(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】新規プロモーター
(51)【国際特許分類】
C12N 15/113 20100101AFI20240605BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240605BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20240605BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240605BHJP
C12P 17/12 20060101ALI20240605BHJP
【FI】
C12N15/113 Z ZNA
C12N15/63 Z
C12N15/09 Z
C12N1/21
C12P17/12
(21)【出願番号】P 2020094647
(22)【出願日】2020-05-29
【審査請求日】2023-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】壺井 雄一
(72)【発明者】
【氏名】高橋 史員
【審査官】坂井田 京
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-523834(JP,A)
【文献】特表2007-514425(JP,A)
【文献】国際公開第2009/144270(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)~(c)から選択されるDNAからなるプロモーター:
(a)配列番号1のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも
97%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、
配列番号1の139~152番ヌクレオチド領域に相当する領域に配列番号3の配列を有し、かつ
配列番号2のtuプロモーターよりもプロモーター活性
が向上しているDNA;及び
(c)配列番号1のヌクレオチド配列に対して1個以上5個以下のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列からなり、
配列番号1の139~152番ヌクレオチド領域に相当する領域に配列番号3の配列を有し、かつ
配列番号2のtuプロモーターよりもプロモーター活性
が向上しているDNA。
【請求項2】
請求項1記載のプロモーターを含む発現ベクター。
【請求項3】
目的物質又はその合成に関わる酵素をコードする遺伝子と、該遺伝子の上流に連結された前記プロモーターとを含む、請求項2記載の発現ベクター。
【請求項4】
前記目的物質が芳香族化合物である、請求項3記載の発現ベクター。
【請求項5】
請求項1記載のプロモーターを含むDNA発現カセット。
【請求項6】
目的物質又はその合成に関わる酵素をコードする遺伝子と、該遺伝子の上流に連結された前記プロモーターとを含む、請求項5記載のDNA発現カセット。
【請求項7】
前記目的物質が芳香族化合物である、請求項6記載のDNA発現カセット。
【請求項8】
請求項2~4のいずれか1項記載の発現ベクター又は請求項5~7のいずれか1項記載のDNA発現カセットを含む、コリネバクテリウム。
【請求項9】
コリネバクテリウム・グルタミカムである、請求項8記載のコリネバクテリウム。
【請求項10】
請求項8又は9記載のコリネバクテリウムを培養すること;及び
該培養で得られた培養物から目的物質を回収すること、
を含む、目的物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規プロモーターに関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による物質の工業生産において、目的物質の生産性向上は重要な課題の一つである。従来、微生物による物質生産性向上のための生物工学的研究が進められてきた。その1つは、高活性プロモーターに関する研究である。特許文献1には、コリネバクテリウム属菌で機能する高活性なプロモーターとして、伸長因子tuのプロモーターが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、新規プロモーター、及び該プロモーターを用いた目的物質の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一態様において、本発明は、下記(a)~(c)から選択されるDNAからなるプロモーター:
(a)配列番号1のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも96%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつプロモーター活性を有するDNA;及び
(c)配列番号1のヌクレオチド配列に対して1個以上5個以下のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列からなり、かつプロモーター活性を有するDNA、
を提供する。
別の一態様において、本発明は、前記プロモーターを含む発現ベクターを提供する。
別の一態様において、本発明は、前記プロモーターを含むDNA発現カセットを提供する。
別の一態様において、本発明は、前記発現ベクター又は前記DNA発現カセットを含む、コリネバクテリウムを提供する。
別の一態様において、本発明は、
前記コリネバクテリウムを培養すること;及び
該培養で得られた培養物から目的物質を回収すること、
を含む、目的物質の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明のプロモーターは、転写活性が高く、制御対象とする遺伝子の転写量を顕著に向上させることができる。本発明のプロモーターによれば、目的物質の微生物学的生産の効率を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列の同一性は、Lipman-Pearson法(Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGENETY Ver.12のホモロジー解析プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0008】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列に関する「少なくとも96%の同一性」とは、96%以上、好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の同一性をいう。
【0009】
本明細書における「1個又は数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列」とは、好ましくは1個以上5個以下、より好ましくは1個以上3個以下、さらに好ましくは1個又は2個のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列をいう。本明細書において、ヌクレオチドの「付加」には、配列の一末端及び両末端へのヌクレオチドの付加が含まれる。
【0010】
本明細書において、ヌクレオチド配列上の「相当する位置」又は「相当する領域」は、目的配列と参照配列(例えば、配列番号1のヌクレオチド配列)とを、最大の相同性を与えるように整列(アラインメント)させることにより決定することができる。ヌクレオチド配列のアラインメントは、公知のアルゴリズムを用いて実行することができ、その手順は当業者に公知である。例えば、アラインメントは、Clustal Wマルチプルアラインメントプログラム(Thompson,J.D.et al,1994,Nucleic Acids Res.22:4673-4680)をデフォルト設定で用いることにより、行うことができる。Clustal Wは、例えば、欧州バイオインフォマティクス研究所(European Bioinformatics Institute:EBI[www.ebi.ac.uk/index.html])や、国立遺伝学研究所が運営する日本DNAデータバンク(DDBJ[www.ddbj.nig.ac.jp/searches-j.html])のウェブサイト上で利用することができる。上述のアラインメントにより参照配列の任意の位置にアラインされた目的配列の位置は、当該任意の位置に「相当する位置」とみなされる。また、相当する位置により挟まれた領域、または相当するモチーフからなる領域は、相当する領域とみなされる。
【0011】
本明細書において、遺伝子に関する「上流」及び「下流」とは、該遺伝子の転写方向の上流及び下流をいう。例えば、遺伝子の「上流配列」「下流配列」とは、それぞれDNAセンス鎖において該遺伝子の5'側及び3’側に位置する配列をいう。例えば、「遺伝子の上流に連結されたプロモーター」とは、DNAセンス鎖において遺伝子の5'側にプロモーターが存在することを意味する。
【0012】
本明細書において、遺伝子と、プロモーター等の制御領域との「作動可能な連結」とは、遺伝子と制御領域とが、該遺伝子が該制御領域の制御の下で発現し得るように連結されていることをいう。遺伝子と制御領域との「作動可能な連結」の手順は当業者に周知である。
【0013】
