(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-05
(45)【発行日】2024-06-13
(54)【発明の名称】塗膜の補修方法
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20240606BHJP
E04B 1/94 20060101ALI20240606BHJP
B05D 7/14 20060101ALI20240606BHJP
B05D 5/00 20060101ALI20240606BHJP
【FI】
E04G23/02 B
E04B1/94 E
B05D7/14 S
B05D5/00 E
(21)【出願番号】P 2020082616
(22)【出願日】2020-05-08
【審査請求日】2023-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森田 武
(72)【発明者】
【氏名】奥山 孝之
【審査官】櫻井 茂樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-136288(JP,A)
【文献】特開2014-105566(JP,A)
【文献】特開2019-085837(JP,A)
【文献】特開平08-060763(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D1/00-7/26
E04B1/62-1/99
E04G23/00-23/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱により発泡する発泡性の耐火塗料の塗膜に生じた損傷を補修する方法であって、
前記耐火塗料は、乾燥・硬化過程において前記耐火塗料に含まれる溶剤が揮発することによって体積が減少するものであり、
非損傷部に隣接する損傷部に対してウェット状態の
前記耐火塗料を1回だけ塗布または充填
して、損傷部のウェット状態の前記耐火塗料の厚さを、非損傷部のドライ状態の前記耐火塗料の厚さと同厚に仕上げることを特徴とする塗膜の補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば損傷した耐火塗料の塗膜の補修方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼構造建築物などの鋼材を使った構造物が火災に曝された場合、鋼材は温度上昇によって強度や剛性が低下して、構造物が崩壊するおそれがある。そのため、鉄骨造の梁や柱には、火災加熱による温度上昇を抑制するために、耐火被覆が施される(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
耐火被覆材料の一つとして、ポリリン酸アンモニウムを主成分とする耐火塗料がある。この耐火塗料は、火災時に熱を受けると250℃前後で発泡を開始して、20~30倍に発泡して断熱層を形成し、鋼材の温度上昇を抑制する。
【0004】
鉄骨部材に対して耐火塗料を工場等で先行塗装した部材(以下、プレコート部材という。)を、建設現場に運搬して建方を行う過程において、先行塗装した耐火塗料の塗膜にキズなどの損傷が生じる可能性がある。また、プレコート部材に限らず、建方後の部材に対して耐火塗料を施工した場合であっても、建設資機材が何等かの原因で耐火塗料の塗膜にぶつかるなどして、塗膜が損傷する可能性がある。
【0005】
通常、耐火塗料の塗膜にキズなどの損傷を生じた場合、損傷部に対して液体の状態(以下、ウェット状態あるいは単にウェットという。)の耐火塗料を塗り込んで補修を行っている(例えば、特許文献1、2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-105566号公報
【文献】特開2011-136288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、耐火塗料は乾燥・硬化過程において溶剤が揮発することによって体積が減少する。そのため、ウェット状態で非損傷部と同厚に仕上げた耐火塗料の塗膜は、乾燥・硬化した状態(以下、ドライ状態あるいは単にドライという。)では、非損傷部の塗膜厚さよりも薄くなってしまう。ドライ状態の損傷部の塗膜厚さが非損傷部と同厚になるようにするためには、耐火塗料を何度か塗り重ねる工程を繰り返す必要がある。また、塗り重ねの工程間間隔(一回塗布した後に、次塗布を行うまでの養生時間)として通常は1日程度必要になるため、キズの深さにもよるが、損傷部の補修にはこれまで複数日数の時間を要していた。
