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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】自動車用高強度冷間圧延鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240605BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20240605BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240605BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/38
C21D9/46 F
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019528078
(86)(22)【出願日】2017-11-24
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-03-26
(86)【国際出願番号】 EP2017080322
(87)【国際公開番号】W WO2018096090
(87)【国際公開日】2018-05-31
【審査請求日】2020-09-09
【審判番号】
【審判請求日】2023-04-13
(31)【優先権主張番号】1651545-4
(32)【優先日】2016-11-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SE
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】518219457
【氏名又は名称】フォエスタルピネ シュタール ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100114018
【弁理士】
【氏名又は名称】南山 知広
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(72)【発明者】
【氏名】トーマス ヘベスベルガー
(72)【発明者】
【氏名】フロリアン ビンケルホファー
(72)【発明者】
【氏名】ミヒャエル シュバルツェンブルンナー
(72)【発明者】
【氏名】エディップ オーゼ アルマン
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】佐藤 陽一
【審判官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-253385号公報
【文献】特表2015-516511号公報
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記を有する、高強度冷間圧延鋼板:
a)下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.08~0.13
Mn 2.5~3.0
Si 0.75~1.05
Cr 0.1~0.4
Si+Cr 0.9~1.3
Al 0.01~0.08
Nb ≦0.01
少なくとも一つの要件を満たす不純物:
Ti ≦0.02
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
b)ベイニティックフェライトのマトリックス、及び5~15体積%の残留オーステナイトを含み、ポリゴナルフェライトを含まない多相ミクロ組織(体積%)であり、前記残留オーステナイトは、Proc. Int. Conf. on TRIP-aided high strength ferrous alloys (2002), Ghent, belgium, p.61-64に詳細が記載されている飽和磁化法により測定
c)下記機械的性質
引張強さ(R) 1000~1100MPa
降伏強度(Rp0.2) 750~900MPa
穴広げ率(λ) ≧60%
降伏比(Rp0.2/R) 0.76~0.85
【請求項2】
少なくとも一つの下記要件を満たす、請求項1に記載の高強度冷間圧延鋼板:
a)少なくとも一つの下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.09~0.12
Mn 2.5~2.9
Si 0.75~1.0
Cr 0.1~0.3
Si+Cr 0.9~1.2
Al 0.01~0.05
少なくとも一つの要件を満たす不純物:
Ti ≦0.01
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
c)少なくとも一つの下記機械的性質
引張強さ(R) ≧1020MPa
降伏強度(Rp0.2) ≧800MPa
降伏比(Rp0.2/R) ≧0.78
【請求項3】
