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特許7498653イオン生成装置およびイオン移動度分析装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】イオン生成装置およびイオン移動度分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/14 20060101AFI20240605BHJP
   G01N 27/622 20210101ALI20240605BHJP
   G01N 27/68 20060101ALI20240605BHJP
   H01J 49/40 20060101ALI20240605BHJP
   H01J 49/10 20060101ALI20240605BHJP
【FI】
H01J49/14 700
G01N27/622
G01N27/68 B
H01J49/40
H01J49/10 700
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020204319
(22)【出願日】2020-12-09
(65)【公開番号】P2022091471
(43)【公開日】2022-06-21
【審査請求日】2023-09-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000005049
【氏名又は名称】シャープ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(72)【発明者】
【氏名】鴻丸 翔平
(72)【発明者】
【氏名】久軒 佳彦
(72)【発明者】
【氏名】新川 幸治
(72)【発明者】
【氏名】岩松 正
【審査官】佐藤 海
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-059635(JP,A)
【文献】特開2000-285818(JP,A)
【文献】国際公開第2008/103733(WO,A2)
【文献】特開2013-214443(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0284914(US,A1)
【文献】特開2020-173192(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 27/02,37/06,
49/14,49/40
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子放出素子と、対向電極と、制御部とを備え、
前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置された中間層とを備え、
前記対向電極は、前記表面電極と対向するように配置され、
前記制御部は、プラスイオンを生成するプラスイオンモードにおいて前記表面電極の電位が前記下部電極の電位および前記対向電極の電位よりも高くなるように前記表面電極、前記下部電極又は前記対向電極に電圧を印加するように設けられ
前記制御部は、前記プラスイオンモードにおいて前記表面電極と前記対向電極との間の気体成分のイオン化エネルギーよりも高いエネルギーの電子が前記電子放出素子から放出されるように前記下部電極と前記表面電極との間に電圧を印加するように設けられたことを特徴とするイオン生成装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記プラスイオンモードにおいて前記下部電極と前記表面電極との間に16V以上60V以下の電圧を印加するように設けられた請求項に記載のイオン生成装置。
【請求項3】
前記制御部は、マイナスイオンを生成するマイナスイオンモードにおいて前記表面電極の電位が前記下部電極の電位よりも高く前記対向電極の電位よりも低くなるように前記表面電極、前記下部電極又は前記対向電極に電圧を印加するように設けられ、かつ、前記マイナスイオンモードと前記プラスイオンモードとを切り替えることができるように設けられた請求項1又は2に記載のイオン生成装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記マイナスイオンモードにおいて前記下部電極と前記表面電極との間に6V以上60V以下の電圧を印加するように設けられた請求項に記載のイオン生成装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記マイナスイオンモードと前記プラスイオンモードとを切り替える際、
前記プラスイオンモードにおける前記表面電極と前記下部電極との間の電位差が前記マイナスイオンモードにおける前記表面電極と前記下部電極との間の電位差よりも大きくなるように切り替えるように設けられた請求項又はに記載のイオン生成装置。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1つに記載のイオン生成装置と、イオン検出器と、電界形成用電極とを備え、
前記イオン検出器及び前記制御部は、前記イオン検出器がイオンから電荷を受け取ることにより生じる電流を測定しIMSスペクトルを出力するように設けられたイオン移動度分析装置。
【請求項7】
前記制御部は、前記IMSスペクトルに現れる基準ピークが所定の高さ又は所定の面積となるように前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧を調節するように設けられた請求項に記載のイオン移動度分析装置。
【請求項8】
前記制御部は、マイナスイオンを生成するマイナスイオンモードにおいて前記表面電極の電位が前記下部電極の電位よりも高く前記対向電極の電位よりも低くなるように前記表面電極、前記下部電極又は前記対向電極に電圧を印加するように設けられ、かつ、前記マイナスイオンモードと前記プラスイオンモードとを切り替えることができるように設けられ、
前記制御部は、前記プラスイオンモードにおける前記IMSスペクトルに現れる第1基準ピークの高さ又は面積と、前記マイナスイオンモードにおける前記IMSスペクトルに現れる第2基準ピークの高さ又は面積とが実質的に同じになるように前記下部電極と前記表面電極との間に印加する電圧を調節するように設けられた請求項又は7に記載のイオン移動度分析装置。
【請求項9】
前記制御部は、マイナスイオンを生成するマイナスイオンモードにおいて前記表面電極の電位が前記下部電極の電位よりも高く前記対向電極の電位よりも低くなるように前記表面電極、前記下部電極又は前記対向電極に電圧を印加するように設けられ、かつ、前記マイナスイオンモードと前記プラスイオンモードとを切り替えることができるように設けられ、
前記制御部は、前記マイナスイオンモードと前記プラスイオンモードとを切り替える際、前記表面電極の電位を極性が逆で絶対値が実質的に等しい電位に変更し、前記下部電極の電位を極性が逆で絶対値が異なる電位に変更するように設けられた請求項のいずれか1つに記載のイオン移動度分析装置。
【請求項10】
前記制御部は、マイナスイオンを生成するマイナスイオンモードにおいて前記表面電極の電位が前記下部電極の電位よりも高く前記対向電極の電位よりも低くなるように前記表面電極、前記下部電極又は前記対向電極に電圧を印加するように設けられ、かつ、前記マイナスイオンモードと前記プラスイオンモードとを切り替えることができるように設けられ、