本明細書において、「プロモーター活性」とは、DNA(遺伝子)のmRNAへの転写を促進する活性を意味する。プロモーター活性は、適当なレポーター遺伝子を用いることにより確認することができる。例えば、プロモーターの下流に検出可能なタンパク質をコードするDNA、すなわち、レポーター遺伝子を連結し、そのレポーター遺伝子の遺伝子産物の生産量を測定することにより、プロモーター活性を確認可能である。レポーター遺伝子の例としては、β-ガラクトシダーゼ(LacZ)遺伝子、β-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、β-ラクタマーゼ遺伝子、EtbC(2,3-dihydroxy-ethylbenzene 1,2-dioxygenase)をコードする遺伝子等の発色基質に対して作用する酵素の遺伝子や、GFP(Green Fluorescent Protein)をコードする遺伝子等の蛍光タンパク質の遺伝子、などが挙げられる。あるいは、プロモーター活性は、レポーター遺伝子から転写されたmRNAの発現量を定量RT-PCR等で測定することによっても確認することができる。
【0014】
本発明は、新規プロモーター、該プロモーターを含有する発現ベクター、DNA発現カセット及び形質転換体、ならびに該形質転換体を用いた目的物質の製造方法に関する。
【0015】
本発明のプロモーターとしては、以下の(a)~(c)から選択されるDNAからなるプロモーターが挙げられる。
(a)配列番号1のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも96%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつプロモーター活性を有するDNA;及び
(c)配列番号1のヌクレオチド配列に対して1個又は数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列からなり、かつプロモーター活性を有するDNA。
【0016】
本発明のプロモーターは、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)の伸長因子tuのプロモーター(配列番号2、以下の本明細書においてtuプロモーターともいう)に由来するフラグメントを含むプロモーターである。さらに本発明のプロモーターは、tuプロモーターに由来しないヌクレオチド配列を含む。該tuプロモーターに由来しないヌクレオチド配列の好ましい例としては、5’-CCGTGACATCTGTC-3’(配列番号3)、及びこれに対して本発明のプロモーターのプロモーター活性に影響しない程度、好ましくは3個以下、より好ましくは2個以下のヌクレオチドが欠失、置換、付加又は挿入されたヌクレオチド配列が挙げられる。このようなヌクレオチド配列は、好ましくは本発明のプロモーターにおける配列番号1の139~152番ヌクレオチド領域に相当する領域に位置する。例えば、配列番号1のヌクレオチド配列からなるプロモーターは、tuプロモーターと約85%の配列同一性を有し、且つ139~152番ヌクレオチド領域に配列番号3のヌクレオチド配列を含む。本発明のプロモーターは、少なくともコリネバクテリウムにおいてプロモーター活性を有するものである。好ましくは、本発明のプロモーターは、tuプロモーターと比較して、プロモーター活性が向上している。
【0017】
本発明のプロモーターの取得方法としては、特に制限されず、通常の化学合成法又は遺伝子工学的手法により得ることができる。例えば、配列番号1のヌクレオチド配列に基づいて、本発明のプロモーターDNAを人工合成することができる。DNAの人工合成には、例えば、GenScript社社等から提供される市販のDNA合成サービスを利用することができる。
【0018】
本発明のプロモーターはまた、配列番号1のヌクレオチド配列のDNAに突然変異を導入することによって製造することができる。突然変異導入の手法としては、例えば、紫外線照射及び部位特異的変異導入法が挙げられる。部位特異的変異導入の手法としては、Splicing overlap extension(SOE)PCR(Horton et al.,Gene 77,61-68,1989)を利用した方法、ODA法(Hashimoto-Gotoh et al.,Gene,152,271-276,1995)、Kunkel法(Kunkel,T.A.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,1985,82,488)等が挙げられる。あるいは、Site-Directed Mutagenesis System Mutan-SuperExpress Kmキット(タカラバイオ社)、TransformerTM Site-Directed Mutagenesisキット(Clonetech社)、KOD-Plus-Mutagenesis Kit(東洋紡社)等の市販の部位特異的変異導入用キットを利用することもできる。突然変異導入したDNAから所望のプロモーター活性を有するものを選択することによって、本発明のプロモーターを取得することができる。例えば、変異導入したDNAの下流に目的遺伝子を作動可能に連結し、該目的遺伝子の発現量解析を行うことにより、プロモーター活性を有するDNAを選択することができる。
