって、ビーズ及び粉砕容器の摩耗を抑えることができる。
【0046】
ビーズミルを使用した湿式粉砕法において、運転方法は特に限定されず、例えば、バッチ式、パス式、及び循環式が挙げられる。温度制御及び作業効率の観点からは、循環式の運転方法が好ましい。
【実施例】
【0047】
以下、実施例、参考例、及び比較例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0048】
<核磁気共鳴(NMR)の条件>
日本電子株式会社製NMR装置(製品名:JNM-ECA600)を使用し、溶媒としてジメチルスルホキシド-d6(DMSO-d6)、標準物質として測定溶媒の残留Hシグナル(2.49ppm)を用いて測定した。
【0049】
<走査型電子顕微鏡(SEM)の条件>
分析装置:日本電子株式会社製走査電子顕微鏡(製品名:JSM-6610LA)
加速電圧:20kV
前処理等:試料をカーボンテープ上に固定し、金蒸着を実施
【0050】
<粉末X線回折(XRD)の条件>
測定装置:株式会社リガク製粉末X線回折装置(製品名:RINT)
X線:Cu/40kV/30mA
計数時間・スキャンスピード:2 deg/min
ゴニオメータ:Ultima+ 水平ゴニオメータ
サンプリング幅:0.02 deg
走査軸:2θ/θ
走査範囲:5~80 deg
長手制限スリット:10mm
入射スリット:1°
受光スリット1:1°
受光スリット2:0.3mm
検出器:シンチレーションカウンタ
スキャンモード:連続
【0051】
<示差走査熱量分析(DSC)の条件>
測定装置:セイコーインスツル株式会社製示差走査熱量計(製品名:DSC6200)
レファレンス:Al(容器のみ)
昇温速度:10℃/min
ガス:N2
ガス流量:50ml/min
【0052】
<原料結晶の製造>
特開2011-178985号公報の実施例2、3及び7に記載の方法に基づき、ジナフトチオフェン骨格を有するメタクリレートモノマー(DNTMA)を合成し、純度100%の白色粉末を得た。
【化6】
【0053】
DNTMAのNMR測定の結果は以下のとおりである。
1H NMR(DMSO-d6、600MHz):δ(ppm) 1.94(3H,s)、5.63(2H,s)、5.75(1H,s)、6.15(1H,s)、7.63-7.67(4H,m)、8.10-8.11(1H,d)、8.16-8.19(3H,m)、8.23-8.24(1H,d)、8.69-8.73(2H,m)
【0054】
SEM観察の結果、DNTMAは棒状の粒子であり(
図1)、また、XRD測定の結果、DNTMAは結晶性物質であった(
図2)。さらに、DSCの結果、DNTMAは50~100℃の範囲内で吸熱があり、100~200℃の範囲内で放熱があった(
図3)。
【0055】
<実施例1:遊星ボールミルによる乾式粉砕法>
1.5gのDNTMA粉末を、直径10mmのジルコニアボール4個と共に内容積12mlのジルコニア容器に入れ、遊星ボ-ルミル(ドイツ・フリッチュ社製P-7型)を用いて500rpmの回転数で粉砕を行った。また、乾式自動密度計(アキュピックII 1340、島津製作所)により測定した結果、DNTMA粉末の真密度は約1.34g/mlであるため、DNTMA粉末とジルコニアボールとを合わせての容器への充填率は約26.7体積%であった。また、摩擦熱による温度上昇を抑えるために、5分間運転毎に1時間運転を停止した。また、累積運転時間が30分になった時点で容器を取り出して蓋の内面及び容器内壁に付着した試料をヘラで掻き落とし、塊状に固まった試料を叩いて解砕させた後に蓋を閉め、続けて粉砕を行った。累積運転時間が60分になった時点で粉砕を終了し、粉砕試料を回収した。
