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特許7498775拡声装置、ハウリング抑圧装置及びハウリング抑圧方法
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  • 特許-拡声装置、ハウリング抑圧装置及びハウリング抑圧方法 図1
  • 特許-拡声装置、ハウリング抑圧装置及びハウリング抑圧方法 図2
  • 特許-拡声装置、ハウリング抑圧装置及びハウリング抑圧方法 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-04
(45)【発行日】2024-06-12
(54)【発明の名称】拡声装置、ハウリング抑圧装置及びハウリング抑圧方法
(51)【国際特許分類】
   H04R 27/00 20060101AFI20240605BHJP
   H04R 3/02 20060101ALI20240605BHJP
【FI】
H04R27/00 B
H04R3/02
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022534601
(86)(22)【出願日】2020-07-09
(86)【国際出願番号】 JP2020026906
(87)【国際公開番号】W WO2022009398
(87)【国際公開日】2022-01-13
【審査請求日】2022-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000223182
【氏名又は名称】TOA株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004196
【氏名又は名称】弁理士法人ナビジョン国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】末次 利充
【審査官】大石 剛
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-087815(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第01675374(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 27/00
H04R 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカ駆動信号に基づいて再生音声を生成し、音響空間へ出力するスピーカと、
前記音響空間から前記再生音声及び入力音声を集音し、マイク集音信号を生成するマイクと、
前記スピーカ駆動信号に基づいて、前記再生音声のうち前記マイクに到達するエコー音声に対応する疑似エコー信号を生成する第一フィルタと、
前記マイク集音信号と前記疑似エコー信号の差分を求め、エコーキャンセル信号を生成するエコーキャンセル部とを備えた拡声装置において、

前記スピーカ駆動信号に含まれる前記入力音声を白色化する第二フィルタと、
前記マイク集音信号に含まれる前記入力音声を白色化する第三フィルタと、
前記第二フィルタの出力信号を参照信号とし、前記第三フィルタの出力信号を所望信号とし、前記音響空間における前記スピーカから前記マイクまでの伝搬特性を推定する第一適応フィルタと、
前記第一適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第一フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新する手段と、
前記エコーキャンセル信号に対し時変処理を行って前記スピーカ駆動信号を生成する時変処理部と、を備えたことを特徴とする拡声装置。
【請求項2】
前記エコーキャンセル信号を参照し、前記入力音声を白色化するためのフィルタ係数を同定する第二適応フィルタと、
前記第二適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第二フィルタ及び前記第三フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新する手段と、を備えたことを特徴とする請求項1に記載の拡声装置。
【請求項3】
前記時変処理部は、前記エコーキャンセル信号の周波数をシフトさせて、前記スピーカ駆動信号を生成する周波数シフト処理部であることを特徴とする請求項1又は2に記載の拡声装置。
【請求項4】
前記時変処理部は、前記エコーキャンセル信号の位相をシフトさせて、前記スピーカ駆動信号を生成する位相シフト処理部であることを特徴とする請求項1又は2に記載の拡声装置。
【請求項5】
