(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-05
(45)【発行日】2024-06-13
(54)【発明の名称】生体モデル
(51)【国際特許分類】
G09B 23/28 20060101AFI20240606BHJP
G09B 9/00 20060101ALI20240606BHJP
【FI】
G09B23/28
G09B9/00 Z
(21)【出願番号】P 2020126289
(22)【出願日】2020-07-27
【審査請求日】2023-04-25
(73)【特許権者】
【識別番号】390030731
【氏名又は名称】朝日インテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001911
【氏名又は名称】弁理士法人アルファ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】米山 梨奈
(72)【発明者】
【氏名】中田 昌和
(72)【発明者】
【氏名】二見 聡一
【審査官】鈴木 崇雅
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-220728(JP,A)
【文献】国際公開第2018/221749(WO,A1)
【文献】特開2017-107094(JP,A)
【文献】特開2012-189909(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 23/28-34
G09B 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲルを含む生体モデルであって、
前記ゲルは、
物理架橋されている物理架橋部位と、化学架橋されている化学架橋部位と、を有する第1の部分と、
少なくとも前記物理架橋部位を有し、かつ、前記物理架橋部位の割合が前記第1の部分より大きい第2の部分と、を有し、
前記第1の部分は、前記第2の部分に取り囲まれて
おり、
前記第1の部分は、前記第1の部分の中心から前記第2の部分側に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有する、
生体モデル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示される技術は、生体モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
血管における狭窄部や閉塞部(以下「病変部」という)における血流を回復させるために、経皮的血管形成術(以下「PTA」という)や、経皮的冠動脈形成術(以下「PTCA」という)が広く行われている。PTAやPTCA(以下「PTA等」という)では、病変部の状態に応じて、血栓吸引法やバルーン拡張法等の種々の手技が採用されている。
【0003】
血栓吸引法による手技は、例えば、以下の手順により行われる。すなわち、ガイドワイヤを血管内に挿入し、ガイドワイヤが血管内の病変部を通過するまでガイドワイヤを押し進める。次に、ガイドワイヤをレールにして、血栓吸引カテーテルを病変部付近まで進める。その後、血栓吸引カテーテルで病変部を吸引して体外に除去する。また、バルーン拡張法による手技は、例えば、以下の手順により行われる。すなわち、上記血管内に挿入され、病変部を通過するまで押し進めたガイドワイヤをレールにして、バルーンカテーテルを病変部まで進める。その後、バルーンカテーテルのバルーンを拡張させることにより、病変部の血管壁を内側から押し広げる。これらの手技により、血液の通路が確保され、血流が回復する。
【0004】
PTA等による手技では、手技者に繊細な操作が求められる上に、血管における病変部の状態は患者毎に種々異なるため、PTA等の手技を習得することは容易ではない。そのため、PTA等の手技を向上させるためのトレーニング用として、血管を模した模擬血管に病変部を模した模擬病変部が備えられた血管病変モデルが種々提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
一方、化学架橋や物理架橋で形成される三次元架橋高分子と溶媒とからなり、三次元架橋高分子が低架橋点密度部分と高架橋点密度部分とを有する高分子ゲルであって、外部刺激に対する変化が異方的である高分子ゲルが知られている。特許文献2では、高分子ゲルの作製方法として、低架橋点密度部分が形成された高分子に活性光線を照射することにより高架橋点密度部分を所定形状に形成させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-132622号公報
