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特許7499421絶縁被覆軟磁性金属粉末、圧粉磁心、電子素子、電子機器、電動機、及び発電機
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-06-05
(45)【発行日】2024-06-13
(54)【発明の名称】絶縁被覆軟磁性金属粉末、圧粉磁心、電子素子、電子機器、電動機、及び発電機
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/24 20060101AFI20240606BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20240606BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240606BHJP
   B22F 1/052 20220101ALI20240606BHJP
   B22F 1/16 20220101ALI20240606BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240606BHJP
【FI】
H01F1/24
H01F27/255
B22F1/00 Y
B22F1/052
B22F1/16 100
C22C38/00 303S
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2023544516
(86)(22)【出願日】2023-05-01
(86)【国際出願番号】 JP2023017052
(87)【国際公開番号】W WO2023223826
(87)【国際公開日】2023-11-23
【審査請求日】2023-07-24
(31)【優先権主張番号】P 2022081309
(32)【優先日】2022-05-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】弁理士法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 陽一
(72)【発明者】
【氏名】塩津 兼一
(72)【発明者】
【氏名】小塚 久司
【審査官】古河 雅輝
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-52075(JP,A)
【文献】特開2019-176005(JP,A)
【文献】特開2006-97123(JP,A)
【文献】特開2011-246820(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第113674984(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00- 8/00
B22F 10/00-12/90
C22C 1/04- 1/05
C22C 5/00-25/00
C22C 27/00-28/00
C22C 30/00-30/06
C22C 33/02
C22C 35/00-45/10
H01F 1/12- 1/38
H01F 1/44
H01F 27/24-27/26
H01F 41/00-41/04
H01F 41/08
H01F 41/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均円相当径10μm~100μmの軟磁性金属粒子と、
前記軟磁性金属粒子の表面に形成された絶縁層と、を備え、
前記絶縁層は、Zr元素を含む酸化物を含有し、
25℃において前記酸化物をXRDで測定した場合に、
最強ピークが立方晶のピーク又は正方晶のピークであり、
単斜晶のピークの強度が、前記最強ピークの強度の10分の1以下である、絶縁被覆軟磁性金属粉末。
【請求項2】
前記酸化物は、安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアである、請求項1に記載の絶縁被覆軟磁性金属粉末。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の絶縁被覆軟磁性金属粉末を含む、圧粉磁心。
【請求項4】
請求項3に記載の圧粉磁心を備える、電子素子。
【請求項5】
前記圧粉磁心と、コイルと、を備える、請求項4に記載の電子素子。
【請求項6】
請求項4に記載の電子素子を備える、電子機器。
【請求項7】
請求項3に記載の圧粉磁心を備える、電動機。
【請求項8】
