(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】皮脂RNA情報のデータ均質化方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6806 20180101AFI20240605BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20240605BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20240605BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20240605BHJP
【FI】
C12Q1/6806 Z ZNA
C12Q1/686 Z
C12Q1/6851 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2022041811
(22)【出願日】2022-03-16
【審査請求日】2023-06-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長森 夏海
(72)【発明者】
【氏名】井上 高良
(72)【発明者】
【氏名】上原 裕也
(72)【発明者】
【氏名】大矢 直樹
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-523548(JP,A)
【文献】特表2011-523354(JP,A)
【文献】Genevieve BART et al.,Characterization of nucleic acids from extracellular vesicle-enriched human sweat,BMC Genomics,2021年,Vol. 22,Article number 425,DOI: 10.1186/s12864-021-07733-9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/68- 1/6897
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の被験者から採取された皮膚表上脂質を生体試料とし、そこから得られるRNA発現情報について解析を行うためのデータ均質化方法であって、
各生体試料に含まれるRNAを鋳型とし、ヒト18S rRNA遺伝子を標的として核酸増幅反応を行い、得られた該ヒト18S rRNA遺伝子の増幅産物の量を指標として該各生体試料に含まれるヒト由来RNA量を定量すること、及び
該定量されたヒト由来RNA量に基づいて、該解析に供するヒト由来RNA量を該各生体試料間で揃えること、
を含む方法。
【請求項2】
前記ヒト18S rRNA遺伝子を標的とする核酸増幅反応に、配列番号2の塩基配列からなるプライマー及び配列番号3の塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペア、配列番号4の塩基配列からなるプライマー及び配列番号5の塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペア、又は配列番号6の塩基配列からなるプライマー及び配列番号7の塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペアを用いる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ヒト18S rRNA遺伝子を標的とする核酸増幅反応に、配列番号4の塩基配列からなるプライマー及び配列番号5の塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペアを用いる、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記核酸増幅反応をRT-PCR法により行う、請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記核酸増幅反応を1ステップRT-PCR法により行う、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記ヒト由来RNA量の定量域が100ag/μL~100ng/μLである、請求項1~5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
前記解析に供するヒト由来RNA量を、10fg/μL~50pg/μLの濃度範囲に揃える、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト由来の皮膚表上脂質から得られるRNA発現情報について解析を行うためのデータ均質化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体試料中のDNAやRNA等の核酸の解析によりヒトの生体内の現在さらには将来の生理状態を調べる技術が開発されている。核酸を用いた解析は、網羅的な解析方法が確立されており一度の解析で豊富な情報を得られる、及び一塩基多型やRNA機能等に関する多くの研究報告に基づいて解析結果の機能的な紐付けが容易であるといった利点を有する。生体由来の核酸は、血液等の体液、分泌物、組織等から抽出することができるが、最近、皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)に含まれるRNAを生体の解析用の試料として用いること、SSLから表皮、汗腺、毛包及び皮脂腺のマーカー遺伝子が検出できることが報告されている(特許文献1)。
【0003】