第一フィルタを用いて、音響空間を介してスピーカからマイクへ伝搬されるエコー音声に対応する疑似エコー信号をスピーカ駆動信号に基づいて生成し、前記疑似エコー信号に基づいて、音響空間から前記エコー音声及び入力音声を集音して生成されるマイク集音信号から前記エコー音声を除去してエコーキャンセル信号を生成し、前記エコーキャンセル信号に基づいて、前記スピーカ駆動信号を生成するハウリング抑圧装置において、
前記スピーカ駆動信号に含まれる前記入力音声を白色化する第二フィルタと、
前記マイク集音信号に含まれる前記入力音声を白色化する第三フィルタと、
前記第二フィルタの出力信号を参照信号とし、前記第三フィルタの出力信号を所望信号とし、前記音響空間における前記スピーカから前記マイクまでの伝搬特性を推定する第一適応フィルタと、
前記第一適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第一フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新する手段と、
前記エコーキャンセル信号に対し時変処理を行って前記スピーカ駆動信号を生成する時変処理部と、を備えたことを特徴とするハウリング抑圧装置。
【請求項6】
前記エコーキャンセル信号を参照し、前記入力音声を白色化するためのフィルタ係数を同定する第二適応フィルタと、
前記第二適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第二フィルタ及び前記第三フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新する手段と、を備えたことを特徴とする請求項5に記載のハウリング抑圧装置。
【請求項7】
第一フィルタを用いて、音響空間を介してスピーカからマイクへ伝搬されるエコー音声に対応する疑似エコー信号をスピーカ駆動信号に基づいて生成し、前記疑似エコー信号に基づいて、音響空間から前記エコー音声及び入力音声を集音して生成されるマイク集音信号から前記エコー音声を除去してエコーキャンセル信号を生成し、前記エコーキャンセル信号に基づいて、前記スピーカ駆動信号を生成するハウリング抑圧方法において、
第二フィルタを用いて、前記スピーカ駆動信号に含まれる前記入力音声を白色化するステップと、
第三フィルタを用いて、前記マイク集音信号に含まれる前記入力音声を白色化するステップと、
第一適応フィルタを用いて、前記第二フィルタの出力信号を参照信号とし、前記第三フィルタの出力信号を所望信号とし、前記音響空間における前記スピーカから前記マイクまでの伝搬特性を推定するステップと、
前記第一適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第一フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新するステップと、
前記エコーキャンセル信号に対し時変処理を行って前記スピーカ駆動信号を生成するステップと、を備えたことを特徴とするハウリング抑圧方法。
【請求項8】
第二適応フィルタを用いて、前記エコーキャンセル信号を参照し、入力音声を白色化するためのフィルタ係数を同定するステップと、
前記第二適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第二フィルタ及び前記第三フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新するステップと、を備えたことを特徴とする請求項7に記載のハウリング抑圧方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡声装置、ハウリング抑圧装置及びハウリング抑圧方法に係り、さらに詳しくは、同一の音響空間内にスピーカ及びマイクが配置される拡声装置の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
同一の音響空間内にスピーカ及びマイクを配置した拡声装置では、スピーカから出力された再生音声がマイクに到達し、エコー音声となる。このようなエコー音声のループ利得が1を超えると、ハウリングが発生することが知られている。
【0003】
従来の拡声装置には、スピーカ及びマイクが接続される信号処理部にノッチフィルタを備え、エコー音声を抑圧するものが知られている。ノッチフィルタは、狭い周波数帯域において信号の通過を阻止するバンドストップフィルタであり、エコー音声の周波数が、ノッチフィルタの阻止帯域内であれば、エコー音声を抑圧し、ハウリングの発生を防止することができる。しかし、それ以外の帯域であれば、エコー音声を阻止することができず、ハウリングの発生を防止することができない。また、阻止帯域幅を広げると、拡声装置のゲインが低下してしまうという問題があった。
【0004】