下記機械的性質を満たす、請求項1に記載の高強度冷間圧延鋼板:
引張強さ(R) 1000~1100MPa
降伏強度(Rp0.2) 750~900MPa
穴広げ率(λ) ≧60%
降伏比(Rp0.2/R) 0.78~0.83
【請求項4】
前記冷間圧延鋼板の厚さが1.0~1.6mmである、請求項1~3のいずれか一項に記載の高強度冷間圧延鋼板。
【請求項5】
引張強さ(R)と全伸び(A50)の積が13000MPa%以上である、請求項1~4のいずれか一項に記載の高強度冷間圧延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車に適用して好適な高強度鋼板に関する。本発明は、特に、少なくとも980MPaの引張強さ及び優れた成形性有する冷間圧延鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
多様な用途で、車体質量の減少は燃料消費の低減をもたらすので、特に自動車産業における軽量化構造のためには、強度レベルの向上が必須条件である。
【0003】
自動車の車体部品は、しばしば、鋼板から打ち抜かれ、薄板の複雑な構造部材を形成する。しかし、このような部品は、複雑な構造部品に対する成形性の低さから、従来の高強度鋼板から製造することはできない。このようなことから、多相変態誘起塑性鋼(TRIP鋼)が、近年、特に、自動車の車体用及びシートフレーム材料として、非常に注目されている。
【0004】
TRIP鋼は、多相ミクロ組織を有しており、TRIP効果を生じせしめる準安定残留オーステナイト相を含む。鋼板が変形すると、オーステナイトはマルテンサイトに変態し、顕著に加工硬化する。この硬化作用は、材料のネッキングを防ぎ、鋼板の成形工程での不具合を遅らせる。TRIP鋼のミクロ組織は、その機械的性質を大きく左右する。TRIP鋼のミクロ組織の最も重要な側面は、残留オーステナイトの体積百分率、サイズ及び形態であり、これらの特性は、鋼板が変形するとき、オーステナイトからマルテンサイトへの変態に直接影響を及ぼす。常温で化学的にオーステナイトを安定化させる幾つかの方法がある。低合金TRIP鋼においては、オーステナイトは、その炭素量及び小さいオーステナイト粒で安定化される。オーステナイトを安定化させるには、約1重量%の炭素含有量が必要である。しかし、溶接性が低下することから、多くの用途で、鋼中に多くの炭素を含有させることはできない。このことから、炭素をオーステナイト中に多く含有させて、室温でオーステナイトを安定化させるには、特別な処理方法が必要である。一般的なTRIP鋼の化学組成においては、炭素をオーステナイトに分配するミクロ組織の形成を助けるためだけでなく、オーステナイトの安定化を助ける他元素も少量含まれている。ベイナイト変態中にオーステナイトが分解することを抑制するためには、約1.5重量%のSiの含有量が必要であると一般的に考えられている。最も一般的な合金添加は、SiとMnの両方を1.5重量%添加することである。
【0005】
ベイニティックフェライトマトリックス(TBF)鋼を有するTRIP型鋼板が、古くから知られており、多くの関心を集めてきた主な理由は、ベイニティックフェライトマトリックスが、優れた伸びフランジ性を可能とするためである。また、準安定残留オーステナイト島のマルテンサイトへの歪誘起変態が可能にするTRIP効果は、絞り性を著しく向上させる。
【0006】
TRIP鋼の成形性は、主として、残留オーステナイトの変態特性の影響を受け、オーステナイトの化学的性質、形態その他の影響を受ける。ISIJインターナショナル Vol.50(2010)、No.1、p.162~168においては、少なくとも980MPaの引張強さを有するTBF鋼の成形性に影響を及ぼす態様について議論されている。しかし、この文献で調査された冷間圧延材料は、950℃でアニールされ、塩浴中で、300~500℃で200秒にわたりオーステンパされている。このことから、高温のアニール温度によって、これらの材料は、従来の工業用アニールラインで生産するのに適さない。
【0007】
しかし、TBF鋼で、Siを多く含有することは、一般的に、ストリップの表面に酸化珪素を形成することになり、連続アニールライン(CAL)でのロールへの貼り付きにつながり、製造された鋼板の表面欠陥につながる。そのため、近年では、TBF鋼におけるシリコン量の低減が図られている。
【0008】
