(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】殺菌剤、殺菌剤の製造方法、殺菌方法、分離膜用スライム抑制剤、および分離膜のスライム抑制方法
(51)【国際特許分類】
A01N 59/12 20060101AFI20240605BHJP
C02F 1/50 20230101ALI20240605BHJP
A01N 59/00 20060101ALI20240605BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20240605BHJP
【FI】
A01N59/12
C02F1/50 510C
C02F1/50 531L
C02F1/50 520A
C02F1/50 540B
C02F1/50 550C
C02F1/50 550H
C02F1/50 560B
C02F1/50 560C
C02F1/50 560E
C02F1/50 560H
C02F1/50 560Z
A01N59/00 C
A01P3/00
(21)【出願番号】P 2020053012
(22)【出願日】2020-03-24
【審査請求日】2023-01-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000004400
【氏名又は名称】オルガノ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 昌平
【審査官】石田 傑
(56)【参考文献】
【文献】特表2000-516142(JP,A)
【文献】特開2015-062889(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水、ヨウ素、ヨウ化カリウム、およびヨウ素酸カリウムを含有し、pHが7を超え12以下の範囲であることを特徴とする殺菌剤。
【請求項2】
請求項1に記載の殺菌剤であって、
有機物含有量が、TOCとして1000mg/L以下であることを特徴とする殺菌剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の殺菌剤であって、
全塩素が、0.1質量%以上であることを特徴とする殺菌剤。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の殺菌剤の製造方法であって、
水、水酸化カリウム、ヨウ素の順に混合する混合工程を含むことを特徴とする殺菌剤の製造方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載の殺菌剤を用いる
(ただし、ヒトへの使用を除く)ことを特徴とする殺菌方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載の殺菌剤を含むことを特徴とする分離膜用スライム抑制剤。
【請求項7】
分離膜を備える膜分離装置の被処理水中に、請求項6に記載の分離膜用スライム抑制剤を存在させることを特徴とする分離膜のスライム抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺菌剤、その殺菌剤の製造方法、その殺菌剤を用いる殺菌方法、その殺菌剤を含む分離膜用スライム抑制剤、およびその分離膜用スライム抑制剤を用いる分離膜のスライム抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヨウ素は高い殺菌効果を有していることが知られており、医薬、食品加工、環境衛生分野の殺菌に広く用いられている。ヨウ素系の殺菌剤としては、エタノールにヨウ素およびヨウ化カリウムを溶解させたヨードチンキ、有機ポリマーや界面活性剤等にヨウ素を担持させたヨードホール、ポリビニルピロリドンにヨウ素を配位させたポピドンヨード(特許文献1参照)、シクロデキストリンにヨウ素を包接させたヨウ素包接シクロデキストリン(特許文献2参照)、ヨードグリシン錯体(特許文献3参照)等がよく知られている。
【0003】
ヨウ素は常温で固体であり、水への溶解度は極めて低い一方で、エタノール、メタノール等のアルコール類、ベンゼン等の有機溶媒への溶解度が高いことが知られており、上記ヨウ素系の殺菌剤は、アルコール、ポリビニルピロリドン、シクロデキストリン等の有機溶媒を用いてヨウ素を溶解させた殺菌剤である。
【0004】