請求項3に記載の圧粉磁心を備える、発電機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁被覆軟磁性金属粉末、圧粉磁心、電子素子、電子機器、電動機、及び発電機に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、アトマイズ鉄粉末に対し、ZrOゾルが0.1~10vol%添加されている圧粉コア用強磁性粉末が開示されている。特許文献2にも、酸化ジルコニウムを用いた絶縁被覆軟磁性金属粉末が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平10-335128号公報
【文献】特開2019-192868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
絶縁被覆軟磁性金属粉末において、軟磁性金属粒子を絶縁層で被覆することで、損失低減を図ることが行われている。しかし、絶縁被覆軟磁性金属粉末作製時において、所定の温度以上に昇温すると絶縁性が低下するという課題があった。
本開示は、上記実情を鑑みてなされたものであり、絶縁被覆軟磁性金属粉末の損失を低減することを目的とする。本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕平均円相当径10μm~100μmの軟磁性金属粒子と、
前記軟磁性金属粒子の表面に形成された絶縁層と、を備え、
前記絶縁層は、Zr元素を含む酸化物を含有し、
25℃において前記酸化物をXRDで測定した場合に、
最強ピークが立方晶のピーク又は正方晶のピークであり、
単斜晶のピークの強度が、前記最強ピークの強度の10分の1以下である、絶縁被覆軟磁性金属粉末。
【発明の効果】
【0006】
本開示によれば、絶縁被覆軟磁性金属粉末の損失を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】圧粉磁心の断面を模式的に表す断面図である。
図2】Y-ZrOの平衡状態図である。
図3】CaO-ZrOの平衡状態図である。
図4】実施例1及び比較例1の酸化物をXRDで測定した結果を示す図である。
図5】圧粉磁心を用いたインダクタの模式図である。
図6】圧粉磁心を用いたインダクタの模式図である。
図7】圧粉磁心を用いたインダクタの模式図である。
図8】圧粉磁心を用いたノイズフィルターの模式図である。
図9】圧粉磁心を用いたリアクトルの模式図である。
図10】圧粉磁心を用いたトランスの模式図である。
図11】圧粉磁心を用いたノイズフィルターの回路図である。
図12】圧粉磁心を用いたモータの模式図である。
図13】圧粉磁心を用いた発電機の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
ここで、本開示の望ましい例を示す。
〔2〕 前記酸化物は、安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアである、〔1〕に記載の絶縁被覆軟磁性金属粉末。
【0009】
〔3〕 〔1〕又は〔2〕に記載の絶縁被覆軟磁性金属粉末を含む、圧粉磁心。
〔4〕 〔3〕に記載の圧粉磁心を備える、電子素子。
〔5〕 前記圧粉磁心と、コイルと、を備える、〔4〕に記載の電子素子。
〔6〕 〔4〕に記載の電子素子を備える、電子機器。
〔7〕 〔3〕に記載の圧粉磁心を備える、電動機。
〔8〕 〔3〕に記載の圧粉磁心を備える、発電機。
【0010】
以下、本開示を詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0011】
1.絶縁被覆軟磁性金属粉末1
絶縁被覆軟磁性金属粉末1は、平均円相当径10μm~100μmの軟磁性金属粒子2と、軟磁性金属粒子2の表面に形成された絶縁層3と、を備えている。絶縁層3は、Zr元素を含む酸化物を含有している。絶縁被覆軟磁性金属粉末1は、25℃において酸化物をXRD(X-ray diffraction)で測定した場合に、最強ピークが立方晶のピーク又は正方晶のピークであり、単斜晶のピークの強度が、最強ピークの強度の10分の1以下である。
【0012】
(1)軟磁性金属粒子2
軟磁性金属粒子2は、軟磁性の金属粒子であれば、特に限定されず、幅広く用いることができる。軟磁性金属粒子2として、軟磁性である純鉄の粒子、鉄基合金の粒子を幅広く用いることができる。鉄基合金としては、Fe-Si合金、Fe-Si-Cr合金、Fe-Si-Al合金(センダスト)、Ni-Fe合金(パーマロイ)、Ni-Fe-Mo合金(スーパーマロイ)、Fe基アモルファス合金、Fe-Co合金等を好適に用いることができる。これらの中でもFe-Si合金、Fe-Si-Cr合金、Fe-Si-Al合金(センダスト)、Ni-Fe合金(パーマロイ)、Ni-Fe-Mo合金(スーパーマロイ)が透磁率、保磁力、周波数特性の観点から好ましい。