WO2013/144377には、Si及びAlで合金化され、少なくとも980MPaの引張強さを有する冷間圧延TBF鋼板が開示されている。WO2013/144376には、Si及びCrで合金化され、少なくとも980MPaの引張強さを有する冷間圧延TBF鋼が開示されている。これらの鋼は、幾つかの魅力的な特性を示すが、進歩的な成形法についての改善された特性プロファイルを有する980MPa級の鋼板が求められており、自動車用シートの構造部材などでは、局部伸び及び全伸びの両方が重要である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、980~1100MPaの引張強さ及び優れた成形性を有する高強度(TBF)鋼板に関するものであり、その鋼板は連続アニールライン(CAL)を用いて工業的規模で製造することが可能なものである。本発明は、複雑な構造部材に成形可能である鋼組成物を提供することを目的とし、特に、自動車用シート部材にとって局部伸びと全伸びの両方が重要である。しかし、全伸びが増加しているときには、穴広げ率(HER)又は(λ)のような局部伸びで規定されている特性は劣化していると、一般的には考えられている。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、特許請求の範囲に記載される。
【0011】
本鋼板は、下記合金元素からなる組成を有する(重量%):
C 0.07~0.15
Mn 2.3~3.2
Si 0.6~1.2
Cr 0.05~0.5
Al ≦0.2
Nb ≦0.05
残部が鉄及び不純物からなる。
また、本発明は、次の態様をとり得る。
[態様1]
下記を有する、高強度冷間圧延鋼板:
a)下記の元素からなる組成(重量%):
C 0.07~0.15
Mn 2.3~3.2
Si 0.6~1.2
Cr 0.05~0.5
Al ≦0.2
Nb ≦0.1
残部が不純物とは別にFe、
b)ベイニティックフェライトのマトリックスを有する多相ミクロ組織、
c)980~1100MPaの引張強さ(R
[態様2]
下記の要件の少なくとも一つを満たす、態様1に記載の高強度冷間圧延鋼板:
a)下記の要件の少なくとも一つを満たす、組成(重量%):
C 0.08~0.14
Mn 2.4~3.1
Si 0.7~1.1
Cr 0.05~0.45
Al 0.005~0.1
Nb ≦0.05
少なくとも一つの要件を満たす不純物:
Ti ≦0.05
Mo ≦0.05
N ≦0.015
B ≦0.005
残部が不純物とは別にFe、
b)少なくとも一つの下記を有する多相ミクロ組織(体積%)
残留オーステナイト 2~20
マルテンサイト ≦15
ベイニティックフェライト ≧50
ポリゴナルフェライト ≧10
c)少なくとも一つの下記機械的性質
引張強さ(R ) 990~1100MPa
降伏強度(R p0.2 ) 580~920MPa
全伸び(A 50 ) ≧13%
穴広げ率(λ) ≧50%
降伏比(R p0.2 /R ) ≧0.75
[態様3]
下記を有する、態様1又は2に記載の高強度冷間圧延鋼板:
a)少なくとも一つの下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.08~0.13
Mn 2.5~3.0
Si 0.75~1.05
Cr 0.1~0.4
Si+Cr 0.9~1.3
Al 0.01~0.08
Nb ≦0.01
少なくとも一つの要件を満たす不純物:
Ti ≦0.02
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
b)下記を有する多相ミクロ組織(体積%)
残留オーステナイト 5~15
マルテンサイト ≦10
ベイニティックフェライト ≧60
ポリゴナルフェライト ≦5
c)少なくとも一つの下記機械的性質
引張強さ(R ) 1000~1100MPa
降伏強度(R p0.2 ) 750~900MPa
穴広げ率(λ) ≧60%
降伏比(R p0.2 /R ) 0.76~0.85
[態様4]
少なくとも一つの下記要件を満たす、態様1~3のいずれかに記載の高強度冷間圧延鋼板:
a)少なくとも一つの下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.09~0.12
Mn 2.5~2.9
Si 0.75~1.0
Cr 0.1~0.3
Si+Cr 0.9~1.2
Al 0.01~0.05
少なくとも一つの要件を満たす不純物:
Ti ≦0.01
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
c)少なくとも一つの下記機械的性質
引張強さ(R ) ≧1020MPa
降伏強度(R p0.2 ) ≧800MPa
降伏比(R p0.2 /R ) ≧0.78
[態様5]
下記要件を満たす、態様1又は2に記載の高強度冷間圧延鋼板:
a)下記からなる組成(重量%)
C 0.08~0.14
Mn 2.4~3.1
Si 0.7~1.1
Cr 0.05~0.45
Al 0.005~0.1
Nb ≦0.05
下記要件を満たす不純物:
Ti ≦0.05
Mo ≦0.05
N ≦0.015
B ≦0.005
残部が不純物とは別にFe
及び/又は
b)下記を有する多相ミクロ組織(体積%)
残留オーステナイト 2~20
マルテンサイト ≦15
ベイニティックフェライト ≧50