しかし、アルコール類等の有機溶媒を用いて溶解させたヨウ素系殺菌剤は、水処理用殺菌剤として用いる場合、溶媒由来の有機物が水系に残留することによって微生物の栄養源となり微生物の増殖を促進させ、強固なバイオフィルムの形成を促進させる可能性があり、適用は困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭50-035318号公報
【文献】特開2002-370902号公報
【文献】特開平10-167917号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、有機物の含有量が低減されたヨウ素系の殺菌剤、その殺菌剤の製造方法、その殺菌剤を用いる殺菌方法、その殺菌剤を含む分離膜用スライム抑制剤、およびその分離膜用スライム抑制剤を用いる分離膜のスライム抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、水、ヨウ素、ヨウ化カリウム、およびヨウ素酸カリウムを含有し、pHが7を超え12以下の範囲である、殺菌剤である。
【0009】
前記殺菌剤において、有機物含有量が、TOCとして1000mg/L以下であることが好ましい。
【0010】
前記殺菌剤において、全塩素が、0.1質量%以上であることが好ましい。
【0011】
本発明は、前記殺菌剤の製造方法であって、水、水酸化カリウム、ヨウ素の順に混合する混合工程を含む、殺菌剤の製造方法である。
【0012】
本発明は、前記殺菌剤を用いる(ただし、ヒトへの使用を除く)殺菌方法である。
【0013】
本発明は、前記殺菌剤を含む、分離膜用スライム抑制剤である。
【0014】
本発明は、分離膜を備える膜分離装置の被処理水中に、前記分離膜用スライム抑制剤を存在させる、分離膜のスライム抑制方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、有機物の含有量が低減されたヨウ素系の殺菌剤、その殺菌剤の製造方法、その殺菌剤を用いる殺菌方法、その殺菌剤を含む分離膜用スライム抑制剤、およびその分離膜用スライム抑制剤を用いる分離膜のスライム抑制方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施形態に係る殺菌剤を適用可能な水処理装置の一例を示す概略構成図である。
【
図2】実施例7、比較例5の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態について以下説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0018】
<殺菌剤>
本発明の実施形態に係る殺菌剤は、水、ヨウ素、およびアルカリ剤を含有し、pHが7を超え12以下の範囲である殺菌剤である。この殺菌剤は、例えば、分離膜用スライム抑制剤として用いることもできる。
【0019】
本発明者らが鋭意検討した結果、ヨウ素とアルカリ剤を混合させることでヨウ素を容易に水に溶解させることが可能であり、有機物の含有量が低減されたヨウ素系の殺菌剤が得られることを見出した。本発明者は、特に、例えば、殺菌剤のpH範囲についての創意工夫を施すことによって、有機物の含有量を低減することができることを明らかにし、水処理用の殺菌剤としての適用可能性を見出すことに成功した。
【0020】
殺菌剤に含有されている有機物によって微生物の増殖を促進するおそれがあるため、殺菌剤に有機物が多量に含有されていることは好ましくない。例えば、一般的に良く知られている殺菌剤であるヨードチンキには60質量%以上のエタノールという多量の有機物が含有されており、殺菌剤自体が微生物の増殖リスクを増大させる。一方、本実施形態に係る殺菌剤は、有機物含有量がTOCとして例えば1000mg/L以下に低減されており、殺菌剤自体による微生物の増殖リスクは極めて低い。
【0021】
アルカリ剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等の水酸化物、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の炭酸塩、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等の炭酸水素塩等が挙げられる。これらのうち、製剤コスト、保存安定性、有効成分の収率等の点から水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等の水酸化物が好ましく、水酸化カリウムがより好ましい。
【0022】
