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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-05
(45)【発行日】2024-06-13
(54)【発明の名称】コーティング剤
(51)【国際特許分類】
   C09D 133/06 20060101AFI20240606BHJP
   C09D 5/02 20060101ALI20240606BHJP
   C09D 201/08 20060101ALI20240606BHJP
   C09D 129/04 20060101ALI20240606BHJP
   B65D 65/42 20060101ALI20240606BHJP
【FI】
C09D133/06
C09D5/02
C09D201/08
C09D129/04
B65D65/42 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019101493
(22)【出願日】2019-05-30
(65)【公開番号】P2020193310
(43)【公開日】2020-12-03
【審査請求日】2022-04-01
(73)【特許権者】
【識別番号】391047558
【氏名又は名称】ヘンケルジャパン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100104592
【弁理士】
【氏名又は名称】森住 憲一
(74)【代理人】
【識別番号】100138885
【弁理士】
【氏名又は名称】福政 充睦
(72)【発明者】
【氏名】吉田 良夫
(72)【発明者】
【氏名】藤田 智穂
【審査官】井上 莉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-214250(JP,A)
【文献】特開2005-330394(JP,A)
【文献】特開2009-067891(JP,A)
【文献】特開2008-297380(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D
B65D 65/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)カルボキシル基を有する共重合体の存在下で、(b)重合性不飽和単量体を重合して得られる(B)水性エマルションを有するコーティング剤であって、
(A)カルボキシル基を有する共重合体は、(A2)スチレンモノマーの重合体に由来する化学構造を含まない共重合体を含み、更に、ポリビニルアルコールと共に存在しており、
(b)重合性不飽和単量体は(メタ)アクリル酸エステル(b1)を含み、
(メタ)アクリル酸エステル(b1)は、n-ブチルアクリレート若しくは2-エチルヘキシルアクリレートを含み、
(B)水性エマルションに含まれる(b)重合性不飽和単量体の共重合体のガラス転移温度は、-60~0℃であり、
(b)重合性不飽和単量体の総質量100質量部に対し、(メタ)アクリル酸エステル(b1)の含有量が95質量部より高く、
(A)カルボキシル基を有する共重合体は、(b)重合性不飽和単量体100質量部に対して、20~40質量部配合されている、コーティング剤。
【請求項2】
(メタ)アクリル酸エステル(b1)は、n-ブチルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート及びメチルメタクリレートを含む、請求項1に記載のコーティング剤。
【請求項3】
(b)重合性不飽和単量体は(メタ)アクリル酸エステル(b1)のみからなる、請求項1又は2に記載のコーティング剤。
【請求項4】
紙の表面に塗布される請求項1~のいずれか1項に記載のコーティング剤。
【請求項5】
請求項1~のいずれか1項に記載のコーティング剤が塗布された紙製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品包装等に利用される紙基材に塗布されるコーティング剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食品包装用素材には、ラミネート紙及び耐油紙等の加工紙が用いられてきた。これらのラミネート紙及び耐油紙には、食品由来の油分等が染み出して紙の強度が落ちたり、手が汚れたりしないための処理が施されている。
【0003】
ラミネート紙は、一般的にポリエチレンフィルム等が紙材にラミネートされている。環境意識の高まりから、近年、ラミネート紙をリサイクルすることが要求されているが、フィルム部分が障害となり、ラミネート紙を効率良くリサイクルするために特殊な装置が必要であった。