また、従来の拡声装置には、フィードバックキャンセラを用いてエコー音声を抑圧するものが知られている(例えば、特許文献1、2)。
【0005】
図3は、フィードバックキャンセラ30を備えた従来の拡声装置200の一構成例を示した図である。スピーカ1は、D/A変換器11及びスピーカアンプ12を介してスピーカ駆動信号u(n)が入力され、音響空間4に再生音声を出力する。マイク2は、音響空間内の音声を集音し、マイクアンプ21及びA/D変換器22を介してマイク集音信号y(n)を生成する。
【0006】
スピーカ1及びマイク2は、同一の音響空間内に配置されている。このため、マイク集音信号y(n)は、スピーカ1からマイク2に回り込んだエコー音声x(n)と、その他の入力音声v(n)とにより構成される。
【0007】
フィードバックキャンセラ30は、第一フィルタ301及びエコーキャンセル部302により構成される。第一フィルタ301は、フィルタ係数Wを用いて、スピーカ駆動信号u(n)から疑似エコー信号e(n)=W*u(n)を求め、エコーキャンセル部302は、マイク集音信号y(n)から疑似エコー信号e(n)を減算し、エコーキャンセル信号d(n)を求める。エコーキャンセル信号d(n)は、遅延部33において遅延し、新たなスピーカ駆動信号u(n)となる。
【0008】
フィルタ係数Wがスピーカ1からマイク2までの伝搬特性Woに一致していれば、フィードバックキャンセラ30は、マイク集音信号y(n)に含まれるエコー音声x(n)を抑圧することができ、ハウリングの発生を防止することができる。このため、伝搬特性Woに一致するようなフィルタ係数Wを求めることが重要になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第WO2010/106820号
【文献】欧州特許出願公開第1675374号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
伝搬特性Woは、拡声装置200の使用中においても時間経過に伴って変化する。このため、適用フィルタを用いて伝搬特性Woの推定を繰り返し、同定されたフィルタ係数に基づいて、フィードバックキャンセラ30のフィルタ係数Wを繰り返し更新する必要がある。
【0011】
また、入力音声v(n)及びスピーカ駆動信号u(n)の間には強い相関がある。このため、適応フィルタを用いた伝搬特性Woの推定には、上記相関に起因するバイアス誤差が生じるという問題があった。つまり、スピーカ駆動信号u(n)及びマイク集音信号y(n)に基づいて適切なフィルタ係数Wを同定することは難しいという問題があった。
【0012】
そこで、入力音声v(n)の線形予測を行い、スピーカ駆動信号u(n)及びマイク集音信号y(n)に含まれる入力音声v(n)をそれぞれ白色化し、入力音声v(n)及びスピーカ駆動信号u(n)を無相関にした後、適応フィルタを用いた伝搬特性Woの推定を行うことにより、適切なフィルタ係数Wを同定することができると考えられる。
【0013】
しかし、この方法を採用した場合、例えば、入力音声v(n)が正弦波である場合のように、単一の周波数成分のみからなる場合、フィルタを用いて入力音声v(n)を白色化することができない。その結果、入力音声v(n)及びスピーカ駆動信号u(n)間に相関が生じ、同定されるフィルタ係数Wにバイアス誤差が生じるという問題があった。つまり、ハウリングを安定的に抑圧することができないという問題があった。
【0014】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、ゲインを低下させることなく、ハウリングを抑圧する拡声装置を提供することを目的とする。また、ハウリングを安定的に抑圧する拡声装置を提供することを目的とする。さらに、このような拡声装置に適用可能なハウリング抑制装置及びハウリング抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明による第1の実施態様による拡声装置は、スピーカ駆動信号に基づいて再生音声を生成し、音響空間へ出力するスピーカと、前記音響空間から前記再生音声及び入力音声を集音し、マイク集音信号を生成するマイクと、前記スピーカ駆動信号に基づいて、前記再生音声のうち前記マイクに到達するエコー音声に対応する疑似エコー信号を生成する第一フィルタと、前記マイク集音信号と前記疑似エコー信号の差分を求め、エコーキャンセル信号を生成するエコーキャンセル部とを備えた拡声装置において、前記スピーカ駆動信号に含まれる前記入力音声を白色化する第二フィルタと、前記マイク集音信号に含まれる前記入力音声を白色化する第三フィルタと、前記第二フィルタの出力信号を参照信号とし、前記第三フィルタの出力信号を所望信号とし、前記音響空間における前記スピーカから前記マイクまでの伝搬特性を推定する第一適応フィルタと、前記第一適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第一フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新する手段と、前記エコーキャンセル信号に対し時変処理を行って前記スピーカ駆動信号を生成する時変処理部と、を備える。