水、ヨウ素、アルカリ剤を混合することによってヨウ素とヨウ化物とヨウ素酸とアルカリとを含む製剤が得られる。例えば、ヨウ素(I2)を水酸化カリウム(KOH)に溶解させてヨウ化カリウム(KI)とヨウ素酸カリウム(KIO3)を得て(下記式(1))、ヨウ素酸カリウムを炭素、アルミニウム、亜鉛等の還元剤を用いて還元させる(下記式(2))ことによってヨウ化カリウムを得る方法が知られている。
3I2+6KOH → 5KI+KIO3+3H2O 式(1)
KIO3 → 炭素等の還元剤で還元 → KI 式(2)
【0023】
式(1)および式(2)の製法でヨウ化カリウムを得る場合、ヨウ化カリウムを精製する必要があるために製造コストが高価となることが考えられる。また、上記の通りヨウ化物塩を用いてヨウ素を溶解させることはコストの点では好ましくなく、安価にヨウ化物塩を得ることが好ましい。
【0024】
例えば、過剰量のヨウ素を加えることによって遊離ヨウ素の含有量が高い製剤が可能になる。本実施形態に係る殺菌剤は、上記式(1)において生成したヨウ素酸カリウムを還元しなくても、上記式(1)の水酸化カリウムに対するヨウ素のモル当量以上にヨウ素と水酸化カリウム等のアルカリ剤とを混合させることによって遊離ヨウ素を得ることができる。式(1)のモル当量以上に混合させた過剰なヨウ素は式(1)で生成されたKIと反応して溶解する。これは、下記式(3)で表される反応である。本製造方法を用いることで安価に得たヨウ化物塩をヨウ素の溶解に有効活用することができ、安価に殺菌効果が得られる殺菌剤を得ることができる。このようにして得られる殺菌剤は、ヨウ素、ヨウ化物イオン、ヨウ素酸イオンを含有する。
【0025】
【0026】
なお、ヨウ素(I2)を水酸化カリウム(KOH)に溶解させる際に、下記式(4)により微量な次亜ヨウ素酸塩(KIO)を生成すると考えられる。次亜ヨウ素酸塩は高い酸化力を持った物質であり、本実施形態に係る殺菌剤では、この次亜ヨウ素酸塩が酸化力および殺菌力に寄与することが期待できる。
I2+2KOH → KI+KIO+H2O 式(4)
【0027】
ここで、ヨウ化物とは、酸化数1のヨウ素化合物のことを指し、例えば、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化水素、ヨウ化銀等が挙げられる。また、これらのヨウ化物は当然、水に溶解することで解離し、ヨウ化物イオンになる。
【0028】
本実施形態に係る殺菌剤は、極めて高い殺菌力により、極めて低い濃度での殺菌が可能である。また、次亜塩素酸等と同様に水処理の現場等で濃度を測定することができるため、より正確な濃度管理が可能である。
【0029】
本明細書において、殺菌剤の全ての酸化力をDPD法による全塩素として表す。本明細書において、「全塩素」とは「JIS K 0120:2013の33.残留塩素」に記載の硫酸N,N-ジエチル-p-フェニレンジアンモニウム(DPD)を用いる吸光光度法によって求めた濃度を指す。例えば、0.2mol/Lリン酸二水素カリウム溶液2.5mLを比色管50mLにとり、これにDPD希釈粉末(硫酸N,N-ジエチル-p-フェニレンジアンモニウム1.0gを粉砕し、硫酸ナトリウム24gを混合したもの)0.5gを加え、ヨウ化カリウム0.5gを加えて試料を適量加え、水を標線まで加えて溶解して約3分間放置する。発色した桃色から桃紅色を波長510nm(または555nm)付近の吸光度を測定して定量する。DPDはあらゆる酸化剤によって酸化され、酸化剤としては、例えば、塩素、臭素、ヨウ素、過酸化水素、オゾン等が挙げられ、測定対象とすることができる。本実施形態における殺菌剤では、酸化力を持ちうる全てのヨウ素の形態(例えばI2、IO3
-、IO-、HI)をまとめて、「全塩素」として測定した。また、「全塩素」は「全ヨウ素」に換算することが可能である。具体的には「塩素の分子量」と「ヨウ素の分子量」を元に換算する。すなわち、「全塩素」×(126.9/35.45)≒「全塩素」×3.58=「全ヨウ素」となる。
【0030】
本実施形態に係る殺菌剤の全塩素は、例えば、0.1質量%以上であり、0.2質量%以上であることが好ましく、2質量%以上であることがより好ましく、3質量%以上であることがさらに好ましい。殺菌剤の全塩素の上限は特にないが、例えば、20質量%以下である。殺菌剤の全塩素が0.1質量%未満であると、殺菌効果が低い場合がある。
【0031】
本実施形態に係る殺菌剤において、全塩素に対するヨウ素酸イオン(IO3
-)の質量比は、0.5以上10以下の範囲であることが好ましく、1以上2以下の範囲であることがより好ましく、1以上1.4以下の範囲であることがさらに好ましい。ヨウ素酸は水に対する溶解度が低く、低温時に析出しやすい物質であるため、全塩素に対するヨウ素酸イオンの質量比が10を超えると過剰にヨウ素酸イオンが析出する場合がある。一方、ヨウ素酸イオンは酸化力を有する物質であり、殺菌力にも寄与しているため、全塩素に対するヨウ素酸イオンの質量比が0.5未満であると殺菌力が低下する場合がある。