【0004】
一方、耐油紙にはフッ素系樹脂が耐油剤として使用されることが多い。フッ素系樹脂は、加熱により不活性ガスを発生させること及び一部成分が人体に対して蓄積性があることなどのため、近年では積極的に使用し難い。しかしながら、フッ素系樹脂は、紙材への塗布量が低くても耐油性を発現することができる。フッ素系樹脂を用いないことは価格面で不利となることに加え、フッ素系樹脂の代替樹脂品を紙材へ塗布する場合、塗布量を増やすことが必要であり、塗工後、耐油紙を巻き取る際、ブロッキングを生じさせることがあった。このため、耐油性とリサイクル適性を両立するために、合成樹脂エマルションを塗工した耐油紙が知られている。
【0005】
特許文献1は、紙製品への油分、細菌の侵入を防ぐため、ビニル芳香族モノマーと、ブタジエン及びアルキル(メタ)アクリレートから選択される第2モノマーとの共重合で得られたコポリマーを含む水性分散液を、バリア組成物として紙製品に塗工することを開示する([請求項1]、[0057]~[0060])。そのバリア組成物で被覆された紙基材の耐水性、紙基材の水蒸気透過率、紙基材の耐ブロッキング性が向上する([0061]~[0067]、[図1]~[図3])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2018-514597号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、消費者の健康問題への関心の高まりから、食品を包装する紙材料について、今までよりもさらに高い基準の安全性が要求されるようになってきた。
【0008】
米国医薬品食品安全局(以下、FDA)は、様々な規格を定める。具体的には、油脂分を含む食品に接する紙類についての規格(FDA §176.170Components of paper and paperboard in contact with aqueous and fatty foods.) が定められ、食品包装用紙容器は、上記規格に適合する材質で作られることが望ましいとされている。
【0009】
特許文献1のバリア組成物は、ある程度、耐水性、耐油性、及び耐ブロッキング性に優れるが、FDAの高い安全基準を完全に満足させているとは言い難い。特許文献1のバリア組成物は、耐候性に乏しく、紙容器へ塗布された後、黄変することがあった。食品包装容器の変色は、食品に要求される安全性を考慮すると、非常に大きな問題である。
【0010】
さらに、食品包装容器が一般的な紙コップである場合、紙コップの端部は、バリア組成物が塗布された後、加熱によって形成される。従って、紙コップ端部へ塗布される組成物には、ヒートシール性が要求されることになる。
【0011】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、食品包装容器に塗布され、食品業界で要求されるレベルの優れた耐水性、耐油性、耐候性、及びヒートシール性を有し、人体や環境に安全なコーティング剤、コーティング剤が塗布されて得られる紙製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上述の課題を解決するため、鋭意検討した結果、95質量%以上の(メタ)アクリル酸エステルが含まれる重合性不飽和単量体を重合して得られる水性エマルションを含むコーティング剤が耐水性、耐油性、ヒートシール性、及び耐候性に優れることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本明細書の開示は下記の態様を含む。

1.(A)カルボキシル基を有する共重合体の存在下で、(b)重合性不飽和単量体を重合して得られる(B)水性エマルションを有するコーティング剤であって、
(b)重合性不飽和単量体 は(メタ)アクリル酸エステル(b1)を含み、
(b)重合性不飽和単量体の総質量100質量部に対し、(メタ)アクリル酸エステル(b1)の含有量が95質量部より高い、コーティング剤。
2.(b)重合性不飽和単量体は(メタ)アクリル酸エステル(b1)のみからなる、1に記載のコーティング剤。
3.(A)カルボキシル基を有する共重合体の酸価が100~300mgKOH/gである、1または2に記載のコーティング剤。
4.(A)カルボキシル基を有する共重合体は、(b)重合性不飽和単量体100質量部に対して、10~50質量部配合されている、1~3のいずれかに記載のコーティング剤。
5.(A)カルボキシル基含有共重合体は単量体混合物の重合体であり、
該単量体混合物はカルボン酸及びカルボン酸エステルから選ばれる少なくとも1種のカルボン酸誘導体のみからなる混合物である、1~4のいずれかに記載のコーティング剤。