前記制御部は、測定を繰り返すことにより得られる複数の前記IMSスペクトルを積算平均化して平均IMSスペクトルを算出するように設けられ、かつ、前記平均IMSスペクトルの算出を終える毎に前記マイナスイオンモードと前記プラスイオンモードとを切り替えるように設けられた請求項のいずれか1つに記載のイオン移動度分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン生成装置およびイオン移動度分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子放出素子は低エネルギー電子の放出が可能なイオン源であり、放出した低エネルギー電子の付着により、対象の物質をマイナスイオン化することができる。このような電子放出素子を利用したイオン発生装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。このイオン発生装置では、プラスイオンを発生させるために針電極と平板電極の間に高圧の電圧を印加しコロナ放電を発生させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-214443号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電子放出素子から放出された低エネルギー電子の付着ではプラスイオンが生成しないため、マイナスイオン化とプラスイオン化の両方を必要とする分析装置(例えばイオンモビリティースペクトリメトリー(IMS)など)のイオン源として用いる場合は、プラスイオン化が可能なイオン源(例えば、放射線源、コロナ放電、UV光源など)と組みわせる必要があり、装置が大型化してしまうという課題がある。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、電子放出素子を用いてプラスイオンを生成することができるイオン生成装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、電子放出素子と、対向電極と、制御部とを備え、前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置された中間層とを備え、前記対向電極は、前記表面電極と対向するように配置され、前記制御部は、プラスイオンを生成するプラスイオンモードにおいて前記表面電極の電位が前記下部電極の電位および前記対向電極の電位よりも高くなるように前記表面電極、前記下部電極又は前記対向電極に電圧を印加するように設けられたことを特徴とするイオン生成装置を提供する。
【発明の効果】
【0006】
表面電極の電位が下部電極の電位よりも高くなるように制御部が表面電極又は下部電極に電圧を印加することにより、下部電極から表面電極に向かって電子が流れ、表面電極から電子が放出される。また、表面電極と下部電極の間の電位差を十分大きくすることにより、表面電極から放出される電子が第1気体成分のイオン化エネルギーよりも高いエネルギーを有することができ、表面電極近傍の第1気体成分をプラスイオン化することができる。
表面電極の電位が対向電極の電位よりも高くなるように制御部が表面電極又は対向電極に電圧を印加することにより、表面電極近傍で生成したプラスイオンが対向電極に向かって移動することができる。このことにより、表面電極近傍において、プラスイオンが表面電極に回収されることや電子放出素子から放出された電子などがプラスイオンに付着しプラスイオンが中性化することを抑制することができ、表面電極と対向電極との間に移動したプラスイオンを分析対象などとして利用することができる。また、生成したプラスイオンが第2気体成分にプラスの電荷を渡し、第2気体成分をプラスイオン化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の一実施形態のイオン生成装置の概略断面図である。
図2】本発明の一実施形態のイオン生成装置の概略断面図である。
図3】本発明の一実施形態のイオン移動度分析装置の概略断面図である。
図4】本発明の一実施形態のイオン移動度分析装置の概略断面図である。
図5】本発明の一実施形態のイオン移動度分析装置の概略断面図である。
図6】本発明の一実施形態のイオン移動度分析装置の概略断面図である。
図7】プラスイオン検出実験で測定されたIMSスペクトルである。
図8】プラスイオン検出実験で測定されたIMSスペクトルである。
図9】プラスイオン検出実験で測定されたIMSスペクトルである。
図10】マイナスイオン検出実験で測定されたIMSスペクトルである。
図11】マイナスイオン検出実験で測定されたIMSスペクトルである。
図12】マイナスイオン検出実験で測定されたIMSスペクトルである。
図13】エタノール分析実験で測定されたIMSスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のイオン生成装置は、電子放出素子と、対向電極と、制御部とを備え、前記電子放出素子は、下部電極と、表面電極と、前記下部電極と前記表面電極との間に配置された中間層とを備え、前記対向電極は、前記表面電極と対向するように配置され、前記制御部は、プラスイオンを生成するプラスイオンモードにおいて前記表面電極の電位が前記下部電極の電位および前記対向電極の電位よりも高くなるように前記表面電極、前記下部電極及び前記対向電極に電圧を印加するように設けられたことを特徴とする。
【0009】
前記制御部は、プラスイオンモードにおいて表面電極と対向電極との間の気体成分のイオン化エネルギーよりも高いエネルギーの電子が電子放出素子から放出されるように下部電極と表面電極との間に電圧を印加するように設けられることが好ましい。この放出された電子が表面電極の近傍の気体成分に衝突することにより、気体成分から1個の電子を取り去ることができ、気体成分のプラスイオンを生成することができる。
前記制御部は、プラスイオンモードにおいて下部電極と表面電極との間に16V以上60V以下の電圧を印加するように設けられることが好ましい。このことにより、表面電極と対向電極との間にプラスイオンを生成することができる。
【0010】
前記制御部は、マイナスイオンを生成するマイナスイオンモードにおいて表面電極の電位が下部電極の電位よりも高く対向電極の電位よりも低くなるように表面電極、下部電極又は対向電極に電圧を印加するように設けられる。また、前記制御部は、マイナスイオンモードとプラスイオンモードとを切り替えることができるように設けられることが好ましい。このことにより、イオン生成装置を用いて、マイナスイオンとプラスイオンの両方を生成することができる。
前記制御部は、マイナスイオンモードにおいて下部電極と表面電極との間に6V以上60V以下の電圧を印加するように設けられることが好ましい。このことにより、表面電極と対向電極との間にマイナスイオンを生成することができる。
【0011】
本発明は、本発明のイオン生成装置と、イオン検出器と、電界形成用電極とを備えたイオン移動度分析装置も提供する。前記イオン検出器及び前記制御部は、前記イオン検出器がイオンから電荷を受け取ることにより生じる電流を測定しIMSスペクトルを出力するように設けられる。
前記制御部は、IMSスペクトルに現れる基準ピークが所定の高さ又は所定の面積となるように下部電極と表面電極との間に印加する電圧を調節するように設けられることが好ましい。このことにより、IMSスペクトルのピーク面積又はピーク高さに基づき試料ガスを定量分析することが可能になる。
【0012】
前記制御部は、プラスイオンモードにおけるIMSスペクトルに現れる第1基準ピークの高さ又は面積と、マイナスイオンモードにおけるIMSスペクトルに現れる第2基準ピークの高さ又は面積とが実質的に同じになるように下部電極と表面電極との間に印加する電圧を調節するように設けられることが好ましい。このことにより、プラスイオンモードにおけるIMSスペクトルに現れるピークと、マイナスイオンモードにおけるIMSスペクトルに現れるピークとを用いて、定性分析や定量分析を行うことが可能になる。
前記制御部は、マイナスイオンモードとプラスイオンモードとを切り替える際、表面電極の電位を極性が逆で絶対値が実質的に等しい電位に変更し、下部電極の電位を極性が逆で絶対値が異なる電位に変更するように設けられることが好ましい。このことにより、イオンコレクタ電極の電位を0Vに維持したままマイナスイオンモードとプラスイオンモードとを切り替えることができる。また、下部電極の電位を極性が逆で絶対値が異なる電位に変更することにより、電子放出素子から電子が放出されなくなることを防止することができる。
【0013】
以下、複数の実施形態を参照して本発明をより詳細に説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0014】
第1実施形態
図1はプラスイオンモードのイオン生成装置の概略断面図であり、図2はマイナスイオンモードのイオン生成装置の概略断面図である。