【文献】特開平7-216244号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、実際の病変部の状態は種々多様であり、例えば、個人差や形成期間によって、様々な状態(形状や硬さ)で形成される。このような実際の病変部、特には、慢性完全閉塞(以下「CTO」という)のような病変部では、粘性の強い粥状の部分(以下「粥腫部分」ともいう)の内部に、石灰化や、プラーク化、線維化等により硬化した部分(以下「硬化部分」ともいう)が規則性を有することなく局所的に形成されることがある。このような硬化部分を有する病変部において、その内部における硬度は、例えば、ガイドワイヤやカテーテル(以下「ガイドワイヤ等」という)の進行方向である血管の長手方向において様々に異なるため、当該病変部にガイドワイヤ等を穿通し、当該病変部の内部でガイドワイヤ等を操作することは容易でない。このため、例えば、PTA等の手技トレーニング用途として、または、ガイドワイヤ等の性能評価用途として、実際の病変部に十分に近似した模擬病変部(病変モデル)を提供することが望まれている。
【0008】
しかしながら、特許文献2に記載の高分子ゲルにおいて、高架橋点密度部分は、活性光線を照射することにより形成されているため、高分子ゲルの内部にのみ高架橋点密度部分を形成することは困難である。また、高架橋点密度部分を形成するために、活性光線を照射するための装置を用意する必要があるため、取扱いが簡便でない傾向がある。
【0009】
なお、上記病変モデルを提供するという課題は、模擬血管と模擬病変とを備える血管病変モデルや、血管以外に形成された病変部を模した模擬病変部を備える生体モデル一般に共通の課題である。
【0010】
本明細書では、上述した課題を解決することが可能な技術を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本明細書に開示される技術は、例えば、以下の形態として実現することが可能である。
【0012】
(1)本明細書に開示される生体モデルは、ゲルを含む生体モデルであって、前記ゲルは、物理架橋されている物理架橋部位と、化学架橋されている化学架橋部位と、を有する第1の部分と、少なくとも前記物理架橋部位を有し、かつ、前記物理架橋部位の割合が前記第1の部分より大きい第2の部分と、を有し、前記第1の部分は、前記第2の部分に取り囲まれている。一般に、化学架橋部位により構成されたゲル(以下「化学架橋ゲル」ともいう)は、物理架橋部位により構成されたゲル(以下、「物理架橋ゲル」ともいう)と比較して硬度が高い。また、化学架橋ゲルの硬度は、化学架橋の程度が高いほど高くなる。本生体モデルによれば、実際の生体のうち、例えば、粥腫部分とその内部に形成された硬化部分とを有する病変部のように、比較的硬度の高い第1の部分と、第1の部分を取り囲む第2の部分であって、第1の部分と比較して硬度の低い第2の部分とを有する生体に、より近似した生体モデルを提供することができる。
【0013】
(2)上記生体モデルにおいて、前記第1の部分は、前記第1の部分の中心から前記第2の部分側に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有する構成としてもよい。本生体モデルによれば、実際の生体のうち、例えば、粥腫部分内において徐々に成長して硬化するに至った硬化部分を有する病変部のように、中心部ほど硬度の高い第1の部分を有する生体に、より近似した生体モデルを提供することができる。
【0014】
なお、本明細書に開示される技術は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、生体モデル、生体モデルを備えるトレーニングキット、生体モデルを備えるシミュレータ、それらの製造方法等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施形態における病変モデルの外観構成を概略的に示す説明図
【
図2】
図1に示す病変モデルのXZ断面構成を概略的に示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0016】
A.実施形態:
A-1.病変モデルの構成:
図1は、実施形態における病変モデルの外観構成を概略的に示す説明図であり、
図1では、方向を特定するための互いに直交するXYZ軸が示してある。
図2は、
図1に示す病変モデルのXZ断面構成を示す説明図である。本明細書では、便宜的に、Z軸正方向を上方向といい、Z軸負方向を下方向というものとするが、病変モデル1は実際にはそのような向きとは異なる向きで設置または使用されていてもよい。後に参照する
図3についても同様である。
【0017】
病変モデル1は、実際の病変部を模した装置である。病変モデル1は、単独で、他の模擬血管と組み合わせて、または、トレーニングキットやシミュレータの一部として、例えば、PTA等の手技を向上させるためのトレーニングやPTA等に用いるガイドワイヤ等の医療機器の性能評価等に使用される。病変モデル1の使用方法の一例については、後で詳述する。
【0018】
図1および