【0016】
このような構成を採用することにより、第一適応フィルタが音響空間におけるスピーカからマイクまでの伝搬特性を推定し、第一適応フィルタにより同定されたフィルタ係数に基づいて、第一フィルタのフィルタ係数を更新することができる。このため、拡声装置の使用中に伝搬特性が変化した場合であっても、当該変化に追従したハウリング抑圧を行うことができる。
【0017】
また、第一適応フィルタは、入力音声を白色化したスピーカ駆動信号を参照信号とし、入力音声を白色化したマイク集音信号を所望信号し、音響空間におけるスピーカからマイクまでの伝搬特性を推定する。このため、スピーカ駆動信号及び入力音声間の相関に起因してバイアス誤差が生じるのを抑制し、より適切なフィルタ係数を同定することができる。このため、ハウリング抑圧を効果的に行うことができる。
【0018】
また、時変処理部が、エコーキャンセル信号に対し時変処理を行ってスピーカ駆動信号を生成することにより、例えば、入力音声が特定の周波数成分のみからなり、スピーカ駆動信号及び入力音声を無相関にできない場合であっても、スピーカ駆動信号及び入力音声間の相関を低減し、バイアス誤差が生じるのを抑制することができる。このため、ハウリング抑圧を安定的に行うことができる。
【0019】
本発明による第2の実施態様による拡声装置は、上記構成に加えて、前記エコーキャンセル信号を参照し、前記入力音声を白色化するためのフィルタ係数を同定する第二適応フィルタと、前記第二適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第二フィルタ及び前記第三フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新する手段と、を備える。
【0020】
このような構成を採用することにより、第二適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、第二及び第三フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新することができる。このため、入力音声が変化した場合であっても、当該変化に追従したハウリング抑圧を行うことができる。
【0021】
本発明による第3の実施態様による拡声装置は、上記構成に加えて、前記時変処理部が、前記エコーキャンセル信号の周波数をシフトさせて、前記スピーカ駆動信号を生成する周波数シフト処理部であるように構成される。
【0022】
本発明による第4の実施態様による拡声装置は、上記構成に加えて、前記時変処理部が、前記エコーキャンセル信号の位相をシフトさせて、前記スピーカ駆動信号を生成する位相シフト処理部であるように構成される。
【0023】
本発明による第5の実施態様による拡声装置は、第一フィルタを用いて音響空間を介してスピーカからマイクへ伝搬されるエコー音声に対応する疑似エコー信号をスピーカ駆動信号に基づいて生成し、前記疑似エコー信号に基づいて、前記音響空間から前記エコー音声及び入力音声を集音して生成されるマイク集音信号から前記エコー音声を除去し、前記スピーカ駆動信号を生成するハウリング抑圧装置において、前記スピーカ駆動信号に含まれる前記入力音声を白色化する第二フィルタと、前記マイク集音信号に含まれる前記入力音声を白色化する第三フィルタと、前記第二フィルタの出力信号を参照信号とし、前記第三フィルタの出力信号を所望信号とし、前記音響空間における前記スピーカから前記マイクまでの伝搬特性を推定する第一適応フィルタと、前記第一適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第一フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新する手段と、前記エコーキャンセル信号に対し時変処理を行って前記スピーカ駆動信号を生成する時変処理部と、を備える。
【0024】
本発明による第6の実施態様による拡声装置は、上記構成に加えて、前記エコーキャンセル信号を参照し、前記入力音声を白色化するためのフィルタ係数を同定する第二適応フィルタと、前記第二適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第二フィルタ及び前記第三フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新する手段と、を備える、