Fe-Si合金を用いる場合には、例えば、Si:0.1質量%~10質量%、残部:Fe及び不可避的不純物の組成の合金を用いることができる。
Fe-Si-Cr合金を用いる場合には、例えば、Si:0.1質量%~10質量%、Cr:10質量%~20質量%、残部:Fe及び不可避的不純物の組成の合金を用いることができる。
軟磁性金属粒子2の平均円相当径は、10μm以上100μm以下であり、25μm以上100μm以下が好ましく、50μm以上100m以下がより好ましい。軟磁性金属粒子2の平均円相当径は、使用する周波数帯域によって適宜変更することができる。特に100kHzを超える高周波帯域での使用を想定した場合は10μm以上25μm以下であることがより好ましい。
なお、軟磁性金属粒子2の平均円相当径は、断面をFE-SEMによって観察した粒子面積から面積円相当径を算出し求めることができる。例えば、圧粉磁心10の場合には、絶縁被覆軟磁性金属粉末1を含む圧粉磁心10を成形し、圧粉磁心10の断面を観察して求める(図1参照)。具体的には、圧粉磁心10の断面をFE-SEMによって観察した粒子面積から面積円相当径を算出し、平均円相当径とする。より具体的には、次のようにして平均円相当径を求める。所定の観察視野(例えば、200μm×200μm)において、欠けることなく観察できる複数の軟磁性金属粒子2に着目する。軟磁性金属粒子2の各々の粒子画像の面積(投影面積)と等しい面積を有する理想円(真円)の直径(面積円相当径)を各粒子の円相当径として算出する。そして、各粒子の円相当径を算術平均することにより、平均円相当径を求める。各粒子の円相当径及び平均円相当径は、一般的な画像解析ソフトウエアを用いて求めることができる。
【0013】
(2)絶縁層3
絶縁層3は、Zr(ジルコニウム)元素を含む酸化物を含有している。絶縁層3をTEM(透過電子顕微鏡)で観察すると、絶縁層3を構成している粒子が確認される。この粒子の少なくとも一部は、上記酸化物の結晶によって形成される。
絶縁層3を構成している粒子の平均円相当径は特に限定されない。絶縁層3を構成している粒子の平均円相当径は、渦電流損失抑制の観点から、20nm以上50nm以下が好ましい。なお、絶縁層3を構成している粒子の平均円相当径は、絶縁層3の原料の粒径を調整してコントロールできる。
なお、絶縁層3を構成している粒子の平均円相当径は、断面をTEMによって観察した粒子面積から面積円相当径を算出し求めることができる。例えば、圧粉磁心10の場合には、絶縁被覆軟磁性金属粉末1を含む圧粉磁心10を成形し、圧粉磁心10の断面を観察して求める。具体的には、圧粉磁心10の断面をTEMによって観察した粒子面積から面積円相当径を算出し、平均円相当径とする。より具体的には、次のようにして平均円相当径を求める。5つの300nm×300nmの正方形の観察視野において、欠けることなく観察できる複数の粒子に着目する。各々の粒子画像の面積(投影面積)と等しい面積を有する理想円(真円)の直径(面積円相当径)を各粒子の円相当径として算出する。そして、各粒子の円相当径を算術平均することにより、平均円相当径を求める。各粒子の円相当径及び平均円相当径は、一般的な画像解析ソフトウエアを用いて求めることができる。
【0014】
上記の酸化物は、好適に絶縁被覆軟磁性金属粉末1の損失を低減する観点から、安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアであることが好ましい。安定化ジルコニアは、安定化剤をZrO(ジルコニア)に固溶させ、室温(25℃)において立方晶が安定して存在するようにしたジルコニアである。安定化ジルコニアは、立方晶の蛍石型構造をとり得る。部分安定ジルコニアは、安定化ジルコニアよりも少量の安定化剤をZrOに固溶させたジルコニアであり、一般的に、室温において立方晶および正方晶が分散して存在する。
安定化剤としては、Y(イットリウム)、Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、及び他の希土類の少なくとも1種の酸化物が挙げられる。他の希土類としては、La(ランタン)、Ce(セリウム)、Nd(ネオジム)、Sm(サマリウム)、Gd(ガドリニウム)、Dy(ジスプロシウム)、Er(エルビウム)、Yb(イッテルビウム)等が挙げられる。
【0015】