6.(B)水性エマルションは、ガラス転移温度が30℃以下のポリマーを含む、1~5のいずれかに記載のコーティング剤。
7.(A)カルボキシル基含有共重合体は、ポリビニルアルコールと共に存在している、1~6のいずれかに記載のコーティング剤。
8.紙の表面に塗布される1~7に記載のコーティング剤。
9.1~8のいずれかに記載のコーティング剤が塗布された紙製品。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施形態のコーティング剤は、(A)カルボキシル基を有する共重合体の存在下で、(b)重合性不飽和単量体を重合して得られる(B)水性エマルションを有し、(b)重合性不飽和単量体が(メタ)アクリル酸エステル(b1)を含み、(b)重合性不飽和単量体の総質量100質量部に対し、(メタ)アクリル酸エステル(b1)の含有量が95質量部より高い。このため、本発明の実施形態のコーティング剤は、耐水性、耐油性、耐候性、及びヒートシール性により優れ、人体や環境により安全となる。
本発明の実施形態の紙製品は、上記コーティング剤が塗布されているので、水分および油分により強く、より黄変することもなく、熱処理されてもより劣化しなくなり、食品包装容器としてより好ましい。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態のコーティング剤は、(A)カルボキシル基を有する共重合体の存在下で、(b)重合性不飽和単量体を重合して得られる(B)水性エマルションを含む。(b)重合性不飽和単量体は、総質量100質量部中、(メタ)アクリル酸エステル(b1)を95質量部以上含む。
本発明の実施形態のコーティング剤は、(メタ)アクリル酸エステル(b1)の含有量が95質量部未満の場合、耐水性、耐油性、ヒートシール性、及び耐候性のいずれかが低下し、食品包装用容器に要求される高い安全性を満たせなくなる。
【0015】
<(A)カルボキシル基を有する共重合体)>
本発明の実施形態において、(A)カルボキシル基を有する共重合体は、(b)重合性不飽和単量体を重合して(B)水性エマルションを調製する際、安定化剤として作用し、カルボキシル基(及び/又はその塩基)を有する共重合体であり、本発明が目的とする水性エマルションを得られる限り、特に制限されることはない。(A)カルボキシル基を有する共重合体のカルボキシル基は、カルボキシル基に加え、それに対応する塩基も含む。(A)カルボキシル基を有する共重合体を用いることで、(B)水性エマルションを製造できる。
【0016】
(A)カルボキシル基を有する共重合体は、(メタ)アクリル樹脂に由来する化学構造を有することが好ましい。(メタ)アクリル樹脂とは、(メタ)アクリル酸(及び/又はその塩基)、及び(メタ)アクリル酸エステルから選ばれる少なくとも1種が重合することで得られる、カルボキシル基を有する合成樹脂である。
【0017】
本発明の実施形態のコーティング剤に悪影響がない限り、(A)カルボキシル基を有する共重合体は、(メタ)アクリル酸及び(メタ)アクリル酸エステルと、その他モノマーとの共重合体であってもよい。その他モノマーとして、例えば、スチレン、オレフィン等が挙げられる。(A)カルボキシル基を有する共重合体は、(メタ)アクリル酸、及び(メタ)アクリル酸エステルから選ばれる少なくとも1種が重合することで得られる、カルボキシル基を有する合成樹脂である。
【0018】
本発明の実施形態において、成分(A)は、(b)重合性不飽和単量体の総質量部100質量部に対し、10~50質量部配合されることが好ましく、20~40質量部配合されることが特に好ましく、25~40質量部配合されることが最も望ましい。
成分(A)の配合量が上記範囲にある場合、(B)水性エマルションの粒子(固形部分)が水性媒体中でより安定して分散することができる。(B)水性エマルションの分散がより安定すると、本発明の実施形態のコーティング剤は安定性および耐水性により優れる。
【0019】
本発明の実施形態の(A)カルボキシル基を有する共重合体の酸価は100~300mgKOH/gであることが好ましく、さらに150~250mgKOH/gであることが好ましく、180~220mgKOH/gであることが特に好ましく、190~210mgKOH/gであることが最も望ましい。カルボキシル基を有する重合体の酸価が上記範囲にあることによって、コーティング剤の耐水性がより向上する。
【0020】
尚、本発明の実施形態の(A)カルボキシル基を有する共重合体の「酸価」は、共重合体1g中に含まれる酸基が全て遊離した酸であると仮定して、それを中和するために必要な水酸化カリウムのmg数の計算値で表す。従って、実際の系内で塩基として存在しているとしても、遊離した酸として考慮する。