【0032】
本実施形態に係る殺菌剤のpHは、7を超え12以下の範囲であることが好ましく、7.3以上10以下の範囲であることがより好ましく、8以上9.5以下の範囲であることがさらに好ましい。殺菌剤のpHが7以下であると、ヨウ素の黒色結晶が析出する場合があり、12を超えると有効成分が著しく低下または保存安定性が悪化する場合がある。
【0033】
一般的によく知られているイソジンやポピドンヨード等のヨウ素系殺菌剤のpHは7以下であることが多く、特に5以下であることが多い。このように低いpHではヨウ素系殺菌剤の有効成分の安定性が高いことが一般的であったが、本実施形態に係る殺菌剤は、pH7を超える範囲で高い安定性を維持することが可能である。
【0034】
本実施形態に係る殺菌剤は、有機物含有量が低減されているため、例えば分離膜用スライム抑制剤として好適に用いることができる。分離膜用スライム抑制剤にアルコール、ポリビニルピロリドン、シクロデキストリン等の有機溶媒(有機物)を用いた場合、有機物が微生物への栄養源となり微生物の増殖を促進させる可能性があり、微生物の増殖によって強固なバイオフィルムの形成を促進させる可能性があった。
【0035】
その中でも、ヨウ素の溶解において特に安価に用いることができるエタノール等の低分子のアルコール等の低分子有機物は、分離膜での除去は難しく、逆浸透膜においても透過することが知られており、低分子の有機物を含む殺菌剤を分離膜用スライム抑制剤として用いる場合、水質悪化が懸念となる。また、ポピドンヨードの成分として知られるポリビニルピロリドンは有機物であるだけでなく、分離膜を閉塞し、ファウリングの要因となり得ることから、分離膜用スライム抑制剤としての適用が難しかった。
【0036】
逆浸透膜を透過しやすい低分子の有機物とは、分子量が200以下の有機物を指し、例えば、分子量が200以下の、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール化合物、モノエタノールアミン、尿素等のアミン化合物、水酸化テトラメチルアンモニム等のテトラアルキルアンモニウム塩、酢酸等のカルボン酸等が挙げられる。
【0037】
逆浸透膜においては分子量が低いほど除去率が低下することが知られている。前記低分子の有機物は逆浸透膜処理においても除去率が低いことが広く知られており、例えば、メタノールは10%程度、エタノールは40%程度、尿素は50%程度、酢酸は70%程度、イソプロピルアルコールは80~90%程度の除去率であることが知られている。
【0038】
本実施形態に係る分離膜用スライム抑制剤は有機物の含有量が低減されているため、バイオファウリングのリスクを増大させることなく好適に用いることが可能である。また、本実施形態に係る分離膜用スライム抑制剤を用いることによって、有効成分が分離膜に吸着し、透過側に十分な量の有効成分を透過させることができるため、透過水側のスライム抑制効果が得られ、分離膜用スライム抑制剤の被処理水への注入停止後もしばらくの間スライム抑制効果を維持することができる。
【0039】
なお、本明細書において、殺菌剤または分離膜用スライム抑制剤が「有機物の含有量が低減されている」とは、従来の有機物を含有するヨウ素系の殺菌剤に比べて有機物の含有量が低減されていればよいが、例えば、殺菌剤中または分離膜用スライム抑制剤中の有機物の含有量がTOCとして1000mg/L以下、好ましくは100mg/L以下、より好ましくは10mg/L以下のことを言う。
【0040】
<殺菌剤の製造方法>
本実施形態において、水、ヨウ素、アルカリ剤を混合する混合工程を含む方法によって、水、ヨウ素、およびアルカリ剤を含有する殺菌剤を製造することができる。撹拌時間等の観点から、水、アルカリ剤、ヨウ素の順に混合する混合工程を含む方法によって、水、ヨウ素、およびアルカリ剤を含有する殺菌剤を製造することが好ましい。
【0041】
混合工程におけるアルカリ剤に対するヨウ素のモル比は、アルカリ剤(モル)/ヨウ素(モル)=0.89~1.01の範囲であることが好ましく、0.97~1.01の範囲であることがより好ましい。アルカリ剤(モル)/ヨウ素(モル)が0.89未満であると、有効成分を高収率に得ることができない場合や保存安定性が悪化する場合があり、1.01を超えると、ヨウ素が略均一に溶解しない場合やヨウ化物塩またはヨウ素酸塩が析出する場合がある。
【0042】