本実施形態のイオン生成装置30は、電子放出素子2と、対向電極6と、制御部7とを備える。電子放出素子2は、下部電極3と、表面電極5と、下部電極3と表面電極5との間に配置された中間層4とを備える。対向電極6は、表面電極5と対向するように配置される。制御部7は、プラスイオンを生成するプラスイオンモードにおいて表面電極5の電位が下部電極3の電位および対向電極6の電位よりも高くなるように表面電極5、下部電極3又は対向電極6に電圧を印加するように設けられる。
【0015】
イオン生成装置30は、表面電極5と対向電極6との間の空間(空気中、気体中、減圧雰囲気中など)にイオンを生成する装置である。イオン生成装置30は、プラスイオンを生成するプラスイオンモードを有する。また、イオン生成装置30は、マイナスイオンイオンを生成するマイナスイオンモードイオンモードを有することができる。また、イオン生成装置30は、プラスイオンモードとマイナスイオンモードとを切り替えることができるように設けることができる。
イオン生成装置30は、イオン移動度分析装置に組み込まれていてもよい。
【0016】
電子放出素子2は、表面電極5の電子放出領域から空気中、気体中、減圧雰囲気中などに電子を放出する素子である。電子放出素子2は、下部電極3と、表面電極5と、下部電極3と表面電極5との間に配置された中間層4とを有する。また、電子放出素子2は、電子放出領域を規定する絶縁層を有することができる。
【0017】
下部電極3は、中間層4の下側に位置する電極である。下部電極3は、金属基板であってもよく、絶縁性基板(又は半導体基板)上に設けられた導電材料層(金属層、導電体層など)であってもよい。
下部電極3が金属基板からなる場合、下部電極3は、例えば、アルミニウム板、ステンレス鋼板、ニッケル板などである。下部電極3の厚さは、好ましくは200μm以上1mm以下である。
下部電極3が導電材料層であり絶縁性基板(又は半導体基板)上に設けられる場合、基板は、例えば、ガラス基板、樹脂基板、セラミックス基板などである。基板の厚さは、好ましくは200μm以上2mm以下である。
【0018】
下部電極3が導電材料層である場合、下部電極3は、例えば、スパッタリング法、蒸着法、めっき、CVD法などにより基板上に形成することができる。下部電極3は、単層電極であってもよく、積層電極であってもよい。下部電極3は、例えば、アルミニウム層、金層、銅層などを含むことができる。また、下部電極3は、Mo/Al/Mo積層電極であってもよい。下部電極3の厚さは、好ましくは200nm以上1μm以下である。
【0019】
絶縁層は、下部電極3上に設けられる絶縁体からなる層である。例えば、下部電極3がアルミニウム基板である場合、絶縁層は、アルミニウム基板の酸化皮膜であってもよい。例えば、基板上に下部電極3を設けている場合、絶縁層は、例えば、窒化シリコン層(SiN層)、酸化シリコン層(SiO2層)、シリコン酸窒化膜(SiON膜)、酸化アルミニウム層(Al23層)などである。絶縁層の厚さは、好ましくは、0.5μm以上2μm以下である。絶縁層は、例えば、フォトリソグラフィ法、スパッタリング又はCVD法を用いて形成することができる。
【0020】
絶縁層は、電子放出領域となる開口を有する。電子放出領域は、下部電極3と表面電極5との間に生じさせた不均一電界により電子が下部電極3から表面電極5に向かって中間層4を流れ表面電極5から電子が外部へと放出される領域である。この開口中に中間層4が設けられる。このことにより、開口と重なる中間層4の領域にだけ電流が流れることができ、絶縁層の開口と重なる表面電極5の領域から電子を放出させることができる。従って、絶縁層の開口により電子放出領域を定めることができる。
【0021】
中間層4は、下部電極3上に設けられる。中間層4は、表面電極5と下部電極3との電位差により形成される不均一電界により電流が流れる層である。中間層4は、例えば、導電性微粒子を分散状態で有する絶縁性樹脂層である。
中間層4に含まれる導電性微粒子は、例えば、金、銀、白金、又はパラジウムのような導電性を有する金属粒子を用いてもよい。また、金属粒子以外の導電性材料としては、カーボン、導電性高分子、及び/又は半導電性材料を用いてもよい。中間層4に含まれる絶縁性樹脂は、例えば、シラノール(R3-Si-OH)を縮合重合したシリコーン樹脂、アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリエステルなどである。導電性微粒子は、絶縁性樹脂中に分散しているが、導電性微粒子の一部は凝集していてもよい。中間層4において、導電性微粒子の含有量は、適宜変更することができる。導電性微粒子の含有量を変更することで、中間層の抵抗値を調整することができる。
【0022】
中間層4の厚さは、限定されないが、好ましくは、0.5μm以上2.0μm以下であり、より好ましくは0.75μm以上1.5μm以下である。このことにより、下部電極3と表面電極5との間に比較的低い電圧を印加して電子放出素子2から電子を放出させることができ、かつ、電子放出素子2の寿命特性を向上させることができる。
【0023】
中間層4は、例えば、スピンコート法、ドクターブレード法、スプレー法、又はディッピング法のような塗布方法によって形成される。
中間層4の作成方法の一例を説明する。まず、樹脂であるシリコーン樹脂3gと、導電性微粒子であるAgナノ粒子0.03gとが試薬瓶に入れられて混合される。その結果、シリコーン樹脂とAgナノ粒子との混合液が調製される。次に、超音波振動器を用いて、試薬瓶に入れた混合液がさらに攪拌されることで、塗布液が調製される。塗布液の粘度は、好ましくは、0.8~15mPa・sである。塗布液中の樹脂成分比率は、好ましくは、10~70wt%程度である。塗布液は、下部電極3上に塗布された後、大気中の湿気によって縮合重合してシリコーン樹脂となり、中間層4を形成する。
【0024】
表面電極5は、電子放出素子2の表面に位置する電極であり、中間層4上及び絶縁層上に配置される。表面電極5は、例えば、Au層から構成される単層電極、Pt層から構成される単層電極又はAu層とPt層から構成される積層電極である。
表面電極5は、5nm以上100nm以下、好ましくは40nm以上100nm以下の厚さを有することができる。また、表面電極5の材質は、全体としては過剰な破壊が防止されるように、例えば、金、白金などの金属材料、半導体、ITO(indium tin oxide)、カーボン等のように電気伝導性の高い複数の導電性材料である。また、表面電極5は、複数の金属層から構成されてもよい。
【0025】
表面電極5の厚さが、40nm以上の場合であっても、表面電極5は、複数の開口、すき間、及び/又は、10nm以下の厚さに薄くなった部分を有してもよい。中間層4から流れてきた電子がこの開口、すき間、及び/又は、薄くなった部分を通過又は透過することができ、表面電極5から電子を放出することができる。このような開口、すき間、及び/又は、薄くなった部分は、一般的なパターニング処理を伴った薄膜形成処理(スパッタ法、蒸着法)を、表面電極5を構成する金属に施すことによっても形成される。また、表面電極5から放出された電子により、プラスイオン又はマイナスイオンが生成される。
【0026】
対向電極6は、電子放出素子2の表面電極5と対向電極6との間に電界を形成するための電極である。この電界により、表面電極5の近傍で生成されたプラスイオン又はマイナスイオンが対向電極6へ向けて移動し、プラスイオン又はマイナスイオンが中性化することを抑制することができる。対向電極6は、表面電極5と対向するように配置される。対向電極6は、金属板であってもよく、金属層であってもよく、導電体層であってもよく、金属メッシュ電極であってもよい。
【0027】
制御部7は、イオン生成装置30を制御するための部分である。また、制御部7は、イオン生成装置30が組み込まれた装置(例えば、イオン移動度分析装置)を制御するための部分であってもよい。制御部7は、例えば、CPU、メモリ、タイマー、入出力ポートなどを有するマイクロコントローラを含むことができる。また、制御部7は、電源部、電位制御回路などを含むことができる。
【0028】
制御部7は、表面電極5と対向電極6との間の空間にプラスイオンを生成するようにイオン生成装置30を制御することができる(プラスイオンモード)。