図2に示すように、病変モデル1は、X軸方向に延びている中実の略円柱体であり、外側面S1、端面S2および端面S3を有している。なお、各図において、外側面S1、端面S2および端面S3は、平滑であるが、凹凸を有していてもよい。また、本実施形態において、病変モデル1は、4つの内側部分10と、内側部分10の外側に位置する外側部分20とを有している。より詳しくは、本実施形態の病変モデル1において、全ての内側部分10は、それぞれ、外側部分20に取り囲まれている。換言すれば、内側部分10は、病変モデル1の外側面S1や、端面S2,S3に露出していない。本明細書において、例えば、「内側部分10が外側部分20に取り囲まれている」とは、内側部分10の外側面の全面が外側部分20で覆われていることを意味する。すなわち、本実施形態の病変モデル1において、外側面S1、端面S2および端面S3は、外側部分20により構成されている。本実施形態では、粥腫部分と、当該粥腫部分の内部において、規則性を有することなく局所的に形成された硬化部分とを有する実際の病変部を想定している。病変モデル1は、特許請求の範囲における生体モデルの一例である。また、内側部分10は、特許請求の範囲における第1の部分の一例であり、外側部分20は、特許請求の範囲における第2の部分の一例である。
【0019】
内側部分10は、種々の形状および大きさを有し、実際の病変部における上記硬化部分を模擬している。一方、外側部分20は、実際の病変部における上記粥腫部分を模擬している。本実施形態の病変モデル1は、3つの球状の内側部分10と、1つの棒状の内側部分10を有している。
【0020】
病変モデル1は、ゲルにより形成されている。より具体的には、病変モデル1は、ゲルの形成材料を膨潤液によって膨潤させた膨潤ゲルにより形成されている。このため、病変モデル1は、実際の病変部と同様に、良好な柔軟性および可撓性を有している。より具体的には、病変モデル1は、上記形成材料を物理架橋によりゲル化させた物理架橋部位PPと、上記形成材料を化学架橋によりゲル化させた化学架橋部位CPとを含んでいる。本明細書において、「ゲル」とは、常温または病変モデル1の使用温度(例えば、20℃~50℃)においてゲル状であることを意味している。なお、上記膨潤液としては、特に限定されないが、水や有機溶媒等が挙げられる。
【0021】
なお、上述の「物理架橋部位」は、水素結合やイオン結合等の非共有結合で架橋されている部位であり、温度変化等の外力により可逆的に架橋点が生成消滅する部位を意味している。一方、「化学架橋部位」は、共有結合で架橋されている部位であり、温度変化等の外力により架橋点が消滅することのない部位を意味している。
【0022】
病変モデル1のゲルの形成材料は、物理架橋および化学架橋を形成可能な材料であれば特に限定されない。このような形成材料としては、例えば、ポリビニルアルコール、アガロース、デンプン、キトサン、コラーゲン、ゼラチン、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸ナトリウム、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等を挙げることができる。
【0023】
上述したように、病変モデル1は、内側部分10と、内側部分10を覆う外側部分20とを有している。また、病変モデル1は、物理架橋部位PPと化学架橋部位CPとを含んでいる。より具体的には、内側部分10は、物理架橋部位PPと化学架橋部位CPとにより構成されている。一方、外側部分20は、物理架橋部位PPにより構成されている。すなわち、外側部分20における物理架橋部位PPの割合は、内側部分10における物理架橋部位PPの割合より大きい。換言すれば、内側部分10における化学架橋部位CPの割合は、外側部分20における化学架橋部位CPの割合より大きい。
【0024】
病変モデル1を構成するゲルの硬度は、化学架橋部位の割合が大きいほど高くなる。このため、本実施形態の病変モデル1では、実際の病変部における、粥腫部分と、当該粥腫部分と比較して硬度や弾性の高い部分であって、石灰化等によって局所的に形成された硬化部分とを、それぞれ外側部分20と内側部分10とにより模擬することができる。
【0025】
ここで、上記ゲルにおいて、「物理架橋部位の割合の大小関係」や「化学架橋部位の割合の大小関係」は、例えば、ゲルの硬度、ゲルの光透過度、ゲルにおける化学架橋により形成された置換基が示すスペクトルの強度等、従来公知の方法を用いて表すことができる。これは、ゲルは、化学架橋が形成されるにしたがい、硬度は高くなり、光透過度は低くなり(白濁し)、上記スペクトルの強度は高くなる傾向があるためである。具体的には、「ある部分(部分X)の物理架橋部位の割合が、他の部分(部分Y)の物理架橋部位の割合より大きい」とは、部分Xの硬度が部分Yの硬度より低いこと、部分Xの光透過度が部分Yの光透過度より高いこと、部分Xにおける上記スペクトルの強度が部分Yにおける当該スペクトルの強度より小さいことによって表される。
【0026】