<殺菌方法>
本実施形態に係る殺菌方法は、上記殺菌剤を用いて殺菌を行う方法である。殺菌対象としては、例えば、水処理に用いられる水等である。
【0043】
有機物含有量がTOCとして例えば1000mg/L以下に低減された上記殺菌剤を用いることによって、殺菌剤自体による微生物の増殖リスクが極めて低い。
【0044】
<分離膜のスライム抑制方法>
本実施形態に係る分離膜のスライム抑制方法は、上記殺菌剤を分離膜用スライム抑制剤として用いる方法である。例えば、分離膜を備える膜分離装置の被処理水(例えば、膜分離装置の給水および洗浄水のうちの少なくとも1つ)中に、上記殺菌剤を分離膜用スライム抑制剤として存在させる方法である。
【0045】
上記分離膜用スライム抑制剤を用いることによって、極めて低い有効成分量であっても分離膜のスライム生成を抑制することができる。また、分離膜への被処理水のpHに関係なく、分離膜のスライム生成を抑制しつつ透過水量の低下を抑制することができる。
【0046】
分離膜としては、逆浸透膜(RO膜)、ナノろ過膜(NF膜)、精密ろ過膜(MF膜)、限外ろ過膜(UF膜)、正浸透膜(FO膜)等が挙げられる。これらのうち、特に逆浸透膜(RO膜)やナノろ過膜(NF膜)に、本実施形態に係る分離膜用スライム抑制剤を用いる分離膜のスライム抑制方法を好適に適用することができる。また、逆浸透膜等として昨今主流であるポリアミド系逆浸透膜、ポリアミド系ナノろ過膜等のポリアミド系高分子膜に本実施形態に係る分離膜用スライム抑制剤を用いる分離膜のスライム抑制方法を好適に適用することができる。ポリアミド系逆浸透膜等は、酸化剤に対する耐性が比較的低く、遊離塩素等をポリアミド系逆浸透膜等に連続的に接触させると、膜性能の著しい低下が起こる場合がある。しかしながら、本実施形態に係る分離膜用スライム抑制剤を用いる分離膜のスライム抑制方法ではポリアミド系逆浸透膜等においても、このような著しい膜性能の低下が起こりにくい。
【0047】
分離膜用スライム抑制剤の被処理水への添加方法としては、本実施形態に係る殺菌剤を連続的に添加する連続添加でもよいし、被処理水中に本実施形態に係る殺菌剤を添加する添加期間と被処理水中に本実施形態に係る殺菌剤を添加しない無添加期間とを設ける間欠添加でもよい。薬品コスト等の観点からは間欠添加が好ましいが、上記殺菌剤を分離膜の被処理水中に連続的に添加すれば、被処理水中に常時、有効成分を含有させることができる。
【0048】
本実施形態に係る分離膜用スライム抑制剤は、分離膜への吸着能が高く、分離膜の被処理水中に連続的に添加することによって分離膜に十分な量の有効成分が吸着し、分離膜用スライム抑制剤の添加を停止しても有効成分が徐々に放出される。そのため、トラブルや不具合等によって膜分離装置および分離膜用スライム抑制剤の注入ポンプ等が停止して長時間の水の滞留が発生する場合または分離膜用スライム抑制剤の添加が停止する場合等でも持続的に殺菌効果を得ることができる。また、分離膜に有効成分が吸着することによって、従来の殺菌剤ではバイオフィルムの表面(流路面)から殺菌、洗浄を行っていたのに対して、バイオフィルムの裏面(バイオフィルムと膜との付着面)からの殺菌、洗浄効果が期待できる。
【0049】
分離膜への被処理水(例えば、膜分離装置の給水および洗浄水のうちの少なくとも1つ)のpHは、2~12の範囲であることが好ましく、4~9の範囲であることがより好ましい。被処理水のpHが8を超えると有効成分の低下によってスライム抑制効果が低下し、さらに12を超えると十分なスライム抑制効果が得られない場合があり、2未満であると、ヨウ素の結晶が析出し、十分なスライム抑制効果が得られない場合がある。
【0050】
本発明の実施形態に係る殺菌剤を分離膜用スライム抑制剤として適用可能な水処理装置の一例の概略を
図1に示す。
【0051】
図1に示す水処理装置1は、分離膜を備える膜分離装置の一例として、逆浸透膜処理装置12を備える。水処理装置1は、被処理水を貯留するための被処理水槽10を備えてもよい。
【0052】
水処理装置1において、被処理水槽10の入口には、被処理水配管14が接続されている。被処理水槽10の出口と、逆浸透膜処理装置12の入口とは、被処理水供給配管16により接続されている。逆浸透膜処理装置12の透過水出口には、透過水配管18が接続され、濃縮水出口には、濃縮水配管20が接続されている。被処理水槽10および被処理水供給配管16のうちの少なくとも1つには、スライム抑制剤添加配管22またはスライム抑制剤添加配管24が接続されている。
【0053】
