(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】熱潜在性重合開始剤
(51)【国際特許分類】
C08G 59/68 20060101AFI20240605BHJP
【FI】
C08G59/68
(21)【出願番号】P 2020069657
(22)【出願日】2020-04-08
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松本 愛
【審査官】佐藤 のぞみ
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/060449(WO,A1)
【文献】特開2015-152861(JP,A)
【文献】特開2016-027400(JP,A)
【文献】国際公開第2012/036164(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 59/00-59/72
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン硬化性化合物を硬化する方法であって、
熱潜在性重合開始剤と前記カチオン硬化性化合物を混合してカチオン硬化性樹脂組成物を得る工程、および、
前記カチオン硬化性樹脂組成物を50℃以上、110℃以下に加熱する工程を含み、
前記熱潜在性重合開始剤が、下記式(I)で表される化合物、および求核性窒素含有化合物を含み、
【化1】
[式中、
Fはフルオロ基を示し、
Rは置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、
lは、1以上、5以下の整数を示し、
mは1以上の整数を示し、
nは0以上の整数を示し、
m+n=3であり、
nが2以上の整数である場合、2以上のRは互いに同一であっても異なっていてもよい。]
前記式(I)で表される化合物に対する前記求核性窒素含有化合物に含まれる求核性窒素原子のモル比が2以上、10以下であり、
前記求核性窒素含有化合物が、アンモニア、モノC
1-6アルキルアミン、ジC
1-6アルキルアミンまたは
エチレンジアミンであることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記モル比が8以下である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記求核性窒素含有化合物がアンモニアである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記式(I)で表される化合物がトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランである請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記カチオン硬化性樹脂組成物が更に溶媒を含む請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記カチオン硬化性化合物がエポキシ化合物である請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記カチオン硬化性樹脂組成物が、前記カチオン硬化性化合物100質量部に対して、前記熱潜在性重合開始剤を0.01質量部以上、10質量部以下含有する請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記カチオン硬化性樹脂組成物が、帯電防止剤、難燃剤、抗菌剤、酸化防止剤および顔料から選択される1以上の添加剤を更に含む請求項1~7のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、常温で硬化を開始し難い一方で、より低温でカチオン硬化性化合物を硬化することができる熱潜在性重合開始剤、当該熱潜在性重合開始剤を含むカチオン硬化性樹脂組成物、および当該熱潜在性重合開始剤を用いるカチオン硬化性化合物の硬化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
カチオン重合とは、イオン重合のうちで開始種および成長種である活性種がカチオンであるものをいう。例えばビニルモノマーのカチオン重合では、ビニルモノマーのπ結合が求電子性のカチオン硬化触媒を攻撃し、新たなカチオンを生成する。かかるカチオンを別のビニルモノマーのπ結合が攻撃する。かかる反応が連続的に起こってポリマー鎖が生長していくが、β-プロトン脱離などによりポリマーの生長が妨げられる。β-プロトン脱離などを開始系の設計などにより抑制し、開始反応と生長反応だけからなる理想的な重合系であるリビングカチオン重合も開発されている。また、酸素原子の孤立電子対によるカチオン硬化触媒の攻撃により開始されるエポキシドのカチオン開環重合も、主要なカチオン重合の一つである。