【0008】
これに対し、本発明者は、耐火塗料塗膜のキズ等による損傷の補修に要する日数を大幅に低減することを目的として鋭意検討を行った。本発明者の実験によれば、耐火塗装の塗膜が火災加熱を受けて発泡する際の耐火塗料塗膜の発泡層が拘束を受けると、拘束端に近いところでは発泡厚さが薄くなり、拘束端から離れると発泡倍率が20~30倍といわれる発泡層の厚さに近づくことがわかった。この状況を示す耐火実験前後の耐火塗料の状態の写真を
図6に示す。
図6(1)に示すように、H形鋼の長手方向の右側部分の表面に耐火塗料1を塗布し、数cmの重ね代を介して左側部分に巻付け耐火被覆材2を巻付け配置している。耐火実験後は、
図6(2)に示すように、耐火塗料1の発泡層は、巻付け耐火被覆材2の拘束を受けて耐火被覆継手部3付近で十分な発泡をしておらず、巻付け耐火被覆材2側で先すぼみの発泡層になっていることがわかる。これは、耐火塗料1の発泡層に表面張力が作用していることを示している。
【0009】
逆にこの表面張力を利用すれば、耐火塗料の塗膜厚さが薄く発泡層の厚さも薄くなる可能性のある部分に対して、周辺部に耐火塗料の塗膜厚さが厚く発泡層の厚さも厚くなる部分があれば、耐火塗装の発泡時の表面張力が作用することによって、発泡層の薄くなる可能性のある部分の発泡を引張上げる効果があると考えられる。
【0010】
そこで本発明者は、損傷部のドライ塗膜厚さが非損傷部のドライ塗膜厚さよりも薄くても、火災加熱を受ける耐火塗料の塗膜が発泡する際の表面張力を利用すれば、非損傷部と同程度の発泡厚さを損傷部において確保し、非損傷部と同等な断熱効果を得ることができることを見出して、本発明に至った。
【0011】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、塗膜に生じた損傷の補修を簡易に行うことができる塗膜の補修方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る塗膜の補修方法は、加熱により発泡する発泡性の耐火塗料の塗膜に生じた損傷を補修する方法であって、非損傷部に隣接する損傷部に対してウェット状態の耐火塗料を1回だけ塗布または充填することを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係る他の塗膜の補修方法は、上述した発明において、非損傷部に隣接する損傷部に対してウェット状態の耐火塗料を1回だけ塗布または充填して、損傷部のウェット状態の耐火塗料の厚さを、非損傷部のドライ状態の耐火塗料の厚さと同厚に仕上げることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る塗膜の補修方法によれば、加熱により発泡する発泡性の耐火塗料の塗膜に生じた損傷を補修する方法であって、非損傷部に隣接する損傷部に対してウェット状態の耐火塗料を1回だけ塗布または充填するので、損傷部の補修を簡易に行うことができるとともに、火災加熱を受ける塗膜が発泡する際の表面張力により、耐火性能を確保することができるという効果を奏する。
【0015】
また、本発明に係る他の塗膜の補修方法によれば、非損傷部に隣接する損傷部に対してウェット状態の耐火塗料を1回だけ塗布または充填して、損傷部のウェット状態の耐火塗料の厚さを、非損傷部のドライ状態の耐火塗料の厚さと同厚に仕上げるので、損傷部のドライ状態の塗膜厚さが非損傷部のドライ状態の塗膜厚さよりも薄くなっても、火災加熱を受ける耐火塗料の塗膜が発泡する際の表面張力により、非損傷部と同程度の発泡厚さを損傷部においても確保し、非損傷部と同等な耐火性能を得ることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、本発明に係る塗膜の補修方法の実施の形態を説明する断面図であり、(1)は補修前、(2)は補修直後である。
【
図6】
図6は、巻付け耐火被覆材と耐火塗料の継手部を示す写真図であり、(1)は耐火実験前、(2)は耐火実験後である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明に係る塗膜の補修方法の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0018】