水処理装置1において、被処理水は、被処理水配管14を通して、必要に応じて被処理水槽10に送液され、貯留される。被処理水槽10において、被処理水中にスライム抑制剤添加配管22を通して上記分離膜用スライム抑制剤が添加され、分離膜用スライム抑制剤を存在させる(スライム抑制剤添加工程)。分離膜用スライム抑制剤は、被処理水配管14において添加されてもよいし、
図1に示すようにスライム抑制剤添加配管24を通して被処理水供給配管16において添加されてもよい。
【0054】
上記分離膜用スライム抑制剤を存在させたスライム抑制剤含有水は、被処理水供給配管16を通して、逆浸透膜処理装置12に供給され、逆浸透膜処理装置12において、逆浸透膜処理が行われる(逆浸透膜処理工程)。逆浸透膜処理で得られた透過水は、処理水として透過水配管18を通して排出され、濃縮水は濃縮水配管20を通して排出される。
【0055】
水処理装置1において、逆浸透膜処理装置12の他に、全塩素濃度測定装置、ポンプ、安全フィルタ、流量測定装置、圧力測定装置、温度測定装置、酸化還元電位(ORP)測定装置、残留塩素測定装置、電気伝導度測定装置、pH測定装置、エネルギー回収装置等を必要に応じて備えてもよい。
【0056】
水処理装置1の前処理(前処理工程)として、pH調整、生物処理、凝集処理、凝集沈殿処理、加圧浮上処理、ろ過処理、膜分離処理、活性炭処理、オゾン処理、紫外線照射処理、軟化処理、脱炭酸処理等の生物学的、物理的または化学的な前処理のうちの少なくとも1つの処理を行う装置を備え、それらの生物学的、物理的または化学的な前処理のうちの少なくとも1つの処理を行ってもよい。
【0057】
また、水処理装置1の後処理(後処理工程)として、再生型イオン交換処理装置、電気式脱塩処理装置(EDI)、非再生型イオン交換樹脂装置、脱気膜処理装置、紫外線殺菌処理装置、紫外線酸化処理装置、微粒子除去処理装置、加熱装置、限外ろ過装置、逆浸透膜処理装置等の後処理のうちの少なくとも1つの処理を行う装置を備え、それらの後処理のうちの少なくとも1つの処理を行ってもよい。
【0058】
水処理装置1は、特に、排水回収への適用、例えば、電子産業排水、食品製造排水、飲料水製造排水、化学工場排水、メッキ工場排水等の回収への適用や、純水製造への適用、海水淡水化への適用等が考えられる。電子産業排水には低分子有機物が含まれることが多く、例えば電子産業排水を回収するフローとして、例えば、生物処理装置と膜処理装置とを備える生物処理システムの後段に、逆浸透膜を用いる水処理方法を適用する、逆浸透膜処理装置12を備える水処理装置1を有するフローが考えられる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例および比較例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
[殺菌剤の調製]
<実施例1~3>
上記式(1),(3)の反応式を元に考えられるヨウ素の溶解可能量を明らかにし、保存安定性の良否を明らかにするために、表1に示す配合量で、ヨウ素(I2)、水酸化カリウム(48%KOH水)、水を混合した。これにより、ヨウ素(I2)、水酸化カリウム(KOH)、水を混合することによって、ヨウ素(I2)とヨウ化カリウム(KI)とヨウ素酸カリウム(KIO3)とアルカリ(KOH)と水(H2O)とを含む製剤が得られる。結果を表1に示す。なお、実施例1のIO3
-含有量は2.5質量%、実施例2のIO3
-含有量は3.6質量%、実施例3のIO3
-含有量は3.6質量%である。
【0061】
「全塩素」は、上記DPD法に従って、HACH社の多項目水質分析計DR/3900を用いて測定した。有機物含有量(TOC)は、GE Analytical InstrumentsのSievers900型TOC分析装置を用いて測定した。
【0062】
【0063】
実施例1ではI2/KOH=0.89として製剤し、実施例2ではI2/KOH=0.97として製剤した。実施例1,2ではヨウ素が溶解し、略均一な製剤が得られた。実施例3では実施例1,2よりもヨウ素の濃度を上げて製剤を実施した。実施例3ではI2/KOH=1.01として製剤した。実施例3ではヨウ素が溶解し、略均一な製剤が得られた。実施例1に対して実施例2の方がI2/KOHの比率が大きく、実施例2に対して実施例3の方がI2/KOHの比率が大きくなっており、溶解可能量が増えていることがわかる。これは、式(3)によって生成する三ヨウ化物(I3
-)が高濃度条件下では多ヨウ化物(I5
-,I7
-,I9
-)となることが要因であると考えられる。
【0064】