【0003】
カチオン重合は、ラジカル重合に比べ、酸素による硬化阻害が起こらないという利点や、硬化時の収縮が小さいといった利点があり、各種用途への適用が種々検討されている。例えば特許文献1には、耐熱性、耐湿熱性、低吸水性、耐UV照射性などに優れ、光学部材などに有用な成形体を得ることが可能なカチオン硬化性樹脂組成物であって、カチオン硬化性化合物、および特定のルイス酸とルイス塩基からなるカチオン硬化触媒を含むカチオン硬化性樹脂組成物が開示されている。特許文献2には、光選択透過フィルターや撮像素子などを形成するためのものであり、オキシラン環含有化合物、溶媒、カチオン硬化触媒、および120℃以上の沸点を有する窒素含有化合物を含む積層用樹脂組成物が開示されている。
【0004】
カチオン硬化触媒としては、カチオン重合の促進活性に優れる化合物が当然に好ましい。しかし、触媒能に優れるカチオン硬化触媒は、カチオン硬化性化合物の硬化を直ぐに開始してしまうため、カチオン硬化性化合物と共に未硬化組成物製品として流通させることは難しい。また、実際の製造現場では、カチオン硬化性化合物とカチオン硬化触媒を含む組成物を大量に製造しておき、その翌日以降に硬化や成形を行うことがある。その際、カチオン硬化性化合物とカチオン硬化触媒の混合により硬化が直ぐに開始してしまうと、成形が難しくなる。そこで、カチオン硬化性化合物との混合物中、常温では触媒活性を示さず、加熱により触媒能を発揮する熱潜在性の重合開始剤が開発されている。
【0005】
例えば特許文献3には、2,2,6,6-テトラメチルピペリジンやその誘導体とトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランを含み、それらのモル比が特定されている熱潜在性重合開始剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2012/060449号パンフレット
【文献】特開2015-152861号公報
【文献】特許第5579859号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、カチオン硬化性化合物を含む熱潜在性重合開始剤は既に開発されている。
熱潜在性重合開始剤は、常温で硬化を開始し難いことは勿論であるが、硬化のためのピークトップ温度が低ければ、低温硬化が可能となるため、硬化のための加熱エネルギーを低減することができる。また、耐熱性の低い材料と組み合わせた状態でも硬化処理が可能となり、産業的に非常に有利となる。
そこで本発明は、常温で硬化を開始し難い一方で、低温硬化が可能な熱潜在性重合開始剤、当該熱潜在性重合開始剤を含むカチオン硬化性樹脂組成物、および当該熱潜在性重合開始剤を用いるカチオン硬化性化合物の硬化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、カチオン硬化触媒能を有する化合物に熱潜在性を付与する化合物として求核性窒素含有化合物を用い、カチオン硬化触媒化合物に対する求核性窒素含有化合物に含まれる求核性窒素原子のモル比を適切に規定することにより優れた熱潜在性重合開始剤が得られることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0009】
[1] 下記式(I)で表される化合物、および求核性窒素含有化合物を含み、
【化1】
[式中、
Fはフルオロ基を示し、
Rは置換基を有していてもよい炭化水素基を示し、
lは、1以上、5以下の整数を示し、
mは1以上の整数を示し、
nは0以上の整数を示し、
m+n=3であり、
nが2以上の整数である場合、2以上のRは互いに同一であっても異なっていてもよい。]
前記式(I)で表される化合物に対する前記求核性窒素含有化合物に含まれる求核性窒素原子のモル比が2以上であることを特徴とする熱潜在性重合開始剤。
[2] 前記モル比が10以下である前記[1]に記載の熱潜在性重合開始剤。
[3] 前記求核性窒素含有化合物がアンモニアである前記[1]または[2]に記載の熱潜在性重合開始剤。
[4] 前記式(I)で表される化合物がトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランである前記[1]~[3]のいずれかに記載の熱潜在性重合開始剤。
[5] 前記[1]~[4]のいずれかに記載の熱潜在性重合開始剤、およびカチオン硬化性化合物を含有することを特徴とするカチオン硬化性樹脂組成物。