上記方法を用いて、内側部分10および外側部分20をそれぞれ特定する方法は次の通りである。まず、病変モデル1から、
図2に示すXZ断面を有し、かつ、所定厚みを有する板状の評価用サンプルを作製する。当該評価用サンプルを、X軸方向と平行な方向およびZ軸方向に平行な方向に沿って、それぞれ所定ピッチで各測定部分の硬度や光透過度等を測定する。評価用サンプルにおける内側部分10および外側部分20は、例えば、次の方法により特定することができる。硬度の場合には、最も硬度の低かった測定部分を基準部分とし、当該基準部分の硬度の値を100%とする。このとき、内側部分10は、硬度の値が基準部分の硬度の値の200%以上である測定部分により構成されていると特定されうる。また、光透過度の場合には、最も光透過度の高かった測定部分を基準部分とし、当該基準部分の光透過度の値を100%とする。このとき、内側部分10は、光透過度の値が基準部分の光透過度の値の60%以下である測定部分により構成されていると特定されうる。硬度や光透過度等の測定方法は、次に詳述する。
【0027】
上記ゲルの硬度は、例えば、圧縮時の荷重測定またはせん断応力を用いる等、従来公知の方法により測定することができる。具体的には次の通りである。検出器を備えた板等でゲルを挟み込んで圧縮することにより圧縮時の荷重を測定したり、或いは、検出器を備えた板等でゲルを挟み込み回転させてせん断応力を測定する等の方法が挙げられる。
【0028】
上記ゲルの光透過度は、例えば、白色光上でゲルを観察し、検出器で透過像のコントラストを観察する等、従来公知の方法により測定することができる。具体的には次の通りである。白色光でゲルを照射した際に、透過した像を2元化処理して数値を記録し、当該数値に基づいて光透過度を測定する等の方法が挙げられる。
【0029】
上記ゲルにおける化学架橋により形成された置換基が示すスペクトルの強度は、従来公知の方法により評価することができる。例えば、化学架橋剤を使用して上記ゲルを化学架橋した場合に形成される置換基に特有のスペクトル(化学シフトまたはピーク)を、核磁気共鳴分光法(NMR分光法)や赤外分光法(IR分光法)、XPS(X線光電子分光)、TOF-MS(飛行時間型質量分析計)等を用いて特定し、特定されたスペクトルの強度を算出する方法により評価することができる。
【0030】
本実施形態の病変モデル1において、内側部分10は、内側部分10の中心から外側部分20側に向かうにつれて硬度が低くなる硬度勾配を有している。具体的には、
図2の点線枠内に示すように、一の内側部分10において、その硬度勾配は、中心点POから外側部分20との境界付近である点P1,P2,P3に向かうにつれて低くなっている。換言すれば、本実施形態の病変モデル1では、内側部分10と外側部分20とが一体に形成されている。このため、病変モデル1の内部において、内側部分10が外側部分20から離脱しにくい。従って、本実施形態の病変モデル1では、内側部分10と外側部分20とが別個に形成された病変モデルと異なり、実際の病変部のように、粥腫部分内において徐々に成長して硬化するに至った硬化部分を模擬することができる。このような病変モデル1は、実際の病変部に近似した性質を有するため、PTA等の手技トレーニング用途や、ガイドワイヤ等の性能評価用途として、特に好適に使用することができる。なお、内側部分10の内部における硬度勾配は、上述の方法により確認することができる。
【0031】
次に、実施形態における病変モデル1の製造方法を説明する。はじめに、物理架橋ゲルPGで形成された、中実の略円柱状の第1の前駆体を準備する。物理架橋ゲルPGは、物理架橋部位PPにより構成されたゲルであり、例えば、キャストドライ法や凍結解凍法といった公知の方法により作製された物理架橋ゲルに膨潤液を膨潤させることにより準備することができる。キャストドライ法は、膨潤液にゲルの形成材料を加えて熱処理を行うことにより所定の濃度の溶液を作製し、この溶液を乾燥させることにより物理架橋ゲルを得る方法である。また、凍結解凍法は、上記と同様の溶液に対して、凍結処理と解凍処理とを所定の回数繰り返すことにより物理架橋ゲルを得る方法である。物理架橋ゲルPGを作製する際には、当該物理架橋ゲルを構成するゲルの形成材料の濃度を高めて物理架橋の程度を高めること等により、病変モデル1における硬度や弾性を高めることができる。第1の前駆体は、上記方法により得られた物理架橋ゲルPGを柱状に成形することにより作製することができる。
【0032】
次に、第1の前駆体に架橋剤を含有させることにより、第2の前駆体を作製する。第2の前駆体の作製方法としては、特に限定されないが、例えば、第1の前駆体を、所定圧力下、所定温度で所定時間、架橋剤水溶液に浸漬する方法が挙げられる。架橋剤としては、特に限定されず、例えば、グルタルアルデヒド、グリオキサール、ホルマリン、テレフタルアルデヒド等のジアルデヒド等を挙げることができる。ここで、ジアルデヒドとは、アルデヒド基(ホルミル基)を2つ有するアルデヒドである。上記方法により、架橋剤が膨潤した物理架橋ゲルPGである第2の前駆体を作製することができる。