ポリゴナルフェライト ≦10、
及び/又は
c)下記機械的性質
引張強さ(R ) 1000~1100MPa
降伏強度(R p0.2 ) 580~920MPa
全伸び(A 50 ) ≧13%
穴広げ率(λ) ≧50%
降伏比(R p0.2 /R ) ≦0.84
[態様6]
下記要件を満たす、態様3に記載の高強度冷間圧延鋼板:
a)下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.08~0.13
Mn 2.5~3.0
Si 0.7~1.1
Cr 0.1~0.4
Si+Cr 0.9~1.3
Al 0.01~0.08
下記要件を満たす不純物:
Ti ≦0.02
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
及び/又は
b)下記を有する多相ミクロ組織(体積%)
残留オーステナイト 5~15
マルテンサイト ≦10
ベイニティックフェライト ≧60
ポリゴナルフェライト ≦5
及び/又は
c)下記機械的性質
引張強さ(R ) 1000~1100MPa
降伏強度(R p0.2 ) 750~900MPa
穴広げ率(λ) ≧60%
降伏比(R p0.2 /R ) 0.78~0.83
[態様7]
下記要件を満たす、態様1~6のいずれに記載の高強度冷間圧延鋼板:
a)下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.09~0.12
Mn 2.5~2.9
Si 0.7~1.1
Cr 0.1~0.3
Si+Cr 0.9~1.2
Al 0.01~0.05
下記要件を満たす不純物:
Ti ≦0.01
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
及び/又は
c)下記機械的性質
引張強さ(R ) 1000~1100MPa
降伏強度(R p0.2 ) 750~920MPa
全伸び(A 50 ) ≧13%
穴広げ率(λ) ≧50%
降伏比(R p0.2 /R ) 0.78~0.82
[態様8]
前記冷間圧延鋼板の厚さが1.0~1.6mmである、態様1~7のいずれかに記載の高強度冷間圧延鋼板。
[態様9]
ベイニティックフェライト及び焼戻しマルテンサイトの合計量が70~90体積%である、態様1~8のいずれかに記載の高強度冷間圧延鋼板。
[態様10]
引張強さ(R )と全伸び(A 50 )の積が13000MPa%以上である、態様1~9のいずれかに記載の高強度冷間圧延鋼板。
【0012】
個別の元素の重要性及びそれらの相互作用並びに特許請求される合金の化学成分の限定は、以下に簡潔に説明される。本明細書において、鋼の化学組成は、すべて、重量百分率(重量%)で表される。硬質相の量は、体積百分率(体積%)で表される。個々の元素の上下限は、特許請求の範囲に記載された限度内で自由に組み合わせることができる。
【0013】
C:0.07~0.15%
Cは、オーステナイトを安定させ、残留オーステナイト相中に充分な炭素量を得るのに重要である。Cはまた、所望の強度レベルを得るのに重要である。一般に、0.1%Cあたり100MPaオーダーの引張強さの増加が期待できる。Cが0.07%未満であると、980MPaの引張強度を得ることが難しい。Cが0.15%を超えると、溶接性が損なわれる。上限は、0.14、0.13、又は0.12%であってよい。下限は、0.08、0.09又は0.10%であってよい。好ましい範囲は0.08~0.13%である。
【0014】
Mn:2.3~3.2%
マンガンは固溶強化元素であり、M温度を下げることによりオーステナイトを安定化させ、冷却中にフェライトとパーライトが生成するのを防ぐ。また、MnはAc3温度を下げ、オーステナイトの安定に重要である。2.3%未満の含有量では、所望の量の残留オーステナイト及び980MPaの引張強さを得ることが困難であり、オーステナイト化温度は従来の工業用アニールラインでは高すぎる可能性がある。また、低い含有量では、ポリゴナルフェライトの生成を回避することが難しい。しかし、Mnの含有量が3.2%を超えると、偏析の問題が発生し、加工性が低下するおそれがある。これは、Mnが液相中に蓄積し、バンディングが発生して、潜在的に劣化した加工性につながる。このことから、上限は、3.1、3.0、2.9、2.8、又は2.7%であってよい。下限は、2.3、2.4、又は2.5%であってよい。
【0015】
Si:0.6~1.2%
Siは固溶強化元素として作用し、鋼板の強度を確保する上で重要である。Siはセメンタイトの析出を抑制し、オーステナイトの安定に不可欠である。
【0016】
しかし、含有量が多すぎると、ストリップの表面に酸化珪素を多量に生じて、CALのロール上で付着し、製造された鋼板の表面欠陥につながる。したがって、上限は1.2%であり、1.1、1.05、1.0、又は0.95%に制限されてもよい。下限は、0.65、0.7、0.75、又は0.80%であってよい。好ましい範囲は、0.7~1.0%である。