細胞中に発現しているRNA配列を直接定量するRNAシーケンス(RNA-Seq)解析は、シグナル強度比を使うマイクロアレイでは定量が難しかった低発現遺伝子の検出を可能とし、高精度な発現プロファイルを取得できることから現在注目されている解析法である。遺伝子発現解析においては、試料中の特定のRNAの濃度及び/又は相対的もしくは絶対的な量が決定され、特定のRNAが定量化(定量)されるが、この場合には、精度が高く、2つ以上の個体に由来するRNA含有量の異なる試料におけるRNA発現データを良好に比較できる方法が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ヒトSSLから得られるRNA発現情報について解析する場合において、解析精度を向上するためのデータ均質化方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ヒトSSLに含まれるRNAを鋳型とし、ヒト18S rRNA遺伝子を標的としたRT-PCRにより得られた増幅産物の量を指標とすることで、皮膚常在菌由来の多量のRNAが混在するために従来直接定量が困難であったSSL中の微量なヒト由来RNA量を間接的に定量できること、また、斯くして定量されたヒト由来RNA量に基づき、所定量のヒト由来RNAを用いることで、SSLから得られるRNA発現情報を精度よく解析できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下に係るものである。
複数の被験者から採取された皮膚表上脂質を生体試料とし、そこから得られるRNA発現情報について解析を行うためのデータ均質化方法であって、
該各生体試料に含まれるRNAを鋳型とし、ヒト18S rRNA遺伝子を標的として核酸増幅反応を行い、得られた該ヒト18S rRNA遺伝子の増幅産物の量を指標として該各生体試料に含まれるヒト由来RNA量を定量すること、及び
該定量されたヒト由来RNA量に基づいて、該解析に供するヒト由来RNA量を該各生体試料間で揃えること、
を含む方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、複数のヒトSSL試料から得られるRNA発現情報を解析する場合に、SSLに含まれるヒト由来RNA量のばらつきに起因する試料依存的なRNA発現データのばらつきを低減することが可能となり、解析精度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】(A)SSL試料間で、ヒトRNA含有液量のみ揃えた場合(対照)のシーケンスデータのヒートマップ、(B)SSL試料間で、ヒトRNA含有液量と該液中のヒトRNA濃度を揃えた場合(濃度統一)のシーケンスデータのヒートマップ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0011】
本明細書において、「皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)」とは、皮膚の表上に存在する脂溶性画分をいい、皮脂と呼ばれることもある。一般に、SSLは、皮膚にある皮脂腺等の外分泌腺から分泌された分泌物を主に含み、皮膚表面を覆う薄い層の形で皮膚表上に存在している。
【0012】
本明細書において、「皮膚」とは、特に限定しない限り、角層、表皮、真皮、毛包、ならびに汗腺、皮脂腺及びその他の腺などの組織を含む領域の総称である。
【0013】
本明細書において、「ヒト18S rRNA遺伝子」とは、ヒトのリボソームの40Sサブユニットの構成成分である18S rRNAをコードする遺伝子である。好ましくは、ヒト18S rRNA遺伝子は、配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子である。以下、ヒト18S rRNA遺伝子を単に18S rRNA遺伝子と称することがある。
【0014】
本明細書において、「データの均質化」とは、SSLに含まれるヒト由来RNA量のばらつきに起因する試料依存的なRNA発現データのばらつきを低減又は抑制することをいう。
【0015】
一態様において、本発明は、複数の被験者から採取された皮膚表上脂質を生体試料とし、そこから得られるRNA発現情報について解析を行うためのデータ均質化方法を提供する。本発明の方法は、該各生体試料に含まれるRNAを鋳型とし、ヒト18S rRNA遺伝子を標的として核酸増幅反応を行い、得られた該ヒト18S rRNA遺伝子の増幅産物の量を指標として該各生体試料に含まれるヒト由来RNA量を定量すること、及び該定量されたヒト由来RNA量に基づいて、該解析に供するヒト由来RNA量を該各生体試料間で揃えること、を含む。
【0016】
本発明の方法における被験者は、ヒトであり、皮膚上にSSLを有する。例えば、該被験者は、自身の核酸の解析を必要とするか又は希望するヒトであり得る。あるいは、該被験者は、皮膚における遺伝子発現解析、又は該遺伝子発現解析を用いた皮膚もしくは皮膚以外の部位の現在さらには将来の生理状態の検出を必要とするか又は希望するヒトであり得る。
【0017】
被験者から採取された皮膚表上脂質(SSL)は、該被験者の皮膚細胞で発現したRNAを含み、好ましくは該被験者の表皮、皮脂腺、毛包、汗腺、及び真皮のいずれかで発現したRNAを含み、より好ましくは該被験者の表皮、皮脂腺、毛包、及び汗腺のいずれかで発現したRNAを含む(特許文献1参照)。したがって、本発明の方法において、SSLに含まれるRNAは、好ましくは被験者の表皮、皮脂腺、毛包、汗腺及び真皮から選択される少なくとも1部位由来のRNAであり、より好ましくは表皮、皮脂腺、毛包及び汗腺から選択される少なくとも1部位由来のRNAであり、さらに好ましくは、表皮、皮脂腺、毛包及び汗腺から選択される少なくとも2部位由来のRNAであり、よりさらに好ましくは、表皮、皮脂腺、毛包及び汗腺から選択される少なくとも3部位由来のRNAである。
【0018】
本発明の方法において、SSLに含まれるRNAは、mRNA、tRNA、rRNA、small RNA(例えば、microRNA(miRNA)、small interfering RNA(siRNA)、Piwi-interacting RNA(piRNA)等)、long intergenic non-coding(linc)RNA、などを含み得る。本発明の方法におけるSSLには、rRNAを必須とし、それ以外の上記に挙げたRNAの1種又は2種以上が含まれる。
【0019】
被験者の皮膚からのSSLの採取には、皮膚からのSSLの回収又は除去に用いられているあらゆる手段を採用することができる。好ましくは、後述するSSL吸収性素材、SSL接着性素材、又は皮膚からSSLをこすり落とす器具を使用することができる。SSL吸収性素材又はSSL接着性素材としては、SSLに親和性を有する素材であれば特に限定されず、例えばポリプロピレン、パルプ等が挙げられる。皮膚からのSSLの採取手順のより詳細な例としては、あぶら取り紙、あぶら取りフィルム等のシート状素材へSSLを吸収させる方法、ガラス板、テープ等へSSLを接着させる方法、スパーテル、スクレイパー等によりSSLをこすり落として回収する方法、などが挙げられる。SSLの吸着性を向上させるため、脂溶性の高い溶媒を予め含ませたSSL吸収性素材を用いてもよい。一方、SSL吸収性素材が水溶性の高い溶媒や水分を含んでいると、SSLの吸着が阻害されるため好ましくない。SSL吸収性素材は、乾燥した状態で用いることが好ましい。SSLが採取される皮膚の部位としては、特に限定されず、頭、顔、首、体幹、手足等の身体の任意の部位の皮膚が挙げられ、皮脂の分泌が多い部位、例えば顔の皮膚が好ましい。