粉砕試料のSEM観察の結果、太さが200nm以下、長さが1μm以上のファイバー状ナノ結晶が生成していることが確認された(
図4)。また、粉砕試料のXRD測定におけるピークの位置は、粉砕前のDNTMAについてのピークの位置とほぼ一致していた(
図5)。さらに、粉砕試料のDSCの結果、50~100℃の範囲内での吸熱、100~200℃の範囲内での放熱が確認された(
図6)。粉砕試料の吸熱ピーク及び放熱ピークは、粉砕前と比較して低温側にシフトしていた。
【0056】
<実施例2:遊星ボールミルによる湿式粉砕法)
1.5gのDNTMA粉末と純水30gを、直径4mmのジルコニアボール60gと共に内容積80mlのジルコニア容器に入れ、遊星ボ-ルミル(ドイツ・フリッチュ社製PL-7型)を用いて800rpmの回転数で粉砕を行った。また、摩擦熱による温度上昇を抑えるために、10分間運転毎に50分運転を停止した。累積運転時間が180分になった時点で粉砕を終了し、スラリー状粉砕試料を回収した。
回収した試料をスポイトで撹拌しながら吸い上げた後に導電性粘着テープの表面に1滴を滴下し、室温25℃、大気中で乾燥させた。テープ表面に残った微粒子をSEMにて観察した結果、太さが200nm以下、長さが1μm以上のファイバー状ナノ結晶が生成していることが確認された(
図7)。
【0057】
<実施例3:ビーズミルによる湿式粉砕法)
1.5gのDNTMA粉末を、0.4%tween(登録商標)20水溶液200gに添加し、ホモジナイザー(IKA T-10)を用いて5分間撹拌して前分散処理を行い、約200ml分散体を作成した。次に、ビーズミル(LMZ015型、アシザワ・ファインテック(株)製)を用いて、粉砕処理を行った。粉砕条件は、周速度:10m/s、ビーズ径:0.5mm、ビーズ材質:ジルコニア、ビーズ仕込み量:520g、冷却水温度:10℃、スラリー出口温度:20℃、運転時間:3時間であった。
粉砕処理したスラリーをスポイトで撹拌しながら吸い上げた後に導電性粘着テープの表面に1滴を滴下し、室温25℃、大気中で乾燥させた。テープ表面に残った微粒子をSEMにて観察した結果、太さが200nm以下、長さが1μm以上のファイバー状ナノ結晶が生成していることが確認された(
図8)。
次に、粉砕処理したスラリーをろ紙(No.4A、Advantec製)を用いてろ過し、ろ紙上残留した固形物を室温、大気中で風乾した。この試料をXRDにて測定した結果、ピークの位置が粉砕前のDNTMAの結果とほぼ一致していた(
図9)。さらに、前記試料のDSCの結果、50~100℃の範囲内での吸熱、100~200℃の範囲内での放熱が確認された(
図10)。粉砕試料の吸熱ピーク及び放熱ピークは、粉砕前と比較して低温側にシフトしていた。
【0058】
<参考例1:凍結乾燥法>
実施例3と同じ条件でDNTMA粉末を粉砕処理した。次に、真空凍結乾燥機(DRZ350WB-101、(株)東洋製作所)を用いてスラリーを凍結乾燥した。乾燥試料をSEMにて観察した結果、シート状の凝集体が生成していることが確認された(
図11)。これは、凍結乾燥の過程において、ファイバー状ナノ結晶がシート状に凝集したことによって形成されたものと想定される。シート状凝集体のXRD測定の結果、ピークの位置が粉砕前のDNTMAの結果とほぼ一致していた(
図12)。
【0059】
<参考例2:ホモジナイザーによる処理>
0.5gのDNTMA粉末を、0.4%tween20水溶液67gに添加し、ホモジナイザー(IKA T-10、シャフトジェネレーターS10N-10G、IKAジャパン社製)を用いて最高回転数30,000rpmで5分間せん断力を加えた後に30分間冷却させた。これらの作業を、最高温度40℃を超えないように繰り返し、合計60分間のホモジナイザーによる処理を行った。