制御部7は、プラスイオンモードにおいて表面電極5の電位が下部電極3の電位よりも高くなるように表面電極5又は下部電極3に電圧を印加する。このことにより、下部電極3から表面電極5に向かって電子が流れ、表面電極5の電子放出領域から電子が放出される。
また、制御部7は、プラスイオンモードにおいて表面電極5と対向電極6との間の気体成分のイオン化エネルギーよりも高いエネルギーの電子が電子放出素子2から放出されるように下部電極3と表面電極5との間に電圧を印加することができる。この放出された電子が表面電極5の近傍の気体成分に衝突することにより、気体成分から1個の電子を取り去ることができ、気体成分のプラスイオンを生成することができる。
【0029】
電界電子放出の場合、下部電極3と表面電極5との間に印加した電圧X(V)(素子駆動電圧)から表面電極5の金の仕事関数(5.3eV)を引いた値(X-5.3)eVが放出電子の最大エネルギーになると考えられる。
【0030】
例えば、表面電極5と対向電極6との間に空気が存在する場合、制御部7は、窒素ガスのイオン化エネルギー、酸素ガスのイオン化エネルギー、水のイオン化エネルギー、アルゴンのイオン化エネルギー又は二酸化炭素のイオン化エネルギーよりも高いエネルギーの電子が電子放出素子2から放出されるように下部電極3と表面電極5との間に電圧X(V)を印加する。
例えば、電子放出素子2から放出された電子により、表面電極5の近傍で水のプラスイオン(例えば、H3+)が生成する場合、水のイオン化エネルギーは12.6eVであるため、(12.6+5.3)=17.9Vよりも高い電圧を下部電極3と表面電極5との間に印加する。
【0031】
例えば、表面電極5と対向電極6との間にアンモニアが存在し、放出電子により表面電極5の近傍でアンモニアイオン(プラスイオン)を生成する場合、制御部7は、アンモニアのイオン化エネルギーよりも高いエネルギーの電子が電子放出素子2から放出されるように下部電極3と表面電極5との間に電圧X(V)を印加する。アンモニアのイオン化エネルギーは10.1eVであるため、(10.1+5.3)=15.4Vよりも高い電圧を下部電極3と表面電極5との間に印加する。従って、プラスイオンモードにおいて、下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧は、16V以上60V以下とすることができき、好ましくは20V以上40V以下とすることができる。
【0032】
また、イオン生成装置30は、ペニングイオン化によりプラスイオンを生成してもよい。この場合、表面電極5の近傍に中性の原子又は分子(例えばHe)が存在するようにイオン生成装置30が構成される。電子放出素子2の表面電極5から中性の原子または分子に電子を放出することで準安定な励起状態とし、それが対象の物質と衝突することでイオン化が起こる。
A* + B → A + B+ + e-、ここでA*はAの電子励起状態、Bは原子あるいは分子、e- は電子である。
例えば、ペニングイオン化に用いる中性原子としてHeを用いる場合は、電子放出素子から放出する電子のエネルギーは20V以上とすることが好ましい。
【0033】
制御部7は、プラスイオンモードにおいて表面電極5の電位が対向電極6の電位よりも高くなるように表面電極5又は対向電極6に電圧を印加する。この電圧を印加することにより生じる電界により、表面電極5の近傍で生成したプラスイオンが対向電極6に向けて移動し、放出電子により生成したマイナスイオン及び放出電子は表面電極5に向けて移動する。従って、プラスイオンと、マイナスイオン及び電子とを分離することができ、プラスイオンが中性化することを抑制することができる。この結果、表面電極5と対向電極6との間の空間にプラスイオンを生成することができる。また、プラスイオンが他の気体成分にプラスの電荷を渡し、他の気体成分のプラスイオンも生成することができる。
【0034】
例えば、図1に示したように、表面電極5をグラウンドに接続して0Vとし、電源部12(制御部7)により下部電極3及び対向電極6に電圧を印加して下部電極3を-20Vとし、対向電極6を-500Vとすることができる。この場合、下部電極3から表面電極5に向かって電子が流れ、表面電極5から放出される。放出電子は、表面電極5の近傍の気体分子(又は気体原子)Xに衝突し(電子衝突)、X+を生成する。また、表面電極5と対向電極6との間の電界により、X+は対向電極6に向けて移動し、電子は表面電極5へと流れる。
【0035】
制御部7は、表面電極5と対向電極6との間の空間にマイナスイオンを生成するようにイオン生成装置30を制御することができる(マイナスイオンモード)。
制御部7は、マイナスイオンモードにおいて表面電極5の電位が下部電極3の電位よりも高くなるように表面電極5又は下部電極3に電圧を印加する。このことにより、下部電極3から表面電極5に向かって電子が流れ、表面電極5の電子放出領域から電子が放出される。マイナスイオンモードにおいて、下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧(素子駆動電圧)は、6V以上60V以下とすることができ、好ましくは10V以上20V以下とすることができる。下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧で電子が加速されるときに電子が得るエネルギーを金の仕事関数よりも大きくすることにより、表面電極5の電子放出領域から電子を放出させることができる。放出電子は、表面電極5の近傍の気体分子(又は気体原子)に付着し(電子付着現象(非解離性電子付着、解離性電子付着))、気体分子のマイナスイオン(又は気体原子のマイナスイオン)が生成される。
【0036】
制御部7は、マイナスイオンモードにおいて表面電極5の電位が対向電極6の電位よりも低くなるように表面電極5又は対向電極6に電圧を印加する。この電圧を印加することにより生じる電界により、表面電極5の近傍で生成したマイナスイオンが対向電極6に向けて移動する。このことにより、表面電極5と対向電極6との間の空間にマイナスイオンを生成することができる。また、マイナスイオンが他の気体成分にマイナスの電荷を渡し、他の気体成分のマイナスイオンも生成することができる。
なお、マイナスイオンモードでは、表面電極5の近傍においてプラスイオンが生成したとしても、電界により表面電極5に向けて移動するため、放出電子がプラスイオンに付着しプラスイオンが中性化すると考えられる。
【0037】
例えば、図2に示したように、表面電極5をグラウンドに接続して0Vとし、電源部12(制御部7)により下部電極3及び対向電極6に電圧を印加して下部電極3を-20Vとし、対向電極6を+500Vとすることができる。この場合、下部電極3から表面電極5に向かって電子が流れ、表面電極5から放出される。放出電子は、表面電極5の近傍の気体分子(又は気体原子)Xに付着し、X-を生成する。また、表面電極5と対向電極6との間の電界により、X-は対向電極6に向けて移動する。
【0038】
制御部7は、プラスイオンモードとマイナスイオンモードとを切り替えることができるように設けることができる。このことにより、1つの電子放出素子2を用いて、プラスイオンとマイナスイオンとを生成することができる。制御部7は、下部電極3、表面電極5、又は対向電極6に印加する電圧を変更することにより、プラスイオンモードとマイナスイオンモードとを切り替えることができる。
【0039】
第2実施形態
第2実施形態は、第1実施形態のイオン生成装置30が組み込まれたドリフトチューブ式イオン移動度分析装置に関する。第1実施形態で説明した制御部7は第2実施形態のイオン移動度分析装置を制御するための部分となる。また、イオン生成装置30がプラスイオンモードとなる場合イオン移動度分析装置もプラスイオンモードとなり、イオン生成装置30がマイナスイオンモードとなる場合イオン移動度分析装置もマイナスイオンモードとなる。また、イオン移動度分析装置は、プラスイオンモードとマイナスイオンモードとを切り替えることができるように設けることができる。
【0040】
図3はプラスイオンモードのイオン移動度分析装置の概略断面図であり、図4はマイナスイオンモードのイオン移動度分析装置の概略断面図である。