【0017】
Cr:0.05~0.5%
Crは、鋼板の強度向上に有効である。Crは、フェライトを生成し、パーライト及びベイナイトの生成を遅らせる元素である。Ac3温度およびM温度は、Cr含有量が増加するにつれて僅かに低下する。Crは、安定化された残留オーステナイトの量の増加をもたらす。Crの含有量は0.7%に制限される。上限は、0.65、0.60、0.55、0.50、0.45、又は0.40、0.35、0.30、又は0.25%であってよい。下限は、0.10又は0.15%であってよい。好ましい範囲は、0.1~0.3%である。
【0018】
Si+Cr:0.9~1.3%
Si+Crの量は、0.9~1.3%の範囲であることが好ましい。これは、SiとCrを組み合わせて添加すると、相乗効果が得られ、残留オーステナイトの量が増加して、延性が改善する。これらのことから、Si+Crの量は、好ましくは、0.9~1.2%の範囲に制限される。
【0019】
Al:≦0.2%
Alは、フェライト形成を促進し、また、脱酸剤として一般的に用いられる。Al含有量が増加すると、M温度が上昇する。Alのさらなる欠点は、Ac3温度が劇的に上昇して、CALで鋼をオーステナイト化することが一層困難になることである。これらの理由から、Alの含有量は、好ましくは0.1%未満、より好ましくは0.08%未満に制限される。したがって、Alは、脱酸のためにだけ使用されることが好ましい。このとき、上限は、0.09、0.08、0.07、又は0.06%であってよい。確実な効果を確保するためには、下限は、0.005、0.01、0.02、又は0.03%に設定されてもよい。
【0020】
Nb:<0.1%
Nbは、低合金鋼では、強度及び靭性を改善するために、一般的に用いられるが、これは、粒度に影響を与えるためである。Nbが強度と伸びのバランスを向上させるのは、NbCが析出して、マトリックスのミクロ組織及び残留オーステナイト相を微細化することによる。本鋼は、0.05%以下、好ましくは0.03%以下の量のNbを含有してよい。本発明によれば、意図的にNbを添加する必要はない。したがって、上限は、0.01%以下に制限されてもよい。
【0021】
本発明の高強度TRIP補助ベイニティックフェライト鋼板は、マトリックスに埋め込まれた主として残留オーステナイト介在物からなるミクロ組織を有する。
【0022】
ミクロ組織の構成要件は、体積%(vol.%)で、次のように表される。
【0023】
本鋼は、ベイニティックフェライト(BF)のマトリックスを有する。そのため、ベイニティックフェライトの量は、一般的に≧50%であり、≧55%、≧60%、又は≧65%であってよい。ミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト(TM)を含んでもよい。BFとTMの構成要素を互いに区別することは難しい。そのため、両構成要素の合計量は、70~90%に制限されていてよい。その量は、通常、80~90%の範囲である。
【0024】
マルテンサイトは、最終ミクロ組織中に存在していてよい。これは、その安定性によって、過時効工程の終段での冷却によって、マルテンサイトに変態するオーステナイトがあってもよいためである。マルテンサイトは、15%以下の量で存在してよい。焼戻しされていないマルテンサイトは、10、9、8、7、6、又は5%以下に制限されていることが好ましい。これらの焼戻しされていないマルテンサイト粒子は、残留オーステナイト粒子と近接していることが多く、そのことから、これらは、マルテンサイト-オーステナイト(MA)粒子と呼ばれることが多い。
【0025】
残留オーステナイトは、所望のTRIP効果を得るのに必須である。したがって、残留オーステナイトの量は、2~20%の範囲であるべきであり、好ましくは5~15%の範囲である。残留オーステナイトの量は、Proc. Int. Conf. on TRIP-aided high strength ferrous alloy (2002), Ghent, belgium, p.61-64に詳細が記載されている飽和磁化法により測定した。
【0026】
ポリゴナルフェライト(PF)は、望ましいミクロ組織構成要素ではない。したがって、10%以下、好ましくは5%以下、3%以下、又は1%以下に制限する。最も好ましくは、本鋼には、PFがないことである。
【0027】
特許請求の範囲に記載される鋼の機械的性質は重要であり、次の要件の少なくとも一つを満たすべきである:
引張強さ(R) 980~1100MPa
降伏強度(Rp0.2) 580~920MPa
全伸び(A50) ≧13%
穴広げ率(λ) ≧50%
降伏比(Rp0.2/R) ≧0.75%
好ましくは、これら全ての要件を同時に満たす。
【0028】