図1(1)に示すように、本発明の実施の形態に係る塗膜の補修方法は、鋼板10の表面に設けられたドライ状態の耐火塗料12の塗膜に生じた損傷を補修する方法である。損傷部14は非損傷部18に隣接している。本実施の形態では、
図1(2)に示すように、損傷部14に対してウェット状態の耐火塗料16を1回だけ塗布または充填すること(以下、タッチアップという。)によって補修する。損傷部14に対して耐火塗料16のタッチアップを1回行えば、非損傷部18と同等な断熱性能すなわち耐火性能を得ることができる(以下、1回のタッチアップで補修することを簡易タッチアップ補修という。)。損傷部14のウェット状態の耐火塗料16の厚さを、非損傷部18のドライ状態の耐火塗料12の厚さと同厚に仕上げてもよい。
【0019】
耐火塗料12は、火災時に熱を受けると250℃前後で発泡を開始して、20~30倍に発泡して断熱層を形成し、鋼板10の温度上昇を抑制する。この耐火塗料12は、例えばポリリン酸アンモニウムを主成分とする耐火塗料で構成することができる。
【0020】
本実施の形態によれば、損傷部14の補修を簡易に行うことができる。また、タッチアップした耐火塗料16が乾燥すると、損傷部14のドライ状態の塗膜厚さは周囲の非損傷部18のドライ状態の塗膜厚さよりも薄くなり、または凹んだ状態になるが、後述するように、耐火性能上は問題ないことを実験により確認している。すなわち、火災加熱時に耐火塗料12の塗膜が発泡する際の表面張力により、非損傷部18と同程度の発泡厚さを損傷部14においても確保し、非損傷部18と同等な耐火性能を得ることができるのである。
【0021】
また、耐火塗料12の塗膜にキズのような損傷が生じた場合の補修を簡易にすることができるため、省力化による生産性の向上を図ることができる。本実施の形態は、鉄骨部材に対して耐火塗料を工場等で先行塗装したプレコート部材を、建設現場に運搬して建方を行う過程において、先行塗装した耐火塗料の塗膜にキズなどの損傷が生じた場合の補修に好適である。
【0022】
(本発明の効果の検証)
次に、本発明の効果を検証するために行った実験およびその結果について説明する。本実験は、耐火塗料の塗膜が損傷した部分を簡易タッチアップ補修した場合の耐火性能を加熱実験により検討したものである。
【0023】
図2に、試験体の使用材料を示す。耐火塗料を塗布する基材となる鋼板の厚さは12mmとした。耐火塗料の主材厚さは1.75mm(1時間耐火)と、4.8mm(2時間耐火)とした。耐火塗料の下塗りにエポキシ系樹脂塗料を使用し、上塗りには耐火テクトE(エポキシ系樹脂塗料)/耐火テクトF(フッ素系樹脂塗料)の組合せを選定した(「耐火テクト」は登録商標)。
【0024】
図3に、試験体の種類を示す。試験体の種類は大きく分けて、比較例と実施例の2種類である。比較例の試験体は、耐火塗装の基本性能を把握するための無損傷の基準試験体であり、厚さ12mmの鋼板に耐火塗装を施したものである。実施例の試験体は、キズついた塗膜を補修した場合の耐火性能を把握するための試験体である。運搬時あるいは建方時などに耐火塗料の塗膜に傷がついた場合の補修を想定している。具体的には、塗装面中央縦方向にキズを模擬した直線状のスリットを設け、そのスリットに対して耐火塗料を1回塗りして補修した。スリットの断面形状は「ロの字形」、「Vの字形」および「凹の字形」の3種類である。
図4に、実施例の試験体の要部断面図を示す。この図に示すように、「ロの字形」はスリットの断面形状がロの字形をしており、キズの幅を一定として鋼板が露出する深さまで開口したものである。「Vの字形」はスリットの断面形状がV字形をしており、鋼板面でのキズの幅がほぼ0mmになるようにしたものである。「凹の字形」はスリットの断面形状が凹の字形をしており、キズの幅を一定として塗膜の総厚の1/2程度までの凹溝を設けたものである。
【0025】
上記の試験体に熱電対を取付け、炉内に入れて加熱実験を行った。加熱時の鋼材温度を熱電対で測定した。この加熱実験により得られた簡易タッチアップ補修の効果について以下に説明する。
【0026】
(1)耐火塗料主材厚さ1.75mmの場合
図5(1)は、比較例の試験体P0-1の温度上昇量をX軸に、実施例の試験体PT-1-1、PT-1-2、PT-1-3の温度上昇量をY軸に取った温度上昇量比較グラフである。各試験体の温度上昇量は、試験体の中央から150mm程度のスリット区間で測定された温度を平均して算定した。