本実施形態のイオン移動度分析装置40は、イオン生成装置30と、イオン検出器8と、電界形成用電極10a~10h(10)とを備え、イオン検出器8及び制御部7は、イオン検出器8がイオンから電荷を受け取ることにより生じる電流を測定しIMSスペクトルを出力するように設けられる。また、イオン移動度分析装置40では、ゲート電極17が対向電極6となる。
【0041】
イオン移動度分析装置40は、イオンモビリティースペクトリメトリー(IMS)により試料ガスを分析する装置である。イオン移動度分析装置40は、キャリアガスと共に筐体20内に導入される試料ガスをイオン化するための反応室21(電子放出素子2とゲート電極17(対向電極6)との間)と、反応室21で生成されたイオン(プラスイオン又はマイナスイオン)をイオンコレクタ電極9(イオン検出器8)向けて移動させ分離するためのドリフト領域22(ゲート電極17とイオンコレクタ電極9との間)とを有する。ドリフト領域22は複数の環状の電界形成用電極10a~10hにより電位勾配(電場)が形成される領域であり、イオンはこの電位勾配によりゲート電極17からイオンコレクタ電極9に向けて移動する。
反応室21とドリフト領域22とは、ゲート電極17(格子電極)により仕切られる。また、反応室21のゲート電極17と逆の端には、表面電極5が反応室21側となるように電子放出素子2が配置される。このため、ゲート電極17は、電子放出素子2の対向電極6として機能する。また、ドリフト領域22のゲート電極17と逆の端には、イオンコレクタ電極9が配置される。
【0042】
試料ガスが試料入口からキャリアガスともに反応室21に入ると、試料ガスは、電子放出素子2とゲート電極17との間の反応室21を通り、電子放出素子2から放出された電子に起因する電荷によりイオン化される。キャリアガスとイオン化されていないガス等はドリフトガスとともに反応室21の側面に配置されている排気口を通って排気される。
また、イオンコレクタ電極9側のドリフトガス入口から、乾燥ガス等の不純物を取り除いたドリフトガスがイオン移動度分析装置40の筐体20内に導入され、ドリフト領域22をイオンコレクタ電極9側からゲート電極17側に向かって流れ、反応室21に流入しキャリアガスともに排気口から排気される。ドリフトガスは乾燥窒素、あるいは、乾燥剤を通した空気であることが好ましい。また、ドリフトガスの不純物を削減するために、ドリフトガスを導入前にフィルターを通すことが好ましい。
【0043】
電子放出素子2の構成については、第1実施形態で説明したため、ここでは省略する。
イオン生成装置30及びイオン移動度分析装置40がプラスイオンモードである場合、制御部7(電位制御回路13、電源部12)は、表面電極5の電位が下部電極3の電位及びゲート電極17の電位よりも高くなるように、下部電極3、表面電極5又はゲート電極17に電圧を印加する。このように電圧を印加すると、第1実施形態で説明したように、表面電極5の近傍で生成したプラスイオンX+がゲート電極17に向けて反応室21を移動する。また、図3に示したように、反応室21には、試料ガスYが供給されるため、放出電子により生成したプラスイオンX+から試料ガスYにプラスの電荷が移り、試料ガスがプラスイオン化する。そして、試料ガスのプラスイオンY+は、ゲート電極17(対向電極6)に向かって誘導される。
【0044】
イオン生成装置30及びイオン移動度分析装置40がマイナスイオンモードである場合、制御部7(電位制御回路13、電源部12)は、表面電極5の電位が下部電極3の電位よりも高くなり表面電極5の電位がゲート電極17の電位よりも低くなるように下部電極3、表面電極5又はゲート電極17に電圧を印加する。このように電圧を印加すると、第1実施形態で説明したように、表面電極5の近傍で生成したマイナスイオンX-がゲート電極17に向けて反応室21を移動する。また、図4に示したように、反応室21には、試料ガスが供給されるため、放出電子により生成したマイナスイオンX-から試料ガスYにマイナスの電荷が移り、試料ガスがマイナスイオン化する。そして、試料ガスのマイナスイオンY-は、ゲート電極17(対向電極6)に向かって誘導される。
【0045】
ゲート電極17は、反応室21とドリフト領域22とを仕切る電極であり、反応室21において生成したプラスイオン又はマイナスイオンのドリフト領域22への注入をイオンとゲート電極17との静電相互作用を利用して制御する電極である。また、ゲート電極17は、対向電極6(誘導電極)としても機能する。
ゲート電極17は、リング状電極であってもよく、グリッド電極であってもよく、リング状電極の開口にグリッド電極を設けた電極であってもよい。ゲート電極17は、好ましくはグリッド電極である。ゲート電極17は、ドリフト領域22に電位勾配(電場)を形成する複数の環状の電界形成用電極10a~10hと共に一列に並べて配置することができる。
【0046】
イオン生成装置30及びイオン移動度分析装置40がプラスイオンモードである場合、制御部7(電位制御回路13)は、ドリフト領域22の電位がイオンコレクタ電極9に近づくにつれ徐々に電位が低くなるように電界形成用電極10a~10hに電圧を印加する。この電圧印加により生じる電界により、ゲート電極17を通過したプラスイオンがドリフト領域22をイオンコレクタ電極9に向けて移動することができる。例えば、図3に示したように、イオンコレクタ電極9の電位を0Vとし、ゲート電極17の電位(オープン時)を+2500Vとし、表面電極5の電位を+3000Vとし、下部電極3の電位を+2980Vとすることができる。
【0047】
イオン生成装置30及びイオン移動度分析装置40がマイナスイオンモードである場合、制御部7(電位制御回路13)は、ドリフト領域22の電位がイオンコレクタ電極9に近づくにつれ徐々に電位が高くなるように電界形成用電極10a~10hに電圧を印加する。この電圧印加により生じる電界により、ゲート電極17を通過したマイナスイオンがドリフト領域22をイオンコレクタ電極9に向けて移動することができる。例えば、図4に示したように、イオンコレクタ電極9の電位を0Vとし、ゲート電極17の電位(オープン時)を-2500Vとし、表面電極5の電位を-3000Vとし、下部電極3の電位を-3020Vとすることができる。
【0048】
ゲート電極17は制御部7(電位制御回路13、電源部12)と電気的に接続することができ、制御部7は、ゲート電極17の電位を変化させてゲート電極17のオープン状態とクローズ状態とを切り替えることができるようにゲート電極17の電位を制御する。
【0049】
例えば、ゲート電極17の電位が低い場合、反応室21のマイナスイオンは、静電相互作用によりゲート電極17に近づくことができず(マイナスイオンにはゲート電極17から反発する向きの力が働く)、ゲート電極17を通過することはできない。また、ゲート電極17の電位が低い場合、反応室21のプラスイオンは、ゲート電極17に吸い寄せられるように移動し接触することで、プラスイオンの電荷がゲート電極17へと移動しプラスイオンが中性化する。このため、プラスイオンはゲート電極17を通過することはできない。このため、ゲート電極17はクローズ(低電位側クローズ)となる。
【0050】
例えば、ゲート電極17の電位が高い場合、反応室21のマイナスイオンは、ゲート電極17に吸い寄せられるように移動し接触することで、マイナスイオンの電荷がゲート電極17へと移動しマイナスイオンが中性化する。このため、マイナスイオンはゲート電極13を通過することができない。また、ゲート電極17の電位が高い場合、反応室21のプラスイオンは、静電相互作用によりゲート電極17に近づくことができず(プラスイオンにはゲート電極17から反発する向きの力が働く)、ゲート電極17を通過することはできない。このため、ゲート電極17はクローズ(高電位側クローズ)となる。
例えば、ゲート電極17の電位が低電位側クローズと高電位側クローズの中間である場合、反応室21のプラスイオン又はマイナスイオンはゲート電極17を通過することができ、ゲート電極17はオープンとなる。
【0051】