【0033】
次に、第2の前駆体の対象部位に酸触媒溶液を注入して、第3の前駆体を作製する。ここで、対象部位とは、第2の前駆体の内部に位置する部位であり、病変モデル1において内側部分10の形成を所望する部位に対応する。本実施形態では、病変モデル1の内部に4つの内側部分10を形成するため、4つの対象部位に酸触媒溶液を注入している。酸触媒溶液に用いられる酸触媒としては、特に限定されず、例えば、クエン酸、塩酸等を挙げることができる。上記方法により、対象部位において、酸触媒と架橋剤との触媒交換反応が進行し、対象部位のうちの少なくとも一部において、化学架橋部位CPが形成される。なお、化学架橋部位CPの形状、大きさ、化学架橋密度は、架橋剤や酸触媒の添加量や濃度、添加する範囲、酸触媒溶液のpH、反応圧力、反応温度、反応時間等を調整することにより変更することができる。
【0034】
次に、第3の前駆体を洗浄液で洗浄して、病変モデル1を作製する。当該洗浄方法としては、特に限定されないが、例えば、第3の前駆体を、所定圧力下、所定温度で所定時間、洗浄液に浸漬する方法が挙げられる。以上の工程により、対象部位により構成される内側部分10であって、化学架橋部位CPと物理架橋部位PPとにより構成される内側部分10と、内側部分10を取り囲む外側部分20であって、物理架橋部位PPにより構成される外側部分20とを有する病変モデル1を作製することができる。
【0035】
A-2.病変モデル1の使用方法:
次に、実施形態における病変モデル1の使用方法を説明する。
図3は、本実施形態における病変モデル1の使用形態を概略的に示す説明図である。
図3に示すように、本実施形態の病変モデル1は、模擬血管110と組み合わせて、血管病変モデル100として使用することができる。
【0036】
模擬血管110は、実際の血管を模した、中空部(内孔)110Lを有する管状(例えば円管状)の部材である。なお、
図3では、模擬血管110の一部(両端部)の図示を省略している。
【0037】
模擬血管110は、例えば、高分子材料のゲルにより形成されている。このため、模擬血管110は、実際の血管と同様に、良好な可撓性を有している。より具体的には、模擬血管110は、上記高分子材料の物理架橋ゲル、化学架橋ゲル、または、それら両方を含むゲルにより形成されている。当該高分子材料としては、特に限定されず、例えば、ヒドロキシル基(-OH)、カルボン酸基(-COOH)、アミン基(NH2)、スルホン基(-SO3H)を有する高分子材料を挙げることができる。より具体的には、例えば、ポリビニルアルコール、ヒアルロン酸、アルギン酸、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ニトロセルロース、酢酸セルロース、寒天、カラギナン、アガロース、アガロペクチン等の多糖類、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリエーテルおよびそれらの構造類似体、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)等のアクリル酸エステルおよびそれらの構造類似体、ポリアクリルアミド、ポリN-イソプロピルアクリルアミド、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸等のアミド、ポリアクリル酸またはポリメタクリル酸およびそれらのアルカリ金属塩、タンパク質、ゼラチン、ポリ乳酸、天然ゴム等、および、これらの共重合体を挙げることができる。本実施形態の病変モデル1に使用される模擬血管110の形成材料は、例えば、病変モデル1の形成材料と同様の形成材料とすることができる。
【0038】
病変モデル1は、模擬血管110の中空部110L内における一部に位置している。すなわち、病変モデル1は、血管病変モデル100の長手方向において、血管病変モデル100の一部に位置している。また、本実施形態において、病変モデル1は、模擬血管110の長手方向に沿った所定の位置において、中空部110Lを完全に閉塞するように配置されている。
【0039】
本実施形態の血管病変モデル100は、例えば、模擬血管110の中空部110Lに、病変モデル1を挿入することにより製造することができる。
【0040】
このような血管病変モデル100において、病変モデル1は、実際の血管内に形成されたCTO等の病変部に近似した形態(粥腫部分の内部に、硬化部分が規則性を有することなく局所的に形成されている形態)を有している。換言すれば、病変モデル1の内部における硬度は、模擬血管110の長手方向において様々に異なる。このため、このような形態を有する病変部に対する、PTA等の手技トレーニング用途として、または、ガイドワイヤ等の性能評価用途として好適に使用することができる。
【0041】
A-3.本実施形態の効果:
以上説明したように、本実施形態の病変モデル1は、内側部分10と外側部分20とを有するゲルを含む。内側部分10は、物理架橋部位PPと化学架橋部位CPとにより構成されている。一方、外側部分20は、物理架橋部位PPにより構成されている。すなわち、外側部分20における物理架橋部位PPの割合は、内側部分10における物理架橋部位PPの割合より大きい。また、内側部分10は、それぞれ外側部分20に取り囲まれている。本実施形態の病変モデル1によれば、実際の病変部のうち、例えば、粥腫部分とその内部に形成された硬化部分とを有する病変部のように、比較的硬度の高い内側部分10と、内側部分10を取り囲む外側部分20であって、内側部分10と比較して硬度の低い外側部分20とを有する病変部に、より近似した病変モデルを提供することができる。
【0042】
本実施形態の病変モデル1において、内側部分10は、内側部分10の中心から外側部分20側に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有している。本実施形態の病変モデル1によれば、実際の病変部のうち、例えば、粥腫部分内において徐々に成長して硬化するに至った硬化部分を有する病変部のように、中心部ほど硬度の高い内側部分10を有する病変部に、より近似した病変モデル1を提供することができる。
【0043】
B.変形例:
本明細書で開示される技術は、上述の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の形態に変形することができ、例えば次のような変形も可能である。
【0044】
上記実施形態の病変モデル1が有する内側部分10の数および形状は、上記に限定されず、適宜調整可能である。また、本実施形態の病変モデル1では、実際の病変部における硬化部分の全てを内側部分10によって模擬しているが、これに限定されない。例えば、病変モデル1は、上記硬化部分として、内側部分10に加えて、病変モデル1の外側面S1や端面S2,S3に露出する硬化部分(すなわち、外側部分20によって取り囲まれていない硬化部分)を有していてもよい。
【0045】
上記実施形態の病変モデル1において、実際の病変部の状態に応じて、外側面S1や端面S2,S3が化学架橋部位からなる構成を採用してもよい。外側面S1や端面S2,S3を化学架橋部位により形成する(その硬度を高くする)ことにより、例えば、長い形成期間の間、血流の圧力に晒されたことにより、外表面や端面が硬化した病変部を模擬することができる。
【0046】
上記実施形態の内側部分10は、内側部分10の中心から外側部分20側に向かうほど硬度が低い硬度勾配を有しているが、これに限定されない。例えば、内側部分10の内部における硬度が均一である構成や、内側部分10の中心から外側部分20側に向かうほど硬度が高い硬度勾配を有している構成を採用してもよい。
【0047】
上記実施形態の内側部分10は、物理架橋部位PPと化学架橋部位CPとを含む構成としたが、これに限定されず、化学架橋部位CPのみから構成されていてもよい。また、本実施形態の外側部分20は、物理架橋部位PPにより構成されているが、これに限定されない。すなわち、外側部分20は、外側部分20に含まれる物理架橋部位PPの割合が内側部分10に含まれる物理架橋部位PPの割合より大きい範囲内で、化学架橋部位CPを含んでいてもよい。
【0048】
上記実施形態では、病変モデル1が、ゲルにより形成されている構成を採用したが、これに限定されない。例えば、病変モデル1は、ゲルに加えて、ゲル以外の要素を含んでいてもよい。
【0049】
上記実施形態において、病変モデル1は、中実の略円柱体に限定されず、中空部を有する円筒体等の他の形状であってもよい。
【0050】
上記実施形態の病変モデル1の製造方法において、化学架橋部位CPと物理架橋部位PPとにより構成された内側部分10と、物理架橋部位PPにより構成された外側部分20とを別個に作製し、外側部分20の内部に内側部分10を配置する方法を採用してもよい。
【0051】
上記実施形態の病変モデル1の製造方法において、物理架橋ゲルPGを形成する工程として、例えば、物理的外力を加える(例えば、揉むこと)等の工程を採用してもよい。
【0052】
上記実施形態の病変モデル1を備えた血管病変モデル100では、病変モデル1が、模擬血管110の中空部110Lを閉塞するように配置されているが、これに限定されない。例えば、模擬血管110の中空部110Lを完全に閉塞しないよう病変モデル1が配置された血管病変モデル100であってもよい。病変モデル1の模擬血管110への固定の方法は、特に限定されず、例えば、接着剤による固定等、従来公知の方法を採用することができる。
【符号の説明】
【0053】
1: 病変モデル
10: 内側部分
20: 外側部分
100: 血管病変モデル
110: 模擬血管
110L: 中空部
CP: 化学架橋部位
PG: 物理架橋ゲル
PP: 物理架橋部位
P1,P2,P3: 点
PO: 中心点
S1: 外側面
S2: 端面
S3: 端面