[6] 前記カチオン硬化性化合物がエポキシ化合物である前記[5]に記載のカチオン硬化性樹脂組成物。
[7] 前記カチオン硬化性化合物100質量部に対して、前記[1]~[4]のいずれかに記載の熱潜在性重合開始剤を0.01質量部以上、10質量部以下含有する前記[5]または[6]に記載のカチオン硬化性樹脂組成物。
[8] カチオン硬化性化合物を硬化する方法であって、
前記[1]~[4]のいずれかに記載の熱潜在性重合開始剤と前記カチオン硬化性化合物を混合してカチオン硬化性樹脂組成物を得る工程、および、
前記カチオン硬化性樹脂組成物を50℃以上に加熱する工程を含むことを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る熱潜在性重合開始剤は、常温で硬化を開始し難い一方で、より低温でカチオン硬化性化合物を硬化することができる。その結果、カチオン硬化性化合物の硬化に要する加熱エネルギーを低減することが可能になり、また、耐熱性の低い材料と組み合わせた状態でも硬化処理が可能となる。本発明に係る熱潜在性重合開始剤はホウ素原子を含むカチオン硬化触媒と求核性窒素含有化合物を含み、これら化合物のモル比を最適化することにより、気泡などの欠陥が認められない成形体を得ることに成功した。カチオン硬化性化合物を本発明に係る熱潜在性重合開始剤で硬化して得られた成形体は、無着色で且つ十分に硬化反応が完結していた。よって本発明は、カチオン硬化性樹脂組成物を低温で効率的に硬化や成形させることができる技術として、産業上非常に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る熱潜在性重合開始剤は、式(I)で表される化合物(以下、「化合物(I)」という)と、求核性窒素含有化合物を含有する。
【0012】
化合物(I)は、フルオロフェニル基により電子が引っ張られてホウ素原子が電子不足になっていることから、カチオン硬化性化合物またはそのオリゴマーにより求核攻撃を受けることにより硬化を促進するカチオン硬化触媒として機能する化合物である。
【0013】
炭化水素基Rは、化合物(I)の触媒活性を損なわないものであれば特に制限されないが、例えば、C1-6アルキル基、C2-6アルケニル基、C2-6アルキニル基、C6-12アリール基、C6-12アリール-C1-6アルキル基などが挙げられる。「C1-6アルキル基」は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいい、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル等が挙げられる。好ましくはC1-4アルキル基であり、より好ましくはC1-2アルキル基であり、最も好ましくはメチルである。
【0014】
「C2-6アルケニル基」は、炭素数が2以上、6以下であり、少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エテニル(ビニル)、1-プロペニル、2-プロペニル(アリル)、イソプロペニル、2-ブテニル、3-ブテニル、イソブテニル、ペンテニル、ヘキセニル等である。好ましくはC2-4アルケニル基であり、より好ましくはエテニル(ビニル)または2-プロペニル(アリル)である。
【0015】
「C2-6アルキニル基」は、炭素数が2以上、6以下であり、少なくとも一つの炭素-炭素三重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エチニル、1-プロピニル、2-プロピニル、2-ブチニル、3-ブチニル、ペンチニル、ヘキシニル等である。好ましくはC2-4アルキニル基であり、より好ましくはC2-3アルキニル基である。
【0016】
「C6-12アリール基」とは、炭素数が6以上、12以下の一価芳香族炭化水素基をいう。例えば、フェニル、ナフチル、インデニル、ビフェニル等であり、好ましくはフェニルである。
【0017】
「C6-12アリール-C1-6アルキル基」は、C6-12アリール基に置換されているC1-6アルキル基であり、例えばベンジルが挙げられる。
【0018】
炭化水素基Rは、置換基を有していてもよい。C1-6アルキル基、C2-6アルケニル基、C2-6アルキニル基、およびC6-12アリール-C1-6アルキル基中のC1-6アルキル基などの脂肪族炭化水素の置換基αとしては、特に制限されないが、例えば、C1-6アルコキシ基、C1-6アルコキシ-カルボニル基、水酸基、ホルミル基、カルボキシ基、アミノ基、ハロゲノ基、シアノ基、およびニトロ基から選択される置換基が挙げられ、C6-12アリール基、およびC6-12アリール-C1-6アルキル基中のC6-12アリール基などの芳香族炭化水素の置換基βとしては、例えば、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、C1-6アルコキシ-カルボニル基、水酸基、ホルミル基、カルボキシ基、アミノ基、ハロゲノ基、シアノ基、およびニトロ基から選択される置換基が挙げられる。