【0020】
被験者から採取されたSSLは、直ちに後述のRNA抽出工程に用いられてもよく、又は、一定期間保存されてもよい。採取されたSSLは、含有するRNAの分解を極力抑えるために、採取後できるだけ速やかに低温条件で保存することが好ましい。本発明における該RNA含有SSLの保存の温度条件は、0℃以下であればよく、好ましくは-20±20℃~-80±20℃、より好ましくは-20±10℃~-80±10℃、さらに好ましくは-20±20℃~-40±20℃、さらに好ましくは-20±10℃~-40±10℃、さらに好ましくは-20±10℃、さらに好ましくは-20±5℃である。該RNA含有SSLの該低温条件での保存の期間は、特に限定されないが、好ましくは12ヶ月以下、例えば6時間以上12ヶ月以下、より好ましくは6ヶ月以下、例えば1日間以上6ヶ月以下、さらに好ましくは3ヶ月以下、例えば3日間以上3ヶ月以下である。
【0021】
本発明の方法においては、SSLに含まれるRNAを鋳型として、18S rRNA遺伝子を標的とした核酸増幅反応が行われる。好ましくは、SSLから抽出したRNAを逆転写によりcDNAに変換した後、該cDNAを用いて18S rRNA遺伝子が増幅される。
【0022】
SSLからのRNAの抽出には、生体試料からのRNAの抽出又は精製に通常使用される方法、例えば、フェノール/クロロホルム法、AGPC(acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction)法、又はTRIzol(登録商標)、RNeasy(登録商標)、QIAzol(登録商標)等のカラムを用いた方法、シリカをコーティングした特殊な磁性体粒子を用いる方法、Solid Phase Reversible Immobilization磁性体粒子を用いる方法、ISOGEN等の市販のRNA抽出試薬による抽出等を用いることができる。
【0023】
逆転写には、ランダムプライマーを用いてもよいが、逆転写反応と続く遺伝子の増幅反応を1つのチューブ内で連続的に行うことができる観点から、18S rRNA遺伝子を標的としたプライマーを用いることが好ましい。該逆転写には、一般的な逆転写酵素又は逆転写試薬キットを使用することができる。好適には、正確性及び効率性の高い逆転写酵素又は逆転写試薬キットが用いられ、その例としては、M-MLV Reverse Transcriptase及びその改変体、あるいは市販の逆転写酵素又は逆転写試薬キット、例えばPrimeScript(登録商標)Reverse Transcriptaseシリーズ(タカラバイオ社)、SuperScript(登録商標)Reverse Transcriptaseシリーズ(Thermo Fisher Scientific K.K.)等が挙げられる。SuperScript(登録商標)III Reverse Transcriptase、SuperScript(登録商標)VILO cDNA Synthesis kit(いずれもThermo Fisher Scientific K.K.)等が好ましく用いられる。
該逆転写における伸長反応は、温度を好ましくは41~50℃、より好ましくは42.5~49℃、さらに好ましくは42~48℃に調整し、一方、反応時間を好ましくは30分以上、より好ましくは60分以上、また、好ましくは120分以下に調整するのが好ましい。
【0024】
逆転写で得られたcDNAを鋳型とした18S rRNA遺伝子の増幅は、当該分野で通常用いられるPCRの手順に従って実施することができる。PCRの手法としては、conventional PCR、リアルタイムPCR(定量PCR(quantitative PCR;qPCR)ともいう)、デジタルPCR等が挙げられる。
増幅産物の検出には、増幅産物を特異的に認識することができる公知の手段を用いることができる。
本発明においては、PCRの手法として、PCRの増幅産物量をリアルタイムでモニターし解析するリアルタイムPCRを用いるのが、迅速性、簡便性及び定量性の点から好ましい。リアルタイムPCRにおける増幅産物の検出法としては、当該分野で通常用いられる方法、例えば、インターカレーター法、TaqMan(登録商標)プローブ法等が挙げられる。
【0025】
インターカレーター法は、二本鎖DNAに入り込むことで蛍光を発する物質(インターカレーター、例えば、SYBR(登録商標) GreenI等)をPCR反応系に共存させ、増幅産物の生成に伴って増加する蛍光を検出することで増幅産物量をモニターする方法である。
【0026】
TaqManプローブ法は、5’末端を蛍光物質(FAM等)で、3’末端をクエンチャー物質(TAMRA等)で修飾した標的配列特異的なオリゴヌクレオチド(TaqManプローブ)をPCR反応系に共存させる方法である。該方法では、TaqManプローブがPCR反応のアニーリングステップで鋳型DNAに特異的にハイブリダイズするが、この状態では、プローブ上にクエンチャー物質が存在するため、励起光を照射しても蛍光の発生は抑制される。次いで、伸長反応ステップのときに、Taq DNAポリメラーゼのもつ5’→3’エキソヌクレアーゼ活性により、鋳型にハイブリダイズしたTaqManプローブが分解されると、蛍光物質がプローブから遊離し、クエンチャー物質による抑制が解除されて蛍光を発する。該蛍光を検出することで増幅産物量をモニターすることができる。
【0027】
PCRの条件は、特に限定されず、PCR毎に最適条件を定めればよいが、例えば、以下の条件が挙げられる。
1)2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:温度は好ましくは94~99℃で、時間は3~60秒間である。
2)アニーリング:温度は、通常50℃以上、好ましくは52℃以上、より好ましくは55℃以上であり、通常65℃以下、好ましくは63℃以下、より好ましくは60℃以下である。また、通常50~65℃、好ましくは52~63℃、より好ましくは55~60℃である。時間は、通常5秒以上、好ましくは10秒以上であり、通常2分以下、好ましくは1分以下である。また、通常5秒~2分、好ましくは10秒~1分である。