上記の酸化物は、イットリア(Y)を含有する安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアであることが好ましい。安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアを製造する際に、Caは1100℃以上、Mgは1300℃以上に加熱してからZrOと反応させる。他方、Yは1000℃以下であってもZrOと反応するため、イットリアを含有する安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアは、容易かつ安価に製造できる。また、Yは、他の希土類に比して安価であり、コストの面で有利である。
【0016】
図2は、平衡状態図のデータベースである「AcerS - NIST Phase Equilibria Diagrams」の「Fig.Zr-150」より引用した、Y-ZrOの平衡状態図である。図2中、「Tet ss I」は低温相の正方晶系多形(lower temperature tetragonal polymorph)、「Tet ss II」は高温相の正方晶系多形(higher temperature tetragonal polymorph)、「Mon ss」は単斜晶系多形(monoclinic polymorph)を示す。
安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるイットリアの量は、単斜晶ZrOの生成を抑制する観点から、2mol%以上が好ましく、7mol%以上がより好ましい。安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるイットリアの量は、Zr12相の生成を抑制する観点から、20mol%以下が好ましい。これらの観点から、安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるイットリアの量は、2mol%以上20mol%以下が好ましく、7mol%以上20mol%以下がより好ましい。安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるイットリアの量は、15mol%以下、12mol%以下、10mol%以下であってもよい。
【0017】
上記の酸化物は、カルシア(CaO)を含有する安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアであってもよい。
図3は、平衡状態図のデータベースである「AcerS - NIST Phase Equilibria Diagrams」の「Fig.Zr-058」より引用した、CaO-ZrOの平衡状態図である。図3中、「Cub」は立方晶(cubic)、「Mon」は単斜晶(monoclinic)、「Tet」は正方晶(tetragonal)を示す。
安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるカルシアの量は、単斜晶ZrOの生成を抑制する観点から、3mol%以上が好ましく、7mol%以上がより好ましく、10mol%以上が更に好ましい。安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるカルシアの量は、CaZr相又はCaZrO相の生成を抑制する観点から、20mol%以下が好ましい。これらの観点から、安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるカルシアの量は、3mol%以上20mol%以下が好ましく、7mol%以上20mol%以下がより好ましい。
【0018】
上記の酸化物は、マグネシア(MgO)を含有する安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアであってもよい。
安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるマグネシアの量は、単斜晶ZrOの生成を抑制する観点から、4mol%以上が好ましく、7mol%以上がより好ましく、10mol%以上が更に好ましい。安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるマグネシアの量は、MgO相の生成を抑制する観点から、20mol%以下が好ましい。これらの観点から、安定化ジルコニア又は部分安定化ジルコニアにおけるマグネシアの量は、4mol%以上20mol%以下が好ましく、7mol%以上20mol%以下がより好ましい。
【0019】
(3)Zr元素を含む酸化物における単斜晶のピークの強度に関する要件