制御部7(電位制御回路13)を用いて、ゲート電極17が高電位側クローズ→オープン→低電位側クローズと瞬間的に変化するように、又はゲート電極17が低電位側クローズ→オープン→高電位側クローズと瞬間的に変化するように、ゲート電極17の電位を変化させると、ゲート電極17をごく短い時間だけオープンとすることができ、反応室21のマイナスイオン又はプラスイオンをこの短い時間にだけドリフト領域22に注入することができる。従って、反応室21のマイナスイオン又はプラスイオンを単発パルス状にドリフト領域22に注入することができる。
【0052】
ゲート電極17によりドリフト領域22に注入されたマイナスイオン又はプラスイオンは、電界形成用電極10a~10hにより形成される電位勾配によりドリフト領域22をイオンコレクタ電極9へと向かって移動し、イオンコレクタ電極9へ到達する。そして、マイナスイオン又はプラスイオンは、イオンコレクタ電極9に電荷を受け渡し中性化する。
また、イオン検出器8(検出回路15)及び制御部7は、イオンコレクタ電極9が電荷を受け取ることにより生じる電流を測定し、IMSスペクトルとして出力する。具体的には、ゲート電極17を瞬間的にオープンにしてからイオンがイオンコレクタ電極9に到達するまでのイオンの飛行時間を横軸に、信号強度(電流量、IMS強度)を縦軸にプロットすることによりイオン移動度スペクトル(IMSスペクトル)が得られる。
イオン移動度分析装置40がプラスイオンモードの場合、プラスイオンがイオンコレクタ電極9に到達し、プラスの電荷をイオンコレクタ電極9に渡す。また、イオン移動度分析装置40がマイナスイオンモードの場合、マイナスイオンがイオンコレクタ電極9に到達し、マイナスの電荷をイオンコレクタ電極9に渡す。このため、プラスイオンモードとマイナスイオンモードでは、検出回路15に流れる電流の向きが逆になる。このため、プラスイオンモードとマイナスイオンモードとを切り替える際、イオン検出器8(検出回路15)の正負極性を切り替える。
【0053】
ドリフト領域22においてイオンコレクタ電極9からゲート電極17に向かって流れるドリフトガスは、ゲート電極17からイオンコレクタ電極9へと向かって移動するプラスイオン又はマイナスイオンの抵抗となる。この抵抗の大きさ(イオンの移動度)はイオン種により異なる。一般的に移動度はイオンの衝突断面積に反比例するため、イオンの衝突断面積が大きいほどイオンがイオンコレクタ電極9に到達するためにかかる時間が長くなる。従って、ゲート電極17によりドリフト領域22に注入されてからイオンコレクタ電極9へと到達するまでの時間(移動時間、ピーク位置)がイオン種により異なる。このため、ゲート電極17からドリフト領域22に注入された複数種のイオンは、ドリフト領域22を移動する間に分離され、時間差でイオンコレクタ電極9へ到達する。
【0054】
IMSスペクトルのIMS強度(回収電流)はイオンコレクタ電極9に到達したイオン量に対応するため、IMSスペクトルには、各種イオンに対応するピークが現われる。そして、ピーク位置(移動時間)に基づき、イオンを特定することが可能になる。また、測定を繰り返すことにより、イオンの量の変化をモニタリングすることができる。また、IMSスペクトルに現れるピークのピーク強度(ピーク高さ)又はピーク面積がイオンの量に対応する。なお、IMSスペクトルには、キャリアガスである空気から生成したイオンのピークも現れる。
また、制御部7は、測定を繰り返すことにより得られる複数のIMSスペクトルを積算平均化して平均IMSスペクトルを算出してもよい(平均化処理)。このことにより、安定したIMSスペクトルを得ることができる。平均化するIMSスペクトルの数は特に限定されないが、好ましくは、10以上200以下である。
例えば、1回の測定に要する時間が0.1秒である場合、制御部7は、測定を64回繰り返して得られるIMSスペクトルを平均化して平均IMSスペクトルを算出することができる。この場合、平均化処理に要する時間は6.4秒間となる。
【0055】
試料ガスを反応室21に導入した後、プラスイオンモード及びマイナスイオンモードでそれぞれ測定することにより、1つの試料について、プラスイオンモードでのIMSスペクトルとマイナスイオンモードでのIMSスペクトルの両方を得ることができる。従って、プラスイオンモードとマイナスイオンモードを切り替えて両方のモードで分析を行うことにより、試料ガスの分析精度を向上させることができる。
【0056】
制御部7は、マイナスイオンモードとプラスイオンモードとを切り替える際、表面電極5の電位を極性が逆で絶対値が実質的に等しい電位に変更し、下部電極3の電位を極性が逆で絶対値が異なる電位に変更するように設けることができる。このことにより、イオンコレクタ電極9の電位を0Vに維持したままマイナスイオンモードとプラスイオンモードとを切り替えることができる。また、下部電極3の電位を極性が逆で絶対値が異なる電位に変更することにより、電子放出素子2から電子が放出されなくなることを抑制することができる。
また、制御部7は、マイナスイオンモードとプラスイオンモードとを切り替える際、下部電極3の電位が表面電極5の電位よりも低くなるように下部電極3の電位及び表面電極5の電位を変更することができる。従って、マイナスイオンモードにおける下部電極3の電位の絶対値は、プラスイオンモードにおける下部電極3の電位の絶対値よりも大きくなる。
例えば、マイナスイオンモードにおいて、下部電極3と表面電極5との間の電位差が15Vであり、表面電極5の電位が-3000Vである場合、下部電極3の電位は-3015Vとすることができる。例えば、プラスイオンモードにおける下部電極3と表面電極5との間の電位差が30Vであり、表面電極5の電位が+3000Vである場合、下部電極3の電位は+2970Vとすることができる。
【0057】
また、プラスイオンモードでは、空気のイオン化エネルギー以上のエネルギーを持った電子であれば空気イオンの種類は変わらない。そのため、プラスイオンが検出される20Vから素子が壊れる60Vまでであれば、素子駆動電圧を調整することで、感度と分解能を上げることができる。素子駆動電圧を上げることにより、プラスイオンの量が増加し、感度を上げることができる。一方、素子駆動電圧を下げることにより、ピーク幅が細くなり、分解能を上げることができる。
素子駆動電圧を調整する際、表面電極5の電位を変化させずに下部電極3の電位を変化させることができる。このことにより、表面電極5とゲート電極17(対向電極6)との間の電位差を維持することができる。
制御部7が測定を繰り返すことにより得られる複数のIMSスペクトルを積算平均化して平均IMSスペクトルを算出するように設けられている場合、制御部7は、平均IMSスペクトルの算出を終える毎にマイナスイオンモードとプラスイオンモードとを切り替えるように設けることができる。このことにより、試料ガスに含まれる成分から生成されるマイナスイオンとプラスイオンの両方を検出することが可能になる。
例えば、1回の測定に要する時間が0.1秒である場合、制御部7は、マイナスイオンモードでの測定を64回繰り返して得られるIMSスペクトルを平均化して平均IMSスペクトルを算出することができる。その後、制御部7は、測定モードをマイナスイオンモードからプラスイオンモードに切り替えて、プラスイオンモードでの測定を64回繰り返して得られるIMSスペクトルを平均化して平均IMSスペクトルを算出することができる。
【0058】
制御部7(電位制御回路13、電源部12)は、IMSスペクトルに現れる基準ピーク(例えば、空気イオンの主ピーク)が所定の高さ又は所定の面積となるように下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧を調節するように設けられてもよい。このことにより、IMSスペクトルのピーク面積又はピーク高さに基づき試料ガスを定量分析することが可能になる。
【0059】
制御部7(電位制御回路13、電源部12)は、プラスイオンモードにおけるIMSスペクトルに現れる第1基準ピーク(例えば、空気イオンの主ピーク)の高さ又は面積と、マイナスイオンモードにおけるIMSスペクトルに現れる第2基準ピーク(例えば、空気イオンの主ピーク)の高さ又は面積とが実質的に同じになるように下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧を調節するように設けられてもよい。このことにより、プラスイオンモードにおけるIMSスペクトルに現れるピークと、マイナスイオンモードにおけるIMSスペクトルに現れるピークとを用いて、定性分析や定量分析を行うことが可能になる。