3)DNA伸長反応:温度は、通常65℃以上、好ましくは68℃以上であり、通常74℃以下、好ましくは72℃以下である。また、通常65~74℃程度、好ましくは68~72℃である。時間は、通常5秒以上、好ましくは10秒以上であり、通常2分以下、好ましくは1分以下である。また、通常5秒~2分、好ましくは10秒~1分である。
上記1)~3)の反応を1サイクルとして、これを通常30サイクル以上、好ましくは35サイクル以上、また、通常50サイクル以下、好ましくは45サイクル以下で行えばよい。
ここで、アニーリングとDNA伸長反応は分けずに同時に行うことも可能であり、この場合のPCR条件としては、例えば、以下の条件が挙げられる。
1)2本鎖DNAの1本鎖DNAへの熱変性:温度は好ましくは94~99℃で、時間は3~60秒間である。
2)アニーリング及びDNA伸長反応:温度は、通常50℃以上、好ましくは52℃以上、より好ましくは55℃以上であり、通常65℃以下、好ましくは63℃以下、より好ましくは60℃以下である。また、通常50~65℃、好ましくは52~63℃、より好ましくは55~60℃である。時間は、通常5秒以上、好ましくは10秒以上であり、通常2分以下、好ましくは1分以下である。また、通常5秒~2分、好ましくは10秒~1分である。
上記1)~2)の反応を1サイクルとして、これを通常30サイクル以上、好ましくは35サイクル以上、また、通常50サイクル以下、好ましくは45サイクル以下で行えばよい。
【0028】
上記のような温度及び時間での逆転写及びPCRは、一般的にPCRに使用されるサーマルサイクラー又はサーマルサイクラーと分光蛍光光度計を一体化したリアルタイムPCR専用の装置を用いて行うことができる。
【0029】
PCRの増幅産物の鎖長は、PCRの増幅時間の短縮等の要素を勘案して適宜選択することができる。例えば、PCR増幅産物の鎖長は、1000bp以下が好ましく、700bp以下がより好ましく、500bp以下がさらに好ましい。一方、PCR増幅産物の鎖長は、PCRにおける非特異的ハイブリダイズを避けられる15塩基付近のプライマーを使用する場合のPCR増幅産物の鎖長である30~40bpが下限となり、50bp以上が好ましく、90bp以上がより好ましい。また、PCR増幅産物の鎖長は、30~1000bpが好ましく、50~700bpがより好ましく、90~500bpがさらに好ましい。
【0030】
上記の測定に用いられるプライマー又はプローブ、すなわち、18S rRNA遺伝子を特異的に認識し増幅するためのプライマー、又は該18S rRNA遺伝子を特異的に検出するためのプローブがこれに該当するが、これらは、該18S rRNA遺伝子を構成する塩基配列に基づいて設計することができる。ここで「特異的に認識する」とは、例えばRT-PCR法において、実質的に18S rRNA遺伝子のみが増幅される如く、該検出物又は生成物が該遺伝子又はそれに由来する核酸であると判断できることを意味する。
具体的には、18S rRNA遺伝子を構成する塩基配列からなるDNA又はその相補鎖に相補的な一定数のヌクレオチドを含むオリゴヌクレオチドを利用することができる。ここで「相補鎖」とは、A:T(RNAの場合はU)、G:Cの塩基対からなる2本鎖DNAの一方の鎖に対する他方の鎖を指す。また、「相補的」とは、当該一定数の連続したヌクレオチド領域で完全に相補配列である場合に限られず、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の塩基配列上の同一性を有すればよい。塩基配列の同一性は、BLAST等のアルゴリズムにより決定することができる。
斯かるオリゴヌクレオチドは、プライマーとして用いる場合には、特異的なアニーリング及び鎖伸長ができればよく、通常、例えば10塩基以上、好ましくは15塩基以上、より好ましくは20塩基以上、かつ例えば100塩基以下、好ましくは50塩基以下、より好ましくは35塩基以下の鎖長を有するものが挙げられる。また、プローブとして用いる場合には、特異的なハイブリダイゼーションができればよく、18S rRNA遺伝子を構成する塩基配列からなるDNA(又はその相補鎖)の少なくとも一部若しくは全部の配列を有し、例えば10塩基以上、好ましくは15塩基以上、かつ例えば100塩基以下、好ましくは50塩基以下、より好ましくは25塩基以下の鎖長のものが用いられる。
なお、ここで、「オリゴヌクレオチド」は、DNAあるいはRNAであることができ、合成されたものでも天然のものでもよい。また、ハイブリダイゼーションに用いるプローブは、通常標識したものが用いられる。
一例において、斯かるプライマーは、配列番号2~7のいずれかに示される塩基配列からなるプライマーであり得る。配列番号2に示される塩基配列からなるプライマー及び配列番号3に示される塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペア、配列番号4に示される塩基配列からなるプライマー及び配列番号5に示される塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペア、又は配列番号6に示される塩基配列からなるプライマー及び配列番号7に示される塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペアを用いて18S rRNA遺伝子を増幅することが好ましく、配列番号4に示される塩基配列からなるプライマー及び配列番号5に示される塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペアを用いて18S rRNA遺伝子を増幅することがより好ましい。
別の一例において、18S rRNA遺伝子の増幅は、配列番号1に示される配列に含まれる部分配列であって、好ましく配列番号8~10のいずれかに示される18S rRNA遺伝子の部分配列の増幅であることが好ましく、配列番号9に示される18S rRNA遺伝子の部分配列の増幅であることがより好ましい。
【0031】