【0019】
炭化水素基Rが置換基を有する場合、置換基の数は置換可能であれば特に制限されないが、例えば1以上、5以下とすることができる。置換基数が2以上である場合、2以上の置換基は互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。
【0020】
化合物(I)の反応機構より、フェニル基上のフルオロ基の数は多い方が好ましく、またフルオロフェニル基の数は多い方が好ましい一方で、R基の数は少ない方が好ましい。よって、式(I)中、lは2以上、3以上または4以上が好ましく、5がより好ましく、mは2以上が好ましく、3が好ましく、nは2以下または1以下が好ましく、0がより好ましい。かかる観点より、化合物(I)としては、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(TPB)が好適である。
【0021】
本発明において求核性窒素含有化合物は、おそらく常温下においては求核性窒素含有化合物に含まれる求核性窒素原子の孤立電子対が化合物(I)のホウ素原子に配位することにより化合物(I)の触媒活性を抑制する一方で、加熱下においては化合物(I)から分離して化合物(I)の触媒活性を顕在化するよう働くと考えられる。
【0022】
求核性窒素含有化合物は、前記作用機構により求核性窒素原子が化合物(I)の触媒活性を調節できるものであり、窒素原子を有する化合物であっても、その窒素原子がN,N-ジイソプロピルエチルアミンやジアザビシクロウンデセン等のように立体障害のために求核性を有さないか或いは求核性が低い非求核性窒素原子のみである化合物は含まれない。また、窒素原子を含む化合物であっても、アミド基や一般的なイミノ基のように求核性を有さない窒素原子のみを含む化合物は含まれない。
【0023】
求核性窒素含有化合物としては、例えば、アンモニア;モノメチルアミン、モノエチルアミン、モノイソプロピルアミン、モノブチルアミン等のモノC1-6アルキルアミン;ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジイソプロピルアミン、メチルエチルアミン等のジC1-6アルキルアミン;エチレンジアミン等の多価アミン等が挙げられる。硬化物から除去され易いという観点からは、より低沸点の求核性窒素含有化合物が好ましく、具体的にはアンモニアおよび/またはモノC1-6アルキルアミンが好ましく、アンモニアがより好ましい。
【0024】
本発明に係る熱潜在性重合開始剤においては、化合物(I)に対する求核性窒素含有化合物に含まれる求核性窒素原子のモル比が2以上である。上記の通り、常温においては、求核性窒素含有化合物に含まれる求核性窒素原子の孤立電子対が化合物(I)のホウ素原子に配位することにより化合物(I)の触媒活性が抑制されていると考えられるので、ここでの求核性窒素原子は、その孤立電子対が求電子性基に配位できるものであり、ルイスの定義による塩基性を示すものである。よって、例えばN-メチルイミダゾールは2個の窒素原子を含むが、塩基性を示すアミノ基は1個のみであり、一価の塩基であるといえるので、前記モル比の算出で考慮するアミノ基は1分子あたり1個である。
【0025】
前記モル比が2以上であることによって、本発明に係る熱潜在性重合開始剤は常温で硬化を開始しないといえ、前記モル比が高いほど硬化開始温度は高いといえる。よって、前記モル比としては、2.2以上または2.5以上が好ましく、3以上がより好ましい。
【0026】
一方、前記モル比が過剰に高いと、硬化が開始されなかったり、求核性窒素含有化合物が加熱により硬化物から除去される際に気泡が生じるおそれがあり得るが、前記モル比が10以下であれば、硬化がより確実に開始され、また、気泡の発生が抑制され得る。前記モル比としては、8以下が好ましく、6以下がより好ましい。
【0027】