絶縁被覆軟磁性金属粉末1は、25℃において酸化物をXRDで測定した場合に、最強ピークが立方晶のピーク又は正方晶のピークであり、単斜晶のピークの強度が、最強ピークの強度の10分の1以下である。複数の単斜晶のピークが観察される場合には、複数の単斜晶のピークのうち最も強度の大きいピークを単斜晶のピークとして特定する。最強ピークが立方晶のピーク又は正方晶のピークであり、単斜晶のピークが観察されない場合は、単斜晶のピークの強度が0であるから、最強ピークの強度の10分の1以下となる。
最強ピークが立方晶のピーク又は正方晶のピークであり、単斜晶のピークの強度が最強ピークの強度の10分の1以下であることは、酸化物において単斜晶ZrOの量が少なく、ZrOの多くが立方晶又は正方晶として存在していることの一つの指標となる。なお、XRDでは正方晶ZrOのピークと立方晶ZrOのピークが重なり、分離することが難しいため、最強ピークが立方晶のピーク又は正方晶のピークであることを本要件の一つとしている。渦電流損失抑制の観点から、ZrOは立方晶ZrOとして存在していることが好ましい。すなわち、25℃において酸化物をXRDで測定した場合に、立方晶ZrOのピークが検出されることが好ましい。
Zr元素を含む酸化物の最強ピークを示す結晶相は、例えば、安定化剤の添加及び安定化剤の濃度、絶縁層3の原料の粒径の調整、後述する製造方法における熱処理条件等の調整等によってコントロールできる。
【0020】
Zr元素を含む酸化物の最強ピークは、絶縁被覆軟磁性金属粉末1を含む圧粉磁心10のXRD測定によって求めることができる。XRD測定は、例えば以下の条件で行う。
・装置:Rigaku SmartLab
・X線:CuKα
・管電圧:40kV
・管電流:30mA
・走査速度:5°/min
・サンプリング幅:0.02°
・測定範囲(2θ):10°~80°
・入射スリット:1/2°
・受光スリット1:15.000mm
・受光スリット2:20.000mm
XRD測定で得られた圧粉磁心10の回析パターンにおいて、軟磁性金属粒子2や測定セル等に由来するピークを除いて、Zr元素を含む酸化物に由来するピークを得る。Zr元素を含む酸化物に由来するピークが1つの場合には、そのピークを最強ピークとして特定する。Zr元素を含む酸化物に由来するピークが複数の場合には、複数のピークの中で最も強度の高いピークを最強ピークとして特定する。
【0021】
図4を参照しつつ、より具体的に説明する。図4の上段は、後述の実施例1の酸化物の回析パターンである。実施例1の酸化物の最強ピークは、2θ≒30.1°付近に現れる正方晶ZrO(1,0,1)又は立方晶ZrO(1,1,1)のピークである。図4の下段は、後述の比較例1の酸化物の回析パターンである。比較例1の酸化物の最強ピークは、2θ≒28.2°付近に現れる単斜晶ZrO(-1,1,1)のピークである。なお、比較例1において、2θ≒31.4°付近には、単斜晶ZrO(1,1,1)のピークが観察される。各ピークの詳細は以下の通りである。
・単斜晶ZrO
最強ピークの(hkl):(-1,1,1)
最強ピークのd値:3.140~3.220
最強ピークの2θ(λ=1.54059):27.68°~28.40°
・正方晶ZrO
最強ピークの(hkl):(1,0,1)
最強ピークのd値:2.930~3.000
最強ピークの2θ(λ=1.54059):29.76°~30.48°
・立方晶ZrO
最強ピークの(hkl):(1,1,1)
最強ピークのd値:2.920~3.000
最強ピークの2θ(λ=1.54059):29.76°~30.59°
【0022】
(4)絶縁被覆軟磁性金属粉末1(圧粉磁心10)の損失抑制の推測理由
本実施形態において、絶縁被覆軟磁性金属粉末1(圧粉磁心10)の損失を抑制できる理由は定かではないが、次のように推測される。
純粋なZrOは、通常、常温において単斜晶として存在する。単斜晶ZrOは、昇温時には単斜晶から正方晶への相変態を生じ、この際に4%の体積収縮を生じる。降温時には逆に体積膨張を生じる。酸化物として単斜晶ZrOを所定量以上含む場合には、金属の歪みとり(ヒステリシス損失の低減)を目的とした焼鈍等をする際に、収縮と膨張が生じ、収縮と膨張による絶縁層3の破壊に起因した、渦電流損失の増大が懸念される。この相変態の生じる温度は、平衡状態図では1170℃である。ZrOがナノ粒子の場合には相変態の生じる温度が低下し、750℃でも相変態を生じる場合がある。
本実施形態では、安定化剤(イットリウム等)を添加する等して高温相の立方晶ZrOを室温でも安定化させることによって、ZrOを相変態させることなく高温で焼鈍することができる。この結果、絶縁層3の破壊に起因した渦電流損失の増大を抑制しつつ、焼鈍によってヒステリシス損失を十分に低減でき、絶縁被覆軟磁性金属粉末1(圧粉磁心10)の損失を低減できると推測される。
【0023】
2.圧粉磁心10