本発明の方法において、逆転写によるcDNA合成(RT)及びPCRは、1ステップで行ってもよく、2ステップで行ってもよい。このうち、単一チューブ内でRT及びPCRの一連の反応を連続的に行うことができ、簡便性に優れ、RTとPCRの操作間のコンタミネーションを防止することができる1ステップRT-PCRが好ましい。1ステップRT-PCRには、市販のキットを使用することができ、該キットとしては、Power SYBR Green RNA-to-CT 1-Step Kit(Thermo Fisher Scientific K.K.)、PrimeScript(登録商標)One Step RT-PCR Kit Ver.2(タカラバイオ社)等が挙げられる。
【0032】
本発明の方法においては、SSLに含まれるRNAを鋳型とし、18S rRNA遺伝子を標的として核酸増幅反応を行い、得られた18S rRNA遺伝子の増幅産物の量を指標として、SSLに含まれるヒト由来RNA量を定量する。ここで、SSLに含まれるヒト由来RNA量とは、SSL中のヒト由来RNAの濃度、又はSSL中のヒト由来RNAの相対的若しくは絶対的な含有量をいう。SSLに含まれるヒト由来RNA量は、例えば、当該分野で通常用いられる絶対定量法に従って算出することができる。
絶対定量法では、ヒト由来RNAの濃度が既知のスタンダードサンプルから調製した希釈系列を鋳型とし、18S rRNA遺伝子を標的として核酸増幅反応を行い、Ct値を求める。ここで、Ct値とは、PCRの増幅産物量が一定量に達するときのサイクル数(threshold cycle)を意味する。PCRでは、理論的に1サイクルごとに増幅産物が2倍ずつ増えるため、スタンダードサンプルのヒト由来RNA濃度と決定したCt値をプロットすると、両者は直線で表される関係となり、これを検量線として用いることができる。次いで、SSLサンプルについても、同条件下で18S rRNA遺伝子を標的として核酸増幅反応を行い、Ct値を求める。このCt値と検量線から、SSLサンプルに含まれるヒト由来RNAの濃度を算出することができる。また、サンプルのヒト由来RNA濃度にサンプルの体積を乗算することで、該サンプルのヒト由来RNA含有量を算出することができる。該スタンダードサンプルには、商業的に入手可能なヒト由来細胞の濃度既知のトータルRNA溶液を用いればよく、斯かるヒト由来細胞としては、例えば、正常ヒト表皮角化細胞(NHEK)、ヒト子宮頸癌由来細胞(HeLa)などが挙げられ、これらヒト由来細胞のトータルRNA溶液が市販されている。該スタンダードサンプルの希釈系列の濃度範囲は、100ag/μL以上が好ましく、1fg/μL以上がより好ましく、一方、100ng/μL以下が好ましく、10ng/μL以下がより好ましい。また、該濃度範囲は、100ag/μL~100ng/μLが好ましく、1fg/μL~10ng/μLがより好ましい。該濃度範囲の中で、3~10段階程度の希釈系列を適宜調製すればよい。
【0033】
本発明の方法においては、斯くして定量された複数の被検者から採取されたSSL中のヒト由来RNA量に基づいて、RNA発現情報の解析に供するヒト由来RNA量を、該被験者間で揃えるために所定量に調整する。ここで、所定量に調整するとは、解析に供するヒト由来RNA溶液の濃度を予め設定された濃度範囲に調節することをいい、具体的は、10fg/μL~50pg/μLが好ましく、50fg/μL~20pg/μLがより好ましく、0.1pg/μL~10pg/μLがさらに好ましい。
【0034】
SSLから得られるRNA発現情報の解析手法は特に限定されないが、例えば、解析に供されたRNAを逆転写によりcDNAに変換した後、該cDNA又はその増幅産物を測定することにより取得することができる。発現レベルを測定する手段としては、DNAチップ、DNAマイクロアレイ、RNA-Seq等が挙げられ、好ましくはRNA-Seqである。RNAの発現量は、マイクロアレイ解析を用いる場合にはシグナル強度比によって定量され、RNA-seq解析ではゲノムにマッピングされたシーケンスリードの数(リードカウント値)により定量される。
【0035】
本発明の方法によれば、ヒト18S rRNA遺伝子の発現量を指標としてSSLに含まれるヒト由来RNA量を間接的に定量でき、所定量のヒト由来RNAを用いることで、SSLに含まれるヒト由来RNA量のばらつきに起因する試料依存的なRNA発現データのばらつきを低減してデータを均質化し、SSLから得られるRNA発現情報を精度よく解析できる。例えば、複数のSSLについてRNA発現情報をRNA-seqにより解析する場合、シーケンスに用いるcDNAライブラリー濃度、シーケンスデータの遺伝子検出率、及びマッピングされたリード数のサンプル間のばらつき、並びにシーケンスデータ分布のばらつきを低減してデータを均質化でき、サンプル間の相関係数の向上や解析対象遺伝子数の増加が可能となる。
【0036】
本発明の例示的実施形態として、以下の物質、製造方法、用途、方法等をさらに本明細書に開示する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0037】
〔1〕複数の被験者から採取された皮膚表上脂質を生体試料とし、そこから得られるRNA発現情報について解析を行うためのデータ均質化方法であって、
該各生体試料に含まれるRNAを鋳型とし、ヒト18S rRNA遺伝子を標的として核酸増幅反応を行い、得られた該ヒト18S rRNA遺伝子の増幅産物の量を指標として該各生体試料に含まれるヒト由来RNA量を定量すること、及び
該定量されたヒト由来RNA量に基づいて、該解析に供するヒト由来RNA量を該各生体試料間で揃えること、
を含む方法。
〔2〕前記ヒト18S rRNA遺伝子を標的とする核酸増幅反応に、配列番号2の塩基配列からなるプライマー及び配列番号3の塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペア、配列番号4の塩基配列からなるプライマー及び配列番号5の塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペア、又は配列番号6の塩基配列からなるプライマー及び配列番号7の塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペアを用いる、〔1〕記載の方法。
〔3〕前記ヒト18S rRNA遺伝子を標的とする核酸増幅反応に、配列番号4の塩基配列からなるプライマー及び配列番号5の塩基配列からなるプライマーからなるプライマーペアを用いる、〔1〕又は〔2〕記載の方法。
〔4〕前記ヒト18S rRNA遺伝子を標的とする核酸増幅反応は、配列番号8~10のいずれかに示される18S rRNA遺伝子の部分配列の増幅反応である、〔1〕記載の方法。