図5(2)は、比較例の試験体P0-1の温度上昇速度をX軸に、実施例の試験体PT-1-1、PT-1-2、PT-1-3の温度上昇速度をY軸に取った温度上昇速度比較グラフである。各試験体の温度上昇速度は、
図5(1)に示した各試験体の温度上昇量を計測時間間隔(15秒)毎に差分をとって算定した。
【0027】
図5(1)から、キズによる損傷を模擬したスリット部に対してウェット状態で耐火塗装面を平滑にタッチアップすることによって、損傷のない試験体であるP0-1と同等な鋼材温度になっていることがわかる。これはスリット形状がロの字形、Vの字形、凹の字形のいずれの場合にあっても同じである。
また、
図5(2)に示すように、鋼材温度上昇速度についても、キズによる損傷を模擬したスリット部に対してウェット状態で耐火塗装面を平滑にタッチアップすることによって、損傷のない試験体であるP0-1と同等な鋼材温度上昇速度になっていることがわかる。
温度上昇量および温度上昇速度が損傷のない試験体P0-1と同等な傾向は、スリット形状に関係なく、ロの字形、Vの字形、凹の字形のいずれの場合においても同じであり、キズに対してウェット状態で耐火塗装面を平滑にタッチアップすることによって、所要の耐火性能(1時間耐火)を確保することができる。
【0028】
(2)耐火塗料主材厚さ4.8mmの場合
図5(3)は、比較例の試験体P0-2の温度上昇量をX軸に、PT-2-1、PT-2-2、PT-2-3の温度上昇量をY軸に取った温度上昇量比較グラフである。各試験体の温度上昇量は、
図5(1)の場合と同様に、スリット区間で測定された温度を平均して算定した。
図5(4)は、比較例の試験体P0-2の温度上昇速度をX軸に、PT-2-1、PT-2-2、PT-2-3の温度上昇速度をY軸に取った温度上昇速度比較グラフである。各試験体の温度上昇速度は、
図5(3)に示した各試験体の温度上昇量を計測時間間隔(15秒)毎に差分をとって算定した。
【0029】
図5(3)から、キズによる損傷を模擬したスリット部に対してウェット状態で耐火塗装面を平滑にタッチアップすることによって、損傷のない試験体であるP0-2と同等な鋼材温度になっていることがわかる。これはスリット形状がロの字形、Vの字形、凹の字形のいずれの場合にあっても同じである。
また、
図5(4)に示すように、鋼材温度上昇速度についても、キズによる損傷を模擬したスリット部に対してウェット状態で耐火塗装面を平滑にタッチアップすることによって、損傷のない試験体であるP0-2と同等な鋼材温度上昇速度になっていることがわかる。
温度上昇量および温度上昇速度が損傷のない試験体P0-2と同等な傾向は、スリット形状に関係なく、ロの字形、Vの字形、凹の字形のいずれの場合においても同じであり、キズに対してウェット状態で耐火塗装面を平滑にタッチアップすることによって、所要の耐火性能(2時間耐火)を確保することができる。
【0030】
以上説明したように、本発明に係る塗膜の補修方法によれば、加熱により発泡する発泡性の耐火塗料の塗膜に生じた損傷を補修する方法であって、非損傷部に隣接する損傷部に対してウェット状態の耐火塗料を1回だけ塗布または充填するので、損傷部の補修を簡易に行うことができるとともに、火災加熱を受ける塗膜が発泡する際の表面張力により、耐火性能を確保することができる。
【0031】
また、本発明に係る他の塗膜の補修方法によれば、非損傷部に隣接する損傷部に対してウェット状態の耐火塗料を1回だけ塗布または充填して、損傷部のウェット状態の耐火塗料の厚さを、非損傷部のドライ状態の耐火塗料の厚さと同厚に仕上げるので、損傷部のドライ状態の塗膜厚さが非損傷部のドライ状態の塗膜厚さよりも薄くなっても、火災加熱を受ける耐火塗料の塗膜が発泡する際の表面張力により、非損傷部と同程度の発泡厚さを損傷部においても確保し、非損傷部と同等な耐火性能を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
以上のように、本発明に係る塗膜の補修方法は、耐火塗料で塗装された耐火部材の塗膜の補修に有用であり、特に、損傷の補修を簡易に行うのに適している。
【符号の説明】
【0033】
10 鋼板
12 耐火塗料(ドライ状態)
14 損傷部
16 耐火塗料(ウェット状態)
18 非損傷部