及びRp0.2の値は、ストリップの長手方向から採取された試験片を用いて、欧州標準EN10002Part 1に基づいて求められる。全伸び(A50)は、ストリップの横断方向から採取された試験片を用い、日本工業規格JIS Z2241:2011に基づいて求められる。
【0029】
本発明の鋼板の機械的性質は、合金組成及びミクロ組織によって、大いに調整できる。ミクロ組織は、CALでの熱処理、特に過時効工程での等温処理温度によって、大いに調整できる。
【0030】
本発明の一態様によれば、下記を有する高強度冷間圧延鋼板が提供される:
a)下記の元素からなる組成(重量%):
C 0.07~0.15
Mn 2.3~3.12
Si 0.6~1.2
Cr 0.05~0.5
Al ≦0.2
Nb ≦0.1
残部が不純物とは別にFe、
b)ベイニティックフェライトのマトリックスを有する多相ミクロ組織、
c)980~1100MPaの引張強さ(R
【0031】
本発明の別の態様によれば、下記の要件の少なくとも一つを満たす、高強度冷間圧延鋼板が提供される:
a)下記の要件の少なくとも一つを満たす、組成(重量%):
C 0.08~0.14
Mn 2.4~3.1
Si 0.7~1.1
Cr 0.05~0.45
Al 0.005~0.1
Nb ≦0.05
少なくとも一つの要件を満たす不純物:
Ti ≦0.05
Mo ≦0.05
N ≦0.015
B ≦0.005
残部が不純物とは別にFe、
b)少なくとも一つの下記を有する多相ミクロ組織(体積%)
残留オーステナイト 2~20
マルテンサイト ≦15
ベイニティックフェライト ≧50
ポリゴナルフェライト ≧10
c)少なくとも一つの下記機械的性質
引張強さ(R) 990~1100MPa
降伏強度(Rp0.2) 580~920MPa
全伸び(A50) ≧13%
穴広げ率(λ) ≧50%
降伏比(Rp0.2/R) ≧0.75
【0032】
本発明の別の態様によれば、下記を有する高強度冷間圧延鋼板が提供される:
a)少なくとも一つの下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.08~0.13
Mn 2.5~3.0
Si 0.75~1.05
Cr 0.1~0.4
Si+Cr 0.9~1.3
Al 0.01~0.08
Nb ≦0.01
少なくとも一つの要件を満たす不純物:
Ti ≦0.02
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
b)下記を有する多相ミクロ組織(体積%)
残留オーステナイト 5~15
マルテンサイト ≦10
ベイニティックフェライト ≧60
ポリゴナルフェライト ≦5
c)少なくとも一つの下記機械的性質
引張強さ(R) 1000~1100MPa
降伏強度(Rp0.2) 750~900MPa
穴広げ率(λ) ≧60%
降伏比(Rp0.2/R) 0.76~0.85
【0033】
本発明の別の態様によれば、下記の要件の少なくとも一つを満たす、高強度冷間圧延鋼板が提供される:
a)少なくとも一つの下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.09~0.12
Mn 2.5~2.9
Si 0.75~1.0
Cr 0.1~0.3
Si+Cr 0.9~1.2
Al 0.01~0.05
少なくとも一つの要件を満たす不純物:
Ti ≦0.01
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
c)少なくとも一つの下記機械的性質
引張強さ(R) ≧1020MPa
降伏強度(Rp0.2) ≧800MPa
降伏比(Rp0.2/R) ≧0.78
【0034】
本発明の別の態様によれば、下記の要件を満たす、高強度冷間圧延鋼板が提供される:
a)下記からなる組成(重量%)
C 0.08~0.14
Mn 2.4~3.1
Si 0.7~1.1
Cr 0.05~0.45
Al 0.005~0.1
Nb ≦0.05
下記要件を満たす不純物:
Ti ≦0.05
Mo ≦0.05
N ≦0.015
B ≦0.005
残部が不純物とは別にFe、
及び/又は
b)下記を有する多相ミクロ組織(体積%)
残留オーステナイト 2~20
マルテンサイト ≦15
ベイニティックフェライト ≧50
ポリゴナルフェライト ≦10、
及び/又は
c)下記機械的性質
引張強さ(R) 1000~1100MPa
降伏強度(Rp0.2) 580~920MPa
全伸び(A50) ≧13%
穴広げ率(λ) ≧50%
降伏比(Rp0.2/R) ≦0.84
【0035】
本発明の別の態様によれば、下記の要件を満たす、高強度冷間圧延鋼板が提供される:
a)下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.08~0.13
Mn 2.5~3.0
Si 0.7~1.1
Cr 0.1~0.4
Si+Cr 0.9~1.3