【0021】
これは、カルボキシル基を有する重合体の原料となるモノマー(以下、「原料モノマー」)が含む酸基と対応する。本発明の実施形態において「酸価」は、下記式(1)で求めることができる。
【0022】
式(1):
酸価=((原料モノマーの質量部/原料モノマーの分子量)×原料モノマー1モルに含まれる酸基のモル数×KOHの式量×1000/(A)カルボキシル基を有する重合体の質量部)
【0023】
本発明の実施形態において、(A)カルボキシル基を有する共重合体は、ポリビニルアルコールと共に存在することが好ましい。成分(A)がポリビニルアルコールと共存する場合、(メタ)アクリル酸エステル(b1)の重合体がより安定し、(B)水性エマルションの固形分の分散がより安定する。さらに、本発明の実施形態のコーティング剤は、成分(A)がポリビニルアルコールと共存する場合、ヒートシール性により優れる。
【0024】
<(B)水性エマルション>
本発明の実施形態において、(B)水性エマルションは、(A)カルボキシル基を有する共重合体の存在下で、(b)重合性不飽和単量体が重合されることで得ることができる。
本発明の実施形態において「(b)重合性不飽和単量体」とは、エチレン性二重結合を有するラジカル重合性単量体をいう。
【0025】
本明細書において「エチレン性二重結合」とは、重合反応(ラジカル重合)し得る炭素原子間二重結合をいう。そのようなエチレン性二重結合を有する官能基として、例えば、ビニル基(CH=CH-)、(メタ)アリル基(CH=CH-CH-及びCH=C(CH)-CH-)、(メタ)アクリロイルオキシ基(CH=CH-COO-及びCH=C(CH)-COO-)、(メタ)アクリロイルオキシアルキル基(CH=CH-COO-R-及びCH=C(CH)-COO-R-)及び-COO-CH=CH-COO-等を例示できる。
【0026】
本明細書では、「(メタ)アクリル酸」とは、アクリル酸とメタクリル酸の双方を示し、アクリル酸及びメタクリル酸の少なくとも1種を含むことを意味する。
「(メタ)アクリル酸エステル」とは(メタ)アクリル酸のエステル、すなわち(メタ)アクリレートをいう。(メタ)アクリレートとは、アクリレート、メタクリレートの双方を示し、アクリレート及びメタクリレートの少なくとも1種を含むことを意味する。尚、ビニル基と酸素が結合した構造を有するビニルエステル、例えば酢酸ビニル等は、本明細書において、(メタ)アクリレートに含まれない。
【0027】
(メタ)アクリレートの具体例として、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ペンチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、トリデシル(メタ)アクリレート、オクタデシル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリル酸ベヘニル及びドコシル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸アルキルエステル;
2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキルエステル等を例示できる。
これらは単独で又は2種以上併せて用いることができる。
【0028】
本発明の実施形態において、(メタ)アクリル酸エステルとして、(メタ)アクリル酸アルキルエステルが好ましく、より具体的には、メチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含むことが好ましく、特にn-ブチルアクリレート若しくは、2-エチルヘキシルアクリレートを含むことが好ましい。n-ブチルアクリレート及び2-エチルヘキシルアクリレートは、それらのホモポリマーのガラス転移温度(以下、Tg)が低い。
【0029】
(B)水性エマルションに含まれる共重合体を、n-ブチルアクリレート又は2-エチルヘキシルアクリレートと、その他のモノマーを重合して得ることが好ましく、この場合共重合体のTgを低く調整することができ、コーティング剤の耐水性を向上させることが可能となる。
【0030】
本発明の実施形態において、(b)重合性不飽和単量体は、(メタ)アクリル酸エステル(b1)以外に、その他のモノマー(b2)を含んで良い。本発明の実施形態のコーティング剤を得られる限り、その他のモノマー(b2)は特に制限されることはない。
【0031】