【0019】
あるいは、ヌクレオチド配列に対するヌクレオチドの欠失、置換、付加、又は挿入の方法は、例えば、Dieffenbachら(Cold Spring Harbar Laboratory Press,New York,581-621,1995)に記載されている。
【0020】
上述の手法を用いることによって、配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも96%の同一性を有するヌクレオチド配列からなるプロモーター、又は、配列番号1の配列に対して1個又は複数個のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列からなるプロモーターを取得することができる。
【0021】
本発明のプロモーターは、その下流に配置された遺伝子の発現を制御する機能を有する。本発明のプロモーターを利用することによって、転写活性に優れた発現制御領域を有するDNA断片を得ることができる。例えば、目的遺伝子と、その上流に作動可能に連結された本発明のプロモーターとを含むDNA断片を構築することができる。該DNA断片には、本発明のプロモーター及び目的遺伝子の他に、該プロモーターの転写活性を向上させるようなシスエレメント、又はターミネーターが含まれていてもよい。さらに、該DNA断片は、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子などの選択マーカー遺伝子を含んでいてもよい。好ましくは、該目的遺伝子と本発明のプロモーターとを含むDNA断片は、該目的遺伝子を発現するためのDNA発現カセットである。
【0022】
上述した本発明のプロモーターを含むDNA断片は、両末端に制限酵素認識配列を有するように構築することができる。該制限酵素認識配列を使用して、本発明のプロモーターをベクターに導入することができる。例えば、ベクターを制限酵素で切断し、そこに、本発明のプロモーターを含み端部に制限酵素切断配列を有するDNA断片を添加することによって、本発明のプロモーターをベクターに導入することができる(制限酵素法)。
【0023】
本発明のプロモーターを含むDNA断片は、宿主細胞のゲノムに直接導入してもよい。例えば、本発明のプロモーターを含むDNA断片を、宿主細胞のゲノムにおける目的遺伝子の上流に導入してもよい。また例えば、上述した目的遺伝子と本発明のプロモーターとを含むDNA発現カセットを、宿主細胞のゲノムに導入してもよい。
【0024】
あるいは、本発明のプロモーターを、目的遺伝子の発現を可能とする発現ベクターに組み込むことで、当該目的遺伝子の発現を転写レベルで向上させることができる発現ベクターが得られる。該発現ベクターにおいては、本発明のプロモーターは、目的遺伝子をコードするDNAの上流に作動可能に連結され得る。本発明のプロモーターを有する発現ベクターは、宿主細胞の染色体に導入するためのベクターであっても、染色体外に保持されるベクターであってもよい。宿主細胞内で複製可能なものが好ましい。
【0025】
発現ベクターの例としては、大腸菌用ベクター、コリネバクテリウム用ベクターなどが挙げられ、例えばプラスミド、コスミド、ファスミド、ファージ、トランスポゾン、BACベクターなどを用いることができる。好ましいベクターの例としては、pET21-a(+)、pUC18/19、pUC118/119、pBR322、pMW218/219、pZ1(Applied and Environmental Microbiology,1989,55:684-688)、pEKEx1(Gene,1991,102:93-98)、pHS2-1(Gene,1991,107:69-74)、pCLiK5MCS(特表2005-522218号公報)、pCG2(特開昭58-35197号公報)、pNG2(FEMS Microbiology Letters,1990,66:119-124)、pAG1(特開昭61-52290号公報)、pHKPsacB1(WO2014/007273)などが挙げられる。
【0026】