化合物(I)または求核性窒素含有化合物の少なくとも一方が常温で液体である場合には、熱潜在性重合開始剤は、化合物(I)と求核性窒素含有化合物を混合するのみで調製してもよい。化合物(I)と求核性窒素含有化合物の両方が常温で固体であるような場合には、溶媒中、化合物(I)と求核性窒素含有化合物を混合して熱潜在性重合開始剤を調製することが好ましい。使用する溶媒は、化合物(I)と求核性窒素含有化合物との錯体形成を阻害せず、且つこれらを適度に溶解できるものであれば、特に制限されないが、例えば、トルエン等の芳香族炭化水素溶媒;n-ヘキサン等の脂肪族炭化水素溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール系溶媒;テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒;酢酸エチル等のエステル系溶媒;アセトニトリル等のニトリル系溶媒;クロロホルム等のハロゲン化炭化水素溶媒;ジメチルホルムアミド等のアミド系溶媒;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド系溶媒;γ-ブチロラクトン等のラクトン系溶媒;エチレンカーボネート等の炭酸エステル系溶媒、およびこれら2種以上の混合溶媒を使用することができる。
【0028】
本発明に係るカチオン硬化性樹脂組成物は、前記熱潜在性重合開始剤、およびカチオン硬化性化合物を含有する。
【0029】
カチオン硬化性化合物は、ルイス酸である化合物(I)を重合開始剤とし、化合物(I)を攻撃することによりカチオンを生成する官能基を有し、生成したカチオンが別分子の同官能基により攻撃されることにより、重合鎖が伸長して硬化する化合物をいう。
【0030】
カチオン硬化性化合物としては、例えば、エポキシ化合物などの環状エーテル;環状スルフィド;環状アミン;イソブテン、ビニルエーテル、α-メチルスチレン等のスチレン類、ビニルカルバゾール、シクロペンタジエン、ノルボルナジエン、インデン、テトラヒドロインデン、β-ピネン等のビニルモノマー;1,3-ジオキソラン、1,3,5-トリオキサン、ビシクロオルソエステル、スピロオルソカーボナート等の環状アセタール;2-オキサゾリン等の環状イミノエーテル;β-プロピオラクトン、δ-バレロラクトン、ε-カプロラクトン等のラクトン類が挙げられる。
【0031】
カチオン硬化性化合物と熱潜在性重合開始剤の量は適宜調整すればよいが、例えば、カチオン硬化性化合物100質量部に対する熱潜在性重合開始剤の割合、特に化合物(I)と求核性窒素含有化合物との合計質量の割合を0.01質量部以上、10質量部以下とすることができる。当該割合が当該範囲内であれば、カチオン硬化性化合物の硬化をより効果的に促進することができる。前記割合としては、0.1質量部以上が好ましく、0.5質量部以上がより好ましく、また、5質量部以下が好ましく、2質量部以下がより好ましい。
【0032】
カチオン硬化性化合物が常温で液体である場合などには、本発明に係るカチオン硬化性樹脂組成物は、熱潜在性重合開始剤とカチオン硬化性化合物を混合するのみで調製してもよい。しかし、熱潜在性重合開始剤とカチオン硬化性化合物の両方が常温で固体である場合などには、溶媒を用いることが好ましい。
【0033】
カチオン硬化性樹脂組成物に用いる溶媒としては、熱潜在性重合開始剤とカチオン硬化性化合物を適度に溶解することができ、且つ硬化を阻害しないものであれば特に制限されないが、例えば、トルエン等の芳香族炭化水素溶媒;n-ヘキサン等の脂肪族炭化水素溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール系溶媒;テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒;酢酸エチル等のエステル系溶媒;アセトニトリル等のニトリル系溶媒;クロロホルム等のハロゲン化炭化水素溶媒;ジメチルホルムアミド等のアミド系溶媒;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド系溶媒;γ-ブチロラクトン等のラクトン系溶媒;エチレンカーボネート等の炭酸エステル系溶媒;これら2以上の混合溶媒を挙げることができる。
【0034】
カチオン硬化性樹脂組成物には、熱潜在性重合開始剤とカチオン硬化性化合物などに加えて、一般的な添加剤を配合してもよい。かかる添加剤としては、例えば、帯電防止剤、難燃剤、抗菌剤、酸化防止剤、顔料などが挙げられる。
【0035】
カチオン硬化性樹脂組成物の硬化開始温度としては、50℃以上が好ましい。ほとんどの国の最高気温は50℃を下回るため、硬化開始温度が50℃以上であれば、カチオン硬化性樹脂組成物は常温で硬化しないといえる。一方、硬化開始温度が高過ぎると、硬化のためのエネルギー量が増加することになるので、硬化開始温度としては90℃以下が好ましい。硬化開始温度としては、55℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましく、また、85℃以下が好ましく、80℃以下がより好ましい。