その他のモノマー(b2)は、(b)重合性不飽和単量体であり、(メタ)アクリル酸エステル(b1)以外のモノマーである。具体的には、例えば、オレフィン、スチレン、酢酸ビニル、(メタ)アクリル酸、ポリビニルアルコール等が挙げられる。
【0032】
その他のモノマー(b2)の含有量は、(b)重合性不飽和単量体の総質量部100質量部に対し、5質量部未満であることが好ましく、3重量部未満であることがより好ましく、1重量部未満であることが更に好ましい。その他のモノマーの含有量が5質量部未満である場合、共重合体のTgがより容易に調整され、コーティング剤の耐水性制御がより容易となる。
【0033】
本発明の実施形態において、(b)重合性不飽和単量体は(メタ)アクリル酸エステル(b1)のみからなるのが好ましい。(b)重合性不飽和単量体が(メタ)アクリル酸エステル(b1)のみからなることによって、本発明の実施形態のコーティング剤は、その他のモノマー(b2)の重合体に由来する構造を含まないことになり、耐候性により優れる。ここで、「(メタ)アクリル酸エステル(b1)のみからなる」とは、実質的に(メタ)アクリル酸エステル(b1)のみからなることをいい、(b1)に不可避的に含まれ得る微量の他の重合性不飽和単量体を含んでよく、そのことによって、本発明の実施形態のコーティング剤に実質的な影響を及ぼさない限り、そのような他の重合性不飽和単量体を含むことを排除しない。
【0034】
(B)水性エマルションに含まれる(b)重合性不飽和単量体の共重合体のガラス転移温度(Tg)は、30℃以下であることが好ましく、特に-60℃~15℃であることが好ましく、さらには、-60℃~0℃であることが好ましく、-60℃~-20℃であることが最も望ましい。共重合体のTgが上記範囲にある場合、本発明の実施形態のコーティング剤の耐水性により優れる。
【0035】
本明細書では、(B)水性エマルションに含まれる(b)重合性不飽和単量体の共重合体のガラス転移温度は、共重合体の原料となる(b)重合性不飽和単量体が単独重合したときに得られるホモポリマーのガラス転移温度(以下、「ホモポリマーTg」ともいう)から算出される。
このホモポリマーTgと、各(b)重合性不飽和単量体(モノマー)の混合比(質量部)を考慮して決める。具体的には、共重合体のTgは、下記式(2)を用いて計算することによって求めることができる。
【0036】
式(2):
1/Tg=C/Tg+C/Tg+・・・+C/Tg
[算出式(1)において、Tgは、共重合体の理論Tg、Cは、n番目のモノマーnが単量体混合物中に含まれる質量部割合、Tgは、n番目のモノマーnのホモポリマーTg、nは、共重合体を構成する単量体の数であり、正の整数。]
【0037】
ホモポリマーTgは、文献に記載されている値を用いることができる。そのような文献として、例えば、「POLYMER HANDBOOK」(第4版;John Wiley & Sons,Inc.発行)がある。一例として、POLYMER HANDBOOKに記載されたモノマーのホモポリマーTgを以下に示す。
【0038】
メチルメタクリレート(「MMA」、Tg=105℃)
n-ブチルアクリレート(「n-BA」、Tg=-54℃)
2-エチルへキシルアクリレート(「2EHA」、Tg=-70℃)
スチレン(「St」、Tg=100℃)
アクリル酸(「AA」、Tg=106℃)
メタクリル酸(「MAA」、Tg=130℃)
n-ブチルメタクリレート(「BMA」、Tg=20℃)
【0039】
本明細書では、上記モノマーの単独重合で得られるホモポリマーのTgの他に、他のモノマーの単独重合で得られるホモポリマーのガラス転移温度(Tg)も式(2)に適用可能である。
【0040】
本発明の実施形態において、(B)水性エマルションは、n-ブチルアクリレート及び2-エチルヘキシルアクリレートの少なくとも1種を重合して得られる共重合体を含むことが好ましい。共重合体は、上記成分を含む場合、Tgが30℃以下により調整され易くなり、本発明の実施形態のコーティング剤の耐水性をより向上させることができる。
【0041】
また、本発明の実施形態において、(B)水性エマルションの固形分濃度は、特に限定されないが、5~70質量%であることが好ましい。なお、エマルションの固形分とは、エマルションを105℃で3時間乾燥して得られる固形分のことをいう。
【0042】
本発明の実施形態の(B)水性エマルションは、好ましくは複数種類の(b)重合性不飽和単量体(モノマー)を乳化重合させて得ることができる。乳化重合は、水又は水性媒体を媒体とし、乳化剤を用いるラジカル重合であり、公知の方法を用いることができる。
【0043】