上記発現ベクターやDNA断片において、本発明のプロモーターの下流に配置される目的遺伝子は特に限定されない。例えば、目的遺伝子は、目的物質又はその合成に関わる酵素をコードする遺伝子である。目的遺伝子は、異種発現産物をコードする異種遺伝子であっても、外部から導入された同種由来の遺伝子であっても、宿主細胞が本来有する発現産物をコードする遺伝子であっても、その他の任意のタンパク質、ペプチド、核酸などをコードする遺伝子であってもよい。目的遺伝子がコードする物質の例としては、酵素、ホルモン、サイトカイン、その他生理活性ペプチド、トランスポーター、ノンコーディングRNAなどが挙げられる。酵素の例としては、酸化還元酵素(Oxidoreductase)、転移酵素(Transferase)、加水分解酵素(Hydrolase)、脱離酵素(Lyase)、異性化酵素(Isomerase)、合成酵素(Ligase又はSynthetase)、解糖系の酵素、ペントースリン酸回路の酵素、TCA回路の酵素、芳香族化合物の合成に関与する酵素、などが挙げられる。目的遺伝子の好ましい例としては、宿主細胞の芳香族化合物の合成に関与する酵素、例えば没食子酸合成酵素(特開2009-065839号公報、特開2009-213392号公報に記載)、AroF、AroG、PabAB、PabCなどをコードする遺伝子、などが挙げられる。芳香族化合物の例としては、没食子酸、プロトカテク酸(PCA)、アミノヒドロキシ安息香酸(AHBA)、ピリジンジカルボン酸(PDCA)、カテコール、4-ヒドロキシ安息香酸などが挙げられる。
【0027】
本発明のプロモーターを含む発現ベクター又はDNA断片を、一般的な形質転換法、例えばエレクトロポレーション法、トランスフォーメーション法、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、パーティクル・ガン法、アグロバクテリウム法等を用いて宿主細胞に導入することによって、本発明の形質転換体を得ることができる。
【0028】
上記ベクターやDNA断片を導入する宿主細胞としては、その細胞内で、本発明のプロモーターがプロモーターとして機能し得るものであれば特に限定されないが、好ましくは細菌、より好ましくはコリネバクテリウムが挙げられる。コリネバクテリウムの例としては、コリネバクテリウム・グルタミカム、コリネバクテリウム・エフィシェンス(Corynebacterium efficiens)、コリネバクテリウム・アンモニアゲネス(Corynebacterium ammoniagenes)、コリネバクテリウム・ハロトレランス(Corynebacterium halotolerans)、コリネバクテリウム・アルカノリティカム(Corynebacterium alkanolyticum)、コリネバクテリウム・カルナエ(Corynebacterium callunae)などが好ましく、コリネバクテリウム・グルタミカムがより好ましい。なお、分子生物学的分類により、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)、ブレビバクテリウム・ディバリカタム(Brevibacterium divaricatum)、コリネバクテリウム・リリウム(Corynebacterium lilium)等のコリネ型細菌は、コリネバクテリウム・グルタミカムに菌名が統一されている(Liebl W et al,Int J Syst Bacteriol,1991,41:255-260;駒形和男ら,発酵と工業,1987,45:944-963)。
【0029】
上記形質転換体は、目的物質の製造に利用することができる。例えば、目的物質又はその合成に関わる酵素をコードする遺伝子と、該遺伝子の上流に作動可能に連結された本発明のプロモーター、を有する発現ベクター又はDNA断片を含む形質転換体を培養して、本発明のプロモーターの制御下で該遺伝子を発現させ、目的物質を生産させる。
【0030】
目的物質の例は上述したとおりであるが、好ましい例としては、上述した目的遺伝子にコードされる物質、及び該物質の働きで合成される生成物、例えば上述した芳香族化合物の生産に関与する酵素により生成される、芳香族化合物が挙げられる。芳香族化合物の例としては、没食子酸、プロトカテク酸(PCA)、アミノヒドロキシ安息香酸(AHBA)、ピリジンジカルボン酸(PDCA)、カテコール、4-ヒドロキシ安息香酸などが挙げられる。
【0031】
形質転換体の培養条件は、該形質転換体の細胞の増殖及び目的物質の生産が可能な条件であれば特に限定されない。例えば、形質転換体がコリネバクテリウムの場合、好ましい培地としては、LB培地、CGXII培地(Journal of Bacteriology,1993,175:5595-5603)などが挙げられ、培養条件としては、培養温度は15℃~45℃、培養時間は1日~7日が挙げられる。形質転換体が大腸菌の場合、好ましい培地としては、LB培地、M9培地などが挙げられ、培養条件としては、培養温度は15℃~45℃、培養時間は1日~7日が挙げられる。