【0025】
本発明による第7の実施態様によるハウリング抑圧方法は、第一フィルタを用いて、音響空間を介してスピーカからマイクへ伝搬されるエコー音声に対応する疑似エコー信号をスピーカ駆動信号に基づいて生成し、前記疑似エコー信号に基づいて、前記音響空間から前記エコー音声及び入力音声を集音して生成されるマイク集音信号から前記エコー音声を除去し、前記スピーカ駆動信号を生成するハウリング抑圧方法において、第二フィルタを用いて、前記スピーカ駆動信号に含まれる前記入力音声を白色化するステップと、第三フィルタを用いて、前記マイク集音信号に含まれる前記入力音声を白色化するステップと、第一適応フィルタを用いて、前記第二フィルタの出力信号を参照信号とし、前記第三フィルタの出力信号を所望信号とし、前記音響空間における前記スピーカから前記マイクまでの伝搬特性を推定するステップと、前記第一適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第一フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新するステップと、前記エコーキャンセル信号に対し時変処理を行って前記スピーカ駆動信号を生成するステップと、を備える。
【0026】
本発明による第8の実施態様によるハウリング抑圧方法は、上記構成に加えて、第二適応フィルタを用いて、前記エコーキャンセル信号を参照し、入力音声を白色化するためのフィルタ係数を同定するステップと、前記第二適応フィルタが同定したフィルタ係数に基づいて、前記第二フィルタ及び前記第三フィルタのフィルタ係数を繰り返し更新するステップと、を備える。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、ゲインを低下させることなく、ハウリングを抑圧する拡声装置を提供することができる。また、ハウリングを安定的に抑圧する拡声装置を提供することができる。さらに、このような拡声装置に適用可能なハウリング抑制装置及びハウリング抑制方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の実施の形態による拡声装置100の一構成例を示したブロック図である。
図2図1のハウリング抑圧装置3の詳細構成の一例を示したブロック図である。
図3】フィードバックキャンセラ30を備えた従来の拡声装置200の一構成例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
図1は、本発明の実施の形態による拡声装置100の一構成例を示したブロック図である。拡声装置100は、スピーカ1、D/A変換器11、スピーカアンプ12、マイク2、マイクアンプ21、A/D変換器22及びハウリング抑圧装置3により構成される。
【0030】
スピーカ1は、スピーカ駆動信号u(n)を音声に変換し、音響空間4へ出力する手段である。スピーカ駆動信号u(n)は、離散時刻nにおけるデジタル信号であり、スピーカ1が出力する音声情報からなる。スピーカ駆動信号u(n)は、D/A変換器11においてアナログ音声信号に変換され、スピーカアンプ12において増幅された後、スピーカ1により音声に変換され、再生音声として音響空間4へ出力される。
【0031】
マイク2は、音響空間4において集音した音声をマイク集音信号y(n)に変換する手段である。マイク集音信号y(n)は、離散時刻nにおけるデジタル音声信号であり、マイク2が集音した音声情報からなる。マイク2から出力されるアナログ音声信号は、マイクアンプ21で増幅され、A/D変換器22でデジタル信号に変換され、マイク集音信号y(n)となる。
【0032】
スピーカ1及びマイク2は、同一の音響空間4に配置されている。このため、マイク集音信号y(n)には、スピーカ1が出力する再生音声のうち、音響空間4内を伝搬してマイク2に到達した音声が含まれる。つまり、マイク集音信号y(n)は、スピーカ1からマイク2に回り込んだ再生音声に対応するエコー音声x(n)と、再生音声以外の音響空間内において発生した音声に対応する入力音声v(n)とが含まれる。入力音声v(n)は、拡声装置100が拡声すべき音声であり、エコー音声x(n)に加えられる加法性の外乱信号である。
【0033】
スピーカ駆動信号u(n)に基づいてスピーカ1から出力された再生音声が、エコー音声x(n)としてマイク2に入力されるまでの音響空間における伝搬特性をWoとすれば、エコー音声x(n)及びマイク集音信号y(n)は、次式のように表すことができる。
[数1]
x(n)=Wo*u(n)
y(n)=x(n)+v(n)
=Wo*u(n)+v(n)
「*」はたたみ込み演算を表している。
【0034】