乳化剤は、重合中又は重合後はポリマー粒子の表面に固定化して粒子の分散安定性を図る。乳化剤としては、例えば、アニオン系界面活性剤、ノニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、両性界面活性剤、高分子界面活性剤等を例示できる。
【0044】
また、耐水性、耐アルカリ性、及び防水性の向上のために乳化剤の一分子内にラジカル重合可能な二重結合を有する「反応性界面活性剤」を使用するのが好ましい。
【0045】
本発明の実施形態の(B)水性体エマルションは、安定化剤(例えば、カルボキシル基を有する重合体、水酸基を有する重合体)等が水性媒体に存在する状態で、複数種類のモノマーを乳化重合させて得られることが好ましい。
安定化剤は、水性媒体中でエマルションの固形分を安定して分散させる作用を有し、本発明の実施形態では、(A)カルボキシル基を有する共重合体が好ましい。
【0046】
ここで、「水性媒体」とは、水道水、蒸留水又はイオン交換水等の一般的な水をいうが、水性媒体に溶解可能な有機溶剤であって、単量体等の本発明の実施形態の共重合体の原料と反応性の乏しい有機溶剤、例えば、アセトン及び酢酸エチル等を含んでもよく、更に水性媒体に溶解可能な単量体、オリゴマー、プレポリマー及び/又は樹脂等を含んでもよく、また後述するように水系の樹脂又は水溶性樹脂を製造する際に通常使用される、乳化剤、重合性乳化剤、重合反応開始剤、鎖延長剤及び/又は各種添加剤等を含んでもよい。
【0047】
本発明の実施形態のコーティング剤の好ましい一形態として、
(A)カルボキシル基を有する共重合体の存在下で、(b)重合性不飽和単量体を重合して得られる(B)水性エマルションを有し、
(b)重合性不飽和単量体が(メタ)アクリル酸エステル(b1)のみからなり、
(A)カルボキシル基を有する共重合体が、カルボキシル基を有する重合性不飽和単量体及び(メタ)アクリル酸エステルのみからなる単量体混合物の重合体であり、
(A)カルボキシル基を有する共重合体がポリビニルアルコールと共に共存している、コーティング剤が挙げられる。
本発明の実施形態のコーティング剤は、成分(A)および成分(B)が上記形態をとることによって、耐候性及びヒートシール性がより向上し、より優れる。
【0048】
本発明の実施形態のコーティング剤は、(B)水性エマルションを有し、安定化剤として(A)カルボキシル基を有する共重合体を含み、添加剤として、更に、架橋剤、粘性調整剤、可塑剤、消泡剤、防腐剤、着色剤等を有していてもよい。これら添加剤は、(B)水性エマルションを合成後、配合されても良く、(B)水性エマルションの原料であるモノマーに配合されても良く、エマルション形態のコーティング剤に加えられても良い。(B)水性エマルションについて記載したことは、本発明の実施形態のエマルション形態のコーティング剤に、参照することができる。
【0049】
架橋剤として、例えば、酢酸亜鉛、酸化亜鉛、酢酸ジルコニウム、炭酸ジルコニウムアンモニウム等が例示できる。これらの架橋剤は、単独で又は組み合わせて使用することができる。
【0050】
粘性調整剤として、例えば、尿素、尿素化合物、ジシアンジアミド等の窒素含有物質、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、リン酸3ナトリウム、リン酸水素2アンモニウム、硼砂、フッ化ナトリウム、水ガラス、アンモニア水等を例示できる。
【0051】
可塑剤として、例えば、グリセリン;エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール類;ショ糖、ソルビトール等の糖類;セロソルブ類等の有機溶剤類等を例示できる。
【0052】
消泡剤として、例えば、
ジメチルポリシロキサン、ポリオキシアルキレン変性シリコーン、有機変性ポリシロキサン、フッ素シリコーン等のシリコーン系消泡剤;
ヒマシ油、ゴマ油、アマニ油、動植物油等の油脂系消泡剤;
ステアリン酸、オレイン酸、パルミチン酸等の脂肪酸系消泡剤;
イソアミルステアリン酸、ジグリコールラウリン酸、ジステアリルコハク酸、ジステアリン酸、ソルビタンモノラウリン酸、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン、モノラウリン酸ブチルステアレート、ショ糖脂肪酸エステル、スルホン化リチノール酸のエチル酢酸アルキルエステル、天然ワックス等の脂肪酸エステル系消泡剤;
ポリオキシアルキレングリコールとその誘導体、ポリオキシアルキレンアルコール水和物、ジアミルフェノキシエタノール、3-ヘプタノール、2-エチルヘキサノール等のアルコール系消泡剤;
3-ヘプチルセルソルブ、ノニルセルソルブ-3-ヘプチルカルビトール等のエーテル系消泡剤;
トリブチルホスフェート、オクチルリン酸ナトリウム、トリス(ブトキシエチル)ホスフェート等のリン酸エステル系消泡剤;