〔5〕前記ヒト18S rRNA遺伝子を標的とする核酸増幅反応は、配列番号9に示される18S rRNA遺伝子の部分配列の増幅反応である、〔1〕又は〔4〕記載の方法。
〔6〕前記核酸増幅反応を好ましくはRT-PCR法、より好ましくはリアルタイムRT-PCR法により行う、〔1〕~〔5〕のいずれか1項記載の方法。
〔7〕前記核酸増幅反応を1ステップRT-PCR法、より好ましくはリアルタイム1ステップRT-PCR法により行う、〔1〕~〔6〕のいずれか1項記載の方法。
〔8〕前記ヒト由来RNA量の定量域が好ましくは100ag/μL~100ng/μLであり、より好ましくは1fg/μL~10ng/μLである、〔1〕~〔7〕のいずれか1項記載の方法。
〔9〕前記解析に供するヒト由来RNA量を、好ましくは10fg/μL~50pg/μL、より好ましくは50fg/μL~20pg/μL、さらに好ましくは0.1pg/μL~10pg/μLの濃度範囲に揃える、〔1〕~〔8〕のいずれか1項記載の方法。
〔10〕ヒト由来RNA量が既知の標準試料を鋳型とし、ヒト18S rRNA遺伝子を標的として核酸増幅反応を行い、得られた該ヒト18S rRNA遺伝子の増幅産物の量に基づいて検量線を作成することをさらに含む、〔1〕~〔9〕のいずれか1項記載の方法。
〔11〕前記生体試料について得られた該ヒト18S rRNA遺伝子の増幅産物の量と前記検量線から該生体試料に含まれるヒト由来RNA量を定量する、〔10〕記載の方法。
〔12〕前記解析をRNA-Seqにより行う、〔1〕~〔11〕のいずれか1項記載の方法。
【実施例】
【0038】
以下、試験例、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
試験例1 SSLの採取、RNA抽出、及び網羅的遺伝子発現解析
1)被験者
健常女性18名(20~60歳代)を被験者とした。
【0040】
2)SSLの採取
あぶらとりフィルム(5.0cm×8.0cm、3M社)を用いて、被検者の顔全体から皮膚表上脂質(SSL)を採取した。皮脂のクロスコンタミネーションを防ぐ為、被検者ごとに採取者のラボグローブは交換した。皮脂を採取したあぶらとりフィルムはただちに1gのモレキュラーシーブスを含むRNase-free(乾熱処理済み)の20mLガラスバイアル瓶、或いは1gのモレキュラーシーブスを含む5mLチューブ(Eppendorf DNA LoBind 5mL,PCR clean)に入れ、ドライアイス上に静置し、その後-80℃にて保管した。
【0041】
3)RNA抽出及びシーケンシング
上記2)の皮脂を採取したあぶらとりフィルムを適当な大きさに切断し、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen)を用いて、付属のプロトコルに準じてRNAを抽出した。抽出されたRNAを元に、SuperScript VILO cDNA Synthesis kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて42℃、90分間逆転写を行いcDNAの合成を行った。逆転写反応のプライマーには、キットに付属しているランダムプライマーを使用した。得られたcDNA 5μLのうち、2.5μLを以下のシーケンス解析のために使用し、残りの2.5μLは、試験例2のリアルタイムPCRで定量するために用いた。
得られたcDNAから、マルチプレックスPCRにより20802遺伝子に由来するDNAを含むライブラリーを調製した。マルチプレックスPCRは、Ion AmpliSeqTranscriptome Human Gene Expression Kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて、[99℃、2分→(99℃、15秒→62℃、16分)×20サイクル→4℃、Hold]の条件で行った。得られたPCR産物は、Ampure XP(ベックマン・コールター株式会社)で精製した後に、バッファーの再構成、プライマー配列の消化、アダプターライゲーションと精製、増幅を行い、ライブラリーを調製した。
調製したライブラリーをIon 540 Chipにローディングし、Ion S5/XLシステム(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いてシーケンシングした。シーケンシングで得られた各リード配列をヒトゲノムのリファレンス配列であるhg19 AmpliSeq Transcriptome ERCC v1に対して遺伝子マッピングすることで、各リード配列の由来する遺伝子を決定した。
【0042】
試験例2 シーケンス解析による遺伝子発現量とリアルタイムPCR定量値に基くヒトRNA濃度の関連性検討
シーケンス解析により測定される遺伝子発現量とリアルタイムPCR法により測定される遺伝子発現量から導き出したヒトRNA濃度の関係を、以下により確認した。
シーケンス解析により測定される遺伝子発現量として、試験例1の3)で得たシーケンスデータの中から、一般的な内部標準遺伝子であるβアクチン(ACTB)の発現量を用いた(表1)。一方、ヒトRNA濃度は、ACTBを目的遺伝子とする絶対定量法によるリアルタイムPCRの定量値(Ct値)に基いて測定した。検量線を作成するためのターゲットテンプレートとして、濃度既知の正常ヒト表皮角化細胞(NHEK)RNA溶液(タカラバイオ社、100ng/μL)から希釈系列(10、1、0.1、0.01、0.001ng/μL)を作成し、試験例1の3)と同様にSuperScript VILO cDNA Synthesis kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて42℃、90分間逆転写を行いcDNAの合成を行った。逆転写反応のプライマーには、キットに付属しているランダムプライマーを使用した。SSLサンプルについては、試験例1の3)で得た逆転写産物をリアルタイムPCR測定のテンプレートとした。ヒトACTBのTaqman Probe(Hs01060665_g1、Thermo Fisher Scientific K.K.)を用いて、下記条件にてリアルタイムPCRを行い、NHEKサンプルとSSLサンプルそれぞれについて、目的遺伝子として選定したACTBのCt値を取得した(表2)。
(リアルタイムPCR条件)
1.試薬
TaqManTM Fast Universal PCR Master Mix(2×)(Thermo Fisher Scientific K.K.)