【0032】
培養後、培養物から目的物質を回収することにより、目的物質を取得することができる。必要に応じて、回収した目的物質をさらに精製してもよい。培養物から目的物質を回収又は精製する方法は、特に限定されず、公知の回収又は精製方法に従って行えばよい。例えば、培養物を回収し、必要に応じて超音波や加圧等による菌体破砕処理を行い、次いで傾斜法、ろ過、遠心分離などにより細胞成分を除去した後、残った目的物質を含む画分を回収すればよい。必要に応じて回収した画分を透析、塩析、イオン交換法、蒸留、溶剤抽出等の方法、又はこれらの組み合わせにかけることで、目的物質を精製することができる。本発明による目的物質の製造方法において、形質転換体の培養及び目的物質の回収は、回分式、半回分式及び連続式のいずれの方法で行ってもよい。
【0033】
本発明の例示的実施形態として、以下の物質、製造方法、用途、方法等をさらに本明細書に開示する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0034】
〔1〕下記(a)~(c)から選択されるDNAからなるプロモーター:
(a)配列番号1のヌクレオチド配列からなるDNA;
(b)配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも96%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつプロモーター活性を有するDNA;及び
(c)配列番号1のヌクレオチド配列に対して1個以上5個以下のヌクレオチドが欠失、置換、付加、又は挿入されたヌクレオチド配列からなり、かつプロモーター活性を有するDNA。
〔2〕好ましくは、前記プロモーターがコリネバクテリウムにおいてプロモーター活性を有する、〔1〕記載のプロモーター。
【0035】
〔3〕〔1〕又は〔2〕記載のプロモーターを含む発現ベクター。
〔4〕好ましくは、目的物質又はその合成に関わる酵素をコードする遺伝子と、該遺伝子の上流に連結された前記プロモーターとを含む、〔3〕記載の発現ベクター。
〔5〕前記目的物質が、好ましくは芳香族化合物であり、より好ましくは没食子酸、プロトカテク酸、アミノヒドロキシ安息香酸、ピリジンジカルボン酸、カテコール、及び4-ヒドロキシ安息香酸からなる群より選択される少なくとも1種である、〔4〕記載の発現ベクター。
【0036】
〔6〕〔1〕又は〔2〕記載のプロモーターを含むDNA断片。
〔7〕好ましくは、目的物質又はその合成に関わる酵素をコードする遺伝子と、該遺伝子の上流に連結された前記プロモーターとを含む、〔6〕記載のDNA断片。
〔8〕前記目的物質が、好ましくは芳香族化合物であり、より好ましくは没食子酸、プロトカテク酸、アミノヒドロキシ安息香酸、ピリジンジカルボン酸、カテコール、及び4-ヒドロキシ安息香酸からなる群より選択される少なくとも1種である、〔7〕記載のDNA断片。
〔9〕好ましくはDNA発現カセットである、〔6〕~〔8〕のいずれか1項記載のDNA断片。
【0037】
〔10〕〔3〕~〔5〕のいずれか1項記載の発現ベクター、又は〔6〕~〔9〕のいずれか1項記載のDNA断片を含む、形質転換体。
〔11〕好ましくはコリネバクテリウムであり、より好ましくはコリネバクテリウム・グルタミカムである、〔10〕記載の形質転換体。
【0038】
〔12〕〔10〕又は〔11〕記載の形質転換体を培養すること;及び
該培養で得られた培養物から目的物質を回収すること、
を含む、目的物質の製造方法。
〔13〕前記目的物質が、好ましくは芳香族化合物であり、より好ましくは没食子酸、プロトカテク酸、アミノヒドロキシ安息香酸、ピリジンジカルボン酸、カテコール、及び4-ヒドロキシ安息香酸からなる群より選択される少なくとも1種である、〔12〕記載の方法。
【実施例】
【0039】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0040】
実施例1 プロモーターの合成
1)プロモーター配列の合成
特許文献1に開示されるコリネバクテリム・グルタミカムの伸長因子tuのプロモーター(tuプロモーター)のヌクレオチド配列(配列番号2)、及びコリネバクテリウム・エフィシェンス由来の伸長因子tuのプロモーターのヌクレオチド配列を、データベース(GenBank:[www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/])から取得した。該コリネバクテリム・グルタミカム由来のtuプロモーターの配列と、該コリネバクテリウム・エフィシェンス由来のプロモーター配列をキメラ化して、配列番号1のプロモーター(以下、tytuプロモーターと呼ぶ)配列を設計した。設計したプロモーター配列をGenScript社の人工遺伝子合成サービスを利用して化学合成した。