ジアミルアミン等のアミン系消泡剤;
ポリアルキレンアマイド、アシレイトポリアミン、ジオクタデカノイルピペリジン等のアマイド系消泡剤;
ステアリン酸アルミニウム、ステアリン酸カルシウム、オレイン酸カリウム、ウールオレインのカルシウム塩等の金属石鹸系消泡剤;
ラウリルスルホン酸ナトリウム、ドデシルスルホン酸ナトリウム等のスルホン酸エステル系消泡剤等を例示することができる。
【0053】
本発明の実施形態のコーティング剤は、食品包装等に利用される紙材の表面に塗布され得る。本発明の実施形態のコーティング剤は耐水性、耐油性、耐候性、及びヒートシール性を有する。本発明の実施形態のコーティング剤が塗布された紙製品は、油分により強く、より黄変することがなく、より熱変性され難いので、食品包装容器として好適に利用される。
【0054】
尚、本発明の実施形態の紙製品は、耐水性により優れるので、食品包装容器だけでなく、紙製ストロー、トイレットペーパー、及び紙コップ等にも利用可能である。
【実施例
【0055】
以下、本発明を実施例及び比較例により具体的かつ詳細に説明するが、これらの実施例は本発明の一態様にすぎず、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
尚、実施例の記載において、特に記載がない限り、溶媒を考慮しない部分を、質量部及び質量%の基準としている。
【0056】
安定化剤である(A)カルボキシル基を有する共重合体および(A’)ポリビニルアルコール、(b)重合性不飽和単量体を用いて(B)水性エマルションを調製して、コーティング剤を得た。
【0057】
表1に示された割合で以下の成分を用いて、実施例1~6及び比較例1~4のコーティング剤を製造した。成分(A)及び(b)の詳細を以下に示す。
【0058】
(A)カルボキシル基を有する共重合体(安定化剤)
(A1)スチレンモノマーの重合体に由来する化学構造を含む共重合体(BASFジャパン株式会社製のJONCRYL679(商品名))
(A2)スチレンモノマーの重合体に由来する化学構造を含まない共重合体(Hanwha Chemical 社製のSOLURYL 840(商品名))
(A’3)水酸基を有する重合体(株式会社クラレ製のエクセバールRS2713(商品名))
【0059】
(b)重合性不飽和単量体
(b1)(メタ)アクリル酸エステル
(b1-1)アクリル酸ブチル(n-ブチルアクリレート)
(b1-2)アクリル酸2-エチルヘキシル(2-エチルへキシルアクリレート)
(b1-3)メタクリル酸メチル(メチルメタクリレート)
(b1-4)アクリル酸エチル(エチルアクリレート)
(b2)その他のモノマー
(b2-1)スチレン
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】
【0062】
実施例1のコーティング剤の製造
攪拌翼、温度計及び還流冷却器を備えた4つ口フラスコ内に、100質量部の蒸留水、30質量部の(A)、1.8質量部の(A’3)、及び7質量部の25%アンモニア水を加え、窒素ガスをフラスコ内へ吹き込みながら各成分を攪拌し、液温を70℃に保った。
一方、25質量部の(b1-1)及び30質量部の(b1-2)を混合し、20質量部の(b1-3)、25質量部の(b1-4)、並びに30質量部の過硫酸アンモニウム及び19質量部の水からなる水溶液を調製した。
上述混合物の約4体積%と上述水溶液の約30体積%の各々を、上述の四つ口フラスコ内に加えて攪拌し、(b)重合性不飽和単量体を乳化重合させた。その後、混合物の残部(約96体積%)と水溶液の残部(約70体積%)を同時に約4時間かけ4つ口フラスコ内に滴下して加えた。
【0063】
滴下終了後、液温を70℃に保ちつつ、更に約1時間半攪拌を続けた後、得られた反応混合物を静置して液温を室温に戻し、アンモニア水を反応混合物に加えてpHを8に調整し、実施例1のコーティング剤を得た。
このコーティング剤は、乳濁しているので乳濁液であり、従って、エマルション組成物である。表1に示された(B)水性エマルションの固形分である共重合体((A)安定剤を除く)のガラス転移温度(Tg)は、(b)不飽和単量体の各成分((b1-1)~(b1-4))が単独重合したホモポリマーのTgに基づいて理論計算した値である。
実施例1のコーティング剤の試験結果を表1に示す。
【0064】
実施例2~及び比較例1~4のコーティング剤の製造
各成分を表1~2に示された割合で用いて、実施例1と同様の方法を用いて、実施例2~及び比較例1~4のコーティング剤を製造した。得られたコーティング剤の試験結果を表1~2に示す。
実施例及び比較例のコーティング剤の評価試験の詳細は以下のとおりである。