2.機器
7500 Fast Real-Time PCR System(Thermo Fisher Scientific K.K.)
3.反応系
プレート:MicroAmpTM Fast Optical 96-Well Reaction Plate,0.1mL(Thermo Fisher Scientific K.K.)
反応量:20μL(2×Fast Master Mix:10μL、20×Taqman probe:1μL、H2O:4μL、10倍希釈したSSLあるいはNHEKの逆転写産物:5μL)
サーマルサイクル:[95℃、20秒→(95℃、3秒→60℃、1分)×40サイクル]
得られたCt値からSSLサンプルのヒトRNA濃度を算出し、リアルタイムPCR定量データとした(表3)。リアルタイムPCR定量データとシーケンスデータ(Read count)間のデータ相関性を確認した結果、正の相関が確認された(Pearsonの相関係数:0.764)。この結果からサンプルのRNA濃度が、該RNAのシーケンス解析から得られる遺伝子発現量に反映されることが明らかになった。また、いくつかのSSLサンプルは検出限界に近いCt値を示したことから、目的遺伝子にはより高発現の遺伝子を選択する必要性が示された。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
試験例3 検量線作成に用いる目的遺伝子の選抜
SSLサンプルのヒトRNA濃度の定量に最適な目的遺伝子を選抜するために、18S rRNA遺伝子と一般的な内部標準遺伝子(ACTB、GAPDH、RPLP0)の発現量をリアルタイムPCR定量により、絶対定量法で定量し、Ct値を比較した。本試験例で使用したプライマーの配列を表4に示す。表4の参考文献の欄は、斯かる配列が記載されている文献を示し、文献1は、Proc Natl Acad Sci USA., vol.106, No.9, 3384-3389 (2009)であり、文献2は、http://www.bio-rad.com/webroot/web/pdf/lsr/literature/Bulletin_2804.pdfであり、文献3は、Virol J., vol.9, No.230 (2012)である。
ターゲットテンプレートには、NHEKのRNA溶液から、希釈系列(10、1、0.1、0.01、0.001ng/μL)を作成し(NHEKのRNA溶液)、RT-PCR反応は、逆転写反応とPCR反応を一つのチューブ内で連続して行う1ステップRT-PCR法で行った。
(RT-PCR条件)
1.試薬
Power SYBR Green RNA-to-CT 1-Step Kit(Thermo Fisher Scientific K.K.)
2.機器
7500 Fast Real-Time PCR System(Thermo Fisher Scientific K.K.)
3.反応系
プレート:MicroAmpTM Fast Optical 96-Well Reaction Plate,0.1mL(Thermo Fisher Scientific K.K.)
反応量:10μL(Fwd_Primer(100μM):0.1μL、Rev_Primer(100μM):0.1μL、RT Enzyme Mix(125×):0.08μL、RT-PCR Mix(2×):5.0μL、H2O:3.72μL、NHEKのRNA溶液:1μL)
サーマルサイクル:[48℃、30分→95℃、10分→(95℃、15秒→60℃、1分)×40サイクル]
【0047】
【0048】
各目的遺伝子のCt値を表5に示す。一般的な内部標準遺伝子であるACTB、GAPDH、RPLP0と比較して、18S rRNAは、いずれのプライマーペアを用いた場合でも、より低いCt値であった。これは、18S rRNAの発現量が高く、検量線作成の目的遺伝子として選択すれば、検量線の濃度範囲をより低い範囲まで設定可能であることを意味する。従って、非常に微量なSSL中のヒトRNA濃度を間接的に定量する場合、18S rRNAは検量線作成により適した目的遺伝子である。
【0049】
【0050】
実施例1 SSL中のヒトRNA濃度定量値に基いた、RNA発現情報解析
1)被験者
健常女性30名(20~60歳代)を被験者とした。
【0051】
2)SSLの採取
あぶらとりフィルム(5.0cm×8.0cm、3M社)を用いて、被検者の顔全体から皮膚表上脂質(SSL)を採取した。皮脂のクロスコンタミネーションを防ぐ為、被検者ごとに採取者のラボグローブは交換した。皮脂を採取したあぶらとりフィルムはただちに1gのモレキュラーシーブスを含むRNase-free(乾熱処理済み)の20mLガラスバイアル瓶、或いは1gのモレキュラーシーブスを含む5mLチューブ(Eppendorf DNA LoBind 5mL、PCR clean)に入れ、ドライアイス上に静置し、その後-80℃にて保管した。
【0052】
3)RNA抽出
上記2)の皮脂を採取したあぶらとりフィルムを適当な大きさに切断し、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen)を用いて、付属のプロトコルに準じてRNAを抽出し、RNAを含む水性溶液を調製した。
【0053】
4)SSL中のヒトRNA濃度の算出
SSL中のヒトRNA濃度を算出するため、18S rRNAを目的遺伝子とするリアルタイムPCR(1ステップRT-PCR)を行った。プライマーとして、上記表4に示す18S rRNA遺伝子を標的とする18S_02_for(Fwd_Primer)(配列番号4)及び18S_02_rev(Rev_Primer)(配列番号5)を使用した。検量線作成用のターゲットテンプレートには、濃度既知のヒト子宮頸癌由来(HeLa)細胞RNA(タカラバイオ社、1μg/μL)から希釈系列(10、1、0.1、0.01、0.001、0.0001、0.00001、0.000001ng/μL)を作成して用いた(HeLaのRNA溶液)。ヒトRNA濃度を算出するターゲットテンプレートには、上記3)で調製したRNAを含む水性溶液30名分を用いた(SSL由来RNA水性溶液)。
(RT-PCR条件)
1.試薬
Power SYBR Green RNA-to-CT 1-Step Kit(Thermo Fisher Scientific K.K.)