【0036】
カチオン硬化性樹脂組成物を示差走査熱量測定(DSC)に付すと、硬化開始温度以降、加熱温度を上げるに従って硬化が進行し、それに伴って発熱量も上昇していくが、ある温度で発熱量はピークに達し、その後、発熱量は低下していく。かかる発熱量のピークトップに対応する温度が低い程、硬化のための加熱に要する総エネルギー量は少なくなり、より少ない量のエネルギーで硬化を完了させられることになる。前記発熱量ピークトップ温度としては、70℃以上、120℃以下が好ましい。前記発熱量ピークトップ温度が70℃以上であれば、硬化開始温度がより確実に常温超になるといえ、120℃以下であれば、硬化エネルギー量をより一層抑制できるといえる。前記発熱量ピークトップ温度としては、75℃以上が好ましく、80℃以上がより好ましく、また、110℃以下が好ましく、100℃以下がより好ましい。
【0037】
本発明に係るカチオン硬化性化合物の硬化方法は、前記熱潜在性重合開始剤と前記カチオン硬化性化合物を混合してカチオン硬化性樹脂組成物を得る工程、および、前記カチオン硬化性樹脂組成物を50℃以上に加熱する工程を含む。カチオン硬化性樹脂組成物は、上記の通り、熱潜在性重合開始剤とカチオン硬化性化合物を混合するのみで容易に調製できる。
【0038】
カチオン硬化性樹脂組成物の硬化のための加熱温度は、カチオン硬化性樹脂組成物の硬化開始温度以上とし、例えば50℃以上が好ましい。前記加熱温度としては、60℃以上または70℃以上がより好ましく、80℃以上または90℃以上がより更に好ましい。前記加熱温度が硬化開始温度以上であれば硬化は進行すると考えられるが、加熱温度が低いと硬化時間が長くなるので、前記加熱温度としては(カチオン硬化性樹脂組成物の発熱量ピークトップ温度+50℃)以下が好ましく、(カチオン硬化性樹脂組成物の発熱量ピークトップ温度+20℃)以下がより好ましく、(カチオン硬化性樹脂組成物の発熱量ピークトップ温度+10℃)以下がより更に好ましい。
【0039】
本発明に係る熱潜在性重合開始剤は、カチオン硬化性化合物をより低温で硬化させることができるので、例えば、耐熱性の低い材料を貼り合わせるための接着剤成分としての使用や、部品などを実装した後、ユニットごと熱処理し組み上げる一括実装プロセスに適応することが可能である。具合的用途としては、例えば、フィルム、レンズ、カバー、保護板、サポート材、機能性材料用バインダー、コーティング材、絶縁材、接着剤などの光学部品や電子部品に用いることが好適である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0041】
実施例1: 熱潜在性重合開始剤の製造
トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(以下、「TPB」と略記する)(0.906g,1.770mmol)に、2mol/Lアンモニア・2-プロパノール溶液(富士フイルム和光純薬社製)(2.084g,5.309mmolのアンモニアを含有)を加え、TPBが溶解するまで1時間攪拌した。
【0042】
実施例2: 熱潜在性重合開始剤の製造
TPB(0.906g,1.770mmol)に、2mol/Lアンモニア・エタノール溶液(富士フイルム和光純薬社製)(2.642g,6.689mmolのアンモニアを含有)を加え、TPBが溶解するまで1時間攪拌した。
【0043】
実施例3: 熱潜在性重合開始剤の製造
TPB(0.906g,1.770mmol)に、2mol/Lアンモニア・2-プロパノール溶液(富士フイルム和光純薬社製)(4.170g,10.624mmolのアンモニアを含有)を加え、TPBが溶解するまで1時間攪拌した。
【0044】
比較例1: 熱潜在性重合開始剤の製造
TPB(10.556g,20.617mmol)に、1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸の2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペリジンエステル(「アデカスタブLA57」アデカ社製,化学構造を以下に示す)(4.200g,5.309mmol)、および炭酸プロピレン(14.000g)を加え、溶解するまで1時間攪拌した。
【化2】
【0045】
比較例2: 熱潜在性重合開始剤の製造
TPB(0.906g,1.770mmol)に、2mol/Lアンモニア・2-プロパノール溶液(富士フイルム和光純薬社製)(1.292g,3.292mmolのアンモニアを含有)を加え、TPBが溶解するまで1時間攪拌した。
【0046】