また、実施例1~3の製剤はいずれもTOCが10mg/L未満であり、従来技術のヨウ素系の殺菌剤に比べて、有機物の含有量が大幅に低減された。
【0065】
実施例1,2,3の製剤の保存安定性試験を実施した。結果を表1に示す。
【0066】
実施例1の製剤の室温(25℃)保管30日後の有効成分保持率は71%であり、50℃保管30日後の有効成分保持率は67%であり、安定性はやや劣っていた。実施例2の製剤の室温(25℃)保管30日後の有効成分保持率は97%、60日後の有効成分保持率は97%であり、50℃保管30日後の有効成分保持率は89%、60日後の有効成分保持率は85%であり、高い安定性を維持していた。実施例3の製剤の室温(25℃)保管30日後の有効成分保持率は100%、60日後の有効成分保持率は100%であり、50℃保管30日後の有効成分保持率は99%、60日後の有効成分保持率は99%であり、非常に高い安定性を維持していた。実施例1の全塩素は0.25質量%であり、実施例2の全塩素は2.4質量%であり、実施例3の全塩素は3.2質量%であった。本実施例による殺菌剤は、全塩素濃度が高くなるにつれて安定性が増すことが考えられる。
【0067】
また、得られた殺菌剤に対して酸を用いてpHを調整すると微量の場合はヨウ化物イオンがI2になることによって有効成分が増えるが、過剰に添加した場合、ヨウ素が析出することがあり、極めて過剰に添加した場合、ヨウ素ガスが発生する可能性がある。アルカリを用いてpHを調整すると有効成分が低下し、保存安定性も悪化する可能性がある。
【0068】
<実施例3、比較例1,2>
有効成分の収率を明らかにするために表2に示す配合量でヨウ素(I2)、水酸化カリウム(KOH)、水を混合した。
【0069】
実施例3、比較例1,2では48%KOHを10.3質量%とし、比較例1ではI2/KOH=0.33として製剤し、比較例2ではI2/KOH=0.5として製剤し、実施例3ではI2/KOH=1.01として製剤した。結果を表2に示す。なお、全ヨウ素は、上記DPD法に従って、HACH社の多項目水質分析計DR/3900を用いて測定した「全塩素」から「全ヨウ素」に換算した値を用いた。
【0070】
【0071】
比較例1ではヨウ素が溶解し、全ヨウ素0.017質量%の無色透明の略均一な製剤が得られ、全ヨウ素収率は0.23%であった。比較例2ではヨウ素が溶解し、全ヨウ素0.039質量%の橙色の略均一な製剤が得られ、全ヨウ素収率は0.35%であった。実施例3ではヨウ素が溶解し、全ヨウ素11.4質量%の黒色の略均一な製剤が得られ、全ヨウ素収率は53%であった。比較例1では上記式(1)のモル当量通りのI2とKOHのmol比(I2/KOH=0.33)で製剤を実施したが全ヨウ素収率は低く、比較例2では上記式(1)のI2とKOHのmol比に対してI2を過剰に配合させ、I2/KOH=0.5として製剤を実施したが全ヨウ素収率は依然低かった。実施例3では上記式(1)のI2とKOHのmol比に対してI2をより過剰に配合させた結果、高い全ヨウ素収率を得られることが明らかとなった。
【0072】
<実施例4,5>
アルカリ剤の検討のために表3に示す配合量でヨウ素(I2)、水酸化ナトリウム(NaOH)、水を混合した。
【0073】
実施例4では実施例3における各材料の配合比率(質量%)と揃え、水酸化カリウムを水酸化ナトリウム(NaOH)に変えて製剤し、実施例5では、実施例3におけるI2とKOHのモル比を揃えて、水酸化カリウムを水酸化ナトリウムに変えて製剤した。結果を表3に示す。
【0074】
【0075】
実施例4,5ともに溶け残りがわずかに生じた。これらの結果より、アルカリ剤としてはKOHが好ましいことがわかる。
【0076】
[殺菌力の比較試験]
<実施例6、比較例3,4>
・試験水:相模原井水(脱塩素処理)にブイヨンを添加し、菌数107(CFU/mL)となるように培養した
・水温:25℃(室温管理)
・pH:7.0
・薬剤:比較例3では、クロロスルファミン酸(下記の方法で調製)を用いて全塩素濃度を1.0mg/Lに調整し、比較例4では、安定化次亜臭素酸組成物(下記の方法で調製)を用いて、全塩素濃度を0.25mg/Lに調整し、実施例6では実施例3で調製した殺菌剤を用いて全塩素濃度を0.05mg/Lに調整した。
【0077】
[クロロスルファミン酸の調製]
12%次亜塩素酸ナトリウム水溶液:50質量%、スルファミン酸:10質量%、水酸化ナトリウム:10質量%、水:残分を混合して、組成物を調製した。組成物のpHは14、全塩素濃度は6質量%であった。
【0078】
[安定化次亜臭素酸組成物の調製]