上記の絶縁被覆軟磁性金属粉末1は、圧粉磁心の材料として有用である。すなわち、圧粉磁心10は、絶縁被覆軟磁性金属粉末1を含んでいることが好ましい。なお、圧粉磁心10の説明において、同様の点については上述の絶縁被覆軟磁性金属粉末1の説明を参照する。
【0024】
3.絶縁被覆軟磁性金属粉末1及び圧粉磁心10の製造方法
絶縁被覆軟磁性金属粉末1及び圧粉磁心10の製造方法は、特に限定されない。以下に、一例を説明する。
(1)絶縁被覆軟磁性金属粉末1の準備
軟磁性金属粉末と、ジルコニアの粒子と酢酸イットリウムと、少量の有機成分とを含む懸濁液を混合し、乾燥させる。軟磁性金属粉末は、軟磁性の金属粒子であれば、特に限定されず、幅広く用いることができる。なお、イットリウム源は酢酸イットリウム以外にも、イットリウムの酸化物や硝酸塩でもよい。得られた乾燥粉末を、熱処理して、絶縁被覆軟磁性金属粉末1を得る。この熱処理の条件は、特に限定されない。熱処理条件として、例えば、熱処理温度:750℃~1200℃、不活性雰囲気(N雰囲気、Ar雰囲気)の条件が好適に採用される。
(2)成形(プレス成形)
絶縁被覆軟磁性金属粉末1を金型に入れ、1.0GPa~1.7GPaの成形圧でプレス成形して、成形体を得る。
(3)熱処理(焼鈍)
得られた成形体を、熱処理(焼鈍)して、圧粉磁心10を得る。熱処理条件として、例えば、熱処理温度:600℃~1200℃、350℃~600℃における昇温速度:3℃/min以上、保持時間:10分~120分、不活性雰囲気(N雰囲気、Ar雰囲気)の条件が好適に採用される。
なお、熱処理の条件は、使用する軟磁性金属粉末及び酸化物の種類によって適宜変更される。
【0025】
4.圧粉磁心の適用例
上記圧粉磁心10は、電子素子に好適に用いられる。電子素子として、例えば、インダクタ、チョークコイル、ノイズフィルター、リアクトル、トランス等が挙げられる。電子素子は、例えば、圧粉磁心10と、コイルと、を備える。
【0026】
図5図7に示すインダクタ100,20,30は、本開示の電子素子の一例である。図5に示すインダクタ100は、圧粉磁心11と、コイル13と、を備える。図6に示すインダクタ20は、圧粉磁心21と、コイル23と、を備える。図7に示すインダクタ30は、圧粉磁心31と、コイル33と、を備える。圧粉磁心11,21,31は、圧粉磁心10と同様の構成である。
【0027】
図8に示すノイズフィルター40は、本開示の電子素子の一例である。ノイズフィルター40は、圧粉磁心41と、一対のコイル43,45と、を備える。圧粉磁心41は、圧粉磁心10と同様の構成である。
【0028】
図9に示すリアクトル50は、本開示の電子素子の一例である。リアクトル50は、圧粉磁心51と、コイル53と、を備える。圧粉磁心51は、圧粉磁心10と同様の構成である。
【0029】
図10に示すトランス60は、本開示の電子素子の一例である。トランス60は、圧粉磁心61と、一対のコイル63,65と、を備える。圧粉磁心61は、上記圧粉磁心10と同様の構成である。
【0030】
上記圧粉磁心10は、電子機器に好適に用いられる。電子機器は、電子素子を備える。電子素子として、例えば、上記電子素子が挙げられる。
【0031】
図11に示すノイズフィルター70は、本開示の電子機器の一例である。ノイズフィルター70は、素子71と、コンデンサ73,75,77と、を備える。素子71は、本開示の「電子素子」の一例に相当する。素子71は、例えば図8に示すノイズフィルター40と同様の構成の素子である。
【0032】
上記圧粉磁心10は、電動機に好適に用いられる。電動機として、例えば、モータ、リニアアクチュエータ等が挙げられる。
【0033】
図12に示すモータ80は、本開示の電動機の一例である。モータ80は、ロータ80Aと、ステータ80Bと、を備える。ステータ80Bは、圧粉磁心81と、コイル83と、を有する。圧粉磁心81は、上記圧粉磁心10と同様の構成である。
【0034】
図13に示す発電機90は、本開示の発電機の一例である。発電機90は、ロータ90Aと、ステータ90Bと、を備える。ステータ90Bは、圧粉磁心91と、コイル93と、を有する。圧粉磁心91は、上記圧粉磁心10と同様の構成である。
【実施例
【0035】
以下、実施例により本開示を更に具体的に説明する。
【0036】
1.圧粉磁心の作製
(1)実施例1
純鉄粒子に、ジルコニア粒子と酢酸イットリウムと、少量の有機成分と溶媒とを含む懸濁液を混合し、乾燥させ、熱処理した。懸濁液中の酸化物粒子の濃度は、懸濁液全体に対して0.1質量%~2質量%とした。軟磁性金属粒子と混合する懸濁液の量は、含有する酸化物粒子全体の量が軟磁性金属粒子に対して6体積%となる量とした。酢酸イットリウムの量は、Zr元素が84mol%、Y元素が16mol%(Y換算にて8mol%)となる量とした。熱処理(第1熱処理)は、熱処理温度:900℃、窒素中の条件とした。熱処理は、絶縁層中の有機成分を除去し、酸化物の固溶反応の進行することを目的として行った。このようにして、実施例1の絶縁被覆軟磁性金属粉末を得た。