ハウリング抑圧装置3は、マイク集音信号y(n)に含まれるエコー音声x(n)を抑圧することにより、ハウリングを抑圧するデジタル処理部であり、例えば、DSP(Digital Signal Processor)を用いることができる。ハウリング抑圧装置3は、入力されたマイク集音信号y(n)に基づいて、新たなスピーカ駆動信号u(n)を生成する。
【0035】
図2は、図1のハウリング抑圧装置3の詳細構成の一例を示したブロック図である。ハウリング抑圧装置3は、フィードバックキャンセラ30、フィルタ同定部31、周波数シフト部32及び遅延部33により構成される。
【0036】
フィードバックキャンセラ30は、スピーカ駆動信号u(n)に基づいて、マイク集音信号y(n)に含まれるエコー音声x(n)を抑圧し、エコーキャンセル信号d(n)を生成する処理部であり、第一フィルタ301及びエコーキャンセル部302により構成される。
【0037】
第一フィルタ301は、エコー音声x(n)を推定するFIR(Finite Impulse Response)フィルタであり、フィルタ係数Wを用いて、スピーカ駆動信号u(n)から疑似エコー信号e(n)=W*u(n)を求める。エコーキャンセル部302は、マイク集音信号y(n)から疑似エコー信号e(n)を減算する差分演算処理部であり、エコー音声x(n)が抑圧されたマイク集音信号y(n)として、エコーキャンセル信号d(n)=y(n)-e(n)を生成する。
【0038】
フィルタ係数Wが、スピーカ1からマイク2までの伝搬特性Woと一致していれば、疑似エコー信号e(n)はエコー音声x(n)と一致し、エコーキャンセル部302からは、入力音声v(n)のみが出力される。つまり、フィードバックキャンセラ30がエコー音声x(n)を抑圧することにより、ハウリングの発生を防止することができる。このため、ハウリングを防止するためには、フィルタ係数Wを伝搬特性Woと一致させることが重要である。
【0039】
伝搬特性Woは、音響空間内における環境の変化に応じて変化するものであり、拡声装置100の使用中においても時間経過に伴って変化する。このような伝搬特性Woの変化に追従するため、フィルタ同定部31が同定したフィルタ係数Wをフィードバックキャンセラ30のフィルタ係数Wとして使用する。フィルタ同定部31は、フィルタ係数Wの同定を繰り返し行っており、第一フィルタ301は、同定されたフィルタ係数Wを用いて、フィルタ係数を更新する処理を繰り返している。
【0040】
フィルタ同定部31は、伝搬特性Woを推定し、フィルタ係数Wを同定する処理部であり、第二適応フィルタ310、第二及び第三フィルタ311,312、第一適応フィルタ313及び減算部314により構成される。
【0041】
第二適応フィルタ310は、エコーキャンセル信号d(n)を白色化するフィルタ係数Aを同定する線形予測器である。第二適応フィルタ310の参照信号は、フィードバックキャンセラ30が出力するエコーキャンセル信号d(n)であり、誤差信号は、自身の出力信号である。このため、誤差信号を最小化するフィルタ係数を求めることにより、エコーキャンセル信号d(n)を白色雑音に変換するフィルタ係数Aを同定することができる。第一フィルタ301のフィルタ係数Wが伝搬特性Woと一致していると仮定すれば、エコーキャンセル信号d(n)は、入力音声v(n)と一致し、フィルタ係数Aは、入力音声v(n)を白色化する白色化フィルタの係数になる。
【0042】
第二フィルタ311及び第三フィルタ312は、いずれも第二適応フィルタ310が同定したフィルタ係数Aを用いるFIRフィルタであり、入力音声v(n)を白色化する。第二フィルタ311は、スピーカ駆動信号u(n)が入力され、スピーカ駆動信号u(n)に含まれる入力音声v(n)を白色化した信号A*u(n)を生成する。一方、第三フィルタ312は、マイク集音信号y(n)が入力され、マイク集音信号y(n)に含まれる入力音声v(n)を白色化した信号A*y(n)を生成する。
【0043】
入力音声v(n)の変化に追従するため、第二適応フィルタ310は、フィルタ係数Aの同定を繰り返し行っており、第二フィルタ311及第三フィルタ312は、同定されたフィルタ係数Aを用いて、フィルタ係数を更新する処理を繰り返している。
【0044】
第一適応フィルタ313は、伝搬特性Woを推定し、フィルタ係数Wを同定する手段である。第一適応フィルタ313の参照信号は、第二フィルタ311の出力信号A*u(n)であり、所望信号は、第三フィルタ312の出力信号A*y(n)である。減算部314は、所望信号A*y(n)から第一適応フィルタ313の出力信号W*A*u(n)を減算する差分演算処理部であり、演算結果は、第一適応フィルタ313に誤差信号として入力される。
【0045】