実施例1~3および比較例1~2におけるTPBに熱潜在性を付与するためのN化合物、ホウ素に対する求核性窒素のモル比(N/B)、溶媒と開始剤中のTPB濃度を表1に示す。なお、表中の「%」は質量%を示す。
【0047】
【0048】
試験例1: 安定性試験
(1)樹脂組成物の作製
二官能脂環式エポキシ化合物である3’,4’-エポキシシクロヘキシルメチル 3,4-エポキシシクロヘキサンカルボキシレート(「セロキサイド2021P」ダイセル社製)100質量部に対して、実施例1~3または比較例1~2の熱潜在性重合開始剤1質量部を均一に混合し、樹脂組成物1~5を作製した。
【0049】
(2)安定性試験
上記樹脂組成物1~5の粘度を、E型粘度計を用いて、測定温度25℃で測定した。次いで、各樹脂組成物を25℃で保管し、1日後および4日後における粘度を同様に測定した。結果を表2に示す。
【0050】
【0051】
表2に示された結果の通り、重合開始剤(比較例1)にヒンダードアミンを含む樹脂組成物4は、安定性が比較的悪かった。その理由としては、TPBに対するヒンダードアミンの配位力が小さく、TPBの重合触媒能を抑制できなかったことが考えられる。
また、重合開始剤(比較例2)を含む樹脂組成物5は、当初は安定していたが、4日後において安定性の低下が認められた。その理由としては、ホウ素に対する求核性窒素のモル比(N/B)が1.86と小さいため、アンモニアがTPBの重合触媒能を十分に抑制できなかったことが考えられる。
それに対して、ホウ素に対する求核性窒素のモル比(N/B)が大きい重合開始剤(実施例1~3)を含む樹脂組成物1~3は、製造後4日経過しても大きな粘度変化は認められず、優れた常温安定性を有することが示された。
【0052】
試験例2: 示差走査熱量測定(DSC)
試験例1で作製した各樹脂組成物12mgを量り取り、測定温度範囲30~300℃、昇温速度10℃/min、窒素流量20mL/minにて示差走査熱量測定を実施した。30~40℃の未硬化領域をベースラインとし、発熱が開始されベースラインの直線延長線から離れた温度を硬化開始温度とした。ピークトップとして、発熱ピークの中で最も強度が高くなる温度を読み取った。結果を表3に示す。
【0053】
【0054】
表3に示された結果の通り、重合開始剤(比較例1)にヒンダードアミンを含む樹脂組成物4は、比較的低温で硬化を開始したものの、ピークトップ温度が高かった。その理由としては、ホウ素に対する求核性窒素のモル比(N/B)が1.03と小さいものの、TPBにいったん配位したヒンダードアミンをTPBから解離させるために必要なエネルギーが大きい可能性がある。
また、重合開始剤(比較例2)を含む樹脂組成物5は、40℃で硬化を開始した。日本でも気温が40℃を超す可能性がないこともなく、これでは安定とは言い難い。
それに対して、ホウ素に対する求核性窒素のモル比(N/B)が大きい重合開始剤(実施例1~3)を含む樹脂組成物1~3は、60℃超で硬化を開始するため、常温では硬化し難いと十分にいえる一方で、硬化開始温度とピークトップ温度が共に比較的低いといえ、硬化のためのエネルギーが小さくて済むことが示された。
【0055】
試験例3: 成形評価
ガラス板の上に、10mm×10mmサイズの穴をあけた4mm厚のシリコンゴムシートを貼り付け、ホットプレートの上にのせた。シリコンゴムシートの穴に試験例1で作製した各樹脂組成物を満たし、ガラス板で蓋をした。ホットプレート上、80℃で10分間加熱した後、ガラスとシリコンゴムシートをはずし、硬化物を得、外観を観察した。結果を表4に示す。
【0056】
【0057】
表4に示された結果の通り、重合開始剤(比較例1)にヒンダードアミンを含む樹脂組成物4は、上記サイズと加熱条件では硬化しなかった。この結果は、ピークトップ温度が高いという試験例2の結果とも一致する。また、使用したヒンダードアミンは分子量が大きいため、気泡の原因とはならないと考えられる。
また、重合開始剤(比較例2)を含む樹脂組成物5は、上記サイズと加熱条件で硬化し、気泡も生じなかった。アミンとしては沸点の低いアンモニアを用いているが、ホウ素に対する求核性窒素の相対量が少ないためか、気泡も生じなかった。
重合開始剤(実施例1~3)を含む樹脂組成物1~3も、上記サイズと加熱条件で硬化し、また、ホウ素に対する求核性窒素の相対量が多いにもかかわらず、気泡も生じなかった。
それに対して、ホウ素に対する求核性窒素のモル比(N/B)が大きい60℃超で硬化を開始するため、常温では硬化し難いと十分にいえる一方で、硬化開始温度とピークトップ温度が共に比較的低いといえ、硬化のためのエネルギーが小さくて済むことが示された。
【0058】
以上の結果より、本発明に係る重合開始剤は、熱潜在性と低温硬化性を併せもつ非常に優れた熱潜在性開始剤であることが実証された。