得られたスラリーをスポイトで撹拌しながら吸い上げた後に導電性粘着テープの表面に1滴を滴下し、室温25℃、大気中で乾燥させた。テープ表面に残った微粒子をSEMにて観察した結果、太さが200nm超、長さが数μmの柱状の結晶が生成していることが確認された(
図13)。ファイバー状ナノ結晶は観察されなかった。
【0060】
<比較例1:貧溶媒法1(共沈法1)>
0.5gのDNTMA粉末を2.0gのトルエンに溶解し、この溶液を貧溶媒であるメタノール20gにシリンジで注入し、結晶化させ、黄味がかった白色粉末を得た。得られた粉末をSEMにて観察した結果、太さが200nm超、長さが数μmから十数μmの棒状の結晶が生成していることが確認された(
図14)。ファイバー状ナノ結晶は観察されなかった。
【0061】
<比較例2:貧溶媒法2(共沈法2)>
0.5gのDNTMA粉末を2.0gのトルエンに溶解し、この溶液を貧溶媒であるヘプタン20gにシリンジで注入し、結晶化させ、黄味がかった白色粉末を得た。得られた粉末をSEMにて観察した結果、太さが200nm超、長さが数μmから十数μmの棒状の結晶が生成していることが確認された(
図15)。ファイバー状ナノ結晶は観察されなかった。
【0062】
<比較例3:貧溶媒法3(共沈法3)>
0.5gのDNTMA粉末を2.0gのTHFに溶解させ、この溶液を貧溶媒であるメタノール20gにシリンジで注入し、結晶化させ、黄味がかった白色粉末を得た。得られた粉末をSEMにて観察した結果、太さが200nm超、長さが数μmから十数μmの棒状の結晶が生成していることが確認された(
図16)。ファイバー状ナノ結晶は観察されなかった。
【0063】
<セルロースナノファイバーとの塗膜の製造>
実施例3と同じくビーズミル粉砕処理で作成したスラリー5gと共にゲル状のセルロースナノファイバー水系分散体(製品名、TEMPO酸化CNF(3%標準品)、日本製紙(株)製)5gを容量20mlのスクリュー管瓶に入れ、ホモジナイザー(IKA T-10)を用いて1分間撹拌混合した。次に、キュープアプリケーター(オールグッド(株))を用いて前記混合物をスライドガラスに塗布し、大気中室温で自然乾燥して、スライドガラスの表面に透明な塗膜aを得た。
また、前記塗膜aの作成において、ビーズミル粉砕処理したスラリーの代わりに、参考例2のホモジナイザー処理で作成したスラリーを用いて、全く同じ条件で透明な塗膜bを得た。
前記2枚のスライドガラスを印刷物の表面に置き、マイクロスコープ(VHX-2000、(株)キーエンス)を用いて比較観察した。その結果、塗膜a(
図17)は塗膜b(
図18)よりも透明度が高く、DNTMA結晶粒子の粒状凝集体が少ないことを確認した。
【0064】
<合成樹脂との複合体の製造>
スライドガラス表面にOリング(JISB2401、P18)を固定させる方法によりスライドガラスの表面に内径17.8mm、高さ2.4mmの円形の枠を作成した。次に、実施例3と同じくビーズミル粉砕処理で作成したスラリー5gと共に合成樹脂塗料(製品名、水性ウレタンニス・透明クリヤー、和信ペイント(株)製)5gを容量20mlのスクリュー管瓶に入れ、ホモジナイザー(IKA T-10)を用いて1分間撹拌混合した。次に、前記混合物を前記円形枠内に充満した後、50℃乾燥炉に入れて1日乾燥した。スライドガラス表面に透明な複合体cを得た。
また、前記複合体cの作成において、ビーズミル粉砕処理したスラリーの代わりに、参考例2のホモジナイザー処理で得たスラリーを用いて、全く同じ条件で透明な複合体dを得た。
前記2枚のスライドガラスを印刷物の表面に置き、マイクロスコープ(VHX-2000、(株)キーエンス)を用いて比較観察した。その結果、複合体c(
図19)は複合体d(
図20)より透明度が高く、DNTMA結晶粒子の粒状凝集体が少ないことを確認した。