第一適応フィルタ313の所望信号は、入力音声v(n)を白色化したマイク集音信号A*y(n)であり、次式のように表すことができる。
[数2]
A*y(n)=A*{x(n)+v(n)}
=A*{Wo*u(n)+v(n)}
=Wo*{A*u(n)}+{A*v(n)}
【0046】
つまり、第一適応フィルタ313には、参照信号としてA*u(n)が与えられ、所望信号としてWo*{A*u(n)}+{A*v(n)}が与えられる。A*u(n)及びA*v(n)は、いずれもフィルタ係数Aにより白色化された信号である。このため、入力音声v(n)の白色化が完全になされているならば、u(n)及びv(n)の間に強い相関があったとしても、A*u(n)及びA*v(n)は無相関になる。従って、第一適応フィルタ313は、u(n)及びv(n)間の相関に起因して生じるバイアス誤差を抑制しつつ、スピーカ1からマイク2までの伝搬特性Woを推定し、適切なフィルタ係数Wを同定することができる。
【0047】
周波数シフト部32は、エコーキャンセル信号d(n)の周波数をシフトさせる処理部であり、そのシフト量は予め定められている。エコーキャンセル信号d(n)は、周波数シフト部32において周波数がシフトされ、遅延部33において遅延し、新たなスピーカ駆動信号u(n)となる。周波数シフトは、入力音声v(n)が正弦波のような周期信号である場合に、バイアス誤差が生じるのを抑制するために行われる。
【0048】
周波数シフトを行わない場合、入力音声v(n)が正弦波であれば、第二フィルタ311及び第三フィルタ312が、入力音声v(n)を完全に白色化することはできない。白色雑音は、全帯域に周波数成分をもつ信号であるのに対し、正弦波は、特定の帯域以外に周波数成分をもたない信号である。このため、入力音声v(n)が正弦波であった場合、第二フィルタ311及び第三フィルタ312は、入力音声v(n)を白色化し、A*u(n)及びA*v(n)を無相関にすることができない。その結果、A*u(n)及びA*v(n)間の相関に応じて、第一適応フィルタ313が同定するフィルタ係数Wにバイアス誤差が生じる。
【0049】
これに対し、周波数シフト部32を設け、エコーキャンセル信号d(n)の周波数シフトを行ってスピーカ駆動信号u(n)を生成することにより、入力音声v(n)が正弦波であっても、第二フィルタ311及び第三フィルタ312の入力信号が複数の周波数成分を有するようになり、A*u(n)及びA*v(n)間の相関を低減させることができる。
【0050】
この場合、A*u(n)及びA*v(n)を完全に無相関にすることができないとしても、ループのたびに周波数がシフトしていき、第二フィルタ311及び第三フィルタ312の入力信号の帯域が広がり、フィルタ係数Wのバイアス誤差を減少させることができる。このため、入力音声v(n)が、例えば空調音のみのであり、正弦波からなる場合であっても、フィルタ係数Wの同定にバイアス誤差が発生するのを抑制し、ハウリング抑圧を安定的に行うことができる。
【0051】
周波数シフトは、十分なシフト量が確保されている場合、それ自体がハウリング抑圧の効果を奏すると考えられる。しかし、周波数シフトのシフト量が大きくなれば、聴者に違和感を与えると考えられる。
【0052】
これに対し、周波数シフト部32が、A*u(n)及びA*v(n)の相関低減を目的とする場合、そのシフト量は極めて小さな値でよいと考えられる。このため、音響空間4内に滞在する聴者に大きな違和感を与えることなく、ハウリングの発生を防止することができる。発明者らの実験によれば、周波数シフトは、例えば、4Hz程度の僅かなシフト量であってもよいことがわかった。周波数シフト部32のシフト量は、例えば、20Hz以下にすることができ、10Hz以下であることがより望ましい。
【0053】
周波数シフト部32は、A*u(n)及びA*v(n)の相関を低減するためのものであるため、周波数シフト以外の時変処理を行う処理部に置き換えることもできる。例えば、周波数シフト部32に代えて、位相シフトを行う位相シフト処理部を採用することもできる。時変処理は、伝達関数が時間の関数として表される処理である。
【符号の説明】
【0054】
100 拡声装置
1 スピーカ
2 マイク
3 ハウリング抑圧装置
4 音響空間
11 D/A変換部
12 スピーカアンプ
21 マイクアンプ
22 A/D変換部
30 フィードバックキャンセラ
31 フィルタ同定部
32 周波数シフト部
33 遅延部
301 第一フィルタ
302 エコーキャンセル部
310 第二適応フィルタ
311 第二フィルタ
312 第三フィルタ
313 第一適応フィルタ
314 減算部
A、W フィルタ係数
Wo 伝搬特性
d(n) エコーキャンセル信号
e(n) 疑似エコー信号
u(n) スピーカ駆動信号
v(n) 入力音声
x(n) エコー音声
y(n) マイク集音信号
図1
図2
図3