また、第1実施形態のイオン生成装置についての記載は、矛盾がない限り第2実施形態のイオン移動度分析装置に含まれるイオン生成装置についても当てはまる。
【0060】
第3実施形態
第3実施形態は、第1実施形態のイオン生成装置30が組み込まれたフィールド非対称式イオン移動度分析装置(フィールド非対称方式IMS(FAIMS)で分析する分析装置)に関する。第1実施形態で説明した制御部7は第3実施形態のイオン移動度分析装置を制御するための部分となる。また、イオン生成装置30がプラスイオンモードとなる場合イオン移動度分析装置もプラスイオンモードとなり、イオン生成装置30がマイナスイオンモードとなる場合イオン移動度分析装置もマイナスイオンモードとなる。また、イオン移動度分析装置は、プラスイオンモードとマイナスイオンモードとを切り替えることができるように設けることができる。
【0061】
図5はプラスイオンモードのイオン移動度分析装置の概略断面図であり、図6はマイナスイオンモードのイオン移動度分析装置の概略断面図である。なお、プラスイオンモード及びマイナスイオンモードのイオン移動度分析装置は、図5のように、2つのイオンコレクタ電極9a、9bを有してもよく、図6のように、1つのイオンコレクタ電極9を有してもよい。
本実施形態のイオン移動度分析装置40は、イオン生成装置30と、イオン検出器8と、電界形成用電極10a、10bとを備え、イオン検出器8及び制御部7は、イオン検出器8がイオンから電荷を受け取ることにより生じる電流を測定しIMSスペクトルを出力するように設けられる。
【0062】
本実施形態のイオン移動度分析装置40では、反応室21において第1実施形態で説明したイオン生成器30を用いてキャリアガスに含まれる試料ガスをイオン化し、このイオンを平行平板電極間のフィールド非対称イオン移動部25(電界形成用電極10aと電界形成用電極10bとの間の領域)にキャリアガスと共に流通させる。そして、フィールド非対称イオン移動部25の下流側に配置したイオンコレクタ電極9a、9b、9(イオン検出器8)によりフィールド非対称イオン移動部25を移動してきたマイナスイオン又はプラスイオンを検出する。
【0063】
キャリアガスとしては清浄乾燥空気が好ましい。試料入口から導入された試料ガス及びキャリアガスは反応室21に入る。反応室21は、電子放出素子2の表面電極5と、対向電極6との間の領域である。電子放出素子2は、筐体20の内壁上に配置することができ、対向電極6は、電子放出素子2を配置した内壁に対向する内壁上に配置することができる。また、対向電極6は、電子放出素子2の表面電極5に対向するように配置される。電子放出素子2の構成については第1実施形態で説明したため、ここでは省略する。
【0064】
イオン生成装置30及びイオン移動度分析装置40がプラスイオンモードである場合、制御部7(電位制御回路13、電源部12)は、表面電極5の電位が下部電極3の電位及び対向電極6の電位よりも高くなるように、下部電極3、表面電極5又は対向電極6に電圧を印加する。このように電圧を印加すると、第1実施形態で説明したように、表面電極5の近傍で生成したプラスイオンX+が対向電極6に向けて反応室21を移動する。また、反応室21には、キャリアガスと共に試料ガスYが供給されるため、図5のように、放出電子により生成したプラスイオンX+から試料ガスYにプラスの電荷が移り、試料ガスがプラスイオン化する。そして、試料ガスのプラスイオンY+は、キャリアガスと共にフィールド非対称イオン移動部25へと流れていく。また、反応室21とフィールド非対称イオン移動部25との電位差を利用して試料ガスのプラスイオンY+をフィールド非対称イオン移動部25へと移動させてもよい。
【0065】
イオン生成装置30及びイオン移動度分析装置40がマイナスイオンモードである場合、制御部7(電位制御回路13、電源部12)は、表面電極5の電位が下部電極3の電位よりも高くなり表面電極5の電位が対向電極6の電位よりも低くなるように下部電極3、表面電極5又は対向電極6に電圧を印加する。このように電圧を印加すると、第1実施形態で説明したように、表面電極5の近傍で生成したマイナスイオンX-が対向電極6に向けて反応室21を移動する。また、反応室21には、試料ガスが供給されるため、図6のように、放出電子により生成したマイナスイオンX-から試料ガスYにマイナスの電荷が移り、試料ガスがマイナスイオン化する。そして、試料ガスのマイナスイオンY-は、キャリアガスと共にフィールド非対称イオン移動部25へと流れていく。また、反応室21とフィールド非対称イオン移動部25との電位差を利用して試料ガスのマイナスイオンY-をフィールド非対称イオン移動部25へと移動させてもよい。
【0066】
フィールド非対称イオン移動部25は、電界形成用電極10aと、電界形成用電極10bとの間の領域である。電界形成用電極10aは、筐体20の内壁上に配置することができ、電界形成用電極10bは、電界形成用電極10aを配置した内壁に対向する内壁上に配置することができる。また、電界形成用電極10bを、電界形成用電極10aに対向するように配置することができる。
【0067】
反応室21からフィールド非対称イオン移動部25へと移動した試料ガスのイオンは、電界形成用電極10a、10bに分散電圧(非対称の高周波電圧)を印加することにより生じる電場の変化によって揺れ動きながら進行方向が変化する。また、試料ガスのイオン移動度は、電界強度に依存してその値が変化する。FAIMSでのイオンの分離は高電場強度でのイオン移動度の変化に基礎を置いている。
【0068】
分散電圧は波形の1周期間での時間平均は0となるようにしている。また電圧は電極間で±数千V(±100~±2000V)くらいで、電界強度は±数万V/cm(±5000~±40000V/cmくらい)、周波数は数百KHzから数MHz(100kHz~3MHz)である。また、電界形成用電極10a、10bの間に分散電圧と共に補償電圧(CV)印加することにより、イオン移動度が変わり、進行する方向が変わる。したがって、補償電圧(CV)を時間によって走査することにより、イオンコレクタ電極9、9a、9bへと到達することができるイオン種が変化する(電界形成用電極10a、10bに到達したイオンは中性化する)。このため、イオン検出器8によりIMS強度(回収電流)を測定することによりIMSスペクトルを得ることができる。このように、イオンを分離し、検出することが可能となる。
【0069】
補償電圧(直流電圧)は、±100V程度の範囲であり、電界強度としては±2000V/cmの範囲である。電界形成用電極10aと電界形成用電極10bとの間隔は、数十μmから数mm(0.01~2mm)であり、電界形成用電極10a、10bの長さ(フィールド非対称イオン移動部25の長さ)は数百μmから数十mm(0.1~30mm)である。電界形成用電極10a、10bに到達したイオンは中性化される。中性化された物質は、キャリアガスとともに排気されるか、電界形成用電極10a、10b又はイオンコレクタ電極9に貯まる。この貯まった物質を除去するために、試料ガスの含まれないガス(清浄乾燥空気等)を試料入口やキャリアガス入り口から流すことにより取り除くことができる。また、流すガスは高温であると尚よい。
フィールド非対称イオン移動部25を通過することができたイオンは、イオン検出器8によりイオンが検出され、中性の物質やキャリアガスは排気口から排気される。
【0070】
マイナスイオンモードでは、電子放出素子2の下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧を10V~18Vとすることができ、対向電極6とイオン検出器8の極性が正に設定されており、マイナスイオン化されやすい物質を測定することができる。
プラスイオンモードでは、電子放出素子2の下部電極3と表面電極5との間に印加する電圧が18V~50Vとすることができ、対向電極6とイオン検出器8の極性が負に設定されており、プラスイオン化されやすい物質を測定することができる。