【0041】
実施例2 形質転換株の作製
コリネバクテリム・グルタミカムATCC13032株のゲノム(GenBank:ACCESSION No:NC_006958)に、プロモーターと、異種タンパク質EtbC(2,3-dihydroxy-ethylbenzene 1,2-dioxygenase)をコードする遺伝子etbc(配列番号7)を導入し、該プロモーター制御下でEtbCを発現する形質転換株を作製した。
【0042】
1)プロモーター活性評価用プラスミドの作製
pHKPsacB1(WO2014/007273参照)を鋳型に、プライマーpHKPsacB1-F及びpHKPsacB1-R(表1)を用いてベクター断片を増幅した。ATCC13032株ゲノムDNAを鋳型に、プライマー3324locus-F及び3324locus-R(表1)を用いてGene ID:cg3324で示される遺伝子領域(以下、cg3324領域という)のDNA断片を増幅した。pHKPsacB1ベクター断片とcg3324領域のDNA断片を、In-Fusion HD cloning kit(clontech社)にて連結し、pHKBsacB-cg3324を作製した。得られたプラスミド溶液を用いて、ECOS Competent E.Coli DH5α株(ニッポンジーン社)に形質転換し、得られた細胞液を、カナマイシンを含有するLB寒天培地に塗布して37℃で一晩静置した。発生したコロニーを鋳型に、Sapphire Amp(TaKaRa社)を用いてコロニーPCRを行った。プライマーはsacB-1及びkmter-F(表1)を用いた。目的遺伝子を持つプラスミドの導入が確認された形質転換体を、カナマイシンンを含むLB液体培地2mLに接種し、37℃で一晩培養した。得られた培養液よりNucleoSpin Plasmid EasyPure(TaKaRa社)を用いてプラスミドの精製を行い、pHKBsacB-cg3324を得た。
【0043】
pHKPsacB-cg3324を鋳型に、プライマーpHKPsacB-cg3324-F及びpHKPsacB-cg3324-R(表1)を用いてベクター断片を増幅した。ベクター断片の3’側とプロモーターの5’側の間をつなぐリンカー配列(リンカー1、配列番号4)、プロモーターの3’側とetbc遺伝子の5’側の間をつなぐリンカー配列(リンカー2、配列番号5)及びetbc遺伝子の3’側とベクター配列の5’側の間をつなぐリンカー配列(リンカー3、配列番号6)、及びetbc遺伝子のDNA配列(配列番号7)をそれぞれ人工合成した。etbc遺伝子DNAを鋳型に、プライマーetbc-F及びetbc-R(表1)を用いてetbc遺伝子断片を増幅した。リンカー3DNAを鋳型に、プライマーLinker3-F及びLinker3-R(表1)を用いてリンカー3DNA断片を増幅した。ベクター断片とetbc遺伝子断片とリンカー3DNA断片をIn-Fusion HD cloning kit(clontech社)にて連結し、petbc-terを作製した。
【0044】
petbc-terを鋳型に、プライマーpHKPsacB-cg3324-R及びetbc-F2(表1)を用いてベクター断片を増幅した。リンカー1DNAを鋳型に、プライマーLinker1-F及びLinker1-R(表1)を用いてリンカー1DNA断片を増幅した。リンカー2DNAを鋳型に、プライマーLinker2-F及びLinker2-R(表1)を用いてリンカー2DNA断片を増幅した。ベクター断片とリンカー1DNA断片とリンカー2DNA断片をIn-Fusion HD cloning kit(clontech社)にて連結し、petbcを作製した。
【0045】
petbcを鋳型に、プライマーLinker1-R及びLinker2-F2(表1)を用いてベクター断片を増幅した。ATCC13032株のゲノムDNAを鋳型に、プライマーpro-F及びpro-R(表1)を用いてtuプロモーター断片を増幅した。tytuプロモーターDNAを鋳型に、プライマーpro-F及びpro-R(表1)を用いてtytuプロモーター断片を増幅した。ベクター断片とtuプロモーター断片をIn-Fusion HD cloning kit(clontech社)にて連結し、プラスミドptu-etbcを作成した。同様にベクター断片とtytuプロモーター断片からプラスミドptytu-etbcを作製した。
【0046】
【0047】
2)形質転換株の作製