【0037】
得られた絶縁被覆軟磁性金属粉末を金型に入れ、1.7GPaの成形圧でプレス成形して、直径10mmまたはトロイダル形状(外径:8mm、内径:4.5mm、高さ:1.5mm)のプレス成形体とした。この成形体を熱処理(第2熱処理)した。熱処理は、熱処理温度:600℃~1200℃、350℃~600℃の範囲での昇温速度:3℃/min~10℃/min、窒素中の条件とした。このようにして、実施例1の圧粉磁心を得た。
【0038】
(2)実施例2
純鉄粒子に替えて、Fe-3.5質量%Si合金粒子を使用した他は、実施例1と同様にして、実施例2の圧粉磁心を得た。
【0039】
(3)比較例1
酢酸イットリウム添加していない他は、実施例1と同様にして、比較例1の圧粉磁心を得た。
【0040】
(4)比較例2
酢酸イットリウム添加していない他は、実施例2と同様にして、比較例2の圧粉磁心を得た。
【0041】
表1に各実施例及び比較例の軟磁性金属粒子、絶縁層、渦電流損失の特性をまとめて記載する。
「最強ピークの結晶相」の欄は、実施形態に記載された方法で特定された、最強ピークの結晶相を示している。
「最強ピークの強度に対する単斜晶のピークの強度」の欄は、実施形態に記載された方法で特定された最強ピークの強度と単斜晶のピークの強度について、以下の基準に基づき評価した。なお、最強ピークの強度の結晶相が単斜晶である場合には、単斜晶のピークの強度と最強ピークの強度が同じであるから、最強ピークの強度に対する単斜晶のピークの強度は1である。
1/10以下:単斜晶のピークの強度が最強ピークの強度の10分の1以下である。
1/10より大きい:単斜晶のピークの強度が最強ピークの強度の10分の1より大きい。
「単斜晶のピークの強度に関する要件の充足性」の欄は、以下の基準に基づき評価した。
充足する:「最強ピークの結晶相」が立方晶又は正方晶であり、かつ、「最強ピークの強度に対する単斜晶のピークの強度」が1/10以下である。
充足しない:「最強ピークの結晶相」が立方晶又は正方晶ではない、又は、「最強ピークの強度に対する単斜晶のピークの強度」が1/10以下ではない。
【0042】
【表1】
【0043】
2.渦電流損失の評価方法
得られた圧粉磁芯の渦電流損失(kW/m)を、周波数10kHz、磁束密度0.1Tの条件にて測定した。測定結果を表1に併記する。
【0044】
3.結果
実施例1,2は、下記要件(a)(b)(c)(d)を満たしている。
・要件(a):平均円相当径10μm~100μmの軟磁性金属粒子を備えている。
・要件(b):軟磁性金属粒子の表面に形成された絶縁層を備えている。
・要件(c):絶縁層は、Zr元素を含む酸化物を含有する。
・要件(d):25℃において酸化物をXRDで測定した場合に、最強ピークが立方晶のピーク又は正方晶のピークであり、単斜晶のピークの強度が、最強ピークの強度の10分の1以下である。
これに対して、比較例1,2は要件(d)を満たしてない。
【0045】
実施例1,2は、比較例1,2と比較して、渦電流損失が低かった。
また、軟磁性金属粒子の組成が純鉄である実施例1は、同じ組成の比較例1と比較して、渦電流損失が低かった。軟磁性金属粒子の組成がFe-3.5質量%Si合金である実施例2は、同じ組成の比較例2と比較して、渦電流損失が低かった。これらの結果より、軟磁性金属粒子の組成は特に限定されず、幅広く適用可能であることが示唆された。
【0046】
4.実施例の効果
本実施例によれば、絶縁被覆軟磁性金属粉末の損失を低減できた。
【0047】
本開示は上記で詳述した実施形態に限定されず、請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本開示の圧粉磁心は、モーター、トランス、リアクトル、インダクタ、ノイズフィルター等の用途に特に好適に使用される。
【符号の説明】
【0049】
1 …絶縁被覆軟磁性金属粉末
2 …軟磁性金属粒子
3 …絶縁層
10…圧粉磁心
11,21,31,41,51,61,81,91…圧粉磁心
100,20,30…インダクタ(電子素子)
13,23,33,43,45,53,63,65,83,93…コイル
40…ノイズフィルター(電子素子)
50…リアクトル(電子素子)
60…トランス(電子素子)
70…ノイズフィルター(電子機器)
80…モータ(電動機)
90…発電機
図1
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