窒素雰囲気下で、液体臭素:16.9質量%(wt%)、スルファミン酸:10.7質量%、水酸化ナトリウム:12.9質量%、水酸化カリウム:3.94質量%、水:残分を混合して、安定化次亜臭素酸組成物を調製した。安定化次亜臭素酸組成物のpHは14、全塩素濃度は7.5質量%であった。全塩素濃度は、HACH社の多項目水質分析計DR/3900を用いて測定した。安定化次亜臭素酸組成物の詳細な調製方法は以下の通りである。
【0079】
反応容器内の酸素濃度が1%に維持されるように、窒素ガスの流量をマスフローコントローラでコントロールしながら連続注入で封入した2Lの4つ口フラスコに1436gの水、361gの水酸化ナトリウムを加え混合し、次いで300gのスルファミン酸を加え混合した後、反応液の温度が0~15℃になるように冷却を維持しながら、473gの液体臭素を加え、さらに48%水酸化カリウム溶液230gを加え、組成物全体の量に対する質量比でスルファミン酸10.7%、臭素16.9%、臭素の当量に対するスルファミン酸の当量比が1.04である、目的の安定化次亜臭素酸組成物を得た。生じた溶液のpHは、ガラス電極法にて測定したところ、14であった。生じた溶液の臭素含有率は、臭素をヨウ化カリウムによりヨウ素に転換後、チオ硫酸ナトリウムを用いて酸化還元滴定する方法により測定したところ16.9%であり、理論含有率(16.9%)の100.0%であった。また、臭素反応の際の反応容器内の酸素濃度は、株式会社ジコー製の「酸素モニタJKO-02 LJDII」を用いて測定した。なお、臭素酸濃度は5mg/kg未満であった。
【0080】
なお、pHの測定は、以下の条件で行った。
電極タイプ:ガラス電極式
pH測定計:東亜ディーケーケー社製、HM-42X型
電極の校正:関東化学社製フタル酸塩pH(4.01)標準液(第2種)、中性リン酸塩pH(6.86)標準液(第2種)、同社製ホウ酸塩pH(9.18)標準液(第2種)の3点校正で行った
測定温度:25℃
測定値:測定液に電極を浸漬し、安定後の値を測定値とし、3回測定の平均値
【0081】
初期菌数107(CFU/mL)の培養液に対して薬剤を添加して菌数を10分後、3時間後、6時間後に測定した。菌数は、サンアイバイオチェッカーTTC(三愛石油製)を用いて測定した。結果を表4に示す。
【0082】
【0083】
比較例3に示す通り、クロロスルファミン酸を用いた場合、6時間以内に有意な殺菌効果が得られなかった。比較例4に示す通り、安定化次亜臭素酸組成物を用いた場合、10分後に103(CFU/mL)に減少し、3時間後には103(CFU/mL)未満に減少した。実施例6で示す通り、ヨウ素系の殺菌剤を用いた場合、10分後に菌数は103(CFU/mL)未満に減少した。ヨウ素系の殺菌剤を用いることによって、クロロスルファミン酸の20分の1、安定化次亜臭素酸組成物の5分の1の全塩素濃度でそれぞれに対して同等以上の殺菌効果が得られることが明らかとなった。また、薬剤添加から10分後の殺菌効果が高く、本実施例による殺菌剤は即効性が高いことも明らかとなった。
【0084】
[スライム抑制効果の検討]
<実施例7、比較例5>
以下の条件で、実施例3で調製した殺菌剤のスライム抑制効果を検討した。結果を
図2に示す。
図2には、実際に測定した通水差圧(kPa)から初期の通水差圧(kPa)を差し引いた値の経時変化を示す。
(試験条件)
・試験装置:RO膜エレメント試験装置
・運転圧力:0.75MPa
・給水:相模原井水(脱塩素処理、酢酸を1ppm添加、有機物含有量0.55mg/L)
・薬剤:実施例7では実施例3で調製した殺菌剤をスライム抑制剤として用いた。比較例5では殺菌剤を添加せず。
【0085】
逆浸透膜の被処理水に酢酸を1ppm添加し、バイオファウリングを促進した試験を実施した。比較例5では殺菌剤を添加しなかったため、約80時間で差圧が上昇し、バイオフィルム形成によるファウリングが生じた。実施例7では殺菌剤を逆浸透膜の給水に全塩素濃度で0.05mg/L(全ヨウ素濃度で0.17mg/L)となるように添加したところ、差圧の上昇はほとんど無く、バイオフィルム形成を効果的に抑制したことがわかる。実施例7では極めて低い濃度でスライム抑制効果を示したため、コスト低減効果が期待できる。
【0086】
以上のように、実施例の通り、有機物の含有量が低減されたヨウ素系の殺菌剤が得られた。実施例の殺菌剤は、分離膜用スライム抑制剤としても適用可能であった。
【符号の説明】
【0087】
1 水処理装置、10 被処理水槽、12 逆浸透膜処理装置、14 被処理水配管、16 被処理水供給配管、18 透過水配管、20 濃縮水配管、22,24 スライム抑制剤添加配管。