2.機器
QuantStudio 12K Flex Real-Time PCR System(Thermo Fisher Scientific K.K.)
3.反応系
プレート:MicroAmpTM Fast Optical 96-Well Reaction Plate,0.1mL(Thermo Fisher Scientific K.K.)
反応量:10μL(Fwd_Primer(100μM):0.1μL、Rev_Primer(100μM):0.1μL、RT Enzyme Mix(125×):0.08μL、RT-PCR Mix(2×):5.0μL、H2O:3.72μL、SSL由来RNA水性溶液又はHeLaのRNA溶液:1μL)
サーマルサイクル:[48℃、30分→95℃、10分→(95℃、15秒→60℃、1分)×40サイクル]
【0054】
HeLaのRNA溶液とSSL由来RNA水性溶液のそれぞれについて取得した、目的遺伝子である18S rRNA遺伝子のCt値を表6に示す。HeLaのRNA溶液のCt値から作成した検量線に基いて算出したSSL由来RNA水性溶液中のヒトRNA濃度を表7に示す。
【0055】
【0056】
【0057】
5)SSL由来RNA水性溶液のヒトRNA濃度の統一
上記4)で得たヒトRNA濃度をもとに、各SSL由来RNA水性溶液のヒトRNA濃度を次のように調整した。ヒトRNA濃度が5pg/μL以上のものは希釈して5pg/μLになるように調整した。ヒトRNA濃度が3pg/μL以上5pg/μL未満のものは、必要に応じて希釈して、3~3.5pg/μLの範囲内となるように調整した。3pg/μL未満のものは、必要に応じて希釈して、0.1~0.7pg/μLの範囲内となるように調整した。なお、希釈にはUltraPure DNase/RNase-Free Distilled Water(Thermo Fisher Scientific K.K.)を用いた。
【0058】
6)シーケンシング
上記3)で得たSSL由来RNAの水性溶液を対象とするシーケンシングを行った。シーケンシングは上記3)で得た水性溶液をそのまま用いた場合(対照)と上記5)でヒトRNA濃度を調整した水性溶液を用いた場合(濃度統一)の2通りで行った。いずれの場合も、RNA水溶液1.5μLをシーケンシングに供した。
SuperScript VILO cDNA Synthesis kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて42℃、90分間逆転写を行いcDNAの合成を行った。逆転写反応のプライマーには、キットに付属しているランダムプライマーを使用した。
得られたcDNAから、マルチプレックスPCRにより20802遺伝子に由来するDNAを含むライブラリーを調製した。マルチプレックスPCRは、Ion AmpliSeqTranscriptome Human Gene Expression Kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて、[99℃、2分→(99℃、15秒→62℃、16分)×20サイクル→4℃、Hold]の条件で行った。得られたPCR産物は、Ampure XP(ベックマン・コールター株式会社)で精製した後に、バッファーの再構成、プライマー配列の消化、アダプターライゲーションと精製、増幅を行い、ライブラリーを調製した。
調製したライブラリーをIon 540 Chipにローディングし、Ion S5/XLシステム(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いてシーケンシングした。シーケンシングで得られた各リード配列をヒトゲノムのリファレンス配列であるhg19 AmpliSeq Transcriptome ERCC v1に対して遺伝子マッピングすることで、各リード配列の由来する遺伝子を決定した。
【0059】
実施例2 シーケンスデータ分布の比較
実施例1で得た、SSL由来RNA水性溶液(以下、SSLサンプルと表記)のヒトRNA濃度を揃えて実施したシーケンスデータとヒトRNA濃度を揃えずにvolumeのみあわせて実施したシーケンスデータ(対照)の分布を比較した。各SSLサンプルのシーケンスに用いたcDNAライブラリー濃度、シーケンスデータの遺伝子検出率(シーケンス解析で解析可能な遺伝子数のうち検出された遺伝子数の割合)、及びマッピングされたリードの数を表8に示す。各値の分散を算出したところ、いずれの値もヒトRNA濃度を揃えて実施した方で分散が低かった。すなわち、ヒトRNA濃度を揃えて解析することにより、サンプル間の各数値のばらつきが低下し、データが均質化されていることが明らかになった。
【0060】
【0061】
次に、皮脂RNAシーケンスデータの発現解析に用いるDESeq2パッケージにより全サンプル及び全遺伝子の発現量分布を出力し、分散を比較した(表9)。また、各サンプルの全遺伝子の発現量分布の中央値を出力し、分散を比較した(表9)。その結果、いずれの項目も、ヒトRNA濃度を揃えて解析することによりばらつきが低下し、データが均質化されていることが明らかになった。
【0062】
【0063】
さらに、DESeq2パッケージを用いて、データの正規化を行い、サンプル間のスピアマンの相関係数を算出し、ヒートマップを出力した(
図1)。また、低シークエンスクオリティのカットオフをクリアしたサンプル及び低発現遺伝子のカットオフをクリアした遺伝子の個数を算出した(表10)。その結果、対照と比較して、濃度を統一することにより相関性が向上することが確認された。解析対象遺伝子数に関しても、濃度を統一することで増加することが明らかになった。
【0064】
【配列表】