イオン移動度分析装置40は、マイナスイオンモードとプラスイオンモードを切り替えて両方のモードで同一の試料ガスを分析してもよい。このことにより、1つの試料ガスについて、マイナスイオンモードでのIMSスペクトルと、プラスイオンモードでのIMSスペクトルとの両方を得ることができ、分析精度を向上させることができる。
【0071】
図5に示したイオン移動度分析装置40のように、イオン検出器8がマイナスイオン検出用のイオンコレクタ電極9aと、プラスイオン検出用のイオンコレクタ電極9bとを有する場合、マイナスイオンモードとプラスイオンモードを切り替えた場合でもイオン検出器8の極性を反転させる必要はない。
図6に示したイオン移動度分析装置40のように、イオン検出器8が1つのイオンコレクタ電極9のみを有する場合、マイナスイオンモードとプラスイオンモードを切り替えると、イオン検出器8の極性を反転させる。このことにより、制御部7は、マイナスイオンモードでのIMSスペクトルと、プラスイオンモードでのIMSスペクトルとを出力することができる。このように、イオンコレクタ電極9を1つのみにすることによりイオン移動度分析装置を小型化することができる。
第1実施形態のイオン生成装置についての記載は、矛盾がない限り第3実施形態のイオン移動度分析装置に含まれるイオン生成装置についても当てはまる。また、第2実施形態についての記載は、矛盾がない限り第3実施形態についても当てはまる。
【0072】
プラスイオン検出実験
シリコーン樹脂3gとAgナノ微粒子0.039g(1.3%)とを超音波振動器を用いて攪拌し、塗布液を調製した。ガラス基板上のMAM(モリブデン、アルミニウム、モリブデン)電極(下部電極)上にこの塗布液をスピンコート法により塗布し、厚さ1.0μmの中間層を形成した。この中間層の上にスパッタリング法により厚さ20nmの金電極(表面電極)を形成した。このようにして作製した電子放出素子を図3、4に示したようなドリフトチューブ式イオン移動度分析装置に取り付け、イオンモビリティースペクトリメトリー(IMS)による分析をプラスイオンモードで行った。
【0073】
分析では、キャリアガスを加湿空気(湿度:44%)とし、ドリフトガスを乾燥空気とした。また、試料ガスを分析装置内に供給していない、つまり、キャリアガスのみを分析装置内に供給した。また、イオンコレクタ電極の電位を0Vとし、表面電極の電位を+3000Vとし、下部電極の電位を+2981V(素子駆動電圧:19V)、+2980V(素子駆動電圧:20V)又は+2972V(素子駆動電圧:28V)とした。なお、アパーチャグリッドの電位は+163Vであった。
【0074】
図7は、素子駆動電圧を28Vとした分析により得られたIMSスペクトルであり、図8は、素子駆動電圧を19V、20Vとした分析により得られたIMSスペクトルである。図7のIMSスペクトルのように、プラスイオンモードにおいてIMSスペクトルに、加湿空気から生成したプラスイオンのピークが現れることが確認された。また、図8のように、素子駆動電圧を19VとしたIMSスペクトルではピークが現れなかったが、素子駆動電圧を20VとするとIMSスペクトルにピークが出現した。従って、プラスイオンモードにおいてキャリアガスを加湿空気とした場合、下部電極と表面電極との間に20V以上の電圧を印加することにより、プラスイオンを発生させることができ分析できることが確認された。この電圧は、電子放出素子の構成(例えば、中間層の厚さ)などにより変わると考えられる。
また、プラスイオンモードにおいてキャリアガスを乾燥空気とした場合、IMSスペクトルのピークは素子駆動電圧28Vから出現した。
【0075】
次に、プラスイオンモードにおいてキャリアガスを乾燥空気とし素子駆動電圧を55V(下部電極の電位:+2945V)又は60V(下部電極の電位:+2940V)としてイオンモビリティースペクトリメトリー(IMS)による分析を行った。他の分析条件は上述の分析と同じである。
分析により得られたIMSスペクトルを図9に示す。素子駆動電圧を55VとしたIMSスペクトルでは加湿空気から生成したプラスイオンの大きいピークが現れたが、素子駆動電圧を60Vとすると、IMSスペクトルに現れるピークのIMS強度は急激に小さくなった。このピーク強度の低下は、電子放出素子が壊れたため生じたと考えられる。従って、この実験で作製した電子放出素子では、素子駆動電圧の上限は約60Vであった。ただし、この電圧は、電子放出素子の構成などにより変わると考えられる。
【0076】
マイナスイオン検出実験
プラスイオン検出実験で用いた分析装置をマイナスイオンモードにしてイオンモビリティースペクトリメトリー(IMS)による分析を行った。
分析では、キャリアガスを加湿空気(湿度:44%)とし、ドリフトガスを乾燥空気とした。また、試料ガスを分析装置内に供給していない、つまり、キャリアガスのみを分析装置内に供給した。また、イオンコレクタ電極の電位を0Vとし、表面電極の電位を-3000Vとし、下部電極の電位を-3009V(素子駆動電圧:9V)、-3010V(素子駆動電圧:10V)、-3010.5V(素子駆動電圧:10.5V)、-3011V(素子駆動電圧:11V)、-3011.2V(素子駆動電圧:11.2V)又は-3011.5V(素子駆動電圧:11.5V)、-3013V(素子駆動電圧:13V)、-3014.5V(素子駆動電圧:14.5V)、-3015V(素子駆動電圧:15V)、-3015.5V(素子駆動電圧:15.5V)、-3016V(素子駆動電圧:16V)、-3016.5V(素子駆動電圧:16.5V)、-3017V(素子駆動電圧:17V)、-3017.5V(素子駆動電圧:17.5V)、-3018V(素子駆動電圧:18V)とした。なお、アパーチャグリッドの電位は-163Vであった。
【0077】
図10は、素子駆動電圧を13Vとした分析により得られたIMSスペクトルであり、図11は、素子駆動電圧を9V~11.5Vとした分析により得られたIMSスペクトルである。図12は、素子駆動電圧を14.5V~18Vとした分析により得られたIMSスペクトルである。
図10のIMSスペクトルのように、マイナスイオンモードにおいてIMSスペクトルに、加湿空気から生成したマイナスイオンのピークが現れることが確認された。また、図11のように、素子駆動電圧を9Vとすると、IMSスペクトルにピークが出現し、このピークのIMS強度は、素子駆動電圧が大きくなると、徐々に大きくなった。従って、マイナスイオンモードにおいてキャリアガスを加湿空気とした場合、下部電極と表面電極との間に9V以上の電圧を印加することにより、マイナスイオンを発生させることができ分析できることが確認された。この電圧は、電子放出素子の構成(例えば、中間層の厚さ)などにより変わると考えられる。
また、図12のIMSスペクトルのように、約9.3ミリ秒の主ピークの他に約8.8ミリ秒にピークが現れ、素子駆動電圧が15V以上になるとこのピークが徐々に大きくなった。
【0078】
エタノール分析実験
プラスイオン検出実験で用いた分析装置をプラスイオンモードにして、エタノール(試料ガス)の分析を行った。
分析では、試料ガスを0.3ppmエタノールとし、キャリアガスを加湿空気(湿度:44%)とし、ドリフトガスを乾燥空気とした。また、イオンコレクタ電極の電位を0Vとし、表面電極の電位を+3000Vとし、下部電極の電位を+2962V(素子駆動電圧:38V)とした。得られたIMSスペクトルを図13に示す。
このIMSスペクトルにおいて、11.1ミリ秒のピークはエタノールのピークと考えられ、12.2ミリ秒のピークはエタノールのダイマーのピークと考えられる。10.6ミリ秒のピークは加湿空気のピークである。
このように、プラスイオンモードにおいて試料ガスを分析することができることが確認された。
【符号の説明】
【0079】
2:電子放出素子 3:下部電極 4:中間層 5:表面電極 6:対向電極 7:制御部 8:イオン検出器 9、9a、9b:イオンコレクタ電極 10、10a~10h:電界形成用電極 12:電源部 13:電位制御回路 15:検出回路 17:ゲート電極 18:アパーチャグリッド 20:筐体 21:反応室 22:ドリフト領域 30:イオン生成装置 40:イオン移動度分析装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13