Al 0.01~0.08
下記要件を満たす不純物:
Ti ≦0.02
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
及び/又は
b)下記を有する多相ミクロ組織(体積%)
残留オーステナイト 5~15
マルテンサイト ≦10
ベイニティックフェライト ≧60
ポリゴナルフェライト ≦5
及び/又は
c)下記機械的性質
引張強さ(R) 1000~1100MPa
降伏強度(Rp0.2) 750~900MPa
穴広げ率(λ) ≧60%
降伏比(Rp0.2/R) 0.78~0.83
【0036】
本発明の別の態様によれば、下記の要件を満たす、高強度冷間圧延鋼板が提供される:
a)下記要件を満たす組成(重量%)
C 0.09~0.12
Mn 2.5~2.9
Si 0.7~1.1
Cr 0.1~0.3
Si+Cr 0.9~1.2
Al 0.01~0.05
下記要件を満たす不純物:
Ti ≦0.01
V ≦0.02
Mo ≦0.03
N ≦0.008
B ≦0.003
残部が不純物とは別にFe、
及び/又は
c)下記機械的性質
引張強さ(R) 1000~1100MPa
降伏強度(Rp0.2) 750~920MPa
全伸び(A50) ≧13%
穴広げ率(λ) ≧50%
降伏比(Rp0.2/R) 0.78~0.82
【0037】
本発明の別の態様によれば、冷間圧延鋼板の厚さが1.0~1.6mm、好ましくは1.1~1.5mm、より好ましくは1.2~1.4mmである、上記に規定の高強度冷間圧延鋼板が提供される。
【0038】
本発明の別の態様によれば、ベイニティックフェライト及び焼戻しマルテンサイトの合計量が70~90体積%、好ましくは80~90体積%である、上記に規定の高強度冷間圧延鋼板が提供される。
【0039】
本発明の別の態様によれば、引張強さ(R)と全伸び(A50)の積が13000MPa%以上、好ましくは13500MPa%以上である、上記に規定の高強度冷間圧延鋼板が提供される。
【実施例
【0040】
表1に試験鋼板の組成を開示する。
【0041】
【0042】
本鋼合金の加熱は連続鋳造機で行われた。スラブは再加熱され、約2.8mmの厚さまで熱間圧延に供された。熱間仕上げ圧延温度は約900℃であり、巻取り温度は約550℃であった。熱間圧延ストリップは酸洗され、熱間圧延ストリップの引張強さを低減して、それにより、冷間圧延力を低減するため、10時間にわたり550℃でバッチアニールされた。その後、ストリップは、5スタンド圧延機で、約1.4mmの最終厚さまで冷間圧延され、最後に、連続アニールに供された。
【0043】
表2は、熱間及び冷間圧延パラメタを開示する。バッチアニールは、熱間及び冷間圧延工程の間に約10時間にわたり行った。
【0044】
【表2】
【0045】
アニールサイクルは、約850℃までの加熱、約120秒間の水没、約10℃/sの速度で、約750℃までのスロージェット冷却、約40℃/sの速度で、約390~400℃の過時効温度までのラピッドガス冷却、過時効温度での等温保持、及び、周辺温度までの最終冷却で構成された。
【0046】
【表3】
【0047】
本発明にしたがって製造された材料は、表4に示す優れた機械的性質を有することが分かった。すべての試料は、ベイニティックフェライトのマトリックスを有し、10%未満のマルテンサイト及び最小量のフェライトを含有していた。
【0048】
特に、すべての発明例が13%を超える全伸び(A50)を示すとともに、穴広げ試験で測定した穴広げ性(λ)が、すべての発明例で、52%を超えたことに留意されたい。
【0049】
【表4】
【0050】
及びRp0.2の値は、ストリップの長手方向から採取された試験片を用いて、欧州標準EN10002Part 1に基づいて求められる。全伸び(A50)は、ストリップの横断方向から採取された試験片を用い、日本工業規格JIS Z2241:2011に基づいて求められる。
【0051】
穴広げ率(λ)は、穴広げ試験(HET)に供された三つの試料の平均値で示される。ISO/TS16630:2009(E)に準拠した穴広げ試験により測定した。この試験では、60°の頂部を有する円錐パンチを、100×100mmのサイズを有する鋼板に設けた直径10mmのパンチ穴に押し込む。亀裂が認められたら直ちに試験を停止して、穴の直径を、互いに直行する二方向で測定する。算術平均値が計算に用いられる。
【0052】
穴広げ率(λ)(%)は、次のように計算される。
λ=(D-D)/D×100
ただし、Doは当初の穴直径(10mm)であり、Dは試験後の穴直径である。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の材料は、自動車の高強度構造部品に広く適用することができる。高強度鋼板は、全伸びに対する高い要求と同時に、低いエッジ亀裂感受性を有する部品の製品として、特に好適である。