1)で得られたプラスミドptu-etbc及びptytu-etbcを用いて、コリネバクテリウム・グルタミカムDRHG145株(WO2014/007273参照)にエレクトロポレーション法(Bio-rad)により形質転換した。カナマイシン耐性で選択することにより、ゲノムのcg3324領域にプラスミドptu-etbc及びptytu-etbcがそれぞれ導入された、tu-etbc株及びtytu-etbc株を取得した。
【0048】
実施例3 プロモーター活性の評価
プロモーターに連結したレポーター遺伝子(etbc)の発現量に基づいて、プロモーター活性を評価した。
【0049】
1)菌株の培養
上記で得られたtu-etbc株及びtytu-etbc株をLB寒天培地に画線し、30℃で2日間培養した。前培養では、得られた菌株を、CGXII培地8mLを入れた試験管に植菌し、32℃、200rpmで24時間培養した。本培養では、CGXII培地8mLを入れた試験管に、前培養液をOD600が2.5となるよう植菌し、32℃、200rpmで24時間培養した。
【0050】
2)RNAの抽出
1)で得た本培養液0.5mLを採取し、遠心分離により上清を除いて菌体を回収し、液体窒素に投入して凍結した。培養液の採取は培養4時間目、8時間後、及び24時間後に行った。回収した菌体からtotal RNAを抽出した。終濃度40mMでジチオトレイトールを加えたBuffer RLT(RNeasy mini kitに同梱)600μLに菌体を懸濁した。2mL破砕用チューブ(安井器械社)に、硝酸処理したYGB01グラスビーズ0.1mm(安井器械社)を700mg入れ、菌体懸濁液を添加し、次いでマルチビーズショッカー(安井器械社)(2500rpmでの破砕60秒及び休止60秒のサイクルを6回)にかけ、菌体を破砕した。得られた菌体破砕液から、RNeasy mini kit(Qiagen社)を用いて、添付のマニュアルに従ってtotal RNAを抽出した。ゲノムDNAの消化はRNase-Free DNase Set(Qiagen社)を用いて行った。
【0051】
3)定量PCRによる転写量測定
2)で得たtotal RNA0.6~1μgを、PrimeScrip RT reagent Kit(Perfect Real Time)(TaKaRa社)を用いて、添付のマニュアルに従って逆転写した。RNaseH(invitrogen社)を用いて、反応物中の鋳型RNAを消化した。定量PCRによりetbc遺伝子の発現量を測定した。定量PCRは、Brilliant Ultra-Fast SYBR Green QPCR Master Mix(Agilent Technologies社)を用い、リアルタイムPCR装置はMx3000P QPCR System(Agilent Technologies社)を用いて、添付のマニュアルに従って行った。解析ソフトはMxPro ET QPCR Software(Agilent Technologies社)を用いた。内在性コントロール遺伝子としてrRNA遺伝子を使用した。プライマーは、etbc遺伝子に対してetbc-rt-F1及びetbc-rt-R1を用い、rRNA遺伝子に対してrRNA-rt-F1及びrRNA-rt-R1を用いた(表2)。etbc遺伝子の発現量は、tu-etbc株の発現量を100としたときの相対値で示した。
【0052】
【0053】
etbc遺伝子の相対発現量を表3に示す。各時間において、tytu-etbc株でのetbc遺伝子発現量はtu-etbc株と比べて高く、tytuプロモーターの活性がtuプロモーターより高いことが示された。
【0054】
【0055】
4)EtbC酵素活性の測定
1)で得た本培養液を採取し、OD600が約0.5~0.6となるよう0.85%塩化ナトリウム水溶液にて適宜希釈した。培養液の採取は培養8時間後、及び24時間後に行った。希釈した培養液を、Assay Plate 96well(AGC テクノガラス社)に200μLずつ分注し、1Mカテコールを2μLずつ添加して混合後、30℃で10分間静置した。その後、VersaMax Microplate Reader(Molecular Devices社)にてOD375を測定した。カテコールにEtbCタンパク質が反応すると、メタ開裂が起こり2-オキシムコン酸セミアルデヒドが生成し発色する。EtbC酵素活性は、OD600/OD375比と定義した。tu-etbc株での酵素活性を100としたときの相対酵素活性を求めた。
【0056】
EtbCの相対酵素活性を表4に示す。各時間において、tytu-etbc株でのEtbC活性はtu-etbc株と比べて高く、tytuプロモーターの活性がtuプロモーターより高いことが示された。
【0057】
【配列表】