【0065】
耐油性試験
TAPPI T559cm-12法に準じた下記の方法でキット試験を行った。
テーブルコーターを用いて各々のコーティング剤を一般上質紙上に塗工し、各々の試験体を調製した。試験には、表3に示す割合で、ひまし油、トルエンおよびn-ヘプタンを混合した試験溶液を用いた。試験の結果はキット番号で表し、数字が大きい方が耐油性に優れる。
キット試験は、試験紙の耐油性を短時間(約20秒)で知ることができ、紙の耐油性の評価に広く用いられている。評価結果は、紙の表面の表面張力に対する指標としての意味を持つ。
【0066】
試験紙を、汚れのない平らな黒色の表面に置き、キット番号12の試験溶液の1滴を13mmの高さから試験紙上に滴下した。滴下した15秒後(接触時間:15秒間)、清潔な吸取り紙で滴下した試験溶液を除去し、試験溶液が接触した試験紙の表面を目視した。表面の色が濃くなっていたら、キット番号11の試験溶液で同様の操作を行い、表面の色が濃くならないキット番号まで、キット番号を順次小さくしながら同様の操作を繰り返した。表面の色が濃くならない最初の(最も大きい)キット番号がコーティング剤の耐油性とする。
【0067】
【表3】
評価基準は以下のとおりである。
○:1~12番までの全てのキット(試験)で変色が無い。
×:1~12番のいずれかのキット(試験)で変色があった。
【0068】
耐水性試験
テーブルコーターを用い、コーティング剤を塗布量が10g/m(乾燥質量)になるように一般上質紙上に塗布し、この上質紙を105℃の乾燥機内で3分間乾燥させ、試験体とした。
コーティング剤が乾燥した後、上質紙を直径10cmの円形にカットし、質量を測定した後、内径7cmの上部が解放された円形筒状フラスコにて上質紙の上下を挟み、上部から蒸留水を50ml滴下した状態で、30分静置させた。
その後、蒸留水を取り出し、円形筒から試験体を外し、試験体表面の水滴を除去した状態で質量を測定した。試験前後での試験体の質量変化を計算し、増加分を吸水量と考え、単位面積あたりの吸水量を算出した。
評価基準は以下のとおりである。
○:吸水量が50g/m未満であり、耐水性を保持している。
×:吸水量が50g/m以上であり、耐水性を保持していない。
【0069】
ヒートシール性試験
耐水性と同様の方法で試験体を調整し、25mm×100mmの大きさにカットした。また、未塗工上質紙も同様のサイズにカットし、上部を150℃に加温したプレス機に、試験体の塗工面と未塗工の上質紙を重ねてセットし、0.2MPaの圧力で3秒間プレスをかけた。試験体を2時間室温で養生した後、テンシロンにて剥離強度を測定し、剥離された部分を目視で観察して、評価した。
評価基準は以下のとおりである。
◎:基材が材料破壊している(剥離の際に、上質紙の破損を認めた)。
〇:界面剥離(上質紙とコーティングの界面での剥離)であり、剥離強度が15gf/25mm以上である。
△:界面剥離であり、剥離強度が15gf/25mm未満である。
×:接着(シール)されていない。
【0070】
耐候性試験
耐水性と同様の方法で試験体を調整し、色差計(日本電色株式会社製 Color meter ZE6000)でLab値を測定した。その後、以下の条件で試験体を養生し、色差計にてLab(Δb)値の測定を実施した。養生前の数値と比較し、Δb値の差異を算出した。
光源ランプ:FT-11510、FL15(60Hz)
条件:遮光環境下にて、光源から30cmの高さで光源直下に静置
評価基準は以下のとおりである。
〇:Δb値の差異が8未満である。
×:Δb値の差異が8以上である。
【0071】
表1~2に示されるように、実施例1~のコーティング剤は、耐油性、耐水性、ヒートシール性、及び耐候性の全てが良好であり、総合的な性能バランスに優れている。耐候性に着目すると、実施例1~のコーティング剤の耐候性が◎を示している。
比較例1~4のコーティング剤は、いずれも耐候性が劣っている。比較例1~3のコーティング剤は、(b)重合性不飽和単量100質量部のうち、(b1)(メタ)アクリル酸エステルの含有量が90質量部以下となっているので、耐候性が劣っている。
比較例4のコーティング剤は、(B)水性エマルションを調製する際、(A)カルボキシル基を有する共重合体が使われておらず、耐油性、耐水性、ヒートシール性、及び耐候性の全てが×になっている。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明は、紙表面に塗布されるコーティング剤を提供できる。本発明の実施形態のコーティング剤が紙表面に塗布され、紙製品が製造される。紙製品としては、食品包装容器、紙コップ、及び紙製ストロー等が挙げられる。